Brexit による英国農業への影響 調査レポート 2016 年 6 月 7 日 経済部 アナリスト 山野 安規徳 ◇Brexit は英国農業と EU 諸国に影響 英国政府は、欧州連合(EU)からの離脱の是非を問う国民投票を 6 月 23 日に実施する。英国の主要農 産品は小麦で世界の約 2%、肉牛で約 1.5%の生産量であり、Brexit によって生産量や輸出量が増減したと しても国際市場への影響は軽微とみられる。一方で、農業関連貿易のうち輸出の 60%、輸入の 70%を EU に依存しており、英国農業や EU 諸国への影響は大きいとみられる。以下、EU 離脱に伴う農業への影響に つきまとめた。 ◇農業補助金撤廃は大打撃 Brexit で議論の的となっているのは EU への拠出金の負担が大きい事である。2014 年の英国から EU へ の拠出金 192.3 億ポンドに対して、英国が受ける恩恵(割戻金や地域政策への援助等)は 94.2 億ポンドと なっており、拠出額に対して受け取る恩恵が少なすぎるといった不満が英国国民にある。しかし、恩恵の 中には EU が共通農業政策(CAP)の下、加盟国農家に対し付与する補助金(30.84 億ポンド)も含まれて いる。近年の CAP による補助金は、英国農家収入の半分以上を占めており、補助金が廃止された場合、経 営が立ち行かなくなる農家が激増するとみられる。補助金なしで考えると、農産品市況が低迷する前の 2013 年時点で、同国農家の 20%は既に赤字となっており、英国農家にとって補助金は不可欠なものとなってい る。更に、CAP は農産物の価格維持も行っているため Brexit した場合、安価な域外農産品が英国に流入し、 国内農産品価格が低迷することが懸念される。また赤字農家が一部農地を売却することによって、農地価 格も下落し、農家の資産基盤に影響を与えるとみられている。 ◇労働力は不足へ 英国の農業従事者数は 2000 年から約 8%減少して 2014 年で 47.6 万人となっており、高齢化や若者の就 労減少で労働力不足が顕在化している。労働力不足を埋めるために、英国以外の EU 諸国から多くの季節労 働者を受け入れており、EU を離脱し労働者の EU 域内での自由な移動が制限されれば、季節労働人口は減 少する。季節労働者によって英国人雇用が奪われているといった意見も散見するが、英国人労働者は農業 従事を敬遠するため、深刻な労働力不足に繋がる可能性が高い。 ◇農産品貿易には英国・EU 諸国ともにマイナスの影響 仮に EU を離脱した場合、欧州単一市場内での貿易取引が自由にできなくなる。英国の農産品輸出(肉牛、 乳製品、小麦、蒸留酒が主力)のおよそ 55%は EU 向けであり、離脱によって新たに関税や域外企業向け の規制が課せられた場合、貿易への打撃は避けられない。英国小麦生産量の 20%が輸出向けである等、農 家収入への影響も無視できない。一方で、EU 諸国にとって対英貿易は農産品でも全体でも恒常的に黒字で あるため、現在の通商関係を維持したいとみられる。 ◇農家に蔓延する離脱への楽観 英 Farmers Weekly が行った農家向けの 4 月調査では、58%が離脱派、31%が残留派と離脱派が優勢とな っている。離脱派が多い理由としては、①環境・食料・農業大臣の George Eustice 氏の発言にみられるよ うに、仮に EU 離脱をしても EU への拠出金負担がなくなることで浮いた資金から CAP 相当の農業補助を 行うことができると楽観していること ②EU 諸国側にも英国と緊密な貿易関係を続けるメリットがあるた めに、英国有利な貿易関係を引き出すことが可能と期待しているためである。前者については、離脱後の プランはいまだに明確ではなく、実現性には懐疑的な見方が多い。後者については、離脱したにもかかわ らず英国にのみ特権を与えれば、他の加盟国等から不満が噴出しかねないことから、EU が譲歩するのは難 しいとみられる。最新の調査では農家だけでなく英国全体として離脱に傾いているが、CAP や通商関係に 代替プランがない現状としては、Brexit は英国農業にとって失うものが多いと言える。 農産品の仕向け地別輸出額(2015) その他 24% ポーランド ハンガリー ギリシャ ルーマニア ポルトガル イタリア (出所:UNcomtradeより住友商事グローバルリサーチ作成) オランダ その他EU 20% 英国 ドイツ 9% フランス 8% オランダ 7% EU 55% フランス 米国 17% アイルランド 11% 20,000 15,000 10,000 5,000 0 -5,000 -10,000 -15,000 ドイツ 中国 (香港含む) 4% EU主要国のネット拠出金(2014) (百万ユーロ) (出所:European Commissionより住友商事グローバルリサーチ作成) 以上 本資料は、信頼できると思われる情報ソースから入手した情報・データに基づき作成していますが、当社はその正確性、完全性、信頼性等を 保証するものではありません。本資料は、執筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一的な見解を示す ものではありません。本資料のご利用により、直接的あるいは間接的な不利益・損害が発生したとしても、当社及び住友商事グループは一切 責任を負いません。本資料は、著作物であり、著作権法に基づき保護されています。 (1 / 1)
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