三次元連通気孔構造ハイドロキシアパタイト を用いた骨造成術 - 新たに歯科領域での使用が認められた「ネオボーン」の臨床応用 - 堤 一純 堤デンタルクリニック(大阪府) 公設国際貢献大学校 教授(国際保健医療学部) インプラント治療において骨造成術や 骨補填材であるハイドロキシアパタイト 骨増大術の応用は不可欠な要素となって (HA)や β-TCP などが脚光を浴びてくる きた。それに伴い、骨移植材の需要も高 ことになるが、これまで用いられてきた まっているのは確かである。しかし、国 HA は高密度焼結体であり、内部空隙もほ 内では許認可の下に使用できる骨移植材 とん ど存在しないことから骨に置換する は限られている。最も安全で有効な骨移 ことはなかった。β-TCP においては歯科 植材は自家骨であるとされているが、自 用として許認可を受けた材料はなく、入 家骨を使用する場合は、患者の外科的侵 手可能ではあるものの、臨床使用時には 襲も増し、ドナーサイトなどにも制限が 吸収速度が速すぎて必要な骨量が期待す あり移植骨が無尽蔵に採取できるわけで るほどには得られなかった。 はない。そのような背景の中、歯科医は そんな中、株式会社エム・エム・ティー 有効な骨移植材を求めて、各々の責任の (本社:大阪)から歯科用として許認可を 範囲で国内外の骨移植材を入手し、臨床 受けた新しいタイプの三次元連通気孔構 応用しているのが現状である。また、そ 造ハイドロキシアパタイトの骨補填材「ネ れらの骨移植材の中にはヒト由来や動 オボーン」が発売された。本稿では、こ 物由来の材料も含まれており、確率は低 の「ネオボーン」を使用した骨造成術を いものの未だ感染等の可能性の問題が指 供覧し、その実力を検証したい。 摘されている。そこで、化学合成された The Journal of Oral Implants 2010 No.42 1 2 三次元連通気孔構造ハイドロキシアパタイトを用いた骨造成術 ネオボーンの特徴と特性 ネオボーンは骨組織の主成分である ハイドロキシアパタイトの単一成分で 構成された骨補填材で、整形外科領域 に登場した 2003 年 9 月以降、その臨床 現場で良好な成績をおさめている。HA 自体の生体親和性や骨伝導能について は周知のとおりなので割愛するが、従 来の HA 補填材と大きく異なる部分は、 三次元連通気孔構造という形状にある。 独自の成形技術である「起泡ゲル化技 術」を応用することで、直径 150µm の (株)エム・エム・ティー提供 図 A:球状タイプのネオボーン(左)とその表面の SEM 像(右:倍率 35 倍) 。 多数の気孔が連なり、さらに連なった 気孔同士が平均直径 40µm の気孔間連 気孔 通部によって交通した多孔体構造を有 している(図 A、B)。この多孔体構造 によって、骨内への移植後はネオボー ンの内部にまで組織細胞が進入して新 気孔間連通部 生骨の形成を促進する内部骨形成を実 現している。つまり、補填材の内外で 骨伝導能を発揮することで、極めて強 力な骨再生のメカニズムが働くと考え 図 B:三次元連通気孔構造の模式図。 (株)エム・エム・ティー提供 られる。 また、72%∼ 78%という気孔率を持 ちながら圧縮強さは 12 ∼ 18MPa(代 表値)と海綿骨の数倍程度の適度な強 度も有しており、取扱いも容易である。 歯科用としては、1 ∼ 2mm の球状タイ プ(図 A)と 0.5 ∼ 1mm の顆粒タイプ (図 C)が販売されている。 (株)エム・エム・ティー提供 図 C:顆粒タイプのネオボーン(左)とその表面の SEM 像(右:倍率 35 倍) 。 インプラントジャーナル 2010 No.42 - 新たに歯科領域での使用が認められた「ネオボーン」の臨床応用 - 3 ネオボーンの臨床応用 CASE 01 上顎臼歯部への大規模な骨造成 図 01-01:下顎のインプラント治療を希望して 来院された初診時のパノラマ X 線像(2007 年 6 月) 。