携帯電話プラットフォームの実証分析1 東京経済大学 経済学部 専任

携帯電話プラットフォームの実証分析1
東京経済大学 経済学部 専任講師 黒田敏史2
要約
本論文では日本におけるモバイルナンバーポータビリティ(MNP)制度の導入が日本の携
帯電話市場に与えた影響の分析を行った。日本の携帯電話市場は公式サイトと呼ばれる特
定の携帯電話事業者に加入することでのみ利用可能なインターネットサイトが数多く存在
しており、携帯電話事業者は公式サイトと加入者の間の間接ネットワーク効果を活かしな
がらいかに携帯電話プラットフォームを拡大するかという多面的市場における事業者間競
争を行っている。コンテンツ事業者と加入者の間の間接ネットワーク効果を考慮した構造
モデルを推定した結果、公式サイト数は携帯電話の加入需要に有意な影響を持っており、
他方で加入者数の増加は公式サイト数の増加をもたらすことが明らかになった。また、モ
バイルナンバーポータビリティの導入はスイッチングコストの削減のみならず、携帯電話
キャリアによる公式サイト数の増加をもたらし、事業者変更が促進されずとも利用者にも
恩恵を与えたことを明らかにした。
1 はじめに
日本の携帯電話市場は 4 社の事業者が 1 億の加入者に対してサービスを提供する寡占市
場である。特にうち 1 社は 2007 年に市場に参入した新規参入事業者であり、既存事業者で
ある NTT ドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイルの 3 社合計のシェアは 99%を超えている。携
帯電話市場は電波の希少性のため参入を容易に増やすことはできないため、総務省は事業
者数を一定とした上で競争を促進するような政策の導入を行っている。
電話番号を変えずに事業者を変更できる制度をナンバーポータビリティ制度とぶ。1996
年にイギリスで固定電話市場におけるナンバーポータビリティが導入されて以来、多くの
国でナンバーポータビリティ制度が導入されている。日本における固定電話のナンバーポ
ータビリティの導入は 2001 年である。また、携帯電話におけるナンバーポータビリティを
モバイルナンバーポータビリティ(MNP)と呼び、1997 年にシンガポールで MNP が導入され、
日本では 2006 年に MNP が導入されている。Justus(2003)はナンバーポータビリティの導入
は消費者のスイッチングコストの低下による便益の他、消費者が電話番号という財を持ち
運ぶことができるようになることで、電話番号の価値に対する投資を促進する事を通じた
利益を得ることを論じている。
ところで、日本の携帯電話は音声通話の利用のみならず、携帯電話を通じたインターネ
ット利用が広く用いられている。しかし、日本の人口の 7 割が携帯電話からのインターネ
ットアクセスを利用しているものの、他の国での携帯電話からのインターネット利用はご
く僅かである。ITU の資料によれば 2007 年のアジア地域の携帯電話からのインターネット
利用率はタイで 10%程度であり、中国で 6%程度、その他の国々ではそれ以下の利用率とな
っている3。日本で携帯電話によるインターネット利用が普及したのは、NTT ドコモが 1997
1
本論文は科学研究費補助金・特別研究員奨励費(課題番号 19・5321)により得られた研
究成果である。株式会社インデックスの寺田眞治氏(現株式会社オプト)
、株式会社エヌ・
ティ・ティ・ドコモの古川浩司氏(企画調整室長)
、坪内恒治氏(広報部担当部長)、MVNO
協議会の福田尚久氏(幹事会議長, 現日本通信株式会社常務取締役 CFO)
、モバイルコンテ
ンツフォーラムの岸原孝昌氏(事務局長)より携帯電話プラットフォームビジネスに関し
て多くをご教示いただいた。ここに改めて感謝を表したい。
2
〒185-8502 東京都国分寺市南町 1-17-34 東京経済大学 第二研究センター2201 号室
E-mail: [email protected], Tel&Fax: 042-328-7886
3
韓国では日本のように高性能な携帯電話端末が普及し、携帯電話からのインターネット
利用率も高いとされている。
年に開始した「iモード」というインターネット利用プラットフォームサービスの成功を
きっかけとしている。Rochet and Tirole(2008)はプラットフォームの提供者が、プラット
フォームに参加する複数のエンドユーザグループに対して、ユーザグループ間の相互作用
をサービスとして提供する市場のことを多面的市場(Multi-Sided market)と呼んでおり、
日本における携帯電話市場は携帯電話会社が加入者とコンテンツ事業者というグループに
対してインターネット利用プラットフォームを提供しており、加入者の増加が公式サイト
数を増加させ、公式サイトの増加が加入者を呼び込むという間接ネットワーク効果が機能
する多面的市場といえる。
本論文では、加入者とコンテンツ事業者の間に生じる間接ネットワーク効果を考慮した
携帯電話によるインターネット利用に関する消費者の需要関数と、公式サイトを提供する
コンテンツ事業者の参入からなるモデルを推定することで、MNP の導入が日本の携帯電話市
場に与えた影響を分析する。以下では日本の携帯電話市場についてレビューを行った後、
携帯電話や多面的市場に関する実証分析のレビューを行う。続いて、本論文で利用する間
接ネットワーク効果を考慮した構造モデルの導出を行い、推定結果とインプリケーション
を述べる。
2 日本の携帯電話市場
本節では日本の携帯電話市場の概要について述べた後、内外の携帯電話市場の実証分析
について述べ、日本の携帯電話市場は他の国とは異なり多面的市場としての性質を有して
おり、多面的市場の構造モデルの推定を行うことが必要であることを論じる。
日本における携帯電話によるインターネット利用プラットフォームの先駆けとなったの
は、NTT ドコモが 1997 年にサービス開始をした「iモード」である。
「iモード」がサービ
スインした 1997 年 2 月における固定電話を利用したインターネット利用は電話会社や CATV
会社がアクセスサービスを提供し、AOL などが Internet Service Provider(ISP)がインタ
ーネット接続サービスを提供し、Yahoo などがポータルを提供していた。また、Windows や
UNIX、Mac などのコンピュータ OS 上で動作する様々な WWW ブラウザを利用し、Web ページ
記述言語は W3C という標準化団体が標準を設定するというするというコンポーネント型の
産業構造であった。しかし、「iモード」は NTT ドコモがパソコン向けのインターネット用
技術を元に cHTML と呼ばれる携帯電話向けサイトを記述するための言語を開発し、それを
利用可能な携帯電話端末と「iモード」向けサイトへのポータルサイトをアクセスサービ
