テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用

第1分科会
「テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用」
谷正彦(大阪大学レーザーエネルギー学研究センター 助教授)
E-mail: [email protected]
目次
第 1章
序論
1.1
はじめに
1.2
THz 帯 で の 光 源 ( 発 振 器 ) 及 び 検 出 器 の 概 略
第 2章
レ ー ザ ー 励 起 に よ る THz 電 磁 波 発 生 ・ 検 出 原 理
2.1
光伝導アンテナによる発生と検出
2.2
非線形光学結晶による発生と検出
2.3
光パラメトリック発生・発振
2.4
半 導 体 ・ 超 伝 導 体 か ら の THz 電 磁 波 放 射
2.5
光混合法による連続波発生
第 3章
テラヘルツ電磁波の分光応用
3.1
テ ラ ヘ ル ツ 時 間 領 域 分 光 法 (THz-TDS)
3.2
気体分子
3.3
固体
3.4
液体・溶液
3.5
生体関連分子
第 4章
各種計測応用
4.1
イメージング応用
4.2
危険物の探知
4.3
結晶多形
第 5章
おわりに
さらに深く勉強するために(参考文献)
1
第 1章 序 論
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
1.1 は じ め に
電 磁 波 を 利 用 す る 上 で 未 開 拓 と 言 わ れ て い た 周 波 数 帯 が 2 つ あ る 。ひ と つ は 紫 外 と X線 の 間 の
深紫外領域で,もうひとつは電波と赤外の間のテラヘルツ領域(遠赤外域と言ってもよい)で
ある。本テキストでは後者の領域の電磁波,すなわちテラヘルツ電磁波による分光・計測技術
お よ び そ の 応 用 に つ い て 解 説 す る 。 い わ ゆ る テ ラ ヘ ル ツ (Terahertz, THz)電 磁 波 と 呼 ば れ る 電
磁波の周波数定義は研究者によってばらつきがあるが本テキストでは,ミリ波,サブミリ波,
遠 赤 外 を 含 む 30GHz∼ 12THzの 領 域 を テ ラ ヘ ル ツ 電 磁 波 領 域 (THz帯 )と 呼 ぶ こ と に す る 。 表
1.1.1に そ れ ぞ れ の 領 域 の 周 波 数 と 波 長 の 関 係 を 示 す 。
表 1.1.1
波長または周波数領域の分類
領域
赤外
マイク
ロ波
分類
近赤外
中赤外
遠赤外
(サブミリ波)
テ
ラ
ヘ
ル
ツ
帯
ミリ波
周 波 数 (cm - 1 )
周 波 数 (Hz)
波長
0.75µm~2.5µm
2.5µm~25µm
25µm~1 mm
(0.1~1 mm)
400~120 THz
120~12 THz
12∼ 0.3 THz
(3∼ 0.3 THz)
13,333~4,000 cm - 1
4,000~400 cm - 1
400~10 cm - 1
(100∼ 10 cm - 1 )
1~10 mm
300∼ 30 GHz
100∼ 10 cm - 1
ま ず 関 係 す る 単 位 に つ い て 述 べ て お く と 1 THzは 10 1 2 Hzで あ り , そ の 周 期 は 1ピ コ 秒 (=10 - 1 2
秒 )で あ る 。 し た が っ て 自 由 空 間 で の 1THzの 電 磁 波 の 波 長 は 300µmで あ る 。 分 光 関 係 の 研 究 者
は 周 波 数 Hzの 代 わ り に 波 長 の 逆 数 で あ る cm - 1 ( カ イ ザ ー と 読 む ) と い う 単 位 を よ く 使 う ( 波 数
の 意 味 で 用 い ら れ る こ と も あ る が , こ こ で は 周 波 数 の 単 位 と し て 扱 う ) 。 1THzは 33.3cm - 1 に 対
応 し て い る 。 ま た , 1THzを 光 子 エ ネ ル ギ ー hνに 換 算 す る と 約 4.1meVに 対 応 し , kT(kは ボ ル ツ
マ ン 係 数 )に よ り 温 度 に 換 算 す る と 48Kに 対 応 す る 。 た と え ば 可 視 光 の 500nmの 光 子 は 約 2.5eV
に 対 応 し て い る こ と を 考 え る と ,テ ラ ヘ ル ツ 電 磁 波 の 光 子 は 可 視 光 や 近 赤 外 光 よ り 2桁 ほ ど エ ネ
ルギーが低いことが分かる。したがってテラヘルツ電磁波はエネルギーの低い素励起をプロー
ブするのに適しているといえる。
テラヘルツ(THz)帯
(未開拓周波数帯)
赤外/可視/紫外 ∼ X線 ∼ γ 線
長波∼ラジオ・テレビ電波 ∼ マイクロ波 ∼ ミリ波 ∼
104
106
108
1010
1012
1014
1016
1018
(Hz)
1 THz = 1 ps = 300 µm = 33 cm-1 = 4.1 meV = 48K
図 1.1.1 電 磁 波 の 周 波 数 ス ケ ー ル に お け る テ ラ ヘ ル ツ 帯 , お よ び 関 連 す る 単 位 。
テラヘルツ領域がこれまで未開拓であったのは,テラヘルツ領域の電磁波を発生し,検出す
るのが容易ではなかったことが大きな原因である。その理由としては
(ア) 発振器・検出器の極低温動作:テラヘルツ電磁波の光子エネルギーが低いため,高感度
で検出するためには一般に検出器を冷やし,検出器そのものによる熱輻射を抑える必要
がある。またテラヘルツ帯でレーザー発振を得るためには,ゲイン媒質を液体ヘリウム
温度近くまで冷却する必要がある(でないと,熱励起されるキャリアにより反転分布が
実現できない)。
2
( イ ) 電 子 デ バ イ ス 中 の 電 子 走 行 時 間 に よ る 制 限 : 電 子 デ バ イ ス 中 の 電 子 走 行 時 間 (Transit
time)に よ り ,固 体 発 振 器 の 周 波 数 上 限 が 制 限 さ れ る 。し た が っ て ,電 子 走 行 時 間 を 小 さ
くするために微細加工技術が必要となる。(また電子ビーム型の発振器では,高周波に
なる程小さな機械的寸法が要求され,必要な電子流密度,回路損失,熱損失が増大する
等の問題点がある。)
(ウ) 適当なレーザー媒質がないこと:光領域では,半導体レーザーをはじめとして多種多様
な 固 体 レ ー ザ ー が 実 現 さ れ て い る が , THz領 域 で の 固 体 レ ー ザ ー は 極 め て 少 な い 。 こ れ
はレーザー発振に寄与する2準位間のエネルギー差が極端に小さくなり,気体ではレー
ザー媒質として利用できるものがある(発振波長は固定)が,固体の場合は適当なレー
ザー媒質を見つけることが困難なためである。しかし,最近では半導体多重量子井戸を
積 層 し た , 量 子 カ ス ケ ー ド レ ー ザ ー (Quantum Cascade Laser, QCL)の THz帯 で の 発 振
が 報 告 さ れ , 急 速 な 進 歩 を み せ て い る 。 QCLに つ い て は 後 に 説 明 す る が , 発 振 さ せ る た
めにはやはり冷却する必要がある。
な ど が 挙 げ ら れ る 。 し か し , 1980年 台 に ピ コ 秒 , フ ェ ム ト 秒 の レ ー ザ ー 技 術 が 進 歩 し , フ ェ ム
ト秒レーザーを励起光源とするテラヘルツ電磁波パルスの発生・検出手法が開発され様相が大
きく変わりつつある。その発生・検出原理はそれほど難しいものではない。簡単に言ってしま
えば,フェムト秒のレーザーを半導体などの素子に照射し,サブピコ秒の電流(あるいは電気
分極)の変調を引き起こし,その双極子放射によりサブピコ秒のモノサイクル電磁波を発生さ
せ る と い う も の で あ る 。そ の よ う な 電 磁 波 の 周 波 数 ス ペ ク ト ル は DC近 く か ら 数 THzに わ た る 広 帯
域 な も の に な る( ピ コ 秒 の 周 期 が THzに 相 当 す る こ と を 思 い 起 こ そ う )の で ,”THz radiation (THz
電 磁 波 )”と 呼 ば れ る 。THz電 磁 波 の 検 出 に は 発 生 に 用 い た 素 子 と 同 型 の も の を 用 い て ,発 生 の 逆
過程を利用してフェムト秒のプローブレーザーによりサンプリング検出される。このような発
生・検出では電磁波の振幅だけではなく,位相情報も含めた検出なのでコヒーレントな発生・
検出過程である。従来の遠赤外のフーリエ分光法と比較して,有利な点として
(i)
電磁波のピーク強度が大きく,そのサンプリング検出を行うので,検出器を冷却す
る こ と な く 高 い S/N比 を 得 る こ と が で き る ,
(ii) コ ヒ ー レ ン ト な 検 出 な の で 振 幅 ( あ る い は 強 度 ) 情 報 の み で な く , 位 相 情 報 も 同 時
に 得 る こ と が で き る 。 こ の た め Kramers-Kronigの 関 係 式 な ど を 用 い ず に , 直 接 電 磁
波の波形から複素誘電率(あるいは複素屈折率)を得ることができる,
(iii) パ ル ス 電 磁 波 を Pumpあ る い は Probeと し て 時 間 分 解 の 分 光 計 測 が 可 能 に な る ,
などが挙げられる。
フ ェ ム ト 秒 レ ー ザ ー に よ る THz 電 磁 波 パ ル ス の 発 生 と 検 出 方 法 を 用 い た 分 光 法 は テ ラ ヘ ル ツ
時 間 領 域 分 光 (Terahertz Time-Domain Spectroscopy, THz-TDS)と 呼 ば れ て い る 。 本 テ キ ス ト
で は THz 電 磁 波 パ ル ス の 発 生 ・ 検 出 方 法 お よ び THz-TDS と そ の 応 用 を 中 心 に 解 説 を 行 う 。
本 テ キ ス ト の 構 成 は お よ そ 以 下 の と お り で あ る 。次 節 で ,ま ず ,現 在 用 い ら れ て い る THz 帯
の 光 源 及 び 検 出 器 に つ い て 概 説 す る 。第 2 章 で は 半 導 体 光 伝 導 ア ン テ ナ を 用 い た THz 電 磁 波 パ
ル ス の 発 振 と 検 出 ,お よ び 光 整 流 ・ 電 気 光 学 効 果 を 用 い た THz 電 磁 波 の 発 生 と 検 出 に つ い て 詳
し く 解 説 す る 。 さ ら に 光 パ ラ メ ト リ ッ ク 発 生 ・ 発 振 に よ る THz 波 発 生 , 半 導 体 か ら の THz 電
磁 波 放 射 ,光 混 合 法 に よ る 連 続 波( Continuous Wave, CW と 略 す )THz 電 磁 波 発 生 に つ い て 概
略 を 述 べ る 。半 導 体 光 伝 導 ア ン テ ナ と 電 気 光 学 結 晶 は フ ェ ム ト 秒 レ ー ザ ー を 用 い た THz 電 磁 波
パ ル ス の 発 生 ・ 検 出 に 最 も よ く 用 い ら れ て い る 。光 パ ラ メ ト リ ッ ク 発 生 ・ 発 振 に よ る THz 電 磁
波 発 生 は 東 北 大 学 の グ ル ー プ に よ り 活 発 な 研 究 が 展 開 さ れ て い る 。 InAs 表 面 か ら THz 電 磁 波
が 高 効 率 に 放 射 さ れ る こ と が 分 子 研 の 猿 倉 ら に よ っ て 発 見 さ れ て か ら , 半 導 体 表 面 か ら の THz
電 磁 波 放 射 は 簡 便 な THz 光 源 と し て 注 目 を 集 め て い る 。こ こ で は コ ヒ ー レ ン ト フ ォ ノ ン や フ ォ
ノ ン -プ ラ ズ モ ン 相 互 作 用 な ど ,物 性 論 的 な 議 論 を 中 心 に 解 説 す る 。光 伝 導 ア ン テ ナ に よ る 光 混
合 法 は 波 長 可 変 な CW-THz 電 磁 波 発 生 法 と し て ユ ニ ー ク な 方 法 で , 高 分 解 THz 分 光 の 光 源 と
して用いられる。第 3 章ではテラヘルツ電磁波パルスを用いたテラヘルツ時間領域分光
(Terahertz Time-Domain Spectroscopy, THz TDS)に つ い て 解 説 す る 。 気 体 分 子 , 液 体 ・ 溶 液
系 , 固 体 の THz-TDS に つ い て そ れ ぞ れ 測 定 例 を あ げ て 解 説 す る 。 第 4 章 で は 著 者 あ る い は 共
同 研 究 者 が 行 っ た THz 電 磁 波 に よ る イ メ ー ジ ン グ 応 用 や そ の 他 の 計 測 応 用 に つ い て 紹 介 す る 。
最後に第5章では課題と今後の展望について簡単に述べる。
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
3
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
本 テ キ ス ト で は 重 要 な 話 題 で は あ る が THz 電 磁 波 の 通 信 応 用 に つ い て は 取 り 上 げ て い な い 。
THz 帯 の 低 い ほ う の 領 域 と 重 な る ミ リ 波 帯 ( < 300GHz) で は 通 信 応 用 を 目 指 し た 研 究 が 行 わ
れ ,技 術 と し て も 十 分 に 成 熟 し て い る 。し か し ,低 コ ス ト 化 や そ の 他 の 技 術 (光 と 赤 外 通 信 )と の
比較優位性など解決すべき問題があり,実用化にはまだ少し時間がかかりそうである。興味の
あ る 方 は , た と え ば 本 テ キ ス ト 最 後 の さ ら に 深 く 勉 強 す る た め に の 参 考 文 献 [Bk6]の 11 章
を参照していただきたい。
1.2 THz 帯 で の 光 源 ( 発 振 器 ) 及 び 検 出 器 の 概 略
1.2.1 THz 光 源 の 種 類
表 1.2.1
THz 帯 で の 主 な 光 源 ま た は 発 振 器
単一波長型
固体発振器
ガ ン ダ イ オ ー ド ,イ ン パ ッ
トダイオード, 共鳴トン
ネルダイオード
レーザー
CO 2 レ ー ザ ー 励 起 分 子 気
体 レ ー ザ ー ,半 導 体 (p-Ge)
レ ー ザ ー ,量 子 カ ス ケ ー ド
レーザー
電子ビーム,電子管型
ク ラ イ ス ト ロ ン ,ジ ャ イ ロ
ト ロ ン ,後 進 波 管 ,自 由 電
子レーザー
熱放射型
光エレクトロニクス型
差周波ビートによる光混
合,光パラメトリック発
振,差周波発生
広帯域型
シンクロトロン放射光
黒 体 炉 ,グ ロ ー バ ー ,高 圧
水銀灯
超短パルスレーザーによ
る 光 ス イ ッ チ ン グ ,過 渡 的
光整流効果
THz 帯 で の 放 射 光 源 ま た は 発 振 器 は , 動 作 原 理 か ら , 熱 放 射 型 , 負 性 抵 抗 を 利 用 し た 固 体 発
振器型,電子ビーム型,レーザー発振型,非線形光学結晶や光伝導アンテナなどを用いた光エ
レクトロニクス型等に分類することができる。また,放射スペクトルの違いから,単一波長型
と 連 続 ス ペ ク ト ル 型 の も の に 分 類 す る こ と が で き る( 表 1.2.1)。熱 放 射 型 は 連 続 ス ペ ク ト ル 光
源であり,それ以外のタイプのものはおおむね単一波長型である。
(a)熱 放 射 型 の 光 源
熱放射型の光源としては黒体炉,グローバー,高圧水銀灯等がある。中でも,高圧水銀灯は
安 価 で 比 較 的 輝 度 が 高 い こ と か ら ,遠 赤 外 用 フ ー リ エ 分 光 器 の 光 源 な ど に 広 く 使 用 さ れ て い る 。
熱 放 射 型 光 源 の 放 射 分 布 は , 黒 体 放 射 に 放 射 率 ( Emissivity) を 乗 じ た も の で 与 え ら れ る 。 黒
体放射のスペクトル分布はプランクの放射法則で記述される。
P (λ ) =
2πhc 2
λ
5
1
exp(ch / λκT ) − 1
[W・ cm - 3 ]
プランクの放射法則
(1.2.1)
λ: 波 長 (cm), c: 光 の 速 度 3x10 1 0 [cm/sec], h:プ ラ ン ク 定 数 =6.626x10 - 3 4 [J・sec],
T:温 度 [K]
黒 体 の 全 放 射 パ ワ ー は 温 度 T の 4 乗 に 比 例 し て 増 加 す る( ス テ フ ァ ン ・ ボ ル ツ マ ン の 法 則 )が ,
そのスペクトル分布のピーク波長はウィーンの変位則
λm = b / T λ m : ピ ー ク 波 長
ウィーンの変位則
(1.2.2)
従 い 温 度 に 反 比 例 し て 短 波 長 側 へ シ フ ト す る た め , THz 帯 の ス ペ ク ト ル 強 度 は 温 度 上 昇 に 対 し
てあまり大きくはならない。物体を高温に熱すると赤く発光するがこれは,温度が高くなるに
つれ可視域の長波長側,すなわち赤い側から放射強度が増大して,眼にも感じられる程度に強
く な る か ら で あ る 。ち な み に 室 温( ∼ 300K)付 近 で は 黒 体 放 射 強 度 の ピ ー ク は お よ そ 10µm に
4
あ る 。し た が っ て 人 体 か ら も 波 長 約 10µm を
3
T=700K
10
ピークとして電磁波が放射されている。実
2
T=300K
10
際赤外線カメラで我々の体を見ると,温度
T=77K
1
10
の高い部分は光って見え(擬似カラーでモ
0
10
ニターには表示される),温度の低い鼻や
-1
10
指先は黒く見える。
-2
10
約10µm
黒体からの放射強度はプランクの放射公
-3
10
(室温)
式( (1.2.1)式 )を 用 い て 定 量 的 に 計 算 で き る
-4
10
ので,熱型検出器の較正用光源(市販品が
-5
λm
10
ある)として用いられる。黒体の温度,表
1
10
100
1000
面積,検出器への放射立体角,フィルター
Wavelength λ (µm)
の透過率が分かれば,検出器に入射する放
図 1.2.1 黒 体 か ら の 輻 射 パ ワ ー の 波 長 依 存 性 。室 射 パ ワ ー が 計 算 で き る 。 通 常 , 背 景 放 射 の
温 の 300K 付 近 で は 約 10um 付 近 に 輻 射 パ ワ ー ピ 影 響 を 避 け る た め に , 放 射 源 の 前 に チ ョ ッ
パ ー な ど を 置 い て 変 調 を 加 え ,背 景 放 射( ∼
ークがある。
300K)と 黒 体 放 射( 1,000K 前 後 )の 差 を 検
出する。較正過程において,放射立体角や
フ ィ ル タ ー の 透 過 率 な ど に 含 ま れ る さ ま ざ ま な 系 統 誤 差 が あ る の で , THz 帯 検 出 器 の 感 度 を 高
い精度で較正することは難しく,感度較正に数倍のばらつきがでることも珍しくない。特に大
き な 誤 差 の 原 因 と な る の は ,較 正 に 用 い る 赤 外 域 カ ッ ト 用 の フ ィ ル タ ー の 特 性 で あ る 。図 1.2.1
の T=700K の 黒 体 か ら の 放 射 強 度 分 布 を み る と , ピ ー ク の 3~4µm 付 近 の 放 射 強 度 は
1THz(=300µm)付 近 の 放 射 強 度 の お よ そ 6 桁 強 い こ と が 分 か る 。仮 に 3~4µm 付 近 の フ ィ ル タ ー
の 透 過 率 が 10 - 6 程 度 あ れ ば , 1THz 付 近 の 検 出 器 の 感 度 較 正 に 約 数 倍 の 誤 差 が 出 る こ と に な る
( 3~4µm 付 近 の 近 赤 外 放 射 を THz 放 射 に よ る も の と し て 較 正 す る こ と に よ る 誤 差 ) 。
P(λ)
Black body emittance (a.u.)
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(b) シ ン ク ロ ト ロ ン 放 射 と 自 由 電 子 レ ー ザ ー
熱 放 射 型 以 外 で 連 続 ス ペ ク ト ル を 持 つ 光 源 と し て は , シ ン ク ロ ト ロ ン 放 射 光 ( Synchrotron
Orbital Radiation, SOR) が 挙 げ ら れ る 。 SOR は 相 対 論 的 速 度 を 持 つ 電 子 が , 磁 場 中 で 軌 道 を
曲げられることによって発生する制動放射で,そのスペクトル分布は,X 線や紫外線領域から
マイクロ波領域までの広い範囲に及ぶ。X 線や紫外線領域では,高い輝度の優れた光源として
有 効 に 利 用 さ れ て い る 。た だ し SOR の 発 生 に は ,電 子 を 加 速 す る た め の 大 が か り な 設 備 を 必 要
と す る 。SOR の THz 領 域 で の 輝 度 は 高 圧 水 銀 灯 よ り 約 一 桁 強 い 程 度 で ,画 期 的 な 大 出 力 は 得 ら
れていないが,最近コヒーレントシンクロトロン放射により米国のジェファーソン研究所など
で 数 十 W レ ベ ル の THz 電 磁 波 放 射 [So1]が 確 認 さ れ て い る ( た だ し コ ヒ ー レ ン ト シ ン ク ロ ト ロ
ン放射自体はかなり以前に確認されている)。コヒーレントシンクロトロン放射による放射パ
ワーは電子速度を v とすると以下の式で与えられる。
Pcoh = {N (1 − f (ω )) + f (ω ) N 2 }
e2a 2 4
γ ,
6πε 0c 3
シンクロトロン放射強度
N: バ ン チ 電 子 数 ,e: 電 気 素 量 ,a: 加 速 度 ,c: 光 速 度 ,ε 0 : 真 空 の 誘 電 率 ,
(1.2.3)
γ = 1/ 1 − v2 / c2
こ こ で f(ω)は 電 子 ビ ー ム バ ン チ の 形 状 因 子 で , 電 子 分 布 ( 進 行 方 向 ) の フ ー リ エ 変 換 を 規 格 化
し た も の で あ り 0 ∼ 1 の 値 を と る [So2]。ま た γ = 1 / 1 − v / c は 加 速 電 子 の 質 量 と 静 止 質 量 の 比
2
2
で あ り , た と え ば 45MeV の 電 子 に 対 し て は γ=75 に な る 。 (1.2.3)式 の 第 1 項 が イ ン コ ヒ ー レ ン
トなシンクロトロン放射,第 2 項がコヒーレントシンクロトロン放射を表す。電子ビームバン
チ が 放 射 電 磁 波 の 波 長 に 比 べ て 十 分 小 さ け れ ば f(ω)=1 と な り ,コ ヒ ー レ ン ト シ ン ク ロ ト ロ ン 放
射 の み と な る 。 一 方 , 電 子 ビ ー ム バ ン チ が 放 射 電 磁 波 の 波 長 に 比 べ て 非 常 に 大 き け れ ば f(ω)=0
となり,インコヒーレントなシンクロトロン放射のみとなる。コヒーレントシンクロトロン放
射では放射波長より短い領域に電子ビームが局在(バンチング)することで電子数 N の自乗に
比 例 し た コ ヒ ー レ ン ト 放 射 が 得 ら れ る 。 た と え ば バ ン チ ン グ 電 子 数 が 1,000 で あ れ ば , イ ン コ
ヒ ー レ ン ト な 通 常 の SOR に 比 べ て コ ヒ ー レ ン ト SOR の 放 射 パ ワ ー は 1,000 倍 に な る 。 コ ヒ ー
レ ン ト SOR の 短 波 長 限 界 は 電 子 バ ン チ サ イ ズ で 決 ま る 。 逆 に コ ヒ ー レ ン ト SOR の ス ペ ク ト ル
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
5
を測定することで,電子ビームバンチの形状評価に利用できる。ちなみにフェムト秒レーザー
励 起 の 半 導 体 素 子 か ら の THz 電 磁 波 放 射 も 小 規 模 な コ ヒ ー レ ン ト シ ン ク ロ ト ロ ン 放 射 と み な す
こ と が で き る 。た だ し ,数 十 MeV に 加 速 さ れ た 電 子 の γ因 子 は 数 10 程 度 で あ る の に 対 し て( し
たがって放射パワーはその4乗で増強される),半導体素子中の電子の場合は散乱のため相対
論 的 速 度 に ま で 加 速 さ れ ず ,γ因 子 は ほ ぼ 1 な の で ,放 射 さ れ る エ ネ ル ギ ー は 格 段 に 小 さ く な る 。
SOR 光 は 光 源 と し て の サ イ ズ が 小 さ い の で 放 射 光 ビ ー ム を 集 光 し や す く , ま た 小 さ な ビ ー ム 広
がりで放射されるので,志向性が必要な応用には有利である。
自由電子レーザーは,光速に近い相対論的速度を持った電子ビームを,アンジュレーターま
たはウィグラーと呼ばれる周期磁場発生装置により,蛇行運動させて発生するシンクロトロン
放射光を,光共振器で共振・増幅させて発振を行うものである。周波数可変で出力も大きく,
紫 外 か ら THz 帯 ま で 非 常 に 広 い 周 波 数 で 発 振 可 能 で 単 一 波 長 光 源 と し て は 万 能 光 源 と い っ て よ
い。しかし,大きな加速器を必要とするため,全世界で稼動している自由電子レーザー施設は
そ れ ほ ど 多 く な い 。THz 帯 で 発 振 可 能 な 自 由 電 子 レ ー ザ ー は オ ラ ン ダ の FELIX,米 国 の USCB
な ど 数 え る ほ ど し か な い 。 日 本 で は た と え ば , 大 阪 大 学 の 自 由 電 子 レ ー ザ ー 研 究 施 設 が 0.3∼
20µm の 波 長 を 発 振 さ せ て い る 。
(c) 固 体 発 振 器
固 体 発 振 器 に は , GaAs 等 の Gunn 効 果 に よ る Gunn ダ イ オ ー ド や , ア バ ラ ン シ ェ 励 起 さ れ
た キ ャ リ ア の 走 行 時 間 の 遅 れ を 利 用 し た IMPATT ダ イ オ ー ド (IMPact-ionization Avalanche
Transit Time diode)等 が あ る 。 こ れ ら 発 振 器 は 基 本 周 波 数 で , 高 周 波 側 200GHz∼ 300GHz ま
で の 発 振 が 得 ら れ る 。 ま た 逓 倍 器 と 組 み 合 わ せ る と , 出 力 は 弱 く な る が 600GHz∼ 700GHz ま
での発振を得ることができる。その他,量子井戸中の共鳴トンネル現象を利用した共鳴トンネ
ル ダ イ オ ー ド (RTD, Resonant Tunneling Diode)が あ り ,700GHz 程 度 ま で の 発 振 が 報 告 さ れ て
いる。
(d) 電 子 管 型 の 光 源
電 子 管 型 の も の で は , ク ラ イ ス ト ロ ン , 後 進 波 管 (BWO, Backward Wave Oscillator), ジ ャ
イロトロンなどがある。クライストロンは古くから使われてきた発振器で,高周波側およそ
200GHz で 数 mW の 出 力 が 得 ら れ る 。BWO は 何 種 類 か の 発 振 器 で 40GHz∼ 1.3THz の 広 範 囲 を
カ バ ー で き ,1THz 以 上 で 0.1∼ 0.5mW の 出 力 が 得 ら れ る 。作 動 さ せ る た め に 高 圧 電 源 を 要 し ,
高価で,寿命も短い(現在はもう少し改善されているようだが以前は数百時間程度だった)。
ジ ャ イ ロ ト ロ ン は , パ ル ス 発 振 で , 140GHz, 1MW 級 出 力 の も の が , プ ラ ズ マ 加 熱 用 の も の が
開 発 さ れ て い る 。 ま た 分 光 用 の も の で は , パ ル ス 動 作 で 100∼ 850GHz( 出 力 ≧ 100W) 連 続 発
振 (CW)で 140∼ 660GHz( 出 力 ∼ 10W) が 得 ら れ て い る 。
(e) レ ー ザ ー
こ の 周 波 数 帯 域 の レ ー ザ ー と し て は ま ず , CO 2 レ ー ザ ー 励 起 の 分 子 気 体 レ ー ザ ー が あ げ ら れ
る 。 出 力 が 数 100mW∼ mW レ ベ ル の 安 定 な 発 振 が THz 帯 の ほ ぼ 全 域 で , 離 散 的 に 得 ら れ る 。
周 波 数 を 可 変 に す る た め に , 2 台 の CO 2 レ ー ザ ー を 使 い , 両 出 力 を MIM(Metal Insulator
Metal)ダ イ オ ー ド の 非 線 形 性 を 使 っ て 差 周 波 混 合 さ せ て , そ の 出 力 を 利 用 す る 方 法 や , CO 2
レーザー励起分子気体レーザー出力と,クライストロン出力をショットキーバリアダイオード
の非線形性を使って差周波混合し,クライストロンの周波数を変化させて,出力の周波数を可
変 に す る 方 法 等 が あ る が ,出 力 は 小 さ い 。固 体 レ ー ザ ー と し て は ,9 THz よ り 高 周 波 側 で は 混
晶 系 半 導 体 レ ー ザ ー ( Pb 1 - x Sn x Te, Pb 1 - x Sn x Se な ど ) が 実 用 化 さ れ て い る が , THz 領 域 で は 実
用 的 な も の は 少 な い 。 最 近 , 注 目 さ れ て い る THz 帯 の 固 体 レ ー ザ ー と し て , p-Ge レ ー ザ ー と
量子カスケードレーザーをあげることができる。
< p-Ge レ ー ザ ー > [So3]
p-Ge レ ー ザ ー は 高 純 度 の Ge 結 晶 に Ga や Be な ど の ア ク セ プ タ ー を ド ー プ し , 磁 場 中 で Ge
の価電子帯の重い正孔帯と軽い正孔帯間に反転分布を作り出すことでレーザー発振する。図
1.2.2 の よ う に p-Ge 結 晶 に 電 場 と 磁 場 を 同 時 に 印 可 す る 。 電 場 と 磁 場 が 直 交 す る 場 合 を フ ォ ー
ク ト 配 置 と い う 。p-Ge 結 晶 は 液 体 ヘ リ ウ ム で 冷 却 し ,熱 励 起 に よ る キ ャ リ ア の 励 起 と ,音 響 フ
6
ォ
ノ
ン
な
ど
に
よ
る
キ
ャ
リ
ア
の
散
乱
を
小
さ
(b)
(a)
E
くする。また,不純物による散乱もでき
E
Optical phonon
るだけ小さくなるように,できるだけ純
scattering
B
度の高い結晶を用いる必要がある。バイ
Eop
アス電界により重い正孔帯の正孔は図
1.2.2(b)に 示 さ れ る よ う に k 空 間 を 重 い 正
heavy hole
孔 帯 に そ っ て 加 速 さ れ る ( Streaming 運
streaming
動する)。一定の運動エネルギー以上に
k
加速された正孔は光学フォノンにより軽
い正孔帯へ散乱される。一方,軽い正孔
図 1.2.2 (a) p-Ge の 構 造 と 磁 場 と 電 界 配 置 ,(b)
帯の正孔は有効質量が小さいために,磁
p-Ge 結 晶 の 価 電 子 帯 の バ ン ド 構 造( エ ネ ル ギ ー
場によるサイクロトロン運動の回転半径
の向きを通常とは反対にとっていることに注
が小さくなり,光学フォノンによる散乱
意)と電場x磁場中での正孔の振る舞い。
を受ける閾値エネルギーまで重い正孔ほ
ど効率的に加速されない。そこで,正孔
は軽い正孔帯に蓄積され,反転分布を起こす。重い正孔帯と軽い正孔帯のエネルギー差はk空
間 で 連 続 的 に 分 布 し て い る た め ,お よ そ 1 ∼ 4 THz の 広 帯 域 の レ ー ザ ー 発 振 が 可 能 で あ る 。発
振 周 波 数 は 結 晶 端 面 で 形 成 さ れ る 共 振 器 の 共 鳴 周 波 数 で 決 ま る 。以 上 が p-Ge の 基 本 的 な 動 作 原
理であるが,アクセプターとしてドープした不純物準位間でも発振する場合もある。このとき
レ ー ザ ー の 利 得 分 布 は 不 純 物 準 位 間 の エ ネ ル ギ ー 差 に 対 応 し て バ ン ド 状 に 分 布 す る 。p-Ge は 結
晶のバイアス電圧印可によるジュール熱による温度上昇のため連続発振はまだ実現されておら
ず , も っ ぱ ら 数 ns∼ 数 ms の パ ル ス 発 振 で 動 作 す る 。 比 較 的 狭 い 発 振 線 幅 を 得 る こ と が で き る
ので,高周波数分解の分光用光源に適している。発振周波数は外部共振器構成や印可するバイ
アス電界を微調することで変化させることができる。
l ig
ac ht
cu ho
m le
ul
at
io
n
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
< THz 帯 量 子 カ ス ケ ー ド レ ー ザ ー > [So4]
テ ラ ヘ ル ツ 帯 で は こ れ ま で 固 体 レ ー ザ ー 発 振 が 困 難 で あ っ た 。 理 由 と し て (i)熱 励 起 に よ る キ
ャ リ ア の た め 冷 却 し な い と 反 転 分 布 の 実 現 が 困 難 (300K~kT=25meV~6THz),(ii) 準 位 間 エ ネ ル
ギ ー 差 が 小 さ く レ ー ザ ー 利 得 が 小 さ い こ と が あ げ ら れ る 。”a”状 態 と ”n”状 態 間 の 振 動 子 強 度 は 次
で与えられる。
2
2mωna µ na
f na =
,
3he 2
(1.2.4)
µ na は ”a”状 態 か ら ”n”状 態 へ の 双 極 子 遷 移 モ ー メ ン ト で あ る 。振 動 子 強 度 は 状 態 間 の 共 鳴
周 波 数 ω na に 比 例 し て い る こ と が 分 か る 。し た が っ て 周 波 数 ω na が 小 さ い THz 帯 で の 利 得 は 小 さ
ここで
く な ら ざ る を 得 な い 。そ こ で ,半 導 体 の 量 子 井 戸 構 造 で THz 帯 の 遷 移 エ ネ ル ギ ー を も つ 人 工 的
な レ ー ザ ー 利 得 媒 質 を 作 製 し ,こ れ を 積 層 し て 用 い る こ と で ,
大 き な 利 得 を 得 る こ と が 考 え ら れ た 。量 子 井 戸 構 造 の 設 計 に
よ り 発 振 周 波 数 は 任 意 に 選 択 す る こ と が で き る( た だ し 波 長
3-well system
可変にはできない)。
Lasing condition: τ3 > τ2
図 1.2.3 に 3 量 子 井 戸 系 の 量 子 カ ス ケ ー ド レ ー ザ ー の 1 層
Miniband
d
分 の バ ン ド 構 造 と 発 振 原 理 の 模 式 図 を 示 す 。図 の 左 側 の 領 域
(injector)
では超格子構造によりミニバンドとミニギャップが形成さ
3
れ る 。上 位 の ミ ニ バ ン ド が 電 子 の イ ン ジ ェ ク タ ー と し て 働 く 。
minigap
2
3 つ の 量 子 井 戸 は 互 い に 薄 い 障 壁 層 で 隔 て ら れ て お り ,そ れ
1
ぞれの井戸中の電子状態は障壁層の薄さに応じて結合して
い る 。結 合 し た 量 子 井 戸 の 準 位 を 下 か ら n=1, 2, 3 と す る 。2
Active
次 元 量 子 井 戸 で は 面 内 方 向 (図 の 紙 面 垂 直 方 向 )に は 量 子 閉 じ
region
込 め さ れ て い な い の で ,面 内 方 向 で の 電 子 の エ ネ ル ギ ー 分 散
図 1.2.3 3 つ の 量 子 井 戸 を
は 自 由 電 子 の そ れ ( E∝ k 2 : E は 電 子 エ ネ ル ギ ー , k は 運 動
もつ量子カスケードレーザ
量 )に な り ,n=1, 2, 3 は 確 定 し た エ ネ ル ギ ー 準 位 と は な っ て
ーのバンド構造。
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
7
い な い 。し か し 簡 単 の た め ,面 内 方 向 の エ ネ ル ギ ー 分 散 は 無 視 し ,100% の 効 率 で ミ ニ バ ン ド か
ら 電 子 が n=3 準 位 に 注 入 さ れ る と す る と ,n=3 と n=2 の 準 位 間 で 反 転 分 布 が 起 こ る 必 要 条 件 は
τ3 >τ2
(1.2.5)
で 与 え ら れ る 。 こ こ で τ 3 は n=3 準 位 の 寿 命 で τ 2 は n=2 準 位 の 寿 命 で あ る 。 n=3 か ら n=1 へ の
無輻射散乱の影響は通常小さいのでこの影響を無視すると,反転分布が起こる条件は
τ 32 > τ 2
(1.2.6)
で 与 え ら れ る 。 こ こ で τ 32 は n=3 か ら n=2 へ の 無 輻 射 散 乱 時 間 で あ る 。 こ の 条 件 は τ 3 > τ 2 よ り
もゆるい条件となっている。
さ て , n=3 準 位 の 電 子 分 布 は 左 側 と 真 ん 中 の 井 戸 層 の 障 壁 層 の 厚 さ d が 比 較 的 厚 い と 左 側 (お
よ び 真 ん 中 )の 井 戸 層 に 主 と し て 局 在 す る こ と に な る 。真 ん 中 の 井 戸 と 右 側 の 井 戸 の 間 の 障 壁 層
の 厚 さ と 印 可 す る バ イ ア ス 電 圧 を 調 整 し て , n=2 と n=1 の 準 位 間 の エ ネ ル ギ ー 差 を 光 学 フ ォ ノ
ン の エ ネ ル ギ ー に 一 致 す る よ う に し て や る と 光 学 フ ォ ノ ン に よ る 共 鳴 散 乱 で n=2 か ら n=1 の 遷
移 は 効 率 的 に 起 こ り , τ 3 > τ 2 あ る い は τ 32 > τ 2 の 条 件 が 満 た さ れ ,イ ン ジ ェ ク タ ー 領 域 か ら n=3
準 位 に 注 入 さ れ た 電 子 は n=3 か ら n=2 に 誘 導 放 射 に よ り 遷 移 す る 。ま た 電 磁 波 の 閉 じ 込 め が 十
分 で 誘 導 放 射 よ る 利 得 が 吸 収 と 放 射 に よ る 損 失 を 超 え る 閾 値 で レ ー ザ ー 発 振 す る 。図 1.2.3 の よ
う な 構 造 が 1 層 の み で は ,利 得 が 小 さ い の で 100~200 層 程 度 を 積 層 し て 利 得 を 稼 ぐ 。発 振 波 長
は 量 子 井 戸 の 幅 を 制 御 す る こ と で , n=3 と n=2 の エ ネ ル ギ ー 差 を 変 化 さ せ , 任 意 に 設 計 す る こ
とができる。
量子カスケードレーザーは積層構造(はしご状構造)により電子のリサイクルが行われると
い う こ と と ,サ ブ バ ン ド 間 遷 移 を 利 用 し て い る の で 電 子 遷 移 の み を 使 う (正 孔 は 使 わ な い )ユ ニ
ポーラなデバイスであるという点で,他の通常の半導体レーザーと動作原理に大きな違いがあ
る。また,同じ伝導帯の準位間の遷移なので遷移エネルギー幅がシャープになり,温度にあま
り 影 響 さ れ な い 発 振 が 可 能 で あ る 。真 ん 中 の 井 戸 層 の 障 壁 層 の 厚 さ d が 狭 い ほ ど n=3 と n=2 へ
の遷移モーメントは大きくなり,利得が大きくなる。しかし d が大きくなるほど上位準位の寿
命 が 短 く な り 反 転 分 布 を 得 る の が 困 難 に な る (し た が っ て Trade-off が あ る )。THz 電 磁 波 の 閉 じ
込め機構には金属コートによる方法や,光学フォノンバンドによる反射を利用する方法などが
提 案 さ れ て い る 。長 波 長 側 で の 発 振 は 自 由 電 子 の 吸 収 に よ る 損 失 が 波 長 の 自 乗 に 比 例 す る こ と ,
波長に比例して回折効果による放射損失が大きくなることなどにより発振が難しくなるが,長
波長発振限界は究極的には量子レベルの幅で,すなわち半導体量子井戸作成の際の界面の制御
性で決まる。したがって,長波長発振のためにはできるだけ界面を平坦にして界面での散乱を
減らす必要がある。
現 在 報 告 さ れ て い る う ち で 最 も 低 周 波 数 で の 量 子 カ ス ケ ー ド レ ー ザ ー の 発 振 は MIT の Hu ら
に よ る 2.1THz( 140µm ) で の 発 振 [So5]で あ る 。 彼 ら は 金 属 コ ー ト に よ る 導 波 路 構 造 で 損 失 を
減 ら し , THz 電 磁 波 の 閉 じ 込 め 効 率 高 め る こ と で 2.1THz で の 発 振 を 実 現 し て い る ( 連 続 発 振
で は 40K 以 下 に 冷 却 ) 。
イ タ リ ア の ピ サ と ケ ン ブ リ ッ ジ 大 の グ ル ー プ は DFB 構 造 を 用 い て 4.4THz で 量 子 カ ス ケ ー ド
レ ー ザ ー の シ ン グ ル モ ー ド 発 振 を 実 現 し て い る (デ ュ ー テ ィ 比 1%, 200ns/20µs,T<55K)[So6]。
液 体 窒 素 温 度 (77K) 以 上 で の CW 発 振 も 実 現 さ れ て お り ,Kumar ら は 94K で 3.2THz の 連 続 発
振 を 報 告 し て い る [So7]。 パ ル ス 動 作 で は 137K で の 動 作 が 報 告 さ れ て い る [So8]。
参 考 文 献 (THz 光 源 の 種 類 )
[So1]
G. R. Neil, et al: Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section A: 507,
537-540 (2003).
