混合結合織病・重複症候群・未分化結合織病 (改訂 2001年)

病気のプロフィル
No.
41
混合結合織病・重複症候群・未分化結合織病
(改訂 2001年)
1972年にミズーリ大学コロンビア校・リウマチ内科の Gordon C. Sharp 教授お
よびその一門が提唱した混合結合織病 mixed connective tissue disease (MCTD)
は、病気としての特徴が茫漠として分りにくく、診断基準なども提唱者の名ほど
シャープではないなどと言われ、一時期、病名が医学の教科書や雑誌から消えるの
ではないかと取り沙汰されたことがある [1-10]。しかし、この十数年、MCTDの独
自性を指摘する論文が次々と出され、独立の病気の単位 disease entity として再び
認識されるようになった (後述)。
この「病気のプロフィル」シリーズで取り上げてきた病気のなかでは、MCTDは
組織球性壊死性リンパ節炎(「病気のプロフィル」No.27)と並ぶ歴史の浅い病気で、
その知識にはなお流動的な面を多く残しているが、わが同門の兼岡秀俊博士(福大
腎臓内科助教授)が2年余にわたってSharp教授の下で研究した病気であるし[10,
11]、また昨今とくに若い医師たちが希望することの多い病気であるから、これと
関連の深い重複症候群や未分化結合織病とを併せて、現時点、二十一世紀初頭にお
ける知識をまとめることにした。
病気の略語 このプリントで頻繁に出てくる病気について、次のような略名を用
いる。
RA:慢性関節リウマチ、SLE:全身性エリテマトーデス、PSS:進行性全身性硬
化症、PM:多発筋炎、DM:皮膚筋炎、PN:結節性多発動脈炎、SjS:シェーグレ
ン症候群.
膠原病か結合織病か
周知のように、1942年にKlempererは、病理学的な見地から、全身の結合織の膠
原線維にフィブリノイド変性、粘液性膨化、壊死などの病変をきたすいくつかの病
気に対してびまん性膠原病 diffuse collagen disease と名付けた。
その後、このような系統的な組織変化を示す病気として
RA、SLE、PSS、PM、
DM、PN、リウマチ熱があげられ、さらにその後、多関節炎症状を示す RA や SLE
などはリウマチ学の対象となる病気、すなわちリウマチ性疾患rheumatological
disease として分類され、研究者によっては「膠原病」のほかにリウマチ - 膠原病、
結合織病、自己免疫病、免疫複合体病、系統的血管炎症候群といった多彩な病名の
もとに分類された [12]。このことは、以上の病気は成因が複雑で、多様な病態を呈
し、一元的に取り扱うことがむずかしいことを示している。
わが国ではこれらの病気に対して膠原病の呼称が多いが、欧米では少なく、結合
織病 connective tissue disease で統轄していることが多い [7]。結合織病には上述
の RA、SLE、PSS、...... の他に遺伝性結合織病 hereditary connective tissue
disease があるが [13]、遺伝性結合織病はごく稀で、日常の診療でまず遭うことは
ないから、筆者は膠原病またはリウマチ-膠原病よりは結合織病のほうを採りたい。
1
以下、説明の都合上、重複症候群、混合結合織病、未分化結合織病の順序で述べ
ることにする。
重複症候群
一人の患者に2種類以上の結合織病が見られる場合に、その状態を重複症候群
overlap syndrome という。この場合には、重複する結合織病がそれぞれの診断基
準を充たしていなければならない [14, 15]。
一般に重複症候群では抗Sm、抗トポイソメラーゼ、抗Ku抗体などの疾患特異性
の高い自己抗体が証明されることが多く、予後不良である [15]。
本間ら (1986) によれば、SLE、PSS、およびPM/DMの診断基準を充たした462
例の患者の約22%に重複が認められ、7%に3種類の結合織病の診断基準を充たす例
があったという [14]。このことから、重複はさほど珍しい現象でないことが分る。
一般にSLE、PSS、PM/DMが重複することが多いが、シェーグレン症候群 (SjS)
が重複の一単位をなすことも少なくない。SLE、PSS、PM/DMにおいてSjSに特徴
的な乾燥症状sicca syndromeが見られることが約50%あり、またSjSとRA、SLE、
PS S、またはその他の結合織病との重複がそれぞれ24、11、8、7%に見られる
[16]。
重複の作為性・無作為性 以前、重複はそれぞれの結合織病の集団中頻度に依存
してほぼ無作為 random に成立すると考えられたことがあったが、必ずしもそうで
はないらしい。
結合織病のなかで RA と SLE は比較的頻度の高い病気であるから (表 1)、それだ
け多く重複して発現しそうにみえる。Panush et. al.(1986) は、約7,000例の RA
患者を平均約11年間追跡観察した結果、観察中にSLEを併発した患者は6例 (0.09%)
であった。これは無作為重複の期待頻度 1.2% より低い [17]。RAと PSS について
も同様らしい [15]。その仕組みについて筆者自身の解釈があるが、too speculative
であるから、まだここでは触れない。
表
1.
