精神遅滞児の図形模写能力 - 奈良教育大学学術リポジトリ

精神遅滞児の図形模写能力(1ジ
一発達的傾向一
田 辺 正 友舳
(障害児学教室)
問
題
視知覚はすべての学習の基礎となるものであワ、文字や数の学習などの教科学習とも深く関連
してくる。われわれは事物に対する正確な知覚・認知によって、外界の情報を統合し、判断し、
外界に働きかけていく。したがって、視知覚機能の未発達あるいは障害は、さまざまな学習を困
難なものにする結果を生むことになるであろう。また、子どもの行動上の問題とも密接な関連を
有すると考えられる。子どもの行動問題の1つの要因として、視知覚発達の遅れや障害が想定さ
れる場合がある。図と地の弁別あるいは形の恒常性に落ちこみをもっために、外的刺激に対して
選択的で弁別的な反応ができず、過度で過敏な反応を示すあまワ、注意散漫で落ちつきがないと
いった行動としてあらわれてくることが考えられる。知覚面の障害は直接外から見えにくいこと
や、適切な診断テストが少なかったこともあって気づかれずに見過ごされてきたのではないだろ
うか。子どもの顕在化された行動上の問題を、単にしつけや性格の問題にのみ求めることなく、
それが主として何に起因するものであるかについて新たな観点からとらえていく必要がある。
視知覚機能が発達という現象の中で果たす役割は極めて重要である。子どもを理解し、教育的
アプローチを行なっていく上で、視知覚機能の発達の様相を的確にとらえていく必要があるので
はないかという考えのもとに、前報告(田辺、1980.1981)では、精神遅滞児の視知覚発達の
問題を、Fmst.g,M.の視知覚発達検査を用いて検討した。
本稿では、精神遅滞児の視知覚発達の問題を明らかにしようとして計画した一連の実験的研究
の1つである、視知覚発達と図形模写能力との関連について分析した結果を報告する。幾何図形
の模写は、知能検査や発達検査の一部に含まれていることもあって多くのひとによって研究がな
されてきた。そして、子どもの図形模写能力は知的発達をかなワ反映するものと見られている。
また、子どもが図形を正しく模写するためには、まず見本図形の空間的性質を正しく知覚できる
ことが前提条件となる。したがって、図形模写能力は形態弁別や空間関係の把握などの視知覚機
能に大きく依存していると考えられてい机
Piaget,』.ら(1956)は、図形描画の発達はrなくワ書き」から「トポロジー的関係にもと
づく表現」そしてrユークリッド的関係にもとづく表現」へと進み、これは子どもの空間表象の
発達の過程でもあるとしている。田中敏隆(1971)ほ、知覚的段階(4∼6歳)の間に基本的幾
.
Fig皿re−CoPying Ability in Mentauy Re6ardedα1i■dre11(1〕:De甲e‘oPm帥tal Trend
} Mas飢。mo TaIlade(Departme耐。f Der㏄6o1ogy,Nara Uoi鴨rsity of Edma6i on,Nam)
一61一
何図形のユークリッド的表現は、ほとんどの子どもによって達成されるが、二等辺三角形と円を
重ならせて描くといった少し複雑な模写になると6歳では不可能なものが多く、8∼9歳の思考
的段階に入る時期に可能になると報告している。そして、ここに知覚から思考への発達的な姿を
とらえ、図形認知が乳児から幼児にかけて著しい発達を示すことから、図形を視知覚でとらえる
発達過程と図形表現の発達過程との間に密接な関係があるとしている。
このように、図形模写に影響を及ぼす要因として一般的な知的発達や視知覚機能の発達が大き
な役割を果たしていると考えられる。図形模写能力の発達には、これらの要因に加えて運筆技能
(田中敏隆、1966)や形を構成する企画力(久保田正人、1970)なども重要な要因であると考
えられるが、本稿では、精神遅滞児の図形模写能力の発達を次の2つの側面との関連から検討す
ることを試みた。
1.田中昌人(1977)の可逆操作特性の高次化におけるr階層一段階」理論に焦点をあてて、
その発達的傾向をみる。
2, Fms6igの視知覚発達検査にお付る知覚年齢に焦点をあてて、その発達的傾向をみる。
方
法
被験児 本研究は、奈良市丁小学校および中学校障害児学級における発達診断活動の一環とし
てなされたものであるが、本稿での被験児は、課題の目的から特に手に麻痺のある児童(2名)
をのぞいた31名で、その構成は、Tab1e1に示す通ワである。なお、発達段階は、K式発達検査
資料を主に、r可逆操作特性の高次化における階層一段階理論」(田中昌人、1977)により検
討し、決定された。
Tablo1 被験児の構成
2次元形成期
Mean
3:3
lA
@ R舳ge
R:O∼3:4
Meao
bA
I2:5
@ Range
禔F3∼13:1
N
3
2次元可逆
4:6
3次元形成期
5:10
S:lO}7:O
R:6∼5:3
Il:6
I3:7
W=I∼13:O
3次元可逆
1次変換
`成期
7:7
T:IO∼8:9
14:2
1o:1
W…6∼l1・:3
14:7
P1:3∼15:1
P2:O∼15:1
P3:1∼16:1
9
8
5
6
図形模写課題 図形模写課題は、被験児の発達段階を考慮してFig.1に図示した1O個の幾何図
形を選んだ。なお、被験児に課題を理解させるために、練習課題として横線、縦線の模写を実施
した。各課題は、ユ8㎝×18㎝の厚紙に描かれておワ、これらの課題はすべての被験児に対して一
定の順序で呈示された。
一62一
○ 十
十 ◇
×
4
○つ
〔=口心
lO
Fig.
