グローバル・サスティナビリティと 環境政策統合 Global Sustainability and Environmental Policy Integration 松下和夫 Kazuo Matsushita, Kyoto University 京都大学大学院地球環境学堂 リーマンショック後の世界: 新しい危機の特徴 Global Triple Crunch 三つの危機が同時発生 Triple Crunch ①エネルギー危機:石油ショック、資源枯渇 energy ②世界金融危機 finance ③地球温暖化の危機 climate change 世界的金融緩和→石油や穀物の高騰→長期停滞へ →持続可能性の危機 →新しい国際金融ルールと環境エネルギー革命 Easy money policy→ soaring prices of oil and food→ recession→ sustainability crisis→ new international monetary rule and environmental and energy revolution よい環境政策はよい経済政策 sound environmental policy=sound economic policy グリーン経済への移行 transition to green economy ・気候変動のリスクを国際社会が受け入れ可能なレベルに 低減するため必要な規模で、温室効果ガスの排出を削減 ・2050年までに気候の安定化のために許容される世界全体 の排出量の各国への衡平な配分 equitable allocation of permissible global GHGs emissions by 2050 to stabilize climate ・気候変動対策≒経済発展への制約⇔グリーン経済成長論 (グリーン・ニューディール) green economy, green new deal ・EUなどの先進国:気候変動抑制対策を、グリーンな成長・ 雇用、将来の国際競争力の問題として構成 climate change policy=green growth, job creation ・低炭素成長の実現可能性と実例、途上国でも可能かつ実 益があることを示す必要 環境政策統合とは? EPI: environmental policy integration – 「政策統合」とは、異なる政策目的と手段を政策形成の初期 の段階から計画的に統合すること。政策間の矛盾を取り除き、 共通の便益を生み出し、相互補強的な効果を期待。 integrate different policy objectives and measures at an early stage – 「環境政策統合」(EPI)とは、持続可能な開発(SD)を実現す るために設計された政策統合の原則。SDが上位目的。 policy principle to realize sustainable development – EPIとは、環境に関する目標と環境配慮を、他の分野(たとえ ばエネルギー、運輸、農業など)の政策決定と計画に統合す る持続可能な開発を実現する上で鍵となる政策。 integrate environmental objectives and considerations into other policy areas such as energy, agriculture and transport – 伝統的な環境政策が、環境問題をひとつの独立した分野の 問題として扱い、問題が発生後に対症療法的で末端処理的 な対応をしてきたことと対比される。 環境政策統合としてのグリーン・ニューディール green new deal as an environmental policy integration • 1929年の世界恐慌→ルーズベルト大統領のニュー ディール New Deal by F. Roosevelt • “A Green New Deal”, The New Deal Group, published by New Economic Foundation, July 2008 →世界的金融、気候変動、エネルギーの3つの危機に 対処するため、クリーンエネルギーなどへの大規模 な投資を中心として世界経済を再建しようとする提案 massive investment in clean energy and environment to address triple crunch and to revitalize world economy • 強欲資本主義(greed capitalism)→緑の資本主義6 (green capitalism) オバマ米国大統領のめざした環境・エネルギー政策 Obama’s intended environment and energy policy 2020年までに米国の温室効果ガス排出量を2005年比17%削減、2050年に1990年 比で80%削減の目標。Ambitious GHG reduction target キャップアンドトレード型排出量取引制度導入。Cap and trade emission trading クリーンエネルギーなどに10年で1500億ドルを戦略的投資。500万人の雇用創出。 再生可能エネルギー発電割合を2012年までに10%、2025年までに25%に、海外 の原油への依存度を2030年までに35%削減。 毎年4%ずつ燃費基準引き上げ、全ての新車をエタノール混合燃料に対応可とする。 2015年までに150マイル/ガロンのプラグイン・ハイブリッド車等を100万台導入 低所得者層の住宅の断熱改修助成(10年間で毎年100万世帯) 賢い送電網(スマート・グリッド)への投資:再生可能エネルギーを利用する小規 模・分散型で発電した電気を集配 •整合的な公共政策体系(政策パッケージ):エネルギー・環境政策+雇用・新産業育 成・地域振興など(政策統合)を目指す →後退するオバマのグリーン・ニューディール:議会・産業界の抵抗(気候変動対策 法案(上院)の成立断念?)。中間選挙での民主党敗北。 EUの気候変動政策 EU Climate Change Policy • 中長期目標と削減戦略検討(気温上昇2℃未満、 2020年までに単独でも20%、他国が協調する場合 30%削減。2050年までに60~80%削減)mid and long-term targets • EU枠内排出量取引制度導入(05.1.1):排出削減努力 (CO2)に価格 EUETS • 環境税(environment tax 温暖化対策税):北欧諸国、 独・英等で導入 • 企業と政府の自主協定 • 自然エネルギー拡大策:固定価格買入保証制(独、ス ペイン、デンマークなど) renewable energy policy: FIT • Policy Mix(政策の適切な組み合わせ) 8 ドイツの動向 Germany ◆ 1990年代より「エコロジー的近代化路線」(環境分野 への戦略的投資によって技術革新・成長・雇用創出) ecological modernization ◆ 再生可能エネルギーの固定価格買取制(FIT)世界初 の導入:風力・太陽光の爆発的普及 renewable energy policy ◆ エコロジー税制改革(98年、赤緑連合政権) ecological tax reform, red and green coalition ◆ 国家持続可能な開発戦略(同上)national strategy for SD ◆ 再生可能エネルギーに関する所管:経済省→環境省 に移管(2002年) ◆ 連立政権(メルケル首相):気候変動政策、持続可能 な開発への明確な支持 ◆ 2020年目標:40%減(90年比) イギリスの動向 UK • スターンレビューStern Review:ニコラス・スターン卿 が英国財務省の依頼により気候変動の経済をレ ビュー(06.10.30) • 英国産業連盟(CBI)気候変動報告書(07.11):2050年 目標は早期に取り組めば達成可。