全文 PDF - 国際農林業協働協会

国際農林業協力
目
次
Vol.32, No.2 通巻 155 号
巻頭言
アフリカ農林の展望
特
大島
賢三 ······· 1
菱田
敦之 ······· 2
小川
慎司 ······· 9
吉村
浩司 ······· 19
集:アフリカ農業の展望:高収益農業を中心に
高収益農業におけるアフリカの薬用作物の可能性
ケニアの半乾燥地における養蜂振興の持つ可能性
グローバリゼーションの下でのアフリカの高収益農業
繊維植物の可能性
-国際天然繊維年シンポジウムと高収益農業研究から
西山亜希代 ······· 35
論
説
飢餓の構図(2)
紙谷
貢 ······· 43
高畑
恒雄 ······· 49
中村
純 ······· 51
南風東風
身近な材料でクールアース
書
評
本誌既刊号のコンテンツ及び一部の号の記事全文(pdf ファイル)を JAICAF ウェブページ
(http://www.jaicaf.or.jp/)上で、みることができます。
巻
頭
言
アフリカ農林の展望
JICA副理事長
大
アジアで 1960~70 年代にかけて起きた「緑の
革命」の起爆剤となったのが、主食コメと小麦の
高収量品種の開発である。それと水管理(灌漑開
発)、化学肥料、栽培管理技術の向上などが組み
合わさって生産性の大幅アップが達成された。そ
の「緑の革命」の最大功労者とされる米国人農学
者ノーマン・ボーローグ博士(1970 年ノーベル平
和賞授賞者、世界食糧賞の発案者、95 歳で去る9
月死去、合掌)が、最近出版された伝記本の中で、
ブラジルの熱帯サバンナ地帯“セラード”開発を
絶賛し、「セラードを開発した技術は、サハラ砂
漠以南のアフリカのような広大な地域などに応
用できると確信している」と述べていることが興
味深く眼にとまった。
なぜかというと、本年9月、モザンビークの首
都マプトで、JICA・ブラジル協力庁・モザンビー
ク農業省の3者が、
「三角協力計画、ProSAVANA
‐JBM」の合意書に署名したばかりであったから
である。20 年に及んだ日伯間のセラード協力の経
験をアフリカの熱帯サバンナ地域の開発に生か
そうという狙いだ。JICA はボーローグ博士の頭の
中を読んだわけではないが、かつてセラード開発
に関与した日本側の当事者の間からそういうア
イディアが生み出されたのは、何かの啓示という
べきか。
近年、アフリカ農業で注目を要する変化が起き
ている。第一に、開発を妨げてきた紛争問題が一
部地域を除いて片付き、持続的成長を見せる国も
出てきたこと。人口増と経済の成長は、食料需要
Oshima Kenzou : Perspective on African Agriculture
and Forestry
島
賢
三
1
を質量ともに変化させ、例えば主食では、伝統的
なキャッサバやメイズ等に加えコメと小麦の需
要が急速に伸びている。2008 年の第4回アフリカ
開発会議(TICADIV)で、日本はアフリカの「10
年コメ生産倍増支援」を表明し、これを実現する
ため JICA が「アフリカ緑の革命財団(AGRA)
」
と共同で「アフリカ稲作振興共同体」
(CARD)と
いうドナー連携の枠組みを作り、取り組みを開始
した背景だ。
第二に、世界的な食料価格の上昇。2007~08 年
にかけての食料危機以降、国際穀物価格は高止ま
り基調にあり、アフリカの農民にも「売る農業」
へのインセンティブを与えている。アフリカは生
産性向上のポテンシャルがあり、新たに開発可能
な土地も多く残されており、世界の食料安全保障
の観点からも期待が大きい。
第三に、アフリカにおける村落地域をふくむ携
帯電話の急速な普及、さらに IT や太陽光発電など
再生可能エネルギーの導入可能性といった、農
業・農村開発にとっても有利な環境が生まれつつ
ある。また、世界銀行やドナー諸国も、アフリカ
の抱える貧困・格差など基本的問題の解決のため、
本来、正面攻撃をかけるべき農業・農村開発の重
要性を再認識し、予算・資源投入の増大へと舵を
切りつつある。
もちろん、アフリカ版「緑の革命」の前には、
困難で長い道程が待ち受けている。日本に出来る
ことは何か。前記の“CARD”や“ProSAVANA‐
JBM”の取り組みは日本らしい戦略アプローチの
試みである。日本は、一貫してアフリカを含む途
上国の農業開発を重視し、長い間支援を継続して
きた。今こそ、これまでの経験を活かし、国際機
関や他のドナーとも連携してアフリカ農業開発
に存在感を示して行きたい。
-1-
特集:アフリカ農業の展望
高収益農業におけるアフリカの薬用作物の可能性
•
はじめに
菱
田
敦
之
病対策に利用することに関心が高まりつつあ
2008 年 9 月に洞爺湖で開催された先進 8 カ
る。さらに薬用植物は、その潜在的な経済価
国首脳会議の基調講演において、日本のアフ
値から途上国における高収益農業の対象作物
リカ支援政策の1つとして農業分野では、貧
として期待されている。
困削減や経済成長を達成するためには、
『売れ
る農産物づくり』が重要であり、この方面の
1.薬用植物の利用状況
WHO の報告書 1)によると、アジアおよびア
調査研究を進めるとの方針が示された。
途上国を中心にアフリカ、アジアの多くの
フリカの数カ国では、国民の 80%がプライマ
人々は、プライマリ・ヘルス・ケアに伝統医
リ・ヘルス・ケアとして伝統的医薬品を利用
療を利用し、代替医療または補助的な治療に
している。また途上国では、70~80%の人々
薬用植物が用いられている。日本では、漢方
は、代替医療もしくは補助的な治療に薬用植
療法における生薬として薬用植物は古くから
物を利用している。伝統医薬は、多くの感染
利用され、婦人病、慢性疾患、近年ではアト
症や慢性疾患を治療できるとして、WHO は
ピー症の改善などの治療に大きく貢献してい
途上国において薬用植物を用いた伝統医薬の
る。世界保健機関(WHO)は、途上国におけ
積極的な利用を推奨している。
る食糧問題と等しく健康の維持および疾病対
2007 年に行われたエチオピアの調査 2)によ
策は急務の課題と位置づけている。その対策
ると、首都に居住する住民は民間および大学
には、伝統的な医療および医薬品の活用を推
病院で最新の医療を受けられるにも関わらず、
進し、伝統医療で用いる薬用植物は感染症や
その約 75%は疾病の治療に薬用植物を利用
慢性疾患の治療に優れた効果があるとしてそ
している。薬用植物を利用する主な理由は、
1)
第1に地域住民が伝統医療における薬用植物
従来、アフリカの薬用植物は、新薬開発の
の価値を信じていること、第2に使用コスト
の利用を推奨している 。
創薬資源として着目されてきたが、現在では
が比較的に安価であることが挙げられている。
アフリカを含む途上国の人々の健康維持と疾
興味深い点は、エチオピアでは、経済的に豊
かな人も貧しい人も同じ薬用植物を利用し、
HISHIDA Atsuyuki : Potential of African Medicinal
Plants for Highly Profitable Agriculture
教育の水準における利用の差違は全く見られ
ないことである。
-2-
国際農林業協力
Vol.32 №2 2009
アロエ Aloe vera などが有名である。
2.薬用植物の経済性
薬用植物およびこれを原料とした製品は、
エチオピアの生物多様性研究所の調査によ
伝統的な医薬品の中で最も収益性があり、年
ると、エチオピアには 800 種以上の薬用植物
間数十億米ドルの収益を生み出すと見込まれ
があり、その内 560 種程度が同研究所で保存
1)
ている 。西ヨーロッパにおける 2003 年から
されている。エチオピアの代表的な薬用植物
04 年の年間収益は 50 億米ドルに達し、中国
は 3、10)、駆虫薬として用いるコソノキ Hagenia
における 2006 年の漢方製剤の生産金額は 140
abyssinica、樹脂を薫香材として用いるモツヤ
億米ドルであった。ブラジルでは 2007 年の薬
クノキおよびニュウコウノキ Boswellia sp. 覚
用植物を原料とした医薬品の収益は 1.6 億米
醒作用があるアラビアチャノキ Catha edulis、
ドルであった。日本における 2007 年の漢方製
カルダモンに似た香りがあり主に香辛料とし
剤の生産金額は、約 11 億米ドル(1130 億円)
て利用されるコラリマ Aframomum corrorima
3)
である 。
等がある。なお、コーヒーノキは、エチオピ
アが原産である。同国には、形態的、遺伝的
3.薬用植物の安全性と品質
に異なる栽培種および野生種はおよそ 60 系
国際市場では、薬用植物およびその加工品
統が確認されている。
は、偽物や低品質または異物が混入した粗悪
品が流通し、利用者の安全性を脅かす深刻な
問題となっている1)。薬用植物は、主に医薬
品および健康補助食品の原料に用いることか
ら、
「安全性」と「品質」が最も優先されるべ
き課題である。薬用植物に関する品質の基準
やその評価方法は、WHO によりガイドライ
ンが策定されている 4-8)。現在 100 以上の国で
薬用植物およびその加工品に関する規則が施
行されている。
写真1
コソノキ
4.アフリカの薬用植物
アフリカにおける薬用植物を用いた治療は、
数千年前の最古の時代に遡ることができる。
最も古い医学書の1つ「エーベルス・パピル
ス」(紀元前 16 世紀)には、870 の処方とそ
の製法、700 種類の薬用植物が収載されてい
る 9)。アフリカを代表する薬用植物は、コロ
ンボ Jateorhiza columba、コーヒーノキ Coffea
arabica、モツヤクノキ Commiphora sp. センナ
(アレキサンドリアセンナ)Cassia acutifolia、
-3-
写真2
ニュコウノキ(オマーン)
写真3
コラリマ
表1
名称(生薬名)
写真4
アラビアチャノキ
アフリカ各国から日本に輸入されている主な薬用植物
植物名
アラビアゴム アラビアゴムノキ
基原植物
利用部位
主な産地
樹皮に傷をつけ滲
スーダン,
出した樹脂を固め
エチオピア
たもの
Acacia senegal Willd.
および同属植物
主な用途
工業原料,薬用
(局方収載品)
Aloe ferox Mill.
蘆会.アロエ アロエ
アロエベラ
カカオ
カカオノキ
コーヒー
コーヒーノキ
コロンボ
コロンボ
またはこれと
葉から得た液汁を
Aloe africana Mill.または, 乾燥させたもの
Aloe spicata Baker との雑種
Aloe vera (L.) Burm.fil.
葉の肉質
Theobroma cacao L.
種子
Coffea arabica
種子
および同属植物
Jateorhiza columba Miers
シロバナムシ
Pyrethrum cinerariifolium
ヨケギク
Trevir.
ストロファンツス,
Strophanthus kombe Oliv.
ストファンツス
コンベ
ジョチュウギク
センナ
センナ
チョウジ
チョウジノキ
乳香
ニュウコウノキ
没薬
モツヤクノキ
Cassia angustifolia Vahl.
Cassia acutifolia Delile
Syzygium aromaticum (L.)
Merr. et L. M. Perry
Boswellia carterii
根
薬用
(局方収載品)
食用
ガーナ,
ナイジェリア
エチオピア,
ケニア,
タンザニア他
モザンビーク,
マダガスカル
食用
食用
薬用
(局方収載品)
頭花
ケニア
薬用
種子
東南アフリカ
薬用
(局方収載品)
葉
蕾
樹脂
および同属植物
Acacia senegal Willd.
および同属植物
南アフリカ
樹脂
エジプト,
スーダン
及びサハラ地方
アフリカ東岸の
諸島
エチオピア,
スーダン
スーダン,
エチオピア
薬用
(局方収載品)
薬用
(局方収載品)
薫香材
薫香材
出典:久保,吉川 編 「医療における漢方・生薬学」,農林省熱帯農業センター編「熱帯の有用作物」を参考に作成した.
-4-
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表3 ジョチュウギク(エキス)
の国別輸入状況(2008 年)
5.日本におけるアフリカ薬用植物の利用
日本に輸入されるアフリカの薬用植物は、
食用、漢方製剤を含む医薬品の原料、薫香材
および工業原料等に利用される(表1)。アフ
リカから輸入されている薬用植物の内、セン
ナおよびストロファンツス等は、主に薬用に
利用されている。カカオおよびコーヒーは主
に食品に利用されている。アラビアゴムは、
主に工業原料として利用され、その一部は薬
輸入相手国
数量(kg)
金額(千円)
○ オーストラリア
1,900
46,766
○ ケニア
750
7,950
中華人民共和国
135
3,328
アメリカ合衆国
96
2,742
合計
2,881
60,786
○印はアフリカの国を示す.
出典:財務省 貿易統計(2008 年 1 月-12 月)を参考に作
成した.
の製剤工程で錠剤の表面コート剤として用い
その用途が主に医薬品であるアフリカの薬
られる。アロエは、 A. ferox またはこれと A.
africana または、A. spicata との雑種が主に生
薬「蘆会(ろかい)」として薬用に用い、A. vera
が主に食用に利用されている。アロエは、植
用植物は、輸入量が数百 kg 程度と推定され、
貿易統計から輸入量を示すことは困難であっ
た。乳香については、年間約 4500kg 輸入され、
その中で少なくとも 25%はエチオピアから
物の種によって用途が異なる。
2008 年のカカオ豆の国別輸入状況は、ガー
の輸入品である 10、11)。
ナが2万 2000 トン、全体の 76%に達してい
る(表2)。2008 年のジョチュウギク(エキ
ス)の国別輸入状況は 750 kg であり、全体の
25%を占めている(表3)
。
表2 カカオ豆の国別輸入状況(2008 年)
輸入相手国
数量(kg)
金額(千円)
○ ガーナ
22,001,378
5,707,818
ベネズエラ
2,855,072
1,107,516
エクアドル
1,849,133
578,544
○ コートジボワール
593,518
188,704
インドネシア
563,905
170,876
○ カメルーン
299,064
85,262
トリニダード・トバゴ
246,476
139,808
ペルー
149,969
56,742
ドミニカ共和国
141,273
61,094
オランダ
97,479
31,898
コロンビア
1,015
460
○ マダガスカル
1,011
627
フランス
470
778
○ タンザニア
210
239
オーストラリア
50
215
合計
28,800,023
8,130,581
○印はアフリカの国を示す.
出典:財務省 貿易統計(2008 年 1 月-12 月)を参考に作
成した.
図1
高収益農業の戦略 11)
高収益農業は、生産者および地域社会が十
分な収益を得ることを目指す農業である。高
収益農業を実現させるためには2つの課題が
ある。1つはどのような植物を生産するの
か?そして、どこに売るのか?である。
薬用植物を用いた高収益農業のモデルを考
えると、生産対象となる植物は、原産地によ
る区分から「地域に自生する植物」、「アフリ
カ大陸を原産とする植物」および「非アフリ
カ原産の植物」に分けることができる(図1)
。
-5-
一方、
「売り先」は「地域の市場」、
「国内の
地が明確である」および「香りがよい」とい
市場」および「国際市場」に区分できる。し
う優位性を高く評価し、乳香の直接輸入の可
たがって、
「栽培する植物」と「市場」の組み
能性を示唆している。
合わせに限定した高収益農業のモデルを例に
考えると、最も効果的な組み合わせとして「地
域に自生する植物」を栽培して「国際市場」
に出荷することである。
6.高収益農業モデルの事例
途上国における薬用植物を用いた高収益農
業のモデルは、産地に自生する植物を生産し、
生産者が国際市場で販売することである。さ
らに付加価値を高めるためには、第三国を経
写真5
エチオピア産乳香(左:市場品)
由して輸出入されていた生産物を、生産国と
消費国の間で直接輸出入することである。ま
2)WaBuB 森林コーヒー手焙煎プロジェクト
た、途上国における集落単位の生産は、原料
エチオピア固有の薬用植物を他国に普及す
の供給に止まっており、集落内で加工・梱包
ることは、歴史、文化および習慣の障壁があ
を行い最終製品として出荷することが必要で
り、短期間で文化の異なる地域に広めること
ある。
は難しい。そこで、著者らは、エチオピア原
以下ではアフリカの薬用植物を日本に輸出
産の植物であり世界中で愛飲されているコー
することを想定した高収益農業モデル事例を
ヒーに着目し、コーヒーを軸としたエチオピ
2例紹介する。
アの薬用植物の振興を提案した
1)乳香の直接輸入
11)
11)
。その後、
民間プロジェクトとして、エチオピアのベレ
乳香は主に薫香材の原料として香や芳香剤
に利用されている。日本に輸入されている乳
テ・ゲラの WaBuB 集落でコーヒーの製品化プ
ロジェクトが開始された。
香は、第三国を経由して輸入されるため、産
プロジェクトは、オロミア森林公社のジン
地等が不明であった(その後の調査で約 25%
マ森林公社支所をカウンターパートとし、
はエチオピア産であると判明)。
WaBuB 協同組合、日本側は株式会社生活の木
著者らは、エチオピアから持ち帰ったサン
の3者で構成されている。WaBuB は、エチオ
プル(以下、サンプル)と市場品の乳香を日
ピアの首都アジス・アベバから飛行機で南西
本の製薬メーカーに依頼し品質評価を行った。
に1時間のジンマを経由し、ジンマから車で
品質評価の結果、サンプルは輸入にかかるコ
3時間、さらにミュール(馬とロバの交配種)
ストを考慮しても、エチオピアから日本に直
に乗り山間部に入った集落である。この地域
接輸入する方が優位であると評価された。評
のコーヒーは自生のコーヒーであり、通称フ
価の担当者は、サンプルについて現行の市場
ォレストコーヒーと呼ばれている。
品と比較して「価格が魅力的である」、
「原産
-6-
通常、コーヒーは採集・脱肉・乾燥・選別・
国際農林業協力
Vol.32 №2 2009
焙煎・選別鑑定・計量包装・梱包の各工程を
を生産し、次にその一部が収益を生み出すモ
経て出荷される。従来、WaBuB のような集落
デルを目指すことであると思われる。
単位では収穫・乾燥に止まり、独自に製品化
まとめ
することは皆無であった。本プロジェクトは
さらに、焙煎・選品・梱包までの製品化工程
薬用植物を用いた伝統的な医薬品は、アジ
を集落内で一貫して行うことを目指している。
ア、アフリカの数ヵ国で国民の多くがプライ
これは、生豆で出荷するよりも非常に高い付
マリ・ヘルス・ケアで利用し、途上国では人
加価値を付け加えることができる。 なお、焙
口の 70~80%が利用している。薬用植物およ
煎工程は手焙煎で行い、焙煎に用いる炭は風
びこの加工品は、中国を含むアジア、西ヨー
倒木を利用するとのことである。
ロッパなどで年間数十億米ドルの収益を産み
プロジェクトの進行状況は、2009 年 11 月
出し、潜在的な経済価値を持つと思われる。
から収穫が開始され、初年度は 440kg の生産
途上国における薬用植物を用いた高収益農
を目指している。 2010 年 2 月から日本での
業のモデルは、産地に自生する植物を生産し、
販売が開始される予定である。
生産者が国際市場で販売することである。さ
らに付加価値を高めるためには、第三国を経
7.高収益農業におけるアフリカの薬用植物
由して輸入されていた生産物を生産国と消費
の課題
国の間で直接輸出入し、さらに加工・梱包を
アフリカにおいては食料問題と等しく人々
行い最終製品として出荷することである。
の健康維持と疾病対策が急務である。WHO
アフリカは、食糧問題と等しく健康維持や
は、これらの解決法として伝統的な医療、特
疾病対策が現実的な問題として大きく存在す
に薬用植物の利用を推奨し、これを受けアフ
る。本質的な「高収益農業」とは、アフリカ
リカをはじめ欧米各国の研究者は薬用植物の
の視点に立ち、第一に地域で利用するための
生産に関する研究に強い関心を示している。
薬用植物を生産し、次にその一部が収益を生
著者は、この分野における研究の方向性とし
み出すというモデルであると思われる。
て「生産性の向上に焦点を置いた技術開発」
、
謝
「安全性と品質向上のための技術と情報整
備」および「農学、植物学および薬学に精通
した人材の育成」を提唱した
12)
辞
WaBuB 森林コーヒー手焙煎プロジェクト
のコーヒープロジェクトについて情報を提供
。
これまでの議論では、日本の視点に立ち、
アフリカの薬用植物を用いた高収益農業のモ
下さった 株式会社生活の木常務取締役宇田
川僚一氏に心よりお礼申し上げます。
デルとして地域に自生する植物を生産して国
本稿は(社)国際農林業協働協会が農林水
際市場に出荷するモデルを提案した。その一
産省の補助を受けて実施した平成 19 年度途
方で、アフリカが抱える健康維持や疾病対策
上国支援のための基礎的情報整備事業「高収
が現実的な問題として大きく存在する。本質
益農業研究」での現地調査と、本稿執筆に当
的な「高収益農業」とは、アフリカの視点に
たっては、当該事業によって作成された『エ
立ち、第一に地域で利用するための薬用植物
チオピアにおける「薬用作物」の現状と可能
-7-
性』から引用し、図版等を転載しました。関
7) World Health Organization 2006. WHO
係者のご厚意に深くお礼申し上げます。
monograph on good agricultural and collection
practices (GACP) for Artemisia annual L.’ ,
World Health Organization (Geneva).
