序章 第1章 LCC の登場・発展の背景 第1節 アメリカにおける LCC 1.

【目次】
序章
第1章 LCC の登場・発展の背景
第1節 アメリカにおける LCC
1.アメリカにおける LCC 発展の経緯
2.アメリカの代表的 LCC
第2節 ヨーロッパにおける LCC
第2章 LCC の成功モデルとしてのエアアジア
第1節エアアジアの誕生と実績
第2節エアアジアの成功要因
第3章 日本における LCC の成立と現状
第1節 規制緩和までの経緯
第2節 新規格安航空会社の現状と失敗の要因
第3節 LCC の受け皿としての二次空港の積極的活用・茨城空港
第4章 新規航空会社のシミュレーション
第1節 ビジネスモデルの想定
第1項 拠点空港・顧客ターゲット
第2項 路線構造・年間旅客人数予測・便数
第3項 使用機種・機動稼働率
第4項 燃料費
第5項 空港使用料
第6項 販売・機内サービス費
第7項 運賃水準
第8項 人件費・整備費
第2節 アンケート結果
終章
0
序章
近年、日本の若者における海外旅行離れは深刻である。法務省の出入国管理
統計1によると、全体の出国者数2は 2001 年から 2008 年にかけて約 2.5%しか減
尐していないにもかかわらず、20 歳~24 歳までの日本人の若者の出国者数は、
2001 年は 1,388,913 人であったのに対し、2008 年には 1,099,867 人にまで減尐
した。8 年間で約 29 万人、約 21%も減尐していることになる。さらに 21 世紀
の航空業界は 9.11 テロによる航空機利用に対する不安感の増大、燃料の高騰、
鳥インフルエンザや SARS による海外旅行者の抑制といった様々な問題を抱え
ている。ではなぜ若者が海外旅行に行かなくなったのであろうか。要因として
は、1990 年代後半から非正規雇用者が増えたことからの低所得者層の増加、メ
ディアの発達により海外の情報を簡単に入手できるようになったこと、レジャ
ーの多様化により海外旅行に対する特別感がなくなってしまうこと3などが考え
られる。
他方、世界の航空業界の趨勢は競争の激化によりサービスの低下の可能性が
増大している。というのは、本年 3 月には周知のように「オープンスカイ協定」
4が取り交わされ、世界の「メガキャリア」5による国際競争の劇的な進行が予想
されている。またこの影響で、日本航空などが経営破綻に追い込まれ、現在再
建案が盛んに取りざたされている。特にこの苦境を乗り越える方策として路線
の削減と人員整理が必至の状況で、これが実際に行われると日本の若者の旅行
離れにさらに拍車がかかる危険が差し迫っている。
そこで我々は Low-Cost-Career(LCC)の可能性に着目したい。LCC とは高密
度の短中距離市場、簡素かつ効率的な運営、単一機種の利用、徹底した低価格、
ノンフリルサービス、インターネット予約を特徴とする新規格安航空会社のこ
とである6。既存大手航空会社が業績不振に苦しむ中、LCC は欧米やアジアで躍
進を続けている。一方、日本では 1990 年代末に新規格安航空会社が参入したが、
欧米やアジアに比べて業績は良くない。もしこの新規格安航空会社が日本で活
躍すれば、低価格で航空機を利用できるようになり、若者が海外旅行に興味を
持つようになるのではないか。そして国内では成田・羽田などの基幹空港以外
の 2 次空港を利用し、新たな航空網を設立することで大手航空会社との住み分
けを図り、基幹空港の航空需要とは違う需要を獲得することができるのではな
いだろうか。
本稿では、まず第 1 章で LCC が最初に登場したアメリカやヨーロッパにおけ
る LCC の登場の背景を示す。第 2 章では LCC の成功モデルとしてマレーシア
のエアアジアを取り上げ、成功要因を分析する。第 3 章では日本の新規参入航
空会社の現状を示し、問題点を分析する。第 4 章では日本における新規格安航
1
空会社の事業成立の可能性をシミュレーションし、大手航空会社との運賃比較
を行う。
第1章 LCCの登場と発展の背景
第二次世界大戦後、各国の航空業界は厳しい参入規制や価格規制により競争
を封じられ、伝統的な大手航空会社の既得権が擁護されてきた。しかし 1970 年
代後半にアメリカで始まった航空規制緩和の流れは欧州やアジアに広がり、大
手航空会社はハブ&スポークシステム7、イールドマネジメント(販売単価管理)8
コンピュータ予約システム(CRS)、インターネットによるチケット販売の拡大
など、新しいビジネスモデルで規制緩和による競争の進展に対応してきた。し
かし、前述の通り 21 世紀の航空業界は 9.11 テロ、燃料の高騰、鳥インフルエ
ンザや SARS などの影響により経営環境が悪化し、大手航空会社が経営不振に
陥る中、低コスト・低運賃で競争に臨む LCC の活躍が目立つようになってきた
のである。
LCC の中には、既存大手航空会社を凌ぐ旅客数を示す航空会社もあり、さら
に既存大手に比べてはるかに低いコストに基づく低運賃を武器に高い利益率を
あげているものもある。
地域別に代表的な LCC の旅客シェアを見てみると、北米航空市場では約 27%
で、2010 年までに最大で 50%まで拡大すると予測されている。サウスウエスト・
エアラインズは国内・国際総合旅客数で世界第 2 位までに成長した。欧州航空
市場では約 30%で、2010 年までに最大で 50%まで拡大すると予測されている。
アジア太平洋航空市場では約 12%、2012 年までには 25%以上に拡大すると予測
されている。アジア最大の LCC であるエアアジアの乗客数は 2002 年 6 月の 61
万人から 2007 年 6 月には 1339 万人(前年比 50.2%増)へと急増している。
項目
北米
欧州
アジア太平洋
会社数
既存
20 社
参入予定 数社
既存 約 55 社
参入予定 数社
既存
約 20 社
参入予定約 10 社
機材総数
約 1,300 機
約 650 機
約 350 機
参入市場
米国内、米~カ
EU 内、大西洋、アフリカ、 国内、国際、 リ
ナダ、カリブ、
バルカン諸島、ロシア
ージョナル
大西洋
旅客市場
米国内 32%
シェア
カナダ 28%
欧州域内 30% 英国 50%
スペイン国際 32% イタリ
ア国際 28%
2
アジア太平洋域内
10%
豪国内 48%
マレーシア国内
51%
フィリピン国内
45%
市場シェ
ア予測
表 1
2010 年までに
最大 50%
2010 年までに最大 50%
世界の LCC の概況
【出典】塩谷さやか『新規航空会社
頁
図 1
2012 年までに
25%以上
事業成立の研究』中央経済社
2008 年 12
世界の LCC 市場シェア
35%
30%
25%
20%
15%
10%
5%
0%
2001年9月
2002年9月
2003年9月
2004年9月
2005年9月
北米
欧州
アジア太平洋
2006年9月
【出典】
CAPA 報道資料(2007) による。原資料は CAPA および OAG 作成資料。
