千住スマートエネルギーネットワークの取組みについて 東京ガス株式会社 和田 祐介,佐々木 裕文 1.はじめに 東京ガスではスマートな熱と電気の利用による次世代の持続可能な社会の実現に向けて「スマー トエネルギーネットワーク(以下,スマエネ)」の実証に取組んでいる。 スマエネは,電力・ガスの大規模ネットワークと天然ガスコージェネレーション(CGS)や再生 可能エネルギーなどの分散型エネルギーを組合せ,これを情報通信技術(ICT)により最適に制御 する。 1) また,東日本大震災以降,エネルギーセキュリティの向上という観点からもエネルギー インフラのスマート化がより一層注目されている。スマエネが目指す姿は以下のとおりである。 1) 省エネ・低炭素化 分散電源である CGS や再生可能エネルギーからの熱と電気を面的に利用することで省 エネ・CO 2 削減を実現する。 2) エネルギーセキュリティ向上 万一の停電時にも CGS が自立運転し,信頼度の高い電力供給システムを構成する。 3) 再生可能エネルギー導入への貢献 天候によって出力が変動する再生可能エネルギーを CGS 出力やネットワーク内需要を 制御し,電力の需給調整の一端を担うことで再生可能エネルギーを安定化する技術を提供 する。 2.千住スマエネの 千住 スマエネの全体像 スマエネの全体像 本実証事業は,経済産業省の「分散型エネルギー複合最適化実証事業」の採択(2010 年度)を受 け,2011 年 4 月より試験を開始したものである。 千住スマエネでは,熱需要が密集した特定エリアを想定し,分散電源である CGS や再生可能エネ ルギーを組み合わせることで発生する熱や電気を複数の建物に供給し,エネルギー需給を最適化す る実証試験を進めている。 千住スマエネ内の建物は,東京ガスの施設である千住テクノステーション(以下,TG 千住テク ノ)と荒川区の特別養護老人ホーム(以下,特老)に分かれており,さらに,TG 千住テクノは業 務用建物 A 館: 26,190m2,業務用 建物 B 館: 8,881m2,スマート実証 C館 ハウス(暮楽創ハウス),エネルギ ーセンター(C 館)で構成されて いる。 エネルギーフローを図 1 に示す。 電力は,発電効率 40%(LHV 基準) を超える CGS,太陽光発電装置 (PV)からの電力に電力会社から の受電電力を合わせて各建物に供 給する。一方,熱については,CGS 廃熱(蒸気,高温水)と太陽熱集 熱装置からの熱(高温水)を C 館 図 1. システムフロー で回収し,冷房冷水・暖房温水・給湯温水に変換した上で各建物に供給する。 C 館のエネルギーセンターには,多様なエネルギー源(太陽熱,CGS 廃熱,電気,ガス)で駆動 するハイブリッド熱源システムを導入した。また,この多様なエネルギーを最も省エネに制御する ために,太陽熱,CGS 廃熱を優先活用する熱源統合制御盤を構築した。 3.実証試験結果 3.1 千住スマエネ全体の省エネ・CO2 削減効果 2011 年 4 月~2012 年 3 月の省エネ・CO 2 削減効果を表 1 に示す。年間での結果は,実証試験開始 時に試算した数値を上回る,省エネ率 13.6%,CO2 削減率 35.8%となった。*1 *1: スマエネシステムの再生可能エネルギー(太陽熱,太陽光)と CGS が供給した電力,冷房,暖房,給湯 需要を,1990 年度時点で構築したと想定される設備(基準システム)で賄った場合と比較。 表1 ※ 年間の省エネ・CO 2 削減効果 エネルギー消費量*2 CO2 排出量*3 千住スマエネ 29,273 GJ 1,490 t-CO 2 基準システム*4 33,889 GJ 2,319 t-CO 2 削減率 13.6 % 35.8 % (試算値)*5 (12.2 %) (33.9 %) 同量のエネルギー需要に対して,千住システムと基準システムで比較した。エネルギー原単位及び係数は,以 下の本実証事業において設定された値を用いた。 *2: 系統電力 9.68 GJ/MWh,都市ガス 45 MJ/m3N *3: 系統電力 0.69 kg-CO2/kWh,都市ガス 50.6 kg-CO2/GJ *4: 冷房 COP 1.0,暖房 COP 0.8,給湯ボイラ効率 80 % *5: 実証試験開始時に想定したエネルギー需要,設備運用での計算値 3.2 熱源統合制御 ハイブリッド熱源システムでは,各熱源機の起動順番に優先順位をつけ,エネルギー原単位の小 さい熱源機から起動を掛けることで省エネな運転をおこなう。エネルギー原単位の小さい順は,図 2 横軸のとおり, 「再生可能エネルギー・未利用エネルギー→ コージェネ廃熱(温水・蒸気)→ 電 気→ 都市ガス」となる。