国内旅行市場の拡大を妨げる要因分析 - JAFIT

日本国際観光学会論文集(第17号)March,2010
国内旅行市場の拡大を妨げる要因分析
いわ た
りゅう いち
岩田 隆一
筑波学院大学情報コミュニケーション学部教授
Japan's national tourism has been stagnating or shrinking over last ten years. In this paper, we studied data on Japan's tourism
market and concluded that high cost of domestic overnight tourism has made people unsatisfied with domestic overnight travel. The
expensive domestic tourism does not allow people to stay longer than one night. The sales amount of Japanese-inn style
accommodation dropped by 1,000 billion Yen between 1994 and 2004. Another most serious factor preventing the Japanese tourism
from expanding is that Women are no longer as eager as they were before to travel. One reason is that some half of them between
25 and 34 years old work on part time basis. The income of Japanese part time workers is as half as that of full- time workers. The
expensive Japanese travel cost means that Japanese tourist industry's productivity is so low. We may need to work together to
improve its productivity to lower travel costs.
1.研究目的
光」がなぜ今低迷しているのかを、国内宿
次に世界の主要国と海外旅行消費金額
「観光は21世紀最大の産業」
「数億人が交
泊旅行市場の拡大を妨げる要因分析から探
(航空運賃は含まない)
で日本の海外旅行の
流する平和産業」
「観光立国」
「観光庁設立」
った。その結果「高い旅行費用」
「低い旅
市場規模を見てみる。図2は海外旅行上位8
など明るい未来を想像させる言葉とは裏腹
行満足度」
「旅行市場の牽引役である女性
カ国の支出額を時系列で見たものである。
に、今の日本の観光・旅行業界からは明る
マーケットの縮小」が大きな阻害要因では
1995年には日本はドイツ、アメリカに次
い話は聞こえてこない。マイケル・ポータ
ないかとの結論に達した。以下具体的に説
いで世界第3位の海外旅行大国であったが、
ーの「競争の戦略」の定義で現在の日本の
明していきたい。
2007年にはイタリアと中国にも抜かれ7位
旅行業界を分析すると、
「日本の旅行業界
まで順位を下げた。図2からも分かるよう
2.低迷する日本の旅行業界
に日本だけが右肩下がりの線になり、他の
業」であるとの仮説が成立してしまう 。
旅行業界の主要なマーケットである国内
7カ国はすべて右肩上がりの線になってい
日本は観光立国を目指している。平成19年
宿泊旅行、日帰り旅行そして海外旅行の市
る。図2の国々は相互依存性を持つ経済大
版観光白書によれば、平成17年度の国内観
場規模を時系列データで調べた。数値はど
国ばかりである。世界経済の影響を同じよ
光消費額24兆4300億円は直接的な経済効
の市場も成長が停滞または鈍化していた。
うに受けている。日本だけが右肩下がりに
果として229万人
(推定)の雇用誘発効果を
2004年をピークに海外旅行者数は減少し
なる理由を世界経済の景気低迷やSARSの
持っているという。筆者にはにわかに信じ
ている。国内旅行の宿泊も日帰り旅行も拡
影響に帰することは難しいのではないか。
がたい大きな数字である。
大を停止してい
本稿では、観光立国を目指す「日本の観
る。
は