右側上顎結節部にインプラントが植立さ れ、磁性アタッチメントが装着されていた。上 顎残存歯は予後不良のため抜歯対象であった。 図 01-02:下顎のインプラント治療がインテグ レーションを獲得し、上部構造装着前の口腔 内所見(2007 年 10 月)。 図 01-03:下顎のインプラント上部構造装着後 の口腔内所見(2007 年 10 月)。 図 01-04:下顎のインプラント治療後のパノラ マ X 線像。上顎は粘膜および右側上顎結節部 のインプラントに支持を求めた床義歯にて対 処した。 図 01-05:下顎のインプラント治療が快適で あったことを理由に、上顎へもインプラント 治療を希望された。 図 01-06:上顎の CT 断層像(右側大臼歯部) 。 上顎洞底部から歯槽頂までの骨量はほとんど なかった。 図 01-07:上顎の CT 断層像(右側小臼歯から 。上顎洞底の含気化が著しく、上顎洞 犬歯部) は犬歯の上部まで拡がっていた。 図 01-08:上顎の CT 断層像(前歯部)。上顎 洞底の含気化が右側前歯部にまで拡がってい る上に、大きな切歯孔が存在した。前歯部へ のインプラント埋入は困難と診断した。 図 01-09:上顎の CT 断層像(左側臼歯部)。 洞内病変が認められ、サイナスリフトの先立 ち副鼻腔炎根治術が必要であった。また、洞 底骨は一部存在していなかった(赤枠)。 インプラントジャーナル 2010 No.42 4 三次元連通気孔構造ハイドロキシアパタイトを用いた骨造成術 図 01-11:CT データから製作した上顎 3D モデル の洞内観。左側は一部骨が存在していなかった。 Steged approach による骨造成が必要と判断し、 左側臼歯部はオンレーグラフト、右側臼歯部はラテ ラルアプローチのサイナスリフトを計画した。 図 01-10:CT データから製作した上顎 3D モ デル。左側臼歯部歯槽骨の陥凹が著しい。 図 01-12:上顎右側臼歯部のラテラルアプロー チのサイナスリフト術を示す。切開時の口腔 内所見。 図 01-13:粘膜骨膜弁を剥離し、骨開窓部に骨 溝を形成した。 図 01-14:慎重に洞粘膜を挙上した。 図 01-15:使用したハイドロキシアパタイト骨 補填材「ネオボーン」。 図 01-16:骨移植材としては、PRP を混合し た形状の異なるネオボーンを準備した。 図 01-17:PRP を混合したネオボーンを洞内 へ填入していく。 図 01-18:ネオボーンの填入が完了した口腔内 図 01-19:填入したネオボーン上をメンブレン 図 01-20:メンブレンを固定用ピンで固定する。 所見。 で被覆した。 インプラントジャーナル 2010 No.42 - 新たに歯科領域での使用が認められた「ネオボーン」の臨床応用 - 5 図 01-22:オトガイ部からの骨ブロックの採取は患 者の同意が得られなかったため、移植骨には患者の 同意を得た上で脱灰乾燥骨のブロック(LifeNet 社) を使用した。 図 01-21:上顎左側臼歯部のオンレーグラフト の骨造成術を示す。切開時の口腔内所見。 図 01-23:脱灰乾燥骨のブロックを所定の位置 に適合させた状態。 図 01-24:脱灰乾燥骨のブロックをスクリュー で固定した。 図 01-25:移植した脱灰乾燥骨のブロックの周 囲にネオボーンを填入して自然な造骨形態を 形成した。 図 01-26:脱灰乾燥骨のブロックおよびネオ ボーンをメンブレンで被覆した。 図 01-27:縫合が終了した状態。 図 01-28:術後約 5 ヵ月の口腔内正面観。 図 01-29:術後約 5 ヵ月の口腔内上顎咬合面観。 図 01-30:術後約 5 ヵ月のパノラマ X 線像。 図 01-31:術後約 5 ヵ月の上顎右側大臼歯部 付近の CT 断層像。 