アルゴリズムとしての学習英文法(PDFファイル)

アルゴリズムとしての「学習英文法」
山岡大基(ウェブでは勤務先は伏せております)
1. 英文法におけるアルゴリズム指導
1.1. 小学校算数科における事例
小学校算数科においては、アルゴリズム(問題を解決す
るための手順)の習得が重視されます。正しい操作を正し
い手順で行わなければ正解が得られないからです。
たとえば、図1は2ケタの割り算の筆算の指導場面の一部
ですが、式を筆算の形で書くという「初手」の指導に始まり、
そこから何をどのように操作すべきかが1段階ずつ、順を追
って示されています。児童は、練習問題などを通じてこれら
の手順を繰り返し練習することにより、割り算の筆算のアル
ゴリズムを習得することが期待されます。
また、このようなアルゴリズムを習得するために、次のよう
な方法が取られることもあります。
図 1.割り算の筆算のアルゴリズム
「巻き戻しスモールステップ方式」という指導法・学習法があ
ります。たとえば図2のように、直方体の見取図を描く際に使
われます。やり方は次のとおりです。
まず、①の図では見取り図はほぼ完成しており、あと 1 本だ
け破線を描き加えるだけという状態になっています。児童は、
この 1 本を描き加えて見取り図を完成させます。次に②では、
完成まであと2本描き加える必要があります。さらに、③では 3
本、④では 4 本というように、徐々に完成から離れた図を提示
していき、児童が描く量を漸増させていき、最後の⑫に至るま
でには、完全に自力で見取り図を描くことができるようになっ
ている、というものです。
図 2.巻き戻しスモールステップ方式
1.2. Stepwise Rewinding 法
さて、この、アルゴリズムの習得という考え方は、外国語の文法の学習にも当てはまります。文法的な操作を正し
い手順で行わなければ、外国語を正しく理解したり産出したりすることができないからです。
そのような考え方から、上に紹介した小学校算数科での実践を英語に応用してみようと、ためしに次のような教
材を作ってみました。「巻き戻しスモールステップ」を英訳して、 “Stepwise Rewinding” と名付けてみました。
Stepwise Rewinding 法では、まず、ターゲットとなる文法の操作を説明します。既習の構造を出発点にして、1
段階ずつ手順を示します。WH 疑問文の場合、次のように説明します。
(3) WH 疑問文の作り方
それでは、いくつかの疑問詞を例に WH 疑問文の作り方を理解しましょう。
who 「だれ」
[ 一般動詞の文(1・2人称)の場合 ]
・肯定文を作ってみる。
・「だれ」がわからない
「誰と一緒に勉強するのですか。」
0 だれ が / する /
○
だれ
You
study
with
.
教えてほしい情報を疑問詞に置き換える。
この場合は「だれ」なので “who”。
① You study with who.
・疑問詞を文頭に移動させる。
・文頭なので大文字にするのを忘れずに。
② Who you study with.
一般動詞の後ろに隠れている do を引
③ Who do you study with.
④ Who do you study with?
っ張り出して主語の前に置く。
ピリオドをクエスチョン・マーク(「?」)に置き換えて完成
次に、このような説明を生徒が理解したところで、次のような問題で操作の練習をします。
Lesson 10 疑問詞
■練習問題で理解を確実にしよう
次の各英文は未完成で、和文の意味を表すには、あと何段階かの変形が必要です。( )内の数の段階だけ
変形させて、英文を完成させなさい。
(1) 「昼食は誰と一緒に食べるのですか。」
Who do you eat lunch with. (1)
(2) 「誰にそのプレゼントをあげるのですか。」
Who you give that present to. (2)
(3) 「どちらにお勤めですか(誰のために働いているのですか)。」
You work for who. (3)
(4) 「誰と住んでいるのですか。」
You live with
. (4)
この問題の解き方は、次の通りです。まず、(1)では、必要な変形が「(1)」と表示されていますから、あと1段階だ
け操作を行えば正しい英文が完成します。この場合、 “ . ” (ピリオド)を “ ? ” (クエスチョン・マーク)に置き換える
という操作を行います。生徒は、完成した英文を書きます。
次に(2)では、「(2)」と表示されていますから、あと2段階の変形です。この場合、do を主語の前に移動させるとい
う操作と、ピリオドをクエスチョン・マークに置き換えるという操作を行います。この場合、生徒は、2つの操作を頭の
中だけで行い、途中経過は書きません。完成した英文だけを書きます。さらに(3)では、who を文頭に移動させる
