【解説】 生体におけるメイラード 反応の影響 白河潤一,永井竜児 メイラード反応は食品の加熱調理のみならず,生体内に存在 する糖質とタンパク質間でも進行し,その後期生成物である AGEs は 老 化 や 老 化 関 連 疾 患 の 発 症 に 関 与 し て い る. 以 前 AGEs は 単 な る 老 廃 物 と し て 考 え ら れ て い た が,AGEs 化 に よって生体タンパク質が修飾されることにより,骨格タンパ 徴を有する AGEs(Advanced Glycation End-products) が生成する(図 1) .本反応は加熱によって促進し,加 熱調理や食品の長期保存に伴って進行する.食品分野で は AGEs は主にメラノイジンと呼ばれており,ロースト クの変性や,酵素の活性低下,タンパク質発現にも影響を与 チキンなどの加熱調理した食品やビール,味 え る と 推 察 さ れ て い る. そ の た め, 生 体 AGEs の 正 確 な 測 定 ような褐変食品の色調変化の原因とされているが,香気 は,病態のマーカーや創薬のターゲットという点からも注目 成分や,タンパク質が修飾されることによって消化性が されている.本稿では,生体の代謝・炎症など,さまざまな 経 路 か ら 生 成 す る AGEs の 測 定 法 や, こ れ ま で 明 ら か と な っ て い る 病 態 と の 関 連 性 お よ び AGEs 生 成 抑 制 物 質 の 探 索 な ど について紹介する. 生体とメイラード反応 アミノ酸と還元糖の縮合反応であるメイラード反応 は,1912 年にフランス人 Louis Camille Maillard によっ ,醤油の 低下し,その結果,栄養価にも関与する反応として研究 が行われてきた.また,生体にも多くの糖とタンパク質 が存在するため,食品の加熱調理ほど迅速ではないが本 反応は徐々に進行している(図 2) .メイラード反応は タンパク質に糖が縮合することから「糖化」とも呼ばれ ているが,タンパク質の立体構造を変化させる修飾・変 性に関与していることから,さまざまな病態や老化に関 連していると考えられている. て報告された.本反応はアマドリ転位物が生成するまで の前期反応と,酸化,脱水,縮合反応によって進行する 後期反応に分けられ,後期反応においてはさまざまな特 The Significance of the Maillard Reaction Jun-ichi SHIRAKAWA, Ryoji NAGAI, 東海大学農学部バイオサイ エンス 化学と生物 Vol. 53, No. 5, 2015 メイラード反応産物の測定 生体におけるメイラード反応産物(糖化産物)のう ち,最も一般的に知られているものとしてグリコアルブ ミンやヘモグロビン A1c(HbA1c)が挙げられる.グ 299 図 1 ■ 老化や病態における AGEs の蓄積 と糖化によるタンパク質の物理的変化 図 2 ■ 糖化に伴う食品および生体における褐変化 リコアルブミンは,血清中に最も多く存在するタンパク 質であるアルブミンとグルコースが結合した糖化産物で 図 3 ■ 既知 AGEs 構造体の例 あり,過去 2 週間程度の血糖値を反映するマーカーとし 測定方法が異なるため,HbA1c などと比較して簡便か て用いられている.また,HbA1c は赤血球のヘモグロ つ信頼性の高い測定方法が確立されておらず,これまで ビンとグルコースによって生成するアマドリ転位生成物 HbA1c のような臨床応用があまりなされていない.し であり,過去 1∼2 カ月の血糖値を反映するマーカーと かしながら,メタボリックシンドロームをはじめとする して世界的に利用されている.このように糖化反応によ 生活習慣病の研究において糖質や脂質異常の重要性が改 る生成物は糖代謝を知るために広く用いられてきた.特 めて認識されるなかで,これらのマーカーとして利用で に過去 30 年の研究から,生体におけるメイラード反応 きる可能性のある AGEs に注目が集まっており,正確な が後期まで進行していることが明らかとなり,タンパク 測定方法の確立が求められている.これまで行われてき 質の AGEs 化が生体タンパク質に障害を与え,さらに た AGEs 検出方法としては,一部の AGEs が有する蛍光 AGEs の測定は老化や老化関連疾患の発症マーカーとし 性を利用した方法がある.