第1節
アメリカにおける LCC
第1項 アメリカにおける LCC 発展の経緯
航空の規制緩和が最初に行われた国であるアメリカでは、1970 年代まで厳し
い参入規制と価格規制が実施されていた9。便数規制や機内サービスにまで規制
がおよび、それらの経済的規制を担当する独立委員会として民間航空委員会
(CAB)が設置されていた。しかし、1960 年代の後半頃から航空産業が順調な成
長をし始め、航空産業に競争政策を導入することを可能にするコンテスタブ
ル・マーケテット理論の登場などにより規制緩和の気運が高まった。コンテス
タブル・マーケティング理論10とは、企業の新規参入障壁が低く、参入が自由で
あり、退出の際も固定費用の回収が可能でサンクコストが小さければ、その市
場では新規参入企業と既存企業の間で有効な競争が行われるというものである。
そして 1978 年航空運送事業撤廃法が制定され、これに沿って次々に規制撤廃政
策が推し進められるようになった。航空運送事業規制撤廃法は市場参入の完全
3
な自由化、価格の自由化を段階的に実現し、1985 年には経済的規制当局である
CAB 自体を解体するという徹底した撤廃を行った。これによりアメリカにおい
て LCC が設立できる土壌が整い、次第に LCC が設立された。LCC はこれまで
高コスト体質であった大手航空会社との生産性の差を活用し、低運賃で市場参
入を行い航空産業に大きな影響を与える一方、既存の大手航空会社は一旦破産
するといった戦略を用いて生き残りを図った。このような大手の生産性改善に
対して、低運賃のみを売りにするチープエアラインと呼ばれる多くは姿を消し
ていった。1970 年代、1980 年代に市場参入を果たし、現在もなお活躍してい
る LCC の中で代表的なものはサウスウエスト・エアラインズであり、LCC の
代名詞とも呼べるまでの企業に成長したのである。
1990 年代末期から再び大手航空会社の経営状況は悪くなり、2000 年の第4
期半(10~12 月)から赤字決算に陥った11。その理由としては、
① ITバブルの破綻等の米国経済の低迷による航空需要の落ち込みにより、
既存大手航空会社がターゲットとしているビジネス客が、企業の経費削減
の影響から単価の安いクラスへの乗り換えを行うようになったこと
② 既存大手航空会社間のシェア拡大に向けての競争の中で、高イールド12顧
客を維持・拡大するための機内設備・サービス競争や顧客データ管理シス
テムに対する過剰投資が行われ、経営体力が弱まったこと
③ 1999 年の労働協約による航空労働者の賃上げ
④ ハブ&スポークシステムを通じて航空需要が高まったため、それに伴いハ
ブ空港における混雑や便の遅れや乗り継ぎの不便さといった不満の増加
⑤ ITの拡充のおかげで顧客側の情報収集・発信が容易になり、航空会社間
の価格、サービスについて簡単に比較できるようになったこと
⑥ 燃料の高騰
等がある。さらに 21 世紀になってからは前述の通り同時多発テロの発生、イラ
ク戦争勃発、SARS の流行、燃料のさらなる高騰によって航空会社の経営はよ
り一層悪化した。これにより、2002 年にはユナイテッド・エアラインズと US
エアウェイズが経営破綻、2005 年には米国第 4 位のノースウエスト・エアライ
ンズが連邦破産法第 11 章13の申請を行った。米国大手 7 社のうち 4 社が会社更
生手続きの保護下に入る事態となった。
このような大手の破産申請により再び市場では LCC が活躍するようになった。
これら LCC はコスト面で高い競争力を持ち財務上の体力も備えており、既存大
手航空会社との競争においてもしばしば優位を見せた。2007 年には LCC の北
米におけるシェアは約 30%になっており 2010 年には約 50%になると予測され
ている。(表 1)
4
第2項 アメリカの代表的 LCC
アメリカの代表的 LCC であるサウスウエスト・エアラインズ14は、1971 年に
テキサス州で設立した。1980 年代には多くの LCC が経営破綻する中で、前述
の通り旅客数で世界第 2 位の航空会社となり、独自のビジネスモデルは多くの
LCC が採用している。その経営戦略の特徴は、既存大手との差別化である。1980
年代以降、既存の大手航空会社がハブ&スポークシステムによりネットワーク
を拡大していった。それに対してサウスウエスト・エアラインズは既存大手の
サービスが十分でない二次空港から短距離・低運賃便を飛ばし、二次空港の活
用を特徴とする、ポイント・トゥー・ポイント戦略を行った15。他社がハブ空港
として利用する主要空港を避けたうえ、混雑が尐なく発着枠に余裕があり空港
使用料が安い郊外の二次空港を利用することにより、コストの削減を行うので
ある。このように、既存の大手航空会社がシェア拡大に重点を置く中、サウス
ウエスト・エアラインズは収益向上に重点を置き大手との違いを鮮明にした。
また、LCC 他社のスケジュールが乱れがちな中混雑の尐ない二次空港の利用に
より多頻度の運航が可能となり、顧客に安心感を与えることとなった。
次に使用機材を統一することにより合理化・低コスト化16を行った。サウスウ
エスト・エアラインズは使用機材をすべて B737 型機に統一17したことにより乗
務員訓練、整備マニュアルの統一、部品調達の効率性などで経費削減を図り、
大量発注によって航空機メーカーから大幅な値引きを引き出すことが可能とな
った。
さらにコーポレート・アイデンティティ(CI)18を確立したことも特徴的である。
サウスウエスト・エアラインズでは従業員や客室乗務員はカジュアルな服装で
業務につき、顧客にフレンドリーに対応することで顧客満足度を高める工夫を
行った。この CI が従業員に浸透したことにより、従業員の会社への高いロイヤ
リティー作りに成功したのである。
第2節 ヨーロッパにおける LCC19
ヨーロッパでの規制緩和20はイギリスとオランダにより行われた。国内航空市
場が小さい欧州各国では、規制緩和と自由化の圧力は欧州内の国際航空輸送の
自由化に向けられた。そして、イギリスとオランダ間の 2 国間航空協定による
オープン化がきっかけとなり、EU において航空輸送の自由化が進んだ。航空規
制緩和に積極的であったイギリス、オランダ、ベルギーでは 1980 年代から、そ
れ以外の EU 諸国においても 1990 年代初頭までには、ほぼ自由な共通政策方針
が導入され21、EU 全域における完全な航空自由化が行われたのは 1997 年であ
った。しかし、それまでにもヨーロッパの航空市場は日本に比べてかなり自由
になっており、その中でイージージェットやライアンエアラインといった LCC
5
が活躍する場を与えられ、ヨーロッパにおける潜在需要を喚起した。
第2章
LCC の成功モデルとしてのエアアジア
第1節 エアアジアの誕生と実績
2001 年 12 月、経営破綻状態にあったマレーシアの航空会社エアアジア22を、
大手レコード会社ワーナーミュージックのアジア地域社員であったトニー・フ
