大阪市立科学館研究報告 26, 59 - 62 (2016) 平成 27 年度全国科学博物館協議会海外科学系博物館視察研修 報告2 江 越 航 * 概 要 平 成 27 年 度 、全 国 科 学 博 物 館 協 議 会では、海外の科 学系博物 館の活動 の実情を見聞するための 研 修 として、イギリスの科 学 系 博 物 館 の視 察研 修を実 施した。 今 回 、この研 修 に参 加 する機 会 を得 たが、研 修 期 間 中は公 式 訪 問 先 に加え、自 主研 修 として近 隣 の 博物 館を訪 問 する時 間 が設 けられた。この機 会に、ロンドン科 学博 物 館 、およびグリニッジ王立 天 文台を 訪問したので、展 示 されている各 館 の資 料 や、展 示内容 ・手法等について報 告する。 1.はじめに 全 国 科 学 博 物 館 協 議 会 では海 外 の科 学 系 博 物 館 の活 動 の実 情 を見 聞 するための研 修 として、平 成 27 年 度は 2016 年 1 月 10 日~1 月 20 日の日 程 で、イギ リスの科学系博物 館 4 施 設 の視 察 研 修を実 施 した。 今 回 、こ の 研 修 に 参 加 す る 機 会 を 得 たが 、研 修 期 間中は公式訪問 先 に加 え、空き時 間 に近 隣 の博物館 も訪 問 することができた。特 にロンドン滞 在 中 は、自 主 研修として 1 日 時 間が設けられていた。ロンドンには、 大 英 博物 館をはじめ、歴 史 が古 く、世 界 的 にも名前 の 知 られている博 物 館 や美 術 館 が多 く設 置 されている。 またイギリスの博 物 館 は入 館 無 料 の原 則 を貫 いている 写 真2-1 ロンドン科 学 博 物 館 ところも多く、気軽に訪 問 することができる。 この機 会 に 、主 に 科 学 ・ 天 文 系 の 博 物 館 として、ロ ン万 国 博 覧 会 に端 を発 する。この万 博 は膨 大 な収 益 ンドン科 学 博 物 館 、およびグリニッジ王 立 天 文 台 を訪 を 生 み出 したことか ら、収 益 金 を 活 用 して、万 博 で展 問することとした。本 稿 では、展 示 されている各 館 の資 示された各 種コレクションを元に、1857 年にサウス・ケ 料や、展示内容・手 法 等について報 告する。 ンジントン博物館が創設された。 この博物館はその後も発展を続け、1899 年にはヴィ 2.ロンドン科学 博 物 館 Science Museum クトリア&アルバート博 物 館 が分 離 独 立 、1909 年 に科 2016 年 1 月 15 日(金)訪 問 学 博 物 館となった。 2-1.概 要 この 博 物 館 に は 、 産 業 革 命 期 のコ レク ション である 科 学 博 物 館 はロンドン・サウスケンジントンにある博 初 期 の蒸 気 機 関 から、ニュートンに代 表 される科 学 革 物 館 である 。 公 式 訪 問 した 自 然 史 博 物 館 とは 隣 接 し 命 期 のコ レク ション、各 時 代 ごとの 先 端 技 術 の 資 料 、 ており、美 術・工 芸 が展 示 の中 心 であるヴィクトリア&ア 宇 宙 開 発 にいたるまで、広 い敷 地 に膨 大 な数 の資 料 ルバート博物館もすぐ隣にある。 が展示されている。 科学博物館の設 置は、1851 年に開 催されたロンド 500 万点を越える所蔵品を持ち、毎 年 300 万 人 以 上もの来館 者が訪れる。入館料は無料であるが、寄付 * 大 阪 市 立 科 学 館 学 芸 グループ e-mail:[email protected] 金の支払いを推奨される。 イギリスの科 学の歴 史に根ざした、世 界 最 大 規 模の - 59 - 江越 航 科学博物館である。 