成長のしくみと成長ホルモン

成長のしくみと成長ホルモン
お子さんの低身長を
心配されている
お父さま、お母さまへ
監修
地方独立行政法人 大阪府立病院機構
大阪府立母子保健総合医療センター
消化器・内分泌科 主任部長
位田 忍 先生
表1
Contents
1.
はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
2.
子どもはどのように成長するの?・・・・・・・・・・・3
3.
誕生から思春期までの成長・・・・・・・・・・・・・・・7
4.
成長ホルモン分泌不全性低身長症の診断方法は?・・・・9
5.
成長ホルモン分泌不全性低身長症の治療は?・・・・・・14
6.
成長ホルモン療法を受けるとどうなるの?・・・・・・・15
7.
治療期間と医療費・・・・・・・・・・・・・・・・・・17
8.
その他の情報・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
9.
用語集・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21
1. はじめに
お子さんの成長には、個人差があるものの、一定のパターンがあることが知られ
ています。緩やかに伸びる時期や急激に伸びる時期など、ほとんどのお子さんが、
似たような曲線を描きながら成長していきます。
同じ年齢のほかのお子さんと比べて身長が低いからといって、直ちに心配する必
要はありませんが、そのパターンから大きく外れている場合には、なるべく早い時
期に専門医にかかり、その原因を調べたほうがよいでしょう。
成長が遅くなる成長障害には、さまざまな原因があります。この小冊子は、その
原因の一つである成長ホルモン分泌不全性低身長症(growth hormone deficiency :
GHD)を中心に解説しています。日本では、およそ10,000人から15,000人の子
どもがこの病気を持っています。もしも、あなたのお子さんが成長障害を疑われた
ら、この小冊子を参考に今後の対応や治療方法について、専門医とよく相談してく
ださい。
身長を伸ばすことは人生の目的ではありませんし、成長障害だとしても
治療が必ずしも必要という訳ではありません。肉体的にも精神的にも、お
子さんが可能性を十分に発揮し、健やかな生活を送れるようにすることが、
お子さん本人やご両親とともに医師が目指す目的なのです。
2
2. 子どもはどのように成長するの?
成長にはいろいろな要素がかかわっています
お子さんの成長にはいろいろな要素がかかわっています。両親の体質、つまり遺
伝子の影響をはじめ、ホルモン、栄養、睡眠、運動、出生時の発育状態、愛情など
――これらすべてが、子どもから大人へと成長するために必要な要素です。
こうした要素の中でも、成長が最も著しい0歳∼3歳ごろまではおもに栄養、比
較的緩やかに成長する1歳∼思春期までは成長ホルモン(GH)、思春期以降∼骨が
大人になって成長が止まるまでの成長のラストスパートともいうべき時期には性ホ
ルモンが、それぞれ深く関与しています。そのほか、甲状腺ホルモン(T3、T4)も
お子さんの成長には欠かせない大切なホルモンです。
成長に関わるホルモンの分泌のしくみ
それぞれのホルモンが成長を促すしくみを簡単にみてみましょう(図1)。
・視床下部での成長ホルモン放出ホルモン(GHRH)、ソマトスタチン(GHIH:成
長ホルモン分泌抑制ホルモン)の産生を促す因子として薬物、睡眠や運動があり
ます。
・視床下部でつくられた成長ホルモン放出ホルモンが下垂体へ送られます。
・成長ホルモン放出ホルモンは下垂体を刺激して、成長ホルモンを分泌させます。
・成長ホルモンは血流によって肝臓などの組織へ運ばれます。
・からだの組織は成長ホルモンに反応し、ソマトメジン-C(IGF-1:インスリン様
成長因子)という物質をつくります。
・ソマトメジン-C(IGF-1:インスリン様成長因子)は骨の成長の中心となる部分
の細胞を刺激して分裂(または成長)させ、それによって骨が伸び、身長が伸び
ます。
このしくみのどこかに支障がおきた場合、お子さんの成長の伸びが正常より遅く
なります。例えば、時として、成長ホルモン放出ホルモンが視床下部でつくられな
いことがあったり、また、下垂体から成長ホルモンが分泌されないこともあります。
3
図1 成長に関わるホルモンの分泌のしくみ
薬物刺激
視床下部
睡眠
運動
成長ホルモン
放出ホルモン
(GHRH)
ソマトスタチン
(GHIH)
脳下垂体
前葉
甲状腺刺激
