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Paavo Järvi
Charles Dutoit
パーヴォ・ヤルヴィ
シャルル・デュトワ
最も心に残った
N 響コンサート&ソリスト2015
1997年に「N響ベスト・コンサート」
として始まって以来、
今回で19回目を迎える
「最も心に残った N響コンサート&ソリスト」。
2015年1月~12月に行われた定期公演から、
演奏をお聴きになったみなさまに投票をお願いし、今年は530近くの票が集まりました。
みなさまの思い出がどのように順位に反映されているでしょうか。
投票にご参加いただいたみなさま、
ご協力ありがとうございました。
Herbert Blomstedt
Vladimir Fedoseyev
Gianandrea Noseda
ヘルベルト・ブロムシュテット
ウラディーミル・フェドセーエフ
ジャナンドレア・ノセダ
最も心に残った N 響コンサート2015
第1位
10月Aプロ 第1817回|10月 3日、4日
パーヴォ・ヤルヴィ
(指揮)
エリン・ウォール(ソプラノ)リリ・パーシキヴィ
(アルト) 東京音楽大学(合唱)
マーラー/交響曲 第2番 ハ短調
「復活」
N 響新時代の幕開け。ここまで完璧に再現された《復
パーヴォ・ヤルヴィの首席就任にふさわしい壮大で感動
活》を聴いたのは初めて。決して情緒的な演奏ではな
的な《復活》に鳥肌。あれほどの割れんばかりの拍手
いのに打ちのめされた感じ。感激のあまり久しぶりにコ
は、いまだかつて聞いたことがない。
(村田茜)
ンサートで泣いてしまった。
(益田隆太郎)
NHK ホールの大きな空間を生かしたバンダの効果が
パーヴォ・ヤルヴィの指揮は期待した以上で、N 響やソリ
素晴らしく、いまだに耳に残っている。ちょっと飽き気味
スト・合唱が一体となった素晴らしい演奏。マーラーの
だった《復活》
を新鮮に聴くことができた。圧倒的名演。
世界を壮大に構築して聴かせていただき、大いに堪能
しました。生で聴いて大正解 !!(松岡豊)
(宮脇幹太)
パーヴォ・ヤルヴィ氏の首席指揮者就任披露にふさわし
繊細かつ力強く、華麗なマーラーの《復活》でした。金
い感動的な名演。大きな音楽と広い心に包まれた幸せ
管のまとまりが素晴らしかった。パーヴォ・ヤルヴィ氏の
な演奏会であった。
(松下脩司)
細部まで行き届いた構成がよかったです。
(柴田薫)
新しい歴史が始まるという節目にぴったりの選曲で、演
奏も期待にたがわぬ名演奏でした。上京した甲斐があ
りました。
(北澤康秀)
パーヴォさんの気迫あふれる指揮にしっかりと付いてき
ているオーケストラ。就任記念にふさわしいプログラム
とこれからが非常に楽しみになる名演だったと思います。
(横堀慎二)
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
11
第2位
12月Aプロ 第1823回|12月4日、6日
シャルル・デュトワ
(指揮)
キム・ベグリー(ヘロデ)、ジェーン・ヘンシェル(ヘロディア
ス)
、グン・ブリット・バークミン
(サロメ)、エギルス・シリンス
(ヨカナーン)、望月哲也(ナラボート)、中島郁子(ヘロディ
アスの小姓・どれい)
、大野光彦、村上公太、与儀 巧、加
茂下 稔、畠山 茂(5人のユダヤ人)、駒田敏章、秋谷直
之(2人のナザレ人)、井上雅人、斉木健詞(2人の兵士)、
岡 昭宏(カッパドキア人)
R. シュトラウス/楽劇「サロメ」
(演奏会形式)
グン・ブリット・バークミンさんは、サロメそのものでした。最初
演奏会形式ながら、各ソリスト全員が素晴らしい歌唱を聴か
から最後まで目も耳も離せない魅力の舞台。次の展開がわ
せてくれたことで、オペラの醍醐味を堪能できました。もちろ
かっているのに何度も鳥肌が立つほどの感動! 両日とも聴か
せていただきました。
(髙橋陽子)
ん N 響もデュトワの指揮のもと、熱く素晴らしい演奏でした。
(原田泰典)
デュトワはすごい。 N 響と充実した歌手から、R.シュトラウス
デュトワさんの心揺さぶる指揮に、レベルの高い歌手陣を得
の芳醇で豊かな響きと、ダイナミックでドラマチックな表現を引
て、そこに N 響の熱演が加わり、ステージ・オペラ特有の緊張
き出してくれる。とてもぜいたくな演奏会でした。
(栗原正篤)
感に満ちた感動的な演奏だった。
(岡本博生)
演奏会形式ですが、
ドラマが目に見えるようでした。デュトワ
そのもの。デュト
バークミンの鬼気迫るサロメはまさに(サロメ)
(蝦名
の12月オペラ・シリーズが長く続くことを希望します。
ワとN 響の迫力ある演奏と相まって素晴らしいドイツ・オペラを
和郎)
聞きました。
(上田真)
第3位
10月Cプロ 第1819回|10月 23日、24日
パーヴォ・ヤルヴィ
(指揮)
五嶋みどり
(ヴァイオリン)
トゥール/アディ
トゥス
(2000/2002)
ショスタコーヴィチ/ヴァイオリン協奏曲 第1番 イ短調 作品77
バルトーク/管弦楽のための協奏曲
パーヴォ・ヤルヴィと五嶋みどりの熱演を聴ける興奮、感動、喜
五嶋みどりさんの熱演に感動した。トゥールの作品も面白かっ
び、緊張で、前半が終わった段階でくたくたになってしまった。
た。
(富田真以子)
久しぶりに味わうことができた音楽の喜び!何物にもかえがた
いものであった。二十数年ぶりに聴いた五嶋の成長にただた
だ脱帽するのみ。
(鈴木邦昭)
五嶋みどりさんの実演を久しぶりに聴いたのですが、まるで音
楽の神が降りてきたようなシャーマニスティックな演奏に打たれ
ました。こんなショスタコーヴィチは初めて。パーヴォ・ヤルヴィ
パーヴォ・ヤルヴィの棒と神にとりつかれたような五嶋みどりの
の《管弦楽のための協奏曲》
も、ひとつひとつの民俗的旋律
ショスタコーヴィチ。今まで何回も聴いた曲なのに初めてこの
(星井渉)
が生き生きと躍動する名演でした。
曲の真理が理解できた。今年聴いたすべてのコンサートで間
違いなくナンバーワンの演奏。身が震えるような感動をありがと
う。
(寺田明弘)
12
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | APRIL 2016
第4位
マーラーの壮大な楽曲が、透けて見えるほどの全体構築力で
12月Cプロ 第1824回|12月11日、12日
シャルル・デュトワ
(指揮)
ビルギット・レンメルト
(アルト)
東京音楽大学(女声合唱)
NHK東京児童合唱団(児童合唱)
マーラー/交響曲 第3番 ニ短調
聴かせていただきました。アルト・ソロ、コーラスもとても瑞々しく
てよかったです。
(渡辺弘樹)
マーラー《交響曲第3番》最終楽章の弱音の表情がすばらし
かった。管楽器、特にトランペットおよびポストホルンの演奏は
これまでの多くの海外オケを含めて最高でした。
(白井眞)
がこんなに素晴らしい曲だったとは!
マーラーの《交響曲第3番》
最初から最後まで一音たりとも緩みがなく、穏やかな部分の美
しさも格別。終始、感動の連続でした。 N 響の力量も存分に
発揮された最高の演奏だったと思います。
(小林晴彦)
参りましたの一言です。最後まで途切れない緊張感にあふれ
た感動的な演奏でした。
(丸山純一)
第5位
2日目を聴く。世界トップレベルの演奏会が《巨人》で展開。
2月Aプロ 第1802 回|2月7日、8日
パーヴォ・ヤルヴィ
(指揮)
アリサ・ワイラースタイン
(チェロ)
エルガー/チェロ協奏曲 ホ短調 作品85
マーラー/交響曲 第1番 ニ長調
「巨人」
各パートの歌が、心にしみた。その歌が重層的であることに、
パーヴォが N 響と築いていくこれからの歴史的な場と認識し
(永田重樹)
た。若い聴衆の心に強い火を灯した。
パーヴォ・ヤルヴィ氏の首席就任を控えた公演だったので楽し
みにしていました。マーラー《第1番》は聴く機会が多かったの
で他のプログラムがよいなとも思いましたが、ヤルヴィ氏とN 響
の相性の良さを感じさせる公演でした。
(今泉美輪)
パーヴォ・ヤルヴィ氏の指揮で N 響の音が変わった(特にダイナ
ミックレンジの幅が大きくなった)
と感じました。マーラーを聴き終
わった後、涙が止まりませんでした。
(冨永尚史)
エルガーの《チェロ協奏曲》に込められた悲しみや孤独を誇張
なく伝える演奏が深く心に残った。
(野田淑子)
ヘルベルト・ブロムシュテット
(指揮)
ハチャトゥリヤン/バレエ組曲
「ガイーヌ」
―「剣の舞」
「ばらの少女たちの踊り」
「子守歌」
「レズギンカ舞曲」
チャイコフスキー/序曲
「1812年」
作品49
第7位|2月 Cプロ|第1803回|2月13日、14日
ヘルベルト・ブロムシュテット
(指揮)
パーヴォ・ヤルヴィ
(指揮)
ティル・フェルナー
(ピアノ)
第6位|9月 B プロ|第1815 回|9月16日、17日
ベートーヴェン/交響曲 第1番 ハ長調 作品21
ベートーヴェン/交響曲 第3番 変ホ長調 作品55
「英雄」
庄司紗矢香(ヴァイオリン)
シベリウス/ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47
ショスタコーヴィチ/交響曲 第5番 ニ短調 作品47
第8位|11月 C プロ|第1821回|11月20日、21日
ウラディーミル・フェドセーエフ
(指揮)
チョ・ソンジン
(ピアノ)
ショパン/ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11
グラズノフ/バレエ音楽
「四季」作品67―「秋」
第9位|9月 A プロ|第1816 回|9月26日、27日
ベートーヴェン/交響曲 第2番 ニ長調 作品36
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73
「皇帝」
第10位|1月 A プロ|第1799 回|1月10日、11日
ジャナンドレア・ノセダ(指揮)
アレクサンダー・ガヴリリュク
(ピアノ)
フォーレ/組曲
「ペレアスとメリザンド」
作品80
プロコフィエフ/ピアノ協奏曲 第3番 ハ長調 作品26
ベートーヴェン/交響曲 第5番 ハ短調 作品67
「運命」
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
13
最も心に残ったソリスト2015
第1位
10月Cプロ 第1819回|10月23日、24日
五嶋みどり
(ヴァイオリン)
ショスタコーヴィチ/ヴァイオリン協奏曲 第1番 イ短調 作品77
ひたすら「音」
と向き合い、全身全霊で弾く姿に圧倒されました。凄ま
じいオーラを放つ Midori の演奏を生で聴く喜びに酔いしれました。ス
テージも客席も、いつもと違う空気を感じました。
(疋田和代)
靴音のよく響く靴で、舞台に登場されたときから期待が高まりました。ご
自身の足で、リズムを刻みながらのカデンツァは、圧巻でした。生演奏
で聴くことができて、宝物がひとつ増えたように感じています。
(谷口馨)
ショスタコーヴィチの《ヴァイオリン協奏曲》がすごかった。特に何か
にとりつかれたような第3楽章のカデンツァは本当にすごかった!(高
橋勝弥)
第2位
12月Aプロ 第1823 回|12月4日、6日
第4位
2月Cプロ 第1803回|2月13日、14日
グン・ブリット・バークミン
(サロメ)
庄司紗矢香
(ヴァイオリン)
R. シュトラウス/楽劇「サロメ」
(演奏会形式)
シベリウス/ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47
第3位
6月Cプロ 第1812回|6月12日、13日
ラデク・バボラーク
(ホルン)
モーツァルト/ホルン協奏曲 第1番 ニ長調 K.412
R. シュトラウス/ホルン協奏曲 第1番 変ホ長調 作品11
第5位
5月Bプロ|第1810 回|5月20日、21日
ギル・シャハム
(ヴァイオリン)
メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
6月Aプロ|第1811回|6月6日、7日
ルノー・カプソン
(ヴァイオリン)
ラロ/スペイン交響曲 ニ短調 作品21
11月Cプロ|第1821回|11月20日、21日
チョ・ソンジン
(ピアノ)
ショパン/ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11
14
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | APRIL 2016
投票を通じて寄せられたみなさまの声
パーヴォ・ヤルヴィを首席指揮者に迎えて、今まで以
単身赴任先の名古屋で FM 生中継を聴いていました。
上に奏でる音楽に深みが出てきた、素晴らしいシーズ
特に11月 B プロ、マリナー指揮の端正なモーツァルト
ンだったと思います。今後にさらなる期待をしています!