エネルギー原単位による起動順位通りにシステムを運用し省エネを図るた めに,図 2 縦軸のとおり,廃熱駆動のあとには電気熱源機を運転することを基本思想としている。 通常の廃温水投入型吸収冷温水機(以下,ジェネリンク)の制御では,冷水の出口温度が上昇す ると補助的に都市ガスがインプットされるため,上述した起動順位が守れなくなるが,熱源統合制 御では,燃料投入の順番がくるまでは,強制的に都市ガスをインプットしないようにしている。 図 2. 熱源統合制御の基本思想 通常の台数制御と熱源統合制御の違いについて図 3 のシミュレーション結果で説明する。 1) 原単位が小さいエネルギー源を優先して使用 通常の台数制御では,ジェネリンク本体の機能に 通常の台数制御 より CGS 廃熱等が不足する場合には,都市ガスによ 1) ガスが電気に優先して使用される 電気 るバックアップが働くため,電気熱源に先駆けて都 CGS廃熱・ 太陽熱温 冷房出力 23 22 21 20 19 18 17 16 15 14 13 12 11 9 10 8 7 6 5 4 0 2) CGS 廃熱・太陽熱の最大活用 通常の台数制御では,熱源機の容量比により負荷 都市ガス CGS蒸気 3 に先駆けた都市ガスの追焚きを防止できる。 1 では,ジェネリンクのガス強制 OFF により電気熱源 2 市ガスを利用することになる。一方,熱源統合制御 熱源統合制御 按分比率が固定される(自由にコントロールできな 電気 い)ため,太陽熱や CGS 廃熱を最大活用する負荷率 CGS廃熱・ 太陽熱温 冷房出力 にジェネリンクを調整することはできない。一方, 熱源統合制御では,ジェネリンクの冷水ポンプのイ ンバータ制御や出口温度設定により,負荷按分比率 2) CGS廃熱・太陽熱による冷房出力が熱 源統合制御の方が大きくなる CGS蒸気 をコントロールできる。これにより,他の熱源機よ 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 りもジェネリンクの冷房負荷率を大きくできるので, 太陽熱や CGS 廃熱を最大限活用することが可能と なる。 図 3. 熱源統合制御のシミュレーション結果 12000 熱源統合制御の夏期の稼働実績(2011 年 8 月 9 日) 7:00~ 7:00~22:00 CGS700kW ガス 10000 を図 4 に示す。負荷の増加にともない,上述した順 9:00~ 9:00~20:00 CGS370kW 番でエネルギーを活用できている。 電気 冷水製造量(MJ) 8000 また,同日の CGS 蒸気利用率(図 5)と CGS 廃 熱・太陽熱温水の利用率(図 6)のトレンドが示す とおり,冷房負荷按分比率のコントロール機能によ 6000 CGS廃熱(温水) CGS廃熱(蒸気) 4000 り,高い蒸気利用率と温水利用率を実現している。 太陽熱 2000 0 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 時刻 図 4. 熱源統合制御の稼働実績 蒸気利用率: 88% 1400 1200 ボイラ給水加熱 蒸気焚吸収HP CGS廃熱,太陽熱温水利用率: 93% 3000 蒸気焚ジェネリンク 合計蒸気製造量 2500 特老供給熱量 温水熱交 ガス焚ジェネリンク1号機 合計高温水製造量 給湯温水熱交 ガス焚ジェネリンク2号機 蒸気焚ジェネリンク 1000 高温水熱量(MJ) 蒸気熱量(MJ) 2000 800 600 400 1500 1000 500 200 0 0 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 1011121314151617181920212223 時刻 図 5. 蒸気利用率 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 1011121314151617181920212223 時刻 図 6. CGS 廃熱・太陽熱温水利用率 3.3 蒸気吸収ヒートポンプの稼働実績 冷暖同時取出型蒸気吸収ヒートポンプ(以下, 1200 冷房 蒸気吸収ヒートポンプ)は,一般的な熱源機が 電気 1000 して有効利用することで,冷水と温水の冷暖同 時供給が可能となり,高い省エネ性(定格冷暖 房 COP: 3.34*6 )が期待できる熱源機である。 2) 冷水製造量(MJ) 冷却塔から放熱する冷房廃熱を暖房用の温水と 上述したハイブリッド熱源システムにおける 熱源機の稼働順位では,最も省エネ効果が期待 800 400 0 1 優先機としている。