ホルモン
(TSH)
成長
ホルモン
(GH)
性腺刺激
ホルモン
(LH、FSH)
肝臓
甲状腺
栄養
ソマトメジン-C
(IGF-1)
筋肉
骨
ソマトメジン-C
(IGF-1)
甲状腺
ホルモン
(T3、T4)
性
骨の成熟 ホルモン
4
いずれ子どもの成長は止まります(骨の成長・成熟と性ホルモン)
骨は成長とともに形状やかたさなどいろいろな変化を見せます。こうした変化を
評価し、成熟度を判定して骨が何歳に当たるかを調べたものを骨年齢といいます。
通常は骨年齢と実際の年齢(暦年齢)は一致していますが、成長に関わるホルモン
の分泌が悪いなど何らかの異常がある場合は、骨の成長が十分でなく骨年齢は暦年
齢より遅れます。
では、骨はどのような過程で成長するのでしょうか。手足の骨のほとんどを形
作っている細長い骨(長管骨)を例にみてみましょう(図2、3を参考にしてくだ
さい)。
お子さんの長管骨の先(両端)にはやわらかい「骨端軟骨」という組織がありま
す。軟骨はレントゲン写真上は写りませんので、写真上は骨端核と骨幹の間はすき
間(骨端線)になります。この部分が成長ホルモンや性ホルモンによって刺激され
ると、軟骨細胞が増え、それが徐々にかたい骨に変わっていく(骨化する)ことで
骨が伸びる、つまり背が伸びることになります。骨化が進むにつれて、レントゲン
写真上のすき間は狭くなっていきます。
骨年齢は手の骨のレントゲン写真によって判定します。判定のポイントはおもに
手根骨の数と形、指骨、尺骨、橈骨などの長管骨の骨端核の大きさと、骨端線(骨
端核と骨幹の間)の状態です。手根骨は最初は軟骨であるため、レントゲンには写
らず、成長にともなって骨化が進むと徐々にレントゲンに写る数が増えていき、最
終的には8個になります。また、骨年齢が若いほど骨端核は小さく、骨端線の幅は
広く、成長とともに狭くなっていき、ついには閉じた状態になります。この時点で
身長の伸びが止まって最終身長になります。
性ホルモンは、思春期になって分泌がさかんになり、骨を成熟させ、背の伸びに
一気にスパートをかけ、骨端線の閉鎖に大きくかかわります。
5
図2 手の骨のX線写真
3歳
9歳
15歳
図3 骨の成長
子どもの骨
大人の骨
骨幹
骨幹
骨幹端
骨端線
骨端核
子どもの成長の見方
成長に問題があるかどうか判断する場合には、実際の身長だけではなく、お子さ
んの成長の速さ(成長速度)が重要になります。
医師はお子さんの成長グラフから成長速度を計算するので、初めて診察を受ける
際には過去の身長測定の記録を必ず持参しましょう。身長が低くても安定した速度
で成長しているお子さんは、あまり問題はありません。一方、身長が比較的高くて
も、成長が遅くなったり、完全に止まったりしている場合のほうが、深刻な問題が
潜んでいる可能性があります。
(小冊子の最終ページに、お子さんの成長を記録できる成長曲線グラフを用意して
います。母子手帳や、幼稚園や保育園の健康記録、小・中学校の健康記録などを参
考にお子さんの身長・体重を記入してみましょう。
)
6
3. 誕生から思春期までの成長
低身長の基準
低身長であるかどうかを判断する際には、現時点での身長そのものに加えて、1
年にどれだけ伸びたかという成長率もとても重要です。低身長は、実際には、標準
という考え方に基づいて次のような2つの基準によって定められています。
偏差
(SD)
1. 同じ年齢で同性の標準身長に比べて―2SD以下の場合
2. 1 年 間 の 成 長 率 ( 身 長 の 伸 び ) が 同 じ 年 齢 で 同 性 の 標 準 成 長 率 に 比 べ て 、
―1.5SD以下である状態が2年以上続いている場合
と言っても、なかなかわかりにくいかもしれませんので、めやすとなる具体的な数
値をあげておきましょう(表1)。
実際の身長のめやす
各年齢別(半年ごと)に男の子、女の子それぞれについて、実際の低身長の
めやす(―2SDに当たる身長)を表に示しました。お子さんの身長が、同性・同年
齢に記載されている身長より低い場合は、低身長であると考えられます。
1年の伸び(成長率)のめやす
各年齢別(半年ごと)に男の子、女の子それぞれについて、1年間の成長率のめ
やす(―1.5SDに当たる1年の身長の伸び)を表に示しました。お子さんの身長の伸
びが、同性・同年齢に記載されている伸びより低い場合は注意が必要です。それが
2年続くと、実際の身長が―2SD以上であっても、成長ホルモン分泌不足を考える
必要があります。
7
1年の伸びのめやす**
表1 低身長のめやす*
男の子