ェルナンデス氏が 1 リンギット(約 30 円)で買い取り、現在の LCC 型ビジネス
形態へと転換を果たした。それからエアアジアは徹底した低運賃、ノンフリル
サービス、機内飲食の有料化、インターネット予約など欧米の LCC と同様のビ
ジネスモデルを採用し、急速な成長を遂げた。2007 年度のロードファクター23は
79.6%と驚異的な数値であり、座席キロ当たりの収入であるイールドは 3.6 円、
座席キロ当たり費用は 2.4 円と世界で最も安いと言われている。さらにタイやイ
ンドネシアなどに子会社を設立し、グループの路線数は 78、機材数は 58(いず
れも 2007 年 8 月)にまで拡大し、乗客数は下記のとおり急増し、22 四半期連続
で利益を上げるという好成績を記録している。
表 2
エアアジア旅客数
年
旅客数(千人)
路線数
2002
610
6
2003
1,481
11
2004
3,291
26
2005
6,301
52
2006
9,312
65
2007
13,992
75
【出典】 エアアジアホームページより作成
http://www.airasia.com/
2009/09/29
第 2 節 エアアジアの成功要因
エアアジアがこれほどまでに急成長した要因として以下に挙げる 5 つが考え
られる。
1 つ目の成功要因として、潜在需要の喚起が挙げられる。エアアジアはこれま
で運賃が高いため航空輸送を利用してこなかった旅客層に、長距離バスと比べ
ても格安な航空サービスを提供することによる潜在的需要の喚起を目標とした。
例えば、クアラルンプール-ペナン間(羽田-名古屋間約 281km に相当する)の
長距離バス運賃が 40 リンギットであるのに対し、エアアジアはその区間の最低
6
運賃を 39 リンギットに設定した。この距離の移動は自家用車で行うと 80 リン
ギットは必要となる距離である24。
またエアアジアはマレーシア国内大手航空会社であるマレーシア・エアライ
ンズとすべての国内線で競合しているが、正面から競争して客を奪い合うので
はなく、大手が捨象してきた潜在旅客需要を対象に低価格航空券を提供するこ
とでニッチ市場を創出し、航空輸送市場全体の規模を拡大し、大手との棲み分
けを図ることを目指した。
2 つ目の成功要因としては、他国子会社の設立などを通じた急激な国際路線の
拡大があげられる。エアアジアは当初、国内線のみ運航を行っていたが、近年
では海外に子会社設立し国際線にもネットワークを拡大している。2006 年 1 月
の時点で、タイ、インドネシア、マカオ、シンガポール、中国、フィリピン、
カンボジアへの国際線の参入を果たしている。子会社設立に関して言えば、2004
年にはタイのシンコーポレーションと合弁でタイ国内にタイエアアジア(エア
アジアの出資率は 49%)を設立し、タイ国内線のみならず、バンコクやプーケ
ット発着の国際線にも進出した。このタイエアアジアは 76%という高いロード
ファクターを短期間で達成し、2005 年 11 月の決算において黒字に転換した。
2007 年の旅客数前年比は 17%増である。またインドネシアにおいては、エアア
ジアは 2005 年にインドネシアの民間航空会社エアインターナショナルを買収
し、49%出資でインドネシアエアアジアを設立し、インドネシア国内線、イン
ドネシア発着の国際線にも進出している。
国際路線拡大は今後も続きインドネシアでは需要の大きいバリ発着便を中心
に運航規模の拡大を、エアアジアはバングラディシュ、ベトナム進出も目指す
と考えられている。
3 つ目の成功要因としては、徹底的なコスト削減が挙げられる。前述の通り、
エアアジアの座席キロ当たり費用は世界で最も低い水準であり、3.16 セント(2.4
円)と驚異的な低コスト体質を示している25。
表 3
座席キロ当たり費用
エアアジア
(米セント)
その他 LCC
(米セント)
人件費
0.33
1.18
燃料費
1.59
1.78
航空機
0.48
0.7
整備費
0.28
0.34
空港使用料
等
0.22
0.97
7
販売・流通費
0.11
0.36
その他
0.15
0.48
合計
3.16
5.81
【出典】エアアジアホームページより作成
http://www.airasia.com/ 2009/09/29
表 3 を見ると、その他 LCC との費用の差に最も寄与している項目は、空港使
用税(35%)、航空機費用・燃料費(30%)、販売流通費(25%)、人件費(10%)で
ある。これらの費用を削減するために、エアアジアは以下に示すような方策を
とっている。
まず燃料費のヘッジ取引調達による燃料リスクの排除、着陸時のエアコン不
使用などの実施により 2005 年には燃料費の 5 割、2006 年には全燃料費をヘッ
ジしたと発表した。これは、近年の燃料費高騰に対し、きわめて有効であった
と考えられる。
次に機体を最大限に有効に活用するためにチェックイン、搭乗時間厳守26、全
席自由席による搭乗時間の最小化を通じた定時性の向上、地上折り返し時間の
短縮27、食事サービスをなくすことによるギャレイ28の座席化を実施している。
また機体購入、整備、維持費、乗務員訓練費の節約のため機材の統一化を推
進しており、当初は 148 席の B737-300 型機を用いてきたが、2006 年以降は
燃費に優れ、180 席提供可能な A320 型機の大量購入を進めた。その結果 2007
年 8 月には前者が 33 機、後者が 25 機となった。今後は次第にボーイングから
エアバスに変更していくと考えられる。これらの機材をすべて購入しているこ
ともコスト低下の一因と考えられる。
整備費などの分野に関してエアアジアは分野によりアウトソーシングと自社
化を使い分けてコストを削減している。アウトソーシングに関しては、エンジ
ンの維持・修理、および循環部品の供給を他社に委託しているが、一方でそれ
までアウトソーシングしていた空港ハンドリング29を自社化し、対前年度比 82%
のコスト削減を達成した。
機内サービスにおいては通常無料サービス(例えば食事や飲み物など)で受け
られるものすべて有料としている。エアアジアが運航している路線は短中距離
路線なので、機内サービスの必要性は小さいと言える。この機内サービスの簡
素化の結果、客室乗務員は 6 人から 3 人へ削減し、さらに機内サービスの簡素
化により機内販売などに従事していた時と比べ疲労度が尐なくなり、日本大手
航空会社は 1 日 4 乗務に対してエアアジアは 1 日 6 乗務が可能になり人件費の
削減も達成している。
運賃については片道のみの販売による簡素化を図っている。また料金は予約
の時期に応じて異なるが、種別は 8 種類に限定している。さらに「100 万席無料
8
キャンペーン」と謳った運賃ゼロのプロモーションや、「99%割引運賃」などを
実施している。
またインターネットの活用により旅行会社への手数料の削減も図っている。
欧米と比べ、アジアではクレジットカードでの支払い、インターネット予約な
