ICP-2008-003 韓国のIPTV市場における企業戦略 † A Study of Corporate Strategy for IPTV Market in Korea 朴 唯新 ∗ Yousin Park 本稿は、韓国において IPTV サービスのビジネスモデルの可能性について M.E. Porter の五つの競争要因モデルを用いて分析し、IPTV サービスのビジネスモデル に関しては IPTV サービスの投資と収益性について議論する。 IPTV 事業者として Hanaro 社の「Hana TV」と KT 社の「Mega TV」を取り上げ、 両社の経営戦略を比較した。両社の経営戦略はかなり類似しており、TPS/QPS の マーケティングを行い、コンテンツ確保に積極的である。 本稿は以下のように構成されている。第二節では、IPTV サービスの意義と IPTV サービスを巡る法制度について説明する。第三節では、韓国のブロードバンド市 場の現状と IPTV サービスが登場した背景について説明する。第四節では、IPTV サービスを巡る競争状況と IPTV サービスのビジネスモデルについて議論する。 最後に、韓国の IPTV サービスの事例を通して日本の IPTV サービスへの提言と 今後の課題について説明する。 This paper conducts analysis from a viewpoint of five forces model about the feasibility o f IPTV service. This study focuses on the business model of IPTV Service from two viewpoints: its investment and profitability. "Mega TV" of Korea Telecom and "Hanaro TV" of Hanaro Telecom are used as a case study and their corporate strategies are compared. The strategy of two companies (Hanaro Telecom, KT) has been considerably alike. They have focused TPS/QPS marketing and have been striving to gain good contents. This paper covers 5 sections: Introduction, The Meaning and Function of IPTV Service and IPTV Law, Broadband Market Situation in Korea, The Corporate Strategy of IPTV Service Companies, The Business Model of IPTV Service and Conclusion. March 19, 2009 情報通信政策研究プログラム † ∗ 本稿は「情報 通 信 政 策 研 究 プ ロ グ ラ ム 」 の研究助成を得て行った研究の成果を総括したものである。 宇部工業高等専門学校 [email protected] 1 韓国の IPTV 市場の現状 本稿では、韓国のIPTVサービスの現状と課題について紹介する。この研究の背景と し て 、 日 本 に お い て ブ ロ ー ド バ ン ド 市 場 が 次 世 代 ネ ッ ト ワ ー ク ( Next Generation Network)へ移行する中で、通信・放送融合サービスとしてInternet Protocol Television (以下、IPTV)サービスが注目を集めているが、通信と放送の融合がかねてから提唱 されながらも、IPTVサービスがあまり普及していないことが挙げられる。日本はFTTH を始めとするブロードバンド・インフラストラクチャーの面では世界一位を誇りなが らも、そのインフラストラクチャーを効率よく利用できるIPTVサービスは、普及の目 処が立っていない。実際に、日本のIPTV市場は 2002 年 6 月に裁定された電気通信役務 利用放送法によって参入が可能になり、2004 年から通信事業者の参入が本格化した。 例えば、ソフトバンクBBは 2003 年 7 月から「BBTV」で北海道、東京都、埼玉県、神 奈川県などを拠点としてADSL/FTTH回線を利用してIPTV事業を展開しており、KDDI は 2003 年 12 月から「Hikari Plus TV」で全国を対象としてFTTH回線を利用してIPTV 事業を展開している。さらにNTT東日本とNTT西日本は 2005 年 3 月から「Hikari Perfect TV」でFTTH回線を利用してサービスを行っている 1 。 これに対して、韓国のIPTV市場は 2007 年 12 月まで地上波再送信を巡るIPTVサービ ス関連法案が成立していなかったこともあって、IPTVサービスの開始は日本よりかな り遅れを取っていた。その中で 2006 年 7 月からHanaro Telecom社(以下、Hanaro社) の「Hana TV」の開始をきっかけに、IPTVサービスの本格的な普及が始まりつつある。 Hanaro社の「Hana TV」は実時間で地上波放送を再送信できる本格的なIPTVサービス ではなく、VODサービスのみを提供する、いわゆるTVポータルサービスと言われるも のである 2 。しかし、Hanaro社の「Hana TV」は大きな成功を収めることになり、IPTV 事業を巡る通信事業者間の競争が激化した。例えば、図 1 は韓国でのIPTVサービス加 1 2 「Hikari Perfect TV」は株式会社オプティキャストが提供する IPTV サービスである。オプティキャス ト社は加入者 400 万件を越すデジタル衛星放送(株)スカイパーフェクト・コミュニケーションズの 100%子会社 としてスター トし、NTT 東日本・西日 本の出資を受 け、販売総代 理を請け負う (株)オ プティキャスト・マーケティングを運営している。 Hanaro Telecom 社は 2008 年 9 月 22 日 SK Telecom 社に吸収合併され、社名を SK Broadband に変更し ているが、ここでは Hanaro Telecom 社として使用している。 「Hana TV」サービスは 2008 年 12 月まで 「TV ポータルサービス」のみを提供していた。従って、Hannro 社の「Hana TV」を IPTV サービスと 言えるかには議論の余地があるが、Hanaro 社が 2009 年 1 月から地上波放送を実時間で再送信してい ることを考えると、広い意味での IPTV サービスであると言えよう。 