H 適応指導教室における子どもへの関わり方と場づくり

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滋賀大学教育学部紀要 教育科学
No. 61, pp. 127-145, 2011
H 適応指導教室における子どもへの関わり方と場づくり
──「私」のアクションリサーチによる探究──
岩 下 沙亜弥 *・堀 江 伸 **
Interaction with Children in “H” Adaptation Guidance Classroom
Saaya IWASHITA and Shin HORIE
りが大きく影響すると考えるようになった。教
1 .はじめに ── 研究の問題意識と方法
育実習で出会ったひとりの男の子は、なかなか
授業に集中できずによく先生に怒られていた。
教育現場において、児童生徒への関わり方を
そんな彼が、集中して楽しそうに受けることが
工夫したり、場をつくったりすることは、児童
出来る授業があった。それが担任の先生の授業
生徒の成長を支えるために大切なことである。
である。担任の先生は、彼の関心をひくための
教師の声かけや動作など関わり方一つで、児童
話題を用意し、巧みに彼を授業に引き込み、彼
生徒は意欲を持てるし、逆に委縮して何も出来
が授業に入ってきて何か発言をしたら、それを
なくなってしまうことがある。最近の子どもた
拾ってクラス全体に広げていた。また、スクー
ちは、少しのことで不安に思ったり、萎縮した
ル・サポーターとして参加した滋賀県G市のH
りする傾向が強いといわれている。子どもたち
適応指導教室においても、指導員の先生やス
の育ちが変わったとすれば、児童生徒を解放し、
クール・ケアサポーターなどのスタッフのはた
成長させられるような関わり方や場づくりこそ、
らきかけや場づくりによって、中学生の生徒が
本当に求められていることといえる。
前向きになったり、社会性を獲得していったり
では、「児童生徒を解放し、成長させられる
する場面をいくつも見てきた。このように、先
ような関わり方や場づくり」とは、一体どのよ
生の関わり方や場づくりが子どもに成長のきっ
うなものであるのだろうか。自分自身はそのよ
かけを与え、成長を支援していく場面を目の当
うな関わり方が出来ているのだろうか。本研究
たりにして、子どもへの関わり方と場づくりと
では、不登校生徒が学んでいる、滋賀県下のひ
いうものが大切だと考えるようになった。
とつの適応指導教室に一年間通うことで、関わ
そこで、本研究では、生徒の成長を支える関
り方を参観し、自分自身も子どもたちへ少しず
わり方や場づくりとは一体どのようなものなの
つ関わることで、それらについて考えていくこ
か、どうすればそのような関わり方や場づくり
とにした。
が出来るのかについて、滋賀県下のひとつの適
教育実習などの経験をとおして、児童生徒が
応指導教室(以下、H 教室とする)に通うこと
成長していくのには、先生の関わり方や場づく
で、その機能やスタッフのはたらきかけを考察
することから探っていきたい。また、自分自身
* 甲賀市多羅尾小学校
**滋賀大学教育学部
はそのような関わり方や場づくりが出来ている
のかを、自分の関わり方を見つめなおすことも
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岩 下 沙亜弥・堀 江 伸
目指した。
の後押しだけなのではないかと考えた。
適応指導教室は、「不登校児童生徒等に対す
また、櫻井は、指導員と生徒の関わりが主に
る指導を行うために教育委員会が、教育セン
書かれているが、私は指導員が設定するだけで
ター等学校以外の場所や学校の余裕教室などに
なく、子ども同士、生徒同士の関わり合いのな
おいて、学校生活への復帰を支援するため、児
かで「場」が変化していくこともあると考える
童生徒の在学校と連携をとりつつ、個別カウン
ので、それに至るまでの経緯などについても取
セリング、集団での指導、教科指導等を組織的、
り上げ、その意味を考察することにした。
計画的に行う組織として設置したものである」
このように、本研究では、先行研究では明ら
(文部科学省初等中等教育局 2004)と定義さ
かにされていなかった、生徒の成長を支えるス
れており、適応指導教室の実態や実践を調査し
タッフの具体的な関わり方や場づくり、また、
た研究は、ここ十年間で増えてきている。そし
生徒の能動的な行動を引きだすスタッフの在り
て、その多くは適応指導教室がそこに通う生徒
方について探っていくことにした。そして、そ
児童にとって「居場所」となっていることを挙
れとともに、H 教室における「私」という存在
げている。
と関わり方についても省察する。(スタッフと
尾崎・日高(2007)は、高い学校復帰率を誇
しては、Iとして記述している。)
る「X 教室」の指導担当者にインタビューし、
研究方法としては、岩下が2010年 5 月から約
指導担当者のアプローチのどのような側面が効
7 ヵ月間ケアサポーターとして入っている H
果的な支援、資源となるかを分類している。そ
適応指導教室でアクションリサーチを行い、マ
の結果、X 教室の指導担当者にほぼ共通して「コ
イクロエスノグラフィーの手法を用い、場面ご
ミュニケーションを大切にする」「社会性を身
とのエピソードを収集する。そのフィールド
につけさせる」「自信をつける」という意識が
ノーツを堀江と協同で分析し、その場で起こっ
高かったことがわかり、この 3 点に留意した関
たことについての意味を解釈し、検討していっ
わり方が、通級する児童生徒の回復に影響を及
た。観察するだけでなく、実際に岩下が生徒に
ぼす要因と推測している。しかし、この研究で
はたらきかけることで、生徒が変化していく様
は指導担当者のどのような具体的な関わりが、
子を見ることが出来たので、そこから、H 教室
どのような通級児童の回復を支えたのかが具体
における「私」という存在についても考えていっ
的には明らかにされていない。担当者の意識の
た。また、H 教室の室長である50代の女性指導
分析に終わっている。
員(W先生)にインタビューを行い、その内容
櫻井(2010)は、自らが適応指導教室にボラ
を先ほどの収集したエピソードを解釈し、検討
ンティアとして 3 年間入り、エスノグラフィー
する際に用いることにした。なお,本研究は、
を行うなかで、適応指導教室の要素を探り、居
滋賀大学教育学部学校臨床コース2010年度の卒
場所としての要素や人間関係の形成と調整をす
業研究論文としてまとめられたものをもとに、
るための要素、学習補完の要素の他に、新しく
加筆修正したものである。
「ホームグラウンド的な要素」を指摘した。こ
2 .H 適応指導教室の概要
の研究において、人間関係の形成と調整をする
ための要素という言葉で「社会性」について、
「生
徒は指導員の助けを借りて人間関係を形成し、
2 - 1 H 適応指導教室の空間とスタッフ
調整している。だから、指導員はクッションで
フィールドとした適応指導教室は、滋賀県 G
あり緩和剤である。」とまとめている。しかし、
市の適応指導教室である。この教室は、2005年
適応指導教室の関わりを実際に見ていると、人
に G 市教育委員会によって、学校不適応となっ
間関係を形成、調整するといった社会性を獲得
ている者に対して、学校とは異なる環境のもと
するためには、生徒からの能動的なはたらきか
で、一人ひとりの活力を高めることを目的に設
けも必要であるように感じられるし、指導員や
置された。
場が果たしている役割というのは、ほんの少し
H 教室には、学習や小集団活動を行う「ホー
H 適応指導教室における子どもへの関わり方と場づくり
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ム」と呼ばれる広い部屋、「プレイルーム」と
ポーターのメインの仕事は、生徒との活動であ
呼ばれる卓球台やビリヤード台などがある広い
る。
部屋、調理実習を行う調理室、事務室、カウン
また、生徒との活動と並んで大切な仕事が、
セリングが行われる相談室、畳のある応接室、
スタッフ・ミーティングである。毎日、生徒が
合わせて 6 部屋がある。(写真 1 〜 3 )
来る前と帰った後に、その日来ているスタッフ
H 教室には、小集団での活動日と個別での活
全員でミーティングを行う。最初のミーティン
動日があり、ここに通う児童生徒は全員、指導
グは、その日の予定を確認したり、前回までの
員の先生と相談して、自分の来たい活動の日を
子どもたちの様子から今回出来るようになりた
選んで通っている。通う日数も様々で、週 1 回
いことを考え、そのための手立てなどについて
の生徒もいれば、週 3 回の生徒もいる。
話し合ったりする。帰った後のミーティングは、
日常的に生徒に関わる H 教室のスタッフは
その日あったことや気になったことを共有し、
指導員 2 名、非常勤の教育相談員 2 名、非常勤
また、スタッフの関わり方で反省すべきところ
のケアサポーター 4 名である。スタッフの年
がなかったかなどについても話し合う。
齢構成は、教員免許を持つ50代の女性指導員が
そして、月に一度、前の月に行った活動や子
二名、30代の女性の教育相談員が一名、30代の
どもたちの様子や今月の予定表の他に、常勤の
男性教育相談員が一名(Z 先生)、中学校で講
指導員のメッセージも添えた「教室だより」を