[So2]
C.J. Hirschmugl, M. Sagurton, and G. P. Williams: Phys. Rev. A44, 1316-1320 (1991).
[So3]
E. Brundermann: “Widely Tunable Far-Infrared Hot-Hole Semiconductor Lasers,” Chap.6 of
Long-Wavelength Infrared Semiconductor Lasers, pp.279-350 (Wiley, 2004)
[So4]
J. Faist and C. Sirtori: “InP and GaAs-based Quantum Cascade Lasers,” Chap.5 of
Long-Wavelength Infrared Semiconductor Lasers, pp.217-278 (Wiley, 2004)
[So5]
B.S. Williams, et al: Electron. Lett. 40, 431 (2004).
[So6]
Lukas Mahler et al: Appl. Phys. Lett. 84, pp. 5446-5448 (2004).
[So7]
Sushil Kumar, et al: Appl. Phys. Lett. 84,2494 (2004).
[So8]
B. S. Williams, et al: Appl. Phys. Lett. 83, 5142 (2003).
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
8
1.2.2 THz 帯 の 検 出 器
THz 帯 の 検 出 器 は ,そ の 検 出 機 構 か ら ,熱 型 と 量 子 型 に 大 別 さ れ る 。一 般 に ,熱 型 検 出 器 は ,
広い波長範囲に亘って一定の感度を持っているが,応答速度は遅い。これに対して量子型検出
器は,限られた波長域で波長依存性のある感度を持つが,応答速度は著しく速い。熱型の検出
器 と し て は 熱 電 対 , 焦 電 セ ン サ ー (Pyroelectric detector), ボ ロ メ ー タ ー 等 が あ る 。 熱 電 対 は 光
吸収による熱起電力変化,焦電センサーは光吸収による電気分極変化,そしてボロメーターは
光吸収による電気抵抗の変化を利用したものである。熱電対や焦電センサーは常温で使用する
が,最近よく使われる高性能のボロメーターは,液体ヘリウム温度に冷却して用いる。量子型
で は ,不 準 物 光 伝 導 型 の Ge:Ga 検 出 器( 120µm 以 下 )及 び 加 圧 型 Ge:Ga 検 出 器( 240µm 以 下 ),
伝 導 帯 電 子 の 移 動 度 の 変 化 を 利 用 し た InSb ホ ッ ト エ レ ク ト ロ ン ボ ロ メ ー タ ー 等 が よ く 用 い ら
れ る 。ま た ,電 波 領 域 で 使 わ れ て い る よ う な ,局 部 発 振 器 と ミ キ サ ー を 使 っ て IF(Intermediate
Frequency)信 号 を 得 る ヘ テ ロ ダ イ ン 検 出 法 が あ る が ,THz 帯 で 動 作 す る 局 部 発 振 器 と ミ キ サ ー
を必要とする。ミキサーとしては,ショットキーバリアダイオードや超伝導ミキサー等が用い
られている。
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
9
第 2 章 レ ー ザ ー 励 起 に よ る THz 電 磁 波 発 生 ・ 検 出 原 理
2.1 光 伝 導 ア ン テ ナ に よ る 発 生 と 検 出
電 磁 波 は 放 射 素 子( ア ン テ ナ 等 )に 電 流 変 調 を 加 え る こ と に よ り 発 生 さ せ る こ と が で き る が ,
通 常 の 電 気 回 路 や 発 振 器 で は 1 THz を 超 え る 変 調 は 難 し い 。 し か し な が ら , フ ェ ム ト 秒 の 超 短
パルスレーザーを用いて半導体中に光キャリアを発生させ,光伝導電流をサブピコ秒で変調す
る こ と に よ り ,容 易 に THz 電 磁 波 を 発 生 さ せ る こ と が で き る 。す な わ ち 光 あ る い は レ ー ザ ー の
助 け を 借 り て 半 導 体 な ど の 素 子 に THz の 電 流 変 調 を 引 き 起 こ す こ と で THz 電 磁 波 を 発 生 さ せ
るのである。電流の変調がサブピコ秒で起こるとすると発生する電磁波はサブピコ秒の時間幅
を 持 つ モ ノ サ イ ク ル パ ル ス と な り , そ の ス ペ ク ト ル は 数 十 GHz か ら 数 THz に 及 ぶ 広 帯 域 な も
のとなる。フェムト秒レーザーで励起するこのような半導体の素子を光伝導スイッチあるいは
光 伝 導 ア ン テ ナ と 呼 ぶ (素 子 を 考 案 し た D. H. Auston に ち な ん で Auston ス イ ッ チ と 呼 ば れ る こ
ともある)。
2.1.1 光 伝 導 ア ン テ ナ
<光伝導アンテナによる電磁波発生の原理>
図 2.1.1 に テ ラ ヘ ル ツ 電 磁 波 を 発 生 す る た め の 半 導 体 光 伝 導 ア ン テ ナ 素 子 の 例 ( ダ イ ポ ー ル 型 )
を 示 す 。素 子 は 高 速 応 答 す る 半 導 体 基 板 上( 低 温 成 長 GaAs, イ オ ン 注 入 Si な ど )に つ く ら れ ,
そ の 構 造 は 平 行 伝 送 線 路 (coplanar transmission line)と そ れ に 接 続 す る ア ン テ ナ ( 図 2.1.1 で
は 平 行 伝 送 線 路 か ら 垂 直 に 突 き 出 た 部 分 )と か ら な る 。ア ン テ ナ の 中 央 に は 微 小 な ギ ャ ッ プ( 数
µm)が あ り ,ギ ャ ッ プ 間 に は 適 当 な バ イ ア ス 電 圧 を 印 加 す る 。こ の ギ ャ ッ プ に 半 導 体 の バ ン ド
ギ ャ ッ プ E g よ り も 大 き な 光 子 エ ネ ル ギ ー ( hν > E g )を 持 っ た レ ー ザ ー パ ル ス を 照 射 す る と , 半
導体中に電子と正孔の自由キャリアが生成され,パルス状(サブピコ秒)の電流が流れる。こ
の 電 流 の 時 間 変 化 に 対 応 し て 電 磁 波 が 放 射 さ れ る が , こ れ が THz 電 磁 波 (パ ル ス )と な る 。
微 小 ダ イ ポ ー ル ア ン テ ナ に よ る 電 磁 波 の 放 射 振 幅 は ア ン テ ナ か ら 十 分 離 れ た 位 置 ( far field)
で は , 電 気 双 極 子 p (t ) の 2 次 の 時 間 微 分 , す な わ ち 電 流 J (t ) の 時 間 微 分 に 比 例 す る 。 誘 電 率 ε
の媒質中での微小ダイポール放射は次のように書ける。
le
∂ 2 p(t − r / c)
∂ J (t − r / c)
1
sin θ = −
sin θ . 双 極 子 放 射
(2.1.1)
E (r , t ) = −
2
2
2
∂t
∂t
4πε c r
4πε c r
こ こ で , E ( r , t ) は ダ イ ポ ー ル か ら の 距 離 r, 時 刻 t に に お け る 放 射 電 界 , c は 光 速 , l e は ダ イ ポ
ー ル の 実 効 的 長 さ , J は 電 流 , θは ダ イ ポ ー ル の 方 向 と 放 射 方 向 の な す 角 度 で あ る 。 (2.1.1)式 の
意味しているのは観測点 r で観測される電磁波は放射源である電気双極子の2次の時間微分
∂ 2 p / ∂t 2 あ る い は 電 流 の 時 間 微 分 と ダ イ ポ ー ル の 長 さ の 積 l e ∂J / ∂t (= ∂ 2 p / ∂t 2 )の 観 測 面( 観 測 点
を 含 み 観 測 軸 に 垂 直 )へ ,∆t= r/c 時 間 後 に −1/r 倍 だ け 縮 小 ・ 反 転( 式 の ま え の マ イ ナ ス 符 号 に
注意)した投影成分に比例しているということである。光伝導アンテナからの電磁波放射はア
10mm
Ni:Ge:Au
DC or
AC bias
@ >10 kHz
10µm 10µm
20µm 5µm
6mm
光伝導電流 J(t) THz電磁波パルス
ETHz(t)∝∂J(t)/∂t
フェムト秒
レーザー
I(t)
光伝導アンテナ
(dipole型)
LT-GaAs(2µm)/SI-GaAs substrate(0.4mm)
半導体基板
図 2.1.1 光 伝 導 ア ン テ ナ 素 子 (ダ イ ポ ー
ル 型 )の 模 式 図 。
Si半球レンズ
図 2.1.2 光 伝 導 ア ン テ ナ 素 子 の フ ェ ム ト 秒 レ
ー ザ ー 励 起 に よ る THz 電 磁 波 発 生 の 模 式 図 。
10
ン テ ナ が 載 っ て い る 基 板 と 空 気 界 面 で の 反 射 と 干 渉 の 影 響 で (2.1.1)式 で 示 さ れ る 放 射 パ タ ー ン
(ダイポールを含む面内で 8 の字状)とは異なったものとなる。放射パターンについては
後の節で述べるが,いずれにせよ放射電磁波の振幅は電流の時間変化,あるいは電気分極の 2
次 の 時 間 微 分 に 比 例 す る の で ,光 伝 導 ア ン テ ナ に 流 れ る 電 流 J(t) が 分 か れ ば ,放 射 電 磁 波 の 強
度やスペクトルが推定できる。
今,光伝導アンテナのギャップにレーザーを照射したとき,光励起されたキャリアによる過
渡 的 な 光 伝 導 電 流 密 度 を j P C (t)と す る 。光 伝 導 ギ ャ ッ プ に か け た バ イ ア ス 電 界 を E b i a(
,
s 一定値)
過 渡 的 な 光 伝 導 率 を σ= σ(t)と す る と j P C (t)は 次 の よ う に 書 け る [PC6]。
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
σ (t ) Ebias
σ (t ) Z 0
j PC (t ) =
(2.1.2)
+1
1 + nd
こ こ で Ζ 0 は 真 空 の 特 性 イ ン ピ ー ダ ン ス , n d は 半 導 体 の THz 領 域 で の 屈 折 率 で あ る 。 ( 2.1.2)
式 の 分 母 は 励 起 さ れ た 光 キ ャ リ ア に よ り バ イ ア ス 電 界 E bias が ス ク リ ー ニ ン グ さ れ る 効 果 を 表
している。微小ダイポールによる双極子放射で発生する電磁波は遠視野近似ではダイポールに
流 れ る 電 流 の 時 間 微 分 と ダ イ ポ ー ル の 実 効 長 l e の 積 に 比 例 す る こ と を (2.1.1)式 で 示 し た 。 し た
がって,光伝導アンテナの大きさが放射電磁波の波長に比べて十分小さく,微小ダイポールと
み な せ る 場 合 は , (2.1.1)式 に お け る 電 流 J (t ) を 光 伝 導 ア ン テ ナ に 流 れ る 電 流 , l e を ア ン テ ナ 長
と す る こ と で THz 電 磁 波 の 放 射 振 幅 波 形 ETHz (t ) を 与 え る 式 を 得 る こ と が で き る 。光 伝 導 ア ン テ
ナ の 大 き さ が 有 限 で 各 点 に 流 れ る 電 流 密 度 j PC (t ) を 考 慮 し な け れ ば な ら な い と き , (2.1.1)式 の
代 わ り に 放 射 振 幅 波 形 ETHz (t ) は 次 の 式 で 与 え ら れ る 。
1
ETHz (t , r ) = −
4πε c
2
∫
gap
+ antenna
ここで,電流密度の体積積分
∂jPC (t − r / c) sin θ 3
d x
∂t
r
∫
gap
+antenna
(2.1.3)
d 3x は 光 伝 導 ギ ャ ッ プ 部 分 の み で な く ア ン テ ナ 電 極 を 含 む 全
領 域 に 対 し て と る 。光 伝 導 ア ン テ ナ は 大 き さ が 小 さ い も の で 30µm 程 度 ,大 き い も の で 1 ~2mm
程 度 で あ る 。ミ リ メ ー ト ル サ イ ズ の ア ン テ ナ の 場 合 ,大 き さ が 無 視 で き ず ,(2.1.1)式 で は な く ,
(2.1.3)式 を 用 い る 必 要 が あ る 。 (2.1.3)式 は 電 流 の 時 間 変 化 と そ の 空 間 分 布 を 含 む 一 般 的 な 形 式
になっている。電界,電流の時間変化をフーリエ展開すると
ETHz (t ) = ∫ ETHz (ω )e −iωt dω
ETHz (ω ) =
1
=
4πε c
1
4πε c
2
iω ∫gap
2
+ antenna
iω ∫gap
+ antenna
E(t,r)
(2.1.4a)
jPC (ω , x)
exp(ikr )
sin θd 3 x
r
exp(ik r0 − x )
jPC (ω , x)
sin θd 3 x
r0 − x
r
(2.1.4b)
jPC
x
θ
r0
α
xcosα
こ こ で j PC (ω ) = 1
j PC (t )e iωt dω , k = ω / c = 2π / λ で あ る 。
O
∫
2π
ア ン テ ナ の 大 き さ が 有 限 で は あ る が ,観 測 点 ま で の 距 離 r =
図 2.1.3 電 流 分 布 と 放 射 電 界
|r|よ り も 十 分 小 さ い 場 合 , 積 分 の 中 の 分 母 の |r 0 − x|は |r 0 |で
置 き 換 え て よ い 。 こ こ で r0 は ア ン テ ナ の 中 心 位 置 0 か ら 電
磁波の観測点までの位置ベクトルである。また,電流の方
向 は バ イ ア ス 電 界 の 方 向 に そ ろ っ て い る と す る と θは 位 置 x に は 依 存 し な い と 考 え て よ い の で ,
sinθは 積 分 の 外 へ 出 す こ と が で き る 。 し た が っ て ,
ETHz (ω ) =
1
iω
sin θ
r0
∫
gap
+ antenna
jPC (ω , x) exp(ik r0 − x )d 3 x
4πε c
1
sin θ
=
iω
exp(−ikr0 ) ∫gap
jPC (ω , x) exp(−ikx cos α ) d 3 x
2
+ antenna
r0
4πε c
2
(2.1.5)
11
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
--- 光 伝 導 ア ン テ ナ に 関 す る 歴 史 的 経 緯 --光伝導スイッチ素子をレーザーパルスで励起することは,当初,超短電気パルスを発生させ
る 方 法 と し て , Lee[PC1-2]ま た は Auston[PC3-4]ら に よ っ て 提 案 さ れ た 。 Jayaraman と Lee[PC1]
は ピ コ 秒 の モ ー ド 同 期 Nd ガ ラ ス レ ー ザ ー を 半 絶 縁 性 GaAs に 照 射 し , ピ コ 秒 オ ー ダ ー の 光 伝
導 応 答 を 1972 年 に 観 測 し て い る 。Auston[PC3]は 1975 年 に ,Si を 光 伝 導 体 に 用 い て ,マ イ ク ロ
ス ト リ ッ プ 線 路 上 で 約 10 ピ コ 秒 の 電 気 パ ル ス 発 生 と サ ン プ リ ン グ 検 出 を 報 告 し て い る 。こ の よ
うにして発生された電気パルスをアンテナ等を通じて空間中に放射させることができれば電磁
波パルスを得ることができる。光伝導スイッチ素子を用いたピコ秒電磁波パルスの発生及び検
出 の 最 初 の 報 告 は 1984 年 に Auston ら [PC5]に よ っ て な さ れ て い る 。 Auston ら は パ ル ス 幅 100fs
の 衝 突 パ ル ス 受 動 モ ー ド 同 期 色 素 レ ー ザ ー で ,イ オ ン 注 入 Si を 用 い た 光 伝 導 ス イ ッ チ 素 子 を 励
起 す る こ と に よ り , 1.6ps の パ ル ス 幅 の 電 磁 波 を 観 測 し て い る [PC5]。 こ の と き 電 磁 波 の 検 出 に
は同じ光伝導スイッチ素子をサンプリング検出器として用いており,その後,この方法は電磁
波パルスを時間分解測定するための一般的手法となり,テラヘルツ時間領域分光法として応用
さ れ て い る 。光 伝 導 ア ン テ ナ あ る い は 光 伝 導 ス イ ッ チ を 最 初 に 考 案 し た の は Auston で あ る と さ
れ る が , ほ ぼ 同 じ 時 期 に Lee や , フ ェ ム ト 秒 レ ー ザ ー の Chirped pulse amplification の 考 案 で 知
ら れ る J. Mourou な ど も 同 様 な 仕 事 を し て お り , 誰 が 最 初 で あ っ た か は は っ き り し な い 。 筆 者
は,おそらく超短パルスレーザーが実験室で使えるようになった同時期にそれぞれ同じような
着想を得て実験を開始したのだと推測している。ちなみにテラヘルツ電磁波パルスによる分光
測 定 を 最 初 に 行 っ た の は D.Grischkowsky は で あ り , テ ラ ヘ ル ツ 時 間 領 域 分 光 法 (THz-TDS)に よ
り分子気体や半導体などを測定している。
と こ ろ で ,も っ と 歴 史 を さ か の ぼ っ て み る と 電 磁 波 は 1873 年 に Maxwell に よ り 理 論 的 に そ の
存 在 が 予 言 さ れ ,1887 年 に Hertz が そ の 実 験 的 検 証 に 成 功 し て い る 。Hertz は 下 の 図 の よ う に 真
鍮のノブの間に誘導コイルを用いて火花放電を起こさせ,発生したノイズ状(パルス)電磁波
をループアンテナの電極の小さな隙間に飛ぶ火花を顕微鏡で観察した。本文で説明した光伝導
アンテナによるテラヘルツ電磁波の発生と検出と,フェムト秒レーザーを使わないこと以外は
驚くほどに良く似ている。歴史は繰り返すというべきか。
Hertz が 1887 年 に 電 磁 波 の 実 験 的 検 証 に 成 功 し た と き の エ ピ ソ ー ド が 非 常 に 面 白 い 。Hertz が
電 磁 波 を 発 見 し た と き ,何 の 役 に 立 つ の か と 生 徒 に 問 わ れ ,次 の よ う に 答 え た と 言 わ れ て い る 。
“It is no use whatsoever,” he replied.
“This is just an experiment that proves Maestro Maxell was right, we just have these mysterious
electromagnetic waves that we cannot see with the naked eye. But they are there.”
“So, what next?” asked one of his students at the University of Bonn.
Hertz shrugged. He was a modest man, of no pretensions and little ambition.
“Nothing, I guess.”
な ん と Hertz は 電 磁 波 を 発 見 し た に も か か わ ら ず , 何 か の 役 に 立 つ こ と な ど 想 像 も し て い な
か っ た よ う で あ る 。Hertz は 30 歳 の と き に 電 磁 波 の 検 証 実 験 に 成 功 し ,37 歳 の 若 さ で 没 し て い
る。
火花放電
金属板
真鍮のノブ
電波
小さな隙間に飛
ぶ火花を顕微鏡
で観察
ループアンテナ
誘導コイル
(Heinrich Rudolph
Hertz, 1857~1894)
ヘ ル ツ の 誘 導 コ イ ル に よ る 火 花 放 電 実 験 (左 )と ヘ ル ツ の 肖 像 写 真 (右 )
12
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
こ の 式 は ア ン テ ナ か ら の 電 磁 波 の 放 射 パ タ ー ン は 電 流 密 度 分 布 j PC (ω , x ) と 位 相 因 子
exp(ikxcos α )に 依 存 す る こ と を 示 し て い る 。 こ こ で αは 電 流 分 布 を 表 す 位 置 ベ ク ト ル x と 電 磁 波
の放射方向のなす角度である。
一 方 ,光 伝 導 ア ン テ ナ か ら の 放 射 電 磁 波 の 波 形 あ る い は ス ペ ク ト ル は 電 流 密 度 jPC (t ) あ る い
は 光 伝 導 率 σ(t)の 時 間 変 化 で 決 ま る 。σ(t)の 時 間 変 化 は 光 励 起 さ れ た キ ャ リ ア( 電 子 と 正 孔 )の
キ ャ リ ア 寿 命 や 移 動 度 ,お よ び 励 起 に 用 い る レ ー ザ ー パ ル ス の 強 度 プ ロ フ ァ イ ル I(t)で 決 ま る 。
光 キ ャ リ ア の 寿 命 を τ c と す る と 光 キ ャ リ ア 密 度 n の 緩 和 関 数 は exp(-t/τ c )(t>0)で 記 述 さ れ る の
で,光伝導率の時間変化は次で与えられる。
σ (t ) = eµ n(t ) =
eµ
hνδ
∫
∞
0
I (t − t ' ) exp(−t ' / τ c )dt'
(2.1.6)
ピーク強度 (任意単位)
こ こ で e は 電 子 の 素 電 荷 ,hνは 光 子 の エ ネ ル ギ ー ,µは 移 動 度 で あ る 。ま た δ は 半 導 体 中 の レ ー
ザ ー の 吸 収 侵 入 長 で あ る 。 量 子 効 率 が 100% と 仮 定 す る と 半 導 体 表 面 に 垂 直 方 向 (z)へ の 光 キ ャ
リ ア 分 布 は I exp(−z/δ)/hνで 与 え ら れ る が (2.1.6)式 で は 光 キ ャ リ ア の 分 布 は 吸 収 侵 入 長 の 範 囲 内
で一定であるとしている。通常レーザーのパルス幅はキャリア寿命に比べて小さいので,光伝
導 率 σ(t)の 立 ち 上 が り は レ ー ザ ー の パ ル ス 幅 τ p で 決 ま り , 立 下 り は キ ャ リ ア 寿 命 τ c で き ま る 。
τ p << τ c の 場 合 ,THz 電 磁 波 の 高 周 波 成 分 は キ ャ リ ア 寿 命 で は な く レ ー ザ ー パ ル ス 幅 で 制 限 さ
れる。
光 伝 導 電 流 密 度 j P C (t)を 表 す (2.1.2)式 よ り THz 電 磁
0.8
波 の 振 幅 の 大 き さ は バ イ ア ス 電 圧 に 比 例 す る 。し た が
っ て 電 磁 波 の 放 射 強 度( パ ワ ー )は バ イ ア ス 電 圧 の 二
0.6
乗 に 比 例 す る は ず で あ る 。実 際 ,電 磁 波 の 振 幅 は バ イ
アス電圧にはほぼ比例することが実験的にも確かめ
0.4
(F/F0)/(1+F/F0) ∝
ら れ て い る 。一 方 ,ポ ン プ 光 強 度 に 対 し て は ,ポ ン プ
光強度が比較的弱い場合はポンプ光の強度にほぼ比
0.2
例 す る が ,ポ ン プ 光 強 度 を 強 く す る に つ れ ,電 磁 波 の
バイアス電圧 15 V
発 振 強 度 は 飽 和 す る 傾 向 を 見 せ る 。 図 2.1.4 に
0.0
LT-GaAs を 基 板 に 用 い た ダ イ ポ ー ル 型 光 伝 導 ア ン テ
0
10
20
30
40
ナ (ギ ャ ッ プ 5µm)に よ っ て 発 生 し た THz 電 磁 波 の 振
ポンプパワー (mW)
幅( 波 形 ピ ー ク で の 値 )の ポ ン プ 光 強 度 に た い す る 依
図 2.1.4
LT-GaAs の ダ イ ポ ー ル
存 性 を 測 定 し た 結 果 を 示 す 。こ の よ う な 発 振 電 磁 波 出
型 光 伝 導 ア ン テ ナ (ギ ャ ッ プ 5µm)に
力 の 飽 和 は ,励 起 さ れ た 過 剰 キ ャ リ ア に よ る 電 場 の 遮
よ っ て 発 生 し た THz 電 磁 波 の 振 幅
蔽 効 果 で 説 明 さ れ る 。図 2.1.4 で 示 さ れ る 電 磁 波 の 振
( 波 形 ピ ー ク で の 値 )の ポ ン プ 光 強
幅のポンプ光強度依存性は次のような式で表される
度にたいする依存性
[PC7-9]。
E peak ∝
I pump / I s
1 + I pump / I s
(2.1.7)
こ こ で , I s は 飽 和 強 度 で ス ク リ ー ニ ン グ の 強 さ を 表 す 。 (2.1.7)式 を 実 験 デ ー タ に フ ィ ッ ト し た
も の を 実 線 で 示 す 。 (2.1.2)式 と (2.1.6)式 の 比 較 か ら I s は キ ャ リ ア 移 動 度 に 反 比 例 す る こ と が 分
かる。このような飽和効果は検出素子の信号強度のプローブ光強度依存性にも同様に観測され
る [PC10]。
こ の よ う に 光 伝 導 ス イ ッ チ 素 子 に よ る THz 電 磁 波 の 最 大 出 力 は , ど れ だ け バ イ ア ス 電 圧 が 高
く と れ る か と い う こ と( 耐 電 圧 特 性 )と ,ポ ン プ 光 強 度 に 対 す る 飽 和 特 性 で 制 限 さ れ る 。LT-GaAs
の 場 合 , 最 大 破 壊 電 界 は 500kV/cm と 言 わ れ て い る が , 実 際 の 素 子 で は ギ ャ ッ プ に か か る バ イ
ア ス 電 場 の 不 均 一 さ や ,基 板( 半 絶 縁 性 GaAs)か ら の リ ー ク 電 流 な ど に よ り 印 加 可 能 電 圧 は こ
の値よりも低くなる。
<光伝導アンテナの放射パターンと基板レンズ>
通常アンテナが半導体基板上にあることから,基板/空気界面での全反射と干渉により,電
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
13
磁 波 放 射 の パ タ ー ン は 一 様 空 間 中 で の 微 小 ダ イ ポ ー ル の 放 射 パ タ ー ン ( 2.1.1) 式 あ る い は 有 限
サ イ ズ の ア ン テ ナ の 放 射 パ タ ー ン (2.1.4b)式 か ら も 異 な っ た も の に な る [PC11]。 図 2.1.4 に 屈 折
率 3.5(THz 帯 の GaAs の 屈 折 率 に 相 当 )の 半 無 限 誘 電 体 と 自 由 空 間 (真 空 )の 界 面 に 平 行 に 置 か れ
た 微 小 ダ イ ポ ー ル ア ン テ ナ か ら の 放 射 パ タ ー ン を 示 す 。 自 由 空 間 側 で は sin 2 θ( H-plane) の 放
射パターンになっているのに対して,誘電体側では界面での全反射と干渉のために放射ピーク
は θ=π/2 で は な い 角 度 に 現 れ て い る 。ま た ボ ウ タ イ ア ン テ ナ の 場 合 は 微 小 ダ イ ポ ー ル の 場 合 よ り
も 放 射 パ タ ー ン が 広 が っ た も の に な る 。ス パ イ ラ ル ア ン テ ナ は θ=π/2 の 方 向 に 志 向 性 の よ い 放 射
パターンを示す。
ちなみに,厚みのある誘電体基板上のダイポールアンテナからの放射電磁波のパワーは誘電
率 εの 高 い 側 ( す な わ ち 半 導 体 基 板 側 ) に ε 3 / 2 に 比 例 し て 放 出 さ れ る [PC11]。 通 常 半 導 体 の THz
帯 で の 誘 電 率 は 10 前 後 ( GaAs の 場 合 ε=12) な の で , 電 磁 波 の ほ と ん ど は 基 板 ( 裏 面 ) 側 に
放射されると考えて良い。
図 2.1.4 に 示 さ れ る よ う に ,一 般 に ア ン テ ナ の 放 射 パ タ ー ン は ア ン テ ナ 面 に 垂 直 な 方 向 か ら 数
十度にわたる角度に広く分布する。このため基板/空気界面での反射損失を少なくし,放射パ
タ ー ン を 改 善 す る た め に 半 球 又 は 超 半 球 状 の 基 板 レ ン ズ [PC11]に 素 子 を 接 着 (接 触 )さ せ て 用 い
る (図 2.1.5 参 照 )。 基 板 レ ン ズ の 材 質 は THz 帯 で 吸 収 が 少 な く , 基 板 の GaAs と 屈 折 率 が 近 い
高 抵 抗 Si(>1kΩ ・ cm , n=3.41) を 用 い る こ と が 多 い 。 基 板 レ ン ズ に は 単 な る 半 球 型
(Hemispherical), 超 半 球 型 (Hyper-Hemispherical), コ リ メ ー シ ョ ン 型 ( 楕 円 レ ン ズ 型 ) , な
ど が あ る 。 そ れ ぞ れ の レ ン ズ の 設 計 と THz ビ ー ム の コ リ メ ー シ ョ ン の 様 子 を 図 2.1.5 に 示 す 。
半球レンズの場合,光源が球の中心にあるのでコリメーションの効果はないが,基板での全
90
120
60
Air
GaAs Substrate (n=3.5)
H-plane
E-plane
30
150
H-plane
x20
180
0
E-plane
210
240
330
Dielectric substrate
300
270
図 2.1.4 半 無 限 誘 電 体 と 自 由 空 間 (真 空 )の 界 面 に 平 行 に 分 極 を 持 つ 微 小 ダ イ ポ ー ル か ら
の 放 射 パ タ ー ン 。自 由 空 間 側 の 放 射 パ ワ ー は 20 倍 で 表 示 。誘 電 体 の 屈 折 率 を 3.5(GaAs の
THz 帯 の 屈 折 率 に 相 当 )と し た 。 電 磁 波 は ほ と ん ど 誘 電 体 側 に 放 射 さ れ る 。 ま た 誘 電 体 側
の放射パターンは界面での全反射と干渉により,自由空間側の放射パターンと異なってい
る。
PC 基板
(GaAs)
Si (>1kΩcm)
r
h
Hemi-spherical
h=r
Hyper-hemi-spherical
h = r (n+1)/n
Collimating
h = r n/(n-1)
図 2.1.5 基 板 レ ン ズ の 種 類 と そ れ ぞ れ の 設 計 。 厚 み h は 光 伝 導 ア ン テ ナ の 基 板 ( ∼ 0.4 m m )
も含めたもの。
14
反 射 に よ る 損 失 ロ ス を 大 幅 に 減 ら す こ と が で き る 。 GaAs の 屈 折 率 は 0~3THz に お い て 3.6∼
3.65 で あ る 。 Si の 屈 折 率 は 0~3THz に お い て ほ と ん ど 分 散 も な く 3.42 で あ る 。 GaAs と Si 界
面 の Fresnel 反 射 ロ ス は 振 幅 で 2.6~3.2%,パ ワ ー で 0.07∼ 0.1%で あ る (垂 直 入 射 の 場 合 )。実 際
には光伝導アンテナ基板と基板レンズの間のエアギャップ(あるいは接着剤による隙間)のた
め に 理 想 的 な 場 合 よ り も 大 き な 反 射 の 影 響 が で る こ と が あ る 。 半 球 レ ン ズ を 用 い る 場 合 , THz
ビ ー ム の コ リ メ ー シ ョ ン は 軸 外 し の 放 物 面 鏡 な ど で 行 う 。 超 半 球 レ ン ズ (Hyper-Hemispherical
lens)は レ ン ズ の 半 径 を r, 材 質 の 屈 折 率 を n と す る と レ ン ズ の 厚 み ( 光 伝 導 基 板 の 厚 み も 含 め
る)が
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
h=
r (n + 1)
r
=r+
n
n
(2.1.8)
となるように設計する。超半球レンズはコリメーション機能を持った基板レンズとして球面収
差 が 最 も 少 な い 。 THz ビ ー ム を 平 行 ビ ー ム に コ リ メ ー シ ョ ン す る に は や は り 軸 外 放 物 面 鏡 な ど
を用いるが,焦点位置は半球レンズの場合より軸外放物面鏡に近い位置にずれる。コリメーシ
ョ ン レ ン ズ (Collimating lens)は 楕 円 レ ン ズ の 面 を 球 面 に 置 き 換 え た も の で あ る( あ る い は 片 側
球面レンズの近軸近似による焦点位置に光源のアンテナが一致するように球面をカットしたも
のと考えてもよい)。コリメーションレンズ厚みは次で与えられる。
h=
rn
r
=r+
n −1
n −1
(2.1.9)
コ リ メ ー シ ョ ン レ ン ズ は 他 の 集 光 光 学 系 を 用 い ず に THz ビ ー ム を 平 行 光 束 に す る こ と が で ,電
磁 波 の 放 射 ・ 検 出 効 率 も 高 い 。し か し ,球 面 収 差 は 3 つ の 基 板 レ ン ズ の な か で 一 番 大 き く な り ,
光伝導アンテナの位置合わせ精度も必要になる(中心からのわずかなずれで放射方向が変化す
る)。
<電磁波のスペクトルとアンテナ形状>
電 磁 波 の 放 射 パ タ ー ン は (2.1.5)式 に 示 さ れ る よ う に ア ン テ ナ 形 状 に 依 存 し た 電 流 分 布 と そ の
位相で決まる。その放射スペクトルもアンテナ形状にも強く依存する。アンテナ長が長くなる
と,共振周波数が低周波数側にシフトし,低周波数での電磁波放射効率が大きくなる。一方,
高周波数成分はその波長よりもアンテナ長が大きくなると逆位相成分間の干渉で相殺されて,
効 率 が 低 下 す る 。 ま た 電 磁 波 放 射 効 率 は (2.1.1)式 で 示 さ れ る よ う に , ダ イ ポ ー ル ア ン テ ナ の 場
合はアンテナ長が長いほど放射強度が強くなる。結果として,アンテナ長が大きくなると低周
波成分は増強されて,高周波成分は相対的に低下し,スペクトル分布は低周波側にシフトする
[PC12]。ア ン テ ナ 長 が 50µm 以 下 で は , ス ペ ク ト ル は ア ン テ ナ 長 が 短 く な る に つ れ や や 高 周 波
側 に シ フ ト す る も の の ,そ れ ほ ど 大 き く 変 化 し な い こ と が 知 ら れ て い る 。光 伝 導 ア ン テ ナ で は ,
得 ら れ る ス ペ ク ト ル 分 布 の 高 周 波 側 限 界 は 通 常 約 4THz 程 度 で あ る 。
こ の よ う に 光 伝 導 ア ン テ ナ の 発 振 帯 域 が 制 限 さ れ る 理 由 は ,素 子 の R C 時 定 数 ,GaAs 基 板 に
よ る 吸 収 ( 8THz 付 近 の TO フ ォ ノ ン と 4~5THz 付 近 で み ら れ る 2 フ ォ ノ ン 吸 収 に よ り , 4THz
以 上 で は 吸 収 が 強 く な る ) , 高 周 波 成 分 間 の 干 渉 に よ る 相 殺 効 果 , THz ビ ー ム 系 の 不 完 全 性 に
よる波面のゆがみや色収差の影響,などが考えられる。また,電流パルスの立ち上がりが,電
子移動度が有限であるために,励起レーザーパルス強度変化に追随せず,なまってしまうこと
も原因のひとつと考えられる。
光 伝 導 ア ン テ ナ に は ,ダ イ ポ ー ル 型( 図 2.1.6(a))の ほ か 周 波 数 無 依 存 の 広 帯 域 ア ン テ ナ と し
て 知 ら れ て い る ボ ウ タ イ ア ン テ ナ [PC13]
( 図 2.1.6(c)),ス パ イ ラ ル ア ン テ ナ [PC14]
( 図 2.1.6(d)),
ロ グ ペ リ ア ン テ ナ [PC15]な ど が 用 い ら れ る こ と も あ る 。 こ れ ら の ア ン テ ナ で は , ダ イ ポ ー ル ア
ンテナの場合よりも放射強度が格段に大きくなることが観測されているが,発振スペクトルの
ピークはかなり低周波側にシフトする。これは,先に述べたようにアンテナの大きさが大きく
な る こ と に よ り ,電 磁 波 の 低 周 波 成 分 が 増 大 し て い る た め で あ る 。1 THz 以 上 の 成 分 は 同 様 な
ポンプ光強度とバイアス電圧条件のもとでのダイポール型の光伝導アンテナの場合とあまり変
わ ら な い 。そ の 他 ,テ ー パ ー 付 き ス ロ ッ ト ア ン テ ナ( Tapered slot antenna)[PC16], フ レ ア 状
ス ト リ ッ プ ラ イ ン ア ン テ ナ( Flared coplanar stripline antenna)( 図 2.1.6(e))[PC17-19]な ど
も報告されている。これらはいずれも高効率のアンテナであるが,電磁波の放射方向が基板と
平行であるため空間への結合が難しいことから,最近はあまり利用されていない。
15
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
(d)
(a)
∼5µm
5~10µm
(e)
(b)
+
∼100µm
−
(c)
Bow angle
60~90 deg.