1 入者数の推移である。この図ではHanaro社の「Hana TV」とKorea Telecom社(以下、 KT社)の「Mega TV」は急速に加入者を伸ばし、KT社はHanaro社に加入者数で追い越 していることが分かる 3 。 図 1 韓国での IPTV サービス加入者数の推移 100 万名 90 81 80 70 84 88 85 66 57 54 76 80.8 76.8 70 78 72.2 61 63 1.8 2.3 3 3.5 4 4.5 49 40 39 32 30 23 20 10 86 80 60 50 91 7 1.3 0 2007.8 2007.10 2007.12 2008.1 2008.2 2008.3 Hana TV 2008.4 Mega TV 2008.5 2008.6 myLGtv 2008.7 2008.8 2008.9 時間 出所)各社の提供資料を基に筆者が作成 本稿では、韓国で IPTV サービスが本格的に普及し始めている現状を踏まえながら、 IPTV サービスに巡る法制度の変遷経緯とそのビジネスモデルの可能性について議 論 する。具体的な事例としては Hanaro 社の「Hana TV」と KT 社の「Mega TV」を取り上 げ、両社の経営行動の意味を考察する。本稿は以下のように構成されている。第二節 では、IPTV サービスと IPTV サービスを巡る法制度について説明する。具体的には IPTV サービスの紹介と特徴について説明した後、韓国で IPTV サービスの関連法であるイン ターネットマルチメディア放送事業法が裁定されるまでの主な流れを簡単に紹介す る。第三節では、韓国のブロードバンド市場の現状と IPTV サービスが登場した背景に ついて説明する。具体的には韓国のブロードバンド市場の競争状況と Hanaro 社が「Hana TV」を開始するまでの経緯を説明する。第四節では、IPTV サービスを巡る競争状況と IPTV サービスのビジネスモデルについて議論する。具体的には IPTV サービスの競争 3 2008 年 4 月から Hanaro 社 の 「Hana TV」の加入者が減少したのには、次の二つの理由が考えられる 。 第一に、翌日から地上波放送の再視聴が無料から有料に変わったことである。第二に、Hanaro 社は顧 客情報の流出問題で放送通信委員会から 40 日間の営業停止を命じられたことである。 2 状況分析と Hanaro 社と KT 社の経営行動を紹介した後、現段階での IPTV サービスの ビジネスモデルを投資と収益の観点から説明する。結論では韓国の IPTV サービスの事 例を通して日本の IPTV サービスへの提言と今後の課題について説明する。 2 IPTV サービスと関連法制度 2-1 IPTV とは .... IPTV (Internet Protocol Television)の定義は、ブロードバンドを利用して、TV 基盤 のデジタルチャネル放送を基本サービスとして、多様な両方向サービスを提供する通 信と放送が融合されたサービスである(Lee 2006) 4 。つまり、IPTVサービスは情報サ ービス、動画コンテンツ及び放送番組などをInternet Protocol形式でブロードバンドを 通し て テ レ ビジ ョ ン 受 信機 で 提 供 する 双 方 向 テレ ビ ジ ョ ンサ ー ビ ス であ る 。 表 1 は IPTVのサービスの構成を整理したものである。 表 1 IPTV のサービス構成 分類 チャネルサービス TVポータル サービス 内容 チャネル放送サービス (地上波、PPなど) PPC(Pay per Channel) Near VOD (Multicasting) VODサービス Real VOD (Unicasting) T-Information T-Entertainment 双方向サービス T-Communication T-Learning SD級放送チャネルの伝送 HD級放送チャネルの伝送 Audio放送サービス 同一内容の周期的反復送出 ネットワーク貯蔵/STB貯蔵 EPG、天気、ニュース、交通などの情報サービス ゲーム、カラオケなどの家族単位サービス SMS、メッセンジャー、T-メール、映像電話/PVR 年齢別の双方向サービス 出所)DACO D&S(2007) この表のようにIPTVサービスの構成は、CATVや衛星放送などの有料放送事業者の放 送サービスに類似した「チャネルサービス」とCDS(Content Deliver Service)事業者の VODサービスと双方向サービスに類似した「TVポータルサービス」で構成されている。 さらにIPTVサービスはIPアドレスを持っている顧客を対象に統制されたQoS(Quality 4 OECD は Broadband Audio-Visual Service または Internet Video、米国では IPTV、イギリスでは Telco TV、 フランスでは TV over DSL、日本と香港では Broadband TV など国によって多様な名称で呼ばれている。 3 of Service)を通して、使用者認証およびセキュリティを行いながら、安定的にテレビ ジョン受信機に繋いでいるセットトップボックスに転送し、TV並みの解像度を実現し ている。従って、IPTVサービスを安定的に利用するためには、ある程度以上の通信帯 域を保障する必要がある。例えば、IPTVサービスでHDTV(High Definition Television) の番組を安定的に視聴するためには、最低でも 6~8Mbps以上の帯域を確保する必要で あると言われている 5 。 次に IPTV サービスが提供されるまでの流れを Porter の価値連鎖(Value Chain)を利用 して説明する。図 2 は IPTV サービスの価値連鎖を簡単にまとめたものである。この図 のように IPTV 事業者は地上波放送局や映画会社などのコンテンツプロバイダからコ ンテンツを供給してもらい、それを基に番組を編成し、ブロードバンドを通して視聴 者に配信している。 図 2 IPTV サービスの価値連鎖 出所)筆者作成 この図で IPTV 事業者とコンテンツプロバイダとの協力関係が特に重要である。例え ば、韓国において IPTV の「チャネルサービス」が長い間、提供できなかった理由は、 IPTV 事業者が人気番組を持つ地上波放送局と CATV のマルチプログラムプロバイダ (Multi-Program Provider)の協力を得られなかったからである。 5 KT 社によると、H.264/AVC の規格を用いた場合、HD 級コンテンツは通信速度として 6~8Mbps が、 SD 級は 2~3Mbps が必要であると言われている。 