D12 / NIHON ENSHUTSUSHA KYOKAI / 一般社団法人 日本演出者協会 / 2014.5 / h t t p : / / j d a . j p 青井■木村光一さんも。蜷川さんも。海外の演出家も。鈴木 青井さんは演出家で す が 俳 優 の 経 験 も あ り ま す 。 そ れ か ―― ら鳳さんはいろんな種類 の 演 出 家 と や っ て き て い ま す 。 鳳■そう、そうなの! おんなじようにできちゃうの。 の」って(笑) 。 いたら「私、いっぺん観たらそっくりにできちゃうから嫌な かない」っておっしゃったんですよ。どうしてですかって聞 に行ったほうがいいんじゃないかなって思って聞いたら「行 ジカルはおもしろくない。だから、鳳さんはオリジナルを観 しくなっちゃいそうだけど、そこまで行かないとこのミュー か「きつい男」か「笑わせるお茶目な男」。たぶん、はちゃ ジョーダン。よし、 優しさを出そう。「優しい男」か「強い男」 し、 たくましさを出そう。『誰がために鐘は鳴る』 のロバート・ ものすごく優しくて会話が素敵とか。レット・バトラー。よ ないんですよ。包容力があって、たくましくて強くてとか、 す。男役のトップ、女性のあこがれの男性は四つくらいしか いの。これは宝塚の人全員のことではありません。私だけで ▼演技をコピ ー し ち ゃ う の 鳳■えっとね。白井先生もやってる。演出家によって自分の が『 ス ウ ィ ー ニ ー・ ト ッ ド 』 じ ゃ な い か っ て 思 う ん で す け 青井■鳳さんのそういうところがすごく良く発揮されたの ら。宝塚の人は。そうい う と こ ろ が 良 か っ た の か し ら 。 鳳■新劇の人みたいに、成りきれないところがどっかあるか ないところ。 われたのはすごくおもしろかったんじゃないかなって。 代の先頭でしょ。その両方と、宝塚やめてすぐの時期に出会 劇の礎からつくった人だとすれば、それを壊しにかかった世 青井■あの時の演出家が鈴木忠志さん。千田先生が日本の新 てその通りにやっちゃうの。 とはほとんど観てない。観ない。観たら、 それが基本かと思っ 鳳■ほんとに恥ずかしい話、私の中の引出しには四つしかな も信じられなかったと思う。やって見せたってなかなかちゃ 青井■でも、それをすぐできちゃうってのも、木村先生の方 なんでも上手にやるの。 自分でやれば?」っていっつもそうやっていじめてた(笑)。 村光一よ」と言ってたくらい、 コピーできるの。だから「先生、 から私、コピーが得意。 「舞台出てるのは鳳蘭じゃなくて木 鳳■木村光一先生はすべての役をやって見せてくれるの。だ がいちばんそうかもしれないですね。 でも、いわゆる正統派新劇という意味では、木村光一先生 か。こっちのほうがどんどん考えちゃうんですよね。 女のいない時にはふと不安になったりはするんだろうな」と 想像したくなっちゃう。 「今はあんなこと言ってるけど、彼 し仮に満ち足りてなかったとしても、こっちのほうが勝手に 人物の大きさを鳳さんはまずボーンと見せてくれるから、も 青井■逆にこっちが想像するんですよね、いろんなことを。 したらこれまで生きてこれたのかもしれない。 鳳■そうかもしれないの。考え抜かなかったことで、もしか 人よりも深いかもしれない。 青井■でも、その四つの懐の深さが、もしかしたら考えぬく ターンの引出しの中でへらへらやってただけだと思うの。 ごろやっと考えるようになったけど(笑)。そのころは4パ 「この人、朝起きたらどんな起き方するのかな」って、いま 辞めてすぐのころだったんですよ。いまは役作りをちょっと 千田是也先生も、鈴木忠志先生も、お会いしたころは宝塚 と役作りして演技してるけど。 そう思いません? 宝塚でも私だけよ。他の人たちはちゃん ものすごい演出家が、びっくりしたのかもしれないですね。 かないのにワ~ってやっちゃうんで、とっても知的な、賢い、 めちゃだったのかもしれない。役作りが4パターンくらいし 写真:飛川貴俊 青井■その答えにまた僕びっくりしちゃって。 演出家が俳優に演出意図や方向性を伝える方法とは。 数多くの演出家と仕事をしてきた女優と 劇作や翻訳をしてきた演出家だから見えた「解答」。 忠志さんも。宝塚だと、 白 井 ( 鐵 造 ) 先 生 は さ す が に … … 。 出 す 人 と、 相 手 の 人 が こ こ 青井陽治 色にまったく染める人と 、 自 由 に 踊 ら せ て い い と こ ろ を 引 き までだなというのを見定め てもっと引き出してくれる 人 と、「 こ う や る ん だ よ 」 っ て自分がやって見せてくれ ね。 る 人 と、 い ろ い ろ! です 演出家・翻訳家・劇作家 ど。ちょっと日本人が想 像 つ か な い よ う な 設 定 の 、 と て も 難 しいミュージカルだから 、 ま と も に 作 っ て 行 っ た ら 頭 が お か 宝 塚 退 団 後、 新 劇 の 舞 台 に 立 ち、 並 み 居 る 演 出 家 からたいへんな高評価を 得 た 鳳 蘭。 千 田 是 也 氏 も たいへん高く評価をし た 。 青 井 ■ な ん だ ろ う。 ど っ ぷ り感情移入するだけじゃな い、 自 分 を 人 形 の よ う に 外 側から操るような表現の仕 鳳 蘭 鳳■コピーしちゃうの私。いままでも、レット・バトラーを 方、 感 情 ば か り に 頼 ら ず に 女優 演技する千田先生の方法 は 、 宝 塚 の 男 役 さ ん は 通 じ る と こ ろ ニュアンスの 「わかっ て も ら い 方 」。 演るのでクラーク・ゲーブルの映画を何度も観たけれど、あ 特 別 対 談 があるのかもしれない。思いだけで成りきろうとするんじゃ 一般社団法人日本演出者協会 広報誌『D』 D12 / NIHON ENSHUTSUSHA KYOKAI / 一般社団法人 日本演出者協会 / 2014.5 うがない。それは四つの 役 し か で き な い 男 役 だ っ た か ら 。 役 なにをやっても「鳳蘭」が先に出ちゃう。ぼーんと。もうしょ 鳳■宝塚で長谷川一夫先生がおっしゃったの。私が宝塚の頃、 んと掴んでくれないよっ て こ と も き っ と あ る と 思 う ん で 。 で見て、いろんなことを学ばなければいけない。 それは私たちが演ずることよりもっと大きい枠で、大きい目 ら生まれたものとか、 いろんな舞台を観て勉強したものとか。 鳳■いろんな演出家の、その……技法っていうの? 自分か ほどそうだったのかって。 鳳■ご自分も出て、やってらしたから。演者の気持ちがよく の」の人ですよね。 青井■そういう意味では、長谷川先生ご自身が「長谷川一夫 ど、なにをしても、ベスト! グッド! って。褒めてくれ 鳳■やさしい。もう、私たちも一生懸命努力はしてるんだけ た。『ラブ・ネバー・ダイ』のサイモン・フィリップスさん。 青井■最新作の、あの、オーストラリアの演出家はどうでし ▼「ダメ出し」ではなく肯定 柄とか性格とか。先生が、そういうのどっかで感じたのかな。 「 鳳 さ ん、 い い ん で す よ 、 鳳 蘭 の レ ッ ト ・ バ ト ラ ー 、 鳳 蘭 の ロバート・ジョーダンで。鳳蘭が前に出ていいんですよ」っ わかってくださったと思 う の 。 人と褒められて伸びる人と。サイモンさんは褒めて褒めて褒 るからみんな調子に乗って。やっぱり、けなされて強くなる て。私ね、ほっとしたこ と は 覚 え て る 。 青井■でも、それはただ自分に引き寄せて演じるということ 青井■僕も、まだ舞台に立ってたときに「ダメ出し」って言 めて、みんなすごーく、舞い上がっちゃった。 ではなく、それが一人でも多くの人に喜ばれるようにと工夫 を重ね続けられた。それ を 伝 授 さ れ た わ け で す よ ね 。 葉が嫌だなって思って。ダメ出しで役者はうまくなったり賢 鳳■宝塚の演出のひとつのパターンに完璧に入ったのは『ベ ル ば ら 』 の 時。 そ れ ま で は わ り と 「 オ ス カ ル が 来 た わ 」 っ くなったりすることはあるかもしれないけど、ちゃんと褒め るときは褒めてくれないと大きくはならないぞって、生意気 て 言 わ れ て ス ッ と 出 て た の ね。 長 谷 川 先 生 の 演 出 で 初 め て、 鳳■はい、そう思います。 にも思ってたことはあるんですけど。 青井■僕は「ホメ出し」と呼んでますけど。 鳳■まずみんな肯定されてる。全員が。その上で、振り向き はみんな一緒にしてくれって言われると「あ、 そうだ、 ミュー ジカルなんだから」とわかる。4人でバラバラに歌うところ でも、動き出しが全員一緒じゃないとダメなの。手もこのへ ん か ら パ ー ッ と 上 げ て い け と か、 こ れ が ミ ュ ー ジ カ ル な ん 青井■日常的な動きでも、コントロールがある。 だってことを強調した演出をしてるんだと感じましたよ。 鳳■ミュージカルのかたちを、サイモンさんがすごく気にし ていることは感じた。 青井■音楽を視覚化する演出なんだなって。 鳳■そうだ、それだ! 賢いねえ(笑)。音楽を視覚化して 青井■向こうの人は、台詞の、歌詞の、この単語だからここ るの。これぞミュージカルっていう演出だったと思う。 味は同じでも、ポイントが違うでしょ。 でこう動くってのがあるから。訳詞されると全体としては意 鳳■そうなの。訳詞の。私たちがそこで反応しないわけ。す たとえば、英語では「コーヒー」なのに訳詞で「お茶」だっ ると「これは日本語ではどうなってるんだ?」って訊くわけ。 たとしたら、 私たちは 「お茶」だから反応しないの。「コーヒー」 だったら反応するけど。演出家は「なんでコーヒーに反応し ないんだろう」って思うの。英語ではそうだから。で、日本 語ではどう訳してるかをまた訳すの。ダブル訳詞。で「あ、 お茶なら反応できない」って稽古場で歌詞を変えたり。 青井■ですよね。仮にそれが「コーヒー」だったとしても、 ントで反応が出てこない。 言葉のある場所がちょっとずれていると、演出家が思うポイ 鳳■日本語に変わったら歌詞の場所では動けないってことも あるわけ。 青井■それと、演劇に使われる言語は、いま、日本ではやっ と、遅ればせながら、現代口語演劇、つまり普段しゃべって 【鳳 蘭】 「 オ ス カ ル?」「 オ ス カ ル よ 」 っ て み ん な が ざ わ つ い て、 お 客 さ ん も、 え っ ど こ か ら 出 て く る の っ て ( き ょ ろ き ょ ろ す 青井■英語だと「 note 」ですよね。良くも悪くもない「注意 点」。「ノートを出す」 って言い方を僕もしているんですけど。 る )。 そ れ で 初 め て、 み ん な が 待 っ て 待 っ て 待 っ て …… ダ 」 と 拍 手。 そ う な る 演 出 は た ぶ ん 宝 塚 で 長 谷 川 先 ン ダ ン ダ ー ン! で バ ー っ と オ ス カ ル が 出 て く る。 す る と 「ウォー 鳳■「ダメ出し」だと最初からけなされるって思うもんね。 いいなって。褒められるのも、怒られるのも入ってる。 青井■最初からダメって思っちゃうから。その点、外国の演 ノートブックのノートです。それはすごくフラットな言葉で 青井■みんなが喜ぶ「流し目」なんかでも、目線をどの席か けどね。 出家は褒め方もとっても上手な人多いですよね。まず肯定す やってきて、スターの出 方 が わ か っ て た ん だ な っ て 思 い ま す ら見てどのように動かし な さ い っ て 。 長 谷 川 先 生 の 「 東 宝 歌 対談:ニュアンスの「わかってもらい方」 。 鳳蘭×青井陽治 演出家がやって見せてくれる演技をコピーをしても、 私はそれよりも素敵になるから。 鳳■そう! そんな感じ! 「でもね、あそこはね……」って。 る。ワンダフルとかスプレンディドとか言ってね。それから 青井■席番まで指定して、って話をうかがったときに、なる わかるのね。それは。 鳳■キュンって(笑)。やっぱり、自分でやってらしたから た!」って。 青 井 ■ そ う す る と、 す べ て の 観 客 が 「 わ た し を 見 て く れ 秒半でスッとカミテの袖の客を見ると。ぜんぶ演出でしたよ。 鳳■はい。3歩右に歩いて、2階のてっぺんの端を見て、2 舞伎」は宝塚劇場で公演 し て ま し た か ら ね 。 生 が 初 め て だ っ た と 思 う。 き っ と 長 谷 川 先 生 が 自 分 で そ う !! 年代から普通の言葉でって、お客さまの 鳳■もう何回(ラジカセの)電池変えたかわかんない(笑) 。 たらできるねん」って顔してるけど(笑) 。 鳳さんに歌っていただいてすごく嬉しかった 『スウィーニー・ 青井■そこまで訳詞に乗っけてくのはほんとに大変ですよ。 鳳■そういうのは日本の演出家は難しいねえ。 要求に答えてるわね、 それ。そのほうが 「 (心に) 入る」 もんね、 トッド』のあの曲なんかは、フレーズ単位、小節単位では、 でもさっきの、 イ作んないといけないんでね。 言葉があっちにはみ出したりこっちに移動したりしないよう 鳳■先に焼いちゃダメだもんね。 観てる人は。私、いちばん嫌なのが、歌ってる歌詞が相手に 青井■こねてのばして詰めて丸めてって。本当はどの曲もみ じゃないと、手順と言葉が狂ってきますでしょ。歌の中でパ んなそうでないと。言葉の動きは意識の動きだから。 に、 英語と同じこと言ってるように訳さないと成り立たない。 歌うときは、声がひっくり返ってもなにしても、言ってるこ 鳳■演出家の仕事って深いね~。深い。私たち演ってる方で たらイライラするの。何言ってるの? って。だから自分が とを相手に聴いていただきたい。意味をね、わかってもらい よかったと思う。演出家は 「この子だったらこうするだろう、 聞こえないことなの。自分がひとの舞台観ててわかんなかっ 青井■正直言うと、宝塚の歌詞って必ずしもいいとばかりは たいって歌い方をするの。 年、ちゃんと伝える努力をして 出 家 も、 実 は そ こ を わ か っ て な い の が い ち ば ん の 問 題 で す 。 代くらいから変わってき て る ん で す よ 。 翻 訳 家 も 訳 詞 家 も 演 はいつもと同じなんですけど、鳳さんがちゃんと伝えてくだ るときが半分くらいなんですよ。そのたびに「いや、僕の詞 に訳詞がいいって褒めてもらえると、鳳さんが歌ってくれて きたことが後ですごく役に立ってるのかなって。僕は、たま 鳳■え、私が? ら、それがなんでかわかったんです。つまり「いま英語を勉 語の勉強になるなって思ったんですけど、何十年も経ってか 語。プエルトリコのほうが、かえって英語的にはちゃんとし ランド系白人のジェット団の言葉はそれこそガラの悪い日常 ああするだろう、ここまで考えるな、いやここまで考える能 言えないじゃないですか。外国の曲に全く違う適当な言葉が ギリシャ悲劇からシェイ ク ス ピ ア か ら イ プ セ ン 、 そ し て テ ネ ついてる時もある。あれを シー・ウィリアムズあた り く ら い ま で は ず っ と 、 ど ん な に 日 さってるからいい詞に聞こえてるんです」って言うんです。 年 常的に見えても実は非日常的な、ある詩的な高まりを持った、 鳳■伝わらないことと、 きれいな声で歌うこと。 どっち取るっ ていえば、伝えることを取る。きれいな声を捨てる。そのこ そこはやっぱりすごいですね。責任感というか。 とを演出家がもっとおっしゃってくださるといいなと、とき 劇 的 言 語 で 来 た の が、 サ ム ・ シ ェ パ ー ド と か デ イ ヴ ィ ッ ド ・ いから「難解」という言葉で言っちゃうけど実は難解なんじゃ ハイムから根本的に変わ っ た 。 歌 詞 と 言 葉 の 関 係 が や や こ し 青井■ミュージカルは形容詞で、その下にシアターがつくわ どき思う。ミュージカルは芝居ですもん、歌じゃないもの。 て触れたのが中学生のときだったんで、英語の構文練習みた けだから。