特集 ホンダ_110712.indd

カッコよくて凄く軽い を実現する
自動車クロージャー向けの次世代ヘミング技術
田
尾
宣
ホンダエンジニアリング㈱
我々ホンダエンジニアリング車体領域は カッコよくて凄く軽い 自動車
ボディづくりに取組んでいる。今回クロージャー部品向けに製缶や家電
業界などで広く普及する 巻き締め を応用し、意匠面の成形性に優れ、
多機能高性能な次世代ヘミング技術 “ 3 D ロックシーム ” を開発した。
1.はじめに
外縁部にヘミング(HEM)加工が施された自動車
用ドアやフードなどのクロージャー部品構造は Honda
をはじめ多くの自動車メーカに広く採用され永らく
業界のスタンダードとなっている。しかしながら、こ
の加工方法は成形品質要件に起因するデザインや設
計上の制約が多く、またその製造プロセスは多工程を
跨ることから、製造現場の困りごとが多い。
ホンダエンジニアリングは、これらの課題を解決
し、高意匠で付加価値の高い商品を実現する世界初
の HEM 構造とその製法を開発したのでその概要を
紹介する。
図 2 車種別エクステリア占有面積比
このように車体エクステリア板金部材の 40% 〜
55% はクロージャー部品で占められる。またクロー
ジャー部品は車体部品の中で最もユーザが触れる機
会の多く、自動車のポータル・パーツと言える。し
図1
1.1
代表的なクロージャー部品
カースタイリングとクロージャー部品
たがってクロージャー部品のスタイリングと質感を
向上させることはクルマの魅力品質を具現化する上
で非常に重要であると言える。
自動車のエクステリアの表面積はドアやフード
などのクロージャー部品が多くを占めている。図 1
1.2
クロージャー部品構成とその要求性能
に代表的なクロージャー部品を示す。また図 2 に
クロージャー板金部品は大別すると 2 つの部材で
Honda が製造・販売している車種・部品別の車体エ
構成される。外装となるドアスキン、フードスキン
クステリア占有面積比を示す。
などのアウタパネル(アウタ)と骨格や艤装品ケー
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シングとなるドアパネル、フードフレームなどのイ
ンナパネル(インナ)である。多くの場合このアウ
タとインナは、部品外縁部を結合されたクラムシェ
ル(2 枚貝)構造が採用されている。この外縁部の
結合手法として HEM 構造が採用されている。図 3
はドアの板金部品構成である。
図 4 自動車ドアの部品別要求性能マトリクス
1.3
HEM 構造とその製造プロセス
HEM 構造のクロージャー部品は図 5 のようにア
ウタのフランジング加工、アウタとインナの接着、
アウタの HEM 曲げ加工とアウタフランジ端末部の
ダストシーラーによる被覆により形成される。また
ドアなど重要保安部品には接着のほか、抵抗スポッ
ト溶接を組み合わせている。
図3
代表的なドアの部品構成
前述のとおりクロージャー部品は、ポータル・パー
ツとして高い安全性と耐久性が求められる。図 4 は
ドアに対する部品別の主な要求性能をマトリクスで
整理したものである。外縁部では主にアウタ部品が
脱落しないこと、ユーザが手を触れても安全である
ことが必須であり、耐錆性や外部突起保護性などの
性能付与されている。これら性能を達成するため
HEM 構造が用いられている。
図5
HEM の断面構造と製造プロセス
2.3 D ロックシームの開発
2.1 開発の背景と目的
HEM は Honda の車体製造プロセスにおいてはプ
レス区・溶接区・塗装区と多工程を跨る加工が必要
する衝突安全性の向上など、将来的にますますク
ロージャー部品構造に対する要求が厳しくなること
が予想され以下のように開発方針を定めた。
となるため、品質面での製造現場の困りごとが多い。
① 商品のスタイリング・質感を向上させること
また新機種開発の現場においてもデザインや設計制
② 現場の困りごとの解消ができること
約が多いことから、商品性と製造性を両立するため
③ グローバルの生産ラインを使い切ること
に多くの時間をかけている。またカースタイリング
④ 新たな商品価値を提案できること
のモノフォルム化・フラッシュサーフェス化といっ
たデザイントレンドや乗降性や荷物の積載性といっ
た商品性向上のためのボディ大開口化とこれと相反
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2.2 構造置換という着想
前述の通り、クロージャー部品のアウタとインナ
