生活資源へのローカルガバナンス

2009年 地域開発フォーラム
「生活資源へのローカルガバナンス」
趣旨説明
「生活資源へのローカルガバナンス」
司会:白石 壮一郎 (関西学院大学大学院)
報告 1
「食糧増産計画をめぐる土地利用の展開 ―セネガル河下流域、T 村の事例から」
髙橋 隆太 (京都大学大学院)
報告 2
「グローバルな野生動物保全政策とマサイの土地利用 ―南部ケニアを事例に」
目黒 紀夫 (東京大学大学院/日本学術振興会)
報告 3
「コミュニティー主体の森林資源管理の可能性と課題 ―ウガンダ、マビラ森林保護区
の事例から」
一條 洋子 (京都大学大学院/日本学術振興会)
報告 4
「砂漠化対処事業における植林モデル事業の検討 ―チャドにおける環境 NGO の事例
から」
石山 俊
(総合地球環境学研究所)
コメントおよび討論
コメンテイター:飯田 卓 (国立民族学博物館)
コミュニティー重視の資源管理という枠組みが、この四半世紀のあいだに開発政策で市民権を得てい
る。この動向は以下のマクロな潮流のなかに位置付けられよう。すなわち、1980 年代以降アフリカの多く
の国々で採用された脱中央集権化=分権化政策の流れがあり、そのもとで地方政府、地元企業、さらに
は分権型の新生諸行政機関および国際/ローカル NGOs などが、住民と外界・政府とのあいだを媒介して
資源の配分、管理、統治にかかわる複数のアクターとなっているような状況である。
つまり、この枠組みのなかで地域住民は、資源の利用と管理に関わる複数の利害関係者
(stakeholders)のひとりとして「参加」することになる。だが、どこまで管理を地域住民に委ねるか、そして当
の地域住民と他の利害関係者とにとってどうやって/どこまで協働的(collaborative)な管理が可能なのか、
資源管理に関するガイドラインはどのように決めるのか、など具体的な実現過程についての「how?」の検
討はまだ残されている。
こうした検討に有用なのは、具体的な政策や開発プロジェクトの地域社会における実施過程のミクロな
観察・記述をベースにした議論である。上記のようなマクロな変動のもとにあるアフリカ地域社会にあって、
土地(農耕地、牧草地)や野生動物、森林、水族資源といった生活資源の利用と管理、その決定過程、な
いしはそれらをめぐる社会関係の変化を人びとがどのように経験しているのか。各報告者にはこの点を、
現地調査で得た資料をもとに事例をご発表ねがい、総合討論につなげていただこう。
文責:白石壮一郎
地域開発フォーラム 「生活資源へのローカルガバナンス」
(報告 1)
髙橋
食糧増産計画をめぐる土地利用の展開
― セネガル河下流域、T 村の事例から ―
隆太 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
Land Use on Agricultural Projects: A Case Study of Village T in the Lower Senegal River Valley
TAKAHASHI Ryuta, Graduate School of Asian and African Area Studies, Kyoto University
本報告は、セネガルの一大稲作地帯であるセネガル河下流域の T 村を事例に、食糧増産計画におけ
る農地の改修・拡大事業をめぐって、T 村住民が、生計基盤たる土地の利用をいかに展開しているのかを
検討する試みである。本報告では、開発を資源の活用プロセスへの介入ととらえ、国家・市場・コミュニテ
ィ 3 者の関係を視野に入れながら、コミュニティによる土地利用に対するガバナンスの実態の変容を明ら
かにしていきたい。
セネガル政府は、現在、食糧増産計画のもと、国家コメ自給計画と落花生増産計画を推し進めている。
国家コメ自給計画の主要な目標の一つは、既存の水田の改修、新たな水田の開墾によるコメの作付面積
の拡大にある。そして、落花生増産計画では、セネガル中部の落花生盆地へ供給する種子を、セネガル
河流域の遊休農地を利用して生産することが企図されている。同時に、近年の国際米価の高騰にともな
って、コメの生産者価格は上昇傾向にあった。
以上の食糧増産計画とコメ市場の動向にともなって、T 村における土地利用は新たな展開をみせてい
る。これまで T 村住民は新田を開墾し、畑地を灌漑整備・拡大して T 村全体の生計基盤を強化しながら、