スや ISP サービスなどと併せて提供している。また、コンテンツを提供する事業者が「i
モード」のポータルサイトに掲載されるためには「公式サイト」としての認定を受けなけ
ればいけないが、「公式サイト」に認定されることで事業者は NTT ドコモによる課金代行サ
ービスを受けることができるほか、認定を受けるにあたってサイト構築の様々なアドバイ
スを受けることができる。こうした「iモード」は利用者に手軽に利用ができるサービス
であると認識されると同時に、課金モデルの構築に苦しんでいたコンテンツ事業者にとっ
ても収益を上げやすいものと認識された。その結果、「iモード」はサービス開始後 5 ヶ月
で 100 万のユーザを獲得し、19 ヶ月後の 2000 年 9 月には 1000 万のユーザを突破している。
また、2008 年 9 月末時点における「iモード」契約数は 4807 万契約、公式サイト数は 14470
サイトとなっている 。NTT ドコモに続き KDDI は「EZweb」、J-Phone(現ソフトバンク
モバイル)「J-スカイ(現Yahoo!ケータイ)と類似の垂直統合型サービスを開始し、
これら 3 サービスを合計した携帯電話インターネットサービスの契約数は 8972 万契約とな
っている。図 1 に携帯電話加入者数と携帯電話によるインターネット接続サービス利用者
数の数をプロットした。
図 1 携帯電話インターネットサービス利用者数
携帯電話インターネットサービス契約者数
(契約)
120,000,000
100,000,000
80,000,000
60,000,000
40,000,000
20,000,000
20
00
.0
20 6
00
.1
20 2
01
.0
20 6
01
.1
20 2
02
.0
20 6
02
.1
20 2
03
.0
20 6
03
.1
20 2
04
.0
20 6
04
.1
20 2
05
.0
20 6
05
.1
20 2
06
.0
20 6
06
.1
20 2
07
.0
20 6
07
.1
20 2
08
.06
0
出展:TCA
iモード
EZweb
3社合計
携帯電話契約者数
Yahoo!ケータイ
日本における携帯電話の普及に関する実証分析として、Okada and Hatta(1999)はネット
ワーク効果の影響を含めた AIDS モデルを開発し、1992 年から 1996 年の日本のデータを用
いた推定を行っており、携帯電話の加入数はインストールベースから有意な影響を受ける
こと、価格弾力性は平均で-3.963 である事を明らかにしている。また、Iimi(2005)は 1996
年から 1999 年の日本のデータを用いて携帯電話加入に関する離散選択モデルの推定を行っ
ている。説明変数として料金、インターネットアクセスの有無、携帯電話の機能、料金プ
ランの多様性、直接ネットワーク効果などに回帰し、価格弾力性は-1.29 から-2.43 程度で
ある他、ネットワーク効果は有意ではないとしている。また、インターネットアクセス機
能の有無が加入に与える影響は負と推定されている。Sunada(2005)は 1995-2001 年のデー
タを用いて携帯電話のサービスの質の向上が消費者の構成に与える影響を分析し、携帯電
話市場におけるサービスの質の向上は僅かではあるものの、消費者物価指数にバイアスを
もたらすことを明らかにしている。また、Ida and Kuroda(2008)では携帯電話の加入需要
を事業者と技術方式によって分けられた 6 選択肢の Mixed Logit(ML)モデルによって推定し、
日本の携帯電話市場における加入需要の価格弾力性は-0.783~-0.231 であるほか、世代間
よりも事業者間の代替性の方がより強いことを明らかにしている。
また、MNP の導入に関する分析として、Lee, Lee and Park(2006)は韓国の MNP 導入によ
るスイッチングコストの低下を ML モデルを使ったコンジョイント分析によって分析し、MNP
の導入が有意に競争を促進するが、MNP が導入されたとしても依然としてスイッチングコス
トが有意に影響することを明らかにしている。また、大塚他(2006)が同様に ML モデルを用
いたコンジョイント分析によって携帯電話の事業者選択の際において生じるスイッチング
コストが通話相手数によって変化することを示しており、通話相手先が多い利用者は少な
い利用者よりも 1000 円程度高い評価をしていること、メール相手先が多い利用者は少ない
利用者に対して同評価で 1000 円程度低い評価をしていることなどを明らかにしている。ま
た、中村(2007)はコンジョイント分析によって携帯電話番号のみならず、メールアドレス
やコンテンツのポータビリティに対する潜在的需要が存在することを明らかにしており、
日本の消費者はメールアドレスのポータビリティに対して MNP より若干小さい水準の評価
を行っているほか、携帯電話向けの音楽配信利用者は音楽コンテンツのポータビリティに
ついても一定の評価をしており、メールアドレスや音楽コンテンツも電話番号同様にスイ
ッチングコストの要因となっていることを明らかにしている。また、中村(2008)は ML モデ
ルを用いたコンジョイント分析によって、日本の携帯電話の SIM ロックを解除し携帯電話
事業者を変更する際に端末を買い替える必要のなくなる端末ポータビリティが実現された
場合、消費者は互換性の高い端末を好むこと、一定数の消費者はメールや通話のみの互換
性しかない端末であっても端末ポータビリティの実現が便益をもたらすことを明らかにし
ている。
ナンバーポータビリティの導入に関する実績データを用いた論文として、Brian(2007)は
米国におけるフリーダイヤルサービスの料金を様々な変数を用いて回帰し、コントロール
グループに比べて MNP の導入されたグループは料金を低下させた事を明らかにしている。
また、北野・斎藤・大橋(2007)は MNP の導入がスイッチングコストを低下させることを考
慮した事業者選択に関する ML モデルを推定しており、MNP の導入によって事業者変更のス
イッチングコストは 50%程度低下し、MNP の導入に伴い、消費者が得た便益(消費者余剰)
は年間約 1611 億円増加したとしている。
これら理論、実証研究ともに MNP によるスイッチングコストの低下、競争促進の便益を
示しており、日本における MNP の導入においてもスイッチングコストの低下によって消費
者が携帯電話事業者を変更し易くなれば、現在の契約サービスよりも好ましいサービスが
存在するときに、消費者は事業者を変更しやすくなるため、各事業者の契約者に占める解
約者数の割合は増加することが期待される。以下の図 2 は携帯電話事業者各社の公表によ
る解約率の推移を示した図である。期待に反して MNP 導入以前に比して各社ともに解約率