師もしている20代の男性ケアサポーターが一名
作成することも指導員の仕事である。これは、
(Y 先生)、大学生の20代の女性ケアサポーター
見通しを持ちにくい生徒にとって一か月の見通
三名(V 先生、私 I と、他 1 名)であり、さま
しを立てやすくするためでもあり、保護者との
ざまな年齢のスタッフが集まっている。
連携を図る際にも大切なものとなっている。
指導員の一人は優しく柔らかい雰囲気の W
また、保護者には、教育相談の先生が定期的
先生である。生徒を笑顔で迎え見送ることが日
にカウンセリングや教育相談を行うことになっ
課であり、いつもにこにこしていて何でも受け
ており、それを希望されない場合には、指導員
入れてくれる雰囲気を醸し出している。もう一
と話すことになっている。生徒とは指導員が定
人は X 先生である。明るくはきはきとしてい
期的に個別面談を行うが、その内容も保護者に
て、勉強もよく出来る、切れ者の先生で、生徒
は伝えている。三者懇談などの時間も設けられ
を奮い立たせやる気にさせる雰囲気を醸し出し
ている。また、月に一度、親の会を開いて指導
ている。この先生が生徒を強く引っ張ると、も
員が親同士を繋げるなどの取り組みも行われて
う一人の先生がすかさずフォローに入るなど、
いる。この他にも、随時電話対応などで悩みを
絶妙のコンビネーションである。お母さんとお
聞いたりアドバイスをしたり、学期の終わりに
父さんのような感じにも見える。先生によると、
は個別支援計画を見せながら生徒が出来るよう
二人の関係が対人関係のモデルとなるようにふ
になったことなどを伝えたりといった保護者対
るまっているそうだ。ずばずば言い合うけれど、
応も仕事の一つである。
傷つけるようなことは言わない、言ってしまっ
最後にもう一つ大切な仕事として、学校との
たらすぐに謝る等、この教室に来る生徒に人間
連携が挙げられる。月に一度、状況報告書を作
関係の基礎を態度で示している。また、教育相
成し、それをもとにケース会議で生徒の様子を
談の先生は、保護者や生徒のカウンセリングを
報告する。そのケース会議には、H 教室の指導
行ったり、集団活動に加わったりし、ケアサポー
員と教育相談の先生、学校の担任や学年主任、
ター 4 名は日替わりで教室に入り、生徒と一
管理職などが参加する。また、H 教室でバザー
緒に活動するのが役割である。
やコンサートなどイベントのあるときには、学
校にも連絡をし、なるべく先生に来てもらうよ
2 - 2 スタッフの仕事
うにしている。担任や別室の先生と定期的に連
通っている生徒と一緒に学習し、ときにゲー
絡をとっており、学校と保護者と生徒と H 教
ムをするなど、二人の常勤スタッフやケアサ
室の先生で面談することもある。
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岩 下 沙亜弥・堀 江 伸
写真 1 :「ホーム」の様子(丸テーブル、ミニ卓球台など)
写真 2 :「ホーム」の様子(デスク = 勉強机)
写真 3 :「プレイルーム」の様子(卓球観戦用の椅子とバランスボール、一輪車)
H 適応指導教室における子どもへの関わり方と場づくり
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水
木
金
マイプラン
体育館
PC(キーボード)
週
図書館
マイプラン
五七五で遊ぼう
週
調理企画
体育館
マイプラン
週
調理実習
マイプラン
ウォーキング
第
週
第
第
第
表 1 H 教室の午前中の予定表(例)
2 - 3 生徒たちの活動の概要
2 - 4 H 教室に通う生徒
H 適応指導教室では、ケアサポーターが勤務
2010年度の H 教室には、中学生 9 名、小学
する水、木、金曜日を小集団活動の日と設定し
生 1 名が定期的に通っている。また、その他に
ている。そこでは、表 1 のように、午前中に小
中学生 5 名と高校生 2 名がカウンセリングのみ
集団活動が設定されており、個別の学習(マイ
を受けに通っていたり、卒業生がカウンセリン
プラン)の他、小集団での活動、調理実習やそ
グや活動をしにやって来たりすることもある。
の企画、一緒に地域の図書館や体育館に出かけ
本研究で主に取り上げるのは、中学生の a、b、
ていったり、ソーシャルスキルトレーニングを
d の三人である。
する等の活動が行われている。それも、無理強
a は、中学 2 年生の女子で、教室に入りはじ
いしてやらせるのではなく、常に生徒の意見を
めた 5 月当初は、比較的どのスタッフともコ
聞いて活動するようにしている。午後からは「フ
ミュニケーションがとれているが、長い休みが
リー」とし、生徒が自分のやりたいことをした
明けて久しぶりに登校してきたときに虚言が出
り、自分のやりたいことが決められない生徒は
たり、他の生徒と話すことがなかったりという
スタッフと一緒にやることを考えて行ったりす
ような生徒であった。
る時間となっており、ほとんどの生徒が卓球や
b は、中学 3 年生の男子で、最初に教室に入っ
カードゲームといった遊びを誰かと一緒に楽し
た時には全く目も合わさず、興味がないといっ
んでいる。H 教室には卓球台やビリヤード台、
た様子であった。彼は、中学 1 年の 3 学期から
ストラックアウト、バランスボールなど体を動
H 教室に通っており、当時から付き合いのある
かすためのものや、ピアノやハンドベル、ギ
W 先生に対しては弱音を吐く様子も多く見ら
ター、ウクレレなど音楽関係のもの、カルタや
れたが、サポーターとして一ヶ月経って共通の
UNO、大富豪などのカードゲーム、人生ゲー
話題を振ったことからようやく会話が出来るよ
ムやサッカーゲームなどのボードゲームなど、
うになるなど、他人に対して心を開きにくい生
たくさんの遊具があるが、一人では出来ないも
徒であった。
のが多い。
d は、幼い感じが残っている中学 2 年生の男
年度の初めは、必ず個別対応がなされ、そこ
子である。彼もまた 5 月当初は指導員の先生と
でスタッフとの関係を作った上でこの小集団活
コミュニケーションをとるくらいで、他の生徒
動が提案される。もちろん、その後も小集団活
に話しかけたりすることはなかった。
動だけでなく、生徒や保護者の希望に応じて、
この他の曜日や夕方の他の生徒がいない時間に
個別活動の時間も設けている。こちらは、ケア
3 .H 適応指導教室の実際 ──日常生活と活動の意味
サポーターではなく、主に指導員や教育相談員
が対応し、学習やカウンセリングなどを行って
ここからは H 教室の機能や、その機能を果
いる。個別で来ている生徒も、コンサートやソー
たすためのスタッフのはたらきかけや意識につ
シャルスキルトレーニングなどの特別な活動の
いて、実際に教室で起こった場面を描写した
時には指導員が誘い参加することもある。
フィールドノーツのエピソードや W 先生のイ
ンタビューを引用しながらまとめていく。
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岩 下 沙亜弥・堀 江 伸
3 - 1 安心できる場所
の失敗に対しては寛大である。二人は共通の友だ
H 教室が生徒にとってどのような場所なのか
ちがいることから少し親交があるようだ。家では
と考えた時に、まず思い浮かぶのが「安心でき
「お姉ちゃん」な a も f の前では「妹」のように振
る場所」ということである。H 教室は生徒たち
にとって、ありのままの自分でいられたり、甘
えたりできる場所、つまり安心できる場所と
なっている。このことを示すエピソードを以下
で取り上げていく。(下線は、筆者らによる注
目箇所である。)
・a にとっての安心できる場所〜ありのままの
自分でいられるということ〜
① a:「雷がめっちゃ鳴ってるときに帰る。」と言
いなかなか帰ろうとしない。I 以外のスタッフが
先に事務室に引き上げるとやっと帰るそぶりを見
せる。I がいつもお見送りをする階段の上まで一
緒に行くと、そこで他愛もない話をたくさんし、
時間を伸ばそうとする。( 7 / 7 )
る舞っている。( 5 /19)
⑥ a:登校したとたん棚を物色し、ビーズの入っ
た箱を見つける。「いいもの見つけた‼」と言いな
がら中に入っている人形の作品を見ている。「それ
誰が作ったんかな。すごいな。」と I が言うと、
「う
ん。すごい。多分お姉さんちゃう?」と言う。「お
姉さんって?」と聞くと「f ちゃん。」「あの人く
らいちゃう?」と答える。( 6 / 2 )
a は、I にはもちろん、他のどのスタッフに
対しても自分から話しかけることが出来、良好
な関係を築いている。特に、Iや X 先生に対
しては、後ろについてきたり、家に帰る時間に
なっても帰るのをためらって話し続けたり、体
を寄せてきたりなど、甘えるような行動が 7 月
② a:登校。今日も少し遅い。合羽は着てきたが、
頃からよく見られるようになってきた。また、
フードは捨ててしまったので頭だけ濡れている。
去年から親交のある一つ年上の f のことをお姉
Y 先生にティッシュで拭いてもらいながら、照れ
さんのように慕っており、実際に「お姉さん」
隠しなのか「白いのつかへん??」と少し嫌がる
と呼ぶ場面も見られた。
そぶりを見せるが、顔は緩んでいる。( 7 /14)
Iや X 先生は、a と出会ったときから、a が
③ a:昼食はチョコの入ったパンを食べる。c と V
