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ニューオリンズ・ジャズ・セレブレーションからも655ドルが贈られてきた。
ニューオリンズから外山夫妻のもとには、かつてハリケーン被害の際に WJF から1万ドルを寄贈し
た現地の「アラビ・レッキング・クルー」、楽器の贈呈を続けているオー・ペリー・ウォカー高校の音楽
ディレクター、ウィルバート・ローリンズ先生、バンドの父兄会、TBCブラスバンド、無料音楽教育団
体「ルーツ・オブ・ミュージック」などから支援と激励の声。地元紙「タイムズ・ペカユーン」のシーラ・
ストロウプ記者は、同紙とホームページで大々的に支援を呼びかけてくれた。「さあ、今度は私たち
が日本の素晴らしいお友達、外山夫妻を助ける番よ」と。
ニューヨーク在住の歌手、ヘレン・メリルさん(かつて“ニューヨークのため息”として一世を風靡)
は、WJF賛助会員の中村宏さん(ジャズ評論家、医学博士)を通じてエールを送ってきてくれた。
「ダウンビート誌の私の友人にも支援を呼びかけています。
気仙沼へ
4月23日(土)、ディズニーランド・イクスピアリでの「外山喜雄とハッピーデキシーシックス」(ま、
デキシーセインツです)の午後1時から4度目の復帰演奏を終えた後、外山夫妻、ベースの藤崎羊
一さん、それに私(小泉)の一行4人は、午後7時前、千葉・浦安市美浜の85㎝も沈んで傾いた(認
定では「全壊」の)大震災被災者宅、外山さん宅を外山夫妻のマイカーで出発(藤崎さんが往復路
の大半を運転、外山夫妻は携帯への電話取材攻勢に追われる)。まずは深夜の仙台に着いて1泊。
翌24日午前8時、仙台を発って宮城・気仙沼に向かう。行き帰り、もうメチャ寝不足。東北道・一関
IC から R842で一路気仙沼市への行程。道々、「災害輸送」車両、「災害派遣」の自衛隊車両、自
衛隊員の姿が頻繁に目に飛び込んでくる。そう、ここはまさに被災地のど真ん中。被災市民の避難
場所にもなっている気仙沼市総合体育館(同市赤岩牧沢)に到着したのは、お昼ちょっと前。途中
のコンビニで買ったおにぎりを各自、車内で急いで頬張る。
急ピッチでライブ会場の設営が進められる中、あ、いました、いました! 仙台から一足先に到着
して会場作りを進めていた佐々木孝夫さん(ジャズカフェバー「ジャズ・ミー・ブルース『noLa(ノ
ラ)』」店主)。2005年にニューオリンズを襲ったハリケーン「カトリーナ」被害の復興支援では、仙台
の定禅寺ジャズストリートフェスティバル(JSF=今年は9月10、11両日の第21回開催が決定)の主
催者らにいち早く「ニューオリンズ救済」を呼びかけて、WJF にも協力、寄付金集めに奔走してくれ
た方。そう、黒人ジュニアジャズバンドのフィギュア(ミニチュア人形)を格安で提供してくれた方。お
かげで、かなりの売り上げを寄贈することができた。その後も、ずっと WJF への支援を続けて下さり、
今度の「気仙沼復興支援ライブ」の発起人の一人。テレビニュースの佐々木さんインタビューで映
し出された胸に輝く WJF ニューオリンズ支援の“缶バッジ”も、我々を元気づけてくれた。気仙沼ジ
ュニアジャズオーケストラ「スウィング・ドルフィンズ(SD)」(須藤丈市会長)のみなさんや JSF の実行
委員長で、この日の司会と演奏に大忙しの榊原光裕さん(p,arr)はじめ、各バンドのみなさんとも合
流。すでに報道陣も多数、詰めかけていて取材が続けられていた。
ライブ会場となったのは、体育館前の「サポート広場」。24日現在、ここにはまだ720人が避難し
てきており、周辺には“テント村”や仮設トイレ群も。各地からのボランティアの姿も少なくない。車椅
子のお年寄りに付き添う介護関係者、「医務室」と張り紙された事務所を出入りする医師、看護師
…。そんなみなさんらざっと500人が見守る中、午後1時、支援ライブがスタートした。バイオリンも
加わった榊原さんの「HAPPY TOCO」など、次々と仙台からの忚援バンドが演奏、ニューオリンズス
タイルジャズバンド「ジャンピング・クロウ」は、超元気いっぱいの若者たち。そのなかに、外山喜雄