は低下しており、MNP 以降消費者の携帯電話事業者変更が促進されたとは言い難い。
図 2 携帯電話解約率の推移
携帯電話解約率の推移
2.00%
1.80%
1.60%
1.40%
1.20%
1.00%
0.80%
0.60%
0.40%
0.20%
0.00%
2001.3 2002.3 2003.3 2004.3 2005.3 2006.3 2007.3 2008.3 2008.9
出展:各社IR
NTTドコモ
KDDI
ソフトバンク
Lafontaine and Slade(2008)は垂直統合に関する実証分析のレビューの中で、誘導型の
推定では元の構造パラメータが復元できず、政策の効果の予測を行うことができない事を
指摘している。これは Lucas(1976)における Lucas critique として知られるマクロ経済政
策において、政策の導入が経済主体の行動パターンを変化させるため、過去の経済主体の
行動データを元にした推定では政策の効果の予測ができないと論じていた事の別の形での
現れであるともしている。ルーカス批判の受け止め方には幅があるが、政策がプレイヤー
の行動原理に変化を与えず、政策が市場の変数のみに影響を与える場合、プレイヤーの利
潤最大行動や効用最大化行動を表す構造モデルの推定を行うことで、政策による変数の変
化の効果を予測可能であるとされている。しかし、政策の効果が変数のみならずプレイヤ
ーの行動原理に影響を与えた場合には事前のデータを用いて推定された構造モデルであっ
ても、政策の効果を予測することはできない。
日本における MNP の導入において、諸外国で行われた MNP の導入が競争促進をもたらし
た事や、国内の事前のアンケートデータなどを用いた MNP への需要などの分析によってそ
の政策効果の予測が行われてきた。しかし、日本の携帯電話市場は携帯電話事業者が端末、
ISP やポータルを垂直統合で提供するほか、コンテンツ事業者に対して様々な働きかけを行
う多面的市場となっているため、携帯電話を音声通話の道具としてのみ用いる諸外国とは
MNP 導入の効果が異なってくる可能性がある4。なぜなら、MNP の導入によって音声通話の利
用に関する消費者の加入選択のスイッチングコストは低下するため、携帯電話が音声通話
のみの道具となっている場合には加入選択の競争を促進したとする5。しかし、携帯電話番
号を利用しないインターネット接続サービスに関して MNP は直接の競争促進効果を持たな
い。このとき、携帯電話事業者がデータ通信料金を低下させることでコンテンツ利用量を
増加させたり、公式サイトへの取引制限を強めることでライバルの公式サイト数を減らし
たり、公式サイト事業者へ補助金を出すなどによってコンテンツによるスイッチングコス
トを高めるなど、MNP 導入によるスイッチングコストの低下の効果を相殺するような行動を
取るかもしれないからである。従って、携帯電話市場の政策効果の分析を行うにあたって
は、加入者側のみならず、コンテンツ事業者の市場行動も考慮した構造モデルを用いる必
要がある。本論文では多面的市場の構造モデルを構築することで、構造パラメータと誘導
パラメータの関係を明らかにした上で、MNP によって誘導型のパラメータが変化する可能性
を指摘し、MNP によって生じたパラメータの変化とその要因の検討を行う。次節では多面的
市場の理論、実証分析について紹介する。
3 多面的市場の実証分析
日本の携帯電話市場における事業者競争は携帯電話事業者による加入者の獲得競争のみ
ならず、携帯電話プラットフォームに対して公式サイトを提供するコンテンツ事業者を呼
び込むコンテンツ獲得競争が行われる多面的市場である。Rochet and Tirole(2002)はクレ
ジットカードの市場における手数料は、販売者の利用する銀行がカード保有者の銀行にア
クセスする際のアクセスチャージであるという側面に着目して多面的市場における競争モ
デルの分析に先鞭をつけている。Rochet and Tirole(2008)では多面的市場に関する理論分
析のこれまでの研究を踏まえ、クレジットカード会社(組合)の設定する店舗手数料や利
用者料金は一般に社会的に最適な水準と一致しないものの、現時点の知見ではそれが過剰
な水準なのか、それとも過小な水準なのかについて判別することはできないとしている。
また、小売業者がクレジットカードの店舗手数料を引き下げるようロビイングを行ってい
る事に関して、政府が介入によって店舗手数料を引き下げた結果、クレジットカード利用
者の利用料の引き上げが生じ、社会厚生が減少する可能性を指摘している。
政府による市場の介入を行うにあたっては、理論によって深刻な市場の失敗を特定し、
実証によるその信頼性を確かめた後、政府の介入がもたらす歪みによる損失が、元々の損
4
日本以外の国でも携帯電話を利用したメールサービスが広く普及しているが、これは
SMS(Short Message Service)と呼ばれる携帯電話システムの機能を利用したものとなって
おり、電話番号宛にメールを送信するシステムとなっている。日本で普及した携帯電話に
よるメールはインターネットメールとなっており、システムが異なっている。
5
Farrell and Klemperer(2007)ではスイッチングコストが高まることで、事前の段階での
加入者を獲得するインセンティブが高まり、価格競争が激化するケースもあり得るとして
いる。
失よりも小さいことを確認する事が望ましい。このとき、多面的市場における競争促進政
策を考案する際には、改善を行おうとする直接の顧客グループのみならず、競争促進政策
の結果生じた行動の変化が、他の顧客グループに与える影響をも勘案して分析を行うこと
が必要となる。
Rysman(2003)はアメリカの電話帳市場を題材として、多面的市場についての実証分析に
先鞭をつけている。Rysman(2003)のモデルでは、電話帳発行者が消費者に電話帳を販売し、
それと同時に店舗などによる電話帳への広告スペースの販売を行っており、消費者と広告
主の間には一方のグループの電話帳プラットフォームへの所属の増加が他方のグループに
とってのプラットフォームの価値を増加させるとしている。このとき、電話帳事業者は間
接ネットワーク効果を考慮して競争を行っているとするモデルにおいて、消費者と広告掲
載者の電話帳プラットフォームの需要と、電話帳発行者の利潤最大化の 1 階条件からなる
構造モデルを推定している。モデルの推定結果から、電話帳市場 2 は間接ネットワーク効
果が存在し、電話帳市場が独占であれば間接ネットワーク効果がより大きくなるが、競争
によって価格が低下することを通じたメリットは間接ネットワーク効果のメリットを上回
り、競争の促進が消費者にとって望ましいことを明らかにしている。
また、Lee(2008)では米国のゲーム機市場における消費者のプラットフォーム選択と、ソ
