危険回避度と習慣、環境との関係性

中嶋ゼミ
三田祭論文 1 班
危険回避度と習慣、環境との関係性
北村広太郎
岡田卓也
開發彰徳
中原まゆり
星裕貴
0 目次
目次
1.はじめに
2.先行研究との比較
3.1 アンケート
3.2 危険回避度
3.3 時間選好率
3.4 アンケート結果の基本統計量
3.5 回帰分析
4.分析結果の考察
5.総括
1.はじめに
昨今の日本ではギャンブルに対する話題が数多く存在する。
もともと競馬や競艇といった政府公認ギャンブルは存在するし、宝くじも行っていること
は立派なギャンブルである。日本国内でのカジノ解禁も噂され、橋本知事もカジノ法案を
提出するなど、ギャンブルの話題は非常に身近となった。
ギャンブル業界の与える経済効果もとても大きいものとなっている。それだけギャンブル
というものは人にとって魅力的なものなのだ。その一方で、期待値から考えればマイナス
なのだからか、嫌う人も存在する。
そこで我々は、どのような人がギャンブルを好み、どのような人が嫌うのかを、ギャンブ
ルと密接な関係を持つ指標である「危険回避度」を利用して測定していく。
ギャンブルにはまってしまいやすい人を要素によってある程度明確にすることが可能にな
れば、今後カジノを導入する際に問題になるであろうギャンブル依存症の予防や治療に大
きく役立つのではないかと思われる。
2.先行研究との比較
2004 年に大阪大学において「危険回避度の測定」が行われている。この研究では調査の対
象を社会人全体としている。また、属性は性別・年齢・収入・貯金・ローン・失業などを
採用しているが、結果的に危険回避度とこれら要因の間には唯一理系か文系かという要素
を除き有意な関係性が見いだせなかった。
その研究の中で、このような結果が出た理由としては資産や所得が測定誤差を含むため、
係数がゼロ方向にバイアスがかかってしまっているためと述べられている。
また、(依田 2009)ではギャンブルをする度合と関係性が認められるものの中に危険回避
度だけでなく時間選好率という指標がはいっていた。
(大竹・筒井 2004)では危険回避度と各種要因との関係は薄い、端的に言うならば危険回
避度は先天的に決まっており、個人の差は性別、年齢、収入などに左右されないという結
論が出ている。
本論文では基本的な手法は先行研究のものを利用して、危険回避度と時間選好率の要因を
再検証する。
先行研究で様々な要因において有意な差が出なかった原因の一つは幅広い調査対象にある
と考えられる、調査対象を絞ることにより、各種要因の誤差の発生を防ぐとともに、要因
として仮定するもの以外の環境を出来るだけ均一にする試みを行った。
多くの人がギャンブルというものに初めて触れるタイミングであり、外部環境に大きな個
人差が出にくいと考えられる18~22歳ごろという環境に絞ることで、より正確に各種
要因と危険回避度との関係を調べている。
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3.アンケート
本論文ではグーグルアンケートを用い危険回避度、時間選好率と各種要因候補を測定する
ためのアンケートを作成、ネットを介して不特定多数に回答を依頼するとともに、サンプ
ル数確保のため街頭でも調査を行っている。
アンケートの詳細は以下のとおりである。
・アンケート対象
現役慶應大学生
・アンケート項目
性別、学部、ゼミに所属しているか 、どのタイミングで慶應に入ったか、ギャンブルを進
んでやるか 、浪人・留年はしたか、部活・サークルに所属しているか(それはテニスサー
クルか)
、二郎ラーメンは好きか 、危険回避度測定に関する質問(後述)
、時間選好率測定
に関する質問(後述)
・サンプル数
126 件
・アンケート内容(危険回避度、時間選好)
(例)
くじ
確率
金額
A
50%
2000
B
100%
1000
A と B どちらを選ぶか
いつもらえるか
金額
A 今
10000
B 一年後
10500
A と B どちらを選ぶか
このような趣旨の質問複数に回答してもらいそれぞれくじの最高購入金額と効用が同程度
望ましい金額を算出した。
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3.2 危険回避度
危険回避度とは個人の行動について、どのくらい積極的にリスクを抑えるか、リスクを取
りに行くのかを測るための指標である。例えば、公正なくじを買う場合に期待収益がプラ
スにならないと買わない個人がいるならばその個人は危険回避的であり、またそのプラス
の振れ幅によりどの程度危険回避的かを判断することができる。期待収益マイナスの場合
は危険愛好的、プラスマイナスゼロの場合は危険中立的と表現する。
今回の調査では先行研究と同じ式を利用した
危険回避度
Z:くじの賞金
a:当選確率
p:最高購入価格
この場合危険回避的であればあるほど数値は大きくなり、危険愛好的な場合は数値が小さ
くなる。そして危険中立的な場合数値は 0 となる。
アンケートではくじの最高購入金額を求めるため、いくらまでなら買うのかという質問を
