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累積的因果連関と構造変化──2000 年代アメリカの成長体制の分析
宇仁宏幸(京都大学)
1
はじめに
近年,労働生産性上昇と需要成長との相互規定関係を描いた Kaldor(1966, 1970)の「累積的因
果連関」という考え方をベースにして,それを理論的に発展させたり,マクロ経済の動態を実証
的に分析したりする試みが相次いで発表されている。Naastepad (2006),Rada and Taylor(2006),
Taylor and Rada(2007),宇仁(2009),Ocampo et al.(2009),藤田(2010)などである。しかし,こ
れらのいずれも需要レジームつまり労働生産性上昇から需要成長に至る経路の定式化において不
十分な点を残している。それは資本蓄積が捨象されている点にある。需要レジームは労働生産性
上昇と需要成長との間の中長期的関係をあらわすので,技術変化と並んで長期的経済成長の要因
の一つである資本蓄積を考慮すべきである。
本稿では,2000 年代のアメリカの成長体制を分析するために、資本蓄積を明示的に考慮したか
たちで需要レジームを定式化する。そのうえで投資財部門と消費財部門からなる二部門の累積的
因果連関モデルを使って,次の二つの構造変化が累積的因果連関にどのような効果を及ぼすかを
考察する。第一は,技術面の構造変化であり,情報通信(IT)分野の急速な技術進歩によって起き
るその関連産業での顕著な労働生産性上昇である。第二の構造変化は,最終需要面の構造変化で
あり,国際資本移動の活発化にともなう資本流入や流出の増加である。この背後にはこれまで国
際資本移動を規制してきた諸制度の緩和や撤廃がある。また,アメリカを中心に,住宅ローンな
ど銀行がもつ債権を証券化して国内外に売るという,金融制度の不備をついたともいえる新たな
金融ビジネスの登場も,国際資本移動の増大に寄与した。
図1は、アメリカと日本における資本流出入の推移を自国資金投資額との比率で示している。ア
メリカのように、この比率が正値の場合は、外国資本のアメリカへの純流入が起きていること、
すなわち投資のかなりの部分を外国資金に依存していることを示す。日本のように負値の場合は、
日本の資金の一部が外国に純流出していることを示す。アメリカでは1998年から2005年にかけて、
外国資本の流入額が急増し、自国資金による投資額に対する比率は、1998年の約10%から2005年
の約40%に、この間に4倍にもなった。
以下、第 2 節では、資本蓄積を明示した二部門モデルに基づいて、
「需要レジーム」と呼ばれる
労働生産性上昇から需要成長に至る経路を定式化する。第 3 節では、
「生産性レジーム」と呼ばれ
る逆の経路を定式化する。第 4 節では、定式化された累積的因果連関モデルを使って、情報通信
分野の技術進歩と国際資本移動が累積的因果連関に及ぼす効果を明らかにする。第 5 節では、ア
メリカの 1990 年代末以降の需要レジームを、また、第 6 節では生産性レジームを推計する。以
上の理論的実証的分析によって、2000 年代のアメリカの成長体制に含まれるいくつかの問題点が
明らかになる。それらは 2008 年の世界金融危機の実体的背景をなしている。第 7 節で、2000 年
代アメリカにおける実体経済の相対的な低成長に関して主な結論を要約する。金融面でバブル的
な拡張が進行する下で、実体経済の成長が鈍化した原因は、生産性レジームではなく需要レジー
ムのシフトにある。需要レジームのシフトをもたらした要因としては、資本家の貯蓄性向の低下、
機械製品の貿易赤字の拡大および外国資本の流入先の変化があげられる。
図1 外資流入額の自国資金投資額に対する比率(負値の場合は外国への流出額の比率を示す)
50%
40%
30%
20%
米国
日本
10%
2005
2000
1995
1990
1985
1980
0%
-10%
-20%
出所: 米国; NIPA, Table 5.1 から, (Net borrowing)/(Gross domestic investment−Net borrowing),
日本;『国民経済計算年報』フロー編統合勘定の資本調達勘定から, (−海外に対する債権の変動)/(総
固定資本形成+海外に対する債権の変動)
2 需要レジームの定式化
需要レジーム関数は,簡単に言うと,マクロ経済というレベルで作用する需要成長率と労働生
産性上昇率との間の制約関係を表す。マクロ経済レベルで作用する動学的制約関係としては,ケ
ンブリッジ方程式 g = sr が知られている。これは所得分配と経済成長との関係に焦点をあわせた
表現である。しかし,中長期的観点においては,労働生産性上昇と経済成長との関係も重要であ
る。需要レジーム関数は,労働生産性上昇と経済成長との関係に焦点を当てた中長期的な動学的
制約関係である。
資本蓄積を明示した需要レジームを導出するために,まず,Pasinetti(1973, 1981)のいう垂直
的統合を利用して,投資財を第1商品とし,消費財を第2商品とする二部門モデルを作る。2行2列
の中間投入係数行列を A とする。労働投入係数つまり商品1単位を生産するのに直接的に必要な
労働投入量を
A = A1 A 2 とする。同様に,商品1単位を生産するのに直接的に必要な民間企
業資本ストック投入量を
B = [B 1
B2 ] とする。次のように垂直的統合を行う。 I n は単位行列
2
である。
v = A( I n − A) −1
H = B( I n − A) −1
v = v1 v2 は,各最終生産物1単位を得るために,直接,間接的に必要とされる労働量であり,
パシネッティのいう「垂直的統合労働投入係数」である。以下では「労働投入係数」と呼び,そ
の低下率を「労働生産性上昇率」とし, ρ1 , ρ 2 であらわす。 H = [ h1
h2 ] は,各最終生産物1単
位を得るために,資本ストックとして直接,間接的に必要とされる第1商品の数量をあらわす。
パシネッティのいう「垂直的統合物的生産能力単位」であるが,以下では「資本係数」と呼ぶ。
第2商品をニュメレールとし,第2商品で測った第1商品の価格を p とする。第2商品で測っ
た賃金率と利潤率は二つの部門で均等であるとし,それぞれを ω , r であらわす。第2商品は消費
財であるので,この賃金率 ω は実質賃金率である。価格方程式は次の二つの式である。
p = v1ω + ph1r
1 = v2ω + ph2 r
(1)
(2)
最終需要金額 D は,需要項目別商品別に次のような行列であらわす。以下,列順に説明する。
⎡ p (C1 + FC )
D=⎢
C2
⎣
p ( I + FI )
0
⎤
− p ( E + F ) ⎥⎦
pE
この最終需要行列の第1列は,家計と政府による支出である。本稿では,住宅や家庭用耐久財や
公的資本ストックは利潤をともなう民間企業資本ストックには含めず,それらの建設や購入をス
カラー C1 + FC であらわす。このうち C1 は,家計・政府部門の内部資金による支出であり, FC は
住宅ローンや国債発行などで外部から資金調達した支出である。内部資金による支出に対する外
部資金による支出の比率,つまり家計・政府部門の外部資金依存率を δ C = FC / C1 であらわす。C2
は家計と政府の消費支出である。外部資金調達による部分 FC を除いて計算した,家計と政府の総
支出額に占める第1商品への支出額のシェアを β であらわす。つまり, β = pC1 /( pC1 + C2 )
(0 < β < 1) である。もし,第1商品への支出の価格弾力性が1ならば β は,価格変化の影響を受
けない。
最終需要行列の第2列は,民間企業による支出である。民間企業の国内投資は第1商品だけに向
かうものとし,その量をスカラー I + FI であらわす。 I は自己資金による部分であり, FI は銀行
借入や株式・社債発行などを通じて外部から資金調達した部分である。内部資金による支出に対
する外部資金による支出の比率,つまり民間企業部門の外部資金依存率を δ I = FI / I であらわす。
F = FC + FI は,正値の場合は,外国からの純資本流入量を示し,負値の場合は,その絶対値は外