(歳・月) 標準身長
(cm)
女の子
標準身長
-2SD
(cm)
標準身長
-2.5SD
(cm)
男の子
標準身長
(cm)
標準身長
-2SD
(cm)
標準身長
-2.5SD
(cm)
女の子
標準成長率 標準成長率
-1.5SD
-1.5SD
(cm/年) (cm/年)
0・0
49.0
44.7
43.6
48.4
44.2
43.2
―
0・6
67.8
63.1
61.9
66.2
61.6
60.5
―
―
1・0
75.0
69.8
68.5
73.4
68.4
67.1
11.6
11.3
1・6
80.5
74.9
73.5
79.4
73.9
72.5
8.9
8.8
2・0
85.4
79.4
77.9
84.3
78.4
77.0
7.6
7.5
2・6
89.6
83.1
81.5
88.4
82.1
80.5
7.0
6.8
3・0
93.3
86.4
84.7
92.2
85.5
83.8
6.4
6.3
3・6
96.9
89.5
87.7
95.9
88.8
87.0
6.0
6.0
4・0
100.2
92.5
90.5
99.5
91.9
90.0
5.8
5.8
4・6
103.5
95.3
93.2
102.8
94.8
92.8
5.4
5.6
5・0
106.7
98.1
95.9
106.2
97.7
95.6
5.1
5.4
5・6
110.0
100.9
98.6
109.5
100.6
98.4
4.9
5.2
6・0
113.3
103.8
101.4
112.7
103.4
101.1
4.6
5.1
6・6
116.7
106.8
104.3
115.8
106.1
103.6
4.5
4.9
7・0
119.6
109.5
107.0
118.8
108.8
106.3
4.6
4.6
7・6
122.5
112.2
109.7
121.7
111.4
108.9
4.5
4.4
8・0
125.3
114.7
112.1
124.6
113.9
111.2
4.4
4.3
8・6
128.1
117.2
114.5
127.5
116.4
113.6
4.3
4.1
9・0
130.9
119.7
116.9
130.5
118.8
115.8
4.1
4.2
9・6
133.6
122.1
119.3
133.5
121.2
118.1
4.0
4.4
10・0
136.4
124.5
121.5
136.9
123.9
120.7
3.9
5.2
10・6
139.1
126.8
123.8
140.3
126.7
123.3
4.0
6.0
11・0
142.2
128.9
125.6
143.7
130.2
126.9
4.1
6.7
11・6
145.3
131.0
127.5
147.1
133.8
130.4
4.5
6.1
12・0
149.1
133.9
130.1
149.6
137.0
133.9
5.5
4.5
12・6
152.9
136.8
132.8
152.1
140.2
137.3
6.9
2.9
13・0
156.5
140.7
136.8
153.6
142.3
139.4
7.7
1.7
13・6
160.0
144.6
140.8
155.1
144.3
141.6
6.9
1.1
14・0
162.8
148.6
145.0
156.0
145.3
142.6
5.0
0.6
14・6
165.5
152.5
149.3
156.8
146.2
143.6
3.3
0.4
15・0
167.1
154.7
151.6
157.1
146.5
143.9
2.3
0.2
15・6
168.6
156.8
153.9
157.3
146.9
144.3
1.4
0.0
16・0
169.4
157.7
154.8
157.5
147.1
144.4
0.8
0.0
16・6
170.1
158.5
155.6
157.7
147.2
144.6
0.3
0.0
17・0
170.5
158.8
155.9
157.9
147.4
144.8
0.0
0.0
17・6
170.8
159.1
156.2
158.1
147.6
145.0
0.0
―
―
* 平成12年度乳幼児身体発育調査報告書(厚生労働省)および平成12年度学校保健統計調査報告書(文部科学省)
のデータより抜粋
**Suwa, S et al : Clin Pediatr Endocrinol 1992, 1(1), 5-13より抜粋
8
4. 成長ホルモン分泌不全性低身長症の
診断方法は?