僕も、 『ウエストサイド物語』の詞、あれに初め なくて、普段の言葉のま ん ま 歌 詞 に し て る か ら 、 そ こ が 掴 め を、観てもいないのに 、 歌 詞 が 入 っ た ら 、 も う 、 動 き ま で 全 青井■ほんとに僕、びっくりしたんですけど、それはさっき まで考えた英語なんですね、ソンドハイムの歌詞って。だか 強してるプエルトリコの移民たち」の言葉なんですよ。そこ いな言葉がいっぱい出てくるんですよ。これを覚えるのは英 おっしゃったみたいに音楽の中のリズム、歌詞じゃないとこ てるんだけど、それはぎこちないというか「文法通り」みた らそういうふうに訳さないといけないんだって。 それで、 ポー ういうことできるんだ! って。 年前なのに。 葉とアクションがドンピ シ ャ に は ま っ た り 。 観 て な く て も こ ろの、音の方にあるリズムに反応してダンってやったり、言 部アンジェラ・ランズベ リ ー と 同 じ に 歌 え て た 。 ド』のあの最初のパイを 作 り な が ら の 、 変 拍 子 出 ま く り の 歌 ないってことなんです。でも鳳さんは、『スウィーニー・トッ マメットとか、ミュージ カ ル で い う と ス テ ィ ー ヴ ン ・ ソ ン ド インストリームに上がっ て き た ん で す け ど 。 ア メ リ カ は るままの台詞で演劇をつ く る っ て の が 、 こ こ 数 年 で や っ と メ 60 鳳■もうね、千回くらい稽古した。「待ってよね、お客さん、 驚いた、幽霊かしら」っ て ま だ 歌 え る 。 も う いなところ。 力はないな」って、ぜんぶパって読んで演出しなきゃいけな いんだもんね。 青井■そうですね。お料理と似ていると思うんですけど。早 く煮えるじゃがいもと、なかなか煮えないにんじんと、それ が同じに煮上がるように、さまざまな違う時限爆弾をしかけ ていかなきゃいけない。 鳳■それで、時限爆弾がしかけられてるなとわかる賢い女優 さんもいるし、気が付かない人もいるだろうから、そのコン トロールもいるわけだから。 青 井 ■ そ れ か ら、 あ る note ( 注 意 点 ) を 出 し て「 ふ ー ん、 これは初日までにできればいいのよね」って思っちゃう人も いるんで。それは困るんで。明日にでもできてくれればまた 違うことが試せるのに、ていう。 ▼演技を見せちゃう演出家 演出の種類にはいろいろありますが、鳳さんはどっちか ―― というと、演技をやって見せてもらったほうがいいというこ とですね。 鳳■そうなんです、 やってもらったほうが。宝塚にいたんで。 私初めて蜷川先生の演出を受けたときに、なんにもおっしゃ らないの。「え、どうしよう……」と思ったら、なんにも言っ 60 青井■やっぱりそうなんだ。稽古場では「私、いっぺんやっ 対談:ニュアンスの「わかってもらい方」。 鳳蘭×青井陽治 15 鳳蘭(おおとり らん)――女優。 1979 年宝塚退団後、 『ラ・マンチャの男』 『COCO』 『屋根の上のヴァイオリン弾き』などミュージカル を中心に数多くの舞台作品に出演、菊田一夫演劇大 賞・紫綬褒章など数々の賞を受賞。日本のミュージ カル界を代表するエンターティナーであるとともに 「鳳蘭レビューアカデミー」の校長として後進の指 導にあたっている。 30 D12 / NIHON ENSHUTSUSHA KYOKAI / 一般社団法人 日本演出者協会 / 2014.5 ほど言われてその中で作っていくって育ち方をしたんで。で て。あえて自分を名付けるとすれば「親和力」の演出家であ きればそうじゃなく、同じくらいの効果をあげたいなと思っ ひとつの頂上を目指して、さまざまなルートを登っていく。 【青井陽治】 同じ気持ちで違う方向からひとつの頂上を目指して、 さまざまなルートを登っていく。 青井■僕はいちおう、自分が役者だったという意識があるの て、同じくらい愛して理解して、同じ気持ちで違う方向から りたいなと。みんなが僕と同じくらいこの芝居を好きになっ てないのにほかの人はいろんなこと勝手にやるんですよ。あ、 形かなと思っているんですけど。 僕が演出家としてノートを出せるとすれば、僕の経路からは しゃってましたけど、 「瞬間芸なら演出家はみんな名優だよ、 その場合には、役者ごとにプランがありますよね。 ―― 青井■そこがまた時限爆弾なんですけど、何個か連なってい こういう景色が見えているけどそちらからはいかが、という でも俳優はそれを2時間半続けられるからね」って。そこだ る山があったとして、最初のピークに行くまでは、その次の が早いという場合はやります。 ただ、 浅利慶太さんがよくおっ すごく焦ったことは覚えてます。自分でやんなきゃいけない。 け取り出してこういうふうにやって欲しいんだってのは演出 で、なるべくやらないようにしてる。でも、やっちゃった方 それで蜷川さんは自分で や っ た こ と を も っ と 大 き く 膨 ら ま し 家はみんなできるはずなんだって。自分がいきたい方向がわ 歩、一拍置いて振り向く 」 み た い な 演 出 受 け て た か ら 、 も の てくださる演出家だなと 思 う ん で す け ど 。 い ろ ん な 演 出 家 が 自分でやらなきゃいけないんだって。私はそれまで「右へ3 いるから初めての方は察 知 す る の が 大 変 。 い ま は も う だ い た 高いピークは見えない。だからあそこまで早く行こうよ。そ したらぜんぜん違うやり方が見つかるかもしれないから。あ かってるから。 れが頂上だと思って初日目指して行くと、そこで終わっちゃ なのプランがブレンドされていく。 うけど、なるべく早くみんなであそこまで行けば、その次の 鳳■結局「はじめまして、今回よろしくお願いします」から ▼演出家に必要な「親和力」 い、この人だったら自分で動こう、この人だったらおっしゃ る通りにしよう、この人 だ っ た ら コ ピ ー し よ う 、 と 。 も う 年もやってるとわかるようになってきて(笑)。 青井さんは演技をやらないで、言葉でなるべく伝えよう ―― とする。 ピークが見えるかもしれない。それを繰り返すうちに、みん 青井■でもたまに、内面的なことを100万言うよりも、外 スタートだから、会話だけじゃ演出家ってほんとに難しいで その中でも、やって も ら っ た ほ う が い い ? ―― 鳳■私はやってもらったほうがいい。自分の性格上。コピー 演出家は「超イケメンの素敵な人」ばっかりじゃないからね。 ちゃんだから。コピーしてもぜったい一緒にはならないもの。 すよね。わかってもらうのは難しいと思うな。 青井■良い演技をするには、自分の一番恥ずかしい部分と向 を、つまり形を決めてあげた方が役者はわかる、という場合 き合わなきゃいけない。演出家が、 自分は安全地帯にいて 「裸 はあります。 神の重心〉と〈神経の重心〉がある。この三つの組み合わせ 僕は、重心ってのがすごく大事だと。 〈身体の重心〉と〈精 家が、だから真っ先にパンツだけになって、一緒に飛び込み になれ」って言ったって、俳優さんはなってくれない。演出 私は木村光一先生のコピーちゃんだけど、先生はぜんぜん普 でどんな役もどんな状態も表現できると。それは『ウエスト たら「あ、この気持ちですか」って言ってくれた俳優さんが 係 を つ く る。 演 出 家 と し て 直 接 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン す る ん 青井■今日初めて会った人と何十年も友達だったみたいな関 鳳■経験ね、やっぱり。 ので度胸なく見えちゃ駄目。 ましょって言うしかない。しかも、パンツの残し方が知性な サイド物語』の振付けを受けたときに自分の身体の中でだん 通のオッサンみたいな感じでしょ(笑)。やばい(笑)。木村 光一さんもそれはよく知 っ て る 。 コ ピ ー を し て も 、 私 は そ れ よりも素敵になるから。おばはんだけど(笑)。 青井■コピーってひとつのヒントなんですよね。 青井さんはどっちが い い ん で す か 。 ―― だんわかっていったことなんですけど。 いて。そういう「わかってもらい方」もあるなって。 あるとき「あと5%こっちに重心を移してみて」って言っ 鳳■なかなかいないね。100人中ひとりいればいい。 やっぱりそういう関係を開けるかどうかですよね。 じゃなく、翻訳家や訳詞家でワンクッション置くとしても、 鳳■演出家は、自分が思ってる以上に膨らましてくれる役者 青井■なかなかいないです。重心を5%移動させること自体 さんに出会ったら自分の作品も良くなるわけだからね。 が、ほとんどの人ができないと思うし。 ほとんどの人はできない。 【了】 鳳■そしてそのときの気持ちの変化を感じ取れることもね。 青井■すっごく感覚が鋭い人ですね。僕は、恐怖政治的に、 みんなをビリビリさせて、正しい、怖い、強いことを、怖い 50 青井陽治(あおい ようじ)演出家・翻訳家・劇作家。 1948 年 3 月 3 日東京生まれ。訳・演出作に 『ラヴ・ レターズ』『真夜中のパーティ』 『海の上のピアニス ト』 『42nd Street』 『GODSPELL』 『ヘドウィグ・ アンド・アングリーインチ』 『石棺』 『コーパス・ク リスティ』など。近年の出演作に、07 年蜷川幸雄 演出『恋の骨折り損』( ボイエット役 )、14 年泉鏡 花作『天守物語』( 薄役 )。 とても嬉しいです。本当に色々なこと 見せてあげたいです。 いけど演劇も面白いんだぞってところを くよく描かれている。 いう演劇の基本的面白さっていうのが凄 すか。 ◆個人的にお気に入りのシーンはありま か。そこはちゃんとやりたいですね。 けをどういう風にお洒落につけていく ます。その上で、パフォーマンス、おま 部伝えたいんです。それは気をつけてい 戯曲に描かれているドラマは絶対、全 やりたい事をやっていこうと思っていま とタイトにするのが大変でしたね。 色々な条件に合わせてこの作品をクッ たか。 ◆今日までの間、どんなことが大変でし す。 今回のことを胸に秘めながら、もっと いい作品を作っていこうと思ってます。 仲間たちにお礼が言えて、関わってく れたスタッフの方々にお礼が言えて、本 当に嬉しいです。 分縮め るのも大変でしたし、この作品はd‐倉 最初 分の作品だったので、 庫というところでやった作品なんですけ 頑張ります。ありがとうございます。 ◆今回が2回目の応募になりますが、応 ど、d‐倉庫は空間が 倍くらいあって、 分中 分のところで 客席が急降下で、 床が全部見えるんです。 あんなに疲れた後の牛乳がここまで美味 飲むんですけど、まあ美味しいんです! 分くらいにしたりして、全然話がわから 術が良かった」と言われて、なんとか前 でも(審査員の)加藤ちかさんから「美 てできたオープニングとエンディング イ ト を 当 て て 笑 う 」、 あ れ を ダ ン ス と し 後は、台本にも書かれている「顔にラ の面白さというか、 ジレンマがあります。 しいとは。でも死ななきゃいけない、そ あるんですけど、 やっぱり一度目に(最優秀賞を)取れ で、 ( 「劇」小劇場では)お客さんが前の 今回、床を凄く意識した演出だったの 最後、僕が牛乳を飲んで死ぬシーンが 募動機を教えてください。 なかったこともあって、悔しかったとい 人の頭で床が見えないんじゃないかと不 うのはあります。どうしてももう一度挑 戦したい! と思っていました。 なかったという泣きを見たんですけど、 の人の頭をよけながら見えたんだなと 安だったんです。 分くらいの作品をちょうど作っ かなと思います。 は、誰もがぞくっと楽しめたんじゃない 今回は 思って安心しました。 サくないですか? 絶対やりたくないと 普通に考えたら、顔にライトなんてダ 山下くんとは、僕が1回振付で関わり たことは僕が主役をやったことです。本 たり、僕が男をやったり。一番大変だっ ダンスにしてみたら、ものすごくかっこ よくなったと思うんですよね。お気に入 りのシーンです。 ◆最後に、今後の展望を聞かせてくださ い。 ても楽しいものを作りたいんです。 海外に進出したいです。外国の人が観 やっぱりグループで、カンパニーで海外 個 人 で は よ く 海 外 に 行 く ん で す け ど、 に進出する。そして、日本に色々なもの を持って帰ってくる。 そ う し て 演 劇 界 全 体 を 潤 す と い う か、 そこまでは一応考えています。 できるようになるのかな、と。 ていることがもうちょっと楽に、楽しく 客さんが増えれば、 僕ら(演劇人)のやっ くる、それによって何かが変わる。そう 家族が 人の男のところに押しかけて 安部公房さんの本が好きなので。 演劇を流行らせることによって全体のお ◆パフォーマンスと演劇の融合という面 シライさんも大先輩で。凄く嬉しいです 「この戯曲を利用して踊りたかったん で、 特に気をつけている事はありますか。 よね。桐朋の生徒に、ミュージカルもい 思っていたんですよ。でも音楽に乗せて 間と人間の会話の関係が近くなって、演 劇に近づいた感じがしています。 なったし、空間が小さいことによって人 ると韓国に行ける副賞があるじゃないで 月 月じゃな 月の決まった時点で「空い 人 が ダ メ で。 まして。そうしたら小さい空間でちゃん 当に大変でした。 それを急遽、新しいところから呼んでき 次 女・ 長 女・ 男 の 主 役 たんですよ、役者が。 てる?」 って聞いたら、 人空いてなかっ いですか。 な ん で す よ。 で、( 決 勝 が ) あ と、 (決勝進出が)決まるのが ◆後輩の山下さんに応募を勧めたと聞き 国に)行きたいなと思って応募しました。 なんとか今回(最優秀賞を)取って、(韓 きますよね。それが本当に羨ましくて。 すか。チョコレートケーキさんが今年行 ぴったりだなと思って応募しました。 時間が短くなったことで無駄がなく て い て、 し か も 安 部 公 房 の『 友 達 』 と 前回は 分くらいの作品を無理矢理 55 だな」にはしたくないんですよね。僕は い か と 思 っ て「 送 り な よ! 僕だって 送ってるんだから!」と誘いました。 今回は面白いことに(優秀賞の) ためにも、ダンスと演劇を融合するって 人が桐朋学園。山下くんもそうだし、 いうスタイルを変えずに、このまま僕の 中 人 劇小でやったらちょうどいいんじゃな を考えさせる演出で。 とドラマを組み立てていて、色々なこと ましたが。 12 もうひとつの要素としては、1位を取 いう事で、コンクールに持っていくには 60 若手演出家コンクール2013 演 出 家 コ ン ク ー ル 最 優 秀 賞、 杉 並 演 劇 祭 が起きて、僕になったんだなと思ってま ださい。 優秀賞、第三回世田谷区芸術アワード“飛 9 3 最優秀賞決定 原作 安部公房『友達』 構成・振付 スズキ拓朗 『FRIEND ~踊る戯曲~』 ◆最優秀賞受賞のお気持ちを聞かせてく スズキ拓朗 これを機に、演劇界を盛り上げていく 80 60 3 3 3 最優秀賞 スズキ拓朗 振付家・演出家・ダンサー 。 ダ ン ス カ ン パ ニ ー チ ャ イ ロ イ プ リ ン 主 宰。 劇団たまごプリン主宰。ダンスカンパニー 回東京国 奨 励 賞 他 受 賞 歴 多 数。 監 督 / 雨 宮 慶 コ ン ド ル ズ 所 属。 横 浜 ダ ン ス コ レ ク シ ョ ン 太、 劇 場 版「 牙 狼 」 振 付。 第 〔ダンス集団 CHAiroiPLIN、劇団 tamagoPLIN〕 〈東京都〉 す。色々なことが勉強になりました。 際 映 画 祭 グ リ ー ン カ ー ペ ッ ト 開 幕 参 列。 最優秀賞 翔 ” 舞 台 芸 術 部 門 第 1 位 受 賞。 桐 朋 学 園 芸術短期大学演劇専攻科修 了 。 12 60 4 25 69 1 3 2014 年 3 月 4 日(火)~ 9 日(日) 下北沢「劇」小劇場にて、若手演出家コンクール最優秀賞を決定する 審査上演が行われた。応募者 82 名、1 次審査を通過した 15 名で行 われた 2 次審査により 4 名が優秀賞に選ばれた。