と、豊かな響きに満ちたブラームスに大変感動しました。
(長谷川尚斗)
(斎藤寿男)
19年前、病院から外出許可をもらって聴いたのがブロ
パーヴォ・ヤルヴィ首席指揮者就任、あらためておめで
ムシュテットのベートーヴェンの《第 2番》だった。元気
とうございます。そして、ここまでの NHK 交響楽団サイ
になって再び聴けて感無量です。
(幸純一)
ドの尽力に深く感銘しております。マエストロ、パーヴォ
2月に聴いた《巨人》や《英雄の生涯》のプログラム
が素晴らしかったので、N 響の会員になりました。今後
のパーヴォ・ヤルヴィとN 響の演奏に期待しております。
(石川友規)
いまどき、NHK ホール自由席の1500円は助かります。よ
り、良質なコンサート企画に期待しています。
(今井達朗)
昨年9月からA プロ年間会員に久方ぶりに復帰。在京
オケ鑑賞を経て、N 響のプログラミングの良さ・指揮者・
ソリスト・技術レベルの高さを痛感。
(伊福正明)
R.シュトラウス《歌劇「サロメ」》、
ドビュッシー《ペレアス
とメリザンド》、ベルリオーズ《テ・デウム》、ストラヴィン
スキー《夜鳴きうぐいす》、バルトーク《青ひげ公の城》
─過去5年間に定期で演奏されたデュトワ指揮の
曲目。演奏会形式とはいえ、オペラがズラリ。年末は
《第9 》が恒例イベントですが、デュトワ指揮の定期は
もう一つの注目コンサートです。
(千秋亀三雄)
招聘してほしい指揮者 ベスト5
1
2
3
4
5
ヘルベルト・ブロムシュテット
サイモン・ラトル
エサ・ペッカ・サロネン
グスターボ・
ドゥダメル
ファビオ・ルイージ
のお陰でクラシック、特にオーケストラへの関心を持
つヤングユーザーがさらに増えること期待しております。
(嶋谷宏明)
昨年はパーヴォ・ヤルヴィ元年。 N 響の新しい魅力を
引き出してくれると思います。今年のプログラムも楽し
みです。
(田村寿栄)
1月のノセダによる鮮烈な《運命》から12月のデュトワ
快演3連発まで、まさに快進撃といっていい1年だった
と思います。パーヴォ・ヤルヴィ効果に加え、新たなメ
ンバーの活動も印象的。マーラー《第3番》での菊本
さんはすごかった !!(吉田淳)
12月 C プロ2日目(マーラー《交響曲第3番》)の金管
は、出色の出来栄えであったと思います。たいへんリ
ラックスした雰囲気のなか、芯のある伸びやかな音色
が、ホールを満たしていた感があります。こうした金管
の音色に、大いに感動しました。
(河村秀俊)
招聘してほしいソリスト ベスト5
1
2
3
4
5
マルタ・アルゲリッチ
(ピアノ)
五嶋みどり
(ヴァイオリン)
ヒラリー・ハーン
(ヴァイオリン)
庄司紗矢香(ヴァイオリン)
アンネ・ゾフィー・ムター
(ヴァイオリン)
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
15
アメリカを代表する指揮者の
文脈豊かなプログラムを堪能する
レナード・スラットキンがまた N 響に来てく
れる。2012年以来だから4年ぶりだ。本当
は2014年11月にも来日が予定されていた
のだが、健康上の理由で中止となり、定期公
演はネヴィル・マリナーが代役を務めたのだっ
た。若々しいイメージが強いが、70代を迎え、
今やアメリカを代表する巨匠となったスラット
キン。今回の来日では、3回の演奏会に得意
そろ
のレパートリーをずらりと揃えてくれた。
古くからのファンならご記憶かと思うが、
スラットキンの名を一 躍 有 名にしたのは、
1983年に『タイム』誌が発表した全米オーケ
ストラ・ランキングだった。この記事で、彼が
音楽監督を務めるセントルイス交響楽団が、
名だたる強豪オーケストラを抑え、シカゴ交
響楽団に次ぐ2位に選ばれたのだ。そしてそ
の翌年、1984年10月には、早くもスラットキ
ンとN 響の共演が実現する。以来、スラット
キンとN 響は、信頼関係を育み、名演を重
ね、今回で実に9回目の共演となった。
文 ◎増 田 良 介
©Cybelle Codish
スラットキンの描く
バーンスタインのポートレート
さて、国際的に活躍した最初のアメリカ人
指揮者は、言うまでもなくレナード・バーンスタ
インだ。しかし、それに続く人はなかなか出
てこなかった。1983年頃を思い出してみる
と、いわゆるメジャー・オーケストラを率いて
Leonard Sl
今月のマエストロ
レナード・スラットキン
Leonard Slatkin
16
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | APRIL 2016
いたのは、メータ、小澤征爾、ショルティ、ムー
が拒否感を隠さなかったマーラーの《交響曲
ティといった米国人以外の指揮者ばかりだっ
第10番》の5楽章版をスラットキンは積極的
たし、
レヴァインやティルソン・
トーマスはようや
に演奏しているし、バーンスタインがエルガー
くまだ期待の若手という感じだった。だから
の《変奏曲「謎」》
で名演を残しながらも険悪
スラットキンの登場は、バーンスタインに続く
な関係になった BBC 交響楽団を、スラットキ
有望な才能の出現という受け止められ方を
ンは首席指揮者として5年間率いた。
していたと記憶する。実際、バーンスタインと
そう思うと、今回の B プログラムは興味深
同じく、ロシアから移住したユダヤ人の家に
い。この演 奏 会でスラットキンが 指 揮する
生まれ、同じファーストネームを持ち、20世紀
のは、そのバーンスタインの代表作3曲と、
のアメリカ音楽を熱心に演奏するとなれば、
バーンスタインが十八番にしていたマーラーの
比較してしまうのも自然なことだろう。さらに
《交響曲第4番》だ。スラットキンはバーンス
は野球、特にセントルイス・カージナルスを熱
タインの弟子だったわけではないが、他のア
愛し、コンサート中に試合の途中経過を聴
メリカの指揮者と同様、彼のことを深く尊敬
衆にアナウンスしたり、中継放送のゲストとし
していて、3つの交響曲をはじめとする彼の
て出演したりしたこともある、などという気さく
作品を熱心に演奏し、録音している。この演
な人柄も、バーンスタインと同様に愛された。
奏会は、スラットキンの描く、バーンスタイン
ただ、音楽家としては、スラットキンとバー
のポートレートと言えるかもしれない。
ンスタインは正反対と言ってもいいほど違う。
熱烈な高揚や濃厚な表情を持ち味とする
バーンスタインに対し、スラットキンは調和の
とれた温かい響きと気品のある表現が身上
先輩指揮者や武満徹などへの
敬意に満ちたプログラム
だ。また、ニューヨーク・フィルハーモニックに
A プログラムもまた、偉大な先輩指揮者た
次ぐ古い歴史を持ちながらぱっとしなかった
ちをリスペクトする曲目が含まれている。前半
セントルイス交響楽団を一流のアンサンブル
は、珍しい管弦楽編曲によるバッハ作品集
に育て上げたスラットキンが腕の確かなオー
なのだが、それらの編曲者が、スラットキンも
ケストラ・ビルダーであったのに対して、バーン
何度も出演したロンドンの名物行事「BBC
スタインは、どちらかというと、完成したアン
プロムス」
を草創期から支えたヘンリー・ウッ
サンブルをドライブする方に才能を発揮した。
ド、そしてアメリカのオーケストラ界を長年に
さらに細かいことを言うなら、バーンスタイン
わたって支えたストコフスキーやオーマンディ
latkin
PROGRAM A/B/C
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
17
ら、往年の名指揮者たちなのだ。そして後半
ラットキンは武満徹をしばしば取りあげてい
は、スラットキンの得意のプロコフィエフ作品
て、N 響でも1993年5月定期で《ア・ストリン
から、最高傑作のひとつである《交響曲第5
グ・アラウンド・オータム》
を演奏した。そして
番》
だ。スラットキンはこの曲を1984年にセ
もちろん、1995年に
《系図》
を、ニューヨーク・
ントルイス交響楽団と録音している。それか
フィルハーモニックとともに世界初演した指
ら32年、円熟を重ねた現在のスラットキン
揮者もスラットキンだった。今や、世界中の
は、あの美しい第3楽章をどのように演奏し
オーケストラのレパートリーとなっている武満
てくれるだろうか。
徹だが、日本で、日本人以外の指揮者によ
C プログラムでは、今年没後20年を迎え
る演奏を聴く機会はさほど多くない。スラット
る武満徹の《系図(ファミリー・トゥリー)》
が演奏
キンの作る、温かくも冴え冴えとした響きは、
される。成人の語り手が起用されることも少
晩年の武満作品にいかにもふさわしく思わ
なくないこの曲だが、今回は「12歳から15
れる。名演を期待しよう。
歳の少女が望ましい」
という作曲者の言葉
通り、15歳の山口まゆが語り手を務める。ス
[ますだ りょうすけ/音楽評論家]
プロフィール
現代アメリカを代表する指揮者のひとりであるレナード・スラットキンは1944年、指揮者、ヴァイオリニストと
してハリウッド弦楽四重奏団などを創設したフェリックス・スラットキンを父に、同団のチェリストだったエレノア・
アラーを母に、ロサンゼルスで生まれた。ジュリアード音楽院ではジャン・モレルから指揮を学んだ。1979年、
米国で2番目に古い歴史を持つ名門オーケストラ、セントルイス交響楽団の音楽監督に就任、短期間に演
奏水準を飛躍的に引き上げ、一躍名声を得た。その後スラットキンは、ワシントン・ナショナル交響楽団音楽
監督や BBC 交響楽団首席指揮者を歴任し、現在はデトロイト交響楽団とフランス国立リヨン管弦楽団の
音楽監督を務めるほか、世界中の一流オーケストラに客演している。また、これまでに録音したアルバムは
100枚を超え、グラミー賞を7度も受賞するなど高い評価を受けている。
NHK 交響楽団とは、1984年以来、すでに8度もの共演を重ねている。今回は2012年以来の共演とな
る。
[増田良介]
18
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | APRIL 2016
A
PROGRAM
第1832回 NHKホール
土 6:00pm
4/16 □
日 3:00pm
4/17 □
Concert No.1832 NHK Hall
April
16 (Sat ) 6:00pm
17 (Sun) 3:00pm
[指揮]
レナード・スラットキン
[conductor]Leonard Slatkin
[コンサートマスター]篠崎史紀、伊藤亮太郎 *
[concertmaster]Fuminori Shinozaki,
[concertmaster]Ryotaro Ito*
バッハ
無伴奏ヴァイオリン・パルティータ
第3番 ホ長調 BWV1006
─前奏曲(4′
)*
Johann Sebastian Bach
(1685-1750)
Partita for Violin solo No.3 E major
BWV1006–Prelude*
バッハ
Johann Sebastian Bach
カンタータ「神よ、あなたに感謝をささげ “ Wir danken dir,
Gott, wir danken dir”BWV29,
)
ます」BWV29 ─シンフォニア(4′
(《無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第3番
cantata–Sinfonia
─前奏曲》の作曲者自身による編曲)
(Arranged by the Composer from
“Partita for Violin solo No.3–Prelude”
)
バッハ(ウッド編)
)
組曲 第6番─終曲(4′
(《無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第3番
─前奏曲》の編曲)
Johann Sebastian Bach /
Henry Wood (1869-1944)
Suite No.6 – Finale
(Arranged from“Partita for Violin solo
No.3 –Prelude”
)
バッハ(バルビローリ編)
Johann Sebastian Bach /
John Barbirolli (1899-1970)
カンタータ「狩りだけが私の喜び」
BWV208 ─「羊は安らかに草を食み」 “ Was mir behagt,
ist nur die muntre Jagd”
)
(6 ′
