放送事業の効率性に関する実証分析 − 地 域 性 の 検 証 と 提 案 − 慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所研究員 脇浜紀子 要旨 新メディアサービスとの競争、地デジ投資の負担などで地上民放テレビ局の経営環境が 厳しさを増す中、今後の放送政策には多元性・多様性・地域性の確保や実現が必須である。 本研究では、在京キー局主導以外の再編の可能性を探るため、地域の中核局である「基幹 局」を対象に、その経営効率性を計測し、それに影響を与える要因の分析を行った。特に アウトカム指標にマスメディア機能も加味した結果、自社制作比率の高さや放送エリアの 広さが効率性を高めることがわかった。前者については先行研究と異なる結果である。今 後は、経営面でのネットワーク協定や政策面での県域免許制約見直しが、基幹局経営に有 効である。 キーワード:DEA、トービットモデル、効率性、基幹局、放送政策 Empirical Analysis of Efficiency of Broadcasting Industry: Verification of Regionalism and Proposal Keio University Institute for Media and Communications Research Noriko Wakihama Abstract The reforms of the broadcasting industry have been discussed and proposed, and deregulations and the revision of the Broadcasting Law have already been implemented including restructuring the market through establishing holding company and admitting M&A of broadcasting stations. This paper based on the rigorous theoretical analysis discusses the possible reforms and provides fundamentals for the realignment toward more adequate systems. In so doing, this paper examines efficiency of so-called “the main broadcasting stations” in the six major regions using DEA (Data Envelopment Analysis) and empirically identifies factors which determine efficiency of these stations by the Tobit model. Based on these empirical analyses, raising in-house production ratio and the deregulation of the limitation for broadcasting services within one prefecture are required in order to fulfill missions such as plurality, diversity and locality in the age of the convergence. Keywords: DEA (Data Envelopment Analysis); Tobit model; main broadcasting station; broadcasting policy. 1 1. は じ め に 地上民放テレビ局の経営環境が厳しさを増している。2010 年のテレビ広告費の総広告 費に占める割合を 10 年前と比べると、約 34.0%から約 29.6%まで下落しているが、これは メディア環境全体の構造変化に起因していると思われる。このような中、マスメディア集 中排除原則が緩和され、放送エリアを越えた放送局の再編が可能となる法改正がなされた が、一極集中を防ぎ、多元的で多様的な放送を実現するためには、キー局に加えて「基幹 局」のリーダーシップも望まれる。基幹局とは、関東圏に次いで大きなマーケットである 関西、中京、北海道、宮城、広島、福岡の地域で中核的な役割を担っている放送局をいう。 本稿では、今後放送が地域性を担保・強化するためにキープレーヤーとなりうる基幹局を 取り上げ、その効率性や経営状況を検証するが、民主主義に不可欠なマスメディア機能の 担い手としての役割をも重視する。 2.先 行 研 究 安田(2000)は 1982-1999 年度の地方局を対象に、年間経常利益を被説明変数、年間売 上高、ネットワーク平均依存率などを説明変数として回帰分析を行い、ネットワーク平均 依存率が高いほど経常利益が高いとの結果を得た。 春日・宍倉(2004)は地上民放局について、自社制作率は収入に正に、利潤には負の影 響を与えるとの結果を得た。自社で制作すれば収入は増えるが、コストはそれ以上に増加 し利潤は低下するのである。 植田・三友(2003)はテレビ事業収入をアウトプット、人件費・資本費・物件費をイン プットとして、地方局の費用関数の推定を行い、規模の経済性の存在を確認した。同じく トランスログ型費用関数を用いた Asai(2004)は放送事業収入を被説明変数として計測を 行い、規模の経済性の存在と事業者のほとんどが最適より小さい規模で運営していること を確認している。 このように先行研究の多くは、地方局はネットワーク(キー局)に依存することで利潤 を得てきたが、規模の経済性が存在するので、経営効率の向上には放送エリアを拡大する ことが有効との結論を得ている。しかし放送産業では、経営面にのみに着目するのではな く、マスメディア機能を加味したアウトカム指標を用いる必要がある。 3. 分 析 手 法 本稿の分析は二段階からなる。第一は、DEA(包絡分析法)を用いて、基幹局の効率性 を計測する。DEA は、損益だけでは運営成果を評価できない放送等の公益事業などの効率 性を評価する手法として定着している。第二は、第一の分析で得られた基幹局の効率値を 用い、それに影響を及ぼす要因を回帰分析から特定化する。 分析を二段階に分ける理由は、公益性の高い放送に関しては先行研究のように収益のみ でそのパフォーマンスを判断するのは妥当ではないからである。