操作から、 (4)では、質問したい情報を疑問詞 who に置き換える操作から始めますが、やはり完成した英文だけを
書きます。
この方式の特長は2つあります。1 つは、どこから操作を始めてよいか(「初手」)がわからない場合、1 つ前の問
題を見ればヒントが得られることです。このことにより、生徒はそれぞれの問題において、新しく付け加わる操作に
意識を集中させることができると考えます。
もう 1 つの特長は、生徒が答えるのは正しい英文だけであることです。これには、中途半端な形の英文を書かせ
ることで誤りを誘発することを防ぐという意味に加えて、正しい形の英文を繰り返し書くことにより知識の定着を図る
という意味もあります。
1.3. かんべ式・新 5 文型
Stepwise Rewinding 法は、文法事項を導入した後に、その正確な操作を習得するためのもので、主に中学校
での学習を想定したものでした。それに対して、高校レベルでの読むことの学習のうち、文の構造を正確にとらえ
るためのアルゴリズムとして提案されているのが、かんべやすひろ(神戸康弘)氏による「かんべ式・新 5 文型」です。
かんべ(1997)に、次のような問題意識が述べられています。
従来の英語の教え方は…
The arrival of the radio has made…
S
(M)
V
このように“書いてある英文”について「これが S で、これが V で、これは修飾語(M)だから…」など
と解説していきますね。しかしこのような教え方ははっきりいって意味がない。なぜなら「これが S で
…」と言っても『S 以外にどんな可能性があるのか』それを言わなければ自分で試験場で判断できる
はずがないからです。(pp. iv, vi)
そして、英文を読む場合、左から右へと読み進めながら、それぞれの単語が持つ「役割」(主語・述語動詞・目的
語・補語・その他の修飾語)を判別しながら読む必要がありますが、その「役割」の配列を規定するものが5文型で
あるとかんべは述べます。
そして、『5 文型がなぜ必要なのか』もわかってもらえるんじゃないかな?そう、日本語に訳すときの
“てにをは”を決めるために必要なんです。つまり英語を日本語に訳すとき、“てにをは”の並び方は 5
パターンしかない!ということです。(p.5)
ただ、かんべは、従来の 5 文型モデルだけでは不十分だとも主張しています。なぜならば、従来の 5 文型モデ
ルが示すのは文の主要素だけであり、実際の英文に見られる従要素が組み込まれていないからです。たとえば、
“In light traffic the driver on an expressway can maintain a fairly steady speed.” という文においては、文
の先頭にあるのは “In light traffic” という前置詞句(機能面では副詞句)であり、これは主語ではありません。(か
んべはこれを「イントロ」と呼んでいます。)
このような点が従来の 5 文型モデルではとらえきれないということから、これらの従要素も取り込んで、学習上の
便宜を図った次のようなモデルをかんべは提唱しました。また、個々の単語が持つ「役割」の目印となる要素を「サ
イン」と呼び、「このサインがあれば主語、このサインがあればイントロ」のように、学習者が着目すべき要素を具体
的にリストアップして提示しました。かんべはその書名にあるとおり、このような読解手順を「マニュアル」と呼び、示
された手順どおりに読んでいけば、英文の意味が正確に理解できるとしています。
授業の実際としては、私の場合、この「新5文型」に基づく文構造の枠をワークシートとして作り、生徒が英文を読
みながら、自分でその枠に該当する語句を記入していく方式で学習させました。生徒にとっては、「サイン」に着目
すれば自力でなんとか読解できるという手ごたえが得られ、やる気の出る方式だったようです。
図 3.かんべ式・新 5 文型
図 4.12 通りの英文の始まり方
2. 学習英文法の 3 側面
さて、前項で「学習英文法」に関わる私自身の実践事例をご紹介いたしました。しかし、一口に「学習英文法」と言
っても、なかなか幅広い意味を含むものだと思います。中高での英語指導に関係するところでは、少なくとも次の 3
つの側面があると考えています。
(1) 記述:英語の実態を正確に把握するための、観察記録
(2) 配列:英文の構造を効果的に体得するための、各事項の提示順序
(3) アルゴリズム:英語を正しく運用するための、フレームワークとその使い方
2.1. 記述
学習英文法の「記述」の側面とは、文法書によって与えられる知識体系を思い起こしていただくとよいかと思いま
す。英語を教えるにあたって、正確な知識を学習者に与えることは当然必要なことです。授業で提示する用例や練
習問題は、英語が実際どのように使われているかに基づくものでなければなりません。その際、使用する英語の適
切さの基準となるような記述体系が必要です。