BWV208, cantata
–“Schafe können sicher weiden”
PROGRAM A
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
19
バッハ(オーマンディ編)
カンタータ「心と口と行ないと命」
BWV147
─「主よ、人の望みの喜びよ」
(3 ′
)
Johann Sebastian Bach /
Eugene Ormandy (1899-1985)
“Herz und Mund und Tat
und Leben”BWV147, cantata
–“Jesus bleibet meine Freude”
バッハ(ストコフスキー編)
トッカータとフーガ ニ短調
BWV565(10′
)
Johann Sebastian Bach /
Leopold Stokowski (1882-1977)
Toccata und Fuge d minor
BWV565
・・・・休憩・・・・
・・・・intermission・・・・
プロコフィエフ
(45′
)
交響曲 第5番 変ロ長調 作品100
Sergei Prokofiev (1891-1953)
Symphony No.5 B-flat major op.100
Ⅰ アンダンテ
Ⅰ Andante
Ⅱ Allegro marcato
Ⅲ Adagio
Ⅳ Allegro giocoso
Ⅱ アレグロ・マルカート
Ⅲ アダージョ
Ⅳ アレグロ・ジョコーソ
20
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | APRIL 2016
Program A
バッハ
無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第3番 ホ長調
BWV1006─前奏曲
ベルリンのプロイセン文化財国立図書館には、次のような表題を持ったバッハ自筆の楽
譜が所蔵されている。「無伴奏ヴァイオリンのための6 曲の独奏曲、第 1 巻、ヨハン・セバス
ティアン・バッハ作、1720 年」。1720 年といえば、 バッハ( 1685∼1750)は35 歳、ケーテン
宮廷楽長を務めていた。ケーテン時代( 1717∼1723年 )のバッハは、音楽好きの君主レオ
ポルト侯のために数多くの協奏曲、室内楽曲を作曲上演し、幸福な時代であった。しかし
この年には最愛の妻、マリア・バルバラが急死するという家庭の悲劇もあった。さらにケー
テン宮廷の音楽予算が軍備拡張の余波で削減された結果、バッハの仕事が減り、彼の目
がしだいに外に向き始めたともいわれている。さて上述の自筆譜は、表紙を含めて24 葉か
らなり、3 曲のヴァイオリン・ソナタとパルティータとが、1 曲ずつ交互に書き込まれている。雄
渾な筆致はバッハならでは。ひとつひとつの音符やスラーが、そのままバッハの意志を反映
というからには「第 2 巻」の自筆譜も存在したはずだが、残念
しているかのようだ。
「第 1 巻」
ながらすでに失われている。現在は、いくつかの筆写楽譜で伝えられている
《無伴奏チェロ
組曲》
( BWV1007∼1012)全 6 曲がそれにあたる。
3 曲のソナタは、緩─急─緩─急の4 楽章構成をとる典型的な教会ソナタ、他方、3 曲の
パルティータは、さまざまな舞曲を並置した室内ソナタないしは組曲である。
〈前奏曲〉
に始まり、
〈ルール〉
〈ガヴォット〉
などが続くよう
《パルティータ第3 番ホ長調》は、
に、フランスの管弦楽組曲に近い構成がとられている。
は3/4 拍子。あたかもヴィヴァルディの協奏曲を彷 彿
今回演奏されるその第1 曲〈前奏曲〉
とさせるような華麗な音楽で、ヴァイオリニストに高度な演奏技術を要求する。開放弦の効
果的な用法、エコー効果と、バッハのパレットは多彩きわまりない。
[樋口
一]
作曲年代
1720年以前
初演
不明
楽器編成
ヴァイオリン・ソロ
PROGRAM A
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
21
Program A
バッハ
カンタータ「神よ、あなたに感謝をささげます」
BWV29 ─シンフォニア
バッハ( 1685∼1750)の半世紀にもおよぶ創作活動を俯 瞰すると、若いころはオルガン
曲を多く作曲していたが、帝国自由都市ミュールハウゼンの聖ブラジウス教会オルガニスト
時代(1707∼1708年 )から始まった教会カンタータに代表される宗教曲の作曲は、ライプ
に、
《ヨハネ受難曲》
( BWV245)、
《マタ
ツィヒ聖トーマス教会カントル時代(1723∼1750年)
( BWV232)で頂点を迎える。教会カンター
イ受難曲》
( BWV244)、そして《ミサ曲ロ短調》
タだけでも約300 曲、そのうち現存するものだけでも約 200 曲もある。
《カンタータ「神よ、あなたに感謝をささげます」》
( BWV29)は、1731 年 8月31日、ライプ
ツィヒの市参事会員交代式の礼拝で初演され、さらに1739 年、1749 年にも再演されてい
る。当時のライプツィヒは、ザクセン選帝侯国の大学・商業都市だった。選帝侯は首都のド
レスデンにいたため、市参事会による自治が許されていた。市民の代表である市参事会
員は12 人ずつ3グループに分けられ、3 年に1 回ずつ交代で市参事会を構成した。市民自
治の象徴であるその交代は、朝 7 時から始まる市参事会員交代式で盛大に祝われた。市
参事会員交代式のためのカンタータには、通常の日曜日の礼拝のためのそれよりも多くの
予算がゆるされ、バッハも安心してトランペット3 本とティンパニを含む華やかな編成の音楽
を用意することができたのである。バッハはこの〈シンフォニア〉のために、
《無伴奏ヴァイオ
( BWV1006)の〈前奏曲〉
をオルガン独奏と管弦楽のために編曲
リン・パルティータ第 3 番》
している。バッハの編曲はこれが初めてではなく、すでに1729 年に上演された《主なる神、
( BWV120a)の第 2 部の導入曲としても用いているの
万物の支配者よ( 婚礼用カンタータ)》
で、いわば二重の転用ということになる。この華やかな音楽がライプツィヒの市民たちを喜
ばせたことは疑いようもない。
[樋口
一]
作曲年代
1731年
初演
1731年8月31日、ライプツィヒの市参事会員交代式の礼拝にて
楽器編成
オーボエ2 、
トランペット3 、ティンパニ1、オルガン1、弦楽
22
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | APRIL 2016
Program A
バッハ(ウッド編)
組曲 第6番─終曲
ヘンリー・ウッド
( 1869∼1944)は、イギリスの指揮者・編曲者である。父は職人で模型製
作者。音楽好きの両親のもとで幼いウッドは才能をのびのびと育んだという。ピアノ、ヴァイ
オリン、オルガンを学び、1883 年にはロンドンの博覧会で、オルガンの公開リサイタルを開
いている。1886 ∼ 1888 年、王立音楽院で学び、卒業後はフラムの聖ジョンズ教会のオル
ガニスト兼合唱隊指揮者を務めた。1888 年には、クランプトン音楽協会で指揮者としてデ
ビューしている。オペラ指揮者としての経験を積んだ後、1895 年にロンドンのクイーンズホー
ルで始まった「プロムナード・コンサート」
(現在の BBC プロムス)の指揮者に、26 歳で任命さ
れたことが彼の生涯を決定した。戦後はロイヤル・アルバートホールに会場を移し、現在で
は、世界中に知られるようになったロンドンの夏の名物コンサート・シリーズだが、その最終
夜を飾る定番曲《ルール・ブリタニア》
も、彼の管弦楽編曲である。
「プロムス」
でのウッドは、気取らない雰囲気で大衆に音楽を楽しんでもらうことを大切に
しながら、同時に、エルガーなど数多くのイギリスの作曲家、さらにはドビュッシー、
リヒャルト・
シュトラウス、シベリウス、マーラーなど、
ヨーロッパの作曲家の新作の初演も数多く行っている。
世紀末から20 世紀初頭にかけては、バッハ( 1685∼1750)やヘンデルなどのバロック音
楽が上演される機会もまだ少なかったが、ウッドはそれらの作品を大管弦楽のために編曲
して上演し、普及に努めた。バッハ作曲/ウッド編曲による《組曲第 6 番》は、バッハの《平
均律クラヴィーア曲集》
《 旅立つ最愛の兄に思いを寄せる奇想曲》
《 無伴奏ヴァイオリンのた
と
《イギリス組曲》
に基づく6 曲からなる組曲で、今回演奏される
〈終
めのパルティータ第3 番》
に基づく大規模な管弦楽編曲である。
曲〉は、
《パルティータ第 3 番》の〈前奏曲〉
[樋口
一]
作曲年代
原曲は1720年以前
初演
不明
楽器編成
フルート3 、オーボエ2 、イングリッシュ・ホルン1、クラリネット3 、ファゴット2 、コントラファゴット1、ホルン
4、
トランペット3 、
トロンボーン3 、テューバ1、ティンパニ1、弦楽
PROGRAM A
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
23
Program A
バッハ(バルビローリ編)
カンタータ「狩りだけが私の喜び」BWV208
─「羊は安らかに草を食み」
ジョン・バルビローリ
( 1899∼1970)は、イギリスの大指揮者である。イタリア人の父とフ
ランス人の母の間にロンドンで生まれている。1916 年にヘンリー・ウッドが率いるロンドン・
クイーンズホール管弦楽団の最年少のチェロ奏者として音楽活動をはじめたが、1925 年
に指揮者に転向した。1927 年、ロンドン交響楽団の演奏会でビーチャムの代理を務めた
後、1931 年にはスコットランド管弦楽団の客演指揮者、さらに3シーズンは同楽団の常任
指揮者となった。1936 ∼ 1937 年のシーズンにはニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
( 現ニューヨーク・フィルハーモニック)の客演指揮者を務め、そのときの成功により、彼はトスカ
ニーニの後を継ぐ常任指揮者として5 年間を務め上げた。同楽団の創立 100 年記念となっ
た1941 ∼ 1942 年のシーズンには、トスカニーニをふくむ著名な指揮者たちと指揮をする
栄誉を担った。1942 年には、大戦下にもかかわらずイギリスを訪れ、ロンドン交響楽団、
BBC 交響楽団、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮した。1943年から1970年の
あいだ、イギリスのマンチェスターにあるハレ管弦楽団の首席指揮者として名声を博し、と
だけでなく、パーセルや
くにマーラーの交響曲に名演を残している。バッハ(1685∼1750)
バードの管弦楽編曲を残しているのは、ウッドの影響だろう。
「狩りのカンタータ」
とも呼
バッハの世俗カンタータ
《狩りだけが私の喜び》
( BWV208)は、
ばれ、おそらく1713 年(あるいは1712年 )2月23日、ワイマール近郊ワイセンフェルスの城館
で、狩りが好きだったザクセン・ワイセンフェルス公クリスティアンの誕生日のために初演され
た。その第 9 曲〈羊は安らかに草を食 み〉は、領民の平和を保証する領主クリスティアン公
の治世を称えるおだやかで美しい旋律が愛されている。 NHK-FM「あさのバロック」の
テーマ音楽としても親しまれていた。
一]
[樋口
作曲年代
原曲は1712年ないし1713年
初演
原曲は1713年
(ないし1712年)2月23日、ワイマール近郊ワイセンフェルスの城館にて
楽器編成
フルート4 、オーボエ2 、イングリッシュ・ホルン2 、
ファゴット2 、弦楽
24
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | APRIL 2016
Program A
バッハ(オーマンディ編)
カンタータ「心と口と行ないと命」BWV147
─「主よ、人の望みの喜びよ」
ユージン・オーマンディ
( 1899∼1985)は、ハンガリー出身のユダヤ系アメリカ人指揮者で
ある。1936 ∼ 1938 年、ストコフスキーとともにフィラデルフィア管弦楽団共同指揮者を務め
「フィラデルフィ
たあと、1938 ∼ 1980 年の42 年間、同楽団をその音楽監督として鍛え上げ、
ア・サウンド」
と呼ばれる豊麗な響きを生み出した。その幅広いレパートリーは、厖 大な録
