「宗教学通論」資料:ビデオ『部族宗教 生命の道』

宗教学通論資料:ビデオ(部族宗教)
「宗教学通論」資料:ビデオ『部族宗教──生命の道』
参考文献)
教科書第 1 章第 5 節「先住民の宗教」pp.59-82.
A.M.ルギラ『アフリカの宗教』青土社、2004 年、2200 円
P.R.ハーツ『アメリカ先住民の宗教』青土社、2003 年、2200 円
ハンス・キューング『世界諸宗教の道──平和を求めて──』世界聖典刊行協会、2001
年、ISBN 4-88110-097-1C1014
このビデオは、オーストラリアとアフリカの特に先住民たちが受け継いできた宗教を紹
介しながら、それが、従来「未開宗教」と呼ばれてきたにもかかわらず、実は決して「未
開」的なものではなく、現在ではむしろ「部族宗教」とでも呼ぶべきものであって、現代
世界に貢献しうる十分な力を具えていると主張する。また同時に、これらの宗教を担って
きた人々が西欧文明と出会ったことで経験してきた苦難の歴史、彼らの現在の暮らしの様
子やアイデンティティの問題などを紹介している。
オーストラリアの場合
オーストラリアには現在、約 23 万人の「アボリジニ」(ラテン語の ab
origine「始原か
ら」という表現に由来する)と呼ばれる先住民がいる。大半は都市に暮らしているが保留
地に住む人もいる。中央オーストラリア、エアズロック(=ウルル)近辺にも保留地があ
る。彼らの一部が伝統的な狩猟・採集生活を今なお続けている。彼らは壁画を繰り返し修
復して自らの存在を伝えてきた。女性は採集に従事し、灌木の食用部分の調理法や薬の作
り方、どの植物が食べられるかなどを詳しく知っている。男性は狩猟に従事し、カンガル
ーやエミュー、フクロネズミなどの有袋類の習性、水飲み場がどこにあるかなどに詳しい。
また映像の部族は、蜜蟻を「トーテム」と考え、この生き物と自分たちが太古から結びつ
いていると考えてきた。女性たちは、この蟻の足跡を砂の上に見つけ、地中に潜んでいる
この蟻を掘り出し、蜜溜まりができるまで餌を与え、最終的にその蜜を吸う。
ところで、近代ヨーロッパが彼らをどのように扱い、どのように見なしてきたかであろ
うか。すなわち、ヨーロッパ人は、1688 年に初めてこの地に上陸したウィリアム・ダン
ピアが日記に、彼らを動物と見分けがつかない、世界で最も惨めな人々というように記述
しているように、彼らを「文化」も「宗教」ももたない「未開人」であると考えてきた。
たとえば、ジェームズ・フレーザーなどの人類学者は、彼らには宗教はなく、誤った科学
である呪術のみを有しており、これが宗教、そして科学へと進歩していったと考えた。つ
まり、彼らに「未開」を見た。しかし、実際のところ、彼らには独自の論理や、分類・秩
序への情熱があり──例えば、親類縁者を分類したり、誰と誰の結婚が許されるかを複雑
な論理によって規定している──、単なる「呪術」ではない「宗教」ももっている。他方、
ウィーン学派のヴィルヘルム・シュミットなどはその逆に、原始一神教から多神教、呪術
への退化・衰退の過程がそこに見られると考えた。確かに彼らの中には、不死を得た偉大
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な父という存在を信じている部族がいくつか存在するが、この神は deus otiosus であって、
聖書の神と同じではない。
彼らにとって、いっそう重要なのは、上述のトーテムと結びついた、大きな力をもった
祖先霊の方であり、この太古の祖先が与えた太古の法が決定的に重要である。アナング族
には「チュクルパ(太古の法)」(教科書に拠れば、ワルピリ族は「ジュクルパ」、アレン
テ族は「アリトイェレ」と呼んでいる)があり、それに基づいて社会規範が成り立ち、そ
れが「通過儀礼」などを通して教えられてきた。この「通過儀礼」において行われている
ことは、私たちが子育ての過程において行っていることと基本的に異ならない。宗教なく
して民族は存在せず、倫理観、特別な規範と指針なくして民族はありえない。彼らの論理
や文化は私たちのものと明らかに異なるが、劣ってはおらず、彼らの文化や宗教は決して