成長曲線でチェックしましょう
お子さんの身長・体重を記録し、成長パターンにつぎのような徴候がみられたら、
成長に何らかの問題がある可能性があります。
・ 身長の伸びが、1年につき4.0cm以下。
・ 伸びが緩やかになり、成長グラフの身長曲線(成長曲線)が通常の成長パター
ンからはずれる。
・ 身長が成長曲線の一番下の曲線を下回る(―2SD以下)。
これらの徴候がみられる時は、成長ホルモンの欠乏や他の内分泌障害、または低
身長を引きおこすほかの病気(ターナー症候群など)がないかどうかも調べる必要
があります。
病院で診察を受けましょう
お子さんの成長に不安を感じ成長に問題があると考えられる場合、つぎのような
診察や検査によって、原因をみつけ、治療をしたほうがよいかどうかを判断します。
①まず、検査の前につぎのような診察を行います
・お子さんの成長曲線をつくり、成長記録を見ます。
・ご家族、食事、睡眠、遊び方、学校での様子、家族や友達との関係について質問
し、生まれた時の状況やこれまでにかかった病気など(病歴)について詳しく問
診します。
・全身の身体検査を行います。(身体計測やからだのバランスの観察など)
9
②病気があるかどうかを調べる一般検査(スクリーニング検査)を行います
●X線検査によって骨の発育程度(骨年齢)を調べます
お子さんの骨の発育程度(骨年齢)を同性・同年齢の子どもと比較するため
に、手から手首にかけてのX線撮影をします。これによって、お子さんがこれ
からどれだけ成長できるかの潜在力を知ることができます。骨の成長が遅れて
いる(骨年齢が低い)お子さんの場合は、「成長する余地がある」とも考える
ことができます。
●血液検査を行います
血液をとって、成長にかかわるホルモン(甲状腺ホルモン、ソマトメジン-C、
性腺刺激ホルモン、甲状腺刺激ホルモン)の分泌量を調べます。また、血液中
の糖、たんぱく、脂質などを調べ、糖尿病や腎臓・肝臓など内臓の病気がない
かどうか、全身の状態をチェックします。
●尿検査を行います
尿の中のたんぱく、糖、尿潜血、白血球、赤血球などを調べ、糖尿病や腎
臓・肝臓など内臓の病気がないかどうか、全身の状態をチェックします。朝一
番の尿で成長ホルモンを測定することもあります。
これらの検査で、内臓や骨の病気が原因であることがわかった場合には、その治
療を始めます。
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③さらに詳しい検査(精密検査)を行う場合もあります
一般検査(スクリーニング検査)によってほかの疾患がなく、成長ホルモンの分
泌が低下している可能性が考えられる場合は、成長ホルモンの分泌量を調べる成長
ホルモン負荷試験を行います。また、下垂体の形や脳腫瘍の有無などを調べる頭部
の画像診断(MRIやCT)、女の子の場合はターナー症候群の診断のため染色体検査
といった精密検査を行います。
●成長ホルモン負荷試験
成長ホルモンの分泌状態をより正確に調べるための検査です。成長ホルモンは、
1日中分泌されていますが、その量は一定ではなく、時間によって血液中の分泌量
にはかなりのばらつきがあります。日中は分泌量が少なく、正常でも低値を示しま
す。そのため、1回の検査では信頼性が低いので、成長ホルモンの分泌を促す薬剤
を投与して、一定の時間ごと(30分ごと)に血液中の成長ホルモンの量を測定し