国への純資本流出量を示す。民間企業の国内投資量 I + FI と,その自己資金による部分 I は正値
であると仮定する。この場合, δ I = FI / I > −1 である。同様に, δ C = FC / C1 > −1 と仮定する。
最終需要行列の第3列は外国貿易である。第1商品の純輸出額を pE (負の場合は純輸入)であ
3
らわす。上記の純資本流入額 pF (負値の場合は純資本流出額)は経済全体の貿易赤字額(純資
本流出の場合は貿易黒字額)と等しくなるので,第2商品の純輸入額は p ( E + F ) である。この経
済は第1商品に比較優位を持つ,つまり, pE > − p ( E + F ) であると仮定する。民間企業の投資
額に対する第1商品の純輸出額の比率を γ = E /( I + FI ) であらわす。
さらに民間企業資本ストックとして存在する第1商品の総量をスカラー K であらわす。その稼
働率は簡単化のため100%とする。数量方程式は次の二式になる。ここで,スカラー N は労働力
人口であり,スカラー u は失業率である。経済全体で必要とされる総労働需要量 L は, (1− u) N
であらわされる。
h1 (C1 + F + I + E ) + h2 (C2 − pE − pF ) = K
v1 (C1 + F + I + E ) + v2 (C2 − pE − pF ) = L = (1 − u ) N
(3)
(4)
次に,所得と支出との中長期的関係を定式化する。利潤の一部が投資され,残りは消費される
と仮定する。利潤所得のうち投資に支出される割合,すなわち「資本家の貯蓄性向」を s であら
わす( 0 < s < 1 である。)。賃金所得についてはそのすべてが消費に支出されると仮定する。
srpK = pI
ω L + (1 − s)rpK = pC1 + C2
(5)
(6)
所得の総計と最終需要の総計とは恒等的に等しいので,すなわち(5)式と(6)式の左辺の和と右辺
の和は常に等しいので,(5)式と(6)式のうち,独立な方程式は1本である。
したがって(1)~(6)式のうち,独立な方程式は5本である。また未知数は I , C , p, ω , r , u の6個で
ある。連立方程式体系を完結させるためには,あと1本の方程式が必要である。この残り1本の方
程式の定式化に関しては,利潤率か,賃金率か,あるいは所得分配率の水準を外生的に与えるこ
となどが考えられる。これは価格と所得分配の決定にかかわる制約式となる。
これに関しては,価格タームの所得分配率が時間を通じて一定に維持されるという制約式を採
用する。これは,先進諸国において,マクロ経済レベルの労働分配率が長期的にみてほぼ不変で
あることを考慮している。具体的には賃金所得 ω L のと利潤所得 rpK に対する比率(以下,
「賃金
利潤比率」という)を λ で表し,次のように定式化する。その結果,利潤率と賃金率はともに内
生変数となる。
ωL
rpK
=λ
(7)
(所与で一定)
(7)式であらわされる制約式を追加することによって,6個の未知数をもち,6本の独立な方程式
からなる,完結した連立方程式体系ができあがる1。初期時点( t = 0 )における資本ストック量 K
と投入係数 v1 , v2 , h1 , h2 の値および需要構造に関する諸パラメータ s, λ , β , γ , δ C , δ I の値が与えら
れれば,この連立方程式体系を解くことができ,初期時点における各商品の産出量,雇用量,利
潤率,賃金率,相対価格が決定する。
資本ストックの時間的変化すなわち資本蓄積は次の式で示される。
dK
= I + FI
dt
(8)
1 以上の二商品モデルの基本構造は,Robinson(1956, 1962)が展開した,いわゆるロビンソン・
モデルと同じである。ただし,所得分配に関する仮定は根本的に異なる。
4
この式によって, t = 1 時点における資本ストック量が決まる。後で述べるように,技術変化や
需要構造変化をともなうと想定する場合,時間を通じて,投入係数 v1 , v2 , h1 , h2 の値や需要構造に
関する諸パラメータ s, λ , β , γ , δ C , δ I も変化する。構造変化のパターンにもとづいて, t = 1 時点に
おけるこれらの値が与えられれば,t = 1 時点における各商品の産出量,雇用量,利潤率,賃金率,
相対価格が決定する。このようにして,逐次的に,各時点における内生変数の値が決定する。
計算を容易にするために,諸投入係数 v1 , v2 , h1 , h2 から合成されたパラメータ m と,需要構造に
関する諸パラメータ s, λ , β , γ , δ C , δ I から合成されたパラメータ k とを導入する。 m は,2つの商
品生産部門の資本集約度の比率であり,以下では「資本集約度比」と呼ぶ。 m > 0 であり,もし
第1商品の資本集約度が第2商品と等しければ m = 1 である。k は,第1商品需要額の利潤所得総
額に対する比率であり,以下では k を「需要構造パラメータ」と呼ぶ。また 0 < k < λ + 1
であ
る。
h2 h1v2
=
v2 h2 v1
m=
h1
v1
k=
p(C1 + F + I + E )
= (1 + δ I ) s (1 + γ ) + (1 + δ C ) β (λ + 1 − s )
rpK
(9)
(10)
(10)式の右辺は二つの項からなるが,第1項は民間企業部門の行動によって決定される部分であり,
第2項は,家計・政府部門の行動によって決定される部分である。すなわち,第1項は,企業の投
資意欲,外部資金依存度や輸出競争力などによって決まる。第2項は,家計と政府の外部資金依存
度,耐久消費財や持家や社会資本への支出割合などによって決まる。
長期的にみた場合,先進諸国において,労働投入係数の変化と比べて資本係数の変化は格段に
小さい。したがって,以下の分析では, h1 , h2 は不変であると仮定する。また,労働生産性上昇率
ρ1 , ρ 2 については,先進諸国の実際値を考慮し, ρ1 > ρ 2 を仮定する2。この場合, m̂ = ρ1 − ρ 2 と
なり,資本集約度比 m は,時間を通じて増加する。
導出過程は宇仁(2011)で説明しているので省略するが、上記の連立方程式体系と諸仮定から、
利潤率を導くことができ、そして利潤率の変化率は次のようになる。
rˆ = ηm mˆ + η k kˆ = ηm ( ρ1 − ρ 2 ) + η k kˆ
ここで,η m =
∂r m
=
∂m r
∂r k
ηk =
=
∂k r
(11)
2mλ (λ + 1 − k )
A2 + 4mλ ⎡ 2mλ − A + A2 + 4mλ ⎤
⎣
⎦
k (1 − m) A + A2 + 4mλ
A2 + 4mλ 2m + A + A2 + 4mλ
(12)
(13)
2 1960~80 年の日本における労働生産性上昇率の部門別データは宇仁(1998)の表 6-3(p.115)を参
照。また,1990 年代の日本とアメリカにおけるデータは宇仁(2009)の表 11-2(p.273)を参照。
5
η m は,資本集約度比 m に関する利潤率の弾力性であり,η k は需要構造パラメータ k に関する利
潤率の弾力性である。宇仁(1998)で証明するように,0 < η m < 1 であり,また,m < 1 のときη k > 0
である3。(11)式によると,m < 1 および ρ1 >
ρ 2 のとき,需要構造パラメータ k が増加する局面で
利潤率は時間を通じて上昇する。
(5)(8)式から,資本ストックの変化率すなわち資本蓄積率は次のようになる。
Kˆ = (dK / dt ) / K = ( I + FI ) / K = ( I / K )(1 + FI / I ) = sr (1 + δ I )
(14)
(10)式から,第1商品需要量は,C1 + F + I + E = krK であり,その成長率 g1 は次のようになる。
g1 = kˆ + rˆ + Kˆ
(15)
(15)式に(11)(14)式を代入して整理すると,
g1 = sr (1 + δ I ) + η m ( ρ1 − ρ 2 ) + (η k + 1)kˆ
(16)
右辺第 1 項は,ケンブリッジ方程式に相当する部分であり,資本蓄積の効果をあらわす。先に
述べたように δ I > −1 と仮定した場合,この「資本蓄積効果」はつねに正である。企業部門の外部
