状態変化

2011 年度「化学」(担当:野島 高彦)
状態変化
0 はじめに 固体・液体・気体の状態変化を熱エネルギーの出入りとあわせて理解する
ことを目標とする.ここを理解することによって,エアコン,冷蔵庫,冷凍
庫の原理がわかる.また,氷のうや夏の打ち水といった生活の知恵がどのよ
うな原理に基づくものなのかがわかる.さらに,料理をするときに水蒸気の
危険性にこれまで以上に注意をはらうようになり,火傷を防げるかもしれな
い.配布済みのプリント「エネルギー」の内容が理解できていることを前提
とする.
1 物質は三種類の状態をとる 身近な物質として水 H2O を例にとりあげよう.私たちが飲んでいるコップ
の中に入っている水の状態は液体である.冷凍庫の中で凍らせたときの水の
状態は固体である.私たちは水の固体を氷と呼んでいる.一方,液体の水を
ヤカンに入れてコンロで熱を与えると,水蒸気となって体積をふくらませ,
ヤカンの中だけでは収まりきれなくなり,外に広がって行く.この状態は気
体である.私たちは気体の水を水蒸気と呼んでいる.固体から液体へ,液体
から気体へと,温度によって物質が状態を変化させることを,物質の状態変
化と呼ぶ(図 1).そして,固体,液体,気体の 3 種類の状態を物質の三態と呼
ぶ.私たちの身の周りのほとんどの物質は,三態のいずれかの状態で存在し
ている.
2 固体・液体・気体の状態は何が違うのか 私たちは固体,液体,気体の状態を区別することができる.では,これら
3 種類の状態は何がどのように違うために異なる状態をとっているのだろう
か.分子の視点でそれを見て行こう.
固体の内部では,物質をつくる粒子が隙間なく並んでいる.それぞれの粒
子はわずかに振動しているが,互いの位置を入れ替えることはできない.そ
のため,固体では形も体積も一定になる.このときの振動の激しさが固体の
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図 1 物質の三態.物質は気体,液体,固体のいずれかの状態を取る.
それそれの状態において分子の運動は異なった形態である.
温度をあらわす.すなわち,同じ物体が冷たいときと温かいときとを比べる
と,温かいときの方が固体の分子は激しく振動している.
液体の状態では,粒子が互いに入れ替わることもできるようになる.その
ため,体積は一定だが形を自由に変えることができる.飲み物が様々な形の
ボトルに入れられて店頭に並んでいることを思い出せばこのことがわかる.
液体の状態でも分子の振動の激しさと温度との間には,固体の場合と同じ関
係がみられる.冷水よりも熱湯の方が水分子は激しく振動している.
気体の状態では,気体をつくる粒子が激しく飛び回っている.気体粒子の
体積と比べると,気体粒子と気体粒子との隙間は非常に大きいため,気体は
自由に形を変えることができる.風船を思い出せばこのことが理解できるだ
ろう.気体も高い熱エネルギーを与えられれば激しく飛び回るようになる.
3 状態変化と融点・沸点の関係 物質の状態が変化する温度は物質ごとに決まっている.例えば気圧が
1013 hPa のとき,純粋な氷を温めて行くと,0 °C = 273.15 K で固体から液
体へと状態変化する.この状態変化を融解と呼び,物質が融解する温度のこ
とを融点と呼ぶ.逆に,室温から水を冷やして行くと,0 °C において液体か
ら固体への状態変化が生じる.この状態変化を凝固と呼ぶ.融解も凝固も同
じ温度で生じる物理変化である.
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一方,液体の水をヤカンに入れ,コンロで熱を与えて行くと,
100 °C = 373.15 K において液体から気体へと状態変化する.この状態変化を
蒸発と呼び,物質が蒸発する温度のことを沸点と呼ぶ.蒸発は液体の表面か
らだけではなく,液体の内部からも起こる場合がある.これを沸騰あるいは
気化と呼ぶ.逆に水蒸気が液体の水に状態変化することを凝縮あるいは液化
と呼ぶ.