ます。下垂体に十分に成長ホルモンがあれば、刺激薬によって大量に分泌されます
が、十分にない場合には刺激薬を投与しても、あまり分泌されないことになります。
成長ホルモンの分泌を刺激する薬剤として、5つの薬剤が用いられます。
・インスリン
インスリンは血糖を下げる作用があります。低血糖は、成長ホルモンの分泌を
促進します。刺激薬投与前に採血、静注投与後30分ごとに採血し、120分間行
います。
・アルギニン
アルギニンはアミノ酸の一種で、成長ホルモンの分泌を促します。10%の水溶
液になっていますので、30分で点滴投与し、刺激薬投与前、点滴開始後30分ご
とに採血し、120分間行います。
11
・L-DOPA
L-DOPAは、パーキンソン病の治療薬ですが、脳の中に入るとドーパミンとい
う物質に変わります。ドーパミンは視床下部に作用して、成長ホルモンの分泌を
促進します。刺激薬投与前に採血、経口投与後30分ごとに採血し、120分間行
います。
・クロニジン
クロニジンは高血圧の治療薬ですが、脳を刺激して成長ホルモンの分泌を促進
します。刺激薬投与前に採血、経口投与後30分ごとに採血し、120分間行いま
す。
・グルカゴン
グルカゴンは血糖を上げる作用があります。グルカゴンによって血糖が上昇す
ると、それを下げようとしてインスリンの分泌が促進され、急激に血糖が通常の
レベルまで低下します。血糖の急激な低下を脳は低血糖と判断するため、成長ホ
ルモンの分泌が促されます。刺激薬投与前に採血、皮下注投与後30分ごとに採
血し、180分間行います。
これらの薬剤のうち、2種類以上行うことが原則です。いずれの薬剤でも、成長
ホルモン検査中の一番高い値(頂値)が10ng/mLを超えるかどうかが判定の基準
となります。
これらの検査は、外来で行う場合と入院で行う場合があります。この検査にかか
る費用は健康保険が適用されます。
12
検査結果からわかること
お子さんの検査結果は一般的につぎの4つに分類されます。
*である。
1. 成長ホルモンの分泌量は正常(10ng/mL以上)
*にある。
2. 成長ホルモンの分泌量が正常と異常の境界域(5∼10ng/mL)
*している。
3. 成長ホルモンの分泌量が著しく低下(5ng/mL以下)
4. 2つ以上の試験のうち、1つだけが異常である。
2つ以上の検査で、結果が2番、3番の場合は治療の対象となり、治療を始めます。
4番の場合は、医師は経過を観察するか、残りの負荷試験を追加して行います。
図4 成長ホルモン負荷試験による成長ホルモンの分泌のしかた
(ng/mL)
正常反応
30
境界域
低反応
血
中
濃
度
20
10
0
0
30
60
90
120
(分)
成長ホルモン分泌不全性低身長症の治療基準
①骨年齢が男子は17歳未満、女子が15歳未満
②同じ年齢で同性のお子さんに比べて身長が―2SD以下の場合
③1年間の成長率(身長の増加)が同じ年齢で同性の標準成長率に比べて、―1.5SD
以下である状態が2年以上続いている場合
④2種類以上の成長ホルモン負荷試験によって、30分ごとに採取した血液中の成長
*
ホルモンの濃度すべてに低反応が認められた場合(10ng/mL以下)
*リコンビナント成長ホルモンによる測定値の際は、本記載値の60%の数値(10ng→6ng、5ng→3ng)。
13
5. 成長ホルモン分泌不全性低身長症の
治療は?