1~2 mm
5~10 µm
図 2.1.6 各 種 ア ン テ ナ 形 状 : (a) ダ イ ポ
ー ル 型 , (b)ス ト リ ッ プ ラ イ ン 型 , (c)ボ ウ
タ イ 型 , (d)ス パ イ ラ ル 型 , (e)フ レ ア 型
Amplitude (arb. unit)
比較的高効率で高い周波数スペクトルを持っ
た 電 磁 波 を 発 生 さ せ る 方 法 と し て ,非 常 に 高 い
Bow-tie
2 µW (15mW, 30V)
正 の バ イ ア ス 電 圧( 数 百 V)を 印 加 し た ス ト リ
Dipole I 0.34 µW (15mW, 30V)
Stlipline 0.42 µW (15mW, 200V)
30
ッ プ ラ イ ン( 金 属 )と 半 導 体 の 境 界 を 励 起 す る
1.0
ことによる電磁波発生が報告されている(図
Bow-tie
0.8
Dipole
I
(50µ
m)
2.1.6(b))[PC20-21]。こ の タ イ プ の 光 伝 導 ア ン
0.6
20
Stripline
テナでは励起レーザーのパルス幅にも依存す
0.4
る が 約 5∼6 THz ま で ス ペ ク ト ル 分 布 を 持 っ た
0.2
10
電磁波を発生させることができる。
0.0
2
3
4
5
図 2.1.6 に ダ イ ポ ー ル 型 ア ン テ ナ (l e = 50
µm), ボ ウ タ イ 型 (l e =2mm, Bow angle l e =60
0
0
1
2
3
4
5
deg),ス ト リ ッ プ ラ イ ン 型 (ラ イ ン 間 隔 100µm)
Frequency (THz)
の 光 伝 導 ア ン テ ナ の そ れ ぞ れ か ら の THz 電 磁
波 の 放 射 (振 幅 )ス ペ ク ト ル を 示 す 。検 出 に は 同
図 2.1.7 ボ ウ タ イ 型 , ダ イ ポ ー ル 型 , ス
じ ダ イ ポ ー ル 型 光 伝 導 ア ン テ ナ を 用 い た 。励 起
トリップライン型の光伝導アンテナから
レ ー ザ ー パ ワ ー は い ず れ の 場 合 も 15mW 平 均
の THz 電 磁 波 放 射 ス ペ ク ト ル 。
で , ダ イ ポ ー ル と ボ ウ タ イ の バ イ ア ス は 30V,
ス ト リ ッ プ ラ イ ン 型 に は 100V を 印 可 し た 。バ
イ ア ス 条 件 や ア ン テ ナ を 取 り 替 え る と き の レ ー ザ ー ・ THz ビ ー ム の ア ラ イ ン メ ン ト の ず れ な ど
の た め 定 量 的 な 比 較 は 難 し い が ボ ウ タ イ 型 の 1THz 以 下 の 周 波 数 成 分 は 他 の 光 伝 導 ア ン テ ナ と
比 べ て 強 い こ と が 分 か る 。 一 方 , ス ト リ ッ プ ラ イ ン 型 の 照 射 ス ペ ク ト ル は お よ そ 0.5THz 以 上
でダイポール型の光伝導アンテナのそれを上回っている。
16
<光伝導アンテナのエネルギー変換効率と大口径光伝導ギャップ>
強 い 電 磁 波 パ ル ス を 発 生 さ せ る 方 法 と し て ,大 口 径 の 光 伝 導 ギ ャ ッ プ( 数 mm∼ 数 cm)に 大
きなバイアス電圧を印加し,増幅されたフェムト秒レーザーパルスで励起する方法がある
[PC22-24]。 電 磁 波 の 放 射 原 理 は 光 伝 導 ア ン テ ナ と 同 じ で , 大 面 積 の 光 伝 導 ギ ャ ッ プ そ の も の が
放 射 源 で あ り ,ア ン テ ナ 電 極 が な い だ け で あ る 。例 え ば You ら [PC25]は ,LT-GaAs 上 に 設 け ら
れ た 1cm の 幅 の ギ ャ ッ プ に ,増 幅 さ れ た チ タ ン サ フ ァ イ ア レ ー ザ ー の パ ル ス 光( 幅 120fs,10Hz
繰り返し)を照射することにより,電磁波パルスのエネルギーとしてはこれまで報告されてい
る も の で は 最 大 の 0.8µW/pulse(パ ル ス 幅 500fs)を 報 告 し て い る 。こ の 場 合 の レ ー ザ ー パ ル ス の
エ ネ ル ギ ー と 発 生 し た THz 電 磁 波 パ ル ス の エ ネ ル ギ ー の 比 , す な わ ち 発 生 効 率 は 約 2%で あ っ
た 。と こ ろ で 次 の 節 で 述 べ る 非 線 形 光 学 効 果 に よ る 電 磁 波 発 生 の よ う に ,近 赤 外 光( ∼ 800nm)
の 光 子 1 個 が THz 電 磁 波 の 光 子 1 個 ( お よ び も と の 近 赤 外 光 よ り も 少 し 波 長 が 短 い 光 子 1 個 )
に 変 換 さ れ る よ う な 差 周 波 発 生 の よ う な 過 程 だ と ,Manley-Rowe の 関 係 式 よ り エ ネ ル ギ ー 変 換
効 率 の 上 限 は 発 生 光 子 の 周 波 数 ω T H z と 入 射 光 子 の 周 波 数 ω o p t の 比 で 与 え ら れ る 。You ら の 実 験
で は 入 射 光 子 の 周 波 数 は ω o p t =375THz(λ o p t =800nm)で あ り , 発 生 し た THz 電 磁 波 の 中 心 周 波 数
を ω T H z =0.5THz と す る と ,発 生 効 率 の 上 限 は ω T H z / ω o p t =0.5/375=0.13%と な り ,You ら が 観 測
し た 効 率 よ り も ず っ と 小 さ く な る 。 こ れ は 光 伝 導 ア ン テ ナ あ る い は 光 伝 導 ギ ャ ッ プ か ら の THz
電磁波のエネルギーは励起レーザーの光子エネルギーが変換されたものでないことを示してい
る。光伝導ギャップから放出される電磁波のエネルギーは,レーザー光からのものでなく,ギ
ャップ領域に貯えられた静電エネルギーが,レーザー光による光伝導スイッチングで一部自由
空 間 に 開 放 さ れ た も の で あ る 。従 っ て ,放 射 エ ネ ル ギ ー の 上 限 は ,半 導 体 の 誘 電 率 を ε s ,表 面 電
場をE,励起光が吸収される体積をVとすると
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
Pmax =
1
1
ε sVE 2 = ε s SdE 2
2
2
(2.1.10)
で与えられる。ここで,S と d はそれぞれ,励起光の照射面積及び吸収厚さである。このとき
励起レーザーパルスは貯えられたエネルギーを開放するためのトリガーとして作用するだけな
ので,入射レーザー強度に対する電磁波の放射効率は非常に大きくなる。先に励起レーザー光
強度に対しては,光伝導アンテナから放射振幅は光励起キャリアによりバイアス電界がスクリ
ー ニ ン グ (遮 蔽 )さ れ る こ と に よ り ,励 起 レ ー ザ ー 強 度 に 対 し て (2.1.7)式 で 表 さ れ る よ う な 飽 和 依
存を示すことを述べた。実はスクリーニング過程そのものが,電磁波の放射過程であり,飽和
は バ イ ア ス の 静 電 界 が Deplete(枯 渇 )す る こ と を 意 味 し て い る 。
以 上 の こ と か ら 非 線 形 光 学 過 程 (光 整 流 , ま た は 差 周 波 数 発 生 )に よ る THz 電 磁 波 が 光 周 波 数
か ら THz 周 波 数 へ の Down-conversion 過 程 で あ る の に 対 し て , 光 伝 導 ア ン テ ナ あ る い は 光 伝
導 ギ ャ ッ プ か ら の THz 電 磁 波 放 射 は DC 電 界 を THz 電 界 に 変 換 す る 1 種 の Up-conversion 過
程であるといえる。
<光伝導材料>
THz 電 磁 波 を 効 率 よ く 発 生 さ せ る た め に は , (2.1.2)式 よ り , で き る だ け 大 き な バ イ ア ス 電 界
を 印 加 す る こ と , (2.1.6)式 よ り で き る だ け 大 き な キ ャ リ ア 移 動 度 の 光 伝 導 材 料 を 用 い る こ と ,
が必要である。また,光伝導アンテナをサンプリング検出器として用いるときはキャリア移動
度が多きいことと同時に,熱雑音を低くするためにキャリア寿命も短いほうがよい。したがっ
て,素子を作製するための光導電性基板として
・耐電圧特性(高絶縁性)
・キャリア移動度
・キャリア寿命
などの特性が重要である。
表 2.1.1 に こ れ ま で に 光 伝 導 ス イ ッ チ 素 子 の 光 伝 導 基 板 と し て 用 い ら れ た こ と の あ る 半 導 体 ,
または利用できる可能性のある半導体の特性を示す。 一般にキャリア寿命を短くするために
は,イオン注入等の方法により多数の欠陥を半導体中に導入するが,そのために移動度は小さ
くならざるを得ず,短いキャリア寿命と高い移動度は両立し難い。半絶縁性基板として使われ
る 不 純 物 ( Cr な ど ) 添 加 に よ り キ ャ リ ア 補 償 し た GaAs あ る い は 高 純 度 の GaAs は 高 抵 抗 で 移
動 度 も 高 い が ,キ ャ リ ア 寿 命 は 一 般 に 数 百 ピ コ 秒 と 長 い 。ア モ ル フ ァ ス Si の キ ャ リ ア 寿 命 は か
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
17
表 2.1.1 各 種 光 伝 導 体 の 特 性
比 抵 抗 Ωcm
バンドギャッ
参考文献
種類
キャリア寿命
移動度
2
プ eV
(破 壊 電 圧
ps
cm /V/s
V/cm)
半 絶 縁 性 GaAs
数 100
1.43
a)
∼1000
10 7
6
5
低 温 成 長 GaAs
″
a),b),c),d)
0.3
150-200
10 (5x10 )
半 絶 縁 性 InP
数 100
1.34
∼1000
4x10 7
イオン注入
″
c),e),f)
0.1-4
200
> 10 6
InP
イオン注入
0.6
30
1.1
g)
Si(RD-SOS)
アモルファス
″
a),h)
0.8-20
1
10 7
Si
MOCVD CdTe
0.5
180
1.49
i)
低温成長
0.4
5
1.45
c)
In 0 . 5 2 Al 0 . 4 8 As
イ オ ン 注 入 Ge
0.6
100
0.66
j)
ダイアモンド
5.5
k)
1800
10 6 (10 7 )
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∆R/R (任意単位)
1.0
SI-GaAs
200℃
0.5
275℃
300℃
0.0
250℃
0
5
10
時間 (ps)
図 2.1.6 200°C か ら 300°C の 間 で 成 長 温 度
を 変 化 さ せ て 成 長 さ せ た と き の ,LT-GaAs の
時 間 分 解 反 射 率 変 化 (キ ャ リ ア 寿 命 に 相 当 )。
なり短くなるが,移動度は極めて低い。低
温 (<300°C) で M B E (Molecular Beam
Epitaxy)成 長 さ せ た GaAs(LT-GaAs)中 に は
過 剰 の As が 含 ま れ , As G a ( Ga サ イ ト へ の
As 置 換 ) 等 の 欠 陥 が 多 数 存 在 し , こ れ ら が
キャリアの捕獲または再結合中心となるた
め 非 常 に 短 い キ ャ リ ア 寿 命 (<0.5 ps)を 示 す
[PC26-27] 。 ま た , 移 動 度 も 比 較 的 高 く
(150-200 cm 2 /V⋅s)[PC-28], 成 長 後 ア ニ ー ル
し た も の は 耐 電 圧 特 性 も 半 絶 縁 性
GaAs(SI-GaAs) よ り も 良 い 。 こ れ ら の 特 性
か ら , LT-GaAs は 光 伝 導 ス イ ッ チ 素 子 の 基
板として適しており,最も良く用いられる。
LT-GaAs の キ ャ リ ア 寿 命 は 成 長 温 度 に 強
く 依 存 す る 。 図 2.1.6 に 200°C か ら 300°C
の間で成長温度を変化させて成長させたと
き の , LT-GaAs の 時 間 分 解 反 射 率 変 化 の 測
18
定結果を示す(成長温度の表示は試料ホルダー付近の温度を測定したもので,実際の成長温度
と は 数 10°C の 系 統 的 な ず れ が あ る ) 。 そ れ ぞ れ の 試 料 は 成 長 後 約 5 分 間 600°C で ア ニ ー ル し
てある。反射率の変化が,光励起されたキャリアの密度にほぼ比例すると考えると,図中では
250°C 成 長 の も の が 最 も キ ャ リ ア 寿 命 が 短 く 約 0.3ps で あ る [PC29]。 LT-GaAs 以 前 に は , サ フ
ァ イ ア 基 板 上 の Si 薄 膜 に イ オ ン を 注 入 し た も の (Radiation-Damaged Si on Sapphire,
RD-SOS)が サ ブ ピ コ 秒 の キ ャ リ ア 寿 命 を 示 す た め [PC30], 光 伝 導 膜 と し て 用 い ら れ る こ と が 多
か っ た が [PC31], 移 動 度 が LT-GaAs に 比 べ て 低 く (∼ 30 cm 2 /V⋅s) [PC32], 電 磁 波 の 発 生 及 び 検
出 の 効 率 が 約 1/5 程 度 で あ る の で , 現 在 LT-GaAs ほ ど 多 く は 用 い ら れ て い な い 。 Ge は 間 接 遷
移 型 の バ ン ド ギ ャ ッ プ エ ネ ル ギ ー が 0.66eV( 室 温 ) と 低 い の で , 1.55µm や 1.3µm の 通 信 波 長
帯 の レ ー ザ ー 光 源 が 利 用 で き る 。イ オ ン 注 入 し た Ge は サ ブ ピ コ 秒 の キ ャ リ ア 寿 命 を 示 し ,移 動
度 も 比 較 的 良 い こ と が 報 告 さ れ て い る [PC33]。 ま た Ge を 光 伝 導 基 板 に 用 い た THz 電 磁 波 発 生
も報告されている。しかし,バンドギャップが小さいために高抵抗になりにくく,大きなバイ
アスを印加することができない,熱励起によるキャリアで検出器として用いた場合ノイズが大
き く な る な ど の 問 題 が あ る 。LT-GaAs は 1.55-µm 帯 で も 不 純 物 準 位 ,あ る い は 2 光 子 吸 収 を 介
し た 吸 収 が あ り ,1.55-µm 帯 で も 動 作 す る 。1.55-µm 励 起 の 場 合 は 800nm 励 起 の 場 合 の 約 10%
弱 の 効 率 が 得 ら れ る こ と が 報 告 さ れ て い る [PC34]。そ の 他 ,イ オ ン 注 入 InP, MOCVD 成 長 に よ
る CdTe, 低 温 成 長 MBE に よ る In 0 . 5 2 Al 0 . 4 8 As な ど で サ ブ ピ コ 秒 の キ ャ リ ア 寿 命 ま た は 応 答 が 報
告 さ れ て い る (表 2.1.1 参 照 )。ダ イ ア モ ン ド は ギ ャ ッ プ エ ネ ル ギ ー が 5.5eV と 非 常 に 高 い が ,移
動 度 が 高 く (1800 cm 2 /V⋅s),抵 抗 あ る い は 耐 電 圧 特 性 も 非 常 に 良 い こ と か ら ,光 伝 導 体 と し て 利
用 す る こ と が で き る が ,励 起 に は 紫 外 レ ー ザ ー の 2 光 子 吸 収 な ど を 利 用 す る 必 要 が あ る [PC35]。
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
2.1.2 光 伝 導 ア ン テ ナ に よ る 電 磁
波検出の原理
Mode-locked
THz 電 磁 波 パ ル ス の 発 生 と 検 出
Ti: sapphire laser
を行う実験装置の概念図を図
Optical
2.1.7 に 示 す 。励 起 レ ー ザ ー 光( ポ
delay
Pump
ンプ光)を対物レンズを用いて電
pulse
Gating
磁波発生素子の光伝導ギャップに
pulse
PC detector
PC Emitter
照射する。発生した電磁波パルス
は,基板レンズと一組の軸外し放
A
sample
物面鏡で検出素子に集光される。
THz ビ ー ム の 伝 播 経 路 は 空 気 中 の
水蒸気の吸収の影響を避けるため,
真空にするか乾燥窒素ガスを封入
し水蒸気を除去する。検出素子に
は発生素子と同様の光伝導スイッ
図 2.1.7 THz 電 磁 波 パ ル ス の 発 生 と 検 出 を 行 う 実 験
チ素子を用い,ポンプ光の一部を
装 置 (THz-TDS)の 装 置 構 成 。
分岐させたレーザー光(プローブ
光)でやはり光伝導ギャップを照
射することによりゲートをかける。検出素子の光伝導ギャップ中に励起されたキャリアが電磁
波 の 電 場 に よ り 加 速 さ れ , 微 弱 な 電 流 パ ル ス が 流 れ る 。 こ の 電 流 の 平 均 値 J det (τ ) ( 直 流 電 流 成
分 ) は 電 磁 波 の 波 形 E T H z (t) と 光 伝 導 ア ン テ ナ の 応 答 関 数 K P C (t)の コ ン ボ リ ュ ー シ ョ ン と な る 。
すなわち,
J det (τ ) =
1
Tint
∫
+ Tint / 2
−Tint / 2
ETHz (t ) K PC (t − τ )dt
(2.1.11)
こ こ で τは THz 電 磁 波 と プ ロ ー ブ 光 の 遅 延 時 間 , T i n t は レ ー ザ ー の 繰 り 返 し 間 隔 で あ る 。K P C (t)
は 光 伝 導 ア ン テ ナ の ア ン テ ナ 応 答 関 数 A(t) と 光 伝 導 ギ ャ ッ プ の 光 励 起 に よ る 過 渡 的 伝 導 度
G g a p (t)の 積 で 与 え ら れ る 。
K PC (t ) = A(t ) ⋅ Ggap (t )
(2.1.12)
ア ン テ ナ 応 答 A(t)は ア ン テ ナ が 電 磁 波 の 波 長 に 比 べ て 小 さ く ,ア ン テ ナ 全 体 に わ た っ て 一 様( 位
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
19
相 差 が な い ) で あ る 場 合 , ア ン テ ナ 実 効 長 l e で 置 き 換 え る こ と が で き る 。 過 渡 的 伝 導 度 G g a p (t)
は 光 伝 導 ギ ャ ッ プ の 伝 導 率 σ (t ) が 一 様 と す る と
Ggap (t ) =
S gap
l gap
σ (t ) =
wδ
σ (t )
l gap
(2.1.13)
こ こ で l gap は 光 伝 導 ギ ャ ッ プ の 長 さ (電 流 が 流 れ る 方 向 ), S gap = wδ は 光 伝 導 ギ ャ ッ プ の 断 面 積
(電 流 が 流 れ る 方 向 と 垂 直 ), w と δ は そ れ ぞ れ 光 伝 導 ギ ャ ッ プ の 幅 ,励 起 光 の 吸 収 長 で あ る 。伝
導 率 σ (t ) は (2.1.6)式 に よ り 与 え ら れ る 。し た が っ て ,(2.1.11)式 は 次 の よ う に 書 き 換 え る こ と が
できる。
J det (τ ) =
=
+ Tint / 2
1 le
wδ ∫
ETHz (t )σ (t − τ )dt
−Tint / 2
Tint l gap
(2.1.14a)
le w t =+Tint / 2 t '=∞
I (t − τ − t ' )
ETHz (t )
eµ exp(−t ' / τ c )dtdt '
∫
∫
/
2
'
0
t
=
−
T
t
=
int
l gap
Tint hν
こ こ で le w / l gap は ア ン テ ナ の 形 状 因 子 ,
(2.1.14b)
I (t ) / Tint hν は 励 起 レ ー ザ ー に よ る キ ャ リ ア の 励 起 効 率
( パ ル ス 形 状 , 繰 り 返 し に 依 存 ) , eµ exp(−t ' / τ c ) は キ ャ リ ア の 応 答 を そ れ ぞ れ 表 す 。 ポ ン プ 光
と プ ロ ー ブ 光 間 の 時 間 遅 れ( τ)を 走 査 す る こ と で ,THz 電 磁 波 の 波 形 に 対 応 し た 信 号 波 形 J det (τ )
が 得 ら れ る 。 こ の 信 号 波 形 は THz 電 磁 波 の 波 形 E T H z (t)そ の も の で は な く , 検 出 器 で あ る 光 伝
導 ア ン テ ナ の 装 置 関 数 K p c (t)が 畳 み 込 ま れ た も の に な っ て い る 。レ ー ザ ー の パ ル ス 幅 お よ び キ
ャ リ ア 寿 命 が 電 磁 波 の パ ル ス 幅 に 比 べ て 十 分 短 け れ ば , K p c (t) は デ ル タ 関 数 的 に な り , J det (τ )
は 電 磁 波 の 波 形 E T H z (t)を 与 え る こ と に な る 。す な わ ち ,理 想 的 な 電 磁 波 の 電 界 に 対 す る サ ン プ
リ ン グ 検 出 器 と し て 動 作 す る 。実 際 に は レ ー ザ ー の パ ル ス 幅 は 有 限 で 時 間 分 解 能 (検 出 帯 域 )は レ
ーザーのパルス幅で決まる。キャリア寿命がレーザーのパルス幅に比べてずっと長い場合は
K p c (t) は ス テ ッ プ 関 数 的 に な り , J det (τ ) は 電 磁 波
信号電流 (nA)
(a)
0.5
ポンプパワー 12 mW
バイアス電圧 30 V
0.4 ps
0.0
0
5
10
15
時間 (ps)
1.0
FFT振幅スペクトル
(b)
0.5
0.0
0
1
2
3
4
5
周波数 (THz)
図 2.1.8
ダイポール型の素子を
LT-GaAs 上 に 作 製 し た も の を 用 い て
電 磁 波 を 発 生 さ せ ,同 様 の 素 子 を 用 い
て 検 出 し た (a)電 磁 波 波 形 , お よ び (b)
そのフーリエ変換スペクトル。
の 波 形 E T H z (t)を 時 間 積 分 し た も の に な る 。 こ の と
き の 時 間 分 解 能 (検 出 帯 域 )は や は り レ ー ザ ー の パ
ル ス 幅 で 決 ま る 。実 際 に 検 出 さ れ る 信 号 波 形 は 両 者
の 中 間 的 な も の に な る が ,ど ち ら か と い う と 後 者 の
積分波形に近いものが得られる。
検 出 の 際 に は , 時 間 遅 延 τの 調 整 と , Si レ ン ズ や
パラボラミラーのアラインメント調整を同時に行
う 必 要 が あ る の で ,ま ず レ ー ザ ー で 中 心 軸 の パ ス 合
わ せ を 行 う な ど ,少 し 工 夫 が 必 要 で あ る 。検 出 素 子
の 光 伝 導 ア ン テ ナ か ら の 信 号 電 流 は 微 弱 (pA∼ nA)
で あ る の で 電 流 増 幅 器 で 増 幅 し , さ ら に S/N 比 を
よ く す る た め に ,ポ ン プ 光 を 光 チ ョ ッ パ ー で 変 調 し
ロ ッ ク イ ン ア ン プ で 検 出 す る 。発 生 側 の 光 伝 導 ア ン
テ ナ に 印 加 す る バ イ ア ス を 10kHz 以 上 で 変 調 す る
方 法 も よ く 用 い ら れ る 。後 者 の ほ う が 励 起 レ ー ザ ー
の 利 用 効 率 も よ く ,プ ラ ス と マ イ ナ ス の 両 極 性 の バ
イアスを印加することでより放射効率を高めるこ
と も で き る 。た だ し ,バ イ ア ス 電 源 に は 電 圧 を 供 給
するラインのインダクタンスやキャパシタンスを
考 慮 し て 十 分 な 電 流 容 量 の も の を 用 い な い と ,所 定
の電圧が素子にうまく印加できていない場合もあ
るので注意を要する。
例 と し て 図 2.1.1 の よ う な ダ イ ポ ー ル 型 の 素 子 を
LT-GaAs 上 に 作 製 し た も の を 用 い て 電 磁 波 を 発 生
さ せ ,同 様 の 素 子 を 用 い て 検 出 し た 電 磁 波 波 形 を 図
20
2.1.8(a)に 示 す 。 ま た , そ の フ ー リ エ 変 換 ス ペ ク ト ル を 図 2.1.8(b)に 示 す 。 電 磁 波 パ ル ス の 主 ピ
ー ク で の 半 値 幅 は 約 0.4ps で あ る 。 そ の ス ペ ク ト ル は 0∼3 THz に わ た る 広 い 周 波 数 範 囲 に 分 布
し て お り , ス ペ ク ト ル の ピ ー ク は 約 0.5THz に あ る 。 こ の 時 の ポ ン プ 光 の 強 度 は 12mW で , バ
イ ア ス 電 圧 は 30V で あ る 。 ま た , 電 磁 波 の 平 均 出 力 は 約 0.3µW(約 4 fJ/pulse)で あ っ た 。 こ の
こ と か ら ,光 伝 導 ス イ ッ チ 素 子 の 入 射 ポ ン プ 光 に 対 す る 電 磁 波 の 放 射 効 率 は 10 - 4 ∼10 - 5 程 度 で あ
ることが分かる。
THz 電 磁 波 の 発 生 と 検 出 は , キ ャ リ ア 寿 命 の 長 い 半 絶 縁 性 GaAs や 半 絶 縁 性 InP を 用 い た 素
子 で も 可 能 で あ る [PC36-37]。 こ の 場 合 は 先 に 述 べ た よ う に 検 出 器 と し て の 光 伝 導 ア ン テ ナ は 積
分型のサンプリング検出器として動作する。キャリア寿命の長い半導体を用いた場合,移動度
が大きい分,励起に用いるレーザーパワーは相対的に小さくてすむ。しかし,発生できる電磁
波のパワーは印加できるバイアスで決まるので,使用できるレーザーのパワーが十分ある場合
にはより高いバイアスを印加できる半導体を光伝導アンテナの基板に選ぶのがよい。一方,検
出 素 子 に は キ ャ リ ア 寿 命 の 長 い 半 導 体 を 用 い る と 検 出 信 号 (電 流 )そ の も の は 移 動 度 が 大 き い 分
大きくなるが,キャリア寿命が長くなることで,電磁波を検出していない時間領域までキャリ
ア が 残 っ て い る た め , キ ャ リ ア に よ る 熱 雑 音 ( Johnson ノ イ ズ と も 呼 ば れ る ) が 大 き く な り ,
S/N 比 が 悪 く な る 。 し た が っ て , キ ャ リ ア 寿 命 の 長 い 基 板 は 検 出 用 の 光 伝 導 ア ン テ ナ に は 適 さ
な い [PC36]。
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
< 光 伝 導 ア ン テ ナ に よ る 超 広 帯 域 THz 電 磁 波 検 出 > [PC38-40]
(2.3.13)式 を み れ ば 分 か る よ う に 光 伝 導 ア ン テ ナ に よ る 電 磁 波 検 出 の 応 答 関 数 は 基 板 の キ ャ
リ ア 寿 命 τ c と ト リ ガ ー に 用 い る レ ー ザ ー の 強 度 プ ロ フ ァ イ ル (パ ル ス 幅 )I(t)で 決 ま る 。
キ ャ リ ア 寿 命 τc が 検 出 す る 電 磁 波 の 振 動 周 期 よ り 長 い 場 合 , 高 周 波 数 側 の 応 答 は ほ と ん ど レ ー
ザーの強度プロファイルのみで決まる。大雑把にいって光伝導アンテナの検出帯域は,フェム
ト 秒 レ ー ザ ー の パ ル ス 幅 の 逆 数 に 比 例 す る 。図 2.1.9 に 例 と し て ,パ ル ス 幅 約 18 フ ェ ム ト 秒 の
レ ー ザ ー で ZnTe 結 晶 中 (厚 さ 約 12µm)の 光 整 流 効 果 で 発 生 し , LT-GaAs の 光 伝 導 ア ン テ ナ (ダ
イ ポ ー ル 型 )で 検 出 し た テ ラ ヘ ル ツ 電 磁 波 の (a)波 形 と (b)そ の FFT 振 幅 ス ペ ク ト ル を 示 す 。 THz
パ ル ス の ピ ー ク か ら ピ ー ク ま で の 時 間 が 27fs で , そ の ス ペ ク ト ル の 裾 野 が お よ そ 40THz 付 近
ま で 広 が っ て い る こ と が 分 か る 。実 キ ャ リ ア を 用 い た 光 伝 導 ア ン テ ナ が 10THz 以 上 の 検 出 帯 域
を持ち得ることは非常に驚くべきことである。しかし,この広帯域特性は束縛電子が光励起に
よって瞬時に自由電子の状態に励起されることに起因しており,電子の半導体中のキャリア輸
送 に か か わ る 緩 和 時 間 (キ ャ リ ア 寿 命 ,散 乱 時 間 な ど )と は 無 関 係 で あ る こ と 考 え れ ば 理 解 で き る 。
PC current (pA)
(a)
27 fs
0.1
0.0
-0.1
0.6
0.8
1.0
1.2
Time (ps)
1.4
1.6
FFT amplitude (arb. unit)
01Sep26a0
0.2
10
(b)
1
0.1
0.01
0
20
40
Frequency (THz)
60
図 2.1.9 パ ル ス 幅 約 18 フ ェ ム ト 秒 の レ ー ザ ー で ZnTe 結 晶 中 (厚 さ 約 12µm)の 光 整 流
効 果 で 発 生 し ,LT-GaAs の 光 伝 導 ア ン テ ナ (ダ イ ポ ー ル 型 )で 検 出 し た テ ラ ヘ ル ツ 電 磁
波 の (a)波 形 と (b)そ の FFT 振 幅 ス ペ ク ト ル 。
<励起用フェムト秒レーザーについて>
励起用レーザー光源には,市販のモード同期チタンサファイアレーザーかフェムト秒のファ
イバーレーザーを用いる。モード同期色素レーザーを用いることができるが,固体のレーザー
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
21
媒質を用いる場合に比べて,液体をレーザー媒質として用いるため,一般に安定度があまりよ
く な く , メ ン テ ナ ン ス も 複 雑 で あ る た め , 600nm 帯 で の 励 起 が 必 要 で な け れ ば , ほ と ん ど 用 い
ら れ な い 。 モ ー ド 同 期 チ タ ン サ フ ァ イ ア レ ー ザ ー の パ ル ス 幅 は 通 常 約 100 フ ェ ム ト 秒 前 後 で ,
発 振 波 長 は 可 変 で 約 720− 1080nm の 範 囲 で 利 用 で き る 。 繰 り 返 し 周 期 は 共 振 器 内 を 光 が 往 復
す る 時 間 で 決 ま る が 100 M H z 前 後 で 動 作 す る も の が 多 い 。
Er ド ー プ の フ ァ イ バ ー レ ー ザ ー は 通 信 波 長 の 1.55µm( 石 英 フ ァ イ バ ー で の ロ ス が 一 番 小 さ
い 波 長 ) で モ ー ド 同 期 発 振 し , 最 短 の も の で 200fs 程 度 で あ る 。 フ ァ イ バ ー ア ン プ を 多 段 に 使
う こ と で 市 販 の も の で 50~100mW 程 度 ( 繰 り 返 し は 50MHz 前 後 ) が 得 ら れ て い る 。
こ の 1.55-µm の フ ァ イ バ ー レ ー ザ ー の 出 力 を 非 線 形 光 学 結 晶 で SHG(Second Harmonic
Generation, 第 2 高 調 波 発 生 )変 換 す る こ と で ,パ ル ス 幅 150fs 程 度 ,中 心 波 長 780nm で 約 20mW
のフェムト秒出力が得られる。ファイバーレーザーは非常にコンパクトで手のひらに載るサイ
ズ の も の も 市 販 さ れ て お り ,可 搬 型 の THz 時 間 領 域 分 光 装 置 を 構 成 す る の に 用 い ら れ る 。価 格
もモード同期チタンサファイアレーザーの価格(励起レーザーを含む)の約半分である。
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[PC21]
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[PC28]
D. C. Look, Thin Solid Films, 231, 61-73 (1993).
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[PC30]
F. E. Doany, D. Grischkowsky and C.-C. Chi: Appl. Phys. Lett. 50, 460-462 (1987).
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P. R. Smith, D. H. Auston, and M. C. Nuss, IEEE J. Quantum Electron. 24, 255-260
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N. Sekine, et al: Appl. Phys. Lett. 68, 3419-3421 (1996).
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22
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
[PC37]
[PC38]
[PC39]
[PC40]
F.
S.
S.
S.
G. Sun, G. A. Wagoner, and X.-C. Zhang: Appl. Phys. Lett. 67, 1656-1658 (1995).
Kono, M. Tani, P. Gu and K. Sakai: Appl. Phys. Lett. 77, 4104-4106 (2000).
Kono, M. Tani, and K. Sakai: Appl. Phys. Lett. 79, 898-900 (2001).
Kono , M. Tani and K. Sakai: IEE Proceedings - Optoelectronics, 149, 105 (2002).
2.2 非 線 形 光 学 結 晶 に よ る 発 生 と 検 出
2.2.1. 光 整 流 (Optical Rectification)効 果 に よ る THz 電 磁 波 発 生
<光整流効果と差周波発生>
超 短 パ ル ス レ ー ザ ー を 用 い た THz 電 磁 波 の 発 生 法 と し て , 非 線 形 結 晶 中 で の 光 整 流 作 用
(optical rectification)に よ る も の が あ る [NL1-3]。 非 線 形 光 学 結 晶 に 単 一 周 波 数 ωの 光 が 入 射 し
た と き , 2 次 の 非 線 形 分 極 に は ω+ω=2ωの 成 分 の ほ か , ω-ω=0 の 直 流 成 分 が 現 れ る 。 後 者 に よ
る分極が光整流である。すなわち,
Pi ( 2 ) (0) = 2ε 0 ∑ χ ijk( 2 ) (0 = ω − ω ) E j (ω ) Ek* (ω )
(2.2.1)
jk
P i ( 2 ) は 2 次 の i (= x,y,z) 方 向 の 分 極 成 分 ,χ i j k ( 2 ) は 2 次 の 非 線 形 感 受 率 テ ン ソ ル ,E j (ω) は j 方 向
の 光 の 振 幅 を そ れ ぞ れ 表 す 。 (3.1)式 は 光 整 流 効 果 に よ る 2 次 の 非 線 形 分 極 が 光 強 度
I = 2nε 0 cEE * = 2nε 0 c E
2
(2.2.2)
に比例していることを示している。フェムト秒レーザーを2次の非線形感受率を持つ非線形光
学 結 晶 に 入 射 さ せ る と ,そ の 強 度 プ ロ フ ァ イ ル I(t)に 比 例 し た 分 極 が 光 整 流 効 果 に よ り 発 生 し ,
消 滅 す る 。 す な わ ち , (2.2.1)式 は 時 間 領 域 で
P(t ) =
1 ( 2)
χ I (t )
cn
(2.2.3)
と 書 く こ と が で き る 。こ こ で c は 真 空 の 光 速 度 , n は レ ー ザ ー 波 長 に お け る 媒 質 の 屈 折 率 で あ
る 。 こ の 過 渡 的 な 非 線 形 分 極 の 2 次 の 時 間 微 分 に 比 例 し た 振 幅 の 電 磁 波 が (2.1.1)式 に し た が い
放 射 さ れ る 。こ れ が 光 整 流 効 果 に よ る THz 電 磁 波 放 射 の 定 性 的 な 説 明 で あ る 。し か し , (2.2.1)
式 で 表 さ れ て い る の は 厳 密 に は DC( 時 間 変 化 し な い )の 分 極 で あ り ,電 磁 波 を 放 射 し な い 。し
た が っ て , (2.2.1)式 か ら (2.2.3)式 を 直 接 導 く こ と は で き な い 。 厳 密 に は 光 整 流 効 果 に よ る THz
電磁波放射は広帯域なフェムト秒レーザーの周波数成分間のコヒーレントな差周波発生
(Difference Frequency Generation, DFG)で 説 明 さ れ , (2.2.3)式 が 実 際 に 成 り 立 つ こ と を 次 に
示そう。
ま ず , 入 射 レ ー ザ ー の 電 場 を 次 の よ う に 表 現 す る 。 周 波 数 ωの 単 色 波 の 場 合
~
単 色 波 : E (t ) = E exp(−iωt ) + c.c.
(E は 定 数 )
(2.2.4)
~
E (t ) の 頭 に つ い て い る チ ル ダ (波 線 )は 光 の 周 波 数 で 早 く 振 動 す る 量 で あ る こ と を 表 し , 光 の 周
波数よりもゆっくり変化する振幅の場合はチルダをつけず, E などの記号で表すことにする。
c.c.は complex conjugate( 複 素 共 役 ) を 表 す 。 ス ペ ク ト ル 分 布 を 持 つ 場 合 に は 各 周 波 数 成 分 を
積分した形(あるいはフーリエ展開形)で書くことができ
~
広 帯 域 : E (t ) =
∫
∞
0
E (ω ) exp(−iω t )dω + c.c.