ワトソンとクリックにより発見された DNA の構造を表した 今 回 、この博 物 館 を訪 問 したが、限 られた時 間 では モデル、1969 年、月面着陸直前のリハーサルとして月 ほんの 一 部 しか 観 覧 す るこ とができなかった 。以 下 で へ飛行したアポロ 10 号の司令船、等々である。 は、今回の訪問で目についたコーナーを紹 介 する。 現 在 につながる技 術 、今 、広 く使 われている 機 械 の 初期のタイプなどを実物資 料で見ることができる。科学 2-2.Energy Hall 博物館の資料の充実を象徴するコーナーである。 入館してすぐの場 所は Energy Hall と呼ばれる場所 で、広 い吹 き抜 けになっており、巨 大 な蒸 気 機 関 がい くつも展示されている。 中央には、ひときわ大 きな赤 い動 輪 をもつ蒸 気 機 関 が置かれている。1903 年にランカシャーの製 鉄 工場で 作 られた蒸 気 機 関 で、1700 台 の力 織 機 を動 かせると いうものである。 1777 年に製作された、ボルトンとワットによる蒸気機 関 も展示されている。「オールドベス」という愛 称 で呼ば れる 、現 存 する 最 古 の 蒸 気 機 関 で 、水 車 を 回 すた め の水をくみ上げるために使 用 されていたものである。 写 真2-3 ワトソンとクリックの DNA 模 型 写 真2-2 ランカシャー製 鉄 工 場の蒸 気 機関 2-3.Exploring Space 写 真2-4 アポロ 10 号の司 令 船 続いてのコーナーは、宇 宙 開 発 の展 示 場 となってい る。ロケットやエンジンの実 物 資 料 、人 工 衛 星 など各 種 2-5.Cosmos & Culture 宇 宙 機 が展示してある。アポロ月 着 陸 船 は、レプリカで 天 文 学 について、古 代 から現 在 までの 観 測 機 器 を あるが実物 大の模 型 をジオラマと共 に展 示 してある。ヨ 中心に展示してあるコーナーである。 ーロッパ宇宙機関 の惑 星 探 査 機 ホイヘンスやビーグル レプリカであるが、最 初の望 遠 鏡 であるガリレオの望 2 号の実物大模型 なども展 示されている。特に子供が 遠 鏡 やニュートンの反 射望 遠鏡 のほか、日 本の資 料と わくわくするように意 図した作 りになっている。 して、江 戸時 代に渋 川 春 海 が作った星 図である「天 文 分 野 之 図」などが展 示されている。最 近の天文 学の観 2-4.Making the Modern World 測 機 器 としては、実 際 には打 ち上 げられなかったもの 18 世 紀 以 来 の 250 年にわたる科 学 技 術の歴史に だが JET-X 宇宙望遠鏡の実物も展示されている。 おいて、各種 技術 を象 徴 するような様 々な資 料 が展示 されている。 2-6.Measuring Time 例えば、1813 年に作 られた現 存する最 古の蒸気機 時 計 を中 心 に、時 を知 るための歴 史 的 資 料 が展 示 関 車 であるバッフィング・ビリー号 、1829 年 にリバプー されている。日 時 計 や水 時 計 、砂 時 計 か ら始 まり 、機 ル-マンチェスター間を走る機 関 車 の競 技 会 で優勝し 械 時 計 、航 海 用 クロノメーター、現 在 の 原 子 時 計 や、 たロケット号、1937 年に作られた 100 万ボルトで原子 電 気 製 品に埋 め込まれた時 計などの資料が膨 大な数 、 核を加速するコッククロフト・ウォルトン加 速 器 、1953 年 、 集められている。何よりも資 料の点数に圧 倒されるコー - 60 - 平成 27 年度全国科学博物館協議会海外科学系博物館視察研修報告2 ナーである。 当 時イギリスは、世界 各 地に植 民地を持ち、海 運 国 として繁栄していた。船が安 全に航海を行うためには、 2-7.その他 目 印 のない海 上において、現 在 地を知ることが必 要に こちらの博 物 館 は、多 くのコーナーが資 料 の展 示 を 中 心にしており、ハンズオンの展 示 は少 なめだが、いく なる。