物質の中には固体から気体へ,気体から固体へと状態変化するものもある.
この状態変化をどちらも昇華と呼ぶ.
アイスクリームを買うときにパッケージの中にドライアイスを入れてもら
うことがある.ドライアイスは二酸化炭素 CO2 の固体である.ドライアイス
は昇華するため,パッケージの中が液体で濡れてしまうことはない.ドライ
アイスからは白い蒸気のようなものが放たれているように見えることがある
が,これは空気中の水分が冷やされて固体や液体の粒に変わったものである.
4 物質の構造と融点・沸点の関係 物質はそれぞれ固有の融点および沸点をもつ.融点の高さも沸点の高さも,
物質の構造と関係している.物質を構成している粒子どうしの結合力が強い
場合,その結合力をほどくために熱エネルギーが必要になる.このことは,
高い温度を与えなければ結合力をほどけないことを意味する.そのため,粒
子どうしを結びつけている結合力の強い物質ほど,融点も沸点も高くなる.
5 冷たいと温かいと熱いは何が違うのか ここで熱の移動について説明しておこう.私たちが何かに触れたとき,冷
たいと感じることもあれば,温かいと感じることもある.この違いは何なの
だろうか.
物体をかたちづくっている粒子は,固体であれ液体であれ気体であれ,一
粒一粒が振動している.物体を温めて行くに従って,この振動は激しさを増
して行く.この激しさが,その物体の温度である.
それでは,激しく振動している粒子から成る物体と,穏やかに振動してい
る粒子から成る物体とを接触させたらどうなるだろうか.激しく振動してい
る粒子は,その激しさをゆるめ,かわりに,穏やかに振動している粒子の振
動が激しさを増す.しばらく待っていると,どちらの物体を構成する粒子も,
同じ程度に振動するようになる.すなわち,粒子を振動させていた運動エネ
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ルギーが,激しく振動していた粒子の集まりから,穏やかに振動していた粒
子の集まりに移動したのである.これと逆の現象は自然界では起こらない.
ここで,「激しく振動している粒子から成る物体」を「熱い物体」に,「穏
やかに振動している粒子から成る物体」を「冷たい物体」に言い換えてみよ
う.両者を接触させると,熱い物体から冷たい物体に熱エネルギーが移動し,
両者の温度は等しくなる.熱は高い温度の物体から低い温度の物体に向かっ
て移動するのである.
さて,あなたの手があなたの体温よりも高い温度をもつ物体,たとえばカ
イロに触れたとしよう.そのときに熱はどのように振る舞うだろうか.熱に
は高い温度の物体から低い温度の物体に向かって移動する性質をもつので
あった.したがって,カイロからあなたの手に向かって熱が移動してくるこ
とになる.その熱を受け取ったあなたは,温かいとか熱いとか感じることに
なる.
逆に,あなたの手があなたの体温よりも低い温度をもつ物体,たとえば氷
に触れたとしよう.その場合には,氷に向かって,あなたの手から熱が移動
して行くことになる.あなたの手は熱エネルギーを奪われることになり,そ
のためにあなたの手の温度が下がる.このときあなたは冷たいと感じること
になる.
6 状態変化と熱エネルギーの関係 それでは,物質が状態変化するときにはどのようなことが起きているのだ
ろうか.固体から液体を経て気体に状態変化するまでの過程を,熱エネルギー
の点から見て行こう.図 2 は氷を加熱して行き,水を経て水蒸気に状態変化
させるまでの,経過時間と温度変化との関係を表したグラフである.これを
加熱曲線と呼ぶ.
ビーカーの中に水を入れて,壊れにくいクッキング温度計を刺して冷凍庫
で凍らせておこう.しばらくして冷凍庫からビーカーを取り出すと,温度計
の目盛りは 0 °C よりも低い値を示している.ここからスタートしよう.