先生、X 先生と食べるが、途中で I と b が座って
いるホットカーペットに来て I の横に座り、食べ
ながらゲームを始める。「卵食べる?」と聞いて口
に持っていってやると「うん。」と言って口を開け、
「めっちゃうまい‼」と笑顔で言う。その後はお弁
当を食べている I の膝に自分の肘を置き、リラッ
クスした様子でゲームをする。(12/10)
後ろについてきたり、体を寄せてきたりしても、
決して拒むことはなかったし、どちらかという
と②や④の X 先生のように a が安心して甘え
られるような声かけや行動をとるようにしてい
る。このことによって a はIや X 先生を「甘
えても拒まれない存在」であるとみなし、自然
と甘えられるのだと考えられる。H 教室は、家
ではなかなか甘えられない a が安心して甘えら
れる場所になっているのではないか。
④ a:コンサートは静かに、隣に座っていた X 先
また、a は、6 、7 月には、話を大きくしたり、
生にもたれかかるようにして聞く。
「眠たい。」と
架空の話を作ったりしてスタッフの気を引こう
言っていた a に対し「もたれてもいいよ。」と X
とする姿が何度か見られたが、 9 月あたりから
先生が言ったので、そうしたようだ。自分の母親
そのような言動をほとんどしなくなってきてい
には甘えられないので X 先生を母親のように思い
ることからも a が H 教室を安心できる場所と
たいのではないか。(12/15)
みなしていることが読み取れる。
⑤初心者の I に対して f は手加減がない。I や Y
先生が失敗すると「へたくそやな -。」と笑う。a
は自分が失敗すると「すんまへんなぁ。」とおばあ
ちゃんの口真似をしながらおどけて f に謝る。f も
「なんじゃそら。」と言いながらも笑っている。a
・a の語る話のいくつか
① a が飲んでいたアクエリアスについていたサッ
カーボールのストラップを見て I が「サッカー見
た?」と聞くと、「見に行くつもりやったのに、連
H 適応指導教室における子どもへの関わり方と場づくり
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れて行ってくれる人が無理になって行けへんかっ
えるようになったからではないだろうか。また、
た。友だちは行かはったけど。お土産買ってきて
④で、I や W 先生が a のマニキュアに興味を
もらった。サイン書いたやつ。前で売ってたらし
示したように「嘘をついたり話を大きくしたり
い。」と答える。聞いてみるとだんだん答えが曖昧
しなくても、ありのままの a ちゃんに注目して
になってくる。( 6 /16)
いるよ。」という姿勢をスタッフがとり続ける
②13:45 a が I に「嵐の二宮以外のアドを持っ
ていてメールしてるねん。」と嬉しそうに話しかけ
てくる。「また見せてよ。」とさりげなくいってみ
るとなんとなくかわされる。( 6 /30)
ことによって、H 教室は a にとってありのまま
の自分を受け入れてもらえ、安心して甘えるこ
との出来る場所となっていったように思う。拒
まれることなく甘えられること、誰かの話題に
合わせて話を大きくするのではなくてありのま
③ a は I に図書館への道中、昨日見たというホラー
まの自分が受け入れられること、この二つの要
映画の話をする。「ネットで借りて自宅に届きポス
素が H 教室を a にとって安心できる場所にし
トへ返却〜♪のやり方で借りてん。」また、とび職
ていったと言える。
の人を見て「前、鉄の棒が上から落ちてきて、よ
W 先生によれば、嘘の話をするというよう
けたけど足だけ残って骨折した。でも一日で退院
な不適切なことに注目するのではなく、その子
できてん。すごいやろ ?」という話もする。その
自身の自然な現れや、場に応じての適切な行動
後 X 先生に「それってカードがいるん?どういう
に注目し、「それでいいんよ」「こういうことが
仕組みで借りれるんやろ?」と、借りたと言う
できているね」ということを感じ取らせていく
DVD の話に突っ込まれると「わからん。」という
ようにしているとのことだが、まさに子どもに
曖昧な返事をする。( 7 / 7 )
感じ取られることができる関わり方を大切にし
④ a:定位置に座る。I と W 先生がその前に座り、
話をする。手のマニキュアが気になったので「お、
それ可愛いやん。自分でやったん?それシール?」
などにこにこしながら聞くと「そやで。これ。」と
言ってポーチを取り出す。隣に座りなおして「開
けてもいい?」と聞くと、満面の笑みで頷く。開
けるとマニキュアや除光液、ラインストーン、シー
ルなどが入っている。バザーで売る小物を作るた
めに X 先生に言われて持ってきたそうだ。I と W
先生が興味しんしんで見ていると「それ全部百均
やで。」と言う。その後しばらくその話で盛り上が
る。今日の朝は友だちが来て自分も時間に余裕が
あったので一緒にマニキュアをしたらしい。
今日は「ホラ」が出ることは全くなかった。X
先生に言わせると「安心するとでないのかも。」
(9/8)
このように、 7 月までは、嘘をつくことでし
かスタッフの気を引くことが出来ないと思って
ている。
・b にとっての安心できる場所〜わがままを言
える・甘えられるということ〜
b にとっても、H 教室はわがままを言ったり、
甘えたり出来るというように、ありのままの自
分を出すことが出来る場所になってきている。
フィールドノーツから見ていこう。
① b は、W 先生が戻って来てからも I と少し話し
ていたが、W 先生が「卓球しいひんの?」と聞く
と「したいっすけどもう皆あっち(プレイルーム)
行ったじゃないですかー。」と言う。「さっきまだ
誰も行ってないから先に行って卓球しようって
言ったら、どっちでもいいって言ったやん。だか
ら先生トイレ行ったのに。」と W 先生が言うと
「どっちでもいいは行きたいっていう意味で
しょー。」などと言い口を尖らせて少しごねる。
(10/20)
いた a がそのような言動をしなくなったのは、
② b:Y 先生が13時過ぎに帰ってからは店番をす
後ろをついてきたり肩にもたれかかったりして
ることなくソファに座っていた。I が近付くと、
「先
も拒むことなく受け入れてくれるスタッフの姿
生、クリスマスは寂しいですか?」と聞く。「寂し
に安心し、自分はこのままでもよいのだ、と思
いし多分友だちと過ごすかな。」と言うと「友だち
134
岩 下 沙亜弥・堀 江 伸
と過ごすわけでもないし、家族と過ごすわけでも
「ここに一緒に居られるだけで嬉しい」と言葉
ない。寂しいっす。最近甘えたくなる。人が恋しい。」
でしっかりと伝え続けた W 先生の気持ちが b
と言う。その後、保護者からの差し入れのスイー
にも伝わりつつあるようである。甘えられ、わ
トポテトを半分こしようと誘うと「先生お母さん
がままを言えること、今の君のままでいいんだ
みたいっすね。」と笑いながら受け取って食べる。
よという肯定、この二つの要素が b にとって
それから色々と話をしてくれた。「自分は年齢の割
H 教室を安心できる場所にしていったと言える。
に大人になりすぎた。早く大人になりたい。今日
来てた先輩(去年卒業した女の子)はめっちゃ大
人やった。でも俺は中坊でガキみたいっすよね。」
・d にとっての安心できる場所〜必要とされて
いる自分〜
「甘えさせてもらえなかったから甘え方がわからな
また、自分で考えて行動したり、自ら他の人
い。」「いや、甘えてるんかな。学校に行ってない
とコミュニケーションをとったりすることが苦
のにご飯食べさせてもらえてお小遣いも貰って。」
手な d にとっては、自分の役割が与えられる
I は特に助言するわけでもなく怒るわけでもなく
ことで安心してその場の一員としていられる、
ただ聞いていただけだが、たくさんあふれだして
そのような場所となっている。
きた。最後は「生きたいし、死にたい。両極端。」
と言うので「私は b 君好きやし、一緒に居たら楽
① d:卓球に熱中している a と Y 先生に掃除の時
しいし死んでほしくない。」ということは伝えた。
間の開始を知らせるハンドベルを、W 先生に言わ
すると「そんなん言わんでいいっすよ。」
「先生と
れ一緒にホームに取りに行く。ハンドベルをお腹
話してるといっぱい話してしまう。」と言いながら
に隠し、「13:40になったら何かが起こるぞ。」と
笑って帰って行った。(11/17)
I に嬉しそうに言う。13:35くらいからそわそわし、
しきりに時計を気にし、「あと○分。」と笑いなが
b 自身がいうように「甘えさせてもらえな
ら言う。40分になると力いっぱいハンドベルを鳴
かったから甘え方がわからない」という彼に
らし、「終わりー」と小さな声で言う。驚いた二人
とって、H 教室はそのやり方をもう一度獲得し
を見て I が「成功したな‼」と言うと「おぅ!」
ていく「第二の家」のような存在になりつつあ
と言う。( 5 /26)
るといえる。二年以上一緒に関わっている W
先生に対しては、わがままを言ってみたり、弱
い自分やダメな自分を出したりするようになっ
ている。また、I に対しても、
「お母さんみたい」
と言い、食べ物を分け合ったり、抱えている気
持ちをぶつけるようになってきた。「先生と話
②「d 君また掃除の時間の知らせに行こか。」と言
うと、走ってハンドベルを取りに行きプレイルー
ムに急ぐ。鳴らした後、その場に居るみんなの驚