水田での雨季稲作と温暖乾季稲作、畑地における冷涼乾季トマト・オニオン作を基軸にすえた農家経営
を実践してきた(髙橋, 2009)。食糧増産計画をうけて、T 村住民は、これまでの耕作スケジュールをベー
スにしながら、①畑地での落花生栽培を開始し、②T 村農民組合が主導して 2008 年に新たに水田を開
墾して若年男性に割り当て、③これまで放置されるか、若年層に無料で貸し出されていた農地での稲作
を再開したのである。
食糧増産計画と国内米価高騰以降の T 村における土地利用の展開は、一見、単に食糧増産計画に
従い、市場に反応しているだけのようにもみえる。確かに、農地の改修と拡大、さらには農業金融の拡充、
農業投入財の確保と生産コストの抑制、農産物流通の改善といった増産計画の具体策は、セネガルにお
ける農業拡大をある程度牽引するものであろう。同時に国内米価の高騰は、農民の稲作へのインセンティ
ブを高める効果があるといえる。
しかしながら、食糧増産計画にみられる政府の農地に対する認識と、T 村における土地利用の展開と
のあいだには、ズレが生じているといわざるをえない。食糧増産計画において政府は、可耕地と遊休農地
をできるかぎり利用して農産物それぞれの作付面積を増大し、土地生産性を向上させることを目指してい
るのであり、コメの国内自給や食糧増産のための、上意下達式の土地の政策的利用を企図しているにす
ぎない。ところが T 村住民は、生計基盤を拡充する一方で、耕作可能な農産物の選択肢を増やし、土地
利用を多様化することに重点をおいていると捉えられるのである。
本報告では、(Ⅰ)セネガル河流域の農民をとりまく農業政策とコメ市場の動向について紹介し、(Ⅱ)
国家の農業計画と国内米価の動向をめぐる、T 村における土地利用の展開について報告する。そして最
後に、(Ⅲ)国家と市場がコミュニティによる土地利用に与えるインパクトと、これらのインパクトによるガバ
ナンスの実態の変容を、我々はいかに評価し得るのかを模索したい。
地域開発フォーラム 「生活資源へのローカルガバナンス」
(報告 2)
グローバルな野生動物保全政策とマサイの土地利用
― 南部ケニアを事例に ―
目黒 紀夫 東京大学大学院農学生命科学研究科/日本学術振興会
Global Wildlife Conservation and Land Use in Maasai land: From the Case of Southern Kenya
MEGURO Toshio, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, the University of Tokyo / JSPS
ケニアでは、観光収入が 2006 年には約 655 億ケニア・シリング(約 1,122 億円、Kenya National Bureau
of Statics, 2008)に上った。野生動物は重要な観光資源だが、国立公園などの公的保護地域は、その棲
息地の約 1/4 を占めるに過ぎず、1990 年代以降、残りの棲息地の土地所有者である地域住民の保全へ
の協力・参加が重視されてきた(KWS, 1990, 1996)。国有資源である野生動物は、地域住民も含めた協
働管理の対象であるが、地域開発・住民生活の改善も目標に含めた保全政策は、地域住民による他の
資源利用にも様々に影響を及ぼしてきた。
ケニア南部に位置するアンボセリ国立公園は、同国を代表する観光地である。歴史的に、地域住民の
牧畜民マサイは、公園用地も含めた広範な土地に存在する牧草や水を、半定住の生活様式で利用して
いた。1974 年の国立公園建設に伴い、マサイは公園内部の資源利用を禁止され、乾季の重要な水場・
放牧地を失ったが、野生動物を殺すことで政府の強権的な保全政策に抗議した。1970 年代、川沿いなど
で農耕を開始するマサイが増加する傍ら、政府の主導下で放牧集団が設置された。放牧集団の結成に
より、マサイは共有地の形で土地所有権を獲得した。政府は定住化・牧畜の商業化を意図していたが、マ
サイは放牧集団の境界を越えて伝統的な牧畜を継続した。
1996 年、公園に隣接するキマナ放牧集団に、コミュニティ・サンクチュアリが、政府・援助機関などの支
援を受けて建設された。サンクチュアリは観光施設と保護地域を併設したものであり、開発(観光業経営)
と保全(保護地域管理)の両面に渡る住民参加を意図していた。だが、住民参加は地域住民を満足させ
