「PPS-25」レポート~セッション報告(2)

連載
国際ポリマー成形加工学会 年次大会「PPS-25」レポート
セッション報告(2)
ナノテクノロジー/セル構造材料の加工
岡
本
正
巳*
製して様々な PU を合成した.図 1 は X
につれて非平衡状態が強く反映された
線回折の結果をHSCに対して示したも
ように粘度は時間とともに上昇する.
ので,Maiti らによると HSC = 80 %で
詳しい解説はなされていなかったが,
は回折角=6度付近に約1.6nm程度の構
筆者が想像するには,せん断誘起水素
造が現れる.これは PU 中に存在する
結合形成による粘稠化であると考えら
本セッションは,2 日目の午前から
水素結合的相互作用がその構造形成の
れた.
行われ,3 日目の夕方までプログラム
起源であると解説し,図 2 に示すよう
ブラジル/Sao Carlos大学のProf. L A.
された.5 件の Keynote(KN)講演と
なの PU 鎖のループ構造(HSC ↓)と
Pessanらは70〜90nmの粒子サイズを有
24件の一般講演がプログラムされてい
並行な鎖(HSC↑)とに起因する結果
する CaCO 3 とポリプロピレン(PP)か
たが,当日になって何件かはキャンセ
をシミュレーションにより示した.図3
らなるナノコンポジット材料の研究を
ルされた.発表の中心はナノコンポジ
はその材料のレオロジー特性であり,
報告した.これまでの研究例では
ットであった.筆者が興味を持ったも
代表的な粘度の周波数依存性とその時
CaCO3 をPPに充てんするとタフネスが
のを紹介する.
間発展の様子である.HSCが高くなる
低下することが知られているが,この
ナノテクノロジー
Nanotechnology
KN講演では,Akron大学のProf. Jana
がプレイベント・シンポジウムでの講
演と同様な報告を行った.内容はナノ
( a )光学顕微鏡像
フィラーの凝集状態と力学特性(剛性)
に関するものであった.詳細は先月号
5μm
参照.
PU20
もう一つの KN 講演では,インド
/Banaras Hindu大学のP. Maitiらがポリ
PU50
PU70
PU50
PU70
( b )対応するAFM像
ウレタン(PU)における複雑なナノ構
造をレオロジーから明らかにする試み
を報告した.PUはhexamethylene diiso-
5×5μm2
cyanate(HMDI),4,4 -methylene bis
(diphenyl isocyanate)(MDI),tolylene
PU20
( c )X線回折プロフィール
diisocyanate(TDI),更にpolytetramethPU80
ol(BD)から重合された.Hard segment content(HSC)を組成によって調
Intensity/a.u.
ylene glycol(PTMG)
,そしてbutane di-
PU70
PU50
PU30
PU20
*Masami Okamoto
豊田工業大学大学院 工学研究科 研究教授
Tel. 052-809-1861
Fax. 052-809-1864
Sep.2009
2
図1
4
6
2θ/deg
8
10
HSCを変化させたPUにおけるメソ構造
81
2.2A
4.6A
2.2A
4.6A
HMDI-BD
TDI-BD
( a )HSC↓な場合に対応:脂肪族リッチなセグメント
から形成される水素結合的相互作用
図2
( b )HSC↑な場合に対応:芳香族リッチなセグメント
から形成される水素結合的相互作用
PUのモレキュラーモデル
(d)
(b)
105
研究では逆の結果であった(図4).理
10
よる PP のβ-晶の形成を説明した.
103
10
101
10−2
図3
DSC測定から得られた融点151℃はβ-
PU50
10
2
由として,Pessan らは CaCO 3 の添加に
PU70
PU70
PU50
η/Pa.s
η*/Pa.s
104
6
晶に由来するもので(α-晶は167℃に
5
PU20
PU20
現れる),このピークが添加量ととも
に強調される結果が示された.ナノコ
10−1
100
aTω/rad.s
101
102
0
500
1,000
t/s
1,500
2,000
ンポジットは通常の二軸押出機を用い
て調製されているが,CaCO3 の分散は
HSCを変化させたPUにおける粘度の周波数依存性( b )とその時間発展曲線( d )
極めて良好という印象をもった.これ
までの,Pessan の研究は解析が丁寧に
行われている.今回もそうであった.
Impact Energy(J/m)
300
PP
250
彼にはこれまで以上に大きな期待が寄
3%
200
せられるとともに,ナノコンポジット
5%
の新たな局面が観られることを期待し
150
たい.