DEA では、インプットと アウトプットをそれぞれ複数設定し、多次元尺度でかつ相対的観点から総合評価でき、得 られた効率値を被説明変数として要因分析を行うことで、分析に多様性を持たせることが 可能になる。 2 4. 効 率 性 の 計 測 4.1. DEA 分 析 で 用 い る ア ウ ト カ ム 「マスメディア」であるテレビ局の使命は、収集した情報をより多くの視聴者に効率的 に届けることである。そこで、「到達世帯数」というアウトカム指標を提示する。「到達世 帯数」とは、テレビ局の生産物である「番組」への視聴者の評価である全日視聴率に、当 該局の放送エリア内の世帯数を乗じた数である。これは、地域の放送需要に対してどれだ け応えているかを評価する客観的指標である。 4.2. 分 析 対 象 DEA では、分析対象となる生産主体を DMU (Decision Making Unit)と呼ぶ。本稿では、 北海道、宮城、中京、関西、広島、福岡の 6 地域の 4 大ネットワーク(ANN・FNN・JNN・ NNN)の系列局である 24 局、分析期間は 2002 年度-2007 年度の 6 年間、従って DMU の 総数は 144 となる。 4.3. 分 析 の 枠 組 み データは、日本民間放送連盟の『経営分析調査』より得た。基幹局の活動を、ヒト・モ ノ・カネを投入し、生産物として「電波にのせた情報」 (放送)を産出すると定義する。産 出としては、放送エリア内のより多くの視聴者にリーチし、そこからより多くの収益を得 ることとする。具体的には、入力項目は①放送事業費、②人件費、③減価償却費の項目を、 出力項目は④放送事業収入、⑤到達世帯数(エリア内世帯数×全日視聴率)の 2 つを選ん だ(図 1)。記述統計量は表 1 に示した。 4.4. 分 析 結 果 144 の DMU のうち 28 事業体が効率値 1 となった。さらに、効率値 1 を A、0.85 以上 1 未満を B、0.7 以上 0.85 未満を C、0.55 以上 0.7 未満を D とランク分けして、地域毎にそ の傾向をみたところ、関西の 24 事業体すべてが A か B に属している。中京、北海道にも A、B が多く C もみられるが D となった事業体はない。D は福岡に 11 と多く、広島に 6 つ、宮城に 5 つである。 関西の事業体は、エリア世帯規模が大きく、準キー局として全国ネット番組も制作する など、放送事業活動が活発である。中京、北海道の事業体もエリア世帯規模、自社制作比 率が相対的に高い。他方宮城は、エリア世帯数は最小だが、広島、福岡よりも効率値の平 均は高い。局別に期間の効率値平均をとって順位付けすると(表 2)、上位に、世帯規模が 最大の関西の局と最小の宮城の局が混在している。宮城の東日本放送は、放送事業費・人 件費や放送事業収入では 144DMU 中最小であり、事業規模を縮小することで効率性を実現 している。 5. 要 因 分 析 5.1. 仮 説 基幹局の効率性に影響を及ぼす要因として、マーケットの規模、自社制作比率、生産活 動の規模、コスト構造が考えられる。これらに、経営の自律度と経営の多角化という視点 3 を加え、以下の仮説を設定する。 仮説 1: 経営の自律度が高いほど効率性は高い。 仮説 2: 経営の多角化は効率性を高めない。 仮説 3: マーケットの規模が大きい広域圏の局の効率性は高い。 仮説 4: 高コスト体質は効率性を低下させる。 上記の仮説を実証するためトービットモデルを用いた。 5.2. 推 定 結 果 推定結果は表 3 にまとめた。主な仮説を要約する。 a)系列メディア株主ダミーは負に有意(p<0.1)。「中央」の資本が入ると効率値は低下 する。 b)自社制作比率は正に有意(p<0.01)。自社制作を抑制し、キー局に依存することが経 営にプラスとした先行研究と逆の結果となった。 以上から、経営の自律度が高いほど効率性は高いという仮説 1 は検証された。 f)その他事業収入割合は負に有意(p<0.05)。経営の多角化はマイナスの影響が出てい る。仮説 2 は検証された。 p)広域圏ダミーは正に有意(p<0.05)。しかし宮城ダミーは有意ではなく、その特殊性 は明らかにならなかった。広域圏において効率値が高いという DEA 分析で導かれた仮説 3 検証された。 i)組合組織率が負に有意(p<0.1)。これは高コスト体質の代理変数であり、仮説と一致 している。 j)開局からの年数、k)JNN ダミー、l)地元新聞株主ダミーは有意でない。高コストと なる「老舗」的体質を表すこれらの変数は有意とはならなかった。 6. 結 論 : 新 た な 放 送 政 策 に 向 け て 本分析は、今後の放送局経営や放送政策に対して次のような示唆を与える。 経営面では、①キー局依存度を低めて経営の自律度を高めること、②高コスト体質を改 めて自社制作比率をあげること、これらが基幹局に必要な革新である。政策面からは、① 県域免許についての見直し、②地域番組比率規制導入の検討などが望まれる。 マスメディア集中排除原則の緩和政策は、県域免許制約下では活用しづらい。1 局が県 域を超えてエリアを広げるなら、送出機能の統合などにより費用面でのメリットも生じる が、兼営や子会社化では効果は限定的となる。放送エリアの設定に事業者の自由度を高め るような制度設計は今後検討されるべきある。その際、例えば地域番組比率規制が「地域 性」を担保する手段となりうる。これは当局による規制ではない、番組内容を客観的かつ 簡単にチェックできる仕組みを構築する必要がある。 放送はこれまで極めて閉鎖的で硬直的な産業であったが、放送と通信の融合が予想以上 のスピードで進展する中、その構造改革には新旧の事業者、一般企業、地域団体、視聴者 も含む広い視点からの議論が求められる。 4 参考文献 Asai, S. (2004) “Scale economies and optimal size in the Japanese broadcasting market,” Otsuma Journal of Social Information Studies, 13, pp. 1-8. 春日教測・宍倉学(2004) 「我が国放送産業の市場構造と利潤」 『公益事業研究』第 55 巻, 第 3 号, pp. 19-31. 植田康孝・三友仁志(2003)「地上デジタル放送を活用した行政サービスの可能性」『日本 社会情報学会学会誌』第 15 巻, 第 2 号, 日本社会情報学会, pp. 53-64. 安田拡(2000) 「放送事業のアンバンドリング:規制と競争の視点から」大阪大学博士論文. 図表 図 1 アウトプットとインプット 5 表 2 期間平均効率値の順位 6
© Copyright 2024 Paperzz