どが普及しておらず、IT を利用したコスト削減は困難であるとの指摘があった30。
しかしながら、インターネット普及率が全人口の 18%という低い水準にあった
2003 年のマレーシアにおいて、エアアジアは全予約の約 45%をインターネット
予約によって対応することに成功している。これはインターネット利用への
様々なインセンティブに加え、エアアジアを利用する若者層のインターネット
利用率が高いからであると考えられる。つまり、航空会社が IT 化を進めるうえ
では、その国全体のインターネット普及率そのものが重要なのではなく、LCC
がターゲット顧客層に対しインターネット活用をどれだけ促すことができるか
に依存するという、経営戦略、経営努力の問題であると示すものでもある。
4 つ目の成功要因としては、CI の確立があげられる。エアアジアは格安のみ
を売り物にしているのではなく、マレーシア・エアラインズとのブランドの差
別化を図るため、「格安だが若くてカッコイイ」というブランドイメージの定着
を目指している。
「若い」を強調するためエアアジアは「赤」をイメージ戦略上の色に使って
いる。客室乗務員の制服は、民族衣装をモチーフにしたマレーシア・エアライ
ンズとは対照的に真赤な制服を採用し、「カッコイイ」航空会社を表すために、
2005 年にはサッカーチームのマンチェスターユナイテッドと専属契約を締結し
た。さらに音楽業界出身の若いフェルナンデス CEO のマスコミへの露出を最大
限に図り、「若く活動的で自由な気風の」というイメージを作り上げていった。
これらの「若さ」
「ハイテク」イメージの強調はエアアジアがターゲットとして
いる主な潜在的顧客層の一つが学生であることと関連していると思われる。
5 つ目の成功要因としては、現場主義があげられる。これは直接コスト削減に
つながりはしないがエアアジアでは会社としての「現場主義」へのコミットメ
ントを強調するため、マレーシアのクアラルンプール国際空港内に本社を置き、
従業員・経営陣の接触の機会を増やし、会社の一体感を醸成することに努めて
いる。本社の社員が旅客の苦情に直接対応することを通じて運航時間厳守とい
った問題に会社全体で取り組ませることを目的としており、会社全体の「コス
トカルチャー」意識向上につながっていると考えられる。
第3章
第1節
日本における LCC の成立と現状
規制緩和までの経緯
9
日本は 1970 年代以降、規制緩和の世界的な流れの中から取り残されていった。
1970 年代はアメリカやイギリスは規制緩和を始めていったが日本は 45・47 体
制31の下で航空産業の保護を図ろうとした。45・47 体制は各航空会社の担当領
域への相互参入を完全に禁止した保護的な政策であった。1986 年に運輸政策審
議会の答申を受け 45・47 体制は撤廃されたものの、厳しい需給調整規制は継続
された。需給調整規制とは、量的事業規制とも呼ばれ、供給者の数や供給量を
規制する規制のことである。また、普通運賃については幅運賃制度が 1996 年に
導入されて、いくらかは緩和されたものの、新規参入の可能性については羽田・
成田などの発着枠の制約を理由に、運輸省・既存大手航空会社ともに否定的で
あった。日本において自由化は 2000 年の航空法改正によってようやく実現され
た。
2000 年の航空法改正32は、
① 運賃を事前の届出制に変更し、不当に高い、運賃や競合社の締め出しを狙
ったダンピングに対してのみ事後に運賃の変更を命ずる制度を採用する。
② 路線の需給調整を撤廃し、路線の設定や増減便を航空会社の届出だけで可
能とする。
③ 路線ごとの免許制を廃止し、事業の運営能力を審査する制度を採用する。
④ 路線ごとに認可していた機長の路線資格制を廃止する。
等を内容とするものである。これにより法律上、航空会社は、自社の経営判断
で自由に路線、便数、運賃を設定できるようになり、欧米とほぼ同水準の航空
自由化が達成されることになった。航空法の改正により、1997 年には航空運賃
の設定が一部自由化され、安い運賃を看板にスカイマークエアラインズ(現スカ
イマーク)や北海道国際航空(AIR DO)などの新規参入会社が就航したが、既存大
手による同額程度の対抗運賃の設定で苦戦を強いられ、AIR DO は民事再生法
の適用を申請、全日本空輸(JAL)の支援の下で経営再建を強いられた。他にも新
規参入を予定しながら就航できずに消滅した企業も多い。日本航空(ANA)、全日
本空輸(JAL)の日本大手 2 社の壁は厚く、ほとんどの新規参入の航空会社におい
てビジネスモデルの確立が難しくなっている。
第2節
新規格安航空会社の現状と失敗の要因
日本の航空市場は JAL、ANA による寡占状態が進んでおり、多くの新規航空
会社の進出は難しい状況となっている。2006 年度の国内市場におけるシェアは
ANA が 47.6%で JAL が 44.7%33であり、2 社で国内シェアの 9 割以上を占めて
いる。スカイマークや AIR DO など日本の新規航空会社は、経営規模が小さく、
設備投資、乗務員の確保、整備などバックヤード体制において大手に対抗でき
ていない。また、既存大手は、他路線での競争に余裕があることを背景に、一
10
時的に新規航空会社の運賃と同等またはそれを下回る運賃を設定し、新規参入
航空会社を市場から駆逐しようとしている。
新規航空会社が失敗した主な原因としてコスト削減のための努力が不徹底で
あることが挙げられる。例えば、LCC において使用機材を単一機材に限定し乗
務員の訓練費、整備費などの節約を図ることは重要である。しかし、AIR DO や
スカイマークでは、就航当初は B767 型機を使用していたものの、その後 B737
型機を導入するなど機材の不統一が見られる。また、エアアジアはノンフリル
サービスを LCC の特色として売り込んでいるが、これに対し AIR DO、スカイ
マーク等日本の新規航空会社は、無料のドリンクサービスを提供するなどノン
フリルサービスが徹底されているとは言い難い。
販売体制にも問題があると言える。エアアジアにおいて販売費用の簡素化・
コスト削減のために IT 販売網に力を入れている。これに対し日本の新規航空会
社の場合、例えばスカイマークは旅行会社の HIS との創業以来の密接な関係か
ら多くを HIS に頼り、AIR DO・スカイネットアジア航空は、ANA との密接な
関係から ANA の販売システムに依存しているように、独自の IT を通じた販売
網を有していない。
また経営戦略において問題と考えるのは、どの客層をターゲットとしているか
明確でない点である。たとえばエアアジアでは通常飛行機を利用しない中低所
得者にターゲットを絞るといったように自社の顧客のターゲットが特定化明確
化されている。それに比べ、日本の新規各社は低賃金を打ち出しながらも当初、
観光客、一般旅行客、ビジネス客といったすべての顧客に対して顧客ターゲッ
トの絞り込みを行わず、低賃金のみで対処しようとしてきた。つまり、低運賃