参考資料
1) World Health Organization 2008. Fact sheet
8) World Health Organization 2007. WHO
Number134 Revised December 2008, World
guidelines for assessing quality of herbal
Health Organization (Geneva).
medicines with reference to contaminants and
2) 社団法人国際農林業協働協会編 2008.「エ
residues’, World Health Organization (Geneva).
チオピアにおける「薬用作物」の現状と可能
9) アンドリュー・シェヴァリエ原著 難波恒
性」、社団法人国際農林業協働協会(東京):
雄監訳
p.1-51.
文堂新光社(東京)
:p.42-43.
3) 厚生労働省 2007 年.薬事工業生産動態統
10) 菱田敦之 2008 年。植物の宝庫 エチオ
計平成 19 年年報.
ピアの薬用植物、薬用植物栽培研究:p.9-15 .
4) World Health Organization 2003. WHO
11) 社団法人国際農林業協働協会編 2008.
guidelines on good agricultural and collection
「エチオピアにおける「薬用作物」の現状と
practices (GACP) for medicinal plants’, World
可能性」、社団法人国際農林業協働協会(東
Health Organization (Geneva).
京):p.112-123.
5) World Health Organization 2004. WHO
12) HISHIDA, A. 2009. Agriculture and Human
guidelines on safety monitoring of herbal
Nutrition Linkages: Old lesson and New
medicines in pharmacovigilance systems’, World
Paradigms 、 The sixth Global Conference of
Health Organization (Geneva).
Global Consortium of Higher Education and
6) World Health Organization 2005. National
Research for Agriculture, 25 November 2009,
policy on traditional medicine and regulation of
Nairobi-Kenya Abstract Paper: p.28.
2000 年.世界薬用植物百科事典、誠
herbal medicines Report of a WHO global
survey’, World Health Organization (Geneva).
(独立行政法人医薬基盤研究所
源研究センター北海道研究部
-8-
薬用植物資
室長)
特集:アフリカ農業の展望
ケニアの半乾燥地における養蜂振興の持つ可能性
小
はじめに
川
慎
司
•
向上が行われ、農民グループは組織強化され
筆者は 2004 年から 2007 年まで3年間、独
て卒業していく。
立行政法人国際協力機構(JICA)の半乾燥地
社会林業強化プロジェクトの長期専門家とし
てケニアに派遣され、その間ケニア森林公社
の職員に対して社会林業普及の計画・実施を
指導してきた。プロジェクトでは FAO によ
って開発され、発展してきたファーマー・フ
ィールド・スクール(FFS)の手法を用いて、
地域住民の生計向上と自然環境の改善を目的
に、ケニアの半乾燥地3県1の農民グループに
対して、小規模な農業・植林活動に関する普
写真 1
及・振興を実施してきた。その実施方法の特
ファーマーフィールドスクール実施の様子
(ケニア、ムベレ県)
徴2と効果3については、すでに紹介されてい
問題となってくるのはその後の自立発展性
るのでここでは繰り返さないが、FFS は学習
で、卒業後も何らかの事業が継続していかな
プロセスによって農民グループへの技術移転
いと、せっかく強化され、意欲的になったグ
と能力強化を同時に行っていく普及手法で、
ループの活動が停滞してしまう可能性が高く、
毎週 1 回数時間程度の学習セッションを数ヵ
組織化が中途半端で終わってしまい、より高
月から 1 年程度繰り返していく。この学習セ
い次元の活動に発展していかないおそれがあ
ッションを通じて参加メンバーの技術と能力
る。この対策として、
広く行われているのが、
FFS の実施期間中から、何らかの収入創出活
OGAWA Shinji : Potential of Beekeeping Promotion in
Semi-Arid Areas of Kenya
1
キツイ、ムベレ、タラカの3県。いずれも東部州であ
る。
2
小川慎司 ファーマーフィールドスクール手法の社
会林業普及への導入 -ケニアでの新たな取り組み-
熱帯林業 No.65 Jan 2006 参照
3
阿部真士 社会林業普及へのファーマーフィールド
スクール手法導入後の成果 -ケニア国半乾燥地
社会林業強化計画からの報告- 海外の森林と林
業 No.76 Sep 2009 参照
動を参加メンバーのインセンティブとして導
入し、強化された農民グループが卒業後もそ
の活動を継続していけるようにガイドしてあ
げることである。どのような収入創出活動を
導入するかについては、FFS が実施されてい
る地域の自然・社会環境の特性によって異な
ると思われるが、数ヵ月から半年で収穫でき
-9-
る商品作物を対象とした FFS の場合、卒業
組み合わせたアグロフォレストリーとして実
後の活動として、学習した作物を拡大して作
施した場合、半乾燥地のためにメイズはほぼ
付け・生産し、いくつかの FFS グループで
年1回だけの収穫で、余剰も少なく、FFS 卒
販売のネットワークを組むことによって、効
業後マンゴーが収穫できるまでに2−3年、
果的にマーケティングし、販売していく手法
薪や丸太が収穫できるまでに3年以上、主林
4
木が収穫されるまでに 10 年程度の間が開い
がとられている 。
商品作物の場合はこれでいいのだが、自給
てしまう。そういった意味で、比較的短期に
的な食用作物を対象とした場合は、なかなか
現金収入が確保でき、その間のグループ活動
商品化するほどの生産量にはならない。また、
をつなぎ止め、発展させていくための収入創
林木対象の場合は収穫まで何年もかかる。筆
出活動の奨励は、プロジェクトとして不可欠
者が係わった上記プロジェクトのように、果
な要素であった。
樹や木材生産を目的とした樹木を、メイズと
図1
アグロフォレストリー普及事業による生産物の市場化までのギャップ
1.ケニアの半乾燥地での収入創出活動とし
であった。もともと養蜂は農業生産性が低い
ケニアの半乾燥地では伝統的な産業で、かつ
ての養蜂
それでは、どのような収入創出活動がよい
ては雨量の豊富な地域の食料とハチミツが
のだろうか。もともと活用できる資源が少な
物々交換されていた。ハチミツは重要な酒造
く、そのために貧困がより多く存在する半乾
原料であったため、高値で取引されており、
燥地という環境ではあまり選択肢は多くない
以前は多くの農家で伝統的養蜂が営まれてい
が、現金収入創出のための活動を多くの普及
たが、近年自家酒造販売の禁止等により徐々
員達と議論する中で上がってきた一つが養蜂
に衰退し、さらに生産者の高齢化もあって伝
統の喪失が進んだ事もあり、世代ギャップが
4
James Okoth, Arnoud Braun, Robert Delve,
Habakkuk Khamaala, Godrick Khisa, and Julianus
Thomas, The emergence of Farmer Field Schools
Networks in Eastern Africa, Research Workshop on
Collective Action and Market Access for
Smallholders, 2-5 October 2006, Cali, Colombia 等
参照
できてしまった産業である。
しかし、調べていくといまだにケニア人の
ハチミツに対する嗜好性は非常に高く、現状
では生産すればほとんどがローカルマーケッ
トで消費されてしまうほど極端な供給不足の
-10-
国際農林業協力
Vol.32 №2 2009
状態にあり、ナイロビ等大都市のマーケット
Apis merifera のアフリカ亜種群の分蜂を待ち
には周辺国からの輸入品が多く入っている状
受け、巣箱に呼び込み、馴化させる形での養
5
況 で、ハチミツに関する需要は依然として高
蜂が展開されている。この様な状況ではミツ
いものがあった。また、供給不足を反映して、
バチが自然繁殖できるような森林が十分残っ
業者の購入価格がキロあたり 90~150 ケニア
ていないと、分蜂そのものが見られなくなっ
シリング(日本円で 120~200 円程度)と比較
てしまうので、巣箱にミツバチが入ってこな
的高価なため、収益性も高いと判断された。
くなってしまう。このように、養蜂資源を自
そこで、養蜂をプロジェクト地域の農民グル
然生態系、特に樹木・森林に依存している地
ープに対する重要な収入創出の活動として位
域では、養蜂家と森林保全の利害関係が共通
置づけ、養蜂の技術研修を普及員に対して実
しており、養蜂を振興することによって、住
施するとともに、プロジェクトの対象グルー
民の自然環境に対する意識を向上させ、森林
プが養蜂を独自の活動として実施できるよう
の保全・育成基盤を強化し、住民による実際
に指導・奨励していくことにしたのである。
の保全活動に繋げていくことが可能な構造に
なっているのである。この具体的な類型につ
いてはすでに別の機会7でも触れたが、あらた
2.養蜂の持つ環境保全的要素
しかし、養蜂に関して民間企業の技術講師6
めて以下に集約してみた。
と議論を重ねていくうちに、この業が自然環
境と非常に深く結びついたものであり、その
導入の仕方によっては生計向上だけではなく、
森林環境の保全というプロジェクトの目的そ
のものに大きく貢献していく可能性があるこ
とが分かってきた。
一般的に養蜂をやり出すと、農民はその周
辺の蜜源である花の存在を強く意識しだすよ
うになる。蓄えられるハチミツの多少と咲い
写真
ている花の多寡は直接的な関係があるからで
ある。ケニア等アフリカの養蜂のほとんどは、
その蜜源を天然のアカシア類等の自然植生に
農地に自生するアカシア類
(ケニア、キツイ県)
1) 天然林・自然植生(野生のミツバチの繁殖
依存しているので、周辺の自然植生が豊かで
地)の保全
あることが、養蜂家にとっての利益を生み出
養蜂が野生の個体群の分蜂に依存している
す前提条件になる。ほとんどのアフリカ地域
ことから、野生のミツバチを保護する必要性
では、野生のミツバチ(セイヨウミツバチ)
が意識され、その源泉としてミツバチの繁殖
地となる自然植生を保全する流れになる。ケ
5
ケニアで消費されているハチミツの 80%は輸入とも
いわれている。
6
Mr. Ernest Simone, African Beekeepers Ltd.
