乳腺内分泌外科研修医マニュアル

Part 2
Breast and endocrine Surgery
(乳腺内分泌外科)
Written by
T. ITO, M.D.
T. Kanai, M.D.
K. Maeno, M.D.
K. ITO, M.D.
甲状腺腫・甲状腺腫大の診断
①
はじめに
・ 甲状腺外科で主に扱う甲状腺疾患は、甲状腺腫あるいは甲状腺腫大を主訴とするものが大部分を占め、
甲状腺腫瘍の診断・治療を主としている。
・ 甲状腺腫瘍以外で、内科的治療が優先される疾患(Basedow 病)および外科的治療の適応がない疾患
(慢性甲状腺炎、亜急性甲状腺炎など)は内分泌内科での加療となる。
② 身体所見
1.
2.
③
頚部腫瘤の局所所見

場所

大きさ(cm)

硬さ(軟、弾性(弾性軟、弾性硬)
、硬)

表面(平滑、不整)

辺縁(明瞭、不明瞭)

可動性(良好、不良)
頚部リンパ節腫大の有無、有ればその所見
診断に要する各種検査
1.
血液検査

甲状腺機能
-

Tg(サイログロブリン)
、TgAb(抗サイログロブリン抗体)
fT3, fT4, TSH
甲状腺腫瘍の際は必ず確認。TgAb 陽性における Tg 値の高値は、TgAb 陰性における場合
と比べ、臨床的意義が少なくなる。
-
慢性甲状腺炎の診断。

TgAb、TPOAb

TRAb(Thyrotropin Recepter Antibody)、TSAb(Thyroid Stimulating Antibody)
Basedow 病の診断・病勢の評価。
2.
甲状腺超音波検査

結節の局在、辺縁、内部構造、石灰化の有無および性状を評価。
→甲状腺腫瘍の鑑別診断を行う。
(甲状腺癌(主に乳頭癌)、濾胞性腫瘍、腺腫様甲状腺腫、悪性リンパ腫など)

頚部リンパ節の評価。
→特に甲状腺癌におけるリンパ節腫大の有無の評価は、術式の検討において重要。
3.
穿刺吸引細胞診(Fine Needle Aspiration: FNA)

穿刺した病変を明記する。

診断分類(4 項目)
:①悪性、②悪性疑い、③鑑別困難、④正常あるいは良性。のいずれであ
ったか、明記する。

診断に至った細胞の所見(あるいは推定される組織診断)を簡潔に記載する。

診断および細胞所見が、触診、超音波検査などの臨床所見と一致するか、評価することが重
要。
4.
胸部レントゲン

心陰影、肺野の所見の確認も重要だが、甲状腺腫瘤が大きい場合は特に気管の偏位や狭窄の
有無を確認すること。
5.
頚部 CT

甲状腺腫瘍の質的評価は、超音波検査に比べ、その能力は劣るため、腫瘤の大きさや像の所
見を記載するのみで、質的診断の記載は必ずしも必要ない。

むしろ、腫瘍の局在の確認、周囲臓器への浸潤の有無、頚部リンパ節の評価において重要で
あり、これらの点を評価すること。
6.
頚部 MRI

局所進行の甲状腺癌における周囲臓器への浸潤(特に気管)を評価する上で重要となるので、
この点につき評価すること。
外科的治療を要する甲状腺機能亢進症
① Basedow 病
1.
病因論
TSH 受容体に対する自己抗体が主に甲状腺内で産生されて、甲状腺を刺激する。
2.
治療法
A) 内科的治療(第1選択)
(抗甲状腺剤(MMI、PTU など)の内服)
B) 外科的治療(甲状腺亜全摘、あるいは、甲状腺全摘)
C) 放射線治療(131I 内服治療)
3.
外科的治療の適応
A) 抗甲状腺剤で副作用(白血球減少、薬疹、肝機能障害)を認める。
B) 抗甲状腺剤に抵抗を示す。
C) 若年者で、将来妊娠出産を薬剤なしで希望する。
D) 甲状腺癌を合併している。
E) 進学、就職、海外出張などの社会的適応。
4.
外科的治療の意義
A) 甲状腺ホルモン産生の場を減らすことによる内分泌学的寛解を誘導する。
B) 甲状腺内の病的免疫担当細胞を除去するとともに、抗原である甲状腺組織を減らし、免疫学
的寛解を誘導する。
付記:免疫寛容(Immunological tolerance)

普通ならば、免疫応答を誘発することのできる抗原に対して、リンパ系組織が特異的
に無反応になっている状態のこと。
5.
術前処置
A) 抗甲状腺剤、ヨード剤、ステロイド剤、β‐blocker を使用し、原則 euthyroid にしておく。
B) 抗甲状腺剤が使用できない場合は、他剤を用いるが、少なくとも T3(fT3)は、正常範囲に
入っていることが望ましい。
KI(無機ヨード) 10mg/ml を 3~4.8 ml/日、2 週間
(6 日間ほどで術後漸減する)
C) 自己血輸血の準備
甲状腺腫大が著明で術中出血量が多くなることが予想される場合。
6.
7.
術式
A) 甲状腺亜全摘
―
甲状腺両葉をそれぞれ一部、あわせて 4~6g 残す。
B) 甲状腺全摘
―
抗甲状腺剤が副作用等で使えない場合に選択される。
術後管理
A) (通常の甲状腺癌術後合併症と同じだが、特に)術後出血。気道閉塞。
B) Basedow 病の再燃
8.
Basedow 病で使用される薬剤の薬理作用
A) メルカゾール:MMI(1-methyl-2-mercaptoimodazole)
B) チウラジール、プロパシール:PTU(propyl-thiouracil)
 甲状腺ペルオキシダーゼの作用を阻害し、甲状腺ホルモン合成を抑制する。
 末梢での T4 から T3 への転換を阻害する(PTU のみ)。
 免疫抑制作用。
《重要》致命的な抗甲状腺剤の副作用
―
白血球(顆粒球)減少症