たとえば、中学生向けの問題集で比較の例文として挙げられるものには “You are as old as she.” や “Jenny
cooks better than I.” のようなものがかなり多く見られます。しかし、実際は、“… as she is / …as her” や
“…than I do / … than me” とするほうが自然でしょう。つまり、上のような例文は英語の実態を正しく反映していま
せん。
英語指導の現場では、なるべくこのような偏りが生じないように教材を作ったり、偏りのある教材を扱う際には、そ
れを修正したりします。その作業は、最終的には個々の指導者が行うわけですが、そもそも英語の実態を正しく知
らなければ、何が適切で何が適切でないかの判断はできません。英語の実態を体系的に記述したものがあれば、
それらの判断の拠り所とすることができます。これが、「学習英文法」の第1の側面です。
2.2. 配列
参考書や問題集の章立てをイメージしていただくのがよいかと思います。英文法を学習するのに、何を、どのよ
うな順序で学んでいけば、効果的に英文の構造を体得できるのか、ということに関する理論です。たとえば、名詞
から始めるのか動詞から始めるのか、関係代名詞と接触節のどちらを先に扱うのか、などを決定する際の拠り所と
なる考え方です。
たとえば、上述のかんべ(1997)では、英文は左から読むので、左の要素から順に学習すべきだという理論に基
づいて教材が編集されています。また、田地野(2011)では、「意味順」モデルを拠り所に、「意味順ボックス」の順
序で学習が進められるように記述が展開されています。
このように、学習の順序について基準を与えるのが、「学習英文法」の第 2 の側面です。
2.3. アルゴリズム
「学習英文法」の第 3 の側面が「アルゴリズム」です。上でご紹介した例のように、英文を理解したり産出したりす
る際に具体的にどのような手順で操作をすればよいかを示したマニュアルのようなものと理解していただくのがよ
いと思います。学習者が、与えられた英文を再生したり模倣したりするだけでなく、自力でメッセージをデコード/
エンコードするためには、「まず何をして、次に何をして、最後に何をすれば正しく英語が理解できる/産出でき
る」という明確なマニュアルが必要です。そのようなマニュアルに従い、一定の手順を繰り返し練習することで、英
文法のいろいろな操作が自動化されていくことが期待されます。
また、このマニュアルは、初級・中級の学習者が、英語を縦横無尽に使いこなすところまでは行かないけれども、
手持ちの英語力でなんとかコミュニケーションを成立させたいと思ったときに、手っ取り早く頼るものでもあります。
英語学習の王道は、地道に語彙を増やし、音読などで語感を養い、自分が確実に扱える表現を足場にして徐々
に理解・表現できることの幅を広げていくというものかもしれません。しかし、学習者が、自分の英語力の範囲に収
まらないニーズを抱えることは少なくありません。そのような時、背伸びすることにはなるのだけれど、なんとか目の
前の英語を理解したり、言いたいことを英語で表現したりする方法を求めるのも自然なことでしょう。学習塾や予備
校などの、いわゆる受験業界において、学習者の便宜を重視した、明晰でシステマティックな手法が多く提案され
ているのも、そのような理由によるものと考えられます。それらの手法は(「受験テクニック」などと揶揄する向きもあ
るかもしれませんが)、自分の英語力では自動的に処理できない英語を処理する必要性に直面した学習者にとっ
ては、自力で英語を運用するための有力なツールとなります。
3. 3 側面の関係
前項で挙げた「学習英文法」の 3 つの側面ですが、1つの体系が全ての側面で優れていることはなく、常にトレ
ードオフの関係にあると考えられます。言語事実の正確な記述を重視すれば、アルゴリズムとしての操作性は低く
なりますし、教材の配列も込み入ったものになります。逆に操作性を重視すれば、記述性は低くなり、ともすれば教
材が単純化されすぎる危険性もあります。
指導現場の実際としては、レファレンスとしては記述の側面を重視した「学習英文法」(文法参考書など)を利用し、
運用のためにはアルゴリズムの側面を重視した枠組みを利用し、教材作成に当たっては、それら両者に目配りしな
がらバランスを図る、といったところではないでしょうか。
参考文献
板倉弘幸,TOSS アンバランス福島 (2008) 『計算技能の確実な定着』 明治図書
かんべやすひろ (1997) 『学校で絶対教えてくれない 超・英文解釈マニュアル』 研究社出版
熊谷博樹 (2010) 『基礎学力を保障するノート指導 算数科編』 明治図書
佐藤貴子 (2007) 「『図形』を向山型算数で指導する」 平松孝治郎 『板書構成・板書の仕方』 明治図書
田地野彰 (2011) 『<意味順>英作文のすすめ』 岩波書店