この現 在 地 を知 るための方 法 が、天 体 観 測 であ る。 つか体験コーナーもある。 海 上 において星 が南 中 する時 刻 を観 測 し、グリニッ 写 真 は、周 囲 の床 に「DO NOT TOUCH」と書かれ ジ天 文 台 との観 測 時 間 の差 が分 かれば、現 在 いる場 たエリアの 中 央 に 、容 易 に 触 れるような棒 がある。ここ 所 の 経 度 を 知 ること が 可 能 になる 。そ の 基 準 となる 星 に、手を触れると軽 い電 気 ショックが生 じ、同 時 に音が 図を作るのが、グリニッジ天文台の役割であった。 鳴 る仕 掛 けになっている。子 供 はさわるなと言 われると さわることを見込んで作った展 示になっている。 1884 年の国際子午線会議 において、この天文台を 通 る 子 午 線 が 本 初 子 午 線 として採 択 され 、経 度 の 基 準となった。 現在は天 文 台としての機 能 は移転し、博 物館となっ ている。グリニッジ天 文 台 では、このような経 度 の基 準 を測 定 するための観 測 機 器 や、そのために必 要 となる 精密な時計などが展示されている。 敷 地 内 は いく つかの 建 物 に 分 か れ ており 、入 館 無 料 の建 物 もあるが、子 午 線 がある庭 、および子 午 儀 の 設 置されているメリディアン棟、フラムスティード・ハウス に関しては、£9.5 の入館料が必要になる。 3-2.本 初 子 午 線 グリニッジ王 立 天 文 台 の 所 以 となる 基 準 線 である。 写 真2-5 電 気の流れるハンズオン展 示 子 午 儀 の設 置 されている建 物 から続 く広 場 となってお また 、入 り 口 近 く に ある ミュ ージアムショップ も 広 く、 り、金 属 製 の帯が埋め込まれている。 おみやげとして購 入 できる各 種 科 学 グッ ズやオリジナ ルグッズ、書籍等 の商 品が充 実 している。 世 界 中の経 度の基 準となる本 初 子 午線 であり、この 線 の 左 右 で東 経 と西 経 に 分 かれることになる。 この天 文 台 で一 番 の見 どころであり、線 をまたいで記 念 写 真 3.グリニッジ王立天文台 Royal Observatory, を撮影している観光客が大勢見られる。 Greenwich 2016 年 1 月 16 日(土)訪 問 写 真3-2 本 初 子 午 線 子 午 線 か ら続 く 建 物 には、 代 々の 子 午 環 が 設 置 さ 写 真3-1 グリニッジ王 立 天 文 台 れている。子 午 環 とは、南 北 方 向 のみ向 きを移 動 でき 3-1.概 要 る望 遠 鏡 で、恒 星 の子 午 線 通 過 時 刻 を計 測 するため グリニッジ天文台 は、ロンドン郊 外 のグリニッジにある 天文台である。1675 年に当 時のイギリス国 王 チャール の装置 である。このうち、1851 年にエアリーが設置した 子午環のある位置が、本初子午線として採用された。 ズ 2 世が設立した。 なお、現在の国際的な本初子午線は IERS 基 準 子 - 61 - 江越 航 午 線 と呼 ばれ 非常な高精度を誇った。 るもので、グリ さらに建 物 の屋 根 には、赤 い玉 が設 置 されており、 ニッジ子午 線 12 時 45 分から上昇して、13 時に落ちることで、周囲に から 100m ほど 時刻を告げている。 離 れた位 置 を 通っている。 3-4.ピーター・ハリソン・プラネタリウム 実 際 、 グ リニ ッ 敷地 内にはプラネタリウムも併設されている。開 館は ジ子 午 線 付 近 2007 年と比較的新しく、座席数も 120 席と小規模であ で GPS 対 応 の るが、ロンドンで唯一のプラネタリウムである。