資金依存率 δ I が増加するとこの効果は増加する。他方,家計・政府部門の外部資金依存率 δ C は,
資本蓄積効果とは無関係である。
右辺第 2 項は,符号を逆にした相対価格変化率に比例しており4,相対価格変化の効果をあらわ
す。先に述べたように 0 < η m < 1 であるから, ρ1 >
ρ 2 の場合は,この効果は正である。
右辺第 3 項は,需要構造変化の効果をあらわす。先に述べたようにη k > −1 であるから,需要構
造パラメータ k が増加する局面では,この「需要構造変化効果」は正であり, k が減少する局面
では負である。
(16)式は,第1商品の労働生産性上昇率と需要成長率との関係を示す需要レジーム関数として
3 宇仁(1998)で証明するように, m
> 1 のとき −1 < ηk < 0 である。実際に 2005 年のアメリカのデ
ータを使って計算すると,資本集約度比 m の値は,政府部門の資本ストックを除いた計算では約
0.94 であり,政府部門の資本ストックを含めた計算ではさらに小さい。つまり,第 1 商品の資本
集約度は第 2 商品よりやや小さく,m < 1 である。投資財生産部門の方が消費財生産部門よりも資
本集約的であるというこの結果は直観に反するが,Takahashi, et al.(2004)も,1970~90 年代
の日本,アメリカ,ドイツについて,同様の結果を導いている。生産に直接的に必要な労働投入
量と資本投入量だけではなく,間接的に必要な労働投入量と資本投入量も,垂直的統合という処
理を通じて織り込まれていることがこの結果に影響していると考えられる。
4 相対価格
p の変化率は次のようになる。 pˆ = −(1 +ψ )η m ( ρ1 − ρ 2 )
ψ = r /(1/ h1 − r ) > 0 である。
6
ここで,
とらえることもできる。第1商品の需要成長率を横軸とし,第1商品の労働生産性上昇率を縦軸
とする平面に,この需要レジーム関数を描くと,図 2 に示す通り,点 ( ρ 2 , sr (1 + δ I ) + (η k + 1) kˆ) を
通り,傾き 1/ η m をもつ右上がりの直線となる。
図 2 需要レジームと生産性レジーム
労働生産性上昇率
第1商品需要レジーム
第1商品生産性レジーム
ρ1
P1
第2商品生産性レジーム
第2商品
需要レジーム
P2
Q1
ρ2
g2
sr (1 + δ I )
資本蓄積効果
g1
(1 + η k )kˆ
需要成長率
η m ( ρ1 − ρ 2 )
需要構造変化効果
相対価格変化効果
注 1: 生産性レジームを規定する主な要因は,技術的または制度的要因である。これらの要因は,
企業や産業によって多様であるが,景気循環の影響は小さく,生産性レジームは短期的にはかな
り安定的であると考えられる。しかし,実際の需要レジームは,景気循環や構造変化に応じて動
いていると考えられる。ここに図示しているのは,需要レジーム関数の一定期間内の平均的ポジ
ションである。
注 2: 第1商品の需要レジームと生産性レジームに関しては,横軸は第1商品の需要成長率であり,
縦軸は第1商品の労働生産性上昇率である。第2商品に関しては,軸はそれぞれ第2商品の需要
成長率と第2商品の生産性上昇率である。第2商品の需要レジームと生産性レジームは,宇仁
(1998) の図 2-1(p.36)のように,第3象限に描くべきであるが,紙幅の制約により,便宜的に同
一象限に重ねて表示している。
他方,(3)(10)式から,第2商品需要量は次のようになる。
C2 − p( E + F ) = {K − h1 (C1 + F + I + E )}/ h2 = K (1 − h1rk ) / h2
したがって第2商品需要量の成長率 g 2 は,(11)式を用いれば,次のようになる。
g 2 = sr (1 + δ I ) −
h1rk
h rk
(rˆ + kˆ) = sr (1 + δ I ) − 1
{η m ( ρ1 − ρ 2 ) + (1 + η k )kˆ}
1 − h1rk
1 − h1rk
7
(17)
この(17)式の右辺をみればわかるように,第2商品需要量の成長率 g 2 も,資本蓄積効果,相対価
格変化効果,需要構造変化効果の和となっている。ただし, ρ1 >
ρ 2 の場合は,相対価格変化効果
は負である。また,需要構造パラメータ k が増加する局面では,需要構造変化効果は負である。
h1rk =
p(C1 + F + I + E )
は総最終需要額に占める第1商品需要額の割合に近い値である。アメリ
p( K / h1 )
カにおけるこの割合の実際値は約 0.15~0.2 であるので,h1rk /(1 − h1rk ) の大きさは約 0.18~0.25
と考えられる。したがって,第1商品と比べれば,第2商品に関する相対価格変化効果と需要構
造変化効果の絶対値はかなり小さいと考えられる。第2商品の需要成長率を横軸とし,第2商品
の労働生産性上昇率を縦軸とする平面に,第2商品の需要レジーム関数を描くと,右上がりであ
るが垂直に近い直線となる。
3 生産性レジームの定式化
次に需要成長から労働生産性上昇に至る経路について検討しよう。ある商品の需要が増加した
としよう。この需要増加に対応すべく,この商品を生産する企業は,産出量を増加させるための
措置を講ずる。主な措置は生産設備の調整と雇用の調整である。一般に,生産設備の調整の方が
時間的に先行するので,需要成長から労働生産性上昇に至る経路の第 1 段階を生産設備の調整,
第 2 段階を雇用調整と考えよう。
生産設備の調整とは,それを増設したり,既存設備の稼働率を高めたりすることである。後者
の方法は稼働率が低水準である場合に採用できる一時的に有効な措置にすぎない。長期的に見れ
ば,前者の方法つまり設備投資が主要な調整手段であり,マクロレベルでは産出量の増加と同じ
ようなテンポで生産設備量は増大していくことが多い。その結果,先に述べたように,資本係数
の変化は小さい。
生産設備量と産出量の比である資本係数が変化しない場合でも,設備投資にともなって,生産
設備そのものが質的変化していく。もし,生産設備の質的変化なしに,産出成長率と同じ率で,
既存の生産設備の数が増えていく場合は,産出成長率 g と同じ率で,必要労働量 Ln も増加してい
く。したがってこのケースでは,産出量に対する必要労働量の弾力性は 1 である。しかし,通常
は,設備投資によって導入される新規設備は新たな技術を採用しており,既存設備とは質的に異
なっており,必要労働量の節約を可能とする。このように生産設備の増加が,必要労働量の増加
率を引き下げる効果を持つ場合は,次のように,産出量に対する必要労働量の弾力性η n は 1 より
小さい。
Lˆn = ηn g − φn
(0 < ηn < 1, φn > 0)
(18)
φn > 0 となる理由は,産出成長率がゼロの場合でも,寿命の尽きた設備の更新は行わなければ
ならないので,この設備更新投資を通じて,必要労働が節約できるからである。
次に,生産性レジームの第 2 段階にあたる雇用調整について考えよう。(18)式に示される必要
労働量増加率を前提にして,雇用量と労働時間量の調整が行われる。労働時間量の調整には当然
8
限界があり,一時的に有効な措置にすぎないので,以下では捨象する。したがって雇用量の調整
が主要な調整手段となるが,雇用は労働者の生活と直接結びついているがゆえに,経営者の裁量
で自由に変えられる変数ではない。雇用量がどの程度柔軟に変化するかは,雇用保証に関わる法
制度や,労働者の交渉力によって,異なる。一般的には,日本のように正規労働者の解雇が制度
的に困難であり,産出量が減少しても雇用量の減少が小さい場合は,企業は採用にも慎重であり,
産出量が増加しても雇用量の増加は小さい5。このような雇用調整に関する制度の影響を考慮する
場合における,産出量に対する雇用量の弾力性η は,(18)式における弾力性η n よりも小さくなる。
また,雇用変化率がゼロの場合は制度による変化抑制効果もゼロであると考えられる。つまり,
雇用変化率がゼロのときの産出量増加率 g 0 は,制度的影響を考慮しない場合の値 g 0 = φn / η n に等
しい。したがって,雇用調整に関する制度的影響を考慮する場合,雇用量変化率は次の式で示さ
れる。