(1) 氷の状態 このビーカーを温めてやると,温度計の示す温度の測定値が徐々に上がっ
て来る.この段階ではビーカーの外から与えられる熱エネルギーが,氷の温
度を上げることに使われている.もう少しくわしく説明すると,ビーカーに
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図 2 加熱曲線.固体に熱エネルギーを与えて状態変化させて行くと
きの,温度変化と状態との関係を示す.
熱を与えると,その熱によって氷の分子の振動が激しくなって行く.その激
しさが氷の温度なので,熱を与えて行けば与えて行くほど,氷の温度は高く
なり,温度計の目盛りは 0 °C を目指して上昇して行く.加熱曲線で「固体」
と示されている右上向きの領域がここに相当する.
1 kg の氷の温度を 1 °C 高くするために必要なエネルギーは 2.1 kJ である.
一定量の物質の温度を 1 K 上昇させるために必要な熱エネルギーのことを比
熱,もしくは比熱容量と呼ぶ1.氷の比熱は 2.1 kJ K-1 kg-1 である.比熱は物
質によって異なる値をもつ.また,同じ物質によっても状態が異なると比熱
の大きさも異なる場合がある.比熱 c がわかっている質量 m の物体に対して,
ΔT の温度変化をさせるために必要な熱エネルギーE は次のとおり計算でき
る.
E = mcΔT
[例題 1] 100 g の氷の温度を–25.0 °C から–5.0 °C まで上昇させるために必要な熱エ
ネルギーの量を求めよ.氷の比熱は 2.1 kJ K-1 kg-1 とする.
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「エネルギー」プリントを参照せよ.
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[解答] 単位を揃えておく.
c = 2.1 kJ K-1 kg-1 = 2.1 103 J K-1 kg-1
m = 100 g = 0.100 kg
ΔT = –5.0 °C–(–25.0 °C) = 20 °C = 20 K
以上から,
E = mcΔT = (0.100 kg)(2.1 103 J K-1 kg-1)(20 K) = 4.2 103 J
(2) 氷+水の状態 温度計の目盛りが 0 °C になると,ビーカーの中では氷の一部が溶けて液体
の水に変わり始める.氷は一瞬で液体の水に変わるわけではなくて,徐々に
徐々に変わって行く.この間,温度計の目盛りは 0 °C を表示したまま止まっ
ている.加熱曲線で「固体+液体」と示されている水平な領域がここに相当す
る.
この段階では何が起きているのだろうか.分子の振動と熱エネルギーの関
係をみてみよう.温度がマイナスの値を示していたとき,ビーカーの中には
氷だけが入っている.ビーカーを温めると氷の分子は振動の激しさを強めて
行く.そして 0 °C に達したとき,氷の分子の振動は,分子どうしを結びつけ
ていた引力を振り切るほどの激しさに達する.このとき,氷は液体の水へと
状態変化する.この状態変化が融解である.
ここで熱を加え続けても,その熱エネルギーが水分子の振動を激しくする
ことはできない.熱エネルギーは水分子どうしの結びつきを解きほぐすため
に消費されるからである.ビーカー内のすべての結びつきが無くなるまで,
この状態が続く.この間,ビーカーの中の氷+水の温度は変わりようがない.
そのため,温度計の目盛りは 0 °C を示したままになる.この温度が融点であ
る.
融点において固体を液体に変化させるために必要とされる熱を融解熱と呼
ぶ.水の場合,融解熱は 335 kJ kg-1 である.すなわち,1 kg の氷を 0 °C に
おいて液体の水に状態変化させるためには,335 kJ の熱エネルギーを与えて
やる必要がある.逆に,0 °C において液体の水 1 kg が氷に状態変化する時,
335 kJ の熱エネルギーが取り去られることになる.例えば冬の寒い日に水
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1 kg から成る水たまりがあったとしよう.気温が下がって 0 °C になったとき,
冷たい空気が水たまりから 335 kJ の熱エネルギーを奪って行き,水たまりの
水は液体から固体へと状態変化するのである.
