結 核 と H I V

6.エイズ対策の実際
⑪結核と HIV について
結核研究所国際協力部
村上邦仁子
(第 2 版)
1.結核について
1-1.世界と日本の結核の状況は?
1993 年、WHO は世界結核緊急事態宣言を発表しました。世界中で、人口の 3 分の 1 にあ
たる 20 億人以上の人々が結核菌に感染しており、2008 年には、新規結核患者数が 940 万人、
結核で亡くなった人々は 180 万人と推定されました。患者数の多い 22 カ国が世界の結核患
者の 80%を占めますが、このうちの半分はインド、中国、その他のアジア地域の国々です。
一方、サハラ以南のアフリカ諸国では、1980 年代以降、HIV/エイズの影響を受け、結核患
者数が増加しています。
図:2007 年 国別の推定結核患者
(WHO Report より)
日本では、かつて結核は国民病として恐れられていましたが、国をあげての対策や有効
な治療法が功を奏し、患者数は激減しました。しかし今でも、日本の結核罹患率は人口 10
万人あたり 22 人(2005)で、10 人以下である欧米先進国に比べるとまだ多いのが現状です。
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グラフ:2005 年世界各国と日本の全結核届出率
(日本結核発生動向調査、WHO Report を参照し、筆者作成)
180
160
(人口10万対)
140
120
100
80
60
40
20
0
アメリカ オランダ
英国
日本
ブラジル
中国
インド
フィリピン
1-2.結核は、どうやって感染して進行するの?
結核は、結核菌という長さ 1~4 ミクロン(1 ミクロンは 1000 分の 1 ミリ)の小さな細菌による感染
症です。結核を発病した人の痰の中には、結核菌が大量に含まれていることが多く、その
人がせきやくしゃみをする時、そのしぶきと共に結核菌が飛び散り、それをそばにいる人
が吸い込むことにより感染します。しかし、結核菌を吸い込んでも 100%感染するわけでは
なく、多くの場合は体の抵抗力(免疫)により、外に追い出されます。結核菌が肺に入っ
て増え始めると、軽い肺炎のような変化が起きますが、そのうち人間の体のほうに結核菌
に対する免疫が出来あがり、結核菌は抑え込まれ、肺の中で冬眠状態に入ります。この状
態を「結核に感染した」といいます。感染してから、全ての人が発病するとは限らず、大
部分の人は、そのまま一生を過ごします。何らかの原因(高齢、過労、栄養不良、エイズ・
癌など他の病気による体力低下)で人間の免疫が弱くなると、冬眠していた結核菌が目を
覚まし、暴れ出します。この状態を「結核を発病した」といいます。感染した人が発病す
る確率は、5~10%です。
1-3.結核の症状は?
結核菌は、主に肺で暴れます(肺結核)。また、肺以外の臓器や全身に拡がって暴れる
こともあり(肺外結核)、リンパ節、腎臓、骨、脳、胸膜、咽頭、腸、皮膚、など、体の
ほとんどの部分でその可能性があります。肺結核を発病した初期は、カゼと似た、せき、
痰、発熱などの症状がでますが、特徴はこれらの症状が 2~3 週間と長引くことです。全身
症状として体がだるい、食欲が無くなる、体重が減る、夜間に大量の寝汗をかく、なども
認められます。治療せずに放置し、重症になれば、死に至ることもあります。
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1-4.結核の診断は?
