CGS・TFT 液晶プロジェクション光学エンジン

シャープ技報
第74号・1999年8月
CGS・TFT 液晶プロジェクション光学エンジン
Optical Engine for Liquid Crystal Projection Using Continuous Grain Silicon TFT
三 谷 圭 輔 *1
Keisuke Mitani
高 塚 保 *2
Tamotsu Takatsuka
多久島 朗 *3
Akira Takushima
要 旨
HDTV 対応 2.6 型 CGS(Continuous Grain Silicon)TFT
液 晶 パ ネ ル を 用 い て , 60 イ ン チ 条 件 で 明 る さ は
1000cd/m2 周辺光量比(CCR)80% でクリアな表示品
位を実現したリアプロジェクション光学エンジンを開
発した。
当光学エンジンでは明るさを確保しつつラン
プの長寿命化を実現する為に UHP ランプを2個用い
たシステムとし,
液晶パネルの防塵対策としてクロー
ズド冷却方式を開発した。
またクリアな表示品位を確
保する為に照明システムの特性を考慮した独自の投映
レンズを自社設計にて開発した。
A new optical engine for LCD rear projection HDTV has
been developed using three 2.6 inch CGS(Continuous
Grain Silicon) TFT LCD panels. The optical engine
realizes the brightness of 1000cd/m2 and CCR(centercorner ratio) of 80% with 60 inch condition.
This optical engine uses two UHP(Ultra High Power)
lamps to fulfil enough brightness and long life. Closed
cooling system has been developed to keep out the dust,
and original lens has been designed by own company to get
high quality image.
まえがき
最近では,
液晶プロジェクションはデータディスプ
レイの領域でますます高精細,
高輝度へと進展してい
る。また,AV モニタの領域でも,CRT に比べ画面周
辺部でも鮮鋭度の高い表示が実現できること,
またフ
ラットパネルディスプレイに比べコストの点で優位性
が有ることから,
ディジタル放送の本格化を控え高解
像度なHDTV対応モニタなどハイエンド領域で,液晶
リアプロジェクションが本命視されている。当社では
*1 A1207(B)プロジェクトチーム
*2 AV システム事業本部 液晶システム事業部 第3技術部
*3 生産技術開発推進本部 精密技術開発センター
黒 部 俊 文 *1
Toshifumi Kurobe
原 政 春 *1
Masaharu Hara
このような高解像度プロジェクションを実現する為に
半導体内を移動する電子のスピード(電子移動度)を
高速にし超小型高精細ディスプレイから大型超高精細
ディスプレイまで高速駆動を実現したドライバを内蔵
する事の出来る CGS(Continuous Grain Silicon)・TFT
液晶パネルを用いてこの高精細液晶リアプロジェク
ションを製品化する事とした。
このような高解像度液
晶プロジェクション用の高性能光学エンジンを実現す
る為には,高解像度を実現する為の投映レンズ系,ま
たプロジェクションとして問題となる液晶パネルに付
着し画面上の障害となるゴミ問題の対策,及びAV モ
ニタとして CRT に匹敵するランプの長寿命化など光
学エンジンとして解決すべき問題が多い。
本技術解説
ではこの問題点解決の為の技術の詳細について述べ
る。
1 . 照明システム
図1に今回開発した光学エンジンの概略図を示す。
当光学エンジンでは,表示画面の照度・色度の均一性
を確保する為に,フライアイレンズシステムを用い
た。当フライアイレンズはレンズ分割数を 144 個と
し,十分な分割数を確保することにより表示均一性を
実現している。光のR,G,B各色への分離系ではダイク
ロイックミラーを用いており,
3色の光路で他の2色
に比べ光路が長い Blue 光路に付いてはリレーレンズ
を用いて他光路との照度分布のマッチングを行なって
いる。又,R,G,B 各色の光合成にはクロスプリズム
方式を用いた。これにより光合成系での解像度劣化を
防ぐと同時に順次ミラー方式に比べ投射レンズのバッ
クフォーカスを短くし,レンズの小型化,高性能化を
図っている。
ランプに付いては,AV テレビとして使用する為に
長寿命化を図る必要がある。
ただし現在比較的長寿命
のランプは一般的に電力の小さな全光束の少ないもの
であり,長寿命化と高輝度化を両立させる事が困難で
あった。この為,当照明システムでは寿命の長いラン
プを2個使用することにより,
長寿命化と高輝度化の
― 50 ―
CGS・TFT液晶プロジェクション光学エンジン
図1 CGS・TFT 液晶プロジェクション光学エンジン
Fig. 1 CGS TFT LCD projection optical engine.