4 最後に、IPTV サービスはどのような特徴を持っているかを通信と放送を比較して見 よう。まず、通信の特徴は個人対個人(1:1)の双方向に送受信できることである。こ れに対して、放送の特徴は放送事業者が番組を編成し、公衆(1:n)を対象として一方 向に送信することである。また、通信では双方向性を利用することで利用者の主体性 が高くなり、これは通信と放送を区分する主要な特徴である。なぜなら、放送が法律 や規制などで強く規制される理由の一つは、放送事業者が視聴者に一方的に情報を注 入できることにより、社会的に大きな影響力を持つからである。このような特徴で IPTV サービスを考えると、IPTV は放送的な「チャネルサービス」と通信的な「TV ポ ータルサービス」を提供しているため、通信と放送の両方の特徴を持っていると考え られる。このような IPTV サービスの特徴は、法規制の問題をもたらした。表 2 は通信、 IPTV サービス、放送の特徴をまとめたものである。 表 2 通信、IPTV、放送との差異点 情報の内容 情報の流れ 利用者の範囲 利用者の選択性 利用者の行為 プログラム編成 通信 私的 双方向 特定人 強い 積極的参加 ない IPTV 私的・公開的 双方向 加入者 強い 積極的参加 ない 放送 公開的 一方向 公衆 弱い 受動的参加 あり 出所)(Lee 2006) 2-2 IPTV サービスを巡る法規制の問題 IPTV サービスにはどのような法規制が必要であるか。ここでは韓国で IPTV サービ スを巡る法制度面での議論を簡単に紹介する。まず、IPTV サービスを既存の通信法と 放送法によって規制することが考えられる。しかし、IPTV サービスを二つの法で規制 することは、幾つかの問題が生じる。例えば、IPTV サービスを通信法で規制する場合、 番組の内容や広告、編成規制などのコンテンツに関する規定がないため、コンテンツ に関する規制の空白が発生する。さらに、IPTV サービスを放送法で規制する場合、す でに通信法で参入や所有権の制限を受けている通信事業者が放送区域の制限、事業者 の所有制限などで二重規制を受けることになる。表 3 は既存の通信法と放送法の主な 内容を比較・整理したものである。 5 表 3 韓国の通信法と放送法の主な内容 区分 参入規制 通信法 地上波放送、総合有線放送、衛星放送事業: 基準:財政的、技術的 放送委員会許可推薦、情報通信部許可 別定・付加:登録及び申告 許可基準:公益実現可能性、地域 /社会 /文化的必要性 基幹通信事業:外国人 49% 地上波:大企業、外国人所有禁止 総合有線:外国人 49%以上禁止 所有規制 KT に対して外国人が最大株主で ある場合、 5%以上所有禁止 内容審議 放送法 基幹通信事業:情報通信部許可 社会 /倫理的側面の審議 衛星放送:大企業 33%、外国人 33%以上禁止 地上波: 1 人持分 30%超過所有禁止 総合有線:有線放送事業者売上高の 33%超過禁止 衛星放送:特定放送事業者持分が 33 %超過禁止など 政治 /社会 /倫理的側面の審議 チャネル規制 外国放送、公共チャネル比率規制 編成規制 娯楽、国内及び外注プログラムなど比率規制 広告規制 放送広告総量制、中間広告などメディア別広告規制 従って、韓国ではIPTVサービスに関する新たな法律が必要になった。そのため、情 報 通 信 部 と 放 送 委 員 会 は IPTVサ ー ビ ス に 関 連 し て 既 存 の 通 信 法 と 放 送 法 を 基 に 新 し く 「 イ ン タ ー ネ ッ ト マ ル チ メ デ ィ ア 放 送 事 業 法 ( 以 下 、 IPTV法 )」 を 作 ろ う と し た 。 しかし、この法案に関しては事業者である放送事業者と通信事業者、規制機関である 放送委員会や情報通信部、文化観光部などの利害関係者の意見の対立が激化し、2004 年から 2007 年の 12 月までにIPTV法が成立できなかった 6 。このようにIPTV法の裁定 が遅れたの には、次の ような対立 が問題とな った。第一 に、CATV事業者と通 信事 業 者との間にIPTVサービスの適用法を巡って対立が激しかった。CATV事業者はIPTVサ ービスが通信法の規制を受ける場合、サービス区域、番組内容、所有などの規制が緩 いため、通信事業者に有利であると反対した。第二に、規制機関の間に通信・放送融 合政策に関する主導権を巡る対立があった。情報通信部と放送委員会はどちらが通 信・放送融合政策の推進機関であるかを巡って激しく対立していた。このような状況 下で、情報通信部は通信事業者に「チャネルサービス」を提供しないで、VOD型の「TV ポータルサービス」のみのIPTVサービスを提供することを提案した。これを受けて、 Hanaro社が 2006 年 7 月に「Hana TV」を開始することになった。 当 時 、 IPTV法 を 巡 る 主 な 論 点 と し て は 、 次 の よ う な 問 題 が 議 論 さ れ た 。 第 一 に 、 支配 的通 信 事業 者で あ る KT社が IPTVサー ビ スを 提供 す る場 合、 子 会社 を分 離 すべ き 6 韓国では情報通信部が通信について、放送委員会が放送について、文化観光部が著作権について規制 を行っていた。 6 で あ る か ど う か で あ る 。 第 二 に 、 IPTVサ ー ビ ス の 放 送 区 域 の 分 離 問 題 で あ る 。 第 三 に、ネットワーク中立性に関する問題として基幹通信事業がネットワークを開放する 際の対象設備や利用料金などに関する問題である。最後に、2007 年 12 月にIPTV法が 国会を通過した。表 4 はIPTV法の主要内容を整理したものである。新しい IPTV法で はKT社の子会社の設立許可やIPTV事業圏域として全国事業圏域、KBS1 とEBSの地上 波放送の義務再送信などが決められた 7 。 表4 IPTV 法の主要内容 区分 受容法形態 主要決定内容 規制範囲 インターネットマルチメディア放送事業法(以下、IPTV法) 有線IPTVのみ適用(無線IPTV除外) 許可期間 5年範囲以内で規定 事業圏域 基幹通信事業者の 子会社の分離問題 市場占有率制限 全国事業圏域 基幹通信事業者であるKT 社が子会社の設立可能 外国人持分制限 放送区域別国内総有料放送事業加入者数の1/3以上禁止 電気通信事業法上規制適用49%(コンテンツ事業者も適用) 放送プログラム構成と運用 地上波放送の義務再送信に対する規定適用(KBS1, EBS) 3 韓国のブロードバンド市場の概観 韓国の通信市場規模は 2006 年には約 113 兆 3,929 億ウォンと推定され、2000 年の 52 兆 8,040 億ウォンから 2006 年まで年平均 13.58%の高い成長率を見せているが、2004 年以後停滞期に入りつつあると言える 8 。