「半導体超格子におけるミニバンド構造とワニエ・シュタルク局在」

半導体超格子におけるミニバンド構造とワニエ・シュタルク局在
大阪市立大学大学院 工学研究科電子情報系専攻 応用物理学講座
中山正昭
M i n i b a n d s t r u c t u r e s a n d Wa n n i e r - St a r k l o c a l i z a t i o n
in semiconductor superlattices
Masaaki Nakayama
Department of Applied Physics, Graduate School of Engineering,
Osaka City University
Email : [email protected] -cu.ac.jp
In a semiconductor superlattice (SL), the potential structure with a long
periodicity of the order of nanometer causes the mini -Brillouin zone, which
results in the formation of miniband structures of electrons and holes. When an
electric field ( F) is applied along the SL direction, the resonant tunneling
e ff e c t , w h i c h i s t h e o r i g i n o f t h e m i n i b a n d f o r m a t i o n , i s b r o k e n b y t h e
e l e c t r o s t a t i c p o t e n t i a l , a n d t h e n t h e w a v e f u n c t i o n s t e n d t o b e l o c a l i ze d . I n
a d d i t i o n , t h e m i n i b a n d i s s p l i t i n t o St a r k - l a d d e r s t a t e s w i t h t h e e n e r g y s p a c i n g
o f e F D . T h i s p h e n o m e n o n i s c a l l e d Wa n n i e r - St a r k ( W S ) l o c a l i z a t i o n . T h e W S
localization provides us novel freedom to control the wave functions and
eigenenergies of the SL. In this arti cle, the miniband structure and WS
l o c a l i z a t i o n a r e r e v i e w e d f r o m t h e v i e w p o i n t o f s p e c t r o s c o p y.
1.はじめに
半 導 体 超 格 子 と は , 異 な る 種 類 の 半 導 体 超 薄 膜 ( sub-nm~ 数 10nm) の 周 期
積 層 構 造 の 総 称 で あ り ,1 9 6 9 年 に 当 時 I B M 社 の 江 崎 玲 於 奈 博 士 と R . Ts u 博 士 に
よ っ て 提 案 さ れ て 以 来 1 , 2 ) ,電 子 ・ 正 孔 波 動 関 数 に 対 す る 量 子 効 果 に よ る 物 性
制御と新奇な機能が注目され,半導体物理学・工学の先端を切り拓いてきた
物 質 系 で あ る 3,4).ま た ,ナ ノ テ ク ノ ロ ジ ー の 嚆 矢 の 一 つ と し て ,そ の 概 念 は
半導体だけでなく物性科学全般に広く浸透している.
超 格 子 の 多 様 な 物 性 と 機 能 を 決 定 す る 主 要 因 は ,図 1 ( a ) に 示 し て い る よ う
な周期ポテンシャルによって生じるミニバンドのエネルギー構造である.図
1 ( b ) は , 超 格 子 の ミ ニ ブ リ ル ア ン ゾ ー ン ( 0  kz   / D , D は 超 格 子 周 期 ) に
おけるミニバンドエネルギー分散の概略を示している.このようなミニバン
ド構造は,結晶成長段階における超格子の構造要素(半導体の種類,層厚,
周期,歪みなど)の選択によってかなりの自由度で制御することが可能であ
る.ミニバンド構造を評価することは,物性と素子応用の両面において極め
1
図 1: ( a ) 超 格 子 の 周 期 ポ テ ン シ ャ ル と ミ ニ バ ン ド の 概 略 図 .( b ) 超 格 子 の ミ
ニ ブ リ ル ア ン ゾ ー ン( 0  k z   / D )に お け る ミ ニ バ ン ド エ ネ ル ギ ー 分 散 の
概略図.
て 重 要 で あ る が , そ の 明 確 な 分 光 学 的 実 験 結 果 が 初 め て 報 告 さ れ た の は 1987
年 の こ と で あ り 5), そ の 後 の 研 究 の 進 展 に よ っ て ミ ニ バ ン ド 構 造 の 定 量 的 評
価が確立された.
超格子を素子として応用する場合,電場(バイアス電圧)を印加する必要
がある.電場下でのミニバンド状態の詳細については,長年にわたって未解
決 の ま ま で あ っ た が , 1 9 8 8 年 に ワ ニ エ ・ シ ュ タ ル ク ( Wa n n i e r - S t a r k , W S ) 局 在
と い う 明 確 な 解 釈 と 実 験 結 果 が 報 告 さ れ た 6 , 7 ) .W S 局 在 を 概 略 的 に 述 べ れ ば ,
ミニバンド構造を形成するための量子井戸間の共鳴トンネル効果が静電ポテ
ンシャルによって破綻し,電子・正孔波動関数が局在化する現象と言える.
ま た , エ ネ ル ギ ー 面 で は , ミ ニ バ ン ド が e F D( F: 電 場 強 度 ) の エ ネ ル ギ ー 間
隔に分裂した(量子化された)シュタルク階段状態となる.この現象は,波
動関数と固有エネルギーの制御という意味において非常にドラマティックな
も の で あ り ,1 9 6 2 年 に Wa n n i e r が バ ル ク 半 導 体 の ブ ロ ッ ホ 電 子 を 対 象 に 提 案 し
た も の で あ る が 8), 超 格 子 に お い て 初 め て 実 証 さ れ 6,7), 物 性 と 応 用 の 両 面 に
お い て 盛 ん に 研 究 が 行 わ れ て き た 9). ま た , WS局 在 状 態 の 動 的 過 程 で あ る 電
子 ・ 正 孔 局 在 波 束 の コ ヒ ー レ ン ト 振 動 は , テ ラ ヘ ル ツ ( THz) 領 域 の ブ ロ ッ
ホ 振 動( eFD/hの 振 動 数 )に 相 当 し ,周 波 数 可 変 THz電 磁 波 源 と し て 注 目 を 集
め て い る 10,
11)
.
本 稿 で は ,超 格 子 物 性 の 根 幹 で あ る ミ ニ バ ン ド 構 造 と W S 局 在 状 態 を 対 象 に ,
それらの概念と光物性について,筆者らの研究成果を中心に解説する.