音によって世界の音楽ファンに親しまれている。その中には、バッハ(1685∼1750)のオル
ガン曲やカンタータを大オーケストラのために編曲したものも複数ある。ストコフスキーの影
響と考えられるが、アメリカにおけるバッハ音楽普及のひとつの重要なかたちを示している
といってよい。
は、1723年7月2日のマリア訪
バッハの教会カンタータ《心と口と行ないと命》
(BWV147)
問の祝日の礼拝式において、ライプツィヒで初演された。天使ガブリエルによって受胎を告
知されたマリアは大きな不安に悩まされていたが、高齢にもかかわらず妊娠したという親せ
が喜びのあまり踊った
きのエリザベトを訪問したところ、その胎内の子(のちの洗礼者ヨハネ)
ことを知り、初めて神の子を身ごもった喜びを自覚した。マリア訪問の祝日とは、このことを
記念する祝日で、現在、プロテスタント教会で祝われることはないが、バッハの時代のライプ
ツィヒでは、マリア信仰の伝統が根強く、バッハもまたこうした美しいカンタータを残している。
「イエスは
《主よ、人の望みの喜びよ》
は、2部からなるカンタータの最後を飾るコラールで、
常に私の喜び。わが心の慰めであり、命の水」
と、神の子イエスを称えるものである。イギリ
によるピアノ独奏のための編曲によって、世界中で
スのピアニスト、マイラ・ヘス
(1890∼1965)
愛されるようになった。オーマンディによる管弦楽編曲を聴けるのもうれしいではないか。
[樋口
一]
作曲年代
原曲は1723年7月2日以前
初演
原曲は1723年7月2日、ライプツィヒにて
楽器編成
弦楽
PROGRAM A
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
25
Program A
バッハ(ストコフスキー編)
トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
レオポルド・ストコフスキー
( 1882∼1977)
はポーランドとアイルランドの移民の子としてロン
ドンに生まれ、13 歳で王立音楽大学に入学。1902 年、ピカデリーの聖ジェームズ教会の
オルガニスト、聖歌隊指揮者となり、1903 年にはオックスフォード大学クイーンズ・カレッジで
音楽学士号を取得。1905 年にはニューヨークの聖バーソロミュー教会のオルガニストとな
る。1909 年、パリで急病の指揮者の代わりに指揮をしてデビュー。その成功がきっかけで、
シンシナティ交響楽団の指揮者となった。1912 ∼ 1940 年、フィラデルフィア管弦楽団常任
指揮者。その後、全米青少年管弦楽団、ニューヨーク市交響楽団、ハリウッドボール交響
楽団、アメリカ交響楽団を次々に結成し、アメリカの交響楽運動の第一線にたち続けた。
1941 年、フィラデルフィア管弦楽団との戦前最後の演奏会がバッハ( 1685∼1750)の《マ
タイ受難曲》
であったように、彼にとってバッハは常に大切なよりどころでもあった。
ストコフスキーは、映画という新しいメディアの可能性に早くから着目し、自ら出演すること
によってクラシック音楽を大衆に届ける活動を行ってきた。
『オーケストラの少女』
(1937年 )、
での活躍は伝説となった。しかしディズニーの音楽アニメー
『カーネギー・ホール』
( 1947年 )
こそは、彼の先見性を示す傑作だろう。演奏はすべて
ション映画『ファンタジア』
( 1940年 )
ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団が担当し、ストコフスキーも実写のシルエットで
で、この作品がバッハの代名詞とし
登場する。冒頭はバッハの《トッカータとフーガ ニ短調》
て全世界で愛好される下地を作った。
《トッカータとフーガ ニ短調》は、超絶技巧による印
象的なトッカータに、足
盤も使った4 声のフーガが続く。オルガニストだったストコフスキー
の大胆な管弦楽編曲は、今聴いても大いに刺激的である。
一]
[樋口
作曲年代
原曲は1702年ないし1703年以前
初演
不明
楽器編成
フルート4
(ピッコロ2 )
、オーボエ3 、イングリッシュ・ホルン1、
クラリネット3 、バス・クラリネット1、
ファゴッ
トランペット4 、
トロンボーン4 、テューバ1、ティンパニ1、チェレスタ1、
ト3 、コントラファゴット1、ホルン6 、
ハープ2 、弦楽
26
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | APRIL 2016
Program A
プロコフィエフ
交響曲 第5番 変ロ長調 作品100
セルゲイ・プロコフィエフ( 1891 ∼ 1953 )は 1913 年に初めて外国旅行に出かけたのを
きっかけに外国での演奏活動を始め、1918 年には日本を経由してアメリカに居を移した。
その後、アメリカからヨーロッパ、そしてソ連への帰国へと、多くの亡命ロシア人音楽家が
とは真逆の経路をたどる。
たどった方向(ロシアから欧州を経由してアメリカへと向かう流れ )
「エジョフシチナ」
として知られる大粛清の始まり
しかも完全帰国をはたした1936 年は、
の年であった。そのため、プロコフィエフの一連の活動経路や帰国の決断にまつわる説
明には、よく軽率という表現がつきまとう。だが、ヨーロッパでの人気が翳りを見せていた
1930 年代、ソ連の公演ではいずれも成功を収めていた。ほかにもフランス駐在ソ連大
使ウラディーミル・ポチョムキンから帰国後の厚遇を約束されていたこと、また常に自分の
強い味方でいてくれた10 歳違いの朋友ニコライ・ミャスコフスキーから再三に渡って帰国
を勧められたことも、プロコフィエフの決断の現実的な後押しになったと想像する。
しかしながら、やはりソ連に帰国したプロコフィエフを待っていたのは決して平 坦な道
ではなかった。自他ともに認める国民的作曲家として輝かしい時期を迎えることができ
たのは、ようやく1940 年代半ばになってのことである。それを象徴的に示しているのが、
1946 年のスターリン国家賞第 1 席の4 作品同時受賞であった。1946 年には戦時下に
あった 1943 ∼ 1945 年の 3 年分の授与がまとめて行われ、プロコフィエフはソ連音楽史
において後にも先にもこのとき一度きりの4 作品での第 1 席同時受賞という快挙を果たし
《 交響曲第 5 番》
た。その 4 作品とはいずれも1944 年に完成された《ピアノ・ソナタ第 8 番》
《バレエ「シンデレラ」》、さらにプロコフィエフが音楽を創作したエイゼンシテイン監督の
映画『イワン雷帝』
( 第 1 部が 1944 年完成 )である。
この頃、ソ連において交響曲は記念碑的なジャンルとして殊に重要視されており、プロ
を完成させたのもこうした時流を受け
コフィエフが実に15 年ぶりの交響曲となる《第 5 番》
てのことであった。さらに独ソ戦における戦局が完全に有利に展開するなか、ソ連の勝
利を確信する祝勝ムードにも合致し、1945 年 1 月に作曲家自身の指揮で行われた初演
は大成功を収めた。
この作品ではそれまでのプロコフィエフ的な不協和音が影を潜め、全音階的な旋律と
PROGRAM A
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
27
わかりやすい形式で書かれている。作品に表題はないが、後にプロコフィエフはこの曲で
「人間の精神の偉大さ」
を表そうとしたと語った。
第 1 楽章 アンダンテ、変ロ長調、3/4 拍子。ソナタ形式。冒頭でフルートとファゴットが
《オペラ「修道院での結婚」》や《バレエ「ロメオとジュリエッ
第 1 主題を牧歌的に奏でる。
ト」》
といった舞台音楽の情景的な調べを彷 彿とさせる。第 2 主題は叙情的な響き。再現
部冒頭、第 1 主題は打って変わって金管楽器による荘厳な雰囲気に包まれる。その祝祭
性は第 2 主題後のクライマックス、コーダでいっそう響きわたる。
第 2 楽章 アレグロ・マルカート、ニ短調、4/4 拍子。ニ長調の中間部をもつスケルツォ。
諧 謔 的な主題が変奏されていく。この変奏の過程で、弱音器をつけた第 1ヴァイオリンに
よる16 分音符のパッセージが流れる。近年の研究によると、これはもともと1930 年代前
半に使っていたアイディア帖(スケッチブック)にあった楽想で、当初は《ロメオとジュリエット》
の草稿でエンディングに使われていたという。そのため、前楽章につづいてこの楽章がど
こか情景的に響くのも当然といえば当然である。またこの事実は、プロコフィエフの楽想
に付随音楽・純粋器楽の境がなかったことの証ともいえるだろう。
第 3 楽章 アダージョ、ヘ長調、3/4 拍子。楽譜上は長調の表記であるが、美しくも物
悲しい息の長いモノローグが流れる。その美しさは前の楽章のスケルツォとのギャップで
さらに引き立っている。
第 4 楽章 アレグロ・ジョコーソ、変ロ長調、2/2 拍子。ロンド形式。導入部では冒頭の
パッセージにつづき、第 1 楽章の第 1 主題が流れる。つづくロンド主題ではプロコフィエフ
独特の半音階的な転調が愉しい。ここに副主題としてやはり第 1 楽章提示部最後に登
場する滑
なパッセージがつづく。中間部で低弦によって奏される旋律も上述のアイディ
ア帖に残されていたもの。コーダではこれらの主題が一体化し、華やかに幕を閉じる。
[中田朱美]
作曲年代
1944 年夏
初演
1945年1月13日、モスクワ音楽院大ホール、作曲者自身の指揮、ソ連国立交響楽団
楽器編成
フルート2 、
ピッコロ1、オーボエ2 、イングリッシュ・ホルン1、
クラリネット2 、Es クラリネット1、バス・クラリ
トランペット3 、
トロンボーン3 、テューバ1、ティンパ
ネット1、ファゴット2 、コントラファゴット1、ホルン4 、
ブロック、タンブリン、
トライアングル、小太鼓、
シンバル、サスペンデッド・
シンバル、大太鼓、
ニ1、ウッド・
ピアノ1、弦楽
タムタム、ハープ1、
28
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | APRIL 2016
B
PROGRAM
第1834回 サントリーホール
水 7:00pm
4/27 □
木 7:00pm
4/28 □
Concert No.1834 Suntory Hall
April
27 (Wed) 7:00pm
28 (Thu) 7:00pm
[指揮]
レナード・スラットキン
[conductor]Leonard Slatkin
[ソプラノ]
安井陽子 *
[soprano]Yoko Yasui*
[コンサートマスター]伊藤亮太郎
[concertmaster]Ryotaro Ito
バーンスタイン
)
「キャンディード」序曲(5′
Leonard Bernstein (1918-1990)
“Candide”–Overture
バーンスタイン
「オン・ザ・タウン」
(10′
)
─「3つのダンス・エピソード」
Leonard Bernstein
“On the Town”
–Three Dance Episodes
Ⅰ グレート・ラヴァー
Ⅱ ロンリー・タウン:パ・
ド・
ドゥー
Ⅲ タイムズ・スクエア:1944年
バーンスタイン
「ウェストサイド物語」
)
─「シンフォニック・ダンス」
(24′
Ⅰ The Great Lover displays himself
Ⅱ Lonely Town: Pas de deux
Ⅲ Times Square: 1944
Leonard Bernstein
“ West Side Story”
–Symphonic Dances
プロローグ─サムホエア─スケルツォ─マンボ
─チャチャ─出会いのシーン─クール・フーガ
─ランブル─終曲
Prologue–Somewhere–Scherzo–Mambo
–Cha-cha–Meeting Scene–Cool Fugue
–Rumble–Finale
・・・・休憩・・・・
・・・・intermission・・・・
マーラー
* 54′
)
交響曲 第4番 ト長調 (
Gustav Mahler (1860-1911)
Symphony No.4 G major*
Ⅰ 落ち着いて、急がずに
Ⅰ Bedächtig. Nicht eilen
Ⅱ In gemächlicher Bewegung. Ohne Hast
Ⅲ Ruhevoll: Poco adagio
Ⅳ Sehr behaglich
Ⅱ ゆったりとした動きで、慌てないで
Ⅲ 安らぎに満ちて:ポーコ・アダージョ