い た 顔 を 見 て、 し て や っ た り の 顔 で I を 見 る。
(6/2)
しているといっぱい話してしまう」との彼の発
③ d:Z 先生、W 先生、I、d で大富豪をする。そ
言から、よく話を聞いて自分を理解しようとし
の後、「d 君そろそろ仕事ちゃう?」と言うと、ハ
てくれる W 先生や他のスタッフの存在が、彼
ンドベルを自ら取りに行きプレイルームで鳴らす。
を安心させ、わがままを言ったり甘えたりさせ
るきっかけになったと考えられる。
また、自分のことを「学校に行ってないのに、
ご飯も食べさせてもらえてお小遣いも貰って
……」と表現していることから、学校に行って
いないことに負い目を感じており、そのことか
ら自分は甘えてはいけない、甘えるだけの存在
ではないと思っているようなところがある。そ
こに自責の念を感じているようにも受け取れる。
そんな b に、
「生きていてくれるだけで嬉しい」
今日は「そうじだぞー !!」というコメントつき。
(6/9)
④13:35頃になると d はそわそわして、時計を見
始める。13:40になり、X 先生が目で合図すると、
何も言わず部屋を出てハンドベルを取りに行く。
そして、それを鳴らしながら笑顔でプレイルーム
に入ってきて、掃除の時間を知らせる。前までは
スタッフの誰かが声に出してその役割を促してい
たが、今日は目で訴えただけで自らハンドベルを
H 適応指導教室における子どもへの関わり方と場づくり
取りに行き掃除の時間を知らせることが出来た。
(7/7)
135
だが、この日は自分から進んで行ったように見え
た。点数を数えるという役割が d をプレイルーム
に向かわせたように思う。( 9 /23)
通級当初は指導員と関わるだけで、他の生徒
との関わりはほとんどなかった d が、今年に
さらに、⑤の事例からもわかるように、d は
なって、掃除の時間をみんなに知らせる手段と
役割があることで居場所が出来、その安心感か
して W 先生と一緒に話しあった結果選んだ「ベ
ら少しずつ他人と関わることが出来るように
ルを鳴らす」という役割を生き生きと果たし、
なっていったとも考えられる。
誰に言うわけでもないが、「そうじだぞー !!」
また、H 教室はほとんどの生徒にとって、帰
と声をあげることが出来るようにまでなった。
るべき時間になっても「まだここに居たい」と
また、物事を始めるのに時間がかかったり、自
思えるような居心地の良い場にもなっている。
分で何かをしようと決めることが難しかったり
e も c も a も帰るべき時間になっても帰ろう
する d だが、 ④では誰に言われたわけでもな
とせず、スタッフに促されてやっと帰って行っ
く、 自らハンドベルを取りに行き、 みんなに時
た。このことから、H 教室は生徒たちにとって
間を知らせることが出来た。
「長く居たいと思える居心地の良い場所」であ
d がベルを鳴らせば、 先生が 「掃除やで !」
り、また、「安心できる場所」にもなっている
と言ってもなかなか掃除をしない他の二人(a
と考えられる。
と b)がすぐに掃除に取り掛かるということも
このように、H 教室は生徒たちにとって、あ
あり、 掃除の時間を知らせる役割は d に自信
りのままの自分を認めてもらえる場所や家のよ
を持たせ、 また、 仲間に加わるためのきっかけ
うに甘えられる場所、居心地の良い場所など、
ともなっているように考えられる。
安心できる場所となっている。
自ら他人とコミュニケーションをとったり、
しかし、適応指導教室は「安住するだけの場
行動したりすることが苦手な d にとって、W
所であってはならない」という W 先生のイン
先生に任命された掃除の時間を知らせる役割は、
タビューからもわかるように、H 教室はただ安
「自分もこの空間に居てもいいのだ、必要とさ
心できる、居心地の良い場所で終わっているわ
れているのだ」という安心感を持たせ、d が教
けではない。ただの居心地の良い場所であれば、
室に居る理由となったこと、また、それを続け
そのぬるま湯に浸りっきりになってしまい、子
ていくことが d の自信となり、自発的な行動
どもたちに変化や成長は見られないはずだ。子
を促したこと、さらに、あまり他の生徒に自ら
どもたちが良い方向へ変化していくのを支えた
声をかけることのない d が仲間と話すきっか
居場所以外の H 教室の機能とは何なのか、そ
けとなったことの三つの意味があったように思
こにスタッフはどのように関わっているのかを
われる。d の場合、「役割」があるということ
探っていく。
が H 教室を安心できる場所にしていったと言
える。
3 - 2 やればできる‼やってみよう
H 教室は安心できる場所であると同時に、ス
⑤その後は「プレイルーム行く?」と声をかけると、
「そやな。また点数数えに行かなあかん。」と言っ
て向かう。W 先生と b が卓球をしていたのでソファ
タッフが適切に声をかけたり共感したりするこ
とによって、生徒を勇気づけたり、奮い立たせ
たりする場所ともなっている。
に座り指を使って数える。W 先生がそれに気付い
て「d 君数えてくれてる‼本気でやらな‼」と言
・スタッフの共感や正しい評価が支えた自信
うと、d も使命感を感じるようで、それまで I と
① X 先生が d にケンタロウの丼の本を渡し、「ど
話しながら数えていたが、それからは全く I には
んなんがある?」「美味しそうなの教えて。」と言
目もくれずに必死でスコアを数えていた。これま
うと真剣に探す。I が横に行くとあるページで止
では進んでプレイルームに来ることはなかった d
まっている。
「これ美味しそうやな。」と声をかけ
136
岩 下 沙亜弥・堀 江 伸
ると何度も頷き「美味そう。」と答え、無言で X
ていけそうだとわかると、ますます興味を持った
先生にも見えるように本を上にあげる。( 6 /16)
様子で単位制のことや授業のこと、通学のことな
② c は W 先生の持ってきたイラスト集を見ながら
マジックで絵を描いていく。一つ描くたびに I の
方を見るので、「いいやん。かわいい。」と言うと、
ニコリとして「次にわとり描く。」と言い描き始め
る。( 6 /16)
どについて質問し、わくわくしているようであっ
た。 5 教科での受験となるが、数学のテストが良
かったことを考えると手の届く範囲であると W 先
生が伝えると、学習にも意欲が出てきたようであっ
た。「 2 学期のまとめ」のプリントにも「キープ、
○○高校」と書いていた。(12/16)
③ a:W 先生とテスト直しをする。一日漬けで頑
張った数学が、頑張ったところはしっかりと点が
①で d は、自分が美味しそうと思って見て
取れていたことを W 先生と I が喜ぶと嬉しそうに
いた料理を、I が「これ美味しそうやな。」と
する。W 先生が「頑張ったら出来るやん。これか
共感することによって安心し、自信を持って、
ら頑張っていこう‼」と言うと「もう遅いって‼」
司会をする X 先生にも見せて訴えることが出
と言うが「いや、まだ遅くない。三学期は一回し
来た。同じように、②で c は、自分の描いたイ
かテストないからそれに間に合うように頑張ろ
ラストについて無言で I に評価を求め、I の「い
う。」と W 先生が返すと見通しが立ったのか「出
いやん。かわいい。」という言葉に自信を持ち、
来るかも‼」と言ってやる気を見せる。(12/ 1 )
さらに描き続けることが出来た。このように、
④ a:本人の希望により数学のテスト直しをする。
V 先生が a の斜め向かいに座って教え、I が隣に
座り一緒に聞く。I の前に X 先生が座り V 先生の
解説に付けたしをしていく。V 先生の問いにもす
らすら答え「そうそう‼すごいやん!」と言われ
ると嬉しそうに笑う。テスト前に勉強をしたとこ
ろがテストでも出来て、数学の点数が思っていた
以上に良かったことが本人の自信になっているよ
うだ。
数学の問題が一つ終わって時間を見ると35分
だったので、「あと 5 分何する?」と聞きながらそ
ばにあった英語の単語テストをすっと彼女の前に
やると「英語するんかいっ。」と言いつつも、問題
を自分のほうに引き寄せて空欄を埋めようとする。
基本的な単語は理解できているが助動詞など習っ
たことのないものはなかなか頭に入らない。同じ
問題が出てきても詰まったりあてずっぽうに答え
たりしてなかなか正解にたどり着けない。しかし、
40分を超えたにも関わらず、プリントをきりの良
いところまでやることができた。(12/10)
自分から意見を言ったり、行動をしたりするこ
とが難しい生徒にとって、スタッフのひと押し
は、彼らに自信を持たせ、安心して自ら意見を
言ったり、行動したりするための大切なはたら
きを果たしていると言える。
また、③で a は、先日ケアサポーターの V
先生と一日中テスト勉強をして挑んだ数学のテ
ストの出来が良かったことで、「やったら出来
る」と自信を持ち始め、④では、自分が決めた
時間を過ぎても勉強を続けることが出来た。
(以
前ならどんなに途中でも、自分で決めた時間が
きたら勉強は終えていた。)さらに、⑤では W
先生の助言を受けて、以前はあまり真剣に考え
ていなかった高校進学についても、自ら考える
ようになっていった。
このことから、「ありのままの自分でいいん
だ」と自己肯定をし始めた生徒たちは、スタッ
フがたった一言後押しをすることで、自信を持
ち色々なことに挑戦していくことが出来ように
なっていると考えられる。よって、H 教室は生