(これ以上大きな成長が望めない)
成熟産
(1
図2 主要国の海外旅行消費額 (資料:UNWTO)
90
80
図1 旅行消費額 (資料:国土交通省)
70
20
4.6
4.3
4.4
4.2
5.3
5
4.9
4.5
4.7
4.4
4.3
海外旅行
4.5
15
4.9
5.3
4.7
4.9
兆円
日帰り旅行
10
14.2
5
12.4
12.5
13.7
14
14
単位:10億ドル
25
ドイツ
アメリカ
イギリス
日本
フランス
イタリア
中国
カナダ
60
50
40
30
20
13
13
国内宿泊旅行
10
0
0
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
1995年
2007年
−5−
1998年
2000年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
日本国際観光学会論文集(第17号)March,2010
日本国際観光学会論文集(第17号)March,2010
行費用は為替レ
図3 国別 国際観光収入
(資料: WTO Tourism Highlights )
海外旅行については国土交通省が実施し
た『海外旅行者満足度・意識調査報告
(概
ートに大きく影
大のマーケットであるが、市場は低迷して
響を受けるので、
いる。図5は旅館とホテルの軒数とそれぞ
フランス
日本円へのドル
れの売上高である。旅館の販売額は1991年
100000
単位:100万ドル
表1 宿泊旅行の泊数
①出張・業務旅行を除く国内宿泊旅行の宿泊数 ②一回あたりの宿泊旅行の宿泊数
アメリカ
120000
80000
売上高が毎年13兆円に達する旅行業界最
イタリア
換算額は大きく
の3兆5000億 円 か ら2004年 に は2兆 円 ま で
60000
ドイツ
変動する可能性
低下している。15年間で1兆5000億円売り
40000
イギリス
もあるが、海外
上げが消失した。売上高の低下に合わせて
旅行者数が減少
旅館軒数は減少を続けている。2008年度の
し て い る の で、
旅館軒数は50,846軒と5万軒切れ目前まで
カナダ
20000
日本
0
1990年
1995年
1998年
2000年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
中国
単位 国内宿泊旅行:円 海外旅行: 10円 GDP:USドル
日本観光協会②
資料:国土交通省『観光産業の経済効果に関する調査研究』日本観光協会『数字で見る観光』
要版)
平成20年7月』でみてみる。同報告書
の
「
(海外旅行の)
期待と満足度のギャップ」
によれば、全質問項目の平均期待値
(最大
100)が平均71.5に対し、満足度平均点は
67.7であった。 つまり期待値に対する満足
表2 一回の国内旅行の平均宿泊数と費用の日英比較 (資料:日本観光協会 UKTS)
日本
1.57泊
38,390円
(参考:163ポンド)
24,452円
(参考:103ポンド)
2002-2006年 平均宿泊数
平均宿泊旅行費用(2002-2006)
(一人当たり)
1泊あたりの費用(2002-2006)
(一人当たり)
英国
3.32泊※1
(参考:40,830円)
173ポンド
(参考:12,272円)
52ポンド
度は95となる。極めて高い満足度であると
考えられる。
不満が最も高かった項目は
「航
空運賃に加算される燃料サーチャージ」に
関する広告表示と旅行・航空会社の説明の
は 図2に 見 る よ
数は増加しているが客室利用率が低迷して
いるので、ホテル業界の売り上げも伸びて
いる。
いない。
海外旅行
海外旅行が一般化する
次になぜ国内宿泊旅行市場が伸びないの
実質GDP一人当たり
ことによって海外旅行が
かの原因を探ってみたい。日本観光協会の
特別なものでなくなる。
調査によれば、宿泊観光旅行をしなかった
一人当たりの実質GDP金額がほぼ同じ
61.8%が「家族旅行にかかる交通費が半分
遊び)
ではすべて満足が不満を上回った。
いわゆるコモディティー
理由を複数回答で質問したところ、時間的
日本と英国の国民はほぼ同じ金額の旅行費
くらいになること」と回答している。一泊
図7からは海外旅行満足度と国内宿泊旅
商品化することによって
余裕がない
(43.3 %)と経済的余裕がない
用を支払っていることが確認できた。表2
の宿泊費が現在の半額で、英国と同程度
行の満足度
(不満なしを満足と判断した)
で