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の結合構造はほとんどの自動車メーカが HEM 構造
を採用している。例外的に FRP 一体構造やボルト
締結構造を採用しているものの、極少量生産のスペ
シャリティカー向けであったり、樹脂アウタの採用
が前提であったり、開発方針に合致しない。そこで
既知の車体加工技術だけでなくさまざまな加工技術
を広く検討した結果、製缶業界を中心に輸送用容器
の製法として広く普及している巻き締め法(英語で
は Lock Seaming)に着目し、これを応用し HEM
構造をこれに置換する技術の開発を進めることとし
た。これは巻き締めが従来 HEM と同じくプレス板
金加工でありながら、曲面の加工性に優れ、また多
機能・高性能であることから目的達成に最適と考え
図7
車体製造に用いられる接合手法の機能マップ
た為である。図 6 に HEM と巻き締めの加工時のフ
ランジや意匠面の歪みや応力の状態の違いについて
概念図で説明する。概念図の通り、巻き締め(カー
ル成形)は HEM に対しフランジ加工時に発生する
曲げモーメントやフランジ内の歪み・応力を小さく
できる。
図8
2.3
3DLS の断面構造と製造プロセス
開発技術について
図 9 は Honda の代表的はクロージャー部品の溶接
製造ラインである。ラインのほぼ中央にプレス機 1
基が配置され、プレス金型による HEM 加工を行っ
ている。HEM 工程の前工程ではスティフナーなど
の小物部品の組み付けや溶接工程、接着剤の塗布工
程、アウタとインナのサブ ASSY を嵌め込むマリッ
ジ工程などがある。後工程には HEM 後の溶接工程
図6
フランジ加工時の歪み・応力の状態(概念図)
やヒンジなどの組み付け工程がある。
図 7 は車体板金加工に用いられる接合技術の機能
マトリクスである。巻き締め(3DLS を含む)はそ
の他の技術に対して多機能であることが分かる。こ
れによりクロージャー部品の商品価値を高めるとと
もに製造プロセスを短縮することを可能にした。
図 8 に構造置換後の断面形状を示す。ところで開
発技術は巻き締めの応用であるが、クロージャー部
品の外縁部は主に 3 次元自由曲線の加工法であるこ
とから、3D ロックシーム(3DLS)と呼称し従来技
術と区別している。なお自動車クロージャー部品へ
の巻き締め構造の採用はこれが世界初となる。
図9
クロージャー部品の溶接ライン(ドア)
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既存ライン構成に極力手を加えず温存しながら、
アウタ外周接線方向からのカール成形と鉛直方向
3DLS への構造置換を図る為、3DLS のプレス加工
から潰し成形とし、金型は拍車式のロータリーカム・
もこの1工程で完結すべく成形方案と金型を開発し
ユニットと副動のパッド油圧クッション・ユニット
た。図 10 に金型動作と成形のプロセスを示す。
を追加することでプレス1モーションで巻き締め加
工を実現する複合成形機構を開発した。図 11 に実
カール成形
シームパンチ
①カールパンチ前進
機ドア用の3DLS 金型構造を示す。
CURLING
PUNCH
カールパンチ
PAD
DIE
ロータリー・カムユニット
②カールパンチ退避
③シームパンチ下降
油圧シリンダ
潰し成形
パッド
CURLING
PUNCH
SEAMING
PUNCH
PAD
DIE
図 10
3DLS の成形プロセスと金型機構
図 11
ドア用の 3DLS 金型構造(断面視)
3.開発技術の特徴と効果
3.1
スタイリング・質感の向上
3.1.1
デザイン曲率と意匠面の精度
HEM 加工と 100R の 3DLS 加工の外観品質が同等と
なる。
図 12 に HEM 加工におけるデザイン曲率半径と
さて図 13 はドアでの外観品質について目視での
フランジ部に発生する歪みの関係を示す。フランジ
違いを HEM と3DLS で比較したものである。HEM
が長くなるほどデザイン曲率の影響を受ける。また
では CAD データに対しダレ・ソリ・ウネリといっ
アウタ部品は 1mm 前後の薄板であるためフランジ
た面の起伏現象が確認できるものの、3DLS ではほ
加工による残留応力は意匠面の外観品質に大きく影
ぼ見られなかった。
響する。従って Honda ではデザイン曲率に対する
HEM フランジ長さ設定を規定している。一方 3DLS
は前述の通り、フランジ加工時の曲げモーメントと