一部の結合織病と類縁疾患の患者数、男女比、および好発年令
慢性関節リウマチ
全身性エリテマトーデス
進行性全身性硬化症
DM/PM
リウマチ熱
結節性多発動脈炎
シェーグレン症候群
混合結合織病
ベーチェット病
患者数
70*×104
3
1
1
0.3
0.2
3
0.3
2
DM/PM:皮膚筋炎・多発筋炎.
熊谷 (1999) より引用 [18].
男女比
1 : 7.5
1 :9
1 :7
1 :7
1 :1
6 :4
1 :9
1 :9
1 :1
*藤井・辻
2
好発年令
30〜50歳
20〜30
30〜50
10、50
小児
中年
中年
30〜40
30〜40
(1999)
の試算を取り上げている。
結合織病の転位 結合織病発症後の経過に不可解なところが少なくないが、その
一つに転位の現象がある。
一つの結合織病が経過とともに別の結合織病に変化していき、完全に置き換わる
場合がそれである。これを転位 transition という。筆者はこのような例の経験に乏
しいから、秋月・本間 (1972) の報告にしたがって具体的な例を紹介する [12]。
患者は57歳の女性。42歳のときに定型的な蝶形紅斑と爪周囲の紅斑が出現し、そ
の他の所見と併せて定型的な
SLE
と診断された。ところが、その後、皮疹が次第
に消失して見られなくなるとともに、RA 特有の変形性の多関節症、朝のこわばり、
皮下結節などが出現し、少なくとも外観上、SLE の症状は消失して RA に変貌した。
すなわち、この症例は初め SLE と診断され、その後、SLE と RA の症状が同時に
認められる重複の時期を経て、ほとんど定型的な RA に変貌したと推測される例で
ある [12]。
次に述べる混合結合織病で
SLE
優位の病態が経過の過程で腎障害をきたし、抗
DNA抗体が陽性になって完全な SLE の病態に変貌することがあるという [19]。こ
れも転位の例に相当しよう。
転位の仕組みはまだよく分っていない。
混合結合織病
(MCTD)
Sharp et al.は、1969年から1972年にかけて観察した25人の結合織病の患者につ
いて、次のような特徴があることを指摘した [1, 2]。
1) PSS、SLE、PM がそれぞれ軽症な状態で混在している。
2) 血清の抗ENA抗体価は高いが、抗Sm抗体は陰性である。
3) 腎障害は見られない。
4) 症状は副腎皮質ステロイド薬治療によく反応し、予後は比較的良好である。
Sharp et al.(1972) は、このような主要な特徴を示す結合織病を混合結合織病
mixed connective tissue disease (MCTD) と名づけた。わが国ではPSS、SLE、
PM/DMのうち少なくとも二つの病気の特徴を一部ずつ併せ持った(混合した)結
合織病で、病型や重症度に微妙な違いがあるとみなす見解がある[19]。
以下、MCTD の略語で通すことにする。
Sharp et al.は、抗ENA抗体陽性を重視し、これがDNA免疫複合体の形成を抑制
するのではないかと推測した [2]。MCTD に関連する自己抗体については後に項を
改めて述べるが、Reichlin (1976) も、SLE や PSS で抗nRNP抗体陽性の患者は陰
性の患者に比べて病気の予後が良いと指摘している[3]。これらのことが事実とすれ
ば、結合織病では、「毒をもって毒を制する」かのように、ある抗体が他の抗体に
よる免疫複合体の形成を抑制する相殺的な相互作用はあり得るのではないかと推測
される。
MCTDの独自性
ここでいう独自性とは、MCTD は他の結合織病と区別して独立の病気の単位とみ
なして良いかどうかということである。
MCTD の病名が提唱されて 4〜5 年のうちにその独自性について批判の声が上り、
賛否両論の時期を経て、再び独自性を容認する方向に傾いてきた。その間の経緯を
次に紹介する。
独自性に対する批判 Sharp et al.の発表後、1976年から1985年にかけて、主に
3
アメリカ国内において MCTD の独自性に対して批判が集中した [3-10]。要約する
と、次のとおりである。
1) MCTD は既知の結合織病とは別の単位の病気とはみなしがたく、重複症候群
の一型か、PSS や SLE の経過の一時期に相当するのではないか。