成長ホルモン補充療法
現在、成長ホルモン分泌不全低身長症に対して、一般的には成長ホルモン補充療
法が行われています。成長ホルモンはたんぱく質の一種なので、口から飲んでも胃
や腸で消化されてしまうので、注射で体内に補う必要があります。自己注射といっ
て、保護者あるいはお子さん本人が家庭で行います。
図5のように健康なお子さんの場合は、夜寝ている間に成長ホルモンの分泌が盛
んになります。一方、成長ホルモン分泌不全性低身長症のお子さんは寝ている間も
分泌量が増えません。そこで、毎日寝る前に注射をして、寝ている間に健康なお子
さんと同じような成長ホルモン分泌量のピークを作るようにします。
図5 1日の成長ホルモン分泌量の変化
健康な子ども
血
中
濃
度
成長ホルモン分泌不全性
低身長症の子ども
(睡眠中にもあまり分泌されない)
ほかの病気の治療にも利用されている成長ホルモン療法
成長ホルモン分泌不全性低身長症以外にも、お子さんの低身長を引きおこす病気
には、慢性腎臓病、ターナー症候群、プラダー・ウィリー症候群、軟骨異栄養症な
どがあります。これらの病気の低身長の治療に成長ホルモン療法が使われることが
あります。
14
6. 成長ホルモン療法を受けると
どうなるの?
成長ホルモン療法がからだに与える影響
●成長ホルモン療法の効果
成長ホルモン分泌不全性低身長症のお子さんでは、多くの場合、治療を始めて
最初の1年間に最も効果が現れ、治療前の2∼4倍の成長速度で成長します。このよ
うな速い成長速度は次第に緩やかになっていきますが、治療を行わない場合よりも
速い成長速度が続きます。
成長ホルモンは筋肉や骨の成長を促進し、脂肪を分解する働きがあります。治療
を始めるとお子さんの食欲が増し、体脂肪が減っていきます。
●成長ホルモン療法の副作用
成長ホルモン補充療法は、本来体内で作られるホルモンを補うものですから、基
本的には大きな副作用はほとんどなく、安全性の高い治療法です。ただし、治療を
始めてすぐには、一時的に頭痛や発疹がみられることがあります。
また、以前、深刻なケースとして白血病の発症が報告されたことがありますが、
現在ではその関連性は否定されています。これは、日本において行われた大規模な
疫学調査によるもので、元々白血病のリスクがない場合は、成長ホルモンによって
発症の可能性が高くなることはないという結論が得られています。
そのほか、次のような場合は注意してください。
・インスリン依存性糖尿病(高血糖)の遺伝子をお子さんがもっている場合、成長
ホルモン療法が発病の引き金になる可能性があります。ご家族に糖尿病の方がい
る場合は、必ず医師に伝えてください。
・成長ホルモン分泌不全性低身長症のお子さんは、甲状腺機能低下症(甲状腺ホ
ルモンが減少する病気)になる可能性があります。甲状腺機能低下症は、成長ホ
ルモン療法に対するお子さんの反応を妨げることがあるので、成長ホルモン療法
中に、期待される成長が見られなかった場合、お子さんの甲状腺ホルモンの量を
調べることがあります。
15
成長ホルモン療法の精神的な影響
・お子さんや保護者の中には、成長ホルモン療法によって一晩で身長が伸びたり、
クラス一背が高くなるといった過度の期待を抱く方がいます。どのくらいの速さ
で身長が伸びるか、最終的にどのくらい伸びるかについてお子さんと話す時は、
専門医によく説明を受け、現実的に考えて話しましょう。正常な成長パターンの
場合でも、ゆっくり成長することがあります。焦りは禁物です。
・時おり、お子さんが抱えている問題が低身長のためだと考え、身長が伸び始めて
も以前の問題が解決しない(または新たな問題が発生する)ので落胆するご家族
がいます。成長ホルモン自体はあくまでも身長を伸ばす薬であって、それだけで
ほかの問題を解決したり、ストレスをなくしたりする魔法の薬ではないことを覚
えておきましょう。
・成長が速くなることで、自分に自信を持てるようになるお子さんがいる一方で、
成長が速まることに不安を覚えるお子さんもいます。これまで築いてきた特別な
立場を失うことへの不安や、からだの変化に抵抗を感じたりするからかもしれま
せん。家族は、お子さんとのコミュニケーションを保ち、お子さんが不安を感じ
た時には、その都度、解消してあげられるよう努めましょう。