MMI、PTU 投与開始後、1~3ヵ月後の発症が最も多い。

頻度は、0.1%ほど。

6 ヶ月経過すれば、発症の可能性はほとんどない。

抗生剤および G-CSF 投与。
C) 無機ヨード(KI)
 甲状腺の細胞膜 adenylate cyclase 活性に対して阻害作用を有する。
 甲状腺ホルモンの放出と合成を抑制する。甲状腺組織に対して退縮、硬化をもたらし、血
管増生に対して抑制的に働く。
D) ステロイド(副腎皮質ホルモン)
 末梢での T4 から T3 への転換を抑制する。
 免疫抑制作用。
E) β-ブロッカー
 交感神経系緊張に基づく頻脈、多汗、情緒不安定などの諸症状が軽減される。
 交感神経遮断効果により、術後クリーゼの発生を防止する。
 末梢で T4 から T3 への転換を抑制する。
F) 炭酸リチウム(抗欝剤)
 無機ヨードの類似した作用。
9.
妊娠と薬剤
 MMI、PTU はともに胎盤を通過する。PTU の胎盤通過は MMI より少なく、MMI の 4 分
の1である。
 常用量では、MMI も PTU も催奇形性はないとされる。ただし、MMI はその昔、催奇形性
の可能性が言われていたため、現在も妊娠中は PTU を好んで処方している。T4、T3 は胎盤
を極少量通過する。
 妊娠は免疫抑制に働くので(胎児は異物)、自己免疫性疾患は良好な経過をたどることが多
い。逆に、出産後は増悪することが多いので注意が必要である。
 乳汁への以降は MMI では多く、PTU では少ないので、授乳を望む場合には PTU に変更す
る。
② AFTN(autonomously functioning thyroid nodule)
甲状腺ホルモンを産生する腫瘤が甲状腺内に認められる疾患である。切除することにより治癒を目指す
が、極めて稀。
甲状腺腫瘍の外科的治療
① 術前検査所見の確認と術前管理
1.
Routine で行われている検査
A) 血液検査

血算、生化学、凝固、感染症、血液型、赤血球抗体スクリーニング

甲状腺機能検査(fT3, fT4, TSH, Tg, TgAb)
B) 心電図
C) 簡易呼吸機能検査
D) 画像検査

頚部超音波

頚部 CT
E) 穿刺吸引細胞診
2.
進行症例に対して追加された検査所見の確認
A)
頚部 MRI ―
B)
鼻咽頭ファイバーあるいは気管支ファイバー
C)
3.
周囲血管、気管、食道への浸潤が疑われる場合。