この手法は,簡便であるため ての利用が期待されている.AGEs は多くの構造が知ら 初期の AGEs 研究において多用されてきたが (1∼3),生体 れており,生体中から検出されている構造体だけでも 中には AGEs 以外にも蛍光性を示す物質が多く存在する 40 種類以上存在する(図 3) .それぞれの AGEs 構造体 ため,正確に AGEs のみを測定しているとは言い難いも ごとに生成経路が異なるため,さまざまな生体環境を反 のであった.また,本法では蛍光性を有さない多くの 映する可能性が期待されるものの,構造間での安定性や AGEs 構 造 は 測 定 不 能 で あ る こ と や, 測 定 し て い る 300 化学と生物 Vol. 53, No. 5, 2015 AGEs 構造が不明な場合も多いことも問題点として挙げ 発展が期待されている(図 4) .さらに,今後臨床の現 られていた.その後,簡便であり,多くの検体を測定す 場で求められるような簡便さと正確さを兼ね備えた網羅 ることが可能であることから抗 AGEs 抗体を用いた免疫 的な測定系が開発されれば,AGEs と代謝環境との関連 化学的測定法が広く行われるようになり,生体における 性についての研究がさらに進み,AGEs をマーカーとし AGEs 研究が進展する要因となった.しかし,エピトー た病態の評価・治療法の提案も可能性になってくると考 プの不明な抗 AGEs 抗体も多いことや類似構造体との交 えられる(図 5) . (4) 差反応が問題とされていること ,多様な構造をもつ AGEs に対し網羅的な測定を行うことはいまだに困難で あるため,多数の AGEs 構造を正確に測定可能な方法の 生体内で生成する AGEs 確立が生体における糖化の影響を解明するうえで課題と 生体において生成する AGEs に関しては,加齢に伴う なっている.近年,機器分析技術の進歩により,これま 蓄積のほか,さまざまな病態との関連性が報告されてい で測定が困難とされてきた物質が測定可能となってき る.特に,糖尿病とその合併症である腎症 (5),神経障 た.その結果,AGEs 構造についても不安定な構造体を 害 (6) の血中や組織中において ε(carboxymethyl) lysine 含め,しだいに測定できるようになってきている.特に (CML)などの AGEs 構造が高値に検出されることが知 近年,液体クロマトグラフィータンデム質量分析装置 られている.また,皮膚や骨などのコラーゲンに生成し (LC-MS/MS)によって多くの AGEs を同時に測定でき (7) た AGEs が日光性弾性線維症(solar elastosis) や骨強 る系が確立されてきており,生体における AGEs 研究の 度の低下に関与していることが報告されている (8).さら に,アルツハイマー型認知症 (9),非アルコール性脂肪肝 指先から採血した血液等の 少量のサンプル 質量分析装置による正確なAGEs測定 関連性が示されている.AGEs が生体おいて悪影響を与 1.0 0.9 えると考えられている理由としては, (1)タンパク質中 0.8 mmol / mol Lys. 0.7 のアミノ酸が AGEs 化してしまうことによって,タンパ 0.6 0.5 ク質の荷電変化や架橋形成により骨格タンパク質の構造 0.4 0.3 変化が起こり,あるいは酵素の活性が低下してしまう 0.2 0.1 0.0 NOR-C DM-C 健常 糖尿病 LC-MS/MSによる血中におけるCML の測定結果 AGEsの網羅的測定系の確立 図4 ■ 質量分析等による正確なAGEs測定 4.0 receptor for AGEs)を介して炎症反応などを惹起する ことが挙げられている(図 6) .これらの変化は生体組 織の変性やタンパク質の発現にも影響を与えると考えら れ,さまざまな生体環境の変化と密接に関連していると 簡便で正確なAGEs測定系の確立 蛍光性による検出 3.0 こと,(2)生成した AGEs を認識する受容体(RAGE: 推察される.それぞれの AGEs 構造は微量であっても複 LC-MS/MS による生体中 AGEs の検出 mmol / mol Lys. 