2016年度 給付奨学生特別入試 筆記試験問題 小論文 次の文章を読ん

2016年度
給付奨学生特別入試
筆記試験問題
小論文
次の文章を読んで、後の設問に答えなさい。
「まず、児童虐待の問題を取り上げましょう。この問題に取り組むためには、無縁
社会と同様に、やはり道徳性や共通性、コミュニティといった要素が必要であること
は明らかでしょう。そこでここでは、先ほどコミュニティの崩壊ないし衰退の問題を
考えましたけれども、「小さな子どもが虐待をされているのに気づかれずに放置され
ている」という例を考えてみましょう。最近(2010年7月)、ショッキングな事
件がありましたよね。若いお母さんがはじめは子どもを熱心に育てていたけれども、
途中から遊びの方に熱中してしまい、2人の子どもを放置して死なせてしまった、と
いうのですね。他にも、「親がパチンコをしていて、子どもが駐車場の車で長時間放
置されて死んだ」とか、「子どもがゴミ屋敷のようなところに置き去りにされていて
死んだ」とかいうような事件が次々と起こっています。親自身が貧困な環境で愛情の
欠乏した育ち方をしたといったような問題がある場合も少なくはないですけれども、
親の道徳性・精神性という問題も看過はできません。こういう児童虐待事件は、昔だ
ったら家族とかコミュニティの絆が強かったから、なんとかそれで食い止めたと思え
るけれども、今ではみんなが気がつかないで深刻な事態になってしまったわけですね。
そこで仮に、隣家で児童虐待のような子どものかわいそうな泣き声が聞こえたとし
ましょう。「可哀想だな、危ないな」と思って、はじめは隣の人に少し言ってみたけ
れども、聞く耳を持たないという感じで、全く様子が変わらないとします。そして、
公的機関に通報したのだが、通報しても何も動いてくれない。そうしている内に、毎
出典からの文章
日どんどん泣き声が激しくなったり、もう死にそうに思えるような声に弱ってきてい
て、子ども自身が外部に助けを求めているように聞こえる。そういう風になってきて、
(著作権の関係により、ここでの掲載は差し控えます。)
「このままにしておくと死んでしまうのではないか」と思ったら、皆さんはどうしま
すか。そして、最後の手段として、親がいないときに窓ガラスを破るなどして強引に
入り込んで家の様子を見て、子どもの状態を調べなければならないと思って、それを
実行した。こういうことを仮定の例として考えてみましょう。結果としては、2つの
可能性があります。
ひとつは、実際はそんなにひどい虐待ではなかった、という場合です。親が子ども
を厳しく折檻をしていて、子どもが激しく泣いていたようだったけれども、実際に家
の中に入ってみたら子どもは死ぬ様子ではなくて、一応は普通に育っていた。そして、
その親からは後で、勝手に人の家の窓を破って侵入してきたことを抗議され、警察に
通報されたり、住居侵入罪で訴えられる。こういう危険が一方ではあります。
他方で、本当にもう死ぬかもしれない直前の子どもを発見する、という場合もあり
ます。それを通報して、人命救助を行った。あと1日発見が遅れたら、この子たちは
死んでいたかもしれない。そこで、あとでは人命救助で人々に称えられる。こういう
可能性です。」
(中略)
「では、この隣家の事件と似た実際の問題として、グリーンピースの鯨肉横領告発
問題を考えてみましょう。鯨の肉をとるということは今日世界的に禁止される方向に
あって、今、調査捕鯨だけが認められています。その調査捕鯨で得られる肉の一部が
横流しされていて横領されているのじゃないか、という疑惑が生まれました。グリー
1
ンピースは世界的に有名なラディカルな環境団体です。その日本のグループ(グリー
ンピース・ジャパン)が、内部告発を受けて、それを証明しようとして、調査捕鯨船
・日新丸の乗組員が送った個人の荷物の一つを宅配便運送会社の配送所から盗み出し
ました。
そして、”横領の証拠を見つけた”として、彼らは東京地方検察庁に行って告発し
たのです(2008年5月15日)。けれども、逆に彼らは逮捕されて26日間も勾
留を受けた後で2008年7月11日に窃盗・建造物侵入罪で青森地裁に起訴されま
した。
最近、青森地裁の1審で有罪判決が出て、懲役1年、執行猶予3年とされました(2
出典からの文章
010年9月6日)。さあ、これをどう見るか。被告のグリーンピース側は、個人が
公共の利益のために不正を明らかにする調査や告発だから、この判決は国際人権B規
(著作権の関係により、ここでの掲載は差し控えます。)
約によって保証されている自由権(ジャーナリストなどに保障されている「表現の自
由」や「知る権利」)を脅かすものだ、と主張しています。欧州人権裁判所の判例で
は、報道機関やNGOが形式的な犯罪行為を行っても、不正の調査などのように、民
主主義に必要な「一般的な公共的利益」に関する問題についての議論に貢献できる場
合には、「表現の自由」の保障が及ぶべきで処罰にはあたらない、というのです。肝
心の横領について、横領した側は何もとがめられなくて、自分たちだけが有罪にされ
たのはおかしいのではないか。こういうように被告側は主張しています。
そこで、「果たしてこの人たちが本当に不正義かどうか、有罪判決は妥当かどうか」
という問題を考えてみましょう。
これにも、先ほどと同じような2つの可能性があります。」
小林正弥『日本版白熱教室
サンデルにならって正義を考えよう』(文藝春秋、
2011年)203~205頁、214~215頁
(設問1)
最後の下線の部分について、同じような2つの可能性とは、どのような可能性なの
か説明しなさい。(30点)
(設問2)
最初の下線の部分について、隣家の事件と似ているとは、どのように似ているとい
うのか、両者に共通する論点がどのようなものかについて説明しなさい。(20点)
(設問3)
前段と後段の両者の問題を整理して、隣家の案件では結果として本当に死ぬかもし
れない直前の子供を発見した場合と、鯨肉横領告発の案件では結果として本当に横領
の証拠を見つけた場合を前提として検討することとする。その評価については見解の
対立が予想される。いずれの案件においても許されないという立場や、いずれの案件
とも許されるべきであるという立場のほか、一方は許されるが一方は許されるべきで
はないという「折衷的立場」も考えられる。
そこで、その折衷的な立場を取った場合には、どのように考えることになるかにつ
いて論じなさい。(50点)
以上
2