2
2.ミニバンド構造とその分光学的評価
ここでは,ミニバンド構造の基本パラメータであるミニバンド幅とミニバ
ン ド 有 効 質 量 を 分 光 学 的 に 評 価 す る こ と に 主 眼 を 置 い て 述 べ る . A/B 超 格 子
におけるミニバンドのエネルギー分散関係は,有効質量近似(包絡関数近似
とも呼ぶ)に基づけば,良く知られている次式のクローニッヒ・ペニー
( Kronig-Penney: KP) 型 方 程 式 で 記 述 さ れ る 12).
cos(k z D)  cos(k A d A ) cos(k B d B )
 1 / 2(   1 ) sin(k A d A ) sin(k B d B ),
(1)
  (k A / k B ) (mB / m A ), k A,B  2mA,B ( E  VA,B ) / 
こ こ で , dAと dBは A層 と B層 の 層 厚 , mは 有 効 質 量 , Vは ポ テ ン シ ャ ル ( 量 子
井 戸 層 の 場 合 は V=0) を 意 味 し て い る . 図 2 は , 上 記 の KP型 方 程 式 に 基 づ い
て 計 算 し た G a A s ( 3 . 4 n m ) / A l A s ( 0 . 9 n m ) 超 格 子( 後 で 述 べ る 実 験 結 果 の 試 料 に 対
応 ) の 電 子 と 重 い 正 孔 ( heavy hole :
HH ) の ミ ニ バ ン ド 構 造 で あ る .
G a A s / A l x G a 1 - x A s 系 超 格 子 で は , 点 の 障 壁 ポ テ ン シ ャ ル( バ ン ド オ フ セ ッ ト ・
エ ネ ル ギ ー )は ,G a A s と A l x G a 1 - x A s の  点 バ ン ド ギ ャ ッ プ エ ネ ル ギ ー 差 を  E g , 
と す る と ,伝 導 帯 で は ~0.66Eg,,価 電 子 帯 で は ~0.34Eg,で あ る こ と が 明 ら
か に な っ て い る 13). 尚 , 他 の 超 格 子 系 で は , ミ ニ バ ン ド 構 造 の 基 本 因 子 で あ
るポテンシャル構造が未だに明確でないものが多い.
電 子 ・ 正 孔 ミ ニ バ ン ド 状 態 間 の 光 学 遷 移 は , 図 2か ら も 分 か る よ う に , 積
層 方 向 の 波 数 ベ ク ト ル k z = 0(  点 ) と k z =  / D( ミ ニ ブ リ ル ア ン ゾ ー ン 端 ,  点 )
図 2:K P 型 方 程 式 に 基 づ い て 計 算 し
た GaAs(3.4nm)/AlAs (0.9nm)超 格 子
の電子と重い正孔のミニバンドエ
ネルギー分散.
3
の 2 種 類 の 状 態 密 度 特 異 点 を 有 し て い る .尚 , 点 は ,一 般 的 に は ,鞍 点 ( s a d d l e
p o i n t ) 型 M 1 フ ァ ン ・ ホ ー ブ ( Va n H o v e ) 特 異 点 と 呼 ば れ て お り , 状 態 密 度 分
散 は 点 と は 逆 に , 特 異 点 か ら 低 エ ネ ル ギ ー 側 に 存 在 す る . 点 と 点 の 光 学
遷移を測定できれば,ミニバンド構造を実験的に決定することができること
は明白なことである.しかしながら,一般的な発光励起分光法や光吸収分光
法 で は , 原 理 的 に 高 次 ( n>2) の 励 起 子 遷 移 が 観 測 で き る が , 連 続 状 態 遷 移
のバックグラウンドがスペクトルに重畳するために,遷移振動子強度が小さ
い場合やスペクトルブロードニングが顕著な場合は,高次特異点の光学遷移
を検出することが困難である.
ミ ニ ブ リ ル ア ン ゾ ー ン 端 で あ る 点 や 高 次 の ミ ニ バ ン ド の 光 学 遷 移 に つ い
て は , 光 変 調 反 射 (photoreflectance :
PR) 分 光 法 や 電 場 変 調 反 射
(electroreflectance : ER) 分 光 法 な ど の 変 調 分 光 法 に よ る 測 定 が 極 め て 有 力 で
あ る 5,
14~ 20)
.変 調 分 光 法 と は ,試 料 に 周 期 的 な 物 理 的 外 部 摂 動 を 与 え て バ ン
ド構造を変調し,それに同期した反射光や透過光の変調成分を検出する方法
で あ り , 高 感 度 に 状 態 密 度 特 異 点 の 光 学 遷 移 を 測 定 す る こ と が で き る 21). 言
い換えれば,状態密度特異点以外の光学遷移は,ベースラインとなりスペク
ト ル 上 に ほ と ん ど 現 れ な い . こ こ で ,PR分 光 法 は , 半 導 体 表 面 近 傍 で の 不 純
物準位や表面準位によるポテンシャル湾曲を光励起キャリアで変調する分光
法 で あ り 22,
23)
, 光 励 起 に よ る 一 種 の ER分 光 法 と 見 な す こ と が で き る .
図 3 は , 77Kに お け る GaAs(3.4nm)/AlAs(0.9nm)超 格 子 の PRス ペ ク ト ル で あ
図 3 : 77Kに お け る GaAs(3.4nm)/AlAs(0.9nm) 超 格 子 の PR ス ペ ク ト ル . 挿 入
図 は , GaAsバ ル ク 結 晶 ( 緩 衝 層 ・ 基 板 ) の バ ン ド 端 エ ネ ル ギ ー 領 域 の PR
スペクトル.
4
る . 挿 入 図 は , GaAsバ ル ク 結 晶 ( 緩 衝 層 ・ 基 板 に 相 当 ) の エ ネ ル ギ ー 領 域 の
P R ス ペ ク ト ル を 示 し て い る .H n e n h と い う 表 現 は ,n e 次 量 子 状 態 の 電 子 ミ ニ バ
ン ド と nh次 量 子 状 態 の HH ミ ニ バ ン ド 間 の 遷 移 を 意 味 し , Lnenhは 電 子 と 軽 い
正 孔 ( light hole: LH) 間 の 遷 移 を 意 味 し て い る . ま た , 括 弧 中 の 及 び は ,
そ れ ぞ れ  点 と  点 遷 移 を 示 し て い る .こ れ ら の バ ン ド 間 遷 移 は ,K P 型 方 程 式
の計算結果から同定したが,実験結果と合わせるために,計算では超格子の
層 厚 を GaAs(3.1nm)/AlAs(0.8 nm)に 設 定 し た . 図 3 か ら , ミ ニ バ ン ド の 特 異 点
( 点 と 点 ) で の 光 学 遷 移 が 明 確 に 観 測 さ れ て い る こ と が 明 ら か で あ る . こ
の よ う に , 点 と  点 の 遷 移 エ ネ ル ギ ー が 観 測 で き れ ば ,そ の エ ネ ル ギ ー 差 が ,
電子と正孔のミニバンド幅の和に相当する.即ち,ミニバンド幅を評価でき
る . ま た , 筆 者 ら は , GaAs/AlAs超 格 子 の ミ ニ バ ン ド 構 造 を 系 統 的 に PR分 光
法 で 測 定 し , 極 限 層 厚 で あ る 1 monola yer ( 格 子 定 数 の 1/2 ) の AlAs 障 壁 層 の
超 格 子 に お い て も ミ ニ バ ン ド 構 造 が 形 成 さ れ る こ と を 明 ら か に し て い る 19).