これは、韓国の通信市場が 2004 年までに移 動電話とブロードバンドの普及によって急速に拡大していたが、2005 年からは飽和状 態になり、成長の勢いが鈍化したからだと考えられる。例えば、図 3 は韓国の通信加入 者数の推移を整理したものである。 韓国の通信産業は市内電話事業の加入者数は 2000 年を頂点として下落傾向にあり、過去 10 年間爆発的な成長率を見せた移動通信電話事 7 8 IPTV 法が裁定されても IPTV サービスを本格化するためには、関連する施行令の作成が必要であった。 IPTV サ ー ビ ス に 関 する 施 行 令 の 作成 は 、政府組織の改革などによって計画より遅延されていた。 こ れらの問題が今回の政府組織の改変に影響を与え、通信・放送融合政策のために、既存の情報通信部 が 廃 止 さ れ 、 情 報 通 信 部 と 放 送 委 員 会 が 統 合 さ れ 、 米 国 の 連 邦 通 信 委 員 会 ( Federal Communication Commission)のような放送通信委員会(Korea Communications Commission)が設置されることになっ た。 韓国の通信市場規模は 2000 年 46 兆 3,561 億ウォンで年平均 11.37%の成長率を見せながら、2006 年に は 88 兆 4,540 億ウォンに拡大された。韓国の放送市場規模は 2000 年 6 兆 4,479 億ウォンから年平均 25.29%の成長率をみせながら、2006 年には 24 兆 9,389 億ウォンになった。2006 年の韓国放送通信市 場は通信市場が 78.01%であり、放送市場が 21.99%である。 7 業の加入者数も成長に停滞が見られ始めている。特に、韓国のブロードバンド市場は 加入者数の年間増加率が 2003 年 6.8%、2004 年 6.2%、2005 年 2.2%に減少する傾向で あったが、2006 年 13.2%、2007 年 4.6%に少し回復していた。 図 3 韓国の通信加入者数の推移 5000 万名 4500 4320 4000 3658 3500 3000 2500 3834 3234 3359 2349 2288 2287 2292 1041 1118 1192 1219 4020 2312 2329 1404 1471 2000 1500 1000 500 0 2002 2003 市内電話 2004 2005 移動電話 2006 2007 年 ブロードバンド 出所)韓国情報通信部の IT 統計ポータルのデータを基に筆者が作成 このように 2006 年から韓国のブロードバンド加入者数の年間増加率が回復したのは、 次の二つの理由からである。第一に、韓国のブロードバンド市場は規制緩和により新 規参入者が登場したからである。例えば、LG Powercom社とCATV事業者の新規参入に より、新規参入者と既存企業との間に加入者の獲得競争が激しくなった。第二に、韓 国のブロードバンド市場においてネットワークの高度化が進展していたからである。 韓国のブロードバンド市場は着実にxDSLから 光同軸混合網(以下、 HFC)や光LAN、 FTTHへ高度化が進展していたからである 9 。 例えば、図 4 は韓国のブロードバンド加入者の推移である。この図では韓国のブロ ードバンド市場で xDSL 加入者は 2005 年をピークに減少傾向であり、それに変わって HFC や光 LAN、FTTH の加入者が増えていることが見受けられる。特に 2006 年からは LG Powercom 社の光 LAN と KT 社と Hanaro 社の FTTH が増えていることが分かる。 9 HFC とは、"Hybrid Fiber Coaxial"の略字で、光ケーブルと同軸ケーブルが混合された方式を意味し、 伝送装備から加入者の家近くまでは光ケービルでデータを転送し、以後過程は光分配器から同軸ケー ブルでデータを伝送する方式である。 8 その結果、2008 年 11 月の韓国のブロードバンドサービスは xDSL が 25%、HFC が 34%、 光 LAN が 32%、FTTH が 11%で構成されるようになった。 図 4 韓国のブロードバンド加入者数の推移 18,000,000 名 16,000,000 FTTH 14,000,000 12,000,000 LAN 10,000,000 HFC 8,000,000 6,000,000 4,000,000 xDSL 2,000,000 年 0 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 出所)韓国情報通信部の IT 統計ポータルのデータを基に筆者が作成 次に通信事業者別の市場占有率について説明する。表 5 は 2008 年 11 月基準の韓国 のブロードバンド市場の占有率を整理したものである。この表のように韓国のブロー ドバンド市場はKT社が 43.8%で 1 位、SK Broadband社が 22.7%で 2 位、LG Powercom 社が 13.8%で 3 位である。ここで特に注目すべきは、次の三つの点である。第一に、 KT社がxDSLから光LAN、FTTHにネットワークの高度化を積極的に推進している点で ある。KT社はブロードバンドサービスをソウルなどの大都市のみではなく、積極的に 全国展開している。従って、KT社がネットワークの高度化に積極的に投資することは、 IPTV サ ー ビ ス が 全 国 展 開 で き る 可 能 性 が 高 く な る こ と を 意 味 す る 。 第 二 に 、 LG Powerom社とCATV事業者の躍進している点である。LG Powercom社とCATV事業者は 2006 年からHFCと光LANの加入者数を急速に伸ばしていた。これらの会社の躍進によ って、Hanaro社は激しい加入者の獲得競争に追い込まれていた。なぜなら、表 5 のよ うにHanaro社(現在のSK Broadband社)の主力サービスは、LG Powerom社とCATV事 業社と同じくHFCと光LANであったからである。これはHanaro社が積極的に「Hana TV」 9 を提供した理由の一つとして考えられる 10 。第三に、CATV事業者がブロードバンドサ ービスを提供することで、IPTVサービスと類似したサービスが提供できることである。 