徒を勇気づけ、自信を持たせることで、生徒が
⑤ a:通える高校の選択肢として、○○高校や×
自ら行動しようと思える場所となっていると言
×高校の話を W 先生がすると、○○高校に興味を
える。
示し、持ってきてもらったパンフレットを見る。
学費などをバイトをして自分で払おうとするとど
3 - 3 世界を広げる場所
れだけ稼げばよいかなどを、先生と一緒に考え、
さらに、H 教室は、一人でいることを好んで
自ら計算する姿も見られた。そして、自分で払っ
いたり、好んでいるわけではないが一人でいる
H 適応指導教室における子どもへの関わり方と場づくり
137
ことになってしまったりして、外の世界に目が
動を示すのではなく、次のように何も言わずに
向きにくい生徒に、コミュニケーションの仕方
見本を示したり、適切な行動が出るような場を
を示したり、見本になったりすることで、生徒
つくったりして、生徒の自発的な行動を促した
の社会性を伸ばし、生徒の世界をより広げてい
り、生徒が積極的に人と関わるようにすること
く場所でもある。
もある。
以下はスタッフの具体的なはたらきかけから
生徒がコミュニケーションの仕方を学んで実践
① d:英語は四文字の単語のプリント。今日はい
したエピソードである。
つも辞書で調べてくれていた X 先生ではなく I が
ついていたので、自分で辞書を引く。途中やって
① a:Y 先生と卓球がしたい。X 先生に「Y 先生
きた X 先生が「トイレ」という単語をみつけ、お
と卓球する。」と言うが、X 先生は「じゃあ誘わな
どけながら「トイレは何て言うん?次からトイレ
あかんな。何て言うの?」と返す。すると、
『X 先
行く時バスルーム行くわって言わなあかんなー。」
生が言ってよ !!』という恨めしそうな顔を一瞬し
と言うと、d は笑いながら「バスルームって言う
た後、うつむきながら Y 先生に向かって「一緒に
のか。」とつぶやいている。その後辞書を引きなが
卓球してください。」と言う。Y 先生が「はい。や
ら「おしっこ」を見つけ嬉しそうに I に見せる。「今
りましょう。」と言うと嬉しそうにプレイルームに
度トイレ行きたい時これ使えるなー。」と言うと、
走っていく。( 5 /12)
②調理企画レシピを書く。X 先生の提案で d が本
を読み、I がそれを書き、c がそこに絵を描くこと
にする。d は最初は早口で小さな声で読んでいた
「覚えてたらな。」と言う。X 先生の出してきた「ト
イレ」に反応し、自分も「おしっこ」という単語
を見つけてきたことから、話を合わせようという
姿勢が見られる。( 5 /19)
が、I が何度も聞き返すと「もう‼」と言って笑っ
② a が来ないのでみんなが心配して「a ちゃん来
てゆっくり読んでくれる。( 6 /16)
おへんな。どうしたんやろう。」と言うと b は「コ
③ご飯が炊きあがるまでに汚れた食器を洗おうと
I が「b 君、洗うのと拭くのとどっちがいい?」と
聞くと、「どっちも嫌っすけど。」と言うので恨め
しそうな顔をして見やると「わかりましたよ!じゃ
あ拭きますってば。」と笑って言う。食後も I が食
器を洗っていると「どうしたらいいっすか。拭き
ます?」と聞くので「うん。ありがとう。頼みます。」
と言うと拭いてくれる。( 6 /23)
ンビニでも寄ってるんじゃないっすか。」と言うの
で、X 先生が「でも自転車で来てて危ないし、時
間通りに来んかったら心配するねんで。」と b が
自転車で来るときも心配していることを含ませて
言うと「そうか。そうっすよね。」と神妙な面持ち
で頷く。「家からどれぐらいなんすか?」と a のこ
とを気にかける発言も見られた。( 7 / 7 )
③ d:13:30から一緒にすごろくをするはずの e
がなかなか来ないので、I や X 先生が「いつ来る
このように、H 教室では、①で代わりに誘っ
んやろう?」と言っていると、自分も気にして、
てやるのではなく、具体的にどのようにすれば
何度も窓から覗き「まだ来ん。」と言う。今までな
よいのかを a に示し、a 自身が Y 先生を誘うよ
かなか行動に出せなかった社会性がどんどん表に
うに促したり、②でもっと大きな声で読んでも
出てくる場面が見られた。E とは共通の趣味があ
らおうと何度も聞き返したり、③で選択肢を出
り、これまでに何度か出会ったこともあったので、
すことで自分の考えを生徒に察してもらうよう
このような行動が自然に出たのかもしれない。そ
にしたりして、周りの人と上手くコミュニケー
の後やってきた e と X 先生と三人ですごろくをす
ションをとるために自分はどうしたら良いか、
る。最初こそ戸惑って e に近付けなかったが、e
また、相手はどうしてほしいと思っているかな
がすごろくを出し、I が「d 君すごろく出てきた!!
どを考えさせるきっかけをスタッフが積極的に
やろやろ。」と誘うと、I の後ろから付いてきてす
つくっている。
ごろくを三人でやる。案の定ぐるぐると回る長旅
また、このように生徒がとるべき具体的な行
で「また梅田に戻った。もう 3 回目やぞ。」などと
138
岩 下 沙亜弥・堀 江 伸
笑顔で自分の状況を I に解説しながら楽しむ。ノー
タオルをさし出すと受け取って拭く。じっと見て
トを見ると風邪気味と言っていたがエネルギーは
いると「どういたしまして‼」と笑いながら乱暴
100%と書かれていた。一日中笑顔が見られたのが
な口調で言う。I が「Iのセリフよ、それはー。」
印象的であった。( 7 /14)
と言うと楽しそうに笑い「ありがとうございまし
④ b:その後も I と二人で色々と話していたが、
た」と言う。(10/20)
離れたところでサッカーのボードゲームをしてい
⑧ d は X 先生と学習しているが、W 先生が誰に
た W 先生が呼ぶので、I が「何か楽しそうやな。
ともなしに「シャーペンって英語で何ていうの?」
見に行こ‼」と言って返事を待たずに先々行くと、
と聞いたのに、X 先生とともに反応し辞書で調べ
携帯電話とウォークマンを持ってついてくる。c、a、
る。それを覚えていたのか、最後にノートを書く
W 先生、V 先生でやっているのを I と一緒に見る。
ときに a が「AM って何の略なん?」と聞いて I
が、ウォークマンをいじって曲を探しているので、
が調べているのを見て自分も辞書をとり調べよう
ちょうど I の好きなアーティストの曲だったので
とする姿が見られた。(12/ 8 )
「この曲聞いたことないから聞いてみたい‼」と言
うと、イヤフォンを貸してくれる。
「一緒に聞こう。」
と言って二人で片方ずつ聞く。b の片方の耳が空
いたので、みんなの声が聞き取りやすくなったの
か、四人が盛り上がると興味を持ってゲームを見
る。誰かがミスをしたりして笑っていると、b も
一緒になって笑ったり、点が入ると小さく拍手を
⑨ a:ゲームをしていて「どうぶつの森」の話に
なり、「まだゴキブリいるんかな?冬やけど。」と
I が言うと「いるんちゃう?」と答え、それに対
して b が「冬の間は繁殖するんですよ。」と I に向
かって言うと a が「え!!それ嫌やな。」と I では
なく b に対して答える場面が見られた。(12/10)
したりする。みんなと(特に先生ではなく、生徒と)
⑩ b がトイレに行こうとするので、立ちはだかっ
同じ空間で一緒に何か楽しむということは彼には
てにこーと笑ってみると「もう‼トイレ行くの!」
珍しいことで、今まででは考えられなかったこと
と笑って強行突破していく。昼食後、みんながプ
らしい。( 9 /24)
レイルームに行こうと誘うので b もプレイルーム
⑤後から帰ってきた a に I が「おかえり」と言うと、
d も小さい声ではあるが笑いながら「おかえり」
と言う。d は少しずつではあるが他人との関わり
が増えてきている。( 9 /23)
へ行く。最初は一人でビリヤードをしたり縄跳び
をしたりしていた。I がトイレに行こうとすると
ドアの前に立って行かせまいとする。「もーそんな
に細くないって‼」と笑って突撃すると「細いで
しょ通れたし。」といたずらっぽく笑う。(12/10)
⑥ b:午後は、W 先生と二人で話していたが、W
先生が席を外すとウォークマンで曲を聞き始める。
①〜⑩のように、スタッフの些細な一言や行
I が近付いて顔を覗き込むとウォークマンを片方
動をきっかけにしたり、スタッフの言動を真似
外して、「先生いつまで居ないんですか?」と聞い
したりして、自ら他人とコミュニケーションを
てくる。「三週間やな。寂しいろ。」と言うと「は
とる生徒が 7 月頃から増えてきた。 5 〜 6 月
いはい、寂しいですー。」と笑いながら憎たらしい
はスタッフが具体的に生徒のとるべき行動を示
口調で答える。しばらくは好きなミュージシャン
していたが、 7 月頃からは全てを「指導」する
の 話 題 で 盛 り 上 が り 笑 顔 も た く さ ん 見 ら れ た。
のではなく、きっかけを作ったり、見本を示し
(10/20)
⑦ c:途中絵の具を服に付けるので濡れたティッ
シュで拭いてやると、特に嫌がる様子もなくそれ
を見ている。汚れた手で袖をめくろうと悪戦苦闘
しているのでめくってやって「どういたしまして。」
と先に言うと「どういたしましてー。」と笑って返
す。道具を洗って濡れた手をぷらぷらさせるので
たりするだけにとどめ、生徒の自発的な行動を
待つことが多かった。生徒たちはそんなスタッ
フの様子を見て、自分で判断して行動し、その
結果、少しずつではあるが他人とコミュニケー