低炭素社会はビジ ネス・チャンス • エネルギー・気候変動省新設(08.10)Dept. of Energy and Climate • 2020 target:34~42%↓(base year 90) • 2050 target (more than 80%↓)に至る温室効果ガス 長期削減目標明示。それを担保する「気候変動法」、 「エネルギー法」制定(08年11月)、5カ年間のカーボ ン・バジェット(炭素削減計画、排出上限設定)発表 budget approach 日本は?Japan • 科学に基づく目標、2050年には先進国は80%削減 target based on scientific assessment: 80%↓ by 2050 • 世界の低炭素経済への動きは加速→先行者利得論(日 本経済の生きる道は?) accelerating move toward low carbon economy • 成長戦略と環境戦略の統合:日本版グリーン・ニュー ディール Japanese version of green new deal? • 国内制度の早急な整備(炭素税、国内排出量取引制度、 自然エネルギーの固定価格買取制)が必要 introduction of carbon tax, emission trading and FIT for renewable energy • 地域からの取り組み initiatives from local communities • 目指すべき日本の社会(Visions for the future Japanese i t ?N di i ti i i ti ti it ) ドイツへの旅から a trip to Germany ドイツの環境政策:あたり前のことを当たり前に German environmental policy 1. 民主主義的な議論のプロセスを経て目標値 を決定 2. 目標を達成するために必要な法的枠組みの 構築(社会・市場のルールを変える) 3. 法律・条例の施行、実施状況を見て必要に 応じ改正 4. 目標達成の評価→次のステップへ ドイツの環境政策を支えるもの ⇒自治体での取り組みと 市民の意識 17 人間の生活の「場」としての地域社会 • • • • • • local communities as a basis of livelihood グローバル化とローカル化の同時進行:情報はグロー バルに、しかし人間の生活は大地と地域社会とともに 文化、自然、人間的環境を生かした地域社会の再生、 地域社会の共同事業 低炭素社会≒知識社会(←人的投資が生産条件、社 会資本=人間の絆、知識を与えあう) 地方自治体の自己決定:可能な限り市民に近いところ で意思決定を行う→温暖化対策も地域から 国レベルでは縦割り行政の弊害顕著、自治体では選 挙によって選ばれた首長のもとで行政が総合的・一元 的に執行されうる仕組み(環境政策統合の可能性) 市民の協働の経済による地域再生 エコロジカルな市民としての取組 エコロジカル・シチズンシップ ecological citizenship ・環境に関する地球市民としての権利と義務 ・自らの生活を見直す(ライフスタイル、消費活動) ・社会の仕組みを見直す(政策形成への能動的関与、投 票など) ・外の世界、将来世代への想像力(生態学的相互依存、 脆弱な地域・弱者への配慮、先進国の環境責任、世代間 の公平性、地球環境問題の非対称性の認識) 低炭素社会へのパラダイム・シフト paradigm shift toward low carbon society • 環境政策と経済政策の統合 →整合性のある環境経済政策パッケージ ・整合性のある財政支出と構造改革を推進でき る賢い政府 ・低炭素社会へのイノベーションを展開できる企 業家精神 ・地域からの挑戦と革新:人間の生活の「場」と しての地域社会 ・エコロジカルな市民としての取り組み 参考文献 References • • • • • • • • • • • • • • • Collier, Ute (1997), Energy and Environment in the European Union, Aldershot: Ashgate EEA (European Environment Agency) (2005), Environmental Policy Integration in Europe, EEA Technical Report No2/2005 Jordan, A.J., & Lenschow, A. eds. (2008), Innovation in Environmental Policy? Integrating the Environment for Sustainability, Edward Elgar Publishing Limited Lafferty & Hovden (2003) “Environmental Policy Integration: Towards an Analytical Framework” Environmental Politics, vol.12(3), 1-22. Lenschow eds. (2002) Environmental Policy Integration, Earthscan Underdal, Arid (1980), Integrated Marine Policy: What? Why? How?, Marine Policy WCED(1987)Our Common Future, Oxford University Press 金基成(2008)、「ドイツ国家サスティナビリティ戦略と環境政策統合」、環境経済・政策学 会2008年大会 国連事務局 環境庁・外務省監訳(2002)、『アジェンダ21』、(社)海外環境協力センター 坪郷實(2009)、『環境政策の政治学』、早稲田大学出版部 寺西俊一・細田衛士編(2003)、『環境保全への政策統合』、岩波書店 松下和夫編(2007)、『環境ガバナンス論』、京都大学学術出版会 松下和夫(2010)、「持続可能性のための環境政策統合と今日的政策含意」、『環境経済・ 政策研究』第3巻第1号t、岩波書店 松下和夫(2010)、「なぜドイツは環境保護と経済成長を両立できるのか」、『エコノミスト』、 2010.11.23、毎日新聞社 八木信一(2007)、「補助金の交付金化と環境政策統合」『経済学研究』第74巻第1号
© Copyright 2024 Paperzz