定期レポートのサンプル

2011.1
J S S
M O N T H L Y
R E P O R T
(1月号の項目とその要旨)
特 集
【米国】
米国】 「全米の『暴力犯罪』が3年連続で減少」
(本文 1頁)
「米連邦捜査局(FBI)
」の犯罪統計によると、2009年の全米における「暴力犯
罪(殺人、強姦、強盗、加重傷害)
」の発生件数は前年比5.3%減と3年連続で、
「財
産犯罪(侵入盗、自動車盗、その他の窃盗)
」のそれは4.6%減と7年連続でそれぞ
れ減少した。さらに2010年中もロサンゼルスやシカゴなどの多くの大都市で、殺
人をはじめとする凶悪犯罪が減少したが、ニューヨークでは逆に増加した。
昨今の景気後退にも拘らず犯罪が減少し続けている要因については、高齢化の
進展、刑務所収容能力の向上、警察の治安維持能力の向上、失業手当等のセーフ
ティネットの充実によって不景気の影響がこれまで比較的抑えられてきたことな
どが指摘されている。
Ⅰ 世界の治安情勢
(1) 【中国】
『春運期間』の犯罪多発に注意」
中国】 「
(本文 9頁)
中国では毎年、春節の前後に大学生や民工などの帰省と離郷による民族大移動
が生じる。この期間は「春運期間」と呼ばれ、例年、窃盗をはじめとする犯罪が
多発するため、外出時や各種交通機関を利用する際には、特に注意が必要である。
(2) 【マレーシア】
マレーシア】 「治安改善の途上で多発する自動車盗」
(本文 14頁)
マレーシアの治安は、2008年頃に悪化のピークを迎えて以降、政府の包括的対
策が奏功して回復基調にあるが、まだ国民が実感できるほどには改善していない。
そうした中で、外国ブランドの高級車を狙った自動車盗が大都市を中心に多発し
ており、日本車の被害も目立っている。
近年では、車に搭載されているイモビライザーなどの電子防犯装置が破られて
易々と盗まれるケースが増加しているので、車の防犯対策もハイテクとローテク、
およびハード面とソフト面を組み合わせた複合的な対策を講じることが必須とな
っている。
JSS Monthly Report
January 2011
Ⅱ 世界のテロ情勢
(1) 【フィリピン】
フィリピン】 「反政府勢力への融和路線を打ち出したアキノ政権」
(本文 21頁)
アキノ大統領は、国内の3大反政府武装勢力である「新人民軍(NPA)
」
、
「モロ・
イスラム解放戦線(MILF)
」
、
「アブ・サヤフ」に対するこれまでの軍事作戦の成
果を踏まえ、2011年からは「バヤニハン計画」と称する、宥和政策に比重を置い
た包括的な対策を打ち出している。
しかし、アロヨ前政権も発足当初は対話姿勢による宥和政策を掲げながら、後
に軍事作戦中心の強硬策に転じていることから、アキノ政権が軍部の強硬派など
に抗して宥和姿勢を維持できるかどうかは予断を許さない。
(2) 【ナイジェリア】
ナイジェリア】 「産油地帯で反政府武装勢力の攻勢が再度激化」
(本文 27頁)
政府が治安悪化の続く産油地帯問題を打開する切り札として2009年から始
めた武装勢力への恩赦政策は、和平交渉の停滞とその後の武装勢力による攻撃再
開によって破綻し、政府は同政策の中断を余儀なくされた。
産油地帯では石油産業への攻撃や外国人誘拐が再び続発しているほか、先鋭化
した武装勢力による爆弾テロも発生するなど、混乱が広がっている。
加えて来る4月には大統領選挙および総選挙が予定されているが、武装勢力と結
託して治安悪化を演出する政治家もおり、選挙戦の本格化に向けて情勢のさらな
る悪化が懸念されている。
Ⅲ 世界の大衆運動
【ロシア】
ロシア】 「若年層の間に広がるネオナチ思想」
(本文 32頁)
ロシアでは、拡大の一途をたどる経済格差と閉塞感を背景に、ネオナチグルー
プが勢力拡大や、さらには次世代要員を確保するため、若年層への浸透と取り込
みを進めている。
去る12月6日には、首都モスクワ市内北部のバス停でサッカーチームサポータ
ーのスラブ系男性が、些細なことでカフカス系移民の男に射殺された事件を切っ
掛けに、2週間以上にわたり、モスクワなど主要都市でサッカーサポーターやネオ
ナチグループによる抗議集会や騒乱が続発したが、これらの騒ぎには進学や就職
の機会に恵まれず、将来への希望を失った高校生らが多数参加していた。
別添資料
「記念日・行事予定等一覧表」(2011/1/20~2/28)
JSS Monthly Report
January 2011
も
特
く
集
じ
【米国】
米国】
「全米の『暴力犯罪』が3年連続で減少」 ................................ 1
Ⅰ
世界の治安情勢
1 【中国】
中国】 「春運期間」の犯罪多発に注意 .................................................... 9
2 【マレーシア】
マレーシア】 治安改善の途上で多発する自動車盗 ................................ 14
Ⅱ
世界のテロ情勢
1 【フィリピン】
フィリピン】 反政府勢力への宥和路線を打ち出したアキノ政権........... 21
2 【ナイジェリア】
ナイジェリア】 産油地帯で反政府勢力の攻勢が再度激化 ..................... 27
Ⅲ
世界の大衆運動
【ロシア】
ロシア】 若年層の間に広がるネオナチ思想 ........................................... 32
別添資料
「記念日・行事予定等一覧表」(2011/1/20~2/28)
JSS Monthly Report
January 2011
< USA>
USA >
特集
特
集
【米国】
米国】 ~ 全米の「暴力犯罪」が3年連続で減少 ~
「暴力犯罪」が3年連続で、
「財産犯罪」が7年連続でいずれも減少
2010年9月13日、「米連邦捜査局(FBI)」は全米1万7,985の法執行機関からの報告
に基づく2009年の犯罪統計を公表した。
統計によると、全米の「暴力犯罪(殺人、強姦、強盗、加重傷害)」
(注)の発生件
数は前年比5.3%減の131万8,398件であり、3年連続で減少した。
「暴力犯罪」の発生率(人口10万人当たりの発生件数)は429.4件であった。
「暴力犯罪」の発生率が全米50州中で最も高かったのは、ネバダ州(702.2件)で
あり、次いでサウスカロライナ州(670.8件)、テネシー州(667.7件)
、デラウェア州
(636.6件)
、アラスカ州(633.0件)などであった。
ちなみに米国では、“殺人が35分に1件”、“強姦が6分に1件”、“強盗が1分に1件”、
“加重傷害が39分に1件”の割合で発生している。
(注) 加重傷害:重大な結果をもたらした傷害事件、もしくは重大な結果をもたらしかね
ない態様の傷害事件(例:凶器使用等)である。
過去12年間の全米における暴力犯罪発生率の推移
400
361.4
334.3
350
人
口
1
0
万
人
当
た
り
の
発
生
件
数
324.0
318.6
309.5
295.4
300
292.6
290.8
288.6
287.4
276.7
262.8
250
200
165.5
150.1
150
145.0
148.5 146.1
142.5
136.7
140.8 150.6
148.4 145.7
133.0
100
50 34.5
32.8
32.0
31.8
33.1
32.3
32.4
31.8
31.7
30.5
29.7
28.7
6.3
5.7
5.5
5.6
5.6
5.7
5.5
5.6
5.8
5.7
5.4
5.0
0
1998
1999
2000
2001
殺人
2002
強姦
2003
2004
強盗
2005
加重傷害
-1JSS Monthly Report
January 2011
2006
2007
2008
2009
< USA>
USA >
特集
一方、「財産犯罪(侵入盗、自動車盗、その他の窃盗)」の発生件数は、前年比4.6%
減の932万971件であり、7年連続で減少した。
「財産犯罪」の発生率は3,036.1件であった。
「財産犯罪」の発生率が全米50州中で最も高かったのは、テキサス州の4,015.5件で
あり、次いでサウスカロライナ州の3,888.6件、フロリダ州の3,840.8件、ルイジアナ
州の3,794.6件などであった。
(1) 殺人
2009年に全米で発生した殺人事件は、前年比7.3%減の1万5,241件であり、3年
連続で減少した。強盗殺人は前年比8.7%減の849件であった。殺人の発生率は5.0
件となっている。
殺人の被害者を性別で見ると77.0%が男性であったほか、人種別では48.2%が
白人、48.1%が黒人と両者の比率が拮抗している。また加害者を人種別で見ると、
黒人が37.4%、白人が33.5%、その他が1.6%、不明が27.5%であった。
殺人の凶器は、銃器が全体の67.1%を占めており、銃器全体のうち70.5%が拳
銃であった。
[ 2009年の人口25万人以上の都市別殺人発生率ワースト10 ]
順位
1位
2位
3位
4位
5位
6位
7位
8位
9位
10位
都市名
ルイジアナ州ニューオーリンズ
ミズーリ州セントルイス
ミシガン州デトロイト
メリーランド州ボルティモア
ニュージャージー州ニューアーク
カリフォルニア州オークランド
ワシントンDC
ニューヨーク州バッファロー
ミズーリ州カンザスシティ
オハイオ州クリーブランド
2009年の殺人発生率
51.7件
40.3件
40.2件
37.3件
28.7件
25.7件
23.8件
22.3件
20.6件
20.0件
(2) 強姦
2009年に全米で発生した強姦事件は、前年比2.6%減の8万8,097件であり、3年
連続で減少した。強姦の発生率は28.7件となっている。
ちなみに女性人口に限った強姦発生率は56.6件であり、前年の58.6件よりも減
少した。
-2JSS Monthly Report
January 2011
< USA>
USA >
特集
[ 2009年の人口25万人以上の都市別強姦発生率ワースト10 ]
順位
1位
2位
3位
4位
5位
6位
7位
8位
9位
10位
都市名
ミネソタ州ミネアポリス
アラスカ州アンカレッジ
オハイオ州クリーブランド
コロラド州コロラドスプリングス
カリフォルニア州オークランド
オハイオ州コロンブス
テキサス州コーパスクリスティ
オハイオ州シンシナティ
ミズーリ州セントルイス
カンザス州ウィチタ
2009年の強姦発生率
107.9 件
99.5 件
86.9 件
85.7 件
80.6 件
75.6 件