・治療のためとはいえ、毎日の注射を始めるのは注射をされる側にとってもする側
にとってもストレスになります。しかし、毎日の注射はストレスといったマイナ
ス面ばかりではないことに注目しましょう。注射をする行為によって、お子さん
に家族全体の関心が向くことでこれまで疎外感やあるいは逆に過保護というよう
な問題のみられた家族関係が改善することもあります。毎日しなければならない
ことがある、ということによってお子さん本人に責任感がめばえたり、自己統制
力が育ったり、社会性が向上するという報告もあります。成長ホルモンは身長を
伸ばすための薬であり、確かに魔法の薬ではありませんが、お子さんの精神的な
成長を助ける側面もあることは非常に重要なことといえるでしょう。
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7. 治療期間と医療費
成長ホルモン療法を継続するには
成長ホルモン分泌不全性低身長症の治療を始めるに当たって診断基準があるよ
うに、この治療法を継続するには1年ごとにある基準に達しているかどうかを確認
する必要があります。基準を満たさない場合は、本治療が無効であると考えられ、
その時点で治療を中止することになります。
●成長ホルモン分泌不全性低身長症について成長ホルモン療法を継続するための
基準
1年目
成長率が6.0cm/年以上または、治療中1年間の成長率と治療前
の1年間の差が2.0cm/年以上の場合
2年目
年間の成長率が2.0cm/年以上*
3年目
年間の成長率が2.0cm/年以上*
4年目
年間の成長率が1.8cm/年以上*
5年目
年間の成長率が1.4cm/年以上*
6年目
年間の成長率が1.2cm/年以上*
7年目以降
年間の成長率が1.0cm/年以上*
治療を中止する基準としては、上記の基準を満たさない場合、骨年齢が男の子
17歳以上、女の子15歳以上の場合、重篤な副作用が発生した場合のいずれかがある
場合です。
*:公費治療を継続するための基準は、18頁参照。
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成長ホルモン分泌不全性低身長症は小児慢性特定疾患
成長ホルモンは高価な薬であり、治療には薬代だけで年間数百万円もかかること
になります。しかも、治療の期間は数年間に及びますので、その間の治療費はかな
りの高額になります。
成長ホルモン不全性低身長症は、国の指定する「小児慢性特定疾患」に認定され
ており、申請手続きをとって、許可されれば地方自治体から助成金を受けることが
できます。ただし、小児慢性特定疾患の許可には、先に示した診断基準よりさらに
厳しい基準が設けられています。
申請手続きには医師の意見書(所定の様式で医師が作成してくれる)が必要であ
り、管轄の保健所に届けます。許可されると、有効期間は1年で、ほとんどの自己
負担額を都道府県が支払ってくれることになり、自己負担額はかなり軽減されます。
(申請手続きの方法は、都道府県によって多少異なります。)
●小児慢性特定疾患の適応基準と公費治療継続のための基準
疾患としての適応基準 身長が、―2.5SD以下であること
ソマトメジン-C(IGF-1)値が200ng/ml未満
(5歳未満の場合は、150ng/ml未満)であること
公費治療継続のための基準 1年目
治療を開始してからの年間成長率が
6.0cm 以上 または治療前と治療後
の年間成長率の差が2.0cm/年以上
2年目以降
年間成長率が3cm/年以上
公費治療の終了基準 男子身長156.4cm、女子身長145.4cm
高額療養費の利用
小児慢性特定疾患の認定を受けている場合、男の子は身長156.4cmに、女の子
は身長145.4cmにそれぞれ達すると、公費による治療は終了することになります。
終了基準に達してからも治療を継続したい場合、健康保険での治療になり3割の
自己負担がかかります。
この際、「高額療養費」の制度を利用すると、一定の金額を超えた金額について
はあとで払い戻しを受けることができます。
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8. その他の情報
困った時や悩んだ時には
成長ホルモン分泌不全性低身長症のお子さん、そしてその家族の方々は、治療に