最終日の公開審査会 にてスズキ拓朗が最優秀賞に決定。全作品を観劇した観客の投票数で 決める観客賞はシライケイタが受賞した。 EX 優秀賞・観客賞 シライケイタ〔温泉ドラゴン〕 〈東京都〉 が、 自 分 は や は り 絵 を 使 う と 思 い ま す。 吹雪などを降らす事も出来ると思います このシーンはいい選択をしたかなと思っ り (旧 ARCT )の代表を務める。 ARC>T ◆応募の動機は何ですか? 時から たんです。あと 朝 時から 時、 慣れないので大変でしたけど、作品づく 色んなことを確認しなきゃいけないのが 時、 時から 時から 区分で稽古した 古がほとんどで、暗いうちに来て稽古終 どういう流れですか? ◆演出助手をあちこちでやっていたのは です。 りに関してはいつもとさほど変わらない 時っていう稽古枠があっ 時、 わると明るくなっててそこからみんな大 時の稽 ないなって感じてて。僕としては東北の 時から 中だけで演劇やってるともうひと押し んですけど前半の方は うし、色も違うので、世界がグンと変わ 物語のそれまでの表現の仕方と全く違 1 9 7 4 年 生 ま れ。 桐 みたんですけど自分に技術が全くないな 学校を出てすぐに自分で演出をやって 僕は東北に魅力がすごくあると思って ◆そのことで他とはここが違うぞという ですね。 て言ってねじ込んでもらってという感じ 中でコンクールがあることを知って、普 るけどそれに気づくのは歳をとってから たらタダでいいからやらせてくださいっ ていろんなところを観に行って面白かっ と思って。勉強しなくちゃダメだと思っ 学行ったり仕事行ったりする。あと吹雪 危ないんですよ。それで稽古中止になっ いたりすると地面トゥルトゥルになって 自分たちのいちばんいい時期をもっと たりもしました。 ちょっと足りないと思っていて。 刺激のある場所で過ごさなきゃいけな る感じがめちゃくちゃ好きです。 い。できるだけ色んなところに顔を出そ ◆今日まで大変だったことはなんです 出演している事で絵が見えなくなるの ◆東北で活動を続けることについて 芸 術 科 演 劇 専 攻 卒。 俳 野 田 秀 樹、 鐘 下 辰 男、 う、色んな人に来てもらおうとしていた いるつもりで想定しながらやったのです 段あんまり競う場がないので競う場に立 ところはありますか? で、 稽 古 場 に が、結局誰かがいるのといないのとでは て行ってしまう。それをしょうがないと というのが一般的で、若い人は都会に出 木 村 光 一 等、 数 々 の 演 ラ ゴ ン、 オ フ ィ ス コ ッ ト ー ネ 等 、 様 々 な たないといけないなと思って応募しまし た」というところから今度は仲間を集め 今やりたいことが「できるようになっ に 歳くらいで劇団をやろうとするのと なきゃいけない。やっぱり学校出てすぐ 思うのか、魅力ある場所にするのか、魅 ◆作 山下由 ある程度年齢を重ねてからでは意味が違 うじゃないですか。 技術を磨いたかもしれないけど、代償 仲間を逃してしまったんだなという気が として僕の作りたい演劇をやってくれる すか? ◆今後どのようなことをしていきたいで が増えて来てはいますけど。 しています。今だんだんやってくれる人 俊朗、黒色奇譚カナリ が気長に作品をつくって行こうと思いま 今後どうというのはまだわかりません - ◆今日まで大変だったことは何ですか? キスに見えなくもないようなところが。 す。 ア派、演劇集団砂地等 ういうのがあるよ」って教えてもらって、 期 大 学 ) の 先 輩 で 仲 良 し で、「 な ん か こ スズキ拓朗君が学校(桐朋学園芸術短 ◆応募の動機は何ですか? に至る。 ロ ン ド ン に て 短 期 演 劇 留 学 を 経 験 し、 今 ち、 オ ー ス ト ラ リ ア、 の演出助手を経たの の主宰。作・ Pityman 演 出。 福 田 善 之、 鈴 江 山下由〔 Pityman 〕〈東京都〉 『ハミング イン ウォーター』 優秀賞 は僕の使命かなとは思います。 力があることを知ってもらうのか。それ た。 「 み ち の く 狂 言 」 が。 難 し い な と 思 い ◆好きなシーンはどこですか? があるという事が本当にありがたかっ ながらかたちになったかなと思えたの で。今回まず「神楽」をやろうというの 人の時は忙しかったです。 た。 ◆今後の展望は を僕が持ってきたんです。 てるんですけど、その中に狂言という言 あれ全部神楽の要素にのっとってやっ 遠い、遠い夢。とはしないですが。言 な、大げさなことを……。大げさにとい 葉と肉体で、世界を変える! という様 あるある」で狂言ぽいものを作ってみよ 葉が出てきて、僕たちの経験から「東北 うってことになって、あのかたちになり うか……大きな力を信じて。そこを最終 チュラリズム全盛と言うか……そう言わ ました。 的な目標としてやっていきたいです。ナ れるものとは、ちょっと違うことをやり 魅力を感じないので、ナチュラルを超え たいと思います。ナチュラルである事に たところをやりたい。などと、大きな事 を言わせていただきます(笑) 。 優秀賞 澤野正樹〔短距離男道ミサイル〕〈宮城県〉 『 FESTIVAL/ONOBORI ト ー ホ ク を ヌぐ 』◆構成 澤野正樹 去年二次まで行って落ちてしまったんで 1 9 8 7 年 生 ま れ、 秋 田 県 出 身。 高 校 演 劇 を 忙しいんですよ。事業がいろいろあって。 す か ね。 (登場人物は姉弟なんだけど) 「いい匂いだ」って言ってるところで ◆好きなシーンはどこですか? すが今年はここまで来られました。 ◆今日まで大変だったことは何ですか? 経 て、 大 学 進 学 と 共 に 仙台で演劇活動を本格 メンバーの入れ替えなんかもあるんで 効率よく稽古できてるかっていうとかな すけど(東北の人間て) ・ 周りって、 的 に 開 始。 東 日 本 大 震 有志と共に短距離男道ミサイルを立ち上 り怪しかったです。 災 直 後、 在 仙 の 若 手 好きです。椅子を使った山を登っている げ、 以 後 全 て の 作 品 の 演 出 を 担 当、 全 国 自分の公演は自分マターでやれるけど 的 な 活 動 を 展 開 し て い る。 2 0 1 3 年 よ う。演出的な部分では、様々なシーンが 間に入ってもらって、そこに生身の肉体 なか上手くいかなかったです。後半、仲 るっきりダブって感じる所が多く、さぞ 分にも家族がいるので、自分の家族とま 家族の事を語っているシーンです。自 ◆好きなシーンはどこですか? な感じです。 ドラゴンの名前が広がればな。と、そん ちょっとでも有名に出来るかな? 温泉 出来れば、少しは温泉ドラゴンをほんの 状況だったので、何か賞でも取ることが 泉ドラゴンは、当初、誰も知らない様な て み な い か と 持 ち 掛 け ら れ ま し た。 温 温 泉 ド ラ ゴ ン の メ ン バ ー か ら、 出 し ◆応募の動機はなんですか? 等 に 出 演。 ま た 、 温 泉 ド 人 し か い な い 時、 僕 が 朋学園大学短期大学部 どんどん外に出ていく団体が東北には 13 8 か? ています。 4 4 優 と し て、 蜷 川 幸 雄、 『山の声 あ ―る登山者の追想 』 ― ◆作 大竹野正典 12 8 24 8 4 19 全然違うので、いるふりでやってもなか 出 家 の 舞 台、 15 場所で演出活動を展開中。 2 シーンも好きですし、あとブリザードの 3 20 2 シーンも好きです。条件等が違ったら紙 11 TV かし俺だったら無念だったろうなと思 - D12 / NIHON ENSHUTSUSHA KYOKAI / 一般社団法人 日本演出者協会 / 2014.5 のことをあまり引き合いに出したくは らざる者たち」ではないか。二次審査 アイデアも素晴らしかったと思う。 れた。シーンとして盛り込まれていた 物足りなかったところが最終でやり切 た上で感動もできた。二次審査の時に い。 出でそれを相対化されてるわけでもな た。 「小さな物語」のその在り方を演 し合うってことについていけなかっ 若手演出家コンクール ないけど、いつになく迷いがあるよう 公開審査 に感じた。仙台から来たことを意識し の芝居は苦手なんだけどすんなり見れ た。マンションの1室でやった二次審 佐野◆好みで言うと狭い空間や世界観 査と同じ作品をこの「劇」小劇場とい 鐘下◆あの戯曲を現代のものとしてゼ だろうという期待感があったけど物足 う空間でどういう風にやってくれるの すぎて足枷になっていたのではない りなかった。演劇じゃなくてダンスで か期待があったけど展開しなかったこ 審査員は青井陽治、瓜生正美、加藤ちか、 ずなんだと思うけど矮小化されてし できることってなんだろう? あるは ロ年代以降の若者がどう立ち上げるん 青井◆特殊な人物や状況で観客の興味 村井◆なんであんなでかい声で話すん とが残念。 か。 を引っ張って、最後にパースペクティ まっているところが不満。 ▼シライケイタ ヴ が 逆 転 し て、 一 気 に 普 遍 的 な メ ッ 鐘下辰男、木村繁、佐野バビ市、篠﨑光 正、智春、土橋淳志、平塚直隆、村井健 名。 (全審査員の発言より抜粋) 票ずつの投票権を持つ。 (敬称略、あいうえお順)の 各 講評 だ ろ う? セ リ フ の 内 的 な つ な が り、 がいる。作品中、言葉の使い方が便宜 木村◆演劇の言葉には一定のスタイル 距離感。セリフと身体での表現をもっ 狭くて出口が広い芝居」は好きなんだ 的 で、「 戯 曲 の 言 葉 」 を 観 客 に 仕 掛 け と深めていくと セージに達して終るという「入り口が け ど、 「雪山の遭難」という題材の特 るという姿勢が感じられない。又、こ ▼澤野正樹 木村◆戦前の日本でのプロレタリア演 殊性を十分に描いて面白がらせ納得さ 回投票 わかるものを組み合わせるという点で 平塚◆わけのわからないものとわけの 作品の中で突出している。 なり執拗に作って見せた。その集中力 はない場所」での演劇という事を、か 回 は さ ら に 物 語 性 を 排 し て、 「劇場で の時もかなり意識していたけれど、今 そ れ は 二 次 審 査 作 品 の『 裸 の リ ア 王 』 な 手 法 を あ え て 意 図 的 に や っ て い る。 ムや商業演劇じみた「フリ」の演技と 現して見せた。いわゆる新劇リアリズ しい。それをシライ君たちは見事に表 だったが厳冬の遭難シーンの描写は難 ニーでも上演された『K2』でもそう 村井◆かつて加藤健一やシスカンパ 加はゼロ、という感じ。 できているけれど、スペシャル点の追 みんな 点は取れている。これもよく 持って行ってしまった。今年の4作は せないうちに、さっさと普通の感動に 変だけど自分なりの作品に対する立場 た。規定に合うように短くするのは大 の軍靴の音で終わるというものだっ てやって来た」という解釈で最後兵隊 やった「日本帝国主義が友達の顔をし ど、 い ち ば ん 面 白 く 見 た の は 韓 国 で 瓜生◆この作品たくさん見てるんだけ き届いていないのが残念だ。 期待していただけに、演出家の目が行 敷 な ど オ ブ ジ ェ の 操 作 が 未 熟 す ぎ て、 利を持っている。コスチュームや風呂 のジャンルではモノと身体は同等の権 いをぶつけるときに出て来る。相手に 君の場合は全部そのキャラクターの思 使う場合が多いと思うんだけど、山下 は、普通は相手のことを知りたいから も使われる「なんで?」と言うセリフ いのか心配になった。それと劇中何度 篠﨑◆結末を作れないのか作りたくな るかだろう。 の展開とドラマの核をどう作り、見せ に成長している。あとは、ストーリー ないか。前回の参加作品よりははるか するドラマがもっと深められたのでは 移るが、今回 通常は上位 第 二次審査の時のリア王は面白かったけ は違う清新な演技だ。シライ君の演出 人きょうだいの内包 劇や、ドイツのキャバレー演劇のよう ど、今回はわけのわからないもの同士 ◯ ◯ ◯ ◯ 位が2人になってしまっ 名が選出されて最終投票に 福島の詩をずっと読んでいる男の子の 智春◆上でお料理をしている人と下で よくわからなかった。 厚な舞台にどこかで憧れている部分が たんだけど、古臭い感じも受けた。重 篠﨑◆すごく工夫をしていて感心もし の。 いい舞台を見せてもらったと思う。 は、まさに「ドラマの王道」を行くも と思う。でも安部公房の『友達』の変 作品だったら「面白かったよ」と言う 青井◆これがスズキさんのオリジナル 思う。 を明確に取ってくれたのがよかったと かったんだけど、比較的舞台の使い方 木村◆場面が行ったりきたりして楽し 芝居に弾みも出るのではないか。 が芝居なんだということを考えた方が 押し付けるのではなく「受ける」こと 最終投票となった。 たため澤野、シライ、スズキの3名での なのに、 前編通して爆笑してしまった。 タも嫌いで、その時点で笑えないはず 加藤◆基本的に、裸も嫌いだし、下ネ 笑いのバリエーションもすごく豊富。 て、 全 作 品 の 中 で い ち ば ん 刺 さ っ た。 北とのことを表しているように感じ をうまいなと思って見ていて、これで 智春◆寒い身体の状態を作っているの が少し足りない。 また、作品の後半に行くに従って工夫 演 出 を や っ て い く 上 で は 足 枷 に な る。 が増えたのだと思う。それはこれから 見えて、そのせいで思わせぶりな演出 くなったはず。 ならではの切れ味や凝縮感もさらに鋭 に裏切るのなら大賛成。ダンスプレイ 現代劇も、ちゃんと知った上で、見事 演 ま で 調 べ て、 型 の 意 味 を 汲 み 取 る。 者さんなら、150年200年前の上 探るべきでしょう。優れた歌舞伎の役 当時に持ち得たインパクトをきちんと 奏ならば、戯曲本来の姿や意味や発表 ちょっと感じきれなかった。 りするのかなと思っていたけどそれが があったり座ってない椅子を主張した も同じ目線で会話している。無の椅子 前一間があまり使えていないのでいつ けど縦に使うことがまずない。舞台の が平板で、横姿で会話することが多い スズキ5(瓜生、加藤、佐野、篠﨑、平塚) シライ2(鐘下、村井) 澤野:4(青井、木村、智春、土橋) 鐘下◆世代間ギャップと言われちゃえ ばそれまでなんだろうけど、心の傷を 持った人たちが延々その傷について話 票、 票中、澤野正樹 票、スズキ拓朗 る観客賞は総投票数 票。過去最多得票数でシライケ 票、シライケイタ イタが受賞した。 山下由 15 53 18 14 4全作品を観劇した観客によって行われ スズキ拓朗が最優秀賞に決定。 獲得票 凄く練られた言葉を、演出家としても リフ話した瞬間寒さがどこかにいって セリフ入ったらすごいなと思ったらセ しまった。そういう肉体的なところを 加藤◆きちんと作品のテーマが伝わっ ▼山下由 その含みも伝えた上、計算で作られた 笑いではなかったんだと思う。 もっと見たかった。 が ま ず 面 白 い と 思 っ た。 あ れ は 結 界。 いう共同体の外からやって来た「人な とすると褌の連中はまれびと、東京と ▼スズキ拓朗 土橋◆木の柱としめ縄で囲まれた美術 見事な笑いであり、単純な反射だけの 第2回投票 をつかまれてしまった。今の日本の東 クッキングボーイのシーンですごく心 は を組み合わせているので面白がり方が 1 6 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ スズキ ◯ ◯ 山下 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ 村井 土橋 ◯ 11 平塚 智春 木村 シライ 3 篠﨑 鐘下 澤野 85 佐野 加藤 瓜生 青井 2 2 2 4 D12 / NIHON ENSHUTSUSHA KYOKAI / 一般社団法人 日本演出者協会 / 2014.5 若手演出家コンクール2012(前年度)最優秀者公演 受賞者 日澤雄介さんインタビュー 決められた期間での公演だったので、ス テージ数を少なくしなければならなかっ を突き合わせて 敷 き、 観 客 が 膝 地の一角に畳を の中の市民遊園 上 演 し た。 