さらに,ミニバンドがポテンシャル障壁上にも形成されることは,量子力学
的 に は 理 解 で き る が ,そ の 観 測 例 は 極 め て 尐 な い .筆 者 ら は ,G a A s / A l x G a 1 - x A s
超 格 子 と InAs/GaAs超 格 子 を 対 象 に , PR分 光 法 と ER分 光 法 を 用 い て , ポ テ ン
シ ャ ル 障 壁 上 ミ ニ バ ン ド 構 造 の 観 測 に 成 功 し て い る 16~ 18).
こ の よ う に ,PR分 光 法 は 簡 便 で か つ 極 め て 高 感 度 で あ る が ,精 密 に 遷 移 エ
ネルギーを求めるためには,信号形状解析を行う必要がある.尚,形状解析
の 原 理 は ,変 調 機 構 が 同 じ で あ る E R 分 光 法 に 適 用 さ れ る も の に 基 づ く 2 4 ) .励
起子性が弱い場合や形状が比較的ブロードな場合は,次式を用いて形状解析
を 行 う の が 一 般 的 で あ る( 理 論 的 な 導 出 の 過 程 か ら 一 般 に 3 階 微 分 形 状 フ ィ ッ
テ ィ ン グ と 呼 ぶ ) 24).
 p

R / R  Re  C j exp(i j ) ( E  E j  i j ) m 
 j 1

(2)
こ こ で ,Cjが 振 幅 ,jが 位 相 因 子 ,Ejは 特 異 点 で の 遷 移 エ ネ ル ギ ー ,jは ブ ロ
ー ド ニ ン グ 因 子 ,pは 観 測 さ れ る PR信 号 数 で あ る .ま た ,mは ,次 元 に よ っ て
決 ま る パ ラ メ ー タ で あ り ,3次 元 で は m=2.5,2次 元 で は m=3で あ る .ミ ニ バ ン
ド の P R 信 号 に 関 し て は ,上 記 の 3 階 微 分 形 状 フ ィ ッ テ ィ ン グ で 十 分 に 解 析 で
き る .励 起 子 性 の 強 い 遷 移 に 関 し て は ,励 起 子 誘 電 関 数 の 1 階 微 分 形 状 フ ィ ッ
テ ィ ン グ を 用 い る 25). そ の 詳 細 に つ い て は , 誌 面 の 都 合 上 省 略 す る の で , 文
献 25)を 参 照 し て い た だ き た い .
次 に , ミ ニ バ ン ド 有 効 質 量 の 評 価 に つ い て 述 べ る . 図 3 の
G a A s ( 3 . 4 n m ) / A l A s ( 0 . 9 n m ) 超 格 子 の P R ス ペ ク ト ル に 着 目 す る と , H 11 (  ) と
H 11 (  ) 遷 移 と の 間 の エ ネ ル ギ ー 領 域 に 2 組 の 振 動 構 造 が 観 測 さ れ る .一 つ は ,
H 11 (  ) か ら 高 エ ネ ル ギ ー 側 へ の 振 動 , も う 一 つ が H 11 (  ) か ら 低 エ ネ ル ギ ー 側
へ の 振 動 で あ る . 図 中 の 数 字 は , H 11 (  ) と H 11 (  ) 遷 移 エ ネ ル ギ ー を 基 準 と し
5
て,振動構造のピークとディップに順次番号を付したものである.また,挿
入 図 に 示 す よ う に ,G a A s バ ル ク 結 晶 の エ ネ ル ギ ー 領 域 に お い て も( 主 に G a A s
緩 衝 層 に 由 来 す る ),同 様 の 振 動 構 造 が 観 測 さ れ る .こ の 様 な 振 動 構 造 は ,フ
ラ ン ツ ・ ケ ル デ ィ ッ シ ュ ( Franz-Keld ysh : FK) 振 動 と 呼 ば れ , バ ン ド 間 遷 移
に 対 す る 電 場 効 果 に 起 因 す る も の で あ り , バ ル ク 半 導 体 で は 点 吸 収 端 の 光
学 遷 移 に 関 し て 詳 細 に 研 究 さ れ て い る 26). FK振 動 の j番 目 の ピ ー ク も し く は
デ ィ ッ プ の エ ネ ル ギ ー ( Ej) は , 3次 元 の 場 合 , 次 式 に よ っ て 決 定 さ れ る 26).
 3 
1 
E j  E0     j  
2 
4 
2/3
,
 (eF) 2 
  

 2  
1/ 3
(3)
こ こ で , E0は あ る 特 異 点 の 遷 移 エ ネ ル ギ ー , Fは 電 場 強 度 , は 電 場 方 向 の 電
子・ 正 孔 換 算 質 量 で あ る .ま た ,+ (  ) 符 号 は  (  ) 点 で の 振 動 に 対 応 し て い る .
( 3 ) 式 の  の 定 義 か ら 明 ら か な よ う に , F K 振 動 の エ ネ ル ギ ー は , 電 場 強 度 と
ミ ニ バ ン ド 換 算 有 効 質 量 に よ っ て 決 定 さ れ る .し た が っ て ,FK振 動 の 解 析 か
ら,ミニバンド有効質量を評価することが原理的に可能であるが,それに関
す る 研 究 は 極 め て 限 ら れ て い る 19,27) . 図 4 は , (3) 式 に し た が っ て , 図 3 の PR
ス ペ ク ト ル で 番 号 を 付 し た FK振 動 を プ ロ ッ ト し た 結 果 で あ る . 図 4に お け る
プ ロ ッ ト の 傾 き が ( 3 ) 式 の  に 相 当 し ,内 部 電 場 強 度 F と 換 算 有 効 質 量  の 2 つ
の パ ラ メ ー タ が 含 ま れ る . 点 と  点 の 換 算 有 効 質 量 の 導 出 方 法 に つ い て 以 下
に 述 べ る . ま ず , GaAs緩 衝 層 か ら の FK振 動 ( 図 4で は GaAsと ラ ベ ル ) に 着 目
し ,既 に 知 ら れ て い る G a A s の 換 算 有 効 質 量 ( 0 . 0 5 6 m 0 ) を 用 い て 内 部 電 場 を 見 積
図 4: 図 3 の P R ス ペ ク ト ル に お け る F K 振 動 プ ロ フ ァ イ ル を ( 3 ) 式 に 基 づ い て プ
ロットした結果.