フト開発会社のプラットフォーム選択に関する動学的意思決定モデルの構造推定を行い、
ゲーム機の普及の鍵となるキラーソフトの役割を明らかにしている。また、ハードウェア
会社がソフト開発会社に対して、キラーソフトを他のプラットフォームへ提供しないよう
取引制限を行うことは、利用者の利用可能なソフトの多様性の減少による不利益をもたら
すが、数で劣るプラットフォームが生き残る事を可能とし、プラットフォーム間競争を促
進する効果を持っていることを指摘している。Kaiser and Wright(2006)ではドイツの雑誌
市場における購読者と広告主の間における価格配分問題に着目し、雑誌の購読者は広告主
からの補助を受けており、より高い購読者の需要は広告料金を引き上げるが、より高い広
告 需 要 は 購 読 者 の 料 金 を 引 き 下 げ る 事 を 明 ら か に し て い る 。 Argentesi and
Filistrucchi(2007)ではイタリアの新聞市場における購読者と広告主の多面的市場につい
て、プラットフォームの多様性に着目したモデルによって新聞広告市場における共謀の存
在を検証し、イタリアの新聞広告市場では競争が行われている事を明らかにしている。
これら研究では多面的市場の性質についての構造モデルを構築し、料金決定メカニズム
や競争の効果、取引制限の影響など、多面的市場における競争の様々な側面について分析
を行っている。これらの論文ではプレイヤーの行動モデルの構造推定を行っているため、
料金や参入企業数など市場で決定する変数が変化することによる厚生への影響を捉えるこ
とが可能である。しかし、市場の変数として捉えられない政府による制度変化価格や参入
数などの市場の変数に与える影響を直接算出することはできない。次節では間接ネットワ
ーク効果を有効に機能させるための携帯電話事業者の役割を考慮した Two-Sided Market に
関する実証モデルの導出を行う。その後、モデルの構造パラメータは観察可能な変数によ
って推定することはできないため、観察不可能な変数をパラメータとして推定する誘導型
の導出を行う。
4 携帯電話によるインターネット利用プラットフォームの需要モデル
本節では間接ネットワーク効果を考慮した日本の携帯電話市場における携帯電話利用者
の需要関数と、携帯電話向けインターネットサイト事業者の供給に関する需給同時決定モ
デルからなる Two-Sided Market に関する実証モデルの導出を行う。携帯電話市場は携帯電
話事業者が携帯電話のユーザに対して通話やデータ通信サービスを提供する一方、コンテ
ンツ事業者に対してコンテンツ配信プラットフォームを提供し、課金代行手数料を得てい
る。Rochet and Tirole(2006)では一つのプラットフォームに属する顧客が複数のグループ
に分割可能であり、これら顧客グループの間にネットワーク効果が働くような市場のこと
を Multi-Sided market と呼んでおり、2 つのタイプの特殊型を Two-Sided market と呼んで
いる。Multi-Sided market では、価格弾力性に応じて一方の顧客から他方の顧客に対して
の移転を伴うような価格設定を行うことで、移転を伴わない価格付けを行った場合よりも
プラットフォームに属する顧客数を増加させることが可能である。
モデルのプレイヤーは、プラットフォーム提供者としての携帯電話事業者、コンテンツ
供給者、携帯電話サービスの消費者である。消費者は Love of Variety を有しており、プ
ラットフォームに参加するための料金と、プラットフォームに加入した際に利用可能なコ
ンテンツの多様性から得られる効用を比較してどのプラットフォームに加入するか、もし
くは加入しないかを選択する。プラットフォームに加入する消費者数が増大すれば、コン
テンツ市場の規模が拡大するため、存続可能なコンテンツ事業者数が増加する。消費者と
コンテンツ事業者の間には間接ネットワーク効果が働くため、携帯電話事業者はコンテン
ツ事業者に対して固定費を削減するような補助を行うと同時に、プラットフォーム提供事
業者としてコンテンツ事業者に対し決済代行サービスを提供し、コンテンツの売り上げか
ら手数料をとることとする。
まず、CES 型の Love of Variety を有する消費者需要から、消費者の効用がプラットフォ
ームに供給されている公式サイト数に依存することを示した後、公式サイト数が消費者の
加入数に依存すること、そして携帯電話事業者による補助と課金代行手数料が公式サイト
数と消費者数の関係を表す係数に影響を与えることを示す。その後、プラットフォームに
加入した際に得られる間接効用から、消費者の携帯電話事業者の選択行動を導く。
4.1 コンテンツ市場の均衡
プラットフォーム j に加入する消費者がコンテンツから得られる部分効用(下位効用)
を X とおく。このとき、コンテンツ i 価格を pci 、コンテンツ i の消費量を xi 、コンテン
ツ間の代替性を ρ ( 0 < ρ < 1 )とおくと、プラットフォーム j において提供されているコ
ンテンツ数を j する。消費者のコンテンツへの支出額を E X とおく。 E X を所与としてコ
ンテンツから得られる効用を最大化する問題を考える。


max X j =  ∑ xi ρ 
 1

j
1
ρ
(1)
j
s.t. E X = ∑ pci xi
1
ラグランジュ常数をλとおくと、利潤最大化の1階条件より各コンテンツの消費量は
xi = ( pci λ )
1
1
X 。消費量を予算制約に代入して E X = λ
ρ −1
ρ −1
j
∑p
ci
1
ρ −1
X 。これらを用いて
1
1
λ を 消去 する と、 xi = pci
ρ −1
j
EX
∑p
ci
ρ
ρ −1
。 両辺 を ρ乗 して i に つ いて集 計 する と、
1
EX =
(∑ x )
ρ
j
i
1
ρ
ρ


ρ −1
 ∑ j pci 


ρ


ρ −1
格指数 PX を PX =  ∑ pci 


j


ρ −1
ρ
とおくと、 PX = j
ρ −1
ρ
ρ


ρ −1
= X  ∑ pci 


j


ρ −1
ρ
を得る。ここで、コンテンツの価
ρ −1
ρ
とおく。コンテンツ事業者間の対称性を仮定し、pci = pc
pc である。よって、一人あたりの各コンテンツの消費量(需要関数)
は、
−ρ
1
xi = pcρ −1 PX ρ −1 E X
(2)
となり、手数料は消費者の各コンテンツの消費量に影響を与えない事がわかる。
次に、コンテンツ事業者の供給側の均衡を考える。ここではコンテンツ事業者は全て公
式サイト事業者であると仮定し、コンテンツ事業者は通信事業者へコンテンツ売り上げの
一定割合 t を手数料として支払い、携帯電話事業者からの補助金 T を所与として利潤最大化