73.7 件
70.5 件
70.4 件
69.1 件
(3) 強盗
2009年に全米で発生した強盗事件は、前年比8.0%減の40万8,217件であり、3
年連続で減少した。強盗の発生率は133.0件となっている。
発生場所別では、街頭や高速道路が全体の42.8%を占めて最も多かった。
銃器使用の強盗事件が42.6%と最も多く、次いで素手での犯行が41.1%であっ
た。
2009年の強盗事件による推定被害総額は5億800万米ドルに上った。
[ 2009年の人口25万人以上の都市別強盗発生率ワースト10 ]
順位
1位
2位
3位
4位
5位
6位
7位
8位
9位
10位
都市名
オハイオ州クリーブランド
ミズーリ州セントルイス
カリフォルニア州オークランド
オハイオ州シンシナティ
ワシントンDC
ミシガン州デトロイト
テネシー州メンフィス
ニューヨーク州バッファロー
ペンシルベニア州フィラデルフィア
メリーランド州ボルティモア
2009年の強盗発生率
828.2 件
766.0 件
716.3 件
681.1 件
666.7 件
650.9 件
620.1 件
609.0 件
583.9 件
580.3 件
(4) 加重傷害
2009年に全米で発生した加重傷害事件は、前年比4.2%減の80万6,843件であり、
3年連続で減少した。加重傷害の発生率は262.8件となっている。
加重傷害で使用された凶器は、素手が26.9%、銃器が20.9%、刃物が18.7%、そ
-3JSS Monthly Report
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特集
の他が33.5%であった。
[ 2009年の人口25万人以上の都市別加重傷害発生率ワースト10 ]
順位
1位
2位
3位
4位
5位
6位
7位
8位
9位
10位
都市名
ミシガン州デトロイト
ミズーリ州セントルイス
テネシー州メンフィス
メリーランド州ボルティモア
カリフォルニア州オークランド
ミズーリ州カンザスシティ
カリフォルニア州ストックトン
ニューヨーク州バッファロー
テネシー州ナッシュビル
オクラホマ州タルサ
2009年の加重傷害発生率
1,238.9 件
1,193.4 件
1,109.0 件
870.6 件
856.5 件
816.4 件
797.0 件
775.3 件
761.9 件
742.1 件
(5) 侵入盗
2009年に全米で発生した侵入盗事件は、前年比1.3%減の219万9,125件であっ
た。侵入盗の発生率は716.3件となっている。
対象別では住居が72.6%を占めており、住居への侵入盗の51.3%が日中に、そ
の他の対象(店舗、事務所等)への侵入盗の42.2%が夜間にそれぞれ発生してい
る。
2009年の侵入盗事件による推定被害総額は46億米ドルに上った。
(6) 自動車盗
2009年に全米で発生した自動車盗事件は、前年比17.1%減の79万4,616件であ
り、6年連続で減少した上、2年連続で100万件を下回った。
自動車盗の発生率は258.8件となっている。
車種別では、全体の72.1%を乗用車が占めており、次いでトラックやバスが
17.2%、その他が10.8%であった。
2009年の自動車盗事件による推定被害総額は52億米ドルに上った。
(7) その他の窃盗
2009年に全米で発生した各種の窃盗(侵入盗と自動車盗を除く)事件は、前年
比4.0%減の632万7,230件であった。各種の窃盗発生率は2,060.9件となっている。
各種の窃盗事件の内訳では、車上狙いが27.3%と最も多く、次いで万引きが
18.1%、建物からの窃盗が11.1%、車の部品盗が9.0%、自転車盗が3.4%、ハンド
-4JSS Monthly Report
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特集
バッグのひったくりが0.5%、スリと自販機からの窃盗が各0.4%、その他が29.8%
であった。
2009年の各種の窃盗事件による推定被害総額は55億米ドル近くに上った。
(8) 放火
全米1万4,957の法執行機関からの報告に基づく2009年の放火事件は、前年比
10.8%減の5万8,871件であった。放火の発生率は21.3件となっている。
対象別では、全体の44.5%を建物が占めており、次いで稼動所有物(自動車な
ど)が28.4%、その他が27.1%となっており、建物の中では一戸建てが全体の47.5%
と最も多かった。
2010年中に多くの大都市で凶悪犯罪が減少、一部では増加も
FBIが12月20日に公表した2010年上半期の犯罪統計(暫定版)によると、全米の「暴
力犯罪(殺人、強姦、強盗、加重傷害)
」の発生件数が前年同期比6.2%減、
「財産犯罪
(侵入盗、自動車盗、その他の窃盗)
」が2.8%減といずれも引き続き減少傾向にある。
罪種別でも、殺人が前年同期比7.1%減、強姦が6.2%減、強盗が10.7%減、加重傷害
が3.9%減、侵入盗が1.4%減、自動車盗が9.7%減、その他の窃盗が2.3%減、放火が14.6%
減と全ての主要犯罪が減少した。
ただし全米4地域(北東部、南部、中西部、西部)別で見ると、北東部(注)だけは、
殺人が前年同期比5.7%増、強姦が1.1%増、加重傷害が2.4%増、侵入盗が3.9%増と一
部の犯罪が増加した。
(注) 北東部:ニュージャージー、ニューヨーク、ペンシルベニア、コネチカット、メイ
ン、マサチューセッツ、ニューハンプシャー、ロードアイランド、バーモントの各
州で構成される。
2008年9月のリーマン・ショック以降の景気後退にも拘らず犯罪が減少し続けてい
る要因について、一部の犯罪学者は、(1) 高齢化の進展、(2) 刑務所収容力の拡充(全
米の受刑者数は1977年比で5倍に増えて現在約160万人)、(3) クライムマッピング(注)
技術の進歩などによる警察の治安維持能力の向上、(4) 失業手当等のセーフティネッ
トの充実によって不景気の影響がこれまで比較的抑えられてきたことなどを指摘して
いる。
(注) クライムマッピング:
「地理情報システム(GIS)」を利用した地理的犯罪分析の手法
であり、ニューヨーク市警のウィリアム・ブラットン本部長(当時)が1994年に導
入し、その後フィラデルフィア、サンフランシスコ、ボストン、ロサンゼルスなど
-5JSS Monthly Report
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の市警が導入した「COMPSTAT」も、この手法を用いて犯罪情報をタイムリーに地
図データ化することなどによって、限られた人員の重点地域への迅速かつ効果的な
配置等を可能にした。
また、ニューヨークとロサンゼルスの警察本部長を歴任して両市の治安改善に大き
く貢献したウィリアム・ブラットン氏は、9.11米同時テロ後に法執行機関の人的・物
的資源が街頭犯罪対策からテロ対策へと重点をシフトしたにも拘らず全米で凶悪犯罪
が減少した要因として、「1980年代後半から1990年代前半にかけて、街頭での暴力を
煽ったクラック・コカインのような、米社会に“大変動”を惹き起こしかねない麻薬
禍がなくなった」と述べ、麻薬をめぐるギャング同士の抗争の沈静化を挙げた。
さらにブラットン氏は、「殺人などの凶悪犯罪がかつての件数に戻ることは二度と
ないと思う」と述べている。
各市警察の最新犯罪統計や現地報道などに基づく2010年の全米大都市の犯罪発生
状況は次のとおりであり、ロサンゼルスやシカゴなど多くの大都市で、殺人をはじめ
とする凶悪犯罪が減少したが、ニューヨークのように凶悪犯罪が増加に転じたケース
もあるので、今後も大都市における犯罪の減少傾向が続くのかどうかが注目される。
(1) ニューヨーク
同市の殺人発生件数は、1990年の2,245件から2009年の471件へと過去10年間
で79%減少したが、市警の犯罪統計(暫定版)によると、2010年の殺人発生件数
は前年比13.0%増の532件、強姦は27.1%増の1,377件、強盗は4.9%増の1万9,476
件、加重傷害は1.0%増の1万6,922件であり、凶悪犯罪が軒並み増加した。
(2) ロサンゼルス
同市の殺人発生件数もニューヨークと同様、1990年の983件から2009年の312
件へと過去10年間で68%減少した。市警の犯罪統計によると、2010年も引き続き
同市の殺人発生件数が前年比5.4%減の297件となり、1964年以降では同年に次い
で最低を記録したのをはじめ、強姦が4.1%減の789件、強盗が10.5%減の1万890
件、加重傷害が9,265件となるなど全ての主要犯罪が前年比で減少した。
(3) シカゴ
同市の殺人発生件数は、過去10年間で46%減少した。市警の犯罪統計(暫定版)
によると、2010年の同市の殺人発生件数が前年比5.4%減の435件と1965年以降で
は同年に次いで最低を記録したのをはじめ、性的暴行が9.1%減、強盗が11.2%減、
加重傷害が12.5%減となるなど、自動車盗が22.4%増であったことを除けば全て
-6JSS Monthly Report
January 2011
< USA>
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特集
の主要犯罪が減少した。
(4) ヒューストン
市警殺人課によると、2010年の同市の殺人発生件数(暫定値)は前年比7.0%
減の267件であり、5年連続で減少した。
(5) フィラデルフィア
市警の犯罪統計(暫定版)によると、2010年の同市の殺人発生件数は前年比1.3%
増の306件であったが、それでも2008年の331件や2007年の391件に比べて大幅に
減っている。2010年1月初めから12月26日時点までの同市の犯罪統計(暫定版)
によると、
「暴力犯罪」が前年同期比3.3%減の1万7,616件と減少した一方で、
「財
産犯罪」は3.6%増の5万6,453件であった。
(6) ラスベガス
同市を擁するクラーク郡のダグ・ジレスピー保安官は1月13日、2010年の同都
市圏警察の管轄地域における殺人発生件数が2005年比で24.3%減の115件であっ
たのをはじめ、性的暴行(16.8%増)を除く全ての主要犯罪が2005年比で減少し
たことを発表した。
(7) サンディエゴ
1月15日付の現地紙によると、2010年の同市の殺人発生件数は前年比29.3%減
の29件であり、1968年以降では同年に次いで最低を記録した。同市では特にギャ
ング絡みの殺人事件が2007年の28件から2010年には4件にまで減少した。