6
も る . 次 に ,G a A s 緩 衝 層 に か か る 電 場 が 超 格 子 の ミ ニ バ ン ド 状 態 に も 適 用 で
き る と 仮 定 し ,超 格 子 の F K 振 動 か ら  点 と  点 に お け る ミ ニ バ ン ド 換 算 有 効 質
量を評価する.なお,この内部電場に関する仮定は,試料がアンドープであ
る た め に , 表 面 空 乏 層 の 長 さ は 数 m程 度 で あ り , 超 格 子 の 総 膜 厚 (約 0.6m)
より十分に長いので妥当なものである.ここで得られた結果は,内部電場強
度 が 3 . 9 k V / c m , 点 ミ ニ バ ン ド 換 算 有 効 質 量 が 0 . 0 6 3 m 0 , 点 ミ ニ バ ン ド 換 算 有
効 質 量 が  0 . 0 1 8 m 0( 負 の 有 効 質 量 )で あ る .尚 ,こ れ ら の 数 値 の 評 価 誤 差 は ,
± 1 5 % 程 度 で あ る .上 記 の 結 果 は , 点 の ミ ニ バ ン ド 有 効 質 量 は G a A s バ ル ク 結
晶 よ り 僅 か に 重 く , 点 の ミ ニ バ ン ド 有 効 質 量 は  点 よ り も 軽 い こ と を 示 し て
お り ,他 の G a A s / A l A s 超 格 子 に お い て も 同 様 な 結 果 が 得 ら れ て い る 1 9 ) .ま た ,
実 験 か ら 評 価 し た ミ ニ バ ン ド 有 効 質 量 は ,KP 型 方 程 式 か ら 得 ら れ た ミ ニ バ ン
ド 分 散 の  点 と 点 の 換 算 有 効 質 量 の 計 算 結 果 (  点 が 0.058m0 , 点 が 0.026
m0) と ほ ぼ 一 致 し て い る .
このように,近年の分光学的な研究の進展によって,超格子におけるミニ
バンドのエネルギー構造と有効質量を定量的に評価することが可能となった.
ここで述べたことは,超格子物性において極めて重要なことであるが,上記
の概念で広く研究されていないというのが実情であり,ミニバンド構造の研
究は未だに開拓の余地が大きく残されていると筆者は考えている.
3.ワニエ・シュタルク局在の概略
こ こ で は ,単 純 な 最 近 接 強 結 合 近 似 に 基 づ い て ,W S 局 在 の 概 略 に つ い て 述
べ る 28) . (2N+1)周 期 の 超 格 子 の ミ ニ バ ン ド 分 散 ( 分 散 幅 :  ) は , 次 式 に よ
って近似される.
E (k z )  E0 

cos(k z D),
2
kz D 
m
(0  m  2 N  1)
2N 1
(4)
こ の ミ ニ バ ン ド 状 態 に , NeFD>>/2の 条 件 で 電 場 が 加 わ る と , ミ ニ バ ン ド 形
成の主要因である共鳴トンネル効果が破綻して,波動関数は,近接したいく
つ か の 量 子 井 戸 層 に ,あ る 程 度 の 振 幅( 存 在 確 率 )を 持 ち な が ら 局 在 化 す る .
ま た , 3次 元 の ミ ニ バ ン ド は , eFDの エ ネ ル ギ ー 間 隔 で 分 裂 ( 量 子 化 ) し , 準
2 次 元 の シ ュ タ ル ク 階 段 状 態 を 形 成 す る .シ ュ タ ル ク 階 段 状 態 の エ ネ ル ギ ー は ,
次のようになる.
Em  E0  meFD,
 N m N
(5)
図 5は , WS局 在 状 態 に お け る 局 在 波 動 関 数 と バ ン ド 間 遷 移 ( シ ュ タ ル ク 階
段 遷 移 )の 概 略 図 を 示 し て い る .図 5 に 示 し た 電 子 波 動 関 数 で は ,局 在 中 心 の
量 子 井 戸 層 か ら ± 2 周 期 離 れ た 空 間 ま で 波 動 関 数 振 幅 が 広 が っ て い る .尚 ,正
孔の場合,有効質量が電子よりも重いために,トンネル確率が低くなり,局
在の度合いが電子よりもかなり大きくなる.このような波動関数の空間的な
7
図 5: WS局 在 状 態 に お け る 局 在 波 動 関 数 と バ ン ド 間 遷 移 ( シ ュ タ ル ク 階 段
遷移)の概略図.
広がりは,電場強度とミニバンド幅に顕著に依存し,その詳細については次
の段落で述べる.この場合のシュタルク階段遷移は,電子波動関数の広がり
( ± 2 周 期 )を 反 映 し て ,局 在 中 心 量 子 井 戸 内 で の バ ン ド 間 遷 移 エ ネ ル ギ ー を
E0と す る と , E02eFD, E0eFD, E0, E0+eFD, E0+2eFDと い う 5つ の 光 学 遷 移
が生じる.
最 近 接 強 結 合 近 似 に 基 づ く と 28), あ る 局 在 中 心 量 子 井 戸 か ら m周 期 離 れ た
量 子 井 戸 で の 波 動 関 数 の 存 在 確 率 ( m) は , 次 式 に よ っ て 与 え ら れ る .
m=|Jm(/2eFD)|2
(6)
こ こ で ,J は 整 数 次 m の ベ ッ セ ル 関 数 で あ る .図 6 は ,局 在 中 心 量 子 井 戸( m = 0 )
か ら m周 期 離 れ た 量 子 井 戸 に お け る 波 動 関 数 の 存 在 確 率 を (6)式 に 基 づ い て 計
算 し た 結 果 を 示 し て い る .図 6 か ら ,波 動 関 数 は 単 純 に 局 在 化 す る の で は な く ,
電 場 強 度 に 対 し て 振 動 的 な 振 る 舞 い を し な が ら , 空 間 的 に 離 れ た ( mが 大 き
い ) 量 子 井 戸 か ら 順 に 存 在 確 率 が ゼ ロ に な る . 一 方 , m=0の 量 子 井 戸 で の 存
在 確 率 は ,m≠ 0の 波 動 関 数 が 局 在 化 す る に し た が っ て 増 大 す る .こ の よ う な
波 動 関 数 の 局 在 化 の 振 る 舞 い は , 実 験 に よ っ て も 確 認 さ れ て い る 29,
30)
.図6
の 計 算 結 果 か ら , 局 在 化 の お お ま か な 条 件 は , eFD/=1と 言 え る ( こ の 条 件
で  0  0.9 ). 即 ち , 局 在 化 を 決 定 す る 因 子 は , F , D ,  で あ り , こ れ ら の 組 み
合わせで局在の状況が異なる.言い換えれば,局在状態を制御できる.超格
子 で は ,  と D の 広 い 範 囲 に わ た る 設 計 が 可 能 で あ り ( 数 meV<< 数 100meV ,
数 nm<D< 数 10nm), 数 10kV/cm~ 数 100kV/cm程 度 の 電 場 強 度 に お い て WS局 在
状 態 を 容 易 に 実 現 す る こ と が で き る . 一 方 , バ ル ク 結 晶 の 場 合 は , Dが 格 子
8
図 6 : 局 在 中 心 量 子 井 戸 ( m=0 ) か ら m
周期離れた量子井戸における波動関数
の 存 在 確 率 を (6)式 に 基 づ い て 計 算 し た
結果.