Ⅳ 非常にくつろいで
PROGRAM B
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
29
Program B|SOLOIST
安井陽子(ソプラノ)
桐朋学園大学声楽科卒業。同大学研究科修了。二期会オペラ
研修所修了後、文化庁芸術家在外研修員としてウィーン国立音楽
大学に留学した。クラーゲンフルト市立劇場のヘンツェ《若き貴族》
イーダ役でヨーロッパ・デビュー。以来、
《魔笛》夜の女王役、オッフェ
ンバック《青ひげ》ロザリンデ役などで高い評価を受けた。
国内では、2008 年 R.シュトラウス《ナクソス島のアリアドネ》の
ツェルビネッタ役でデビュー。
《ホフマン物語》オランピア、
《フィデリ
オ》マルツェリーネ、
《ばらの騎士》ゾフィーの各役のほか、池辺晋一郎《鹿鳴館》
(世界初演)顕子役
など幅広い役柄で好演。なかでも《魔笛》夜の女王は彼女の当たり役で、日生劇場、新国立劇場、
東京二期会の公演等に出演している。コロラトゥーラ・ソプラノとして確かな技術と豊かな表現力に
定評があり、コンサートでもソリストとして著名オーケストラと共演を重ねている。マーラー《交響曲第
4 番》終楽章でもその清らかな声が存在感を示すだろう。二期会会員。
[柴辻純子/音楽評論家]
30
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | APRIL 2016
Program B
バーンスタイン
「キャンディード」序曲
バーンスタイン( 1918∼1990)は、そのあふれる才能で指揮者、作曲者、教育者として多
彩な音楽活動を行った。作曲家としては《ウェストサイド物語》
などのミュージカルで名を残し
ている。
を原
この序曲は、フランスの哲学者ヴォルテールが 18 世紀に書いた小説『カンディード』
作にした軽妙な喜歌劇のために作曲された。主人公キャンディードは哲学教授パングロス
博士の楽天的な世界観を信じていたが、恋人クネゴンデを探してリスボン、パリ、ブエノスア
イレス、ヴェネチアと波乱の旅を続け、ようやく故郷のウェストファーレンに戻ってくる。そして
世の中は完全ではなく、現実に根ざしながら最善を目指すべきだと悟ることになる。
ウィットに富み洗練された《キャンディード》
は評論家や玄人筋には受け入れられたものの、
ミュージカルとしては73回の上演、3か月もたたずに打ち切られた。しかし序曲はフル・オー
ケストラで演奏できるよう作曲者バーンスタインによりオーケストレーションが施され、
コンサー
トで紹介された。それ以来《「キャンディード」序曲》はバーンスタイン作品の中で最も頻繁に
演奏される曲のひとつになっている。また原作こそフランス人によるものだが、力強くエネル
ギッシュで、変拍子のひねりも効いた、華やかでアメリカ的な小品として親しまれている。
曲は、ファンファーレで高らかに始まり、めまぐるしく上下する元気な主題が続く。これと
対照的な叙情的旋律は、キャンディードとクネゴンデの二重唱〈幸せな私たち〉から取られ
たもの。終結部にはクネゴンデのコロラトゥーラを駆使したアリア〈着飾ってきらびやかに〉
の旋律も登場する。
[谷口昭弘]
作曲年代
1956年(ミュージカル版)
初演
ミュージカル初演は1956年12月1日、ニューヨークのマーティン・ベック劇場にて。フル・オーケストラ版の
カーネギー・ホールにて、作曲者指揮、ニューヨーク・フィルハーモニックによる
初演は1957年1月26日、
楽器編成
フルート2、ピッコロ1、オーボエ2、Esクラリネット1、クラリネット2、バス・クラリネット1、ファゴット2、コン
トランペット2、
トロンボーン3、テューバ1、ティンパニ1、グロッケンシュピール、
トラファゴット1、ホルン4、
シロフォン、
トライアングル、シンバル、小太鼓、中太鼓、大太鼓、ハープ1、弦楽
PROGRAM B
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
31
Program B
バーンスタイン
「オン・ザ・タウン」─「3つのダンス・エピソード」
1944 年 4月18日、バーンスタイン( 1918∼1990)は振付師ジェローム・ロビンズと組んで
制作した《バレエ「ファンシー・フリー」》
を初演した。3 人の水兵が 24 時間の上陸許可をも
らい、ニューヨークの街に繰り出し、素敵な女性を探し、奪い合う物語だった。
《オン・ザ・タ
ウン》は、このバレエを発展させたもの。3 人の水兵たちと3 人の女性たちの間で繰り広げ
られるラヴ・コメディーとニューヨークの街探検をメインに据えたミュージカルとなった。
《オン・ザ・タウン》はバーンスタインにとって初めてのミュージカルだったが、463 回の公演
を記録した成功作となった。またフランク・シナトラが出演した映画( 邦題『踊る大紐育(ニュー
ヨーク)』)
も作られ、現在でも広く親しまれている。今回演奏するのは、劇中に使われたダン
である。
ス・ナンバーを再構築して3 曲からなる組曲にした《 3つのダンス・エピソード》
「ミス地下鉄」
に一目惚れするロマンチックな水兵ゲイビー
第 1 曲〈グレート・ラヴァー〉は、
が、彼女のために踊る自分の姿を夢想する場面から取られている、細かいモチーフが繰り
返されながら、エネルギッシュに展開される。
と歌うバ
第2 曲〈ロンリー・タウン:パ・ド・ドゥー〉は「恋人がいなければ、この街も寂しい」
ラードである。バーンスタインのバラード・ナンバーとしては最も美しいもののひとつ。
第3 曲〈タイムズ・スクエア: 1944 年〉は、日頃の任務から解放された3 人の水兵たちが
期待と夢をふくらませて街へ飛び出していくときに歌う〈ニューヨーク・ニューヨーク〉のメロ
ディを織り込んだ、賑やかな一曲である。
[谷口昭弘]
作曲年代
ミュージカルの作曲は1944年。
《 3つのダンス・エピソード》の作曲は1945年
ミュージカル初演は1944年12月28日、
ニューヨーク、
アデルフィ劇場にて。
《 3つのダンス・
エピソード》
初演
トリアムにて、作曲者指揮、サンフラ
の初演は1946年2月13日、サンフランシスコ、シヴィック・オーディ
ンシスコ交響楽団による
楽器編成
フルート1
(ピッコロ1)
、
オーボエ1
(イングリッシュ・ホルン1)
、
クラリネット3
(Esクラリネット1、
バス・クラリネッ
、アルト・サクソフォン1、
ホルン2、
トランペット3、
トロンボーン3、
テューバ1、
ティンパニ1、サスペンデッ
ト1)
ド・シンバル、小太鼓、大太鼓、
トライアングル、
ドラムス、ウッドブロック、
シロフォン、
ピアノ1、弦楽
32
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | APRIL 2016
Program B
バーンスタイン
「ウェストサイド物語」─「シンフォニック・ダンス」
作曲家バーンスタイン( 1918∼1990)の地位を不動にした《ミュージカル「ウェストサイド物
語」》は、シェークスピアの『ロメオとジュリエット』
を出発点とし、舞台を20 世紀のニューヨー
を自称するジェッ
クにした。そこに2つの不良少年集団の対立がある。一方は「アメリカ人」
ト団、もう一方はプエルトリコから移住してきたヒスパニック系のシャーク団である。そして
別々の団のメンバーであるトニーとマリアが恋に落ちるが、2 人は引き裂かれる。今回演奏
される
《シンフォニック・ダンス》は、1961 年、ニューヨーク・フィルハーモニックの基金集めの
ために催された演奏会を機に、
ミュージカルから9 曲を選んでメドレーにしたものである。
ジャズのリズムとフィンガー・スナッピングを伴った
〈プロローグ〉
では、敵対する街の不良グ
ループが描かれる。一方〈サムホエア〉は、2つのグループが友情で結ばれる未来の希望を
表現する。
〈スケルツォ〉
による場面転換の後、ラテンの熱いリズムによる〈マンボ〉
となり、火
花が飛び散る。
〈チャチャ〉
は、物語の主人公、トニーとマリアが一緒に踊る場面。神秘的な
〈出会いのシーン〉
につづき、フーガを使った〈クール〉
では、
和音による、2人がセリフを交わす
ジェット団のリーダーが「クールに行こうぜ」
と盛り上がり、
〈ランブル〉、つまり格闘につながる。
悲劇的シーンの後はフルートの独奏があり、
〈終曲〉
はマリアの歌〈アイ・ハヴ・ア・ラヴ〉
の旋律
が登場。繰り返される祈りのように曲は閉じられる。
[谷口昭弘]
作曲年代
ミュージカルの作曲は1955∼1957年。
《シンフォニック・ダンス》の作曲は1960年
初演
ミュージカル初演は1957年9月26日、ニューヨーク、ウィンター・ガーデン劇場にて。
《シンフォニック・ダ
ンス》の初演は1961年2月13日、カーネギー・ホールにて、ルーカス・フォス指揮、ニューヨーク・フィル
ハーモニックによる
楽器編成
フルート3
(ピッコロ1)
、オーボエ2 、イングリッシュ・ホルン1、クラリネット2 、Es クラリネット1、バス・クラ
ファゴット2 、
コントラファゴット1、
ホルン4 、
トランペット3 、
トロンボーン3 、
リネット1、アルト・サクソフォン1、
トムトム、コンガ、音程のある4つの太鼓、ボンゴ、
テューバ1、ティンパニ1、小太鼓、中太鼓、大太鼓、
ドラムス、シンバル、サスペンデッド・シンバル、フィンガー・シンバル、カウベル、テューブラー・ベル、タ
ムタム、
トライアングル、フィンガースナップ、ティンバレス、警笛、ウッドブロック、タンブリン、マラカス、
ギロ、
シロフォン、
グロッケンシュピール、ヴィブラフォン、ハープ1、
ピアノ1
(チェレスタ1)
、弦楽
PROGRAM B
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
33
Program B
マーラー
交響曲 第4番 ト長調
《交響曲第 4 番》の終楽章には、1892 年に作曲され、1893 年 10 月にはすでに初演さ
れていた、ドイツ民謡集『こどもの不思議な角笛』の詩による歌曲《天上の生活》がそのま
ま流用されている。マーラー( 1860 ∼ 1911 )はこの管弦楽伴奏歌曲を交響曲に組み込む
というプランを早くから抱いており、もうひとつの『角笛』歌曲、
《浮世の生活》
と対にして
同じ交響曲に組み入れる、あるいは《第 3 交響曲》最終の第 7 楽章とする計画もあったが、
これらのプランがいずれも頓 挫した後、1899 年から翌年にかけて残りの 3 楽章が書き足
され、現在のような形になった。
《第 3 番》が 1896 年に完成されてから3 年ほどブランクがあったわけだが、スタイルとし
ト
てはむしろすぐ続いて着手される
《第 5 番》に近い作品で、マーラーの交響曲では唯一、
ロンボーンとテューバを含まない、やや小ぶりな楽器編成も影響して、室内楽的かつ対位
法的な書法が目立っている。
終楽章の歌詞のたとえば第 2 節では、ヨハネ様(イエスに洗礼を施した人 )が放す小羊
をヘロデ王(イエスの命を狙ってベツレヘムの赤子を虐殺した )が狙い、とうとう天使たちはそ
の小羊=イエス・キリストを殺して食卓に乗せてしまう。今日ではバイエルンの司祭、ペー
ター・マルセリン・シュトゥルム( 1760 ∼ 1812 )の作と判明しているが、あまりにも冒 瀆 的な
詩であり、この歌詞の露骨なアイロニーが作曲者を強く惹きつけたであろうことは、想像
に難くない。これと抱き合わせるプランもあった《浮世の生活》はパンを買えない母親が
麦を刈り、麦を打ち、パンを焼いている間にわが子を餓死させてしまうという悲惨きわま
「天上の生活」
りない詩であり、そのような「地上の生活」
( 先の題名の直訳 )から見れば、
の飽食、享楽の様は許しがたいものとして相対化されざるをえない。
このような毒々しい終楽章を既定のゴールとして第 1 ∼第 3 楽章を事後的に書いてゆく
という、いわば「不自然」
な作曲手順は、メルヘンチックな外見にもかかわらず、この作品
としての屈折した性格、つまりは「パロディ交響
にメタ・ミュージック( 音楽についての音楽 )
曲」
もしくはプロコフィエフの作品に十数年先立つ「古典交響曲」
という性格を濃厚に付
与することになった。
第 1 楽章 落ち着いて、急がずに、ト長調、4/4 拍子。終楽章にも登場する冒頭の鈴
34
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | APRIL 2016