を行っているとする。このときの利潤関数は、
π = pc (1 − t ) xi − C ( xi ) + T
(3)
となる。
コンテンツの制作には固定費用 α と1単位辺りの費用
β がかかるとすると、
C ( x) = α + β x である。利潤最大化の1階条件より、コンテンツ価格は
pc* =
β
(1 − t ) ρ
(4)
となる。
自由参入条件下では利潤が 0 になるまで参入が起こるので、均衡において各企業の利潤
は 0 となる。均衡価格の元、利潤が 0 となる各企業の生産量は、
0=
β
(1 − t ) ρ
(1 − t ) x − (α − T + β x) を満たす x だから、
x* =
α −T  ρ 
β  1 − ρ 
(5)
となる。
一人あたり支出額をコンテンツの潜在的購入者数 n j で乗じた総支出額は、コンテンツ事
業者の売り上げの総和に等しいため、 j pc x = n j E X であるから、均衡参入数は、
*
*j =
(1 − t )
(1 − ρ )n j E X
α −T
(6)
となり、加入者数、補助金、コンテンツへの支出の増加関数、手数料、固定費の減少関数
となる。このとき、手数料、コンテンツ事業者の固定費、消費者のコンテンツへの支出は
観察することができないため、 β n j = (1 − t )(1 − ρ ) E X (α − T ) とおくと、
*j = β n j n j
(7)
となり、加入者数とコンテンツ事業者は比例関係となる。以下では(7)式をコンテンツ参入
方程式と呼び、 β n j は間接ネットワーク効果の強さを表す係数となる。また、消費者の効用
関数の形状が一定であったとしても、補助金や手数料水準によって係数が変化することに
なる6。推定にあたっては、後に述べる消費者の携帯電話加入選択行動がコンテンツ数に依
存するため、右辺の加入者数 n j はコンテンツ数の関数となる。従って、推定には操作変数
を必要とする。
6
コンテンツの購入から得られる部分効用とその他の財の購入量が元の効用関数において
コブ・ダグラス型関数になっているとすれば、消費者の選考が一定なのであればコンテン
ツへの支出は所得の一定割合となる。分析期間中の所得の変化はさほど大きくないため、
誘導型のパラメータ変化は主として補助金や手数料の変化によるものと考えられる。
4.2 CES 型の Love of Variety 下での携帯電話需要
コンテンツから得られる効用は、
1
 j ρ ρ
X j =  ∑ xi 
 1

(8)
であり、コンテンツの対称性から消費者は各コンテンツを同量 x だけ消費するので、
(
X j = jx
ρ
)
1
ρ
1
1
1
ρ
ρ
ρ −1
= j x = j pc PX
−ρ
ρ −1
1
EX = j
ρ
−1
pc−1 E X
(9)
となる。従って、CES 型の Love of Variety を仮定した場合、コンテンツ数の増加が効用に
与える影響は線形には限らない( 0 < 1 ρ − 1 < ∞ )。そこで、コンテンツ数の対数を効用関
数に含めることとする7。
消費者 i はコンテンツから得られる効用の対数とプラットフォーム加入の際に支払う料
金 paj を考慮して加入プラットフォームを選択すると仮定し、プラットフォーム j に加入す
ることによって得られる効用
U ij = α j + β p paj + β Xj log X j + ε ji + ξ j
1 
= α j + β p paj + β Xj  − 1 log j + β Xj log ( pc −1 E x ) + ε ji + ξ j
ρ 
(10)
を最大にするプラットフォームを選択すると仮定する。このとき、
1

− 1 、Vij = α *j + β p paj + β j log j + ξ j と置くと、
ρ 
*
U ij = α j + β p paj + β j log j + ε ji + ξ j = Vij + ε ji
(11)
α *j = α j + β Xj log ( pc −1 Ex ) 、β j = β Xj 
となる。 β j は間接ネットワーク効果の強さを表す係数である。ここで、ε i は分析者に観察
不可能な消費者の属性であり、選択肢間で独立で同一の極値分布であるとする。このとき、
消費者 i が選択肢 j を選ぶ確率 Pij は、
Pij =
exp(Vij )
∑
exp(Vik )
k
(12)
となる。
ここで、Berry(1994)に従い(12)式の両辺の対数を取り、未加入の対数確率を引くことで、
log( Pij ) − log( Pi 0 ) = α j + β p paj + β j log j + ξij
(13)
を得る。 Pi 0 は携帯電話を利用しない確率である。以下では(13)式を携帯電話加入需要方程
式と呼ぶ。推定においては集計データを用いるため、代表的個人の選択確率の不偏推定量
である加入率を利用する。
また、携帯電話価格は市場の需給の要因によって変化するため、内生変数であると考え
られる。また、コンテンツ数も(6)式より加入者数の関数であるため、内生変数となる。さ
らに、within のシェアも内生変数である。従って、これら変数に対応した操作変数を用い
ることとする。
5 データ
分析に利用したデータは各種公表統計によって得られた 2002 年 4 月から 2008 年 9 月末
7
Iimi(2005)では携帯電話の加入需要に直接ネットワーク効果が与える影響を、電話回線数
の対数を用いて推定を行っている。
までのデータである。分析の対象とした携帯電話サービスは、NTT ドコモ、KDDI(au ブラ
ンドと Tu-Ka ブランドの合計)
、ソフトバンクモバイルである。ソフトバンクモバイルは前
身である J-Phone, Vodafone と同一の事業者として取り扱った。2007 年に参入したイー・
モバイルは除外することとした。
被説明変数となる事業者のシェアは、電気通信事業者協会(TCA)が毎月公開する加入者
数のデータを用いた。また、音声料金については事業者の公表する月次の加入者一人あた
りの音声売り上げ(音声 ARPU : Average Revenue Per User)を一人あたり月間通話分数(MOU:
Minutes Of Usage)で除した値を用いた。ソフトバンクモバイル以外の事業者は分析期間
中の MOU を全て公開していたが、2007 年度のソフトバンクモバイルの MOU が公開されてい
なかったため、総務省の公表する携帯電話発の総トラヒックを補正した値からドコモと
KDDI の加入者数と MOU から算出したトラヒックを引き、ソフトバンクモバイルの加入者数
で除したものを MOU とした8。また、データ通話料金は事業者の公表する月次の加入者一人
あたりのデータ通信売り上げ(データ ARPU)を公式サイト数で除した値を用いた。