声帯の運動(反回神経麻痺の有無)の確認。

気管壁への浸潤の有無を評価。
上部消化管内視鏡
―
食道壁への浸潤の有無を評価。
胸管食の摂取
 左内深頚領域(左 D2a)のリンパ節郭清を行う予定、あるいは行う可能性のある症例に対して、
術後乳び漏を防止する目的で胸管食を摂取してもらう。
 胸管食(バター10g、卵黄 1 個、牛乳 200ml)を、入室 4~6 時間前に食べてもらう。
 これにより、術中、胸管が白色の管状組織として識別できるようになる。また、術中に胸管を
損傷し乳びが漏出した際に、損傷部の同定が容易となる。
4.
形成外科への頚部創縫合の依頼
 疾患の性質上、比較的若い女性の患者さんが少なくない。20~30 代の女性に対しては、美容
的見地から創縫合を形成外科医に依頼している。
 当科では甲状腺手術に対する鏡視下手術を施行していない。そのため、鏡視下手術の適応のあ
る症例に対しては、鏡視下手術を採用していない代わりに、創縫合を形成外科に依頼して美容
に努めていることを患者さんに説明している。
 形成外科医による創縫合の依頼の適応に原則年齢を定めてはいない。
5.
告知
甲状腺分化癌では、予後が良好なこともあり、ほぼ全例で癌の告知を行っている。
《追記》
甲状腺癌における頚部の嚢胞性病変
この場合、甲状腺癌のリンパ節転移によるリンパ節の嚢胞性変化の可能性が高く、嚢胞内容物の Tg 値
を提出している。
② 当科における甲状腺癌に対する手術術式の基本方針
1.
甲状腺分化癌(乳頭癌)の基本方針
A) 腫瘍が片葉に認められ、1cm 未満の場合。
(ア) 微小癌と考えられ、ご本人の希望を確認し、経過観察とする場合がある。
(イ) 片葉内に限局している場合、片葉切除+D1 郭清。
(ウ) 峡部に存在する場合、左右どちらかにやや寄っている場合は、片葉切除+D1 としているが、
峡部中央の場合は、甲状腺全摘術+D1 を選択することもある。
B) 腫瘍が片葉に認められ、1cm 以上の場合。
(ア) 原則、甲状腺全摘術+D2a 郭清。
C) 腫瘍が両葉に認められ、いずれも 1cm 未満の場合
(ア) 甲状腺全摘術+D1 郭清。
D) 腫瘍が両葉に認められ、1cm 以上の腫瘍を認める場合。
(ア) 甲状腺全摘術+(1cm 以上の腫瘍を認める側の)D2a 郭清。
E) 隣接周囲臓器に浸潤している場合。
(ア) 原則として、根治手術を目指し、甲状腺全摘術+浸潤臓器合併切除を行う。
(イ) 気管浸潤症例に対しては、術中に癌浸潤を認める気管壁をメスで可及的に削り取り、迅速病
理診断に提出し、断端を確認する。断端陽性であれば、その程度に応じて、気管の楔状切除、
環状切除、開窓術を行い、根治術を目指す。根治性が得られそうにない症例に対しては、可
及的に切除後、術後 131I 内服治療あるいは放射線外照射を行い、気管合併切除は行わない。
(ウ) 根治手術を目指したが、周囲臓器への癌の遺残を認める場合は、術後 131I 内服治療あるいは
放射線外照射を行う。
F) 耳介軟骨を使った気管閉鎖術を行う場合がある。
2.
甲状腺濾胞性腫瘍が疑われる症例の基本方針
A) 腫瘍の首座に応じて、乳頭癌と同様に、片葉切除あるいは甲状腺全摘術を施行する。濾胞癌の特
徴として、血行性転移が主であることから、頚部リンパ節郭清は腫瘍の大きさに関わらず、D1
郭清とする。
B) 1cm 以上の濾胞性腫瘍が場合、もし乳頭癌であった場合、頚部リンパ節郭清の範囲を D1 から
D2a とする必要があるため、術中迅速病理診断にて乳頭癌の否定をしておくことが多い。
C) 術前より濾胞癌と診断されていることは少なく、多くは濾胞性腫瘍を疑わせる超音波および細胞
診所見を呈していることより手術適応となる。濾胞癌か濾胞腺腫かの鑑別は、術前検査では限界
があり、最終診断は病理組織診断にゆだねられる。すなわち、腫瘍細胞が被膜内に留まっていれ
ば濾胞腺腫、被膜を越えて認められれば濾胞癌と診断される。また、切除標本に病理組織検査に
より最終的に腺腫様甲状腺腫と診断される場合もある。
3.
単純性甲状腺腫(腺腫様甲状腺腫)の基本方針
A) 基本的に手術適応ではない。
B) しかし、徐々に増大傾向を認める場合、腫瘤による圧迫症状を認める場合、美容的に手術を希望
される場合は手術適応があり、ご本人の希望を踏まえ、手術を検討している。
C) 甲状腺腫が尾側へ進展傾向を示し、縦隔内に進展している場合(縦隔内甲状腺腫)は手術適応と
なる。
D) 多くの場合、それなりの大きさとなっていることが多いため、腫瘤核出術よりは、腫瘤の局在に
応じた片葉切除や甲状腺全摘術を選択することが多い。
4.
甲状腺・髄様癌の基本方針
A) 乳頭癌の基本方針に準じる。ただし、家族型は、傍濾胞細胞の過形成を基盤として発生し、両葉
に多発する傾向にあるため、たとえ腫瘍が肉眼的に片葉にしか認められなくても甲状腺全摘を選
択する。
B) 褐色細胞腫を伴う Sipple 症候群においては、副腎の手術を先に行う。
5.
甲状腺・未分化癌の基本方針
A) 通常、治療開始前には既に広範な局所浸潤のため外科的切除不能な症例が多いが、切除可能であ
れば切除する方針としている。
B) 有効な治療とは言い難いが、化学療法を施行する。手術、放射線外照射は気道確保のための局所
コントロールと考えられる。
C) 腫瘍の急速増大により窒息の危険性がある場合は、躊躇なく気管切開を行う。
③ 術後合併症
1.
術後出血
(ア) 術後 2~3 時間以内(時に 5~6 時間後)に起こりやすい。創部の腫脹、膨隆の有無を観察する。
(イ) 出血すると、ドレーンより血性排液の増加が認められるが、血腫を形成するため、ドレーンは効
かなくなる。このため、頚部腫脹から喉頭浮腫を起こし、窒息の恐れが出てくる。この場合、ベ
ッドサイドで再開窓し(クーパーで一気に開く)、気管切開を行う。呼吸状態に余裕がありそう
なら、手術室で止血術を行う。
(ウ) 陰圧式ドレーンを留置する際、血管に接しないように留置する。