(8) ダラス
市警の犯罪統計によると、2010年の同市の主要犯罪発生件数は前年比10.2%減
の7万3,286件であり、過去7年間で36.1%減少した。また、「暴力犯罪」が過去9
年間で48.5%減少したほか、殺人が前年比10.8%減の148件と43年間で最低を記録
した。
強盗は前年比18.4%減の5,501件、自動車盗は19.8%減の1万455件であった。
(9) デトロイト
市警のラルフ・ゴドビーJr.本部長は1月7日、2010年の同市の主要犯罪発生件
数が前年比6.5%減となったことを発表した。これに先立って市警は1月4日、2010
年の殺人発生件数(暫定値)が前年比15.4%減の308件、強盗が11%減となったこ
となどを発表した。
-7JSS Monthly Report
January 2011
< USA>
USA >
特集
(10) サンフランシスコ
市警によると、2010年の同市の殺人発生件数は前年比11.1%増の50件(ただし、
2009年には市内の殺人が前年の96件から45件へと急減した)であったが、「暴力
犯罪」全体の発生件数は3%減の7,139件であった。
ちなみに周辺都市では、オークランドで2010年中の殺人発生件数が前年比
13.5%減の90件と2年連続で減少したほか、サンノゼでも20件と21年間で最低を
記録した。
-8JSS Monthly Report
January 2011
<CHINA>
Ⅰ 世界の治安情勢
1 【中国】
中国】 ~ 「春運期間」の犯罪多発に注意 ~
毎年恒例の大移動
中国では、春節(2011年は2月3日)の前15日、後25日を「春運期間(春節前後の運
輸期間。2011年は1月19日から2月27日)」と呼び、進学先や出稼ぎ先から帰省・離郷
する大学生や民工などによる“民族大移動”が起こる。
これは、地元出身の学生が30%、他の都市・農村出身の学生が70%を占めるという
中国の大学の実情や、出稼ぎに出ている農民が農村人口全体の47%前後に上ると言わ
れるなど、故郷を離れて暮らす者が多いためで、日本以上に家族、親族など一族を挙
げて年越しをする習慣が強く残る中国では、帰省による大移動が必然的に発生する。
2010年12月29日、「国家発展改革委員会(経済と社会の政策研究、経済のマクロ調
整などを行う部署)」は、2011年の春運期間に帰省や旅行などで交通機関を利用する
者が、前年比11.6%増の延べ28億5,300万人に上るという予測を明らかにした。内訳
は、バスや車などの利用者が11.6%増の25億5,600万人、鉄道利用者が12.5%増の2億
3,000万人、船舶利用者が6%増の3,500万人、航空機利用者が10.8%増の3,220万人で
ある。ちなみに、この数は、1人が列車やバスなどを乗り継いだ分を含むが、2009年
末の中国の人口13億3,474万人の2倍に匹敵する。
中国では、鉄道やバスの乗車券は、例外として優遇される大学生を除き、基本的に
は1週間前からしか発売されず、乗車地でしか購入することができない上、予約制で
はないため駅・バスターミナルや街中にあるチケット販売所では連日、長蛇の列がで
きる。目的地までの直通列車があれば良いが、乗継ぎが必要な場合、乗継地で次の目
的地までの乗車券を購入しなくてはならないため、満席などにより乗車券が買えずに
乗継地で、数日足止めされることも少なくない。
一方、大学生は優遇されており、一般発売より早く購入することができる上、乗継
乗車券および往復乗車券の購入も可能である。このため、帰省の流れとしては、まず
優遇されている大学生から移動が始まり、民工、家族連れと続いていくため、各種交
通機関では、およそ2週間にわたって大混雑が続く。
春運期間に多発する犯罪
中国では、
「春運期間に犯罪が多発する」ことは常識となっているが、その背景とし
-9JSS Monthly Report
January 2011
<CHINA>
Ⅰ 世界の治安情勢
て、十分な稼ぎを得られなかった民工や地方出身の失業者が、手っ取り早く帰省費用
を捻出するため各種犯罪に走りがちなこと、都市に残った者が、帰省した留守宅や休
業中の事務所・店舗を狙って侵入盗を働く例が増加することなどが挙げられる。
街中や各種交通機関では、人の往来が活発となるにも拘らず、犯罪を取り締まる公
安局員も交代で春節休みに入るために人員不足が生じ、
犯罪抑止力が大幅に低下する。
例年、春運期間には、次に挙げる手口の犯罪が多発しているため、普段以上の注意
が必要である。
(1) 街中で発生する犯罪
① 金融機関周辺での強盗、ひったくり
春節前には多額の現金を引き出す利用客が多いため、銀行やATMなど金融
機関の周辺で強盗やひったくりなどが増加する。
a. 銀行
窓口には、始業から行列が作られるが、列が解消されるまでの間(午前8
時30分から午後1時)に、この種の犯罪が多発している。
犯人は、バイクに乗って銀行の周辺で待機し、銀行内に潜入させている仲
間から携帯電話で連絡を受けると、標的とした被害者を人気の少ないところ
まで尾行した上で、ひったくりや強盗に及ぶのが常套手口である。
b. ATM
人通りの少ない場所にあるATMや、街頭に人が少ない時間帯を狙って、
ATM付近に待ち構え、利用者が現金を引き出した直後を狙って、バッグご
と奪い逃走する。
② 夜間に独り歩きをしている女性や老人を狙った強盗
犯人は目を付けた女性や老人を人気のない場所まで尾行した後、刃物を突き
つけるなどして金品を脅し取る。女性や老人が非力であるために標的としてい
るが、抵抗された場合、刃物で切りつけることも少なくなく、中には被害者が
殺害されたケースもある。
さらに、背後からいきなり金槌などの鈍器で頭部を強打して気を失わせ、金
品を奪う手口も散見される。
③ 商業施設や衣料品店、飲食店などでのスリ、置引き
この時期は百貨店やスーパーなど商業施設には、帰省土産や贈答品を購入す
-10JSS Monthly Report
January 2011
<CHINA>
Ⅰ 世界の治安情勢
る客で店内が混雑していることや、被害者が厚着であるために犯行に気付かれ
にくいなど、スリや置引き犯にとっては格好の機会となっている。
衣服店で服の試着をする際や飲食店で食事をする際に、何気なく足元に置い
たバッグなどを持ち去ったり、飲食店では椅子などにかけた上着のポケットか
ら財布などをすり取る。
④ 車内の荷物、バイクや自転車を狙った窃盗
駐車中の車を狙った車上狙いのほか、信号待ちなどで停車している1人乗り
の車に近づき、窓ガラスを叩いたり、タイヤを指差して運転手の注意を引き、
助手席に置いてある貴重品を持ち去る手口が確認されている。
また、駐輪・駐車中の自転車やバイクなどの荷台やカゴの荷物を盗んだり、
自転車やバイク自体を盗んでいくこともある。
⑤ 侵入盗
帰省して家を空ける家庭が多く、また事務所や店舗の多くが休業しているの
で、空き巣や店舗荒らしが増加する。
(2) 交通機関での犯罪
① 駅やバスターミナルなどでのスリ
春運期間中は、駅やバスターミナルなどに人が溢れるため、スリが多発する。
特に注意するべき場所は次のとおりである。
a. 駅の入口付近:行列に並んでいる者の財布や携帯電話が狙われる。
b. バスの乗降口:乗降時の混雑に紛れて財布などが狙われる。
c. 切符販売窓口:切符を買う際に無防備になっている者のポケットの財布、
腰につけた携帯電話、足元の荷物などが狙われる。
d. 待
合
室:鉄道駅やバスターミナルでは、列車やバスが到着するまで
乗降口やホームへ立入ることができないため、待合室は人
で溢れ返っており、人混みに紛れて財布などが狙われる。
公安部は、切符購入や入場時など列に並んでいる際に極端に身を近づけてく
る者に注意するよう呼びかけている。列車やバス車内では壁の衣装掛けに服を
掛けるふりをしながら、先にかかっている他の乗客の上着のポケットから金品
をすり取ることもある。
-11JSS Monthly Report
January 2011
<CHINA>
Ⅰ 世界の治安情勢
列車やバスの運行時、駅、バス停、バスターミナルに停車した際、堂々と他
の乗客の荷物を持ち逃げする手口の犯行も散見される。長距離バスにおいては、
バスに預ける荷物の中に人間を忍び込ませて、走行中に周囲の荷物から貴重品
を洗いざらい盗むケースも確認されている。
また、列車やバス車内では犯罪者が乗客に睡眠薬入りの飲食物を勧めて昏倒
させ、金品を奪う「昏睡強盗」も少なくない。
② 航空機内や空港での窃盗
生活水準の向上と格安航空会社の就航に伴い、航空機利用者が増えるととも
に航空機内や空港での窃盗も増加している。今年の春運期間の航空機利用者は、
5年前に比べると約1.8倍と予想されている。
航空会社を監督する民航局が主管する機内誌「民航報(2010年12月29日付)
」
では、航空機内での窃盗事件が増えている原因として、「搭乗の際に、セキュリ
ティチェックが行われるために安心して、防犯意識が薄れてしまっている」と
指摘している。
航空機内での被害報告件数は春節前が年間を通して一番多く、北京首都国際
空港公安分局によると、2010年の春節(2010年2月14日)前の1か月間に、同
局が通報を受けた窃盗被害件数は33件で、内訳は到着した航空機内で10件、北
京空港施設内で19件、空港着のシャトルバスで4件となっている。
a. 航空機内
3、4人組の犯人が、現金や電子機器を狙って犯行に及ぶ。犯人は、搭乗
前に目を付けた人物が、航空機内で棚へ手荷物を置いたり降ろしたりする
際に、数人で取り囲んで他人から見えないようにして、被害者のポケット
から財布を盗んだり、飛行中に棚へ置いた自分の手荷物から物を取るふり
をして、近くにある他人の手荷物からデジカメ、パソコン、携帯電話など
を盗み出している。
さらに、荷物を持った時、すぐに気づかれないよう、被害者の手荷物の
中に、抜き取った品物とほぼ同じ重さの雑誌などを入れるなどの細工をし
ていることが確認されている。
被害が多く報告されているのは、運賃が片道600元~700元(約7,500円
~8,800円)の国内中・短距離路線である。
-12JSS Monthly Report
January 2011
<CHINA>
Ⅰ 世界の治安情勢
b. 空港施設・シャトルバス
空港施設内での被害は、飲食店利用時の置引きや土産店での買物時のス
リ被害が多い。
空港と各地を結ぶシャトルバスでは、降車時にスーツケースなど預託手
荷物が持ち去られる被害が多い。
民航局公安局(機内での犯罪を管轄する部署)では、利用者に対して次のよう
な防犯上の注意を呼びかけている。