「未開」ではなく「部族文化」「部族宗教」と呼ばれるべきである。
ところが、クック船長以来、ヨーロッパ人がこの地に来たことで、このような伝統の大
半が失われてしまった。先住民は宗教的な儀式を始める時にだけ、ウルルに登った。ウル
ルは多くの「チュクルパ」の物語と結びつけられた聖なる山である。しかし、白人がやっ
てきて、ウルルの神聖さが失われてしまった。なかでも大きな打撃であったのは、私有財
産制が導入され、土地がヨーロッパ人の所有とされ、新たな名前が付けられ、土地と先住
民との関係が断ち切られたことである。現在オーストラリア政府は先住民からの土地の返
還要求という困難な問題に直面している。
現在、「アボリジニ」の多くが、西欧人に同化することを望まないが、近代の恩恵を断
念しようとも思わない。彼らにとって両者は矛盾対立するものではない。近代の恩恵を享
受しつつ、自分のアイデンティティを守りたいというのが彼らの望みである。しかし、き
わめて変化の激しい現代において、今後もこのようなことが可能なのだろうかという難し
い問いに直面してもいる。
これは、その他の地域の先住民の多く(ニュージーランドのマオリ族、カナダのイヌイ
ット、南北アメリカの先住民、ロシア・ツンドラ地帯のネネツ族、中国の蒙古族、日本の
先住民族(アイヌ)など)にも当てはまる事態である。
アフリカの場合
ホモ・サピエンスの起源はアフリカ・シリア大地溝帯にある。チンパンジーは進化の過
程で極めて異なった亜種を発展させたが、ホモ・サピエンスは一つの種として発展してい
った。つまり、アフリカは人類という種の共通の故郷なのである。
オーストラリアと異なり、アフリカでは、数千年前から、農耕と牧畜が行われている。
自らを「サーン(人間)」と呼ぶブッシュマンは多くの点でオーストラリアの先住民に似
ているが、紀元前 11 世紀から 5 世紀の間に北部から南部に農耕と牧畜が浸透して行き、
自らを「バンツー(人間)」と呼ぶ人々が先住民のサーンを砂漠地帯に追いやり、私有財
産制が生まれ、村落が生じ、都市へと発展していった。
アフリカではキリスト教とアフリカ伝統の宗教とが混在している。住民の大半は自分を
キリスト教徒と考え、「ムワリ」と呼ばれる唯一の創造神を信じている。しかし、一方で
祖先霊に憑依される媒介者に雨乞いをし、その感謝のためにヤギを犠牲に捧げる儀礼も広
く行われている。また、カトリックの枢機卿のような格好をした治療師が、トランス(憑
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依状態)になって病人や魔女を自認する人などから悪霊を追い出す、ヨーロッパ人の目に
は極めて乱暴に見える儀式が一般的に行われている。ここには中世ヨーロッパで起こった
魔女狩りと同種の危険も存在する。
アフリカ人は植民地化以前は野蛮人でだったわけでは決してない。彼らは 14 世紀には
例えば「大ジンバブエ」という都市(1986 年以来ユネスコ世界文化遺産)を築き、黒人
王国を打ち立て、複雑で進んだ文化をもち、金貿易を行っていたと考えられる。この「大
ジンバブエ」はカランガのショナ族に由来するアフリカ人が建設したものであるが、さら
に、西スーダンにはマリとガオの 2 王国、中央スーダンにはハウサ国家群とマネム・ボル
ヌ、ギニア湾岸にはヨルバとベニンの 2 王国、中央アフリカにはコンゴ王国、東アフリカ
の海岸地域にはいくつかの都市国家、ジンバブエには「大ジンバブエ」を包摂するモノモ
タパ王国があった。
この地域は後にヨーロッパ人に占領され、アフリカ人は安い労働力として利用された。
その基礎を築いたのが、ローデシアに名を残しているイギリスのケープ植民地の首相であ
ったセシル・ローズという人物で、そのせいでダイヤモンドや金の発掘熱が引き起こされ
た。ローズが設立したイギリス南アフリカ会社は、ヌデベレ族の王ローベングラを意図的
に誤訳した文書で騙し、無制限の採掘権と通商権を認めさせ、最終的には戦争を引き起こ
し、ブラウェイオウで 1 万 5000 人のヌデベレ人を近代兵器によって惨殺し、町を破壊し