結核菌に「感染」しているかどうか診断するための検査方法は、ツベルクリン反応検査、
クォンティフェロン検査などがあります。ツベルクリン反応検査は、ツベルクリン液とい
う結核菌の成分を皮膚の内部に注射して、48 時間後に判定します。結核菌に感染している
人や、過去に BCG 接種を受けた人では、結核菌が侵入したと思って人体がアレルギー反応
を起こし、注射部位の皮膚が硬くなるような反応が起こります。一方クォンティフェロン
検査は、血液検査で結核感染の有無を調べることができますが、高価な検査なので、途上
国での実用化にはいたっていません。
肺結核を「発病」しているかどうか診断するための検査方法は、まず痰を調べる検査が
重要です。痰の一部をプレパラートに塗りつけて染色し、顕微鏡で調べる検査を、喀痰塗
抹検査といいます。1ml の痰のなかに 1 万単位の結核菌がいると、塗抹検査で結核菌が検出
され、「塗抹陽性」という結果になります。結核菌の数が少なく、顕微鏡では見つけられ
なかったり、そもそも結核菌がいない場合には、「塗抹陰性」という結果になります。そ
の場合は、結核菌の発育に必要な栄養を含む培地に痰を植えつけ、結核菌が生えるかどう
か検査する、喀痰培養検査が行われます。同時に、前述の喀痰検査で肺結核と診断されな
い場合でも、胸部レントゲン検査では診断されるケースもあります。このような喀痰培養
検査、胸部レントゲン検査は、共に日本では通常の検査として行われていますが、途上国
では、設備・費用・技術の問題があり、まだ一般的ではありません。
1-5.結核の予防は?
結核に感染しないように普通のマスクをしていても、予防できません。「N95」という、
予防のための特殊なマスクもありますが、高価でかつ医療者向けなので、一般的ではあり
ません。一方で、患者さんがせきやくしゃみをするときに、マスクやハンカチで口を覆う
ことを心がければ、空気中に浮遊する結核菌の数を減少させ、他人への感染のリスクを下
げることができます。また、結核菌は紫外線に弱く、日光に当たると数時間で死滅します。
日光を取り入れる工夫をしたり、空気の入れ替えを定期的に行う、などの基本的なことも、
結核菌の感染拡大の予防には有効です。
予防接種としては BCG があります。特に子供の重症な結核(髄膜炎など)の予防に有効
で、生後できるだけ早い時期の接種が世界中で推進されています。日本では生後 4~6 か月
までに 1 回受けるように勧められています。
1-6.結核の治療は?
現在 10 種類以上の薬剤が、抗結核薬として認められています。以前は 1 年以上の治療期
間が必要でしたが、現在世界的に推奨されている治療は、6 ヶ月間です。強い薬剤である、
リファンピシン(RFP)、ヒドラジド(INH)という 2 種類を軸に、最初の 2 ヶ月間(集中
治療期 Intensive Phase)は 4 剤を服用、続く 4 ヶ月間(維持治療期 Maintenance Phase)は 2-3
剤を服用します。これを短期化学療法(Short Course Chemotherapy)と呼びます。
1-7.多剤耐性結核って何?
結核治療の途中で、せきが止まったからといって勝手に薬の服用を不規則にしたり、止
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めてしまったりすると、薬が効かなくなる耐性結核菌が出来てしまいます。これは HIV 治
療の原則と同じです。特に結核治療で重要な薬剤である、前述の RFP と INH の両方に耐性
があるものを多剤耐性(MDR)結核と呼びます。MDR 結核に加えて、注射薬 1 剤を含むそ
れ以外の薬剤に耐性がある場合を、超多剤耐性(XDR)結核と呼びます。最初に選択され
た治療がうまくいかないと、MDR 結核を獲得する可能性が高く、その MDR 結核患者への
治療がうまくいかないと、XDR 結核となる可能性が高く、治療はとても難しくなります。
さらに、このような耐性菌に感染した場合は、はじめから耐性結核になってしまうことに
なります。過去 10 年間 100 以上の国から集められたデータに基づくと、結核患者全体の 5%
は MDR 結核で、毎年およそ 49 万人の MDR 結核患者が新規に発生し、うち 13 万人以上が
亡くなっていると推定されます。特に旧ソビエト連邦の国々や中国では、MDR 結核の割合
が年々高くなっています。XDR 結核患者は毎年およそ 4 万人発生していると推定され、2008
年 3 月までに世界中すべての地域の 45 カ国以上から報告され、大きな問題となっています。
耐性結核菌にも効く新しい抗結核薬開発は、世界的に進められてはいますが、その前に耐
性菌を作らない努力が必要です。
1-8.世界の結核対策は?