また、コンテンツ数は各事業者の公式サイト数とした。各事業者の公式サイト数に関し
ては、NTT ドコモは 2001 年度から毎月の公式サイト数を公表しているため、
それを用いた9。
KDDI は 2002 年以降四半期末の公式サイト数を公表しているため、それを用いた。ソフトバ
ンクモバイルは総務省の競争評価において公表された 2003 年 9 月、2004 年 9 月、2005 年 9
月のデータ、ならびに 2006 年 3 月より公開されている毎月の公式サイト数のデータを用い
た。図 3 は各社の公式サイト数、ならびに加入者数をプロットした図である。
図 3 携帯電話公式サイト数
(サイト)
20,000
携帯電話公式サイト数と加入者数
(人)
60,000,000
18,000
50,000,000
16,000
14,000
40,000,000
12,000
10,000
30,000,000
8,000
20,000,000
6,000
4,000
10,000,000
2,000
0
0
2003.09
2004.09
iモード(FOMA)
NTT
2005.09
2006.09
EZweb
KDDI
2007.09
2008.09
Yahoo!ケータイ
SoftBank
出展:総務省「電気通信事業分野における競争状況の評価2007」とTCAより筆者作成
8
2006 年度以前の 3 事業者の MOU に加入者を乗じた値と総務省の総発信トラヒックの値が
一致しなかったため、事業者 MOU から算出された総発信トラヒックと総務省の総発信トラ
ヒックの比率を用いて 2007 年度の総発信トラヒックを補正した。
9
NTT ドコモ公表データでは MOVA 向けと FOMA 向けが個別に掲載されていたため、加入者数
で加重平均した値を NTT ドコモの公式サイト数とした。
次に、推定にあたって用いた操作変数について述べる。携帯電話加入需要方程式には音
声料金、データ通信料金、コンテンツ数が内生変数となる。また、コンテンツ参入方程式
では加入者数が内生変数となる。携帯電話加入需要方程式に関しては、携帯電話やコンテ
ンツの費用に影響を持つが、消費者の需要に含まれないと考えられる変数として、日本銀
行の企業向けサービス物価指数から地価、受注ソフトウェア、専用線の価格指数を操作変
数として用いる。コンテンツ参入方程式に関しては、消費者の携帯電話加入に影響を与え
るが、コンテンツ参入に影響しない変数として、消費者物価指数より固定電話の価格指数
を用いる。また、これらの交差項、2 次項も用いた。表 1 にこれら各変数の入手源と定義を
まとめた。また、表 2、表 3 にそれぞれ記述統計、相関係数を掲載した。また、推定にあた
ってはコンテンツ数は内生変数であるため、外生変数一度回帰した後の予測値を操作変数
として用いる事になる。この際に、KDDI とソフトバンクモバイルの公式サイト数が公表さ
れていない期間も外生変数を外挿した予測値を操作変数として用いた。
表 1 変数の定義と出典
携帯電話加入需要方程式 定義
被説明変数
事業者毎の加入数を人口
シェア
で除して作成
説明変数
価格
音声ARPU/MOU
データ通信料金
データARPU/コンテンツ数
各社公式サイト数(ドコモは
公式サイト数
FOMA+MOVA向けを加入
者数で加重平均)
コンテンツ参入方程式
被説明変数
各社公式サイト数(ドコモは
公式サイト数
FOMA+MOVA向けを加入
者数で加重平均)
説明変数
携帯電話加入数
事業者毎の加入数
出展
操作変数
出展
TCA /
人口推計
各社IR
各社IR
各社IR
地価
専用線料金
企業物価指数企
業向けサービス
受注ソフト開発費 価格指数
各社IR
TCA
固定電話料金
消費者物価指数
表 2 記述統計
音声料金
音声料金(MNP後)
データ料金
データ料金(MNP後)
公式サイト数
公式サイト数(MNP後)
加入者数(百万)
加入者数(MNP後)
平均
ドコモ
KDDI
SoftBank 標準偏差 最小
最大
31.8223 33.7563 32.0724 29.2411
5.5716 13.6192
39.8974
26.0574 29.3820 29.5822 19.2081
5.9509 13.6192
32.0144
21.9498
0.3718
0.5262 72.7700 291.9263
0.2182 4336.2832
0.2773
0.2461
0.2983
0.2876
0.0422
0.2182
0.3835
4431
5986
4227
2835
2624
0
11043
7240
9042
7283
5395
1901
3580
11043
30.1429 48.8030 23.6058 15.8156
14.5719 14.1681
53.9370
33.1067 52.9908 29.0435 17.2858
15.0018 15.3308
53.9370
表 3 相関行列
音声料金
データ料金
公式サイト数
加入者数
MNP
6 推定結果
音声料金 データ料金 公式サイト数 加入者数 MNP
1.000
0.360
-0.357
0.443 -0.734
0.360
1.000
-0.437
-0.252 -0.373
-0.357
-0.437
1.000
0.489
0.656
0.443
-0.252
0.489
1.000 -0.103
-0.734
-0.373
0.656
-0.103
1.000
本節では携帯電話加入需要方程式と、コンテンツ参入方程式の推定結果について述べる。
推定においては、3SLS を用いて携帯電話加入需要方程式とコンテンツ参入方程式の連立方
程式体系の推定を行った。推定においては間接ネットワーク効果の強さが事業者間で差が
ないとする 3SLS(1)、事業者間で間接ネットワーク効果の強さが異なるとする 3SLS(2)、そ
してモバイルナンバーポータビリティ制度(MNP)がコンテンツ参入式に与えた影響につい
て分析を行った 3SLS(3)のそれぞれを推定した10。3SLS(1)と 3SLS(2)の推定結果を用いて携
帯電話加入需要方程式とコンテンツ参入方程式の間接ネットワーク効果のパラメータ同一
仮説に関する F 検定を行ったところ、パラメータ同一仮説は 1%水準で棄却された。また、
3SLS(2)と 3SLS(3)のコンテンツ参入式に関して MNP 前後のパラメータ同一仮説を検定した
ところ、こちらも 1%水準で棄却された11。よって、以下では 3SLS(3)の推定結果を用いるこ
ととする。推定結果は表 4 に掲載した。
表 4 推定結果
Model
N=237
3SLS(1)
β
y=Ln(Sj)-Ln(S0)
NTT
KDDI
SB
料金
データ通信料金
Log(公式サイト数)
Log(公式サイト数)*NTT
Log(公式サイト数)*KDDI