http://www.africanbeekeepers.co.ke/
7
開発途上国での養蜂振興と実務 ーアフリカを事例
としてー 社団法人 国際農林業協働協会 調査研
究叢書 No.26,2009 年 3 月
-11-
ニアでは、このような自然植生が伝統的に保
3) 天然植生回復:リハビリテーション
天然の蜜源の減少を意識した養蜂家は自然
護されてきた事例を現在でも見ることができ
植生の回復に対して意欲的になる。より養蜂
る。
に依存し、高い意識を持った農民の中には、
蜜源確保のために自分の所有地・農地を養蜂
に適当な植生に回復させるべく、家畜を囲い
出すこと等を実際に行っている事例もある。
写真 3
Saki と呼ばれる野生のミツバチを保護
するための保全林(ケニア、ムインギ県)
2) 天然林・自然植生の保全(蜜源の保護)
蜜源を自然植生に依存する養蜂では、自然
写真 5
植生の豊かさが蜜源の豊かさを支え、ミツバ
チの生産を支えている。この関係は、ハチミ
過放牧により劣化した地表植生
(ケニア、ムインギ県)
ツの生産という経済的視点から、養蜂家に最
も直接的に意識されやすい。この様な地域で
養蜂活動を導入・振興すると、蜜源の保全と
いう観点から、森林保全地域の尊重、残存植
生の保護といった天然植生の保護への意識変
化等の効果が期待できる。
写真 6
家畜を囲い出すことによって回復し始めた植生
(ケニア、ムインギ県)
4) 花粉媒介活動による植生回復補助(ポリネ
ーターセラピー)
養蜂活動そのものが、ミツバチの個体数を
増加させ、花粉媒介による受粉をより活発に
写真 4 農地化によって侵食され、有効な蜜源が
減少してしまった里山(ケニア、キツイ県)
するため、蜜源となっている自然植生の種子
の生産性が向上し、植生回復の促進を補助す
る。また、畜産との関係でいえば、ヤギなど
-12-
国際農林業協力
Vol.32 №2 2009
の放牧が重要な生業になっている地域では、
現金収入を得て、食料を購入している。養蜂
Acacia 等のマメ科植物のサヤが、乾期の重要
を導入することによって、この時期に現金収
8
な飼料 となっていることが多いが、その生産
入が上がるようになれば、炭焼き活動による
量との関係も見逃せない部分である。
森林伐採を減少させることが期待できる。
また、炭焼きに利用されている樹種の中に
は、Acacia mellifera, A. tortilis, A. polyacantha,
A. seyal 等、蜜源としても特に重要なものが
多い。このような樹種が残存する地域で養蜂
活動を導入・振興できれば、地域住民の多く
が林木を炭材と考えず、蜜源と考える意識転
換が起こり、現存するこれらの林木を伐採利
用から保全利用する方向へと変えることがで
きる可能性がある。
写真 7
ミツバチによるアカシアの花粉媒介
(African Beekeepers Ltd.提供)
5) 農地拡大の減少
養蜂により潤沢な現金収入が上がるように
なれば、農作物に対する依存度が低くなるた
め、理論的には天然林を伐採・拡張して農地
を拡大する必要性が弱まる。森林減少が恒常
的となった近年の状況では、そのことが別の
意味で重要な保全活動になっていると考える
写真 8
ことができる。
乾期の炭焼きは食べていくために必要なのだが…
3.養蜂に関する FFS 学習パッケージの試作
6) 伐採圧の減少(炭焼き活動からの転換)
と実施
ケニアの半乾燥地では、雨量が少ないため
作物の収量が低く、また、乾期と雨期のイン
このように、養蜂が森林保全・育成に優れ
ターバルが長い。このため雨期の前と初期に
た学習プロセスを提供してくれることが分か
は農家の食料が枯渇することが多く、食料を
ると、これを単なる現金収入向上の技術とし
現金で調達する必要がでてくる。家畜を販売
てのみ導入することが、惜しいと思うように
するなど、他の現金収入の手だてがない多く
なった。そこで、試験的に簡単な養蜂の学習
の住民は、この時期に天然林を伐採して炭焼
パッケージを作って FFS の学習課題として導
きを行い、都市向けに木炭を販売することで
入していくことにした(図 2、3 参照)
。重要
なポイントは、蜜源としての花を常に意識す
8
ケニアのキツイ周辺では乾期に Acacia tortilis のさ
やが家畜の飼料として販売されている。
るような実践学習を繰り返すことによって、
森林の重要性を意識してもらうことであり、
-13-
調査票にはモニターしていく指標として、周
辺の植物の開花状況を入れてある。
教材を作成直後、任期満了にともなって帰
国したため、それ以降の進展は知らずじまい
であったが、幸運にも社団法人国際農林業協
働協会(JAICAF)が実施する高収益農業研究
のケニア現地調査に加わることになり、その
中で 2007 年5月から 2008 年5月までの1年
間、前出の JICA プロジェクトの FFS を通じ
て、養蜂の学習支援を受けてきたキツイ県の
農民グループ(Ngamione Farmers Field School)
図2
FFS 用対照試験デザイン
を訪問することができた。この FFS では、フ
ァシリテーターが養蜂を課題とした FFS で育
成された農民ではなく、補強にあたっていた
普及員も養蜂の実地経験がほとんど無かった
上に、当てにしていた畜産事務所の指導担当
も異動してしまったため、技術面でのサポー
トが非常に弱かったようだ。しかし、半年程
度の期間、毎週行われてきた実習を通じて、
16 人のメンバーのうちリーダーは丸太巣箱
写真 9
図3
実際の対照試験の実施状況
-14-
モニタリング用調査票の一例
国際農林業協力
Vol.32 №2 2009
を 20 個も買い、他の5人もそれぞれ巣箱を買
って実践しているという。一人の女性メンバ
ーは自分ではやっていないが、夫が巣箱を5
箱も買ってきて養蜂を始めたという。十分な
技術指導を欠いていたために、習熟度がやや
低いことは否めないが、プロジェクトの学習
活動を通じて少しずつ養蜂活動が定着・振興
していったことが分かる。
写真 11
隔王ネットを入れた伝統的巣箱
番多かったが、メンバーはみな隔王板を入れ
た伝統的丸太巣箱が一番良いと評価した。隔
王板は安価(数百円程度)に導入可能で効果
的な技術であるが、ラングストロス巣箱は、
伝統的丸太巣箱が 500~600 ケニアシリング
(750 円程度)のところ、3800~4500 ケニア
写真 10 「ンガミオネ」ファーマー・フィールド・スクール
シリング(5000 円程度)もする高価な物なの
で、通常の農家は独自でこれを購入できない、
FFS では通常、技術を実習するだけではな
というのが理由であった。
養蜂を学習テーマとして導入以降、プロジ
く、伝統的手法と新しい技術等を比較対照し、
分析するが、このグループは ①伝統的丸太巣
ェクトは2年間で 120 程度の農民グループで
箱、②伝統的丸太巣箱にシンプルな金鋼製の
FFS を実施してきているが、実際にはその中
隔王板*を入れたもの、③ラングストロス式
の6グループ程度しか、この養蜂の学習パッ
ケージを選択していない。その理由も主とし
の3種類の巣箱を比較・評価している。
結果を、期間内1回のハチミツ生産量で比較
してみると、上記のグループ順で、1 kg、2 kg、
6 kg 9 と な っ て 、 ラ ン グ ス ト ロ ス 式 が 一
*
働き蜂と女王蜂を隔て、産卵場所を限定することで
採密の効率を上げるための隔離板(ネット)(編注)
9
本来はラングストロス巣箱は商業ベースで、1回
10kg、年間 20kg 程度収穫できるので、この結果をグ
ループがラングストロス式巣箱を使いこなしていない
からという見方もできるであろうが、半乾燥地で周辺
の植生も貧弱なこの地域で一般の農家が実施した
場合の現実的な数値は、このグループが得た1回
6kg、年間 12kg 程度というレベルになるのではない
かと想像する。
てラングストロス式巣箱や機材の価格の高さ
にあった。プロジェクトが提供する FFS グル
ープ毎の学習資金は実際の農民個人あるいは
グループで投入可能なレベル(年1万円程度)
に抑えており、その枠内で買うにはラングス
トロス巣箱は値段が高すぎたということであ
る。これは、地域の一般的な農家では、外部
からの援助や融資がないと、現実問題として
ラングストロス巣箱を使った近代養蜂は開始
しにくいことを表している。
-15-
4.近代的養蜂技術体系普及上の問題
もまとめて収穫してしまうため、巣材や花粉、
このように、ラングストロス式巣箱はハチ
蜂の子などもハチミツに混ざってしまい、ハ
ミツの収穫によるコロニーへの影響の低さ、
チミツとして販売するには都合の悪いことに
ハチミツの分離のしやすさ、生産物の品質と
なるが、隔王板を利用することにより、これ
価格等すべてにおいて優れているのだが、そ
を分離して収穫することができるのでハチミ
の巣箱や機材の価格がハードルになって、普
ツの品質が向上し、販売価格も改善するであ
及が伸び悩んでいるようであった。これを克
ろう。また、集荷・加工所レベルで圧搾機や
服するために、援助プロジェクト等では援助
遠心分離器を工夫することによって、効率性
機関の資金が投入されたり、マイクロクレジ
ットを使ってこれを購入させる措置がとられ
や品質を向上することも可能であろう。
しかし、最も重要な示唆は JAICAF の調査11
ている。しかし、どのような立地でも蜜源が
によって見いだされたミツロウの市場化であ
豊富にあるわけではないし、農家は業者のよ
ろう。ミツロウはハチミツの収穫に伴って必
うに設置場所を選べるわけではないので、本
然的に巣板が得られる伝統的養蜂においては、
当にすべての農家で、予定通りの収穫と収入
本来、この巣板を精製することで簡単に得ら
が見込め、返済できるのかを考えると、実際
れる主産物の一つでもあった。近年、アジア
はかなりリスクがあることは否めない。
地域で生産されるミツロウの農薬による汚染
また、巣箱だけでなく、近代的養蜂は養蜂
が問題になってきており、また、アフリカの
作業衣や燻煙器といった特別な器具等、高額
ミツロウ自体は酸価が高く、非常に良質であ
な器具も揃えなければならない。この点も援
ることから、国際市場で注目されだしてきて
助機関等が購入して導入するにしても、本来
いる。周辺のエチオピアやタンザニアでは以
一農家あるいは隣近所に最低ひとつあるべき
前から重要な輸出産品となっているが、ケニ
これらの器具を供与するのは大変な出費がと
アではほとんど顧みられておらず、多くの養
もなう。品質に疑問は残るが、巣箱を自作し
蜂家が捨ててしまっているのを目にした。
10
たり 、これらの器具も地元で製造したり、
簡単に手に入る代替品を利用するなどの対応
策を考えないと、収益率も上がらず、なかな
か普及していかないであろう。
5.伝統的養蜂技術体系の下での収益改善
では、伝統的巣箱を使った養蜂で、収益を
向上させる対策はないのだろうか。一つ挙げ
られるのが、前述した隔王板の利用である。
す
写真 12 ミツロウの集成品
(ムインギ養蜂家協同組合の売店にて)
ひ
伝統的養蜂では、通常巣脾(密を貯える巣房)
10
これを近隣の家具職人に依頼して、ほぼ半額程度
で作成した農家も見られた(ムインギ県)
11
-16-
同脚注 7
国際農林業協力
ハチミツだけに生産を限定した場合、巣脾
Vol.32 №2 2009
が、今後の市場で競争力があるかもしれない。
を残してハチミツだけ収穫できるラングスト
ロス式の巣箱は理想的であり、伝統的巣箱が
収穫時に巣脾も同時に取り除いてしまうこと
は欠点であった。しかし、ミツロウの価格が
上昇している現在では、この点が逆に収益性
の面から見て、利点として生きてくるのでは
ないか。伝統的丸太巣箱(通常4~5個)か
ら収穫した 20kg 程度の素生産物から 16kg 程
度のハチミツと 3.2kg 程度のミツロウが生産
写真 13 ソーラーワックスメルター
(太陽熱による簡単なミツロウの分離装置)
できると想定して、その価格をラングストロ
ス式と比較したものが下の表である。
終わりに
ラングストロス式ハチミツ生産と伝統養蜂・
12
ミツロウ生産複合の収益比較表
生産
ハチミツ(ラングストロス式)
20.0
ハチミツ(伝統的丸太巣箱)
ミツロウ
合計
本稿ではケニアの半乾燥地で、養蜂振興を
通じて農民の生計向上を図り、同時に森林・
単価
価格
自然資源を保全していく可能性に関して論じ
(Ksh.)
(Ksh.)
てきたが、その実現に向かって、JICA とケニ
110
2,200
16.0
90
1,440
ア森林公社は、2009 年の 3 月のプロジェクト
3.2
200
640
終了までに、育成した農民グループの収入創
2,080
出活動を支援するための資金援助のスキーム
を検討してきた。最終的に世界銀行の日本社
現状ではミツロウの価格がハチミツと比較
して高いので、二つの生産物を複合的に販売
することによって、収益性が3割程度向上す
ることがわかる。前述したような品質の改善
に関わる施策とともに、ミツロウの商品化を
組み合わせることができれば、伝統的巣箱を
使った養蜂でも、全体としての収益を向上さ
せることが可能だと思われる。もちろんその
ためにはミツロウ生産のための装置等13も必
会開発基金(JSDF)にこれを求めることにな
り、FAO 専門家の協力も得て、昨年ようやく
ケニア森林公社に対するシード基金グラント
が承認されたのは朗報である14。とはいえ、
まだ実施の枠組みが整っておらず、実際に関
連グループに融資が可能になるには、まだ時
間がかかる状況のようである。先に述べたよ
うに、業者や銀行のいうことを鵜呑みにして
融資を受け、高い機材を購入して養蜂を開始
要とはなってくるが、大きな輸出市場を持つ
ミツロウの生産を組み合わせたデザインの方
12
購入単価はムインギ・ハニー・マーケットプレイス調
べ。
13
実際には家庭にある台所道具だけでも可能であ
る。
14
http://siteresources.worldbank.org/JAPANINJAPA
NESEEXT/Resources/515497-1144074169974/jsdf_
brochure_jp_2009.pdf
あるいは
http://siteresources.worldbank.org/JAPANINJAPA
NESEEXT/Resources/515497-1144074169974/JSD
F2008_JP.pdf の 34 ページ
-17-
すると、返済に負われて十分な利益が上がら
にあって、JAICAF の調査によって見いださ
ず、結局は農民グループの活性化に繋がらな
れた伝統的養蜂システムに、ミツロウ生産を
くなる可能性もある。
組み合わせた事業デザインは非常にユニーク
その間、すでに多くのドナーが養蜂の収益
で、将来に向けて大きな可能性を秘めている
性やケニアのハチミツ供給不足の状況に着目
ように思われた。いずれにしろ、これまで論
し、農民銀行等を通じたマイクロファイナン
じてきたことの多くは発展途上のプロセスで
スのスキームやリボルビングファンドを使っ
あり、今後の進捗を見守りたいところである。
ての援助・振興を開始・実行してきている。
なお、半乾燥地社会林業強化計画における
その実施手法にも一長一短ありで、すべてが
経験に関しては JICA ケニア事務所と地球環
順調に行くとは限らないとはいえ、今後数年
境部、高収益農業研究の調査に関しては
でかなりの量のハチミツが新規に市場に流れ
JAICAF の方々にお世話になりました。
また、
てくる可能性が高く、拡張性が低いといわれ
ケニアにおける調査からこの報告の作成にあ
るハチミツの市場で、大きく価格が下落して
たっては、玉川大学ミツバチ科学研究センタ
しまう可能性もある。また、現在のケニアに
ーの中村純教授にご指導いただきました。養
おけるハチミツ市場の供給不足を補う形で大
蜂に関しては門外漢の自分がこの稿を書くこ
量に入ってきている安価なタンザニア産ハチ
とができたのは先生のおかげであり、この場
ミツの供給量や、価格に関する動向も大きな
を借りてお礼申上げます。
不安材料である。そのようなハチミツだけを
ターゲットにした養蜂振興が渦巻く状況の中
(個人コンサルタント、元 JICA 派遣専門家)
-18-
特集:アフリカ農業の展望
グローバリゼーションの下でのアフリカの高収益農業
•
はじめに
吉
村
浩
司
に携わった1。なお、本稿は主にこれらの調査
グローバリゼーションの進展の下で、アフ
結果に基づいてまとめたものである。また、
リカの農業において高収益をあげ、かつ生産
同調査の事例としても取り上げた日本のケニ
者にも裨益している例は多い。また、グロー
アにおける、収益性向上に向けたプロジェク
バリゼーション下では、高収益農業に対する
トの評価調査に従事する機会を与えられた2。
協力は、輸出市場を狙った農業が多いため援
2009 年に実施された同評価調査の結果も引
助国側の国内政策とのコンフリクトもある。
用しているので念のため申し添える。
グローバル化の中での市場構造は、穀物な
ど主要作物、伝統的な輸出作物(コーヒー、
1.アフリカにおける高収益農業
チャ、カカオ、ワタなどのバルク輸出品)
、国
グローバリゼーションはアフリカの農村部
内および輸出市場向けの高付加価値農産物
においても浸透している。その結果、アフリ
(酪農品、肉、果実、野菜、花き)によって
カにおける高収益農業には、輸出と関連した
異なっている。本稿では、筆者がここ数年の
ものが多い。アフリカでは、歴史的にコーヒ
間に調査を実施し、輸出もされて収益性のあ
ーやチャなどの伝統的な輸出作物や穀物など
る工芸作物(チャ、コーヒーなど嗜好品原料、
のバルク産品を生産・輸出していたが、サプ
油料作物、香辛料)や園芸作物(花き、野菜、
ライチェーン(供給の連鎖)の技術進歩もあ
果実)に焦点をあて、グローバリゼーション
り、園芸作物などの非伝統的作物においても
下でのアフリカでの高収益農業についての例
輸出が増加している。1980 年代半ば以降アフ
を紹介し、販売や輸出に至までのバリューチ
リカ全体で、加工食品と切り花、果物、野菜
ェーン(価値の連鎖)構造による分析を踏ま
え、そこで有効な国際協力のアプローチにつ
いて考察する。また、輸出主導型であること
から派生する政策的な示唆についても考察を
加える。筆者は、2006 年から3年間にわたり、
アフリカの輸出に向けた農業についての調査
YOSHIMURA Hiroshi : Profitable Agriculture Under
the Globalization in Africa.
1
農林水産省委託、地球規模の問題に対する食料・
農業・農村分野の貢献策に関する基礎調査、ODA
と農産物貿易に関する政策一貫性に関する基礎調
査、H18、19、20 年度。本調査では、投入材調達か
ら、生産、集荷、流通、加工、貯蔵、販売や輸出に至
るまでのバリューチェーンに沿って、文献調査、関係
者へのインタビュー調査、フィールド調査により実態
を把握し、販売や輸出に至っている条件や小農への
裨益の状況、そこに介入する外国援助の関わりにつ
いて分析を行った。
2
国際協力機構ケニア共和国小規模園芸農民組織
強化計画(SHEP)終了時評価 2009。
-19-
などの園芸農産品の貿易は、バルク産品の2
3
倍のペースで増加している 。この結果として、
れらのサプライチェーンに参入できた場合は、
収益(所得)が大幅に向上している5。
生産者の所得が向上し、かつ外貨獲得源とし
て国家経済に貢献している。
他方、スーパーマーケットのサプライチェ
ーンに入るには、品質、数量、納入時期など
園芸作物の輸出に成功しているケニアを例
の市場要求を満たさなければならない。小規
にとると、輸出に占める金額の割合は 2005
模生産者がこれらの基準を満たすのは容易で
年において園芸作物と工芸作物で全体の
ない。輸出の場合は、輸入先の政府の定める
50%を占めている。チャなどの伝統的作物に
残留農薬や衛生植物検疫基準(Sanitary and
比べ、切り花、サヤインゲンなどの野菜、果
phytosanitary standards)などを満たす必要が
実など欧州向け園芸作物の輸出が急増し、
あるのに加え、市場の定める基準をクリアし
2000 年から 2005 年の間に、輸出金額でみる
なければならない。市場の求める基準の代表
と切り花が 212%、野菜が 154%、果実で 88%
的なものは、欧州小売業界の定める
増加している。
GLOBALGAP(欧州小売業協会適正農業規範)
グローバル化に伴い、アフリカの農業は特
に園芸作物において大きく変化している。こ
などである。この基準は、食品の安全確保の
目安ともされている。
の変化は、戦略的物資として政府の関与の強
ここでは伝統的輸出作物の工芸作物ならび
かった食料や、販路の確立されていた伝統的
に非伝統的輸出作物の園芸作物についての事
輸出農産物と異なり、園芸作物は生産した物
例調査に基づき、各作物のバリューチェーン
をローカル市場で売るという段階から、その
の特徴について考察する。また、これらの作
販路が地域市場や国内市場に拡大し、国と作
物の輸出には、外国援助が介入している場合
物によっては輸出に至っている。
が多く、輸出に至るための有効な国際協力の
この背景には、1990 年代から始まった多く
アプローチも考察する。
の途上国で大手小売店(スーパーマーケット)
の台頭があり、ケニアを例にとると 2000 年代
2.作物のバリューチェーン構造と国際協力
前半ではスーパーマーケットの食品小売り販
のアプローチ
売額が総額の 20%を占めるようになってい
4
調査の事例として取り上げた作物と対象国
る 。さらに、国際的なスーパーマーケットの
(括弧内)は次の通りである。伝統的輸出作
調達先が多様化し、アフリカにも及んでいる。
物では、嗜好品原料のチャ(ケニア、ルワン
これらスーパーマーケットの市場支配が強ま
ダ)、コーヒー(ルワンダ)、香辛料のバニラ
っており、小規模農業生産者が排除され、不
(マダガスカル)およびクローブ(マダガス
利益を被っているという面もある一方で、こ
カル)、油料作物のシアナッツ*(ナイジェリ
ア)
、ゴマ(ナイジェリア)を扱った。非伝統
3
OECD 2008、開発のためのビジネス、アフリカにお
ける農業ビジネス(アグリビジネス)の促進、要約版、
p3.