a. 空港や航空機内では、現金や貴重品を入れたカバンを必ず視野に入る位置
で管理すること。
b. 航空機内で被害が発覚すれば、早急に解決できる可能性があるため、航空
機を降りる際に、手回り品の確認を行うこと。
c. 航空機内で犯行に気が付き、犯人が判明している場合でも、直接犯人を指
摘すると暴れ出して機内が混乱に陥る可能性があるため、こういった場合
には、乗務員へ連絡すること。
-13JSS Monthly Report
January 2011
< MALAYSIA >
Ⅰ 世界の治安情勢
2 【マレーシア】
マレーシア】 ~ 治安改善の途上で多発する自動車盗 ~
治安対策が奏功して犯罪が減少
マレーシア連邦警察刑事局が1月4日付けで発表した同国における2010年の犯罪発
生状況によると、全国で年間を通じて発生した刑事事件の総件数は17万6,459件で、
2009年の20万3,930件から13.5%減少し、顕著な改善を見せた。
これは過去20年間で最大の減少率であるという。連邦警察は、「10%を超える減少
率を達成したことは犯罪防止・取締りにおける飛躍的な業績である」と自画自賛して
いる。
同発表では、罪種別の件数などの詳細なデータは示されなかったが、バクリ・ジニ
ン刑事局長によると、殺人、強姦、武装強盗、集団強盗、侵入強窃盗、自動車強窃盗
など凶悪犯罪の全ての罪種で発生件数が減少した。特にひったくりや路上強盗などの
街頭犯罪が約30%減少したことが総件数の大幅な減少に寄与した。
また、2010年の検挙率は45.5%であったが、この数値は2009年(47.4%)より僅か
ながら下回った。
バクリ局長は、
「街頭犯罪の大幅な減少には、ヒシャムディン・フセイン内相が陣頭
指揮して首都クアラルンプール(KL)およびペナン、ジョホール、セランゴール各州
の都市部で犯罪防止・摘発に尽力したことが奏功した」としている。
これらの地域では、警察が「犯罪多発地域」50か所を特定し、制服警察官の増員配
備やパトロール強化などを重点的に実施してプレゼンスを高めた。
連邦警察はこの成果を基に、2011年はさらに「犯罪多発地域」の特定を進め、より
治安改善を目指す方針である。
治安回復は限定的、地域差も目立つ
マレーシアの刑事事件の総件数は、確かに前年比では大きく減少したものの、より
長いスパンで見ると、右肩上がりの犯罪増加傾向を転換するまでには至っていない。
統計の取り方が多少変化しているとは言え、1997年時点と比較した場合、2010年の
総件数はまだ45%以上も多い。
-14JSS Monthly Report
January 2011
< MALAYSIA >
Ⅰ 世界の治安情勢
[ マレーシアの刑事事件総件数の推移 ]
225,000件
209,582件
211,645件
203,930件
198,017件
200,000件
196,780件
175,000件
169,115件
167,173件
158,859件
176,459件
156,315件
156,455件
156,469件
150,000件
149,042件
125,000件
121,176件
100,000件
1997
1999
2001
2003
2005
2007
2009
※ 内務省、警察などの発表に基づく。
しかも、マレーシア連邦警察は、犯罪が激増した2007年頃に治安対策の不備を内外
から厳しく批判されて以降、罪種別の件数などの詳細な犯罪統計を公表しなくなった
ため、現時点で罪種毎の発生状況がどうなっているのか不明な点が多い。
また、地域によっては治安が改善していないケースもあり、治安状況を一律に捉え
ることはできない。
例えば、クアラルンプール市警は「2010年の刑事事件の総件数(2万9,953件)が前
年比で18.3%減少し、特に路上強盗やひったくりなどの街頭犯罪については、38.4%
減少した」としている。
一方、シンガポールに隣接するジョホール州南部のイスカンダル・マレーシア地域
では、2009年の総件数が前年比で微減したものの、強姦や強盗などの暴力犯罪が
32.5%もの激増を示し、州都ジョホールバルを中心に治安が急激に悪化している。
-15JSS Monthly Report
January 2011
< MALAYSIA >
Ⅰ 世界の治安情勢
[ ジョホール州イスカンダル・マレーシア地域の犯罪統計 ]
罪
種
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
殺人
強姦
集団武装強盗
集団非武装強盗
武装強盗
非武装強盗
傷害
76件
314件
8件
419件
17件
2,344件
513件
58件
343件
6件
576件
20件
3,372件
726件
68件
478件
6件
1,284件
20件
2,758件
776件
98件
571件
12件
3,799件
4件
661件
820件
73件
646件
5件
5,037件
0件
1,325件
819件
暴力犯罪小計
3,691件
3,669件
702件
1,396件
9,985件
1,196件
665件
2,210件
5,101件
3,677件
967件
2,189件
10,720件
980件
817件
2,528件
5,390件
3,991件
708件
1,987件
10,790件
780件
631件
2,564件
5,965件
3,973件
759件
1,746件
10,827件
15件
70件
3,270件
7,905件
3,976件
618件
1,715件
8,700件
82件
84件
2,955件
19,823件
21,878件
21,451件
20,660件
18,130件
23,514件
26,979件
26,841件
26,625件
26,035件
恐喝
トラック・重機の窃盗
自動車盗
バイク盗
ひったくり
侵入盗(日中)
侵入盗(夜間)
財産犯罪小計
合
計
イスカンダル・マレーシア地域のように、国境を挟んで著しい経済格差の存在する
地域では、格差が生み出す様々な利潤を食い物にする犯罪組織やならず者がはびこる
ため治安が悪化しがちであり、特にシンガポールから越境するシンガポール人などの
外国人がターゲットになりやすい。
麻薬戦争の渦中にある米国・メキシコ国境のシウダーフアレスやティファナほどで
はないにせよ、イスカンダル・マレーシア地域もそれに類する問題を抱えていると言
ってよい。
同地域における2010年の犯罪統計は未公開であるが(2011年1月中旬現在)、未だ楽
観できる治安状況にはないと見られる。
犯罪が大幅に減少したとされるクアラルンプール首都圏においても、現地メディア
は「住民の多くが治安改善を実感できていない」と報じている。
高い水準で多発する自動車盗
近年の治安悪化に伴い、自動車盗の被害も大都市圏を中心に増加してきた。
「マレーシア損害保険協会(PIAM)
」の加盟損保会社が扱った国内の乗用車の盗難
-16JSS Monthly Report
January 2011
< MALAYSIA >
Ⅰ 世界の治安情勢
被害に関する統計を見ると、2009年は前年比で減少したものの、依然として高い水準
で被害が発生している。
[ 1997年~2009年の乗用車の盗難被害台数(PIAM調べ)]
1 ,6 15
1 997
1 998
2,388
1 999
3,73 4
2 000
4,54 8
2 001
5 ,20 8
2 002
6,26 6
2 003
7 ,303
2 004
7,26 3
2 005
被害台数
6,668
2 006
8,068
2 007
7, 557
2 008
9,8 99
2 009
8,673
0
2 ,0 00
4,000
6,000
8,000
10, 000
12 ,000
また、被害の発生場所を行政区分別に見ると、クアラルンプール首都圏やジョホー
ル州などの都市圏にほぼ集中していることが分かる。
[ 行政区分別に見た乗用車の盗難被害 ]
行政区分
セランゴール州
連邦直轄領※
ジョホール州
サラワク州
ペナン州
ペラ州
クランタン州
クダー州
ヌグリ・スンビラン州
パハン州
サバ州
マラッカ州
トレンガヌ州
プルリス州
不明
合
2008年
3,576台
2,221台
1,273台
861台
422台
331台
310台
188台
250台
120台
150台
106台
82台
4台
5台
2009年
2,921台
1,971台
1,148台
649台
450台
378台
295台
185台
177台
152台
142台
123台
71台
10台
1台
計
9,899台
8,673台
※ クアラルンプール、プトラジャヤ、ラブアン島など。
-17JSS Monthly Report
January 2011
< MALAYSIA >
Ⅰ 世界の治安情勢
一方、カージャックの被害台数をメーカー別に見ると、それほど台数が多くない外
国メーカーも上位にランキングされていることから、高級車が狙われやすい傾向にあ
ることが窺える。
[ カージャック被害のメーカー別台数 ]
車
種
2008年
80台
72台
39台
39台
28台
12台
12台
6台
3台
3台
2台
1台
1台
0台
0台
0台
0台
1台
1台
1台
1台
302台
TOYOTA
PROTON
PEROUDA
HONDA
MERCEDES-BENZ
NISSAN
BMW
NAZA
HYUNDAI
MITSUBISHI
KIA
MAZDA
SUBARU
FORD
RENAULT
VOLKSWAGEN
VOLVO
INOKOM
OPEL
ROCSTA
SUZUKI
合
計
2009年
52台
49台
37台
26台
15台
14台
7台
6台
5台
4台
3台
1台
1台
1台
1台
1台
1台
0台
0台
0台
0台
224台
自動車盗の被害多発の背景には、国際的な自動車盗・密輸ネットワークの存在があ
る。窃盗犯は盗んだ車をその日のうちにブローカーに売り渡し、ブローカーは地方港
を通じて近隣諸国へ密輸出するが、
その行き先は、
近隣の東南アジア諸国はもちろん、
中国、中東、ヨーロッパ、果てはアフリカと極めて幅広い。
マレーシア連邦警察は、各国の警察と連携して盗難車を追跡し、一部の回収に成功
しているものの、被害の総数からすれば、回収されるのはごく僅かでしかない。
巧妙化する自動車盗の手口
近年では、車の防犯装置としてイモビライザー(電子的なキー照合システム)の普
-18JSS Monthly Report
January 2011
< MALAYSIA >
Ⅰ 世界の治安情勢
及が進んでいるが、イモビライザーのID登録を簡単にリセットできる装置「キープロ
グラマー」