からは一回の宿泊旅行で日本人は1.57泊、 (12,000円)にまで下がれば国内の宿泊旅行
は95%と42%と満足度に2倍以上の開きが
あることが分かる。日本人は英国人の2倍
(資料:財 日本交通公社)
宿泊旅行
50000
来ている
(日本観光経済新聞)
。ホテルの軒
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
一泊 56% 一泊 56% 一泊 56% 一泊 54% 一泊 54%
二泊 25% 二泊 26% 二泊 26% 二泊 26% 二泊 26%
1.56泊
1.54泊
1.60泊
1.60泊
---
うに日本だけが減少して
図4 一人当たりの旅行消費額とGDP
60000
海外旅行支出額
調査機関
国土交通省①
40000
30000
20000
(2
(24.1%)
が最も多い回答であった 。
消費者の購入基準が値段
10000
UKTS UK Tourist Survey,日本の平均は年度、英国は暦年。 ※1 英国のデータは2003-2007年の平均。
わかりにくさが唯一不満足が満足より高か
った項目であった。しかし海外での旅行経
験に関する質問項目
(出入国、交通機関、
ホテル、レストラン、ショッピング、観光・
の安さになっていくこと
日本人の観光目的の国内宿泊旅行のデー
英国人は3.32泊の旅行をしていることが分
は、どのサービスや商品
タから、宿泊数を時系列で見てみる。
かる。 つまり英国人は日本人の約2倍の長
にでも確認されることで
表1からわかるように、日本人は宿泊旅
さの旅行を楽しんでいると言える。日本の
5.満足度の低い国内宿泊旅行
行では58%の旅行者が何らかの不満を持
ある。そのために世界中
行
(業務以外目的)
の宿泊数は半数が1泊で
宿泊旅行費用は一泊あたりに換算すると、
次に日本人は国内宿泊旅行に満足してい
って帰宅したことになる。
の旅行業界はいかに安く旅行を消費者に提
4人に1人が2泊となっている。しかし国土
英国のほぼ2倍の金額にあたる。同程度の
るのかを、海外旅行と比較してみてみたい。
ではどんな不満を持ったのかを図8で見
次に外国人旅行者の受け入れであるイン
供しようかと腐心している。不要と思われ
交通省表1①の調査では、一回当たりの旅
一人当たりの実質GDP(≒一人当たりの
ここでは日本観光協会の『観光の実態と志
てみたい。日本観光協会の『観光の実態と
バウンド市場で国際比較をしてみる。図3
るあらゆるサービスを取り除き、ノー・フ
行の宿泊数が確認できないので、日本観光
国民所得)の日英両国の宿泊旅行を比較す
向』の「国内宿泊観光旅行に対する不満」
志向
(第25回)
』によれば英国の2倍の費用
は国際観光収入である。日本のインバウン
リル・サービスにして可能な限り安い航空
協会表2②の一回あたりの宿泊旅行の宿泊
ると、日本は英国のほぼ2倍の費用を支払
調査から、国内宿泊旅行の問題点を見てみ
がかかる国内宿泊旅行に、やはり旅行者は
ド数は伸びてはいるが、国際観光収入は必
運賃を提供しているのが格安航空会社であ
数でみると平均1.54泊となっている。この
っても、泊数は1/2となっている。
る。図6ではまず宿泊旅行に不満があった
値段が高いと感じ、値段の高さに不満を持
ずしも伸びているとは言えない。収入が増
る。日本の海外旅行の抱える問題は一人当
宿泊数は多いのか少ないのか。外国では一
ではいくらなら日本人は国内宿泊旅行を
か、なかったかをまず見てみる。
っていることが確認できる
(なおこの調査
えないので、国内の雇用増加には結びつい
たりの消費金額が減少していることではな
回の宿泊旅行で何泊の旅行をしているのか
増やすのか? 2009年度版 観光白書では,
1998年-2007年の10年間で不満があった、
は複数回答でも可としている)
。宿泊数が
ていない。
く、図9で見るように海外旅行者数が減少
を、日本と英国の国内旅行のデータを使っ
「家族旅行の回数を年間に1回増やすため
不満がなかった比率を時系列で見ると、不
ほぼ1泊のためどうしても土曜・日曜に旅
していることである。
て比較してみたい。英国は日本とほぼ同じ
の条件」のアンケート調査結果を掲載して
満があったと答えた比率が常に5割を超え
行者が集中することから発生する交通渋滞
程度の国民所得の国であり、かつ国内旅行
いる。それによると78.5%が「家族旅行に
ている。言い換えれば国内宿泊旅行の顧客
にも高い不満度が見られる。
かかる宿泊費が半分くらいになること」
、