(tp,vo)・恵子(bj)夫妻、藤崎羊一(el-b)が加わる。次第に盛り上がっていく中、いよいよ登場!「ス
ウィング・ドルフィンズ」の24人。拍手と声援がわき上がる。ここで司会者から再び外山夫妻の紹介
と、ニューオリンズからの“恩返し”の支援が伝えられる。金色にピッカピカに輝く管楽器14本、それ
に WJF からのエレキギター、エレキベース、アンプ、宇都宮ジュニアジャズオーケストラからのドラム
セット、そしてキーボード(「あら、これ、私が贈ったものよ」と再会を喜ぶ恵子さん)。(株)グローバ
ルから寄贈の譜面台20台も活躍。強い日差し、前夜の大雤がウソのような澄んだ青空が広がった
が、時々、譜面を台ごと吹き飛ばすような突風が会場を襲う。譜面台を支える支援者のみなさん。
まずは、メンバーの小野寺貴子さん(as,中3)ら2人の代表に改めて外山夫妻からアルトサックスと
トランペットを手渡す“贈呈式”。そのお返しにと贈られた小さな包みは…夫妻が広げると、それは
色鮮やかで大きな「大漁旗」だった。突風を受けてひらめく。旗の上部には「ニューオリンズのみな
さんありがとう」とあり、子供たちの寄せ書きがいっぱい。会場から大きな拍手と大声援。こんな素敵
な「大漁旗」が再びあの美しい気仙沼の海にはためくのは、いったいいつになるのだろうか? 続
いてメンバーの1人が挨拶に立った。「ニューオリンズを中心とした世界中からの支援を受け、大好
きなジャズを演奏できて、私たちはとても幸せを感じています」と。目をしばたたかせて頷く外山夫
妻。手話の“同時通訳”も終始、会場に話しかけてくれていたのも、感動的でした。
司会の榊原さんの話では、慶忚大学から派遣され、この体育館の医務室に勤務している若い医
師もライブに賛同。「我々医師は、けがをされた方、病気の被災者のみなさんのマイナスになった
部分をゼロに戻すのが仕事です。その後のゼロをプラスにするのはあなた方(音楽)の仕事です」と
激励してくれたそうだ。会場にも姿を見せていましたね。
お待たせ! 須藤さんの指揮で SD の演奏が始まる。まずは、バンドテーマ「ムーン・ノクターン」。
次いで「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」「ジェリコの戦い」「ウッディー・チョッパーズ・ボール」…。
続く SD の卒業生で作るバンド「ブルーボースターズ」も交えた演奏では「我は海の子」「故郷(ふる
さと)」…これには、しきりに涙をぬぐう人たちが目立った。バンドの女の子がマイクで会場に呼びか
けたんですよ。「家を流され、気仙沼を離れていく方もいらっしゃると思いますが、どうかこの曲を聴
いて“ふるさと気仙沼”を思い出して下さい!」。エンディングは出演者全員による合同演奏「聖者
の行進」。
「音楽の力って凄いですね。子供たちから本当に元気をもらいました」(避難生活の男性)。「中3
最後の年は、もう楽器を手にすることが出来ないとあきらめていたのに…。すっごく楽しく演奏でき
ました」と、みんなの笑顔がはじける。「あなた方のその笑顔、もうニューオリンズでも有名ですよ」と
外山夫妻。午後3時過ぎ、ライブが終了すると、なんと!外山夫妻にサインを求めてバンドの子供
たちの長蛇の列が出来る。サインに添えて「元気にスウィングして下さい。ニューオリンズに届くよう
に…」とひと言。「みんなニューオリンズのことにも、関心を持ってくれたようですよ」と夫妻はにっこり。
みなさんとの挨拶やら何やら…そうそう、この日、佐々木さんを通じてJSF関係にWJFから10万円
を寄付。…で、演奏が終わってすでに2時間ほどが経っていた。
気仙沼港にも回って惨状を脳裏に焼き付けた。港にたたきつけられ横倒しとなった漁船、黒こげ
の船体、がれきの中に埋まり、重なり合った車、瓦礫の中の屋根と柱だけ残ったフェリーの桟橋、崩
壊した家屋、「宮城県警」と背中に書かれた一団に運び出される白い布にくるまれた遺体(?)、市
民の姿はない、まさにゴーストタウン。道路上の瓦礫を取り除いた以外には、まだまだ全く手が付け
られないのだろうか。「がんばれ東北!」などというのが恥ずかしくなる。立ちすくんで誰も声が出な
い。こんな惨状が200kmも、300km…いや、青森から千葉まで500km 続いているのか!