Lˆ = η g − ηφn / η n
(0 < η < η n < 1)
(19)
労働生産性上昇率を ρ とすると,定義により ρ = g − Lˆ
である。これを,(19)式に代入すると,
労働生産性上昇率と産出成長率との関係は,次のようになる。
ρ = (1 − η ) g + ηφn / η n
(0 < 1 − η < 1)
(20)
これが「生産性レジーム関数」である。生産性レジーム関数の傾きは (1 − η ) であり,正値であ
るが 1 を超えることはない。また切片ηφn / η n は正値である。需要レジームにおいては,マクロ経
済体系と賃金制度が大きな役割を果たしていたのに対し,生産性レジームにおいては生産設備の
質的変化がもたらす労働節約効果と,産出量の変動に応じた雇用変動を抑制する諸制度が重要で
ある。具体的には,雇用保障に関わる法制度や労使協定,労使交渉における労働組合側の発言力
などが生産性レジーム関数の傾きや切片の大きさに影響を及ぼす。法制度などは社会全体で規定
されるが,生産設備の性質や,労使協定や労働組合の交渉力などは,産業単位や企業単位で規定
される。したがって,生産性レジームが表す,労働生産性上昇率と産出成長率との間の制約関係
は,1 つの国民経済のなかでも産業や企業によって異なると考える方がよいだろう。
第 1 商品に関する生産性レジームと第 2 商品に関する生産性レジームを次のようにあらわす。
ρ1 = a1 g1 + b1
ρ 2 = a2 g 2 + b2
(0 < a1 < 1, b1 > 0)
(0 < a2 < 1, b2 > 0)
(21)
(22)
4 IT 化と国際資本移動が累積的因果連関に及ぼす効果
(16)(17)式で示される二つの需要レジーム関数と,(21)(22)式で示される二つの生産性レジー
5 たとえば製造業における産出量に対する雇用量の弾力性は日本では低く,約 0.2 であるのに対
し,米国では約 0.8 である(宇仁(2009)の第 8 章参照)。
9
ム関数によって,各商品の需要成長率 g1 , g 2 と労働生産性上昇率 ρ1 , ρ 2 が決定する6。この 4 本の
連立方程式の解を式で明示することもできるが,複雑な式となり直観的解釈が難しいので,以下
では,第2商品の需要レジーム関数を垂直な直線で近似してえられる解について,図 2 を用いて
説明する。
つまり,第2商品の需要レジーム関数は(17)式であるが,すでに説明したように(23)式右辺の
第 2 項以下で示される相対価格変化効果と需要構造変化効果の絶対値はかなり小さいと考えられ
るので,以下の説明ではこの部分を捨象する。その結果,第2商品の需要レジーム関数は
g 2 = sr (1 + δ I ) となり,図では,垂直な直線となる。そして,この垂直な直線と第2商品の生産
性レジーム関数との交点 P2 の縦座標が,第2商品の労働生産性上昇率 ρ 2 を示す。
この交点 P2 よりも,(η k + 1) kˆ だけ右側に位置する点 Q1 ( ρ 2 , sr (1 + δ I ) + (η k + 1) kˆ) を通り,傾き
1/ η m をもつ右上がりの直線が第1商品の需要レジーム関数である。第1商品の需要レジーム関数
と第1商品の生産性レジームとの交点 P1 の縦座標が,第1商品の労働生産性上昇率 ρ1 を示し,横
座標が,第1商品の需要成長率 g1 を示す。
この節では,IT 化の 2 つの具体例として,総投資に占める IT 関連設備投資の割合の増加と,
非 IT 関連設備の償却前における IT 関連設備の導入をとりあげ,それらが累積的因果連関に及ぼ
す効果について考察する。
第 1 商品は,主として建物・構築物と機械設備からなる。IT 化によって,総投資に占める IT
関連設備投資の割合が増加することは近年よくみられる現象である。また建物・構築物と機械設
備とはともに投資財であるが,その生産技術の特性の違いにより,労働生産性上昇率はかなり異
なる。したがって建物・構築物については実質需要成長率も労働生産性上昇率がかなり低く,多
くの国では近年,ともにゼロに近い値が多い。このような場合は,生産性レジームの推計におい
て,建物・構築物については最小二乗法によって有意な推計値がえられない。本稿第 6 節で詳し
く説明するように,第 1 商品の生産性レジームは,機械設備の産出量成長率と労働生産性上昇率
のデータを使った係数推計値 aM , bM を用いて,次に示すような関係式に基づいて求めることがで
きる。ここで α は第 1 商品の産出量合計に占める機械設備の割合である。
ρ1 = aM g1 + α bM
つまり,機械設備の労働生産性上昇率と産出量成長率のデータを使った推定でえられた,係数
推定値 aM は,第 1 商品全体の生産性レジーム関数の係数となり,第 1 段階の切片推定値 bM を α
倍したものが第 1 商品全体の生産性レジーム関数の切片となる。IT 化によって,総投資に占める
IT 関連設備投資の割合が増加すると,α の値も増加する。したがって,第 1 商品の生産性レジー
ム関数の切片の値 α bM は,IT 化によって,大きくなる。図 1 では第 1 商品の生産性レジーム関数
の上方シフトをもたらす。
また,IT の進歩は急速なので,非 IT 関連設備や旧式の IT 関連設備の償却前に,新たな IT 関
6 Dixon and Thirlwall (1975)の定式化のように,生産性レジーム関数の説明変数に 1 期のラグ
をつけると,累積的因果連関のプロセスを明示的に示すことができる。
10
連設備が導入されることもよくある現象である。この場合,(18)式の φn が大きくなる。これも,
(20)式に示すように,生産性レジーム関数の切片 ηφn / η n の増加につながる。償却前における IT
関連設備の導入は,第 1 商品の生産過程だけでなく第 2 商品の生産過程においても行われるので,
両者の生産性レジーム関数の上方シフトをもたらす。
国際資本移動は累積的因果連関にどのような効果を及ぼすだろうか。この効果は,一国内だけ
でなく,国際的にも波及するが7、以下では先進国内に限定して,その特徴を説明する。ここでは,
民間企業の外部資金依存率 δ I と,家計・政府部門の外部資金依存率 δ C とが同符号の場合を考察す
る。つまり,外部資金依存率が外国資金依存率に等しい場合を考察する。
(16)(17)式や図 1 に示すように,民間企業部門の外部資金依存率 δ I の値が正の場合は,それ
がゼロの場合と比べて資本蓄積効果が大きくなり,第 1 商品と第 2 商品の需要成長率も大きくな
る。つまり,民間企業部門への外国資本の流入は,需要成長を加速する。逆に, δ I が負の場合す
なわち民間企業部門から純資本流出が起きている経済の場合は,その分,需要成長率が小さくな
る。他方,家計・政府部門への資本流出入は,このような資本蓄積効果をもたない。
1997 年におけるアジア通貨危機のひとつの原因が,アジア諸国からの急激な外国資本流出であ
ったことに示されているように,外国資本は極めてボラタイルである。このボラティリティつま
り純資本流入額の比率 δ I ,δ C の上昇や低下は,他のパラメータを一定とすれば,需要構造パラメー
タ k の上昇や低下をもたらす。この k の上昇局面では,(16)式に示すように需要構造変化効果が
正となる。したがって,外国資本の流入増加局面では,需要レジームが右方にシフトし,第 1 商
品の需要成長が加速する。逆に δ I , δ C の低下局面では,需要構造変化効果は負となる。その分,
第 1 商品の需要成長は減速する。そして,この加速と減速は,δ I ,δ C の上昇や低下の速度の影響を
受ける。つまり,外国資本の流入や流出が急激であればあるほど,第 1 商品つまり投資財の生産
量の変動は大きい。この大きな変動を抑制するための一手段は,外国資本の急激な流出入の規制
である。
企業部門への資本流入と比較すると,このボラティリティの問題は家計・政府部門への資本流
入の方が深刻であると考えられる。家計・政府部門への外国資本流入は,家計や政府の負債の増
加にほぼ直結する。したがって,家計・政府部門への資本流入の永続的増加はありえず,増加局
面の後には,遅かれ早かれ減少局面が必ずくる。また先に述べたように企業部門への資本流入と