図形模写課題
手続き 被験児に18㎝×18c掘の模写用紙と鉛筆を与え、課題図版を1枚ずつ机上に置き、 rこ
れ(課題図版)と同じ形(もの)を、よく見ながら、この紙(模写用紙)に描いて下さい」と教
示した。練習課題2個が終わったところで、「やワカがわかワましたか。形をよくみながら同じ
ものを、紙に描いてくれればよいのです」と確認した。1課題につき、模写は1回を原則とした
が、被験児が描きなおす意志を見せた場合につき、模写用紙をさらに1枚与えた。なお、模写に
要する時間は制限しなかった。
結果の処理 図形模写課題の得点は、1課題につき3点を満点とし(全課題では、3点×10=
30点)、その評価は久保田(1965)による次の原則に従って行なった。
3点一図形のモチーフ(角、辺、図形の3つ)が正しくとらえられている。技術的に達者でな
くてよい。
2点一3点に準ずるが、ゆがみが多い。しかし、モチーフが要求している肝心な特徴はとらえ
られている。
1点一図形のモチーフが部分的にしか再現されていない。図形が要求する特徴はなんとか表わ
そうと写しているが重要な要素を落としている。
○点一重要な要素がほとんど脱落している。
なお、発達年齢(DA)の算出はK式発達検査によワ、知覚年齢(PA)はFros6ig視知覚発
達検査(DTVP)を全被験児に実施し、算出した。
結 果 と 考 察
1.図形模写能力と発達段階との関連
1−1.全般的傾向 各発達段階における図形模写全課題の平均得点と平均完成率を算出した
ものを、Table2に示した。平均得点は、前記図形模写評価基準に従って算出し各発達段階別に
平均を求めたものである。平均完成率は、各発達段階における平均得点の満点に対する比率であ
る。
Ta阯e2に示すように、図形模写得点は発達段階を追って有意差をもって上昇を示している。
これは、図形模写全課題における発達段階別平均得点を分散分析した結果(F・:2a81,df=
一63一
4/26,P<.01)からも明らかである。また、
Table2図形模写の発達段階別
平均得点・平均完成率
各隣接発達段階間の平均得点の差を検定した
ところ、2次元形成期と2次元可逆操作期と
発達段階
の間、3次元形成期と3次元可逆操作期との
平均得点
平均完成率
l(SD) @ ㈱
間および3次元可逆操作期と1次変換形成期
2次元形成期
7.7(O.94)
25.7
との間に、それぞれ5第ないし1第水準で有
2次元可逆操作期
I2.5(3,70)
41.7
意差が認められた。
3次元形成期
I6.0(3.65)
53.3
完成率でみると、2次元形成期で約Z第の
3次元可逆操作期
22.8(2.73)
76.0
完成率を示し、2次元形成期から2次元可逆
1次変換形成期
27.2(1.60)
90,7
F
操作期、3次元形成期から3次元可逆操作期
および3次元可逆操作期から1次変換形成期
26.81榊
杣P<・O1
にかけて、それぞれ急速に上昇する傾向を示し、1次変換形成期において90第の完成率を示すに
至っている。
1−2 各課題図形別分析 次に、各課題図形別にその通過率から検討を試みる。ここでは、
各課題図形ごとの通過率をみるために、前記図形模写評価基準の3点および2点をその課題図形
が模写できたもの、1点および0点を模写できなかったものとして処理した。Table3は、各課
題図形別の通過人数および通過率を発達段階ごとに示したものである。
丁州e3各図形模写課題別通過人数・通過率
6
9
1O
寳l 第
攝l 第
1
2
3
4
O人 第
{人 第
?l 第
w人 第
2次元形成期
3(1OO)
3(1OO)
1(3a3)
2(66−7)
0(O) 0(O) O(O) 0(0) O(O) O(0)
2次元可逆操作期
6(1OO)
6(100)
5(83.3)
6(1OO)
3(50り)
1(167)
1(16.7)
