製造業者×プロデューサー×クリエーターによる産業振興(PDF:31kb)

調査
製造業者×プロデューサー×クリエーターによる産業振興
− 製造業の革新とクリエイティブ産業の振興の可能性 −
(財)静岡総合研究機構 主席研究員 小
泉 圭 之
日本の製造業は国際競争力が低下し、アジア等の海外に生産拠点の移管が進んでいる。こうした中、
全国有数のものづくり県である静岡県では、製造業を起点に新しい産業を育てていく方法が効果的で
ある。そこで、本稿では富士市産業支援センター f-Bizのセンター長の小出宗昭氏の取組事例を元に、
製造業自体に革新を起させ、同時にクリエイティブ産業1へ波及させる可能性について調査した。
1 製造業の革新と新産業の振興を同時に
いるものに、地域の強みを生かしながら産業を振興
していく方法がある。静岡の産業の強みは、製造業
静岡県は、製造品出荷額等(従業者4人以上)が
である。静岡では製造業を起点に、別又は新しい産
全国第3位(2008年)、名目県内総生産が全国10位
業を育てていく方法が効果的である。例えば、製造
でその内製造業の割合が37.5%(2007年度)である
業に他の産業を上手に結合させることにより、製造
など、全国有数のものづくり県である。
業自体に革新を起させ、同時に他の産業を波及的に
しかし、従来日本が世界を席巻した自動車や家電
製品などの分野でも、韓国、中国等のアジアの製造
振興していく方法が、新たな産業の振興策の一つと
して考えられる。
業と比べ、競争力が低下している。ある国内自動車
メーカーは、主力車種のメジャーチェンジを機会に
その生産を国内からアジア等の海外へと移管した。
その生産も現地部品調達を約9割にしようとしてい
る。このようなケースが今後更に増加していけば、
国内の製造業の前途は、ますます厳しくなってくる。
2 「ビジネス仕掛け人」小出宗昭氏の取組
この方法に参考となる事例を小出宗昭氏の取組に
見ることができる。
小出氏には、当情報誌の第96号で「産業支援の現
もちろん、日本の製造業が全く駄目になるという
場から見るコミュニティビジネス」を寄稿していた
ことは考えられない。だが、こうした状況を踏まえ
だいたので、御存じの方も多いと思う。現在は、f-
て本県における将来の産業を考えると、他県に比べ
Bizのセンター長として月約150件の相談を受けてい
製造業の比率が高い産業構造から脱却し、製造業以
る。多数の起業家の支援を行い、その業績により経
外の産業も振興していく必要がある。
済産業大臣表彰を受けた。
しかし、新たな産業を興そうとしても、無から有
を生み出すことは不可能である。古くから行われて
(4)と
以下、小出氏の取組を紹介する。このうち、
(5)の事例は、前述の論文で詳しく説明されており、
本稿では要点に絞って説明する。
1クリエイティブ産業は、確定された定義はないが、一般に映
画、テレビ、デザイン、広告、建築、芸術など創作によって
生じる商品やサービスを取り扱う産業とされている。英国は
1997年からこの振興政策を行って国内の衰退から立ち直るこ
とができ、この成功により世界中に広まっている。
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製造業者×プロデューサー×クリエーターによる産業振興
(1) コンセプト茶開発でのクリエーターの活用
1品ずつ部品を再生するサービスを提案。現在は、
マツムラ製茶は、茶製造・販売を行っているお店
自動車や工作機械だけでなくゴルフクラブのヘッド
である。新規顧客の開拓を狙い、1万人以上が詰め
の注文もある。この新たなサービスは、カー雑誌や
掛ける野外音楽フェスティバル「朝霧Jam」に、毎
業界専門紙に取り上げられ、問い合わせが殺到して
年出展するがなかなか売れない。
売上げが増大した。
小出氏に相談をしたところ、「朝霧Jam」向けの
同社は、この結果、製造業にサービス業の要素が
新商品を開発しようということとなった。様々なア
大幅に付加された。ここにも小出氏のマーケティン
イデアを出し合いながら商品の基本コンセプトをま
グとPRを活用した戦略が見える。
とめ、音楽ファンに向けた「朝霧Jam」限定のコン
セプト茶とした。商品となったコンセプト茶は、朝
(3) コピーライターを入れた新商品開発
霧ロック茶「叫」、朝霧ヘビメタ茶「狂」、朝霧J-
㈱大富は、段ボール製造・販売の会社である。景
POP茶「新」、朝霧カントリー茶「朴」の4つ。中
気低迷により百貨店等の既存客からの業務用段ボー
身は4つの音楽ジャンルとコンセプトごとに違った
ルの受注が激減し、打開策を小出氏に相談。小出氏
こだわりのブレンド茶が詰められ、パッケージはデ
は、杉本サブマネージャーらとともに戦略を検討し
ザイナーの金子慶太氏による和モダンなデザイン、
た。ネット通販の市場が拡大し、小規模事業者や個
ネーミングはコピーライターでもある杉本剛敏f-Biz
人も多数参入している現状がある。ネット通販では
サブマネージャーの発案である。