Log(公式サイト数)*SB
R-squared
Adjusted R-squared
y=公式サイト数
加入者数(百万)
加入者数*NTT
加入者数*KDDI
加入者数*SoftBank
加入者数*NTT*MNP
加入者数*KDDI*MNP
加入者数*SB*MNP
R-squared
Adjusted R-squared
*
は95%水準で有意
**
は99%水準で有意
10
0.2603
-0.5548
-0.7985
-0.0239 **
-0.0376 *
0.0985 **
0.0648
0.0446
β
138.54**
3SLS(2)
t
0.4280
-0.9610
-1.6210
-2.1180
-1.9580
2.6750
t
β
t
β
t
-5.0007 ** -6.7160
-5.4959 ** -12.4280
-1.1509 ** -7.1170
-0.0106 ** -2.8340
-0.0130 ** -2.7270
-5.4852 ** -7.0840
-5.7333 ** -12.4680
-1.1484 ** -6.8320
-0.0124 ** -3.1920
-0.0139 ** -2.8060
0.6515 ** 8.2030
0.6535 ** 13.4400
0.0878 ** 7.6510
0.7146 ** 8.6530
0.6890 ** 13.6300
0.0957 ** 8.0190
0.8423
0.8374
β
0.8238
0.8184
β
t
t
34.032
125.23**
189.75**
158.69**
0.4676
0.4676
3SLS(3)
0.5529
0.5491
28.759
21.46
11.671
99.0959**
143.8**
60.6225**
72.7101**
102.56**
261.56**
35.442
22.444
6.973
14.448
9.643
17.341
0.8945
0.8922
全てのモデルにおいて選択肢間で誤差項が IID となる MNL と携帯電話を利用する選択肢の
誤差項間に相関を認めた NL で推定を行った。推定の結果、NL の誤差項の相関の大きさを表
すパラメータは有意に 1 を超える、もしくは 0 と異ならないとなったため、MNL を用いるこ
ととした。
11
MNP 前後で加入需要方程式のパラメータの変化を表すダミー変数を用いた推定を行った
ところ、音声、データ料金の係数が有意ではなくなったため、加入需要方程式のパラメー
タは MNP 前後で同一であるとした。
3SLS(3)における携帯電話加入需要方程式のパラメータは音声料金係数、データ通信料金
計数共に負で有意となっている。また、コンテンツの多様性が効用に与える影響について
も全ての事業者について正で有意となっている。係数は NTT ドコモの係数が一番大きく、
次いで KDDI、ソフトバンクモバイルの順となっている。NTT ドコモと KDDI のパラメータ間
にはさほどの差はないが、ソフトバンクモバイルのパラメータは他の事業者に比べて小さ
い。対数公式サイト数の係数の比は代表的消費者にとっての公式サイトから得られる間接
ネットワーク効果の大きさの比を表している。従って、NTT ドコモ、KDDI の公式サイト数
の増加がもたらす間接ネットワーク効果は、ソフトバンクモバイルのそれよりも大きい。
以下の表 5 は平均値周りで計算した加入需要の音声、データ料金弾力性、ならびにコン
テンツ弾力性であり、列方向が価格が変化する事業者、列方向が加入確率の変化率を表し
ている12。
表 5 携帯電話加入需要弾力性
音声料金弾力性
NTT
KDDI
SoftBank 未加入
NTT
-0.2574
0.1605
0.1605
0.1605
KDDI
0.0737 -0.3234
0.0737
0.0737
SoftBank
0.0445
0.0445 -0.3176
0.0445
データ料金弾力性
NTT
KDDI
SoftBank
NTT
KDDI
SoftBank 未加入
-0.0032
0.0020
0.0020
0.0020
0.0014 -0.0060
0.0014
0.0014
0.1242
0.1242 -0.8873
0.1242
コンテンツ弾力性
NTT
KDDI
SoftBank
NTT
KDDI
SoftBank 未加入
0.4402 -0.2744 -0.2744 -0.2744
-0.1279
0.5611 -0.1279 -0.1279
-0.0118 -0.0118
0.0839 -0.0118
加 入 需 要 方 程 式 の 価 格 弾 力 性 は パ ネ ル デ ー タ を 用 い た Okada and Hatta(1999) や
Iimi(2005)などの先行研究に比べて低い値となっており、他方でクロスセクションデータ
を用いた Ida and Kuroda(2008)と同様の水準である。黒田(2009)は間接ネットワーク効果
の存在する市場においてパネルデータを用いて間接ネットワーク効果を含めずに価格弾力
性を推定した場合、価格弾力性を過剰推定する事を指摘している。本論文の推定値は間接
ネットワーク効果を含めずにパネルデータを用いた推定を行った先行研究に比べ低く、ク
ロスセクションデータを用いた Ida and Kuroda(2008)同等の水準となっているため、妥当
な水準と言えよう。また、データ通信弾力性は価格弾力性よりもさらに低い値となってい
る。従って、価格弾力性の水準から判断すれば、携帯電話市場では料金による加入者獲得
競争はさほど機能していなかったと考えられる。他方で、コンテンツ弾力性は KDDI が最も
大きく、次いで NTT ドコモ、ソフトバンクモバイルとなっている。また、音声、データ通
信料金弾力性に比してコンテンツ弾力性は大きい。つまり、日本の携帯電話市場における
加入者獲得競争は利用料金による競争よりも、公式サイトを用いたサービスの質による競
争の方が活発に行われていたと言えよう。
次に 3SLS(3)におけるコンテンツ参入式の推定結果を見てみると、それぞれの事業者に関
して加入者数が正で有意となっており、大きい順に KDDI、NTT ドコモ、ソフトバンクモバ
12
加入需要方程式の価格弾力性は x j は選択肢 j の価格、 s j は選択肢 j のシェアとすると
ε j = β j x j (1 − s j ) となる。
イルとなっている。また、MNP ダミーと加入者数との交差項も正で有意になっており、MNP
後では大きい順にソフトバンクモバイル、KDDI、NTT ドコモとなっている。
表 6 は MNP 前後のコンテンツ数の加入者数弾力性である13。MNP 前では NTT ドコモ、KDDI、
ソフトバンクモバイルの順となっており、MNP 後にはソフトバンクモバイル、NTT ドコモ、
KDDI の順に順序が入れ替わっている。