満足度は非常に低いといえるのではないか。
「旅行費用が高いと消費者は旅行そのも
2006年
2005年
2004年
2003年
2002年
2001年
2000年
1999年
1998年
1996年
1994年
1992年
1990年
1988年
0
※海外旅行支出に航空運賃は含まれていない。
3.一人当たりの旅行消費額
(海外旅行費
用と国内宿泊旅行費用)
4.国内宿泊旅行の抱える問題
の詳しい統計資料がインターネットで公開
図1で日本の旅行の主要市場である国内
国内宿泊旅行は図1からも分かるように、
されている国である(3
40%
20000
30%
20%
10000
63
63
63
年
年
4
3
0
0
0
0
2
2
0
0
2
2
年
年
年
1
0
0
2
0
0
2
9
9
9
1
0
年
年
年
8
9
9
1
1
9
9
7
年
年
6
9
9
1
4
9
9
9
9
1
1
9
9
1
5
年
年
年
年
1
3
−6−
57
68
72
58
58
不満がある
して日本の宿泊旅行市場の拡大を阻害して
いるのではないだろうか。
年休の取得率が低いので、宿泊旅行の泊
数が伸びないという主張があるが、休暇が
34
34
37
37
37
1998年
1999年
2000年
2001年
2002年
10%
0
1
海外旅行費用も低下しているが、海外旅
66
50%
旅館軒数
30000
9
とは説得力がないのではないか。
ホテル軒数
40000
66
60%
ホテル売上高
2
行費用の減少を日本経済の低迷に帰するこ
旅館売上高
50000
9
りの実質GDPは増加傾向にあるので、旅
70%
9
ている。少なくとも2006年までは一人当た
80%
60000
9
りの旅行支出には関連性がないことを示し
いる(4。日本の高い国内旅行費用は結果と
90%
70000
1
図4は一人当たりの実質GDPと一人当た
する」と英国政府観光庁の報告書は述べて
100%
80000
単位:軒数 売上:億円
と比べて見てみたい。
する人は旅行支出を出来るだけ抑えようと
図6 宿泊観光に対する不満比率 (資料:日本観光協会)
図5 旅館軒数、ホテル軒数、旅館売上高 ホテル売上高
資料:日本観光経済新聞 レジャー白書2006
旅行消費額を一人当たりの実質GDP金額
の値段を支払ったにも関わらず国内宿泊旅
のを中止するか、それでも旅行をしようと
宿泊旅行、日帰り旅行と海外旅行の3市場
の総規模を見たが、図4では一人当たりの
は拡大する可能性がある。
43
32
28
42
42
2006年
2007年
不満なし
増えても、国内旅行費用が低下しない限り
宿泊数が伸びる可能性は低いのではないか。
宿泊数の伸び悩みは年休だけの問題ではな
0%
2003年
2004年
2005年
−7−
いと思われる。仮に休暇数が増えたとして
日本国際観光学会論文集(第17号)March,2010
日本国際観光学会論文集(第17号)March,2010
も、値段が高くて満足度の低い国内旅行よ
年休が増えれば国内宿泊旅行
りは、満足度の高い海外旅行に旅行者が流
がその分増えるとは単純には
れる可能性が高くなるのではないだろうか。
思えない。
表4 2000年と2003年の年齢別男女別海外旅行者数
100%
5
90%
80%
表3 海外旅行の満足度
質問大項目
70%
満足値
期待値
満足度
(旅行後) (旅行前) (満足値÷期待値)x100
66.1
73.4
90
64.3
64.9
99
75.4
76.4
99
65
71.4
91
67.7
71.7
95
食
ショッピング
観光
宿
全項目平均
58
不満あり
60%
50%
95
40%
不満なし
・満足
30%
20%
労働者の賃金格差は、正規社員を100とす
参考:2000年の海外旅行者数1781万人 2003年1652万人 減少数:129万人
図7 国内宿泊旅行・海外旅行比較
(資料:国土交通省 日本観光協会)
20-29歳
153
129
▲24
265
210
▲55
2000年 男子
2002年 男子
増減数
2000年 女子
2003年 女子
増減数
30-39歳
209
204
▲5
150
148
▲2
40-49歳
188
181
▲7
90
80
▲10
50-59歳
196
193
▲3
131
120
▲11
60-69歳
104
159
55
85
84
▲1
合計
850
866
26
721
641
▲80
では100:48と欧州諸国の平均の約半分で
ある(6。日本の労働人口の35%は正規社員