2) MCTD は比較的予後良好とされているが、他の結合織病と同様に重篤な臓器
病変が発現する。
3) MCTD に特異的とされる血清の抗nRNP抗体(後述)は他の結合織病でも高
頻度で陽性である。
批判の委細は吉田 (1985)、粕川 (1991、1996)、岡田 (2000)、兼岡 (2001) など
にも紹介されている [6-10]。
このこと を反映してか、国際 疾病分類(W HO )やアメ リカ・リウマチ学会 の
"Primer on the Rheumatic Disease"
(10th Ed.) では MCTD は重複症候群の一つ
か、あるいは PSS の亜型として取り扱われている。また兼岡博士の論文 (1992) は、
MCTD の病名をanti-U1-70kd autoantibody positive connective tissue
sease di
に変えるという条件でアメリカ・リウマチ学会機関誌 Arthritis & Rheumatismに
受理されたという [10, 11]。
自 験 例 筆者が経験したMCTDの症例はすべて九大第一内科の診療記録のな
かに在る。1975年以降、数例の経験から筆者はMCTDという病気の単位は存在する
と考えていたが [12]、それから20年余経った今日、多数の診療記録からその例を探
し出して具体的に提示することはむずかしい。
非公式ながら報文として一つ残っているのは、1985年に三宅恒徳博士(福岡市・
三宅内科クリニック)から紹介されて診た20歳の女性患者(福岡市在住)である
[22]。これも診療記録としては不十分であるが、比較的新しく、また第一内科に入
院してもらって診断を再確認したから、MCTDの自験例の一つとして次にあらまし
紹介する。
この患者は福岡逓信病院で診て臨床症状、免疫学的な検査データ、経過などから
MCTDと診断し、診断の確認と治療方針決定を目的として第一内科に入院してもらっ
た。第一内科でもMCTDと診断されたが、入院中に髄膜炎を併発した。後に述べる
ように、無菌性髄膜炎はMCTDにかなり特異性の高い併発症である。
幸い髄膜炎は治癒し、諸症状も寛解して退院したが、その後、患者は福岡市から
仙台市に移住した。移住後も患者は、12年余にわたって、毎年、筆者あてに手紙で
その後の身体と生活の状況を知らせてきた。それによると、短期間ながら会社に勤
務し、日々の生活にもよく適応しているようであった。しかし12年余の後、通信は
途絶えた。MCTDに最も高率な心肺障害(後述)を併発したかもしれない。
この例は医師対患者として最も長く交流が続いた例の一つである。もちろん仙台
市における主治医にも何回か手紙を出した。
1985年以降の推移 この項の初めに述べたいくつかの批判の論文から明らかな
ように、少なくとも1985年まではMCTDは独自性において不確かなものであった
[6]。しかし1985年以降、わが国とヨーロッパ諸国の一部においてMCTDは一般の
重複症候群とは同一に取り扱うことは出来ず、また PSS や SLE とは本体を異にす
る結合織病であるとする意見が次第に多くなった[23-27]。
近藤ら(1995)は、MCTD患者を8.5±5.0年にわたって追跡観察した結果、MCTD
ではPSS特有の手と指における非可逆性の線維化の所見は時日を追って顕著になっ
ていくが、最終的には定型的なPSSの状態にはならないと述べている
[26]。この報
4
告に加えて、後に述べるように、血清免疫学的所見と心肺障害の合併に関する知見
がMCTDの独自性を高めることになった [24, 28-33]。
わが国では、1984年と1992年の2回、厚生省調査研究班によってMCTDの全土に
わたる統計学的調査がなされ、その結果もまたMCTDの独自性を高めるのに貢献し
た(後述)。
1993年にはMCTDは厚生省特定疾患治療研究の対象として医療費が公費負担とな
り、それ以来、MCTDの存在が一次医療機関にも広く知られるようになった [21]。
以上の調査研究にはとくに東條、粕川、およびその共同研究者の貢献したところ
が大きい。また「難治疾患」に対する厚生省と文部省の多年にわたる支援も高く評
価されてしかるべきである (表 2)。
表
1981
1982
1984
1992
1993
1996
1998
2.