(日本では「イモビ・カッター」と呼ばれている)がインターネットを通じ
て安価に販売されており、それが被害の多発を助長している。
[ ネットで実際に販売されているキープログラマー(イモビカッター)]
これらの装置は本来、車の修理・メンテナンス業者が使うために設計されたもので
あるが、中国などで関係者から流出したと見られ、大量生産されたコピー製品が公然
と販売されている。
使用法はメーカーや車種によって異なるが、車内にさえ侵入できれば、運転席にあ
るメンテナンス用の端子にキープログラマーを差し込むことにより、僅か十数秒でID
をリセットしてエンジンを始動できるものもある。メーカー側はプログラムの高度化
などで対策を講じているものの、窃盗団は次々に新たなテクニックを開発してセキュ
リティを破っており、
“いたちごっこ”の状態にある。
マレーシアに限ったことではないが、自動車盗の被害を防止するためにはハイテク
とローテク、およびハード面とソフト面を組み合わせた複合的な対策を講じることが
重要である。
[ 自動車盗対策の例 ]
(1) ハード面の対策
①
標準装備のイモビライザーやアラーム装置以外にも防犯装置を使用する。追
加する防犯装置は、地元で普及していない日本製や第3国製のものを選んだ方
-19JSS Monthly Report
January 2011
< MALAYSIA >
Ⅰ 世界の治安情勢
が安全性は高い。
②
ハンドルを錠前付きの金属バーで固定する「ハンドルロック」は、昔からあ
るシンプルな防犯グッズであるが、外すのに一定の時間を要し、窃盗犯に敬遠
されるので意外に効果的である。
③
窓ガラスにスモークフィルムを貼付し、内部が見えにくいようにする。
④
高級車の場合は、追跡用GPS装置の導入も検討する(ただし、窃盗犯がGPS
装置を解除したり、GPSの電波を妨害するノウハウを持っている場合もあるの
で絶対的な対策ではない)
。
(2) ソフト面の対策
①
路上駐車を避け、商業施設等の駐車場内では、人通りが多く死角の少ない店
舗や料金所の近くなどを選んで駐車する。
②
夜間は、できるだけ明るい照明の近くなどに駐車する。
③
車を離れる際は短時間でも必ずロックし、防犯装置を作動させる。
④
駐車時は、車内に貴重品やカバン、衣服等を一切放置しない。
⑤
自宅の車庫でも必ずロックや防犯装置を使用する。独立家屋の場合は車庫の
扉や門を施錠し、センサーライトやアラーム装置の設置も検討する。
⑥
一般報道、カーディーラー、修理業者などからの情報を通じて、地元で多発
している自動車盗の手口に留意し、自分の車も被害に遭いかねないと判断した
ら追加の対策を講じる。
-20JSS Monthly Report
January 2011
< PHILIPPINES>
PHILIPPINES >
Ⅱ 世界のテロ情勢
1 【フィリピン】
フィリピン】 ~反政府勢力への融和路線を打ち出したアキノ政権~
国軍の2010年総括報告
フィリピン国軍司令部は12月下旬、2010年の総括報告を大統領府に提出した。
同報告の概略を記述した「国軍は『バヤニハン計画』で2011年に備える」と題する
2010年末の声明によると、同報告には次の6項目が記載されている。
(1) 共産ゲリラ「新人民軍(NPA)
」の現状
(2) イスラム過激派「アブ・サヤフ」に対する掃討作戦
(3) 反政府武装勢力「モロ・イスラム解放戦線(MILF)
」との戦闘と和平交渉
(4) 人道的支援・災害救援出動
(5) 国連平和維持活動への参加
(6) 2011年「国内平和構築計画(IPSP)」
(通称『バヤニハン計画』
)の基本概念
この6項目のうち、同国の2011年の治安情勢を展望する上で重要な(1)、(2)、(3)、(6)
の概要は次のとおりである。
「新人民軍(NPA)
」の現状
「フィリピン共産党(CPP)
」の軍事部門である「新人民軍(NPA)」の武装兵力は
近年、減少傾向が続いており、2010年11月末時点での推定で4,111人と、2009年末時
点の4,702人から591人減少した。
減少したゲリラ591人のうち52%(300人強)は、治安当局に自主的に投降した後に、
政府が主導する社会復帰・生活支援プログラムを受け入れた。
CPP-NPAの影響下にある全国各地のバランガイ(「村」:最小の地方自治体単位)
の数も、2009年末の1,077地区から2010年末には1,017地区に減少した。
この減少には、国軍による対NPA軍事作戦の成功、地域を拠点にした「民間人-国
軍連携作戦(CMO)」
、それに地方のバランガイと都市部の市街地における(反NPA)
広報活動の展開が相まって寄与したところが大きい。
全国のNPAの拠点地域も、国軍による集中的な軍事作戦の結果、2009年末の51か所
から2010年末の48か所に減少した。
また、2010年中に逮捕されたNPA幹部には、地区委員会のリーダー5人と軍事拠点
の書記3人が含まれている。これら幹部は北部・ルソン島、南部・ダバオ地方、中部
-21JSS Monthly Report
January 2011
< PHILIPPINES>
PHILIPPINES >
Ⅱ 世界のテロ情勢
のパナイ島およびネグロス島をそれぞれ管轄していた。
【JSSコメント】
NPAは、マルコス政権時代の1980年代半ばには最大で2万5,000人の武装兵力を擁
していたが、東西冷戦の終結に伴い海外からの資金や武器の支援がほぼ断たれたこ
とや、革命路線の対立による内部闘争、国軍の掃討作戦での敗退、さらには幹部・
メンバーの政府当局への投降などによって現在の規模にまで衰退した。
しかし、NPA側はこうした凋落傾向を認めていない。2010年末にNPAのスポーク
スマンが発表した声明によると、NPAのゲリラには健康状態などの個人的な理由で
革命運動を離れた者も確かに少なくないが、新たなリクルートによってゲリラ部隊
に加わる若者の方が多く、ミンダナオ地域におけるNPAの兵力は2010年末に前年比
で30%増大したという。ただし、同スポークスマンは武装兵力の具体的な人数など
は明かさなかった。
また、CPPは創設42周年を迎えた12月26日の創設記念日に発表した声明で、
「NPAは110から120のゲリラ拠点を有し、それらは全国80州のうちの70州内にあ
る800自治体を網羅している」と豪語している。
なお、フィリピン政府と共産勢力の統一戦線組織「民族民主戦線(NDF)」
(CPP-NPAのフロント組織)は来る2月にノルウェーのオスロで6年ぶりの正式な
和平交渉を行うことで合意している。
「アブ・サヤフ」掃討作戦
米軍特殊部隊による軍事訓練と後方支援を受けた国軍部隊は、2010年を通じて国際
テロ組織アルカイダと連携するイスラム過激派「アブ・サヤフ」に対する掃討作戦を
ミンダナオ地方の最南部を中心に継続して展開した。
一連の掃討作戦では、「アブ・サヤフ」幹部・メンバーの51人を殺害・負傷させて
“無力化”し、または逮捕した。その結果、「アブ・サヤフ」の推定武装兵力は、2009
年末の391人(保有銃器340丁)から、2010年末には同340人(同296丁)に減少させ
た。
この中には、最南部のスルー州内での別々の戦闘で国軍部隊に殺害された同組織の
-22JSS Monthly Report
January 2011
< PHILIPPINES>
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Ⅱ 世界のテロ情勢
重要幹部、アルバデル・パラドとアブドゥルガフル・ジュムダイルが含まれている。
中でも前者は「アブ・サヤフ」の組織内で重要な地位を占め、同組織による複数の
身代金誘拐事件において人質の斬首殺害に首謀者として関与した凶悪なテロリストで
あり、その死亡は同組織に少なからぬ打撃となった。
国軍の対「アブ・サヤフ」掃討作戦が成果を上げていることは、2010年中に全国(ほ
とんどがミンダナオ地方)で発生した「アブ・サヤフ」によるテロ攻撃の件数が計29
件で、前年の計54件からほぼ半減したことからも明らかである。
【JSSコメント】
確かに、「アブ・サヤフ」は年々退潮傾向にあり、ミンダナオ島本島では同組織
関連のテロ・ゲリラ攻撃が大幅に減少した。「アブ・サヤフ」のゲリラは同島の南
西に隣接するバシラン島やスルー諸島に追いつめられ、それらの地域が現在の主戦
場になっている。
しかし、ミンダナオ島南西部を含む「ムスリム・ミンダナオ自治区(ARMM)」
には、現在も「アブ・サヤフ」のシンパが多数存在している上、同組織と連携する
MILF内の強硬派が活動している。さらに、マニラ首都圏にも「アブ・サヤフ」の
残存メンバーやシンパが依然として潜伏していると見られることから、同組織は依
然としてフィリピンにおける治安上の脅威の1つである。
「モロ・イスラム解放戦線(MILF)
」との戦闘と和平交渉
フィリピン政府と同国最大の反政府武装勢力「モロ・イスラム解放戦線(MILF)
」
との停戦合意は、2010年を通じて概ね遵守され、国軍の軍事的プレゼンスはMILF強
硬派(造反部隊)によるテロ攻撃などの動きを抑え込むことにも成功した。
そうしたこともあって、MILFの武装兵力(推定1万1,800人)には、前年(2009年)
と比べて大きな変化はなかったが、国軍とMILFのゲリラの武力衝突事件は、2009年
の298件から2010年は31件へと激減した。
国軍とMILFの戦闘が激減したことで、MILFが拠点地域にしているミンダナオ中部
地域の治安は改善に向かっていると言える。
【JSSコメント】
こうした状況を受け、国軍司令部のアルヌルフォ・ブルゴス広報室長(中佐)は
-23JSS Monthly Report
January 2011
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Ⅱ 世界のテロ情勢
年末の記者会見で、「衝突事件の大幅な減少は、和平達成に向けた環境が整ってき
たことを意味している。和平交渉の行方は楽観視できるだろう」と語っている。
フィリピン政府の和平代表団とMILF代表団による和平交渉は、マレーシア政府
が仲介して、2月9日~10日に同国の首都クアラルンプールで2年半ぶりに実施され
る予定である。
再開に当たっては、フィリピン政府側が「MILF寄りに過ぎる」と見なすマレー
シア政府の仲介者の1人を交渉の場から外すように要求したことにMILF側が反発
するなど、様々な紆余曲折があったものの、1月13日に両者の予備交渉が実施され、
ようやく本格交渉の再開の目処が立った。
ただ、和平条件をめぐる両者の溝は依然深く、交渉の成り行きは不透明である。