の音について作曲者は「道化の帽子についた鈴」
と説明している。提示部は旋律素材が
豊富だが、展開部に入るとまもなくフルート4 本のユニゾンで新たな主題が出る。展開部
の主役となるこの清 冽な主題は終楽章冒頭主題の変形。展開部の大騒ぎの後、何事も
なかったかのように再現部が始まること、静寂のうちに沈み込んでしまった再現部の終
わりから、ホルンのファンファーレによって音楽が無理やり喜ばしい終結へと追い立てら
れること等々の仕様から、ソナタ形式のパロディと考えられる。
第 2 楽章 ゆったりとした動きで、慌てないで、ハ短調、3/8 拍子。2 つのトリオをもつレ
ントラー。長 2 度高く調弦されたヴァイオリンを弾くコンサートマスターが中世以来のポピュ
ラーな表象である「ヴァイオリンを弾く死神」
を演ずる。文学ではホフマンスタールの戯曲
『痴人と死』、絵画ではベックリーンの『ヴァイオリンを弾く死神のいる自画像』、音楽では
サン・サーンスの《死の舞踏》
など、世紀末には特に好まれた表象であった。
《第 3 交響曲》第 6 楽章以来、マーラー
第 3 楽章 安らぎに満ちて、ト長調、4/4 拍子。
愛用の形式となった二重変奏曲。
「天上の生活」
と「地上の生活」の対比を思わせる両
主題のどぎついコントラスト、変奏自体のすこぶる奔 放な作り( 第 1 主題第 2 変奏ではアレグ
ロ・モルトにまでテンポが上がる)
のために、やはりパロディ色を払 拭しがたい。すべての変奏
が終わった後、終楽章冒頭主題( 第 1 楽章フルート主題 )の変形がトランペットで強奏され、
突発的なクライマックスを築くと、そのまま終楽章に続いてゆく。
第 4 楽章 非常にくつろいで、ト長調、4/4 拍子。前述の通りの歌曲楽章でソプラノ独
唱が登場。最後はテンポをゆるめて詩の原題「天国にはヴァイオリンがいっぱい」の通り
の天上の音楽の描写となり、静かに消えてゆくが、むしろ重苦しいハープのつま弾きとコ
ントラバスの最低音だけが残るという、
「天上的」
とは考えにくい凝ったオーケストレーショ
ンにも注目してほしい。天国のヴァイオリンとは、実は死神のヴァイオリンではないのか。
[村井 翔]
作曲年代
1899∼1901 年
初演
1901年11月25日、
ミュンへン。作曲者指揮、カイム管弦楽団、マルガレーテ・
ミヒャリク
(ソプラノ)
楽器編成
フルート4
(ピッコロ2 )
、オーボエ3
(イングリッシュ・ホルン1)
、
クラリネット3
( Es クラリネット1、バス・クラ
、ファゴット3
(コントラファゴット1)
、ホルン4 、
トランペット3 、ティンパニ1、グロッケンシュピー
リネット1)
ル、
トライアングル、
シンバル、
サスペンデッド・
シンバル、
タムタム、
スレイベル、大太鼓、ハープ1、弦楽、
ソプラノ
・ソロ
PROGRAM B
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
35
マーラー 交響曲 第4番 ト長調 歌詞対訳
Mahler Symphony No.4 G major
訳◎檜山哲彦| Translation: Tetsuhiko Hiyama
第
4楽章
IV
Wir geniessen die himmlischen Freuden,
d’rum tun wir das Irdische meiden.
Kein weltlich’ Getümmel hört man
nicht im Himmel!
Lebt Alles in sanftester Ruh’!
Wir führen ein englisches Leben!
Sind dennoch ganz lustig daneben!
Wir tanzen und springen,
wir hüpfen und singen!
Sanct Peter im Himmel sieht zu!
うれしい愉しい天上の国
Johannes das Lämmlein auslasset,
der Metzger Herodes drauf passet!
Wir führen ein geduldig’s,
unschuldig’s, geduldig’s,
ein liebliches Lämmlein zu Tod!
Sanct Lucas den Ochsen tät schlachten
ohn’ einig’s Bedenken und Achten,
der Wein kost kein Heller
im himmlischen Keller,
die Englein, die backen das Brot.
ヨハネスさまが小羊放せば
Gut’ Kräuter von allerhand Arten,
die wachsen im himmlischen Garten!
Gut’ Spargel, Fisolen und was wir nur
36
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
浮世のことは忘れよう
天の国には
地上の騒ぎはとどかない!
どこもかしこも平穏そのもの!
天使のような暮らしぶり!
とはいえ、まことに浮きうきわくわく!
歌って踊って
跳んでははねて!
ペーテロさまが見ておわす!
肉屋のヘロデがつけねらう!
このおとなしいけがれない
このかわいらしい小羊を
われらは死なしてしまうのだ!
気づかいなどはどこへやら
ルーカスさまは雄牛を殺め
天の蔵では
酒は無 料
パンを焼くのは天使たち
おいしい野菜は
庭にいっぱい!
アスパラ、インゲン
PHILHARMONY | APRIL 2016
wollen!
Ganze Schüsseln voll sind uns bereit!
Gut’ Äpfel, gut’ Birn’ und gut’ Trauben!
Die Gärtner, die Alles erlauben!
Willst Rehbock, willst Hasen,
auf offener Strassen
なんでも揃う!
眼のまえの皿に山盛り!
リンゴにナシにブドウもたっぷり!
庭守りたちは口を出さない!
シカやウサギが望みなら
ひらけた道を
sie laufen herbei!
獲物のほうからやってくる!
Sollt ein Fasttag etwa kommen
alle Fische gleich mit Freuden
angeschwommen!
Dort läuft schon Sanct Peter
mit Netz und mit Köder
zum himmlischen Weiher hinein.
Sanct Martha die Köchin muss sein!
肉断ちの日は嬉々として
Kein’ Musik ist ja nicht auf Erden,
die uns’rer verglichen kann werden.
Elftausend Jungfrauen
zu tanzen sich trauen!
Sanct Ursula selbst dazu lacht!
Cäcilia mit ihren Verwandten
sind treffliche Hofmusikanten!
Die englischen Stimmen
ermuntern die Sinnen!
Dass Alles für Freuden erwacht.
Aus: “Der Himmel hängt voll Geigen
魚がこぞって
寄ってくる!
ほおらごらんよ
網と餌とを手にもって
池に踏みこむペーテロさま
料理はきっとマルタさま!
楽 の音というならば
現世で聞けないものばかり
数えきれない処 女らが
すすんで踊る!
ウルズラさまさえつられて笑う!
ツェツィーリエさまは一族つれて
じつにみごとな宮廷楽士!
天使らの歌声は
身をも心も浮きたたせ
万物こぞって喜びに沸く!
「天上の国は楽の音にみちあふれ
-Bayerisches Volkslied-”
─バイエルン民謡─ 」
より
in Des Knaben Wunderhorn
『こどもの不思議な角笛』所収
PROGRAM B
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
37
C
PROGRAM
第1833回 NHKホール
金 7:00pm
4/22 □
土 3:00pm
4/23 □
Concert No.1833 NHK Hall
April
22(Fri) 7:00pm
23 (Sat ) 3:00pm
[指揮]
レナード・スラットキン
[conductor]Leonard Slatkin
[語り]山口まゆ
(女優)*
[narrator]Mayu Yamaguchi*
[アコーディオン]
大田智美 *
[accordion]Tomomi Ota*
[コンサートマスター]篠崎史紀
[concertmaster]Fuminori Shinozaki
ベルリオーズ
歌劇「ベアトリスとベネディクト」序曲
)
(8 ′
Hector Berlioz (1803-1869)
“Béatrice et Bénédict”, opera
–Overture
武満 徹
系図(ファミリー・
トゥリー)
─若い人たちのための音楽詩(1992)*
(25′
)
Toru Takemitsu (1930-1996)
Family Tree –Musical Verses for
Young People (1992)*
・・・・休憩・・・・
・・・・intermission・・・・
ブラームス
)
交響曲 第1番 ハ短調 作品68(48′
Johannes Brahms (1833-1897)
Symphony No.1 c minor op.68
Ⅰ ウン・ポーコ・ソステヌート─アレグロ
Ⅰ Un poco sostenuto–Allegro
Ⅱ アンダンテ・ソステヌート
Ⅱ Andante sostenuto
Ⅲ ウン・ポーコ・アレグレット・エ・グラチオーソ
Ⅲ Un poco allegretto e grazioso
Ⅳ アダージョ―アレグロ・ノン・
トロッポ、マ・コン・ブ
Ⅳ Adagio–Allegro non troppo, ma con brio
リオ
38
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | APRIL 2016
Program C|SOLOIST
山口まゆ(語り)
2000 年 11月20日生まれ、東京都出身。
子役としてさまざまな舞台を経験後、2014 年、
『昼顔∼平日午後
3 時の恋人たち∼』
(フジテレビ)へのレギュラー出演で本格的に芸
能活動を開始。その後、
『聖女』
( NHK 総合)、映画『くちびるに歌を』
(三木孝浩監督)、短編映画『ふたりだけの声』
(金井純一監督、主
演)
などに出演。
2015 年には、
『アイムホーム』
(テレビ朝日)、
『ナポレオンの村』
( TB S )
など、話題のドラマに主要キャストとしてレギュラー出演。
『コウノドリ』
( TB S )
では、14 歳
で出産をする難しい役どころを演じきり高い評価を得て話題になる。最近では『インディゴの恋人』
( N H K B S プレミアム)
でのバレエシーンが印象的であった。
演技派として高い評価を得た現在、将来を期待されている若手女優のひとりである。
PROGRAM C
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
39
Program C
ベルリオーズ
歌劇「ベアトリスとベネディクト」序曲
《ベアトリスとベネディクト》はフランスの作曲家エクトル・ベルリオーズ(1803∼1869)が
シェークスピアの喜劇『から騒ぎ』
にもとづいて作曲した2幕のオペラ・コミックで、彼にとって
は最後のオペラ作品となった。男女がお互いに恋することを軽 しながら、周囲の人々の
わなにかかって、他愛もなく恋に落ちるというあらすじである。
このオペラは、ドイツの温泉保養地バーデンバーデンの劇場とカジノの支配人だったエ
ドゥアール・ベナゼの依頼で作曲された。1862年8月9日、同地で初演され、成功を収めた
が、パリ上演の話はなかなかまとまらず、パリのオペラ・コミック座で上演されたのは、ベルリ
オーズ没後の1890年になってからのことだった。
序曲は、オペラのなかで登場する旋律をちりばめて作られており、ベルリオーズならでは