4
世界銀行 2008、世界開発報告、開発のための農
業 Ch5、図 5.5 より
5
世界銀行 2008、世界開発報告、開発のための農
業 Ch5:p140
*
シアバターノキ(Vitellaria paradoxa)の果実で、良質
なバター(油脂)が抽出される。(編注)
-20-
国際農林業協力
Vol.32 №2 2009
的輸出作物では、園芸作物の花き(ケニア、
これらの作物の調査結果のうち、バリューチ
ルワンダ)、果実類(ケニア、エチオピア)、
ェーン構造、小農への裨益、国際協力の状況
野菜(ケニア、エチオピア)を対象とした。
について表1に要約した(表1)
。
表1
種類
作物
種類
調査対象
作物
チャ
嗜好品
原料
コーヒー
事例作物ごとのバリューチェーン構造、小農への裨益、国際協力
調査
対象国
世界市場動向
インドネシア、マダガ
スカル、タンザニアが
クローブ 産地。マダガスカルか
らシンガポール経由で
香辛料
インド、欧州に輸出。
(工芸
マダガスカル、インド
作物)
ネシアから米国、欧州、
バニラ
日本へ輸出。マダガス
カルが最大の輸出国。
油量作
物
ゴマ
花き
非伝統
的輸出
作物
(園芸
作物)
バラ
西アフリカのシアベル
トから欧州へ輸出。
アジアが生産、消費の
中心。貿易はアフリカ
から欧州、アジアへ。
ナイジェリアから日
本。
コロンビア、エクアド
ルなど南米から北米市
場。ケニア、エチオピ
アから欧州市場。オラ
ンダは輸出、輸出とも
大きなシェア。
アフリカから欧州に輸
サヤイン
出。大半はアジアで国
ゲン
内生産・消費。
野菜
米州、アジアが輸出。
インゲン
欧州が輸入。アフリカ
マメ
の貿易量は小さい。
果実
小農への裨益
メキシコ、チリから米
アボガド 国。南ア、ケニアから
欧州に輸出。
国際協力状況
大規模商業農園で
1960-80 年代に茶開発公
の雇用。小農が参
社の支援(WB)
加。
小農が参加。
ブラジル、ベトナムな
小規模農家からなる組合が
ルワンダ
小農が参加。
どから先進諸国へ。
ベース。
伝統的
輸出
作物
シア
バリューチェーン構造
大規模商業農園(直接輸出)
ケニアは世界一の輸出
ケニア と、小農を束ねたチャ開発公
国で主に中東向け。ス
社(オークション)が並立。
リランカ、ベトナムか
大規模農園と協同組合の並
ら欧州、アジア市場。 ルワンダ
立。公営工場は民営化。
内紛で破壊された生産組
織を、スターバックス社
との提携、品質管理によ
り、スペシャリティコー
ヒー市場にターゲットを
絞り輸出(USAID)
バリューチェーンアプロ
大手輸出業者が輸出。生産者 小農から集荷業者
ーチ(USAID)
マダガ
−集荷業者−輸出業者のルー に集荷。契約栽培な
スカル
市場アクセスと技術・組
ト。
し。
織化支援(IFAD)
ある程度の垂直統合。大手輸
労働集約型。小農が 有機産品育成(GTZ)
マダガ 出業者が7〜8割を輸出。生
契約栽培や通常の 技 術 ・ 組 織 化 資 金 支 援
スカル 産者-加工業者-輸出業者の
ルートで参加。
(IFAD)
間に多くの仲買人が介在。
バリューチェーンアプロ
自生樹から収穫し
ナイジ 複数ルートの併存。垂直統合
ーチ+PPP(GTZ)
多くの農村女性が
ェリア は進んでいない。
西アフリカのシアナッツ
関与。
輸出拡大(USAID)
ある程度の垂直統合。大手輸
バリューチェーンアプロ
出業者が多くを扱う。生産農
多くの小農が参加。
ナイジ
ーチ+PPP(GTZ)
家-中間業者-地域市場-中間
契約栽培にも参加。
ェリア
市場調査(USAID)
業者-輸出業者が大きな流
れ。主要輸出先は日本。
民間企業への技術開発支
大規模商業農園により垂直
援、労働者や環境の基準
ケニア
労働者として雇用。
統合。
適合支援、花き輸出への
小農参入奨励(オランダ)
大規模商業農園により垂直 労働者として雇用。
ルワンダ
統合(2006 年時点で 1 社のみ) 契約栽培もあり。
EUREPGAP 取得支援、小売
と の PPP(FRICH) な ど
大規模輸出業者により垂直 一 部 の 小 農 が (DFID)
ケニア 統合。英国などの輸入業者を Outgrower として関 企業との PPP、新規市場
介して大手小売とリンク。 与。
協力(オランダ)
市場指向型の農民需要主
導の組織化(JICA)
大規模輸出業者の自家圃場
エチオ か農民グループと契約栽培。 小農の関与は限定 エチオピア園芸祭、園芸
ピア 但し、複数のルートが併存。 的。
ビジネス開発(オランダ)
輸出はオランダが主。
PPP による技術開発支援
ある程度垂直統合。輸出企業
など(英国、オランダ)
ケニア は辞書農園と契約栽培から 一部契約栽培。
サービスプロバイダー支
調達。
援(USAID)
出典:財団法人国際開発センター(2007)、海外貨物検査(2008)、海外貨物検査(2009)に基づき筆者作成。
-21-
ていくというヒエラルキー型の取引が行われ
1) バリューチェーン構造と小農の参加
まず、バリューチェーン構造に着目して、
る。他方、多数のバイヤーとサプライヤーが
タイプに分ける。そのタイプ別に、収益型農
いる場合は、競争的な取引が行われ、価格に
業が企業のみ潤すのでなく広く社会に裨益す
よって取引が行われる市場型の取引となる。
るという点から、小農への裨益という面から
今日のグローバル化した経済では、ヒエラル
みる。また、外国援助がどのように行われて
キー型と市場型の間に位置し、ある程度の主
いるかについて言及する。
導的な企業がバリューチェーンを統治してい
一般に、バリューチェーン構造の中で主導
ることが多い。ヒエラルキー型にいるサプラ
的企業があると、市場情報などの優位性を活
イヤーの場合、主導企業のコントロール下に
かして、生産物やプロセスの基準、納入条件
入っていれば、市場ニーズにも対応できるた
などを決定するというバリューチェーンのコ
めチャンスが多いが、需要が少なくなると取
ントロールが行われる。川下側のバイヤーが
引も不安定となる可能性が多い6。
川上側のサプライヤーに対して、はるかにバ
各作物の国内におけるバリューチェーン構
ーゲニングパワー(交渉能力)が強く、かつ
造は、川下からの垂直統合の度合いによりい
川上に行くに従って、情報の流れが細くなっ
くつかのタイプに分けることができる(図1)
。
図1
対象作物のバリューチェーン構造
出典:海外検査貨物 2009、p5-6、図5.2を基に筆者作成(Gereffi/Korceniewicz 19947 を基に作成)
6
7
海外貨物検査(2009):5章 pp6−7
Gereffi/Korceniewicz, 1994, global value chain
concept, global commodity chains.
-22-
る
(1) 垂直統合型
10
。ケニアのナイバシャ湖畔のハウスで生
第一に、バリューチェーンの川上から川下
産されたバラを予冷、包装し、ナイロビ空港
まで垂直統合の進んだタイプである。このタ
に運び、オランダのアムステルダム空港経由
イプは花き、野菜、果実のケースや多国籍企
で同国のアールスメア市場に輸送される。こ
業が経営する大規模農園のケースに見られる。
こでオークションにかけられる点が、野菜や
花き、野菜、果実のケースでは、輸入先の
果実と異なる点である。
大手小売チェーンの影響力が絶大であり、垂
また、チャの場合でも多国籍企業の経営す
直統合が進んでいる。小売りの求める品質、
る大規模商業農園の場合、一社で川上から川
数量を満たすため生産に至るまで統合管理さ
下までカバーしており、垂直統合されている。
れている。ケニアの野菜、果実、花きの生産
このタイプでは、大規模商業農園や輸出企
と輸出は、少数の大規模輸出業者によって支
業の雇用労働者としての参加、あるいはサプ
配されている。野菜・果実の場合では 10 の大
ライヤーとして参加することにより小農にも
規模輸出業者が輸出の 85%を握っている。
裨益している。大規模農園や輸出企業では労
ケニアのサヤインゲンの場合は、集荷され
働者の安全や労働環境が劣悪であるという批
た後、加工工場に運ばれ、加工、スーパー向
判もあったが、大規模農園では住居、学校、
けの包装、予冷を経て、ナイロビ空港から英
病院を備えたものが多い。また、新興企業で
国向けに輸出されている。英国では大手スー
ある花きや野菜工場でも、労働者の労働基準
パーと密接に関係した輸入業者が輸出業者と
や、環境基準などが導入されている。このた
リンクし、輸出に至るチェーンを形作ってい
めに官民連携(Public private partnership: PPP)
8
る。英国の 6 大スーパー はこれらのケニア産
により外国援助自国企業の環境基準や労働環
品の品揃えをしている。これらのチェーンで
境向上などの援助も多く行われた。
は、スーパーの求める規格や認証を満たして
サプライヤーとしての参加は、契約栽培が
いる必要があり、輸入国の小売り主導の、同
主なものである。現地調査の結果から、契約
一品質、規格による大量、安定、低コスト供
栽培に関与している小農は相応の利益を享受
給のための生産から小売りまでの一貫した仕
しているといえる。サプライヤーとしての参
組みがつくられている。この厳しいニーズに
加が少ないという批判もあったため 11、官民
答えるために、輸出側は同一企業による生産
連携(PPP)による小農のバリューチェーン
から輸出までの垂直統合、農場の大規模化、
への参加を促すための外国援助も多く行われ
コールドチェーン(低温流通)といった体制
ている。この一例が、EurepGAP(GLOBALGAP
9
を作る必要がある 。
の前身)の取得支援という型で行われている。
ケニアの花き産業は、大型ハウスでの生産
さらに、輸出業者に代わって、契約農家に各
という装置型産業であり、さらに大規模農場
種サービスを提供する、民間のサービスプロ
による市場要求を満たす品質管理が必要であ
ケニアでは 300ha のハウスでの花き栽培もあるが、
日本では3ha が最大規模。
11
ケニアでは園芸作物の輸出に関与している小農は
全体の4%ほど(海外貨物検査(2008):1章:14)
10
8
英国の6大スーパーは、Tesco, ASDA, Sainsbury’s,
Safeway, Waitrose, Marks & Spencer。
9
海外貨物検査(2008):1章 11−12
-23-
バイダーが存在し、このサービスプロバイダ
らの品目では、多少の差はあるが、バリュー
ーに対しても外国援助による支援がなされて
チェーンの川上へ行くほど、インフォーマル
いる。
になり組織化されておらず、川下の輸出業者
が最もフォーマルでバーゲニングパワーが強
いといえる。これらの作物は比較的自生のも
(2) 生産者組合ベース型
第二のタイプとして、生産者組合をベース
のを収穫するものや、加工プロセスがシンプ
にして組合の関与する輸出会社が統合してい
ルということもあり、垂直統合による品質管
るタイプである。これは、伝統的輸出作物で
理の必要性も高くなく、多くの生産者が関与
あるバルク輸出産品に見られ、ケニアのチャで
している。川下から川上までの垂直連携が弱
はケニアチャ開発機構(Kenya Tea Development
いために市場で要求されている品質要求等が
Agency)と生産者組合が組織されているケー
川上まで伝わりにくいものとなっている。な
スやルワンダのコーヒーのケースに見られる。
お、比較的、栽培から収穫、ポストハーベス
このタイプでは、多くの小農が参加してい
ト、加工の手がかかるバニラやゴマは、契約
る。コーヒーやチャなどの伝統的輸出農産物
栽培などによるある程度の垂直統合が見られ
が国営事業だった歴史もあり、生産者組合が
ており、部分統合型といえる。
組織され、組合の関連する輸出会社
このタイプは多くの小農が参加している。
(State-owned company or Parastatal)が輸出
バニラやゴマでは、様々な形態の契約栽培が
を行っている。ただし、これら企業の多くは
見られた。契約栽培に関与している生産農家
1980 年代の構造調整により民営化された。ル
は、そうでない農家より多くの所得を得てい
ワンダのコーヒーやチャの場合は、内紛によ
る。小農の生産レベルが契約栽培に至るレベ
り壊滅的な打撃を被ったが、復興に向けて企
ルでないため、小農を組織化して、レベル向
業経営的な要素を取り入れている。ケニアの
上と価格交渉力向上を図る外国援助が多く行
チャは世界銀行の援助でチャ開発機構を強化
われている。
してきたが、近年民営化された。このタイプ
第四のタイプとして、調査の対象としては
では、小農の水平連携が進んでおり、小農の
いないがフェアトレードがある。これは、生
バーゲニングパワーがある。そのため、多く
産者と消費者を直接結びつけるという発想で
の作物において外国援助も入りこのタイプを
始まったものである。
つくる努力が行われたが、民間企業との競争
に勝てないなどにより、全般的に伝統的輸出
2) 国際協力の関与の仕方
以上のバリューチェーン構造のタイプごと
作物以外では援助が終わると活発でなくなる
に行われている外国援助の例を示したが、こ
ケースも多い。
れらの援助のバリューチェーンの中での役割
について記す。アフリカにおける外国援助の
(3) 部分統合・未統合型
第三のタイプとしては、あまり垂直統合が
目的は貧困削減であり、貧困層とみなされて
進んでいないタイプである。バニラ、ゴマ、
いる小規模生産者に如何に裨益させるかを目
シアバター、クローブがこれにあたる。これ
指している。上述の援助の事例から、次バリ
-24-
国際農林業協力
Vol.32 №2 2009
ューチェーン構造別に、援助のかかわり方に
図2
ついて示す(図 2)。
バリューチェーンにおける協力
出典:農林水産省委託、H18,19,20 年度「ODA と農産物貿易に関する政策一貫性に関する基礎調査」
の結果に基づき筆者作成。
(1) 垂直統合型(ヒエラルキー型)での協力
による参入支援
12
などがある。いわば小農の
バリューチェーン構造が垂直統合の進んだ
能力向上によるバーゲニングパワーの強化の
ヒエラルキー型の場合は、大きく、バリュー
ためのエンパワーメントを行うものともいえ
チェーンへの小農の参加を支援する協力(図
る。
2中の A)
、民間企業の社会や環境的な責任を
果たすコストの負担をする協力(図 2 中の B)
後者の企業の社会や環境責任負担の支援は、
民間ビジネスの範疇に政府が介入することに
の2種類がある。前者の小農の参加を支援す
る協力の手段として、GLOBALGAP 取得支援、
小農の組織化(図 2 中の C)、官民連携(PPP)
12
DFID の The Food Retail Industry Challenge Fund
などがある。これは、小農のサプライチェーンへの参
入を奨励するために、大手小売りチェーンに資金提
供しビジネスにするにはリスクの高い、小農参加のビ
ジネスモデルを開発するものである。
-25-
なる。民間企業は社会的責任を果たさなけれ
ビジネスに関する制度改善や政策への支援な
ばならないが、民間企業のみで対応するには
どがある。ビジネスの制度の改善の一貫とし
多大なコストの一部を、公的セクターが負担
て、輸出相手国の公的基準や民間基準を満た
するという文脈で行われるものが多い。この
しているかどうかの検査や認証を行う公的機
例としては、ケニアのナイバシャ湖畔での花
関の支援(図 2 中の H)がある。また、サポ
き産業に従事する労働者の労働条件を改善す
ートサービスの育成強化の支援(図2中の F)
るための労働衛生条件改善や HIV/AIDS に対
も行われている。
する教育、ナイバシャ湖の水質悪化を防止す
るための、総合病害虫防除などの環境に優し
3.高収益農業への協力のあり方
以上、高収益農業は市場指向型であること
い生産方法の技術開発、一企業のみでなく業
界全体の環境基準の策定などへの協力がある。
から、バリューチェーン構造、そこにおける
小農への裨益、外国援助のかかわり方を整理
(2) 部分統合・未統合型(市場型)での協力
した。
これらの輸出に成功している事例からいえ
バリューチェーン構造が未統合の市場型の
場合は、小農の水平連携支援(図 2 中の C)、
ることは、農業をビジネスとしてとらえ、市
市場のプレイヤー全体にかかわるバリューチ
場ありきで狙った市場要求を満たす作物を生
ェーン・アプローチによる垂直連携の促進支
産していることである。外国援助の場合も、
援(図 2 中の D)、その一貫としての市場マッ
生産技術など生産増大のための協力を行った
チング(図2中の E)、バリューチェーン全体
結果、輸出に至るというものでなく、市場を
にかかわるサービスプロバイダー育成支援
みつけ市場条件を満たすように市場情報が伝
(図 2 中の F)などがある。このタイプでは、
わるように、バリューチェーンをつなげると
水平連携支援に加えて業界全体の垂直統合を
いう垂直連携を支援する協力が高収益農業を
支援することにより業界全体の競争力を強化
サポートしているといえる。一方、垂直連携
し、全体のパイを拡大し、各プレイヤーへの
により増えたパイを公平に分配する仕組みが
分配を増やすことを目指すものである。なお、
必要であり、水平連携への支援がこれを支援
小農の組織化による水平連携支援はヒエラル
しているといえる。また、これらのベースと
キー型、市場型の双方で行われている。
なる市場でのプレイヤーを支えるビジネス環
境の整備、市場プレイヤーをサポートするサ
(3) アグリビジネスの条件整備
ービスの強化に対する支援が必要である。し
また、アグリビジネスの前提条件としての、
たがって、高収益農業への協力枠組みを次の
ハードとソフトを含めたアグリビジネスの基
盤整備(図 2 中の G)がある。これらには、
農道整備による市場アクセス改善、市場情報
へのアクセス改善
13
13
、技術開発、人材育成、
このタイプの協力に、DFID がケニアで Vodafone と
の PPP による 、Financial Development Challenge
Fund (FDCF)がある。M-PESA プロジェクトとして知ら