の半分の収入しかない状況である。このよ
うな経済状況が既に10年以上続いている。
もちろん一部の非正規労働者は自ら望んで
非正規の状態にあることは筆者も承知して
注:数字は1000の単位で四捨五入した。
42
れば、非正規社員の平均は83である。日本
いる。日本の総労働人口の約35%は非正規
10%
0%
国内宿泊旅行
海外旅行
表5 1999年-2008年の相関係数
雇用労働者である。就職氷河期に正社員採
総出国者数と全女性の出国者数
総出国者数と20代の男女合計の出国者数
国土交通省 海外旅行満足度・意識調査報告(概要版) 平成20年7月
0.94
0.38
用されること無く卒業した若者の多くは、
強い相関が見られる。
相関はあまり見られない。
フリーターや契約社員として低賃金に甘ん
じている。
図8 宿泊観光旅行に対する不満項目ワースト7 2005年
(資料:日本観光協会 「観光の実態と志向(第25回))
20代の男女の合計出国者数より、全女性
過去最高の出国者数を達成した2000年
旅行に関しては男性より女性のほうが関
の出国者数と総出国者数のほうが強い相関
と 過 去10年 間 で 最 低 の 出 国 者 数 だ っ た
心が高く、女性が旅行市場を牽引してきた
まだ200万人をクリア出来などころか、前
が見られた。全女性の出国者数を説明変数
2008年の男女別出国者数を表6で見てみ
ことは誰もが認めるところであろう。1970
年割れを何度もおこしている。
にして総出国者数を被説明変数として回帰
た。表6から分かるように女性の出国者数
年代のアンノン族に象徴されるように20
筆者は日本人の海外旅行者数の低迷は外
式を求めた結果R2が0.94と数値が得られた。
の減少幅が大きく、総旅行者数に大きな影
代女性は旅行市場において最も活発な消費
的要因ではなく日本の内部にあるのではな
つまり女性の海外旅行者数が海外旅行者総
響を与えている。
者であった。女性雑誌が海外・国内の新し
いかと考え、まず海外旅行者を法務省統計
数に影響を与えていることが確認できた。
%
20
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
入
い
高
が
料
場
い
高
店
食
飲
い
高
店
産
土
宿
い
高
設
施
泊
設
施
泊
宿
い
ず
ま
理
料
店
食
飲
た。しかし現在は25歳から34歳の女性の
から性別、年齢別に分類してみた。図9で
い
ず
ま
理
料
過去一番海外旅行者数が多かった2000年
表6 2000年と2008年の男女別出国者数比較
(1781万 人 )と そ の2年 後 の2002年
(1652万
人)を比較して、2000年から2002年で減少
6.縮小する日本の旅行市場
ここ数年伸び悩んでいる。
した129万人の年齢と性別で見てみた。表4
前述した国土交通省『海外旅行満足度・
1965 年に観光目的の海外旅行が解禁さ
は2000年と2002年の年齢別、性別に旅行
意識調査
(調査概要)
』は、
「この調査目的
れてから1996年までほぼ30年間右肩上が
者数を分類したものである。▲印は2000年
を 平 成22年 度
(2010年 )に 海 外 旅 行 者 数
りで上昇してきた海外旅行者数が1997年
から2002年に減少した数である。無印は増
2,000万人を達成するための推進施策への
から伸びが停止した。過去30年間ほぼ7−8
加した数値である。
活用をめざすもの」と説明している。しか
年で200万人ずつ増加してきた海外旅行者
2000年-2002年の出国者数を分類した表
し図9が示すように日本の海外旅行者数は
数が、最近では1997年から12年かかっても
4からは次のような事実が確認できる。
総男性出国数
2000年(1782万人)
954万人
2008年(1599万人)
910万人
総女性出国数
828万人
689万人
万人減少した
(減少数の6割を占めている)
。
R
1800
2
③年代別では20代の出国者数が男女とも
= 0.9432
減少している。合計で79万人。
1600
以上から「女性」と「20代の男女」の減
海外旅行者
1400
線形(海外旅行者)
は深刻な問題である。
低迷する経済の中で企業は従業員の雇用
図10 非正規雇用者の割合(25-34歳) 資料:労働力調査
確保を優先し、人件費の抑制のために新規
45
40
38
35
30
%
28
25
27
27
28
30
32
32
35
41
5
3
0
1990年