「バヤニハン計画」の基本概念
アキノ政権は、2011年からアキノ大統領の任期が満了する2016年までの期間に新た
な「国内平和構築計画(IPSP:Internal Peace and Security Plan)」(通称『バヤニ
ハン計画』
)を実施する。
「バヤニハン(Bayanihan)」は、フィリピン人の伝統的な精神とされる友情や血
縁・地縁など「人々の繋がり」を表す言葉である。
この言葉を国軍の新しい“軍事作戦”計画に冠したことからも分かるように、新IPSP
は、アキノ大統領が標榜する「人権と市民的自由(思想・言論の自由など)の擁護に
重点を置いた『マルチ・ステークホルダー(全ての利害当事者)
・アプローチ』を通じ
て恒久的な平和、安定、発展および社会的向上を実現する」との理念を根幹に置く。
「バヤニハン計画」は「敵を討ち滅ぼすよりも共に平和を構築するという観点に立
つパラダイム転換」に基づき、次のような骨子を掲げている。
(1) 「戦闘」と「非戦闘」の両次元には同等の重要性がある。軍事作戦だけではな
く、紛争の平和的交渉による解決により重点を置く。言い換えれば、「殺害した敵
の数よりも勝ち取った友人の数」が作戦の成否を決める。
(2) 政府機関だけでなく、市民団体など全ての利害当事者が参加する「全国民的ア
プローチ」を基本とする。国軍は国民を守ることが任務であり、そうした広義の
「人間安全保障」という枠組みの下に国軍も「市民中心のアプローチ」をとる。
同時に、国軍は市民の能力開発を支援し、平和と安定の実現におけるパートナー
-24JSS Monthly Report
January 2011
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Ⅱ 世界のテロ情勢
としての市民の不可欠な役割を認識し確固たるものにする。
(3) 各対策では、国際的な人道的法規、人権、法の支配を厳格に遵守することを旨
とする。
(4) 計画を通じて、国軍は、紛争の平和的で公正な解決を希求する意思を明確にす
る。恒久の平和と安定は、国防・治安機関、
(市民団体などの)利害関係者、それ
に全ての市民が共有するビジョンであり、かつ責務だと信じる。
「宥和政策」は前政権からのパラダイム転換
「バヤニハン計画」は、基本的な政治理念が「中道左派的リベラル」であるアキノ
大統領が打ち出した、NPAやMILFなどの反政府勢力に対する実質的な「宥和政策」
であると言える。
アロヨ前政権(2001年1月~2010年6月)が、政権の中期から末期にかけて、各反
政府勢力に対して軍事作戦中心の強硬策を取りがちだったのに対して、
ある意味で「変
化」を訴えて大統領に当選したアキノ大統領が、前政権とは異なる「パラダイム」を
打ち出したのは当然であろう。
しかし、実はアロヨ前政権の前のエストラダ政権(1998年6月~2001年1月)も、
強硬な反政府勢力掃討作戦を展開していたため、エストラダ大統領の失脚によって就
任したアロヨ大統領は、当初は反政府勢力に対話中心の宥和路線を取って、前政権と
の違いを打ち出そうとしていた。
ところが、
「9.11米同時多発テロ」が発生し、フィリピンは米ブッシュ政権(当時)
の「テロとの戦い」に巻き込まれる形で、国内の各反政府勢力に対して強硬策に転じ
た。それに反発して、NPAやMILFによるテロ・ゲリラ攻勢が激化・凶悪化した。
さらに、アロヨ前大統領自身の政治スキャンダルで支持率が急落して政権が弱体化
し、相対的に軍部の発言力が増大したこともあって、反政府武装勢力に対する強硬策
が継続されることになったのである。
アキノ政権については、2010年11月下旬の世論調査で74%が「実績に満足」と回答
しているが、同政権がこれからも高支持率を保てるとは限らない。
「宥和政策」の危険な側面
「宥和政策」自体にも、危険な側面が潜んでいる。勢力が衰退傾向にあるNPAに体
-25JSS Monthly Report
January 2011
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Ⅱ 世界のテロ情勢
勢を立て直す猶予期間を与えてしまうことになりかねないし、国防・治安機関と左派
的な市民団体を対等の「利害当事者」と見なすようなアプローチは、NPAの破壊分子
が都市部に浸透することを助長する可能性もある。
また、汚職体質が蔓延するフィリピンの国防・治安機関に、
「バヤニハン計画」の下
で「友人を勝ち取る」というような「非戦闘」的作戦を安易に許容すれば、これまで
も蔓延している反政府武装勢力への武器弾薬の横流しや、NPAによる“革命税”名目
の恐喝を黙認するといった悪しき慣行をさらに拡大させることにもなりかねない。
2010年の総括報告が示すような、国軍のNPA、
「アブ・サヤフ」
、MILF各組織に対
する作戦における「成果」は多少粉飾されている可能性があるにしても、アロヨ前政
権による軍事作戦に比重を置いた治安政策の累積した「成果」
だと言うことができる。
これに対して、宥和政策に比重を置いた「バヤニハン計画」が、反政府武装勢力を
さらなる衰退へと導くことになるのかどうか疑問視する声が少なくない。
仮にNPAやMILFとの和平に向けた動きが進展しても、そのプロセスに至る期間そ
のものが、反政府武装勢力の増強のために利用され、逆に国内の治安リスクの上昇に
繋がってしまう可能性も危惧される。
以上の状況から、アキノ大統領が6年間の任期を通して軍部の強硬派などに抗し、
国内反政府武装勢力に対する宥和姿勢を維持できるかどうかは予断を許さない状況に
ある。
-26JSS Monthly Report
January 2011
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Ⅱ 世界のテロ情勢
2 【ナイジェリア】
ナイジェリア】 ~ 産油地帯で反政府武装勢力の攻勢が再度激化 ~
石油産業への攻撃と外国人誘拐が続発
ナイジェリア南部の産油地帯では、2005年以来、石油収益の増配や生活環境の改善
を求める反政府武装勢力「ニジェール・デルタ解放運動(MEND)」などによる石油
産業への攻撃や外国人誘拐が続発してきた。
MENDなどの妨害によってナイジェリア最大の国家収入源である石油輸出部門は
本来のポテンシャルに比べて大きな減収を強いられており、こうした状況は2011年1
月現在も続いている。
歴代のナイジェリア大統領はこの問題を解決するために様々な政策を打ち出してき
たが、いずれも産油地帯の治安を劇的に改善するには至らなかった。
2009年に就任したウマル・ヤラドゥア前大統領によってこの状況を打開するための
切り札として導入されたのが、武装解除と訴追免除などを交換条件にした「恩赦プロ
グラム」(注)であった。
(注) 恩赦プログラム:2009年8月6日~同年10月4日までの期間内に武装解除に応じた武
装勢力メンバーに対して、政府が司法当局による訴追を免除した上で、社会復帰のた
めの職業訓練(国家予算から約160億ドルを拠出)と月毎の生活給付金、住居の斡旋
などを提供する制度。
2009年10月25日、MENDが恩赦プログラムの期限切れ直前に「無期限休戦」を発
表するとともに、最高幹部を含む多数の武装勢力メンバーも武装解除に応じたため、
産油地帯の治安は一時的に大きく改善された。
しかしながらヤラドゥア前大統領の急死後(2010年5月に病没)
、当初は武装勢力側
からも期待をもって迎えられた南部出身のジョナサン・グッドラック大統領がMEND
最高指導者のヘンリー・オカに対する訴追問題などを巡って同組織との軋轢を深める
と、同プログラムは停滞を余儀なくされた。
MENDは、政府との和解協議や政府側による恩赦プログラムの履行が大幅に遅延し
ていることに不満を高め、2010年1月、無期限休戦を破棄した。
これを切っ掛けに、一度は武装解除に応じた武装勢力メンバーが次々に恩赦プログ
ラムを見限って武装勢力に再度加わったため、2010年後半以降の産油地帯では石油産
業への攻撃や外国人誘拐が続発したかつての状況が舞い戻りつつある。
-27JSS Monthly Report
January 2011
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Ⅱ 世界のテロ情勢
[ 産油地帯で発生した主な石油産業への攻撃および外国人誘拐(2010年)]
10月15日 :デルタ州内で、MENDが米系「シェブロン社」およびイタリア系「Agip
社」の石油パイプラインを爆破した上で、さらなる爆破攻勢を警告した。
10月28日 :深夜、バイエルサ州で、武装勢力がオジアマ油田とブラス港を結ぶAgip
社の石油パイプライン2本を爆破した。
11月 7日 :夜、アクワ・イボム州沖の海上で、MENDが英系「Afren社」の石油
採掘リグを急襲して外国人技術者7人(米国人2人、フランス人2人、カ
ナダ人1人、インドネシア人2人)を拉致した。
11月14日 :アクワ・イボム州沖の海上で、MENDが米系「エクソン・モービル社」
の石油採掘リグを急襲して現地人従業員14人を拉致した。
11月16日 :国軍がデルタ州およびバイエルサ州内で人質救出作戦を行い、同月7
日に拉致された外国人全員を含む19人を解放した。
12月 4日 :デルタ州で、「ニジェール・デルタ解放戦線(NDLF)」を名乗る武装
勢力が国営石油会社(NNPC)の石油パイプラインを爆破したと発表し
た(NNPC側はこれを否定)
。
12月17日 :デルタ州で、NDLFがAgip社やシェブロン社のパイプライン3本を爆
破したと発表。
恩赦プログラムがMENDの急進化を加速か
このようにMENDなどの武装勢力による攻勢が2010年10月以降に強まったが、こ
れについて、政府の恩赦プログラムによってMEND傘下の武装勢力内でリーダーの世
代交代と先鋭化がもたらされた結果と分析する向きが現地筋の間で出ている。
すなわち、産油地帯最大の武装勢力であるMENDは小・中規模の武装勢力の集合体
であり、それぞれのグループを率いる「司令官」が自律的に攻撃や誘拐を行いながら、
MEND名義で犯行声明を出してきた。
中でも「ジェネラル・ボーイローフ」や「ガバメント・トンポロ」、
「ファラー・ダ
ゴゴ」などの司令官は現地で広く名を知られており、それぞれの支配地域では“南部
を搾取しているナイジェリア政府および国際石油メジャーに対する抵抗運動の有力指
導者”として独特の存在感を示してきた。
現在、それらのMEND最高幹部の多くは軒並み恩赦プログラムに応じており、その