炎 (10),サルコペニア (11),歯周病 (12) など多くの病態との 抗体による検出 2.0 1.0 0.0 CEL CML MG-H1 AGEs生成メカニズムの解明 病態・生活習慣を評価する マーカーとしての利用 AGEs 生成抑制物質の探索 個別型の代謝改善・治療法の提案 化学と生物 Vol. 53, No. 5, 2015 図 5 ■ AGEs 測定法の確立と応用 301 ・糖質・脂質の代謝異常 ・ミトコンドリアストレス ・炎症反応 ・その他 り込まれ,AGEs 受容体である RAGE に認識されること タンパク質 により,酸化ストレスや炎症反応を惹起するという経路 が示唆されている (17).しかし,一方でメイラード反応 生成物が,構造の変化により消化ができなくなったこと 様々なAGEs構造の生成 AGEs ・荷電の変化 ・立体構造の変化 RAGE RAGEへの結合 によって食物繊維と同様の働きをし,ビフィズス菌など の腸内善玉菌の炭素源となることが報告されている (18). 以上のように食品中の AGEs に関しては研究者や報告に よって見解が異なっており,統一した見解は得られてい ない.この理由として,AGEs が単一の構造でないこと マーカーとしての利用 ・タンパク変性 ・代謝異常 図 6 ■ AGEs 化の生体への影響 や食品中 AGEs の正確な定量が困難であることなどが挙 げられ,今後もさまざまな視点からの検討が必要であ る. AGEs 生成抑制物質の探索 数の AGEs が関与することによって多くの生体タンパク 以上のようにさまざまな生体環境,特に病態に関与し 質を修飾している可能性が高い.また,以前は生体に存 ているとされていることから,糖化関連疾患の予防と治 在する AGEs 構造体の種類についてはあまり議論がなさ 療には AGEs の生成抑制が有効と考えられ,世界的に れてこなかったが,生体にはさまざまな AGEs 生成経路 AGEs 生 成 抑 制 物 質 の 探 索・ 開 発 が 行 わ れ て い る. が存在することや,組織や病態によって蓄積する AGEs AGEs 生成を抑制するメカニズムとして, (1)AGEs の 構造体が異なることが明らかになるにつれ,まずは「ど 生成を抑制する, (2)生成した AGEs の分解を促進す のような組織にいかなる AGEs 構造体が蓄積するか?」 る,(3)AGE 受容体に対する拮抗阻害などが考えられ を明確にすることがすべての AGEs 研究において重要と ている.この中で最も研究の進んでいる AGEs 生成抑制 なってきている.そのため,構造の明らかな AGEs を正 の方法として,カルボニルトラップ型が挙げられる.こ 確かつ網羅的に測定できることが必要であり,得られた の抑制機構は,メイラード反応の進行や代謝経路から生 情報と詳細な臨床的情報との比較によって,老化や病態 成するカルボニル化合物を捕捉することで AGEs 生成を と糖化の関係性について新たな知見が得られると期待さ 抑制するものであり,代表的な物質としてアミノグアニ れる. ジンが報告されている.アミノグアニジンは最も初期に 報告されたカルボニルトラップ型の AGEs 生成抑制物質 食品中 AGEs の生体への影響 であり (19),糖尿病モデルの動物実験において糖尿病性 腎症,網膜症の発症を抑制することが報告されてい 生体内で生成される AGEs のほかに,食品などに含ま る (20).さらに,1999 年に米国で報告された糖尿病性腎 れ体内へ摂取された AGEs に関する研究も積極的に行わ 症患者に対する phase III トライアルでは,尿タンパク れている.以前より,食品中のメイラード反応生成物の 質を減少する効果が認められたものの血中クレアチニン 研究はコーヒーやビール,味 や醤油などの褐色色素の 値では有意差が認められなかった.この原因として,ア 形成,香気や味覚成分として研究が行われてきた.しか ミノグアニジンが報告された頃には多くの AGEs の構造 し近年,AGEs 高含量の食品を摂取し続けることで糖尿 や生成経路が不明であり,生体において効果的な AGEs 病などの疾病の発症率が増加するという報告が多くなさ 生成抑制物質の探索が困難であったことが挙げられる. れ (13, 14) ,味 や醤油などの AGEs を多く含む食品を多く さらに,生体に対する毒性を示すことが明らかとなった 摂取するわが国の伝統的な食生活の安全性にも疑問が投 ためアミノグアニジンは臨床的に実用化されていない. げかけられている.