ビ ル 民に向けて広くアピールできるのか課題の多 部の市民にしか知られず、どうしたら一般市 観客をくぎ付けにした。まだまだ限られた一 うせいが三線演奏と、独特のキャラクターで は劇団さくらんぼの他に、沖縄音楽の島人よ 共通するのは一様に別役実、唐十郎、坂手洋 さない大学も多いという実情を語っていた。 合に興味を持たず、演劇祭の誘いに返事も返 てくれたが、他方、まだまだこういう他流試 客観的批判を受けることへの意義深さを話し 一様に、他校の作品に刺激され、審査員の 話題の中心は一気に演劇祭の効用を離れ、 二などの名前を知らないことだ。 い事業だった。 □オープニングイベント 観劇する茶の間 劇 場 だ っ た。 ま た、 市 内 唯 一 の 学生に近いはずの平塚、鹿目両氏もすでに世 して参加していただいた菊本氏まで「自分た 代ギャップを感じているようで、ご意見番と 昨今の演劇学生の考え方に向かった。比較的 寺山修司の名作 ちの芝居を知るためにも、上の世代の芝居は 所『花札伝綺』は、 を劇化したもの 流山児★事務 学部が、 子ども向け体操『なりきり・ドン』 『オ で、 海 外 ツ ア ー 大 学、 中 京 学 院 ◆今回の演出でこだわったことは何です のものが貴重な第一歩だが、これから演劇C ノマトペロック』を上演してくれた。参加そ じりに声を張るシーンもあった。何より司会 観たほうがいいわけで……観ろ!」と冗談交 大学中京短期大 か? でも話題になっ たのが残念でした。 元々が力のある戯曲だったので、戯曲に AMPにどうかかわっていけるかが課題だ。 忠実に演出しました。あとは、いつもの 曲の輝きをお客様に届ける、橋のような 戸惑ったりして うべきか」といった、新たな大きく深刻な問 る。 「今の大学演劇とわれわれはどう向き合 進行でもある筆者も驚きが先立ち、シンポジ い た が、 本 番 に ネット検索で簡単に多くの情報は入手できる 題を提起された形となった。彼らはスマホや 段階で市民にど う た げ は、 海 外 で 大 道 都のパフォーマーが中津川で合宿製作をし なると開演前から俳優が客席に降りて観客を を聞き出すことに終始してしまった感があ た。 あ や も の ひ と 挑発したり、刺激と娯楽性に満ちた傑作で、 ウムの当初のまとめ方を放棄し、学生の実情 ◆今後演出家として、やってみたいこと 芸、 サ ー カ ス な ど で 活 躍 す る パ フ ォ ー マ ー 市民の評判も高かった。 う宣伝したらい はありますか? パフォーマーが、その境界を超えて戯れあう と、モノと見つめ合い表現活動を行ってきた 中津川市に滞在して演劇を作りたいという □中津川に滞在して作る演劇 た 力 作 だ。 広 報 ◆最優秀賞を受賞されて何か変化はあり 演出を心がけました。 ことですが、俳優の声と身体を通して戯 ましたか? のですが、内面的には一つの評価を頂け 演出家として、というよりも今後、日澤 いか実行委員が た こ と で 大 き な 自 信 に つ な が り ま し た。 個人としては、劇団の活動に軸足を置き 思 い か ら、 2 度 に わ た り 東 京、 名 古 屋、 京 作品作りに対しても自覚的になったよう 今後、様々なチームが中津川に滞在し、地元 生の典型だとした の地域のある種の学 ら、 そ れ は 僕 た ち の 今回参加してもらった3人の大学生が、こ 実 行 委 員 会 の 公 演。 演 劇 と 詩 の 朗 読、 音 楽 朗 読 劇『 富 岡 の 空 へ 』 は、 郡 山 市 を 中 心 や マ イ ム も 入 る 舞 台 で、 福 島 か ら 駆 け つ け ず、 嫌 わ れ よ う が、 世代の責任かも知れ 煙 た が ら れ よ う が、 ると云う過密な日程の中、リハーサルも含め に 活 動 し て い る グ ル ー プ、 富 岡 の 空 へ 上 演 の仕事を見分ける術を持っていない。 たネット戯曲と、時代を刻んできた先輩たち が、それらはあくまで並列で、匿名で書かれ に思います。 また、 様々なジャンルの方々 つつ、様々なジャンルの舞台に挑戦した の芸術家と共同製作をする取っ掛かりを作っ た。 Ⅱ.イベント 正面から芝居に引き 見 事 な チ ー ム ワ ー ク を 見 せ て く れ た。 出 演 者 に は ろ う あ 劇 団 の 皆 さ ん も い て、 こ の 運 □駅前シアター □常盤座シアター いと考えております。また、俳優さんの 劇団チョコレートケーキ番外公演 意欲作だ った。木村繁と智春が 共同 演出し、 に作品を観ていただけるようになりまし 清水邦夫さんの『楽屋〜流れ去るものは 『楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~』 輝く舞台を創造し続けたいです。 やがてなつかしき〜』に挑戦したのです 作 清水邦夫/演出 日澤雄介 市民の目に触れる事が第一と、駅前の喫茶 動 の 幅 の 広 さ を 見 せ て く れ た。 人 気 バ ン ド が 必 要 な の だ ろ う。 日(日) 店、広場、室内遊園地など劇場でないところ 、オヤジバンドのメイ the Canadian. Club ドインジャパン共に中津川在住の皆さんで、 日(金)~ を会場に展開した。喫茶日曜日では外波山文 2014年 月 下北沢「劇」小劇場 明出演の 『若菜集・千曲川のスケッチ』 の朗読、 人としっかりと作品作 り に 挑 め た の は 単 純 に 楽 し か っ た で す。 い時期から宿場馬籠で演劇と人形劇のワーク そんな議論は続いた。個人的には是非いつか シンポジウムを終え、飲み会の席になっても 新 美 南 吉 講 師・ 演 出 ほ : りみか は ) 、発表会 には中津川市民に加え、愛知県小牧市の子ど トーリーシア サ ー カ ス、 ス たちの一輪車、 演劇 CAMP ら ん ぼ の『 あ ら し の よ る に 』 を 駅 前 ビ ル で そのほか、地元のお母さん劇団、劇団さく 地 世 ( 代間交 流プラザ で ) 「 演 劇 祭 は 学 生 を 動 か す か?」 ~ 本 音 で 語 る大学演劇の現状と課題~はパネリストに菊 何処かで、この宿題の続きをしっかり討論し たい気持ちである。 ちの劇化を目指しアイディアを出し合う」進( ほかに、「 幕末中津川をめぐる三人の女性た 追記 ズ)、鹿目由紀(劇団あおきりみかん) 、さら 祭参加経験のある現役大学生、司会進行:は せ ひろいち(劇団ジャブジャブサーキット) で開催。いわゆる短編演劇の演劇祭、特に学 生演劇祭として「ミノカモ学生演劇祭」 「名 3名をゲストに迎えた。 古屋学生演劇祭」に参加した現役の演劇部員 された。 の Utopia は ど こ に あ る の か?」 座 ( 長/土 橋淳志、ゲスト/籾山勝人、油田晃 が ) 開催 座 ( 長 / 市 川 尚 樹、 ゲ ス ト / 村 井 健 「) 演 劇 行/鈴木弘文、 ゲスト/ふじたあさや 「)ワー ルド・シアター地歌舞伎、足元から花が咲く」 に、名古屋市立大、名城大、南山大から演劇 本健郎(NEO企画)、 平塚直隆(オイスター ずりこんでやる覚悟 育成/イベント/分科会 フォークジャンボリー以来の音楽文化の厚さ は智春のコー 駅前広場で も た ち の 劇 団 が 全 面 協 力 し て く れ た。 ま た、 ターなど贅沢 置いた。市民の文化ボランティ ア 団 体 「 ぽ れ Ⅲ.分科会 南沙希出演の短編小説『女』の朗読が開催さ ボトル、枯れ木、流木などを持ち寄ってガラ ディネートに クタ人形を作っちゃおうというワークショッ んぼ代表 の ) 軽妙な演奏もあり初のチャージ 制で多数の観客が押し掛けた。 ショップが開催され、その継続として開催 3 も魅力的な女優 が、久々の既成戯曲に四苦八苦しながら ◆記念公演はいかがでしたか? た。 特にこれといって目に見えた変化はない : 市民のための朗読講座『夜明け前』には、地 なプログラム。 プ だ っ た。 音 楽 劇『 手 袋 を 買 い に 』 原 (作 元 の 演 劇、 朗 読 愛 好 家 が 集 ま り、 外 波 山 文 よるクラウン 明、鈴木弘文講師の指導で恒例事業になって Ⅰ.育成 事業を発展させて地元に根付かせていくに □市民が作る演劇 は、 市 民 の 演 劇 を 育 成 す る こ と が 必 要 だ と 、 来た。 ぽれ☆じゃんぼ」の全面協力で 、 半 年 前 の 寒 又、 室 内 遊 園 地元の子どもたちや市民の演劇 講 座 に 力 点 を 中 津 川 は 5 年 目 を 迎 え、 報告 木村繁(実行委員長)→Ⅰ、Ⅱ 人 形 を つ く ろ う!』 講 (師 福 : 永朝子 が )開 かれた。家にあるこわれたオモチャやペット 16 はせひろいち(実 行 委 員 ) → Ⅲ 2013 演劇CAMP 中津川 in no を感じさせてくれた。 14 れ、地元の陶芸家、佐藤久 ぽ ( れぽれ☆じゃ 3 か月前からも『世界でただ一つの、ガラクタ 4 in 演出家・俳優養成セミナー2013 (報告=高橋純 演劇大学 横手くらのまち増田実行委員会) 横手 演出家・俳優養成セミナー2013 (報告=松島寛和 演劇大学 高知実行委員会委員+吉本ちか子) 演劇大学 高知 だった。部員たちはよほど嬉しかったのかそ ばしば起こります。そんな中で演劇大学での 加が条件というかなりハードルの高いコース が完成し、人気の横内謙介さんの 「キミはどっ では、超老若男女一座によるユニークな作品 児さんの熱い演出に参加者のモチベーション ました。1日半という短い稽古期間で、流山 祥さん構成演出の「星の王子さま」を上演し ゾーン藁工倉庫の小劇場“蛸蔵”で、流山児 今回はオープニングアクトとして、アート 舞台をセットしセンターに観客用椅子。鄭さ いました。発表では同じフロアの東西南北に を見つめ直しさらに継続していく勇気をもら 真摯に作品に向かい合う彼女の姿勢に、初心 やベテランに囲まれるような状況でも怯まず ありました。特に地元高校生の参加は、プロ でしたが、それでも県内外から4名の参加が 経験は重要なものです。 ち を 向 い て 演 技 す る?」 を は じ め、 「日本演 ンもグングン上昇。すばらしく濃厚な時空間 小 林 七 緒 さ ん の「 3 日 間 で 作 品 を 創 ろ う 」 劇史」「俳優と演出家の仕事」 「昭和アングラ たが、東北各地からの参加者はのべ290人 程度の田舎とあって、開催を危ぶむ声もあっ とする豪華講師陣は、雪ときどき横なぐりの る、回り舞台でなく自ら動く回り観客席に緊 ば皆椅子を持って移動し次のお芝居を見て回 感じています。 回の演劇大学を通じ多くの 高知での開催を継続することの必要性を切に 方々のご尽力に深く深く感謝し、これからも これまでの たいないと開催前も後からも言われました。 れば沢山の反響・参加があっただろうにもっ ぶれ内容をみて、もっと早く告知が出来てい を経験させてくれました。講師の先生方の顔 人のエミリーが登場し中高校生にプロポーズ んの「戯曲を学ぶ」では2人のジョージと さんの講義。和田さんのリーデング。大杉さ 謝さんのミュージカルワークショップ。宮田 公開ワークショップの高都さん、 智春さん。 張の中の笑顔が。 曲の添削を受け、キャスティング。美術家の 佐々波さんと大沢さんを交えて舞台美術のプ 鄭さんの演出家コースでは、鄭さんから戯 ん曰くまるで演劇の見本市。こちらが終われ を体感しました。 ショップに取り組んでくれた。 れ と も 寒 か っ た の か、 紅 潮 し た 顔 で ワ ー ク 15 演劇大学 201 年 月 日~ 日 会場:高知市文化プラザかるぽーと、蛸蔵 講師:謝珠栄 鄭義信 和田喜夫 流山児祥 宮田慶子 大杉良 高都幸男 智春 佐々波雅子 大沢佐智子/担当:吉本ちか子 企画制作:一般社団法人日本演出者協会/企画運営:演劇大学 こうち実行委員会 主催:文化庁 一般社団法人日本演出者協会 /共催:公益財団法人高知市文化振興事業団 高知市文化プラザ共同企業体 文化庁委託事業「平成 年度次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」 高知でお芝居をやっていると専門的な技術 ランニング、稽古、本番と、数か月かけてす る。少子化先進地で部の存続さえ危ぶまれる る 事 を 乱 暴 に も 3 日 間 で。 分程度の戯曲 を書いて事前に提出しその俳優を連れての参 in を学ぶ機会がとても少なくて、我流で進んで 横手くらのまち増田実行委員会 in in 壁にぶつかって動けなくなるようなことがし 201 年 月 日~ 日 会場:横手市増田ふれあいプラザ 佐藤多三郎家蔵座敷 日の丸醸造株式会社蔵座敷 講師:小林七緒 畑澤聖悟 和田喜夫 村井健 流山児祥 横内謙介 担当:高橋純 加藤正志 富橋信孝/企画制作:一般社団法人日本演出者協会/企画運営:演劇大学 主催:文化庁 一般社団法人日本演出者協会/共催:秋田県演劇団体連盟 後援:秋田県 秋田県教育委員会 秋田県高校演劇協議会 横手市 横手市教育委員会 13 25 て行われた畑澤聖悟さんの2つの実技は圧巻 9 中にあって、県南のすべての演劇部が参加し 1 風雲録」のいずれでも、若い演劇人と元気な 女性が印象に残った。 結果として、予定した7講座と、吹雪のた ととなった。 め中止した蔵のツアーを除く4つのイベント 横手く ふだんは降らない大 雪 が 世 間 を 騒 が せ た こ 日、「 演 劇 大 学 多彩なメニューは盛況のうちに幕を降ろすこ 月 の一人芝居「ウエルカム上演」で幕を開けた。 を数えた。 豪雪で知られた秋田 県 横 手 で 、 真 冬 に 事 を 構える覚悟はしたつも り だ っ た 。 そ れ を あ ざ 吹雪という横手式の歓迎に驚かれたことだろ 日夜半から降り続いた雪 欲ばってお願いした、和田理事長をはじめ はやがて災害レベルと な り 、 市 内 に 乗 り 入 れ 笑うかのように、 る 電 車 は 運 休。 高 速 の 出 口 は 閉 鎖 に な っ た 。 うが、どうにかオクラにならずに開催できた のおかげと感謝したい。 のも、事務局はじめ関係の皆さんのお力添え 短期間の降雪量では、 こ の 雪 国 に し て 観 測 史 上初というありさまだ っ た 。 10 in を無事実施することができ、3日間にわたる 2 0 1 3年 in 4 in in 雪になったことをご存 知 だ ろ う か 。 15 12 の冬、ふだんも降って る 雪 国 で は 、 も っ と 大 13 らのまち増田」は、蔵座敷で演じられた二本 冬のかまくらまつりとやきそばが知られた 13 11 7 3 この雪に最も強かっ た の は 高 校 生 諸 君 で あ 3 12 D12 / NIHON ENSHUTSUSHA KYOKAI / 一般社団法人 日本演出者協会 / 2014.5 大阪 本語だけで考え話し創作し上演するのではな 演劇大学 金沢 ちが、己のさらなる“実力養成”を望んでい にあって持続的に演劇活動を行っている者た 2013年 月 日~ 日 会場:金沢歌劇座 講師:山口茜 林英樹 和田喜夫 村井健 広田淳一 清水きよし 末永直美/担当:岡井直道 企画制作:演劇大学 金沢実行委員会 一般社団法人日本演出者協会 主催:文化庁 一般社団法人日本演出者協会 後援:公益財団法人金沢芸術創造財団 石川県ロシア協会 かなざわ演劇人協会 文化庁委託事業「平成 年度次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」 2013年初冬、 金沢で第1回「演劇大学」 が開催された! 延べ参加者157人。 「 舞 台 で し か 出 せ な い 表 現。 社 会 に 対 す る 鋭 もっと知りたい」 「演劇専門家の実践的レッ 学 へ の 取 り 組 み は、 さ ら に「 演 劇 に つ い て クショップを続けてきている。今回の演劇大 は 参加者とともに創りだしていった。