表 5 韓国のブロードバンドインターネット加入者の現状 2008 年 11 月基準 区分 KT SK Broadband xDSL HFC 3,416,470 衛星 LAN FTTH 2,113,779 1,240,459 457,792 666 合計 比率 6,771,374 43.8% 276,443 1,625,237 1,154,264 3,513,736 22.7% Dream Line 6 243 187 436 0.0% LG Dacom 680 8,526 23,461 32,667 0.2% 892,773 1,247,297 2,140,070 13.8% LG Powercom 総合有線放送 53,409 2,515,919 209,762 2,779,090 18.0% 中継有線放送 1,456 5,508 6,168 75 13,207 0.1% 伝送網 4,121 34,016 10,546 112 48,795 0.3% 別定通信 5,428 3,749 149,475 158,652 1.0% 合計 3,758,013 5,085,971 4,914,939 1,698,438 666 15,458,027 100.0% 比率 24.3% 32.9% 31.8% 11.0% 0.0% 100.0% 出所)放送通信委員会 4 IPTV サービスに関する通信事業者の経営行動とビジネスモデル 4 -1 IPTV サービスの意義 韓国の通信事業者にとっ てIPTVサービスは、通信事業の停滞の中で新たな収入源と して期待されていると同時に、長期的な戦略的観点からも重要な事業である。例えば、 図 5 は将来のKT社の事業領域を表しているものである。この図のように、KT社は将来 的には総合メディアグループ(Media Entertainment Company)を目指す戦略的なビジョ ンを持っている。そしてこれを実現するために、KT社はIPTV事業をコア事業として位 置づけ、この事業を梃子に新たな事業領域を開拓しようとしている 11 。 図 5 総合メディア企業として KT 社の事業領域 10 11 「Hana TV」 サ ー ビ ス は 既 存 加 入 者 を 維持するために重要なサービスであった。Hanaro 社 に よ る と 、 「Hana TV」サービスの加入者の約 75%以上が既存加入者であった。 こ のような KT 社の経営戦略は、IPTV 事業を自社の核になる経営資源と してとらえ、このサービスを 梃子に新事業領域を開拓しようとする戦略的ストレッチを行っている((Hamel & Prahalad 1993)。こ のような経営戦略は理論的には Resource Based Views と Dynamic Capabilities で説明できる。両理論で は企業が持続的な競争優位を達成するために、企業の経営資源をいかに蓄積、再配置、解消するかに ついて議論している(Barney 2001, Eisenhardt & Martin 2000, Eisenhardt & Sull 2001, 朴 2005)。 10 通信事業 メディア事業 現在の KT 社 将来の SK 社 KT 社 CJ 社 LG 社 Samsung 社 非通信、非メディア事業 出所)KT 社の発表資料 KT社は「チャネルサービス」を基に、豊富な「VODサービス」と多様な「双方向サ ー ビ ス 」 を 開 発 す る こ と で 、 IPTVサ ー ビ ス の 収 入 源 を 月 額 利 用 料 以 外 に 広 告 収 入 と T-Commerceに多様化を進めている。例えば、KT社が開発中であるサービスとしては、 視聴者に合わせた個人化サービスや企業などのビジネス目的に合わせた多様なチャネ ルサービス、コミュニティサービス、視聴者参加型サービス、双方向の広告サービス、 マルチアングルサービスなどがあり、地上波デジタル放送とは差別化されたサービス を提供しようとしている 12 。 4 -2 IPTV サービスを巡る競争状況 韓国において IPTV サービスの競 争状況を M. E. Porter の五つの競争要因モデルを用 い て整理する。図 6 は IPTV サービスを五つの競争要因モデルで整理したものである。 IPTV 事業者にとっては IPTV サービスの五つの競争要因の中で供給業者の交渉力、代 替品の脅威、既存企業間の競争が重要な問題になると考えられる。 図 6 IPTV サービスの五つの競争要因モデル 12 しかし、IPTV サービスが CATV などの既存のサービスとは差別化された新たなサービスであるかに ついては議論の余地がある。それは IPTV サービスを地上波デジタル放送と比較した場合、 「VOD」と 「双方向性」などの新たな機能を提供しているが、CATV と比較した場合、CATV のデジタル化によっ て、「VOD」と「双方向性」が利用可能になったからである。 11 潜在的な 新規参入者 新規参入者の脅威 供給業者の交渉 供給業者 (地 上 波 放 送 局 、M PP) 買い手の交渉力 産業内競争者 買い手 (KT 社, Hanaro 社, LG 社 ) ( 視聴者) 既存企業間の競争 代替品の脅威 代替品・サービス ( CATV, 衛 星 TV, DMB な 出所)Porter (2001)の五つの競争要因モデルを基に筆者が作成 本節では主に供給業者の交渉力と代替品の脅威について注目し、次節で既存企業間 の 競争について詳しく説明する。まず、IPTV事業者に対する供給業者の交渉力につい て説明する。ここでは供給業者として地上波放送局に注目する必要がある。なぜなら、 韓国においては地上波放送局が高い視聴率の人気番組を持っているからである 13 。つ まり、韓国のコンテンツ市場は少数の地上波放送局が支配する寡占市場であるため、 供給業者の交渉力が非常に高いといえる。従って、IPTV事業者が良質のコンテンツを 確保するために、地上波放送局との協力関係構築が重要な課題である。しかし、地上 波放送局はIPTVサービスによる視聴率低下を危惧し、IPTV事業者との新たなビジネス モデルの構築には協力的ではなかった。例えば、IPTV事業者と放送局との間に地上波 再送信を巡る交渉が難航していた。結局、この問題は放送通信委員会と韓国デジタル メディア産業協会の仲裁で地上波再送信を先に行い、放送局への費用をIPTVサービス の加入者数の連動する方式で解決した 14 。 次に、IPTV 事業者に対する代替サービス の脅威について説明する。IPTV サービス の 代替サービスとしては、CATV サービスに注目する必要がある。韓国において CATV の加入者は全体 1830 万世帯中 1470 万世帯であり、約 80%の普及率である(2007 年末 13 韓国の地上波放送局は、全国ネットワークを形成している KBS(韓国放送公社)、MBC(文化放送)、 SBS(ソウル放送)の 3 大放送局と EBS(韓国教育放送公社)、10 つの地域民営放送局で構成されている。 地上波の 3 大放送局は、放送市場で大きな影響力を持っている。例えば、地上波の 3 大放送局は地上 波放送の広告費の約 87%を占めている(2007 年基準)。 