違って,家計・政府部門への資本流入は,資本蓄積効果をもたない。企業部門への資本流入の場
合,資本蓄積効果は常に正であり,資本流入減少局面で発生する負の需要構造変化効果を相殺す
る。この相殺は,家計・政府部門への資本流入に関しては,作用しない。
(10)式をみればわかるように投資額に対する第1商品の純輸出額の比率 γ と,企業部門の内部
資金投資額に対する純資本流入額の比率 δ I とは,需要構造変化パラメータ k との関係に関しては
補完的である。これら二つのパラメータのうちどちらかの上昇は,他のパラメータを一定とすれ
ば k の上昇をもたらし,需要構造変化を通じて,第 1 商品の需要成長率を高める(幅は小さいが,
7 国際経済格差拡大など国際的な影響については宇仁(2011)で説明している。
11
第 2 商品の需要成長率を低める)。そして,この二つのパラメータが同時に上昇する場合には,こ
れらの効果はいっそう強められる。
また, δ I が増加したとしても, γ が同率で減少する場合は,需要構造変化パラメータ k は変化
しない。つまり,純資本流入の増加は経済全体での貿易赤字の拡大に対応して起きるが,この貿
易収支の悪化が第 2 商品に集中しているのではなく,第 1 商品においても発生している場合には,
その分,需要構造変化は減殺される。
5
1990 年代以降のアメリカの需要レジーム関数の推計
1990 年代のアメリカは民間企業設備投資の高成長に主導されたかたちで、年率約 3%の経済成
長を続けた。次のような背景があった。90 年代には、パソコン、インターネット、携帯電話が本
格的に普及し、IT 関連投資の急増や IT 関連企業の株価の急上昇などいわゆる「IT ブーム」が起
きた。しかし、パソコンや携帯電話市場は 90 年代末には飽和した。パソコンや携帯電話端末の過
剰在庫が発生するとともに、半導体需要が減退した。そして半導体価格が低下し、半導体メーカ
ーの利益の減少、投資の減少が起きた。これらは株式市場にも影響し、2001 年には IT 関連企業
の株価の急低下が起きた。いわゆる IT バブルの崩壊である。さらに 2001 年 9 月の米国同時多発
テロは、全般的な消費と投資の減退を決定的なものにし、2001 年の IT 不況は深刻なものとなっ
た。
米連邦準備理事会(FRB)は、政策金利を 1%台に引き下げ、2004 年まで低金利政策を続けた。
これが住宅バブルの誘因となった。また、銀行と証券の垣根を定めたグラス・スティーガル法の
撤廃などの規制緩和と証券化技術の発展が同時進行した。これによって、証券会社が住宅ローン
会社を経営し、融資した住宅ローンを証券化することも可能になった。こういった証券化商品の
中には、サブプライムローンと呼ばれる、信用力の低い個人向けの住宅ローンも組み込まれてい
た。さらにそれを金融デリバティブに組み替え、金融監督官庁の規制が及ばない傘下のファンド
や投資ビークルで取引することも行われた。このような証券化商品は複雑で難解な仕組みであっ
たこともあり、投資家や金融機関はそのリスクを過小評価した。また、金融機関の経営健全性を
監視する役割を果たす金融監督官庁の体制にも不備があった。2006 年をピークに住宅価格は下落
に転じ、サブプライムローンの焦げつきが発生し始めると、これを契機に 2007 年には住宅ロー
ン会社の破綻が始まり、2008 年には、リーマン・ショックと呼ばれる大手証券会社や銀行の経営
危機が顕在化した。上記の証券化商品は国外にも販売されたので、アメリカの金融危機は世界各
国に波及した。他方、この証券化商品の海外販売は、アメリカへの外国資本流入に貢献した。
このようなアメリカのマクロ経済の状況は、表 1 に示す部門別の状況と関連を持つ。表 1 に示
すように、非住宅投資財の労働生産性上昇率は消費財や住宅のそれを上回っている。非住宅投資
は、機械投資と建設投資で構成される。この表には示されていないが、労働生産性上昇率が高い
のは機械部門であり、とくにコンピュータである。これは 1990 年代以降に急速に進行している
IT 化(IT の進歩と IT 商品の需要拡大)の影響とみられる。
需要成長率は部門と時代によって大きく異なる。1987­97 年においては非住宅投資財需要の成
12
長が顕著であったが、1998­2005 年には住宅の需要成長が顕著になった。つまり、1987­97 年に
おいては、投資財とくに非住宅投資財において、労働生産性上昇率と需要成長率がともに高く、
好循環が成立している。しかし、1998­2005 年においては、需要成長が鈍化した。
名目賃金率変化率は、非住宅投資財の労働生産性上昇率に近い値となっている。その結果、賃
金率変化率と労働生産性上昇率との差が小さい非住宅投資財の価格はあまり変化せず、その差が
大きい住宅や消費財の価格が上昇している。両者を総合した総合物価指数は上昇し、経済全体と
してはゆるやかなインフレーションがみられる。
表1
部門別の動態(年率、単位:%)
1987­1997→1998­2005
非住宅投資財+住宅
(非住宅投資財)
(住宅)
民間消費+政府支出
労働生産性上昇率
2.5→2.7
3.4→5.1
1.0→­0.1
1.2→2.0
最終需要実質成長率
4.5→3.3
5.2→2.4
1.3→5.2
2.5→3.3
価格変化率
1.1→1.8
0.5→0.3
2.7→4.9
2.9→2.5
名目賃金率変化率
3.7→3.5
注: 1987、1997、2005 年はいずれも、景気循環のピークの約 2~3 年前に当たる。したがって、
このような時期区分は、景気循環によるバイアスは少ないと考えられる。また、「非住宅投資財+
住宅」は本稿の「第1商品」にかなり重なり、
「民間消費+政府支出」は本稿の「第 2 商品」にか
なり重なる範疇である。
各財の労働生産性上昇率は次のような手続きで算出した。産業連関表のレオンチェフ逆行列と
産業別労働投入係数とを乗じて,各商品 1 単位を生産するのに直接的間接的に必要な労働量,す
なわちパシネッティのいう「垂直的統合労働投入係数」を算出する(Pasinetti, 1973)。さらにたと
えば消費財の場合は、消費支出を構成する諸商品の構成比で加重して商品別垂直的統合労働投入
係数の平均値を求める。この値の低下率を,消費財の労働生産性上昇率とする。
出所: 米国の産業連関表については U.S. Department of Commerce, Bureau of Economic
Analysis のホームページで公開されている the U.S. Input-Output Tables in 1987, 1997, 1998,
2007 を使用した。米国の労働投入係数については、NIPA の Persons Engaged in Production by
Industry から算出した。各財の最終需要実質成長率、価格変化率と名目賃金変化率は NIPA から
求めた。
先に経済全体の外国資本依存率を図1に示したが、経済主体別に純外部資金借入額(Net
Borrowing)をみると図 3 のようになる。この図に示すように、家計部門は 1998 年までは黒字主体
であったが、1999 年以降、赤字主体になった。これは住宅ローンの増大による。企業部門の純外
部資金借入はほとんどゼロであるが、1997~2001 年と 2006~08 年において正の値となっている。
前者は IT ブーム期における民間企業設備投資の活発化を反映している。政府部門は、1998~2000
年を除き、一貫して赤字主体であり、とくに 2008 年の金融危機後に政府赤字は急拡大している。
企業部門の外部資金依存率を δ I と家計・政府部門の外部資金依存率 δ C の推移は図 4 の通りであ
る。おおむね両者とも正の値であるので、この外部資金とは外国資金である。概括すると、外国
資本は、1996 年以前においては主に政府部門に流入し、1997~2001 年には企業部門に流入した。
2002 年以降の時期には家計部門と政府部門に流入している。
13
図3 部門別純借入(Net borrowing)
(単位: 10億ドル)
1600
1400
1200
1000
800
合計
600
家計
400
企業
政府
200
2005
2000
1995
1990
-200
1985
0
-400
-600
出所: FRB, Flow of Funds Accounts 2010 June.