最終日に アーのテクストを軸にそのバリエーションを 分程度の成果発表を見た。 「パントマイ D 演劇大学 個人史と共に い」演劇とは生きる証。社会に向き合う自分。 2013年 月~2014年 月 会場:梅田カルチャー 4Fホール 講師:河東けい 堀江ひろゆき 菊川徳之助 あごうさとし 笠井友仁 田中孝弥 福本年雄 杉山準 相内唯史 宮田慶子 和田喜夫 栗山民也 担当:田中孝弥 企画制作:一般社団法人日本演出者協会関西ブロック/企画運営:一般社団法人日本演出者協会関西ブロック 主催:文化庁 一般社団法人日本演出者協会 文化庁委託事業「平成 年度次代の文化を創造する新進芸術家育成事業 」 演劇との出会 チ フ レ ー ズ は、「 創 る は 本 物 の 力 で す!」 と るということなのだろう。演劇大学のキャッ 用可能という極めてまれな条件で開設された し、演劇をすることが“本物の力=実力”を 時間使 放区/表現者の実験室 こともあり、この地での演劇活動は、かなり 問われるようなものでありたい! と明記し 年前に「金沢市民芸術村」が、 る活動を聴 イ ン グ フ ィ ー ル ド 開 設。 創 造 者 へ 無 限 の 愛 活発な状態が続いているといってよい。 「芸 き、 演 劇 の 多 「もっとやんちゃであってほしい」杉山準は B( 広 田 淳 一 ) 、 C( 林 英 樹 ) の 三 講 座 実 施 た。内容は「演戯実習講座」を、A(山口茜) 、 い批評性」必要。今「身体」も。相内唯史は スンにもっと参加したい」という地元演劇人 密室的あそび場」ウ 様 性、 価 値 や 術村」では、毎年市民から選出されたディレ 2000年、日本屈指のアグレッシブな劇場 (敬称略) 東けいは戦後 インデ ィペンデントシアタ ー開設。 『最強の ・ロー の 空 白 期、 演 期■河 劇で得た生き の“意欲”のあらわれである。それは、地域 浪、演劇の世界に入って以降、能楽、複数回 演出家・俳優養成セミナー2013 (報告=岡井直道 演劇大学 金沢実行委員会) 「全員シンポジウム」と「交流会」を開いた。 てよく、継続を望む声が多かった。最終日に 「演劇史」なるものに触れる機会は皆無といっ 劇と日本の近代演劇史を講義した。金沢では は2日間にわたり映像を使いながらロシア演 ケーションを実現した。「教養講座」(村井健) 生を対象に2日間、互いに触れ合うコミニュ 「こども演劇体験講座」 (末永直美)は、小学 先の時代を生きる参加者を大いに刺激した。 リ ア の ア ボ リ ジ ニ ー の 演 劇 を 軸 に、 効 率 優 したが、単なる朗読講義ではなくオーストラ ウィークデイの日中に参加できる人を対象に 要 望 が あ っ た。 「朗読講座」 ( 和 田 喜 夫 ) は、 鮮で好評であり次回も継続して欲しいという 来ない分野であり希望も多く、その内容は新 ム」(清水きよし)は、北陸の地で滅多に出 30 ■第 る力と社会批 トー。 座を出発点とするプロ演出家への道のりを開 のヨーロッパ観劇滞在の経験、井上ひさし戯 した。それぞれ4日間、自筆作品と クターが、さまざまな講師を招いて演劇ワー 24 1996年ア トリエ劇研開 設。 「創作にかけ 月「 解 ■第 14 る熱意、センス、社会への意識」 を視点に育成。 期 ■ 福 本 年 雄 は 1 9 9 2年 いと現在に至 17 25 in 一人芝居フェス「 INDEPENDENT 」 』企画。 「面白い劇場に、面白い作品は集まる」がモッ 評 の 目。 堀 江 ひろゆきは労 期■宮田慶子は東京演出家事情。青年 示。新国立での活動も。和田喜夫はアボリジ ■第 問題を批評的 ニの演劇が契機。社会的マイノリティに目を 働問題や社会 に 演 劇 化。 菊 の論理やシステム、社会構造へ異議申し立て ら複製技術の演劇思考 。 デ ジ タ ル 技 術 や 特 殊 曲の探求を通し「今そこにある演劇」が普遍 としての演劇。栗山民也は青年期のインド放 メ イ ク。 俳 優 1 人、 出 演 者 な し の 新 形 式 を 。 的力を持つという確信を語る。 期■あごうさと し は ベ ン ヤ ミ ン の 論 か 活発な演劇事情わかる 。 笠井友仁は個人的つな が り で 「 同 時 代 の 海 外 演出家・俳優養成セミナー2013 (報告=木嶋茂雄 一般社団法人日本演出者協会関西ブロック) 新しい価値観やモノの考え方に出会う所」「日 国境を越えた活動。田中孝弥は「劇場は特別。 戯曲」紹介。地域間ロ ー カ ル ネ ッ ト ワ ー ク で ■第 11 意 義 を 考 察。 3 in in 1 ・ 3 4 11 18 in 川徳之助は俳優、演出 家 、 評 論 家 、 演 劇 教 授 1 向け。「常識」「当たり前」疑う。マジョリティ 25 の活動から演劇への意 思 を 。 か つ て の 関 西 の 10 2 国際演劇交流セミナー2013 (報告=丸知亜矢) ロシア特集Ⅱ 今、ロシアで最も注目される演出者 セルゲイ・ジェノヴァチによるワークショップ 国際演劇交流セミナー2013 (報告=佐々木治己) インド特集 インド演劇が知りたい 201 年 月 日~ 日 会場:プロトシアター(WS)、芸能花伝舎 (シンポジウム) 講師:ラヴィジタ・ゴゴイ /シンポジウムパネラー 、大橋宏、村山和之、花崎攝 /通訳:岩崎雄大 金恵玲(キム・ヘリョン) Hong SeungYi 担当者:佐々木治己 大橋宏 川口典成 主催:文化庁 一般社団法人日本演出者協会 /協力:アジア・ミーツ・アジア 運命を一変させる「事件 現代演劇が、演劇自体の意味性を失いかけ 吸法のエクササイズが毎日行われ た。また、 を見出し、アントナン・アルトー、グロトフ レクチャーでは、インドの演劇の歴史が語 現在ロシア演劇界に 変遷、また、多言語多文化の中における演劇 られ、古典演劇の成立から、独立後の演劇の 映像によって、ラサがどのように使用されて スキからピーター・ブルックまで、現代演劇 た と き に ア ジ ア の 古 典 芸 能 を 発 見 し た、 と て い る。 分 析 す る 際 に 大 を牽引してきた演出家たちがアジア演劇の古 (出来事) 」によって成り 切なことは、人物の「行 典を参照してきたのは周知の事実である。 於いて最も注目されて 氏 を 招 き、 ド ス ト エ フ 動 」 と「 事 件 」 を 捉 え る うに示されるかが提示された。 ス キ ー 作「 カ ラ マ ー ゾ こ と。 特 に 演 出 家 に と っ の役割とその課題が語られた。 日間に渡 て「 事 件 」 が 何 で あ る の う。紀元前200年に書かれたとされる、演 降、 イ ン ド 古 典 演 劇 が 参 照 さ れ て い る と い キ ス タ ン、 韓 国、 フ ィ リ ピ ン な ど で 活 動 す ンポジウムでは、レクチャーを踏まえて、パ を 題 材 に、 り作品についての理解 掛かりになる。単に言葉 かを知ることが演出の手 年代以 「 ア ジ ア 演 劇 の 抵 抗 と 希 望 」 と 題 さ れ た シ 下げ等の講義を交えな 5 力、 役 柄 に 関 す る 掘 り インドの現代演劇においても、 フの兄弟」のテキスト いるのかを見ることで、実際にラサがどのよ 2013年 月 日~ 日 会場:名古屋市青少年文化センター(アートピア) 講師:セルゲイ・ジェノヴァチ /通訳:山崎タチアナ、スベタラーナ・ミハイロワ、丸知亜矢 担当者:菊本健郎、本島勲、木村繁、神谷尚吾、杉山剛志、丸知亜矢 主催:文化庁 一般社団法人日本演出者協会 /共催: (公益財団法人)名古屋市文化振興事業団(名古屋市青少年文化センター) !! 言っても言い過ぎではないだろう。ブレヒト 29 が梅蘭芳との出会いの中で異化効果のヒント 3 立っており、その「事件」 24 には大勢の人間が関わっ 4 ル ゲ イ・ ジ ェ ノ ヴ ァ チ 17 い る 演 出 家 の 1 人、 セ 13 ていくプロセスを体験 が ら、 小 説 を 戯 曲 化 し いよう注意することが大 の分析になってしまわな 沸き起こる「感情」ではなく、観客に沸き起 おり、中でも「感情」とは、俳優の内面から 度や、演技法などについての言及がなされて 劇典範ナティア・シャーストラには、劇場制 ア 演 劇 を、 「 ご っ た 煮 」 の 多 様 性 と し て、 排 り、一口では言い表わすことが出来ないアジ ア演劇の多様性と共通性が語られることにな る演劇人、研究者による各国の様相と、アジ 除することなく、それでいて礼賛するのでも 日目は に分析した「カラマーゾフの兄弟」より、エ こる「感情」とされ、 一般的には、9つの「感 ~ ジェノヴァチ氏は第 一 線 で 活 躍 す る 優 れ た チュードを各自発表。ジェノヴァチ氏のアド なく、演劇の可能性として提示された。 切。以上の点を踏まえ、 演出家であるばかりで な く 、 ロ シ ア 国 立 演 劇 情」が主になっているという。愛、平穏、驚 るものであるだけでなく、観客に喚起させる き、楽しみ、幸福、勇気、哀愁、怒り、嫌悪 べき「感情」として示されている。その感情 バイスの後、再度分析し発表することにより、 いくことができた。色々話し合い考えるより をラサと呼ぶ。 感は、劇全体のテーマや、登場人物を構成す ら参加者が集まり、非 常 に 刺 激 の あ る ワ ー ク 多くの発見や鍵を見つける場合が多い。演出 も、先ずは 実際に試してみることによって、 ~ 日目は、スタニス 家は「事件」が起これば空間も変化するとい ワークショップの ラフスキーを中心に、 ブ レ ヒ ト 、 メ イ エ ル ホ ロールしバランスをとっていくのかというこ に表現するための「感情」を、いかにコント 俳優の内面から起こる感情ではなく、技術的 とても興味深く、中堅と若手が積極的に協力 動分析のメソード」を用いた作品分析。ドス ジェノヴァチ氏のエネルギッシュな指導は 感情を表現する上で、最も重要だとされる呼 とが、講師であるゴゴイ女史から提示され、 トエフスキーやチェー ホ フ の 作 品 は テ ー ブ ル 日間であった。 し合えた有意義な 要。ドストエフスキー の 作 品 は 会 話 と 人 々 の 稽古に時間をかけ、作 品 を 解 釈 す る こ と が 重 3 今回のワークショップでは、ラサを中心に、 ショップとなった。 演出家はイメージと構成力を、俳優は役の掘 した。 日目 80 り下げ、与えられた状況の把握を明確にして 3 高く、名古屋開催にも か か わ ら ず 全 国 各 地 か 5 大学( GITIS ) の 演 出 学 部 教 授 と し て、 演 出 家および俳優を育てる 指 導 者 と し て も 評 価 が 4 うことを忘れてはいけない。 2 リドなどの演劇についての講義。 日目は「行 1 5 12 11 D12 / NIHON ENSHUTSUSHA KYOKAI / 一般社団法人 日本演出者協会 / 2014.5 2014年1月 ~ 日 劇団未来ワークスタジオ 「歌舞伎旅景色~鶴屋南北編」 村山知義を再発見する。 鶴屋南北作『桜姫東文 章 』 演 出 = 笠 井 友 仁 ア ド バ イ ザ ー = 林 公 子 村山知義作『スカート を は い た ネ ロ 』 演 出 = 林 慎 一 郎 ア ド バ イ ザ ー = 正 木 善 勝 2014年2月 ~ 日 損保ビルジャパン人形劇場ひまわりホール プロレタリア演劇特集 芝居を武器に権力と戦った劇作家たち 基調講演「プロレタリア演劇の位相」 ふじたあさや 1「この地域のプロレタリア演劇を検証する」 企画:はせひろいち 2「今、プロレタリア演劇は有効か?」 企画:齊藤敏明 2014年3月 ~ 日 「劇」小劇場 森本薫を読む! 「森本薫における『恋愛』とその現在性 」 「日本近代演劇における森本薫 」 パネラー:高石宏輔(カリスマナンパ師/カウンセラー) 『薔薇』『記念』演出=矢野靖人/『生れた土地』演出=須藤黄英 パネラー:大笹吉雄(演劇評論家) 栗木英章氏をゲストに迎え、ご自 乱し、また、時に時代の価値観に 人の象徴である「恋愛」は、旧態 依然とした規範的価値を時に掻き け、そして、「恋愛」を描いた。「恋 身の体験や先輩たちの活動の歴史 について語っていただくととも に、リーディング作品の演出を担 当した協会員たちとの討議を行い ました。 のか」という問いは、たびたび提 起されており、一般的には明治か 本の近代戯曲研修セミナー 海地区では数えて 5回目の シンポジウム2では、前日の内 容を受け、今後の展望とこの企画 全体の総括を行いました。無論簡 ら終戦までとするのが常套だと思 平澤計七作『工場法』演出=久保田明 秋田雨雀作『骸骨の舞跳』演出=油田晃 三好十郎作『おさの音』演出=なかとしお 開 催 と な る 今 回 は、 テ ー マ に沿った作品の研修、リーディン グ上演を中心とし、基調講演と2 日間にわたるシンポジウムを行い ました。3日間で延べ 名の一般 単に結論の出ることではありませ んが、功罪ともに私達のこれから 日 観 客 と 名 の 協 会 員、 計 1 1 9 名の参加者を動員、充実した内容 となりました。これまでどちらか の演劇活動にとって大切な課題を 東 ラ ー: 井 上 理 恵、 正 木 喜 勝 ) が 行 わ れ た。 『桜姫東文章』を演出 した笠井は江戸時代に書かれた同 作品を、解説を交えながら要点を 絞って朗読し、歌舞伎が持ってい と言えば、作品のリーディング発 表会の印象が強く、テーマの検証 わ れ る が、 近 代 戯 曲 に お い て は、 従属し翼賛すると言えるかもしれ 検閲の是非を一つの基準として考 ない。 え る と い う 意 見 が あ る。 今 年 度、 今回の研修では、書かれた時代 東海ブロックの近代演劇研修セミ が 違 う ラ ジ オ ド ラ マ 本「 薔 薇 」 愛」とは、北村透谷を発祥とする 言葉だと言われ、近代文学におい ては個人と社会の衝突の象徴とし て も 用 い ら れ る。 し か し、 「個人 の恋愛」が「家族共同体」を形成 る物語性と時代背景を参加者に非 常にわかり易く伝えた。 そして 『ス カートをはいたネロ』を演出した という点にはやや欠けていた感が 「記念」「生れた土地」を取り上げ ることで、森本の戯曲がどのよう な変遷にあるかを、歴史背景と重 ねながら浮き彫りにすることを目 ム「 歌 舞 伎 旅 景 色 ~ 鶴 屋 南 北 編 」 ( 司 会: 笠 井 友 仁 / パ ネ ラ ー: 陸 奥賢) 、 月 日の終演後にシン ポ ジ ウ ム「 『村山知義』を再発見 東京第 回では、森本薫 をとりあげた。数ある重要な作家 の な か か ら 誰 を と り あ げ る の か、 毎度企画委員が集まりミーティン グを重ねているが、劇作家選定以 林はカメラを舞台に持ち込み、舞 台 上 の 人 形 と ダ ン サ ー を 撮 影 し、 持っている点について確認出来ま した。リーディングに俳優として 参加した若い演劇人は「このセミ ナーに参加しなければ知ることの ナーはプロレタリア演劇をとりあ げ、チラシには「検閲済」という 文字があったことも問題共有され ている証左と思える。 的とした。矢野による演出作( 「薔 薇」「記念」)は、時代性を剥ぎ取 も 及 び、 分 り 易 く 関 心 が 持 て た、 と好評でした。リーディング作品 は成立過程を追って 作品を発 表しましたが、作り手にとっても 観客にとっても、ややもすればプ ロバガンダのみをイメージされが ちな戯曲のドラマとしての価値の 高さと優れた技法を再確認しまし た。 シンポジウム1では、この地域 で長年自らも大企業の労働者とし て働きながら、劇作、演出、俳優 東海(報告:菊本健郎) として活動を続けていらっしゃる 日本の近代戯曲研修セミナー in 日本の近代戯曲研修セミナー 東京(報告:川口典成) い。 を問う研修セミナーとしてどのよ うな形が相応しいのか、今後もや り方を模索していきたい。ぜひ多 くの協会員に参加してもらいた とその日の研修課題をチラシに明 記した。