経済情報入門Ⅱ(公共事業と社会保障:三井)

2007 年 11 月 21 日(水曜 4 限)1/5
経済情報入門Ⅱ(公共事業と社会保障:三井)
1. 公共事業-費用便益分析-
<市場類似法(market analogy method)>
プロジェクトが生み出す便益を評価(推計)する方法のなかで、市場類似法について道路
整備事業で生み出される便益について評価するケースに着目して説明する。道路整備事業
の便益評価に際しては考慮される便益としては、走行時間短縮便益、走行経費減少便益、
交通事故減少便益などがある。ここでは、走行時間短縮便益と交通事故減少便益の測定方
法について検討する。
【時間の評価】(労働市場=時間の取引をしている市場)
道路の整備により経済主体が得る経済的価値の推計方法は、その整備により経済主体が短
縮(節約)することができる走行時間の機会費用で測ることができる。すなわち、短縮時
間×賃金率(時給)で求める。なお、
「費用便益分析マニュアル(国土交通省、平成 15 年)」
では、乗用車 1 台の走行時間を 1 分短縮する便益(時間価値原単位)を約 63 円(平成 15
年価格)としており、バスに関しては約 520 円としている。
(問題1)現状は道路 A だけが存在し個人1と個人 2 はともに往復 2 時間かけて通勤して
いるとする。ここに、道路 A のバイパスである道路 B を整備するプロジェクト
が計画されているとする。そして、道路 B が建設されてから個人1は道路 B を
利用して往復 1 時間で通勤できるようになり、個人2は道路 A を用いて往復 1
時間 30 分で通勤できるようになるとする。さらに、個人 1 の時給は 2000 円、
個人2の時給は 3000 円であるとする。このとき、個人1と個人2はこのプロジ
ェクトから 1 日あたり時間節約の便益を幾ら得ていると評価できるであろうか。
【人命の価値】(エアバック=死亡確率を低下させる商品)
交通事故減少便益としては、人的損害額、物的損害額、交通渋滞損害額を減少させる便益
などがある。そして、これらの損害額のなかで、その便益を金銭的に評価することが困難
であると考えられるのは、人的損害額のなかでもとくに人命の損害額であろう。そこで、
以下では人命の価値を推計する方法について検討する。
人命の価値は無限大であると考える立場からは、人命の貨幣価値を評価しようとする試み
は不道徳(あるいは無駄)なことであると批判されるかもしれない。しかしながら、評価
方法のアプローチを少し変えて、死亡確率を低下させることの貨幣価値を計算するという
ことならばこの批判を回避できるであろう。したがって、公共プロジェクトの人命に関連
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した費用と便益を貨幣的に評価する場合も、死亡確率に対する影響を媒介とすれば可能に
なる。そして、以下で検討するように、このような間接的な方法を用いることで人命の価
値を評価できていると解釈することも可能になる。実際によく用いられている人命の価値
の推計方法として次のようなものがある。
・ 逸失所得法
⇒
将来所得の割引現在価値
・ 消費者購買調査
・ 労働市場調査
⇒
⇒
エアバック価格と死亡確率の低下との関係
死亡リスクが大きい仕事に要求される代償
(問題2)エアバックを装着すると、自動車で 1km 走ったときの交通事故で死亡する確率
が 1,000 万分の 1 から 10,000 万分の 1 に低下するとする。そして、エアバック
の耐用年数は 1 年であるとする。さて、ある個人は 1 年間に自動車で 1 万 km
走るとともに、エアバックを 9 万円で購入したとする。この個人は、1 年の間に
自動車運転中に死亡する確率が 1,000 分の 1 から 10,000 分の 1 に低下すること
に対する便益は(少なくとも)幾らであろうか。
(問題3)問題2のような購買をしている 10,000 人の個人がある橋を毎日通過していると
する。そして、その橋の中央分離帯を整備することにより、走行時間は変化し
ないがその橋を 1 年間毎日通過することによりその個人が遭遇する死亡事故の
確率が 1,000 分の 1 から 10,000 分の 1 に低下するとする。この橋で 1 年間に生
じる死亡事故の期待値は、中央分離帯の整備前と整備後でどのように変化する
であろうか。また、この中央分離帯の整備により各個人が得ている便益の合計
は(少なくとも)幾らであろうか。さらに、以上の議論から「人命の価値」が
(少なくとも)幾らであると解釈できるだろうか。
2. 社会保障-日本の公的年金制度-
社会保障=最低限の生活を営むことができなくなるリスクを社会全体で保障すること、お
よびそのリスクそのものを引き下げること
<社会保障制度の分類>
社会保障制度をその歳出を賄う財源の違いよって次のように分類される。
社会保険=給付の財源が主に「保険料」に依存している社会保障
福祉計画=給付の財源が主に「租税」に依存している社会保障