以外にセールスポイントがなかったのである。
そして、最大の問題は、これら新規航空会社が羽田における発着枠を確保す
ることが非常に困難であったということである。発着枠を確保できないことに
より、路線展開を自由に行なえず、便数が尐なくなってしまったのである。日
本では、国内の航空輸送量の 2/3 を羽田空港の発着枠を占めており、基幹空港へ
の顧客が集中している34。また、国内空港の規模は小さく、成田・羽田ともに航
空需要が発着枠の上限を超える日は 2010 年の発着枠の拡大を含めても国際線
で 2010 年頃、国内線で 2017 年頃とされている。さらに、それらの発着枠は既
存大手航空会社がほとんど占有しており、新規参入企業は運賃を安くしても十
分な発着枠が与えられなければ競争は困難である。
第 3 節 LCCの受け皿としての二次空港の積極的活用・茨城空港
日本初の LCC の本格的な受け皿として注目されているのが 2010 年に開港予
定である茨城空港35である。茨城空港までは高速バスで東京駅から約 85 分、水
11
戸駅から約 30 分、つくば駅から約 45 分というアクセスの良さに加え、主に関
東近郊の住民のために 1300 台分の無料駐車場も設置されている。また自衛隊の
軍用空港であったものを共用空港に作り替えているので、全体の事業費は約 220
億円半と他の空港分以下で抑えられ、茨城空港は共用空港のため全体事業費の
1/3 の 70 億円を茨城空港が負担している。
首都圏における今後の航空需要予測によれば、2010 年の羽田・成田の発着枠
の拡大を含めても、2011 年ごろには国際線発着枠の上限を国際線需要が上回る
とされている。茨城空港は国内線・国際線の基幹空港である羽田・成田と完全
に役割分担し、LCC を積極的に受け入れ、チャーター便やビジネスジェットに
も対応する。
茨城空港のターミナルは国内初の LCC 対応ターミナルであり、航空機の発着
方法やターミナルの作り自体も他の空港とは異なる。例えば、プッシュバック36
を行わずに自走式による航空機運用を行うことにより低コストのハンドリング
体制を行うことができる。さらに、ボーディングブリッジ(搭乗橋)を使わずにタ
ラップ(階段)によって乗り降りを行う。それにより高コストの施設使用利用料が
かからないだけでなく、空港の 2 階が出発ロビーである必要もなくなり、1 階に
到着ロビーと出発ロビーを集約可能になる。それにより 2 階に空港責任者を配
置しなくて済むため人件費が削減されるだけでなく、空港ターミナルが簡素化
され、ターミナル建設費も削減される。このようにして茨城空港は徹底したコ
スト削減により羽田・成田とは違った需要の獲得を目指している。
第 4 章 新規航空会社のシミュレーション
今までの LCC の成功要因をまとめると、
① 既存大手に比べて労働生産上のコスト優位
② 同一機材で特定路線にのみ集中して営業することによるコスト優位
③ ノンフリルサービスや IT 化による低コスト対策
④ 低運賃
⑤ 二次空港使用による既存大手との棲み分け
⑥ 顧客ターゲットの絞り込みとそれに対応したマーケティング戦略
⑦ LCC=チープエアというイメージ定着の回避
⑧ CI(コーポレート・アイデンティティー)の確立
⑨ 海外路線への進出
⑩ 潤沢な資本金
である。
そこで、これらを特徴とする新規格安航空会社を提案したい。それにより、
深刻な状況にある若者の海外旅行離れを食い止めることができると想定する。
12
さらに国内においては鉄道や高速バスよりも低運賃で、所要時間も短いという
前例のない交通機関が成立可能である。また今回提案する新規格安航空会社は、
リスク分散、成功しているビジネスモデルの導入、人件費削減などの理由から、
第 2 章で LCC の成功モデルとして分析したエアアジアと地方自治体との共同出
資による合弁企業とする。今回のシミュレーションでは、この新規格安航空会
社の名称を「エア・ジャパン・アジア(AJA)」とする。
また今回のシミュレーションでは、AJA が日本で設立可能な環境であり、潤
沢な資本金を備え、既に運航も開始されている状態、という条件の下で、1 年間
の総コスト、収入を想定し、そこから日本に上記の成功要因を満たす LCC が設
立された場合の運賃を割り出し、既存大手との運賃を比較するところまで論を
進める。
第1節 ビジネスモデルの想定
第1項 拠点空港・顧客ターゲット
第 3 章で分析したように、今までの日本の新規航空会社は羽田空港を起点と
した路線を展開しているが、羽田空港には厳しい発着枠制限があり、2010 年に
発着枠が拡大するが極端に増加するわけではない。そこで成功している LCC の
例に倣い、我々は首都圏における二次空港となるであろう茨城空港を拠点とし
た路線構造を採用する。茨城空港は 2700m の滑走路が 2 本整備され、アジア路
線を中心とする中距離の国際線も就航可能である。第 4 章の第 3 節で記した通
り高速バスで東京駅から約 85 分と、関東圏内の国際線の基幹空港である成田空
港と比べても遜色がない程アクセスが良く37、茨城県はもちろん、空港が県内に
存在しない栃木県や群馬県などの首都圏北部を中心に、居住地域や交通手段に
よっては首都圏全域からの旅客を取り込むことができる可能性を有する。また
既存企業による既得権がなく、羽田空港のように発着枠の制約もないので新規
航空会社にとって多くの便が確保できる。さらに茨城空港は独自に空港使用料
を設定できる第三種空港に分類されるので、羽田空港や成田空港と比べて空港
使用料を安くすることが可能である。
以上のような理由により、今回のシミュレーションでは、これら二次空港と
しての利点を備えた茨城空港を拠点とすることが妥当と考える。
上記のとおり東京駅から成田空港、茨城空港への高速バスでの所要時間が同
水準であること、相対的に所得水準の低い若者層にとって低運賃を武器とする
LCC は魅力的であると考えられること、エアアジアの主な潜在的顧客ターゲッ
トが若者であることなどの理由から、こうした顧客戦略を展開することができ
る。
13
第2項 路線構造・年間旅客人数予測・便数・必要機体数
今回のシミュレーションでは短距離・中距離の路線を設定し、小型機で運航
頻度を高めて運航する、LCC の典型的なモデルを採用する。路線構造はコスト
節約の観点からすべてポイント・トゥー・ポイントの直行便とする。また、今
までの日本の新規航空会社の路線は国内線に限定されてきたが、欧米やアジア
で成功している LCC の多くは国際線にも進出していることから、また紙幅の関
係上、国際線に限定したビジネスモデルでシミュレーションを行う。
国際線の路線構造だが、LCC の特徴である短距離・中距離路線を設定するの
で、就航先はアジア圏内の需要の高い路線を採用する。成田空港の路線別旅客
数の統計資料がないため、採用した路線の年間旅客人数を予測する際、既存航
空会社の 2009 年度の成田空港発着便数と就航機材から提供座席数を求め、ロー