るだけの便益を生み出せず、2000 年からは外部の観光会社に経営権がリースされた。この結果、住民参
加は住民自身の意思で終了となった。会社経営の下、キマナ放牧集団が得る収入は増加し、これにより
放牧集団の共有地が私有地へと分割された。分割の目的は、共有地の状態では曖昧な農地に対する権
利関係を明確化することであった。水資源に恵まれたキマナでは、1970 年代以降、流入した農耕民族や
数度の干ばつの経験から、農耕に着手するマサイが増加しており、サンクチュアリは、現在では多くの地
域住民が生業の柱と考える農業の発展に貢献したといえる。だが、農地拡大は野生動物の棲息地の破
壊・分断に繋がるため、サンクチュアリの当初の目標である、公的保護地域外における保全の促進とは矛
盾するものである。地域住民の多くも、野生動物が保護地域外の土地を利用することに否定的である。
共有地分割の進行に対して、2007 年から国際 NGO が、分割された私有地を再集合させて保護地域
(観光施設も併設)を作る計画を進めている。サンクチュアリと同様、その保全面での目的は、野生動物の
棲息地・移動路の保全である。2008 年、地域住民の一部が保護地域の建設に合意したが、内部の資源
利用や農作物被害への対策を巡っては、今も話し合いが続けられている。
地域住民にとって野生動物とは、直接利用の対象ではなく、土地利用などの他の資源管理、地域の文
化・社会との関連で様々な意味を持つ存在であった。外部者が主導する野生動物保全という資源管理で
は、生活空間に存在する複数資源の多様な相互関係・重層性が、充分には汲み取られてこなかったよう
に思われる。生活空間に重層する複数資源全てを対象としたガバナンスを設計することは容易ではない
が、それらの関係性を無視しては有効な資源管理は困難であろう。
地域開発フォーラム 「生活資源へのローカルガバナンス」
(報告 3)
一條
コミュニティー主体の森林資源管理の可能性と課題
― ウガンダ、マビラ森林保護区の事例から ―
洋子 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科/日本学術振興会
Potential and Challenges of Community Based Forest Management:
A Case Study of Mabira Forest Reserves in Uganda
ICHIJO Yoko, Graduate School of Asian and African Area Studies, Kyoto University / JSPS
本報告では、コミュニティー主体の森林資源管理体制を目指すウガンダにおける、マビラ森林保護区
の事例を取り上げ、その実態を紹介するとともに成果の評価を試み、同管理体制の可能性と課題を提示
する。
ウガンダでは国民の 9 割近くが生活燃料を薪・薪炭に頼っており、また最近では都市の建設ラッシュに
ともなう木材需要も高まっている。いずれも森林周辺住民の生活と現金稼得活動を支えるものであり、森
林資源の持続的な利用と保全の両立が急務となっている。これまで政府主導で森林資源管理を行ってき
たウガンダ政府は、自らの管理能力の限界に加え、参加型資源管理の世界的潮流にも後押しされるかた
ちで、コミュニティー主体の管理を推進する政策転換を 2003 年に行った。この第一段階として、国有林の
管理は国家森林管理局(NFA)という半自治組織の手に委ねられ、以降 NFA は森林周辺コミュニティーと
ともに資源を管理する、協働型森林管理(Collaborative Forest Management; CFM)を進めている。ここで
は NFA の協力と監督のもと、住民が中心となって管理ルールを策定し、彼らの森林資源利用の実際が考
慮されたルールづくりが試みられており、管理の実施も住民自身によってなされる。マビラ森林保護区に
おける先進的事例では、村の住民組織が受け皿となり、実質的な森林資源管理主体として活動している。
これに加えて、NGO、村評議会、個々の住民が各立場から関与し森林資源の保全・管理が実行されてい
ると図式化できる。
この事例について、CFM が開始 2 年弱の間に地元住民にもたらした効果は、安定的な森林資源の利
用および資源維持活動の促進である。これらは相互に関連しながら地域住民の生活を支えており、CFM
の成果として評価される。
一方、問題として見いだされたのは、第一にルールを徹底できない外部の利害関係者の存在、第二に