年
年
年
年
年
年
年
わが国におけるMCTDの主要な調査研究
小児のMCTDに関する報告.
厚生省特定疾患に指定.
全国にわたる統計学的調査.
全国にわたる統計学的調査.
厚生省特定疾患治療研究の対象に指定.
「診断の手引き」作製.
結合織病における肺高血圧症の調査研究.
安部 (1981)、粕川ら (1986)、東條ら (1991)、その他の
報文から編成 [7, 8, 20, 21, 26, 29-39, 43-52, 54-56]。
MCTDの血清免疫学的所見
結合織病の患者の血清中には自己の細胞核や細胞質の成分に反応する自己抗体
autoantibody が50種類以上証明されている。それらの自己抗原の多くはDNAまた
はRNAと複合体を形成するタンパク質で、そのなかでも臨床的に重要なのは抗リボ
核タンパク抗体 (抗RNP抗体) である [36]。
Sharp et al.の報告 (1972) 以来、MCTD診断の重要な基準になっている自己抗体
は、細胞核の可溶性抗原 extractable nuclear antigen (ENA) に対する抗体である。
後に一連の研究によって、これに対応する抗原は細胞核内のRNAタンパク複合体
nuclear ribonucleoprotein (nRNP) として同定された [7]。
抗ENA抗体には2種類ある。一つは抗Sm抗体、他は抗nRNP抗体である。前者は、
周知のとおり、抗体が証明された患者の姓 Smith の頭文字を取って命名されたもの
で あ る 。 後 者 は 対 応 す る 抗 原 が 細 胞 核内 の R N A タ ン パ ク 複 合 体 n u c l e a r
ribonucleoprotein (nRNP) である [7, 12]。
結合織病研究の早い時期に開発された蛍光抗体法で高い力価で斑紋状speckled
typeの抗核抗体が認められる場合には、抗nRNP抗体が存在している可能性が高い
[25]。結合織病では高い力価の斑紋状抗核抗体は重視される。
抗U1-nRN P抗体 現在では、抗ENA抗体─抗nRNP抗体は抗U1-nRNP抗体で、
U1-nRNP抗原はクローン化され、これに対応する抗原決定基の化学的性状も明ら
かにされている [25, 34, 37, 38]。
Smolen & Steiner (1998) は、MCTDにおける抗U1-nRNP抗体の重要性を再評
5
価し、次のように述べている [27]。
1) MCTDでは斑紋状抗核抗体が、他の結合織病に比べて、際立って高い値を示す。
2) 一般に抗U1-nRNP抗体はPSS、PM、RAでは証明されないが、SLEでは抗Sm
抗体とともに証明される。
3) MCTD患者における抗U1-nRNP抗体はSLE患者のそれとは認識するエピトー
プが異なる。
4) 抗U1-nRNP抗体が高い未分化結合織病(後述)の患者の多くは、2年以内に
MCTDになる。
以上の知見から、MCTD診断における抗U1-nRNP抗体の評価はほぼ定まったと
みなして良いであろう。
PSSとPMの重複症候群に特異的に証明される自己抗体に抗Ku抗体がある[35]。
現在のところ、抗U1-nRNP抗体と抗Ku抗体は重複症候群の特定の型の標識抗体と
いえるかもしれない。
表
3.