(2.2.5)
こ こ で E ( −ω ) = E (ω ) * (* は 複 素 共 役 の 意 味 )と 決 め て お く と
∞
~
E (t ) = ∫ E (ω ) exp(−iω t )dω
−∞
(2.2.6)
~
と 書 く こ と が で き る 。 非 線 形 分 極 は 入 射 波 E (t ) が (2.2.6)式 で 与 え ら れ る ス ペ ク ト ル 分 布 を 持 つ
場合
∞
∞
~
~
P ( 2) (t ) = ε 0 χ ( 2 ) E 2 (t ) = ε 0 χ ( 2) ∫ E (ω1 ) exp(−iω1 t )dω1 ∫ E (ω2 ) exp(−iω 2 t )dω2
−∞
= ε0χ
( 2)
∫
∞
0
−∞
∞
{E (ω1 ) exp( −iω1 t ) + E (ω1 ) exp(iω1 t )}dω1 ∫ {E (ω 2 ) exp( −iω 2 t ) + E * (ω 2 ) exp(iω 2 t )}dω 2
*
0
23
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
= ε 0 χ (2) ∫
∞
∞
∫
0
0
+ ε 0 χ ( 2) ∫
∞
∞
0
0
= ε 0 χ (2)
∞
∞
0
0
∫
∫ ∫
+ ε 0 χ ( 2) ∫
E (ω1 ) E (ω 2 ) exp{−i (ω1 + ω 2 )t}dω 2 dω1 + ε 0 χ ( 2 ) ∫
∞
∫
0
∞
0
∞
0
∞
∫
∫ ∫
∞
0
∞
∞
∞
∞
0
0
E (ω1 ) E * (ω 2 ) exp( −i (ω1 − ω 2 )t}dω 2 dω1 + ε 0 χ ( 2 ) ∫
∫
0
0
∞
0
E (ω1 ) E * (ω 2 ) exp( −i (ω1 − ω 2 )t}dω 2 dω1 + ε 0 χ ( 2 ) ∫
E (ω1 ) E (ω 2 ) exp{−i (ω1 + ω 2 )t}dω 2 dω1 + ε 0 χ ( 2 )
∫
0
E * (ω1 ) E * (ω 2 ) exp(i (ω1 + ω 2 )t}dω 2 dω1
E * (ω1 ) E (ω 2 ) exp( −i ( −ω1 + ω 2 )t}dω 2 dω1
E * (ω1 ) E * (ω 2 ) exp(i (ω1 + ω 2 )t}dω 2 dω1
E * (ω1 ) E (ω 2 ) exp( −i ( −ω1 + ω 2 )t}dω 2 dω1
(2.2.7)
最 初 の 2 項 は 和 周 波 発 生( SFG)に 対 応 し て い る 。第 3,4 項 が 差 周 波 発 生 (DFG)に 対 応 し て い
る 。し か し 位 相 整 合 条 件 は 2 つ の 非 線 形 光 学 過 程 で は 同 時 に 満 た さ れ な い の で ,こ こ で SFG 成
分 は 無 視 す る と ,DFG に よ る 非 線 形 分 極 は
∞
∞
∞
∞
~
P ( 2 ) (t ) = ε 0 χ ( 2 ) ∫ ∫ E (ω1 ) E * (ω 2 ) exp( −i (ω1 − ω 2 )t}dω 2 dω1 + ε 0 χ ( 2 ) ∫ ∫ E * (ω1 ) E (ω 2 ) exp( −i (−ω1 + ω 2 )t}dω 2 dω1
0
= ε 0 χ (2) ∫
∞
= ε 0 χ (2) ∫
∞
0
∫
∞
∫
∞
0
0
∞
−∞
0
E (ω1 ) E * (ω 2 ) exp( −i (ω1 − ω 2 )t}dω 2 dω1 + ε 0 χ ( 2 ) ∫
∞
E (ω1 ) E * (ω 2 ) exp( −i (ω1 − ω 2 )t}dω 2 dω1 + ε 0 χ ( 2 ) ∫
0
0
−∞
0
== ε 0 χ ( 2 ) ∫
0
∫
∞
−∞
∫
∞
E (−ω1 ) E * (−ω 2 ) exp( −i (−ω1 + ω 2 )t}dω 2 dω1
0
∫
0
0
−∞
E (ω1 ) E * (ω 2 ) exp( −i (ω1 − ω 2 )t}dω 2 dω1
E (ω1 ) E * (ω 2 ) exp( −i (ω1 − ω 2 )t}dω 2 dω1
(2.2.8)
で与えられる。
さて, P
( 2)
(t ) を 周 波 数 成 分 P(Ω) に 分 解 し て 書 く と( P に つ い て の 2 次 の 非 線 形 成 分 を あ ら わ
す 添 字 (2)は 省 略 )
P (t ) =
1
2π
∫
∞
−∞
P (Ω) exp(−iΩ t )dΩ
(2.2.9a)
~
P (t ) exp(iΩ t )dt
−∞
~
(2.2.9b)の P (t ) に (2.2.8)を 代 入 す る と
P (Ω) = ∫
∞
P (Ω ) = ε 0 χ ( 2 ) ∫
t =∞
t = −∞
ω1=∞
dt ∫
ω1= −∞
ω 2=∞
dω1 ∫
ω 2= −∞
(2.2.9b)
dω 2 E (ω1 ) E * (ω 2 ) exp{i (Ω + ω1 − ω 2 ) t}
(2.2.10)
こ こ で 時 間 t に 関 す る 積 分 は Ω + ω1 − ω 2 = 0 の 条 件 を 満 た す 成 分 以 外 は ゼ ロ に な る 。
したがって
ω1=∞
~
P (Ω) = ε 0 χ ( 2 ) ∫
ω1= −∞
= ε 0 χ ( 2) ∫
∞
ω 2 =∞
∫ω
2= −∞
E (ω1 ) E * (ω2 )δ (ω1 − ω 2 + Ω)dω1dω2
2
E (ω1 = ω 2 − Ω) E * (ω2 )dω2 = ε 0 χ ( 2) < E (Ω) >,
−∞
< E (Ω) >= ( E * E * ) = ∫
2
=∞
−∞
E (ω1 = ω 2 − Ω) E * (ω 2 )dω 2
(2.2.11a)
(2.2.11b)
2
こ こ で < E (Ω) >= ( E * E * ) は E (ω ) の Auto-correlation function( 自 分 自 身 の コ ン ボ リ ュ ー シ ョ
ン ) で あ る 。 こ こ で Fourier 変 換 の 定 理
F ( f * g ) = f (t ) g (t ) ( F は Fourier 変 換 を 行 う こ と を 意 味 す る )
(2.2.12)
を (2.2.11a)に 用 い る と
P(t ) = F ( P(Ω)) = ε 0 χ ( 2) F ( E * E * ) = ε 0 χ ( 2) E (t ) E * (t ) =
1
I (t )
nc
(チ ル ダ は 省 い た )
(2.2.13)
が 得 ら れ , (2.2.3)が 成 り 立 つ こ と が 示 さ れ た 。
さ て , 遠 視 野 で は 双 極 子 放 射 の 電 界 の 強 さ ETHz は 分 極 P の 2 次 の 時 間 微 分 に 比 例 す る 。
ETHz (t ) ∝
∂ 2 P(t ) ∂ 2 I (t )
∝
∂t 2
∂t 2
(2.2.14)
したがって
ETHz (Ω) ∝ ΩI (Ω) ∝ Ω 2 P(Ω)
(2.2.15)
すなわち,光整流効果で放射される電磁波のスペクトルは遠視野では,励起レーザーパルスの
24
強 度 プ ロ フ ァ イ ル の フ ー リ エ 変 換 P (Ω) に 周 波 数 の 自 乗 が か か っ た 形 で 得 ら れ る 。 (2.2.14),
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
(2.2.15)式 か ら 分 か る よ う に 光 整 流 効 果 に よ る THz 電 磁 波 発 生 で は レ ー ザ ー パ ル ス の 幅 が 狭 い
ほ ど 発 生 す る 電 磁 波 の パ ル ス 幅 も 狭 く な り ,よ り 広 帯 域 な ス ペ ク ト ル が 得 ら れ る こ と が 分 か る 。
ただし実際の帯域はあとで述べる位相整合条件で制限される。
さて上の式においては P も E もスカラー量として記述しているが実際にはベクトル量である
ので
χ ( 2) は
P(t ) = ∫
∞
−∞
3 階 の テ ン ソ ル に な る 。 ベ ク ト ル 的 な 表 現 で (2.2.9),お よ び (2.2.11)式 を 書 く と ,
P(Ω) exp(−iΩ t )dΩ
Pi (Ω) = ε 0 ∑ χ ijk( 2 ) (Ω) ∫
∞
−∞
j ,k
(2.2.16)
E j (ω1 = Ω + ω2 ) Ek (ω2 )dω2
*
(2.2.17)
(2.2.17)式 は 光 整 流 効 果 に よ る DC 分 極 P(Ω=0)を 表 す (2.2.1)式 と 同 じ 形 を し て い る が Ek (ω ) は
*
Ek (ω2 ) で 置 き 換 え ら れ , ま た ω 2 に よ る 積 分 形 に な っ て い る 。 係 数 の 2 が 消 え て い る が , こ れ
*
は ω 2 に つ い て の 積 分 が 正 の 周 波 数 の み で な く ,負 の 周 波 数 に ま で 拡 張 さ れ て い る た め で あ る( −
∞ ∼ 0 と 0∼ + ∞ の 積 分 は 同 じ 値 を 与 え る ) 。
< 電 磁 波 発 生 の 結 晶 方 位 依 存 > [NL4]
z,(001)
光 整 流 効 果 に よ る THz 電 磁 波 発 生 で は
E
ZnTe( II-VI 族 の 化 合 物 半 導 体 。 そ の 結 晶 は
θ
<110>-cut
ZnTe
zinc-blende 型 で 4 3m の 対 称 性 を も つ 。バ ン ド
ギ ャ ッ プ は 2.28eV@300K)が 良 く 用 い ら れ る 。
ZnTe 結 晶 の ゼ ロ で な い 2 次 の 非 線 形 感 受 率 テ
φ
P
ン ソ ル 成 分 は 2d14 =
y',(-110)
( 2)
( 2)
( 2)
χ 231
= χ 213
= 2d 36 = χ 312
x, (100)
( 2)
( 2)
χ123
= χ132
= 2d 25 =
( 2)
= χ 321
である。行列表
現で書くと
y,(010)
図 2.2.1 結 晶 座 標 (x, y, z)お よ び 実 験 室
座 標 (x’, y’, z’=z)の 関 係 ,及 び 入 射 電 界 E
と非線形分極 P の方向。
d ijk
⎡ 0 0 0 d14 0 0 ⎤
= d il = ⎢⎢ 0 0 0 0 d14 0 ⎥⎥ (2.2.18)
⎢⎣ 0 0 0 0 0 d14 ⎥⎦
したがって
⎡< E x E x ( Ω ) >
⎤
⎢
⎥
*
⎢< E y E y ( Ω) >
⎥
⎥
⎡ Px (Ω) ⎤
⎡ 0 0 0 d14 0 0 ⎤ ⎢
*
⎢< E z E z ( Ω ) >
⎥
⎢
⎥
⎢
⎥
⎥
⎢ Py (Ω)⎥ = 2ε 0 ⎢ 0 0 0 0 d14 0 ⎥ ⎢
*
*
(
)
(
)
<
Ω
>
+
<
Ω
>
E
E
E
E
y
z
y
z
⎢
⎥
⎢ P (Ω ) ⎥
⎢⎣ 0 0 0 0 0 d14 ⎥⎦
⎣ z
⎦
⎢
⎥
*
*
⎢< E z E x ( Ω) > + < E z E x ( Ω ) > ⎥
⎢< E E * (Ω ) > + < E * E ( Ω ) > ⎥
x
y
⎣ x y
⎦
*
(2.2.19)
こ こ で レ ー ザ ー が ZnTe の (110)面 に 垂 直 に 入 射 す る 場 合 を 考 え る 。 こ の と き レ ー ザ ー の 偏 光 方
向 と 結 晶 の z 軸 ( <001>方 向 ) と の な す 角 を θと す る ( 反 時 計 回 り を 正 ) 。 こ の と き 結 晶 座 標 系
(x, y, z)に お け る 入 射 電 場 は
~
E (t ) = ( E x (t ), E y (t ), E z (t )) = E (t )(sin θ / 2 , − sin θ / 2 , cosθ )
2
2
2
E = Ex + E y + Ez = E
で与えられる。このとき結晶座標系での非線形分極は
(2.2.20)
25
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
⎤
⎡
2
sin θ cos θ ⎥
−
⎢
⎡< E y E z * ( Ω ) > + < E y * E z ( Ω ) > ⎤
⎥
⎢ 2
⎡ Px (Ω) ⎤
⎢
⎥
⎥
⎢ 2
2
⎥
⎢
*
*
⎢ Py (Ω)⎥ = 2ε 0 d14 ⎢< E z E x (Ω) > + < E z E x (Ω) > ⎥ = cn d14 I (Ω) ⎢ 2 sin θ cos θ ⎥
⎢
⎥
⎥
⎢
*
*
⎢ P (Ω) ⎥
⎢⎣< E x E y (Ω) > + < E x E y (Ω) > ⎥⎦
⎦
⎣ z
⎥
⎢ 1 2
⎥
⎢− 2 sin θ
⎦
⎣
(2.2.21)
で 与 え ら れ る 。実 験 室 座 標 を (x’, y’, z’)と し て x’軸 //レ ー ザ ー ビ ー ム( <110>方 向 ),y’軸 ⊥ レ ー
ザ ー ビ ー ム , z’軸 =z 軸 と と る (図 2.2.1 参 照 ) 。 す な わ ち
x′ =
x
2
+
y
2
, y′ = −
x
y
, z′ = z
+
2
2
(2.2.22)
である。実験室座標では非線形分極は次のように表される。
1
⎤
( Px (Ω) + Py (Ω)) ⎥
2
⎤
⎡ 0
⎥
1
⎥
⎢
⎥ 1
(− Px (Ω) + Py (Ω))⎥ = d14 I (Ω) ⎢2 sin θ cosθ ⎥
cn
2
⎥
⎢− sin 2 θ
⎥
⎦
⎣
Pz (Ω)
⎥
⎥⎦
⎤
⎡
⎥
⎢ 0
⎥
⎢
1
= d14 I (Ω) ⎢ sin 2θ
⎥ = P0 + P1 (θ ),
cn
⎢ 1 cos 2θ ⎥
⎥
⎢− +
2 ⎦
⎣ 2
⎡
⎢
⎡ Px′ (Ω) ⎤ ⎢
⎥ ⎢
⎢
⎢ Py′ (Ω)⎥ = ⎢
⎢ P (Ω) ⎥ ⎢
⎦ ⎢
⎣ z′
⎢⎣
P0
(2.2.23)
t
1⎞
1
cos 2θ ⎞
⎛
⎛
⎟⎟
d 14 I (Ω)⎜⎜ 0, 0,− ⎟⎟ , P 1 (θ ) =
d 14 I (Ω)⎜⎜ 0, sin 2θ ,
=
cn
cn
2⎠
2 ⎠
⎝
⎝
1
t
(2.2.24)
し た が っ て ,非 線 形 分 極 は レ ー ザ ー 入 射 方 向 (x’軸 方 向 )と 垂 直 な 面 内 に あ る 。非 線 形 分 極 P は レ
ー ザ ー の 偏 光 方 向 に 依 存 し な い P0( z 軸 方 向 成 分 の み を 持 つ ) と , レ ー ザ ー の 偏 光 方 向 と z 軸
の な す 角 度 θに 依 存 し て 2θで 回 転 す る 非 線 形 分 極 成 分 P 1 (θ)の 和 で 与 え ら れ る 。角 度 依 存 を 図 示
す る と 図 2.2.2 の よ う に な る 。
最 初 レ ー ザ ー の 偏 光 方 向 が z’軸 に 一 致 し て い る と す
る と , こ の と き 非 線 形 分 極 P は ゼ ロ で あ る ( P 1 (θ)は P 0
z’=z
と 逆 向 き で 大 き さ が 等 し い )。偏 光 方 向 を z’軸 に 対 し て
ZnTe(110)
surface
反 時 計 回 り に θ回 転 さ せ る と , 角 度 依 存 成 分 P 1 (θ)は P 0
E
を 中 心 に z’軸 方 向 に 短 軸 , y'軸 方 向 に 長 軸 を 持 ち 楕 円 率
θ
1/2 の 楕 円 を 描 い て z’軸 と 時 計 回 り に 2θを な す 方 向 へ 回
2θ
転する。角度関係を式で表すと
y’
P
− Py '
φ P
≡ tan φ = 2 cot θ
(2.2.25)
0
Pz '
P1(θ)
図 2.2.2 非 線 形 分 極 P の 入 射 電
界 E の方向依存。P には E の方
向 に 依 存 し な い P0 成 分 と E の 方
向 に 依 存 し て 回 転 す る P1 成 分 が
ある。
ここで φ は z 軸と P のなす角(反時計回りを正)であ
る。
ま た , 非 線 形 分 極 P =P 0 +P 1 の 大 き さ は
P=
=
1/ 2
1
d14 I {sin 2 θ (4 cos 2 θ + sin 2 θ )}
cn
{
}
1/ 2
1
d14 I sin 2 θ (1 + 3 cos 2 θ )
cn
26
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
=
{
1/ 2
}
1/ 2
1
1
2
4⎫
⎧
d14 I sin 2 θ (4 − 3 sin 2 θ ) = d14 I ⎨− 3(sin 2 θ − ) 2 + ⎬
3
3⎭
cn
cn
⎩
(2.2.26)
よ り sin 2 θ=2/3(cos 2 θ=1/3)と な る 角 度 , す な わ ち θ m =±54.7°( tan θ m = ± 2 )で 最 大 値
4 1
d14 I
3 cn
P max =
(2.2.27a)
をとる。
ま た tan φ m = 2 cot θ m = 2
cos θ m
1/ 3
2/3
=2
=±
= tan θ m よ り
sin θ m
± 2/3
1/ 3
φm = θ m ま た は φm = π + θ m
(2.2.27b)
を得る。すなわち,P が最大値をとるとき,励起レーザーの偏光方向と非線形分極の方向は一
致する。
<位相整合条件>
以 上 で 励 起 レ ー ザ ー パ ル ス の 強 度 プ ロ フ ァ イ ル I(t)と 発 生 す る 非 線 形 分 極 ( THz 電 磁 波 ) の
スペクトルの関係,及び励起レーザーの偏光方向と結晶方位依存性について述べた。しかし光
整 流 効 果 に よ る THz 電 磁 波 発 生 効 率 に と っ て , よ り 重 要 な の は 励 起 レ ー ザ ー と 発 生 す る THz
電磁波の位相整合である。差周波発生などの場合のように3つの波が相互作用する場合,それ
ら の 波 の 波 数 ベ ク ト ル を k 1 , k 2 , k 3 ( 周 波 数 を そ れ ぞ れ ω 1 , ω 2 , Ω= ω 1 − ω 2 ) と す る と , 位 相 不 整
合因子は
sin 2 (∆kL / 2)
= sinc 2 (∆kL / 2π ) = sinc 2 ( L / 2 Lc ),
2
(∆kL / 2)
( sinc( x) ≡ sin(π x) / π x )
(2.2.28)
で 与 え ら れ る 。こ こ で L は 結 晶 の 厚 さ , ∆k = k1 − k 2 − k 3 は 3 つ の 波 の 位 相 の ず れ で あ る 。ま た
Lc は コ ヒ ー レ ン ス 長 で 次 で 定 義 さ れ る 。
Lc =
π
(2.2.29)
∆k
光 整 流 効 果 に よ る THz 電 磁 波 の 発 生 効 率 は こ の 位 相 不 整 合 因 子 に L 2 を 乗 じ た も の で 与 え ら れ
る。すなわち
L 2 sinc 2 ( L / 2 L c ),
(2.2.30)
Coherence length (mm)
Lc=λ/2∆n
(2.2.30)式 で 与 え ら れ る 効 率 は , 結 晶 の 厚 さ L に 対 し て 2 L c を 周 期 と す る 周 期 関 数 で あ り , L =
(2m+1)L c( m =1, 2, 3, ・ ・ ・ )で 最 大
値1をとる。しかし実際には結晶中の
5
吸 収 の た め ,効 率 が 最 大 と な る の は ,m
ZnTe
=1 の 場 合 す な わ ち ,結 晶 の 厚 み が コ ヒ
4
ー レ ン ス 長 と 等 し く な る と き
@780nm
3
@800nm
( L = Lc = π / ∆k ) で あ る 。 こ こ で ω 1 ,
@810nm
@830nm
2
ω 2 >> Ω= ω 1 − ω 2 >0
k1 = k 2 +
1
0
1
2
3
4
5
Frequency (THz)
図 2.2.3 ZnTe に お け る コ ヒ ー レ ン ス 長 L c の
THz 周 波 数 依 存 。入 射 レ ー ザ ー パ ル ス の 中 心 波
長 800 nm 付 近 で 0 ∼ 2 THz に お け る L c は 2
mm 前 後 に な る 。
とすると
∂k
1
Ω = k2 + Ω
∂ω ω =ω1
vg
(2.2.31)
と 近 似 で き る 。こ こ で v g は 周 波 数 ω 1 に
おけるレーザーパルスの群速度である。
したがって
27
Lc =
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
π
∆k
π
=
k1 − k 2 − k3
=
=
π
Ω / v g − k3
λTHz
2 c / vg − nTHz
=
=
π
2π c / vg λTHz − 2π nTHz / λTHz
λTHz
(2.2.32)
2 ng − nTHz
こ こ で n T H z は 周 波 数 Ωに お け る 非 線 形 結 晶 の 屈 折 率 , λ T H z は 真 空 中 の 周 波 数 Ωの THz 電 磁 波 の
波 長 , n g =c/v g は 励 起 レ ー ザ ー パ ル ス の 群 屈 折 率 で あ る 。
ZnTe の 場 合 に い く つ か の 励 起 レ ー ザ ー の 波 長 に 対 し て ,差 周 波 数 Ωに 依 存 す る コ ヒ ー レ ン ス
長 L c を 計 算 し た も の を 図 2.2.3 に 示 す 。 こ の 図 か ら ZnTe の コ ヒ ー レ ン ス 長 は チ タ ン サ フ ァ イ
ア レ ー ザ ー の 波 長 で あ る 800 nm あ た り で 大 き く な っ て い る こ と が 分 か る 。 例 え ば 励 起 レ ー ザ
ー の 中 心 波 長 約 810 nm の 場 合 ,2 THz 以 下 の 周 波 数 で は コ ヒ ー レ ン ス 長 が 4 mm 以 上 な の で ,
2 THz 程 度 の 帯 域 の 電 磁 波 発 生 に は 4 mm 程 度 の 厚 み の ZnTe 結 晶 を 用 い れ ば よ い 事 が 分 か る 。
2.2.2 電 気 光 学 ( EO) 効 果 に よ る THz 電 磁 波 の 検 出
先 に 光 伝 導 ア ン テ ナ は THz 電 磁 波 の 放 射 素 子 と し て だ け で な く ,検 出 素 子 と し て も 利 用 で き
る こ と を 述 べ た が , 非 線 形 光 学 結 晶 の 場 合 も 電 気 光 学 効 果 (Pockels 効 果 )を 利 用 し て THz 電 磁
波をサンプリング検出することが可能である。ちなみに電気光学効果を表す 1 次の電気光学係
数と 2 次非線形感受率の間には,次の関係がある。
rijk = −
2
ε ii ε jj
χ ijk ( 2 ) (ω; ω + 0) = −
4
ε ii ε jj
d kji (0; ω − ω )
(2.2.33)
あるいは縮約表現を使うと
rlk = −
4
ε ii ε jj
d kl (0; ω − ω )
(2.2.34)
例 え ば r41 に つ い て
r41 = −
4
ε2
d14
(2.2.35)
と い う 関 係 が 得 ら れ る (ε y y =ε z z =εと し た )。 こ こ で 電 気 光 学 係 数 と 非 線 形 係 数 と で は 添 え 字 の k
と l の順序が入れ替わっていることに注意しよう。これは電気光学係数のテンソル行列が(定
数因子を除き)非線形係数の転置行列になっていることに対応している。
電 気 光 学 効 果 に よ る THz 電 磁 波 検 出 も 発 生 と 同 様 ,チ タ ン サ フ ァ イ ア レ ー ザ ー の 波 長 800nm
付 近 で 位 相 整 合 が よ い ZnTe 結 晶 を 用 い る こ と が 多 い 。 ZnTe の よ う な zinc-blende タ イ プ の 電
気 光 学 結 晶 の EO 係 数 r i j は 次 で 与 え ら れ る 。
⎡0
⎢0
⎢
⎢0
rij = ⎢
⎢ r41
⎢0
⎢
⎣⎢0
0 0⎤
0 0 ⎥⎥
0 0⎥
⎥
0 0⎥
r41 0 ⎥
⎥
0 r41 ⎦⎥
電気光学結晶に任意の電界
(2.2.36)
E = ( Ex , E y , Ez ) が 印 加 さ れ
たとき,屈折率楕円体は次の式で与えられる。
x2 + y2 + z 2
+ 2r41Ex yz + 2r41E y zx + 2r41E z xy = 1 (2.2.37)
2
n0
図 2.2.4 ZnTe 結 晶 の (110)面 へ THz 結 晶 軸 方 向 と 座 標 軸 に は <100> Æ x, <010> Æ y,
電 磁 波 の 偏 光 軸 が z 軸 ( <001>方 向 ) <001> Æ z の 対 応 関 係 が あ る と す る ( 結 晶 座 標 系 ) 。
と 角 度 θを な し て 入 射 す る 場 合 。
発 生 の 場 合 と 同 様 , ZnTe の (110)面 に THz 電 磁 波 が
垂 直 に 入 射 す る 場 合 を 考 え る 。 図 2.2.4 に 示 さ れ る よ う
28
に THz 電 磁 波 は 直 線 偏 光 で そ の 偏 向 方 向 と ZnTe の <001>方 向 (z 軸 方 向 )と は 角 度 θを な し て い
るとする(反時計回りを正)。このとき結晶座標系での電界は次のように表される。
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
E = (− E0 sin θ / 2 , E0 sin θ / 2 , E0 cos θ ),
E = E0
(2.2.38)
(2.2.38)式 で 与 え ら れ る 電 界 に 対 す る 屈 折 楕 円 体 は
x2 + y2 + z2
n0
2
−
2r41 E 0 sin θ
2
yz +
2r41 E 0 sin θ
2
zx + 2r41 E 0 cosθ xy = 1
(2.2.39)
となる。
い ま 実 験 室 座 標 系 (x’, y’, z’)を x’軸 が (110)面 に 垂 直 , y’軸 が <1−10>方 向 に , z’=z と な る よ う に
と る (結 晶 座 標 を z 軸 を 中 心 に 45 度 回 転 )。 す な わ ち
x′
y′
−
2
2
x′
y′
y=
+
2
2
z = z′
x=
(2.2.40)
実 験 室 座 標 に お け る 屈 折 率 楕 円 体 は (2.2.39) お よ び (2.2.40) 式 か ら 次 の よ う に 変 形 さ れ る 。
x′ 2 + y ′ 2 + z ′ 2
n0
2
− 2r41 E 0 sin θ y ′z ′ + r41 E 0 cosθ ( x ′ 2 − y ′ 2 ) = 1
(2.2.41)
サ ン プ リ ン グ ビ ー ム が 感 じ る 屈 折 率 ,す な わ ち (110)面 =y’−z’面 の 屈 折 率 楕 円 は x'=0 と 置 く こ と
で得られ,
y′2 + z′2
n0
2
− 2r41 E 0 sin θ y ′z ′ − r41 E 0 cosθ y ′ 2 = 1
(2.2.42a)
あるいは
⎛ 1
⎞ 2 z2
⎜
⎟ ′
′′
⎜ n 2 − r41 E 0 cosθ ⎟ y + n 2 − 2r41 E 0 sin θ y z = 1
0
⎝ 0
⎠
(2.2.42b)
で 与 え ら れ る 。 こ の 式 か ら 屈 折 率 楕 円 の 主 軸 の 方 向 (=φ)と 屈 折 率 変 化 の 大 き さ が 分 か る 。
(2.2.42)式 で 表 さ れ る 屈 折 率 楕 円 は 実 験 室 座 標 (x’, y’)を 回 転 さ せ て ,主 軸 に 一 致 す る よ う に と っ
た 主 軸 座 標 系 (y”, z”)で は
y′′2 z′′2
+ 2 = ay′′2 + bz′′2 = 1
2
ny
ny
⎛
⎞
⎜a = 1 , b = 1 ⎟
2
2
⎜
ny
n y ⎟⎠
⎝
(2.2.43)
の よ う に 表 す こ と が で き る は ず で あ る 。実 験 室 座 標 と 主
軸 座 標 の 間 の 回 転 角 を φと す る と
y′′ = y′ cos φ + z′ sin φ ,
z′′ = − y′ sin φ + z′ cos φ
(2.2.44)
と 書 け る (図 2.2.5 参 照 )。 (2.2.44)式 を (2.2.43)式 に 代 入
すると
(a cos 2 φ + b sin 2 φ ) y′2 + (a sin 2 φ + b cos 2 φ ) z ′2
− 2(a − b) cos φ sin φ = 1
図 2.2.5 屈 折 率 楕 円 (110)面 内 の
屈折率楕円の主軸と実験室座標
系。
(2.2.45)
を 得 る 。(2.2.43)式 と (2.2.45)式 を 比 較 す る と 次 の 関 係 が
得られる。
1
− r41E0 cosθ = a cos 2 φ + b sin 2 φ
2
n0
(2.2.46a)
29
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
1
= a sin 2 φ + b cos 2 φ
2
n0
(2.2.46b)
2r41 E 0 sin θ = 2(a − b) cos φ sin φ = (a − b) sin 2φ
(2.2.46c)
(2.2.46a)+(2.2.46b)よ り
2
1
1
− r41 E0 cosθ = a + b = 2 + 2
2
n0
ny
nz
(2.2.46d)
が 得 ら れ , (2.2.46b)− (2.2.46a)よ り
r41 E0 cos θ = (b − a )(cos 2 φ − sin 2 φ ) = (b − a ) cos 2φ
(2.2.46e)
が 得 ら れ る 。 (9c) 2 +(9e) 2 よ り
r41 E0 (cos 2 θ + 4 sin 2 θ ) = (a − b) 2 (cos 2 2φ + sin 2 2φ ) = (a − b) 2
2
2
(2.2.46f)
が 得 ら れ る 。 こ こ で b>a (n y >n z )を 仮 定 す る と (2.2.46f)式 よ り
b−a =
1
1
⎛ 1 ⎞
− 2 = ∆⎜ 2 ⎟ = r41 E0 cos 2 θ + 4 sin 2 θ = r41 E0 (5 − 3 cos 2θ ) / 2
2
nz
ny
⎝n ⎠
(2.2.47)
を 得 る 。 こ の 式 は 屈 折 率 楕 円 の 2 つ の 主 軸 方 向 (長 軸 と 短 軸 )の 屈 折 率 変 化 の 差 を 与 え て い る 。
∆n = n y − nz << n y ≅ nz ≅ n0 と す る と
∆n
⎛ 1⎞
∆⎜ 2 ⎟ = −2 3 = ± r41 E0 (5 − 3 cos 2θ ) / 2
n0
⎝n ⎠
(2.2.48)
を 得 る 。 主 軸 方 向 に つ い て は (2.2.46c)/(2.2.46e)よ り
2 tan θ = − tan 2φ
(2.2.49)
を得る。この式は電磁波の偏光方向に依存した屈折率楕円の方位を決める。
電 磁 波 の 偏 光 が z 軸 に 垂 直 と な る θ=90 o の と き φ = ± π / 4 で , 屈 折 率 楕 円 の 主 軸 は z 軸 に 平 行
で あ る 。 ま た 屈 折 率 変 化 ∆n は 最 大 と な り ,
3
∆nmax = n0 r41 E0
(θ = π / 2, φ = ±π / 4)
で あ る 。 電 磁 波 の 偏 光 が z 軸 に 平 行 と な る θ=0 の と き
(2.2.50a)
φ = 0 で,屈折率楕円の主軸は
z 軸に対
し て 45 度 の 方 向 を 向 い て い る 。 ま た , 屈 折 率 変 化 は 最 小 と な り ,
∆nmin = n0 r41 E0 / 2 (θ = 0, φ = 0)
3
(2.2.50b)
で 与 え ら れ る 。 θ=0 お よ び θ=90 o の と き の 屈 折 率 楕 円 の 変 化 の 様 子 を そ れ ぞ れ 図 2.2.6(a), (b)
に示す。
図 2.2.7 に 屈 折 率 楕 円 の 主 軸 方 向 φと 屈 折 率 変 化 ∆n の THz 電 磁 波 の 偏 光 角 θに 対 す る 依 存 性
を 示 す 。図 2.2.7(a)よ り 主 軸 方 向 φは THz 電 磁 波 の 偏 光 が 180 度 回 転 す る と 90 度 回 転 し ,長 軸
と 短 軸 が 入 れ 替 わ る こ と が 分 か る 。屈 折 率 変 化 ∆n は θ=0で 最 小 値 を と り ,θ=90 0 で 最 大 値 を と る
ま で ,単 調 に 増 加 す る 。∆n m i n は ゼ ロ で は な く ∆n m a x の 半 分 の 値 な の で ,THz 波 の 偏 光 方 向 に か
か わ ら ず , EO 検 出 す る こ と は 可 能 で あ る 。
図 2.2.6 (a) THz 電 界 が <001>方 向 と 平 行 な 場 合 の 屈 折 率 楕 円 の 様 子 , (b) THz 電 界
が <001>方 向 と 垂 直 な 場 合 の 屈 折 率 楕 円 の 様 子 。
30
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
図 2.2.7 (a) 屈 折 率 楕 円 の 主 軸 と <001>方 向 と が 成 す 角 φ,
の THz 電 界 E の 角 度 (θ)依 存 。
お よ び (b) 屈 折 率 変 化 ∆n
さ て ,厚 さ d の ZnTe 結 晶 を THz 電 磁 波 と 同 時 に 円 偏 光 の プ ロ ー ブ レ ー ザ ー 光( 波 長 λ, 角 周
波 数 ω,強 度 Ι 0 )が 透 過 し た す る と す る 。プ ロ ー ブ レ ー ザ ー 光 の ZnTe の 屈 折 率 楕 円 の 長 軸 方 向
の 直 線 偏 光 成 分 ( 強 度 I s と す る ) と 短 軸 方 向 の 偏 光 成 分 (強 度 I p と す る )間 の 位 相 遅 れ (Phase
retardation)を ∆Γと す る と , I s お よ び I p は 次 で 表 さ れ る 。
∆Γ + π / 2
1 − cos 2(∆Γ / 2 + π / 4)
1 + sin ∆Γ
⎛ 1 ∆Γ ⎞
) = I0
= I0
= I0 ⎜ +
⎟
2
2
2
⎝2 2 ⎠
∆Γ + π / 2
1 + cos 2(∆Γ / 2 + π / 4)
1 − sin ∆Γ
⎛ 1 ∆Γ ⎞
) = I0
= I0
= I0 ⎜ −
I p = I 0 cos 2 (
⎟
2
2
2
⎝2 2 ⎠
I s = I 0 sin 2 (
(2.2.51a)
(2.2.51b)
こ こ で ∆Γは 1 よ り 十 分 小 さ い と 仮 定 し た 。こ れ ら の 式 か ら I s と I p の 差 分 を と る こ と に よ り ,∆Γ
が求められることが分かる。すなわち
∆I ≡ I s − I p = I 0 ∆Γ , あ る い は
∆I
= ∆Γ
I0
(2.2.52)
一 方 , 位 相 遅 れ ∆Γは 次 で あ ら わ さ れ る 。
∆Γ =
2π
λ
∆ nd =
ω
c
∆ nd
(2.2.53)
(2.2.52)と (2.2.53)よ り
Is − I p
Is + I p
=
ω
∆I
= ∆Γ = ∆n d
I0
c
(2.2.54)
を 得 る 。THz 電 磁 波 の 偏 光 が <− 110>方 向 に 平 行 な と き に ∆I/I 0 は 最 大 値 を と り ,(2.2.50a)よ り
∆I
ω
3
=
r41 E THz dn 0
I0
c
(2.2.55)
で 与 え ら れ る 。 こ こ で は プ ロ ー ブ レ ー ザ ー パ ル ス の 群 速 度 と THz 電 磁 波 の 位 相 速 度 は ZnTe 内
で等しく,したがって位相不整合はないと仮定している。位相不整合による検出効率及び帯域
の 低 下 は 光 整 流 効 果 に よ る THz 電 磁 波 発 生 の 場 合 と ま っ た く 同 様 で あ る 。
参 考 文 献 (非 線 形 光 学 結 晶 に よ る 発 生 と 検 出 )
[NL1]
D. H. Auston: Appl. Phys. Lett. 43, 713-715 (1983).
[NL2]
D. H. Auston, et al: Phys. Rev. Lett. 53, 1555-1558 (1984).
[NL3]
D. H. Auston and M. C. Nuss, IEEE J. Quantum Electron. 24, 184-197 (1988).
[NL4]
Q. Chen, M. Tani, Z. Jinag, X.-C. Zhang: J. Opt. Soc. Am. B18, 823-831 (2001).
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
31
2.3 光 パ ラ メ ト リ ッ ク 発 生 ・ 発 振
ナノ秒のパルスレーザーで非線形光学結晶を励起し,光パラメトリック発生・発振により単
一 波 長 の ナ ノ 秒 テ ラ ヘ ル ツ 電 磁 波 パ ル ス を 得 る こ と が で き る 。こ の 手 法 は 1970 年 代 に Stanford
大 学 の グ ル ー プ [OP1-2]や 日 本 で は 矢 島 ら [OP3]に よ っ て 先 駆 的 な 仕 事 が な さ れ て い る が , 1970
年代後半のサブミリ波帯で発振する気体分子レーザーの出現で,その後あまり顧みられるころ
が な か っ た 。 し か し , 1990 年 代 よ り 東 北 大 学 の 伊 藤 ・ 川 瀬 ら の グ ル ー プ に よ る 精 力 的 な 研 究
[OP4-7]で 独 自 の 進 展 を 見 せ て い る 。 THz 帯 の 光 パ ラ メ ト リ ッ ク 発 振 は 広 い 波 長 可 変 性 を も ち ,
励 起 光 源 の Q ス イ ッ チ YAG レ ー ザ ー が フ ェ ム ト 秒 レ ー ザ ー よ り も 安 価 で あ る こ と な ど の 利 点
が あ る 。 THz 電 磁 波 の 検 出 に は ボ ロ メ ー タ ー や 焦 電 検 出 器 を 用 い る 。
<差周波発生,光パラメトリック増幅,光パラメトリック発振>
THz 帯 の 光 パ ラ メ ト リ ッ ク 発 振 に つ い て 述 べ る 前 に , 差 周 波 発 生 , 光 パ ラ メ ト リ ッ ク 増 幅 ,
光パラメトリック発振のそれぞれの過程について簡単に説明しておく。
差 周 波 発 生( Difference Frequency Generation, DFG)は 次 の 形 の 非 線 形 分 極 で 記 述 さ れ る (テ
ン ソ ル 表 記 は 省 略 )。
P ( 2) (ω3 = ω1 − ω2 ) = 2ε 0 χ ( 2) (ω3 = ω1 − ω2 ) E (ω1 ) E * (ω2 ) ( DFG)
(2.3.1)
こ の 場 合 は 発 生 す る 波 の 周 波 数 は 入 射 波 ω 1 と ω 2 の 差 ω 3 =ω 1 − ω 2 で あ る (図 2.3.1a)。DFG は 2 つ の
異なる波長の可視・近赤外光からより長波長の赤外光を任意の波長で得るために用いられる。
(b)
(a)
ω1
ω2
図 2.3.1
ω2
χ(2)
ω3=ω1−ω2
(a) 差 周 波 発 生 の 様 子 。
ω1
ω3
(b) 差 周 波 発 生 に お け る エ ネ ル ギ
ーレベル
表 面 的 に は DFG と SFG は 似 て い る よ う に み え る 。 し か し 図 2.3.1(b)に み ら れ る よ う に , 量
子 過 程 と し て の DFG は SFG と 様 相 を 異 に す る 。 す な わ ち DFG 過 程 は ω 1 の 光 子 が 消 滅 し , ω 2
と ω3 の 光 子 が 新 た に 発 生 す る 過 程 で あ る ( ω3 だ け で な く ω2 の 光 子 が 作 ら れ て い る ! ) 。 こ れ は
周 波 数 の 低 い ほ う の 入 射 波 ω2 が 増 幅 さ れ て い る こ と を 意 味 す る 。 こ の と き 入 射 波 の ω2 の 光 子 は
ω 1 の 光 子 が ω 2 と ω 3 の 光 子 分 裂 す る の を 助 け る 触 媒 の よ う な 働 き を す る 。こ の た め DFG 過 程 は 光
パ ラ メ ト リ ッ ク 増 幅( Optical Parametric Amplification, OPA)と し て も 知 ら れ て い る (ω 2 の 周 波
数 の 入 射 波 は ω 1 の 入 射 波 よ り も ず っ と 弱 い 場 合 )。 図 2.3.1(b)の エ ネ ル ギ ー 準 位 図 で は 基 底 状 態
の 原 子 が ま ず ω1 の 光 子 を 吸 収 し , 高 い ほ う の 仮 想 励 起 状 態 へ 遷 移 す る 。 そ し て , こ の 励 起 状 態
は 入 射 波 の ω 2 の 光 子 に 刺 激( 誘 導 )さ れ て ,ω 1 と ω 2 の 光 子 を 同 時 に 放 出 し て 基 底 状 態 へ 緩 和 す る
(Stimulated emission) 。こ の 2光 子 放 出 過 程 は ω 2 の 光 子 が 最 初 な か っ た と し て も 起 こ る 。こ の 場
合 は 2光 子 の 仮 想 励 起 状 態 か ら の 自 然 放 出 過 程 (Spontaneous two photon emission)な の で , 発 生 す
る ω 3 と ω 2 の 波 の 強 度 は 弱 い 。こ の 過 程 は パ ラ メ ト リ ッ ク 蛍 光( Parametric Fluorescence)と 知 ら
れている。
DFG 過 程 で は ω 2 ま た は ω 3 の 光 子 の 存 在 が 他 方 の 光 子 の 放 出 を 誘 発 す る こ と を 述 べ た 。 も し ,
こ の よ う な 過 程 で 用 い ら れ る 非 線 形 結 晶 を 光 共 振 器 の 中 に い れ る と (図 2.3.2), ω 2 ま た は ω 3 の 波
ω1=ω2+ω3
pump
図 2.3.2 光 パ ラ メ ト リ ッ ク 発 振 器 
χ(2)
ω2(signal)
ω3(idler)
32
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
は共振器のなかで成長・蓄積され非常に大きな強度になりうる。このような光共振器を光パラ
メ ト リ ッ ク 発 振 器  ( Optical Parametric Oscillator)と い う 。光 パ ラ メ ト リ ッ ク 発 振 器 は 波 長 可 変 の
光 源 が 得 に く い 赤 外 域 で 利 用 さ れ る こ と が 多 い 。入 射 波 の ω 1 は ポ ン プ (Pump)周 波 数 ,得 た い ほ
う の 周 波 数 , た と え ば ω 2 を シ グ ナ ル (Signal)周 波 数 , も う 一 方 の 必 要 で な い ほ う の 周 波 数 ω 3 を
ア イ ド ラ ー (Idler, 車 の ア イ ド リ ン グ と 同 じ で , idle は 無 駄 な と か 遊 び の と 言 う 意 味 )
周波数という。シグナルとアイドラーの区別はどちらを必要としているかで決まるが,物理的
には両者は等価である。
< THz 帯 光 パ ラ メ ト リ ッ ク 発 生 ・ 発 振 >
THz 帯 の 光 パ ラ メ ト リ ッ ク 発 生 あ る い は 発 振 で は LiNbO 3 結 晶 ,あ る い は MgO を ド ー プ し た
LiNbO 3 結 晶 が よ く 用 い ら れ る 。LiNbO 3 結 晶 は 非 線 形 光 学 係 数 が 大 き い (d 3 3 =98 esu = 41 pm/V)
と と も に ポ ン プ レ ー ザ ー 光 に 対 す る ダ メ ー ジ 閾 値 が 大 き い 。MgO を ド ー プ し た も の は こ れ ら の
特 性 が さ ら に 改 善 さ れ る 。 LiNbO 3 は 1 軸 性 結 晶 で , 7.5THz に A 1 対 称 性 の TO フ ォ ノ ン (横 光
学 フ ォ ノ ン )を 持 つ 。 THz 電 磁 波 は LiNbO 3 結 晶 中 で は こ の TO フ ォ ノ ン に よ る 分 散 と 吸 収 の 影
響 を 受 け る 。 す な わ ち , 電 磁 波 は TO フ ォ ノ ン と 結 合 し , フ ォ ノ ン ポ ラ リ ト ン を 形 成 す る 。 こ
の フ ォ ノ ン ポ ラ リ ト ン 相 互 作 用 の た め に THz 帯 の 光 パ ラ メ ト リ ッ ク 発 生 の 効 率 は 増 強 さ れ る 。
別 の 言 い 方 を す る と ,TO フ ォ ノ ン 周 波 数 付 近 の 光 パ ラ メ ト リ ッ ク 発 生 は ,ポ ラ リ ト ン に よ る 誘
導 ラ マ ン 散 乱( 3 次 の 非 線 形 光 学 過 程 )に よ り 増 強 さ れ る 。図 2.3.3 は フ ォ ノ ン ポ ラ リ ト ン 分 散
と光パラメトリック発生過程を模式的に示したものである。光パラメトリック発生・発振では
エネルギー保存則
(2.3.2)
ωTHz = ω p − ωi
ω
と波数保存則
ω=(c/n)k
(2.3.3)
k THz = k p − ki
ωi
が同時に満たされなければならない。
LiNbO 3 結 晶 は TO フ ォ ノ ン に よ る 強 い 分 散
の た め に 波 数 整 合 条 件 は THz ビ ー ム と
Pump ビ ー ム が コ リ ニ ア( 平 行 )な 配 置 で は
満 た さ れ ず ,THz 電 磁 波 の 進 行 方 向 は Pump
ビ ー ム あ る い は Idler ビ ー ム か ら 大 き く そ
れた方向になる。
東 北 大 の 川 瀬 ら が 用 い て い る THz 電 磁 波
発生用の光パラメトリック発振の装置構成
図 を 図 2.3.4 に 示 す [OP4]。 共 振 器 は 回 転 ス
テージの上に載っており,その角度を調整
ωp
ωΤΟ
polariton dispersion
kp
k
ki THz
ωTHz
k
kTHz
図 2.3.3
ク発生
ポラリトン分散とパラメトリッ
THz波
回転ステージ
Siプリズム
カプラ
ωTHz
アイドラー光
ポンプ光
Nd:YAG
レーザ
ωp
ωi
δ
θ
z軸
パワーメータ
LiNbO3結晶
M2
M1
ステージ
コントローラ
θ
パソコン
図 2.3.4
テラヘルツ波発生用光パラメトリック発振器の構成
ki
kp
δ
kTHz
33
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
す る こ と で 発 振 周 波 数 を 変 化 さ せ る こ と が で き る 。 ま た LiNbO 3 結 晶 か ら THz 波 を 自 由 空 間 に
取 り 出 す た め に Si の プ リ ズ ム カ プ ラ を 用 い て い る 。プ リ ズ ム カ プ ラ を 用 い る こ と で ,THz 波 の
発 振 周 波 数 を 変 化 さ せ て も , 放 射 方 向 が ほ と ん ど 変 化 し な い よ う に 設 計 さ れ て い る 。 LiNbO 3
結 晶 内 で の THz 波 の 吸 収 が 非 常 に 強 い た め ,Pump ビ ー ム が 結 晶 表 面 す れ す れ を 透 過 す る よ う
に 結 晶 位 置 を 微 調 整 す る 。 励 起 光 源 の Q ス イ ッ チ Nd:YAG レ ー ザ ー は 繰 り 返 し 10∼ 200Hz ,
波 長 1.064µm で 発 振 す る 。 発 生 す る THz 波 の ス ペ ク ト ル 線 幅 は 50∼ 100GHz 程 度 で , さ ら に
線幅を小さくするためには周波数安定化(およびレーザーのモード安定化)のためのインジェ
ク シ ョ ン シ ー ダ ー を 用 い る 。イ ン ジ ェ ク シ ョ ン シ ー ダ ー を 用 い た 場 合 で THz 波 の ス ペ ク ト ル 線
幅 で 約 100MHz が 報 告 さ れ て い る [OP8]。共 振 器 構 造 を 用 い な い 光 パ ラ メ ト リ ッ ク 発 生 で は 発 生
す る THz 波 の 線 幅 は 500GHz を 超 え る ブ ロ ー ド な も の と な る が ,装 置 構 成 が 簡 便 で 比 較 的 強 い
THz 出 力 が 得 ら れ る の で , 高 周 波 数 分 解 が 不 要 な 応 用 に 利 用 で き る 。 LiNbO 3 を 用 い た THz 光
パ ラ メ ト リ ッ ク 発 振 の 閾 値 は お よ そ 数 10mJ/pulse で あ り , Pump 光 か ら THz 波 へ の 変 換 効 率
は 10 − 8 ∼ 10 − 7 程 度 で あ る 。
図 2.3.4 の Fabry-Perot 型 の 共 振 器 構 成 の ほ か に 東 北 大 の 伊 藤 ・ 南 出 ら は リ ン グ 共 振 器 に よ
る も の も 考 案 し て い る [OP9]。こ の 場 合 ,共 振 器 全 体 を 回 転 さ せ ず に ,共 振 器 ミ ラ ー の 角 度 を 変
化 さ せ る こ と で 発 振 周 波 数 を 変 化 で き る よ う の 工 夫 さ れ て お り ,高 速 の THz 周 波 数 走 査 が 可 能
になっている。
参 考 文 献 (光 パ ラ メ ト リ ッ ク 発 生 ・ 発 振 )
[OP1]
F. Zernike, Jr. and P. R. Berman: Phys. Rev. Lett. 26, 999-1001 (1965).
[OP2]
D. A. Faries, K. A. Gehring, P. L. Richards, and Y. R. Shen : Phys. Rev. 180 363-365
(1969).