ションをとることが出来るようになってきた。
このことから、H 教室はスタッフが生徒とス
タッフの一対一の会話を他の生徒にも広げたり、
H 適応指導教室における子どもへの関わり方と場づくり
139
取るべき行動の見本を示すことによって、生徒
生誰かと代わって。」と言う。Y 先生が先生たちに
の目を周りに向けさせたり、関心を持たせたり、
ラケットを渡そうとすると「いや。(違う。)」と言っ
自発的に行動させたりする場所となっていると
て顔で d を指す。「やったことないやんな。」と d
言える。
ではなく I に聞く。先生伝いにではあるが、やっ
また、その場の交流で終わるのではなく、ス
た こ と の な い d に や ら せ て あ げ よ う と し た。
タッフの些細なはたらきかけで生徒同士が関わ
り、さらに交流を深めていく場面や、スタッフ
が何も示さなくても仲間のことを思いやったり
して、自ら自分の世界を広げていくような場面
も多く見られたので次に挙げる。
① d:エプロンや三角布が結べず、I が結ぶ。X 先
生に言われ、道具を使ってキュウリを薄い輪切り
にしていく。終わったらじっと顔を見つめてくる。
何も指示せず見つめ返すと、自らゆでたジャガイ
モに味付けをしている a の近くに行きその作業を
( 6 /30)
④ b:その後は卓球をする。Y 先生と対戦すると
きは本気で色々な技を試したりと自分で楽しんで
いるようだが、I と対戦する時は、ラリーが続く
よう打ちやすいところに優しく返して I も楽しい
ようにと考えてくれる。a と対戦していたときは、
a のスマッシュがなかなか入らないので、自分は
ふわっと浮くように返して、a が上手くスマッシュ
を決められるようにアシストしてあげていた。こ
れがかなりさりげなく出来ていて、感動。( 7 /14)
じっと見つめる。すると a が自分はマヨネーズを
⑤ a:野菜のみじん切りなどは手慣れた様子で楽
入れながら d に向かって「キュウリ入れて。」と
しそうにやる。途中近くで混ぜていた b の手元を
言う。d はすぐにキュウリを入れる。
「次は塩こしょ
覗きこんだりする。話しかけることはないが、I
うして。」と a が言い、d が塩こしょうをふる。加
と b が話しているところに上手く話を振ってやる
減が分からず I の顔を見てきたので「もうひと振
と三人で会話が出来る。その際、I がさりげなく
りぐらい?」と言うと、a が「味見したらいいやん。」
抜けても二人で二、三言会話を続けることが出来
と言い自ら味見をし、d にもするように勧める。
る。( 9 /15)
おにぎりを作る際ラップの切り方がわからない d
に a が見本を見せて教える。( 5 /26)
⑥ d:午後は Y 先生と Z 先生のサッカーゲーム対
決を見た後大富豪をすることにしたようで、「大富
② a が食器を洗って I が食器を拭いていると、d
豪するぞ。」と言ってカードを持って I、X 先生、
がその様子を見ている。I が「手伝う?」と問うと、
b がいるテーブルにやってくる。I や b も入れて一
「ええで。」と言い自分も洗い始める。ぎこちない
手つきではあるがなんとか洗い終え「 9 人分洗っ
たぞ‼」「疲れたわ。」などと言いながらもにこに
こしている。a は自分が洗い終わると d が洗って
いるところまで来て d の洗った皿を拭いている。a
は、d に対して教えてあげたり、指示をしたりと
お姉さんのような接し方をする。d の洗った食器
を I が拭いているのを真似して、何も指示をしな
くても d の洗った食器を拭き始めたのは、自分に
対してお姉さん的な立場の I の行動を真似ること
で、d に対してお姉さん的な立場に立ちたかった
からかもしれない。( 5 /26)
緒にやりたかったのだろうか。(10/ 6 )
⑦昼食の途中、X 先生が紅芋タルトを 6 切れ持っ
てきてくれて食べる。 2 切れ残っていて「誰が食
べてない?」という話になり、一つは Y 先生の分、
もう一つは余りだったので「誰か食べー。」と X
先生が言うと、d は「どうぞ?」とみんなに言う。
しかし「d 君食べていいよ?」とみんなが言うと「い
いのか?」と言ってみんなに確認した後、嬉しそ
うに食べる。Y 先生の分がまだ残っていたので、
Z 先生がふざけて「I さん食べたら?」と言うと、
d は真ん中に置いてあったタルトのお皿を、I から
守るように笑いながら Y 先生の方に寄せる。まだ
③ d:a と Y 先生が卓球をしているのを台のすぐ
食べていない人の分が取られないようにという d
そばで見つめる。とんできたボールを拾って a に
の優しさ、茶目っけ?が見られた場面であった。
パスする様子も見られた。a も d のことを気にし
その後、I と卓球をしている時、Y 先生が一人で
ているようで、自分と対戦していた Y 先生に「先
やることがなさそうだったのを心配してか、Y 先
140
岩 下 沙亜弥・堀 江 伸
生にサッカーのボードゲームを取ってあげて「こ
スタッフが間に入っていなくても会話が出来る
れで一人で練習でもしとくか?」と言うなど人に
ようになっとことつながっていると考えられる。
気を遣う優しい場面も見られるようになってきた。
このように、生徒が自分の意思で起こした一つ
(11/24)
⑧ b はコンサートが始まってすぐは、自分の腕に
巻いた数珠を触ったりと落ち着かない様子だった
が、しばらくすると数珠を腕から外して机に置き
真剣に聞く。終わった後は Y 先生と奏者の人が話
しているところに行き自分も何か質問をしていた。
(12/ 1 )
の行動によって生徒同士の関係が良くなり、さ
らなるコミュニケーションが生まれたというエ
ピソードも多くある。⑧で b が初めて会う奏
者の方のところに自ら質問をしに行ったり、W
先生が、生徒を卒業生のギター青年とつないだ
ことによって、その生徒の行動範囲が広がった
りというようなエピソードからもわかるように、
自らコミュニケーションをとれるようになると
⑨ a:調理実習の事前打ち合わせでは、a が以前か
いうことは、生徒の世界を広げていくことにつ
らやると言っていたホイップ作りに b が興味を示
ながると言える。
したため、
「じゃうちクレープ作るわ。」と b に譲っ
た。調理実習では、クレープが出来てからも d や
b が作業をしているのをのぞきに行ったりしてい
た。(12/15)
⑩ W 先インタビューより ・a と c の関わり〜サッカーゲームから広がる
輪〜
以下は、サッカーゲームという場が生徒の世
界を広げていった場面である。
私の知り合いでギターを弾く人がいてね、彼は
① a:昼食後は W 先生とペアになり、c、V 先生
高校時代からずっとギターを続けていて、就職し
ペアとサッカーゲームで対戦する。最初のうちは
てからも、ライブハウスで活動を続けているんだ
頭を使って慎重にやっていたが、燃えてくると適
けどね、その人も高校時代しんどい時期があった
当に乱暴になってくる。終始笑顔で楽しそうにし
ということを話してくれる機会があったの。知り
ている。c とはサッカーゲームをやるまで全く接
合った当時にはその話を聞かなかったので、改め
点がなかったが、問題なくゲームが出来た。相当
てそのことを話せるだけ彼は成長したのだとうれ
楽しかったようで、記録にもゲームのことを書い
しかった。彼は「自分がしんどかったことを喋り
ていた。
たいし、音楽を続けてきたことも喋りたい」とい
c が帰る時、a がちょうどトイレから出てきて、
うので、教室に時々来て、子どもたちや親御さん
どちらからかはわからないが「ばいばい」とあい
の前で演奏してくれるようになったの。その人と
さつを交わす。ホームに戻ってきた a に「ばいば
今教室に来ている音楽の好きな高校生と是非会っ
いって言ったん?」とにこにこしながら聞くと、
てもらいたくて、お互いに気持ちを確かめたら、
うつむいて「普通ちゃうの?」と少し荒い口調で
是非会いたいとの返事をもらったん。で、会ったら、
答える。I が知っている限り、初めて生徒にあい
ものすごく話があって、彼のライブに行ったりで
さつをしたように思う。先生二人を交えて c と一
きるようになったの。普段緊張の高い生徒だけに
緒に楽しんだサッカーゲームが二人の間に存在し
こんなふうに自分の得意なところで、世界が広が
て い た 壁 を 取 り 除 き つ つ あ る の で は な い か。
ることはとても大切なことだと思う。
このように、日々のスタッフの在り方を見て
いて、自らそれを真似て他の生徒とコミュニ
ケーションを図ったり、自分で考えて他の生徒
を思いやったりする行動が見られるようになっ
てきた。また、④で、a の b に対する見方が変
わったと思われるが、そのことが⑤で a と b は
( 9 /24)
② c:昼食後はサッカーゲームをする。c、V 先生
対 a、W 先生のゲームが終わって I と a が V 先生
に監督されながらゲームの研究をしていると、座っ
ている V 先生の横に椅子を持ってきてその様子を
見る。I が V 先生にやいやい言われながらも必死
にやって、鈍くさいことをすると、W 先生や V 先
生と顔を見合わせて楽しそうに笑う。みんなで盛
H 適応指導教室における子どもへの関わり方と場づくり
141
り上がっているところに自ら椅子を持ってきて
H 教室の機能を明らかにし、どのように関わっ
入ってきたのは、I が見ているなかではこれが初