見返りとして中央政府や州政府から「特別参与」や「産油地帯問題担当補佐官」など
の肩書きを与えられるや、穏健路線へと転身を遂げた。
その一方で、徹底対決を唱えておきながら政府に投降した最高幹部の姿勢に異を唱
えて武装解除に応じなかった強硬派の司令官クラスや、恩赦プログラムを見限った武
装勢力メンバーが再集結した結果、以前より急進的な人間が新たな司令官として台頭
-28JSS Monthly Report
January 2011
< NIGERIA >
Ⅱ 世界のテロ情勢
したと現地では見られている。
すなわち、「損得勘定に敏感で話の分かる大物司令官」の相次ぐ投降が皮肉にも
MENDの分裂と新たな指揮官クラスの先鋭化を進めたとの分析である。
2010年11月16日、MEND急進派の司令官の1人である「ジョン・トーゴ」が、9人
のMEND司令官とともに新たな武装勢力「ニジェール・デルタ解放戦線(NDLF)」
を立ち上げると発表した。このNDLFは前述のとおり2010年12月中にデルタ州で石油
パイプラインを相次いで爆破しているほか、同月中に「産油地帯で石油パイプライン
などを目標にさらなる爆破攻勢をしかける」との脅迫声明を出すなど、現在最も活発
に行動している。
産油地帯に展開する国軍は、NDLFやMENDの急進派司令官がより過激なパフォー
マンスを行うことで投降したかつての大物司令官との差別化を図る可能性があるとし
て、警戒を強めている。
急進派は都市部で爆弾テロを敢行
NDLFやMENDの急進派に関して特に注意を要するのは、彼らが石油産業への攻撃
や外国人誘拐のみでなく、都市部での爆弾テロさえも躊躇なく実行するようになって
来ている点である。
MENDは2006年頃から石油パイプラインの爆破や外国人誘拐などを本格化させる
ようになったが、それらの攻勢がピークを迎えた2007年~2008年の期間であっても、
政府高官や民間人の殺傷を目的とした爆弾テロは基本的に行ってこなかった。後に恩
赦プログラムに応じて投降することになる大物司令官らは、政府高官や民間人を狙っ
た無差別テロは国軍などの大規模掃討作戦を招き、また地元民からの支持も得られな
いとして一定の自制をかけていた。
しかしMEND急進派は、MENDが政府の和解路線を見限って2010年1月に無期限休
戦を破棄すると、同年中に過激な爆弾テロを相次いで敢行した。
[ MEND急進派等によると見られる主な爆弾テロ事件(2010年)]
3 月 15 日 :デルタ州都のワリで開かれた和解協議の会場で、出席した州知事らを
車両爆弾で攻撃(運転手 1 人死亡、州知事ほか数名が負傷)
。
5 月 2 日 :バイエルサ州都のイエナゴアで、「国家独立選挙委員会(INEC)」の
事務所を車両爆弾で攻撃(死傷者なし)。
7 月 23 日:イエナゴア郊外で、前州副知事宅を簡易爆弾で攻撃
(警備員 1 人死亡)
。
10 月 1 日 :首都アブジャで開かれた独立 50 周年記念式典の最中、会場付近に仕
-29JSS Monthly Report
January 2011
< NIGERIA >
Ⅱ 世界のテロ情勢
掛けた車両爆弾 2 発を爆発させて一般市民および治安機関員ら 12 人を
殺害(36 人負傷)
。爆弾は時間差を置いて爆発しており、1 発目の爆発
音で集まってきた警察官、情報機関職員や野次馬が 2 発目の爆発に巻き
込まれた。
11月12日 :バイエルサ州で、警察が州都イエナゴアの公園を狙ってダイナマイト
火薬を用いた爆弾テロ計画を摘発し、MENDメンバーと見られる2人を
逮捕した。
これらの爆弾テロは、和解協議の停滞や自らの要求が満たされないことに反発して
州政府などを威嚇することが動機と見られたが、2010年10月のテロは明らかに無差別
殺人を狙ったものであり、手口が過激化している。
現在、MEND急進派の司令官は、首都アブジャの自動車爆弾テロでMENDの精神的
指導者であるヘンリー・オカ(南アフリカで収監中)が事件の共謀容疑で追起訴され
たことに強く反発しており、その報復あるいは政府への威嚇としてさらなる爆弾テロ
を敢行する可能性も否定できない。
政府も恩赦プログラム放棄の方向へ
MENDの攻勢拡大に対して、ナイジェリア政府も恩赦プログラムで約束した生活費
の給付を2010年11月以降中断するなど、協調路線からの転換姿勢を見せている。
さらに政府は、石油関連施設の警護など産油地帯の治安維持を担う「統合タスクフ
ォース(JTF:陸海空3軍および警察の合同部隊)」に加え、さらに別の特別部隊を編
制して武装勢力との対決に備えている。
来る2011年4月に前後して混乱が拡大するおそれも
ナイジェリアでは2011年4月に大統領選挙および総選挙が予定されているが、これ
が産油地帯で続く混乱に拍車をかける可能性も指摘されている。
と言うのも、縁故主義や汚職が公然とまかり通るナイジェリア社会において政府高
官や議員などの要職には大きな利権が集中することから、それらのポストを巡る争い
は買収や脅迫、依頼殺人などの違法行為も含めて、ほぼ「何でもあり」の状態になっ
ているからである。
特に産油地帯では、武装勢力に金銭や武器などを提供する見返りに活動を一時停止
させ、それを「治安回復」と喧伝して自らの実績を誇示する政治家や、逆に武装勢力
を買収して石油産業への攻撃や外国人誘拐を敢行させ、それを対立候補の「失点」と
-30JSS Monthly Report
January 2011
< NIGERIA >
Ⅱ 世界のテロ情勢
して攻撃する政治家がおり、武装勢力のパトロンとなっている。莫大な石油利権が絡
むポストの争奪は熾烈であり、同地域では過去にも選挙に前後して武装勢力の動きが
活発に見られた。
加えて2011年4月には大統領選挙も予定されているが、MENDが再選を目指して出
馬するジョナサン・グッドラック大統領に対してどのような態度を取るかが注目され
る。MENDは、新大統領が誕生すると「時間的猶予(モラトリアム停戦)」を宣言す
る一方で自らの要求を出してプレッシャーをかけ、これが満たされないと「政府側の
不誠実な態度」を名目にパイプライン爆破などの活動を再開するのが恒例である。
2011年1月7日、南アフリカで収監されているMENDの精神的指導者ヘンリー・オ
カの保釈請求が棄却されたが、MENDやNDLFは即時釈放を求めており、産油地帯で
は4月の選挙に向けて、武装勢力による攻勢拡大のおそれが懸念されている。
-31JSS Monthly Report
January 2011
< RUSSIA >
Ⅲ 世界の大衆運動
【ロシア】
ロシア】 ~ 若年層の間に広がるネオナチ思想 ~
サッカーファンの死を切っ掛けに騒乱と集団暴行が相次ぐ
2010年12月6日未明、首都モスクワ市北部、地下鉄2号線「ヴォドヌィ・スタジオン」
駅に近いクロンシタットスキー通りのバス停で、人気プロサッカーチーム「スパルタ
ク・モスクワ」のロシア人(スラブ系)サポーターら5人とカフカス系移民8人が、些
細なことから喧嘩となり、28歳のスラブ系男性1人が、北カフカス出身の男が発砲し
た空気銃(注)の弾4発を受けて死亡する事件が発生した。警察は発砲した男を逮捕した
が、他のカフカス系移民については短時間のうちに拘束を解いた。
翌7日午後、仲間の死と警察の措置に怒ったスラブ系のサッカーサポーターら数百
人が、事件を管轄する市北部のゴロヴィンスキー地区検察庁舎前で、当初は比較的平
穏裏に抗議集会を開いていたが、やがて極右団体「不法移民反対運動(DPNI)
」や他
のネオナチグループ(スキンヘッズグループとほぼ同義)のメンバーら約600人が加
わってレニングラード街道を封鎖した上、
「モスクワはモスクワ市民のもの、ロシアは
ロシア人のもの」などと叫びながら移民の排斥を訴え、付近の店舗のショーウィンド
ウを割るなど暴徒化した。
スラブ系のサッカーサポーターらにネオナチグループが加わった不穏な動きは、そ
の後モスクワ市内の他地区に拡大し、特に12月11日、15日、18日をピークとして、連
日にわたり大規模な無許可集会や警官隊との衝突が繰り返されたほか、カフカス系や
中央アジア系移民に対する集団暴行事件が多発した。
一方、カフカス系移民の若者らも対抗して徒党を組み、一時は、ナイフ、金属棒、
スタンガン、空気銃などで武装したスラブ系、カフカス系双方のグループが、市内各
所で襲撃の相手を探して徘徊するなどの状況に至った。
こうした騒乱は政府首脳らによる度々の自制の呼びかけや警察の取締り強化などに
よって、12月20日頃からようやく終息に向かったが、一時はモスクワ以外の主要都市
にも飛び火した。報道によれば12月末までに警察に拘束された者の累計は、モスクワ
で約2,500人、サンクトぺテルブルク、ボルゴグラードでそれぞれ約150人、サマラで
約90人に上ったほか、拘束者は出なかったものの、移民排斥を叫ぶ右翼、学生らの集
会が、ボロネジ、カリーニングラード、ロストフ・ナ・ドヌー、ノヴォシビリスク、
ニジニノヴゴロド、ムルマンスクなど、ほぼ全国の主要地方都市で挙行された。
-32JSS Monthly Report
January 2011
< RUSSIA >
Ⅲ 世界の大衆運動
(注) 空気銃:ロシアで出回っている空気銃の多くは、銃把内にカートリッジ式ボンベ
で装填するCO2ガスを発射エネルギーとした口径4.5ミリの拳銃タイプのエアガ
ン。
「BB弾」と呼ばれる球状の金属弾や鉛製の「ペレット」と呼ばれる弾が使用
され、威力がエネルギー量で3ジュール以下のものは、許可や登録なしで所持で
きる。ちなみに日本国内で特別許可なく所持できるエアガンは威力が0.8ジュー
ル程度で、プラスチック弾に限定される。
多数の高校生らが行動に加わる
今回の一連の騒乱は、喧嘩の揚句に1人が殺害されるという偶発的な事件に反応し
たサッカーサポーター集団の自然発生的な行動に、複数の右翼団体やネオナチグルー
プが加わっていった事情があるが、移民や有色人種排斥をスローガンとした若者らの
集会や騒乱が、これほど地理的な広がりと動員力を示し、しかも2週間近くにわたっ
て運動のエネルギーを持続した例は過去にはなく、注目すべきことであった。
ただし、当初は比較的平穏であった抗議集会を、ネオナチグループが度々扇動して
騒乱化させていったと見られることや、また一部の現地報道が、「警察の初期段階の対
応への批判をかわすために、12月15日頃以降は、当局のある筋が政府系青少年組織に
属する若者らに日当を払って街頭に繰り出させ、意図的に一時拘束者やナイフなど武
器の押収件数を伸ばして面目を保とうとした」とする専門家の説を紹介するなど、当
初は自然発生的であった騒ぎを、日が経つにつれて、政治的に利用しようとする様々