[OP3]
T. Yajima and N. Takeuchi: Jpn. J. Appl. Phys. 9, 1361-1371 (1970).
[OP4]
K. Kawase, J. Shikata, and H. Ito: J. Phys. D: Applied Physics, 35, R1-14 (2002).
[OP5]
K. Kawase, M. Sato, T. Taniuchi, and H. Ito: Appl. Phys. Lett. 68, 2483 (1996).
[OP6]
K. Kawase, M. Sato, K. Nakamura, T. Taniuchi, H. Ito: Appl. Phys. Lett. 71, 753 (1997).
[OP7]
J. Shikata, K. Kawase, K. Karino, T. Taniuchi, H. Ito: IEEE Trans. Microwave Theory Tech.
48, 653 (2000).
[OP8]
K. Imai, Kodo Kawase, Hiroaki Minamide, Hiromasa Ito: Opt. Lett. 27, 2173-2175 (2002).
[OP9]
南 出 泰 亜 , 他 : レ ー ザ ー 研 究 29, 744 (2001).
2.4 半 導 体 ・ 超 伝 導 体 か ら の THz 電 磁 波 放 射
2.4.1 半 導 体 バ ル ク 結 晶 表 面 か ら の THz 電 磁 波 放 射
バルクの半導体表面にフェムト秒レーザーを照射することでも THz 電磁波が放射される。当初,半導体表
面からのテラヘルツ電磁波放射は光伝導スイッチ素子からのものよりも弱く,実用的な光源としてよりも,
むしろ基礎科学あるいは物性科学としての興味から研究されていた。しかし,1998 年に分子研の猿倉らが磁
場を印加することで,InAs バルク表面からのテラへルツ電磁波放射のパワーが2桁近く増大することを見出
し[Se1-2],その放射メカニズムの解明のため,あるいは実用的な光源として利用の観点から,注目を集める
ようになった。
この節では,フェムト秒レーザー照射による半導体表面からのテラヘルツ電磁波放射について,(1)その放
射メカニズム,(2)フォノン及びプラズモンの影響(3)磁場印加による InAs からの放射強度の増大,などに
ついて解説する。
<半導体表面からのTHz電磁波放射メカニズム>
フェムト秒レーザーを半導体バルク表面に照射した際の THz 電磁波放射のメカニズムは大きく分けて,表
面での超高速過渡電流と光整流効果と呼ばれる 2 次の非線形光学効果の2つが考えられている。後者は入射
レーザーの偏光方向に対する結晶方位の角度に依存するので,前者のメカニズムと容易に区別がつく。半導
体表面の超高速過渡電流の発生メカニズムは,さらに表面空乏層電界による光励起キャリアの加速と,光デ
ンバー効果と呼ばれる電子と正孔の拡散速度の違いによる2つのメカニズムに大別される。
図 2.4.1(a)と(b)にそれぞれ,n 型,p 型半導体の表面付近のエネルギーバンドの折れ曲がり構造と,空乏
層電界によるキャリアの加速の様子を模式的に表したものを示す。半導体表面は,多くの場合高密度の表面
準位を持ち,n 型(p 型)半導体の場合は伝導帯(価電子帯)中の電子(正孔)を捕獲し,表面のフェルミ準
34
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
(a)
(b)
J Drift current
J Drift current
Air
Air
Depletion Layer
Electron (e) Conduction band εc
Electron (e)
Conduction band εc
Surface state
ESurface
Hole (h)
Depletion Layer
ESurface
Surface state
Fermi level εf
Valence band εv
Fermi level εf
Hole (h) Valence band εv
Surface
Surface
図 2.4.1 (a) n 型半導体表面におけるバンド状態と表面過渡電流,及び(b) p 型半導体表面におけるバ
ンド状態と表面過渡電流の模式図。n 型と p 型とでは表面空乏層の電界の向きが互いに逆であるため,
過渡電流の向きも逆。
位は表面準位にピン止めされることになる。このため,エネルギーバンドは表面近傍で曲げら
れ ,空 乏 層 を 形 成 し ,表 面 電 場 が 発 生 す る 。表 面 電 場 の 強 さ E d は ,表 面 か ら の 距 離 を x と す る
と
Ed =
eN i
ε dε 0
(W − x) , W =
2ε d ε 0
kT
(V − )
eN i
e
(2.4.1)
で 与 え ら れ る 。 こ こ で , Ni は ド ナ ー ま た は ア ク セ プ タ ー と な る 不 純 物 濃 度 , εd は 半 導 体 の 比 誘
電 率 ,ε 0 は 真 空 の 誘 電 率 ,W は 表 面 空 乏 層 の 幅 ,V は ポ テ ン シ ャ ル 障 壁 ,kT は 熱 エ ネ ル ギ ー で
あ る 。 た と え ば , N i =10 1 8 cm - 3 , ε s =12, V-kT/e=0.5V と す る と , 表 面 空 乏 層 の 幅 は 約 30nm と
な り , 表 面 電 場 の 強 さ は <4x10 5 V/cm と な る 。
このように表面電場が形成されている半導体表面にフェムト秒レーザーパルスを照射すると,レーザーによ
り励起されたキャリア(電子と正孔)が半導体表面の電場で加速され,空乏層中を過渡電流が流れることに
よって,THz 電磁波が発生する[Se3-4]。n 型,p 型半導体表面ではフェルミエネルギーレベルの違いから,エ
ネルギーバンドの曲がる方向は互いに逆であり,そのため表面空乏層電界は互いに逆になる。したがって,
表面空乏層電界による光励起キャリアの加速による電磁波放射の極性も n 型と p 型とでは互いに逆になる。
これは,半導体表面から放射される電磁波を観測することにより,表面空乏層電界の向きや大きさを推定で
きることを意味する。一般に GaAs や InP などの比較的バンドギャップの大きな半導体の場合は表面空乏層
電界による放射が支配的になるが,InSb や InAs など
のバンドギャップの狭い半導体の場合は光デンバー効
果による放射が支配的となる。光デンバー効果とは半導
J Diffusion currentt
体中に励起された電子と正孔の拡散速度の違いにより,
電荷分布に勾配ができ,起電力あるいは電界が発生する
Semiconductor
Air
現象である(図 2.4.2 参照)。
Hole (h)
バンドギャップの狭い半導体では(i)励起光(∼
e
800nm)に対する吸収侵入長が短く(~100nm),表面深
h
さ方向に大きなキャリア密度の勾配ができる。(ii)ま
Electron
(e)
e
h
た,励起光の光子エネルギーに比してバンドギャップ励
e
起に消費されるエネルギーは小さく,余剰のエネルギー
h
は熱緩和過程でキャリアの運動エネルギーに変換され,
過渡的なキャリア温度,特に電子温度が高くなる。
Surface
(iii)一般にバンドギャップの狭い半導体では正孔の
図 2.4.2 電子と正孔の拡散速度の差によ
移動度に比して電子は非常に大きい。(iv)熱励起され
り拡散電流が流れる(光デンバー効果)
。
たキャリア密度が大きく表面空乏層は吸収侵入長より
も小さくなり,表面空乏層電界による電流の寄与は小さ
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
35
くなる。これらの特徴はすべて光デンバー効果を増大させ,相対的に表面空乏層電界による放射の寄与が小
さくなる。光デンバー効果による電磁波放射は n 型と p 型とでは電磁波の極性は反転しない。
半 導 体 表 面 か ら の THz 電 磁 波 放 射 分 布 は 半 導 体 表 面 の 各 点 で 生 成 さ れ る 電 流 パ ル ス( ま た は 電
気双極子変化)の位相関係で決まり,その空間放射分布のピークの方向は一般的なスネルの法
則 で 記 述 さ れ る 。す な わ ち ,空 気( ま た は 真 空 )の 屈 折 率 を n 1 ,半 導 体 の 屈 折 率 を n 2 と す る と ,
(2.4.2)
n1 (ωop ) sin θ op = n2 (ωel ) sin θ 2 = n1 (ωel ) sin θ1
Amplitude (arb. units)
で 与 え ら れ る 。 こ こ で , ω o p は レ ー ザ ー 光 の 周 波 数 , ω e l は THz 電 磁 波 の 周 波 数 , θ o p は 励 起 レ
ー ザ ー の 入 射 角 , θ 2 は THz 電 磁 波 の 透 過 方 向 へ の 放 射 角 , θ 1 は THz 電 磁 波 の 反 射 方 向 へ の 放
射 角 で あ る 。 n 1 (ω o p )=n 1 (ω e l )=1 と し て 通 常 差 し 支 え な い の で , θ o p =θ 1 と な り , 従 っ て , 電 磁 波
の反射方向での空間放射分布のピーク方向は鏡面反射の方向とほぼ等しい。
電 磁 波 の 放 射 強 度 は 励 起 レ ー ザ ー の 入 射 角 θに
依 存 す る 。表 面 空 乏 層 電 界 ,光 デ ン バ ー 効 果 の 場
合 ,表 面 に 生 成 さ れ る 過 渡 分 極 あ る い は 過 渡 電 流
の方向が表面に垂直なので,表面に垂直方向には放射さ
れない。その入射角θ依存は,表面に垂直な電気双極子
の放射分布のθ方向への放射率 (sinθ)とフレネルの透
過率を掛け合わせたものになる。通常,入射角がブリュ
ースター角になるあたりで放射効率は最大になる。放射
効率は励起レーザー光の吸収,及び電磁波の透過率の入
射角依存性を掛け合わせたものになる。大まかに言うと,
その半導体の屈折率nで決まるブリュースター角付近
(θopt+θ2=θ1+θ2=90 度)で最大となる。 図 2.4.3 の
ような測定装置を用いて測定した InSb(Eg=0.17 eV),
図 2.4.3 半導体表面からの THz 放射測定
InAs(Eg=0.36 eV),および InP(Eg= 1.34 eV)表面からの
の装置構成図。
THz 電磁波放射の波形を図 2.4.4(a)∼(c)にそれぞれ示
す[Se5]。InSb と InAs の場合は n 型と p 型とでは電磁波
の波形の極性は反転していないが,InP の場合は反転し
n-InSb
(a)
ているのがわかる。これは InSb と InAs からの THz 電磁
p-InSb
波放射は主として光デンバー効果であるのに対して,
InP からの THz 電磁波放射は表面空乏層電界によるキャ
リアの加速によるものであることを示唆している。
(b)
n-InAs
p-InAs
n-InP
p-InP
(c)
0
2
4
6
Time (ps)
8
10
図 2.4.4 バルク半導体表面をフェムト秒
レーザー(パルス幅∼50fs,波長~800mn)
で励起したときに放射される電磁波の波
形。(a) n 型と p 型の InSb(100)表面,
(b) n 型と p 型の InAs(111)表面,(c) n
型と p 型の InP(100)表面。
<フォノン及びプラズモンの影響>
表 面 空 乏 層 電 界 の 光 キ ャ リ ア の 加 速 ,あ る い は
光キャリアの拡散により生じた表面過渡分極は
縦 光 学 (LO)フ ォ ノ ン( Longitudinal Optical
Phonon) と 結 合 し ,LO フ ォ ノ ン 周 波 数 付 近 で
電磁波放射が増強される効果が報告されている。
このとき励起されるフォノンは熱的に励起され
た フ ォ ノ ン と は 異 な り ,フ ェ ム ト 秒 レ ー ザ ー で 励
起されたフォノンが同位相でコヒーレントに振
動するのでコヒーレントフォノンと呼ばれてい
る 。コ ヒ ー レ ン ト フ ォ ノ ン は 屈 折 率 な ど 半 導 体 の
巨視的な性質を振動ともに変化させるので,
Pump-Probe 的 な 手 法 で 観 測 す る こ と が で き る 。
赤 外 活 性 な LO フ ォ ノ ン モ ー ド ( LO フ ォ ノ ン −
プ ラ ズ モ ン 結 合 モ ー ド も 含 む )の コ ヒ ー レ ン ト フ
ォ ノ ン は 電 磁 波 を 放 射 す る の で ,コ ヒ ー レ ン ト フ
ォノンによる電磁波放射を観測することができ
る。
コヒーレントフォノンによる電磁波放射は最
36
初 , Dekorsy[Se6-7]ら に よ っ て 観 測 さ れ た 。 Dekorsy ら は Te( 六 方 晶 ) が 持 つ 光 学 フ ォ ノ ン が
ラ マ ン 活 性 の み の モ ー ド ( A 1 , 3.6THz ) , ラ マ ン 活 性 か つ 赤 外 活 性 な モ ー ド (E’ T O /2.76THz,
E’ L O /3.09THz, E’’ T O /4.22THz, E’’ L O /4.26THz) , 赤 外 活 性 の み の モ ー ド ( A 2 , T O /2.6THz,
A 2 , L O /2.82THz)を 持 つ こ と か ら ,反 射 型 ポ ン プ ・ プ ロ ー ブ 法 ,EO サ ン プ リ ン グ 法 及 び THz 電
磁波測定法のそれぞれでコヒーレントフォノンの観測を行い,赤外活性のみのモードは反射ポ
ン プ ・ プ ロ ー ブ 法 で は 観 測 さ れ ず , THz 電 磁 波 測 定 で 観 測 さ れ る こ と を 確 認 し た ( た だ し TO
フ ォ ノ ン は 観 測 さ れ な い )。ま た ,全 対 称 モ ー ド の A 1 モ ー ド は 反 射 ポ ン プ ・ プ ロ ー ブ 法 で は 観
測 さ れ る が , EO サ ン プ リ ン グ 法 で は 観 測 さ れ な い こ と も 確 認 し た 。 そ の 後 , Tani ら は 他 の 半
導 体 の コ ヒ ー レ ン ト( LO)フ ォ ノ ン か ら も 同 様 に THz 電 磁 波 放 射 が 観 測 さ れ る こ と を 示 し た [Se8]。
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
1/2
Ga (ω) (%)
1/2
Ga (ω) (%)
FFT amplitudes (arb. units)
図 2.4.5 に Tani ら が 観 測 し た , Te 化 合 物 (Te,
PbTe, CdTe)か ら の 電 磁 波 放 射 ス ペ ク ト ル を 示 す 。
(a)
Te
Te 化 合 物 は Te の 原 子 量 が 大 き い た め ,光 学 フ ォ ノ
LO
ン 周 波 数 が 低 く な り ,検 出 器 の 光 伝 導 ア ン テ ナ の 応
TO
答 帯 域 内 に 来 る の で 測 定 に 好 都 合 で あ る 。そ の 後 よ
り 一 般 的 な 化 合 物 半 導 体 の GaAs や InP な ど に つ い
て も 高 速 の EO サ ン プ リ ン グ 法 を 用 い て , コ ヒ ー レ
ン ト LO フ ォ ノ ン か ら の 電 磁 波 放 射 が 確 認 さ れ て い
15
(b)
PbTe
る 。図 2.4.5 の ス ペ ク ト ル は 図 2.4.3 の 実 験 配 置 で
半 導 体 表 面 を フ ェ ム ト 秒 レ ー ザ ー で 45 度 方 向 か ら
10
励 起 ( 平 均 パ ワ ー 約 200mW ) し , 光 伝 伝 導 ア ン テ
TO
ナ で 電 磁 波 の 波 形 を サ ン プ リ ン グ 検 出 し ,そ の 波 形
LO
5
をフーリエ変換することによって得られたもので
あ る 。 上 か ら 順 に Te, PbTe, CdTe か ら の 放 射 ス ペ
0
ク ト ル ( 振 幅 ス ペ ク ト ル ) で あ る 。 Te の 場 合 に つ
(c)
CdTe 80
x10
い て は Dekorsy ら の 観 測 結 果 と ほ ぼ 一 致 し て お り ,
60
ス ペ ク ト ル の ピ ー ク は 2.83THz の A 2 モ ー ド ( 赤 外
TO
活 性 モ ー ド で ラ マ ン 非 活 性 モ ー ド ) の LO フ ォ ノ ン
40
振 動 数 に 対 応 し て い る 。PbTe に つ い て も LO フ ォ ノ
LO
20
ン( 赤 外 活 性 で ラ マ ン 非 活 性 )振 動 数( 3.2THz)の
0
ところにスペクトルのピークが観測されている。
0
1
2
3
4
5
6
7
CdTe の 場 合 は そ の 光 学 フ ォ ノ ン は 赤 外 活 性 で あ る
Frequency (THz)
と 同 時 に ラ マ ン 活 性 で も あ る が , や は り LO フ ォ ノ
ン 振 動 数( 5.1THz)に お い て ス ペ ク ト ル ピ ー ク が 観
図 2.4.5 (a)Te, (b) PbTe, (c)CdTe 表 面
測 さ れ る( ピ ー ク 強 度 が 相 対 的 に 弱 く 見 え る が ,こ
か ら の THz 電 磁 波 放 射 ス ペ ク ト ル 。点
れ は 検 出 器 の 感 度 が 3THz 以 上 で 急 激 に 減 衰 す る た
線は光学フォノン分散を考慮して計
め で , LO フ ォ ノ ン 付 近 の 放 射 強 度 は 実 際 に は 見 か
算した放射能率。
けよりかなり強い)。
透 明 な 媒 質 ( 半 導 体 )の コ ヒ ー レ ン ト フ ォ ノ ン の
励 起 は イ ン パ ル シ ブ 誘 導 ラ マ ン 散 乱 ( ISRS) 過 程 , す な わ ち フ ェ ム ト 秒 レ ー ザ ー に よ る 誘 導 ラ
マ ン 散 乱 で 説 明 さ れ る こ と が 多 い が , こ れ ら の THz 電 磁 波 放 射 で は ラ マ ン 非 活 性 の フ ォ ノ ン モ
ードも観測されているので,不透明媒質の半導体励起の場合は,コヒーレントフォノンの生成
メ カ ニ ズ ム は イ ン パ ル シ ブ 誘 導 ラ マ ン 散 乱 ( ISRS) 過 程 だ け で は 説 明 さ れ な い こ と を 示 し て い
る。
また,電磁波放射を観測するこの手法は,ラマン活性なモードに感度のある反射型ポンプ・
プ ロ ー ブ 法 や , EO サ ン プ リ ン グ 法 と は 相 補 的 な 測 定 手 段 と な っ て い る 。 し た が っ て 原 理 的 に は
電 磁 波 放 射 を 観 測 す る こ と に よ り ,そ の ス ペ ク ト ル ピ ー ク か ら コ ヒ ー レ ン ト フ ォ ノ ン の 振 動 数 ,
ピークの広がりから緩和速度を求めることが可能であるはずであるが,次のような点に注意す
る必要がある。ひとつは光伝導アンテナの感度が大きな周波数依存性を持つことと,もうひと
つは放射スペクトルが光学フォノンによる分散の影響を非常に強く受けることである。前者は
検出器の感度でデータ補正することである程度軽減することができる。後者の半導体分散の影
Frequecny (THz)
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
37
響 に つ い て は Tani ら が 詳 細 に 検 討 し て い る [Se8]。 Tani ら は 誘 電 体 表 面 に 置 か れ た , 表 面 と 垂
直 方 向 に 振 動 す る 電 気 双 極 子 を 仮 定 し ,そ の 強 度 放 射 能 率 G a を モ デ ル 計 算 し ,図 2.4.5 の 点 線
で 示 さ れ る よ う な 結 果 を 得 た 。放 射 能 率 G a は 屈 折 率 が 大 き く な る T O フ ォ ノ ン 振 動 数 付 近 で 急
激に低下し,屈折率が極小になるLOフォノン付近で大きな値をとることが示される。励起レ
ーザービームの半導体表面でのスポット径が放射される電磁波の波長より大きいときは,微小
双極子近似による放射モデルよりも電磁波の平面近似による放射モデルがより有効になり,放
射 ス ペ ク ト ル の 屈 折 率 分 散 依 存 性 は や や 緩 和 さ れ る 。 図 2.4.5 に お い て T O フ ォ ノ ン 振 動 数 付
近のスペクトルが窪んでいるのは,この屈折率分散の効果のためであると解釈できる。
< LO フ ォ ノ ン − プ ラ ズ モ ン 相 互 作 用 >
LO フ ォ ノ ン は 半 導 体 中 の プ ラ ズ モ ン と 結 合 し , LO フ ォ ノ ン − プ ラ ズ モ ン モ ー ド を 形 成 す る 。
図 2.4.6 に GaAs の 場 合 の LO フ ォ ノ ン − プ ラ ズ モ ン モ ー ド の ダ ン ピ ン グ は な い と 仮 定 し た と き
の キ ャ リ ア 密 度 に 依 存 し た 周 波 数 変 化 を 示 す 。 キ ャ リ ア 密 度 が 小 さ い 場 合 は , LO フ ォ ノ ン は
キ ャ リ ア に よ る 遮 蔽 効 果 を 受 け る こ と が な い の で ,周 波 数 の 大 き い ほ う の L+モ ー ド は 通 常 の LO
フ ォ ノ ン と あ ま り 変 わ ら ず , フ ォ ノ ン 的 な モ ー ド で あ り , 周 波 数 の 低 い ほ う の L_モ ー ド は プ ラ
ズ モ ン 的 で あ る と い え る 。 キ ャ リ ア 密 度 が 増 加 し , プ ラ ズ マ 周 波 数 が TO(LO)フ ォ ノ ン 周 波 数 に
近 づ い て く る と LO フ ォ ノ ン と プ ラ ズ モ ン の 結 合 が 強 く な り ,ど ち ら の モ ー ド も フ ォ ノ ン ,プ ラ
ズ モ ン 両 方 の 性 質 を 持 つ よ う に な る( 一 種 の Anti-crossing)。さ ら に キ ャ リ ア 密 度 が 大 き く な
り ,プ ラ ズ マ 周 波 数 が LO フ ォ ノ ン 周 波 数 よ り も ず っ と 大 き く な る と ,周 波 数 の 大 き い ほ う の L+
モ ー ド が プ ラ ズ モ ン 的 に な り , 逆 に L_モ ー ド が フ
ォ ノ ン 的 に な る 。 キ ャ リ ア 密 度 が 大 き く な る と L_
20
モードはフォノンの縦分極による長距離のクーロ
GaAs
ン 力 相 互 作 用 が 遮 蔽 さ れ る の で , TO フ ォ ノ ン 周 波
15
ω+
数 に 近 づ く( TO と LO の 差 が な く な る )。ち な み に
ωpl
ωLO
10
TO フ ォ ノ ン 周 波 数 に 近 づ く と い っ て も L_モ ー ド が
ωTO
縦モードであることに変わりはない。したがって,
ω5
L− お よ び L+ モ ー ド か ら 電 磁 波 が 放 射 さ れ , そ れ ぞ
れ の 振 動 数 は 電 子 密 度 Ne あ る い は プ ラ ズ マ 振 動 数
0
0.0
0.5
N
1/2
1.0
9
(x 10 cm
1.5
-3/2
2.0
)
図 2.4.6 GaAs の LO フ ォ ノ ン − プ ラ
ズモンモードのキャリア密度 N 依存。
ただし,ダンピングはないと仮定。
ω p = e 2N e /(ε * me )( ε*: 半 導 体 の 誘 電 率 ,m e : 電 子 の
有 効 質 量 ,e: 電 子 の 素 電 荷 )に 依 存 す る 。Gu ら は
ド ー プ さ れ た InSb か ら の LO フ ォ ノ ン − プ ラ ズ モ ン
モ ー ド に 対 応 す る ス ペ ク ト ル を 観 測 し て い る [Se9]。
図 2.4.7 ド ー プ さ れ た InSb 表 面 か ら の 放
射 電 磁 波 波 形 : (a)反 射 配 置 と (b)透 過 配 置
による測定。
図 2.4.8 図 2.4.7 の 波 形 を フ ー リ エ 変 換 し
て 得 ら れ た ス ペ ク ト ル 。4THz 付 近 と 6THz
付 近 に 観 測 さ れ る ピ ー ク は ,ド ー プ 量 (キ ャ
リ ア 密 度 )か ら 計 算 さ れ る LO フ ォ ノ ン ・
プ ラ ズ モ ン 結 合 モ ー ド , L_と L+の 周 波 数
に一致している。
38
図 2.4.7 は (a)反 射 配 置 と (b)透 過 配 置 (基 板 を 通 し て 観 測 )で 観 測 さ れ た InSb 表 面 か ら の THz
電 磁 波 の 信 号 波 形 で あ る 。 図 2.4.8 に は そ れ ぞ れ に 対 応 す る フ ー リ エ 変 換 ス ペ ク ト ル が 示 さ れ
て い る 。放 射 ス ペ ク ト ル は 計 算 さ れ た L_モ ー ド と L+モ ー ド の 周 波 数 で ピ ー ク を 示 し て お り ,LO
フ ォ ノ ン と プ ラ ズ モ ン の 結 合 モ ー ド に よ る THz 電 磁 波 放 射 に 対 応 し て い る と 考 え ら れ る (透 過 配
置 で は 基 板 に よ る 吸 収 の 影 響 で L+モ ー ド は 観 測 さ れ て い な い )。
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
<InAs からの THz 放射と磁場印加による放射強度の増大>
表 2.4.1 に 各 種 の 半 導 体 表 面 か ら 放 射 さ れ る THz 電 磁 波 パ ル ス の ピ ー ク 強 度 の 比 較 を 示 す
[Se10]。InP の 放 射 強 度 を 100 と し て そ の 他 の 半 導 体 に よ る 電 磁 波 放 射 の 相 対 的 強 さ( 振 幅 で 比
較 )を 示 し て い る 。InAs か ら の THz 電 磁 波 放 射 は ,ド ー プ 量 や n 型 ,p 型 の 別 な ど に 依 存 す る
が,これまで報告されている半導体表面からの電磁波放射ではもっとも大きな放射パワーが得
ら れ て い る 。 InAs の う ち で も 比 較 的 低 キ ャ リ ア 密 度 の p 型 InAs が 最 も 放 射 効 率 が 高 い よ う で
あ る [Se11]。 ま た , InAs に 磁 場 を 印 加 す る こ と で , 放 射 パ ワ ー は 2 桁 近 く 増 大 す る こ と が 分 子
研 の 猿 倉 ら に よ り 報 告 さ れ て い る 。 THz 放 射 パ ワ ー は ボ ロ メ ー タ ー の 感 度 較 正 の 系 統 誤 差 が 大
き い た め に あ ま り 精 密 な 議 論 は で き な い が ,1 W の フ ェ ム ト 秒 レ ー ザ ー 励 起 (~800nm,∼ 100fs,
繰 り 返 し 80MHz)で 約 1T の 磁 場 印 加 に よ り , お よ そ 50µW の THz 電 磁 波 放 射 が 報 告 さ れ て い
る [Se1]。 猿 倉 ら の グ ル ー プ は , さ ま ざ ま な 磁 場 強 度 , 磁 場 配 置 に お け る InAs か ら の THz 電 磁
波 放 射 に つ い て 詳 細 な 報 告 を 行 っ て い る [Se2]。磁 場 に よ る THz 電 磁 波 放 射 強 度 の 増 大 は ,主 と
して表面過渡電流あるいは過渡分極がローレンツ力で,表面垂直方向から表面平行方向に傾く
こ と で , 放 射 効 率 が 改 善 さ れ る た め で あ る [Se12]。
表 2.4.1 各 種 半 導 体 表 面 か ら の 電 磁 波 放 射 の 強 さ の 比 較 ( 参 考 文 献 [Se11]よ り ) 。 InP
の場合を100としてある。放射の振幅を比較しているので,パワーでの比較ではそれ
ぞ れ を 自 乗 し た も の に な る 。 InAs は ド ー プ 量 や n 型 か p 型 か に も 依 存 す る 。
試料
InAs
InP
GaAs
CdTe
CdSe
InSb
Ge
GaSb
Si
GaSe
信 号 強 度 200∼
100
71
33
11
8
7
2
0.5
<0.1
(振 幅 )
300
< 量 子 井 戸 及 び 超 格 子 か ら の THz 電 磁 波 >
半 導 体 量 子 井 戸 中 ま た は 半 導 体 超 格 子 中 の コ ヒ ー レ ン ト な 電 荷 振 動 を 利 用 し て , THz 電 磁 波
を 発 生 さ せ る こ と が で き る [Se13-15]。最 初 の 報 告 は Roskos ら に よ る 非 対 称 2 重 量 子 井 戸 中 に 励
起された電子波束の振動によるコヒーレント放射の観測である。非対称2重量子井戸中の電荷
振動は4光波混合を用いたポンプ・プローブ法による測定で,それ以前にその存在は確認され
て い た が , 電 磁 波 放 射 を 測 定 す る こ と に よ り , よ り 直 接 的 に 電 荷 振 動 を 観 測 で き る 。 図 2.4.9
に非対称量子井戸のエネルギーダイアグラムを示す。適当なバイアス電圧下で広い方の量子井
戸 (WW)の 第 1 電 子 準 位 と 狭 い 方 の 量 子 井 戸 (NW)の 第 1 電 子 準 位 は エ ネ ル ギ ー 的 に 共 鳴 す る 。
このとき,双方の波動関数は両方の井戸に互いに分散し,2つの状態間の共鳴的相互作用によ
り ,新 た に エ ネ ル ギ ー E+と E_を 持 っ た
対 称 及 び 反 対 称 準 位 に 分 裂 す る 。一 方 ,
WW 及 び NW の 価 電 子 帯 に あ る 重 い 正
WW
P(t)
孔 ( heavy hole ) と 軽 い 正 孔 ( light
NW
hole) の 第 1 準 位 は , バ イ ア ス 電 圧 に
よりエネルギー準位が開き,波動関数
ωt =0
もそれぞれの井戸に局在したままであ
る 。 WW の 第 一 電 子 状 態 の 励 起 エ ネ ル
ν1<ν2
ωt =π
ギ ー( E=hν 1 )に レ ー ザ ー の 周 波 数 を 合
わせ量子井戸を励起すると,励起パル
ス光のスペクトル幅が,電子状態の共
ωt =2π
鳴 分 裂 エ ネ ル ギ ー ∆E( =E _ − E + ) よ り
図 2.4.9 非 対 称 2 重 量 子 井 戸 で の 波 束 の 励
も 広 く , WW と NW の 正 孔 の 準 位 間 の
起と電荷振動の様子。
エ ネ ル ギ ー 差( hν 2 −hν 1 )よ り も 狭 い 場
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
39
合 , 励 起 さ れ た 電 子 の 波 束 は 準 位 E_ と 準 位 E + の 波 動 関 数 の コ ヒ ー レ ン ト な 重 ね 合 わ せ で 表 さ
れ る 。 波 束 は 最 初 WW 内 に の み 局 在 し て い る が , そ の 後 , ν=∆E/ h の 振 動 数 で WW と NW の
間を,波動関数のコヒーレンスが失われる(位相緩和する)まで振動することになる。このよ
うな電子の波束の振動は電気分極 P の振動を伴うので,電磁波が放射されることになる
( ETHz ∝ ∂ P(t ) / ∂ t ) 。
2
2
Roskos ら は 約 10K に 冷 却 し た 非 対 称 量 子 井 戸 (145 Å GaAs /25 Å Al 0 . 2 Ga 0 . 8 As 0 . 2 / 100 Å
GaAs x10 周 期 )表 面 に フ ェ ム ト 秒 レ ー ザ ー を 45°で 入 射 さ せ ,ダ イ ポ ー ル ア ン テ ナ 型 の 光 伝 導 ス
イ ッ チ 素 子 ( RD-SOS) で 電 磁 波 の 波 形 を サ ン プ リ ン グ 検 出 し , 1.5THz の コ ヒ ー レ ン ト 放 射 を
約 14 周 期 観 測 し て い る [Se14]。
その後,量子井戸や超格子中の電荷振動によるコヒーレント放射についての興味深い報告が
数 多 く な さ れ て い る 。 例 え ば , Planken ら は 1 つ の 量 子 井 戸 中 に コ ヒ ー レ ン ト に 励 起 さ れ た 重
い正孔と軽い正孔の波動関数間の干渉による電荷振動及びそれに付随する電磁波の放射を観測
し て い る [Se13]。ま た ,Waschke ら [Se16]は 半 導 体 超 格 子 中 に 光 励 起 さ れ た 電 子 の ブ ロ ッ ホ 振 動
による電磁波放射を観測している。半導体量子井戸中の電荷振動を多重光パルスで励起し,電
荷 振 動 の 制 御 を 行 っ た 実 験 も 報 告 さ れ て い る [Se15]。
これらのコヒーレントな電荷振動を観測するには通常試料を低温に冷やす必要があり,一般
にその放射強度も小さく実用的な光源とはなりにくい。しかし,量子井戸などのメソスコピッ
ク系におけるキャリアのコヒーレンスやダイナミクスを探る重要な手法であるといえる。
2.4.2 超 伝 導 体 か ら の THz 電 磁 波 放 射
YBa 2 Cu 3 O 7 - δ( YBCO)な ど の 高 温 超 伝 導 体 を 用 い た 光 ス イ ッ チ 素 子 に よ る THz 電 磁 波 の 発 生
も 報 告 さ れ て い る [Su1-3]。 高 温 超 伝 導 体 を 用 い た 光 ス イ ッ チ 素 子 で は 超 伝 導 電 流 を レ ー ザ ー パ
ル ス に よ り 高 速 に 変 調( 遮 断 )す る こ と に よ り 電 磁 波 を 発 生 さ せ る 。超 伝 導 電 流 を 流 す た め に ,
素子を極低温に冷却する必要があり,実用的な光源とはなりにくいが,高温超伝導体のキャリ
アダイナミックスを探る上で興味深い研究対象である。
斗 内 ら [Su4-5]は 高 温 超 伝 導 体 に ト ラ ッ プ さ れ た 磁 束 に ま と わ り つ い て い る 超 伝 導 電 流 か ら の
放射を観測しており,またレーザー照射により,磁束あるいは磁束電流を制御できることも報
告 し て い る [Su6]。ま た 萩 行 ら は 超 伝 導 電 流 に 比 例 し て THz 電 磁 波 放 射 が 強 く な る こ と ,お よ び
超伝導電流の方向に放射電磁波の偏光が向くことを利用して超伝導電流のベクトルマッピング
に 成 功 し て い る [Su7]。
参 考 文 献 (半 導 体 ・ 超 伝 導 体 か ら の THz 電 磁 波 放 射 )
[Se1]
N. Sarukura, H. Ohtake, S. Izumida, Z. Liu: J. Appl. Phys. 84, 654 (1998)
(論 文 で は 1T の 磁 場 と 1W の 励 起 パ ワ ー に お い て 1mW 近 い THz 波 パ ワ ー を 得 た こ と
を報告しているが,後に検出に用いたボロメーターの感度の再較正により,実際のパ
ワ ー は 約 50 µW 程 度 で あ っ た こ と が 著 者 ら 自 身 に よ り 報 告 さ れ て い る )
[Se2]
H. Takahashi, et al: J. Appl. Phys. 95, 4545-4550 (2004).
[Se3]
X.-C. Zhang, et al: Appl. Phys. Lett. 56, 1011-1013 (1990).