⇒
社会福祉は所得再分配(income redistribution)の一形態である。
2
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財源
保険料
税金
社会保険:Social Insurance
福祉計画:Welfare Programs
国民年金・厚生年金保険・共済年金
生活保護
雇用保険・介護保険
若年者雇用対策(ジョブカフェ)
国民健康保険・介護保険
老人保健
給付対象
所得
医療
福祉
児童手当
<日本の公的年金制度>
日本における公的年金制度の体系と加入員数(万人)注釈がない限り平成 18 年 3 月末
国民
厚生年
確定給
適格退
確定拠
職域加算
3階
金基金
付企業
職年金
出年金
部分
部分
年金
(506)
(242)
(478)
H19.3.31
H19.4.30
厚生年金保険
共済年金
2階
(3302)
(460)
部分
(525)
年金
基金
H19.7.1
(73)
1階
国民年金(基礎年金)
部分
自営業者
第 2 号被保険者
等
の被扶養配偶者
第 1 号被
第 3 号被保険者
第 2 号被保険者
保険者
(1092)
(3762)
民間サラリーマン
公務員等
(2190)
(7045)
(出所)公的年金制度の概要(厚生労働省年金財政ホームページ)
<確定給付型公的年金制度と人口変化のモデル(2世代重複モデル)>
以下では確定給付型の公的年金制度(年金の給付額が確定している年金制度)の改革につ
いて、人口の成長率が一定でないケースに着目して、検討しよう。
θ =1人当たり年金受給額(給付水準):各世代共通(確定給付)
第t世代=t期の期首に生まれ t+1 期の期末まで生存
Lt =第t世代の人口(公的年金制度加入者数)
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第1期から公的年金制度を導入: L0 = 0
L3 = 2 、 L1 = L2 = L4 = L5 = L = 1 :第 3 世代のみが人口2でその他の世代は人口1
単純化のため利子率(=市場収益率)はゼロとする。すなわち、民間資産の収益率も公債の
収益率もゼロであるとする。
期
世代
1
2
3
4
5
6
1
2
3
4
5
<積立率とフェア年金>
btF =第 t 世代の(1 人あたり)積立残高(t 期末における年金基金残高)
f t = btF / θ :t 期末における年金積立率(=積立残高/年金給付債務)
btP :第 t-1 世代の積立残高 btF−1 の不足分を補うための(1 人あたり)保険料
(完全)積立方式=積立率が 100%の年金
賦課方式=積立率が 0%の年金
修正積立方式=積立率が 0%と 100%の間
とすれば、第 t-1 世代の積立不足分は Lt −1 (θ − btF−1 ) だから、
Lt ⋅ btP = Lt −1 (θ − btF−1 ) = Lt −1 (1 − f t −1 )θ
(1)
が成り立つ。したがって、次の関係が成立する。
btP =
Lt −1
(1 − f t −1 )θ
Lt
(2)
第 t-1 世代は年金の保険料を支払うことにより t 期に年金給付を受ける「受給権」を得る。
Lt −1θ =公的年金が t-1 期末に t-1 世代に対して負っている「年金債務」
Lt −1 (θ − btF−1 ) =t-1 期末における「年金純債務」(=積立不足分)
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bt =第t世代の青年期における(=t期の)1人当たり年金保険料(負担額)
bt = btF + btP :第t世代の(1人当たり)年金保険料(負担額)
g t = θ − bt :第t世代の純便益
μt =
gt
:第t世代の公的年金の収益率
bt
(3)
フェア(市場収益率)年金とは、各世代にとっての収益率 μ t が市場収益率(=ゼロ)に等
しい年金である。したがって、積立方式の公的年金は必ずフェア年金である。
<賦課方式から積立方式への移行と二重の負担>
賦課方式の年金制度のもとでの収益率について検討するために、2 期(第 1 世代の老年期)
に賦課方式の年金制度が導入されたとする( f t = 0 、 t = 1, 2, L )。このとき、各世代の純
便益 g t と収益率 μ t を、表1のように θ を用いて表すことができる。
<表 1>
世代t
1
2
3
4
5
bt
gt
μt
次に、年金改革にともなう二重の負担について検討するために、3 期に賦課方式から積立方
式へ移行するとしよう( 0 = f 1 = f 2 ,1 = f 3 = f 4 = L )。なお、積み立てる資産は民間資産
であるとする。そのときの、各世代の一人当たり純便益 g t と収益率 μ t は表2のようになる。
したがって、移行過程で大きな負担をすることになる世代が存在する。
<表2>
世代t
1
2
3
btF
btP
bt
gt
μt
5
4
5