1995年
5
4
3
1996年
1997年
6
5
1998年
1999年
2000年
10
9
7
6
る。 労働力の需給は非正規社員で調整す
る企業も多い。しかし低所得の非正規労働
女子
15
10
800
600
400
200
0
年
5
96
1
年
年
1
7
96
1
9
96
年
1
1
97
年
1
3
97
年
年
1
5
97
1
7
97
年
1
9
97
年
1
2
98
年
1
4
98
年
1
6
98
年
1
8
98
採用は非正規社員を雇うケースも多くな
42
34
男子
20
42
38
11
13
14
14
図11 全女性非正規労働者数、全女性出国者数、日本の総旅行支出額
3000
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2500
次に「女性」と「20代の男女」の出国率
1000
年
年
1
0
99
1
2
99
年
1
4
99
1
年
年
年
6
99
1
8
99
2
0
00
年
2
00
2
注:2003年はSARSの影響で特殊例として上表からは除外している。
−8−
年
年
2
5
00
2
7
00
年
2
9
00
女性は旅行のヘビー・ユーザーで、将来
を担うはずの20代-30代の女性の旅行離れ
少が目立った。 1200
った可能性がある。
7.なぜ女性の海外旅行者数が減少したのか。
②女子の出国者数は全年齢層で減少し、80
2000
行マーケットの中心的牽引役を担えなくな
減少数
▲ 44万人
▲139万人
新婚旅行、家族旅行、熟年ツアーの牽引役
①男子の出国者数は26万人増加した。
図9 海外旅行者数(資料:法務省 単位:万人)
43%が非正規雇用労働者となり、女性が旅
が全体の出国率にどのように影響を与えて
若者の海外旅行離れが言われて久しい。
した5。図10は25-34歳の男
いるかを見てみた。1999年から2008年ま
携帯電話にお金がかかるので海外旅行にい
女別非正規雇用労働者比率
での10年間の総出国者数と全女性の出国
けない。ゲームのほうが面白い…。さまざ
である。
者数の相関、総出国者数と20代の男女合計
ま理由が推察されている。日本が格差社会
非正規労働者の賃金は正
の出国者数の相関をそれぞれ調べてみた。
化しているともよく聞く。所得格差も拡大
規社員よりも賃金が低いこ
総出国者数はビジネス目的も含んでいるが、
している。
とはよく知られている。欧
おおよその傾向は確認できると思われる。
筆者は非正規雇用労働者数の増加に注目
州では非正規労働者と正規
−9−
人数:万人 旅行額:100億円
雑
混
通
交
い旅行地を紹介し、旅行ブームを作ってき
女性非正規労働者
2000
女性出国数
総旅行消費額
1500
1000
500
0
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
日本国際観光学会論文集(第17号)March,2010
者の増加は国民経済の個人消費の減少に繋
がる。非正規雇用者増は日本企業の体力を
日本国際観光学会論文集(第17号)March,2010
低迷している」との記事を掲載した。記事
(3
【脚注】
(4
によれば、アメリカを100とした場合の日
弱め、最後は日本経済を弱体化させること
本の労働生産性は、飲食宿泊で40、サービ
になる。
スビジネス35、運輸等50とアメリカの半分
(1
日英購買力平価時系列比較
Deloitte The economic case for the
Visitor Economy Final Report 2008 for
マイケル・ポーター
「競争の戦略」では,
British Tourist Authority pp46
成長産業から成熟産業への移行時期に
(5
図11は全女性の非正規労働者数
(単位:
程度にとどまっている。同紙
(2007年5月23
は次の傾向が業界に現れると説明して
万人)
と全女性の海外旅行者数
(単位:万人)
日)
は「労働生産性 先進7カ国中 11年連
いる。
の定義に従い、パート、アルバイト、派
と総旅行消費額を表している。女性の非正
続最下位」の記事で、生産性の低い理由を、
①成長が鈍化し、シェア競争が激化する。
社員、契約社員・嘱託とし、労働力調査
規労働者数の増加は、海外旅行者数と総旅
設備投資が少なく、パートを増やすという
②業界の利益は低下する (一時的な場
行消費額を抑えていることが理解できる。
社員の働かせ方が問題だと指摘している。
