72 路面電車を崩壊させた米自動車メーカー

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路面電車を崩壊させた米自動車メーカー
平成 19 年(2007)4 月 14 日
仲津 英治
以前、「米国でも結構走っていた鉄道が、自動車会社などに
買収されて廃止されてしまった」との話を伺ったことがあります。
このほどご縁を頂いたトッテン ビル氏((株)アシスト社長、最近
米国より帰化)からその経緯をお伺いすることが出来ました。同
氏は京都在住で、日本全国をまたに企業活動されていますが、
自動車と飛行機は一切使わないほど徹底した鉄道利用者で
す。
同氏は出身国の米国に批判的で、米国の人口は世界の 5%
ですが、エネルギー消費量は世界の 25%を占め、一人あたりの
炭酸ガス排出量は年間 20 トン(2004 年)と世界最高で、世界最
大の環境汚染国であると強調しています(日本同 10 トン)。
この主たる要因の一つに人の移動に 99%自動車と航空機に
依存している実態があります。日本では 30%が鉄道の分担です。
トッテン氏によれば、環境汚染の主因として中でも燃料消費が
多く大気汚染をもたらす自家用車を主に利用していることがあ
げられるとのことです。そして以下はトッテン氏からいただいた
文章の要約です。同氏の了承を得て御紹介します。
トッテン ビル氏は「あんなに普及していた路面電車がなくな
ったのはなぜなのか」と、私の父はよくこれと同じような疑問を口
に し て い ま し た 。 私 は 最 近 に な っ て 『 Corporate Crime &
Violence』(企業犯罪と暴力)という本の中に偶然その答えを発
見しました。そこには、ゼネラルモータース(General Motors 以
下 GM)とその共謀者達が結託して、自動車や石油、タイヤの販
売によって膨大な利益を獲得しようと公共交通機関を破壊して
行った過程が、詳細に記述されていたのです。企業やその経営
者が私利を優先させるために行なったあくどい手口によって、
社会全体がいかに大きな損害を被ったのかが分かる一例だと
思います。例として大気汚染です。上記本の文章を紹介しなが
ら記述を進めます。
1970 年代ロサンゼルス地域の住民の間に病気が増加してき
ました。心臓や肺への悪影響はもちろん、最近の研究結果では
大気中の NOx(窒素酸化物)のレベルと、乳癌や肺癌を含むあら
ゆる癌の発生率の間に相関関係があることが分かっています。
1930 年代、ロサンゼルスの空気は年間を通じていつも澄んで
いました。当時は静かで汚れを出さない 3,000 両の路面電車が
各都市へ 8,000 万人の人々を輸送していたのです。ロサンゼル
スは自動車ではなく電車が発達していたために、今よりもきれい
な環境の中で栄えていたといえましょう。
当時パシフィック エレクトリックという公共サービス会社が所
有していた公害を出さない路面電車システムは、ロサンゼルスと
他の 56 都市の間を何千人もの通勤者を運び走っていました。
現在、この鉄道はもはや存在しません。線路は取り外され、舗
装され、車体は破壊されました。その結果、澄んだ空気は排気
ガスに取って代わられたのです。
その鉄道システムを崩壊させたのは誰かといえば、GM をリー
ダーとする、石油会社、タイヤ会社、自動車メーカーなど、つま
りそれによって利益を受けることになった企業なのです。一家に
一台という自動車業界の夢を実現させるためには、電気鉄道は
目の上の瘤でしかなかったのです。自動車業界は鉄道がなくな
りさえすれば、全米の都市住民が代替の交通手段を探さざるを
得なくなると考えました。そこで GM は乗用車とバスの販売台数
を増やすために、鉄道路線の破壊を決意したのです。
1932 年 GM が主導して、おおっぴらに子会社を作って鉄道
会社の買収事業を始めたので、公的機関から非難を受け、頓
挫しました。しかしそれで引き下がるような GM ではありません。
その活動を水面下で行うことにしたのです。今度は外部の会社、
オムニバス社と協力体制を取ることにしました。また、中都市で
はなくニューヨークという最大の獲物に照準を合わせたのです。
経営陣の兼任によって GM はオムニバスに多大な影響力を与