演劇を通して近代の意味 (リーディング発表への準備期間) ことを指し示していよう。 ま た、 今 回 の 研 修 で は 研 修 日 の空気を感じさせた。森本薫戯曲 の今後の上演可能性が多様である 戯曲を丹念に再現することで時代 による演出作(「生れた土地」)は 3 43 日( 日 ) に 劇 団 未 来 ワ ー ク ス タ ジ オ( 大 阪 市 城 東 区 ) に て、 鶴屋南北作『桜姫東文章』と村山 知 義 作『 ス カ ー ト を は い た ネ ロ 』 の朗読とシンポジウムが開催され た。 『桜姫東文章』の朗読の演出は 笠井友仁、出演は斧ようこ、佐田 スクリーンに映し出すことで「人 あったのですが、今回は特に「プ ロレタリア演劇」について考える ためのシンポジウムに力点を置 き、一般参加者との質疑応答も含 ない作品と出会え、その成立過程 等もある程度理解できた。今後の 活動にとって大きなプラスだっ た」と感想を話してくれました。 今回セミナーで取りあげた森本 薫の活躍した時期は十五年戦争の 大阪(報告:笠井友仁) in 40 す る 物 語 へ と 移 行 す る と き、 「恋 愛」の様相は、批判・抵抗から従属・ 翼賛へと変容していく。近代的個 美菜、杉江美生、高安美帆、森田 祐利栄、米沢千草。 め、テーマにかなり突っ込んだ時 間が持てた、と自負しています。 全体の幕開けとして開催され た、ふじたあさや氏の基調講演で ただ残念な事は、折からの大雪 のせいもあって、一般参加者が当 日本の近代戯曲研修セミナー in 外にも数々のトピックが毎回挙 がってくる。中でも「近代戯曲は 時代としてはいつを区切りとする 読の演出は林慎一郎(極東退屈道 形劇」として書かれた同作品の魅 場) 、 出演は生田朗子、 あらいらあ、 力を引き出していた。 後藤七重、原和代。 また両日とも会場に大勢の観客 月 日の終演後にシンポジウ が訪れ、「日本の近代戯曲セミナー 『スカートをはいたネロ』の朗 大 阪 2 0 1 4」 は 関 西 の 観 客 に日本演劇の地層の厚みを十二分 に感じさせてくれた。 は、プロレタリア演劇という概念 そのものについての考察をはじ り抽象化することで、戯曲の構造 の普遍性を露わにし、一方、須藤 す る。 」 ( 司 会: 林 慎 一 郎 / パ ネ 11 時期とぴったりと重なる。つまり 森本は検閲のなか戯曲を書き続 月 日(土) 、 10 初の企画の %程度と少なかった ことです。情報宣伝も含め、今後 014年 16 め、その歴史と課題について 分 幅広く語っていただきました。話 2 14 の開催への課題を残しました。 26 in 13 26 25 はスタニスラフスキーシステムに 26 10 25 1 90 in 25 1 76 3 1 あなたの考える 演出の役割とは? な説明をしたことがあります。『演出家にはふたつの 役割があり、ひとつは初日の観客として稽古場に存 在すること。要するに、観客の反応を予想し演技者 に本番では観客はこうなるだろうという指針を示す。 ふたつ目は、創造者として、劇的構造を作り出す役 割です。この相反するふたつの役割を果たさなけれ く聞きます。 誤解じゃないかな。 なければ作れ、という言葉をよ やすくなるようできるだけ簡潔 世界に、人間に、劇的構造はす る。演出という1人の人間が思 でにある、と私は思う。だって いつく個性など、たかが知れて 世界も人間も、矛盾の塊ですか 代 本の行間や役者の呼吸からにじ 北海道 み出ているものを自分なりに感 ら。 ど う 見 れ ば、 ど う 触 れ ば、 田中春彦 じ取りそれを舞台で表現するこ の観客の心に届くだろうか。そ それが浮かび出て、未知不特定 に も ( しくはわざと煩雑に し ) てそのバランスをとること、脚 一感のない人々が生きている時 舞台は、統一された世界で統 と……等です。良い脚本であれ いるからだ。 が面白い。このバランスを保つ ば奇を衒わずともシンプルに表 (紹介者/清水友陽、篠﨑光正) は、作品ごとの世界を「規定す のが、演出の役割と考える。 演出のもっとも大きな仕事 る」ことだ。 「 規 定 す る 」 と は 何 か。 演 出 本でも役者の熱演と演出の面白 て声が出てこなければ、芝居は ています。役者の心と体が動い 私は「待ちの福田」といわれ の仕事です。 さでなんとかできるのではない れが作家を含む私たちスタッフ か……と考えながら日々演劇に ……逆を言えば少々穴のある脚 東北〈岩手〉 現するだけで面白い舞台になる 稲邊弘康 始まらない。そのためには《待 と役者の関係から考えてみる。 世界を創るのは演出以外の人々 打ち込む毎日を送っています。 をイメージするが、実際にその だ。そして役者は、演出のイメー (紹介者/渡部ギュウ) 演出は、自分の創りたい世界 代 ジした世界を生きることで世界 助線》と呼んでいるヒントは出 つ》。ただ待つんじゃない。 《補 他の方も散々言われているこ す。それが動きの指定であるこ を創る一端を担う。 ダメな舞台は、登場人物が舞 とであろうと思いますが、舞台 創り手に「伝える」ことで世界 だから演出は、言葉を尽くして と 常 々 感 じ て い る と こ ろ で す。 くという流れが共通しているな け足して、役者 = ( 奏者 を )用 いて観客の前で具現化させてい はいつも楽しい。 た。若い同業者と交流を持つの バトンを受け、びっくりしまし スズキ拓朗さんからリレーの ですから。 も、未知の未来に踏み出す冒険 な く …… 表 現 と は い つ の 場 合 すには、意外性を持った補助線 役者を刺激して中身から動か あることも。 とも、言葉の繋ぎ替えの試案で 台上という同じ空間にいながら 関東〈東京〉 る こ と に 似 て い る と 思 い ま す。 を演出することは音楽を指揮す 代 つまり世界が規定されていな 福田善之 を規定しなければいけない。 自分が演出を行う際の演出の役 でも、多くの人から影響を受け (紹介者/スズキ拓朗) ればいけない。演出は、登場人 ここでひとつ、気を付けなけ 割 と ( いうか気を付けているこ と は ) 、脚本に書かれているも のを舞台で表現するための手段 てきました。例えば作曲家の林 脚本 = ( 楽譜 を ) 読み込んで書 いてあることに従いあるいは付 その生き方までを規定してはな と目的を考えること、役者それ 光さん。 が有効、それを押しつけるので らない。なぜなら、実際にその ぞれ何ができるかを見極めるこ 「 演 出 の 役 割 」 に つ い て、 篠 私の演出者としての師は岡 ―― 倉 士 朗 さ ん と、 千 田 是 也 さ ん。 世界で生きるのは、演出ではな ととそれを役者自身にも考えさ 﨑光正さんの伝える千田さんの 次 の 二 つ で す。( 私 自 身、 俳 優 私が考える演出者の仕事は 物 が そ の 世 界 で ど う 生 き る か、 く人物を演じる役者だからだ。 せること、役者を追い込みつつ 言 葉 か ら、 「劇的構造を作り出 代 紹 ( 介者/青木由里 井口時次郎 中部北信越〈石川〉 演出が生き方までを規定する も 手 助 け す る こ と、 舞 台 で 起 それが ―― ) と、とたんに登場人物は個性を す」ことについて。 ジする世界がうまく伝わってい い。これは、役者に演出のイメー バ ラ バ ラ の 世 界 を 生 き て い る。 20 こっていることが観客の理解し ないからだ。 80 14 20 失う。少なくとも個性が薄くな 40 アンケート【演出者の仕事】 かつて新劇の父といわれた千田是也氏は、生前こん ばならない。』(編集部) D12 / NIHON ENSHUTSUSHA KYOKAI / 一般社団法人 日本演出者協会 / 2014.5 俳優・スタッフに示す こ と 。 プとして「何を観せる の か 」 を と。そのための具体的 な ス テ ッ 世界観をお客さんに提 示 す る こ ・脚本を通して自分の人間観や ……) 優に片寄っている気も し ま す が からスタートしたので 、 や や 俳 が阻害しているものを排除する という挑戦であった。額縁舞台 て、その心をどうたらし込むか の場の出来事の目撃者に仕立 物をいかに溶融させ、観客をそ 現実空間と乾いた虚構の登場人 であろう人の臭いの染みついた 上演を試みていた。そこにいた ている。以前、古民家空間での 最終的には自分で却下してしま となっているので、 有り得ない、 てください。戯曲の曲解が基盤 ニンゲンに対する視線と解釈し 思想というのは演出者の社会や せて曲解してみるのです。この いは無理矢理自身の思想に添わ 勘違いをしてみるんです。ある 曲の(意図的な)誤読というか 観客……要は関わった全ての人 は、 役 者 や ス タ ッ フ、 関 係 者、 任」は強く感じています。それ 直よく分かんないんですが、「責 今、役割とか言われると、正 した。 ホント嫌な役目だと思っていま げ く 面 白 く な い と 責 め ら れ る、 れない、ファンもできない、あ 作品のイメージというものが出 踏 ま え て 書 き 直 す。 か く し て、 れいいね、と思ったら、それを とか、とまた質問してくる。そ 妄想を膨らませて、こういうこ て書いてるわけじゃないから と き は、「 作 家 は 全 て を 分 か っ ダメだしが入る。答えられない 演技をしますが、私は 俳 優 に 対 こと。俳優はお客さん に 対 し て ものに変化した。いずれにせよ、 り、演出行為が新鮮で刺激的な と演出の立ち位置が流動的にな ですが戯曲世界を自分の思い通 て、稽古場は大混乱です。乱暴 うことマチガイなしの提案をし せ か け の 日 常( 或 い は 非 日 常 ) ざわざ拝借して、舞台という見 の日常を生きる時間の一部をわ メージ共有がはかられる。また で、稽古場では演出と役者のイ 来上がる。それを追いかける形 ……」と逃げる。そこで木村は ・ 俳 優 を 刺 激 す る こ と。 励 ま す して演技をしているよ う な 気 が 台詞が削られたりする。そんな そ こ で 脚 本 の 直 し が 入 っ た り、 わけで、決定稿の時点で、作家・ 任であり、そんなことを「わざ 演出家・役者のイメージがかな をわざわざ創り出すことへの責 わざやる意味や理由を伝え、み り乗っかったものになってい り櫂を漕がせて、現場で取捨選 んなを納得させること」が役割 択をしながら初日に向けて船を 進 め る と い う こ と で し ょ う か。 かなあと思います。 者の表現する言葉と動きを観客 の心にどうのせて、どう裏切る が演出という新たな創造の過程 わがままな船長さん。その回路 古場のイメージを持ってスタッ る。これを持って、 木村はスタッ フ 打 合 せ に 行 く。 と い う の が、 フとの打合せに行く。この、稽 に続けている感じです。嫌な役 うちの場合は非常に大きな演出 が一番納得できなくて、懲りず 目 と は 思 い ま せ ん が、 偉 い 人 で、毎回演出する度、僕自身 という感覚もないので、みんな の役割ではないかと思う。 ではないかと。でも、 テキスト・ 鉄則です。 中国・四国〈広島〉 出は演劇をやる上で一番偉い人 高校の時、 演劇部の先輩が 「演 (紹介者/岩井眞實) き、 木 村 佳 南 子 が 演 出 を す る、 うちの劇団は、僕が脚本を書 協 会 誌『 D 』 の 編 集 は、 協 会 事 業 の 急 増 に よ り、 取 材 が 追 い 付 か な い 状 況 で す。 そ こ で、 広 報 部 で は、 や る 気 が あ り、 広 報 に 興 味 の あ る 方 を 募 集 し ま す。 ぜ ひ、 広 報 部 ま で お 問 い合わせください。 広報部員 募集中 もっと僕を褒めてほしいです。 レジーはしないというのが私の のが演出者の特権だと思ってい る。 かという心理ゲームを楽しめる 役者と観客の心を渡り歩き、役 代 します。 前川達次郎 代 代 脳内劇場っていうんですか、上 だよ」と言っていたので、自分 30 15 東海〈名古屋〉 (紹介者/本島勲) 関西〈京都〉 観客目線での演出は 絶 え ず 意 識している。観客が役 者 に 正 対 キタモトマサヤ (紹介者/棚瀬美幸) して眺めるという半ば 固 定 さ れ た 観 劇 構 造 の 中 で は、 役 者 の 武田宜裕 る。役者にとって絶対 に 認 識 で 演するんです。それを舞台で実 が演出する時は、ひたすら偉そ 九州地区〈福岡〉 きないのは、自分が客 側 か ら ど 際にカタチにできればよいなあ うに振る舞っていました。大学 (紹介者/玉井江吏香) う見えているかだろう 。 役 者 が 使う得意技というのがありまし と考えるわけです。そのために という形をとっている。脚本を かきたてます。アタマのなかの 自身の生理感覚で演じ て も 意 図 の演劇サークルでは、役者ばか 読んだ時点で、木村から質問や ただただ戯曲を読んで妄想を した通りには伝わらな い こ と が て、まあ決して必殺技にならな りチヤホヤされて誰も褒めてく 代 ある。演出が主に客席 側 か ら 演 いことが多いですけれども。戯 田坂哲郎 出する理由はそこにあ る と 考 え 成立しているか、つま り 、 意 図 表現一瞬一瞬が一枚の 絵 と し て 50 した通り伝わるかを考 慮 し て い 30 50 宮城 ― 宮城 県 澤野正樹 「アウフヘーベンはいつか 」 各 福島 活 ― 動 香川県 岡田敬弘 「香川県の演劇について」 香川 域 福島県 佐藤茂紀 地 ― 「福島からの報告」 アート分野に関して今後もこの流れ 通 福岡 ― 「公演会場について」 信 福岡県 五味伸之 長崎 ― 月 日 長崎県 つだけいこ 「長崎スタイルにこだわって」 日にかけて 例 年 演 劇 祭 終 了 後、 次 年 度 の 日 程 を る催しである。 回 目 を 実 施 し た。 から 「長崎市民演劇祭」は、この ン タ ー で「 く う き プ ロ ジ ェ ク ト 」 と い 毎 月 第 三 土 曜 日 に、 福 岡 市 立 青 年 セ う ア ー ト イ ベ ン ト を 行 っ て い ま す。 演 会 ) 共 催 で 始 ま っ た、 年 一 回 の 歴 史 あ 参 加 劇 団 は 団 体 ―― 戦後まもなく市 と 市 内 ア マ チ ュ ア 劇 団( 長 崎 市 演 劇 協 元々香川県は芸術に関してカル す で に 3 年 ……。 そ れ ぞ れ の 思 い が そ そ ん な 中、 瀬 戸 内 国 際 芸 術 祭 の 開 催 劇、音楽、アート、料理、フリマ、占い、 だ が、 自 ら の 日 常 を 表 現 し て 行 く こ チャーを育てる土壌弱い県です。 震 災 後、 津 波 の 被 害 が あ っ た 地 域 や れ ぞ れ の 演 劇 を 作 る。 そ れ は 願 望 で も、 も あ り、 ア ー ト 分 野 全 般 に お い て 県 外 など様々なジャンルを一日で同時に楽 避難所でのワークショップなど緊急を 義 務 で も、 意 欲 で す ら も な い。 た だ、 からプロの作品を観る機会が増えたよ あ れ か ら 3 年、 も う 3 年、 ま だ 3 年、 要する非日常の活動に奔走する期間が 駆 り 立 て ら れ る よ う に、 衝 動 に 突 き 動 し め る イ ベ ン ト と し て、 2 0 0 3 年 よ 今、宮城県の演劇人は忙 し い 。 あ り、 そ の 際 の 活 動 は 評 価 を 受 け た も うに思います。 い る も の も あ り、 そ こ か ら 新 し い 団 体 、 月か げ て き た。 長 い 歴 史 の 中 で 関 係 者 一 同 ら参加希望団体が実行委員会を立ち上 月 ま で 公 募 し、 普 段、 受 験 生 等 が 勉 強 場 所 と し て 使 試 行 錯 誤 を 続 け、 灯 を 絶 や さ ず 燃 し て 月から 演劇も乗せていく必要があると私は考 用 し て い る 部 屋 を「 ワ ン コ イ ン 実 験 シ 決め いたい事実と常に向き合うことを求め え ま す。 