混合性結合組織病診断の手引き
(1996年改訂)
B. PSS 様所見
Ⅰ. 共通所見
1. レイノー現象
1. 手指に限局した皮膚硬化
2. 指または手背の腫脹
2. 肺線維症、拘束性換気障害、
または肺拡散能低下*
Ⅱ. 免疫学的所見
抗U1-nRNP抗体が陽性
3. 食道蠕動低下または拡張
C. PM 様所見
Ⅲ. 混合所見
A. SLE 様所見
1. 筋力低下
1. 多関節炎
2. 筋原性酵素 (CK) の上昇
2. リンパ節腫脹
3. 筋電図における筋原性異常所見
3. 顔面紅斑
4. 心膜炎または胸膜炎
5. 白血球減少または血小板減少*
*原案では基準値が示されているが、この表では省略した。
[診断] (1) Ⅰの1の所見が陽性、(2) Ⅱの所見が陽性、(3) ⅢのA、B、およびC 項目
のうち、2項目以上につき、それぞれ1所見以上が陽性。
[付記] (1) 抗U1-nRNP抗体は二重免疫拡散法または酵素免疫測定法 (ELISA) のど
ちらで検出しても良い。ただし、二重免疫拡散法で陽性で、ELISAの結果と
一致しない場合には、二重免疫拡散法の結果を優先する。(2) 次の疾患標識
抗体が陽性の場合には、MCTDの診断は慎重にする。(a) 抗Sm抗体、(b) 高
力価の抗二本鎖DNA抗体。(c) 抗トポイソメラーゼⅠ抗体 (抗Scl-70抗体)、
(d) 抗Jo-Ⅰ抗体。(3) 肺高血圧症をともなう抗U1-nRNP抗体陽性の例は、
臨床所見が十分にそろっていなくても、MCTDに分類される可能性が高い。
東條 (1996)、西間木 (1999) を参考に編成 [20, 24]。
MCTDの診断で抗U1-nRN P抗体の単独陽性は絶対の条件か 前に述べたように、
1990年代の初めまでは抗U1-nRNP抗体だけが陽性で、他の抗体は陰性であること
がMCTD診断の重要な条件であった [7]。しかし抗U1-nRNP抗体が高力価で陽性で
6
ある場合には、混合する結合織病それぞれに特徴的な自己抗体が同時に陽性である
ことが少なくない [7]。したがって最近ではMCTDの診断で「抗U1-nRNP抗体単独
陽性」にはさほど拘らなくなっている [25]。
原 (1996) によれば、1016例のMCTD患者では抗U1-nRNP抗体は100%陽性で、
抗Sm抗体─RNase非感受性の抗ENA抗体は約8%陽性であったという [40]。
MCTD 診断の手引き
MCTD の独自性が認められるにしたがって、医学界から、その診断基準が求めら
れるようになった。
1980年代の末に厚生省調査研究班 (1987)、Sharpet al.(1987)、およびAlarcon
-Segovia et al.(1989) の三者によって MCTD の診断基準が提出されたが [7,
41, 42]、1996年に厚生省調査研究班によって改訂された「混合性結合組織病診断
の手引き」(表 3) は感度88%、特異度87%と最も信頼度が高いと評価されている。
この「手引き」では但し書きが多いのが気になるが、留意すべき点として指摘され
ているのは次の点である。
混合所見 PSS、SLE、PMに特異的な臨床症状がそれぞれ軽症な状態で、二つ以
上混合して認められるが、それぞれの結合織病に特徴的な所見、すなわちPSSにお
ける身体近位部の皮膚の硬化、SLEにおける顔面紅斑や腎症、PMにおける近位筋の
筋力低下などは基準に含まれない。
表
症状と検査所見
共通所見
レイノー現象
指・手背の腫脹
SLE 様所見
多関節炎
顔面紅斑
リンパ節腫脹
心膜炎
胸膜炎
白血球減少
血小板減少
タンパク尿
抗DNA抗体陽性
RF陽性
4.