0(O) 0(O)
1(16J)
3次元形成期
9(1oo)
9(1OO)
9(1OO)
9(100)
8(鰍9)
3(333)
3(33.3)
2(22,2)
O(O)
2(222)
3次元可逆操作期
8(1OO)
8(100)
8(1OO)
8(100)
8(100)
5(1OO)
7(875)
4(55り)
2(25.O)
5(62.5)
I次変換形成期
5(1OO)
5(1OO)
5(1OO)
5(1OO)
5(100)
8(1OO)
5(1OO)
5(1OO)
4(80.0)
4(80り)
課題
5
「人 第
{人 第
7
8
梵l 第
発達段階
円・十字の模写は、2次元形成期の課題とされているが、本研究での被験児の全員が課題1.2
を通過している。課題3.4では、2次元形成期にその模写能力が発現し2次元可逆操作期から3
次元形成期に獲得されている。課題5は、2次元形成期では通過するものがなく、2次元可逆操
作期において50系の通過率を示し3次元形成期でほぼ獲得されている。これら1から5の図形に
ついては、知覚的段階(4−6歳)の間に基本的幾何図形のユークリッド的表現が、ほとんどの
子どもによって達成されるという田中敏隆(1971)の.見解とも一致するものである。
久保田(1965)は、図形模写の難易度は、円と垂直・水平線のみを持つ平易図形と、斜線の合
成からなる斜線図形と、立体を平面に表わす立体図形の段階において、明確な相違が示されるこ
一64一
とを明らかにしている。本研究の課題6から1Oまでは、斜線で構成されているものが多く、その
上に2つの図形の接合あるいは交叉の関係を描くという条件が加わっている課題が含まれている。
このように、部分要素が多様な性質を持った課題の完成には、高度の認知機能と巧緻的な運動能
力が必要と考えられる。課題6.τ8.1Oについては、2次元可逆操作期から3次元形成期にその模
写能力が発現し、課題6,7は3次元可逆操作期で、課題8.1Oでは1次変換形成期てほぼ獲得され
ている。課題9の立体図形は、その発現が遅く3次元可逆操作期で25第の通過率である。しかし、
1次変換形成期にかけて急速な発達的変化を示している。
本研究での図形模写能力は、各発達段階を追って上昇することが示され、またそれは2次元形
成期と2次元可逆操作期との間、3次元形成期と3次元可逆期との間および3次元可逆操作期と
1次変換形成期との間において急速な発達的変化を示しつつ、1次変換形成期においてほぽ獲得
されることが確認された。このような図形模写能力の発達過程を発達段階との関連でみると、r
犬一小」r長一短」の比較等の2次元世界の認識の形成が、描画において円・十字の模写を可能
にさせ、さらに2次元可逆操作期には、乳児期から発達してきた知覚機能がより巧緻性を加え、
それが身体の運動として洗練された形態として発現してくる。さらに、2次元の並列可逆操作を
系列化しつつ3次元世界を形成し、3次元可逆操作期に至って描画において立体感の表現、写実
性などを追求していくものと考えられる。さらに詳細な分析は、後述する3の図形模写の発達過
程の項で行ないだい。
2 図形模写能力と視知覚機能の発達との関連
2−1.全体的傾向 Frostig視知覚発達検査の知覚年齢(PA)によって、図形模写能力と
視知覚機能との関連について検討を試みる。P A別にみた図形模写全課題の平均得点と平均完成
率を、Ta阯e4に示した。なお、PA5歳台と6歳台は該当する被験児の人数が少なく(5歳台
一4名、6歳台一2名)、この両群の模写得点間には差がみられなかったので、PA5・6歳台と
して処理した。
この結果から明らかなように・図形
模写全課題における得点は、P Aを追
Table4図形模写の知覚年齢(PA)別
平均得点・平均完成率
って有意差をもって上昇を示している。
平均得点
平均完成率