インプラントジャーナル 2010 No.42 6 三次元連通気孔構造ハイドロキシアパタイトを用いた骨造成術 図 01-32:術後約 5 ヵ月の上顎右側小臼歯部 から犬歯部付近の CT 断層像。 図 01-33:術後約 5 ヵ月の上顎前歯部付近の CT 断層像。 図 01-34:術後約 5 ヵ月の上顎左側犬歯部か ら小臼歯部付近の CT 断層像。 図 01-35:術後約 5 ヵ月の上顎左側大臼歯部 付近の CT 断層像。 図 01-36:術後約 5 ヵ月でインプラント埋入 を行った。インプラント治癒期間中の暫間義 歯を支持する目的で残していた右側上顎結節 部のインプラントを撤去する。 図 01-37:撤去したインプラント。 図 01-39:粘膜骨膜弁剥離時の口腔内所見。 図 01-40:小臼歯部はインプラントの初期固定 を得るためにオステオトームを使用してイン プラント床形成を行った。 図 01-38:上顎右側臼歯部からインプラントの 埋入を行った。切開時の口腔内所見。 図 01-41:通法に従いインプラントの埋入を 行った。 インプラントジャーナル 2010 No.42 図 01-42:埋入したインプラント周囲に再度ネオ ボーンを補填した。 - 新たに歯科領域での使用が認められた「ネオボーン」の臨床応用 - 図 01-43:上顎左側臼歯部のインプラント埋入 手術を示す。粘膜骨膜弁を切開・剥離した口 腔内所見。 図 01-44:脱灰乾燥骨のブロックを固定してい たスクリューを除去した。 図 01-46:骨開窓が完了した口腔内所見。 図 01-47:慎重に洞粘膜を挙上した。 図 01-48:洞粘膜を十分に挙上したらインプラ ント床を形成しインプラントを埋入する。初期 固定を得るためにオステオトームを使用した。 図 01-49:インプラント床を形成したら、洞粘 膜挙上部にネオボーンを填入した。 図 01-50:通法に従いすべてのインプラントを 埋入した。 図 01-51:埋入したインプラント周囲にもネオ ボーンを補填し、骨開窓部とともにメンブレン で被覆した。 図 01-52:縫合が終了した上顎咬合面観。 図 01-53:上部構造装着後のパノラマ X 線像。 図 01-45:上顎左側臼歯部はオンレーグラフト を行い、初期固定を得られるだけの骨量は確保 できたが、さらに垂直的骨量を確保するために ラテラルアプローチのサイナスリフトを併用し てインプラントの埋入を行うこととした。ラウ ンドバーを用いて骨開窓部に骨溝形成を行う。 インプラントジャーナル 2010 No.42 7 8 三次元連通気孔構造ハイドロキシアパタイトを用いた骨造成術 CASE 02 上顎前歯部の GBR 図 02-01:術前のパノラマ X 線像。 図 02-04:GBR のメンブレンには人工硬膜(グ ンゼ株式会社)を使用した。この人工硬膜は適 度な強度を有しており、一定の期間が経過する と生体内に吸収される。トリミングを行った上 図 02-02: 21 12 部欠損症例で唇側骨板全 体に陥凹が認められた。また 2 部は唇側骨板 図 02-03: 21 12 部にインプラント埋入後 の口腔内所見。2 部は唇側骨板裂開部からフィ に裂開が存在した。 クスチャーが露出している。 図 02-05: 21 12 部の唇側骨板陥凹部およ び 2 部の裂開部にネオボーンを填入し、人工 硬膜で被覆した。 図 02-06:縫合が終了した口腔内上顎咬合面観。 図 02-08:上部構造装着後の口腔内正面観。 図 02-09:上部構造装着後の口腔内咬合面観。 で、基底骨付近にピンで固定した。 図 02-07:インプラント埋入後のパノラマ X 線 像。 インプラントジャーナル 2010 No.42 - 新たに歯科領域での使用が認められた「ネオボーン」の臨床応用 - 9 おわりに ネオボーンは従来の骨補填材とは大 る。