100
Minnesota大学のProf. C. Macoskoら
50
は熱可塑性ポリウレタン(TPU)にナ
0
−40 −20
図4
0
ノフィラーとして膨潤性グラファイト
20 40 60 80 100 120 140
Temperature(℃)
を混合したナノコンポジット材料の研
PP/CaCO3系ナノコンポジットの耐衝撃挙動
究を報告した.グラファイトには反応
性グラファイト(FGS)(BET 〜 800
(a)
(b)
(c)
m 2 /g)と isocyanate 修飾グラファイト
(d)
(iGO)が調製された.FGSはグラファ
イトが熱処理されたもので,TPU 中で
分散しやすく改良されている(詳細は
論文: J. Phys. Chem., B, 110, 8535
500nm
500nm
0.5μm
( a )未改質グラファイト(5wt%)溶融混合
( b )FGS(3wt%)溶融混合,
( c )FGS(3wt%)in-situ重合
( d )iGO(3wt%)溶液法
図5
82
TPU/グラファイト系ナノコンポジットの分散状態
500nm
(2006)).混合は二軸押出機,溶媒法
及びin-situ重合であった.図5は電子顕
微鏡像である.グラファイトを改質す
ることでその分散性は格段に良くなる
ことが報告された.3wt %の FGS を二
プラスチックス エージ
1011
10
PhiGO
Af=730
FGS, Solvent
Af=600
109
10
8
107
FGS
106
FGS, Melt, Af=220
FGS, In-situ polymerized, Af=180
4
Melt Blend, Bar
In-situ Polymerized, Film
104
2
Solvent Blend, Film
103
図6
6
Melt Blend, Film
105
102
0.00
AcPhiGO
Af=430
Graphite, Melt Blend, Film
8
E/E0
Surface Resistance(Ohm)
1010
Graphite, Melt, Af=38
Graphite, Melt Blend, Bar
0.02
0.04
0.06
0.08
0.10
Volume Fraction of Filler
0.00
0.12
図7
TPU/グラファイト系ナノコンポジットにおける
表面抵抗値のフィラー量依存性
1.0
0.02
0.10
TPU/グラファイト系ナノコンポジットにおける
相対弾性率のフィラー量依存性
1.0
0.8
0.8
Graphite, Melt, Af=14
FGS, Melt, Af=51
0.6
PHe/P0
PN2/P0
0.04
0.06
0.08
Volume Franction of Filler
FGS, Melt, Af=90
0.4
FGS, In-situ polymerized, Af=200
FGS, In-situ polymerized
Af=84
0.6
AcPhiGO, Af=92
0.4
AcPhiGO, Af=310
FGS, Solvent, Af=260
0.2
0.2
0.00
0.02
0.04
0.06
0.08
Volume Fraction of Filler
0.10
0.00
0.02
0.03
0.01
Volume Fraction of Filler
( a )N2ガス
図8
PhiGO
Af=120
FGS, Solvent
Af=280
PhiGO
Af=270
0.04
( b )Heガス
TPU/グラファイト系ナノコンポジットにおけるガスバリヤー性のフィラー量依存性
軸押出機で溶融混合するだけでも効果
レンアイオノマーの中和度
は見られた.図 6 は得られた材料の表
をナノフィラーを触媒にし
面抵抗について測定された結果であ
て 高 め ることに成功(〜
る.改質グラファイト系はいずれも良
90 %),また同時にナノコ
好であった.図 7 は相対弾性率のグラ
ンポジット材料を創製する
ファイト添加量(体積分率)依存性で
ことに成功したとポスター
ある.単層グラファイトの弾性率は
発表にて報告した(詳細は
1Tpa として Mori-Tanaka の理論から
論文: Composites Part-A,
TPU 中で分散しているグラファイトの
39, 1924(2008)).高中和
アスペクト比が 700 程度と見積もられ
度としたことにより金属塩
た.更にナノコンポジット材料のN2 と
が凝集してイオン的架橋点
Heに対する高いガスバリヤー性につい
となり、ポリマー鎖の安定
ても評価された(図8).ここで得られ
なネットワーク構造が形成
たグラファイトのアスペクト比は 300
される.この構造は耐衝撃性,溶融粘
長・合一に大きく寄与し,優れた高分
程度であり,相対弾性率から得られた
度及び透明度など,材料特性の向上に
子発泡体を創製できることを報告し
ものとは大きな差が見られる.詳細な
大きく寄与することが期待される.ま
た.この発表に対して,PPS-25組織委
理由については言及していない.
た安定なネットワーク構造は,発泡成
員会からBest Poster Awardが授与され
形における安定なセル形成とセルの成
た(写真1).
豊田工業大学のHayashiらはポリエチ
Sep.2009
写真1
PPS-25にてBest Poster Awardを受賞した
林秀共君(修士1年).左は鞠谷PPS会長.
83
(b)
(a)
(c)
100μm
100μm
100℃,10MPa
10μm
140℃,10MPa
図9
(d)
100μm
( b )の拡大像
150℃,20MPa
PLA/PMMA/PS(80/10/10)における発泡実験
1,200
1,200
1,000
190℃
800
600
400
200
220℃
Foam density(kg/m3)
Foam density(kg/m3)
160℃
1,000
800
600
160℃
400
190℃
200
t=10 sec
Blowing agent:Ethanol
0
t=10 sec
Blowing agent:Pentane
220℃
0
0
20
40
60
80
PPE content(wt%)
( a )エタノール含浸
図10
100
0
20
40
60
PPE content(wt%)
80
( b )ペンタン含浸
異なる発泡温度で得られたPPE/SANブレンド発泡体:密度のPPE量依存性
セル構造材料の加工
Processing Cellular Materials
本セッションは,3 日目の夕方から
と安定なセル形成が行われ,100nm 程
ラス化相の存在)は先月号で紹介した,
度のナノセル構造が簡単に調製され
Soft Materの非平衡状態における構造的
た.理由は弾性率の効果であると解説
拘束に密接に関係している.