の繊細なオーケストレーションが魅力的である。全体は3部分からなり、序奏部の短いアレ
グロ・スケルツァンドに続いて、アンダンテとなり、主部のアレグロへと続く。
冒頭のアレグロ・スケルツァンドはト長調、3/8拍子。活気に満ちた軽やかな主題が印象
的である。この主題は主部アレグロで第1主題へと発展する。続くアンダンテは、ウン・ポー
コ・ソステヌート、ハ長調、3/4拍子。クラリネットが旋律的なモティーフを奏し出し、続いて、弦
楽器が半音階的に下行する。この下行主題は、主部アレグロの第2主題を準備する。
主部のアレグロはト長調、2/2拍子、ソナタ形式。第1主題は、冒頭のアレグロ・スケルツァ
ンドで現れた主題をもとに、小ファンファーレ風の音型を付加したものであり、第2主題は、
アンダンテで現れた下行主題と関係しつつ、息長く歌う主題となっている。
[井上さつき]
作曲年代
1860 年から1862 年にかけてオペラを作曲。1862 年 2月25日に序曲完成
初演
1862年8月9日、バーデンバーデン
(オペラの初演)
。作曲者自身の指揮による
楽器編成
フルート1 、ピッコロ1 、オーボエ2 、クラリネット2 、ファゴット2 、ホルン4 、
トランペット2 、コルネット1 、
トロンボーン3 、ティンパニ1 、弦楽
40
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | APRIL 2016
Program C
武満 徹
系図(ファミリー・トゥリー)
─若い人たちのための音楽詩(1992)
「武満の書いた最もロマンティックな作品であり、官能に満ちて静かな深みをたたえてい
『ジャパンタイムズ』紙より)
。ニューヨーク交響楽協会創立150周年記念とし
る」
(1995年6月、
て委嘱され、1995年4月20日、ニューヨーク・フィルハーモニックによって初演された《系図》
に共通する詩情あふれる作風が顕著に表れた一曲であ
は、晩年の武満徹(1930∼1996)
る。この曲を貫く甘美な響きは、
「家族」
というテーマ選択と無関係ではないと思われる。
武満は友人の指揮者ズービン・メータから、子供のための音楽の作曲に興味はないかと
問われ、あらためて家族について考えるきっかけを得たという。武満の若い頃とは比べもの
にならないくらい人工的かつ雑多な音に囲まれている現代の若者。一見何不自由なく暮ら
しているものの、家族の存在がこれまでになく揺らいでいる現代社会。武満はこういったあ
る種の危機にある家族が、もっと外へ向かって自由に対話してほしい、それには愛が必要
だと、この曲の日本初演時にプログラムで述べている。そうした思いが極限まで甘くかつど
こか切なさを秘めた音楽へと結実したのではないかと思われる。
「むかしむかし」
「おじ
武満は谷川俊太郎の詩集『はだか』
から順不同に選んだ6遍の詩、
いちゃん」
「おばあちゃん」
「おとうさん」
「おかあさん」
「とおく」
をテキストに用い、これらの詩
を語るナレーターは、10代半ばの少女が望ましいとしている。オーケストラにアコーディオン
が加わるのもユニークで、
この楽器の郷愁を誘うような独特なパッセージが、曲にほどよいア
クセントをもたらしている。
[伊藤制子]
作曲年代
1992 年
初演
1995年4月20日、ニューヨーク・エイヴリー・フィッシャー・ホールにて。サラ・ヒックス
(語り)
、
レナード・ス
ラットキン
(指揮)
、ニューヨーク・フィルハーモニック
楽器編成
フルート3(ピッコロ1 、アルト・フルート1 )、オーボエ2(イングリッシュ・ホルン1 )、クラリネット4(バス・ク
トランペット3 、
トロンボーン3 、ヴィブラフォ
ラリネット1 )、ファゴット3(コントラファゴット1 )、ホルン4 、
ン、グロッケンシュピール、テューブラー・ベル、アンティーク・シンバル、タムタム、スティール・
ドラム、
サスペンデッド・シンバル、ハープ 1 、チェレスタ1 、アコーディオン1 、弦楽、語り
PROGRAM C
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
41
Program C
ブラームス
交響曲 第1番 ハ短調 作品68
《ドイツ・レクイエム》の完成によって偉大な創作の道筋をつけ、3 曲の弦楽四重奏曲、
《ピアノ四重奏曲第 3 番》の完成をもって独自の作曲語法を確立したブラームス( 1833 ∼
1897 )にとって、
《セレナード》以来、14 年ぶりに取り組んだ管弦楽作品《ハイドンの主題
による変奏曲》の後に残された課題は交響曲であった。
《第 1 番》の交響曲は最初の構想から完成までに約 20 年以上の年月を要した。ブラー
ムスは 1855 年にハ短調の交響曲の構想をもち、2 台のピアノ用のソナタをもとに交響曲
に仕立てる試みを行った。その後、1862 年にクララ・シューマンに交響曲の第 1 楽章を
送り、それをピアノで弾いて聴かせており、クララは 7 月1日付の手紙でヨアヒムに次のよう
に書き送っている。
「ヨハネスが少し前に私に最初の交響曲の第 1 楽章を送ってきました。
どんなに驚いたことか。それは次のように大胆に始まります」。クララはこの文章に冒頭
部分の譜例を添えているが、そこには序奏はなく、フォルテでハ音が鳴らされた後、現在
のアレグロの部分から始まっている。続けてクララはこう記す。
「それはちょっと難しいの
ですが、私はすぐに馴 染 みました。楽章は素晴らしい美しさに満ち、モティーフは見事に
扱われていて、ますます巨匠らしさが彼の身についてきたようです。すべてがとても興味
深いやり方で織り上げられています」。しかし序奏部分を欠く第 1 楽章は完成稿における
偉大でモニュメンタルな性格からは程遠い。
1862 年にクララの前で演奏して以降、1876 年までこの交響曲の創作の進
をうかが
わせる資料はない。1868 年にクララの誕生日のためにブラームスはスイスからお祝いの
手紙に添えて、アルペンホルンの旋律を記す。その旋律はその後、第 4 楽章の序奏の主
題に採り入れられ、交響曲に崇高な気品を与えているが、1868 年の時期はまだ交響曲
との結びつきはなかったと見られる。その後も、交響曲の作曲がブラームスの脳裏から
離れることはなく、さらに出版人のフリッツ・ジムロックからも
「交響曲のことを忘れないよう
に」
との催促を受けていた。ブラームスの逡 巡は、ベートーヴェンの伝統の継承もさること
ながら、19 世紀後半における交響曲創作の意義にあったと思われる。作曲の最終段階
で第 1 楽章に序奏が付加されて、この交響曲全体の性格が決定された。この作品の独
自性のひとつは、重々しいティンパニを伴う重厚な書法を駆使した序奏部分にあるといっ
42
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
PHILHARMONY | APRIL 2016
ても過言ではない。
ブラームスが《第 1 番》に本格的に取り組むのは 1876 年に至ってからで、同年 10 月、ブ
ラームスはヨアヒムとジムロックへの手紙で同年 11 月4日の初演を約束する。作品を書き
上げると彼はピアノでクララの前で全楽章を弾いて聴かせる。それについてクララは日記
に「 10日、ヨハネスが彼の交響曲全部を私に弾いて聴かせてくれました。私は悲しみ、打
ちのめされたことを隠すことができません」
と記している。作品は 1876 年 11 月4日、デッソ
フ指揮でカールスルーエにて初演されたが、この時の楽譜は最終稿ではない。ブラーム
スは初演後にパート譜を回収し、さらに推 敲を重ねていったが、初演稿のパート譜の一
部に回収漏れがあり、図らずも今日初演稿を垣間見ることができる。つまり、第 2 楽章の
ヴァイオリンとヴィオラのパート譜が発見され、このパート譜をもとに初演時の響きが再現
されている。復元された初演稿はその響きや作品構成も完成稿とは異なる。
第 1 楽章 序奏ウン・ポーコ・ソステヌート─主部アレグロ、ハ短調、6/8 拍子。壮大な
序奏で開始する。宿命的な印象を醸し出すティンパニの連打がこの交響曲の性格を決
定している。続いてアレグロの主部に入り、主要主題が提示される。楽章はソナタ形式で
構成され、主題の動機が入念に展開される。第 1 楽章は同じく序奏をもつ第 4 楽章とシ
ンメトリックな構成となっている。
第 2 楽章 アンダンテ・ソステヌート、ホ長調、3/4 拍子。初演稿は ABACA の 5 部分
で構成されていたが、初演後指揮者のデッソフの意見および彼の推敲を経て、出版譜で
は ABA の構成に改変された。
第 3 楽章 ウン・ポーコ・アレグレット・エ・グラチオーソ、変イ長調、2/4 拍子。優美な楽
章で、間奏曲としての性格をもっている。彼の友人の指揮者ヘルマン・レヴィはこの楽章と
「セレナードか組曲向き」
と述べている。
第 2 楽章を
第 4 楽章 序奏アダージョ─主部アレグロ・ノン・トロッポ、マ・コン・ブリオ、ハ短調( ハ長
調)
、4/4 拍子。序奏に続いて、主部はハ長調で素朴で堂々とした主題が提示される。ハ
短調の第 1 楽章に始まり、ハ長調でフィナーレを締め括るという手法は、ベートーヴェンの
を継承している。
《交響曲第 5 番》
[西原 稔]
作曲年代
1855 年、1862 年、1868 年、1876 年
初演
1876年11月4日、第1回予約演奏会、オットー・デッソフ指揮、カールスルーエ宮廷管弦楽団
楽器編成
フルート2 、オーボエ2 、クラリネット2 、ファゴット2 、コントラファゴット1 、ホルン4 、
トランペット2 、
トロ
ンボーン3 、ティンパニ1 、弦楽
PROGRAM C
NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO
43
短期連載(全3回)
バッハと
20世紀の音楽
樋口隆一
音 楽 学 の 第 一 線 で 活 躍 する 研 究 者 が 、交 響 曲 や オーケストラを 入り口 に 自 由 な
テーマで 執 筆 する 短 期 連 載 シリーズ 。
前 号 に ひきつ づ き、J . S . バッハを 中 心とするドイツ 音 楽 の 研 究 で 知ら れ る 樋 口
一 さん が 、バッハ の 音 楽と 2 0 世 紀 の 作 曲 家 たち の 関 係 を 探ります。
最終回
ストコフスキーとアメリカ
テレビを見ていると、唐突にバッハの音楽に出会い、驚かされる
ことが少なくない。生命保険のコマーシャルでは、バックで教会カン
タータ
《心と口と行ないと命》の有名なコラール〈主よ、人の望みの喜
びよ〉が演奏されたりする。おそらくは「安心で幸せな生活」の象徴と
して使われているのだろう。子どもたちが小さかった頃、一緒にヒー
ローもののテレビ番組を観ていると、邪悪なメカ怪獣が巨大化すると
きに、オルガンによる《トッカータとフーガ ニ短調》の一節が鳴り響い
たのには驚いた。
このようにバッハの音楽は、最高の芸術音楽であると同時に、至
極当然のようにさまざまなメディアに取り上げられて一体化し、大衆
レベルで現代の音響世界の一部となっている。よく考えてみるとこれ
は驚くにあたらない。そもそもバッハの教会カンタータやオルガン曲
は、日曜日の礼拝のために教会に集まった当時の大衆のために作
曲・上演され、彼らが人生の意味を考え、精神的連帯を自覚する手
段として機能していたものだからである。
他方においてバッハの音楽は、19世紀以降のヨーロッパにおいて
は、1829年のメンデルスゾーンによる《マタイ受難曲》の復活上演以
来、至高の芸術作品として鑑賞され、現代に至るさまざまな作曲家の
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「導きの星」
となったという事実もある。ではバッハの音楽に、本来
の大衆性を与えてくれた功労者は誰かと考えると、それは指揮者の
レオポルド・ストコフスキー
[ 1]
以外の何者でもない。彼はフィラデルフィ
1…レオポルド・ストコフスキー
ア管弦楽団を率いて、ウォルト・ディズニー[ 2 ]の音楽アニメーション
。イギリス
(1882∼1977)
映画『ファンタジア』
(1940年)の音楽を担当し、冒頭ではシルエットで
シンシナティ交響楽団、フィ
登場までしてバッハの《トッカータとフーガ ニ短調》
を指揮しているの
である。
ディズニーがストコフスキーを起用したのは、彼の音楽映画の「権
威付け」のためだったが、その背景には、アメリカの音楽界において、
ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団が確立したユニークな企
画があった。ストコフスキーは交響楽団のプログラムにバッハ作品の
管弦楽編曲を導入し、大成功を収めていたのである。
出身のアメリカの指揮者。
ラデルフィア管弦楽団、アメ
リカ交響楽団などの指揮者
として活躍。同時代の音楽
の紹介、レコーディングなど
を通じてのクラシック音楽の
普及に熱心に取り組んだ。
2… ウォルト・ディズ ニ ー
。アメリカ
(1901∼1966)
ストコフスキーはもともとロンドンの王立音楽大学で学んだオルガ
ニストで、さらにオックスフォード大学クイーンズ・カレッジで音楽学も学
のアニメーター、プロデュー
サー、映画監督。
んでいた。ニューヨークでも教会のオルガニスト、聖歌隊指揮者とし
てキャリアを始めたのだが、たまたま研究旅行で立ち寄ったパリで、
急病の指揮者の代わりに指揮をして成功を収め、指揮者としてのキャ
リアを歩むことになった。1912年からフィラデルフィア管弦楽団常任
指揮者として活躍するのだが、以前のようにオルガンでバッハを演奏
する機会がなくなったために、
《パッサカリアとフーガ ハ短調》
を彼に
とっての新しい楽器であるオーケストラで演奏できるように編曲して
楽しんでいたのだそうだ。最初はリハーサルでのみ演奏していたの
だが、楽員たちから演奏会でも取り上げたいとの希望が出た。実際、
演奏してみると聴衆の評判も上々で、それから頻繁に演奏するように
なった、と彼自身も回想している。
この成功に勇気を得たストコフスキーは、さらに受難曲のアリア、コ
ラールなどを管弦楽用に編曲し、
《ブランデンブルク協奏曲第 3番》
や《ブランデンブルク協奏曲第5番》、
《管弦楽組曲第2番ロ短調》
と
いったバッハのオリジナルの管弦楽曲とともに上演することが多く
なった。編曲かオリジナルかを問わず、バッハの管弦楽作品は、フィラ
デルフィア管弦楽団のプログラムのじつに7パーセントを占めるように
なったという。これは当時のアメリカの他の管弦楽団のプログラムに
おけるバッハ作品の割合が 3.5パーセントであったことを考えると、
それらの2倍にあたる。フィラデルフィア管弦楽団の場合、バッハ作品
はチャイコフスキーの交響曲、リヒャルト・シュトラウスの交響詩、モー
ツァルトの管弦楽曲よりも頻繁にプログラムに登場し、1926年 12月
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にはストコフスキーは、バッハ作品だけの演奏会を指揮するほどで
あった。
ストコフスキーはバッハの編曲にあたり、アダージョやアンダンテの
ゆっくりした楽曲を選ぶことが多かった。これらの原曲は多くの場
合、小さな編成で書かれていることが多いが、ストコフスキーはそれ
に、大オーケストラのパレットを駆使して、豊麗な極彩色を施した。ス
トコフスキーとフィラデルフィア管弦楽団は一体化し、まさに「フィラデ
ルフィア・サウンド」でバッハを讃美した。そのうえ、ストコフスキーの
指揮ぶりは、視覚的にも魅力的だった。だからこそ指揮者ストコフス
キーは、映画『オーケストラの少女』
(1937年)
で、アメリカ、いや世界の
大衆を魅了したのである。ディズニーが映画『ファンタジア』
でストコフ
スキーを起用した背景には、まさにこうした彼の不動の人気があっ
た。映画『ファンタジア』
では、デュカスの《魔法使いの弟子》や、スト
ラヴィンスキーの《春の祭典》における映像と音楽の合体がみごとだ
が、冒頭にバッハの《トッカータとフーガ ニ短調》のような抽象的な音
楽をもってきて、指揮をするストコフスキーのシルエットを映したのも、
彼の指揮ならではの視覚的魅力と音楽のみごとな一致が、アニメー
ションに勝ると判断したからにほかなるまい。
ストコフスキーの「フィラデルフィア・サウンド」
を駆使したバッハ演奏
は、驚くほどの大衆的人気を勝ち得たが、その反動として、ハロルド・
3…ハロルド・C.ショーンバー
。アメリ
グ(1915∼2003)
カの音楽評論家、ジャーナリ
C. ショーンバーグ[ 3 ]に代表される音楽評論家の批判を浴びたこと
もまた事実であった。それに対してストコフスキーは、
「もしバッハが
スト。1971年、音楽評論家
として初のピューリツァー賞
を受賞。ストコフスキーだけ
でなく、
レナード・バーンスタイ
ンの指揮を辛らつに批判し
たことでも知られる。
映画『カーネギー・ホール』
(1947年)
でのストコフスキー
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今日生きていたなら、疑いもなく彼は、高度に発展したモダン・オーケ
ストラのために輝かしい音楽を書いたに違いない。彼は、その表現
にいかなる制限も見出さなかっただろうし、当時のオルガンのあらゆ
る手段を用いたように、今日のオーケストラのあらゆる手段を用いた
であろう」
と反論している。
バッハ作品を大オーケストラで演奏するというアメリカの伝統は、じ
つはストコフスキーの専売特許ではなかった。すでに1873年、ヨア
ヒム・ラフ
[ 4 ]によって編曲された無伴奏ヴァイオリンのための《シャコ
ンヌ》が、ニューヨーク・フィルハーモニック協会(現在のニューヨーク・フィル
ハーモニック)
によって初演されている。20世紀に入ると、ニューヨーク
4… ヨアヒム・ラフ(1822∼
1882)。スイスの作 曲 家、
ピアニスト。
やシカゴのオーケストラが、しばしばバッハ作品を上演するようになっ
た。1909年にニューヨーク・フィルハーモニックの指揮者となったグス
タフ・マーラーは、メンデルスゾーンの伝統を踏襲した「歴史的演奏
会」
を行い、ラモー、グレトリ、ハイドンと並んで、バッハの《管弦楽組
曲第 2番ロ短調》から〈序曲〉
〈ロンド〉
〈バディヌリ〉、
《管弦楽組曲第 3
番ニ長調》から
〈エアー〉
と
〈ガヴォット〉
を、ピアノで通奏低音を弾きな
がら上演し、大評判となっている。
ストコフスキーとフィラデルフィア管弦楽団に代表されるアメリカの大
オーケストラによるバッハ作品の上演は、すでにヒンデミットらによっ
て批判され、第二次世界大戦後のバロック音楽ブーム、特に歴史的
演奏習慣の重視がトレンドとなるにつれて、徐々に下火となったと思
われる。しかし N 響桂冠名誉指揮者であったウォルフガング・サヴァ
リッシュが、フィラデルフィア管弦楽団の第 6代音楽監督として、
『スト
コフスキー・トランスクリプションズ』
というCD をリリースし、大先輩ス
トコフスキーの偉大な業績に敬意を示していることも忘れてはならな
い。ストコフスキーこそは、バッハの音楽を現代の大衆に広めた偉大
な宣教師だったのである。
樋口
一(ひぐち りゅういち)
明治学院大学名誉教授、国際音楽学会副会長。著書に『カラー版作曲家の生
『バッハ カンタータ研究』
『バッハから広がる世界』ほか。
涯 バッハ』
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賞はじめ数々の音楽賞に輝くジャズ界の巨
5月定期公演の
聴きどころ
匠チック・コリアとジャズ・ピアニストとして世界
的に活躍する小曽根真を迎える。30年来の
友人という2人のピアニストが、互いに刺激し
合い繰り広げる、即興も含む演奏は注目だ。
モーツァルトの音楽への斬新なアプローチも
聴き逃せない。
英国音楽を得意とする尾高は、N 響定期
では2008年からエルガーの3曲の交響曲を
番号順に取り上げてきた。いよいよ待望の
傑作《変奏曲「
」》
が演奏される。友人たち
5月の定期公演は、N 響正指揮者の尾高
の印象を描いた音楽的肖像と言われるこの
忠明と首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィの父、
作品。主題と14の変奏曲に作曲家が仕掛
ネーメ・ヤルヴィが登場する。しなやかな音楽
けた に思いをめぐらせながら楽しみたい。
を作り出す尾高はエルガーを中心としたプロ
グラムを、2014年4月定期以来2年ぶりとな
るネーメは、ロシアとドイツ・オーストリアの作曲
ネーメ
・ヤルヴィが聴かせる
ロシアとドイツ・オーストリアの交響曲
家を組み合わせた、交響曲のみで構成され
る2つのプログラムを披露する。
エストニアのタリンに生まれたネーメ・ヤル
ヴィは、今年79歳。世界の主要オーケストラ
チック・コリアと小曽根真の競演と
尾高忠明による待望の《変奏曲「」》
に客演し、現在はエストニア国立交響楽団
芸術監督および首席指揮者を務める。大ら
かで自然体の音楽作りに定評があるが、そ
尾高は、国内外のオーケストラで武満徹の
のレパートリーの広さと膨大な数の録音は、
作品をたびたび取り上げているが、A プロで
現役の指揮者の中で随一であろう。今回2
はテレビ・ドラマの音楽として作曲された《波
つのプログラムで演奏されるロシア作品も、
の盆》
を選んだ。武満は、映画や劇音楽を
彼ならではの、こだわりの選曲といえる。
長年手がけ、
《波の盆》
は、1983年に放送初
B プロでは、プロコフィエフの《交響曲第6
演された音楽を演奏会用組曲にした作品で
番》
を指揮する。第二次世界大戦の犠牲者
ある。尾高が「日本人の感性の奥深くに武
への哀悼と戦争の悲劇が描かれた大作で、
満さんが語りかける」
と述べているように、雄
1947年に初演されたものの、翌年の「ジダー
弁に物語る音楽は繊細で美しい。丁寧な指
ノフ批判」では名指しでやり玉にあがった。
揮で作り上げる N 響の演奏で、しみじみと味
そのため作曲家の生前に再演されることは
わいたい。2曲目のモーツァルト
《2台のピアノ
なく、スターリンの死後、事実上批判は撤回
のための協奏曲》
では、ソリストにピアニスト、
されたが、その後も演奏の機会に恵まれて
作曲家、バンドリーダーとして活躍し、
グラミー
いない。ネーメは、1980年代のプロコフィエ
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フの交響曲全曲録音などを通じて早くから紹
にはロシア的な哀愁や民謡風の素朴さ、舞
介に努めてきた。3楽章構成で、内省的な面
曲の明快なリズムや鮮やかな色彩感などが
もあり、曲が進むにつれて求心力が高まる。
盛り込まれている。若さゆえに筆の勢いが勝
作曲家が訴えかける思いに耳を傾けたい。
るところもあるが、ロシア国民楽派の音楽に
プロコフィエフと組み合わせるのは、シュー
通じる力強さで人気が高い。ネーメもこの作
ベルトの名作《「未完成」交響曲》。ネーメの
品に共感を寄せ、録音も残している。ロマン
指揮のもと、N 響の艶 やかで端正なアンサ
ティックな旋律を魅力的に歌わせる指揮で、
ンブルは、安らぎに満ちた美しさと苦悩の間
熱のこもった演奏を聴かせてくれるだろう。
を揺れ動きながら静かな余韻を残すだろう。
後半は、ベートーヴェンの《交響曲第6番
「田園」》。パーヴォとのベートーヴェンも快
人気のカリンニコフ《交響曲第1番》と
N 響得意の《田園》に期待
調の N 響だが、ネーメの指揮では交響曲と
しては今回が初ベートーヴェンとなる。これま
で多くの指揮者のタクトで演奏してきた N 響
C プロでは、カリンニコフの《交響曲第1
の得意とするレパートリーで、どのような名演
番》
を取り上げる。チャイコフスキーにその才
が生まれるのか大いに期待が高まる。
能を高く評価されたが、病のため34歳の若
さで世を去った作曲家の代表作のひとつで
[柴辻純子/音楽評論家]
ある。古典的な4楽章構成の交響曲で、そこ
5月の定期公演
A
武満 徹/波の盆
(1983 /1996)
モーツァルト/2台のピアノのための協奏曲 変ホ長調 K.365
エルガー/変奏曲「 」作品36
NHK ホール
指揮:尾高忠明
ピアノ:チック・コリア、小曽根 真
B
シューベルト/交響曲 第7番 ロ短調 D.759「未完成」
プロコフィエフ/交響曲 第6番 変ホ短調 作品111
土 6:00pm
5/14 □
日 3:00pm
5/15 □
水 7:00pm
5/25 □
木 7:00pm
5/26 □
サントリーホール
C
指揮:ネーメ・ヤルヴィ
カリンニコフ/交響曲 第1番ト短調
ベートーヴェン/交響曲 第6番 ヘ長調 作品68「田園」
金 7:00pm
5/20 □
土 3:00pm
5/21 □
NHK ホール
指揮:ネーメ・ヤルヴィ
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