女性非正規労働者の増加はゆっくりと日本
本稿では日本の旅行業界の成長を妨げて
の旅行市場を弱めていく。
いるのは旅行費用の高さであることを確認
合と永続的な場合がある) 従来の商習慣が機能しなくなる。
法は「旅行業界の労働生産性の向上」では
本稿では日本の観光の「高い旅行費用」
ないだろうか。日本の高い旅行費用は国際
⑤競争はコストとサービスの質になる。
が、日本の観光市場の拡大を妨げていると
競争力も弱めている。労働生産性が上がれ
⑥新製品が現れにくくなり、商品のコモ
主張した。日本の観光は値段の高さから国
ば、値段は下がる。値段が下がれば旅行者
際競争力もないことになる。価格が高いの
数は増加する。労働生産性の向上のために
⑦どの会社の商品も似たようなものに
は労働生産性の低さとも関係しているし、
は産官学の協働が必要であろう。産官学で
なり、
「安さ」が購買基準になる。
空港の着陸料や高速道路料金の高さなど政
の真剣な議論と科学的アプローチから生産
⑧そのため価格競争が激化する。
治行政とも係わっている。
「高い旅行費用」
性向上の方法の提案は必ず可能であると確
⑨「わが社は価格競争に参加しない
(一
を安くしない限り、どのような観光振興策
信している。
も効果は限定的にならざるを得ないのでは
値段の高さを放置して、お客様に情緒的
⑩買い手は新規客より購買経験を蓄積
ないか。
なサービスを従業員に強いる
「おもてなし」
しているリピーターが主流になる。
なる。
ディティー化が進む。
ではもう消費者は満足
⑪売り手は商品を熟知した買い手と厳
しない。国民の誰もが
しい交渉をしなければならない。
気軽に旅行が楽しめて、
⑫このような状況を打破するのが「イノ
旅行業界の人々も商売
ベーション」
( もう一度市場を拡大さ
用笑顔でなく自然の笑
伸びない宿泊数
低い顧客満足度
【参考資料】
・ 旅行・観光産業の経済効果に関する調査
線を課す)
」という主張が現れる。
顔で旅行者に接しられ
社会実情データ図録」から転載遣
④ニッチ市場マーケティングが盛んに
8. 日本の観光イノベーションをめざして
非正規雇用労働者
が旅行市場から除
外されている。
の数値をそのまま使用した。
(6
③競争が激化し、利益が低下するので、
した。 旅行費用を下げる極めて有力な方
高い旅行費用
非正規雇用労働者の定義は「労働力調査」
せる方法を見つける)
といわれる。 (2
研究Ⅳ
(2003年度版)
・ 旅行・観光産業の経済効果に関する調査
研究Ⅴ
(2004年度版)
・ 旅行・観光産業の経済効果に関する調査
研究Ⅵ
(2005年度版)
・ 旅行・観光産業の経済効果に関する調査
研究Ⅶ
(2006年度版)
・ 旅行・観光産業の経済効果に関する調査
研究Ⅷ
(2007年度版)
・ 観光白書 平成18,19、20、21年版
・ 日本観光協会「数字で見る観光」1999,
2000,2001,2002,2003,2004, 2005, 2006,
2007-2008, 2008-2009年版
・ P. Richards Tourism House of Commons
Library 2003
日本観光協会「観光の実態と志向
(第26
・ Office for the National Statistics, UK
るような国を観光立国
回)
」2008年1月 平 成18年 調 査 宿 泊 観
Tourist Survey 2002,2003,2004,
というのではないだろ
光旅行をしなかった理由
2005,2006
うか。
旅行市場の低迷と縮小
購買力平価による一人当たりの国内総生産(単位:米ドル) 資料:内閣府
宿泊旅行の満足度の低さは期待値と満足
40,000
度の差から来ている。
「こんなに高いお金
35,000
か」という意識が根底にある。値段が高い
30,000
ので、宿泊数も伸びない。図8でみるよう
25,000
日本
20,000
英国
に学校休暇中の週末の交通機関の混雑は国
内宿泊旅行の最大の不満となっている。原
因は宿泊を伴う国内旅行が一泊二日で土・
日曜日に集中するためと考えられる。
日本経済新聞
(2007年4月11日)は「2005
年の日本の労働生産性は主要国で最低水準
にとどまっている」
「特にサービス分野で
ドル
を払っているのに、サービスはこんな程度
15,000
10,000
5,000
0
2002年
−10−
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
−11−