[例題 2] 100 g の氷を 0 °C において氷から水にするために必要な熱エネルギーを求
めよ.水の融解熱は 335 kJ kg-1 である.
[解答] 100 g = 0.100 kg なので以下のようになる.
(0.100 kg)(335 kJ kg-1) = 33.5 kJ
(3) 水の状態 ビーカー内のすべての氷が水に変わると,ビーカーに与えられる熱エネル
ギーは液体の水分子の振動を激しくすることに使われはじめる.熱エネル
ギーを与え続ければ分子の振動は激しさを増して行く.これに伴って温度計
の目盛りは再び上昇を始める.加熱曲線で「液体」と示されている右上向き
の領域がここに相当する.
液体の状態でも水分子どうしは引力を及ぼしあっている.この引力がある
ため,水分子は簡単には水の表面から空気中に逃げ出して行ってしまうよう
なことにはならない.しかし水分子にエネルギーが与えられ,そのエネルギー
によって水分子が互いを結びつけている引力を振り切ることができるように
なると,水の表面に存在していた水分子は空気中に飛び出して行くことがで
きる.飛び出して行った水分子は戻ってこないため,液体の水からは少しず
つ水分子が気体に状態変化して飛び去って行く.この状態変化が蒸発である.
[例題 3] 100 g の液体の水の温度を 10 °C から 90 °C まで上昇させるために必要な
熱エネルギーを求めよ.液体の水の比熱は 4.2 kJ K-1 kg-1 とする.
[解答] 質量は m = 100 g = 0.100 kg
比熱は c = 4.2 kJ K-1 kg-1
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温度変化はΔT = 90 °C-10 °C = 80 °C = 80 K
したがって必要な熱エネルギーは次のようになる.
(0.100 kg)(4.2 kJ K-1 kg-1)(80 K) = 33.6 kJ = 37 kJ
(4) 水+水蒸気の状態 さらにビーカーに熱を与えつづけていると,液体の水の温度は上昇し続け
る.そして 100 °C に達したとことで,ビーカーの内側から泡が出て来る.こ
の泡は液体の水が気体の水に状態変化したものである.この過程が沸騰であ
る.ビーカーの中では液体の水と水蒸気とが共存している.
ここで熱を加え続けても,その熱エネルギーが水分子の振動を激しくする
ことはできない.熱エネルギーは液体の水分子どうしの結びつきを解きほぐ
すために消費されるからである.ビーカー内のすべての水分子どうしの結び
つきが無くなるまで,この状態が続く.この間,ビーカーの中の水+水蒸気の
温度は変わりようがない.そのため,温度計の目盛りは 100 °C を示したまま
になる.この温度が沸点である.加熱曲線で「液体+気体」と示されている水
平の領域がここに相当する.
一定の圧力と温度のもとで,物質を液体から気体に状態変化させるために
必要なエネルギーを蒸発熱と呼ぶ.水の場合,気圧が 1013 hPa の条件で,蒸
発熱は 2.26 103 kJ kg-1 である.すなわち気圧が 1013 hPa の時,100 °C に
おいて 1 kg の水を気体に状態変化させるためには,2.26 103 kJ の熱エネル
ギーを加えてやる必要がある.逆に 100 °C において気体の水 1 kg が液体に
状態変化する時,2.26 103 kJ の熱エネルギーが取り去られることになる.
[例題 4] 100 °C において 100 g の液体の水を気体にするために必要な熱エネルギー
を求めよ.水の蒸発熱は 2.26 103 kJ kg-1 とする.
[解答] (0.100 kg)(2.26
103 kJ kg-1) = 2.26
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102 kJ
(5) 水蒸気の状態 液体の水のすべてが気体になった後,この気体に熱を加えて行くと,気体
の温度は上昇して行く.気体の状態にある物質に熱を与えて行くと,気体の
温度は上昇して行く.加熱曲線で「気体」と示されている右上向きの領域が
ここに相当する.