たとえば、企業部門については Net borrowing=investment(Table F101-Line 4) ­saving(Table
F101-Line 2)で計算した。
図4 部門別外部資金依存率
160%
140%
120%
100%
80%
家計・政府部門δc
企業部門δi
60%
40%
20%
2005
2000
1995
1990
-20%
1985
0%
-40%
出所: FRB, Flow of Funds Accounts 2010 June.
たとえば、企業部門については δ I = Net borrowing / (Investment(Table F101-Line 4) ­Net
borrowing)で計算した。
14
図5 需要構造パラメータとその構成要素の推移
1.0
0.8
k
s
s(1+δi)
s(1+δI)(1+γ)
γ
0.6
0.4
0.2
0.0
-0.2
2007
2005
2003
2001
1998
1997
1992
1987
1982
1977
-0.4
出所: 主に BEA, the U.S. Input-Output Tables の最終需要欄のデータを使用して計算した(ただ
し帰属家賃は最終需要から除いた)
。利潤額、住宅投資額および帰属家賃のデータは BEA, NIPA
からえた。1997 年と 98 年との間には次のような産業分類が SIC から NAICS に変わったことに
ともなうデータの不連続がある。第 1 商品は 1997 年以前については、 <Construction>,
<Industrial machinery and equipment>, <Electronic and other electric equipment>, <Motor
vehicles and equipment>, <Other transportation equipment>からなる。1998 年以降の第 1 商
品 は <Construction>, <Machinery>, <Computer and electronic products>,<Electrical
equipment, appliances, and components>, <Motor vehicles, bodies and trailers, and parts>,
<Other transportation equipment>, <Computer systems design and related services>からなる。
図 5 は需要構造パラメータ k およびその構成要素の推移を示している。需要構造パラメータは
2000 年 代 に お い て ゆ る や か な 低 下 傾 向 を 示 し て い る 。 太 点 線 は (10) 式 右 辺 の 第 1 項
(1 + δ I ) s (1 + γ ) の大きさを示している。太実線とこの太点線との隔たりが(10)式右辺の第 2 項の
大きさを示す。2000 年代の需要構造パラメータの低下は、主として第1項の大きさの縮小によっ
て生じている。つまり、主に貯蓄性向 s 、外部資金依存率 δ I や第 1 商品の輸出比率 γ の低下とい
った企業の行動の変化が需要構造パラメータ k の低下を引き起こした。図 5 に示されているよう
に、とりわけ第 1 商品の輸出比率 γ の低下が大きい。この値が負値であることは、第 1 商品とく
に機械製品が輸入超過となっていることを示している。アメリカの機械製品の国際競争力の弱体
化は 1980 年代に顕在化した。1985 年のプラザ合意によるドル安誘導によって弱体化は一時止ま
った。しかし、図 5 に示されているような、2000 年代における第 1 商品の輸出比率 γ の低下は、
アメリカの機械製品の国際競争力は再び弱体化し始めたことを示唆している。
図 4 に示すように、2000 年代には、家計・政府部門への外国資本流入が急増した。この増加は、
(10)式右辺の第 2 項を増加させ、需要構造パラメータ k を増加させる方向に作用するはずである。
しかし、その作用は、他のパラメータの低下のせいもあり、(10)式右辺の第 2 項の顕著な増加に
はつながらなかった。
15
この需要構造パラメータ k および別に算出した資本集約度比 m と賃金利潤比率 λ を用いて、利
潤率の m, k に対する弾力性η m ,η k が計算できる。また、η m ,η k の値などを使って、(16)式や図 2
に示す資本蓄積効果と需要構造変化効果の大きさを計算できる。これらの値の推移を表 2 に示す。
表2
利潤率の弾力性、資本蓄積効果、需要構造変化効果の推移
ηm
ηk
k 変化率
資本蓄積効果 需要構造変化効果 2 つの効果の和
1987
0.477
0.025
-0.009
3.5%
-0.9%
2.6%
1992
0.531
0.017
-0.009
2.7%
-0.9%
1.8%
1997
0.471
0.020
-0.009
4.6%
-0.9%
3.6%
1998
0.503
0.011
-0.021
4.7%
-2.1%
2.6%
2001
0.528
0.008
-0.021
3.9%
-2.1%
1.8%
2003
0.530
0.013
-0.021
3.5%
-2.1%
1.4%
2005
0.511
0.008
-0.021
3.8%
-2.1%
1.7%
2007
0.516
0.002
-0.021
4.3%
-2.1%
2.3%
出所: η m ,η k は、(12)(13)式に基づいて、次に示す k , m, λ の値を用いて計算した。 k は図 5 に示
す値を用いた。 m = h1v2 / (h2 v1 ) であるが、垂直的統合労働投入係数 v1 , v2 は表 1 の注と出所に示
す方法で計算した。また垂直的統合された資本係数 h1 , h2 は、BEA, Fixed Assets の Table 3.1ES.