行った。
本調査では被験者がより冷静な判断を下すことができると考えたため、一般人が直感的に
期待値を認識しやすい 50%という確率を使用した。
3.3 時間選好率について
時間選好率とは今現在もらえる x 単位のある財の効用と、今ではなくある期間の後にもら
える y 単位のある財の効用が等しくなる時の x から y への増加率のことである。つまり今
回のアンケートならば一年後にもらえる金額の利子率ということになる。
今もらえる場合の効用=財1単位の効用
一年後にもらえる場合の効用=財1単位の効用
r:利子率
x,y:財の量
となる。
この場合一年後にもらえる金額が少ない、つまり時間選好率が高いとその人は今すぐにと
いう部分を重視するということになり、時間選好率が低いとその人は今すぐという要素よ
り実際の金額の多さを重視するということになる。
アンケートでは例の通り今もらえる 10,000 円と一年後にもらえるいくらが同等の価値を持
つかという質問を行った。
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3.4 アンケートの基本統計
アンケートの結果は以下のとおりである
140
120
100
80
男
60
女
40
理系
20
文系
はい
0
いいえ
*サンプル数 125
男女の項目において大きな偏りが見られる
所属サークルの項目において何らかの団体に所属している人が大半を占め、大きく偏って
しまっている。同じく留年浪人を経験しているサンプルが予測よりも少なかった。
3.5 回帰分析
これらの結果をもとに各種要因と危険回避度、時間選好との関係を見るために、OLS を使
い回帰分析しそれぞれの影響の度合いなどを求めた。
各種要因は質的変化を表すものであるため、ダミー変数を用いて表した。
ダミー変数は次の通り
理系ダミー:理系なら1とおく
ゼミダミー:ゼミ・研究会に入っていたら1とおく
ギャンブルダミー:自発的にギャンブルをしていれば1とおく
留年ダミー:留年・浪人してれば1とおく
外部ダミー:外部生(大学から慶應に入学)であれば1とおく
二郎ダミー:二郎が好きであれば1とおく
その結果危険回避度と各種要因との回帰分析結果を表 1 で示す。
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Stata を使用した回帰分析の結果、ギャンブルをするか否かと理系であるか否かという項目
が 10%有意で危険回避度に負の相関があることが分かった。しかし、それ以外のパラメー
タに関しては有意にならなかった。
一方、時間選好についてはどの要因も時間選好との関係性は有意にならなかった。
表1
男
①
T値
②
T値
.307
0.41
8.10e-06
0.11
(.074)
理系
-.145
8.25e-06
-1.85
-.121
0.30
.054
-1.92
-.029
.021
0.81
-.113
-1.82
(.062)
0.77
(.711)
外部
-1.97
(.027)
(.633)
留年浪人
-.145
(.073)
(.027)
賭け
T値
(.074)
(.078)
ゼミ
③
(.638)
.595
0.83
.062
-.057
-0.91
-.037
(.059)
.0003028
.0003387
R-squared 0.0671
0.0398
0.0646
SSR
.000011647
.000010894
7.41e-06
0.89
(.069)
(.062)
二郎
-1.92
(.059)
(.071)
-0.47
-.113
-0.63
0.13
(.058)
Intercept
.0003076
0.00001164
※①全パラメータを使い OLS 回帰、②理系、二郎を除いた回帰、③男女、二郎を除いた回
帰。それぞれの係数は見やすいように 1000 倍している。
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4.分析結果の考察
本調査では自発的にギャンブルを行うか、理系であるかという 2 つの項目が危険回避度と
負の相関関係にあることがわかった。つまり自発的にギャンブルをする場合と理系である
場合は危険回避度が下がる=危険愛好的であるということができるのである。
しかし先行研究では理系かどうかが危険回避度と関係性あるということは証明されたが、
その関係は正の相関であった。これはなぜなのだろうか。
先行研究では調査対象を社会人としていた、つまり理系学生ではなく理系学部(または理
系学校)卒業生であるということが指摘できる。
リクルートの最新の調査では理系学部卒業生の平均賃金は文系学生の賃金よりも高いとい
う結果が出ている。また、(池田・筒井 2006)では資産の多い人間、つまり大きなリスク
をもつ人間は危険回避的になるということが証明されている。そのため文系学部卒の人に
比べて資産の多い理系学部卒の人はより危険回避的になる傾向があると説明されている。