ドファクターを 70%として、路線別旅客数を推計する。さらにこの推計した成
田空港発着路線の年間旅客数を参考に38、採用した茨城空港発着の各路線の年間
旅客数を想定する。この際の茨城空港のシェアは、採用路線の成田空港利用者
全体の 30%とする。30%とした理由としては、東京駅からの所要時間は成田空
港と同水準であるが、主な航空会社の拠点空港は成田空港であることが挙げら
れる。
国際線の運航路線、所要時間、距離、予測した年間旅客人数、1 日当たりの便
数、必要機体数は以下の通りである。
表 4
茨城空港からの国際線39
距離
路線
所要時間(分)
上海
120
1,777
226,665
6
2
ソウル
140
1,212
257,872
5
1
台北
150
2,128
213,525
4
1
バンコク
275
4,590
229,950
6
3
北京
180
2,100
225,351
6
2
香港
220
2,916
90,338
3
1
クアラルンプー
ル
370
5,340
98,550
2
1
ホーチミン
260
4,329
85,410
2
1
(km)
年間旅客数(人)
便数 必要機体数
なお便数に関しては路線ごとの所要時間から 1 機体が 1 日当たりの可能運行便
数を算出し、次に路線ごとの年間旅客数から必要機体数を算出した。この際の空
港運営時間は 14 時間、折り返し時間は 30 分とする。
14
第3項 使用機種・燃料費
使用機種にはエアバス社製の A320 型を採用する。A320 型は座席数 150 席
で多頻度運航を行うのに適している。また国際路線を運航することを考えると、
航続距離が 5550 ㎞で近距離国際線に対応できる A320 機の使用は有効である。
A320 型の価格及び主要仕様は以下の通りである。また 1 年間で 12 機もの機体
を購入するというのは現実的ではないので、今回はすべてリースとする。総年
間リース料=1 機あたりの年間リース料×リースする機体数であるので、この式
から総年間リース料を算出すると、61 億 2000 万円となる。
表 5
機体管理データ
機体価格 (100 万ドル)
43 日本円価格(100 万円)
4,730
最大離陸重量(t)
73.5 座席数
150
年間リース料(100 万円)
510 年間償却率(100 万)
250
【出典】塩谷さやか, 前掲, 156 頁
上昇・巡航・下降・IFR ロス40・地上の運行時間ごとの A320 型機における 1
時間当り燃料消費量は以下の通りである。
表 6
燃料消費量(2 時間運行の場合)
ガロン/時
時間(分)
消費量(ガロン)
上昇
890
10
148
巡航
690
80
920
下降
450
10
75
IFR ロス
670
5
55
地上
150
15
38
【出典】塩谷さやか, 前掲書, 156 頁
表 7 の燃料消費量を合計すると、2 時間の運航では燃料消費量は 1,236 ガロン
である。よって 1 時間当たりの燃料消費量は 620 ガロンとである。これに従っ
て、A320 型の 1 時間当たりの平均燃料消費量は 620 ガロンとした。
燃料単価は 1 バレルあたり 8,250 円と設定する。また 1 バレル=42 ガロンで
あるので、1 ガロンあたりの燃料単価は 196 円となる。年間燃料費=年間運航
時間×時間当たり消費量×燃料単価であるため、この式から年間燃料価格を算
出すると、49 億 3080 万円となる。
第4項 空港使用料
空港管理規則第 11 条の規定によると航空機は着陸 1 回ごとに着陸料・停留
料・ボーディングブリッジ使用料等を支払わなければならない。空港着陸料は
15
機体の最大離陸重量によって異なる。今回使用する A320 型の最大離陸重量は
73.5t であるため、空港着陸料は 25t を超え 100t 以下の重量については、1回
の着陸につき 1t ごとに 1,400 円の空港着陸料を支払わなければならない。茨城
空港は共用の第 3 種空港であるため空港着陸料を独自に設定できるが、今回は
規定料金で運航を行う。また、空港停留料は 1 日 6,000 円と設定する。ボーデ
ィングブリッジ使用料は今回のシミュレーションではボーディングブリッジ自
体を使用しないため含まない。茨城空港の年間使用料=A320 の最大離陸重量×
1t 当たりの空港着陸料×1 日当たりの発着便数×運航日数+1 日当たりの空港停
留料×総機体数×運航日数であるので、この式から茨城空港の年間の空港使用
料を算出すると 13 億 327 万円と算出された。
茨城空港の空港使用料については以上であるが、海外の空港使用料について
も考えなければならない。国際線の路線別一人当たり空港使用料と路線別の空
港使用料は以下の通りである。
表 7
空港使用料41
行き先
1 人あたり空港使用料
(円)
国際線路線別空港使用料
(円)
上海
1,025
232,331,625
ソウル(金浦)
2,100
541,531,200
台北
1,200
256,230,000
バンコク
2,600
597,870,000
北京
1,025
230,984,775
香港
1,800
162,608,400
160
15,768,000
1,400
119,574,000
クアラルンプー
ル
ホーチミン
路線別の空港使用料は1人当たり空港使用料×上記の路線別旅客数で求めた。
1 年間あたりの総空港使用料=路線別空港使用料の合計+茨城空港の空港使用
料である。この式から算出すると 34 億 6017 万円となる。なお、クアラルンプ
ールの料金が低いのはエアアジアの LCC 専用ターミナルを使用したためである。
第5項 整備費
整備費については、AJA はエアアジアとの合弁企業であるので、エアアジア
が既に所有している整備施設の使用によるコスト削減考えられるが、茨城空港
を拠点としているため日本国内における整備も必要である。したがって今回は
計算の簡素化を図る為、整備については既存大手に委託することで統一する。
16
これらの水準はスカイマークのケースに倣う。
1 機当たりの整備費、年間整備費は以下の通りである。年間整備費は年間運航
時間と機体数と表 9 から算出できる。
表 8
表 9
一機当たりの整備費
エンジン OVH 費用(円/時)
機体 OVH 費用(円/時)
18,571
8,333
年間整備費
エンジン OVH 費用(円)
760,821,825
機体 OVH 費用(円)
338,111,475
滞空検査整備費用(円/時)
10,000
滞空検査整備費用(円)
405,750,000
定期点検整備費用(円/機)
10,000,000
定期点検整備費用(円)
120,000,000
部品費用(円/機)
20,000,000
部品費用(円)
240,000,000
1,864,683,300
合計
第6項 人件費・訓練費
第 2 章で分析したように、エアアジアは労働生産性を高めることにより人件
費を節約することに成功している。このことから、今回のシミュレーションで