Current-Cost Net Stock of Private Fixed Assets by Industry と Table 3.2ES. Chain-Type
Quantity Indexes for Net Stock of Private Fixed Assets by Industry から計算した産業別実質資
本ストック額をもとに BEA, the U.S. Input-Output Tables を使って垂直的統合を行ってえた値
である(1997 年以前については BEA, Fixed Reproducible Tangible Wealth in the United States
SURVEY OF CURRENT BUSINESS September 1998)。λ は NIPA から次のようにしてえた法
人企業の賃金所得利潤所得比を用いた。Table 1.14 の Net operating surplus と Consumption of
fixed capital の和を利潤所得とし、Compensation of employees を賃金所得として、算出した。
資本蓄積効果は sr (1 + δ I ) であるが、2000 年代の貯蓄性向 s と外部資金依存率 δ I の低下のため
に、2000 年代の資本蓄積効果は 1998 年と比べて約 1%ポイント小さい。また 2000 年代における
需要構造パラメータ k は低下しているために、その変化率は負であり、 (1 + η k ) kˆ で示される需要
構造変化効果は負値である。また、相対価格変化効果に関わる弾力性η m の大きさは、ほぼ不変で
ある。
需要構造変化効果が負値であるので、需要レジーム関数に関しては、図 2 に示す構図とは異な
っている。図 2 においては点 Q1 は点 P2 よりも右方にあるが、アメリカに関しては、点 Q1 は点 P2 よ
りも左方にある。つまり需要レジーム関数はかなり左方に位置する。したがって、生産性レジー
ム関数の位置と需要レジーム関数の傾き( 1/ η m )は図 2 と同じと仮定した場合、図 2 のような構図
と比べると、アメリカのような構図における相対価格変化効果の大きさはかなり小さい。
たとえば、1998 年と 2005 年における第 1 商品の需要レジーム関数は次のようになる。
1998 年
2005 年
g1 = 2.6% + 0.503( ρ1 − ρ 2 )
g1 = 1.7% + 0.511( ρ1 − ρ 2 )
( ρ 2 = 2% と仮定した場合
( ρ 2 = 2% と仮定した場合
g1 = 1.6% + 0.503ρ1 )
g1 = 0.7% + 0.511ρ1 )
図 6 に示すように、1990 年代と比べて、2000 年代の第 1 商品の需要レジーム関数は左方向にシ
フトした。
16
図 6 アメリカの成長体制
生産性
需要レジーム(2005)
上昇率ρ1
g1=0.7% + 0.51ρ1
需要レジーム(1998)
g1=1.6% + 0.51ρ1
生産性レジーム(1999­2005)
ρ 1=2.1% + 0.69g1
生産性レジーム(1988­98)
ρ 1= 1.3% + 0.69g1
2.07
1.3
0.7
6
1.6
需要成長率 g1
1990 年代以降のアメリカの生産性レジーム関数の推計
生産性レジームは需要成長から労働生産性上昇に至る経路を表現したものであるが、それを媒
介するのは、需要成長にともなう生産設備の調整と雇用の調整である。そして労働生産性上昇を
規定する要因としてとくに重要なのは、生産設備の質的変化がもたらす労働節約効果という技術
的要因と、産出量の変動に応じた雇用変動を抑制する諸制度という制度的要因である。これらの
要因は、企業や産業によって多様であるが、景気循環の影響は小さいと考えられる。したがって、
生産性レジームは短期的にはかなり安定的であると考えられる。先に述べたように、実際の需要
レジームは、投資需要の大きな循環的変動のために景気循環や構造変化に応じて、左または右に
動いていると考えられる。短期的には安定な生産性レジームと短期的に変動する需要レジームと
を前提にして考えると、時系列観測値を使い、労働生産性上昇率を被説明変数、需要成長率を説
明変数とする回帰分析によって得られる回帰直線が、生産性レジーム関数を表すといえる。
ただし、第 1 商品の生産性レジーム関数の推計には、以下で説明する二段階の手順が必要であ
る。第 1 商品は、主として建物・構築物と機械設備からなる。しかし、建物・構築物については
実質需要成長率も労働生産性上昇率がかなり低く、1988~2005 年についてはともにゼロに近い
値が多い。このような場合は、最小二乗法によって有意な推計値がえられない。したがって、第
1 段階として、機械設備の産出量成長率と労働生産性上昇率のデータを使った推計を行う。その
結果は表 3 に示す通りである。次に、第 2 段階として、第 1 段階の結果を用いて、建物・構築物
を含めた推計値を、次に示すような関係式(27)に基づいて求める。
17
表3
生産性レジーム関数の推計結果
定数項(切片の大きさ bM :%)
需要成長率の係数(傾き aM )
自由度修正済み決定係数
建設を含む生産性レジーム関数
第 1 商品
1988­98
1999­2007
2.16(3.11)
3.14(4.83)
0.690(11.1)
0.782
0.694(10.7)
0.617
第 2 商品
1988­98
1999­2007
­0.12(­0.42)
­0.64(­2.13)
0.437(5.33)
0.009
0.791(9.25)
0.392
の切片( α bM )
1.30
2.07
注: 説明変数は産業別実質産出額増加率であり、被説明変数は産業別労働生産性(産業別実質
産出額÷産業別就業者数)の上昇率である。括弧内の数値は t 値である。回帰分析の手法は、就
業者数をウェイトとする、Weighted Least Squares を用いた。
出所: 1988­98 年については 1987SIC、1999­2007 年については NAICS に基づく GDP by
Industry 統計の Chain-type quantity indexes for gross output 表と Persons engaged in
production 表から計算した。1999­2007 年については、第 1 商品は、<Machinery>, <Computer
and electronic products>,<Electrical equipment, appliances, and components>, <Motor
vehicles, bodies and trailers, and parts>, <Other transportation equipment>, <Computer
systems design and related services>の 6 つの産業のデータをプールして回帰分析を行った。第
2 商品については 2005 年の産業連関表の最終需要でみて大きな順に次の 7 つの産業のデータをプ
ールして回帰分析を行った。<State and local government and enterprises>, <Retail trade>,
<Federal government and enterprises>, <Hospitals and nursing and residential care
facilities>, <Ambulatory health care services>, <Other services, except government>, <Food
and beverage and tobacco products>である。この 7 つの産業で第 2 商品産出額の約半分を占め
る。また<Real estate>は上位にあるが、帰属家賃を含むために除外した。また、<Wholesale trade>
と<Food services and drinking places>も上位にあるが外れ値を含むために除外した。1988­98
年については、第 1 商品は<Industrial machinery and equipment>, <Electronic and other
electric equipment>, <Motor vehicles and equipment>の 3 つの産業、第 2 商品については、
<State and local government and enterprises>, <Retail trade>, <Federal government and
enterprises>, <Health services>, <Other services>, <Food and kindred products>の 6 つの産業
のデータを使用した。
機械設備をサフィックス M で、建物・構築物をサフィックス C であらわす。サフィックス M+C
は第 1 商品全体を示す。労働量を L 、産出量を Y 、労働生産性上昇率を ρ 、産出量成長率を g で
あらわす。また第 1 商品の産出量合計に占める機械設備の割合を α とし、第 1 商品の生産に関わ