な力が働いた可能性もあり、一連の騒ぎの構図は必ずしも単純ではない。
ともかく、今回の一連の抗議行動と騒乱で目立ったのが、日本の高校生に相当する
「高学年生徒(15歳~17歳)
」の存在であった。
12月20日、連邦内務省はモスクワや他の都市でのサッカーサポーターらの集会・抗
議行動について、「ネオナチによる示威行動ではなく、拘束された者の殆どは高学年生
徒であった」との報告をまとめた。また、この報告に関して有力紙「コメルサント」
は、
「ネオナチ思想が高学年生徒ら若年層の間で一般化しつつある兆候」
との見方を示
すとともに、12月17日のモスクワ市北東部の「オスタンキノ・テレビ塔」周辺で約500
人規模の無許可デモを取材した際に、参加者の1人の高学年生(17歳)が「自分は大
学には行けない。大学にはカフカスの連中しかいない。ロシアに未来などない」と語
り、周囲の若者らが一斉に同調した様子を紹介した。
-33JSS Monthly Report
January 2011
< RUSSIA >
Ⅲ 世界の大衆運動
拡大する若年層の不満
ロシアの学制は、日本の小1から高2に相当する「シュコーラ」と呼ばれる11年制で、
うち義務教育は「初等一般教育(1年生~4年生)」
、
「基本一般教育(5年生~9年生)」
の9年制で14歳~15歳で終える。その後は、中等技術学校や専修学校などのほか、
「中
等一般教育(10年生~11年生)
」のコースを選択して進学するが、「高学年生徒」とは、
この10年生~11年生(15歳~17歳)を指している。ちなみにロシアの成人は満18歳以
上である。
旧ソ連時代、学校教育は基本的に無償で私費負担は無かったが、ソ連崩壊後、各大
学は採算確保のために次々に有料コースを設定したことから、大学進学は低所得者層
の子弟に新たな困難を強いることとなった。ちなみに現在、富裕層を除いたモスクワ
の庶民層の平均月収は900ドル前後とされるが、2006年当時の現地紙の特集によれば、
モスクワ周辺の各大学の学費は年1,000ドルから1万ドル相当の範囲にあり、平均で年
2,000ドル相当であった。
学業成績が優秀であれば無償コースへ進む特典が与えられるが、無償学生枠を巡る
競争が極めて熾烈化する一方、学費負担が可能な高所得者層の子弟は比較的容易に希
望大学に進学できるようになり、格差が広がった。
また2005年、チェチェンをはじめとする北カフカス地方の経済発展や民生の安定化
に心を砕く連邦政府が、北カフカス各共和国の大学進学希望者に対する優遇制度を導
入した。毎年合計1,000人の北カフカス出身学生が、学費免除でモスクワ市内の各大
学に進学できることとなったため、一般の高学年生徒らの不満はさらに高まった。
一方、ロシアの失業率は全国平均6.1%程度(2010年8月時点)で推移しているが、
24歳以下の若年層の失業率は16.0%前後に達し、2009年は大学卒業生でも約10万人が
就職できなかった。地方での若年層の失業率はさらに深刻で、連邦国家統計庁によれ
ば2009年11月時点で、15歳~19歳層の平均失業率は30.5%に上った。
このように、
「進学したくても進学できない。就職しようにも就職できない」といっ
た閉塞状態が10代の若年層の不満を募らせ、その不満の矛先がカフカス系や中央アジ
ア系移民へと向けられていった。
若年層を取り込むネオナチグループ
いわゆるネオナチグループと極右団体、国家主義団体、民族主義団体などの境界は
-34JSS Monthly Report
January 2011
< RUSSIA >
Ⅲ 世界の大衆運動
曖昧で明確に区別することは難しいが、前述の極右団体「不法移民反対運動(DPNI)
」
など比較的大きな組織の下部組織として、20人~30人規模の複数のネオナチグループ
が繋がりを持っているものと見られている。これらのグループが勢力拡大や次世代要
員を確保するために、不満を募らせている高学年生徒や、さらに若い世代に積極的に
近づき、思想の浸透を図っていることが各所で指摘されている。
最近のコメルサント紙のインタビューで、極右団体「団結」の幹部は、若年層がこ
うした団体の下部組織メンバーになる理由について、「すべての右翼団体、
ネオナチ団
体は、
“子供ら”
(17歳以下)の“歩兵部隊”がある。ネオナチ思想は子供らの間に広
まっている。学校内にも“民族衝突”があり、子供らがスラブ系の先輩や友人がいる
ネオナチの下部組織に惹かれてゆくのは自然なことだ」と答えている。
ネオナチグループの実態は不明な点が多いが、
ロシアのあるウェブサイトによれば、
これらグループメンバーの構成とヒエラルキー(階層)について次のように説明して
いる。
マラレートキ(子供)
:グループの中で最も数が多く、主に12歳から14歳の階層。
グループへの参加またはネオナチ(スキンヘッズ)になることにつき、正確には
理解していないが、ネオナチ思想・人種差別のスローガンや、ネオナチ特有の行
動規範は知っている。年上のメンバーの勧誘で、不良児童グループがそのまま「マ
ラレートキ」になるケースも多い。ネオナチの集会に参加することもあり、年上
のメンバーとともに行動し、移民襲撃などに参加することもある。
モロドニャク(若者の意のスラング):14歳から17歳にかけての世代。ネオナチ
の集会などに定期的に参加し、ネオナチ思想に深く傾倒している。モロドニャク
だけで移民襲撃を行うこともある。
スタルーシキ(年長):主に18歳以上の成人。ネオナチの政治的方針について正
確に理解しており、集会に定期的に参加するほか宣伝・広報など対外活動も行う。
この層は、他のネオナチ組織、極右、極左組織とも交流し、ネットワークを持つ。
スタールィエ・スキンヘッディ(幹部):主に20歳以上で人数は少ないが、理論
家としての知識と活動力を持ち、ネオナチの歴史、伝統、規範、行動原理に精通
している。最低でも5年から10年の活動歴がある。
なお、2010年に上述のマラレートキやモロドニャク世代の関与が確認されている移
民襲撃事件例に次のようなものがある。
2月 7日:モスクワ郊外のドルゴプルドヌイ市で、2人の19歳のスキンヘッズに
率いられた14歳から17歳の少年9人が、タジク人男性を襲撃して重傷
を負わせた。
-35JSS Monthly Report
January 2011
< RUSSIA >
Ⅲ 世界の大衆運動
12月12日:モスクワ市南部の地下鉄「コローメンスカヤ駅」近くで、少女1人を
含むグループが中央アジア系の男性を殴打した上、ナイフで刺殺した。
12月13日:早朝、モスクワ市南部の地下鉄「プラシュカヤ駅」近くでキルギス
人男性1人が全身数か所を刺され殺害された事件で、当局は16日、14
歳の少年を容疑者グループの1人として拘束した。
ロシアの貧富の格差は引き続き拡大する方向にある一方、ロシア社会に蔓延する腐
敗(汚職)体質は、かねてよりメドベージェフ政権が厳正な対処を公約しているにも
拘らず、一向に改善の兆しが見えない。また、かつてはエネルギー資源の輸出を軸に
急速に成長した経済も、2009年のマイナス成長の後、現在は持ち直しつつあるとは言
え、かつての勢いには程遠く、社会全体には閉塞感が漂っている。
このような状況下、若者らの不満は今後とも高まることはあれ、解消に向かうこと
は見込めない。ネオナチ思想が未熟な若年層の間にさらに浸透し、彼らが鬱積した不
満と危機感を解放するために、暴力行為や街頭での突出した行動に出る事例が増加す
るおそれもあることから、今後の動向に引き続き注意が必要である。
-36JSS Monthly Report
January 2011
記 念 日 ・ 行 事 予 定 等 一 覧 表 (2011/1/20~2/28)
該
当
国
お
よ
び
記
念
日
等
の
概
要
備
考
1/20 〔米国〕バラク・オバマ大統領就任(2009年)
1/23 〔中央アフリカ〕大統領選挙第1回投票・議会選挙
〃
〔ポルトガル〕大統領選挙
1/24 〔中東・クルド人居住地区〕クルディスタン共和国樹立(1946年)
※ ロシアの支援で建国されたが、1年で崩壊
※ クルド人居住地域で
騒動の可能性
1/25 〔イスラム圏〕イスラム教シーア派の宗教行事「アルバイン」
※ イラク、アフガニス
タン、パキスタンな
どでシーア派を狙っ
たテロの可能性
1/26 〔インド〕共和国記念日(1950年)
※ 各地で反政府テロの
可能性
〃
〔パキスタン〕イスラマバード・マリオットホテル前自爆テロ(2007年)
※ インド大使館主催の共和国記念日式典を狙ったと見られる
自爆テロで1人死亡、7人負傷
1/31 〔ニジェール〕大統領選挙第1回投票・議会選挙
2/3
〔中華圏、韓国など〕旧正月
2/4
〔スリランカ〕独立記念日(1948年)
2/5
〔ロシア〕モスクワの地下鉄爆破テロで死者39人、負傷者130人(2004年)
〃
〔パキスタン〕カラチでシーア派を狙った自爆テロ、25人死亡(2010年)
※ 犯罪増加の可能性
2/11 〔イラン〕革命記念日(1979年)
2/13 〔インド〕西部プネのレストランで外国人狙いの爆弾テロ、17人死亡(2010
年)
2/14 〔フィリピン〕バレンタインデー同時爆弾テロ事件(2005年)
※ マニラ首都圏マカティ、ミンダナオ島ダバオ、ヘネラル
サントスの3市で計7人死亡、151人負傷
〃
〔レバノン〕ハリリ前首相暗殺テロ(2005年)
※ テロ再発の可能性
※ 当該テロに関する法廷の
審理結果を巡り、デモ
またはテロの可能性
2/15 〔イスラム圏〕ムハンマド生誕日(571年頃)
2/16 〔北朝鮮〕金正日総書記誕生日(1942年)
〃
〔レバノン〕ヒズボラの指導者ムサウィ師がイスラエル軍の攻撃で死亡
(1992年)
2/17 〔セルビア〕コソボ自治州の議会が独立宣言(2008年)
2/20 〔チャド〕議会選挙第1回投票
2/22 〔トルコ・イラク〕トルコ軍がイラクのクルド人自治区に越境攻撃開始
※ 「クルド労働者党(PKK)」に対する掃討作戦 (2008年)
2/25 〔フィリピン〕エドサ革命記念日(1986年)
※ 民衆革命でマルコス独裁政権が崩壊
2/26 〔米国〕イスラム過激派によるNY世界貿易センタービル爆破事件(1993年)
2/28 〔クウェート・イラク等〕湾岸戦争終結(1991年)
※ ヒズボラによるイス
ラエル攻撃の可能性
※ 独立反対派によるテロ
・デモの可能性
JSS MONTHLY REPORT (1月号)
平成23年1月20日
発行
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