した.つまり PEI は PLA よりも剛性率
京都大学の Abacha らは PLA/ポリス
が高いので微細セル形成に適している
チレン(PS)/ポリメチルメタクリレー
らしい.
ト(PMMA)の 3 成分ブレンドの発泡
行われ,最終日である 4 日目の午前中
Toronto 大学の Prof. Park らはナノコ
について報告した.溶液を使ってブレ
にわたってプログラムされた.2 件の
ンポジット材料,特にナノフィラーに
ンドは調製された.結果として,連続
Keynote(KN)講演と12件の一般講演
有機修飾クレイを用いた系において,
相はPLA,PMMAが島相となり,その
がプログラムされていた.発泡成形は
かつて L. A. Utracki らが報告(詳細は
中に PS が分散する 3 相構造をとる.
常に注目されているセッションであ
論文:Macromolecules, 37, 10123(2004))
CO 2 含浸温度と圧力を変化させること
り,今回も Toronto 大学の Prof. C. B.
したナノフィラー近傍における高分子
で,PS 相のみを発泡(含浸温度<
Parkが中心になって論文が集められた.
鎖の運動性低下から起こるガラス化相
150 ℃,圧力< 10MPa)及び PLA と PS
KN 講演では,ポリマーの発泡研究
の存在(厚さおよそ 6nm)について言
_ 150 ℃,圧
の両相を発泡(含浸温度 >
歴20年と経験豊かなシアトル/Washing-
及した.溶融(液体)状態におけるPP
_10MPa)させることが可能となる
力>
ton 大学の Prof. V. Kumar がポリ乳酸
系ナノコンポジットの CO 2 含浸量をそ
(図 9).PLA/PMMA 系は相溶するもの
(PLA)薄膜(膜厚:50〜100μm)の
の圧力依存性にて評価した.ナノフィ
と理解していたが,彼らの報告では異
発泡について報告した.残念ながら要
ラーが添加されると CO 2 含浸量は低下
なった見解であった.PMMAの分子量
旨はCD-ROMには収められていなかっ
するが,これはナノフィラーの大きな
(120,000g/mol)が原因なのかよく分か
たが,報告では超臨界 CO 2 を利用した
アスペクト比に起因するガスバリヤー
PLA の発泡は難しく,一次セルととも
性の効果でもあるために,実験結果を
ドイツ/Bayreuth大学のP. Gutmannら
に二次セルが形成されてしまい Bi-
十分に議論するには問題があると思わ
もポリマーブレンドの発泡実験につい
Modal な構造となるらしい.しかし,
れた.事実,Park もこの点については
て報告した.ポリフェニレンエーテル
ポリエーテルイミド(PEI)を用いる
納得した解説を示した.この問題(ガ
(PPE)/スチレン・アクリロニトリル
84
らなかった.特に説明もなかった.
プラスチックス エージ
λ(mW/m・K)
45
40
〈Styropor〉
35
33.8
WLG 0.35
30
〈Neopor〉
25
5
10
25%
reduction of layer thickness
図11
15
20
density reduction
of 50%
25
Density(g/dm3)
50%
Saving of material
新奇なナノ発泡ポリスチレン〈Neopor〉と〈Styropor〉の比較
(熱伝導率と密度)
Thermal Conductivity(mW/m℃)
λreduction
of 25%
35
Standard Foam
BASF Nanofoam
30
Aerogel
25
20
15
10
5
0
0.01
図12
0.1
10
100
1
Pressure(mbar)
1,000
熱伝導率のセルガス圧力依存性
共重合体(SAN)ブレンドにおいて発
ロックコポリマーやポリマーブレンド
ことを紹介した(図 11).図 12 はこの
泡剤にはエタノール(Et :沸点 78 ℃)
の発泡実験はこのセッションに参加し
材料における熱伝導率のセルガス圧力
とペンタン(Pt:沸点36℃)をそれぞ
た研究者には大変人気があるようであ
依存性である.Aerogelに近い性質を示
れ用いた.EtはSAN相に優先的に含浸,
った.
している.
一方 Pt は PPE 相に優先的に含浸する.
ドイツ/BASFのR. Hingmannらは新奇
発泡は160℃から220℃の温度にて行わ
な PS 発泡体〈Neopor〉の紹介をした.
れた.図 10 は発泡体の密度変化を PPE
BASF は PS ビーズ発泡の老舗である.
量に対してプロットしたもので,Et,
〈Neopor〉は従来の〈Styopor〉と比較
Ptいずれの場合も PPE 量が 60wt %にお
して熱伝導率を25%低下させ,かつ密
いて高倍率の発泡体が形成された.ブ
度も50%低下した画期的な材料である
Sep.2009
85