水坤 寄稿 - 全国上下水道コンサルタント協会

水坤
寄稿
■1.不肖
下水道建設と私
加畑雅宏
名古屋市上下水道局/技術本部/建設部長 キ」に耳を傾け、一言二言「粘れ」、「慣れろ」と
精神論を呟くだけだった。それでも人様に語るこ
私は、大志もなく「土木工学」を学んだ。それ
とで心中の「澱」が抜け、徐々に気持ちの整理で
故に第二次オイルショックの煽りを受けて、就職
きたような気になった。
先の選択肢は極めて少なかった。結果として私の
要は「苦悩者」は、ソリューションの順番とそ
志向は公務員試験に移行した。
のシナリオを自分なりに持てばいいことに感覚的
専門試験の専攻は、記述式であるという不肖な
に気づいた。早速、文献等を参考に、竣功図の仕
動機で「上下水道」と決めた。事実、記述の大論
様を確認し、補修部材の構造計算を試行錯誤で行
は「嫌気性消化」が出題され、これが後の私と「下
った。しかし、その程度では全く付け焼刃で、悶々
水道」
との関わりを事実上決定した事象となった。
とした日々が続いていたことも事実だった。
■2.未熟
■4.進化
昭和62年4月に計画課から、構造物の実施設計
「苦悩者」もいつかは「進化」するものである。
を行う施設課に異動した。計画課では拡張区域の
異動後暫く経つと、ポンプ所の遠制化に伴う改
認可計画や合流改善計画を担当していたが、生意
造設計を任せられ、実施設計を初めてコンサルタ
気で「アク」の強い奴だった。そんな「アク」は、
ントに受注して頂いた。その内容は既設沈砂池直
異動後に初めて担当した軽微な補修設計に四苦八
上に RC スラブを増築し、除塵機、除砂機を設置
苦する己の冷汗ととともに流れ去った。
するという、工程が煩雑で工種の多い一筋縄では
施設の竣功図を見ても構造、材質や規格すら読
いかない代物だった。
めない。また先輩職員に教えを乞うても、アドバ
構造計算書が残存していなかったため、竣功図
イスされた技術用語の意味が理解できないという
からの逆解析となった。既設は RC 構造だが改造
有様で、この窮状を上司に相談すると「新人扱い
に伴う荷重増を見込むと許容応力度超えも想定さ
はしない」とう厳しいご指導も頂いた。己が「未
れ、それを最低限の補強で対処する業務であった。
熟者」という自己嫌悪に陥るとともに、社会人と
素人同然の私には極めて重荷であった。
しての自信喪失には十分であった。
この業務でコンサルタントの方々には多大なる
ご指導と薫陶を賜った。当時は執拗に設計手順や
■3.苦悩
数値の根拠を確認していたような気がする。ご担
当の方々は、さぞかしこの「苦悩者」に閉口され
こうした苦悩の中で計画課時代の先輩からの助
たことだろうと思う。汗顔の至りである。 勢があった。助勢言っても仕事の習得術を伝授し
ラーメン構造の死荷重と活荷重等を決定し、簡
てくれた訳ではない。一緒に酒を飲み私の「ボヤ
便法により構造計算を行い、導いたM(Tm)
、S(T)
28
から梁、柱、壁、床の断面を決め、コンクリート
■6.習得
の圧縮、せん断、鉄筋の引張応力等の照査、その
結果を断面にフィードバックするという一連の過
会検準備の設計照査で土留長、土留材断面算定、
程を、実務で学び理論を確認する日々が続いた。
連続地中壁設計、積算の習得にも苦しめられたが、
構造計算がいくら電算化されても、構造計算の
基礎杭と DW の設計、積算の理解には悪戦苦闘し
要諦は不変で、私が感覚的に構造計算を多少理解
た。
できるのは、この時に培った経験の余禄だと思っ
特に基礎杭は鉛直支持力、水平耐力の算定方法、
ている。苦悩から進化への光明が少しだけ見えて
杭径、杭種、工法選定とパラメーターが極めて多
きた。
く、土木工学として深淵な領域であることを後々
知った。
■5.光明
その証左として表-1に汎用資材、工法での基
礎杭の数字上の検討パターンを示す。その数は、