図 7 : 異 な る 電 場 強 度 で の
GaAs(3.2nm)/ AlAs(0.9nm) 超 格 子
の n=1電 子 波 動 関 数 の 計 算 結 果 .
定 数 a 0 ( 0 . 5 n m 程 度 ),  が バ ン ド 幅 ( 数 e V 程 度 ) に 相 当 す る た め , W S 局 在 に 必
要 な 電 場 強 度 は 数 10MV/cm程 度 と な り , 絶 縁 破 壊 が 生 じ る ほ ど の 高 電 場 強 度
で あ る . こ れ が , バ ル ク 結 晶 で WS局 在 が 観 測 さ れ な い 主 原 因 で あ る .
4.ワニエ・シュタルク局在状態の形成
ま ず , 波 動 関 数 の WS局 在 の 振 る 舞 い に つ い て 計 算 結 果 を 示 す . 図 7は , 異
な る 電 場 強 度 で の G a A s ( 3 . 2 n m ) / A l A s ( 0 . 9 n m ) 超 格 子( 後 で 述 べ る 実 験 結 果 の 試
料 に 対 応 ) の n = 1 電 子 波 動 関 数 ( ミ ニ バ ン ド 幅 = 11 0 m e V ) の 計 算 結 果 で あ る .
計 算 で は ,各 層 の 電 場 を 平 均 化 し て ス テ ッ プ 関 数 ポ テ ン シ ャ ル で モ デ ル 化 し ,
伝 達 マ ト リ ッ ク ス 法 を 用 い て い る 1 5 ) .計 算 方 法 の 詳 細 は ,文 献 1 5 ) を 参 照 し て
い た だ き た い . こ の 計 算 結 果 は , 13周 期 に モ デ ル 化 し た 超 格 子 の 中 心 量 子 井
戸の固有値に付随する固有関数を示している.したがって,固有状態をミニ
バ ン ド 波 数 に 換 算 す れ ば /(2D)と な り , ブ ロ ッ ホ 位 相 の 関 係 か ら 0kV/cmの 波
動 関 数 は 一 つ お き の 量 子 井 戸 層 に 等 し い 振 幅 を 持 つ .図 7に お い て ,20kV/cm
9
では,波動関数は超格子の全空間に展開しているが(ミニバンド状態が維持
さ れ て い る ),電 場 強 度 が 増 大 す る に し た が っ て ,局 在 化 し て い く 様 子 が 分 か
る.ここで着目すべきことは,波動関数が局在中心に向かって単純に局在化
するのではなく,局在空間において振幅が複雑な挙動を示すことである.こ
れ は ,先 に 述 べ た ( 6 ) 式 の 計 算 結 果( 電 場 強 度 に 対 す る 波 動 関 数 存 在 確 率 の 振
動的振る舞い)に対応するものである.
図 8は , 異 な る 電 場 強 度 に お け る GaAs(3.2nm)/AlAs (0.9nm) 超 格 子 の 77Kで
の E R ス ペ ク ト ル ( 下 図 ), 及 び , 光 電 流 ( P C ) ス ペ ク ト ル ( 上 図 ) を 示 し て
い る 15). 試 料 は , バ イ ア ス 電 圧 印 加 の た め に p-i-nダ イ オ ー ド 構 造 を 有 し て お
り ,p及 び n層 は Al0.3Ga0.7As層 ,i層 が 超 格 子( 40周 期 )で あ る .超 格 子 の 電 場
強 度 は 、 バ イ ア ス 電 圧 を Vb , p-n 接 合 の 接 合 ポ テ ン シ ャ ル を Vin, ア ン ド ー プ
層 の 総 層 厚 を Lと す る と , F=(VinVb)/Lで 与 え ら れ る . 10kV/cmの ERス ペ ク ト
ル に 付 随 し て い る 矢 印 は ,( 1 ) 式 の KP 型 方 程 式 に よ っ て 計 算 し た 無 電 場 条 件 で
の ミ ニ バ ン ド 間 遷 移 エ ネ ル ギ ー を 示 し て い る . 10kV/cmの ERス ペ ク ト ル に 着
目 す る と , 計 算 か ら 予 測 さ れ る 点 と 点 の ミ ニ バ ン ド 間 遷 移 エ ネ ル ギ ー
[ H 11 (  ) , H 11 (  ) , L 11 (  ) , L 11 (  ) ] の 位 置 に , 明 確 に E R 信 号 が 観 測 さ れ , ミ
ニバンド状態が保たれていることが明らかである.電場強度が増すにしたが
っ て ,E R ス ペ ク ト ル に 多 く の 光 学 遷 移 信 号 が 観 測 さ れ , ミ ニ バ ン ド 状 態 が 電
図 8: 異 な る 電 場 強 度 に お け る
GaAs(3.2nm)/AlAs(0.9nm) 超 格 子
の 77K で の ER ス ペ ク ト ル ( 下
図 ),及 び ,P C ス ペ ク ト ル( 上 図 ).
10
場によって分裂していく挙動を反映している.一方、一般的に用いられてい
る PC分 光 法 で は , ス ペ ク ト ル の バ ッ ク グ ラ ウ ン ド ( 連 続 状 態 遷 移 ) の た め に
ER ス ペ ク ト ル の よ う な 微 細 構 造 は 観 測 で き な い が , 80kV/cm で は m=-3 か ら
m=+2の シ ュ タ ル ク 階 段 遷 移 に よ る ピ ー ク 構 造( 励 起 子 遷 移 )が 見 ら れ る .分
光 法 の 観 点 か ら , 図 8の 結 果 は ,ER分 光 法 が WS局 在 で の シ ュ タ ル ク 階 段 遷 移
に 対 し て 極 め て 高 感 度 で あ る こ と を 示 し て い る 31).
図 9は , ERス ペ ク ト ル か ら 得 ら れ た 遷 移 エ ネ ル ギ ー の 電 場 強 度 依 存 性 を 示
し て い る 1 5 ) . こ こ で , 黒 丸 が H 11 遷 移 , 白 丸 が L 11 遷 移 を 意 味 し て お り , 括 弧
の 中 の 数 値 は シ ュ タ ル ク 階 段 指 数 ( 例 え ば +2(-2)と う い う 指 数 は 高 ( 低 ) ポ
テンシャル側の2周期離れた量子井戸間の遷移)を示している.尚,左端の
縦 線 は 計 算 か ら 求 め た ミ ニ バ ン ド エ ネ ル ギ ー を 示 し て い る .図 か ら ,6 次 の シ
ュタルク階段遷移まで観測されていることが分かる.また,実線と破線は,
そ れ ぞ れ H 11 と L 11 シ ュ タ ル ク 階 段 遷 移 エ ネ ル ギ ー の 計 算 結 果 を 示 し て い る .