歪みを小さく抑えられることからデザイン曲率に対
して HEM より鈍感である。したがって HEM 加工
に対しおよそ 10 倍のデサイン曲率に対して外観を
損なうことなく加工ができる。つまりの 1000R の
図 13
3.1.2
意匠面の見え方の違い
デザイン見切り位置
図 14 は先述のマリッジ工程の設備イメージの図
である。予め治具にセットされたアウタにロボット
図 12
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デザイン曲率とフランジ歪み率の関係
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により把持されたインナを嵌め込む。
特集 塑性変形を利用した接合法
3.1.4
HEM 部見映えの向上
Honda では図 5 のように HEM 部の室内側にはダ
ストシーラーにより HEM 端面を被覆している。ダ
ストシーラー施工の目的は大きく二つある。まずフ
ランジ端面の防錆、もう一つは端面エッジ部の保護
し、手の切創などお客様の怪我防止である。3DLS
ではフランジ端面が露出しない為、このような対応
は不要である。よって防錆の必要が無い AL 製の部
品についてはダストシーラーを省略でき HEM 部の
室内側の見映えが向上する。
3.2
図 14
マリッジ工程の設備とマリッジ困難な製品事例
HEM の機能統合化
3.2.1
接合機能の付与
HEM は単独ではほぼ接合機能を有しない。した
凸面デザインの部品の場合、従来はマリッジの際
がって構造用接着剤を併用してアウタとインナを接
HEM フランジがインナと干渉しやすくマリッジ成
合している。一方 3DLS はアウタとインナのフラン
立させる為、部品を分割するなど製品仕様を見直し
ジ先端にインターロック部が形成されている為、一
たり、ロボットのティーチングや治具に工夫が必要
定の接合強度を有する。図 16 は3DLS の接合強度
だった。3DLS では直立した HEM フランジが不要
の試験結果と変形形態である。ドアの板組みではお
となるため、インナとのマリッジ性を考慮せずに自
よそ 40mm の加工長で抵抗スポット溶接 1 打点に相
由に見切り位置を決めることができる。
当すること、また材料の伸びを超え衝撃吸収性があ
ることが本試験から確認できた。
3.1.3
アルミニウム(AL)部品の見切り小 R 化
AL はスチール(SP)に比べ伸びが小さいため、
図 15 のように HEM 曲げにて局部伸びし曲げ R 部に
微細クラックが生じやすい。これを避けるために AL
製のクロージャー部品では玉ぶち HEM と呼ばれる
形状とし見切り R を SP 材より大きくしている。一
方 3DLS の成形プロセスでは見切り R 部に伸びが集
中しないため SP 部品と均一の見切り R を設定でき
る。したがって SP 部品と AL 部品が混在するような
アウタ部品構成であっても一体感を損なわない。
図 16
3.2.2
3DLS の接合強度の評価
耐衝撃性の向上
前述の基礎試験から実機での効果を確認するため
住友金属工業 ㈱ 殿にご協力いただき、ドア試作品を
用いた落錘試験を実施した。本試験ではアウタ中央
部に被試験体より高さ 1 m の位置から 1,000 kg の錘
を落下させることとした。図 17 に落錘試験の様子
と試験後のドアの状態と結果を示す。本試験から従
来品に対しておよそ 20%の耐衝撃性が向上すること
が確認できた。
3.2.3
図 15
AL 材での HEM 性の違い
静剛性と寸法精度の向上
図 18 はフード試作品を用いた片持ち剛性の評価
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図 17
落錘試験による耐衝撃性の評価の様子
結果である。HEM 部は熱硬化性の構造用接着剤を
図 19
テールゲートの塗装工程流動後の精度変化
流動前の精度を保持している。
ま た 図 20 は ド ア 試 作 品 で の サ ブ ASSY 品 と
用いている為溶接工程で塗布された接着剤は塗装の
焼付け工程まで硬化せずアウタとインナは固定され
ASSY 品での寸法精度の変化である。検証の結果、
ない。したがって従来 HEM では塗装焼付け工程ま
もし単品やサブアッシー品に寸法精度上の問題が
での過程では完成品並の剛性を有しない。いっぽう
あっても 3DLS 加工をすることで精度を回復できる
3DLS は接着剤に依らず接合機能を有しているため、