l (SD)
@ ㈱
PA(Mea皿PA)
N
別平均得点を分散分析した結果(F=
3歳台(3:8)
2
8.0(1.00)
2a7
24.27,df二4/26,P<.O1)か
4歳台(4:5)
9
11.8(3.36)
39−3
5・6歳台(5:7)
6
16.2(2.71)
5孔O
7歳台(7:5)
1O
23,1(Z74)
77.O
8歳台(8:5)
4
肌5(1.12)
91.7
これは、図形模写全課題におけるPA
らも明らかである。また、各隣接PA
間の平均得点の差を検定したところ、
PA3歳と4歳との間を除くすべての
各隣接P A間に、それぞれ5第水準で
F
有意差が認められた。完成率でみると・
PA3歳から4歳までは緩やかな上昇
24.27榊
帥P<.O1
一65一
を示し、PA4歳から5・6歳にかけて急速に上昇する傾向を示し、PA5・6歳で50第以上の完成
率を示す。そして、それ以後も急速な上昇傾向を示しつつ、8歳で90系の完成率を示すに至って
いる。この結果から、図形模写能力は知覚年齢を追って上昇を示し、8歳でほぼ獲得されるとい
える。
2−2・高PA群と低PA郡との比較
図形模写能力と知覚年齢との関連について、さらに検
討を加えるために、同発達段階における知覚年齢の高い被験児群(高PA群)と知覚年齢の低い
被験児群(低PA群)の図形模写得点について比較を試みる。比較的被験児の多い3次元形成期
と3次元可逆操作期のなかから高PA群と低PA群を抽出し、図形模写全課題での平均得点と平均完成率を示
したものがTab1e5である。この結果から明らかなように、図形模写得点は、両発達段階とも低
PA群よワ高PA群のほ
丁州e5図形模写の低PA郡および高PA群の平均得点・平均完成率
うが高い傾向を示してい
る。このことからも、図形
MeanPA
平均得点
模写能力の発達に視知覚
機能の発達が重要な役割
を果していると考えられる。
2−3. DTVPの各領
域別分析 次に、図形模
l (SD)
平均完成率
@ ㈲
3次元
低PA群(N=3)
4:5
12.7(1.67)
42−3
`成期
高pA群(N=3)
6:5
19.7(2.49)
65.7
3次元可
低PA群(N=3)
7:1
21.3(1.25)
71.O
t操作期 高pA群(N=3)
8:1
24.7(2.49)
82.3
写能力と視知覚発達検査
における5領域の視知覚機能(視覚と運動の協応、図形と素地、形の恒常性、空間における位置、
空間関係)との関連について検討を試みる。図形模写得点とDTVPの領域ごとの相関を求めると、
Tab1e6のようになる。図形模
Table6図形模写とDTvPとの相関
与得点と5つの全領域との間に
有意な相関が認められた。とく
D T V Pの領域
に、本研究においては、1の視
覚と運動の協応、皿の図形と素
模写得点とのr
地では非常に高い相関を示した。
.924州
.933榊
.703軸 .714舳
.406‡
■P<.05、 箏■P<.O1
しかし、この点に関しては、図
形模写課題としてBeery,K・E・ら(1967)の視覚一運動統合発達検査(Deve1opmental Tes6
of Visual−Motor I証egra[i㎝)の幾何図形を使用したばあいの結果(奥村珠己、1983)と若
干様相を異にしているようであるので、図形模写能力と視知覚機能のどの領域とが深い関連性が
あるかという点については、用いた図形模写課題によって異なることが考えられるのではなかろ
うか。
3.図形模写の発達過程
最後に、図形榊写の発達過程について、発達段階と視知覚発達の両側面からの検討を試みる。
本研究での被験児が模写した図形のうち、各発達段階別に高PAの被験児と低PAの被験児の特
一66一
㍑二
P
2
3
4 5
6
7 8
9
図形模写課題
IO
差1舳・川○†ワ々口□O㎜口.