中 央に光 デジタルカメラ 学 式 投 影 機 は なく 、 全 天 周 投 影 機 の みの タ イプ であ で撮 影 した際 る。 の位 置 情 報 の 料金は、プラネタリウムだけだと£7.5、天文台と合わ 値を見ると、西 せて入る場合は£12.5 である。 経 0 度 0 分 5.3 秒となってい 投影時間は 30 分間で、投影は時 間により自動投影、 ライブ投 影 の両 方 あるということだが、見 学 した回 はラ 写 真3-3 エアリーの子 午 環 た。 イブ投影であった。 投 影の際は、まず最 初 に解 説 者が観 客 の前に出 て、 3-3.フラムスティード・ハウス 挨 拶 と 本 日 の イントロダク ションを 行 っていた。子 供 を グリニッジ天 文 台 の初 代 天 文 台 長 である、ジョン・フ 対 象 と した 投 影 であ った が 、 内 容 は 太 陽 系 の 惑 星 の ラムスティードの名 前 がついた建 物 である。フラムスティ 話 で 、 冥 王 星 は なぜ惑 星 で ないの か など 、惑 星 の 定 ードは、フラムスティード番 号 として知 られる 恒 星 の 命 義の説 明 を分かりやすく行うという本 格 的 なものであっ 名 法を考 案 したことで知 られる天 文 学 者 である。フラム た。 スティード天球図 譜という星 図を製 作 し、航 海の基準と 投影中も来館 者との間で常 に問いかけをしながら進 して使われた。 めていく 形 式 で、 途 中 でいくつか の 惑 星 の 中 か ら、ど 現在、この建物 内 は、時 に関 する資 料 が展 示されて の惑 星 に行 きたいか来 館 者 に聞 いて、希 望 が多 い方 いる。時 刻 の基 準 は、最 初 は天 体 の動 きであったが、 を選ぶというような演出を行っていた。 やがて機 械 の時 計 が作 られ、現 在 では原 子 の振 動 が また終 了 後 は、質 問がある方は来て下さいと呼 びか 基準になっている。 け、実 際 子 供 たちが質 問の列 を作っていた。投 影 者と 来館者の距離が近いプラネタリウムであった。 4.おわりに 今 回 、全国 科学 博物館 協 議 会 の主催する、海 外 科 学 系 博 物 館 視 察 研 修 に参 加 する機 会 を得 た。この研 修 の 自 主 研 修 の 時 間 に、科 学 ・ 天 文 系 の 博 物 館 とし て、ロンドン科学 博 物館 、およびグリニッジ王立 天 文 台 を訪 問 することができた。どちらの博 物 館 も、イギリスの 科学の歴史の厚みを感じるものであった。 グリニッジ天 文 台 は、世 界 の基 準 となった地 点 であ り、博 物 館 のある場 所 そのものが価 値 あるものとなって いる。科 学 博 物 館 は、イギリスの 科 学 と博 物 館 の古 い 写 真3-4 フラムスチードハウス 歴 史 が 膨 大 な資 料 の 蓄 積 となり、展 示 資 料 が 科 学 を こうした時 に 関 する 認 識 の 変 遷 を 、「測 る」「 共 有 す 物語っている。 る」「使う」という観 点 に分 け、時 計 を中 心 に、人 々の時 いずれも奇 をてらうことなく、価 値 ある資 料 を後 世 に に関する認識の変 化をたどる展 示がされている。 伝 えていく博 物 館 の役 割 を果 たしており、それが魅 力 また、2 階はジョン・ハリソンのクロノメーターが中心に となって、多くの来館者を集めている。 展 示 されている。クロノメーターは、航 海 の際 に船の揺 当 館 においても、単 に流 行 を追うのではなく、ここに れや温 度 変 化 に 影 響 さ れ ないよ うに 工 夫 さ れた 高 精 しかない魅力を見いだしていくことが、館の価 値を高め 度なぜんまい時計 で、ジョン・ハリソンが製 作 したものは、 ていくことになると、改めて認識 した。 - 62 -
© Copyright 2024 Paperzz