商品を全て発送している。しかし、輸送コスト削減
2009年の「朝霧Jam」で4つのコンセプト茶を販
のため商品にフィットする段ボール箱を小ロットで
売したところ、音楽ファンを惹きつけ、前年の3倍
対応してくれる業者が少ない。ここに目を付け、1
を売り上げた。
個から受注し最短で翌日仕上げも可能な新サービス
を開発。ネーミングもf-Bizで考えて「ジャストフィ
(2) 経営戦略とPRでのコピーライターの活用
ット段ボール」とした。
㈱司技研は、以前は主に自動車部品を製造してい
全国紙、地元紙、テレビにも取り上げられ、県内
たが、金属製試作品を製作するようになった。高度
企業を中心に数多くの問い合わせと注文があり、売
な金属加工の技術を有し、精巧な部品加工を短時間
上げが好調に推移している。
で行うことを可能にしている。金型を必要としない
切削加工で試作品を製造しており、金型による試作
品に比べ半額から10分の1の値段で製造できる。
(4) デザイナーとの協働によるブランド化
小出氏の紹介したマーケティングプランナーの富
同社の中川社長は、小出氏に「売上げが伸び悩み、
山達章氏が、㈱水鳥工業が開発した下駄をブランド
先行きの見通しがつかない」と相談した。小出氏は、
化するため、パンフレット等を見直し、明確なメッ
同社の強みが高度で精密な技術、短期納入、少量受
セージを打ち出した。これが東京の大手百貨店の目
注(1個でも)であると見抜き、「試作特急サービ
にとまり、多数の店舗で販売されるようになった。
ス3DAY」という名で広くPRし、既存取引だけでな
さらに同社は、デザイナーとともに「ひのきのはき
く新規の取引先も開拓するように提案した。
もの」を製作。この商品は、小学館主催第5回サラ
また、小出氏は、杉本サブマネージャーとともに、
同社の試作品の製作技術から「部品再生110番」も
イ大賞を受賞した。この結果、はきもの材料加工企
業からブランド企業に変身した。
提案した。部品の製造が中止されたクラシックカー
のマニアや、設備投資ができずに古い機械を補修し
ながら使っている中小製造業者がいる。小出氏は、
このニーズに対して古い図面や摩耗した部品を元に
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(5) 書道家や作家を活用したオリジナル商品開発
林製紙㈱は、小出氏から書道家の岩科蓮花氏を紹
介され、新しい販促用トイレットペーパーを開発し
この関係を式で表すと、
A×B×C ⇒ 経営革新
となる。
た。マスコミで報道され、2008年10月の販売開始か
ら2010年4月までに合計28万ロールを販売した。そ
の後、小出氏と同社は、「リング」などで著名なホ
Aは経営革新を求める(ask)者で、上記の事例
ラー作家 鈴木光司氏と協働し、小説トイレットペ
では業績向上を目指して日々考え、努力している製
ーパーを開発する。国内外の多くのマスコミで報道
造業者である。Bは上手く結合させる(bind)者で、
され、発売1カ月でベストセラー並の10万部以上を
小出氏のようなプロデューサーである。Cは創造力
販売した。同社は、書道家や作家などのクリエータ
を発揮する(create)者で、クリエーターである。
ーと商品開発することにより知名度を上げ、単価の
この式を本稿で仮に「経営革新を起こす式」と呼ぶ。
安い業務用商品から高付加価値のオリジナル商品に
この式は、製造業者、プロデューサー及びクリエ
軸を移している。
ーターが単に集まっただけでは成り立たない。成り
立つためには、この3者がそれぞれ面白いと感じ、
3 事例から見えるもの
1つの目標に向かって自分の力を出し合える場の空
気が必要である。
小出氏の相談事例を見ると、多くの相談者は、事
小出氏は、この空気を作ることが巧みである。タ
実上の強みがあるにもかかわらず、その強みを生か
ーゲットをどこに定めるのか、どういうアプローチ
した商品となっていない、なっていたとしても商品
で臨むのが効果的なのか等を戦略的に企画する。こ
について真のターゲットを狙っていない又はターゲ
の企画が面白いので製造業者も、クリエーターもや
ットに伝わっていないことが多い。
る気になる。このような空気を醸成できるか否かが
小出氏は、そこにマーケティング、デザイン、
プロデューサーの力量となる。このような力量を持
き
PRという手法を用いて斬 りかかる。まず、相談者
ったプロデューサーの存在は、「経営革新を起こす
の悩みを聞いて、強みと弱みそして機会と脅威を分
式」が成り立つための前提条件である。
析し、相談者とともに戦略を考える。戦略を立てた
クリエーターは、有能である方が良い。しかし、
上で、コピーライター、デザイナー、作家、書道家
クリエーターの有能さ(創造力)を測る統一的な物
等のクリエーターに協力してもらいながら戦術を練
差しはない。少量多品種の時代となり、顧客の満足
っていく。クリエーターも面白そうな企画だから参
度や個性が重要視されるようになった。顧客は千差