2 . クローズド冷却システム
液晶表示部の温度が高くなると,
偏光板や液晶パネ
ル(LCD)が劣化し,表示性能が低下する恐れがある。
そこで,液晶表示部の温度上昇を抑制するため,動作
中においては冷却手段を用いて冷却している。
液晶表
示部を冷却する方法としては,
キャビネットの外気を
取り入れて冷却する空冷方法が一般的であるが,外気
の塵や挨が液晶パネルに付着して,
画像に悪影響を及
ぼすという問題が懸念される。そこで,外気から液晶
パネルを遮断したクローズド冷却システムを採用する
こととした。
図2 光学エンジンのランプシステム
Fig. 2
Lamp system of optical engine.
両立を図っている。
ただし,ランプを2個使用した場合,照明システム
では,
ランプ1個を使用した場合に比べ集光面積が大
きくなってしまい集光効率が低下してしまう。
この為
ランプを2個用いたシステムであっても集光面積の拡
大をできるだけ少なく抑える必要がある。そこで,当
光学エンジンでは図2に示すように,
上下方向2段に
ランプを配置し,
一方のランプから出る光をミラーで
折り曲げ,もう一方のランプから出る光は折り曲げる
ことなく直接照射する構造としている。
この構造によ
り2個のランプで照射されるそれぞれの照明域を近接
させることができ全体の集光面積を小さくする事が出
来る。
これにより照明システムの光の集光効率改善を
図っている。
2・1 クローズド冷却システムの構成
クローズド冷却システムは光学部品や放熱用ヒート
シンク等で密閉した空間を構成し,
その中に液晶パネ
ル,偏光板,冷却ファンを配置したものである。ク
ローズド冷却システムは図 3 にその内部の構成を示
す。
― 51 ―
図3 クローズド冷却システム
Fig. 3
Closed cooling system.
シャープ技報
第74号・1999年8月
2・2 冷却風
′
各液晶パネルでの発熱量の比は赤色,緑色,青色で
1:1:1.5 であり,青色での発熱量が他に比べ多く,同
じ温度まで冷却するには多くの風量を必要とする。簡
単のため,液晶パネルや偏光板表面での熱伝達率が流
速の 1/2 乗に比例するとすると,青色の液晶パネルに
は赤色,緑色の約 2.2 倍の風量が必要となる。図 3 に
示したように,クローズド冷却システムでは入射側偏
光板と液晶パネルの間,
液晶パネルと出射側偏光板の
間に冷却風を流すようにした。
このような流路間を空
気が流れるとき,
そこで発生する圧力損失は流速に比
例すると考えることができ,青色では赤色,緑色の約
2.2 倍の圧力損失が発生することになる。そこで,冷
却用ファンとして液晶パネル等の発熱量に応じて,赤
色,緑色の冷却用として軸流ファン,青色用には高静
圧なシロッコファンを用いた。
軸流ファンから吹き出
した空気は,赤色,緑色の液晶パネルに対して最適な
風量となるように,
液晶パネルと軸流ファンの間に設
けたエアガイダによつて分配した。
液晶パネルを通過
して,液晶パネルや偏光板の熱を奪い,温度が上昇し
た空気は,クローズド冷却システム上面のヒートシン
クに衝突する。その時,ヒートシンクに熱を与えて,
温度が低くなつた空気は,
光学部品で構成したダクト
を通り,
クローズドシステム内を循環して軸流ファン
に戻る。一方,シロッコファンから吹き出した空気は
導風ガイダによつて青色の液晶パネルに誘導され,液
晶パネルから奪つた熱をヒートシンクに放熱した後,
クローズドシステム内を循環してシロッコファンに戻
る。軸流ファンとシロッコファンの循環空気は混合し
ないように,
ファンの吸い込み位置を離した構成とし
た。さらに,液晶パネルや偏光板において,最も温度
が高くなる領域へ十分に空気が到達するように導風路
を構成した。
3 . 投射レンズ
3・1 照明,
結像システムの最適設計