MCTDの症状と検査所見の頻度
頻度
診断時 最終
100 %
80
74
23
30*
6
6
52
6
16
35
60
8,
96 %
74
38
10
4
6
29
8
14
23
49
症状と検査所見
PSS 様所見
手、指の硬化
近位部皮膚硬化
指尖瘢痕
肺線維症
肺拘塞障害
肺拡散障害
食道蠕動低下
PM 様所見
筋力低下
筋原性酵素上昇
筋電図所見
その他
肺高血症 (確診)
頻度
診断時 最終
80 %
15
18
34
30 *
37 *
15
74 %
53
22
43
42
46
44
13
9
12
7
23
14
「最終」は最終診断時の意味。食道蠕動低下には食道拡張を伴うことがある。
筋電図の所見として筋原性異常所見。頻度に関する数値は小数点以下四捨五入
してある。*印: 東條ら (1994) による数値。東條ら (1994)、東條 (1996)、近藤
ら (1999)、西間木 (1999) を参考に編成 [20, 24, 26, 31]。
共通所見
表 4に示すように、MCTDでは共通所見としてレイノー現象
7
Raynaud
phenomenon と手指硬化 sclerodactyly の所見がとくに重要視されている。前者
は手指に発現しやすく、寒冷下で発作性・可逆性の変化として現れる。知覚鈍麻、
しびれ、痛みを伴うことがある。後者については手指の腫脹 swollen hand、ソー
セージ指 sausage finger、手指の先細り硬化 tapering sclerodactyly が重要視さ
れる (図 1)。
自己抗体 MCTDの血清免疫学的所見については前に述べたが、改訂された「診
断の手引き」では、SLE、PSS、PMに特徴的な抗Sm抗体、高力価の抗二本鎖DNA
抗体、抗トポイソメラーゼⅠ抗体、抗Jo-Ⅰ抗体が陽性である場合には、「MCTDの
診断は慎重に」という項目がある。
以上のことから分るように、「診断の手引き」はMCTDの抽出を目的として作製
されたものである。したがって、他の結合織病の診断基準のように除外項目がなく、
他の結合織病の基準を充たす症例もMCTDと診断することができる [25]。
図1. MCTDの手指
手指に光沢感があり、先細り状 (tapering)に
なっている。大島、鳥飼 (1995) より引用 [25]。
高野ら(1994)によれば、M CTD患者をMC TD とS LE両方の診断基準を充たす
MCTD/SLE groupとSLEの診断基準を充たさないMCTD/non-SLE group とに分
けて検討すると、2群のあいだで治療に対する反応のしかたと予後に明らかな違い
があるという [44]。このような点にも自己免疫現象の不可思議さがある。
MCTDに関する統計学的資料
前にも述べたように、厚生省調査研究班は、1984年と1992年の2回、全国にわたっ
てMCTDの統計学的調査をおこなった [29-31, 43]。その成果を要約すると、次の
とおりである。
1) MCTDの患者数はわが国全土でおよそ3,200、男女比は1:15で、女性に圧倒的
に多い。
2) 30〜40歳に発症することが多い。
3) 毎年新たに約350人の患者がMCTDと診断されている。
4) 発症後5年までの生存率は96.9%で、この点では他の結合織病に比べて比較的
予後は良好である (「この点では」ということに留意)。
5) MCTDでは肺高血圧症が26.1%に併発し、併発症はSLEのそれに比べて呼吸不
全、心不全などの心肺障害が多く、死因の約65%を占める (表 5)。
8
MCTDにおける主要な併発症
統計学的調査はいくつかの病気がMCTDに比較的多い割合で併発することを明ら
かにし、このことがさらにMCTDの独自性を高めることになった。
表
死因の
順 位
第一位
第二位
第三位
5.
MCTDとSLEの主な死因の頻度
MCTD (69例)
1984 - 1989年
肺高血圧症
呼吸不全
心不全
26 %
23
16
SLE (212例)
1973 - 1983年
感染
35 %
脳血管障害
10
腎不全
9
CNSループス
9
死因の頻度の小数点以下は四捨五入してある。西間木 (1999)、
東條ら (1991)、東條 (1992) を参考に編成 [24, 29, 30]
肺高血圧症 厚生省のMCTD調査研究班は、難治疾患・疫学調査研究班と協同し
て、1998年に世界に先がけて結合織病における肺高血圧症併発の統計学的調査をお
こなった[32]。
表 5に示すように、一般集団における肺高血圧症の有病率が人口百万あたり1〜2
とすると、結合織病、とくにMCTDでは発生率が高い。
肺高血圧症はMCTDの予後に最も大きく影響をおよぼし、肺高血圧症発症後5年
以内に死亡する[50]。
肺高血圧症には肺の毛細血管より前に原因がある場合、すなわち肺動脈そのもの
の病変にもとづく前毛細血管性肺高血圧症と僧帽弁膜症などに見られる後毛細血管
性肺高血圧症の二とおりあるが [46]、結合織病では前者の場合が多い。そのほかに