尽くし、王宮の跡地にはイギリスの中央官庁を建てた。彼らは自分たち白人が優れており、
自分たちの文化をもたらすことが、彼らのためになると考えた。ヨーロッパのキリスト教
も最初これに荷担したが、よい教育と保健衛生制度をもたらしたのが彼らであることも確
かである。教会は罪(植民地主義への荷担)を犯し、それを反省し、さらにアフリカを植
民地主義から解放し、アフリカ人のためのアフリカを確立するためにも闘ってきた。
そのようなアフリカ人のアフリカという傾向が最も早く芽生えたのは芸術の分野であ
る。芸術村「テンゲネンゲ」はその現れである。当初アフリカの創造性をヨーロッパ人に
理解させるためには、ヨーロッパのキュビズムや表現主義の助けを借りなければならなか
った。宗教の分野でも 1930 年代に英国国教会のある聖職者がこの傾向を導入した結果、
黒人の姿でアダムとイブや、イエス、諸聖人が描かれるようになったが、主流派キリスト
教のアフリカにおける土着化(インカルチュレーション)は未だに十分実現してはいない。
他方、アフリカ独自のキリスト教、自由なアフリカ独立教会も大規模に展開しており、
そこには南米に先立って、「解放の神学」と呼ばれるべき新たな神学運動が発生した。ヨ
ーロッパの公認教会はそれを「セクト」と見て、戦うべき相手と見なしているのではある
が。しかし、現実にはこちらのアフリカの独立教会の方に人々は殺到しており、そこには
「黒人神学」、実践される神学が生きている。そこにはアフリカの伝統的な宗教性が活か
されており、人類の未来に何か伝えることがあるはずである。
「地球倫理」へのアフリカの貢献:1)共同体感、連帯感、2)伝統的価値、伝統的規
範への高い評価、3)世界、人間に関する全体的な見方、進歩と伝統との結合
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補足:ビデオ『部族宗教──生命の道』」をめぐって
(1)
日本の先住民(アイヌ)について。
西欧社会・キリスト教に対する批判や嫌悪感を表明する前に、日本にも先住民がおり、
現在の日本人の祖先が彼らを土地から追い出し、彼らの文化を破壊してきたという歴史が
あることについて理解をもつべきであろう。このような事態は、かなり普遍的な現象であ
ると言える。
(2)
アフリカにおけるキリスト教の様々(エチオピア教会、コプト教会)。
ビデオでは、(a)キリスト教が混入したような民族宗教、(b)ヨーロッパ的なキリスト教、
(c)アフリカ的な伝統を活かしたキリスト教が現在のアフリカに見られることを紹介して
いる。ここで紹介した諸現象に関わっているキリスト教はいずれも西欧キリスト教に由来
するものであるように思われるが、そもそもキリスト教は西欧生まれの宗教ではない。そ
して、アフリカには西欧人によってもたらされたのではない、いわば伝統的にアフリカ的
なキリスト教も存在する。ビデオには登場しなかったが、「エチオピア教会」(AD332、ア
レクサンドリアのアタナシウスの布教に由来)やエジプトの「コプト教会」
(紀元 2 世紀)
などがそれで、これは何れも西欧経由ではなく、パレスチナから直接アフリカにもたらさ
れたと考えられる。これらはキリスト教の東西分裂以前にアフリカに伝えられており、西
欧による侵略とは一切関係がない。
なお、これらの教会は、単性論(キリストの神性が人性を呑み込んでしまったと考え、
キリストの人性を認めない立場とされる)の立場に立ち、AD451 のカルケドン公会議(ニ
ケア信条の確認)でキリストの神性と人性の同等性および三位一体説が正統教義として確
立されると、教義的には異端とされてしまう。ただし、広義の東方教会には含めて考える
ことができ、初期のキリスト教の姿をかなりよく伝えるものだと考えられている。これに
ついては、僅かであるが、教科書にも記述があるので参照されたい。
(3)
「セクト」という言葉について
この後、授業で幾分詳しく論じる予定。現在、日本で用いられている「カルト」という
言葉に近い意味を有していると言える。
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