ていけば、また、どのような場づくりを行えば、
めて。サッカーゲームをみんなと一緒に楽しむこ
生徒が成長出来るのかを探るということを挙げ
とで、みんなと何かするということの楽しさを知
ていた。
ることが出来たのではないか。( 9 /24)
ここでは、事例を通して見えてきた H 教室
③ c:食後、食器をおろしてうろうろしているので、
の機能と、その機能を果たすために行われたス
「じゃあ、b ちゃんが洗って c ちゃんが流してIは
タッフの関わり方や場づくりについて考察して
応援‼」と I が言うと、笑いながらやり始める。a
いく。また、そのなかで H 教室における「私
と会話こそないものの一緒に何かすることに対し
=I」の存在意義や在り方とはどのようなもの
ては抵抗がなくなってきている。
であったのかについても考察する。
掃除用具を片付ける際、X 先生がごみ袋越しにゴ
キブリを捕まえるという事件があり、その一部始
4 - 1 居場所機能
終を興味を持って見守る。みんなと一緒になって
まず、H 教室の一番土台にある機能として居
少し楽しむ。ゴキブリの名前を出すことも嫌らし
場所機能が挙げられる。H 教室は通ってくる生
く、「G」と呼ぶ。人の言うことややることを見て
徒たちにとって、甘えられる場所であったり、
いてそれに対して笑ったりするなど反応すること
わがままを言える場所であったり、家のような
が多くなってきた。(10/13)
場所であったりする。それは、安心してありの
ままの自分を出せる場所と言い換えることが出
以上は、W 先生と V 先生が a と c を誘って
来るだろう。ただの教室がどうしてこのような
始めたサッカーゲームが、a と c をつなぐ役割
居心地の良い空間になっていったのか。その答
を果たした場面である。二人はサッカーゲーム
えは、スタッフの関わり方にあった。H 教室の
で急接近し、自然と挨拶をしたり、③では共同
スタッフは、通ってくる生徒たちに常に「あり
作業をするなど、その後もぎこちないながらも
のままのあなたでいいんだよ」というメッセー
交流を深めている。より小さなきっかけで、あ
ジを送ってきた。どんな時も話を真剣に聞き、
るいは誰からも教えられずに、生徒たちは自ら
向き合う姿勢を崩さなかった。生徒が何をして
交流を深めたり相手を思いやったりすることが
も受け入れるというメッセージを行動で、そし
出来ていることを示すエピソードである。
て言葉で常に伝えていくことで、生徒は安心し
これらのことから、H 教室は、スタッフが生
て自分の居場所を見出せたのだと思う。
徒と生徒をつないだり、見本になったりするこ
インタビューで W 先生が「生徒が行った不
とで、生徒のコミュニケーション力を高めるな
適切な行動に対して助言をすることはあっても、
ど、社会性を育む場所となっていると言える。
生徒自身を否定することは絶対にない」と言っ
また、生徒のコミュニケーション力を高めるこ
ているように、H 教室のスタッフは、生徒を否
とは、b が自ら初対面の奏者の方に話をしに
定するようなことはしない。そのような関わり
行ったように、生徒の世界を広げることにつな
方が、生徒を安心させ、H 教室をありのままの
がる。このことから、些細なきっかけをつくっ
自分を肯定できる場所へと変化させていったの
たりコミュニケーション力を育んだりして、生
である。スタッフの温かい雰囲気や行動が、H
徒同士を繋げたり、新たな人と引きあわせたり
教室の生徒にとって居心地の良い、安心できる
することが、引きこもっていた生徒に新しい世
居場所をつくり、生徒が「ありのままの自分で
界を見せることにもなっていると考えられる。
いいのだ。」と思えるための基盤を作っている
と言える。
4 .考察 ── 関わり方と場づくり、
そして「私」
しかし、H 教室は W 先生が言うように「安
住だけする場所」で終わっていない。ありのま
まの自分を肯定できるようになった生徒たちは、
本研究の目的として、生徒を成長させている
さらなる成長を遂げていくのである。それを支
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岩 下 沙亜弥・堀 江 伸
えた H 教室のその他の機能について考えてい
ケーションの仕方を学ぶことで自分だけ、ス
く。
タッフだけだった世界から、他者を交えた新し
い世界へ広がるということもある。
4 - 2 自信を持たせる機能
そこでのスタッフの援助としては、コミュニ
H 教室には、居場所を見つけ、「ありのまま
ケーションのきっかけを作ることや生徒の見本
の自分でいいんだ」と自己肯定をし始めた生徒
となることが挙げられる。スタッフが少しの
たちに、スタッフがたった一言後押しをするこ
きっかけを作ったり、さりげなく見本を見せた
とで、生徒に自信を持たせ、色々なことに挑戦
りすることで、生徒は周りに目を向け、世界を
させるという機能があったと言える。生徒の思
広げていくことが出来ている。
いに共感したり、生徒の行動を正しく評価した
インタビューからわかるように、W 先生も
りといったスタッフの少しのはたらきかけで、
生徒が人間関係を作るためのモデルとなること
生徒は自分に自信を持ち、色々なことに挑戦し
を意識されている。また、自らを「仕掛け人」
ていくことが出来た。a が数学のテストで良い
とよぶことばがでてきたように、ひとつのきっ
点をとったことから高校進学を意識し始めたよ
かけとなって生徒の世界を広げていくことを意
うに、スタッフの少しの後押しは生徒に「自分
識されている。このことからも、H 教室には、
は変われるんだ」という自信を持たせることに
生徒の目を周りに向けさせ、世界を広げていく
なる。自分に自信が持てず、自ら行動を起こし
という機能があると言える。
にくい生徒たちに、少しだけお手伝いをする。
また、d が W 先生に役割を与えられ、それを
4 - 4 スタッフは影の役者
見事に果たして自信を付けていった例のように、
3 つの機能を整理して、スタッフの関わり方
自信を持てる場を設定する。そのようなスタッ
にはある特徴があることがわかる。それは、
「指
フの関わり方や場づくりが、生徒に自信を持た
導をしない」ということである。スタッフは、
せ、自発的な行動を促す機能を果たしていると
決して生徒に指導や強要をしない。スタッフが
考えられる。
するのは、提案と助言と後押しだけである。あ
居場所、つまりありのままの自分を認めてく
とは生徒たち自身の力で成長していくのだ。
れる場所があるということは自分を肯定するた
このように考えると、スタッフの役割や H
めの基盤になる。そこから生徒が自信を持って
教室の機能というのは、花を育てることに似て
一歩踏み出せるように勇気を出すお手伝いをし、
いると気付く。花を育てるときは、日当たりの
生徒が自分に自信を持てるようにする。それが
良い場所など、花にとって気持ちの良い場所に
H 教室の自信を持たせるきっかけづくりや場づ
置き、土壌を整えてやり、必要な時に必要なだ
くりの機能である。
け水や肥料を与える。H 教室のスタッフも、生
徒にとって安心して成長していける場所を作り、
4 - 3 社会性を育み世界を広げていく機能
その後は時期を見て、段階を踏んで、自信を持
さらに、H 教室は、周りに目を向けさせたり、
たせたり、社会性を身につけさせたりするお手
生徒の社会性を育んだりする機能も果たしてい
伝いをする。生徒が成長するために、今、どの
た。最初は、スタッフの具体的な指示を受けて
ような関わりが必要なのかを考え、適切な時に
その通りに行動することで他人とコミュニケー
適切な関わりをする。その関わりは、ちょうど
ションをとっていた生徒たちだったが、時間が
土が乾いた頃を見計らって花に水をやり、その
経っていくうちに、スタッフの言動を見てそれ
成長を支えるのと似ている。
を自発的に真似ることでコミュニケーションを
スタッフは嘘をつくことや話を大きくするこ
とったり、自分で考えて他人を思いやる行動を
とでしか他人の気を引くことが出来なかった a
とったりすることが出来るようになっていった。
に、「そんなことしなくてもいいんだよ。そん
また、コンサートの後に、初対面の奏者の方に
なことしなくてもありのままのあなたに注目し
自ら話を聞きに行った b のように、コミュニ
ているよ」というメッセージを送り続けた。そ
H 適応指導教室における子どもへの関わり方と場づくり
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の結果、H 教室は a にとって安心して自分らし
けば子どもが頑張れるか、それを見つけるのは
くいられる場所になった。居心地の良い場所で
私たちの『力』」とも表現されているが、その「お
あるということは花が育っていくための第一条
手伝い」というのは、スタッフに力がないと出
件となるように、H 教室でも全ての活動の基盤
来ない。それは生徒のことをよく理解し、生徒
となる部分である。
が若干の負荷を感じながらも跳ぶことのできる、
また、自分に自信が持てず、なかなか自分か
生徒を成長させるハードルを置く力である。い
ら行動を起こせなかった c や d に、ほんの少し
つ、どこにどのようなハードルを置いて生徒を
だけ後押しをしたり共感したりした。その結果、
跳ばせるかは、スタッフが生徒をよく理解して
c も d も自信を持って自分から行動できるよう
いなければ決められない。このことは、生徒一