1990 年代初めに、WHO が世界の結核対策の現状を調べた結果、多くの国々で結核患者が
適切な治療を受けておらず、また治癒出来る疾患であるにもかかわらず、治療を途中でや
めている中断例が多いこともわかりました。そこで、内服薬の管理を患者以外の誰か(医
療スタッフ、ボランティア、家族など)が行い、患者さんは毎日、その人の目の前で薬を
飲む、という服薬支援の方式を打ち出し、これを DOTS(ドッツ Directly Observed Treatment,
Short course)と名付けました。人間がうっかり薬を飲むのを忘れてしまうのはあたりまえ
のことで、それがおこらないように誰かが支援してあげるのです。服薬支援のみならず、
一連の流れとして、1.結核対策に対してその国自身がやる気になること、2.結核の診断を適
切に行うこと、3.服薬支援、4.薬の供給が途切れないようにすること、5.治療の経過をきち
んと記録して報告すること、の 5 つが総合的に必要で、それが一体となって初めて、その
国全体の結核患者さんを発見し、適切に治療することができるようになります。これら 5
つは「DOTS 戦略」として途上国にも普及し、過去 10 年間で大きな成果をあげています。
さらに 2001 年発表された「世界ストップ結核計画」では、DOTS 戦略よりもより包括的な
取り組みを目指し、MDR 結核や、結核と HIV の重複感染への取り組みも含まれています。
2.結核と HIV の重複感染
2-1.結核と HIV って仲がいい?
結核菌と HIV は非常に仲の良い仲間ですが、患者さんにとっては、両者が手を握ること
は、生死にもつながる重要な問題です。HIV 感染者は、非感染者と比べ、生涯で結核を発
症するリスクは、最大で 50 倍大きいと推定されています。HIV 感染後、CD4 数が低下して
日和見感染症を発症するとエイズとなりますが(他章参照)、他の多くの日和見感染症と
異なり、CD4 数がまだ高い状態でも、結核は発症する可能性があります。さらに、HIV 感
染者の CD4 数の低下にしたがって、結核の発症リスクはより増加し、結核は HIV 感染者の
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主要な死因ともなっています。一方で、結核を発症すると、HIV の進行も早くなるという
報告もあります。まさに、両者にとってうってつけの相手というわけです。
図:結核と HIV は仲良し
©Tomoko Horii
2-2.世界の結核と HIV の重複感染の状況は?
HIV 感染が蔓延している地域では、結核の患者報告数が増加しています。なかでもアフ
リカ地域には、世界の HIV 合併結核患者のおよそ 85%がいると報告されています。さらに
南部アフリカ地域では深刻で、たとえば南アフリカ共和国は、世界人口の 0.7%を占めるに
過ぎませんが、世界の HIV 合併結核患者の 28%がここで発生しています。またザンビア共
和国では、結核患者における HIV 感染率は、およそ 70%と報告されており、すなわち、10
人の結核患者さんがいれば、そのうち 7 人は HIV にすでに感染しているという状態です。
2-3.HIV 合併結核の特徴は?
HIV 感染者では、CD4 数と関連して、結核の検査所見や症状が一般の結核と異なる場合
があります。例えば胸部レントゲン検査では、通常と肺結核と異なる所見がみられること
があります。喀痰塗抹検査では、患者さんの状態が悪く、そもそも上手に痰を出せない、
出せても結核菌の全体量が少ない、などの理由で、塗抹陰性の割合が増えます。CD4 数が
下がるにつれて、全身に広がった肺外結核の例が増えたり、肺結核でも、せきなどの明確
な自覚症状が見られない例も増加します。このように、HIV 合併結核では、免疫状態が悪
くなるほど、より診断が難しくなります。
2-4.HIV 合併結核の治療は?