[Se4]
X.-C. Zhang and D. H. Auston: J. Appl. Phys. 71, 326-338 (1992).
[Se5]
Ping Gu, et al: J. Appl. Phys. 91, pp.5533-5537, (2002).
T. Dekorsy, et al: Phys. Rev. Lett. 74, 738 (1995).
[Se6]
[Se7]
T. Dekorsy, H. Auer, H. Bakker, H. Roskos, H. Kurz: Phys. Rev. B 53, 4005 (1996).
[Se8]
M. Tani, et al: J. Appl. Phys. 83, 2473-2477 (1998).
[Se9]
P. Gu, M. Tani, K. Sakai and T.-R. Yang: Appl. Phys. Lett., 77, 1798-1800 (2000).
[Se10]
X.-C. Zhang and D. H. Auston, J. Appl. Phys. 71, 326-338 (1992).
[Se11]
R. Adomavieius, et al: Appl. Phys. Lett. 85, 2463-2465 (2004).
[Se12]
M. B. Johnston, et al: Opt. Lett. 27, 1935 (2002).
[Se13]
P. C. M. Planken, et al: Phys. Rev. Lett. 69, 3800-3803 (1992).
[Se14]
H. G. Roskos, et al: Phys. Rev. Lett. 68, 2216-2219 (1992).
[Se15]
I. Brener, et al: J. Opt. Soc. Am. B 11, 2457-2469 (1994).
[Se16]
C. Waschke, et al: Phys. Rev. Lett. 70, 3319-3322 (1993).
[Su1]
M. Tonouchi, et al: Jpn. J. Appl. Phys. 35, 2624 (1996).
[Su2]
M. Hangyo, et al: Appl. Phys. Lett. 69, 2122-2124 (1996).
40
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
[Su3]
[Su4]
[Su5]
[Su6]
[Su7]
M. Tani, et al: Jpn. J. Appl. Phys. 35, L1184-1187 (1996).
M. Tonouchi, et al: Jpn. J. Appl. Phys. 36, L93-L95 (1997).
M. Tonouchi, et al: Physica C 293, 82-86 (1997).
M. Tonouchi, et al: Appl. Phys. Lett. 71, 2364-2366 (1997).
S. Shikii, et al: Appl. Phys. Lett., 74, 1317-1319 (1999).
2.5 光 混 合 法 に よ る 連 続 波 発 生
90 年代前半に MIT の Brown らのグループによって,光ビートを光伝導アンテナに照射することで連続波
(continuous wave, CW と略す)の THz 電磁波発生が報告された[Px1-2]。この手法は光混合(Photomixing)と呼
ばれるもので,40 年ほど前にすでにコヒーレントな(単色の)マイクロ波を発生させる方法として提案されて
いる[Px4]. しかし, LT-GaAs という短キャリア寿命で,高耐電圧,かつ比較的高い移動度を示す光伝導材料
が開発されてからはじめて THz 帯での光混合による THz 電磁波発生が可能になった。Brown らの光混合によ
る THz 電磁波発生の研究については参考文献 [Px2-3, 5-12]を参照していただくと良い。
光混合による THz 電磁波発生の利点は広い波長可変性にある。.発振周波数がわずかに異なる2つのレーザ
ー光を重ね合わせることで,その差周波に対応する光ビートを生成することができる。差周波数はレーザー
の発振周波数を可変にすることで,任意に調整することが可能で,したがって,光混合による THz 電磁波の
周波数は任意に調整可能である。
現在のレーザー技術では DC から数 THz の差周波数を連続可変に変化させ,
その発振線幅も 10MHz 以下に抑えることはそれほど難しいことではない。
一方,THz 電磁波発生の効率はパルス励起の場合に比べてそれほど大きくない。これは光伝導アンテナの
電磁波発生効率がコヒーレント放射の性質からレーザー平均パワーを一定とするとその光ビートあるいはパ
ルス光のピーク強度の自乗に比例するからである[Px13].
光混合による THz 電磁波発生はフェムト秒レーザー励起の場合と原理的には同じである。しかしフェムト
秒レーザー励起ではパルスの立ち上がりで THz 電磁波放射が起こるので,光伝導体のキャリア寿命は発振帯
域にはそれほど大きな影響は与えなかったが,光混合では発振帯域を決める重要な因子となる。
以下に光混合による THz 電磁波発生の概略と効率化のために留意しなければならない点について述べる。
より詳しい説明は Duffy et al [Px14-15], Pearson et al [Px16], Matsuura et al [Px17],Tani et al [Px18]などの解説を
参照することをお勧めする。
2.5.1
光混合による THz 電磁波発生の原理
2つの異なる周波数の光波を重ね合わせることで,その差周波数で強度が変動する光ビートを生成すること
ω1 お よ び ω2 で 振 動 す る 2 つ の 光
~
E1 (t ) = E1 ( z ) exp( iω 1t + δ ) + c.c. = 2 E1 ( z ) cos( ω 1 t + ϕ )
~
E2 (t ) = E2 ( z ) exp(iω2t ) + c.c. = 2 E2 ( z ) cos(ω2t )
が で き る。 い ま
波を 考 え ,次 の よ うに 表 す 。
(2.5.1a)
(2.5.1b)
(c.c. は複素共役を表す)
ここで振幅 Ei(z)は実数と仮定し ϕ は相対位相である。2つの光波を重ね合わせたときの瞬間的な強度をそれ
らの振幅の和の自乗で定義すると
~
2
2
I (t ) = E1 cos 2 (ω1t + ϕ ) + E 2 cos 2 (ω 2 t ) + 2 E1 E 2 cos(ω1t + ϕ ) cos(ω 2 t )
E1
E
2 cos( 2ω1t + 2ϕ )
2 cos( 2ω 2 t )
+ 2 + E1
+ E2
2
2
2
2
+ E1 E 2 cos{(ω1 + ω 2 )t + ϕ} + E1 E 2 cos{(ω1 − ω 2 )t + ϕ}
2
=
2
(2.5.2)
と書ける。もしこの光強度に瞬時に応答し,分極あるいは電流を生じる物質あるいは素子があるとすると光
整流(最後の式の第 1 項と第 2 項),第 2 高調波(SHG,第 3 項と第 4 項), 和周波発生(SFG,第 5 項),差周波
発生(DFG,第 6 項)がそれぞれ得られる。2 次の非線形感受率をもつ非線形光学結晶がそのような場合に
相当する。ただし位相整合条件がすべての過程に満たされないので,いずれかひとつの過程に対応した周波
数への変換が起こる。 光伝導アンテナの場合は SHG,SFG に対応する変調には追随できず,平均化されて
その寄与はゼロになる。光整流の項は CW 励起の場合は電磁波を放射しない(平均光強度に相当する)ので,
電磁波の放射は差周波数 ω1 − ω 2 .に相当する第 6 項による。光混合器(光伝導アンテナに)(2.5.2)式の混合
光波が照射されると通常の意味での光強度,すなわち周波数 ω1 あるいは ω 2 の周期よりも十分長い時間の平
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
41
均エネルギー流束(ホインティングベクトルの平均値)は次で表される。
P (t ) = ∫ cnε 0 I (t ) dS = P1 + P2 + 2 mP1 P2 cos{(ω1 − ω 2 )t + ϕ }
(2.5.3)
2
E
cnε 0 i dS , (i=1 or 2)
2
Pi = ∫
(2.5.4)
こ こ で m は 2 つ の 光 波 ビ ー ム の 空 間 的 な 混 合 効 率 , Pi は 2 つ の ビ ー ム の 長 時 間 平 均 , c は 光 速 ,
n は 媒 質 の 屈 折 率 , ε 0 は 真 空 の 誘 電 率 で あ り , (4)式 の 積 分 は ビ ー ム 断 面 に つ い て 行 う 。 空 間 結
合 効 率 m は 0 (重 な り な し )か ら 1 (完 全 な 重 な り )の 値 を と る 。差 周 波 数
ω1 − ω2
を THz帯 の 周 波 数
に 調 整 す る こ と で , (3)式 の 最 後 の 項 に よ り THz帯 の 光 伝 導 電 流 変 調 を 引 き 起 し , 連 続 波 の THz
電磁波を発生させる。
光伝導電流における正孔の寄与を無視し,キャリア(電子)の散乱時間が光ビートの周期よりもずっと短いと
仮定すると,移動度を定義できるので,光伝導アンテナの光伝導度 G(t)は移動度 µ と光伝導ギャップに励起
されたキャリア数 N(t)の積に比例する。伝導度の定義より
G (t ) = eµn(t ) S gap / l gap = eµn(t )Vgap / l gap = eµN (t ) / l gap
2
2
(2.5.5)
で与えられる。ここで e は素電荷, Sgapはギャップの電流方向と垂直な断面積,lgapはギャップの幅,Vgap =Sgap
lgapは光キャリアが励起されたギャップ領域の体積である。キャリア数 N(t)は励起パワーを P,キャリアの励
起効率をη ,キャリア寿命を τ c とすると次のレート方程式を満たす。
dN (t ) N (t )
+
= ηP(t ) ,
dt
τc
(2.5.6)
P(t)を(2.5.3) 式で与え,(2.5.6)式に代入して N(t)についての微分方程式を解き,(2.5.5) の N(t)と G(t)の比例関
係を用いると
G (t ) = G0 (1 +
2 mP1 P2 sin{ωt + α }
P0 1 + (ωτ c ) 2
),
(2.5.7)
を得る。ここで G0 は平均パワー平均 P0=P1+P2 に対する伝導度,
ω = ω1 − ω2 は光ビート周波数,
α = tan (1/ ωτ c ) はキャリア寿命で決まる位相シフトである。
−1
ω1
光伝導アンテナに流れる電流 J(t) を求めるために,図 2.5.1 で示され
る等価回路を考える。このとき光伝導電流 J(t)は次の式で記述される。
ω2
J (t ) = C
J
Rd=1/G
Vb
THz
waves
C
RA
図 2.5.1 光伝導アンテナ上の光
混合における等価回路。
PTHz (ω ) =
V − V (t )
dV (t )
+ G (t )V (t ) = b
,
dt
RA
(2.5.8)
ここで C は光伝導ギャップのキャパシタンス,V(t) は実際にギャッ
プにかかる電圧,Vb はバイアス電圧(一定),RA はアンテナの放射抵
抗である。この微分方程式は閉じた形では解けないが,適当な近似を
導入することにより近似解を求めることができる。すなわち,V(t)は
調和振動的な振る舞いをするとし,位相シフト α を無視する。この
とき THz 電磁波の放射パワーPTHz(ω)についての近似解は次で与えら
れる[Px2-3]。
(Vb G0 β ) 2 R A [(1 + G0 R A ) 2 + (ωR AC ) 2 ]
,
(1 + G0 R A ) 2 [(1 + G0 R A ) 2 + (ωR AC ) 2 − 12 (G0 R A β ) 2 ]
1
2
β=
2 mP1 P2
P0 1 + (ωτ c) 2
(2.5.9)
G0RA << 1 となる小信号利得の極限では次のように簡略化される。
PTHz (ω ) =
2
J 0 RA
2[1 + (ωτ c ) 2 ][1 + (ωR AC ) 2 ]
(2.5.10)
ここで J0(=G0Vb) は光伝導電流の DC 成分である。この式は光伝導アンテナによる光混合の効率についての基
本特性を示している。THz 電磁波の放射パワーは放射抵抗に比例し,直流電気伝導度の自乗 G02 およびバイ
アス電圧の自乗 Vb2 に比例する。 G0 はキャリア移動度,キャリア寿命に比例するので,G0 は移動度とキ
42
ャリア寿命が強励起による温度上昇や電子間相互作用の影響がでない比較的弱い励起強度の場合には,励起
パワーP0 にも比例する。 自己相補的(self-complementary)なスパイラルやログペリアンテナの場合のように放
射抵抗 RA が周波数に依存しない広帯域アンテナの場合,キャリア寿命と素子の RC 時定数が光混合の周波数
帯域を制限することになる。つまり,ωτc >> 1 および ωRAC >>1 となる高周波極限では小信号利得の(2.5.10)
式は
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
PTHz (ω) ≈ 12 G0Vb RA / ω 4 (τ c RAC ) 2
(2.5.11)
になる。 したがって,THz 波の放射パワーは高周波極限では-12dB/octave で減衰することになる。
PC current J(t)
ETHz(t) ∝ dJ/dt
optical
beat
P(t)
THz wave
PC antenna
(dipole type)
LT-GaAs
substrate
Si hemispherical
lens
図 2.5.2 光 伝 導 ア ン テ ナ に よ る 光 混
合 法 に よ る CW-THz 電 磁 波 発 生 の 模
式図。
図 2.5.3 ボ ウ タ イ 型 光 伝 導 ア ン テ ナ に
よる光混合出力の周波数依存。
図 2.5.2に 光 伝 導 ア ン テ ナ を 用 い た 光 混 合 法 に よ る CW-THz電 磁 波 発 生 の 模 式 図 を し め す 。 図
2.5.3に 光 混 合 に よ る THz電 磁 波 発 生 の 周 波 数 依 存 の 例 と し て ボ ウ タ イ 型 光 伝 導 ア ン テ ナ に よ る
出力の周波数依存を示す。低い周波数域では出力特性はほぼフラットだが,高周波数域ではキ
ャ リ ア 寿 命 の 制 限 で 減 衰 す る 。 RC時 定 数 (0.05以 下 と 見 積 も ら れ た )を 無 視 し , キ ャ リ ア 寿 命 を
0.5psと し て , (2.5.10)式 を 用 い て 計 算 し た 出 力 依 存 性 を 図 2.5.3の 破 線 で 示 し た 。 [Px10].
光 混 合 に よ り 発 生 し た THz電 磁 波 は 液 体 ヘ リ ウ ム 冷 却 の ボ ロ メ ー タ ー な ど 熱 型 検 出 器 で パ ワ
ー検出するともできるが,フェムト秒レーザー励起の場合と同じように励起に用いた光ビート
を 検 出 側 の 光 伝 導 ア ン テ ナ に 照 射 し ,(2.1.11)式 で 表 さ れ る 光 伝 導 度 変 調 と THz電 磁 波 (こ の 場 合
は CW)の 相 互 相 関 あ る い は 光 ホ モ ダ イ ン に よ り 検 出 す る こ と が で き る 。 た だ し , ピ ー ク レ ー ザ
ー強度がフェムト秒レーザーの場合のように強くないので,検出効率はあまりよくない(特に
高周波数側)。
光 混 合 に よ り 発 生 し た 狭 帯 域 の THz電 磁 波 は 高 分 解 分 子 分 光 に 用 い ら れ る 。半 導 体 レ ー ザ ー を
光 源 に 用 い る 場 合 は ,モ ー ド ホ ッ プ な ど の 問 題 が あ る が ,原 理 的 に DC付 近 か ら 3THz付 近 ま で 連
続波長可変の高分解分光用光源としては唯一のものといってよい。
参 考 文 献 (光 混 合 )
[Px1]
E. R. Brown, et al: Appl. Phys. Lett. 62, 1206-1208 (1993).
[Px2]
E. R. Brown, et al: J. Appl. Phys. 73, 1480-1484 (1993).
[Px3]
E. R. Brown, et al: Appl. Phys. Lett. 64, 3311-3313 (1994).
[Px4]
R. H. Pantell, M. DiDomenico, Jr., O. Svelto, and J. N. Weaver: Proceedings of the Third
International Conference on Quantum Electronics, edited by P. Grivet and N. Bloembergen
(Columbia University Press, New York, 1964), Vol. 2, p. 1811.
[Px5]
E. R. Brown, et al: Appl. Phys. Lett. 64, 3311-3313 (1994).
[Px6]
E. R. Brown, et al: Appl. Phys. Lett. 66, 285-287 (1995).
[Px7]
K. A. McIntosh, et al: Appl. Phys. Lett. 67, 3844-3846 (1995).
[Px8]
S. Verghese, K. A. McIntosh and E. R. Brown: IEEE Trans. Microwave Theory and Tech.
45, 1301-1309 (1997).
[Px9]
S. Verghese, K. A. McIntosh and E. R. Brown: Appl. Phys. Lett. 71, 2743-2745 (1997).
43
[Px10]
[Px11]
[Px12]
[Px13]
[Px14]
[Px15]
[Px16]
[Px17]
[Px18]
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
S. Matsuura, M. Tani, and Kiyomi Sakai: Appl. Phys. Lett. 70, 559-561 (1997).
Pin Chen, et al: Appl. Phys. Lett, 71, 1601-1603 (1997).
K. A. McIntosh, et al: Appl. Phys. Lett. 70, 354-356 (1997).
O. Morikawa, et al: Jpn. J. Appl. Phys., Part 1 38, pp.1388-1389 (1999).
S. M. Duffy, et al: IEEE Trans. Microwave Theory and Tech. 49, 1032-1038 (2001)
S. M. Duffy, S. Verghese and K. A. McIntosh: Sensing with Terahertz Radiation
(Springer-Verlag, Berlin, ed. D. Mittleman, 2003) pp.193-236.
J. C. Pearson, K. A. McIntosh, and S. Verghese: Continuous THz generation with Optical
Heterodyning, Long-wavelength Infrared Semiconductor lasers, Ed. Hong K. Choi (John
Wiley & Sons, Inc., 2004)
Shuji Matsuura and Hiroshi Ito: Generation of CW terahertz radiation with photomixing, in
Terahertz Optoelectronics, Topics in Applied Physics, Vol. 97, pp.157-197, Sakai, Kiyomi
(Ed.) (Springer, 2005)
M. Tani, et al: Semicond. Sci. Technol. Vol.20, pp.S151-S163 (2005).
44
第 3 章 テラヘルツ電磁波の分光応用
3.1 テ ラ ヘ ル ツ 時 間 領 域 分 光 法 (THz-TDS)
2 章 で 紹 介 し た THz 電 磁 波 の 発 生 と 検 出 シ ス テ ム は 時 間 領 域 の 分 光 シ ス テ ム ( テ ラ ヘ ル ツ 時
間 領 域 分 光 法 , Terahertz Time-Domain Spectroscopy, THz-TDS) と し て 応 用 で き る 。 す な わ
ち , THz ビ ー ム の 伝 播 経 路 に 測 定 し た い 試 料 を 挿 入 し ( 図 2.1.7 参 照 ) , 試 料 を 透 過 し た と き
の電磁波の波形と試料なしの場合の電磁波の波形を測定し,両者のフーリエ変換スペクトルの
比 か ら , THz 帯 の 広 い 範 囲 に わ た る , 透 過 ま た は 吸 収 ス ペ ク ト ル を 得 る こ と が で き る 。 こ れ ま
で , す で に 気 体 分 子 の 吸 収 [Sp1-6], 誘 電 体 [Sp7-8]あ る い は 半 導 体 基 板 の 複 素 屈 折 率 [Sp9-10],
超 伝 導 薄 膜 の 複 素 伝 導 率 [Sp11-13]な ど が THz-TDS に よ る 測 定 さ れ て い る 。
い ま , 電 磁 波 の 振 幅 波 形 を E(t)と す る と , そ の フ ー リ エ 変 換 ス ペ ク ト ル は
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
1 ∞
E ( t ) exp( − iωt )dt
2π ∫−∞
r (ω ) = E (ω ) , θ (ω ) = arg E (ω )
E (ω ) = r (ω ) exp( iθ (ω )) =
(3.1.1)
と 書 け る 。試 料 を 挿 入 し た と き と ,挿 入 し な い 時 の フ ー リ エ 変 換 ス ペ ク ト ル を そ れ ぞ れ 添 字 sam
及 び ref で 表 す と す る と , 振 幅 透 過 率 t(ω)は 次 で 与 え ら れ る 。
Esam (ω ) rsam
(3.1.2)
≡
exp(−i (θ sam − θ ref )
Eref (ω ) rref
~ (ω ) = n(ω ) − ik (ω ) ,試 料 の 厚 さ を d と し ,THz 電 磁 波 パ
いま試料が固体でその複素屈折率を n
t (ω ) ≡
ルスの試料内での多重反射を無視できるとすると
4n~ (ω )
⎧ ωdκ (ω ) ⎫
⎧ iωd (n(ω ) − 1) ⎫
⎧ iω d (n~ (ω ) − 1) ⎫
exp⎨−
t1 (ω ) = t as t sa exp⎨−
⎬
⎬ exp⎨−
⎬= ~
2
c
c
c ⎭
⎩
⎭
⎩
⎭ (n (ω ) + 1)
⎩
(3.1.3)
と 書 く こ と が で き る 。こ こ で t a s , t s a は そ れ ぞ れ 空 気 (真 空 )か ら 試 料 へ ,試 料 か ら 空 気 側 へ の 振 幅
透過率でそれぞれ次で与えられる。
2n~ (ω )
2
, t sa = ~
t as = ~
n (ω ) + 1
n (ω ) + 1
(3.1.4)
多 重 反 射 を 無 視 で き る の は ,試 料 の 厚 さ d が 大 き く 測 定 の 時 間 窓 に THz 電 磁 波 パ ル ス の 多 重 反
射 の 信 号 が 入 ら な い か ,試 料 内 の 吸 収 が 強 く 多 重 反 射 で THz 電 磁 波 が 無 視 で き る ほ ど 減 衰 し て
し ま う 場 合 な ど で あ る 。試 料 内 で の m 回 多 重 反 射 を 考 慮 す る 場 合 ,振 幅 透 過 率 t(ω)は 次 で 与 え
られる。
m
⎧ i 2lω dn~ (ω ) ⎫
2l
t m (ω ) = t1 (ω )∑ ras exp⎨−
⎬
c
⎭
⎩
l =0
(3.1.5)
こ こ で ras は 空 気 と 試 料 の 界 面 で の 振 幅 反 射 率 で あ る 。
n~ (ω ) − 1
ras = rsa = ~
n (ω ) + 1
(3.1.6)
無限回反射の場合は
t∞ (ω ) =
t1 (ω )
⎧ i 2ω dn~ (ω ) ⎫
2
1 − ras exp⎨−
⎬
c
⎩
⎭
(3.1.7)
と な る 。無 限 界 反 射 は 試 料 の 厚 さ が THz 電 磁 波 の パ ル ス 幅 に 比 べ て 十 分 小 さ い 場 合 に 適 用 で き
る 。 一 般 に (3.1.3),(3.1.5), (3.1.7)は 陽 に は 解 け な い の で , 適 当 な 式 変 形 を 行 い 逐 次 的 に 解 ( 複
素屈折率)を求める。
ここで,複素屈折率と吸収係数,複素誘電率,複素電気伝導度の関係を示しておく。透過強
度 透 過 率 T(ω)ま た は 吸 収 A(ω)の 周 波 数 依 存 は 振 幅 の 減 衰 か ら ,
T (ω ) ≡ t 2 (ω ) = 1 − A(ω ) =
2
rsam
ωdk (ω ) ⎞
⎛
= exp⎜ − 2
⎟ ≡ exp( − α (ω )d )
2
⎝
rref
c ⎠
(3.1.8)
で 与 え ら れ る 。 上 式 で α(ω)=2ωk(ω)/c は 吸 収 係 数 で あ る 。
ま た ,複 素 比 誘 電 率 ε~ (ω ) = ε 1 (ω ) − iε 2 (ω ) お よ び 複 素 電 気 伝 導 度 σ~ (ω ) = σ 1 (ω ) − iσ 2 (ω ) と 複 素 屈 折
45
率とは以下の関係がある。
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
σ~ (ω )
2
n~ (ω ) = ε~ (ω ) = ε ∞ − i
.
(3.1.9)
ωε 0
ε 1 (ω ) = n(ω )2 − k (ω )2
ε 2 (ω ) = 2n(ω )k (ω )
こ こ で , ε∞ は 十 分 高 周 波 で の 試 料 の 誘 電 率 , ε0 は 真 空 誘 電 率 で あ る 。
(3.1.10a)
(3.1.10b)
< 遠 赤 外 FTIR と THz-TDS と の 比 較 >
THz-TDS が 用 い ら れ る 以 前 は , 遠 赤
高圧水銀灯
外
領
域( 12∼ 0.3 THz)で は フ ー リ エ 分
ワイヤグリッド偏光子
(水平偏光透過)
光 法 (FTIR)が も っ ぱ ら 用 い ら れ て い た 。
マ ー チ ン パ プ レ ッ ト 型 遠 赤 外 FTIR の
ワイヤグリッド偏光子
(+45度透過,
装 置 構 成 の 例 を 図 3.1.1 に 示 す 。遠 赤 外
ボロメータまたは
−45度反射)
FTIR で は 光 源 と し て 高 圧 水 銀 灯 を 用 い
焦電検出器
検出器には焦電検出器あるいは冷却ボ
ロメータを用いる。マーチンパプレッ
可動鏡
ト型干渉計ではワイヤグリッド偏光子
サンプル
を 2 枚用い,最初の 1 枚で偏光を直線
偏 光 に 整 え( 水 平 ま た は 垂 直 偏 光 ),2
枚 目 の 偏 光 子 で + 45 度 偏 光 を 透 過 , −
固定鏡
45 度 偏 光 を 反 射 ( あ る い は そ の 逆 ) さ
せ,一方の干渉計のアームを動かして
図 3.1.1 ワ イ ヤ グ リ ッ ド 偏 光 子 を 2 枚 用 い た マ
干波形(インターフェログラムと呼ば
ー チ ン パ プ レ ッ ト 型 遠 赤 外 FTIR 分 光 装 置 の 模
れる)を測定する。サンプルを挿入し
式図。
たときと,しないときのインターフェ
ログラムをそれぞれフーリエ変換し,
得 ら れ た ス ペ ク ト ル の 比 か ら パ ワ ー 透 過 率 を 求 め る 。以 上 の 手 続 き は THz-TDS と 非 常 に 良 く 似
て い る (THz-TDS が FTIR と 似 て い る と い う べ き か も し れ な い が )。 THz-TDS の 時 間 領 域 波 形 が
FTIR の イ ン タ ー フ ェ ロ グ ラ ム に 対 応 し て い る 。 し か し THz-TDS に お け る 時 間 領 域 波 形 が 振 幅
波 形 で あ る の に 対 し て ,FTIR の イ ン タ ー フ ェ ロ グ ラ ム は 強 度 波 形 な の で フ ー リ エ 変 換 で 得 ら れ
るのは強度スペクトルのみで位相スペクトルは得られない。
FTIR 分 光 法 は 回 折 格 子 や プ リ ズ ム を 用 い た 分 散 型 分 光 法 と 比 べ て 次 の よ う な 優 位 性 が あ る と
いわれている。
(i) Fellgett の 優 位 性 (Multiplex Advantage): 光 束 を 分 散 さ せ ず に 単 一 光 束 の ま ま で 測 光 す
る た め に 光 束 利 用 効 率 (エ ネ ル ギ ー 利 用 効 率 が 高 い 。分 散 型 の 分 光 器 に お い て N 個 の ス ペ ク ト
ル 要 素 に 分 割 し て 測 定 す る 場 合 に 対 し て FTIR で は S/N 比 が
N / 2 倍向上する。
(ii) Jacquinot の 優 位 性 ( Throughput Advantage) : 分 散 型 分 光 器 の 場 合 , 一 定 の 分 解 能 を
得 る た め に 分 光 器 の ス リ ッ ト 幅 を 制 限 し な け れ ば な ら な い が ,FTIR の 場 合 分 解 能 に 対 す る そ
の よ う な 制 限 が 緩 和 さ れ , 同 じ 分 解 能 の 回 折 格 子 分 光 器 に 対 し て 数 100 倍 明 る く な る ( し た
が っ て S/N 比 が 良 く な る ) 。
(iii) Conne’s の 優 位 性 ( Frequency Precision ) : 分 散 型 分 光 器 の 場 合 は 周 波 数 精 度 は , 別 の 周
波数標準による較正の精度,及び回折格子あるいはスリットをどれだけ再現性良く動かせる
か に 依 存 し て い る 。一 方 ,FTIR で は 自 動 ス テ ー ジ の 位 置 精 度( あ る い は He-Ne レ ー ザ ー を 使
っ て 光 路 差 を 自 動 較 正 す る 場 合 は そ の サ ン プ リ ン グ 精 度 )で 決 ま る の で 周 波 数 精 度 が あ が る 。
こ れ を Conne’s の 優 位 性 と い う 。 FTIR で は 干 渉 ア ー ム の 光 路 差 の 逆 数 で 周 波 数 分 解 能 が 決 ま
る 。 例 え ば 20cm の 光 路 差 (自 動 ス テ ー ジ 移 動 量 で 10cm)で 0.05cm - 1 の 周 波 数 分 解 能 が 得 ら れ
る が 周 波 数 精 度 と し て 0.01cm - 1 の 周 波 数 精 度 を 得 る こ と は そ れ ほ ど 困 難 で は な い 。 ま た 分 散
型 分 光 器 で は 定 期 的 に 周 波 数 確 度( 絶 対 周 波 数 )を 較 正 す る 必 要 が あ る が ,FTIR で は 再 較 正
する必要はない。
以 上 , FTIR の 分 散 型 分 光 器 に 対 す る 優 位 性 は す べ て THz-TDS に も 当 て は ま る 。 そ れ で は
46
THz-TDS の FTIR に 対 す る 優 位 性 あ る い は 違 い は な ん で あ ろ う か ? そ の 主 な 点 を あ げ る と 以 下
のようになる。
(a) 低 周 波 数 測 定 (<30cm - 1 )で も 検 出 器 を 冷 却 せ ず に ,高 い S/N 比 で デ ー タ が 取 得 で き る 。こ
れ は THz 電 磁 波 の パ ル ス 特 性 ,即 ち ピ ー ク 強 度 が 高 い た め 熱 雑 音 の 影 響 を 受 け に く い こ
とによる。
(b) 時 間 領 域 の 振 幅 波 形 を 測 定 で き る の で , 複 素 振 幅 ス ペ ク ト ル , す な わ ち 振 幅 ( 吸 収 に 対
応)と位相(屈折率に対応)情報が同時に得られる。強度スペクトルから屈折率分散の
情 報 を 得 る た め に は Kramers-Kronig 変 換 を 用 い な け れ ば な ら な い 。 Kramers-Kronig
変換は複素屈折率の虚部と実部を積分変換で結ぶものであるが,その積分範囲は屈折率
実部を求めたい周波数域よりもかなり広い範囲に設定しなければ誤差が大きくなる。
実 は FTIR に 置 い て も 位 相 シ フ ト に 対 応 す る ス ペ ク ト ル を 得 る こ と が で き る 。図 3.1.1
の干渉計において干渉計の外にサンプルを置くのではなく,干渉計の一方のアームの光
路 に サ ン プ ル を 挿 入 し た と き と し な い と き の イ ン タ ー フ ェ ロ グ ラ ム か ら THz-TDS の 場
合と同様に位相シフトスペクトルが得られ,したがって屈折率分散を求めることができ
る 。こ の 方 法 は 分 散 型 (Dispersive) FTIR と 呼 ば れ る [Sp14]。し か し ,実 用 的 に は ほ と ん ど
用いられていない。おそらく,干渉計のアームにサンプルを挿入すると,光束のずれに
よる系統誤差が大きくなることや,平行光束部にサンプルを挿入するためにはかなり大
面積のサンプルを準備しなければならないなどが原因であろう。
(c) FTIR で 用 い る 高 圧 水 銀 灯 は 光 源 部 の 表 面 積 を 小 さ く す る と 遠 赤 外 領 域 で の 輝 度 が 弱 く
な る の で , 波 長 に 比 し て か な り 大 き な 光 源 に な る 。 そ れ に 対 し て THz-TDS で 用 い る 光
源は波長以下か同程度であるので理想的な点光源(波長より小さい)に近い。従って光
束を絞りやすく,回折限界の空間分解能が容易に得られる。
(d) THz-TDS で は パ ル ス 電 磁 波 を 用 い る の で , 励 起 レ ー ザ ー を Pump 光 と し , THz 電 磁 波
パ ル ス を Probe 光 と し て ,物 質 の THz 帯 吸 収 ・ 分 散 ス ペ ク ト ル の 過 渡 的 変 化 を ピ コ 秒 程
度の時間分解能で測定することが可能である。
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
ち な み に 他 の 分 光 測 定 手 段 と し て , 通 常 の フ ー リ エ 赤 外 分 光 ( 100cm − 1 以 上 で 測 定 可 能 , た
だ し ,S/N 比 を あ げ る た め に は 冷 却 ボ ロ メ ー タ ー を 使 用 し た ほ う が 良 い ),ラ マ ン 散 乱 分 光( 偏
光分析ができる点が有利)があるので,相補的に利用すべきと考えられる。そのほか装置の使
い 勝 手 に 問 題 が あ る が , 中 性 子 散 乱 法 に よ っ て も THz 帯 の 振 動 ス ペ ク ト ル (状 態 密 度 分 布 )が 測
定可能である。
参 考 文 献 (テ ラ ヘ ル ツ 時 間 領 域 分 光 法 )
[Sp1]
H. Harde and D. Grischkowsky, J. Opt. Soc. Am. B8, 1642-1651 (1991).
[Sp2]
M. van Exter, Ch. Fattinger, and D. Grischkowsky, Optics Lett. 14, 1128-1130
(1989).
[Sp3]
H. Harde, S. Keiding, and D. Grischkowsky, Phys. Rev. Lett. 66, 1834-1837 (1991).
[Sp4]
H. Harde, N. Katzenellenbogen, and D. Grischkowsky, J. Opt. Soc. Am. B11, 1018-1030
(1994).
[Sp5]
H. Harde, N. Katzenellenbogen, and D. Grischkowsky, Phys. Rev. Lett. 74, 1307- 1310
(1995).
[Sp6]
R. A. Cheville and D. Grischkowsky, Optics Lett. 20, 1646-1648 (1995).
[Sp7]
M. van Exter and D.Grischkowsky, Appl. Phys. Lett. 56, 1694-1696 (1990).
[Sp8]
N. Katzenellenbogen and D. Grischkowsky, Appl. Phys. Lett. 61, 840-842 (1992).
[Sp9]
D. Grischkowsky, S. Keiding, M. van Exter, and Ch. Fattinger, J. Opt. Soc. Am. B7,
2006-2014 (1990).
[Sp10]
D. Grischkowsky and S. Keiding, Appl. Phys. Lett. 57, 1055-1057 (1990).
[Sp11]
M. C. Nuss, et al: J. Appl. Phys. 70, 2238-2241 (1991).
[Sp12]
R. Buhleier, et al: Phys. Rev. B 50, 9672-9675 (1994).
[Sp13]
S. D. Brorson, et al: J. Opt. Soc. Am. B13, 1979-1993 (1996).
[Sp14]
P. R. Griffith and J. A. de Haseth: Fourier Transform Infrared Spectroscopy, Chap.11,
pp.369-385 (John Wiley & Sons, 1986)
(a)
100
25
30
200
300
Time (ps)
35
(c)
0
1
2
Frequency (THz)
3
(b)
0
400
100
200
300
400
Time (ps)
FFT Amplitude (a.u.)
20
0
FFT Amplitude (a.u.)