よって効果が現れてきても精神的なストレスを感じたり、高額の医療費の問題に直
面したり、たくさんの疑問や不安をもちながら、治療を進めなければなりません。
そんな時、同じ悩みをもつ人たちの経験や助言が救いになることも少なくないでし
ょう。ここでは、関連する患者の会をご紹介します。
伸びのび会(低身長の子どもを持つ親の会)
会長:奥村一郎(おくむらいちろう)
事務局:前田祥子(まえださちこ)
〒546-0044 大阪市東住吉区北田辺 5-9-12
TEL/FAX
e-mail
06-6628-6767
[email protected]
http://www3.ocn.ne.jp/~nobi2/
ポプラの会(成長ホルモン分泌不全性低身長症・ラッセル シルバー症候群)
会長:星川佳(ほしかわよし)
〒165-0032 東京都中野区鷺宮 2-15-10
TEL/FAX
03-3330-8612
つくしの会(全国軟骨無形成症患者・家族の会)
会長:水谷嗣(みずたにあきら)
連絡先(事務局):新山登(にいやまのぼる)
〒791-8031 愛媛県松山市北斎院町 812-7
TEL/FAX
089-952-0435
e-mail [email protected]
大阪ひまわりの会(ターナー症候群患者の会)
会長:岸本佐智子(きしもとさちこ)
〒533-0013 大阪市東淀川区豊里 5-16-8-302
TEL/FAX
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06-6322-4901
わかばの会(ターナー症候群患者家族の会)
会長:高橋敬子(たかはしのりこ)
〒181-0003 東京都三鷹市北野 4-16-5
TEL/FAX
e-mail
0422-47-7899
[email protected]
専門医を持ちましょう
成長ホルモン分泌不全性低身長症の正確な診断、適切な治療は、小児内分泌科
医が専門に行うのが望ましいと考えられます。
かかりつけの医師や他の医療スタッフは、治療に加え、大切な情報やサポートを
提供することができます。疑問や不安がある場合には、主治医に遠慮なく相談して
ください。
成長ホルモン分泌不全性低身長症のお子さんには
こころのケアが大切
成長ホルモン分泌不全性低身長症のお子さんの治療は数年か
かり、正常な成人身長や成長のピークに達しても治療を続けなけ
ればならないことがあります。治療を終えても、まだ身長が低い
という状態が残ることもあります。「背が低い」ことも一つの個性
として認めつつ、それぞれのお子さんたちが、自分の可能性を大
切に伸ばしていけるように、こころのケアを行うことが大切です。
身長を伸ばすことは成長の一部でしかありません。保護者のあ
たたかいサポート、治療の助け、そしてご家族やお友だちの理解
を得て、子どもは最大限の成長を遂げることができるのです。
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9. 用語集
骨端線:
骨が成長する際に現れる軟骨の成長帯。X線に対して透過性があるので、レントゲ
ン写真では明るい透明線として現れる。この線が消失すると骨の成長が停止するの
で、骨年齢の判定にも使われる。
手根骨:
手首の関節を形成する8個の小さい骨。
ターナー症候群:
性染色体異常によっておこる女児特有の低身長症。性腺の形成異常や特徴的な外見
がいくつか知られている。出生女児1000人に1人程度の発生率。卵巣の機能不全
に対して性腺ホルモン補充をする。低身長は成長ホルモンの補充によって改善する。
軟骨異栄養症(軟骨形成不全症;軟骨低形成症、軟骨無形成症)
先天性低身長症の一種で、頭が大きく、鼻のつけ根部分が引っ込んでいる独特の顔
つきで、手足も短い。軟骨の成長障害がある。
プラダー・ウィリー症候群:
筋力低下、知能障害、過剰な食欲による肥満、性機能不全などを主な症状とする先
天性の疾患。低身長もみられる。
ラッセル シルバー症候群:
原因不明の疾患で、生まれた時から低身長、逆三角形の顔、手足の左右非対称がみ
られる。身長に比べて体重が少ない。
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