2.
創感染(縫合不全)
(ア) 通常の甲状腺手術では創感染を起こす頻度は極めて少ない。頚部手術における Surgical site
infection(SSI)に対する抗生剤の予防的投与は、表皮ブドウ球菌に対する第一世代セフェム系
抗菌薬を、術中 1 回投与、あるいは、術中 1 回投与+術当日 1 回投与でよいと考えられる。
(イ) ただし、周囲臓器の合併切除(特に気管、食道)や開窓術を要した症例では、創感染に対する観
察を行いながら、抗菌剤を数日投与する必要があると考えられる。
(ウ) 創の感染徴候が認められれば、洗浄や切開排膿などの処置を考慮する。
3.
嗄声
(ア) 一側の反回神経麻痺で起こる。術中に反回神経を損傷していなくても、手術操作の影響により術
直後から一過性に認められることもある。反回神経を損傷していなければ、数日で回復すること
が多いが、時に 3 ヶ月~6ヶ月を要する場合もある。
(イ) 数日で回復しない反回神経麻痺の場合、末梢神経障害として、メチコバールを処方することもあ
る(効果は不明)。
(ウ) 手術中に切断した場合、可能であれば形成外科医に依頼し、顕微鏡下で神経縫合をしておくこと
が望ましい。切断範囲が長く縫合できない場合は頚神経ワナを用いる。前頚筋群の処理の時から
ワナの温存に努める。いずれの方法も声帯の動きを改善するわけではないが、声帯の萎縮を妨げ
ることができると考えられ、健側の声帯の動きにより代償されてくると、比較的きれいな声が出
る。
4.
呼吸困難
(ア) 両側反回神経麻痺または声門浮腫による狭窄により起こる。
(イ) 術直後に起こりやすいが、再挿管は困難なため、気管切開を行う。
5.
乳び漏
(ア) 左内深頚領域のリンパ節郭清の際、静脈角近傍で胸管を損傷することによる。
(イ) 乳び漏となった場合、絶食にして保存的に経過観察する。ドレーンからの排液が減ってこなけれ
ば(1 日 300ml 以上)、再手術が必要となる。
6.
術後の甲状腺機能低下症
(ア) 甲状腺の切除範囲により異なるが、片葉切除なら必要ないこともありうるが、それ以上の場合、
甲状腺ホルモンの補充(T4:チラーヂン S 錠の内服)が必要となる。
(イ) 甲状腺ホルモンの半減期は 1 週間であるため、術後すぐに補充を開始しなければならないもので
はない。しかしながら、甲状腺全摘後の場合、第 4 病日頃より、1錠 2 日間、2 錠 2 日間、と漸
増させて内服してもらい、退院後外来で必要量を設定するようにしている。体格にもよるが、甲
状腺全摘後でチラーヂン S 錠(50) 2.5~3 錠/日で甲状腺機能が正常域に入る。
(ウ) 術後再発予防として、TSH 抑制(fT3, fT4 は正常域だが、TSH が低値となった状態)を行うこ
とがある。この場合、甲状腺機能正常値が得られるチラーヂン内服量に対して、25μg ほど多く
内服してもらうことで得られることが多い。
7.
術後の副甲状腺機能低下症による低カルシウム血症(テタニー症状の出現)
(ア) 症状は、指先、口唇のしびれで、進行すると“助産師の手”が出現する(駆血すると余計にはっ
きりと出現する)。Chvostik 徴候(耳介の下前方を指先でトントンと叩くと、口唇、口角がぴく
ぴくと痙攣する)。
(イ) 片葉切除では出現しないことが多いが、全摘術後は出現する頻度が高いので、症状がなくても、
血中補正カルシウム値は確認する。
(ウ) 術後数時間後から出現する。
(エ) テタニー症状を現れたら、採血後に、
コンクライトカルシウム 1A + ソルデム1 200ml を 2 時間で点滴静注
する。血管痛があるので、なるべく太い血管から点滴静注することが望ましい。
(オ) 低カルシウム血症、テタニー症状が認められたら、その程度により、
乳酸カルシウム 1~3g/日、アルファロール(1) 1~3c/日
1 日 1 回、朝(あるいは 1 日 2~3回、朝(昼)夕)
の経口投与を第 1~2 病日より開始する。
8.
その他
(ア) 上喉頭神経外枝の損傷→大きな声が出ない、長く話すと疲れる。
(イ) 副神経の損傷(頚部外側を操作する場合)→上肢の挙上障害。
(ウ) 交感神経幹の損傷(Horner 症候群)
(エ) 皮膚切開創のケロイド→術後 6 ヶ月間ほど、予防として肌色テープを張り、創部にかかるテンシ
ョンを軽減し、保護する。
甲状腺癌の化学療法
① 甲状腺分化癌の化学療法
有効な化学療法はない。進行、再発症例で低分化になっている症例、未分化転化をきたした症例で
は、未分化癌に準じた化学療法を行う。
② 甲状腺未分化癌の化学療法
1.
EAP 療法(Etoposide、Doxorubicin、Cisplatin)
Etoposide
60 mg/m2
iv
day 1, 2, 3, 4, 5
Farmorbicin
30 mg/m2
iv
day 1
Cisplatin
80 mg/m2
iv
day 1
これを 3 週おきに繰り返す。
副作用)嘔気・嘔吐→制吐剤
骨髄抑制→G-CSF 投与
など。
2.
EP 療法(Etoposide、Cisplatin)
Etoposide
80 mg/m2
iv
day 1, 2, 3
Cisplatin
40 mg/m2
iv
day 1
これを 3 週おきに繰り返す。
甲状腺悪性リンパ腫
1.
穿刺吸引細胞診
超音波検査で悪性リンパ腫が疑われたら、甲状腺癌と同様に、穿刺吸引細胞診を施行する。穿刺吸
引細胞診の悪性リンパ腫に対する正診率はかなり高い。
2.
針生検
通常、悪性リンパ腫の診断がついた後、血液内科より組織型の診断等に必要な相当量の組織採取を
依頼される。針生検にて数本採取することで何とか対応できることが多い。
3.
治療
通常、穿刺吸引細胞診により診断されることが多く、診断されたら血液内科に紹介し、治療を委ね
る。甲状腺悪性リンパ腫に手術適応はない。
甲状腺疾患に対する 131I 治療
① はじめに
131I