蒸気吸収ヒートポンプを 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 3000 冷暖同時モードで運転した,中間期の熱源統合 暖房 制御の稼働実績(2011 年 11 月 11 日)を図 7 に 2500 示す。蒸気吸収ヒートポンプの冷房廃熱が暖房 2000 CGS温水 CGS蒸気 温水製造量(MJ) 分かる。 CGS蒸気 200 できる熱源機である蒸気吸収ヒートポンプを第 用温水の一部として有効活用されていることが CGS温水 600 つぎに,同日の蒸気吸収ヒートポンプの性能 蒸気吸収HP 蒸気吸収HP 冷房廃熱利用 冷房廃熱 1500 ガス 1000 トレンドを図 8 に示す。時刻によって COP は変 500 動しているが,どの時刻においても冷暖房 COP: 0 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 3 前後で推移しているため,高効率な運転を維 時刻 持できている。 図 7. 熱源統合制御の稼働実績 中間期の期間冷暖房 COP は 2.77 となった(図 蒸気 温水 冷暖房COP 9)。機器の仕様上,容量制御が可能である冷房 3.5 1000 と,期間冷暖房 COP は 3.16 となりほぼ定格効 3 800 2 に対して負荷率が 30%以上であれば,本機は高 400 い省エネ性を実現できると言える。 200 COP 2.5 600 1.5 1 *6: 蒸気入熱基準。(冷房能力+暖房能力)/蒸気入熱 0.5 22:00 21:00 20:00 19:00 18:00 17:00 16:00 15:00 14:00 13:00 12:00 11:00 9:00 10:00 により算出。冷暖房同時運転時における冷暖房 COP 8:00 0 6:00 0 7:00 熱量 熱量( ( MJ) ) がって,暖房期においても機器の定格冷房出力 4 1200 負荷率 30%~100%範囲の運転のみに注目する 率付近で運転していることが確認できた。した 冷水 冷房COP 冷暖房運転時定格COP 図 8. 蒸気吸収ヒートポンプの稼働実績 3.4 双方向熱融通 4.0 熱の面的利用の新たな展開として,TG 千住 3.5 テクノと特老の間での双方向建物間融通の実証 3.0 間熱融通型」 「建物単独引込型」の 4 つの形態に 大別されるが,本実証試験の形態は「建物間熱 融通型」にあたり,相手先への熱供給温度につ いては一定とせずに成り行き供給(50~80 ℃) のモデルとした。3) したがって,互いに施設 内で熱を自家消費し切れなかった場合に相手先 へ融通するため,自施設でどれだけの熱を使用 冷暖房COP 試験をおこなっている。熱供給・熱融通の形態 は, 「熱供給事業型」 「地点熱供給事業型」 「建物 定格COP 2.5 30~100%領域のCOP: 3.16 2.0 1.5 1.0 0~100%領域のCOP: 2.77 0.5 0.0 0% 20% 40% 60% 80% 100% 冷房負荷率(定格47RT) 図 9. 蒸気吸収ヒートポンプの期間効率 250 するかによって相手先への供給温度が変化する。 ラジエター放熱量 コージェネからの熱は,TG 千住テクノの冷 一方,B 館屋上で集熱した太陽熱は特老で優先 置されていることを模擬している。) 150 日射量 熱量(MJ) 的に利用する。 (B 館屋上の太陽熱は,特老に設 熱融通 (特老→TG) 特老自家消費 200 房・暖房・給湯の熱源として優先的に利用し, 100 代表日として 2011 年 9 月 28 日の実績データ 50 を示す。B 館屋上太陽熱の利用実績(図 10)よ り,日射計で計測した太陽の光のエネルギー量 0 (折線グラフ)の 1 日の累計値に対して,温水 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 1011121314151617181920212223 時刻 として集熱できた量(棒グラフ)の 1 日の累計 値の比率(集熱効率)は 44.3%であった。 図 10. 太陽熱の利用実績 集熱した太陽熱は,8 時~13 時に特老で使用 400 され 13 時~17 時に TG 千住テクノで回収する 350 ことで集熱量のほぼ全てを有効利用している。 300 250 図 10 より,時間帯によって,太陽熱の使用建物 が異なるのは図 11 のとおり,特老の熱需要が変 熱量(MJ) つぎに,特老の給湯製造内訳を図 11 に示す。 