Amplitude (arb. unit)
Amplitude (arb.unit)
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
47
3.2 気 体 分 子
気 体 の ア セ ト ニ ト リ ル (CH 3 CN)の 吸 収 を 測 定 し た 例 を 紹 介 す る 。 図 3.2.1(a)と (b)は そ れ ぞ れ ,
真 空 に 近 い 状 態 を 透 過 し た 参 照 用 電 磁 波 波 形 と 長 さ 約 20cm の 気 体 分 子 測 定 用 の セ ル に 13 Torr
の 圧 力 で 封 入 し た ア セ ト ニ ト リ ル を 透 過 し た 電 磁 波 波 形 で あ る 。ま た ,図 3.2.1(c)と (d)は そ れ ぞ
れの波形をフーリエ変換して得られたスペクトルである。参照波形の主パルスはほぼモノサイ
クルで(内挿図参照),その主パルスのあとに見られる振幅の小さいパルスは試料セルの窓な
どにおける多重反射成分である。測定は光学系を収める容器内を排気して行っているが,わず
か に 水 蒸 気 の 吸 収 の 影 響 が 観 測 さ れ る (図 3.2.1(c)に 見 ら れ る シ ャ ー プ な 吸 収 線 )。 ア セ ト ニ ト リ
ルを透過した電磁波の波形には主パルスのあとにほぼ等間隔に複数のパルスが観測されている。
これは多重反射の影響ではなく,あとで述べる基底状態の回転遷移によるものである。アセト
ニ ト リ ル の ス ペ ク ト ル( 図 3.2.1(d))は 波 形 に お け る 多 重 パ ル ス を 反 映 し て ,ほ ぼ 等 間 隔 の 吸 収
線 が 0.2∼ 1.3THz に お い て 多 数 観 測 さ れ る 。 こ れ ら の 多 重 パ ル ス は 窓 材 な ど で の 多 重 反 射 で は
な く , パ ル ス 電 磁 波 で 励 起 さ れ た ア セ ト ニ ト リ ル の 分 子 か ら 自 由 誘 導 減 衰 (free induction decay,
FID)に よ っ て 放 射 さ れ る 電 磁 波 で あ る 。
図 3.3.2 に 信 号 波 形 (図 3.3.1(d))と 参 照 波 形 (図 3.3.1(c))の 比 か ら 求 め た 吸 収 ス ペ ク ト ル (振 幅 )
を示す。吸収スペクトルにはアセトニトリルが対称こま型分子であるため基底状態の回転準位
に対応した等間隔の吸収線が現れている。信号波形に現れる周期的なパルス列は次のように解
釈 す る こ と が で き る 。 THz 電 磁 波 パ ル ス で ア セ ト ニ ト リ ル 分 子 は そ の 基 底 状 態 の 回 転 準 位 が 同
時 に 多 数 励 起 さ れ る 。そ れ ら の 励 起 準 位 は THz 電 磁 波 パ ル ス 透 過 直 後 , 一 斉 に 同 位 相 で FID に
より電磁波を放射する。それぞれの準位からの放射の周波数は等間隔に分布している。この状
況は共振器の往復光路長の逆数で決まる多数の縦モードが位相同期して発振する場合(モード
ロ ッ ク 発 振 ) と 同 じ で あ る 。 し た が っ て , 多 数 の 回 転 遷 移 に よ る FID 放 射 が コ ヒ ー レ ン ト に 重
な っ て 図 3.3.1(c)に 見 ら れ る よ う な 多 重 パ ル ス 列( モ ー ド 同 期 パ ル ス に 相 当 )と し て 観 測 さ れ る 。
(d)
0
1
2
3
Frequency (THz)
図 3.2.1 (a)参 照 波 形 (サ ン プ ル な し ), (b)13Torr の ア セ ト ニ ト リ ル ( CH 3 CN) を 封 入
し た 約 20cm の サ ン プ ル セ ル を 透 過 し た THz 電 磁 波 の 信 号 波 形 , (c)参 照 波 形 を フ ー リ
エ 変 換 し た 振 幅 ス ペ ク ト ル , (d)信 号 波 形 を フ ー リ エ 変 換 し た 振 幅 ス ペ ク ト ル 。
測 定 の 周 波 数 分 解 能 ∆ν は ポ ン プ 光 と プ ロ ー ブ 光 の 時 間 遅 れ の 走 査 幅 ∆t の 逆 数 で 与 え ら れ る
48
( ∆ν =1/∆t)。 図 3.2.1 で の 周 波 数 分 解 は 約 2.5 GHz (∆t= 400ps = 120 mm)で あ る 。 図 3.2.1 の 挿 入
図 は 0.5∼ 0.6THz の 周 波 数 範 囲 を 拡 大 表 示 し た も の で あ る 。 周 波 数 分 解 に 比 し て 各 吸 収 線 の 幅
が 広 い の で , 圧 力 広 が り ( 13 Torr) に よ り 広 が っ て い る 。
対 称 コ マ 型 分 子 の 基 底 状 態 の 回 転 エ ネ ル ギ ー Erot は J を 全 角 運 動 量 量 子 数 ,K を 分 子 対 称 軸 方
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
向 へ の 射 影 (図 3.2.2 参 照 )と す る と
Erot = BJ ( J + 1) − DJK K 2 J ( J + 1) − DJ J 2 ( J + 1) 3
(3.2.1)
で 表 さ れ る 。 こ こ で B は 対 称 軸 周 り の 回 転 に 対 す る 回 転 係 数 , DJ と DJK は 分 子 回 転 に よ る 遠 心
力場に関係する係数である。回転遷移の選択則は
∆J = 0, ± 1 , ∆K = 0
(3.2.2)
である。対称コマ型分子(分子の慣性主軸まわりの 3 つの慣性モーメントのうちの2つ
が 等 し い 分 子 ) の 双 極 子 モ ー メ ン ト は 分 子 の 対 称 軸 の 方 向 に あ る の で , ∆K = ± 1 の 遷 移 は 起 こ
ら な い 。 し た が っ て , ∆J = 0 の 遷 移 も 起 こ ら な い 。 し た が っ て , 回 転 遷 移 に よ る 吸 収 線 の 周 波
数ν は次の式で表される。
ν = 2 B( J + 1) − 2 DJK K 2 ( J + 1) − 4 DJ ( J + 1)3
吸収 (任意単位)
CH3CN
13 Torr
(3.2.3)
0.4
J
0.2
x
y
Ib
Ib
0.0
0.50
0.55
Ia
0.60
K
C
C
N
H
0.0
0.5
1.0
1.5
周波数 (THz)
図 3.2.3
対称コマ型分子
CH 3 CN の 分 子 構 造 と 角 運 動 量
量子数。
100
(a)
CH3CN(0.2 Torr)
J=72-73
90
80
7
K 1
=0
4 5
2
6
3
1.3355
1.3360
1.3365
Frequency (THz)
100
Transmittance (%)
Transmittance (%)
図 3.2.2 THz-TDS で 測 定 し た ア セ ト ニ ト リ ル 分 子
( CH 3 CN) の 吸 収 ス ペ ク ト ル 。
(b)
90
80
K=0
1
26 MHz
1.33535 1.33540 1.33545 1.33550
Frequency (THz)
図 3.2.4 光 混 合 法 に よ り 発 生 さ せ た 狭 帯 域 の THz 電 磁 波 を 用 い て 測 定 し た ア セ ト ニ ト
リ ル の (a)J=72− 73 遷 移 付 近 の 微 細 構 造 ス ペ ク ト ル 。 (b)K=0,K=1 に そ れ ぞ れ 対 応 す る
J=72− 73 遷 移 の 回 転 線 。
D J と D J K は 係 数 B に 比 べ て 非 常 に 小 さ い の で , 図 3.2.2 に 見 ら れ る よ う に 回 転 線 は 周 波 数 2B
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
49
でほぼ等間隔に観測される。すなわち
ν ≅ 2 B( J + 1)
(3.2.4)
観 測 さ れ た 回 転 線 の 周 波 数 は 文 献 値 の B, D J お よ び D J K 係 数 [Ai1-2]を 用 い て 計 算 さ れ た も の に
実 験 誤 差 の 範 囲 で 良 く 一 致 し て お り , J=12−59 の も の に 対 応 し て い る 。
図 3.2.1 の 測 定 で は 13Torr で 測 定 さ れ て お り ,圧 力 広 が り に よ り ,K 量 子 数 の 違 い に よ る 微
細構造は重なって観測されないが,圧力を下げ,高い周波数分解で測定すると K 量子数による
違 い が 観 測 で き る 。 THz-TDS で は 100MHz 以 下 の 周 波 数 分 解 で 測 定 す る た め に は 自 動 ス テ ー
ジ を 1.5m 以 上 走 査 す る 必 要 が あ り ,ス テ ー ジ の 機 械 精 度 や 光 学 的 ア ラ イ ン メ ン ト に か な り の 精
度が要求されるので,技術的に困難である。したがって,特定の周波数域の高分解分光には
THz-TDS よ り も 狭 帯 域 の 光 源 を 用 い た ほ う が よ い 。 図 3.2.4 は 光 混 合 法 に よ り 発 生 さ せ た 狭 帯
域 の THz 電 磁 波 を 用 い て 測 定 し た 0.2Torr の ア セ ト ニ ト リ ル の J=72− 73 遷 移 付 近 の 微 細 構 造
ス ペ ク ト ル で あ る [Ai3]。 用 い た 励 起 光 源 は 回 折 格 子 を 外 部 共 振 器 に 用 い た シ ン グ ル モ ー ド の 半
導体レーザーで2つのレーザーのうちの一方の波長を回折格子の角度を微調することで走査し
て い る 。 K=0 と K=1 に 対 応 す る 回 転 線 の 分 離 の 程 度 か ら , 光 混 合 に よ る THz 電 磁 波 の 周 波 数
安 定 度 は 10MHz 程 度 と 見 積 も ら れ る 。
線 形 分 子 ( HCl, CO, HCN, NNO,な ど ) の 回 転 遷 移 の 吸 収 線 の 周 波 数 は (3.2.3)式 と 同 様 な 式
で 表 さ れ る 。 線 形 分 子 の う ち 双 極 子 モ ー メ ン ト を 持 た な い H 2 , N 2 , CO 2 ,な ど の 回 転 ス ペ ク ト ル
は 吸 収 ス ペ ク ト ル と し て は 観 測 さ れ な い 。 た だ し , O2 は 磁 気 双 極 子 モ ー メ ン ト を 持 つ の で 回 転
スペクトルが観測される。
線形分子,対称コマ型分子以外の分子,すなわち慣性主軸まわりの慣性モーメントが3つと
も異なっている分子の回転遷移による吸収線の周波数は対称コマ型分子のように解析的な表現
が で き な い 。そ の 代 表 的 か つ 重 要 な も の は 水 分 子 で あ る 。水 分 子 は THz 帯 に 多 数 の 吸 収 線 を 持
っている。
ち な み に , 大 気 中 の 水 分 子 , す な わ ち 水 蒸 気 に よ る 吸 収 は 一 般 に THz-TDS に 限 ら ず , 遠 赤
外領域の吸収分光の妨げになる。そこで分光装置に乾燥空気を流し込むか,真空引きをしてか
ら乾燥窒素を流すなどの工夫が必要である。分光測定用に乾燥空気の発生器が売られている。
乾 燥 空 気 の 大 気 圧 で の 露 点 温 度 は − 40℃ 以 下 が 望 ま し い 。 1THz 以 下 の 周 波 数 で は 吸 収 線 の 密
度 は 小 さ く な る の で ,1THz 以 下 で あ ま り 高 分 解 を 必 要 と し な い 分 光 で は 水 蒸 気 吸 収 の 影 響 が そ
れ ほ ど 重 要 出 な い 場 合 も あ る が ,2THz 以 上 の 高 周 波 数 域 を 測 定 す る 場 合 に は ,水 蒸 気 の 吸 収 の
影響を低減すことが,分光目的の測定には必須となる。
電 子 励 起 に 関 す る ス ペ ク ト ル は THz 帯 の エ ネ ル ギ ー に 比 べ て 非 常 に 大 き い の で ,積 極 的 に 放
電 や 光 励 起 を 行 わ な い か ぎ り , THz 波 分 光 で は ほ と ん ど 考 慮 し な く て よ い 。 振 動 励 起 も 分 子 量
の 小 さ な 分 子 で は 振 動 励 起 状 態 の エ ネ ル ギ ー は 高 い の で , THz 波 分 光 で は 通 常 観 測 さ れ な い 。
しかし,分子量の大きな分子の場合は,振動回転スペクトルとして観測される。すなわち振動
量 子 数 を υ と す る と ∆υ =1, 2, ・・・の 振 動 ス ペ ク ト ル が 回 転 状 態 ( J, K) に よ る 微 細 構 造 を も つ
バ ン ド ス ペ ク ト ル に な る 。 振 動 回 転 ス ペ ク ト ル に お い て ∆J =−1, 0, 1 の 遷 移 を そ れ ぞ れ P ブ ラ
ン チ( 低 周 波 数 側 ),Q ブ ラ ン チ( 中 心 ),R ブ ラ ン チ (高 周 波 数 側 )と い う 。対 称 コ マ 型 分 子 で
は 回 転 エ ネ ル ギ ー が K に も 依 存 す る の で ,各 ブ ラ ン チ は K に よ る 成 分 も 含 み 複 雑 な ス ペ ク ト ル
を示す。非対称コマ型分子ではさらに複雑なスペクトルが観測される。
参 考 文 献 (気 体 分 子 )
[Ai1]
P. Venkateswarlu, et al : J. Mol. Spectrosc. 6, 215-228, (1961).
[Ai2]
P. A. Steiner, et al: J. Mol. Spectrosc. 21, 291-301, (1966).
[Ai3]
S. Matsuura, et al: J. Mol. Spectrosc. 187, 97-101 (1998).
3.3 固 体
3.3.1 強 誘 電 体 の 分 光
固 体 の THz-TDS 分 光 の 例 と し て , 強 誘 電 体 の Bi 4 Ti 3 O 1 2 (Bismuth Titanate, BIT)の 測 定 例
[Sd1]を 以 下 に 示 す 。BIT は 強 誘 電 体 メ モ リ (FeRAM)の 材 料 と し て 注 目 さ れ て い る 。BIT 結 晶 は
単 斜 晶 (monoclinic)で 2 軸 性 結 晶 で あ る 。 強 誘 電 相 で は 室 温 で 28 cm - 1 (0.93 THz)に 光 学 フ ォ ノ
ン モ ー ド が 観 測 さ れ ,A’(x,z)お よ び A’’(y)モ ー ド は と も に 赤 外 活 性 で あ り ,そ れ ぞ れ a 軸 ,お よ
50
び b 軸 に 平 行 方 向 に 分 極 し て い る (z 軸 が a 軸
に 対 応 )。
THz-TDS で 測 定 し た BIT の a 軸 平 行 方 向 の
複 素 誘 電 率 の 周 波 数 依 存 を 図 3.3.2 に 示 す( 複
素 透 過 率 振 幅 よ り (3.1.5) 式 お よ び (3.1.10) 式
を 用 い て 導 出 )。b 軸 平 行 方 向 の 複 素 誘 電 率 の
周 波 数 依 存 も 同 様 に 測 定 さ れ る 。図 中 の 実 線 は
実験データにフォノン分散の理論式をフィッ
ト し て 得 ら れ た 理 論 曲 線 で あ る 。光 学 フ ォ ノ ン
周 波 数 と し て 28.3 cm - 1 , ダ ン ピ ン グ 係 数 と し
て 3.0 cm - 1 が 得 ら れ て い る 。
図 3.3.1 で 得 ら れ た 複 素 誘 電 率 の 周 波 数 依 存
はフォノン−ポラリトン分散によるものであ
る。波数 k と屈折率の関係
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
図 3.3.1 Bi 4 Ti 3 O 1 2 (BIT)の a 軸 平 行 方 向
の 複 素 誘 電 率 。サ ン プ ル と し て c 軸 垂 直 な
単 結 晶 基 板 (15x15mm 2 , 厚 さ 0.225mm)
を 用 い て 室 温 で の 測 定 を 行 っ た 。光 学 フ ォ
ノ ン 周 波 数 ω=28.3 cm - 1 , ダ ン ピ ン グ 係 数
γ=3.0 cm - 1 の 場 合 の 理 論 曲 線 。
~
k (ω ) = ω n~ (ω )
(3.3.1)
を 用 い て フ ォ ノ ン − ポ ラ リ ト ン 分 散 k−ω関 係
に 変 換 す る と 図 3.3.2の よ う に な る 。 得 ら れ た
フ ォ ノ ン − ポ ラ リ ト ン 分 散 は 黒 川 の 式 [Sd2]を
用 い て 次 の 式 で よ く 記 述 で き る 。ダ ン ピ ン グ は
な い と し , LO フ ォ ノ ン ,TO フ ォ ノ ン の 周 波
数 を ωL O i お よ び ωT O i と し て
⎛ ⎧ω − ω 2 ⎫1/ 2 ⎞
⎪
⎪ ⎟
k (ω ) =
ω ∏ ⎜⎜ ⎨ LO i
(3.3.2)
2 ⎬
c
⎪⎩ ωTO i − ω ⎪⎭ ⎟
i =1
⎠
⎝
と書くことができる。ここで i ≥ 3の光学フォ
ε (1)
2
ノンによる寄与は係数
N
ε (1) = ε (∞)∏
図 3.3.2 ΒΙΤの フ ォ ノ ン −ポ ラ リ ト ン
(a 軸 平 行 )の 分 散 関 係
表 3.3.1 黒 川 の 式 を フ ィ ッ テ ィ ン グ し て
得 ら れ た ΒΙΤの 光 学 フ ォ ノ ン 周 波 数 と 誘 電
率定数。
Modes
A’(x,y) polariton
(E// a)
A’’(y) polariton
(E // b)
νTO1
νLO1
νTO2
νLO2
νTO3
νLO3
ε(∞)
ε(1)
ε(0)
28.3 cm−1
34.42 cm−1
53.76 cm−1
53.78 cm−1
70.5 cm−1
74.5 cm−1
6.76
45.97
75.99
35.9 cm−1
42.0 cm−1
85.0 cm−1
98.4 cm−1
i =3
ω 2 LOi
ω 2TOi
(3.3.3)
の 中 に 含 め て い る 。実 線 は 図 3.3.1 の デ ー タ に
(3.3.2) 式 お よ び (3.3.3) 式 で 与 え ら れ る 理 論 式
をフィットして得られた理論曲線である。表
3.3.1 に 理 論 式 を デ ー タ に フ ィ ッ ト す る こ と で 得
られた光学フォノン周波数および誘電率定数を
示す。
こ の よ う に 強 誘 電 体 の 複 素 誘 電 率 の 測 定 ,光 学
フ ォ ノ ン 周 波 数 の 評 価 な ど を THz-TDS を 用 い て
容易に行うことが可能である。
3.3.2 半 導 体 の 分 光
半 導 体 の THz 分 光 で は 複 素 屈 折 率 か ら 複 素 電
気 伝 導 度 が 求 め ら れ る 。ま た ,ド ル ー デ モ デ ル な
ど 適 当 な モ デ ル を 仮 定 す る こ と で ,キ ャ リ ア 密 度
と 移 動 度 を 評 価 で き る 。典 型 的 な 例 と し て ド ー プ
6.76
さ れ た シ リ コ ン の 測 定 結 果 を 以 下 に 示 す [Sd3]。
74.74
試 料 は ,室 温 で の 比 抵 抗 1.1 Ωcm,厚 さ 400 µm
146.41
の (100)面 シ リ コ ン ウ エ ハ で あ る 。 図 3.3.3 は サ
ンプル透過後の時間波形の温度変化を示したも
のである。参照用の試料がない時の時間波形も比較のために示している(最上部の波形)。試
料を透過すると波形のピークに時間遅れが生じ,振幅も小さくなっているのがわかる。温度を
室 温 か ら 下 げ て い く と , 100 K 付 近 か ら 振 幅 が 大 き く な り , 試 料 内 部 を 多 重 反 射 し て 透 過 し て
51
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
Si (0.9~1.3 Ωcm)
60
Amplitude (arb. units)
Without sample
40
With sample
300 K
20
150 K
0
100 K
50 K
-20
16 K
-40
40
50
Time (ps)
60
図 3.3.3 比 抵 抗 1.1 Ωcm(P 型 , 室 温 ),
厚 さ 400 µm の (100)面 シ リ コ ン ウ エ ハ の
温 度 依 存 の 透 過 波 形 。一 番 上 は サ ン プ ル
なしの場合の参照波形。
σ1 (1/Ωcm)
(a)
周
波
数
(T
H
z)
温度
参 考 文 献 (固 体 )
[Sd1] S. Kojima, N. Tsumura, M. W. Takeda, S.
Nishizawa: Phys. Rev. B 67, 035102
(2003).
[Sd2] T. Kurosawa: J. Phys. Soc. Jpn. 16, 1298
(1961).
[Sd3] S. Nashima, O. Morikawa, K. Tanaka, and
M. Hangyo: J. Appl. Phys. 90, 837 (2001).
(K)
σ2 (1/Ωcm)
(b)
周
波
数
(T
Hz
)
温度
る 第 2 パ ル ス が 見 え て い る 。こ の 波 形 の 複 素 フ ー
リ エ 変 換 を 行 い ,(3.1.5)式 を 用 い て 複 素 屈 折 率 を
求 め ,さ ら に (3.1.9)式 に よ り 複 素 電 気 伝 導 度 を 求
め た 結 果 が 図 3.3.4 で あ る 。 シ リ コ ン の よ う な 単
純 な 半 導 体 の 場 合 に は ,電 気 伝 導 度 の 周 波 数 依 存
性はドルーデモデルにより比較的良く記述され,
実 部 は 周 波 数 と と も に 単 調 に 減 少 す る 。 図 3.3.4
の 低 周 波 数 の 極 限 で は ,温 度 低 下 と と も に 電 気 伝
導 度 の 実 部 は 一 旦 増 加 し ,さ ら に 温 度 が 低 下 す る
と 急 速 に 減 少 す る 。こ れ は ,そ れ ぞ れ 温 度 の 低 下
による移動度の増大とキャリヤの凍結に対応し
て い る 。キ ャ リ ヤ 密 度 と 移 動 度 を パ ラ メ ー タ と す
る ド ル ー デ モ デ ル に よ る フ ィ ッ テ ィ ン グ か ら ,そ
れ ら の 温 度 依 存 性 が 導 出 で き る が ,キ ャ リ ヤ 密 度
は フ ェ ル ミ 分 布 を 仮 定 し た 理 論 計 算 に ,ま た ,移
動度は類似のキャリヤ密度の試料で測定された
ホ ー ル 移 動 度 の 温 度 依 存 性 に 良 く 一 致 す る 。以 上
の こ と か ら , THz-TDS に よ り , 非 接 触 で ホ ー ル
効 果 測 定 の よ う な 磁 場 も 必 要 な く ,し か も ,ビ ー
ム を 絞 る こ と に よ り 1 mm 程 度 の 空 間 分 解 で 半 導
体試料のキャリヤ密度と移動度を測定できるこ
と が わ か る 。低 温 で は ,ド ル ー デ モ デ ル か ら の ず
れ も 見 出 さ れ て お り ,従 来 ,直 流 測 定 か ら 得 ら れ
た移動度のみで議論されてきたキャリヤダイナ
ミ ク ス が , 温 度 -周 波 数 域 で の 振 舞 い か ら よ り 詳
細に議論することが可能になると考えられる。
(K)
図 3.5.4 図 3.5.3 の 時 間 波 形 よ り 求 め た
比 抵 抗 1.1 Ωcm の Si の 複 素 電 気 伝 導 率
の周波数・温度依存の 3 次元プロット。
(a)に 実 部 , (b)に 虚 部 を 示 す 。
3.4 液 体 ・ 溶 液
液体・溶液系を測定する場合は個体試料の場
合 と 異 な り ,適 当 な 窓 材 を 用 い た 溶 液 セ ル を 使 用
す る 必 要 が あ る 。溶 液 に よ り ,ま た 周 波 数 帯 に よ
り 吸 収 の 強 さ が 大 き く 異 な る の で ,溶 液 セ ル は 試
料 部 分 の 厚 さ が 可 変 に で き る も の か ,厚 さ の 異 な
る 溶 液 セ ル を 複 数 用 意 す る 必 要 が あ る 。極 性 分 子
からなる液体は吸収が強いので非常に薄い溶液
セ ル を 用 い る か ,反 射 配 置 に よ る THz-TDS 測 定
を 行 う 必 要 が あ る 。反 射 配 置 の THz-TDS 測 定 に
お け る 最 大 の 問 題 点 は 参 照 用 に 用 い る 反 射 面 (金
属 な ど )を 試 料 の 面 と ミ ク ロ ン オ ー ダ ー の 位 置 精
度 で 一 致 さ せ る 必 要 が こ と で あ る 。強 度 反 射 率 の
み の 測 定 で あ れ ば ,参 照 面 の 位 置 精 度 は 問 題 と な
ら な い が ,強 度 反 射 率 の み か ら で は 直 接 複 素 屈 折
52
率 を 得 る こ と が で き ず THz-TDS の 特 徴 が 生 か せ な い 。
参照面の位置が正確でないと位相シフトスペクトルに
誤 差 を 生 じ ,屈 折 率 実 部 の み で な く ,虚 部 の 消 衰 係 数 に
も大きな誤差が生じる。
極性液体のなかでもっとも重要な物質はいうまでも
な く 水 で あ る 。水 の 複 素 誘 電 率 を ミ リ 波 装 置( 東 北 大 水
野 研 究 室 に よ る )お よ び THz-TDS で 測 定 し た 結 果 を 図
3.5.5 に 示 す 。 ミ リ 波 測 定 の 結 果 と THz-TDS の 結 果 は
ミ リ 波 測 定 が 困 難 と な る 300GHz 付 近 を 境 に し て ほ ぼ
連 続 的 に つ な が っ て お り ,両 者 の 測 定 が 高 い 精 度 で 行 わ
れていることがわかる。
THz 帯 で は 液 体 の 吸 収 ・ 分 散 は THz 帯 よ り 高 い 周 波
数 に あ る 分 子 の 振 動 励 起 ,電 子 励 起 に よ る 共 鳴 分 散 か ら
の 影 響 と ,マ イ ク ロ 波 ・ ミ リ 波 領 域 の 低 い 周 波 数 に あ る
誘 電 分 散 の 影 響 を 受 け て い る 。水 の よ う な 軽 い 分 子 の 場
合 は 分 子 振 動 モ ー ド は か な り 高 い 周 波 数 に あ る の で ,そ
の 周 波 数 依 存 は 無 視 す る こ と が で き て ,そ の 寄 与 は 定 数
ε∞ で 置 き 換 え る こ と が で き る 。 誘 電 緩 和 を 記 述 す る
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
(a)
ミリ波による誘電緩和測定
80
ε’
60
40
THz-TDS測定
20
0
108
109
1010
1011
1012
Frequency (Hz)
(b)
ミリ波による誘電緩和測定
ε”
30
最も簡単なモデルである,単一緩和常数τD によるデ
20
THz-TDS測定
バ イ (Debye)緩 和 モ デ ル で は 誘 電 率 は 次 の よ う に 記 述
される。
10
ε~ (ω ) = ε ∞ +
0
108
109
1010
1011
1012
εs − ε∞
1 + iωτ D
(3.4.1)
こ こ で εs は 静 的 な 誘 電 率 で あ る 。 ε∞ は 周 波 数 が 十 分
Frequency (Hz)
図 3.5.5 ミ リ 波 誘 電 率 測 定 装 置 ,
お よ び THz-TDS に よ る 水 の 複 素
誘 電 率 測 定 結 果 。 (a)実 部 , (b)虚
部。
高 い と き の 誘 電 率 で ,分 子 の 振 動 ,電 子 共 鳴 に よ る 寄
与 は こ の 項 の な か に す べ て 含 め て し ま っ て い る 。水 の
誘 電 分 散 は マ イ ク ロ 波 帯 (<60GHz) で は (3.4.1) 式 で
よ く 記 述 さ れ , 図 3.5.5(b)図 の ピ ー ク 位 置 (~19GHz)よ
り (3.4.1)式 の 緩 和 時 間 τ D は 約 52ps(誘 電 率 虚 部 の ピ ー
ク 周 波 数 に 対 応 )と 見 積 も ら れ る 。 ミ リ 波 帯 以 上 の 周 波 数 の 分 散 を よ り 正 確 に 記 述 す る た め
に は (3.4.1)式 に さ ら に も う ひ と つ の デ バ イ 緩 和 の 項 を 補 正 項 と し て 付 け 加 え る こ と が 多 い 。
液 体 の 誘 電 分 散 の , よ り 一 般 的 な 記 述 は 次 の 形 の 式 で 与 え ら れ る [Li1]。
n
ε~ (ω ) = ε ∞ + (ε s − ε ∞ )∑
j =1
gj
1−α j β j
[1 + (iωτ j )
]
(3.4.2)
ここで g j は n 個の種類の異なる緩和過程についての重みであり,次で定義される。
ε s( j ) − ε ∞( j)
; ε ∞ ( j ) = ε s ( j +1) , ε s (1) = ε s , ε ∞ (n ) = ε ∞
(3.4.3)
εs − ε∞
パ ラ メ ー タ ー α j と β j の と り 方 に よ り , (3.4.2)式 は 次 の よ う な 緩 和 モ デ ル に 対 応 す る 。
(i)
デ バ イ (Debye)型 : α j = 0,
βj= 1
Cole-Cole 型 :
0 ≤α j <1 , β j = 1
(ii)
(iii)
Cole-Davidson 型 : α j = 0,
0 < β j ≤1
ま た ,電 解 質 の 溶 液 の 場 合 は ,半 導 体 な ど の 複 素 電 気 伝 導 度 と 同 じ く ,溶 液 の 電 気 伝 道 度 を σ~ (ω )
gj =
と し て (3.1.9)式 に よ り 記 述 す る こ と が で き る 。
こ れ ま で に THz-TDS で は 水 の ほ か ,メ タ ノ ー ル ,ア セ ト ン ,ア セ ト ニ ト リ ル お よ び そ れ ら の
混 合 液 [Li2], ベ ン ゼ ン [Li3], ト ル エ ン [Li4]な ど の 測 定 報 告 が あ る 。
53
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
参 考 文 献 (液 体 ・ 溶 液 )
[Li1]
J. Barthel and R. Buchner: Puer&Appl. Chem, 63, 1473-1482 (1991).
[Li2]
D. S. Venables, A. Chiu and C. A. Schmuttenmaer : J. Chem. Phys. 113, 3243-3248 (2000).
[Li3]
T. M. Nymand, C. Rønne, and S. R. Keiding: J. Chem. Phys. 114. 5246-5255 (2001)
[Li4]
C. Rønne et al: J. Chem. Phys. 113. 3749-3756 (2000).
-1
-1
Molar Absorption (cm M )
3.5 生 体 関 連 分 子
タンパク質などの生体分子は,水素結合やファンデルワールス力,疎水性相互作用など非常
に弱い相互作用を媒介として,機能発現に必要な固有構造を形成あるいは変化させており,そ
の 相 互 作 用 の エ ネ ル ギ ー が THz 帯 に 対 応 し て い る 。例 え ば ,室 温 の 300 K を 周 波 数 に 換 算 す る
と 約 6 THz(= 200 cm - 1 ) で あ る が ,タ ン パ ク 質 は 室 温 で の 熱 揺 ら ぎ 程 度 の 大 き さ の エ ネ ル ギ ー で
機 能 発 現 あ る い は 構 造 変 化 を 行 っ て い る 。 し た が っ て 6 THz 付 近 ま た は そ れ 以 下 の 周 波 数 の 大
振幅振動モードが生体分子の構造変化と機能に大きく関与しているのではないかと推定される。
こ の よ う な こ と か ら THz 帯 の 吸 収 ス ペ ク ト ル は タ ン パ ク 質 を 含 む 生 体 分 子 の 機 能 や ダ イ ナ ミ
クスを探る上で重要な情報を提供するものと考えられる。
すでに THz-TDS を用いて初歩的な分光スペクトルがいく
60
つかの生体関連分子に対して測定されている。Malkerz らは
50
L-phenylalanine
DNA の THz 帯 吸 収スペ クト ルを測 定し ている [Bi1]。
L-tyrosine
40
Brucherseifer らは DNA の二重らせん状態とらせんを形成し
ていない状態の吸収の違いを検出することに成功しており
30
[Bi2],同グループの Nagel らはストリップライン型共振器
20
構造を THz-TDS に導入しフェムトモル程度の微量 DNA の
10
同様な吸収の違いを検出することに成功している[Bi3]。こ
0
の吸収の違いは DNA の二重らせん構造を形成している水素
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
結合に起因していると考えられている。また,視物質のロ
Frequency (THz)
ドプシンに含まれるレチナールは光吸収により構造異性化
する(11-cis-retinal → all-trans-retinal)ことが知られているが,
図 3.5.1 . L -phenylalanine( 破 線 ) と
それぞれの構造異性体における
THz 吸収スペクトルが異な
L -tyrosine( 実 線 ) の THz 帯 吸 収 ス ペ
っていることが Walther らによって報告されている[Bi4]。こ
クトル。
のことは THz 帯の吸収スペクトルが生体分子の分子構造に
敏感であることを示している。
5
Molar absorptivity (cm-1M-1)
< ア ミ ノ 酸 の THz-TDS 測 定 >
4
DL-alanine
3
2
1
0
0.5
D-alanine
L-alanine
1.0
1.5
2.0
2.5
Frequency (THz)
図 3.5.2 . L -alanine, D -alanine お よ
び DL -alanine の THz 帯 吸 収 ス ペ ク
ト ル 。縦 軸 は 見 や す い よ う に 少 し ず
つ任意にずらしてある。
アミノ酸はよく知られているようにタンパク質の構成分
子(タンパク質に含まれるものは全部で 20 種類)であり,
最近ではビタミンなどとともに栄養補助剤としても注目さ
れている。アミノ酸の結晶は N−H・・・O や C−H・・・O など
の水素結合ネットワークにより形成されている。したがっ
て,アミノ酸は生体分子内や分子間の水素結合の特性や,
その他の弱い相互作用の影響を調べるのに都合が良い。以
下にアミノ酸の THz-TDS 測定結果について紹介する。
アミノ酸の微結晶粉末はポリエチレンまたは MgO 粉末
と混合し,油圧式プレスでペレット状に成型した(直径 13
mm,厚さは 1 mm 前後)
。モル吸光係数を算出するために
同じ面密度のポリエチレンサンプルを用意し,その参照波
形のデータも同時に測定した。
図 3.5.1 に L-phenylananine と L-tyrosine のモル吸光係数
スペクトルを示す(ポリエチレン粉末と混合したサンプル
を使用)。L-phenylalanine はアミノ酸の R-CH(NH2)COOH
構造の R 部分に-CH2-フェニル基(ベンゼン環)がついたもの
54
であり,L-tyrosine は L-phenylalanine のフェニル基にさらにヒドロキシ基(-OH)がついたものである。両
者の違いは OH が付くか付かないかだけの違いであるが,図 3.5.1 のスペクトルから分かるように L-tyrosine
には 2.1 THz 付近と 0.95 THz 付近に鋭い吸収ピークが現れているのに対して,L-phenylalanine にはそのよ
うな吸収ピークは現れていない。したがって,THz 帯の吸収スペクトルが分子種の化学構造に非常に敏感で
あることが分かる。
図 3.5.2 は L-alanine, D-alanine および DL-alanine (ラセミ化合物)の吸収スペクトルである(MgO 粉末と
混合したサンプルを使用)[Bi5]。20 種類のタンパク質構成アミノ酸のうち glycine を除いてはすべて光学活
性であり,D および L の鏡像異性体(Enantiomer)が存在している。生物のタンパク質を構成しているのはすべ
て L 体のアミノ酸である。DL-alanine は D 体と L 体が等量混合されたものであるが,alanine の場合は溶液か
ら結晶化させた場合,単なる混合物(ラセミ混合物)ではなく,D 体と L 体が対をなして規則正しい配列して
いるラセミ化合物となっている。
DL-alanine の吸収ピークは 1.24 THz に1箇所現れているのに対して L-alanine または D-alanine では 2.21
THz と 2.55 THz の2箇所に現れている。このように L 体(または D 体)と DL 体では吸収ピークの現れる位
置が全く異なっているが,これはこれらの吸収ピークが,分子結晶のフォノンモードに起因していることを
示唆している。我々は alanine 同様に leucine(ロイシン),asparic acid(アスパラギン酸), methionine,tyrosine,
tryptophan などでも L 体(または D 体)と DL 体で吸収スペクトルが顕著に異なることを確認している。この
ことは生体関連分子の鏡像異性体の結晶構造にも THz 帯吸収スペクトルは敏感であることを示している。
L -alanineに 観 測 さ れ た 吸 収 ピ ー ク 周 波 数 の 温
度 依 存 を 測 定 し た 結 果 を 図 3.5.3に 示 す 。 低 波 周
2.26
波 数 側 の 吸 収 ピ ー ク を (a)に , 高 波 周 波 数 側 の 吸
(a)
収 ピ ー ク を (b)に , と も に 白 丸 で 示 し て い る 。 室
2.25
L-alanine-d7
温 で は 2.21 THz及 び 2.55 THzで あ っ た ピ ー ク 周
波 数 は 10 K付 近 で は 2.24 THz及 び 2.61 THzに そ
2.24
れぞれシフトしているのが分かる。
L-alanine
半導体などの無機結晶における格子振動モード,
2.23
す な わ ち フ ォ ノ ン 振 動 数 の 温 度 依 存 性 は ,対 応 す る
ポ テ ン シ ャ ル の 調 和 性 か ら の ず れ
0
50
100
150
200
250
300
( anharmonicity ) で 説 明 さ れ る こ と が 多 い 。
Temperature (K)
Korterら [Bi6]は バ イ オ チ ン (biotin)の 0.2∼ 3.5THz
における吸収スペクトルの温度依存を波長可変の
狭 帯 域 THz光 源 (光 混 合 素 子 )を 用 い て 測 定 し , 温 度
(b)
2.60
依 存 の ス ペ ク ト ル 変 化 が 振 動 モ ー ド の
L-alanine
anharmonicity に よ り う ま く 説 明 で き る こ と を 報
告 し て い る 。 し か し ,我 々 が 観 測 し た 温 度 変 化 に よ
2.55
る ア ミ ノ 酸 の 吸 収 ピ ー ク の シ フ ト は ,図 3.5.3bに 示
し た alanineの 2.5 THz付 近 の 振 動 モ ー ド の よ う に
L-alanine-d7
非 常 大 き い 場 合 が あ り ,必 ず し も anharmonicityだ
2.50
け で は 説 明 で き な い よ う に 思 わ れ る 。こ れ は 他 の 生
0
50
100
150
200
250
300
体 関 連 分 子 の 場 合 も 同 様 で ,例 え ば ,Walther ら [Bi7]
Temperature (K)
は グ ル コ ー ス (単 糖 類 ), フ ル ク ト ー ス (単 糖 類 ), ス
クロース(ショ糖,二糖類)の吸収スペクトルを
図 3.5.3. L-alanine と L-alanine-d7 の吸収
THz-TDS で 測 定 し て い る が( 糖 類 の 結 晶 も ア ミ ノ 酸
ピーク周波数の温度依存。(a) L-alanine の
同様,水素結合ネットワークにより形成されてい
最低周波数モード(○) 及び全重水素置換し
る ),測 定 さ れ た THz 帯 の い く つ か の 振 動 モ ー ド の
た L-alanine-d7 (●) の吸収ピークの温度依
周波数は温度に対して単調に変化するのではなく,
存。 (b) L-alanine の 2 番目の最低周波数モ
ある温度で周波数が極大値を持つことを報告して
ード(○) 及び全重水素置換した L-alanine-d7
い る 。生 体 関 連 分 子 の 吸 収 ス ペ ク ト ル に 現 れ る こ の
(●) の吸収ピークの温度依存。 L-alanine-d7
よ う な 特 異 な 振 る 舞 い は ,水 素 結 合 な ど 弱 い 相 互 作
に対する周波数は質量比 M Ala −d 7 / M Ala を
用 を 通 じ て ,分 子 結 晶 構 造 が 温 度 に 対 し て ,ひ ず ん
だ り ,安 定 点 が 変 化 す る こ と な ど が 原 因 で は な い か
乗じて規格化してある。
と 推 測 さ れ る が ,そ の 原 因 は ま だ よ く 理 解 さ れ て い
Peak Frequency (THz)
Peak Frequency (THz)
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
55
ない。
分子を構成する特定の原子をその同位体で置換することにより,振動モードの特性に関する情報を得るこ
とができる。同位体置換では原子の質量は変化するが,原子あるいは分子の化学的性質はほとんど変わらな
いことが多い。したがって,同位体置換により振動モードに関与する原子団の質量が Mnor から Miso に変化す
ると,その振動モードの周波数は M nor / M iso 倍変化することになる。例えば,A−H・・・B という水素結合が
重水素置換により A−D・・・B となった場合,A−H の伸縮振動モードの周波数は M H / M D = 1 / 2 倍に周波数
が変化する。もし,観測されたモード周波数がこの質量比からの予想とずれている場合は,考えている振動
モードが他の振動モードと結合していたり,想定した原子団の振動ではない可能性があるなど,振動モード
に関する情報を得ることができる。
我々は L-alanine の水素原子をすべて重水素置換した L-alanine-d7 について L-alanine 同様に THz-TDS で吸
収スペクトルを測定した。観測されている振動モードが純粋な分子間振動モードであれば,周波数は
M Ala / M Ala − d 7 = 89.1 / 96.1 = 0.963 倍変化(低周波数側にシフト)するはずである。L-alanine-d7 の2つ吸収ピ
ークの周波数の温度依存を測定した結果を図 3.5.3 に黒丸で示した。純粋な分子間振動モードからのずれが
見やすいように,観測した周波数に 1/0.963 を乗じてプロットしてある。L-alanine と質量比で規格化した
L-alanine-d7 のピーク周波数の間には,2.2 THz 付近の振動モードでは,+0.01 THz,2.6 THz 付近の振動モ
ードでは−0.06 THz 程度のずれがあることが分かる。また温度依存の傾向も異なっている。この結果から,
観測されている振動モードには分子内振動モードあるいは分子内自由度の寄与があり,分子を剛体とみなし
た 100%純粋な分子間振動モードではないこと,及び重水素の置換により水素結合の化学的特性がある程度
変化している可能性があることが分かる。
生体分子の THz 帯の振動モードの吸収スペクトルは,1970 年代初期から 1980 年代前半(THz-TDS 以前)
にかけて,フーリエ分光器を用いた測定がすでに行われていた[Bi8] 。しかし当時は,遠赤外域での分光器の
作製や検出器の冷却などで多大な労力を必要としたようである。そのためか THz 帯の生体関連分子の吸収ス
ペクトルの測定例はこれまで非常に限られたものであった。しかし,THz-TDS の出現により測定が非常に簡
便になり,さまざま分子種について大量のデータを比較的短期間に蓄積できるようになった。今後は
THz-TDS により得られた分光スペクトルから生体関連分子の機能及び構造にとって有用な情報を引き出す
手法の確立が必要である。特にアミノ酸や糖類のような分子量の小さい分子だけではなく,タンパク質のよ
うなマクロ生体分子の分光・分析をどのように行っていくかということが大きな課題である。タンパク質の
場合,その構造は水和した水分子との相互作用を切り離して考えることができず,水溶液中あるいは水分を
十分に制御した環境下で THz 吸収スペクトルを測定する必要がある。最近,京都大学の田中らのグループが
報告している THz-TDS の ATR (Attenuated Total Reflection)分光が水溶液中の生体分子分光には有用である
と思われる[Bi9]。
生体分子分光文献
[Bi1]
A. G. Markelz, A. Roitberg and E. J. Heilweil: Chem. Phys. Lett. 320, 42 (2000).
[Bi2]
M. Brucherseifer, et al: Appl. Phys. 77, 4049 (2000).
[Bi3]
M. Nagel, et al: Appl. Phys. Lett. 80, 154 (2002).
[Bi4]
M. Walther, et al: Chem. Phys. Lett. 332, 389 (2000).
[Bi5]
M. Yamaguchi, et al: Appl. Phys. Lett. 86, 053903 (2005).
[Bi6]
T. M. Korter and D. F. Plusquellic: Chem. Phys. Lett. 385, 45 (2004).
[Bi7]
M. Walther, B. M. Fischer, and P. Uhd Jepsen: Chem. Phys. 288, 261 (2003).
[Bi8]