治療はもちろん放射線科が行っているが、甲状腺癌に対する
131I
治療は当科が適応を決め放
射線科に紹介しており、適応と治療内容を理解しておいて欲しい。
Basedow 病に対する 131I 内服治療は内科で行われるものであるが、外科治療の適応において必要

な知識となるため、理解してもらいたい。
② 甲状腺癌(分化癌)
1.
131I
治療の特徴
(ア) 半減期:約 8 日(cf. 123I の半減期は 13 時間)
(イ) カプセルの内服
(ウ) 選択的内照射
(エ) ベータ線、数mmの透過性
(オ) 1 万 Rad 以上の集積線量
(カ) 排泄が早い。3 日以内に 85%が尿より排泄
2.
適応
(ア) 術中所見および病理組織結果で腫瘍の遺残は認められないが、病理組織結果にて郭清した頚部リ
ンパ節に多数の転移が認められる。
(イ) 術中所見および病理組織結果より、腫瘍の遺残が認められる。
(ウ) 肺、骨転移。
(エ) 切除不能な局所再発。
(オ) 身の周りのことが自分でできる(カプセル内服後 4 日間は遮蔽された部屋に入り、途中で部屋か
ら出ることができないため)。
3.
方法
(ア) 1 回内服量:90mCi(3330MBq)、6 ヶ月あるいは 12 ヶ月に 1 回を繰り返す。
(イ) 最初の 1 回目は、甲状腺全摘をしていても、ほとんどの症例で気管前にわずかに甲状腺組織が遺
残していることによる強い集積を認める。1 回目の内服治療で集積した甲状腺組織が荒廃するた
め、2 回目以降は気管前面への集積は乏しくなり、標的病変へ集積しやすくなる。
(ウ) 術後補助療法として行う場合、3~4回行っている(術後補助療法としての 131I 治療に対し、有
効性を示す臨床的データは現在のところない)
。
(エ) 再発症例に対しては、集積が認められる間は、繰り返し継続する。集積が認められない場合、あ
るいは集積が認められていた再発巣に徐々に集積が認められなくなった場合は、その時点で治療
を終了する。
4.
治療の手順
(ア) 甲状腺全摘の状態にする
①
甲状腺片葉切除後で、甲状腺組織が残存している場合は、原則、外科的切除する。
②
甲状腺亜全摘術後で、甲状腺組織の残存量が少なく、頚部に切除しうる再発巣がない場合は、
残存甲状腺を切除せず、131I 治療に入り、放射線的に甲状腺全摘の状態にする。
(イ) 甲状腺機能低下症(TSH 高値)にする
①
T4(チラーヂン S)内服の場合、131I 治療 3 週間前に内服を中止する。
②
T3(チロナミン)内服の場合、131I 治療 2 週間前に内服を中止する。
(ウ) ヨード制限
-
131I
治療の 2 週間前より。
(エ) 放射線科入院する当日に、当科外来にて、fT3, fT4, TSH, Tg の採血を行う。甲状腺機能低下状態
で、Tg の変動を確認する必要がある(Tg の上昇の程度が治療効果の参考となるため)。
(オ)
131I
治療に必要な指示は放射線科より出される。当科は治療 2 ヶ月前ほどに放射線科へ紹介をし
ておき、日程を確保する。
5.
治療効果の判定
(ア) 投与 1 週間後の全身シンチにて集積を評価。
(イ) 血中サイログロブリン値の変動。
(ウ) CT 等の画像検査による局所再発巣あるいは肺・骨転移巣の評価。
6.
副作用
(ア) 呼吸障害、肺線維症
(イ) 味覚障害(唾液線腫脹)
(ウ) 甲状腺機能低下症
(エ) 悪心、心窩部不快感
(オ) 骨髄抑制、白血病
7.
その他
(ア)
131I
治療後から、T4、T3 の補充療法を再開する。
(例:チラーヂン S(50)1T
2 日間、2 錠 2
日間、3 錠と増量していく。ただし、心疾患の既往のある場合、あるいは高齢の場合は、ゆっく
り増量する。
)
(イ) ヨード制限は、131I 投与翌日から解除し、普通食としてよい。
(ウ) 胃部不快感を予防あるいは軽減するために、131I 投与前あるいは投与日から胃薬等を投与する。
(例:ナウゼリン、マーズレン S、など)
③ Basedow 病に対する 131I 治療
1.
機序
経口投与された 131I を選択的に甲状腺細胞に取り込ませることにより、内部照射による細胞破壊
を期待したものである。主としてβ線により治療効果が発現するが、甲状腺以外の周辺組織には、
障害がほとんどないという利点がある。
2.
適応
A) 抗甲状腺剤で副作用を認め、手術を希望せず、131I 治療後に機能低下が起こることを了解してい
る場合。
B) 外科的治療後の再発例で、抗甲状腺剤が使用できない場合。
C) 社会的適応(抗甲状腺剤の内服および外科治療を希望しない場合)。
3.
投与前後
A) ヨード制限
-
131I
投与の 1~2 週間前より制限する。
B) 抗甲状腺剤
-
131I
投与の 1~2 週間前より中止する。機能亢進に対して、β-ブロッカーで対
応する。
C)
131I
投与直後より細胞破壊による機能亢進症状が著しくなるので、β-ブロッカーや抗甲状腺剤が
投与できる場合では、内服量を増量する。
4.
問題点
131I
投与後の機能低下は避けられないため、経過観察は必要である。
5.
補足
基本的に、内分泌内科および放射線科による加療となる。Basedow 病に対する外科的治療を行う前
に、患者さんに手術適応となった理由として、放射線治療の適応・希望のないことを確認することが
必要なため、Basedow 病に対する放射線治療の理解はしておく必要がある。
副甲状腺疾患の外科治療
① 原発性副甲状腺機能亢進症
1.術前検査
(ア) 血液検査
①
補正カルシウム値(=実測値-(Alb-4))、リン、intact-PTH(iPTH)
②
ALP
(イ) 骨 X 線写真(必ずしも必要ではない)
①
頭蓋骨
②
手指骨
③
腰椎
④
歯牙(パノラマ撮影)
⑤
膝関節(正面)
(ウ) 頚部超音波:副甲状腺の腫大と位置の確認。
(エ) 頚部 CT and/or MRI:超音波検査以外での Modality による副甲状腺腫大の確認
(オ) MIBI シンチグラフィー(保険適応外):副甲状腺腫大による集積の確認
異所性副甲状腺の否定
(カ) 骨塩量測定
(キ) MEN の検索(術前に加齢総合内科に依頼している)
2.手術適応
腫大した副甲状腺を画像上同定しえていることが最も重要。
3.手術術式
(ア) MEN が否定されており、1 腺のみ腫大
①
同側の副甲状腺腫大がないことを確認の上、1 腺摘出。
②
同側の副甲状腺腫大が認められたら、反対側の副甲状腺の腫大の有無を確認の上、4 腺摘出
+自家移植。
(イ) MEN に合併の場合
―
4 腺摘出+自家移植。
(ウ) MEN の合併は診断しえていないが、2 腺以上腫大
―
4 腺摘出+自家移植。
4.手術
(ア) 副甲状腺の同定が困難であることが予想される場合、メチレンブルーによる術中染色を行う。
(体
重 50kg の人でメチレンブルー20ml を生食 100ml で点滴)
(イ) 4 腺摘出の場合は、術中迅速病理にて副甲状腺であることを確認する。
(ウ) 自家移植する副甲状腺は、術中迅速病理にて副甲状腺であることを確認の上、約 80mg を1×1
×3mmに細切し、前腕の筋肉内に自家移植する。
(エ) 摘出した副甲状腺の大きさ、重量を必ず記録する。
(オ) 病理組織診断別による処置
①
腺腫
―
②
過形成
―
③
癌
甲状腺の片葉切除を含めた腫大した副甲状腺摘出+(甲状腺癌に準じた)頚部リン
―
腫大した副甲状腺のみを摘出する。
副甲状腺を全摘後、上述のごとく、自家移植を施す。
パ節郭清
(カ) 補足
―
副甲状腺はしばしば 5 腺存在するので、副甲状腺全摘では 5 腺目の存在の注意して検
索する。
5.術後管理
(ア) カルシウムの確認
①
低カルシウム血症によるテタニー症状が出現した場合、コンクライト-カルシウム 20ml+
ソルデム 3A を 2 時間で点滴静注。
②
術翌日より経口摂取となるので、低カルシウム血症を認められれば、乳酸カルシウム+アル
ファロールの内服を開始する。Hungry bone の程度により投与量を調整する。
(イ) 偽痛風
①
発作予防のために血清 Ca 値が急激に低下しないようにする。
② 発生したら対照療法を開始する。
(ウ)補足
―
手術翌日は必ず採血し、Ca 値(Alb もチェック)、intact PTH を測定。
②
続発性副甲状腺機能亢進症
(ア) 術前検査
(ア) 血液検査の確認事項
①
Ht、Hb
②
Alb
③
ALP
④
BUN、Cr
⑤
K
⑥
Ca、P、iPTH
(イ) 心機能評価
―
胸部レントゲン、ECG で異常所見があれば、心臓超音波にて心機能評価を行
う。
(ウ) 呼吸機能検査 ―
(エ) 他、画像検査は
肺の石灰化による換気障害の可能性がある。
原発性に順ずる。ただし、造影検査を行う場合は腎臓内科に相談して行う。
(イ) 術前・術中管理
週 3 回透析を行っている患者様が多い。術前は 2 日間連続で透析を行う。
自尿がない場合、点滴は K フリーのものを500~1000ml/日にとどめる。
抗生剤は、セフェム系を1回だけ使用する。
(ウ) 手術
副甲状腺過形成が原因なので、手術は副甲状腺全摘+自家移植になる。
4.術後管理
(ア) 術翌日必ず採血する。Ca、P、iPTH。
(イ) K が高値のときは、手術翌日も透析を検討する(原則は術後2日目に透析)。
(ウ) テタニー出現時や低カルシウム血症状への対応は原発性に準ずる。
(エ) シャント音を定期的に確認し、異常があるときはすぐに腎臓内科医に相談
(オ)
食事は可能な限り早めに常食にする(粥は水分が多い)。
乳腺疾患の診断と治療
①
乳腺疾患の診断
1.問診
・ 家族歴(乳癌の有無、他癌の有無)
・ 既往歴

月経について

出産歴(妊娠歴)