200 熱融通(特老→TG 熱融通(TG→特老) B館太陽熱自家消費 特老設置ボイラ 特老給湯需要 150 100 化するためである。 50 13 時~17 時は特老の給湯需要が小さくなっ 0 ているため,太陽熱の集熱量が需要を上回って -50 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 1011121314151617181920212223 -100 しまう。一方,同時刻の TG 千住テクノには熱 時刻 需要があるため,特老で余剰となった熱を融通 してもらう結果となった。また,それ以外の時 図 11. 特老の給湯製造内訳 間帯には TG 千住テクノから特老に余剰なコー ジェネ廃熱を融通している。つまり,熱導管がなければ自家消費できずに捨てられていた再生可能 エネルギーやコージェネ廃熱を,ネットワーク全体で有効利用していることを示す。 更に,特老の 2011 年度の省エネ・CO2 削減効果を評価した結果,年間給湯需要 733GJ の約 45% が太陽熱と融通熱により供給されており,特老での省エネ率は 21%,CO 2 削減率は 34%と十分に大 きく,建物間融通が省エネ・CO2 削減に効果的であることを確認した。 3.5 PV 出力変動抑制制御 千住スマエネでは,再生可能エネルギー導入拡大への貢献を目的として,CGS やターボ冷凍機を 活用し,天候の影響を受ける太陽光発電の出力変動を平滑化する実証をおこなっている。本稿では, CGS による変動抑制制御の結果について進捗を報告する。 一次遅れフィルターを応用して,太陽光発電の出力変動が抑制されるように CGS 発電電力を自動 出力制御することにより,太陽光発電と CGS 発電電力の合計発電出力が平滑化していることが確認 できる。(図 12) また,平滑化の効果を定量化するために 20 分毎標準偏差の平均値(出力変動のばらつき)を導出 すると,どのような天候であっても CGS によって変動抑制制御を実施することで標準偏差が小さく なっている。この結果より,CGS を活用して太陽光発電の変動を平滑化できることが示された。 (図 13) 図 12. CGS による PV 出力抑制制御 ◎削減率 16 ◎天候:晴 ◎標準偏差(変動抑制前)3.9kW 標準偏差(変動抑制後)1.7kW ◎天候:曇り ◎標準偏差(変動抑制前)12.7kW 標準偏差(変動抑制後)3.0kW ◎天候:雨 ◎標準偏差(変動抑制前)1.9kW 標準偏差(変動抑制後)1.4kW 26% ◎削減率 76% ◎削減率 14 PV出力 PV出力の 出力の 標準偏差 12 標準偏差 標準偏差(kW) 56% 10 8 PV+CGS出力 PV+CGS出力 の標準偏差 6 4 2 12/7 10/28 9/16 10/27 9/15 9/14 9/13 9/9 9/12 9/8 9/7 9/6 9/5 9/2 9/1 8/31 8/30 8/29 8/26 8/25 8/24 8/22 0 図 13. 標準偏差トレンド 4.おわりに 本稿では,東京ガス千住テクノステーションとその周辺地域におけるスマエネ実証試験の2011年 度の実績データに基づく進捗報告をおこなった。本実証試験で培ったこれらの成果は,今後,当社 が取組む都市再開発プロジェクト等を通して水平展開を目指していく。 現在,東日本大震災を契機としたエネルギー政策の見直しに関する議論にて,将来のエネルギー 供給のあるべき姿が模索されているが,省エネ・CO2削減,エネルギーセキュリティの向上,再生 可能エネルギーの導入拡大を実現するスマエネは,その一つの解となりえる。我々は,スマエネの 早期実現,早期展開を目指し,これからも先進的な技術開発に取組む所存である。 最後に,本実証を進めるにあたり,多大なご助力を頂きました関係者に感謝申し上げます。 参 考 文 献; 1) 永井 猛 他: 特定エリアにおけるスマートエネルギーネットワーク実証試験 第一報,日本建築 学会 2011 年度大会,2011 年 8 月 2) 東京ガスプレスリリース: http://www.tokyo-gas.co.jp/Press/20100215-01.html 3) 経済産業省: まちづくりと一体となった熱エネルギーの有効利用に関する研究会 第 1 回資料 ‐地点熱融通・建物間熱融通等の現状‐ 備 考; 本稿は,第 21 回日本エネルギー学会大会,平成 24 年度空気調和・衛生工学会大会,2012 年度日 本建築学会大会で発表済みの内容を含んでいる。
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