これは、まさにネオボーンの周囲 ネオボーンは保険適用の指定を受け きく異なる。ネオボーンの三次元連通 だけでなく内部にまで骨形成に起因す ており、購入価格は 1g 6,480 円(税別) 気孔構造が毛細管現象を引き起こし、 る細胞が進入して、新生骨の形成を促 と他の骨補填材よりもかなり安価であ PRP がすばやく浸透していくのを見る 進していると考えられる。X 線不透過 る。 と驚きすら覚えるほどである。PRP と 性を示す従来の焼結体 HA とは異なり、 の相性は非常に良く、GBR やサイナス ネオボーンは空洞球を呈した気孔体の 形外科領域などと異なり炎症部位や病 リフトをネオボーンと PRP のみで行っ 内外に線維性骨あるいは仮骨の形成を 変除去部位に使用されることも多い。 ているが、すべて良好な臨床結果を得 早期に達成させるものと思われる。骨 それだけに材料としての条件はハード ている。 の欠損部にただ補填するという感覚で ルも高い。骨再生が行われるための基 自家骨採取の必要性は、ブロック骨 はなく、骨が再生するための足場を効 本的な条件を無視して使用すると、良 の移植以外は全く必要としなくなり、患 率よく提供しているという実感を得て 好な結果が得られないケースも増える 者のみならず術者の負担も軽減し、手術 いる。長期症例の経過を見ると、経時 可能性がある。そのような結果が、材 時間の短縮にも大きく貢献している。 的に X 線透過性が周囲骨とほぼ同等と 料自体の信頼性に波及し、使用するこ ネオボーンを補填した部位は、補填 なり、その後は周囲骨とともに骨硬化 と自体に影響を及ぼすようなことだけ 直後においてその気孔率の高さから X も進んでいることから、骨のリモデリ は避けたいと考える。国内初の有用性 線透過性を示す。しかし、2 ヵ月後あ ングを阻害していないどころか、リモ の高い骨補填材の登場は朗報であり、 たりから X 線透過性は低下して徐々に デリングのメカニズムに順応している 今後はより安全で低侵襲の骨造成術を 周囲骨と同様の X 線透過性を示してく のではないかとも思われる。 模索していきたい。 歯科医療で使用する骨補填材は、整 ネオボーンに関する主要な文献 1)Tamai N, et al.: J. Biomed. Mater. Res. 59, 110-117, 2001. 2)玉井宣行 他:関節外科,21, 1272-1278, 2002. 3)玉井宣行 他:Orthopaedic Ceramic Implants, 21, 21-24, 2001. 4)Myoui A, et al.: In Wise DL (ed). Biomaterials Handbook -Advanced Applications of Basic Sciences and Bioengineering. pp427-440, Marcel Dekker. New York, NY, 2003. 5)名井 陽 他:Orthopaedic Ceramic Implants, 21, 103-106, 2001. 6)名井 陽 他:臨床整形外科,36, 1381-1388, 2001. 7)藤井昌一 他:日本整形外科学会雑誌,77, S67, 2003. 8)名井 陽 他:日本整形外科学会雑誌,77, S129, 2003. 9)赤川安正 他:日本口腔科学会雑誌,56, 400-104, 2007. 文献請求先 筆者紹介 株式会社エム・エム・ティー 堤 一純(理学博士) 〒 540-0008 大阪市中央区大手前 2-1-2 堤デンタルクリニック 院長 TEL. 06-6941-8255 公設国際貢献大学校 教授(国際保健医療学部) インプラントジャーナル 2010 No.42
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