れており、Voadafone と DFID が Safaricom に共同出
資し、遠隔地の農村部の人々に市場情報アクセスの
改善と決済方法の改善を行った。ある意味で、自国
企業の市場拡大と貧困削減の双方を狙った戦略的
な協力である。
-26-
国際農林業協力
Vol.32 №2 2009
●水平連携支援:増加した便益の配分の仕
ように提示することができる(図3)。
組みを改善し、小農にも裨益させる。
●垂直連携支援:業界全体の競争力を強化
する
●アグリビジネス環境整備とサポートサー
ビス支援
図3
バリューチェーンにおける高収益農業への協力枠組み
出典:海外貨物検査(2009)、5章 p5-17 を基に一部修正。
垂直連携に対する支援の代表的なアプロー
シングを扱うようになった。また、マイケル・
チであるバリューチェーン・アプローチにつ
ポーターのバリューチェーンの概念が良く知
いて触れる。これは、対象とする品目を定め
られている 14。この概念が開発援助の文脈で
て、業界全体の競争力の強化とその配分の改
用いられるようになった。企業経営のような
善を目的としている。バリューチェーンは経
社内あるいは部分的なアウトソーシングとは
営学で発達した概念で、企業のコアコンピタ
異なり、農業開発の場合、バリューチェーン
ンスは何かという問いかけに基づいて、社内
には、種子や肥料などの投入材から、生産、
で生産するか外部から調達するかという選択
を扱い、それが地理的な広がりをもってロジ
スティクス面、さらには海外へのアウトソー
14
Michael E. Porter, 1985, Competitive Advantage:
Creating and Sustaining Superior Performance, 競争
優位の戦略(邦題)。
-27-
加工、流通、販売から最終消費に至るプロセ
農民達の行動を「育ててから売る」から「売
スにおいて、多くのステークホルダーが存在
るために育てる」ように劇的に変化させたこ
している。これら業界内で利益を争っている
とにある。
アプローチとしては次の通りである。まず、
アクター全体が価値を増やせるように、戦略
的にコーディネートするという介入を行うも
①ステークホルダーフォーラムと参加型市場
のである。農業で行う場合は、ある農産物を
調査により農民のマーケットアウェアネス
選択し、バリューチェーン分析を行い、関連
(市場認識)を向上させ、ビジネスであるこ
するアクターが参加して戦略をつくり、それ
とを認識させた。次に、②ビジネスプランニ
を実行していくというプロセスが代表的なも
ングの一つとしてのクロッピングカレンダー
のである。手法としては、ドイツの GTZ の
(栽培暦)などの研修を行い基礎的なビジネ
ValueLinks が代表的なものである。GTZ では、
ス技術の習得を行った。③第3に、ケニアの
世界中で行われている経験をフィードバック
ファームビジネス(農業経営)のユニットで
してオーガナイズし、基本的な型を一つの手
ある家庭では、一人のマネージャー(男性)
15
と一人の労働者(女性)という構造であった
法として取りまとめたものである 。
水平連携を支援する協力として、筆者が
のを、ジェンダーアウェアネス研修により、
2009 年に終了時評価に参加する機会を得た
家庭内で経営と労働の分担を行い、両者の関
JICA のプロジェクトが目覚ましい成果をあ
係をマネージャーと労働者の関係から「ファ
げているので、ここに紹介する。JICA が 2006
ームビジネスパートナー」に転換させ、家庭
年 11 月から 2009 年 11 月まで実施していたケ
内労働力の効率的な利用を図った。④第4に、
ニア共和国小規模園芸農民組織強化計画は、
農民が市場の要求する品質や数量の作物を生
小規模園芸農民のエンパワーメントを図るも
産するには多くの問題があり、解決する必要
ので、その手段として組織化を行った。終了
があることを認識し、農民側からの問題解決
時評価の結果、2007 年 5 月から 2009 年5月
の需要が生まれた。この需要に応じた生産技
の 2 年間で、参加した農家の所得が平均で倍
術研修を行い、問題解決を提供した。⑤最後
増するという目覚ましい成果が得られた。組
に、個別のビジネスユニットで解決できない
織化自体を目指したのではなく、市場指向型
多くのことに対し、グループワークを実施し
に農民のエンパワーメントを行ったという点
た(図4)。このようなアプローチにより、農
に成功要因があった。その結果として、水平
民の行動を「売るために作る」ように変化さ
連携も強化され農民のバーゲニングパワーも
せた。生産物の販売先は地元市場、
国内市場、
16
強まった 。このプロジェクトの特徴は、農
輸出市場にわたっている。
業をビジネスとしてとらえ、1)市場指向型の
ケニア政府と JICA は、このような成果を更
アプローチをベースにしたこと、2)農民の需
にスケールアップさせるために、現在、この
要に応じたプログラムとしたことなどにより、
アプローチを組織的に全国展開するためのフ
ェーズ2を計画している。
15
GTZ での筆者のインタビューに基づく。
16
国際協力機構、ケニア共和国小規模園芸農民組
織強化計画(SHEP)終了時評価。
-28-
国際農林業協力
図4
Vol.32 №2 2009
ケニア小規模園芸農民組織強化計画(SHEP)における市場指向型アプローチ
出典:国際協力機構 2009、ケニア共和国小規模園芸農民組織強化計画終了時評価報告書(未定稿)
最後に、高収益農業は民間活動であり、こ
ている。ただ、農産物貿易政策は EU 共通農
れに対しどう介入するか、どのように連携す
業政策(Common Agricultural Policy:CAP)に
るかという政策的な課題がある。オランダや
ゆだねている。
次に、これら政策に関連することについて
英国の援助の事例では、自国の進出企業との
官民連携により、自国企業の市場拡大と貧困
触れる。
削減という開発目的の両立を図るような戦略
的な援助も行われている。また、ドイツでも
3.政策的な示唆
1999 年から 2004 年までに 70 ヵ国、1650 件の
以上で述べてきたアフリカの高収益農業は
官民連携プロジェクトが行われている。GTZ
輸出と関連しているため、輸入国(援助国で
ではバリューチェーン・アプローチを行い、
ある場合が多い)側での政策的なコンフリク
官民連携により販売先を確保するということ
トとなることもある。例えば、協力をした国
も行っている。また、官民連携による有機農
から輸入が増加し、国内の農業に少なからず
産物の農民の組織化とバリューチェーン開発、
影響を及ぼすことがある。農水省委託の
小売りチェーンとの官民連携によるサプライ
「ODA と農産物貿易に関する政策一貫性に
チェーン開発なども実施している。
関する基礎調査」もこの文脈で始まり、どの
これら EU 諸国は、政策一貫性においては、
その高いコミットメントにより高い評価を得
ように国内政策と ODA 政策の一貫性を保つ
かという、
「国内政策との政策一貫性」がテー
-29-
ルであるとしている 19。また、援助効果向上
マであった。
のためのパリ宣言でも重視されている。特に、
2008 年は世界金融危機により途上国経済も
1) 開発のための政策一貫性
一般に、開発の世界で政策一貫性という場
影響を受け、グローバル化された相互依存関
合 、「 開 発 の た め の 政 策 一 貫 性 ( Policy
係にある経済において、政策一貫性の重要性
coherence for development: PCD)」のことをい
が強く認識された。
う。これは、今日のグローバル化された経済
これを表す指標として、開発コミットメン
では、援助のみでは開発途上国の経済発展と
ト指数(Commitment to Development Index)20
貧困削減を達成することはできず、開発途上
があり、日本は初年度の 2003 年から 2008 年
国に影響を与える農業、貿易、投資、移民な
まで連続して 21 ヵ国中の最下位にランクさ
ど広範な政策分野にわたって、途上国の開発
れていたが、2009 年より韓国が加入したこと
目標の達成に貢献するように、政策間の一貫
により、
最下位から2番目に位置する。
一方、
性を確保すべきであるという考えである
17
。
オランダは政策一貫性へのコミットメントが
例えば、途上国の牛肉の振興のための協力を
高く、2003 年から 2008 年まで連続して首位
行っても、自国の市場を閉鎖する、あるいは
に位置していた。
当該国へ自国の牛肉の輸出補助金をつけた輸
出を行えば、当該国での市場あるいは輸出市
2) 政策一貫性をとらえる枠組み
場から閉め出されて発展せず、効果を妨げて
農水省委託の「ODA と農産物貿易に関する
いるというのが政策一貫性のないケースであ
政策一貫性に関する基礎調査」では、これら
る。
「国内政策との政策一貫性」と「開発のため
この考えは OECD/DAC で 1990 年代より強
調され、DAC の援助国審査の項目にも入れら
の政策一貫性」をとらえる枠組みを提示した
(図 5)
。
れており、DAC Peer Review に政策一貫性の
図5は開発イニシアティブなどの取組みに
章が設けられている。また、国連のミレニア
より途上国の農産物の輸出が増えることによ
ム開発目標(MDGs)、WTO ドーハラウンド
り、国内の農産物貿易政策、さらにはその上
18
とも関連づけられ 、その達成の基本的ツー
位政策である食料・農業・農村政策に与える
影響と政策間の連関を示したものである。特
17
政策一貫性については、「国際協力銀行 2005、
地域経済アプローチを踏まえた政策一貫性分析」が
詳しい。
18
WTO ドーハラウンドに関連して、EU が 2001 年に、
LDC から武器以外の全ての輸入を無税無枠にする
というイニシアティブ”Everything But Arm (EBA)”を
打ち出した。日本政府も 2005 年 12 月の香港閣僚会
議にて、貿易を通じて開発途上国の開発に資するた
めの「開発イニシアティブ」を打ち出した。LDC 諸国
に対して原則無税無枠の市場アクセスを供与すると
ともに、貿易を構成する、生産、流通・販売、購入の
各局面での、技術・資金協力を組み合せて行い、途
上国の生産者と先進国の消費者を結びつけるもの
に 2008 年は食の安全性に対する認識の高ま
りや、一時的ではあったが世界金融危機に誘
発された世界の食料価格の高騰もあり、国内
農業政策での食の安全性や食料安全保障が再
である。当時の中川農林水産大臣が「アフリカの農
場から日本の食卓へ」と強調した。
19
Development Assistance Committee High Level
Meeting, 15-15 May 2002.
20
米国のシンクタンク Center for Global Development
が作成し公表している開発貢献度についての指標。
-30-
国際農林業協力
Vol.32 №2 2009
び重視されている。
図5
政策一貫性の枠組み:政策間の連関
出典:海外検査貨物 2009、p5−13、図5.3
途上国からの農産物の輸入が増加すること
とって困難である。このような、生産段階で
は、農産物貿易政策のうち、①食料輸入の安
の品質管理を官民連携によって支援する試み
定化・多元化、および②安全・安心な食料輸
などは、相手国と日本の政策目標にも合致す
入に正の影響を及ぼす。輸入した農産品が日
るものといえる。
本の農業との非競合品の場合は、食料・農業・
他方、競合品の場合は国内政策の視点から
農村政策には、正の影響を及ぼす。しかし、
センシティブなものになる。2006 年から 3 年
その農産品が日本の農業との競合品の場合に、
間の調査の対象品目のうち、野菜、バラが競合
①食料自給率向上や、②農家経営安定強化、
品にあたり、チャはグレーゾーンにあたる 20。
さらには③農村経済振興に負の影響を及ぼす
世界の中には競合品に対し協力している国も
可能性がある。
ある。このような事例は、日本の国内政策と
したがって、非競合品に対する協力を行う
ことは国内政策とのコンフリクトはない。そ
援助政策の両方に参考になるものであり、次
にこの概略を記す。
ればかりか、食の輸入先の多元化や安定化、
安全な食料の供給に貢献する。例えば、対象
作物のうちゴマは、ナイジェリアから日本に
大量に輸入されている。しかし、アフラトキ
シンが検出され、輸入が一時期ストップした。
ゴマの生産は小規模な生産者が分散して生産
しており、生産段階からの品質管理は企業に
20
ケニアのチャは紅茶として輸入しているので非競
合品ではあるが、日本のチャ市場はペットボトル市場
が席巻しており、それらのドリンクにいれるカテキンを
輸入しているという点で競合といえなくもない。また、
ケニアは赤道直下の高地という立地を活かし 2 週間
に一度茶葉を摘めるのに対し、日本の場合は 5 月の
八十八夜の頃の一番茶から、秋口の四番茶でほと
んどの茶葉を摘み終える。ケニアで日本茶のヤブキ
タ種などを植え始めたら、潜在的な競合品といえる。
-31-
このようなオランダの戦略転換の背景には、
3) 「国内政策との政策一貫性」と「開発のた
めの政策一貫性」の両立に向けて
当事者である業界が危機感を抱き、積極的に
オランダは、自国農業との競合品である花
政府に働きかけ、国内産業や対外投資戦略を
きに対し協力をしている。花き園芸はオラン
つくり、必要に応じて方向転換を行ってきた
ダの主要産業の一つである。1970 年代から国
ことがある。特に、オランダ花き園芸評議会
内の端境期にイスラエルなどから輸入が開始
は業界と政府をつなぎ、業界からの課徴金を
され、1980 年代にはアフリカからの輸入が急
政策策定や研究開発、あるいはマーケティン
増した。一旦は、市場から排除しようとした
グに投資している。援助の計画の作成にも携
が不可能であったため、積極的にケニアに投
わっており、ケニアに進出しているオランダ
資し、オランダがステークを握り輸入すると
企業の抱える問題を解決するような協力(労
いう方針転換をした。普及品の生産拠点をケ
働安全基準や環境基準)を立案している。
ニアに移転させ、国内は高品質なものを生産
この事例は 1980 年代のプラザ合意後の日
するという市場差別化により生産の棲み分け
本の工業セクターの動きとだぶらせる。円高
をした。また、生産から販売・輸出に至るバ
によりコスト競争力がなくなり、アジアに生
リューチェーンの川上の入り口である種子な
産拠点を移転し、アジアからの輸出を増加さ
ど投入材や生産技術、ならびに川下の出口で
せた。その際、日本からの援助で、道路や港
ある市場拠点機能をおさえ、世界の花き産業
湾、工業団地等のインフラを整備し、人材育
における地位を保つという戦略に転換した。
成や政策環境を整備する協力も行った。また、
その結果、オランダとドイツ向け中心の物流
投資環境も整備し、貿易政策も当該工業製品
拠点であたったオランダのアールスメア花き
は非関税とするなど柔軟な対応を行ったこと
市場を経由して、オランダの花きの市場圏が
により、結果として政策の一貫性が確保され、
拡大し、現在では EU とロシアなど東欧向け
進出した途上国の輸出増加と経済発展に結び
輸出の市場拠点となり、アフリカからのバラ
つけている。アジアの経済発展の原動力とも
もオランダ市場を経由してこれらの地域に輸
なり、アジア諸国の所得向上による購買力の
出している。オランダの市場はさらに大規模
向上をもたらしたことに伴い市場も拡大し、
化し、集積機能の強化を図っている。また、
拡大した市場とその中での棲み分けを実現し
ケニアのみならず世界中で生産されているバ
ている。開発のための政策一貫性と国内政策
ラ品種の多くはオランダの育種会社の開発し
との政策一貫性を両立しているといえる(図
たものであり、生産の入り口部分を握ってい
6)。
る。オランダの国内生産面積に大きな変化は
ないが、栽培農家数は 15 年間で半減した。そ
の代わりに、企業化、大規模化が進み、さら
に研究開発に投資できる環境が整い、花き園
芸市場での主導的な役割を占めている 21。
21
財団法人国際開発センター2006
-32-
図6
オランダの花き園芸と日本の工業部門の政策一貫性の比較
出典:財団法人国際開発センター 2007、p5−21 を基に編集。
花き園芸はオランダの主要産業であり、コ
性への取組みの評価が高い。
スト競争力がなくなり海外投資して生産拠点
以上の例にみられるように、日本も農業政
を移転し、進出国の輸出が促進されている。
策、貿易政策、投資政策や援助政策などにお
その際に、投資支援など各種の援助を行って
いて、グローバル化された経済の中で一体的
いる。EU も花きの産地であるナイバシャ湖
な戦略性を持つことにより、開発のための一
とナイロビ空港を結ぶ道路を整備し、ロジス
貫性と国内政策との一貫性を両立させること
ティクスのボトルネックの除去を行った。ま
が望まれる。これにより、途上国の開発とと
た、花き産業で働く人の人材育成も行ってい
もに日本の農業の発展にも貢献できる。
る。さらに、オランダ航空がケニア航空を傘
日本の農業の場合、国際競争力が弱いとい
下に入れ、輸送の確実性をアップしている。
われている一方で、企業的経営で成功してい
この結果として、ケニアの花き園芸産業が発
る例は多い。この多くは、園芸など保護の少
展することにより貧困削減に貢献し、一方で、
ない部門である。今後のグローバル化の流れ
オランダの国内産業も発展している。開発の
の中で、東アジア共同体なども提唱されてい
ための政策一貫性と国内政策との政策一貫性
る現在、貿易自由化の流れは避けられない状
を両立しているといえる。
また、
前述の通り、
況にある
オランダは政策一貫性の指標である開発コミ
質という強みを活かし、食のグローバル化の
22
。日本の農業も人材、技術、高品
ットメント指数では、2003 年から 2008 年ま
で1位にランクされ、開発のための政策一貫
22
OECD, 2009, Evaluation of Agricultural Policy
Reforms in Japan.