加してみようという気になる。
万別であるだけでなく、置かれている状況によって
ここで小出氏が行っていることは、テレビや映画
のプロデューサーのような役割である。面白いドラ
マを作るために大筋を企画し、脚本家(クリエータ
もニーズが異なる。このような背景では、単一の価
値観よりも多様な価値観が重要となってくる。
そうすると、「経営革新を起こす式」で最適なク
ー)とともにストーリーを考え、俳優(製造業者)
リエーターを選び出すためには、個性あるクリエー
に演じてもらう。
ターが多数いた方が良いことになる。更に言えば、
小出氏の取組を簡略化すれば、「製造業者×プロ
製造業者又はプロデューサーの近隣に多数いた方が
デューサー×クリエーター」の組合せにより経営革
望ましい。企画等の打合せが少ないケースであれば
新を起こし、新たな商品やサービスを生み出してい
クリエーターは地域に在住していなくても良いが、
るということである。
打合せを頻繁に行うためには3者が近くにいること
が効果的である。顔を合わせてお互いが持つ情報や
知識を出し合い、議論することにより、面白いアイ
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製造業者×プロデューサー×クリエーターによる産業振興
デアを発見し、魅力ある戦略や戦術を作り上げてい
いる。この中で小出氏のノウハウを吸収しており、
くことができる。
現在では両氏に任される案件がある。
このように、県内の他の産業支援機関の者やプロ
4 「経営革新を起こす式」を産業振興に
デューサーを目指そうとする者等が、小出氏の産業
支援の現場を研修できるような仕組みが必要である。
「経営革新を起こす式」による方法は、個々の事
また、まれであるが、クリエーターの中には創造
業者に対する取組である。しかし、これが地域で多
力だけでなく、小出氏のようなプロデューサーの力
数行われるようになれば、産業振興につながる。
を合わせて持つ方がいる。このような人材を発掘し
製造業は、マーケティング、デザイン及びPRの
誘致することも必要である。
手法により経営革新を起こすことができる。一方、
クリエーターについては、仕事が増えることにより
人材が集まり個性的なクリエーターの層が厚くな
る。製造業者にとって最適なクリエーターの選択肢
おわりに
日本の中小製造業は、高い技術力、ものづくりの
が増え、製造業における経営革新が更に活発となる。
能力を持っているが、マーケティング力や販売力が
この循環により地域でクリエーターが属するクリエ
弱いと評価されることが多い。これは、静岡県内の
イティブ産業が活発となる。「経営革新を起こす式」
中小製造業者の多くにも言える。
による方法は、製造業を革新させ、同時に新たな産
業をはぐくむ可能性を秘めている。
従来、クリエイティブ産業の振興は、その産業集
以前、これらの企業は、品質の良い製品をつくり、
最終製品の製造企業等に販売すれば良かった。しか
し、アジア諸国の躍進により、国内の最終製品の製
積が高い東京など大都市の方がやり易く、地方では
造企業も生き残れるか不透明な時代になっている。
難しいと考えられていた。今回提案する「経営革新
中小企業も独自の商品やサービスを持ち、独自の販
を起こす式」による方法を用いれば、地方における
路を開拓しなければならないケースが増えてきた。
クリエイティブ産業振興の可能性が高まる。
小出氏のようなプロデューサーを多くし、クリエ
ただし、この方法の問題は、小出氏のようなプロ
ーターの力を借りて多くの製造業者が経営革新を起
デューサーをどうやって増やしていくのかというこ
こすことができれば、製造業全体を革新していくこ
とである。
とができ、同時にクリエイティブ産業も活発にさせ
小出氏は、プロデューサーに求められる要素とし
て①ビジネスセンス、②コミュニケーション能力、
ることができる。そうすれば、静岡県の産業構造が
少しずつ変わっていくと考えられる。
(こいずみ たまゆき)
③情熱の3つを挙げている。また、求められる姿勢
として①相談者と同じ目線で考える、②相談者のセ
ールスポイントを的確にとらえて本人にも認識させ
<参考文献>
る、③相談者と共に戦略と戦術を練って実現に向か
小出宗昭(2009)「産業支援の現場から見るコミュ
って一緒に挑戦することとしている。
このような要素や姿勢は、小出氏の産業支援の現
場に身を置かないと、なかなか身に付かない。
ニティビジネス」
『SRI』no.96,pp.17−23
小出宗昭(2009)『100選100勝の事業サポート術』
(近代セールス社)
f-Bizでは、サブマネージャーとしてコピーライタ
ーで中小企業診断士でもある杉本氏と、経営コーデ
ィネーターとして中小企業診断士の安川典克氏を置
いている。普段、両氏は、多数の企業等の相談に対
して小出氏とともに解決策を一緒に考え、提示して
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