は労働生産性が高いこと、また合弁企業であるので海外の労働者を採用できる
環境であることを前提に、既存大手よりかなり低めの水準に設定する。
国際線運航乗務員の必要人数=国際線 1 機あたりの平均年間運航時間×国際線
の機体数÷運航乗務員の平均年間労働時間で算出できる。同様に、必要客室乗
務員数を算出する。一般職員は旅客数 5,000 人に対して 1 人とする。
運航乗務員・客室乗務員・一般職員・役員の一人当たり年間人件費、人数、
年間人件費は以下の通りである。
表 10
人件費
一人当たり人件費(円/年)
必要人数(人)
総人件費(円/年)
運航乗務員
10,230,000
84
859,320,000
客室乗務員
4,280,000
126
539,280,000
一般職員
3,430,000
288
987,840,000
17,250,000
20
345,000,000
役員
2,731,440,000
総人件費合計
運航乗務員の訓練については、経営資源が既存大手に遍在しており、そこか
らのアウトソーシングに頼ったことが日本の新規航空会社が経営難に陥った要
因の一つであることを考慮し、長期的なコスト節約のため、運航乗務員は自社
養成を目指す。自社養成の場合の水準は、機材の統一により既存大手航空会社
の訓練費に比較するとかなり削減できると考え、日本の既存大手や新規航空会
17
社の実績等を参考に一人あたり 1,738 万円と想定する。運航乗務員は 84 人なの
で、総訓練費は 14 億 5992 万円となる。
第7項 総費用・座席キロ当たりコスト
これまでに記載してきた各項目の年間費用、年間総費用は以下の通りである。
表 11
年間費用
機体リース料(円)
6,120,000,000
燃料費(円)
4,930,800,000
空港使用料(円)
3,460,170,000
整備費(円)
1,864,683,300
人件費(円)
2,731,440,000
訓練費(円)
1,459,920,000
総費用
20,567,013,300
AJA の年間コストは 205 億 6701 万 3300 円と算出された。ここから旅客 1
人当たりが 1 回のフライトで負担する平均コストを算出する。一人当たりコス
ト=総費用÷年間旅客数であるので、 14,406 円と算出される。
次に座席キロ当たりコストを求める。座席キロ当たりコスト=一人当たりコ
スト×8 路線÷8 路線の 1 フライトでの運航距離の合計である。この式から算出
すると AJA の座席キロ当たりコストは 4.7 円となる。
座席キロ当たりコスト 4.7 円という数値は、第 1 章で欧米の代表的な LCC と
して言及したサウスウエスト・エアラインズ(5.6 円)やライアンエアライン(4.8
円)と同水準と言える。また、第 3 章で分析したように、厳しい状況にある日本
の新規参入航空会社であるスカイマーク(10.4 円)や AIR DO(11.6 円)と比較する
とかなりコストを削減出来たと言える。
第8項 路線別運賃・既存大手との比較
ここでは、AJA の運賃を路線別に算出する。第 2 章の分析結果から、エアア
ジアのビジネスモデルでは、座席キロ当たりコストが 2.4 円、イールドは 3.6 円
となっている。つまり、座席キロ当たりコストに 50%の利益を上乗せし、算出
された数値がイールドである。したがって AJA のイールドは 7 円とする。イー
ルドは座席キロ当たり収入のことなので、路線別旅客 1 人当たりの収入、つま
り路線別運賃はイールド×路線別運航距離で算出される。今回のシミュレーシ
ョンでも同様の方法を用いることとする。算出された路線別運賃と大手普通運
賃は以下の通りである。大手普通運賃は IATA で定められた運賃の平日、片道の
運賃である。
18
表 12
路線別運賃
運賃(円)
大手普通運賃(円)
12,400
138,100
8,500
90,900
台北
14,900
125,000
バンコク
32,100
222,300
北京
14,700
173,600
香港
20,400
151,000
クアラルンプール
37,400
239,300
ホーチミン
30,300
214,700
上海
ソウル
表 12 を見ると、AJA の運賃は大手普通運賃の約 90%引きの運賃水準である
ことがわかる。今回は紙幅の関係上省略した国内線だが、参考として AJA の国
際線の運賃設定を適用した場合の運賃水準を以下に記載する。
表 12
国内線路線別運賃
AJA 運賃
(円)
大手普通運賃(円)
スカイマーク
新幹線
高速バス
(円)
(円)
(円)
神戸
3,200
22,500
10,800
那覇
11,000
40,800
21,800
6,000
36,700
18,800
6,500
33,500
17,800
北九
州
旭川
14,050
3,500
22,320
アジアで成功を納めている LCC、エアアジアのビジネスモデルに倣い、日本
におけるエアアジアとの合弁企業 AJA 設立のシミュレーション行ってきたが、
国際線においては大手普通運賃の 90%引きの運賃水準が可能であること、国内
線においては高速バスと同水準以下の運賃を設定できる可能性があることを示
すことができたと言える。
第2節 アンケート結果
第 1 節では、新規航空会社設立におけるコスト面、運賃面での考察が中心と
なり、それ以外の経営要素である CI の確立、サービスの在り方、経営者の質に
ついて十分に触れることができなかった。そこで、中でもエアアジアの 5 大成
功要因の 1 つである「CI の確立の重要性」について、以下の表のようなアンケ
ートを実施した。
質問:あなたは次のうちどの航空会社を利用したいと思いますか。
19
(機内サービスのない航空会社 2 社は同価格の運賃とする)
アンケート結果では、「機内サービスはないが CI を確立している航空会社」
を選択した人が 39.2%を占めているのに対し、「格安でも CI を持たない航空会
社」を選んだ人は 17.6%で、33.0%の「機内サービスがある一般的な航空会社」
に务る。つまり、運賃が安くてもはっきりとした CI を持たない会社は信頼性に
欠け、それならば格安ではなくても、既存大手のような安心、サービスを得ら
れる航空会社を選択する、という人が多いことがわかる。
また第 1 章におけるシミュレーションの結果得られた運賃水準を例として挙
げ、LCC が日本に就航した場合利用したいか、という質問対し、「利用したい」
と答えた人は 89.9%、
「今後 LCC を利用して海外旅行に行く機会が増えると思
う」人は 73.7%にも上った。以上のように、若者たちにとって明確な CI を確立
している新規航空会社は非常に魅力的であり、海外旅行離れを食い止めるため
にも効果的であるという結果を得られた。
図 2 アンケート結果
対象:18~30 歳 男性 104 人,
女性 75 人
計 179 人
終章
本稿では、エアアジアのビジネスモデルを採用し、日本においてエアアジア