授乳歴(母乳・人工・混合)
―
初潮年齢、閉経年齢。⇒閉経前か閉経後か?
2.身体所見(特に局所所見に関して)
・ 腫瘤あるいは硬結の場所、大きさ、形状、辺縁、硬さ、腫瘍-乳頭間距離(cm)
・ 皮膚所見の有無
・ 乳頭異常分泌の有無
・ 腋窩リンパ節・鎖骨上窩リンパ節腫大の有無
・ 対側乳房の所見の有無
注 1)病変の場所は、下記のごとく A~E、C’領域の名称を使って記載する。病変が複数領域に存在する場
合は、その病原が広く存在する部位から記載する。
C’
(axillary tail)
E
3.検査
―
C
A
D
B
マンモグラフィー(MMG)、乳腺超音波検査(US)
① マンモグラフィーの読影
1.
所見の部位の記載
・ MLO ― 「○領域に、~が認められる。」と表現する。
2 領域以上に所見がまたがる場合は、主たる占拠部位より順に記載する。
・ CC
―
「(外側・内側・S)領域に~」と表現する。
2 方向撮影の場合、病変の位置を正確に特定することはできないが、推定した位置を記
載してもよい。
2.
腫瘤 Mass
の有無
=
真の腫瘤の有無
A) 真の腫瘤ではなく、乳腺の重なり
=
非対称性乳腺組織(Asymmetric breast tissue)
B) 真の腫瘤か、乳腺の重なりか、判断に迷う場合
(1 方向でしか病変が認められず、腫瘤とまではいえないが、腫瘤がないとも言い切れない
場合
=
3.
陰影 Density)
=
局所的非対称性陰性(Focal asymmetric density ; FAD)
腫瘤の性状を表現する用語
A) 形状 Shape

円形 Round あるいは

多角形 Polygonal

分葉状 Lobular

不整形 Irregular
楕円形 Oval
B) 境界 Border および 辺縁 Margin

境界明瞭平滑 Circumscribed

微細分葉状 Microlobulated、微細鋸歯状

スピキュラを伴う speculated

境界不明瞭 Indistinct

評価困難 Obscured
マンモグラフィーガイドライン
(社)日本医学放射線学会/(社)日本放射線技術学会/マンモグラフィーガイドライン委員会
より抜粋
編集
4.
石灰化の有無
A) 明らかな良性石灰化 Typical benign

皮膚の石灰化 Skin calcifications

血管の石灰化 Vascular calcifications

線維線腫の石灰化 ―

乳管拡張症に伴う石灰化
粗大、あるいは、ポップコーン状 coarse 石灰化
―
時に分枝を伴う大きな桿状の石灰化 large rod-like
calcifications。通常 1mm 以上の径を示す。石灰化が拡張した乳管に充満せず、その周
囲に起きた場合には、中央が透亮像となる。

円形石灰化 Round calcifications

中心透亮性石灰化 Lucent-centered calcifications
―
壁が 1mm 以下で薄い場合、嚢
胞壁の石灰化など、壁が厚い場合、脂肪壊死や乳管内のデブリの石灰化、線維線腫の石
灰化など。

石灰乳石灰化 Milk of calcifications
―
嚢胞内に析出・沈殿したカルシウムによる石
灰化。MLO で半月~三日月状(tea cup sign)、CC で円形を呈する。

縫合部石灰化 Suture calcifications

異栄養性石灰化 Dystrophic calcifications
―
照射後あるいは外傷後に形成される石
灰化。不整形で、一般的には 0.5mm 以上の大きさ。
B) 良悪性の鑑別を必要とする石灰化


5.
石灰化の形態

微細円形石灰化 Small round calcifications

淡く不明瞭な石灰化 Amorphous or indistinct calcifications

多型あるいは不均一な石灰化 Pleomorphic or heterogeneous calcifications

微細線状、微細分枝状石灰化 Fine, linear or fine, linear, branching calcifications
石灰化の分布

びまん性/散在性 Diffuse/scattered

領域性 Regional

区域性 Segmental

線状 Linear

集蔟性 Grouped or clustered
その他の所見の有無
A) 乳腺実質の所見
B) 皮膚所見
―
―
構築の乱れ Architectural distorsion
皮膚陥凹 Skin retraction、乳頭陥凹 Nipple retraction
マンモグラフィーガイドライン
(社)日本医学放射線学会/(社)日本放射線技術学会/マンモグラフィーガイドライン委員会
より抜粋
編集
② 乳癌の治療
1.治療前評価
(1)原発巣および腋窩リンパ節の評価
(A)画像検査-マンモグラフィー(MMG)、乳房超音波(US)、乳房 MRI
(ア) 原発巣の推定組織型
(イ) 原発巣の大きさ、拡がりの計測(主に MRI による主病巣の早期造影効果の範囲が重要)
(ウ) 腫瘍-乳頭間距離(NT-distance)の計測(US、MRI で評価)
(エ) MMG で微細石灰化を伴った場合の石灰化の形状の評価および分布範囲
(石灰化の良悪性の評価および悪性の場合、広範囲に及んでいないか)
(オ) 副病変の有無の確認(MRI および US)
(カ) 転移を疑わせる腋窩リンパ節腫大の有無(US、MRI)
(B)遠隔転移の検索
(ア) PET-CT(一之瀬画像センターに依頼していることが多い。)

原発巣への集積の評価

腋窩リンパ節への集積の評価

肺・肝・骨転移の有無の評価
(イ) PET-CT ではない場合、骨シンチおよび胸腹部 CT(造影あり)で1.と同様に評価。
(ウ) 脳 MRI(造影あり)