内部のルール違反者の存在とコミュニティー成員によるその黙認・許容という現実である。言い換えるなら、
資源と利用者の境界設定、監視、ペナルティの設計、費用負担にかかわる問題である。しかしこれらの問
題点は、違反者が貧困者である場合、彼らの違反行為を容認することでコミュニティーとして彼らの生活
を間接的に保護または支えていると捉えることが可能であり、実際に現地ではそれが容認の理由として挙
げられる。
CFM の枠組みのなかで、地域の実情に即して公式に策定されたルールの実行段階で現れる、この暗
黙の「曖昧なルール」をどう評価すべきか、貧困世帯を抱えるアフリカにおける持続的な CFM を目指すう
えでの検討課題として提示されるものと考える。
地域開発フォーラム 「生活資源へのローカルガバナンス」
(報告 4)
砂漠化対処事業における植林モデル事業の検討
― チャドにおける環境 NGO の事例から ―
石山 俊 総合地球環境学研究所
A Study on the Afforestation Model Program as Struggle against the Desertification:
A Case Study on Environmental NGO’s Project in Chad
ISHIYAMA Shun, Research Institute for Humanity and Nature
本発表の目的は、サハラ南縁半乾燥地域の砂漠化対処活動における植林モデル事業を通じて、住民
参加・住民主体を掲げながらも功を奏さなかった NGO による資源管理の試みを考察することにある。事
例とするのは日本の環境 NGO「緑のサヘル」によるチャド国における植林モデル事業である。
砂漠化防止を目的として 1991 年に設立された NGO「緑のサヘル」の活動は、1992 年からチャド国南部
のバイリ地域において始まった。中心となった活動は、植林の奨励(緑を増やす活動)、料理用薪消費抑
制のための改良カマドの普及(緑を減らさない活動)、農業振興(食糧事情の改善)の 3 点であった。
植林分野の具体的活動は、苗木配布、村落小規模育苗場支援、植林モデル地区の造成であった。苗
木配布とは、「緑のサヘル」が運営する育苗場で育てた苗木を希望者に配布する事業である(果樹、アラ
ビアゴムの木は有料、他の樹種は無料)。村落小規模育苗場支援とは、住民グループがおこなう育苗へ
の技術的、物質的支援である。村落小規模育苗場の目的は、住民グループが育てた果樹の販売益によ
って、植林をはじめとした持続的な住民グループ活動を奨励しようとするものであった。プロジェクト開始
当初の植林分野の中心的活動は苗木配布であったが、後に活動の重心は村落小規模育苗場に移行し
た。
他方、植林モデル事業の目的は、住民主体の植林活動の成功例を提示することにあった。この事業の
基本方針として次の 3 点が挙げられた。
① 住民に対して分かりやすい形で植林モデルを提示
② 有用樹を中心とした混合林の造成
③ 植林区域を立ち入り禁止にして保護するのではなく、住民の継続した耕地利用をともなう植林
この 3 点の方針の下、「緑のサヘル」中央育苗場に近い A 村落に 1993 年、その東に隣接する B 村落
に 1994 年、B 村落の 2km 東に位置する C 村落には 1995 年にそれぞれ 20ha ずつの植林が実施され、
合計 60ha の植林モデル地区が誕生した。
しかし、計 60ha の植林を終えた後、植林モデル地区を設置した 3 村落の住民グループと「緑のサヘル」
との間に、植林地の管理方法をめぐって意見の食い違いがあらわれはじめた。「緑のサヘル」側の要望は、
住民グループが主体となった住民の自主的管理であったのに対し、住民側は「緑のサヘル」事業として
管理の継続を主張したのであった。
二者間の食い違いの解決策として妥結した案は、3 村落の 5 グループからなる土地管理委員会を結成
し、村落小規模育苗場の設置を含めた、多角的な土地管理支援を進めていくことであった。しかし土地管
理委員会の活動は、結成 3 年後には有名無実化した。
植林モデル地区構想が成功に至らなかった理由は、事前の協議不足、調査不足といったプロジェクト
の実施方法にもあるが、植林(緑を増やす活動)を中心として砂漠化対処活動を進める NGO と、植林がか
ならずしも卓越した問題とは考えていない住民との間の認識の差にもあった。