H 11 ( L 11 ) 遷 移 の 電 場 強 度 依 存 性 に 着 目 す る と , 3 0 ( 4 5 ) k V / c m 近 傍 に お い
て,遷移エネルギーの電場強度依存性が顕著に変化しており,高電場領域で
は ,W S 局 在 を 反 映 し た シ ュ タ ル ク 階 段 遷 移( 遷 移 エ ネ ル ギ ー が 電 場 強 度 に 比
例 す る )が 明 確 に 観 測 さ れ る .即 ち ,上 記 の 電 場 強 度 は ,ミ ニ バ ン ド か ら WS
図 9:G a A s ( 3 . 2 n m ) / A l A s ( 0 . 9 n m ) 超 格 子 の E R ス ペ ク ト ル か ら 得 ら れ た 遷 移 エ
ネ ル ギ ー の 電 場 強 度 依 存 性 . 実 線 と 破 線 は , そ れ ぞ れ H 11 と L 11 シ ュ タ ル
ク階段遷移エネルギーの計算結果を示している.また,左端の縦線は計算
から求めたミニバンドエネルギーを示している.
11
局在状態に移行する一種の臨界電場強度と考えることができる.ここで,臨
界電場強度とミニバンド幅との相関について考察する.この超格子の場合,
K P 型 方 程 式 に 基 づ く 計 算 で は , 電 子 ミ ニ バ ン ド 幅 (  E ) が 11 0 m e V , H H ミ ニ
バ ン ド 幅 (  H H ) が 1 5 m e V , LH ミ ニ バ ン ド 幅 (  L H ) が 8 8 m e V で あ る . 即 ち ,
H 11 と L 11 光 学 遷 移 に 寄 与 す る 総 ミ ニ バ ン ド 幅 の 比 は ,
E+HH:E+LH=125:198 =1:1.58で あ る . こ の 比 は , 上 記 の 臨 界 電 場 強 度 の 比
( FH11:FL11=30:45=1:1.5 ) と ほ ぼ 一 致 し て い る . こ の こ と は , WS 局 在 に 移 行
する臨界電場は,ミニバンド幅によって決定されていることを示している.
超 格 子 の 場 合 , 通 常 は 複 数 の ミ ニ バ ン ド が 存 在 す る . 筆 者 ら は , n=1ミ ニ バ
ン ド と n=2ミ ニ バ ン ド の WS局 在 状 態 へ の 移 行 過 程 を 同 時 に 観 測 し , 上 記 の 臨
界 電 場 の 概 念 が 一 般 的 に 成 立 す る こ と を 確 認 し て い る 2 0 ) .ま た ,W S 局 在 状 態
へ の 移 行 過 程 に お い て ,F K 振 動 が 共 存 す る こ と を 示 す 実 験 結 果 が 報 告 さ れ て
い る 3 2 ) .さ ら に ,ポ テ ン シ ャ ル 障 壁 上 ミ ニ バ ン ド に お い て も ,W S 局 在 状 態 が
形 成 さ れ る こ と を 筆 者 ら は 明 ら か に し て い る 18).
本稿では,分光学的高感度性の観点から,変調反射分光法による実験結果
を ベ ー ス に 議 論 を 展 開 し て い る が ,一 般 的 に 使 わ れ て い る 簡 便 な P C 分 光 法 が
有 力 な 測 定 方 法 で あ る こ と を 否 定 し て い る も の で は な い .W S 局 在 を 初 め て 明
確 に し た 実 験 結 果 6)は , PC分 光 法 で 測 定 さ れ た も の で あ る . ま た , 微 分 PCス
ペ ク ト ル を 利 用 す る こ と に よ っ て , 高 感 度 測 定 が な さ れ て い る 32).
シュタルク階段遷移を厳密に取り扱うには,励起子効果を考慮しなければ
な ら な い .実 際 ,E R 分 光 法 や P C 分 光 法 で 観 測 さ れ て い る 光 学 遷 移 は ,励 起 子
遷 移 で あ る .W S 局 在 状 態 で は ,波 動 関 数 の 局 在 性 が 電 場 強 度 に よ っ て 変 化 す
る た め に ,励 起 子 束 縛 エ ネ ル ギ ー も 顕 著 な 電 場 強 度 依 存 性 を 示 す 33,
34)
.詳 細
に つ い て は , 文 献 33,34)を 参 照 し て い た だ き た い .
WS局在状態でのシュタルク階段遷移のエネルギーは,上で述べたように,
電場強度に比例して大きく変化する.この特徴を利用して,光ロジック回路
に お い て 重 要 な 光 双 安 定 性 を 自 己 電 気 光 学 効 果 素 子 ( s e l f e l e c t r o - o p t i c e ff e c t
device: SEED) 35)を 用 い て 実 現 で き る こ と が 報 告 さ れ て い る 36 ~ 38). 尚 , 従
来 の S E E D は ,量 子 閉 じ 込 め シ ュ タ ル ク 効 果 3 9 ) に よ る エ ネ ル ギ ー シ フ ト を 利 用
している.
5.ワニエ・シュタルク局在状態における波動関数共鳴
W S 局 在 状 態 の n = 1 と n = 2 準 位 の エ ネ ル ギ ー 差 を  E 1 2 と す る と , E 1 2 = m e F D( m
は 整 数 ) の 条 件 に お い て , あ る 量 子 井 戸 の n=1 局 在 準 位 と 低 ポ テ ン シ ャ ル 側
に m 周 期 だ け 空 間 的 に 離 れ た 量 子 井 戸 の n=2 局 在 準 位 の エ ネ ル ギ ー が 一 致 す
る.この条件は,量子力学における波動関数共鳴条件に相当し,エネルギー
の 反 交 差 や 波 動 関 数 の 共 鳴 空 間 で の 非 局 在 化 が 期 待 で き る 40~ 42).
図 1 0 は ,G a A s ( 6 . 4 n m ) / A l A s ( 0 . 9 n m ) 超 格 子 に お い て 電 子 局 在 波 動 関 数 の 第 2
12
図 10: GaAs(6.4nm)/AlAs(0.9nm) 超 格 子 に お い て 電 子 局 在 波 動 関 数 の 第
2 近 接 共 鳴(  E 1 2 = 2 e F D )が 期 待 さ れ る 電 場 領 域 で の P C ス ペ ク ト ル( 上
図 ) と E R ス ペ ク ト ル ( 下 図 ).