SD の中1のトランペッター(中1、12)は、家を流され家族とともに体育館横でのテント暮らしをし
ているという。でも、「演奏中は避難生活も忘れて、とても楽しかった」。関係者のほとんどの方々が
自宅の被害を受けているが、全員無事だったというのが、せめてもの慰め。「サッチモの旅」で例年
お世話になっていたニューオリンズのローボック美貴さん、自宅がカトリーナの被害を受け、いまも
シカゴで生活中だが、お兄さんらご家族がいる岩手(?)の2階建ての実家が、見る影もなく津波に
消し流されてしまった。WJF 会員の岡本節夫さん、「仙台・若林区にあった協力会社の社員3人が、
行方不明なんです」。4月22日と28日、セインツが出演し「復興支援ライブ」を開催した HUB 新浦
安店など地区担当課長の杉山芳洋さん、「石巻市の実家が流されてしまったんです。両親は無事
でしたが…」。前号でも速報したが、外山夫妻の浦安市の自宅も、液状化で裏側へ85㎝も傾き、
「全壊」との認定を受けている。家族や知人に被災者がいなかった!なんていう人は、恐らくいない
のではないだろうか。
…なんだかんだで、我々4人が、気仙沼を離れたのは午後5時前。結局、この日は都心に戻れ
ず、途中の那須泊まりとなった。
この「気仙沼復興支援ライブ」の模様は、当日24日夕刻のフジテレビをはじめ、翌25日夕のテレ
ビ朝日、午後9時の NHK ニュースで全国に放映された。朝日新聞朝刊や数えきれないほどのマス
コミ各社の電子版記事(北は北海道新聞から南は宮崎日々、長崎…それにスポーツ各紙まで関連
記事ざっと30件)。外山さんが YouTube にも即、映像を流し、駐日アメリカ大使のジョン.ルースさん
(Ambassador John V. Roos)は米大使館のホームページにライブ開催前から何度もツイットするほど
の熱の入れよう。ジュニアバンドのこと、外山夫妻のこと、24日のライブのこと、日本からのニューオ
リンズ援助のこと…(何しろ24日はイエス・キリストの復活祭イースターだもんなあ)。「わー、これで
はオバマ大統領も見てくれそう!」と外山夫妻は大感激。もちろんニューオリンズにも、ニュースは
即刻伝わり、感動の輪が広がっている。またテレビ報道などはまだ断片的だが、WJF 会員で番組
製作会社「コスモスペース」の社長、青木秀臣さん(グレン・ミラー生誕地協会日本支部代表)もライ
ブ当日、気仙沼にクルーを派遣し「ぜひともドキュメンタリー番組を作りたい」と。NHKもドキュメンタ
リー番組を模索しているようだ。請う、ご期待!
「サッチモの旅」を支援してくれている元ニューオリンズ総領事、坂戸勝さんの勤務先、国際交流
基金(Japan Foundation)も支援の成果にお喜びとか。今年のツアーにも補助金の予算が下
りることになったそうだ。
<気仙沼ジュニアジャズバンド「スウィング・ドルフィンズ」>
1993年(平成5年)、結成。指揮者で会長・須藤丈市さん (52)。学校の週休2日制にともない、
小5~中3の子供たちが毎週土曜日、気仙沼市内の総合市民福祉センター「やすらぎ」を中心に
練習を重ねてきた。翌94年から仙台の定禅寺ジャズストリートフェスティバルに参加、以来,常連で
数ある参加バンドでも人気 No.1。グレン・ミラー楽団との交流もしている。3.11大震災の津波で練
習場はもとより、保管していた楽器、譜面、譜面台などすべてを流されてしまった。SD のホームペ
ージには、赤いジャケットのユニフォームで華麗に演奏しているステージが紹介されているが…。