先行研究の調査対象は自分でお金を稼ぐ社会人であるが、我々の調査対象は大学在学中の
学生であり、基本的に大学生という身分では学部によってバイト代など賃金の差がでるこ
とのない状態である。
さらに、医療研究では(Stanton 2011)では危険愛好的な人間は男性ホルモンの成分であ
るテストステロンと いう物質の体内分泌量が多いということがわかっている。また
(Brosnan 2008)ではテストステロンの分泌量が多い人間のほうが理系に向いているとい
う研究結果が得られている。この点に関しては理系の人間に男性が多いことを見れば明ら
かである。これらの結果を統合すると、危険愛好的な人はテストステロンの分泌量が多く
そのため理系向きであるということができる。それゆえに、今回の結果となったと考えら
れる。
自発的ギャンブルが危険回避度と負の相関関係については、ギャンブルによって得られる
効用より高い効用を得られるものが世の中には数多く存在するため、ギャンブルを行う理
由はスリル、つまりリスクを楽しむためであるということができるため、結果は正しいと
言える。
最後に、時間選好率の回帰分析の結果について考察する。
時間選好率と各種要因との間に関係性が見いだせなかった原因は大きく 3 つあると考えら
れる。まずひとつは、今回設定した各種要因が危険回避度を測るためのアンケートに使用
されていたものであったということだ。
2 項めは危険回避度にしろ時間選好率にしろ、すべてのパラメータにおいて t 値があまり高
くないという結果を見ると、単純にサンプル数が不足していたという可能性も考えられる。
3 項めは、アンケートで使用した質問が不十分であった可能性である。今もらえる 10,000
円と同じ効用であるのは一年後にもらえるいくらかという質問で具体的な金額を想像する
ことは少々難しいことである。そのため正確に効用を天秤にかけられずに回答してしまっ
た被験者がいた可能性は否めない。
、仮にすべての被験者が正確に効用をはかれたとしても、
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例えば、
一年間で 10,000 円を元手にある程度まで現金を増やす手段
(銀行口座や投資など)
を持っている人の場合、本来のその人の時間選好率よりも高い金額を設定してしまう可能
性が高く、またその振れ幅に個人差があると考えられるため、正確な測定ができなかった
可能性がある。
5.総括
本研究では危険回避度と各種要因の関係性について先行研究とは違う新たな見解を示すこ
とができた。
しかし、今回の分析手法では相関関係を出すことはできても因果関係を示すことはできな
い。そのため政策提言という目標を達することはできなかった。
サンプル数が 126 とあまり多いとはいえない状態であったため、サンプル数をより増やし
再度調査を試みると、より影響の度合いや各パラメータの相関など今まで見えていなかっ
たところまで見えてくると考えられる。
危険回避度の測定について、今回はアンケートの都合上、確率 50%固定で収益増加面での
みの調査としている。しかし、プロスペクト理論や(筒井・池田・大竹)から被験者の危
険回避度はくじの確率や獲得金額、収入面か損失面かなどの条件によって変わっていくと
いうことがわかるため、今回の調査では絶対値としての危険回避度には全く意味がなく、
また条件によって数値の動きも変わってゆくため相対的な値としての効果もどの程度果た
しているのか判断するのは困難である。そのため、より正確な結果を求めるのであれば、
より質問を細かくした大規模なアンケート調査を行うか、コンジョイント分析など他の手
法を利用して分析を行うなどの対策を講じる必要がある。
本調査の趣旨である危険回避度、時間線効率と生活習慣や生活環境との相関調査は将来的
に日本でも大きな問題となるだろうギャンブル依存の、さらなる要因分析やより明確な解
決策の提示など社会的意義の大きい研究分野であるので、今後の発展に期待していきたい。
5.1 参考文献
・Low- and High-Testosterone Individuals Exhibit Decreased Aversion to Economic
Risk Steven J. Stanton
2011
・Digit ratio as an indicator of numeracy relative to literacy in 7-year-old British
schoolchildren Mark J. Brosnan 2008
・喫煙の経済心理学 2009 依田高典
・アンケート調査と経済実験による危険回避度と時間割引率の解明
2006 池田新介・筒
井義郎
・危険回避度の測定 2004 大竹文雄・筒井義郎
・阪大における危険回避度実験および時間選好率実験 筒井義郎・池田新介・大竹文雄
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・アンケート外観
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