[例題 5] 100 °C の水蒸気 100 g の温度を 110 °C まで上昇させるために必要な熱エ
ネルギーを求めよ.気体の水の比熱は 2.1 kJ K-1 kg-1 とせよ.
[解答] E = mcΔT = (0.100 kg)(2.1 kJ K-1 kg-1)(10 K) = 2.1 kJ
(6) 加熱曲線と冷却曲線 図 2 に示した加熱曲線では固体状態から液体状態を経て気体状態になるま
での過程が示されているが,逆に,気体状態から出発して液体状態を経て固
体状態に達するまでの状態変化も考えられる.この場合には熱の出入りが逆
になる.これを図 3 に示した.冷却に伴う経過時間と温度変化との関係を表
したグラフを冷却曲線と呼ぶ(図 3).
加熱曲線と冷却曲線を比べてみよう.形が左右反転している他に,融解が
凝固,蒸発が凝縮に置き換わっている.固体を液体に状態変化させるために
は,固体に対して外部から熱エネルギーを与えてやる必要があった.これに
図 3 冷却曲線.加熱曲線と逆の過程をあらわしている.
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対して,逆に,液体を固体にする際には,液体から外部に熱エネルギーが移
動する必要がある.この熱は凝固熱と呼ばれる.凝固熱の大きさは融解熱の
大きさは等しい.しかし,熱のやりとりにおける移動の方向が逆である.例
えば 1 kJ の融解熱は–1 kJ の凝固熱と考えることができるし,1 kJ の凝固熱
は–1 kJ の融解熱と考えることができる.
液体と気体との関係も同様である.液体を気体に状態変化させるためには,
液体に対して外部から熱エネルギーを与えてやる必要があった.これに対し
て,逆に,気体を液体にする際には,気体から外部に熱エネルギーが移動す
る必要がある.この熱は凝縮熱と呼ばれる.凝縮熱の大きさと蒸発熱の大き
さは等しく,熱が移動する方向が逆である.
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7 熱エネルギーも物質量で考える 比熱の単位は (エネルギー)(温度)-1(質量)-1 で考えてきたが,質量の代わり
に物質量 mol を用いる場合もある.圧力一定の条件で 1 mol の物質を 1 K 温
度上昇させるために必要な熱エネルギーを定圧モル熱容量または定圧モル比
熱と呼ぶ.たとえば液体の水の定圧モル熱容量は 75.291 J mol-1 K-1 である.
[例題 6] 液体のエタノール C2H5OH の定圧モル比熱は 111.46 J mol-1 K-1 である.
25 °C のエタノール 100 g を 35 °C にするために必要な熱エネルギーを計算せ
よ.なお,エタノールのモル質量は 46.0 g mol-1 とせよ.
[解答] 単位換算を行い,定圧モル比熱から比熱を求める.
c = (111.46 J mol-1 K-1)/(46.0 g mol-1) = 2.423 J g-1 K-1
温度変化はΔT = 35 °C – 25 °C = 10 °C= 10 K なので,熱エネルギーは次
の通り.
E = mcΔT = (100 g)(2.423 J g-1 K-1)(10 K) = 2.4 103 J
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8 状態変化と日常生活 8.1 エアコンの冷房モード 8.1.1 エアコンはどうやって部屋の温度を下げているのか 状態変化にともなって熱が出入りすることを利用すると,熱を移動させる
ことができるようになる.その代表的な応用例がエアコンである.エアコン
を冷房モードで使用する際の状態変化と熱の出入りを確かめてみよう(図 4).
エアコンは冷風を室内に送り出してくれる室内機と,屋外に設置される室
外機のセットになっている.室内機が室内の熱エネルギーを吸い取り,この
熱を屋外機が外に捨てているのである.そのしくみを見てみよう.
室内機と屋外機とをつなぐ配管の中には冷媒と呼ばれるガスが封入されて
いる.冷媒にはフロンやフロンと構造の似た有機化合物が用いられている.