舳1・…・0†oノσ咋 口σ0
2F
○丁口〉d叶v乙。oOo
口入△■
σ十口x△火。 ∬口δ
■
」○
○十口×△ ◇oO日コむ
3(:
氈E女6:1014:57:2
ウK
ャ’逆Y・女8:514:88:8S
1 Y
?・女8:613:17:8
マ丁
○十口×△ ◇ω口む
○
口×△十◇棚螂
○ 一口〉く△十し◇」の口
0+口×△木◇ωO⑪
則&2 図形模写の発達過程
徴的なものを抽出して、剛g.2に示した。
2次元形成期では、多少のゆがみはみられるものの円・十字模写は可能である。しかし、課題
3,5の正方形と正三角形が区別なく長方形のように表現されておワ、課題7や8でも角をうまく
描<ことができず、Piaget(1956)のいうrトポロジー的関係にもとづく表現」に相似している。
2次元可逆操作期では、課題3,6,7にみられるように、未調整ながらも角と辺を中心として図形
の枠組が認められるようになっている。しかし、課題6,8,10にみられるように図形間の接合、交
叉の関係をうまく接点をもって描くことができていない。3次元形成期では、全体的にみて図形
の枠組が正確に描けるようになワつつある。高pAの被験児と低PAの被験児とでは図形模写能
力にかなワのちがいがみられる(模写能力得点:I.T−23点、F.A−12点)。高P^のI.T
の模写得点は、Tab1e2に示したように、3次元可逆操作期の平均得点と同程度であワ、課題7
の斜線図形の典型である菱形描画の可能性が発現している。しかし、課題9の立体図形では3つ
の面を平面的に付加した展開図的表現が優位になっている。3次元可逆操作期では、この段階も
高PAと低PAとでは模写得点にかなワのちがいがみられる(C.K−20点、Y.S−28点)が、
全体と部分のパラソスのとれた模写が可能になっている(課題7)。課題6,8ユ0においても、ほ
とんどの被験児がうまく接点をもって描けるようになっており、視覚と協応的に運筆設定させる
という視覚一運動能力の成熟がうかがえる。1次変換形成期では、課題9における展開図的表現
がなくなワ、ここで課した全課題での模写がほぼ完成されている。
2次元形成期・2次元可逆操作期において獲得したよワ高度の認知機能とより巧緻的な運動を
基礎に、3次元形成期から3次元可逆操作期さらには1次変換形成期にかけて高次の図形模写能
力を獲得していくようである。またその際に、視知覚機能の発達の果す役割が極めて重要である
ことが示唆された。
図形模写能力の発達過程を、発達段階と視知覚機能との関連に着目して検討を行なってきたが、
さらには、図形模写の結果だけを問題にするのではなく、図形を模写する際の吟味方法・眼球運
動・注視時間・描画順序といった図形模写の一連の過程についての分析もなされていく必要があ
ろう。そして、これらの図形模写に含まれるさまざまな側面が相互に関連し、発達的に変化して
いく様相を明らかにしていかなけオ1しぱならないと考える。
また、筆者らの研究(田辺・横田、1984)でも、自閉的傾向児は模写においてすぐれた力を
もつという結果が得られているので、障害による傾向性についても分析していく必要があろう。
この点に関しては次稿で報告したい。
要
約
精神遅滞児の図形模写能力の発達的傾向を、発達段階、視知覚機能との関連に着目して検討を
試みた。手に麻痺のある子を除いた2次元形成期から1次変換形成期までの精神遅滞児31名に、
1Oの幾何図形から成る図形模写課題が実施された。
その結果・次のような点が明らかにされた。
一68一
1〕精神遅滞児の図形模写能力は、発達段階を追って有意差をもって上昇を示し、2次元形成期
と2次元可逆操作期との間、3次元形成期と3次元可逆操作期との間および3次元可逆操作期
と1次変換形成期との間において、急速な発達的変化を示しつつ、1次変換形成期においてほ
ぼ獲得される
2〕課題図形別の分析から、円・十字の模写ほ2次元形成期で獲得されており、正方形・斜十字
・正三角形の基本的幾何図形については3次元形成期までにほぼ獲得されている。菱形や2図
形の接合あるいは交叉する図形のように、部分要素が多様な性質をもつ課題では、2次元可逆
操作期から3次元形成期にその模写能力が発現し(立体図形では3次元可逆操作期に発現)、
3次元可逆操作期あるいは1次変換形成期でほぼ獲得されている。
3)図形模写能力の発達と視知覚機能との関連でほ、図形模写能力は、知覚年齢(PA)を追って
有意差をもって上昇を示した。さらに、同発達段階における高PA群と低PA群の比較および
視知覚発達検査の各領域別分析から、図形模写の発達に視知覚機能が重要な役割を果している
ことが示唆された。
<付記> 発達診断活動に際しては、本学障害児心理学専修生の協力を得た。記して厚く感謝
の意を表したい。
引用文献
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田中敏隆 1971 発達段階と移行一図形認知を中心にして大阪教育犬学紀要、20,99−
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一69一