施設課2年目に巡り合せにより大規模構造物の
PHC 杭、SC 杭、場所打ちコンクリート杭の総計
会計検査を受検した。
で約 200 パターンとなる。このパターンから構造
掘削深が20m以上の杭基礎構造で、ヤットコ長
物、地盤、現場特性を踏まえ最適な選定を行うに
は15m以上、土留は連続地中壁とソイルセメント
は、豊富な設計経験と高度な技術力が必要となる。
連続壁、横矢板工法の3種類、さらにディープウ
具体的には、経済性のみの選定では削孔地盤の
ェル(DW)まであるという当時の土木技術の見
崩壊による高止まりやヤットコ施工が困難となる
本市的工事であった。今でも当時の状況を振返る
場合もあり、構造物、地盤、現場条件を十分に見
と己の愚鈍さに忸怩たる思いがある。この時の経
極めての工法等の絞り込みが必要となる。最終的
験でやっと一皮剥けて光明が差してきたのだと思
には杭径、杭種、工法の仕様が鉛直支持力、水平
っている。
耐力に直結することから、この選定には慎重な判
表-1 基礎杭検討パターン
表-1 基礎杭検討パターン
既製コンクリート杭(PHC杭)
杭径(mm)
杭種
工法(特定埋込工法)
寸法
種類数
種別
種類数
工法名
種類数
300mm
≀
1000mm
10
A種
B種
C種
3
プレボーリング拡大根固め工
法
中堀り拡大根固め工法
回転根固め工法
3
検討
パターン数
90
既製コンクリート杭(SC杭)
杭の厚さ
杭径(mm)
外殻鋼管肉厚
鋼管部
工法(特定埋込工法)
寸法
種類数
種別
種類数
種別
種類数
材質
種類数
工法名
種類数
600mm
800mm
2
90mm
110mm
2
ts6
ts9
ts12
3
SKK400
SKK490
2
プレボーリング拡大根固め工法
中堀り拡大根固め工法
回転根固め工法
3
検討
パターン数
72
場所打ちコンクリート杭
杭径(mm)
工法
寸法
種類数
工法名
種類数
検討
パターン数
800mm
≀
1800mm
5
アースドリル工法
アースドリル拡底工法
2
10
検討パターン
合計
800mm
≀
1500mm
4
BH工法
1
4
195
1000
≀
3000
7
リバース・サキュレーション工法
リバース・サキュレーション拡底工法
2
14
1000
≀
2000
5
1
5
計
33
オールケイシング工法(ベノト工法)
<参考資料>建築施工単価:一般財団法人経済調査会
29
断も必要となる。
有する地盤は、本市を含む東海地方ではよく見受
基礎杭のように工法等の選択肢が増えるに従
けられ、DW による地盤沈下リスクの高い工事は
い、実施設計の難易度はさらに上がる。私が設計
未だに多い。
照査で悪戦苦闘した以上にコンサルタントの技術
各 CASE を概括すると以下のようになる。
者の方々は、PC化で定型業務が多くなっても、卓
CASE‒1:被圧地下水位の低下より自由地下水位
越した技術力の保持が必要なことは今昔変わって
の低下の方が地盤沈下上は危険⇒盤ぶくれは被圧
いない。むしろ工法等の選択肢が増えるに従い、
地下水位低下で抑止可能⇒同時に自由地下水位低
業務が煩雑、輻輳化しその量は増加しているので
下させると⇒透水層間隙水圧がゼロに漸近⇒透水
はないか。
層土粒子構造の崩壊⇒透水層が圧縮沈下(自由地
下水位が高い場合は特に不適)
■7.因果
CASE‒2:下部不透水層への止水壁貫入で地下水
(被圧、自由)の遮断が可能⇒地下水遮断に伴い盤
盤ぶくれ対策では工法選定を誤ると、
厄介な
「因
ぶくれ、圧縮沈下の抑止可能⇒不透水層が深いと
果」となる場合が多い。そもそも私には被圧地下
止水壁長が長くなる⇒一般的に割高(不透水層が
水による盤ぶくれの技術的見識もなく、DW は掘
深いと不適)
削時の地下水排水の一工法程度という認識しかな
CASE‒3:根切面以下の地盤改良で地下水(被圧、
かった。盤ぶくれ対策を技術的に理解した後も、