当光学メカに用いられる自社設計投映レンズ(焦点
距離 f=44mm,有効 F2.5)の光路図を図4に示す。照
明システムと結像システムとのマッチングのため,次
の2点を考慮して照明システムを含めた最適設計を
行っている。
(1)レンズの瞳に効率よく光を集光させる。
(2)2ランプを適切に配置する。
(1)は,投映レンズを通過する光のロスを少なく
するためである。
フライアイレンズの光源像と投映レ
ンズの瞳上の光源像は物体と像の関係にある。
このと
き,フライアイレンズと投映レンズの絞り間の全ての
レンズ系により結像が行われるため,照明システムの
フライアイレンズ以後のレンズ系と投映レンズの絞り
以前のレンズ系を組み合わせて最適設計する必要があ
る。本設計においては特に絞りの周縁付近での集光を
重視して光量ロスを極限まで減らしている。
(2)は,瞳上にできた光源像の強度分布が投射レ
ンズの性能評価に大きな影響を及ぼすためである。今
回用いられる2ランプ方式において,瞳位置における
光源像の強度分布の模式図を図5に示す。
図5のよう
な強度分布の場合,通常X方向の解像度はY方向のそ
れに比べて劣り,最良像点を少し外すと,像が2つに
別れてしまうので,焦点深度も非常に狭くなる。一
方,LCDパネルの画素ピッチはH方向,V方向それぞ
れ 45 μ m,32 μ m であり,これらを空間周波数に換
算するとそれぞれ11Lpm,16Lpmとなるから,H方向
はV方向に比べて高い解像度を必要としない。した
がって,当光学メカでは,X方向をH方向に,Y方向
をV方向に合わせてランプが配置されている。
2・3 外部への放熱
密閉空間内の熱はクローズドシステムの壁面から放
熱するとともに,ヒートシンクで強制的に排出され
る。ヒートシンクはクローズドシステムの壁を構成し
ており,
液晶パネルのフラットケーブル等はヒートシ
ンクを貫通させている。発熱量の多い青色の上部に
は,ヒートシンクとの熱交換を効率的に行うため,内
部フィンとしてフィン状ファンをヒートシンクに取り
付けた。
ヒートシンクでのベース面の温度分布を小さ
くするため,
ヒートシンクにはベースの厚い押し出し
フィンを用いた。
ヒートシンクからの放熱促進用に軸
流ファンを用いており,
放熱量が最大となるように配
置されている。
― 52 ―
図4 投映レンズ光路図
Fig. 4 Optical path of projection lens.
CGS・TFT液晶プロジェクション光学エンジン
介してどれだけ忠実に像に再現されるかを表す量であ
り,値が 100% に近いほど再現性が良い。HDTV クラ
スに用いられる投映レンズの場合,
画素ピッチに相当
する空間周波数(当レンズの場合,H方向,V方向そ
れぞれ 11Lpm,16Lpm)において,MTF が 70% あれ
ば十分であるとされている。当レンズは,瞳上の強度
分布を加味して計算した場合に,それぞれの空間周波
数について画面全域で 70% 以上の MTF を与えてい
る。また,TV ディストーションは 0.8% 以下に抑えら
れている。
4 . 液晶パネル
CGS 技術は当社と株式会社半導体エネルギー研究
所が開発したもので,ガラス基板上に形成する新固相
成長技術により,
単結晶シリコンに迫る高性能連続粒
界シリコン(CGS: Continuous Grain Silicon)半導体を
実現したものである。この CGS は結晶粒界で原子レ
ベルの連続性を持たせることにより,半導体内を移動
する電子スピード(電子移動度)をアモルファス(非
結晶)シリコン TFT の約 600 倍,一般的な低温ポリシ
図5 瞳位置における光源像の強度分布
Fig. 5
Intensity distribution of the light source image
in the pupil.