になった。
人ひとりを理解することの大切さを示している
そして、生徒同士だけでは話しにくい a と c
と思われる。H 教室に安心感を持てない生徒に、
をつなぐように、その間に入って会話をしたり、
いきなりコミュニケーション力を付けるきっか
一緒にゲームをしたりした。その結果、a と b
けや場づくりをしても生徒にそのような力がつ
はスタッフがいなくても二人で話せるようにな
くわけではない。スタッフが生徒に合ったハー
りつつある。
ドルをよく考えて用意しなければ、生徒は跳ぶ
耕された気持ちの良い場所に置かれて初めて
ことが出来ないのである。生徒に「このハード
花が伸びていくように、生徒も安心できる場所
ルなら安心して跳べる」という安心感や自信を
があることで初めて色々なことに挑戦していく
持たせ、生徒一人ひとりに合ったハードルを用
ことが出来る。そのための自信をつけたり、きっ
意して跳ばせる。そのような機能を H 教室は
かけをつくったりするのが、自信を持たせる機
果たしていると言える。
能であり、社会性を育み世界を広げていく機能
である。花を引っ張って無理矢理に成長させる
4 - 5 H 教室における
「私=I」
の関わりと存在
ことが出来ないように、スタッフは生徒を成長
ここからは、H 教室における私、Iという存
させるために、生徒の代わりに何かを「してあ
在について考えていく。H 教室においてIはど
げる」とか、無理に「させる」ことは出来ない。
のような役割を果たしていたのだろうかと考え
スタッフに出来ることは生徒の成長を支えるこ
た時に、思い浮かぶのが「ロイター板」である。
とだけである。側で安心感を与えつつ、生徒が
ロイター板というのは、跳び箱の補助具であり、
成長するためのきっかけや場をつくっていく。
跳び箱を跳ぶ際、走ってきたスピードを生かし
たったそれだけのことが生徒の成長を支えてい
て弾みをつけるためのものである。ロイター板
るのである。生徒が変わっていくための些細な
を使うには、まず、そのロイター板に対する恐
お手伝いをする「影の役者」のような、花を育
怖心を取り除くことが必要である。それと同じ
てるような機能を H 教室は果たしていると言
ように、生徒が「このロイター板なら信用して
える。
走っていって身を委ねることが出来る」と思え
W 先生がスタッフのことを「触媒」と表現
るように信頼関係をまずつくる。安心して身を
されているが、放っておけば何も起こらないも
委ねられる存在となるのだ。そのようにしてロ
のが触媒一つで化学反応を起こすように、ス
イター板に走って行こうと思えるきっかけをつ
タッフがタイミングよく、生徒の成長に必要な
くり、走ってきた生徒に対して、必要な時にスッ
きっかけや場づくりして成長を支える。「お手
と下にもぐりこみ、跳ぶための弾みをつける。
伝い」と表現されているように、スタッフはあ
そのような役割を「私」は果たしていたように
くまで影の役者であり、伸びていくのは生徒自
思う。そのロイター板は、補助をする相手や跳
身である。
ぶ跳び箱の大きさなど、その時々によって形や
また、W 先生は「適応指導教室の良いとこ
ばねの強さを変える。一人でいる生徒をちょっ
ろであり難しいところが、子どもに合わせた目
と他の生徒との遊びに誘うときは、小さいロイ
標設定が出来るところ」、「どこにハードルを置
ター板になり、さりげなく跳ぶのを支え、生徒
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を新しい人や物事に出会わせたりというように、
は出ない。これと同じで、どれだけロイター板
その生徒にとって大きい跳び箱に挑戦する時に
になって待っていても、生徒自身が走ってこな
は、より大きく弾みのあるロイター板になる。
ければ何の意味もない。このことは、生徒の成
私がサッカーゲームで鈍くさい行動をすること
長には、スタッフからのはたらきかけだけでな
が、c をサッカーゲームによりひきつけ、また、
く、生徒自身の能動的なはたらきかけが不可欠
私が c のお弁当を覗くことが d に c のことを気
だということを示している。何かを「してあげ
にさせるきっかけとなった。このような私の関
る」のではなく、生徒自身に何かを「しようと
わりが、知らないところで生徒の成長を支える
思わせる」、それがロイター板として果たして
ロイター板のような役割を果たしていたのであ
いた役割であり、信頼できるロイター板になっ
る。
てスッと下に潜り込むようにして行った関わり
私が果たしたのは小さなロイター板のような
方や場づくりが生徒を成長させていたと言える。
役割に過ぎないが、適切なロイター板、つまり、
変幻自在に形やばねの力を変えるロイター板に
結び 場づくりの核となる関わり
なることで、生徒はどこまででも跳ぶことが出
来るのではないかと思う。W 先生が生徒と卒
上で述べたように、H 教室ではスタッフに
業生をつなげることによって、あまり気持ちが
よって生徒が成長できるような場づくりが行わ
外に向いていなかった生徒がライブハウスに行
れている。H 教室は「カフェのような居心地の
けるようになったように、跳び箱を跳ぶことで
良い空間」を目指して作られており、木のテー
H 教室から飛び出していくことが出来る、新し
ブルやホットカーペットやビーズクッションな
い大きな世界を見ることが出来る、そのような
ど、温かみがあり、心が安らげるようなものが
大きな跳び箱を跳ぶためのロイター板に、私も
置かれていて、その教室自体が既に指導員に
なり得るのではないだろうか。
よって「つくられた場」である。しかし、それ
また、ロイター板はそれを使う人が走るとい
をより意味のある場、生徒を成長させる場にし
う予備動作を行うことによって、より大きな役
ていくのがスタッフの関わり方なのである。
割を果たすことが出来るものである。走るとい
冬になって登場したホットカーペットでのエ
う予備動作なしでその場でジャンプしてみても、
ピソードが、スタッフの関わりが場づくりの核
弾むことは弾むが、跳び箱を跳べるだけの高さ
となっていることをよく表している。部屋の南
写真 6 :ホットカーペットとテーブル、ビーズクッション
H 適応指導教室における子どもへの関わり方と場づくり
側にあって冬でも日差しのあたるホットカー
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主要な参考文献
ペットに、みんなで集まってランチを食べ、語
り合う時間が本当に温かい。その様子には、子
どもたちの変化を実感することが出来る。(写
真4)
ホットカーペットはそれ自体が既に暖かい場
であるが、そこを人が集まる、ほっとするよう
な温かい場にするのがスタッフの関わりなので
ある。昼食の時間に、一人でいる生徒に対して
「そっちは寒いからあっちに行こう?」とスタッ
フが誘い、ホットカーペットでみんなで食べる。
このようにスタッフが声をかけてみんなで食べ
ることで、ホットカーペットは物理的に暖かい
場から、人のぬくもりを持った温かい場へと変
化するのである。そして、そこでスタッフ同士
が和やかに会話をしていると、生徒もリラック
スした様子で少しずつ会話に入ってくる。そこ
で作られた温かい空気は午後の活動にも影響し、
それまでは絶対に参加しなかった生徒をみんな
で行うカードゲームに参加させたこともあった。
声をかけたり楽しく話せる雰囲気をつくった
りすることが、ホットカーペットというただそ
こにセッティングされた場を、人の集まる温か
い場、安心してコミュニケーションをとろうと
思える場など、意味のある場にしていく。この
ように、スタッフが関わることで「場」はさら
に意味のある「場」になっていく。そして、そ
の場が生徒を成長させていくのである。そのよ
うに場をつくっていく関わり方が H 教室のス
タッフの良さであり、生徒を成長させているは
たらきなのであろう。セッティングされた場が
意味のある場になるためにはスタッフの関わり
が必要不可欠である。つまり、生徒が成長する
にはそれを支える存在が必要であり、そのよう
な存在であるスタッフと関わりあうなかで H
教室の生徒は成長していっていると言えるだろ
う。
尾崎啓子・日高潤子 2007 適応指導教室に通級す
る児童生徒の回復要因としての指導担当者の関
わり 埼玉大学教育学部附属教育実践総合セン
ター紀要( 6 )27−38
角田和也・保坂亨 2004 適応指導教室の現状―全
国規模の実態調査から 千葉大学教育実践研究
11 221−237
門脇厚司 1999 子どもの社会力 岩波新書
河合隼雄 1992 子どもと学校 岩波新書
小坂 浩嗣・粟田 恭史 2008 不登校に対する適応指
導教室と学校との連携の在り方 鳴門教育大学
学校教育研究紀要 23 97−106
櫻井裕子 2010 不登校の中学生にとっての適応指
導教室のありかた ? エスノグラフィー的記述を
用いて― 奈良女子大学社会学論集(17) 277
−294
西嶋 雅樹 2007 心理臨床の場としての適応指導教
室 京都大学大学院教育学研究科附属臨床教育
実践研究センター紀要 11 57−66
東山紘久 2000 プロカウンセラーの聞く技術 創
元社
福井市教育委員会 1996 変わろうよ!学校 - 適応
指導教室のチャレンジ 東洋館出版社
吉崎 聡子 2005 適応指導教室指導員の援助意識に
ついて 弘前大学教育学部附属教育実践総合セ
ンター研究員紀要 13− 3 77−83