と地方公共団体との合弁企業 AJA が成立可能であるかシミュレーションした。
その結果、日本において AJA の成立は十分可能であり、既存大手と比較すると
非常に格安の航空運賃を提示することが出来た。我々が提案した航空会社、運
20
賃の実現により経済的に旅行に行けなかった若者に機会を与えるとともに、今
まで旅行に魅力を感じていなかった人々にも割安で身近な選択肢となってくる
だろう。
実際に班員でマレーシアを訪れ、エアアジアに搭乗した際には「思っていた
より快適」
「離着陸の際にポップな音楽が流れていて、若者を意識していると感
じた」「ボーディングブリッジが無くても苦ではない」「食事をとっている人は
尐なく、乗っている時間も長くないので、無駄なコストがかからなくて良い」
などの意見、感想が挙がった。さらに、その際のクアラルンプール-シンガポ
ール間の往路チケット 79 リンギット(約 2400 円)、複路チケットはキャンペー
ンのため無料であったのだが、このような価格が日本でも実現された時、海外
旅行はより魅力的なものになるだろう。
しかしながら、今回は創業時の資本金、設備投資費用については紙幅の関係
上論じることができなかった。またシミュレーションも単年度の観点からのみ
であった。本稿の実現可能性を示すためには資本金、設備投資などを提示すべ
きであり、複数年間分のシミュレーションを行うべきであった。これら検証の
余地が残されている部分は今後の課題としたい。
結びとして、本校を書くにあたってご協力していただいた多くの皆様に深く
感謝の意を表したい。
注記
http://www.moj.go.jp/ 法務省 2009/9/20
同上書
3 東洋経済新報社『週刊東洋経済』2009/3/28
47-51 頁
4 2 国間の航空路線、便数、運賃、空港の発着枠の設定を航空会社が原則的に自由に設定で
きるようにする政府間協定。2008 年 3 月 30 日に EU と米国との間で発効された。
5 日本大手航空会社。全日本空輸(ANA)、日本航空(JAL)。
6 茨城県企画部空港対策課 『百里飛行場民間共用化事業の現況』2009/06
7 基幹空港(ハブ)を定め、そこから放尃状のスポーク網(路線)を展開し、直行路線よりもハ
ブでの乗換えを原則とするネットワーク・システム
8 フライトごとに利潤の最大化を図る運賃設定・販売単価管理方式
9 村上英樹『日本の LCC 市場における競争分析:米国 LCC の事例を参考に』経済科学研
究所 紀要 第 38 号 83 頁(2008)
10 和田充夫・三浦俊彦・恩蔵直人『マーケティング戦略』有斐閣アルマ 2006/03
11 塩谷さやか『新規航空会社 事業成立の研究』中央経済社
2008/03/30 19 頁
12 旅客1人当たりの 1km または 1 マイルあたりの売上高
13 米国の連邦破産法第 11 章は、企業再生のための措置として用いられることが通常であり、
適用が認められれば、減資、負債の減免、リース契約の有利な改定・解除、労働協約の破
棄、年金債務の年金給付公社への転嫁が可能になるなど、事実上私企業に対する国家的な
1
2
21
救済措置といえるものである。
14 塩見英治『米国航空政策の研究』文眞道
2006/04/28 223-236 頁
15 永井昇『米国低コスト航空企業の経営革新』内外出版
2006 年
16 Freiberg, Kevin and jackie Freiberg, Nuts!:Southwest Airlines’ Creazy Recipe for
Business and Personal success, Broadyway Books, 1998
17 同上書
18 同上書
19 Barrett, Sean D. , “Market Entry to the full Service Airline Market: a Case Study
from the Deregulated European Aviation Sector”, 2001, Journal of Air Transport
Management, Vol.7, Issue 3 , pp.189-193
20 大洞聖子「奮闘
欧州「格安航空会社」成功の秘密」『週刊エコノミスト』第 81 号,第 5
号,100 頁
21 塩谷さやか,
前掲書, 33 頁
22 Christensen ,C.M, The Innovator’s , Dilemma : When New Technologies Cause Great
Firms to Fail , 2000, Harper business
23 有償座席利用率のこと。航空機1機あたりのロードファクターは、総座席数に対し有償
旅客がどのくらい乗っているかを示した数字で、座席の販売状況を計る指標となっている。
24 塩谷さやか, 前掲書,
46-55 頁
25 AirAjia(2007), Fourth Quarter 2007 Result, 30 Aug. 2007
26 エアアジアのチェックインは出発 45 分前に終了し、その後は搭乗不可、リファンドもな
い。また出発 15 分前までに搭乗しなかった旅客は航空機に乗ることができない。エアアジ
アのプレスリリースでは 98%の便が出発時刻の 15 分以内に離陸していると報告されてい
る。
27 平均 45 分から 22 分に短縮し、航空機 1 日あたり使用時間 7 時間から 11 時間に増加さ
せた。
28 機内食を保存する場所
29 空港地上業務
30 Harbison, Peter et al., Low Cost Airlines in the Pacific Region , Center for Asia
Pacific Aviation 2002
31 航空産業に関する 1960 年(昭和 45)の閣議了解および 1962 年(昭和 47)の大臣通達
を意味する。①JAL に国際線定期便の一元的運行を認める②国内線は JAL、ANA を中心に
東亜国内航空を加えた 3 社が運営する③国内ローカル線の定期便は ANA と東亜国内航空の
2 社とする、等を内容とするものである。
32 塩谷さやか,
前掲書, 105-106 頁
33 同上書,
34茨城県企画部空港対策課, 前掲書
35同上書
36 飛行機はエンジンの推力で飛ぶ構造になっており後退することができないため、専用車
両で後退させる。
37茨城県企画部空港対策課, 前掲書
38 http://www.narita-airport.jp/jp/ 成田空港
2009/10/01
39 同上書
http://www.mlit.go.jp/statistics/details/index.html 全国幹線旅客準流動データより作
成 2009/10/01
40 IFR=計器飛行方式
41 IATA(2007)に基づき作成
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