3・2 自社設計投映レンズの特長
ランプの配置が決定されれば,
投映レンズの結像性
能そのものが最終的な画質を決定する。
高精細画像を
得るためには,画面全域で点像のボケを極力小さく抑
える必要がある。このためには,最良像点の位置が像
高によってあまり変化しない,
平坦な像面を得る必要
があるが,前述のように,H方向の焦点深度が非常に
狭いので,レンズの製造誤差による点像のボケ量の変
化および像面バランスの変化を小さく抑えなければな
らない。また,当レンズのような広角レンズの場合,
画面の歪み(ディストーション)と結像倍率の波長依
存性(倍率色収差)の補正が困難である。これらの課
題をクリアするために,
当レンズは図4のように球面
レンズ9群 10 枚構成になっている。セットの奥行き
に制限があるため,投写距離は短く,光路はレンズ群
の中間で90°折り曲げられている。また,画面の隅々
まで一様な明るさを得るため,
ケラレのないように設
計されている。当レンズは,諸収差が画面全域で良好
に補正されているため,画角が広く,ケラレがないに
もかかわらず,良好な解像性能を与えている。また,
各レンズ面で発生する収差の絶対量が比較的小さいの
で,製造誤差感度が小さく造り易いレンズに仕上がっ
ている。さらに,最も安価な硝材である BK7 を 10 枚
中5枚用いており,
他のレンズも比較的安価な硝材を
用いているので,低コストを実現している。解像性能
は一般に MTF(Modulation Transfer Function)により
評価される。MTF は物体のコントラストがレンズを
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表1 60 型ハイビジョン液晶リアプロジェクション仕様
Table 1
Specification of 60" LCD rear projection HDTV.
仕様
項目
60インチ
スクリーンサイズ
1280×1024(131万画素)
画素数(水平×垂直)
1000cd/m2
明るさ
1429×1469×597(mm)
外形寸法(幅×高さ×奥行)
100W UHP ランプ 2個
ランプ
80%
周辺光量比
写真1 60 型ハイビジョン液晶リアプロジェクション
Photo 1
60" LCD rear projection HDTV.
シャープ技報
第74号・1999年8月
リコン(多結晶シリコン)TFTの約4倍にすることに
成功している。この技術を用いて今回実現したのが業
界最高レベルの高速駆動(13.8MHz,従来比4倍)の
ドライバーを内蔵した 2.6 型超高精細 CGS・TFT 液晶
パネルで,画素数も 131 万(1280 × 1024)ドットと業
界最高レベルである。これはきたるディジタルテレビ
時代に相応しい液晶プロジェクション・テレビの開発
を可能にしたものである。
むすび
HDTV 対応 60 型液晶リアプロジェクション用光学
エンジンを開発した。仕様を表1に,外観を写真1に
示す。性能としてはスクリーン輝度 1000(cd/m2),
CCR80%を確保しており,ランプは長寿命ランプ2個
を用いる事により長寿命化と高輝度化を両立してい
る。液晶パネルの防塵対策もクローズド冷却を行なう
事により解決している。
また投映レンズ等の改善によ
り画面の周辺まで鮮鋭度の高い表示品位を実現する事
が出来,液晶プロジェクション本来の色再現性範囲が
広く色純度の高いこと,
および地磁気に影響されず設
置が容易な事などの特性も実現しており,CRT プロ
ジェクション等を画質性能的に凌駕するシステムと
なった。今後は更なる高輝度化,高精細化を目指す事
により,来るべきディジタル放送時代に新たな市場を
形成することが期待される。
謝辞
本件は株式会社半導体エネルギー研究所と当社との
共同開発による CGS 技術を最初に応用した商品であ
る。HDTV 対応 60 型リアプロジェクションに搭載さ
れる専用エンジンとして,CGS-TFT 液晶パネルの性
能をフルに発揮させる為に開発されたものである。
CGS 技術の開発および本件エンジンに組み込まれる
2.6型CGS-TFT液晶パネルの開発に多大なご協力を頂
いた株式会社半導体エネルギー研究所の関係各位に深
く感謝致します。
― 54 ―
(1
99
9年5月2
8日受理)