表 6 コンテンツの加入者弾力性
コンテンツの加入者数弾力性 NTT
KDDI
SoftBank
MNP前
0.807966 0.803115 0.338243
MNP後
1.400798 1.375907 1.797618
携帯電話加入者数とコンテンツ数の係数は消費者の多様性に対する選好が一定であるな
らば、(6)式より携帯電話事業者によるコンテンツ事業者への補助金の増加関数、携帯電話
事業者による手数料の減少関数である。ここで、MNP 前後で消費者の行動原理に変化がなか
ったのであれば、通信事業者による手数料の値下げ、もしくはコンテンツ事業者への補助
金の増加があったのではないかと考えられる14。携帯電話事業者による公式サイトへの補助
金や手数料水準についての確かなデータは限られており、公式な資料としては NTT ドコモ
の公式サイト手数料が 9%であることのみが明らかにされている。そこで、MNP 前後で手数
料水準が一定であるとすれば、事業者内での MNP 前後でのパラメータの変化率は、
β MP j − β j T MP − T T MP − T  α  −1
=
=
 − 1
β j
α −T
T
T

(14)
となり、補助金の変化率と変化前の補助金と固定費の比によって定まる。表 7 は事業者間
のパラメータ変化率と NTT ドコモを基準とした比率である。全ての事業者で MNP 前後のパ
ラメータ変化率は正となっている。また、事業者間で比較すれば NTT ドコモと KDDI でほぼ
同等であり、ソフトバンクモバイルの値は他事業者に比べて大きい。従って、MNP 前後で書
く携帯電話事業者はコンテンツ事業者に対する補助金を積み増しており、さらにその率は
ソフトバンクモバイルが最も大きかったと考えられる15。
表 7 コンテンツ参入係数の変化率
事業者 コンテンツ参入計数変化率 NTTとの比
NTT
1.7337
1.0000
KDDI
1.7132
0.9882
SB
5.3146
3.0654
携帯電話の公式サイトは事業者間の利用している技術の違いから互換性が無く、NTT ドコ
モ向けのコンテンツを KDDI やソフトバンクモバイルの携帯電話から利用することはできな
いため、携帯電話の公式サイトは他事業者との差別化要因となるほか、スイッチングコス
13
14
コンテンツは対数を取っているため ε j = β j (1 − s j ) が弾力性となる。
補助金の増加と任意の固定費用を削減するような施策の区別をすることができないため、
当該期間において公式サイトの認定に関する基準の緩和のようなその他の固定費用が減少
するような他の施策が取られた可能性もある。しかし、事業者の報道発表やヒアリングな
どでは MNP 前後で公式サイトが増加するような他の方策がとられたという事実は得られて
いない。また、手数料の引き下げを行うという公式のアナウンスも行われていない。
15
ソフトバンクによるボーダフォン買収は MNP 導入とほぼ同時期であり、ソフトバンクモ
バイルの係数の変化は MNP による携帯電話事業者の行動の変化のみならず、経営主体の変
化による効果も含まれていると考えられる。
トを高める働きも持つ。推定結果から MNP の導入と併せて携帯電話事業者はコンテンツ数
を増加させることでライバルとの差別化要因を増大させるような対策、つまり MNP の導入
によるスイッチングコスト削減の効果をコンテンツによるスイッチングコストによって相
殺するような行動を取った可能性が示唆される。他方で、公式サイトの増加によって携帯
電話プラットフォーム加入の価値が増加したため、MNP 導入によって MNP を利用せずとも携
帯電話加入者の効用は上昇したことになる。従って、MNP の導入の効果を評価する際には
MNP 制度の利用数や事業者シェアの変化、料金の低下に加えて、公式サイトの増加による便
益も考慮して評価を行う必要があるだろう。
7 結論
本論文では携帯電話事業者による補助金や手数料を考慮した携帯電話プラットフォーム
の多面的市場の分析モデルを構築し、携帯電話加入需要方程式と、コンテンツ参入方程式
の構造推定を行った。推定の結果、コンテンツと加入者との間には間接ネットワーク効果
が機能しており、加入需要に与えるコンテンツの効果は事業者間で異なっていること、MNP
の導入によって携帯電話事業者は公式サイト数の増加を促すような行動を取った事が明ら
かになった。MNP の導入は事前に予測されていたほどの事業者変更をもたらさなかったため、
事前に予想されていたよりも MNP の便益が少なかったのではないかとの指摘もあるが、MNP
の導入による効果は MNP の導入に伴うスイッチングコストの低下とそれに伴う料金の低下
のみならず、公式サイトを増加させる効果も持っていた。MNP 導入による電話番号持ち越し
の直接的な便益は事業者を乗り換える際のみに生じる。しかし、日本の携帯電話事業にお
ける解約率は 1~2%程度と低く、スイッチングコストが低下したとしてもサービスを乗り換
え、MNP の直接の便益を受ける利用者は限られている。しかし、公式サイト数の増加は既存
顧客へのサービスの質の向上となるため、携帯電話利用者全てに恩恵が及ぶ。従って、解
約率が低下していたとしても、MNP の導入による公式サイト数の増加によって多くの消費者
が恩恵を受けたと考えられる。
総務省は MNP の導入に続き、携帯電話プラットフォームのオープン化と名付け、メール
アドレスやコンテンツ、携帯電話インターネット利用にあたっての顧客 ID、端末などのポ
ータビリティについて検討を行っている。MNP の導入と同様に、これらポータビリティの導
入の効果を予測する際には、消費者のスイッチングコストやポータビリティに対する評価
を検討するのみならず、ポータビリティ導入によってプラットフォームを提供する携帯電
話事業者やコンテンツ事業者がどのような反応をもたらすかを考慮した構造モデルによる
分析を行う必要がある。特に、携帯電話事業者間のコンテンツのポータビリティや公式サ
イトに互換性を持たせるような政策的介入を行った場合、携帯電話事業者による補助がス
ピルオーバーするようになるため、携帯電話事業者のコンテンツへの補助が打ち切られ、
携帯電話の公式サイト数の減少を引き起こす可能性がある。しかし、本論文で考慮した携
帯電話事業者の補助金や手数料水準を観察することはできないため、仮に構造モデルを構
築したとしても、構造パラメータを推定可能とは限らない。本論文でも完全な構造パラメ
ータを明らかにするには至っておらず、未知変数が一定であればとの仮定を行った上での
検討しか行うことができないため、政策効果の事前の予想を行うには不十分である。携帯
電話事業者の利潤最大行動を含めた構造モデルの推定は今後の課題である。
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