近 接 共 鳴(  E 1 2 = 2 e F D )が 期 待 さ れ る 電 場 強 度 領 域 で の P C ス ペ ク ト ル( 上 図 )
と ERス ペ ク ト ル ( 下 図 ) を 示 し て い る 41). こ の 超 格 子 試 料 も 、 先 に 述 べ た 試
料 と 同 様 に ,バ イ ア ス 電 圧 を 印 加 す る た め に p - i - n 構 造 を 有 し て お り ,i 層 が 超
格 子 ( 20周 期 ) で あ る . 図 10に お い て , PCス ペ ク ト ル で は , 電 場 に よ る 形 状
の 変 化 は 見 ら れ な い . 一 方 , E R ス ペ ク ト ル で は , V b = - 4 0 0 mV ( 1 4 0 k V / c m ) と
V b = - 4 5 0 mV ( 1 4 3 k V / c m ) に お い て , 信 号 の 分 裂 と 強 度 の 低 下 と い う 顕 著 な 変 化
が生じている.尚,この電場強度条件では,対象としている超格子の波動関
数 は 完 全 に 局 在 化 し て い る 状 態 で あ り ,m ≠ 0 の シ ュ タ ル ク 階 段 遷 移 は 観 測 さ
れ な い . 図 11 は , 図 1 0 に お け る E R ス ペ ク ト ル の 矢 印 で 示 し た 位 置 の エ ネ ル ギ
ーのバイアス電圧(電場強度)依存性と,関連するシュタルク階段遷移エネ
ル ギ ー の Airy 関 数 を 用 い た 伝 達 マ ト リ ッ ク ス 法 に よ る 計 算 結 果 を 示 し て い
る 41).尚 ,計 算 方 法 の 詳 細 は ,文 献 42)を 参 照 し て い た だ き た い .計 算 結 果 か
ら ,1 4 0 k V / c m 近 傍 に お い て ,H 11 ( 0 ) と H 2 1 ( - 2 ) の 反 交 差 と L 11 ( 0 ) と L 2 1 ( - 2 ) の 反
交 差 が 生 じ て い る こ と が 明 ら か で あ る . 即 ち , 図 1 0 で 観 測 さ れ た H 11 ( 0 ) 遷 移
と L 11 ( 0 ) 遷 移 の E R 信 号 の 分 裂 は , n = 1 と 2 周 期 低 ポ テ ン シ ャ ル 側 の n = 2 電 子 局
13
図 11 : 図 1 0 に お け る E R ス ペ ク ト ル の 矢 印 で 示 し た 位 置 の エ ネ ル ギ ー の
バ イ ア ス 電 圧( 電 場 強 度 )依 存 性 と ,関 連 す る シ ュ タ ル ク 階 段 遷 移 エ ネ ル
ギ ー の 計 算 結 果 ( 実 線 と 破 線 ).
在 波 動 関 数 の 第 2 近 接 共 鳴[ E 1 ( 0 ) - E 2 ( - 2 ) 共 鳴 ]に よ る 電 子 シ ュ タ ル ク 階 段 状
態の反交差(結合状態と反結合状態の形成)を反映している.次に,共鳴が
生 じ て い る 状 態 の ER信 号 強 度 に 着 目 す る と , 非 共 鳴 状 態 の 場 合 と 比 較 し て ,
約半分の強度になっている.このことは,波動関数の共鳴結合によって局在
電 子 波 動 関 数 が 2 周 期 の 空 間 に わ た っ て 非 局 在 化 し ,電 子・正 孔 波 動 関 数 の 重
な り が 減 尐 し て 遷 移 振 動 子 強 度 が 小 さ く な っ た こ と を 反 映 し て い る 42). こ の
ように,波動関数の共鳴相互作用という典型的な量子力学現象が,超格子を
舞台として実現できている.
6.おわりに
超 格 子 が 提 案 さ れ て 40年 が 経 過 し , 上 で 述 べ た よ う に , 超 格 子 の 物 理 の 本
質 的 な 問 題 で あ る ミ ニ バ ン ド 構 造 の 解 析( ミ ニ バ ン ド の 幅 と 有 効 質 量 )と W S
局在という現象が明らかとなった.これらの成果は,参考文献の発行年から
も わ か る よ う に , 1980年 代 後 半 か ら 1990年 代 中 頃 に 集 中 的 に 研 究 さ れ た . 一
世代古い研究と言えるが,その内容は,超格子の物理を理解する上で必須の
ものであり,また,超格子の魅力を物語るものである.本稿の内容は,ユニ
バーサルなものであり,あらゆる超格子系に適用できる.超格子を構成する
物質の多様性を考えれば,本稿で述べた内容を基礎として,新たな超格子の
物理と機能が開拓されることが期待される.
14
文献
1 ) L . E s a k i a n d R . Ts u : I B M R e s e a r c h N o t e , R C - 2 4 1 8 ( 1 9 6 9 ) .
2 ) L . E s a k i a n d R . Ts u : I B M J . R e s . D e v. 1 4 , 6 1 ( 1 9 7 0 ) .
3) 江 崎 玲 於 奈 監 修 , 榊 裕 之 編 : 超 格 子 ヘ テ ロ 構 造 デ バ イ ス ( 工 業 調 査 会 ,
1988).
4 ) E . L . I v c h e n k o a n d G. P i k u s : S u p e r l a t t i c e s a n d O t h e r H e t e ro s t r u c t u re s
( S p r i n g e r, B e r l i n , 1 9 9 5 ) .
5 ) H . S h e n , S . H . P a n , F. H . P o l l a k , M . D u t t a a n d T. R . A u C o i n : P h y s . R e v. B 3 6 ,
9384 (1987).
6 ) E . E . M e n d e z , F. A g u l l ó - R u e d a a n d J . M . H o n g : P h y s . R e v. L e t t . 6 0 , 2 4 2 6
(1988).
7 ) P. Vo i s i n , J . B l e u s e , C . B o u c h e , S . G a i l l a r d , C . A l i b e r t a n d A . R e g r e n y : P h y s .
R e v. L e t t . 6 1 , 1 6 3 9 ( 1 9 8 8 ) .
8 ) G. H . Wa n n i e r : R e v. M o d . P h y s . 3 4 , 6 4 5 ( 1 9 6 2 ) .
9 ) M . N a k a y a m a : O p t i c a l P ro p e r t i e s o f L o w D i m e n s i o n a l M a t e r i a l s , e d i t e d b y T.
O g a w a a n d Y. K a n e m i t s u ( Wo r l d S c i e n t i f i c , S i n g a p o r e , 1 9 9 5 ) p . 1 4 7 .
1 0 ) C . Wa s c h k e , H . G. R o s k o s , R . S c h w e d l e r, K . L e o , H . K u r z a n d K . K ö h l e r : P h y s .
R e v. L e t t . 7 0 , 3 3 1 9 ( 1 9 9 3 ) .
11)K. Leo:
High-Field
Tr a n s p o r t
in
Semiconductor
Superlattices
( S p r i n g e r,
Berlin, 2003).