ことが分かった。
溶接直後でも完成品同等の剛性を実現できる。
許容公差
6
6
7
7
8
8
許容公差
4
1
2
2
3
3
4
サブASSYの精度ばらつき
ASSYの精度ばらつき
FR側
RR側
5
【面位置】
18
8
16
悪
図 20
図 18
S/S側
ドアのアセンブリ精度の回復
フードの塗装工程前後での剛性の変化
3.2.4
44
悪
20
0
良
22
2
許容公差
24
良
悪
悪
良
悪
悪
耐錆性の向上
以上のようにクロージャー部品はその製造過程で
クロージャー部品の耐錆性は保安はもちろん、見
接着剤がまだ機能していない状態で、ホワイトボ
映えの観点からも重要である。クロージャー部品は
ディへの取り付け作業、搬送時の振動や衝撃・塗装
内部に水が浸入することを前提としてしている為、
工程では洗浄水、前処理液、電着液の液圧、塗装焼
アウタとインナの界面となる HEM 部の水密性保証
付け工程の 180℃〜 200℃にもなる熱など、寸法精
は大変重要である。図 21 にドア試作品での 12 年相
度の影響因子が多数ある。従来はこれらに対応する
当の複合サイクル腐蝕試験(CCT)後の HEM 部の
ため、工程ごとに建て付け精度を補正したり、変形
電子顕微鏡写真(SEM)である。本試験ではドア単
しないよう治具を用いて養生するなど生産現場で対
体・艤装品なしで試験機に投入しており、実使用環
処をしてきた。図 19 はテールゲート試作品の工程
境に比べ、過酷な試験条件下で評価した。試験の結
流動時の精度の変化である。従来 HEM は変形防止
果、HEM 量産品に比べ 3DLS 試作品ではアウタと
治具なしでは変形しているのに対し、3DLS は工程
インナの密着力が高く、従来品では HEM 内部に錆
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変化させることも可能である。したがって商品設計
者はクロージャー部品に求められる機能・性能・見
映え、また品質・コストに応じた断面選択をするこ
とが可能である。図 22 に Rr ドアでの設定事例を示す。
3.3
製造プロセスの統合化
3DLS によって HEM の機能統合をした結果、製
造プロセスも統合化され、HEM 用のフランジ形成
や接着、シーリングといった工程を削減または簡素
化することができた。
図 21
CCT 試験後のドアの HEM 内部の状態
図 23 に従来 HEM と3DLS 適用後の製造プロセ
スの変化を示す。SP 部品に比べ AL 部品の場合、赤
発生があったものの 3DLS では一切錆発生が見られ
錆に対する防錆仕様が不要となることから、工程を
ず、3DLS の耐錆性に関しても構造上の優位性を確
さらに削減できると考える。当社試算では、加工コ
認できた。
ストは従来比で SP 部品は 20% 削減、AL 部品では
40% の削減を見込んでいる。
3.2.5
製品仕様のバリエーション拡大
以上のように 3DLS は自動車のスタイリングや質
本技術にて成形できる断面形状は二重巻き締め形
感などの商品魅力と衝突安全性など商品性能に寄与
状だけでなくカール形状、従来 HEM 形状などバリ
しつつ、製造プロセスの統合化と品質向上を実現す
エーションを持っており、1 辺の中で連続的に断面
る高効率な構造であり、製法であると言える。
図 22 3DLS のドアへの適用事例
図 23
3DLS 化による製造プロセス変化
4.おわりに
我々自動車メーカはサスティナブルな未来の実現
造における接合手法の中心は間違いなく溶接である
に向け、自動車に関わる環境負荷を限りなく最小
が、本技術は溶接よりも小さい消費電力で済み、ま
にする責務がある。車体の軽量化も自動車使用時
た環境負荷物質を含む接着剤等の使用量を抑えられ
の CO2 排出量の低減する重要なアイテムだが、最近
る可能性がある。以上のように自動車のライフサイ
は車体のマルチマテリアル化がその技術トレンドと
クルアセスメント(LCA)の観点からも本技術は価
なっている。本技術は他に類のない 3D 自由曲線を
値があると考える。
加工できる連続メカニカル結合手法である。溶接で
きない素材や組み合わせにも適用可能であるため、
今後クロージャー部品に限らず、車体のマルチマテ
リアル化への貢献が期待される。また現在の車体製
参考文献
1 )社団法人 自動車技術協会:自動車技術ハンドブック 2
設計編,P. 286
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