すでに遠隔転移を伴う stage IV で、病歴・問診により、脳転移の有無を評価しておく必要が
ある場合。
(C)血液検査での腫瘍マーカーの評価

CEA、CA15-3、BCA225、NCC-ST439

1CTP(骨代謝マーカー)
(D)細胞診あるいは組織診による診断の確認-画像所見と合致する所見であるか?
(ア) 穿刺吸引細胞診(Fine needle aspiration:FNA)
(イ) 針生検(Core needle biopsy:CNB)
(ウ) マンモトーム生検(Mammotome: MMT)
非触知病変で、かつ、US で描出されないような微細石灰化病変で選択される。
2.治療の選択
遠隔転移
なし
胸壁浸潤や著明な腋窩リンパ節転移
を伴う局所進行所見
あり
全身治療
あり
全身治療
なし
・腋窩リンパ節転移(+)
(画像および細胞診で確定)
手術適応あり
・腫瘍径が大きく乳房温存術が
困難だが、温存術の希望あり
術前化学療法の
適応あり考慮可
術式検討
乳房温存術か?
センチネルリンパ節生検か?
乳房全摘術か?
腋窩リンパ節郭清か?
乳房温存術の適応
センチネルリンパ節生検の適応
・ 腫瘍径が原則3cm以下。
・ 腫瘍径が原則3cm以下。
・ 広範な腫瘍の広がりがない。
・ 単発。
・ 残存乳房への放射線照射が可能。
・ 画像上、転移を疑わせる腋窩リンパ節
腫大が認められない。
・ 原則、切開生検がされていない。
乳房全摘の場合、一期的乳房再建の希
望があるか、確認。
手術
術後補助療法へ
3.乳癌の手術
(1)術前
1.術前データの確認
(ア) 術前検査
血液検査(血算・生化学・凝固(FBG、FDP-DD 含)・感染症(STS、HBsAg、HCVAb、HIV)・
尿定性・血液型(赤血球抗体スクリーニング含)
(イ) 胸部レントゲン
(ウ) 心電図
(エ) 呼吸機能検査
(オ) 診断に要した各種検査所見
2.患側上肢運動リハビリの依頼
-
3.術中迅速病理診断の依頼
前日までに病理検査室へ依頼する。
-
術前に、理学療法部へ術前診察を依頼する。
(ア) 乳房温存術の場合
(イ) センチネルリンパ節生検の場合
注)・細かな病歴よりも、局所所見、術前の画像評価(特に MRI 所見)、細胞診・組織診の所見を記
載すること。
・切除乳腺の断端診断の際、細胞診所見は非常に重要なため、他院での細胞診検査のみの場合は
そのプレパラートを極力取り寄せておくこと。
4.全身麻酔の依頼
5.術前・術後指示のオーダー入力
6.センチネルリンパ節シンチグラフィー
(ア) 原則、術前日に施行(月曜日午後手術の際は、術当日の AM 9:00 に施行)。
(イ) 核種:99Tc-フチン酸
(ウ) 投与方法:
①
腫瘍直上に 2ml、その左右両側に 1ml ずつを皮下注射する。
(エ) シンチグラフィー撮影
-
3 時間後。
(2)乳房温存術の適応
①
原則、3cm 以下。
②
腫瘍の広範な広がりを認めない。
③
原則、術後に残存乳房放射線照射が可能である(同部付近に放射線照射の既往がある、強皮
症などの膠原病などは適応外)。
注)腋窩リンパ節転移の有無、腫瘍-乳頭間距離の程度は、温存術の適応に左右されない。
(3)センチネルリンパ節生検
1.適応
① 原則、3cm 以下。
② 主病変が単発。
③ 超音波および MRI 上、転移を疑うリンパ節が認められない。
2.センチネルリンパ節の同定方法
3つの方法を併用して、センチネルリンパ節の同定に努めている。
① RI 法
-
ガンマ-プローブを用いて、術直前にセンチネルリンパ節の位置を確認し、マー
キングする。
② 色素法
-
術直前に、インジゴカルミン 2ml を腫瘍直上に皮下注射。
③ 蛍光法
-
術直前に、インドシアニングリーン 1ml を腫瘍直上に皮下注射し、2 分ほどマ
ッサージの後、CCD カメラにてリンパ流を観察し、腋窩におけるリンパ流の途絶部位を確
認し、センチネルリンパ節の予想される位置を確認する。
(4)乳癌の手術の実際(詳細は手術書を参照のこと。)
(ア) 乳房の対する手術
①
胸筋温存乳房切断術(Bt)
②
乳房扇状切除(Bq)
③
乳房部分切除(Bp)
(イ) 腋窩リンパ節に対する手術
① センチネルリンパ節生検(SLNB)
②
1.
(術中迅速診断にて)転移陰性
-
腋窩リンパ節郭清を省略する。
2.
(術中迅速診断にて)転移陽性
-
腋窩リンパ節郭清を施行する。
腋窩リンパ節郭清(Ax)-
Level I までか、あるいは、Level II まで施行。
(5)術後標本整理
1.
病理診断用検体は、20%緩衝ホルマリンに検体を広げて浸けること。
2.
20%緩衝ホルマリンに検体を浸ける前に、研究保存用検体として、腫瘍組織および正常乳腺組織
より、検体を一部採取し、-80℃冷凍庫へ凍結保存しておく。
3.
20%緩衝ホルマリンに検体を浸ける前に、免疫組織用検体を、腫瘍組織より検体を一部採取し、
OCT コンパウンドに包埋し、液体窒素で凍結後、-80℃冷凍庫へ凍結保存しておく。
(6)乳癌術後管理
-
術者あるいは上級指導医とともに行うこと。
(7)術後補助療法
・ 2 年に一度スイス・ザンクトガレンで開催される乳癌術後補助療法に関する国際会議で提唱される St.
Gallen Consensus に基づいて、補助療法を検討し、選択している。
・ 摘出標本の病理組織学的所見の結果を検討し、選択する。検討項目は、
① 腫瘍径(浸潤径:t)
② 脈管浸潤:ly1~3, v1~3
③ 組織学的悪性度:Grade 1~3
④ ホルモン感受性(ER および PgR)
⑤ HER2 受容体
□ score 0, 1+:陰性。
□ score 2+ →陽性か陰性か判定が困難なため、FISH 法を併用し、確認する。
□ score 3+:陽性。
⑥ リンパ節転移の有無
注1) センチネルリンパ節の永久標本結果を必ず確認すること。迅速診断では陰性と診断されても、
判定が覆る場合がある。
注2) リンパ節転移には、微小転移(0.2mm<、<2.0cm)と Isolated tumor cell (ICT)も含まれる。
術後補助療法におけるこれらの転移に対する解釈に一定の見解はまだ確立されていない。
注3) 温存療法後は、断端陰性が得られているか、確認すること。
・ 全身治療として、化学療法およびホルモン療法、局所治療として、放射線照射が行われる。
(1) 化学療法
・ 適応
□ リンパ節転移陽性。
□ リンパ節転移陰性(n0 乳癌)でも、
① t≧2cm、
② 脈管浸潤
2 以上
③ 組織学的悪性度
Grade 2 以上
④ ホルモン受容体
陰性
⑤ HER2
陽性
のいずれか 1 項目があれば、化学療法の適応がある。
・ 化学療法の選択
(1) FEC100
6 コース
(2) FEC100
4 コース
+
Taxan 4コース
(3) HER2 陽性の場合、(1)あるいは(2)に加え、ハーセプチン
1 年(18回)。
(8)術前化学療法
適応
・
腋窩リンパ節転移陽性で、全身治療を優先させた方がよいと考えられる場合。
・
腫瘍径が3cm以上で大きく、乳房温存術が困難だが、温存術を強く希望する場合。
長所
・
薬剤の抗腫瘍効果を評価できる(術後補助療法では評価できない)。
・
腫瘍縮小効果が得られた場合、乳房温存術が可能となることがある。
・
pCR が得られれば、健存率および生存率の延長が期待でき、その情報が得られる。
短所
・
投与前に抗腫瘍効果の有無と程度を予測することができない。
・
効果が乏しかった場合に、治療開始が遅くなったと感じてしまう。
(ただし、たとえ薬剤効果が得ら
れなかったとしても、手術治療の時期が遅れたことによる生存期間の短縮などはないことが認めら
れている)。
術前化学療法の実際
・
リンパ節転移陽性乳癌に対する術後補助化学療法と同様である。
FEC100 4 コース+Taxan 4 コース
・
術前化学療法前に、CNB を施行し、腫瘍の質的診断を得ておく。
腫瘍が消失してしまう可能性があるため、治療開始前に腫瘍の位置および大きさを記録しておく。
・
各治療終了後に乳房 MRI による治療効果判定を行う。
たとえ画像上腫瘍が消失しても、腫瘍細胞遺残の可能性は十分あることを説明し、原則外科的治
療を行う。
・
術前治療としてのハーセプチン投与は、保険診療上、使用できない。
4.化学療法の実際
(1)FEC100 療法
F:5-FU (500 mg/m2)
E:塩酸エピルビシン (100 mg/m2)
C:シプロキサン (500 mg/m2)
・ 3 週おきに投与。
・ 主要な副作用と対応)
□ 嘔気