14 韓国デジタルメディア産業協会とは、IPTV や DMB などの活性化を目指して設立された放送通信委員 会の傘下機関である。参加会員には通信事業者、放送事業者、関連装備企業などがある。 12 基準)。CATV 市場は PP(Program Provider), SO(System Operator), NO(Network Operator) で 3 分割され、SO は 120 社、PP は 164 社が激しく競争を行っている。特に、CATV 事 業者はブロードバンドサービスの提供とともに、サービスのデジタル化を推進してい るため、IPTV サービスとの差別化が小さくなった。従って、両事業者との間に激しい 加入者の獲得競争を繰り広げられている。例えば、2008 年 8 月にはデジタル CATV は 158 万の加入者を確保し、IPTV 事業者の 156 万の加入者を越えている。このような CATV のデジタル化によって、両サービス間にプラットホーム競争が激しくなると予 想される。 4-3 IPTV サービスを巡る Hanaro 社と KT 社の経営行動 Hanaro Telecom 社の経営行動 Hanaro社の「Hana TV」はH ana TV事業部門によって展開されている。Hanaro社は 2006年4月にIPTVサービスを担当する組織としてConvergence本部を新設し、2007年1 月にそれをHana TV事業部門に改編した。Hanaro社は2006年7月からブロードバンドと IPセットトップボックスを通してTVで映画・ドラマ・教育番組など多様なコンテン ツを提供するTVポータルサービスである「Hana TV」を提供している 15 。図7はHanaro 社のIPTVサービスに関する戦略を整理したものである。Hanaro社のIPTV戦略は、図7 図7 Hanaro Telecom 社の IPTV サービス戦略 出所)川村(2006b) のようにIPTV法が裁定される 前までには、先行的に「TVポータルサービス」のパイロ 15 Hanaro 社は韓国の通信事業者では最初にブロードバンド、電話、TV ポータルサービスを結合したト リプル・プレイ・サービス(Triple Play Service)を導入した。 13 ットおよび商用サービスを2006年内に開始し、2007年下半期にIPTVのパイロットサー ビスを、そしてIPTV法が裁定されてから地上波放送を実時間で再送信する「チャネル サービス」を開始するとの線表を描いていた。 このようなHanaro社のIPTV戦略は、次の三つの特徴がある。第一に、遅延されてい る IPTV法の裁定を待つのみではなく、その時点で実現できる「 TVポータルサービス」 を中心としてサービスを展開する戦略を取っていたことである。第二に、Hanaro社は 「Hana TV」を低速でも安定的に利用できるように、Download and Play方式を採用し ていたことである。Hanaro社が採択したDownload and Play方式とは、既存のストリー ミング(streaming)方式とは異なり、メイン画面及びコンテンツを予めに1%から2%ぐ らいセットトップボックスにダウンロードしてから番組を視聴する方式である 16 。そ のため、視聴者は最初約10秒から30秒間コンテンツのダウンロードを待つ必要はある が、これでIPTVサービスをストリーミング方式よりも低速でも安定的に楽しめる。例 えば、図8aと図8bはHanaro社が作成した「Hana TV」の紹介画面の一部分である。図8a はTVリモコンによる番組検索の例であり、図8bは「Hana TV」の番組を再生するため には事前に番組の1%から2%をダウンロードする必要であることを説明している。第三 に、Hanaro社は他社のブロードバンド加入者が「Hana TV」を利用できるように、サー ビスをオープン化したことである。 図 8b 「Hana TV」の番組再生案内 図 8a 「Ha na TV」の番組検索案内 出所)「Hana TV」のホームページから 出所)「Hana TV」のホームページから なぜ 、 Hanaro社は IPTV法が 裁 定 さ れ る 前 に 「 Hana TV」 を 積 極 的 に 導 入 し た の か 。 16 Download and Play 方式ではコンテンツはセットトップボックスの 80G の貯蔵空間にダウンロードさ れ、コンテンツは 3 日間が立つと自動的に削除される。 14 そ れには次の二つの理由が考えられる。第一は、韓国のブロードバンド市場での競争 激化による影響が大きい 17 。上述したように、Hanaro社にはLG Powercom社やCATV 事業者などの新規参入業者と加入者の獲得競争を繰り広げる中で、既存加入者の維持 と新規加入者の獲得のために差別化されたサービスが必要であった。第二に、Hanaro 社は財務的な面から新たな収益源の発掘が至急な課題であった。Hanaro社はネットワ ークを高度化するために、2006年1月にCATVインターネットの大手であるThrunet社を 吸収合併したが、これによってHanaro社の当期純利益は赤字に転落した。そのため、 新規の収益源として追加の設備投資が少ない「Hana TV」サービスの導入を決定したの である。このように「Hana TV」は地上波放送を実時間で受信することができず、 Download and Play方式の採択で、番組の視聴まで待ち時間が必要であったにも係わ ら ず、加入者を順調に伸ばしていた 18 。その結果、IPTVサービスはHanaro社の経営業績 にもプラスの影響を与えている。例えば、図9は最近のHanaro社の営業利益と当期純 利益の推移をまとめたものである。この図のように Hanaro社はケーブルインターネ ッ 図9 1500 Hanaro Telcom 社の経営業績 億ウォン 1140 1000 809 752 532 500 308 104 72.3 207 0 2003.12 2004.12 2005.12 2006.12 2007.12 2008.06 -172 -500 -860 -1000 -1500 -1653 -2000 -2088 -2500 営業利益 当期純利益 出所)Yahoo! KOREA の金融情報から筆者が作成 トの大手である Thrunet 社を吸収合併したことで営業外費用が大 きく増加し、2005 年 17 Hanaro 社 に よ る と 、 「 Hana TV」を 含 む 結 合 商 品 は 解 約 率 を 約 30%か ら 40% 減 少 さ せ る 効 果 が あ り 、 これによってマーケティング費用の減少をもたらすと発表している。 18 Hanaro 社の「Hana TV」が成功には、次のような仮説が考えられる。第一に、韓国では日本の TUTAYA のようなレンタルビデオ市場は発展していなかったからである。