る労働量合計に占める機械設備生産関連の労働量の割合を μ とする。第 1 商品全体の労働生産性
は次のように分解できる。
YM + YC
LC
Y
LM
Y
=
⋅ M +
⋅ C
LM + LC LM + LC LM LM + LC LC
したがって、第 1 商品全体の労働生産性上昇率は次のように分解できる。
n
n
⎧⎪⎛n
⎧⎪⎛n
LC ⎞ ⎛ YC ⎞ ⎫⎪
LM ⎞ ⎛ YM ⎞ ⎫⎪
(1
α
)
+
+
−
+
⎨⎜
⎟ ⎜
⎟ ⎜ ⎟⎬
⎟⎬
L + LC ⎠ ⎝ LM ⎠ ⎪
L + LC ⎠ ⎝ LC ⎠ ⎪
⎩⎪⎝ M
⎭
⎩⎪⎝ M
⎭
ρ M +C = α ⎨⎜
α −μ
n
= α ( μˆ + ρ M ) + (1 − α ){(1
− μ ) + ρC } =
μˆ + αρ M + (1 − α ) ρC
1− μ
実際には機械設備が第 1 商品の産出量合計に占める割合 α の大きさと労働量合計に占める割合
μ の大きさはそれほど大きく違わないので、
α −μ
の大きさは小さい。さらに、 μ̂ の大きさも小
1− μ
18
さい。アメリカの 1987~97 年の平均値で、α は 58%、μ は 41%であり、μ̂ は年率­0.5%である。
したがって、上記の式において、
α −μ
μˆ の項は捨象することができる。その場合、
1− μ
ρ M +C = αρ M + (1 − α ) ρC
(23)
また、第 1 商品の産出量成長率 g M +C は次のようにあらわすことができる。
g M +C = Yn
M + YC = α g M + (1 − α ) g C
(24)
機械設備の生産性レジーム関数を次の式であらわす。
ρ M = aM g M + bM
(25)
(25)式に、(23)(24)式を代入して整理すると、第 1 商品の生産性レジーム関数は次のようになる。
ρ M +C = aM g M +C + α bM + (1 − α ) ρC − aM (1 − α ) gC
(26)
この式によると、建物・構築物の労働生産性上昇率 ρC と産出量成長率 gC とがともにゼロに近
い場合には、(26)式の右辺の最後の 2 つの項は捨象でき、次のようになる。
ρ M +C = aM g M +C + α bM
(27)
結局、機械設備の労働生産性上昇率と産出量成長率のデータを使った第 1 段階の推定でえられ
た、係数推定値 aM は、第 1 商品全体の生産性レジーム関数の係数となり、第 1 段階の切片推定
値 bM を α 倍したものが第 1 商品全体の生産性レジーム関数の切片となる。この切片の値 α bM は、
表 3 の最下欄に示す通りである。
ただし、2005 年以降のアメリカにおいては、住宅バブルの崩壊によって建設部門の急速な縮小
が起きた。2005~07 年の年率では、労働生産性上昇率 ρC は­4.8%、産出量成長率 gC は­3.1%で
ある8。このような場合、(26)式の最後の 2 つの項は捨象できず、その部分の値を計算すると­0.9
となる(雇用の弾力性に変化はなく aM に変化はないと仮定した。)。したがって、2005~07 年に
ついてはその分だけ生産性レジームは下方にシフトすることになる。
表 3 に示す第 1 商品の生産性レジーム関数の推計結果をみると、1990 年代と比べて 2000 年代
の傾きには変化がないが、切片は大きくなった。つまり、第4節で述べたように、総投資に占め
る IT 関連設備投資の割合の増加や新技術を装備した IT 関連設備の導入が切片の値の増加をもた
らしたと考えられる。また第 2 商品の生産性レジーム関数の推計結果をみると、1990 年代にお
いては傾きも小さく、決定係数も小さいので、動学的収穫逓増作用は鮮明ではなかった。しかし、
2000 年代の傾きは大きくなり、また決定係数も大きくなった。つまり 2000 年代には第 2 商品に
ついても動学的収穫逓増作用が顕著になった。第 2 商品には製造業製品だけでなくサービスも多
く含まれている。サービス生産分野におけるインターネットやパソコンの普及が、動学的収穫逓
増作用の増大をもたらしたと考えられる。しかしながら、2000 年代においても、第 1 商品の生産
性レジーム関数と比べると、第 2 商品の生産性レジーム関数の切片は小さい。
以上、述べたように、生産性レジーム関数に関してはおおむね図 2 に示すような構図が成立し
ている。アメリカにおける第 1 商品の生産性レジーム関数は、図 6 に示されている。1990 年代と
比べて 2000 年代の生産性レジーム関数は上方にシフトした。このような生産性レジーム関数の
上方シフトは、需要レジーム関数に変化がなければ、これら二つの関数の交点の座標が示す需要
8 データソースは、表 3 の出所に記載したものと同じである。
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成長率と生産性上昇率をともに大きくする。しかし、先に述べたように、需要レジーム関数は左
方にシフトしたので、図 6 に示すように、交点は左方にシフトした。その結果、2000 年代におけ
る第 1 商品の需要成長率は小さくなった。
7 結論
1990 年代以降のアメリカの成長体制については、「金融主導型成長体制」として分析されるこ
とが多い。Boyer(2000)によると、金融主導型成長体制は、次のような因果連関を中心としている。
株価の上昇→信用アクセスの容易化→消費と投資の増加→生産増加→利潤増加→配当と年金基金
の増加→株価の上昇。しかし、1990 年代以降のアメリカについては生産の増加率は株価の上昇率
を大きく下回る。また 1990 年代と比べて 2000 年代には実体経済の成長は鈍化し、金融面の成長
のバブル的性格は高まった。
本稿の分析によると、この 2000 年代における実体経済の成長鈍化は、生産性レジームの変化
によるのではなく需要レジームの左方シフトによる。IT 化の影響により生産性レジームは上方に
シフトし、もし需要レジームが不変ならば成長を加速させるはずであったからである。需要レジ
ームの左方シフトをもたらした要因としては、資本家の貯蓄性向の低下、機械製品の貿易赤字の
拡大および外国資本の流入先の変化があげられる。
以下では外国資本流入が累積的因果連関に及ぼす効果について本稿の結論をまとめる。企業部
門への外国資本流入は、資本蓄積率を高めることを通じて、第 1 商品と第 2 商品の需要成長率と
生産性上昇率を大きくする。ただし、家計・政府部門へ外国資本流入は、このような資本蓄積効
果をもたない。たとえば、2002 年以降のアメリカへの外国資本流入は、家計・政府部門に向かっ
たので、資本蓄積効果には寄与しなかった。
とはいえ、次のようなケースでは、外国資本流入は需要構造変化効果と相対価格変化効果とに
寄与する。外国資本の純流入の増加は、貿易赤字の拡大の対応物である。企業部門へであれ家計・
政府部門へであれ資本流入は第 1 商品の需要増加をもたらす。したがって、主に第 2 商品で貿易
赤字が拡大するケースでは、最終需要全体に占める第 1 商品の割合が増加する。このような方向
に最終需要構造が変化する局面では、需要構造変化効果が正となり、第 1 商品の需要レジーム関
数が右方にシフトする。
技術的特性のために、動学的収穫逓増作用は、第 1 商品に含まれる機械の生産プロセスにおい
て顕著である。したがって生産性上昇率を縦軸、需要成長率を横軸とする平面に描くと、第 1 商
品の生産性レジーム関数は右上がりであり、第 2 商品の生産性レジーム関数よりも上方に位置す
る。そして、上記のように第1商品の割合が増加する方向に最終需要構造が変化する局面では、
第 2 商品の生産性上昇率に変化がないとすれば、相対価格変化効果も正で大きい。
このように第 2 商品の貿易赤字に対応する外国資本流入に起因する最終需要構造の変化は、累
積的因果連関を介して、第 1 商品の高い生産性上昇率と需要成長率生産性とをもたらす。すなわ
ち好循環が実現する。
しかし、第 2 商品だけでなく、機械製品など第 1 商品でも貿易赤字が拡大していくケースでは、
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需要構造変化効果が負となり、第 1 商品の需要レジーム関数が左方にシフトすることがある。こ
の場合、第 2 商品の生産性上昇率に変化がないとすれば、相対価格変化効果も小さくなる。たと
えば、自動車をはじめとして機械製品の国際競争力が低下していった 2000 年代のアメリカはこの
状態に近い。さらに、2002 年以降のアメリカでは、ほとんどの外国資本は企業部門へではなく、
家計・政府部門に流入したので、資本蓄積効果は小さくなった。以上の結果として、2000 年代ア
メリカへの外国資本流入は激増したが、1990 年代と比べて 2000 年代の第 1 商品の需要成長は鈍
化した。つまり、2000 年代アメリカへの膨大な外国資本流入は実体経済における好循環をもたら
さなかった。
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