当日~5 日間ほど続く。

カイトリル
□ 脱毛

ほぼ必発する。初回投与後、2 週間ほどから急に出現しはじめることが多い。

医療用カツラを初回投与前に用意してもらう。

投与が終了すれば、髪の毛は生えてくる。
□ 白血球減少(特に、好中球減少)

投与後、10 日~14 日後に顕著に出現する。

投与後、14 日後に外来受診し、血液検査にて確認する。

G-CSF(ノイトロジン)を皮下注射し、翌週の投与に備える。

38℃以上の発熱が認められた時は、翌日外来受診してもらい、血液検査にて確
認し、必要に応じて G-CSF を投与する。事前にシプロキサンの内服処方をして
おいてもよい。

FEC 最終投与後、好中球減少が認められても発熱がなければ、自然回復を待っ
てよい。
□ 色素沈着
□ 血管痛

副腎ステロイド軟膏(リンデロン軟膏)処方。
□ 心不全

総投与量が、900mg/m2 を越えると、出現頻度が上がる。

出現した場合は、不可逆的なことが多い。

術後補助化学療法で使用する場合は、出現する可能性は極めて少ない。
□ 点滴漏れ

特に、塩酸エピルビシンの点滴漏れは、重度の皮膚壊死を引き起こす。

救急処置:

早急に、皮膚科へ紹介。
(2) Taxon 療法
Docetaxel (75 mg/m2) の triweekly 投与(3 週おき投与)。
あるいは
Paclitaxel (80 mg/m2) の weekly 投与(3 週投与 1 週休薬)
。
・ 主な副作用
□ 脱毛
□ 白血球減少(特に好中球減少)<weekly Paclitaxel では頻度は低い>

Docetaxel 投与後、1 週間後に出現する。

2 週間後の投与に備えて、G-CSF を皮下注射する。

発熱時の対応は、FEC100 療法と同じ。
□ 全身倦怠感
□ 末梢神経障害(手足の指先のしびれ)

入浴時に、しびれる部位をマッサージする。

内服処方:

メチコバール(500) 3T 3× N

プロテカジン(10) 2T 2× MA (同薬のカプサイシン作用が効果を示す報
告が散見される)
□ 上下肢の浮腫
(3) ハーセプチン術後補助療法
・ 乳癌術後補助療法で投与する際は、3 週おきの投与、1年間(18 回)。
・ ただし、保険診療上、FEC 療法か Taxan 療法が施行された後にしか投与できない。
・ 術後補助化学療法として、weekly Pac;itaxel が選択された場合、再発乳癌で使用される
HT(Herceptin+Taxol)療法と同様に、Paclitaxel と同時に導入可能である。ただし、
この場合、HT 4 コース
+
triweekly Herceptin(14 回)、あるいは、HT 4 コース
+
triweekly Herceptin(18 回)かは、いずれでもよい。
・ 初回投与:Herceptin 8mg/kg。(1 泊 2 日入院で行う)
2 回目以降の投与:Herceptin 6mg/kg。3 週おき投与。
・ 主な副作用
□ Infusion reaction:発熱(38℃以上)、頭痛など。初回投与時に出現することが多い。
ボルタレン坐薬にて対応。ただし、2 回目以降は少ない。
□ 心不全:投与前に心臓超音波検査により心機能が正常であるか確認しておく。また、
6 ヶ月おきに、心機能を確認する。
5.ホルモン療法
(1)閉経前
LH-RH agonist(リュープリン or ゾラデックス)<2 年>
―
+

Tamoxifen(ノルバディックス)<5 年>
LH-RH agonist

視床下部から分泌される LH-RH agonist は、下垂体からの LH、FSH の分泌を刺激し、
卵巣からのエストロゲン分泌を刺激する。

LH-RH agonist により Down regulation が誘導され、LH、FSH の分泌が抑制され、卵
巣からのエストロゲンの分泌が抑制される。

進行乳癌に対する LH-RH agonist の投与期間には、なおも controversial である。LH-RH
agonist(5 年)投与を考慮する場合もある。

Tamoxifen(抗エストロゲン剤)

エストロゲンは乳癌細胞内に入ってエストロゲン受容体(ER)と結合する、エストロゲ
ン-ER 複合体は DNA の特定の部位に結合し、各種淡白ないし細胞増殖因子が産生さ
れ、腫瘍細胞の増殖を促す。

(2)閉経後
抗エストロゲン剤は、エストロゲンと ER の結合を抑制する。
―
Aromatase inhibitor(アリミデックス or アロマシン or フェマーラ)
<5 年>

Aromatase

注 2)
inhibitor
閉経後でも副腎や脂肪組織内でエストロゲンが産生されている。すなわち、アロマター
ゼによりアンドロゲンからエストロゲンが産生されている。

アロマターゼを阻害することにより、同部から産生されているエストロゲン産生を抑制
することにより抗腫瘍効果が得られる。

閉経後ホルモン陽性乳癌の術後補助ホルモン療法として、アロマターゼ阻害剤が第 1 選
択薬とされている。

近年、ホルモン感受性進行乳癌に対して、補助療法として、AI<10 年>投与を考慮す
る場合がある。


副作用として、関節痛や骨粗鬆症などがある。
Tamoxifen

内服 5 年の時点で、アロマターゼ阻害剤による再発予防効果は Tamoxifen より 2.5%優
れる(のみであるとも言える)。

1990 年代、閉経後乳癌に対する補助ホルモン療法として Tamoxifen5 年は標準的であっ
たが、現在も Tamoxifen5 年は決して悪いわけではない。