-33-
中での日本ブランドを確立していくなど、オ
困削減と日本の農村経済の発展に向けて、相
ランダの花き園芸部門が行ったような攻めの
乗効果を持って貢献することが望まれる。
姿勢への転換により、
競争力の強化とともに、
アジア市場あるいは世界市場を見据えて、高
参考文献
品質を活かしたマーケットセグメント(消費
1) 海外貨物検査株式会社 2008、ODA と農産物貿
者の分類)の中の棲み分け、バリューチェー
易に関する政策一貫性に関する基礎調査報告書
ンの中における高付加価値部門での棲み分け
−野菜及び果実類−
を図っていくことが望まれる。
2) 海外貨物検査株式会社 2009、ODA と農産物貿
易に関する政策一貫性に関する基礎調査報告書
おわりに
−香辛料及び植物性油脂−
本稿は、グローバルゼーションの下でのア
フリカ高収益農業というテーマについて、バ
3) 国際協力機構 2009、ケニア共和国小規模園芸農
民組織強化計画終了時評価報告書(未定稿)
リューチェーン構造からの小農への裨益、協
4) 財団法人国際開発センター 2007、ODA と農産
力のあり方、さらには政策への示唆という幅
物貿易に関する政策一貫性に関する基礎調査報
広い側面から考察した。
告書 −バラおよびチャ−23
環境や安全が重視される新たな時代を迎
えるにあたり、日本の品質、人材、環境、安
全という強みを活かして、農業をアグリビジ
5) 世界銀行 2008、世界開発報告、開発のための
農業
6) OECD 2008、開発のためのビジネス、アフリカ
ネスと捉えて、今後のグローバル市場におい
における農業ビジネス(アグリビジネス)の促進、
て、途上国の開発と日本の農業ビジネスが両
要約版、p3.
立するような、貿易や援助を含めた戦略的な
取組みが望まれる。これにより、途上国の貧
(財団法人国際開発センター 主任研究員)
23
http://www.idcj.or.jp/070525MAFF_report/1_Introdu
ction_JP.Pdf
-34-
特集:アフリカ農業の展望
繊維植物の可能性
-国際天然繊維年シンポジウムと高収益農業研究から
西
はじめに
山
•
亜希代
基調講演では、FAO 本部経済社会局エコノ
2009 年は、国連総会の定めた国際天然繊維
ミストであり、ジュート/硬質繊維政府間会
年であった。天然繊維は、古くから人間によ
合事務局であるアダム・プラカシュ氏が「国
ってヒモやカゴ、紙、
布等に利用されてきた。
際天然繊維年および世界の食料安全保障」と
合成繊維が登場する前は、長く人びとはその
題して講演したほか、開催地横浜が開港以来、
土地にある動植物を原料として加工し、生活
生糸貿易で日本経済に多大な影響を与えてき
に活用するばかりでなく、取引の財としても
たことから、
「繊維の女王」と呼ばれる生糸を
利用してきた。各地には、その地ならではの
テーマとして、シルク博物館前部長 小泉勝夫
素材やデザイン、加工技術などが残っており、
氏による
「横浜とシルク」
の講演も行われた。
繊維製品は伝統文化や社会的地位などにも大
その後、事例報告として、フェアトレードカ
きく関係している。
ンパニー株式会社常務取締役 胤森なお子氏
本稿では、天然繊維をめぐる動きとして、
による「天然繊維とフェアトレード」
、独立行
2009 年 10 月に横浜で開催された「世界食料
政法人農業生物資源研究所昆虫科学研究領域
デー・国際天然繊維年シンポジウム」と、社
絹タンパク素材開発ユニット長 玉田靖氏に
団法人国際農林業協働協会が行う繊維植物
よる「シルクテクノロジー」、多摩美術大学バ
(作物)をテーマとした「高収益農業研究」
ナナテキスタイル・プロジェクト講師 深津裕
の紹介を通じて、天然繊維の可能性を考えた
子氏による「バナナテキスタイル」がそれぞ
い。
れ発表された。
1.世界食料デー・国際天然繊維年シンポジ
ウム
2009 年 10 月 25 日、FAO 日本事務所の主
催によって「世界食料デー・国際天然繊維年
シンポジウム」がパシフィコ横浜で開催され
た。
NISHIYAMA Akiyo : Perspectives on Fiber PlantsOn the Basis of the Report from FAO’s Symposium
Focusing Natural Fibers, and JAICAF’s Study on
Natural Plants in Africa.
-35-
国際天然繊維年シンポジウム
ここでは、プラカシュ氏の講演内容を中心に
(2005/07 平均)
、そのうちブラジルが約 67%、
紹介し、天然繊維の経済的重要性と天然繊維
23 万 5000 トンを栽培している。その他の主
1
な生産国は、タンザニア、ケニア、マダガス
をめぐる動向について概観したい 。
カルであり、タンザニアでは 12 万人がサイザ
ル産業に就労し、210 万人がその恩恵を受け
1) 天然繊維の経済的重要性
プラカシュ氏の講演によると、天然繊維は
ていると推計される。
年間約 400 億ドルもの額を稼ぎ出している。
絹は、主にアジアで重要な産業となってい
その半分は輸出用であり、多くが開発途上国
る。41 万 1500 トン(2005/07 平均)の生糸の
で生産されている。繊維作物は、重要な換金
うち、中国での生産が約 72%を占める。続い
作物として栽培されているといえよう。
て、インド(19%)
、ウズベキスタン(4%)、
繊維作物の中でも重要な地位を占めている
ブラジル(2%)等が主要生産国である。イン
ものとして、まず綿花が挙げられる。天然繊
ドでは約 70 万世帯が養蚕から収入を得てお
維の貿易のうち、約 85%は綿によるものであ
り、中国では 100 万人が絹織物産業に従事し
る。綿花は、世界中で栽培され年間 2600 万ト
ている。
ン余りが生産されている(2005/07 平均)が、
このように、天然繊維は、人びと、特に農
中でも、米国、中国、ブラジル、ウズベキス
村部にとって数少ない現金収入の機会に結び
タン、パキスタンおよびインドの 6 カ国で世
ついている。また、天然繊維は、国内の繊維
界の綿花生産量の 80%以上を生産している。
産業を発達させ、それが輸出市場を指向する
アジア、アフリカ各地では主に小規模農家に
ことから、多くの人びとに就労の場を提供し
よって栽培されており、アジアの農村に住む
ている。
約 1 億世帯の主要な収入源である。サブサハ
ラアフリカでは 200 万人ほどの小農が栽培に
2) 天然繊維の需給動向
関わっており、加えて 1000 万人余りの労働者
開発途上国を含め、多くの国々にとって天
が綿産業に雇用されている。西アフリカ諸国
然繊維は経済的に重要な位置を占めているも
の中には、輸出額の約 50%を原綿による収入
のの、商品作物であることから貿易量および
が占める国々もある。
額も不安定である。また、天然繊維は、現在、
綿花以外の主な天然繊維には、ジュート、
200 億ドル近くを輸出国にもたらしているが、
開発途上国の歳入に占める割合は年々減少し
サイザル麻、そして絹が挙げられる。
ジュートは、インドとバングラデシュでそ
続けている。1970 年に 75%だったものが、近
の 94%が生産されており、ジュート栽培及び
年は 60%前後にまで落ち込んだ。綿花に象徴
カーペット・袋などのジュート産業に約 2000
されるように、各国、とりわけ先進国の補助
万人が関与していると言われる。
金が供給過多を生み、利益の出ないレベルに
サイザル麻は、35 万トン余りが生産され
まで価格を押し下げているとされる。こうし
た補助金政策が途上国の競争力を削ぎ、FAO
第 1 項は、シンポジウムでの講演および配布資
料を基にまとめた。
1
によれば、途上国における雇用、輸出、ある
いはそれらの複合的な効果により生み出され
-36-
国際農林業協力
Vol.32 №2
2009
るはずであった何 10 億ドルもの収入が消え
成繊維に代わって天然繊維の価値が再評価さ
てしまっている。
れ始めた。合成繊維は、天然繊維の需要を押
過去 40 年を振り返ると、人口の伸びに比し
し下げる役割を果たしているものの、合成繊
て、天然繊維の生産量はほとんど伸びていな
維に天然繊維を混紡することで、デザイン性
い。世界的に見て、繊維の最終消費量はここ
の向上や用途の多様化といった効果があり、
40 年間で 150%の伸びを見せているにもかか
天然繊維の需要に結びついているという側面
わらず、天然繊維への需要は 70%上昇したに
もある。種々の産業において天然繊維をめぐ
過ぎない。合成繊維の台頭である。同時期の
る革新的な技術が開発されてきており、土木
合成繊維への需要は約 3 倍に増加し、天然繊
工事や護岸工事で利用されるジオテキスタイ
維の需要鈍化とは好対照をなしている。合成
ルをはじめとして、建設業や自動車産業、航
繊維は大量生産が可能であり、経済規模の拡
空産業などでも天然繊維が使われるようにな
大によって、生産量の増大、安価な商品の提
ってきた。
本シンポジウムの事例報告でも、シルクタ
供が可能である。
一方、近年の環境意識の高まりによって、
ンパク質材料を樹脂、フィルムに加工し、化
消費者は持続性や環境負荷といったことにも
粧品や家電などの電子材料、あるいは医薬品
敏感になりつつある。合成繊維の多くは、天
開発などに役立てようとする研究が紹介され
然繊維に比べて生産コストが低いが、生産に
た。
多くのエネルギーを必要とし、大量の二酸化
また、これまで利用されてこなかった未利
炭素を排出する。例えば、1 トンのポリプロ
用繊維の利用が模索されており、日本の紡績
ピレンを生産する際、3 トンの二酸化炭素が
企業でも、ユーカリ樹木やバナナ等の繊維を
排出されるとの研究もある。1 トンのジュー
コットンと混紡するなどして利用する動きが
ト生産に必要なエネルギーは、同量の合成繊
広がっている。綿花は、穀物生産などと競合
維を生産するために必要なものの 10%に過
するため、バイオ燃料の増産や食料不足によ
ぎない。
って、穀物生産へと転換する可能性もあると
合成繊維には、廃棄の問題もある。リサイ
指摘されている中、未利用資源の利用あるい
クルには多額の費用がかかる一方、埋め立て
は森林資源である繊維植物にも注目が集まっ
地に廃棄されれば、合成繊維から排出される
ている。本シンポジウムでも、多摩美術大学
重金属やその他の添加物が土壌や地下水に影
が行うバナナ・プロジェクトに関する報告が
響を与える可能性がある。こうしたことから、
あった。バナナは年間 2~4 回収穫されるが、
消費者の中には、天然繊維製品に価値を認め、
収穫時に幹は切り倒され、これまで利用され
高価であっても、天然繊維が使われている製
ることがなかった。そのバナナの枝から繊維
品を選ぶ人びとも出てきている。
を取り、紙や布に加工している。バナナ・プ
ロジェクトでは、2009 年にウガンダからの研
修生も受け入れており、今後、アフリカなど
3) 天然繊維をめぐる新しい動き
そうした消費動向の変化によって、再生可
で利用が広がることが期待される。未利用資
能かつ持続的な生産に資するものとして、合
源の 1 つとして、会場からは、インドネシア
-37-
の“黄金の繭”
についても情報提供があった。
らではの素材、意匠、技法などが継承されて
ヤママユガ科の Cricula Trifenestrata の繭がそ
いる事例もあり、そうした事例が、加工や流
れであるが、以前は害虫として駆除の対象で
通販売の工夫によって農村住民の所得向上に
あったものが、現在は希少な黄金色の絹糸を
貢献できるのではないかとして、研究事業が
産出するとして産業化が試みられている。地
進められてきた。
球上には数千種以上の昆虫から糸が採れると
アフリカでは、綿花やサイザル麻などが栽
いわれており、こうした野生の虫も貴重な天
培されている一方、バオバブやラフィアヤシ
然繊維資源といえるとのコメントであった。
といった樹木からも繊維を採り、利用してい
国際天然繊維年は、天然繊維の持つ経済的
る。そのため、栽培されていない、あるいは
な重要性と多様な資源の潜在的な市場価値に
半栽培の繊維植物を含めて調査研究を行った。
ついて、改めて認識する機会となった。繊維
作物を生産する途上国の農民は多くが小規模
1) 森林資源としての繊維植物2
農家であり、繊維作物は彼らにとって貴重な
ガーナではロープやヒモなどの結束用品と
収入源である。また、これから新しい資源が
して 20 種類の植物が、また繊維として 47 種
発掘され、そこから収入を得る可能性もある。
が利用されているといわれる。これらの植物
“儲かる”市場として繊維市場が機能するよ
は繊維の利用のみならず、農具、杵やうす、
う、天然繊維の需要が喚起されることや、適
家具など様々なものに加工され、利用されて
正な価格で原料や製品が売買されることが期
いる。ラフィアやラタンは、西アフリカ全域
待される。その 1 つの手法として、今回のシ
で家庭用品として使用されているし、様々な
ンポジウムでは、フェアトレードについても
種類のヤシがバスケット、マット、ザル、家
紹介された。人と自然に優しい生産を続ける
具などに利用される。それらは、自家消費用
ために、人の手によるものづくりに価値を見
だけでなく、市場で売買する商品としても加
出し、地域でふんだんに採れる自然素材を使
工されている。
い、農薬や肥料の購入を抑制する――国際年
一般に、環境によって染織品やカゴなどに
を 1 つのきっかけとして、途上国の生活者が
利用される植物は違ってくる。
「所変われば品
持続的な生活を営めるよう、消費行動を変革
変わる」というように、同じ用途のものであ
していくことが望まれる。
っても、素材にはその環境に自生する植物が
使われることが多い。例えば前述のラフィア
2.高収益農業研究-アフリカの繊維植物
のように、アフリカ固有の植物も数多く使わ
2009 年度、農林水産省の助成を得て(社)
れる。
国際農林業協働協会が実施する「高収益農業
研究」では、アフリカにおける繊維植物とそ
の加工品を取り上げて調査研究を実施してい
る。近年は、合成繊維や綿、古着などが大量
に輸入され、アフリカ各国の国内生産に影響
を及ぼしていると考えられるが、アフリカな
2
Adepoju, Adenike Adebusola and Salau, Adekunle
Sheu(2007)“Economic Valuation Of Non- Timber
Forest Products (NTFPs)”および Julia Falconer 著・
Carla R. S. Koppell 編(1990)“The Major Significance
of ‘Minor’ Forest Products: The Local Use and
Value of Forests in the West African Humid Forest
Zone”を参考にした。
-38-
国際農林業協力
Vol.32 №2
2009
ラフィアは、マダガスカル原産のヤシであ
れる事で、水資源の保全あるいは生物多様性
り、中央アフリカや西アフリカの湿地帯や水
の維持などに貢献でき、世代を超えて人びと
路沿いに広範囲に自生あるいは栽培され、西
の生活に寄与する事が可能であると考えられ
アフリカで最も利用されてきた繊維素材と考
る。近年の輸入品や中古品の増大は、そうし
3
えられている 。現在でも盛んに利用され、品
た関係に影響を与えていると推定されるが、
種によっては葉の裏側の繊維を細かく割いて
現在でもなお、人びとは生活に必要な食料や
布にしたり、葉柄を家具や建材などに利用し
日常品を周囲の環境に依存している。
たりする。
現在、アフリカの多くでは、農地の拡大、
また、ウガンダでは、クワ科の樹皮を叩い
森林からプランテーションへの転換、炭焼き
てフエルト状にし、衣類などに利用している。
など森林資源の過度な利用などが森林の減少
古くは王族が身にまとっていたもので、アラ
をもたらしている。また、農村部の商業化は、
ブの人びとがもたらした綿に徐々に取って代
人口圧の増大と森林の減少とともに、地域で
わられたものの、今でも埋葬する遺体を包む
活用されてきた有用資源の先細りを招いてい
など特別な機会に使われている。独特の風合
る。
いが好まれ、土産物や工芸品などにも加工さ
しかし、一方、繊維植物からの加工品が市
れている。皮を剥いだ後は、バナナの葉を樹
場を獲得し、適切な価格で販売されることで、
木に巻きつけ、樹皮の再生を助けることで、
有用樹木の栽培や植林への関心を産む可能性
木への負荷を最小限に抑えている。
があると考えられる。繊維植物を含む有用植
こうした繊維植物の多くは、元来、森林や
物の栽培や植林は、建築資材や収入源として
サバンナといった自然の中に自生し、人と密
だけではなく、土壌保全に貢献したり、農業
接な関わりを持ってきた。森林生態系から得
資材、薪、果樹等食料として利用されたりな
られる資源であり、人びとが生活する地域環
ど、様々な効果を上げていくと期待される。
境によって維持されてきたものである。
多くの人びとにとって、森林や農地の有用
2) ガーナ現地調査から
植物を加工することによって得られる収入は、
高収益農業研究では、ガーナを調査対象と
農外収入として非常に大きい。こうした資源
して、2009 年 8 月下旬から 9 月にかけて、現
は、人がそれらを使う事による直接的な価値
地調査を実施した。研究事業の委員を務める
と、環境保全など間接的な価値を持つといえ
染織・文化人類学の専門家、繊維工芸の専門家
よう。直接的な価値の中には、市場で売買す
および農村開発の専門家が本調査に参加した。
る事による収益と、家庭内で利用する事によ
ガーナは、年平均降雨量が約 800~1000mm
る生活改善への貢献の双方が含まれる。特に
と、西アフリカの中では比較的、水資源に恵
多くの開発途上国の貧困層にとっては、貴重
まれている。ただし、地域差が大きく、南部
な収入源ともなりうる。間接的な価値として、
は熱帯湿潤気候で、一部には年間の雨量が
自然資源の利用によって森林生態系が保全さ
1800mm を超える地域もあり森林が多い一方、
北部はサバンナ気候であり、高木と潅木、草
3
井関(2000)「アフリカの布」p.21
地が広がる。
-39-
ガーナでは、東部トーゴ国側のエウェと中