第二に、地上波放送局の人気番組を 翌日から VOD で視聴できるからである。例えば、地上波放送教はインターネット上で番組の再視聴サ ービスを提供していたが、IPTV サービスはそれを代替サービスとして価格や品質などで優位にあった。 15 と 2006 年に当期純利益が大きく赤字になった。そこで Hanaro 社は 2007 年度の経営 目標として、当期純利益の黒字転換を目指していたが、 「Hana TV」及び売上規模が小 さいサービス部門が順調に成長することで目標の達成に成功した。さらに、 「 Hana TV」 は売上面での貢献以外にも、上述したようにブロードバンド市場の競争激化による加 入者の減少を止める役割を果たしていた。 Korea Telecom 社の経営戦略 韓国におい て支配的な 通信事 業者 である KT 社は、 IPTV 事業を当 社の中核事 業の一 つ と して位置 付け、IPTV サービスに積極的であった。例えば、表 6 は KT 社の IPTV サー ビス戦略の変遷を整理したものである。KT 社は IPTV サービスを自社のホームネット ワークサービス(Home N)の一構成要素としても位置づけられていた(川村 2006a)。 表 6 KT 社の IPTV サービス戦略の変遷 開始日 チャネルサービス VOD 双方向 提供画質 提供基盤網 圧縮方式 再生方式 提供STB 他社回線利用 Home N 2004年6月 提供不可 提供 提供 SD級 KORNET WMT/MPEG2 Streaming 専用 KT回線のみ Mega TV IP-TV Mega TV(D&P) 2006年11月(模範運営) 2007年8月 提供可能 提供 提供 HD級(SD級もあり) QoS H.264 Streaming IP-TV用 KT回線のみ 提供不可 提供 提供 SD/HD級 KORNET H.264 D&P D&P専用 KT回線のみ Mega TV(iCOD) 2007年7月 提供 提供 HD級(SD級もあり) QoS H.264 Streaming IP-TV用 KT回線のみ さ らに、KT社は 2005 年 12 月、ソウルの汝牟島(ヨイド)にデジタルメディアセン タ ー(DMC)を完成させ、2006 年 2 月には、IPマルチキャスト放送も可能とするセッ トトップボックス(Home Gateway)開発の公示を実施し、開発希望事業者の受付を完 了していた。さらに、2006 年 11 月には地上波再送信を含むIPTVサービスの試験も終 わっていたのである。しかしKT社はHanaro社のようにTVポータルサービスのみを提供 する戦略は採用せず、新しいIPTV法の裁定を待っていたが、この法律は利害関係者の 対立で先送りされていた。つまり、Hanaro社が 2006 年 7 月から「Hana TV」を開始す るまで、KT社はTVポータルサービスのみの提供は検討していなかった。結局、KT社 はHanaro社の「Hana TV」の成功に刺激を受けて、2007 年 7 月 か ら ストリーミング 16 (streaming)方式の 「 Mega TV」 サービスを 開始した 19 。従って、 KT社の「Mega TV」 は、Hanaro社の「Hana TV」より約 1 年遅れてしまい、Hanaro社の約 80,000 編のコン テ ン ツ に 比 べ て 良 質 の コ ン テ ン ツ が 足 り な か っ た 。 そ の た め 、 KT社 は 良 質 な コ ン テ ンツの確保に積極的な投資を行い、地上波放送局との交渉にも積極的であった。例え ば、KT社は映画制作会社である SIDUS FNH 社を買収し、KTHを介して映画チャンネル 事業者のOCN、および映画/DVD専門事業者のKDメディアと映画配給事業で提携して いた。最近ではソフトバンク社と 400 億ウォン規模の投資組合を設立するなど、総 630 億ウォンをニューメディアコンテンツに投資している。このような経営活動によって、 KT社は 78,000 編のコンテンツを保有し、韓国で地上波再送信サービスを最初に提供す ることになった。その他にも、KT社は韓国最大ポータルサイトであるNHN社と提携し、 「Mega TV」でNHNの検索サービスとコンテンツサービスを連動させる予定である。 4-4 IPTV サービスのビジネスモデル 図 10 IPTV のビジネスモデル 出所)KT 社の資料を参考に筆者が修正 図 10 は IPTV サービスのビジネスモデルである。IPTV サービスは地上波放送局など のコンテンツプロバイダからコンテンツを購入し、それ を「チャネルサービス」と「TV 19 KT 社の「Mega TV」サービスは、主に iCOD 型のストリーミングサービスを提供しており、Download & Play 方式は速度が低い地域のみに限定して提供している。 17 ポ ータルサービス」で提供する形で加入者と広告主などから収益を得るモデルである。 ここでは IPTV 事業者のビジネスモデルについて投資と収益性の観点から議論する。 第一に、IPTV 事業者のビジネスモデルの投資面について説明する。IPTV 事業者の投 資 は、主にコンテンツの確保とネットワークの高度化に使われている。表 8 は主要 IPTV 事業者の 2008 年度の投資計画をまとめたものである。各事業者による投資計画を見る と、KT 社が 1 兆 3,100 億ウォン、LG Powercom 社が 1,464 億ウォン、Hanaro 社が 1,221 億ウォンを投資する計画であった。 表8 主要IPTV事 業者の2008年度の投資計画 設備 区分 ネットワーク プラットホーム セットトップボックス コンテンツ 合 計 KT社 Hanaro社 LG Powercom 合計 9,000 737 881 10,618 1,137 1,000 34 103 1,800 80 350 2,230 1,300 370 130 1,800 13,100 1,221 1,464 15,785 出所)放送通信委員会の資料 特に、コンテンツの投資においては 地上波再送信が重要な問題である。前述したよ うに、韓国において地上波番組は人気が高く、競争関係にあるCATV事業者はすでに地 上 波再送信を行っていた。つまり、このままではIPTV事業者はCATV事業者より競争劣 位(competitive disadvantage)になってしまうのである。しかし、IPTV事業者と地上波 放送局との交渉は、地上波再送信による収益配分問題で難航していた。これは両者と の間に地上波再送信に対する価格差が大きいのが原因の一つであった。さらに、人気 番組が放送された後、VODサービスで提供するまでにどのぐらいの期間を置くべきか が大きな 問 題になっ た 20 。