アミノ酸関連では例えば以下のようなものがある。
W. J. Shotts and A. J. Sievers: Biopolymers, 13, 2593 (1974).
J. Bandekar, et al: Spectrochimica Acta, 39A, 357 (1983).
ま た 日 根 野 ら は 50 cm - 1 以 下 の 領 域 で 糖 類 の 測 定 を 低 温 で 行 っ て い る 。
M. Hineno and H. Yoshinaga: Spectrochim. Acta, 28, 2263 (1972).
M. Hineno and H. Yoshinaga: Spectrochim. Acta, 29A, 301 (1973).
M. Hineno and H. Yoshinaga: Spectrochim. Acta, 29A, 1575 (1973).
M. Hineno and H. Yoshinaga: Spectrochim. Acta, 30A, 411 (1974).
M. Hineno: Carbohydrate Research, 56, 219 (1977).
[Bi9]
H. Hirori, et al: Jpn. J. Appl. Phys. 43, L1287 (2004).
56
第 4 章 各種計測応用
4.1 イ メ ー ジ ン グ 応 用
最 近 で は 分 光 応 用 の み で な く THz 電 磁 波 を 用 い た 計 測 ・ イ メ ー ジ ン グ へ の 応 用 も 検 討 さ れ ,
盛 ん に 研 究 さ れ て い る 。THz 電 磁 波 は 金 属 や 水 な ど の 極 性 液 体 は 透 過 し な い が ,半 導 体 な ど の 誘
電 体 や 紙 ,プ ラ ス チ ッ ク ,乾 燥 食 品 ,医 薬 品 な ど の 薬 物 な ど を 透 過 す る の で 透 過 (透 視 )イ メ ー ジ
を 計 測 す る こ と が 可 能 で あ る 。THz 電 磁 波 は 波 長 が 長 い の で X 線 の よ う な 高 い 空 間 分 解 能 は 得
ら れ な い が ,THz 電 磁 波 の パ ル ス 特 性 や 物 質 が 持 つ THz 帯 の 特 徴 的 な 吸 収 や 分 散 を 利 用 し た 分
光イメージングが可能である。最近ではテロや犯罪などの多発で安全管理に関する技術的要請
が 高 ま っ て き て い る が ,THz 電 磁 波 は 麻 薬 や 覚 せ い 剤 な ど の 違 法 薬 物 [Im1-2]や 封 筒 な ど に 隠 さ
れ た プ ラ ス チ ッ ク 爆 弾 の 非 破 壊 検 出 [Im3]な ど へ の 応 用 も 検 討 さ れ て い る 。 ま た 米 国 で は ス ペ ー
スシャトルの事故原因とされるシャトルの機体を覆う断熱材の発泡材中に形成される気泡の検
出 に 有 効 で あ る と し て ,発 泡 材 の 気 泡 検 出 の た め の THz イ メ ー ジ 計 測 シ ス テ ム の 開 発 な ど が 進
め ら れ て い る [Im4]。ま た 米 国 の レ ン セ ラ ー 工 科 大 学 で は 2 次 元 的 な イ メ ー ジ だ け で は な く ,深
さ 方 向 の 情 報 も THz 電 磁 波 パ ル ス の 遅 延 時 間 を 利 用 し て 測 定 す る THz ト モ グ ラ フ ィ ー と で も
言 う べ き 手 法 を 詳 細 に 研 究 し て い る [Im5]。 THz ト モ グ ラ フ ィ ー に よ り THz 電 磁 波 を 透 過 す る
物体の 3 次元断層画像を得ることができるので,欠陥検出や非破壊の検査応用などが検討され
ている。
THz 電 磁 波 に よ る イ メ ー ジ ン グ の 最 初 の 研 究 報 告 は 1995 年 に Hu と Nuss[Im6]に よ っ て 行 わ
れ て い る 。木 の 葉 の 水 分 量 の 違 い や プ ラ ス チ ッ ク の パ ッ ケ ー ジ の 中 の IC 回 路 の イ メ ー ジ が 報 告
さ れ て い る が , イ メ ー ジ デ ー タ の 取 得 の た め に 試 料 を THz 電 磁 波 ビ ー ム の 焦 点 面 で 走 査 す る こ
とが行われている。
Hu と Nuss に よ る THz 電 磁 波 イ メ ー ジ ン グ の 方 法 は , THz 電 磁 波 の 波 形 検 出 の た め の 光 学 遅
延自動ステージの走査し,かつサンプルの 2 次元走査を行う 3 次元走査の測定である。このた
め,1つのイメージデータ取得のためにかなりの時間がかかっている(画像のピクセル数と遅
延時間走査の幅に依存するが,数分∼数時間)。その後イメージの取得時間を短縮する手法と
し て レ ン セ ラ ー 工 科 大 の Wu ら [Im7]は 赤 外 の CCD カ メ ラ と THz 電 磁 波 の EO サ ン プ リ ン グ 検
出 を 組 み 合 わ せ る こ と で ,試 料 の 2 次 元 走 査 を す る こ と な し に THz 電 磁 波 の イ メ ー ジ を 取 得 す
る 方 法 を 考 案 し て い る 。 こ の 2 次 元 EO サ ン プ リ ン グ の 手 法 に よ り 大 幅 に イ メ ー ジ の 取 得 時 間
を 短 縮 で き る が ,EO サ ン プ リ ン グ に 用 い ら れ る 非 線 形 光 学 結 晶 の ZnTe の 結 晶 ド メ イ ン の 不 均
一 性 や ,2 次 元 面 を 同 時 に THz 電 磁 波 で 照 射 す る た め に 必 要 と さ れ る 高 強 度 の THz 電 磁 波 発 生
のために用いる低繰り返しのレーザー増幅器の強度揺らぎによるノイズ成分の増大が問題とな
っている。
2 次 元 EO サ ン プ リ ン グ の た め の THz 電 磁 波 発 生 に は 繰 り 返 し が kHz 程 度 の フ ェ ム ト 秒 レ ー
ザー増幅器が用いられる。一般に低繰返しのレーザーのパルス強度は数%程度の揺らぎがあり
こ の レ ー ザ ー の 強 度 変 動 の た め 信 号 レ ベ ル が 変 動 し イ メ ー ジ デ ー タ の S/N 比 が 低 下 す る 。 こ れ
を 避 け る た め に Jiang[Im8]ら は 変 調 器 を 用 い て 励 起 レ ー ザ ー に 変 調 を 掛 け THz 電 磁 波 の あ る と
き と な い と き の EO 信 号 の 差 分 を と り , か つ そ の 差 分 信 号 を レ ー ザ ー 強 度 の 平 均 値 で 規 格 化 す
ることを行った。この方法に
よ り Jiang ら は S/N 比 の 大 幅
プローブ
な改善を報告している。彼ら
ペリクル
の用いたチタンサファイアレ
ビームスプ
ー ザ ー 増 幅 器 は 250kHz の 繰
リッター
高速
サンプル
偏光子
CMOSカメラ
り 返 し が あ り ,用 い た CCD カ
ポンプ
メ ラ を 露 光 時 間 5ms で 動 作 さ
せ た 場 合 , 1 frame に 対 し て
ZnTe
ZnTe
1000 回 の レ ー ザ ー パ ル ス 数
ポリエチレン
レンズ
の積算が可能である。しかし
より大きな領域のイメージン
図 4.1.1. THz 電 磁 波 の 2 次 元 EO サ ン プ リ ン グ の 装 置 構
グにはより強度の強いフェム
成。
ト秒パルスが必要でそのため
にはより繰り返し周波数の低
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
57
い レ ー ザ ー を 使 わ ざ る を 得 な い 。 例 え ば 1kHz 繰 り 返 し の レ ー ザ ー は , 250 kHz 繰 り 返 し の 場
合 と 比 べ て , 平 均 化 の 回 数 が 同 じ 露 光 時 間 に 対 し て 1/250 に 減 少 す る の で 単 純 に ラ ン ダ ム ノ イ
ズ が 積 算 回 数 の 平 方 根 の 逆 数 に 比 例 し て 減 少 す る と 同 じ 露 光 時 間 で は S/N 比 は 約 1/15 に な る 。
し た が っ て フ レ ー ム レ ー ト の 遅 い CCD カ メ ラ を 用 い た 場 合 , 積 算 効 果 に よ る S/N 比 の 向 上 は
あまり期待できない。
そ こ で 積 算 効 果 に よ る S/N 比 を 改 善 す る 代 わ り に レ ー ザ ー の 繰 り 返 し 周 波 数 以 上 の フ レ ー ム
レートを持つ高速カメラを用いることでレーザー強度の揺らぎをショットごとに補償すれば測
定 時 間 を 長 く せ ず に , S/N 比 を 向 上 さ せ る こ と が で き る 。 高 速 カ メ ラ を 用 い る こ と で , THz 電
磁 波 の 波 形 掃 引 に 要 す る 時 間 も 短 縮 す る こ と が で き る 。以 下 に 著 者 ら が 行 っ た 高 速 CMOS カ メ
ラ を 用 い た EO サ ン プ リ ン グ に よ る THz イ メ ー ジ ン グ S/N 比 改 善 の 試 み [Im9]を 以 下 に 紹 介 す
る。
赤 外 カ メ ラ と し て は 浜 松 ホ ト ニ ク ス 社 製 の CMOS カ メ ラ( Model C8201)用 い た 。こ の カ メ
ラ は ピ ク セ ル 数 128 x 128( カ メ ラ 受 光 部 5.12 x 5.12 mm 2 )で ,我 々 が 用 い て い る 繰 り 返 し 1kHz
の チ タ ン サ フ ァ イ ア 増 幅 器 と 同 期 し て , 1 k frame/sec で 動 作 さ せ る こ と が 可 能 で あ る 。 実 験
装 置 の 構 成 は 図 4.1.1 と 同 じ で あ る が ,ポ ン プ レ ー ザ ー は レ ー ザ ー の 繰 り 返 し に 同 期 し た 光 チ ョ
ッ パ ー に よ り 500Hz で 変 調 さ れ る 。CMOS カ メ ラ は 1kHz で EO 結 晶 と 偏 光 フ ィ ル タ ー を 透 過
し て く る プ ロ ー ブ レ ー ザ ー パ ル ス を シ ョ ッ ト 毎 に 撮 影 し ,各 プ ロ ー ブ パ ル ス の 強 度 で 規 格 化 し ,
隣り合うショット間の差分イメージを出力する。隣り合う2つのイメージの一方には背景光に
加 え て THz 電 磁 波 パ ル ス に よ る EO 信 号 成 分 ,も う 一 方 に は 背 景 光 成 分 の み が 含 ま れ て い る の
で ,両 者 の 差 分 を と る こ と で THz 電 磁 波 パ ル ス に よ る EO 信 号 成 分 の み が 取 り 出 さ れ る 。ま た
各イメージはサンプリングに用いたプローブレーザーパルスで規格化しているので,プローブ
レーザー強度の揺らぎによる影響は補正される。これを式で表すと
⎛ ImgTHz [i ] Img bkg [i ] ⎞
1
(4.1.1)
⎟⎟
Img sig [i ] = ⎜⎜
−
I
[
2
i
]
I
[
2
i
+
1
]
g
(
Γ
,
I
[
2
i
])
0
⎝
⎠
と な る 。 こ こ で I[2i]及 び I[2i+1]は 2i 番 目 , 及 び 2i+1 番 目 の プ ロ ー ブ レ ー ザ ー パ ル ス の 強 度 で
あ る 。 Img T H z [i]と Img b k g [i]は そ れ ぞ れ i 番 目 の THz 電 磁 波 に よ る EO 信 号 を 含 む CMOS カ メ ラ
イ メ ー ジ( 128 x 128 pixel の デ ー タ )及 び 背 景 光 の み の CMOS カ メ ラ イ メ ー ジ で あ る 。g(Γ 0 , I[2i])
は 2i 番 目 の ポ ン プ レ ー ザ ー パ ル ス で 発 生 し た THz 電 磁 波 の 強 度 揺 ら ぎ を 補 正 す る 因 子 で あ る 。
レ ー ザ ー 強 度 が 比 較 的 小 さ い 場 合 は , 発 生 す る THz 電 磁 波 の 振 幅 は レ ー ザ ー の 強 度 に 比 例 す る
が , 増 幅 器 を 用 い た 場 合 の レ ー ザ ー 光 強 度 は 非 常 に 強 く 2 光 子 吸 収 な ど の 影 響 で , THz 電 磁 波
の 振 幅 は レ ー ザ ー の 強 度 に 比 例 し な い ( 飽 和 傾 向 を 示 す ) 。 ま た EO 信 号 の 強 さ は 位 相 バ イ ア
ス Γ 0 の 大 き さ に も 依 存 し [Im10], 必 ず し も THz 電 磁 波 の 電 界 振 幅 の 強 さ に 比 例 し な い 。 し た が
っ て g は I[2i]に 対 し て 非 常 に 複 雑 な 関 数 と な る 。 そ こ で 簡 単 の た め に g=1 と 置 き 規 格 化 を 行 っ
た。
図 4.1.2 に 高 速 の CMOS カ メ ラ を 用 い て 測 定 し た 2 次 元 EO イ メ ー ジ の 例 を 示 す 。THz 電 磁
波 は 15×15×3mm の (110)ZnTe 結 晶
を パ ル ス エ ネ ル ギ ー 140 µJ/pulse で 励 起
(a)
(b)
し,光整流効果により発生させた。放
出 さ せ た THz 電 磁 波 を 一 対 の 軸 外 し 放
物 面 鏡 で 7.5 倍 に 拡 大 し ビ ー ム 径 が 約
40mm の THz 光 源 と し た 。 EO 検 出 に
は 厚 さ 3mm,直 径 50mm の (110)ZnTe
結 晶 を 用 い た 。 EO 結 晶 上 で の THz 電
磁 波 ビ ー ム 径 は f=60mm と f=120mm
の ポ リ エ チ レ ン レ ン ズ を 用 い た 2:1 の
図 4.1.2. 高 速 CMOS カ メ ラ を 用 い た 2 次 元 EO
サ ン プ リ ン グ で 測 定 し た リ ア ル タ イ ム THz イ
縮 小 結 像 系 に よ り 約 20mm に な っ て い
メ ー ジ 。サ ン プ ル は OHP シ ー ト で 作 成 し た ニ
る。レーザーパルスの繰返し周期は
コチャン
マーク。イメージ領域はおよそ
1KHz で , 100 パ ル ス の 積 算 を 行 い 10
25x32mm 2 で 封 筒 に 入 れ た 状 態 で イ メ ー ジ ン グ
flames/s と し た 。 こ の 時 の S/N 比 は 約
をしている。
40 で あ る 。 サ ン プ ル は OHP シ ー ト で
作 成 し た 直 径 21.5mm の ニ コ チ ャ ン
58
マ ー ク で あ り , 封 筒 の 中 に 入 れ た 状 態 で THz 動 画 イ メ ー ジ を 取 得 し て い る 。 緑 色 の 領 域 は EO
信 号 の 極 性 が 赤 色 の 領 域 に 対 し て 反 転 し て い る こ と を 示 し て い る 。図 4.1.2 に 示 す イ メ ー ジ は リ
ア ル タ イ ム ( 遅 延 時 間 固 定 ) で 測 定 さ れ て お り , こ の よ う に 高 速 の CMOS カ メ ラ を 2 次 元 EO
サンプリングに用いてダイナミックな規格化と差分検出を行うことにより,長い積算時間を要
す る こ と な く 高 S/N 比 の THz 電 磁 波 の イ メ ー ジ を 取 得 す る こ と が で き る 。
THz 電 磁 波 パ ル ス に よ る イ メ ー ジ で は ピ ク セ ル ご と の 時 間 領 域 信 号 か ら ス ペ ク ト ル 情 報 も 得
ることができるので,分光イメージングが可能である。本システムでは波形信号を高速に取得
で き る の で ,分 光 イ メ ー ジ ン グ を 数 10 秒 で 取 得 す る こ と が 可 能 で あ る 。こ の よ う な イ メ ー ジ 取
得 時 間 の 短 縮 に よ り THz 電 磁 波 イ メ ー ジ ン グ の 応 用 範 囲 も 大 き く 広 が る と 期 待 さ れ る 。
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
参 考 文 献 (イ メ ー ジ ン グ 応 用 )
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transmission point,”Appl. Phys. Lett. vol. 74, no.9, pp.1191-1193 (1999).
4.2 危 険 物 の 探 知
THz 電 磁 波 は 紙 , プ ラ ス チ ッ ク , 木 材 な ど の 非 金 属 , ア ル コ ー ル や 油 脂 な ど 極 性 の 小 さ い 液
体を部分的に透過するので,封筒,小包,その他のパッケージに入れられた物体や,容易に内
部覗き見ることが困難な物体や物質を非破壊,非接触で,検出・イメージングすることが可能
で あ る 。 た だ し , 金 属 は た と え ア ル ミ 箔 の よ う な 薄 い も の で も , THz 電 磁 波 を ほ ぼ 100% 反 射
するので金属製の容器に入れられたものは検出不可能である。このようなことから,X 線のよ
う に あ ら ゆ る 物 体 を 透 視 す る こ と は で き な い 。 し か し , (i)X 線 に 対 し て は 屈 折 率 の 違 い が 小 さ
く , コ ン ト ラ ス ト が 得 に く い 物 体 の イ メ ー ジ が 得 ら れ る こ と , (ii)多 く の 物 質 が THz 帯 で 特 徴
的 な 吸 収 を 示 す こ と か ら , そ れ を 物 質 の ”指 紋 ”と す る こ と で , 物 体 の 材 質 の 同 定 や , 分 光 情 報
を 利 用 し た 分 光 イ メ ー ジ ン グ が 可 能 で あ る こ と , な ど の 利 点 も 有 し て い る 。 し た が っ て , THz
電磁波を用いた計測・イメージング応用は X 線モニターなどの補助的検査装置,あるいは特定
の目的に特化した検査・費用か装置として今後産業利用される可能性がある。
<プラスチック爆薬の探知>
THz 電 磁 波 を 用 い た 危 険 物 探 知 応 用 の 例 と し て , 阪 大 の 山 本 ら に よ る C-4 爆 薬 の 非 破 壊 ・ 非
接 触 検 出 お よ び イ メ ー ジ ン グ [Da1]に つ い て 紹 介 す る 。 C-4 爆 薬 と は プ ラ ス チ ッ ク 爆 薬 の ひ と つ
で あ り , 現 在 軍 用 爆 薬 と し て 使 用 さ れ て い る 破 壊 力 の 非 常 に 強 力 な 爆 薬 で あ る 。 C-4 爆 薬 の 主
成 分 は 1,3,5-ト リ ニ ト ロ -1,3,5-ト リ ア ザ シ ク ロ ヘ キ サ ン (RDX)で あ る 。 そ の 分 子 構 造 を 図 4.2.1
に 示 す 。 C-4 爆 薬 は , 空 港 な ど で 利 用 さ れ て い る X 線 検 査 機 や 金 属 探 知 機 で は 検 出 す る こ と が
で き ず , 蒸 気 圧 が 非 常 に 低 い ( ~10 - 1 1 Torr) た め , 犬 な ど の 動 物 を 使 っ た 検 出 も 非 常 に 困 難 で
あるので,封筒爆弾によるテロなどを事前に防ぐために,新たな非破壊,非接触検出法が求め
られている。
図 4.2.2 に 封 筒 に C-4 爆 薬 を 入 れ ,C-4 爆 薬 が あ る 部 分 と な い 部 分 の テ ラ ヘ ル ツ 吸 収 ス ペ ク ト
ル を 測 定 し た 結 果 を 示 す 。C-4 爆 薬 が あ る 部 分 に は RDX の 吸 収 ス ペ ク ト ル に 対 応 し て 6 つ の 吸
収バンドが現れているのに対して,封筒のみの部分は,吸収も少なく,単調なスペクトルにな
っている。したがって,あらかじめ危険な爆薬の吸収スペクトルをデータベース化しておき,
郵 便 物 の THz 帯 透 過 ス ペ ク ト ル を 測 定 す る こ と で , 爆 薬 の 有 無 を 判 定 で き る 。
59
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
NO2
C-4がある領域
N
O2N
N
N
NO2
C-4がない領域
図 4.2.1 C-4 爆 薬 の 主 成 分
( 1,3,5- ト リ ニ ト ロ -1,3,5トリアザシクロヘキサン)
の分子構造。
図 4.2.2 (a) C-4 爆 薬 を 密 閉 し た 擬 似 プ ラ
ス チ ッ ク 封 筒 爆 弾 の 写 真 。(b) C-4 爆 薬 が 入
っている部分のテラヘルツ帯吸収スペクト
ル と (上 の 曲 線 ), 封 筒 の み の テ ラ ヘ ル ツ 帯
吸 収 ス ペ ク ト ル (下 の 曲 線 )
(b)
(a)
1
振幅
3.5 mm
+
3.5 mm
Position [mm]
封筒の端
7 mm
-0.3
7 mm
−
Position [mm]
図 4.2.3 (a) 封 筒 中 の C-4 爆 薬 の テ ラ ヘ ル ツ イ メ ー ジ 。 (b)封 入 す る 前 の C-4
爆薬の写真。
図 4.2.3 は C-4 爆 薬 が 入 っ た 封 筒 (擬 似 プ ラ ス チ ッ ク 封 筒 爆 弾 )の 一 部 を 2 次 元 イ メ ー ジ ン グ し
たものである。このイメージングは,テラヘルツエミッターとテラヘルツ検出器に照射するポ
ン プ 光 の 遅 延 時 間 を 固 定 し て , 封 筒 全 体 を 2 次 元 ス キ ャ ン し た も の で あ る 。 C-4 爆 薬 が 存 在 す
る部分を透過するテラヘルツ電磁波パルスは,存在しない部分を透過するテラヘルツ電磁波パ
ル ス に 比 べ て 検 出 器 に 到 達 す る 時 刻 ( 位 相 ) が 遅 れ る た め に , 図 4.2.3 の よ う に C-4 爆 薬 の 形
状 を イ メ ー ジ ン グ す る こ と が で き る 。C-4 爆 薬 か ど う か は THz 吸 収 ス ペ ク ト ル に よ っ て 判 断 し ,
位 置 や 厚 さ を 含 む 形 状 , 総 量 を イ メ ー ジ ン グ に よ り 判 定 で き る 。 C-4 爆 薬 の 厚 さ が 増 す と C-4
爆薬による吸収強度が増大するため,テラヘルツ電磁波が透過しなくなる。この場合,反射型
テラヘルツ測定を行うことができる。
山本らはプラスチック爆薬のほかにも,引火性液体と水の吸収・分散が大きく異なることを
利 用 し て , THz-TDS に よ り ペ ッ ト ボ ト ル に 入 っ た ま ま の 状 態 で , ガ ソ リ ン な ど の 引 火 性 液 体 を
お 茶 ・ ジ ュ ー ス な ど と 判 別 す る こ と が 可 能 で あ る こ と を 報 告 し て い る [Da2]。
参 考 文 献 (危 険 物 探 知 )
[Da1]
K. Yamamoto, et al: Jpn. J. Appl. Phys. 43, L414-L417 (2004).
[Da2]
T. Ikeda, et al: “Investigation of inflammable liquids by terahertz spectroscopy,” to be published in Appl.
Phys. Lett.
60
4.3 結 晶 多 形
テラヘルツ帯の吸収スペクトルが結晶多形に敏感であることが知られるようになり,医薬品
などの結晶多形管理のための簡便な検査法として応用が検討されている。
有機化合物の結晶多形を特定,制御することは医薬品の開発,油脂精製,生物資源利用にと
っ て 非 常 に 重 要 で あ る 。例 え ば ,ア ス ピ リ ン は 開 発 さ れ て 1 0 0 年 以 上 に な る 医 薬 品 で あ る が ,
長年ドイツのバイエル社のアスピリンはよく効くことで知られていた。その理由は化学構造式
ではなく結晶多形によるものであることが最近明らかにされている。医薬品のみならず,食品
産 業 で も TAG(ト リ ア シ ル グ リ セ ロ ー ル : ア イ ス ク リ ー ム ,チ ョ コ レ ー ト な ど に 含 有 さ れ て い る
油 脂 )な ど の 油 脂 結 晶 の 結 晶 多 形 の 抑 制 あ る い は 制 御 は 重 要 な 技 術 課 題 と な っ て い る 。余 談 だ が
チョコレートがうまい具合に口の中で溶けておいしく味わえるのも,チョコレートの中に含ま
れている油脂の結晶多形を製造過程で制御しているからである。
以上のようなことから,結晶多形の制御と共に,結晶多形を簡便に検出し,同定する測定・
分 析 手 法 が 求 め ら れ て い る 。現 在 用 い ら れ て い る 結 晶 多 形 測 定 法 に は ,X 線 回 折 ,示 差 熱 分 析 ,
核 磁 気 共 鳴 ( NMR) , 赤 外 吸 収 測 定 な ど が あ る 。 THz-TDS を 用 い る こ と で , 従 来 よ り も 簡 便
に結晶多形の検出,モニタリングができる可能性がある。
THz 帯 で は 結 晶 多 形 を 決 め る 主 要 因 で あ る 水 素 結 合 な ど 弱 い 相 互 作 用 に 関 与 す る 分 子 間 振 動
あるいは結晶格子の振動モードを直接観測できることから,中赤外域での吸収スペクトルより
も結晶多形に敏感で,かつより多くの情報を得ることができると期待される。
THz-TDS に よ る 結 晶 多 形 の 観 測 例 を 以 下 に 示 す 。
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
60
-1
Absorption Coefficient (cm )
-1
Absorption Coefficient (cm )
<アスパラギン水和物の結晶多形>
結晶多形の例として,アミノ酸の一種であるアスパラギンとアスパラギン一水和物
( C 4 H 8 N 2 O 3 H 2 O)の 測 定 例 を 紹 介 す る 。水 和 に よ る 結 晶 構 造 の 違 い は 厳 密 に は 結 晶 多 形 で は
なく擬似結晶多形と呼ばれる。
A-(b)
(a)
40
20
0
20
40
60
-1
Wavenumber (cm )
60
B-(b)
(b)
40
20
0
20
40
60
-1
Wavenumber (cm )
図 4.3 .1 L -ア ス パ ラ ギ ン 一 水 和 物 結 晶 の テ ラ ヘ ル ツ ス ペ ク ト ル( 吸 収 係 数 )の 脱 水 過 程 に
お け る 変 化 。 (a) 加 熱 に よ る 場 合 ( 矢 印 の 方 向 が 加 熱 に よ る 変 化 の 方 向 ) 。 (b)減 圧 に よ る
場 合 ( 矢 印 の 方 向 が 減 圧 後 の 変 化 の 方 向 ) 。 波 数 単 位 の 10 cm - 1 は 300 GHz で あ る 。
L -ア ス パ ラ ギ ン 水 溶 液 を ゆ っ く り 蒸 発 さ せ る と 斜 方 晶 ( P 2 1 2 1 2 1 )系 の 一 水 和 物 結 晶 を 生 成 す る 。
この結晶はアスパラギン分子間及びアスパラギン分子−水分子間で水素結合を作って 3 次元の
水素結合ネットワークを形成している。結晶を,減圧または加熱すると水和していた水分子が
蒸 発 し , 結 晶 構 造 が 変 化 す る 。 加 熱 に よ る 場 合 は 71 o C 付 近 で 脱 水 に よ り 結 晶 構 造 が 変 化 す る
こ と が 示 差 熱 分 析 の 結 果 か ら 分 か っ て い る 。 図 1 に THz-TDS に よ り 測 定 し た L -ア ス パ ラ ギ ン
一 水 和 物 (微 結 晶 23%と ポ リ エ チ レ ン 77% の 混 合 物 を ペ レ ッ ト 化 し た も の )の テ ラ ヘ ル ツ 吸 収
ス ペ ク ト ル( 吸 収 係 数 で プ ロ ッ ト )を 示 す 。図 1(a)は 温 度 を 71 o C に ま で 上 昇 さ せ た 後 の 変 化
を 約 9 時 間 後 ま で 観 測 し た も の で , 図 1(b)は サ ン プ ル セ ル 内 を 減 圧 (常 温 )し た 後 の ス ペ ク ト ル
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
61
変 化 を 約 63 時 間 後 ま で 観 測 し た も の で あ る 。 加 熱 脱 水 の 場 合 に は , 53 cm - 1 (1.6THz)付 近 の 強
い 吸 収 バ ン ド が 消 失 し ,63 cm - 1 (1.9THz)付 近 に 新 た な バ ン ド が 現 れ て い る 。こ れ ら の バ ン ド は
分子間振動モードあるいは光学フォノンモードに対応すると考えられ,その吸収の強さや周波
数 は 結 晶 構 造 に 強 く 依 存 す る と 考 え ら れ る 。一 方 ,減 圧 脱 水 の 場 合 ,53 cm - 1 (1.6 THz)付 近 の バ
ン ド が 消 失 し ,新 た な バ ン ド が 現 れ る 代 わ り に 連 続 的 な 吸 収 成 分 が 増 加 し て い る こ と が わ か る 。
この結果は次のように解釈される。加熱脱水の場合,水分子が抜けたあとアスパラギン分子は
結晶形変化に対応するポテンシャル障壁を乗り越えて再配置し,別の結晶形へと変化する。一
方,減圧脱水では温度が低いため,ポテンシャル障壁を乗り越えるための十分な運動エネルギ
ーが供給されないので分子は再配置することができず,また水分子の助けなしにもとの結晶構
造を維持できずアモルファス化する。実際 X 線回折スペクトルより,減圧脱水ではアスパラギ
ンがアモルファス化していることが確認されている。
最後にステロイド系薬剤の結晶多形
測 定 の 例 を 紹 介 し て お く 。こ の 薬 剤 に は
I 型 と II 型 の 結 晶 多 形 が あ る こ と が 分
か っ て い る 。 THz-TDS で 測 定 し た そ れ ぞ
青:I型
れ の 吸 収 ス ペ ク ト ル を 図 4.3.2 に 示 す 。
赤:II型
I 型 は 27cm - 1 付 近 に II 型 は 34cm - 1 付 近
と 47cm - 1 付 近 に 吸 収 バ ン ド が 見 ら れ ,ま
ったく異なるスペクトルを示すことが
わかる。
図 4.3 .2 ス テ ロ イ ド 系 薬 剤 の 結 晶 多 形
測 定 。 多 形 I 型 を 青 , 多 形 II 型 を 赤 で
示 し て い る 。I 型 は 27cm - 1 付 近 に II 型 は
34cm - 1 付 近 と 47cm-1 付 近 に 吸 収 バ ン ド
が見られる。
以上ようにテラヘルツ電磁波の吸収スペク
ト ル( 光 学 フ ォ ノ ン 吸 収 )は 結 晶 多 形 に 敏 感 で
あ り ,結 晶 多 形 の 検 査 法 ,逐 次 観 察 法 と し て 利
用できることを示唆している。したがって
THz-TDS は 医 薬 品 な ど さ ま ざ ま な 有 機 化 合 物
の結晶多形管理のための簡便な検査手法とし
て有望と思われる。
62
第 5 章 おわりに
THz-TDS は 基 本 的 に は 遠 赤 外 の 吸 収 分 光 で あ る が ,屈 折 率 あ る い は 分 散 を 直 接 測 定 で き る こ
と , 早 い 現 象 の 時 間 分 解 測 定 が 可 能 で あ る こ と な ど 従 来 の 遠 赤 外 FTIR と 比 べ て , 分 光 法 と し
て 有 利 な 点 を 数 多 く 持 っ て い る 。た だ し ,現 在 市 販 の THz-TDS シ ス テ ム も 販 売 さ れ て い る が ,
従 来 の 遠 赤 外 FTIR と 比 べ て も や や 高 価 で あ る 。 原 因 は 光 源 に 用 い る フ ェ ム ト 秒 レ ー ザ ー が 高
価であるためである。しかし,レーザー技術は研究者の予想を超える速度で,進歩しているの
で , よ り 安 価 な フ ェ ム ト 秒 レ ー ザ ー を 励 起 光 源 と し て 使 用 し た 廉 価 な THz-TDS シ ス テ ム が 近
い将来実現される可能性は十分ある。
THz 帯 の タ ン パ ク 質 を 含 む 生 体 関 連 分 子 の 分 光 は 非 常 に 興 味 深 い 研 究 領 域 で あ る 。 す で に い
ろいろな分子についての測定が報告されているが,タンパク質などの高分子では分子のやわら
か さ に 起 因 し た 不 均 一 広 が り( Conformation の 多 様 さ ,ま た 室 温 程 度 で は Conformation が 揺
らぐことなどに起因),および多数のモードの重なりのために,非常にブロードな吸収バンド
または単調な吸収ペクトルしかいまのところ観測されていない。そのようなブロードなスペク
トルの中から機能や固有構造の形成・変性に重要な大振幅の非調和なモードの情報をいかに抽
出することができるかが大きな課題となっている。また生体分子を自然状態で観測する場合,
水 の 吸 収 の 問 題 が THz 電 磁 波 吸 収 分 光 に は ど う し て も 付 き ま と う 。THz 帯 の ラ マ ン ス ペ ク ト ル
は 赤 外 吸 収 ス ペ ク ト ル に 対 し て 相 補 的 な 情 報 を 与 え て く れ る の で ,今 後 THz 帯 の 生 体 分 子 分 光
は 低 波 数 (THz 帯 )の ラ マ ン 分 光 と THz-TDS を 併 用 し て 進 め て い く べ き で は な い か と 感 じ て い
る。低波数のラマン散乱には試料からの蛍光・散乱やフィルターの帯域などの装置的な制約も
あり,必ずしも生体分子分光では容易な測定法となっていない。東北大の四方・伊藤らは低波
数 の CARS(Coherent Anti-Stokes Raman Scattering)分 光 の 研 究 を 行 っ て お り ,ま だ S/N 比 な
ど に 改 善 の 余 地 は あ る が ,す で に い く つ か の 生 体 関 連 分 子 の 低 波 数 測 定 を 報 告 し て い る 。CARS
は Stokes 散 乱 を 用 い る た め ,蛍 光 の 影 響 を 受 け に く く ,誘 導 ラ マ ン 散 乱 に よ り 信 号 強 度 が 通 常
のラマン散乱よりも格段に大きいなどの利点がある。
生 体 分 子 の THz 帯 の ス ペ ク ト ル は 水 素 結 合 な ど の 弱 い 相 互 作 用 に よ る も の な の で ,精 度 よ く
吸収スペクトルを理論的に計算することが難しく,モードの帰属など,理論と実験の対比から
情 報 を 得 る こ と が 困 難 な 場 合 が 多 い 。今 後 ,生 体 分 子 THz 帯 ス ペ ク ト ル の 有 効 な 計 算 法 や 理 論
的な扱いの進歩が期待される。
一 方 ,THz-TDS は 分 光 学 的 な 研 究 ツ ー ル 以 外 に ,計 測 ・ 検 査 応 用 へ の 発 展 が 期 待 で き そ う で
ある。危険物・違法薬物探知,皮膚癌診断,薬剤の結晶多形管理などの応用研究が大学のプロ
ジェクト研究あるいは大学・企業間の連携研究として現在進められつつある。
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
以 上 ,非 常 に 雑 駁 な 内 容 と な っ て し ま っ た が ,本 テ キ ス ト が テ ラ ヘ ル ツ 電 磁 波 を 用 い た 分 光 ・
計測研究に興味を持つ学生・研究者の入門書として利用していただくことができれば幸いであ
る。
63
さらに深く勉強するために
テラヘルツ電磁波の発生・検出とその応用
<学会誌解説>
[Rev1] 応 用 物 理 , 第 68 巻 , 第 12 号 ( 1999) 技 術 ノ ー ト < 最 近 の THz 光 発 生 技 術 >
「 パ ラ メ ト リ ッ ク 発 振 に よ る THz 光 の 発 生 」 ( 川 瀬 晃 道 , 伊 藤 弘 昌 )
「 光 伝 導 ス イ ッ チ に よ る THz 波 の 発 生 」 ( 萩 行 正 憲 , 斗 内 政 吉 )
「 フ ォ ト ミ キ シ ン グ に よ る CW テ ラ ヘ ル ツ 電 磁 波 の 発 生 」( 阪 井 清 美 ,顧 萍 ,松 浦 周 二 )
「高強度テラヘルツ電磁波の発生法」(大竹秀幸,猿倉信彦)
[Rev2] 応 用 物 理 ,第 70 巻 ,第 2 号 , p.149-155 (2001) 解 説「 テ ラ ヘ ル ツ 光 エ レ ク ト ロ ニ ク ス 」
(阪井清美,谷 正彦)
[Rev3] 応 用 物 理 , 第 71 巻 , 第 2 号 , p.167-172(2002) 解 説 「 テ ラ フ ォ ト ニ ク ス 光 源 ―波 長
可 変 THz 波 の 発 生 と 応 用 可 能 性 ―」 ( 川 瀬 晃 道 , 伊 藤 弘 昌 )
[Rev4] 応 用 物 理 , 第 74 巻 , 第 6 号 p.709-717(2005) 解 説 「 テ ラ ヘ ル ツ 波 応 用 技 術 」 ( 萩 行 正
憲,谷正彦,長島健)
<ハンドブック>
[HB1]「 量 子 工 学 ハ ン ド ブ ッ ク 」 大 津 元 一 他 編 ( 朝 倉 書 店 ,1999 年 ) 第 4 章 10 節 ,「 テ
ラ ヘ ル ツ 電 磁 波 の 発 生 と 検 出 」 (谷 正 彦 ・ 阪 井 清 美 )
[HB2]「 実 験 物 理 学 講 座 9 レ ー ザ ー 測 定 」 櫛 田 孝 司 編 ( 丸 善 , 2000 年 ) 7-5 節 , 「 テ
ラヘルツ電磁波の発生と応用」(大竹秀幸,猿倉信彦)
[HB3]「 超 高 速 光 エ レ ク ト ロ ニ ク ス 技 術 ハ ン ド ブ ッ ク 」 監 修 小 林 孝 嘉 ( サ イ ペ ッ ク (株 ),
2003 年 ) 第 6 章 「 テ ラ ヘ ル ツ 波 の 発 生 」 (谷 正 彦 )
[HB] レ ー ザ ー ハ ン ド ブ ッ ク 第 2 版( レ ー ザ ー 学 会 編 ,オ ー ム 社 ,2005 年 ),18 章 8 節 ,pp.400-405,
「 THz 電 磁 波 へ の 変 換 」 (谷 正 彦 )
<単行本>
[Bk1] J.M. Chamberlain, R. E. Miles, New Directions in Terahertz Technology, Kluwer Academic
Publishers (Proceedings of the NATO Advanced Research Workshop, Chateau de Bonas,
Castera-Verduzan, France, June 30-July 11, 1996)
[Bk2] R. E. Miles, P. Harrison, D. Lippens: Terahertz Sources and Systems, Kluwer Academic
Publishers (Proceedings of the NATO Advanced Research Workshop, Chateau de Bonas, France,
22-27 June 2000)
[Bk2] Millimeter and Submillimeter Wave Spectroscopy of Solids, G. Gruner (Ed.), Springer (1998)
[Bk3] E. Gonik and R. Kersting, “Coherent THz Emission in Semiconductors”, Chap. 8 of Ultrafast
Physical Processes in Semiconductors (Semiconductors and Semimetals Volume67), pp.389-440,
Ed. K. T. Tsen, (Academic Press 2001)
[Bk4] D. Mittleman, Sensing with Terahertz Radiation, Springer
[Bk5] K. Sakai(Ed.), Terahertz Optoelectronics (Springer, Topics in Applied Physics, 2005)
[Bk6] 西 澤 潤 一 編 著 「 テ ラ ヘ ル ツ 波 の 基 礎 と 応 用 」 ( 工 業 調 査 会 , 2005 年 )
< Journal 論 文 特 集 号 >
[JL1] J. P. Heritage and M. C. Nuss: Special Issue on Ultrafast Optics and Electronics, IEEE J.
Quantum Electron., Vol.28 (1992), pp.2084-2542
[JL2] D. R. Dykaar and S. L. Chuang (Eds): Terahertz Electromagnetic Pulse Generation, Physics and
Applications, Journal of Optical Society of America, Vol. 11, (1994) , Special Issue on Terahertz
Electromagnetic Pulse Generation, Physics, and Applications, pp.2454-2585
[JL3] IEEE Journal of Selected Topics in Quantum Electronics, Vol. 2, No.3, The Issue On Ultrafast
Electronics, Photonics, And Optoelectronics, (1996).
[JL4] IEE Proceedings, Optoelectronics, Vol. 149, No. 8, (2002), Special Issue on Ultrafast
Optoelectronics Photomixing
[JL5] Physics in Medicine & Biology, Vol. 47, No. 21(2002): Proceedings of the First International
Conference on Biological Imaging and Sensing Applications of THz Technology (BISAT)