欧米など先進国へと輸出される。日本でも、
央部のアシャンテの人びとが古くから織布を
近年、認知度が徐々に上がってきた。非常に
生産し、多様な文様の布がある。よく知られ
繊細な手仕事で、かつ丈夫なものであり、近
たところでは、アシャンテの人びとによる「ケ
年は把手に山羊皮を使用するなどデザインに
ンテ」がある。木綿あるいは絹で布が織られ
も工夫を凝らすようになっている。地域の住
るが、18 世紀のはじめ頃までは、色糸を入手
民にとって貴重な現金収入源である。
その他、様々な繊維製品や繊維植物を使っ
するために輸入した布をほぐして用いていた
4
といわれている 。布や色彩の種類によって、
た道具が見られるが、今回の現地調査では、
それを着用できる社会階級が決まっていた。
ラタン、竹、ラフィア、水草、ワラなど中空
首長や王家の人間のみが着衣を許されるもの
の茎、綿を中心に調査した。これら植物から
もあり、高い階級の衣類であった。
「アディン
は、家具(の一部)、カゴ、びく、すだれ、マ
クラ」と呼ばれるプリント布も、アシャンテ
ット、布・衣服が製造される。調査は、製品
の人びとによって生産されてきた。アディン
から原料、加工、販売状況までを、素材や製
クラは葬儀用といわれる。北部地域で織られ
品等実物を追いながら行われた。
調査団の印象では、ガーナは政情も安定し、
ている「フグ」と呼ばれるスモッグ様の重厚
な木綿布もあり、これは男性の着衣となる。
治安も良好であり、そうした社会の安定を背
景に経済も安定しており、内需が活発である。
上述の繊維製品への購買意欲も旺盛で、いず
れも販売が好調であった。調査した繊維製品
の多くは、産地のみならず遠方の市場にも流
通し、消費されている。ボルガバスケットの
ような輸出志向の製品があるものの、マット
やすだれ、カゴなどは、一般に産地での消費
を主としながら、都市部や遠方の市場に出回
っている。地域にある資源を利用して製品を
生産し、地域内で消費することで自分たちの
生活に資する「地産池消」が基盤となってい
るといえよう。
「ダボヤ布織り」
逆に、ボルガバスケットは、海外からの援
(フグ(スモッグ)用の布を織る。この細い布を告ぎ
助が入り現在のバスケットの形となったとい
合わせて衣服にする。
)
われており、当初から輸出志向が強く、国内
また、北部のボルガタンガで生産されるボ
需要はほとんどない。素材となる茎はクマシ
ルガバスケットは、主に海外向けに製作され、
のマーケットから購入してくることが多く、
原料入手も広範囲に及ぶ。バスケットの生産
4
京都国立近代美術館(1991)「大英博物館所蔵品
によるアフリカの染織」p.75
は、地域住民である農民によって担われてい
るため、農閑期に行われ、専業者は少ない。
-40-
国際農林業協力
Vol.32 №2
2009
NGO やフェアトレードを志向する企業が買
ーズが高い。所得が向上し衣類にお金をかけ
い付けるほか、国内の仲買人によるバスケッ
られるようになった人びとが、こぞって求め
ト・マーケットが定期的に開かれている地域
ている印象がある。少し前までは、中国製の
もある。需要は近年着実に伸びているといわ
背広への人気が高かったものが、近年は、か
れているが、マーケットでは原価割れとなる
つて貴族階級がまとっていた伝統衣装に憧れ
ケースも多々あると考えられ、原料入手から
を抱いているという。北部地域の中心地であ
販売まで、どのようにバスケット生産者の利
るタマレ周辺では、ワタの手紡ぎが続いてお
益を確保していくかが課題の 1 つとなろう。
り、フグへの需要も根強いものがあった。原
料は輸入品が多いものの、伝統的な衣装のニ
ーズは高く、文化保存の観点からも評価でき
よう。
一方、ラタンへの旺盛な需要は、より森林
の奥へと原料入手を進めており、森林の減少
に拍車を掛けている。ラタンは蔓性の植物で
あり、森林が存在しなければ生育できない。
ラタンの需要が、森林保全、栽培技術の確立
と普及といった展開をもたらすことが望まれ
る。今後は、ラタンのみならず換金性のある
繊維植物が、流通・販売の改善を通じて収益
性を向上させることで、森林保全や植林への
インセンティブとなるように働きかけていく
必要がある。
現地調査の成果とそこから導かれる課題は、
2010 年 3 月に上梓される高収益農業研究の報
告書に詳細に報告される。また報告書では、
現地で活動する関係者にとってヒントとなる
よう、具体的な提案も行っていく予定である。
「パルキア用ざる」
(パルキアの実を洗い水を切るためのザル。セイ
3.終わりに
繊維植物とその製品を見ると、各地で同じ
コノヨシなどの中空の芯を縒らずに編んで作る。
)
ようなものを発見することができる。ガーナ
ケンテやアディンクラといった染織製品の
で蒲を束ねたマットを使っているように、ア
原料となる綿糸は、中国からの輸入品が多く、
イヌの人びとも蒲で作った美しいマットを使
中国産レーヨン、ベルベッドなども使用され
っていたという。ボルガバスケットに似たバ
人気を呼んでいる。伝統的な染織製品への国
スケットを、エチオピアでは違う素材で作っ
内需要は非常に旺盛であり、特に高級品のニ
ているという。地域に生育する植物が違って
-41-
も、そこにあるものを活用して、自分たちの
継承する知恵や暮らしの多様性を伴ってこそ
暮らしに役立つものを作り出してきた。さら
保全されるものではないかと、繊維植物を通
に、カゴやマット、衣類などに見られるよう
じて実感するところである。
(了)
に、独自のデザインを発展させてきた。多様
な資源がそれぞれの地域にあり、それが人び
参考文献
との生活を豊かにし、多様な文化を育ててき
1) アフリカ理解プロジェクト編、2007 年、
「見る・
たともいえる。
つくる・知る
近年の環境に対する関心の高さは天然繊維
おしゃれなアフリカ4
アフリカ
ンアート&クラフト」
、明石書店、p.62
の需要を押し上げ、新技術の開発とともに、
2) 井関和代、2000 年、「アフリカの布-サハラ以
市場をさらに拡大する可能性がある。こうし
南の織機、その技術的考察-」
、河出書房出版社、
た市場の拡大が、繊維原料や繊維製品を供給
p. 297
する生産者の暮らしを豊かにするとともに、
環境負荷の小さい再生産可能な生産方法や森
林保全へとつながらなくてはならない。それ
には、多様な資源や多様な文化を評価する消
3) 京都国立近代美術館、1991 年、「大英博物館所
蔵品によるアフリカの染織」
、p.173
4) (社)国際農林業協力・交流協会、2007 年「ガー
ナの農林業-現状と開発の課題-」
、p.117
費行動が必要となろう。モノの背後にある自
5) Adepoju, Adenike Adebusola and Salau, Adekunle
然や人びとの生活に注意を払い、それを認め
Sheu、2007 年、
“Economic Valuation Of Non-Timber
ることが必要となる。それは、国内市場であ
Forest Products (NTFPs)”、Munich Personal RePEc
っても輸出市場であっても同様である。
Archive Paper No.2689
一方、生産者は、自分たちが生産するモノ
http://mpra/ub.uni-meunchen.de/2689/
が使われる場面を知り、あるいは自分たち自
6) Julia Falconer 著、Carla R. S. Koppell 編、1990 年、
身が使うことで、徐々に使う人の視点で考え
“ The Major Significance of ‘Minor’ Forest
ることが出来るようになっていくのではない
Products: The Local Use and Value of Forests in the
か。それが、品質の向上や生産者としての誇
West African Humid Forest Zone”、FAO、Rome,
りにもつながるのではないかと期待する。
http://www.fao.org/docrep/t9450e/t9450e00.
2009 年の国際天然繊維年を契機に、改めて、
htm#Contents
天然繊維の経済的可能性とともに、自然資源
7) Roderick Ahimbazwe、2009 年、“A royal fabric”、
のみならず在来の知恵や文化を含む在来資源
in Inside Sunday Vision、2009(9/27)、pp.6-12、
の豊かさを考えさせられることとなった。折
ウガンダ
しも来年 2010 年は、「国際生物多様性年」で
ある。自然資源の多様性は、それを保全、
((社)国際農林業協働協会業務第2部 調査役)
-42-
論説
飢 餓 の 構 図 (2)*
紙
Ⅱ
豊かな食生活と貧しい食生活
谷
貢
•
万人増加し、1996 年にローマで開催された世
界食料サミット(World Food Summit : WFS)の
宣言、すなわち‘世界の慢性的栄養不足人口
1.日 本 人 の 食 生 活
2007 年 10 月、ドイツ世界飢餓援助機構
を、基準年次(1990−92 年)の 8.2 億人から 2015
(Deutsche Welthungerhilfe : DWHH)は、世
年までに 4.1 億人へと半減させる’という目
界中で 8 億 5000 万人を超える人々が飢えに苦
標の達成が更に遠のいたと、事態の改善が進
しんでいるという調査結果を発表している。
まないことに警告を発している。
FAO や世界食糧計画の統計によれば、1990
このように開発途上地域を中心に問題とな
年代前半に 8 億 4700 万人(開発途上諸国 8
っている慢性的な食料不足や栄養不良の状態
億 2400 万人、旧ソ連邦諸国 2300 万人)を数
を飢餓と称するが、飢餓と反対の極に位置す
えていた世界の栄養不足人口は、2000 年代初
る言葉は飽食であろう。飽食とは腹一杯食べ
めには僅かながら減少に転じたものの、ここ
ること、食物に不足がなく日常的に食事に満
1
に来て再び増勢に転じ、FAO の報告 では、
足している状態を言い、同時に栄養学的な意
2001—03 年現在、開発途上地域に 8 億 2000
味での食物の過剰摂取を印象づけるが、日本
万人、東ヨーロッパの旧計画経済諸国に 2500
人の食生活にはそのような印象が拭えないの
万人の栄養不足人口が数えられるという。世
が現状である。現に、厚生労働省は次のよう
界総人口 67 億 5000 万人の 13%、すなわち 8
な推計結果を公表している。すなわち、
「平成
人に 1 人が、また開発途上地域ではその人口
16 年(2004 年)10 月現在、40~74 歳の男性の 2
48 億 7000 万人の 17%、6 人に 1 人が、そし
人に 1 人、女性の 5 人に 1 人がメタボリック
て東欧の旧計画経済諸国では 4 億 1000 万人の
シンドローム(内臓脂肪症候群 : metabolic
人口の 6%、16 人に 1 人が栄養不足状態にあ
syndrome)を強く疑われるものとその予備軍
ることになる。なお、FAO は 2008 年 9 月に、
である」という2。このような警告を見れば、
2008 年の春から夏にかけての穀物価格の高
わが国には飽食と言われるような食生活を享
騰によって、世界の栄養不足人口は更に 7500
受しているものがかなり存在すると言わねば
ならないであろう。
KAMIYA Mitsugi : Food Shotage : Problem of the
‘Bottom Billion’(2)
*
(1) は Vol.32 No.1(154) に掲載(編注)
1
FAO, The State of FOOD Insecurity in the World
2006, Rome.
しかし、平均的なわが国民の食生活につい
2
厚生労働省『平成 16 年度国民健康・栄養調査結果
の概要』 平成 18 年。
-43-
ては、油脂類過剰摂取抑制の必要が言われて
65.7%となっており、両者の間には格段の開
はいるものの、必ずしも飽食とまでは言えな
きがある。したがって、わが国では一部に飽
いかもしれない。ここ数年わが国民の 1 人 1
食を云々される人々もいるであろうが、平均
日当たり摂取エネルギー量は 2,000 kcal. を
的には健康的な食生活をおくっていると言っ
割り込んでいる。1990 年代初期の東および東
ても過言ではないであろう。
南アジア諸国民の 1 人 1 日当たりエネルギー
1980 年頃のわが国の食生活は、栄養バラン
必要量を一律に 2,200 kcal. と推計した A. エ
スの点では理想的と評価されていた。1983 年
3
ルオベイド(Amani E. El Obeid)等の報告 で
に出版された『日本型食生活のすすめ』7 に
は、わが国民のエネルギー必要量もその水準
は次のように記述されている。すなわち、
「日
にあると見做されているが、そのレベルのみ
本は現在、栄養不足で良くない開発途上諸国
ならず、栄養バランスの点で理想的と言われ
と栄養過剰で良くない欧米先進諸国との中間
ていた 1980 年頃の摂取エネルギー量にも及
にあって、不足でもなく、過剰でもなく、丁
んでいない。なお、このデータは十数年前の
度よいところにあるということになる訳で
ものであり、生活の利便性の向上に伴う運動
す」と。このように表現された根拠は当時の
量の減少や、比較的若い年齢層での運動習慣
厚生省の「国民栄養調査」にある。この調査
4
のあるものの割合が低下していること など
結果を見ると、1980 年当時の 1 人 1 日当たり
を考えるならば、2,000kcal.を割り込んでいる
食物熱量摂取量は 2,084kcal. であり、P(た
現時点でのわが国での食物熱量摂取量は、そ
んぱく質)F(脂質)C(炭水化物)摂取エネ
の必要量を充足しているものと見てもよいで
ルギー比率は 15:24:61 であった。これを最
あろうし、また飽食の危険が指摘されても異
近年次(2005 年)の摂取熱量 1,904kcal. およ
とするには当たらないかもしれない。
び PFC 摂取エネルギー比率 15:25:60 と比
しかし、経済協力開発機構(Organization for
較すると、摂取熱量では 9.5%多く、脂質の
Economic Cooperation and Development :
エネルギー比率は低く、炭水化物の比率が高
OECD)が作成した成人肥満比率の国際比較
かった。現在摂取エネルギーの 30%にまで低
5
を行った資料 によれば、2003 年現在のわが
6
下しているコメの比重は当時 38%となって
国の成人肥満比率 は、肥満(obesity)3.2%、
おり、コメを中心とした栄養バランスに優れ
過体重(overweight)21.6%、合計 24.9%で主
た「日本型食生活」が実現したと言われてい
要 30
た。
ヵ国中最も低い。アメリカが最も高く、
因に、農林水産省が発表する『食料需給表』
肥満比率 30.6%、過体重比率 35.1%、合計
に示される食物熱量供給量のデータを見れば、
3
El Obeid, A. E. et al., Food Security, New Solutions
for the Twenty-first Century, 1999, Iowa State
University Press, Ames.
4
厚生労働省 上掲書。
5
OECD, Health at a Glance 2005, Paris.
6
肥満比率は体重指数(Body Mass Indexes : BMI)30
以上、過体重比率は BMI25~30 の人口比率である。
BMI=体重(kg)/身長(m)/身長(m).
1980 年当時の 1 人 1 日当たりの供給熱量は
2,561 kcal. で、最近年次の供給熱量 2,573 kcal.
よりも少なく、その PFC エネルギー比率は
7
(財) 食料・農業政策研究センター/(財) 食品需給
研究センター 編、『日本型食生活のすすめ』 昭和
58 年 7 月、日本放送出版協会、東京。
-44-
国際農林業協力
Vol.32 №1
2009
13:25:62 となっている。また、1965 年から
27 年度(2015 年)における望ましい食料消費
1975 年までの 10 年間に 73%から 54%へと低
の姿」では、総供給熱量と PFC 摂取エネルギ
下を続けてきた供給熱量総合自給率も、以降
ー比率をそれぞれ 2,480 kcal. と 13:27:60
10 年ほどの間は 54〜52%の水準で安定的に
とし、総合食料自給率(供給熱量ベース)を
推移した後に再び低下傾向を辿ったが、1998
45%としているが、1980 年当時のものと比べ
年から 2005 年までの 6 年間の 40%レベルの
ると、総供給熱量で 3%少なく、たんぱく質
安定期を経て、2006 年には 39%に低下した
のエネルギー比率が 2 ポイント高くなってい
(表 II-1)。なお、2005 年 3 月に公表された『食
る。
料・農業・農村基本計画』で示された「平成
表Ⅱ—1. 日本人の食生活:飽和と安定への途
年
次
1975
1980
1985
1990
1995
2000
2005
エネルギー(kcal.)
2,188
2,084
2,088
2,026
2,042
1,948
1,904
たんぱく質(g)
81.0
79.9
79.0
78.7
81.5
77.7
71.1
脂
質(g)
52.0
52.4
56.9
56.9
59.9
57.4
53.9
(g)
337
313
298
287
280
266
267
15:22:63
15:23:62
15:25:60
16:25:59
16:26:58
16:27:57
15:25:60
栄養素摂取量
炭水化物
PFC バランス
摂取エネルギー食品別構成(%)
穀
類
49.8
48.7
47.2
45.5
40.7
41.4
42.2
コメ
39.8
38.0
36.6
34.5
28.9
29.0
30.4
類
4.5
4.3
4.5
4.9
4.6
4.8
3.7
野菜・果実
6.8
6.6
6.3
6.4
7.1
7.1
7.5
動物性食品
19.5
20.9
21.8
23.2
25.0
25.0
23.7
油
5.8
6.5
6.9
7.1
6.8
6.8
4.8
供給熱量(kcal.)