自由)の遮断が可能⇒地下水遮断に伴い盤ぶくれ、
近年に至るまで地盤沈下という「因果」にたびた
圧縮沈下の抑止可能⇒地下水位(被圧、自由)が
び懊悩してきた。その対応では本当にコンサルタ
高いと地盤改良範囲が深くなる⇒最も割高、施工
ントの技術者の方々にはご教授とご支援を頂い
精度に難あり(杭基礎、大深度には不適)
た。
私が DW に伴う地盤沈下という「因果」で身を
図-1に盤ぶくれ対策の検討事例を示すが、多
持って体現したことは、以下ように収斂される。
くの設計は、経済性を最優先して CASE‒1 の DW
(1)DWの選定は、経済性のみならず地域性、地
による地下水低下工法を選定する。被圧地下水を
盤特性、近接物の有無等の総合的見地から他の工
DW
土留 土留 DW
土留 土留
土留 土留
▽
▽
自由地下水位
被圧地下水位
根切面
根切面
根切面
地盤改良
透水層
(自由水層)
透水層
(自由
水層)
不透水層
透水層
(自由水層)
不透水層
透水層
透水層
透水層
止水壁
不透水層
不透水層
止水壁
不透水層
CASE-1
CASE-2
CASE-3
(地下水低下工法)
(止水工法)
(止水壁貫入工法)
(止水工法)
(地盤改良工法)
図−1 盤ぶくれ対策の検討事例
図-1 盤ぶくれ対策の検討事例
30
不透水層
法も検討し決定すること。
衡が保てる技術者は「鬼に金棒」でもある。団塊
(2)DW を選定した場合は、必ず FEM 解析等で
の世代の技術者のリタイアのピークは終焉を迎え
周辺地盤の変形を事前に予測し、近接物に影響が
つつあるが、一時途絶えたインフラ系技術者の育
ある場合は止水工法等へ変更すること。併せて自
成は再開されたが、その数、質ともに未だ不十分
由地下水の排水、止水工法も十分に検討し対応す
の感がする。特に官民とも技術力の低下が危惧さ
ること。
れそのスキルアップの必要性が叫ばれて久しい。
(3)DW の施工時は地下水(被圧、自由)の揚水
あと10年は辛抱が必要だろうが、期待は大きくそ
量、維持水位を適正に保ち、地盤沈下、観測井の
の時が待ち遠しい。
連続観測を必ず行うこと。
今回の「水坤」の執筆にあたって「坤」は乾坤
前述までの「因果」は、すべてのコンサルタン
一擲の坤ですなわち「地」で、まさに「水」と
ト技術者、委託者が陥りやすい鬼門である。
「DW
「土」を相手に永年挑んできた私の経験の一端を述
≒地盤沈下」の再認識と実施設計、施工管理上で
べた。
のリスクマネジメントが今は必要な時代である。
「水コン協」は設立 30 周年、名古屋市は平成 24
これらがお互いに補償問題という「因果」を招か
年に下水道が、平成 26 年に水道が 100 周年を迎え
ない特効策になるのではないか。
た。共に永い歴史であるが、コンサルタントの役
割は今後とも更に変遷し、継続的に時代の要求に
■8.期待
適合したノウハウを蓄積し、新たな歴史を築くこ
とも求められる。角度を変えれば「技術者の技量
もうすぐ昭和50年代半ばに社会に出た
「未熟者」
と先見性が如実に具現される時代となる」とも言
は現役をリタイアする。現代の生き様は大変難し
えるのではないだろうか。
く、また「振子が左か右か」の喩えの様に物事の
技術の進取性を持続しつつ「水」に関われる矜
選択肢が少なく、あらゆる規制が縦横無尽に張り
持も相互に持ちながら、次の 100 年に向けて一層
巡らされた時代でもある。技術者の自由度、裁量
の協働を願うものである。
の幅が極端に少なくなると、自らの思考が停止す
るとともに、
指示待ち型の業務しかできなくなる。
「水コン協設立30周年」、誠におめでとうござい
技術の習得には、手痛い失敗を糧にすることも
ます。
含めて時間が要する。理論と実務に長け、その均
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