1 2 ) G. B a s t a r d : P h y s . R e v. B 2 5 , 7 5 8 4 ( 1 9 8 2 ) .
1 3 ) J . B a t e y a n d S . L . Wr i g h t : J . A p p l . P h y s . 5 9 , 2 0 0 ( 1 9 8 6 ) .
1 4 ) S . H . P a n , H . S h e n , Z . H a n g , F. H . P o l l a k , W. Z h u a n g , Q . X u , A . P. R o t h , R . A .
M a s u t , C . L a c e l l e a n d D . M o r r i s : P h y s . R e v. B 3 8 , 3 3 7 5 ( 1 9 8 8 ) .
1 5 ) I . Ta n a k a , M . N a k a y a m a , H . N i s h i m u r a , K . K a w a s h i m a a n d K . F u j i w a r a : P h y s .
R e v. B 4 8 , 2 7 8 7 ( 1 9 9 3 ) .
16) M. Nakaya ma, R, S ugie, H. Ohta and S. Nakashima : J pn. J. Appl, Phys . 34,
suppl. 34-1, 80 (1995).
1 7 ) M . N a k a y a m a , T. F u j i t a a n d H . N i s h i m u r a : S u p e r l a t t i c e s M i c r o s t r u c . 1 7 , 3 1
(1995).
1 8 ) M . N a k a y a m a , M . A n d o , I . Ta n a k a , H . N i s h i m u r a , H . S c h n e i d e r a n d K .
F u j i w a r a : P h y s . R e v. B 5 1 , 4 2 3 6 ( 1 9 9 5 ) .
1 9 ) M . N a k a y a m a , T. N a k a n i s h i , K . O k a j i m a , M . A n d o a n d H . N i s h i m u r a : S o l i d
State Commun. 102, 803 (1997).
2 0 ) T. H a s e g a w a a n d M . N a k a y a m a , J p n . J . A p p l . P h y s . 4 4 , 8 3 4 0 ( 2 0 0 5 ) .
21)D.E. Aspnes: Handbooks on Semiconductors vol.2, edited by M. Balkanski
( N o r t h H o l l a n d , A m s t e r d a m , 1 9 8 0 ) p . 11 0 .
15
2 2 ) J . L . S h a y : P h y s . R e v. B 2 , 8 0 3 ( 1 9 7 0 ) .
2 3 ) M . N a k a y a m a , I . Ta n a k a , T. D o g u c h i a n d H . N i s h i m u r a : J p n . J . A p p l . P h y s . 2 9 ,
L1760 (1990).
24)D. E. Aspnes: Surf. Sci. 37, 418 (1973).
2 5 ) B . V. S h a n a b r o o k , O . J . G l e m b o c k i a n d W. T. B e a r d : P h y s . R e v. B 3 5 , 2 5 4 0
(1987).
2 6 ) D . E . A s p n e s a n d A . A . S t u d n a : P h y s . R e v. B 7 , 4 6 0 5 ( 1 9 7 3 ) .
2 7 ) B . S c h l i c h t h e r l e , G. We i s e r, M . K l e n k , F. M o l l o t a n d C h . S t a r c k : P h y s . R e v. B
52, 9003 (1995).
2 8 ) J . B l e u s e , G. B a s t a r d a n d P. Vo i s i n : P h y s . R e v. L e t t . 6 0 , 2 2 0 ( 1 9 8 8 ) .
2 9 ) E . E . M e n d e z , F. A g u l l ó - R u e d a a n d J . M . H o n g : A p p l . P h y s . L e t t . 5 6 , 2 5 4 5
(1990).
3 0 ) I . Ta n a k a , M . N a k a y a m a , H . N i s h i m u r a , K . K a w a s h i m a a n d K . F u j i w a r a : S o l i d
State Commun. 92, 385 (1994).
3 1 ) M . N a k a y a m a , I . Ta n a k a , T. D o g u c h i , H . N i s h i m u r a , K . K a w a s h i m a a n d K .
Fujiwara: Solid State Commun. 77, 303 (1991).
3 2 ) K . H . S c h m i d t , N . L i n d e r, G. H . D ö h l e r, H . T. G r a h n , K . P l o o g a n d H .
S c h n e i d e r : P h y s . R e v. L e t t . 7 2 , 2 7 6 9 ( 1 9 9 4 ) .
3 3 ) R . P. L e a v i t t a n d J . W. L i t t l e : P h y s . R e v. B 4 2 , 11 7 8 4 ( 1 9 9 0 ) .
3 4 ) M . M . D i g n a m a n d J . E . S i p e : P h y s . R e v. B 4 3 , 4 0 9 7 ( 1 9 9 1 ) .
3 5 ) D . A . B . M i l l e r, D . S . C h e m l a , T. C . D a m e n , A . C . G o s s a r d , W. Wi e g m a n n , T. H .
Wo o d a n d C . A . B u r r u s : A p p l . P h y s . L e t t . 4 5 , 1 3 ( 1 9 8 4 ) .
3 6 ) H . S c h n e i d e r, K . F u j i w a r a , H . T. G r a h n , K . v. K l i t z i n g a n d K . P l o o g : A p p l .
Phys. Lett. 56, 605 (1990).
3 7 ) K . K a w a s h i m a , K . F u j i w a r a , T. Ya m a m o t o a n d K . K o b a y a s h i : J p n . J . A p p l .
Phys. 31, 2682 (1992).
3 8 ) M . H o s o d a , K . K a w a s h i m a , K . To m i n a g a , T. Wa t a n a b e a n d K . F u j i w a r a : I E E E J .
Quantum Electron. 31, 954 (1995).
3 9 ) D . A . B M i l l e r, D . S . C h e m l a , T. C . D a m e n , A . C . G o s s a r d , W. Wi e g m a n n , T. H .
Wo o d , a n d C . A . B u r r u s , P h y s . R e v. B 3 2 , 1 0 4 3 ( 1 9 8 5 ) .
4 0 ) H . S c h n e i d e r, H . T. G r a h n , K . v. K l i t z i n g a n d K . P l o o g : P h y s . R e v. L e t t . 6 5 ,
2720 (1990).
4 1 ) M . N a k a y a m a , I . Ta n a k a , H . N i s h i m u r a , K . K a w a s h i m a a n d K . F u j i w a r a : P h y s .
R e v. B 4 4 , 5 9 3 5 ( 1 9 9 1 ) .
4 2 ) I . Ta n a k a , M . N a k a y a m a , H . N i s h i m u r a , K . K a w a s h i m a a n d K . F u j i w a r a : P h y s .
R e v. B 4 6 , 7 6 5 6 ( 1 9 9 2 ) .
( 2010年 1月 ) 中 山 正 昭 : 応 用 物 理 79, 198(2010)
16