結合織病全体に多い肺の併発症
respiratory
complications
associated
with
connective tissue diseases にもとづく肺高血圧症もある(「病気のプロフィル」
No. 26)。
わが国では西間木 (1990) らによって「MCTDにおける肺高血圧症診断の手引き」
が出されている[47, 48]。
無菌性髄膜炎と三叉神経障害 MCTDまたは抗U1-nRNP抗体陽性の結合織病患
者には無菌性髄膜炎が併発することが多い [51, 52]。無菌性髄膜炎には薬剤、とく
にNSAIDによって誘発される髄膜炎と薬剤とは関係なくおこる髄膜炎とあるが、岡
田ら(2000)によると、抗U1-nRNP抗体陽性の患者の約15%にNSAID服用とは関係
なく無菌性髄膜炎が、12%に三叉神経障害が併発するという [51, 52]。
肺高血圧症、無菌性髄膜炎、三叉神経障害のほかにも、M CTDまたは抗U1nRNP抗体陽性の患者に好発する併発症があるかもしれない。今後の調査研究課題
である。
小児の混合結合織病
Sharp et al.がMCTDの病名を提唱しておよそ5年後に、Saunders et al.(1977)
によって小児にもMCTDが存在することが明らかにされた [53]。わが国ではおそら
く安部らの報告 (1981) が最初であろう [54]。
9
わが国では1994年までに23例の小児のMC TD患者が報告されているが、横田
(1994) はそれらを再調査、分析した結果、症例の多くでレイノー現象が先行し、そ
の他に発熱、関節炎、皮疹、筋力低下などの症状が見られ、免疫学的検査の結果、
全例で斑紋状抗核抗体陽性、抗U1-nRNP抗体陽性であった [55, 56]。
MCTDの治療
治療については粕川 (1996)、長澤 (1996)、東條 (1996)、三森 (1996) などにまと
められている [8, 19, 21, 57]。この小文では治療については特に触れない。
未分化結合織病
結合織病が疑われても、どの結合織病に分類すべきか決定できない患者が約15〜
25%いる [45]。このような患者は、経過を観察しているうちに特定の結合織病であ
ることが明らかになる場合とそうでない場合とある。結合織病が疑われるが、どの
結合織病であるか決定できない場合を未分化結合織病undifferentiated connective
tissue disease (UCTD) という。"undifferentiated" を "unclassified"
または
"undetermined" としている研究者もいる。
筆者は、一時期、「未分化」は発生学の分化と同義に解される用語として行き過
ぎの感があり、したがって「未分類」または「特定困難」としていたが、使いやす
いということから再び「未分化」とした。
UCTDの用語は LeRoy et al. (1980) がMCTDを批判する論文で提案したもので、
特定の病気の名を示すものではない [4]。次に筆者が経験した一例を示す [22]。
UCTDの一例 微熱と全身倦怠感を主訴として来診した16歳の女性患者。結核、
SLE、不明熱、.....
が疑われたが、結核の病巣らしいものは発見されず、感染の病
原も同定できず、または皮疹や腎障害もなかった。臨床検査では抗核抗体が軽度陽
性以外にはほとんど見るべき所見がない。
このような患者を特定の結合織病と診断することはむずかしい。結局、不明熱、
UCTDとして経過を観察しているうちに微熱は消失した。しかし、その後、十分に
注意を喚起していたにもかかわらず、患者は一回友人とハイキングに出かけて日光
を浴びたらしく、その後に顔面に紅斑が出現、再び微熱を見るようになった。幸い
少量の副腎皮質ステロイド薬で急速に症状は消失したが、以後SLEとして経過を観
察することになった。
UCTDは結合織病の早期診断がいかにむずかしいかの一面を示している。
む
す
び
以上、重複症候群および未分化結合織病 (UCTD) と併せて、二十一世紀初頭にお
ける混合結合織病 (MCTD) のプロフィルをまとめてみたが、臨床像はなお依然とし
てあいまいさを残している。ただ、ここ数年の知見のなかで、血清の抗U1-nRNP
抗 体 は M C T D と S L E と で は 認 識 す る エ ピト ー プ ( 抗 原 決 定 基 a n t i g e n i c
determinant) が異なるという Smolen & Steiner (1996) の報文は、MCTDの独自
性を高める知見として注目されよう [27]。今後の追試が待たれる。
[謝辞] 樋口雅則博士、嶋田裕稔医師
腎臓内科) の御協力に深謝する。
(福岡逓信病院)、兼岡秀俊助教授
柳瀬
10
敏幸
(2001.
(福岡大学
12.
21.)
参
[1]
考
文
献
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