2,517
2,561
2,592
2,634
2,638
2,642
2,573
熱量(供給—摂取)
329
478
504
608
596
694
669
食料自給率(%)
54
53
52
48
43
40
40
エンゲル係数
33
29
27
25
24
23
23
うち
豆
脂
類
出典:厚生労働省「国民健康栄養調査」
、
農林水産省『食料需給表』
、
注:食料自給率は供給熱量自給率。
-45-
総務省『家計調査年報』
。
このようにわが国では、カロリー摂取量と
すべてを無駄にしている訳ではなく、飼料な
しては既に飽和水準に達し、食生活改善のポ
どに利用されているものも含まれていようが、
イントはたんぱく質エネルギー比率の上昇に
最近はその傾向が収まってきているとは言え、
置かれていると見られる。また摂取エネルギ
過去 30 年間に廃棄された食物の量が倍増し
ーの食品別構成も、1960〜1980 年代の動物性
ていることにはいささか驚かされる。第 2 に
食品や油脂類の急速な消費拡大という経験を
は食料自給率の低下を指摘しなければならな
経た後は、比較的安定した形で推移しており、
い。既に述べたように、食料自給率はここ 10
消費支出全体に占める食料費支出の割合(エ
年くらい 40%のレベルにあるが、自給率向上
ンゲル係数)も、微減傾向を辿りながら、こ
が叫ばれているにもかかわらず僅かながらも
8
低下を続けている現状は、まさに憂慮すべき
こ 10 年ほどは 23%台で推移している 。
なお、各国民の食生活はその国や地域の
現象と言うべきであり、需要の動きに応えら
気候風土に規定され、その時々の経済条件な
れるように、風土の特色を活かしながら、遊
どの影響下で形成される農業生産や食料消費、
休傾向にある地域資源の活用を如何に図るか
国民の嗜好、健康への関心などの要因などに
が日本農業の課題であるといえよう。
よって、それぞれ地域的なまた時代的な特色
を持つと考えられるが、わが国の供給食物熱
2.Bottom Billion の飢餓
量の PFC エネルギー比を見ると、炭水化物が
7 割程度を占めるアジア諸国に比べると、脂
豊かなそして安定した食生活を営んでいる
質の摂取割合が高く、動物性食品や油脂類の
わが国民とは対照的に、乏しく不安定な生活
消費が多く脂質の摂取割合が高い欧米諸国民
を強いられている所謂‘Bottom Billion : 最底
の食生活に近づきつつあるのが特色であると
辺の 10 億人’に目を向けることとしよう。
いえよう(1980 年当時のわが国の供給食物熱
P.コリアー(Paul Collier)は、その著 Bottom
量の PFC バランスは 13:25:62 であったが、
Billion : Why the Poorest Countries are Failing
2005 年現在では 13:29:58 となっており、
and What Can Be Done About It9 で、世界の人
アメリカの 2003 年の供給食物熱量の PFC バ
口を、10 億人の豊かな先進国の住民と 40 億
ランスは 12:37:51 である)
。
人の発展しつつある開発途上国(中国、イン
以上述べたように、わが国民の食物カロリ
ド、南アフリカなど)の住民、それに 10 億人
ー摂取量が既に飽和水準にあり、またその食
の最底辺の国々の住民(その 70%がアフリカ
品別構成も安定的に推移していると見て良い
大陸の集中している)とに分け、最底辺の 10
であろう。しかし、表 II—1.に見られる数値は、
億人の生活状況を次のように説明している。
同時にわが国民の食生活の問題点の幾つかを
すなわち、物質的安楽、地球規模の往来、経
も指摘している。その 1 つは、供給熱量と摂
済的相互依存の 21 世紀の世界にあって、ます
取熱量との差の大きさである。この差を食料
廃棄量の大きさと見ることも出来よう。勿論、
8
総務省統計局『家計調査年報』 平成 18 年。
9
Collier, P., The Bottom Billion : Why the Poorest
Countries are Failing and What Can Be Done About
It. 中谷 和男 訳『最底辺の 10 億人』 2008 年、日
経 BP 社、 東京。
-46-
国際農林業協力
Vol.32 №1
2009
ます複雑化する世界経済から脱落し、事実上
見るべき成果は挙がっていないようである。
14 世紀と同じ状況下に取り残されているの
総人口の増加を反映して、過去 10 年間に栄養
がその 10 億人である、と。また、開発に取り
不足人口の総人口に対する比率が低下してい
残されたこの最底辺の 10 億人の国々の状況
るとは言え、
その絶対数は基準年次の水準 8.2
を開発途上諸国の平均値と比較すると、平均
億人を維持したままというのが現状であるが、
寿命は開発途上諸国平均の 67 歳に対して 50
地域的に見れば、栄養不足人口の絶対数は東
歳、5 歳未満幼児の死亡率は 4%に対して 14%、
南アジアや中南米で減少している一方で、中
慢性的栄養失調児の割合は 20%にたいして
近東、アフリカおよび南アジアでの増加、と
36%、となっているという。更には、開発に
くに中近東、アフリカでの増加傾向が著しい。
失敗した最底辺の国々のこの貧窮化した 10
また、2015 年の人口の予測値と目標値を比
億人をこのまま放置しておけば、彼らは今後
較してみると、東および東南アジアを除いて
20 年間も世界経済から取り残され、窮乏と不
は、いずれの地域でも栄養不足人口の削減目
満のゲットー的状況を形作ることになるだろ
標を達成することは困難と見做されており、
う、と断定しているのである。
中近東およびアフリカでは、2015 年にはそれ
わが国のみならず先進的な諸国では、平均
ぞれ目標値の 3.0 倍、2.1 倍もの栄養不足人口
的には 1 人 1 日当たりの食物エネルギー摂取
を数えることになると見られている。とくに
必要量が充足されていると見られるのに対し
開発途上世界人口の 13%の人口を擁するサ
て、 開発途上諸地域での‘飢餓の解消’への
ブ・サハラ・アフリカでは、2001—03 年現在
途は甚だ険しいようである。1996 年にローマ
その人口の約 3 分の 1(開発途上諸国人口全
で開催された世界食料サミット(World Food
体の 17%)に相当する人々が慢性的な食料不
Summit : WFS)では、
‘開発途上世界の栄養不
足に悩んでおり、その数は開発途上諸国全体
足人口を基準年次(1990−92 年)の 8.2 億人
の栄養不足人口の 4 分の 1 に相当し、2015 年
から 2015 年までに 4.1 億人へと半減させる’
にはその割合は 3 分の 1 にまで増大するもの
と宣言したが、10 年余りを経過した現在でも
と予測されている(表 II—2)。
表 II—2. 開発途上地域の栄養不足人口
栄養不足人口(100 万人)
1990—92
2001—03
823
820
東・東南アジア
277
南
ア
開発途上地域
ア
ジ
2015
栄養不足人口比率(%)
1990—92
2001—03
2015
582 (412)
20.3
16.8
10.1
225
123 (139)
16.5
11.9
5.8
291
299
203 (146)
25.6
21.5
12.1
中
南
米
60
52
41 ( 30)
13.4
9.9
6.6
中
近
東
24
38
36 ( 12)
7.6
9.2
7.0
カ
170
206
179 ( 85)
35.7
32.5
21.3
ア
フ
リ
出典:FAO, The State of Food Insecurity 2006,
Rome.
注:1)2015 年は予測値、予測の基準年次は 1999−2001 年、一部の小国は予測に含まれていない。
2)2015 年( )内は目標値。
-47-
世界銀行(The World Bank)の『2008 年版
48 ヵ国のうちの 71%、34 ヵ国が LIC に数え
世界開発報告』(World Development Report
られている。これらの数値からも、サブ・サ
2008) は、全世界で 149 を数える開発途上国
ハラ・アフリカの 7.7 億人(2006 現在)の人々
を、53 の低所得国(Low Income Countries :
が所謂‘Bottom Billion’の主体を形成している
LIC)、55 の下位中所得国(Lower Middle Income
と言っても良いであろう。
(つづく)
Countries : LMC)、41 の上位中所得国(Upper
Middle Income Countries : UMC)に分類してい
るが、開発途上諸国全体では 35%が LIC であ
(前(財)食料・農業政策研究センター 理事長)
るのに対して、サブ・サハラ・アフリカの
-48-
南
風
東
風
身近な材料でクールアース
高
畑
恒
雄
•
日本では暑い季節になると、軒先に葭簾(ヨ
スダレは縁側や軒に吊して使うのに対し、
シズ)を掛けたり、簾(スダレ)を掛けたり
ヨシズは縦に壁に立て掛けて使う。ヨシズを
して少しでも涼しく過ごす工夫をしている。
使うことで外気温が下がるわけではないが、
日本はいにしえには豊葦原の国と呼ばれてい
壁に直射日光の当たるのを防ぐ。この為に壁
た。アシ(葦)の茂る湿地を持った豊かな国
から室内への放射熱が減って、室温の上昇を
だったのだろう。爾来、水生植物は私たちの
が防げる効果がある。また、風が通ることで
生活に深く関わって来たことだろう。ところ
発汗が進み、体感温度が下がるというわけだ。
で、アシとヨシ実は同じ植物なのをご存じだ
ろうか。アシの音が「悪し」に聞こえること
からヨシ(善し)と呼ぶようになったとか。
ちなみに、なにかの良否を表現するときに『善
ヨシズ
し悪し』と書く事が有るが、本来は『葭葦』
と書くところが転じたそうだ。「どう言い換え
ても中身は同じ」程の意味だろう。
壁が暑くならず、
さて、今年の調査でガーナに行ったが、年
ヨシズが、日射しを跳ね返
間を通じて陽射しが強く暑い地域が多い。金
し、壁との間の空気温度上
昇が抑えられる
室内温度の上昇
が抑えられる
持ち連中は西欧式のブラインドを掛けている
が、農村部に入ると日除け自体を見ることが
図1
日よけ効果
少ない。せいぜいゴザの類を下げている程度
だが、これでは風が抜けてこないので、これ
もう一つヨシズの良い点は、材料代が安い
また暑い。この点、スダレはヨシや竹の間隔
こと。そして多少の慣れは必要だが、大した
が適度に開いていて、遮光と風通しの両方が
道具なしで作ることが出来る。
得られるのが良い。更に冷涼感が得られるの
がヨシズだ。現地でヨシを使った魚取りの梁
用意する物
をみて、ヨシズを使った「クールアフリカ」
編むための道具類
と言うのを思いついた。
イ.編具:編みたい長さの丸棒か角材1本
ロ.鎌、剪定バサミ、木か竹製ヘラ
TAKAHATA Thuneo : Cool Earth with Eco-Friendly
Materials
-49-
ハ.作業台:机でも良い
ヨシズと壁の間に空気の層に寄って、冷たい
編む材料
ホ.ヨシズ両端用の少し丈夫な細棒2本。
外気が直接壁や窓に触れなくなり、窓際の冷
たさが緩和される。
材料は木・竹でもなんでも良い。
へ.編み紐:たこ糸 1.5m を8本。
ト.ヨシ:60 本
ヨシズ
作業:編み具を机等に固定(ガムテープで良
い)し、細棒の4~6箇所に編み紐を2本ず
つ固結びし、向こうとこっちに分けておく。
紐の先端には重しとして石などを巻き付けて
ヨシズにより、冷気が直接壁
おく。
に当たるのを防ぎ、間の空気
細棒の上にヨシを乗せたら、向こうの紐を
層が窓への冷気を抑える
こっちに引き、こっちの紐を向こうに落とす。
窓での温度交換
が減少し、暖房
効果が向上する
する
図 2 断熱効果
次のヨシを置いて、同じ動作を希望の長さま
で繰り返し、最後に細棒を縛って出来上がり。
そして、ヨシズは使えなくなったら、鋤込
不揃いの両端を剪定バサミで切り揃える。
慣れるまではややこしいが、やってみると
んで肥料としても良いし、放っておいても自
意外と面白い。各地の自治体などが体験会を
然に帰るだけ、環境負荷が少ない。ヨシの群
開いているので、一度家族で参加してはどう
落は水質浄化によいとされている。経済的で
だろうか。材料はヨシに限らず、まっすぐな
地球にやさしいヨシズをアフリカに普及して
材料なら何でも良い。ススキやオギ等野原に
クール・アフリカを。皆さんも実践して、途
生えている植物で試してみよう。日本国内で
上国での協力活動を快適に過ごすと共に、地
はヨシ原は減ってしまったが、河川敷に行け
元の人にも使って貰ってはどうだろうか。
ばそれらしい植物を見ることができる。
熱帯地域では縁がない話だが、ヨシズは寒
冷地の寒さ対策にも効果がある。立て掛けた
-50-
((社)国際農林業協働協会 業務第 2 部長)
書評
Bees and their role in forest livelihoods. A guide to the services provided
by bees and the sustainable harvesting, processing and marketing of their
products (Non-Wood Forest Products 19)
Bradbear,Nicola
FAO(Roma),2009,194pp
ISSN 1020-3370
本書は、同じ FAO(国際連合食糧農業機関)が刊行する Agricultural
Services Bulletin(農業サービス叢書)シリーズとして刊行された 2 冊
1
の養蜂ガイド、“Beekeeping in Asia(アジアの養蜂)
”(Akratanakul, 1986)
と“Beekeeping in Africa2(アフリカの養蜂)”(Adjare, 1990)、および養
蜂生産物について扱った“Value-added products from beekeeping3(養蜂
における付加価値生産物)”(Krell, 1996)との比較でその意義を見いだ
しやすい。とりわけ比較対象となるのは 409 ページもの大著ながらイ
ンターネット経由でのダウンロードが可能であり、私自身、国内外の
開発支援団体などから養蜂振興の可能性について相談があるたびに勧
めてきた Krell(クレル)の一冊である。その中では多様な養蜂生産物
を、開発事業の中で製品化することによって、生産者にとっての換金性を向上させ、地域の持
続可能な発展への寄与性が高いという点に主眼が置かれ、すでに養蜂振興を実施しているか、
導入を計画している開発事業において、得られた生産物をどのように製品化し、市場開発につ
なげていくかという場合に、大変よい参考書となっていた。
掲題の本書はこれとは異なり Non-Wood Forest Products(非木材林産物)シリーズに含まれ
る。FAO の林業部が 1991 年に始めた Promotion and Development of Non-Wood Forest Products
(非木材林産物の普及と開発)事業において、ハチミツは主要な NWFP として扱われ、例えば
同じシリーズの 15 巻、“Non-wood forest products from temperate broad-leaved trees4(温帯広葉
樹林における非木材林産物)”(Ciesla, 2002)でも、ほんの数ページだが、ハチミツや蜜源樹種へ
の言及はみられる。
しかし、本書は、生産物に関しては、ハチミツとミツロウについての必要最低限の説明にと
どめ、他は用語の解説だけとなっている。ハチミツの位置づけを再確認しようとも、また養蜂
の技術論的助言を試みようともしていない。本書を執筆したのは、養蜂振興に関する情報収集・
広報を得意とする民間の国際情報センターである Bees for Development(開発のためのミツバ
1
2
3
4
http://www.fao.org/docrep/x0083e/x0083e00.htm
http://www.fao.org/docrep/t0104e/t0104e00.htm
http://www.fao.org/docrep/w0076e/w0076e00.htm
http://www.fao.org/docrep/005/y4351e/y4351e00.htm
-51-
チ)の主宰者で、国際的な養蜂組織、Apimondia(アピモンディア)の「村落開発のための養蜂」
委員会の委員長も務める Nicola Bradbear(ニコラ・ブラッドベア)である。自身の豊富な海外
経験を背景に、養蜂技術よりも、まずはミツバチの重要性を強調している。特に生態系の中で
ミツバチが果たしている役割と、したがって人を含めた環境の中で養蜂を行うことの意義、さ
らに森林の管理・保全における養蜂の位置づけについて、それぞれ 1 章ずつを割いて、ミツバ
チの役割を強く訴えている。Bradbear がアジアも含めた広域の養蜂事情に詳しく、持続的な発
展のために、各地の土着ミツバチの利用を提唱していることもあって、
「近代養蜂技術=善」と
いうような短絡な帰結はなく、伝統的な養蜂も見直すべきという原則論が貫かれる。また Krell
がまったく触れなかった花粉媒介に関しても 1 章を充て、その中で特に途上国で問題となりや
すい農薬被害にも言及している。
各章の本文は、文字も大きめで、平易な英語で書かれ、さらに、現場向けのアドバイスなど
は箇条書き、必要な用語説明はボックス記事として挿入するなど、誰にも読みやすい工夫がさ
れている。また実際の現場の声としての報告が各章のケーススタディとして寄せられている。
これが本書のポリシーに沿った事例となっていて、なるほどこうして実現できるのかと、それ
ぞれ納得がいきやすい事例集になっている。巻末の資料集も、データ類はやや古いものもある
が、この 1 冊で養蜂振興に必要な情報が一通りそろう配慮がなされている。
しかし、内容以外の部分で、いくつかの不満もある。本書は A4版のソフトカバー本で、書
棚では自立しないし、持ち歩きにはやや大きい。書籍中央に挿入された 12 ページ、144 枚に及
ぶカラー図版は魅力的なレイアウトだが、説明が少なく、本文と連動していない。内容に合わ
せて多数挿入されているケーススタディは、その重要性を本文と際立てたいという意図とは裏
腹に淡いグレーで印刷されており、読みにくく感じられる。この点は大変惜しい。
本書は養蜂の技術的なハンドブックを目指していないので、その点で、事業の開始点に立っ
て、これから養蜂技術を学ぼうという立場では、うまく役立てられないかも知れない。しかし、
養蜂技術は各地に適応して成立すべきものであり、この書籍には、その開始点をどこに設ける
べきかのヒントが隠れていると思われる。副題が示すように、本書の想定されている読者は、
養蜂振興事業におけるポリシーメーカーから現地のファシリテーターまでであり、こうした関
係者にはぜひ読んで、使って欲しい、養蜂振興の方法論をきちんと展開した参考書となってい
る。
なお、本書は、FAO の以下の web サイトから全文ダウンロード可能となっている。
http://www.fao.org/docrep/012/i0842e/i0842e00.htm
(玉川大学ミツバチ科学研究センター
-52-
中村 純)
入館無料 要予約
FAO 寄 託 図 書 館 の 御 案 内
18年4月1日よりFAO日本事務所内(横浜)に
(社)国際農林業協働協会(JAICAF)が運営しています。
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バンク」といわれており、毎年多くの資料を発行しています。
FAO 寄託図書館では、それらの資料を誰でも自由にご利用
いただけるよう一般公開していますので、どうぞお気軽にお立
ち寄りください
■開館時間
10:00~12:30/13:30~17:00
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土曜日、日曜日、祝祭日、年末年始
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(www.jaicaf.or.jp 「目録検索」より)
・レファレンスサービス
(電話、E-mail でも受け付けています)
・複写サービス(有料)
■主な所蔵資料
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・FAO 各種会議・委員会資料
・The State of Food and Agriculture
(世界食料農業白書)
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・FAO シリーズ各種(灌漑、林業、漁業、畜産など)
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(A 会員)
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賛助会員 B
(B 会員)
個人
賛助会 C
(C 会員)
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○
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○
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○
○
―
○
世界の農林水産(年4回)
○
―
○
○
FAO Newsletter(年 12 回)
○
―
○
○
その他刊行物
(カントリーレポート、
世界食料農業白書*、
世界の食料不安の現状*)
○
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―
―
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(東京農業大学国際食料情報学部教授)
Vol.32 No.2
国際農林業協力
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通巻第 155 号
平成 22 年1月 30 日
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