例え ば、 初期の「 Hana TV」では放送された番組は、翌日 から加入者が無料で再視聴が可能であった。ところが、Hanaro社が地上波放送局と契 約を更新する際に、地上波放送局が視聴率の低下などを理由で一週間以内に番組を再 視聴する場合は、有料化するように要求した 21 。 第二に、IPTV サービスのビジネスモデルの収益性の面について説明する。IPTV サ 20 これを Holdback 問題と言う。Holdback とは、地上波で本放送以後他のケーブル放送などで再放送さ れるまで掛かる期間、あるいは映画が他の収益過程に中心を移動するまでに掛かる時間を意味する。 21 地上波番組は「Hana TV」の VOD サービスの中で人気が高かったため、これが部分有料化されたこ とで IPTV サービスの加入者の獲得が停滞してしまったとも言われている。 18 ービスの基本的な収益源は、月額基本料を基に PPV(Pay Per View)や B2B、広告収 入 などで構成されている。しかし、現段階では Hanaro 社でも月額基本料が売上で占 める割合 が 高く、他 の 収入は少 な いのが現 状 である。 例 えば、 IPTV サービスは既存 顧客にはブロードバンドの付加サービスとして、新規顧客にはブロードバンドと一緒 に加入するサービスである。従って、IPTV サービスの月額料金はブロードバンドとの 結合サービス料金になる。表 9 は IPTV 事業者別の結合サービス料金の比較したもので ある。 表9 区分 DPS TPS IPTV事業者別の結合サービス料金の比較 22 サービス商品 ブロードバンド IPTV 合計 ブロードバンド IPTV 電話(VoIP) 合計 LG Powercom 個別 28,000 10,000 38,000 28,000 10,000 2,000 40,000 Hanaro Telecom 結合 25,200 9,000 34,200 25,200 8,000 2,000 35,200 個別 29,700 11,000 40,700 29,700 11,000 4,500 45,200 結合 26,730 9,900 36,630 23,730 8,800 3,600 36,130 (単位 ウォン) Korea Telecom 個別 30,600 8,000 38,600 30,600 8,000 5,200 43,800 結合 29,070 6,800 35,870 29,070 6,800 5,200 41,070 出所)Yoon(2008) こ の表から IPTV サービ スの平均月額利用料による年間の売上高を簡単に推定できる。 IPTV サービスの月額利用料の年間収入 = 加入者数 * 平均月額利用料 * 12 実 際に、Hanaro 社の月額利用料の年間売上を推定して見ると、78 万名*8,800 ウォン * 12 で 約 823 億ウォンである。この数字は Hanaro 社が 2008 年 6 月に半期報告書で公表し た年間の予想売上高である 780 億ウォンから 820 億ウォンの間とほぼ一致する。つま り、現段階では IPTV サービスの主な収入源は月額基本料金であると過言ではない。 IPTV 事業者が広告主に双方向広告ソリューションを提供するモデルは、少なくとも 200 万から 300 万の加入者が必要であると言われている。 IPTV 事業者が加入者数を 背景に広告モデルを確立するためには、加入者の獲得が不可欠である。IPTV サービ 22 通信各社の光 LAN サービスの商品を 3 年契約した場合の料金を基準として整理した。Hanaro 社の 「Hana TV」KT 社の「Mega TV」の加入者の 90%程度がブロードバンドサービスとの結合商品の加入 者であると言われている。 19 ス は 将 来 的 に は 加 入 者 か ら の 月 額 利 用 料 と 広 告 主 か ら の 広 告 料 な ど で Two-sided Market になる可能性があるが、現段階では月額利用料のみに依存している。 5 今後の課題 以上のように日本はIPTVサービスが韓国より比較的に早い時期に多様な形で展開さ れたが、まだ具 体的な成果は見られていない。それに対して韓国ではTVポータルサー ビ スのみではあったが、着実にIPTVサービスの普及が進んでいるように見える。本稿 で 紹 介 し た 韓 国 の IPTVサ ー ビ ス の 事 例 か ら 日 本 の IPTVサ ー ビ ス の 普 及 に 対 し て 直 接 的に提言し難いが、日本のIPTV市場でもHanaro社やKT社のように現状での問題点を突 破しようとする企業の存在は大事である 23 。無論、日本でも支配的な通信事業者であ るNTT社を中心としてIPTVサービスを普及しようとする動きは見えるが、あまり具体 的な成果は見られない。その原因の一つは、日本でも韓国と同様に人気コンテンツを 所有している地上波放送局がIPTVサービスを代替サービスとしてとらえ、IPTV事業者 に協力的ではないことが挙げられる。従って、IPTV事業者は放送事業者と共栄できる ビジネスモデルの構築が当面の課題である。例えば、韓国ではIPTV事業者と放送局が IPTVサービスの特徴を生かしたコンテンツの制作のために、共同運営する基金を設立 した。 さらに、この問題に関しては規制機関の調整が必要かもしれない。例えば、韓国で は IPTV サービスの地上波再送信について、通信事業者と地上波放送局の対立が激しか ったが、放送通 信委員会と韓国デジタルメディア産業協会の仲裁で先送出、後契約す ることになった。その他に規制機関の注目すべき動きとしては、放送通信委員会が IPTV サービスの教育関連コンテンツを学校に普及させる支援策を発表したことで あ る。このような支援政策は韓国政府がブロードバンドを普及させる際にも、有効な政 策として評価されていた。 今後の課題として、韓国で IPTV 事業者は地上波再送信が可能になってから、本当に 加入者を獲得するかどうかについて調査が必要である。さらに、加入者数の確保によ る広告モデルが成立し、ビジ ネスモデルとして Two sided Market が成立できるかどう 23 なぜなら、日本と韓国では IPTV サービスを巡る法規制面や通信市場と放送市場の競争状況、通信事 業者と放送事業者の経営戦略など様々な面で異なる。例えば、日本では「TV ポータルサービス」のよ うな VOD 型サービスを提供する場合、著作権処理が問題になっている。 20 か を見守りたい。 参考文献 朴唯新,「高速動態市 場における経営戦略」,赤岡功・日置弘一郎(編著)『経営戦略と 組織間提携の構図』,中央経済社, 2005. 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