室内機が部屋の空気を吸い込むと,冷媒の温度は室温になる.この状態で冷
媒は配管を通って室外機に運ばれる.
図 4 エアコンのしくみ.冷媒の状態変化を用いて熱を室内から屋外
に運び出す.
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屋外に運ばれてきた冷媒は,加圧によって体積を圧縮され,液体となる(図
4(1)).気体が液体に状態変化するため,凝縮熱が放出される.この熱を室外
機のファンが大気中に逃がしてくれる(図 4(2)).これによって,液体状態の冷
媒は冷却される2.
冷却された冷媒は配管を通って再び室内機に戻って来る.ここで減圧され,
液体から気体に状態変化する(図 4(3)).この状態変化に伴って,冷媒は周囲の
熱を奪う.室内機のファンは冷媒に風を送り続けることによって,室内の熱
を冷媒に与え続ける.この操作によって冷媒の温度が上がって行くが,これ
は同時に部屋の温度が奪われて行くことでもある(図 4(4)).
この操作を繰り返すことにより,エアコンは室内の熱エネルギーを屋外に
放出しているのである.冷蔵庫や冷凍庫もこれと同じしくみを用いている.
なお,冬期はエアコンを暖房モードにして用いる.この場合には熱の出入
りが逆になる.図 4 の過程のどこを変えれば暖房になるか考えてみよう.
8.1.2 冷媒の開発 冷媒としては毒性がないこと,腐食性を持たないこと,化学的に安定であ
ること,低い圧力で凝縮できること,安価であること,などが求められる.
この条件を備えた物質の代表がフロンである.フロンはハロゲンを含む炭化
水素をまとめてあらわす呼び方である.家庭用エアコンに広く用いられてき
たフロンは,CFC12 である.
しかし CFC12 はオゾン層を破壊することや,温室効果ガスであることが
わかったため,環境負荷が弱い R22 に置き換えられてきた.
図 5 家庭用エアコンに用いられている冷媒の例. 2
冷却といっても気温よりは高い温度である.液化された時の温度よりは低い
温度になっているだけである.
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しかしその R22 も環境に負荷をかけるため,2020 年までに全廃されるこ
とが決まっている.現在,R22 の代わりに用いられるようになってきた化合
物としては,R32(CH2F2)や R125(CHF2CF3)が挙げられる.また,優れた冷
媒の開発は現在も進められている.
8.2 水蒸気による火傷 ゆでものをした後に熱湯を流しに捨てようとして,うっかり手を高温の水
蒸気にさらしてしまうと,熱湯に触れていなくても火傷を負うことがある.
これは,単に水蒸気の温度が高いからではない.体温よりも高温な水蒸気
が人体に触れると,水蒸気のもつ熱エネルギーが人体に移る.エネルギーを
失った水蒸気は,人体の表面で気体から液体に状態変化する.この状態変化
に伴って,水蒸気のもつ熱エネルギーが人体に移動して来る.このエネルギー
を受け取ることになった人体では温度が体温よりもはるかに高い温度となり,
これが火傷を招く.すなわち,水蒸気が状態変化するときの凝縮熱で私たち
は火傷をするのである.熱湯に触れなければ大丈夫,ということはないので
ある.
8.3 氷のう 熱を出したときに氷のうで頭を冷やすことがある.これは単に氷が冷たい
からではない.氷が融解して液体の水にかわる際の融解熱を用いて,体温を
下げているのである.氷の融解熱は 335 kJ kg-1 である.あなたが熱を出した
とき,仮に 100 g の氷をオデコに乗せて溶かしたとすると,状態変化によっ
て発熱している身体から 33.5 kJ の熱を奪うことができるのである.
8.4 打ち水 夏の暑い日に水をまくことがある.これは水の蒸発熱を利用して地面の熱
を大気中に逃がすためである.水の蒸発熱は 2.26 103 kJ kg-1 である.
1 L ≒ 1 kg の水をまくことによって,2.26 103 kJ の熱を奪うことができる
のである.
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