HIV 合併結核の患者さんの、結核治療の内容は、HIV を合併しない結核と変わりありま
せん。しかし、CD4 数が低下した例では、結核治療中の死亡率が高いので、結核治療だけ
でなく、HIV 治療を併用する必要があります。これには、いつ始めるべきか、どのような
HIV 薬を使用するか、という二つの課題があります。始める時期は、重症度(症状、CD4
数など)により WHO が推奨方法を示しています。重症例には早期にはじめることで、死亡
率を下げることが期待されますが、免疫が回復することに伴い、結核の症状がむしろわる
くなる場合(免疫再構築症候群といいます)もあり、注意が必要です。また使用する薬剤
140
に関しては、結核薬 RFP が、一部の HIV 薬の効き目を下げる作用があることを留意して、
選択します。他には、同時に治療することによる重い副作用の可能性、多くの薬を飲みつ
づけることの難しさなどの課題があります。
2-5.HIV 合併結核への対策は?
HIV の影響で結核患者が急増している国々においては、既存の保健医療システムのまま
では対処しきれず、結核診断の質が落ちたり(塗抹陰性肺結核の診断の信頼性が下がった
り、塗抹陽性肺結核が見落とされたりします)、結核治療のモニタリングの質が落ちたり
することが予想されます。その結果、結核治療結果も悪くなります。このような事態を考
慮し、それぞれの疾患に対して別々に対策を練るのでなく、結核対策とエイズ対策が協調
しあうことが重要であると認識されるようになりました。
結核患者に対しては、HIV 合併結核の結核治療結果や結核治療終了後の生存率を改善す
るために、まず結核患者への HIV 抗体検査を行い、感染の有無を確認する必要があります。
以前からの VCT に加え、
現在は保健医療者側が HIV 感染の疑われる人に検査を進めていく、
PITC(Provider-Initiated Testing and Counseling)が重要視されており、結核患者への HIV 検査は、
まさに PITC の代表例です。また、HIV 検査と同時に HIV 感染予防(他章参照)の重要性も
忘れてはなりません。
一方、既に HIV 感染がわかっている人たちに対しては、HIV ケアの一環として、結核の
早期発見、または結核発症予防などが重要です。HIV 感染者に定期的に結核の検査を行う、
また既に結核に感染しているが発症はしていないと判断される HIV 感染者に対しては、結
核発症の危険性を下げるために、結核の予防内服(INH を 6 から 9 ヶ月間服用)を行う、
などが、世界的に実施されつつあります。但し、結核に感染しているが発症していない人
を探し出すには、まず結核診断自体の質が高いことが必要です。発症しているのを見逃し
て、予防のために INH 一剤だけを内服してしまうと、結核の耐性を作ってしまう可能性が
あるからです。
3.おわりに
結核は依然世界において重要な感染症のひとつです。HIV 合併結核患者が多数いたとし
ても、結核対策の原則は変わりませんが、一方で、HIV 合併結核の特徴を理解し、HIV 対
策と結核対策が協力し合い、”two diseases in one patient(二つの病気であるが、それを抱え
ている患者さんは一人)”ということを念頭において、有効な対策を進めることが重要です。
最後に、お忙しい中アドバイスをいただいた山田紀男様、竹中伸一様、石黒洋平様、杉山
栄美子様、入澤巧様、大室直子様、イラストをご提供いただいた堀井智子様に、厚く御礼
を申し上げます。
参考文献:
TB/HIV a clinical manual, WHO
Global Tuberculosis Control 2009 epidemiology strategy financing, WHO
What is DOTS?, WHO
Tuberculosis Handbook, WHO
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青木正和, 医師・看護職のための結核病学 1-6 巻,結核予防会
財団法人結核予防会ホームページ http://www.jatahq.org
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