えました。ニューヨーク市の路面電車が GM 製バスへ切り替わる
には 18 カ月しかかからなかったと言います。そして、このニュー
ヨークが米国の電気鉄道業界の運命を決したのでした。
この後 GM は全米の何百もの電気鉄道を廃止させようとしまし
た。そして、ミネソタ州でバス会社を経営する辣腕のフィッツジェ
ラルド兄弟に資金援助し、ガレスバーグという都市の路面電車
を GM 製バスに切り替えさせたのです。フィッツジェラルド兄弟
のやり方は迅速で、効率のよいものでした。彼等はバスを走らせ
るためにその路面電車会社を買収するのではなく、完全にバス
に切り替えるという条件を市が呑んだ場合に限り、路面電車の
会社を買収するやり方でした。こうして全米の路面電車が次々と
GM の餌食にかかり、バスに切り替えられて行きました。
その過程で資金難のため、路面電車の会社の買収が困難に
なったときに(何百という鉄道会社が標的になっていました)。フ
ィッツジェラルド兄弟は GM と代替策を話し合いあい、この策略
で利益を得る企業を巻き込むことにしたのです。スタンダード石
油、タイヤ会社のファイヤーストーンそして GM の競合相手であ
るバス製造会社、マックトラックが加わったところで、買収事業を
進める米国都市路線会社(National City Lines, Inc.(以下 NCL)
の経営基盤が整い、次々と買収が進められて行ったのです。彼
等共謀者達は、この新しい NCL という交通機関会社を誰が操っ
ているのか悟られぬように苦心しました。ファイヤーストーンは社
員の名義で投資を行ない、スタンダード石油も同様に投資会社
の名義に違う会社の名前を使用しました。
1949 年までに、ニューヨーク、フィラデルフィア、ボルティモア、
セントルイス、オークランド、ソルトレークシティ、ロサンゼルス、
サンフランシスコを含む 45 以上の都市で、GM は表に出ないで
100 以上の路面電車を GM のバスへ切り替えに成功しました。し
かし共謀者達は司直の手にかかっています。同年の 4 月には、
全米中の電気輸送手段をガソリンやデイーゼルで動くバスに切
り替え、その交通機関へのバスや関連製品の販売を独占する
ために共謀罪を働いたかどで、シカゴの大陪審は GM、スタンダ
ード石油、ファイヤーストーン、フィッツジェラルド兄弟などを起
訴し、また陪審は彼らに有罪判決を下しました。しかし極軽い罰
です。GM と他の有罪企業は各社 5,000 ドルの罰金、フィッツジ
ェラルド兄弟と他の有罪人はそれぞれ 1 ドルの罰金で済まされ、
刑務所に送られた者は一人もいなかったのです。
この交通機関に関するこの共謀行為により、何百万人もの市
民に利益を与えるはずだった大量交通網が破壊されました。公
共の交通機関が発達していれば、石油の海外依存度を縮小し、
国家安全保障をも高めることになったかもしれないのです。これ
だけ国民に大きな影響を及ぼした犯罪者たちは、自己の利益
のためだけにその行為を行なったのです。
GM の元社長、チャールス ウィルソンが豪語した「GM にとっ
て良いことは米国にとっても良いことだ」という言葉はあまりにも
有名です。しかし、公共の交通機関の発達について言えば、
GM にとって良かったことは実際には、米国に取り返しのつかな
い損害をもたらしたと言えましょう。
再度以下仲津
日本は世界最大の旅客鉄道王国です。1 日 6,400 万人も利
用客があり、世界の 4 割を占めます。そして私の知る限り自動車
メーカーや石油会社が鉄道会社を買収して路線を廃止させた
という話は寡聞にして聞きません。しかし、自動車税、石油税の
税収は道路特定財源に回され、自動車依存、石油依存症の米
国に近づく努力が今も続けられ、地球温暖化を加速させていま
す。これからの都市中心部は自動車を乗入れさせない政策に
変更し、乗入れしなくても済む軽便鉄道システムを整備すべき
でしょう。その財源は道路特定財源が充てられるべきです。今
鉄道会社はその公共的役割を果たしているにも関わらず、自己
資金で多くは投資を行っています。
また貨物輸送に目を転じてみますと米国は鉄道のシェアーが
高く 31%もあります。日本では僅か4%です。地球温暖化防止と
いう視点からも配慮がなされるべきところです。