食品中に存在する最も一般的な その後,ビタミン誘導体であるピリドキサミンもアミノ AGEs として CML(15) やピラリン,ペントシジン (16) など 基によってアルデヒド基を捕捉する作用を有している が報告されているが,食事によるこれら AGEs 構造の摂 が,AGEs の生成のみでなく,脂質過酸化反応由来のカ 取が生体へマイナスの影響を及ぼすと考えられている. ルボニル化合物もトラップすることが知られている (21). その理由として,摂取された AGEs の一部が生体内に取 さらに,ストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットに対する 302 化学と生物 Vol. 53, No. 5, 2015 ピリドキサミンの投与は血中グルコース濃度に変動は認 められないものの,腎症 (22) および網膜症 (24) (23) の進行が有 ε 意に遅延されている.また,CML , (carboxyeth(25) yl) lysine(CEL) などに特異的なモノクローナル抗体 を用いて,ケトン体から AGEs が生成する可能性の検討 を行った研究では,ケトン体分解物であるアセトールか ら CEL が生成することが確認された.さらに,クエン 酸の経口投与によってケトン体が改善する可能性を提唱 し,実際,クエン酸をストレプトゾトシン誘発糖尿病 ラットに経口投与した結果,ケトン体の生成,腎機能障 害が抑制され,さらに白内障および水晶体における CEL の蓄積が有意に低下することが確認されている (26). ケトン体は 1 型糖尿病のみならず,妊娠初期のつわり, 過度な運動や急激なダイエットでも血中濃度が上昇す る.クエン酸は多くの果物にも豊富に含まれており,有 効に利用すれば糖尿病合併症のみならず,多くの疾患の 予防にも役立てられる可能性がある. アンチエイジングを目指した効果的な AGEs 生成抑制 剤を開発するには,まず標的となる AGEs 構造体および その生成経路を確認する必要があろう.近年では生薬や 茶葉などの植物を由来とする天然物においても AGEs 生 成 抑 制 物 質 の 探 索 が 積 極 的 に 行 わ れ て い る な ど (27), AGEs の生成経路と病態との関連性の解明などとともに 今後さらなる研究が期待されている. 文献 1) V. 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Nohara : , 50, 883 (2011). プロフィル 白河 潤一(Jun-ichi SHIRAKAWA) <略歴>2007 年九州東海大学農学部応用 植物科学科卒業/2009 年東海大学大学院 農学研究科農学専攻修士課程修了/2012 年同大学大学院生物科学研究科生物科学専 攻博士課程修了/同年同大学農学部バイオ サイエンス学科博士研究員,現在に至る <研究テーマと抱負>質量分析装置を用い た AGEs の正確な測定による AGEs と生体 環境との関連性の解明,植物由来成分によ る AGEs 生成抑制<趣味>野山の散策,植 物栽培,サイクリング 303 永井 竜児(Ryoji NAGAI) <略歴>1993 年帝京大学理工学部バイオ サイエンス学科卒業/1995 年静岡県立大 学大学院生活健康科学研究科修士課程修 了/1999 年熊本大学大学院医学研究科修 了/同年同大学医学部助手/2002 年サウ スカロライナ大学客員研究員/2004 年同 大学医学部助教/2009 年日本女子大学食 物学科講師/2012 年東海大学農学部准教 授, 現 在 に 至 る<研 究 テ ー マ と 抱 負> AGEs をはじめとする翻訳後修飾を解析 し,その効果的な抑制法を見つけて老化を 抑制する<趣味>水泳,ロードバイク,質 量分析装置いじり<所属研究室ホームペー ジ>h t t p :// w w w 2 . a s o . u - t o k s a i . a c . j p / ∼rnagai/ Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 304 化学と生物 Vol. 53, No. 5, 2015
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