そ の 為 に も、 こ れ ま で 以 上 に えた。 ら れ る か ら だ。 そ し て そ れ は 痛 み と 葛 きた熱意の賜物と自負している。 ……バラエティにとんだ作品群が並び、 春物・恋愛物・チャンバラ・ミステリー ア タ ー」 と し て、 そ の 日 限 り の 劇 場 を 四国学院大学には演劇専攻コースが “舞台作品の実験性”を重視した演目を 人と人との繋がりを大切にしていかな 日が来るといいね。」いつしかそれが合 「いつか本当に作りたいものを作れる できて3年が経ちます。 「未来の演劇人 県 外 の 劇 団 や、 韓 国 の 劇 団 に も 使 用 で、 祭 り 好 き の 長 崎 ら し い 催 し と し て た。 各 劇 団 の 自 主 公 演 と 違 っ て 賑 や か 観客に楽しんでもらうことに努めてき の 演 劇 活 動 の 情 報 を 共 有 し、 情 宣 活 動 昭 一 郎 ) が 加 盟 し、 県 内 の 劇 団・ 個 人 が 誕 生 し た。 県 内 昨年「長崎県演劇人協議会( 定着している。 し て も ら い、 福 岡 の 若 手 劇 団 が こ こ の もその一人である。 福 岡 に は 劇 場 が 少 な い。 1 0 0 人 単 3 0 0 人 以 上 の 劇 場 の み で あ る。 こ の ま た 制 作・ 殺 陣・ 落 語 な ど ゲ ス ト の 人 数 は、 福 岡 の 観 劇 人 口 か ら す る と 少 人でギュウギュウの劇場も のサポートを行っている。 過去は し多い。というのが実状です。 位の劇場が1、2個程度。そしてあとは、 ) 」 NECO 団 体( 代 表・ 村 木 劇 場 で 旗 揚 げ 公 演 を 行 っ て き た。 筆 者 既 成 の 作 品 有 り オ リ ジ ナ ル 有 り、 青 感 じ る の で、 な ん と か 両 立 さ せ よ う と ら も「 今 」 を 生 き る 私 た ち に は 大 切 に い 言 葉 に な っ た。 そ れ で も 演 劇 を 作 り 行ない続けてきた。 その一方で地元の劇団の数は 回以上公演を打 島の演劇大学で出会った協会員と共に、 技術のレベルアップを計り間口を広げ 力を借りて、ワークショップを開催し、 に成長し脱皮・進化途中である。 長 崎 市 を 中 心 に 県 内 の 演 劇 人 は、 更 る取り組みに励んでいる。 多 く あ っ た が、 今 は ど こ も 閉 鎖 し て し ライブハウスなどの劇場以外での公演 まった。現在はカフェ、 フリースペース、 今後の地方演劇の新たなスタイルが 劇団 料として、入場料は500円までとし、 し て み る。 二 通 り の 生 き 方 を 実 践 し て 今後卒業生達が演劇とどのように関 じた者達はその宿命を認めたのだ。 程 度 し か な く、 毎 年 年程になりま てているのはそれ以下です。 私は劇団を立ち上げ 団体 を 育 成 す る 」 事 を 柱 と し て い る の で、 福 島 で 演 劇 に 携 わ る 者 達 は「 フ ク シ わっていくか楽しみです。 続 け る こ と、 表 現 し 続 け る こ と を や め 藤を確実に伴う。 が 続 く 事 が 期 待 さ れ ま す。 そ の 流 れ に り 開 催 し、 先 日 つ い に 1 0 0 回 目 を 迎 かされるように思いを劇化させていく。 16 のもあったので今も継続して行われて 3 10 こ し ら え る。 会 場 費、 備 品 貸 出 料 を 無 と の 行 程 は 苦 し い。 そ れ は 忘 れ て し ま 年 経 つ と、 徐 々 62 ければならないと思いました。 劇 団 が 生 ま れ た り も し た。 新 し い 繋 が りもできた。 …… と、 そ こ か ら 6 9 ら れ な い。 演 劇 の 持 つ 力 と 可 能 性 を 信 に 自 分 た ち の 日 常 も 戻 っ て く る。 ど ち 23 6 いるような感覚がある。忙 し い 。 に、 私 た ち 被 災 地 の 演 劇 人 は 生 き て い そんな非日常と日常が両立した日常 る。 1 時 間 も 車 を 走 ら せ れ ば、 更 地 に マ」にまつわる多くの作品を作ってき た。 確 か に そ の ほ と ん ど は 現 場 か ら の 辿り着くというインフラ的な非日常と 日 常 も あ る。 そ う い う 相 反 す る も の の 緊急報告でありSOS信号であった。 化 の 始 ま り が 拍 車 を か け た の だ。 よ り 多いように思います。 す が、 横 の 繋 が り に 関 心 が 薄 い 劇 団 が 多 く の 共 感 と 共 有 を な し 得 る た め に、 れ か ら 脱 却 し つ つ あ る。 あ の 事 故 の 風 そ し て 3 年、 フ ク シ マ 産 の 演 劇 は そ 間を行き来することで自らの創作活動 を意識的にしていく。 は ど こ ま で も 存 在 す る し、 そ う 見 ら れ 去 年 の 秋 に 香 川・ 広 島・ 高 知 の 東日本大震災を体験したという事実 る こ と も 稀 に あ る だ ろ う し、 ま た 自 分 想 い を し っ か り と 伝 え る た め に、 深 み そ ん な 中、 新 た な 動 き と し て は、 広 たちも舞台に携わる上でそこを意識し で演劇祭を開催することができました。 をしようと動き始めている。 も 増 え て い る。 残 念 な こ と に、 こ の 青 年 セ ン タ ー も、 耐 震 の 問 題 で、 あ と 生まれていく可能性を感じました。 3 10 10 と奥行きを持った真に面白い作品作り ないことはない。 フクシマの演劇は急激に変化をし続 る。 年したら建壊しになる事が決定してい 2 そ れ で も た ま に 考 え た り も す る の だ。 我々の人生は大震災によって確かに変 け る。 宿 命 と 遥 か 先 の 希 望 の 光 を 信 じ れるようになる日は近い。 る 者 達 に「 本 当 に 作 り た い も の 」 が 作 わ っ た。 も し あ の 地 震 が な か っ た ら 。 なんてことを。 30 1 3 16 3 D12 / NIHON ENSHUTSUSHA KYOKAI / 一般社団法人 日本演出者協会 / 2014.5 在外研 修 会 報 名 告 1:演劇大学 金沢(報告:和田喜夫) 2015年度実施助成金について 優秀賞受賞記念公演(報告:和田喜夫) ラ座ではオペラとバレエが上演されたり の財政難対策としてこの劇場を運営して です。そこはアーティ Valle Occupato) スト達によって占拠されていました。国 5:演劇大学 告:大西一郎) 大阪について(報告: 次審査会実施( 月 日)報告 :演劇大学2014年度について(報 会場:協会事務所 ▼2014年4月 日(水) ~ 時 出 席 者: 青 井 陽 治、 岩 崎 正 裕、 鵜 山 仁、 名 瓜生正美、大西一郎、貝山武久、小林七緒、 流山児祥 渡部ギュウ、和田喜夫、 篠本賢一、西沢栄治、松本祐子、 1:日韓交流企画・劇団可変「無惨な 【議題】 メ デ ィ ア の 詩 」( 報 告: 小 林 七 緒、 西 沢栄治) 2:国際交流セミナー「インド特集」(報 3:福岡ブロックよりブロック総会の 告:篠本賢一) 京(報告:青井陽治、篠本賢一) :国際演劇交流セミナー「インド特 ショップもイタリア語と英語で行われて 劇場でのインターナショナル・ワーク 多くの知識人、芸術家が賛同し当初は 史と伝統を誇る劇場です。その救済にと 探す6人の登場人物」を初演するなど歴 秋田、福岡、大阪、愛媛、岩手北上市、 演劇大学は、 か所(東京、金沢、新潟、 採択結果は、2014年 月予定。 集客推進提案 詩」 (報告:和田喜夫) :韓国交流企画「無惨なメディアの 集」について(報告:篠本賢一) い た の で、 参 加 者 の 半 分 は イ タ リ ア 人、 年度戦略的芸術文化創造推進事 半分は外国人という事などもありまし ま し た。 そ の 間 毎 晩、 芝 居 の 上 演 だ け たった当時も勢い衰える事なく続いてい 日間の予定で始まった劇場占拠が数か月 演劇大学 中津川市は、今までの形態 企画。若手演出家コンクールも提出。 同じく、東京2回、名古屋、大阪の4 は、 か国を予定。近代戯曲は今年と 三重津市、山口)を予定。国際セミナー 8:協会誌『D』 号(報告:篠﨑光正) いについて 日韓演劇交流センターの情報の取り扱 東北物産展(担当齊藤) 芸団協の 月 日芸術体験ひろばでの 告:和田喜夫、大西一郎) 6:フェニックス・プロジェクト(報 た。ピアツェンツァという北部の小都市 でなくダンスの公演やライブ、また日中 業要領について にある劇場のワークショップに参加した はワークショップなどが行われていまし 平成 告:和田喜夫) 5:文化庁からの新助成について(報 舞滝子) 決定について(報告:和田喜夫、秋葉 4:2014年度事業の文化庁の内定 報告 「演劇大学 新潟」計画書 :日本の近代戯曲研修セミナー 東 「演劇大学 三重」報告書 告:和田喜夫) 14 台割について 7:文化庁への要望書について(報告: 告:和田喜夫) :芸団協からの依頼について(報告: 和田喜夫) 月 日芸術体験ひろばにフェニック :文化庁への要望書(報告:和田喜夫) 日本劇作家協会、劇団協議会と共同し て、助成金について提言予定。 正裕) 9:大阪の現状について(報告:岩崎 ギュウ) 8:仙台の現状について(報告:渡部 和田喜夫) :東海ブロックの新体制について(報 演劇フェスティバル情報をデータ化 5 :日韓演劇交流セミナー(報告:和 時 は、 イ タ リ ア、 ギ リ シ ア、 ブ ラ ジ ル、 :演劇大学 東京について :助成金の提案について 劇団協議会と協会の代表会議実施( :今後の協会の方針について 月 日) 5 田喜夫) アメリカ出身の混成チームで作品を作り を変え、協会は講座のみを企画運営。 るだけで、ほんのわずかな寄付をすれば 観 た り 参 加 し た り す る 事 が 出 来 ま し た。 ヴェッレ劇場の壁に赤文字で垂れ下がっ COME L'AQUA COME 12 7 9 ス・プロジェクト参加。 5 た垂れ幕には“ ” 水 空と同じ と L'ARIA ( と同じ ) 書か れています。人にとってかけがえのない ▼2014年 月 時 文化・芸術を守ろうという意思が込めら 会場:協会事務所 篠﨑光正、篠本賢一、菊川徳之助、 れた言葉に、アーティストだけでなく観 を感じました。 出席者:青井陽治、瓜生正美、貝山武久、 日(日) ~ 12 13 11 事 和田喜夫、 【議題】 :若手演出家コンクール2013 (報 告:和田喜夫) 配信案協議。 Ustream :若手演出家コンクール2012最 一 方 で 長 年 続 く 不 景 気 の 影 響 を、 演 2:演劇大学 秋田(報告:小林七緒、 また、フランス、ドイツ、ベルギー、な と 幅 い 広 い 作 品 が 常 に か か っ て い ま す。 反発し同劇場で働いていた俳優、職員が いたイタリア劇団協会が潰され、それに 2 理 会場:協会事務所 イタリア・ローマ 劇場で上演しました。いかに自己主張す 木村繁、篠﨑光正、篠本賢一、和田喜夫、 出席者:瓜生正美、大西一郎、菊川徳之助、 時 るか、やりたい事を実現するために例え 日(日) ~ 在外研修先であるイタリア・ローマか つたなくても言葉を尽くすか、喧嘩して ▼2013年 月 ら帰国してあっという間に1年以上経っ 険悪になったりした事も今から思うとい 名 るとソフトの数は少ないものの、現代劇 劇を始め芸術教育分野が受けているの 【議題】 や前衛劇から近代劇、またコメディア・ 和田喜夫) ど近隣諸国の作品が大小問わずヨーロッ 菊川徳之助) 劇団をサポートする予算案 も事実です。その象徴的な存在がローマ パツアーで回って来るので日本ではなか 立ち上がり劇場を占拠する事に。300 :来年度の文化庁申請報告 in in ノヴァチ)について(報告:木村繁) なか観る事の出来ない作品に触れる事が 年近くも続き、ピランデッロの「作者を in 3 4 :若手演出家コンクールについて(報 出来ました。 3 3 5 :ロシア特集2 (講師:セルゲイ・ジェ 劇専用の劇場があったり、もちろんオペ デラルテのような古典的、公園には人形 い思い出です。 7 の 中 心 地 に あ る ヴ ァ ッ レ 劇 場( Teatro イタリアはロンドンやベルリンに比べ てしまいました。いまや遠い昔のような 13 気がします。 11 11 17 18 12 28 客、市民と共有している運動だという事 2 10 5 11 in in 6 18 9 13 12 in in in 11 6 3 4 2 6 8 7 た。劇場の入り口には募金箱が置いてあ 26 7 1 2 高橋正徳 3 部 会 よ り ・ 直後に北村想との 人芝居『夢謡 話浮世根問』を東北で上演し、寺山修司 化庁主催事業となってさらに実現性が高 い。その上出発当時と異なり、現在は文 演劇大学の事業は相変わらず人気が高 議論されました。昨年、芸団協が主催し 体がタッグ組んで地方発信の芝居作りが 伴って、公共劇場と東京の劇団・創造団 し ま し た。 そ の な か で、 劇 場 法 施 行 に 共劇場のなすべき役割などについて議論 題、また将来に渡っての地域における公 道に、 全国の演劇人との交流をたのしく、 緒に酒でも飲みましょう。これからも地 たしたちを何処かの街で見かけたら、一 カネはないが、志はある! もし、わ どこでもやれる芝居=「旅する演劇」で を練っている。ぜひ、呼んで下さい! を持って、なんとか福島へいこうと作戦 だ の『花札伝綺』で東海地方を旅し、地歌 くなった。若手芸術家の才能を育成する た同じようなセミナーでも「公共劇場の やってゆく。みんな、ふらりと「旅する 阿弥の歌舞伎『義賊☆鼠小僧次郎吉芝居』 舞伎小屋でも上演した。今年は、河竹黙 事業は協会にとって重要であることはも 共同制作」が関心の的になっていました。 堂などの関係者が集まって現在抱える問 2014年度の国際演劇交流セミナー ちろんだが、我が国の演劇界にとって欠 文化庁が作った新事業「戦略的芸術文化 地域交流部長として、みなさんをいつも 演劇」をやろうぜ! と、 桜満開の春に、 戯曲を学びなおす貴重な機会です。新し は、 「ロシア特集」が3本、ほかに、 「韓 か す こ と の で き な い 事 業 で あ る。 次 世 創造推進事業」について、懸案になって 広報部 盤座をぜいたくに使わせていただき「観 国特集」 、 「オーストラリア特集」 、 「イン 代を育てなければ滅亡への道を突き進む いる劇場法の勉強会と絡めて、協会とし 演劇CAMP ~ 1月) 、金沢 す。 て楽しむ」 「やって楽しむ」の演劇体験 ド特集」が予定されている。ここ数年の のは自明の理である。特に次世代の演劇 中です。 演 劇 大 学 は 大 阪( のように煽っておく。 (流山児祥) 開催にもかかわらず様々な講座企画の金 以外に、松山、福岡、名古屋、大阪など を知るための企画もある。開催地は東京 る企画も加わった。外国の演劇教育事情 目的の詳細を広報することは残念ながら 業だと胸を張れるが、その事業の本来の 多くなった。未来の演劇界に貢献する事 地で演劇をサポートする側に回ることが 演劇の面白さを知った参加者が、その土 の福島原発「アンダーコントロール宣言」 2014ニッポンの春である。安倍首相 ルの演劇書にも、特に戯曲出版に於いて 版業界の不況は深刻で、あらゆるジャン 門書の出版計画を進めている。しかし出 国際部 をしました。5年間で築いたものを来年 テーマとして、演出家とは何か、という 人の育成と同様、さらに重要なのが観客 てどう対応できるのか会合を考えていま んでした。 度以降どのような形で発展させていくの ことを軸に企画を立て、セミナー参加者 す。 (西川信廣) 中 津 川 は 5 年 目。 常 か、地元実行委員や中津川市と共に模索 は演出家を中心に考え、そのスキルアッ の育成で、その意味でも演劇大学は観客 月) 、 高 知( 1月 ) と 沢、蔵のまちならではの楽しみ方もでき が予定されている。地方から企画が挙が に 始 ま り、 T P Pの 自 民 党「 聖 域 死 守 」 教育出版部 た横手、キッズやミュージカルコースも り、各地域の部員が活躍することで、地 現在の経済事情ではできない。国際演劇 公約、佐村河内守氏のゴーストライター 冊で協会事 事件、加えて、STAP細胞論文疑惑と なのが演劇専門書の出版で、激減してい は極めて深刻であるが、それ以上に深刻 消するため、出版部ではミュージカル専 ミュージカルの書籍が少ない現状を解 充 実 の 高 知、 と 各 都 市 の 目 指 す も の が 交流や若手演出家コンクール、日本の近 る。今はこの協会誌『D』 そ れ に し て も、 ウ ソ が 蔓 延 す る はっきり出ていました。1都市3年間の 域の演劇活性化に一躍担っているという 代戯曲研修についても同様のことがいえ 多様化していきそうだ。 演劇大学をうまく使って地元の演劇を盛 は、重要性を増すとともに、その形態も す。 若手演出家コンクールは9月から ミナーの報告を、ビデオ映像を交えて行 号を迎えたが、協会員 うに編集している。事業の宣伝は一切せ 分の記録としてダイジェスト版になるよ 今度は疑惑の《現実》に怒り、世間が「正 な り、 そ の 情 報 を 盲 信 し た 大 衆 が 踊 り、 られた物語」の人物が「時代の寵児」と 蔓延している。統制メディアによって「創 は、待ったなしに急がれている。今ある ちが増え、ミュージカルの専門書の出版 く中で、ミュージカル俳優を目指す人た る。だが、ミュージカル上演が増えてい 冊が協会半年 名が選出されました。3月、 下北沢の 「劇」 われるようになり、その成果を部員が共 ず記録に徹して 業を一通り広報し、この 小劇場にて最終審査を行いました。なお 有 し や す く な っ た。 さ ら に、 今 年 度 は、 また、東京で開催される部会では、セ 1 今年度より日韓の若手コンクール最優秀 にかけて2次審査が行われ、優秀賞の4 月 状況もあり、今後もセミナーの持つ意味 地域交流部 層を増やしているといえる。演劇大学で 月) 、 横 手( い参加者大歓迎です。 (小林七緒) 2 は視野を広げ、劇作、美術をテーマとす 事業部 3 プを図るというものが多かったが、今期 2013年度後半も事業が盛りだくさ 11 んにしていって欲しいと願っておりま 開 催 さ れ ま し た。 毎 月 連 続 の 大 阪、 初 ( 10 in 12 賞受賞者が、それぞれ相手国で公演する 東京でスタニスラフスキー勉強会が持た ロ シ ア 特 集 が 多 く 開 催 さ れ る こ と か ら、 (篠﨑光正) 広報する方法を必死で探っている。 の皆さんの貴重な仕事をひとつでも多く 1%の悪の根源やメディアの親玉らは肥 に 上 げ る グ ロ テ ス ク な 光 景。 そ れ で も、 義」の名の下に「時代の寵児」を血祭り るのが協会の役目である。ミュージカル 声が大きくなっているが、それに対応す ミュージカル関連本は物足りないという 先日、全国公立文化施設協会主催のセ ・ 大震災以降の演劇人に問わ れ て い る。 率 先 遂 行 で、 わ た し た ち は、 動が 確実に他者=地域と交流する具体的な行 「 戦 前 」 の よ う な 既 視 感 漂 う 時 代 に、 倍の世界に立ち の歴史や音楽、脚本、振付など、ストレー れ る こ と に な っ た。 国 際 部 で の 活 動 は、 と演劇的な活動にも時間を割いてみたい ミナーにパネリストとして西川が出席し トプレイに比べ単純に 企画が始まりました。まずは3月末韓国 という部員の想いが一致した結果だ。4 ました。いわゆる全国の公共劇場・音楽 え太り、 生き残る。わたしたちも又、鵺 (ぬ チームが新宿タイニイアリスで、4月末 近代戯曲セミナーは1月大阪、2月東 月から6月までのセミナー開催のない時 え) のようなファシズムの共犯者なのだ。 セミナー運営の制作的な仕事に偏り、そ 海、3月東京と、各ブロックで行われま 期に行われる。 (篠本賢一) 法務部 した。現代の戯曲すら読まない演出家・ 11 れに追われてしまうことが多いが、もっ 役者が増えている中、近代の素晴らしい 3 氏)がソウルで公演します。 には日本チーム(昨年度最優秀賞の日澤 12 1 11 (篠﨑光正) 向かい、 長く読まれるものを出版したい。 3 18 11 D12 / NIHON ENSHUTSUSHA KYOKAI / 一般社団法人 日本演出者協会 / 2014.5 していることを知りました。そしてソコ 金沢市を拠点に活動をしている「表現集 イヤーとしての活動が主ですが、石川県 上 演 作 品 ほ と ん ど の 脚 本・ 演 出 を 担 当。 改称)を結成。代表に就く。以降、劇団 棚瀬美幸、椋平淳、森本景文、山口浩章 井之上淳、金子順子、木嶋茂雄、田中孝弥、 渡部ギュウ/〈札幌〉清水友陽/〈福岡〉 /〈東海〉鹿目由紀、菊本健郎、齋藤敏明、 は、ワタシが今まで接点のなかったエネ 周年 /〈熊本〉亀井純太郎、山南純平/〈仙台〉 竹内菊、はせひろいち、トリエユウスケ 月開催のウィルパワー創立 記念公演『結婚させてちょうだい!』 (脚 た。何だか……ワクワクします。 振り付けを担当。 今年 ルギッシュな創造者達と出逢える場でし 団 tone! tone! tone! (トン トン ト ン!)」 で 既 成 台 本 を 用 い て、 演 出 や 本・ 演 出 担 当 )。 鋭 意 準 備 進 行 中! ぜ 演出作品 ひ秋田の演劇もご高覧賜りますよう! 山田恵理香【国際部】篠本賢一◆青井陽 演出作品 演出作品 京〉家田淳、ヴィクトル・ニジェリスコイ、 大橋宏、貝山武久、金田海鶴、川口典成、 治、 鵜 山 仁、 坂 手 洋 二、 松 本 祐 子 ◆〈 東 ン キ ー キ ン グ 』( 以 上 ウ ィ ル パ ワ ー) な 『クェーククリップクリック』 『新屋表町 2012、13年『ミュージカル アトム (脚本 横内謙介)』演出・振り付け ケラリーノ・サンドロヴィッチ)』演出 黒川逸朗、小林拓生、佐川大輔、佐々木 酔娘伝』『入浴女。/バスバンバン!』『モ 中学時代、 TVで観 ど、 『見果てぬ夢(作・堤泰之) 』(オフィ 2011年『神様とその他の変種(脚本 た 三 谷 幸 喜『 シ ョ 手 市 に て、 横 手 演 劇 研 究 会 へ 入 団。 役 ウ・ マ ス ト・ ゴ ー・ 日登美、島守辰明、全リンダ、田中孝弥、 一般社団法人日本演出者協会 事業担当者名簿 陸〉岡井直道/〈関西〉井之上淳、坂手 口浩章/〈東海〉佐久間広一郎、ほりみ か、丸知亜矢、本島勲/〈仙台〉伊藤み 川徳之助、篠本賢一、流山児祥◆〈東京〉 弥【広報部・教育出版部】篠﨑光正◆菊 秋葉由美子、大杉良、小川功治朗、桒原 秀一、鈴木美恵子、林未知、平尾麻衣子、 三谷麻里子、緑川憲仁/〈関西〉木嶋茂 月現在 雄、田中孝弥/〈東海〉ほりみか/〈新 さや、流山児祥◆〈東京〉佐々木治己【法 宮田慶子【常務理事】小林七緒(事業部・ 務部】西川信廣◆鵜山仁、小林七緒【地 【理事長】和田喜夫【副理事長】流山児祥、 洋 二( 新 規 事 業 企 画 部 ) 【理事】青井陽 域交流部】流山児祥◆鴻上尚史、山田恵 潟〉井上ほーりん/〈京都〉松宮信男/ 治、岩崎正裕、鵜山仁、木嶋茂雄、木村 理香、渡部ギュウ◆〈熊本〉村上精一/〈東 演 劇 大 学 )、 菊 川 徳 之 助( 事 業 部・ 近 代 繁、鴻上尚史、西沢栄治、西川信廣、ふ 手洋二◆青井陽治、鴻上尚史、ふじたあ じたあさや、松本祐子、山田恵理香、渡 海 〉 水 野 誠 子 /〈 仙 台 〉 な か じ ょ う の ぶ 〈 福 岡 〉 糸 山 裕 子【 新 規 事 業 企 画 部 】 坂 部ギュウ【評議委員】瓜生正美、中村哮 戯曲研修セミナー)、 篠本賢一(国際部)、 劇団ウィルパワー 木嶋茂雄/〈東海〉金子康雄【日韓演劇 【観劇案内】 〈 東 京 〉 遠 藤 栄 藏 /〈 関 西 〉 篠 﨑 光 正( 広 報 部・ 教 育 出 版 部 )、 坂 手 2014年 野 志 朗、 長 谷 川 直 輝、 林 英 樹、 広 田 豹、 者・ 装 置・ 照 明・ 演 出 等 に つ い て 学 ぶ。 オン』に衝撃を受け 棚瀬美幸、土橋淳志、堀江ひろゆき、山 治 己、 左 藤 慶、 杉 山 剛 志、 土 山 紘 史、 中 20 0 0年、 横 手 演 劇 研 究 会 を 退 団 後、 る。 2 0 0 0 年 大 学 在 籍 中 に 山 の 手 事 劇団アンゲルス演出 〈退会〉川村光夫 川井浩雄 久保田猛 ス玉手箱)。 劇 団 か ん じ き を 旗 揚 げ し、 今 日 に 至 る。 情 社・ 安 田 雅 弘 氏 の 短 期 集 中 講 義 を 受 部所属。かなざわ演 繁野陽 島田陽 高谷昌男 松波喬介 2 0 1 0 年『 図 書 館 的 人 生 Vol.2 盾と 矛(脚本 前川知大)』演出 他 オリジナル作品を主に、定期公演を行っ 講。演じる側の楽しさに触れる。学際で 劇人協会会員。かな 西方昴 吉原廣 上利勇三 洪明花、前嶋のの、松森望宏、森井睦/〈北 ている。劇団かんじきでは、劇作・演出・ 公 演( 『携帯少女』 『桜田家族協会』演 ざ わ &い し か わ 演 劇 祭実行委員。 ・チェーホフ)かなざ 本庄亮(ほんじょうまこと) 役者を担う。他、 小学校の音楽劇の演出、 出・ 出 演 ) 。 2 0 1 1年 以 降、 芸 術 の ミ 演出作品 『結婚披露宴』( わ演劇祭2008参加作品 vol.2 ・チェーホフ)福岡 企画創作コンペ FFAC レジデンス輪島発表作品 『無題』 ( ・チェーホフ原作『幸福』)アー ティスト ( 秋 田 市 ) 代 表。 夫、福田善之、貝山武久、栗山民也【監 『命を弄ぶ男二人』(岸田國士)かなざわ 1 9 7 0年 秋 田 市 生 事】福田悦雄、外波山文明【事業部】小 県 前 橋 市 に 隙 間 企 画 を、 2 0 0 6年 に 籍。2005年、生まれ故郷である群馬 が、 代からクラシックへ。現在もプレ 音声劇の活動を開始。その後、 結婚をし、 山県) 」 に 大 き な 衝 撃 を 受 け、 舞 台 劇・ ての世界演劇祭 「利賀フェスティバル (富 2013年劇団名を「ウィルパワー」に ル パ ワ ー」( 2 0 0 5 年 に 劇 団 組 織 に。 始。1994年「プロデュースチームウィ 高校在学中より秋田市にて演劇活動を開 明、林英樹、 羊屋白玉、松森望宏/〈関西〉 流山児祥◆〈東京〉千葉哲也、外波山文 木村繁、坂手洋二、篠﨑光正、宮田慶子、 林七緒◆青井陽治、鵜山仁、菊川徳之助、 雄/〈東海〉金子康雄 齊藤由夏、秋葉舞滝子/〈関西〉木嶋茂 鈴木アツト【事務局】〈東京〉上田郁子、 交流センター委員】小松杏里、松本祐子、 加賀屋淳之介(かがやじゅんのすけ) ま れ。 1 9 8 6 年、 演劇祭2011参加作品 〈訃報〉藤田傳 塩見哲 ナト新潟演劇祭を中心にワークショップ にいが た 演 出 体 験 コ ー ス 受 講。 同 年、 「ちず屋 等参加。2013年、演劇大学 あれ、アマチュアであれ、お客様の貴重 World's 演劇フェス 『 プ ロ ポ ー ズ 』( 』演出(初の有料公演) 。 「 歳から end 始める趣味の演劇」をモットーに、新潟 参加作品 部 に 入 部。 そ こ で 経 め、 高 校 時 代 は 演 劇 歳よりモダンを始 北山久美子(きたやまくみこ) いながら活動していきたいと思います。 がら、役者と脚本と観客に真摯に向き合 います。軸足を演出という役割に置きな で少しずつ演劇に触れる機会を増やして 階大行進 2013」にて『 の 年 在外研修員としてルーマニアのブカレ ン ゲ ル ス に 参 加。 2 0 0 0 年、 芸 術 家 ン ブ ル に 在 籍。 1 9 9 7年 か ら 劇 団 ア 間、東京演劇アンサ 1 9 8 7年 か ら 東 京 NOVUS( ノヴ ス) 、隙間企画代表。 根本陽子(ねもとようこ) いと思います。 後もプロに負けない芝居を作って行きた なお時間とお金を頂く事は同じです。今 出等、若手の育成に力を入れる。プロで ルの審査員、アマチュアの若手劇団の演 退 会・訃 報 市井優(いちいまさる) 『 』 Fuck you, EU.ro.pa! 『小さな星の王子さま』 』 『飛べない鳥』 9 新 入 会 員 紹介 ( 2014年1月までの入会 ) 土谷久男(つちやひさお) 秋 田 県 横 手 市 出 身。 1 9 6 2 年 生 ま れ。 1980年、 高 校 卒 業後上京、仕事をし ! 中学校演劇部の演出、高校演劇コンクー な が ら 本 格 的 に 芝 居 の 勉 強 を 開 始。 横 ! 表現活動を縮小する時期もありました 30 19 20 5 A 東 京 NOVUS を 結 成。 2 0 1 3 年 に 中 津川の演劇キャンプ、金沢での演劇大学 験 し た、 日 本 で 初 め IN A A in 30 2 に参加して、演出者協会が多様な活動を ストにあるブランドラ劇場に一年間在 9 14 「日本の近代戯曲研修セミナー」をふりかえる データに見る ‡編集後記 は ど う す れ ば よ い の か。 こ ん な 夢 を 見 る ▼世界中に日本演出者協会を広報するに い や そ れ は 答 え で は な い。 協 会 の 優 秀 な ことがある。インターネットを駆使する。 演 出 家 が、 世 界 の 演 劇 界 で 高 い 評 価 を 受 け る 演 劇 を つ く る。 そ れ を 世 界 に 向 け て 広 報 す る。 そ ん な 広 報 が い い。 協 会 の 中 で内向きの広報をするだけでは物足りな い 。 (篠﨑光正) ▼先の東京オリンピックでお江戸の象徴 今度は神宮外苑に巨大な競技場を造る 「 日 本 橋 」 に 高 速 道 路 で 蓋 し て し ま っ た。 ようだ。壊れていく風景。 (篠本賢一) ▼お酒を飲まない私ですがとうとうタバ 起 き を し よ う と し て い ま す。 広 報 部 と し コ を や め て し ま い ま し た。 さ ら に 早 寝 早 (三谷麻里子) てはもっとSNSを多用したいです。 ▼ 友 達 の 輪 で 繋 ぐ ア ン ケ ー ト、 す で に 黄 に 繋 が り ま し ょ う! そ し て、 広 報 部 員 信 号 が 灯 り 始 め ま し た。 協 会 員 同 士 縦 横 同様、お題も随時募集中! (大杉良) な が ら 演 出 を 考 え る 癖 が あ る の で、 い ざ ▼「 作・ 演 出 」 型 の 自 分 は、 脚 本 を 書 き 脚 本 が 上 が っ て か ら、 腹 を く く っ て 演 出 を考えることがあまりないように感じて い ま す。 広 報 部 の お 仕 事 で 演 出 の み を し て い る 方 々 の 覚 悟 を 垣 間 見 る と、 そ ん な 自分を恥ずかしく思ったりします。「作・ 演 出 」 の 利 点 と 弊 害 は 隣 あ わ せ で す ね。 今年上半期は怒濤の上演ラッシュ。がん ばります! (緑川憲仁) た、 コ ン ク ー ル の 取 材。 公 開 審 査 会 で は ▼切磋琢磨する協会員の姿に刺激を受け 自 分 の 事 の よ う に ド キ ド キ! 記事を通 いいな 。 (秋葉由美子) し て、 こ の ド キ ド キ が 皆 さ ん に 伝 わ る と たな可能性を生み出すのだと感じました。 ▼ 人 と の 出 会 い。 人 と の 繋 が り が ま た 新 ま た よ ろ し く お 願 い し ま す! 可能性を 広げるために 。 (桒原秀一) 20
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