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第 1 回

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第X期プロフェッショナル翻訳家コース
第 1 回モデル訳文
“Who hath lain alone to hear wild goose cry?”
「ひとり伏し、寝もやらず、雁の声音に聴き入りしはたそ?」
ABOUT once in so often you are due to lie awake at night. Why this is so I have never
been able to discover. It apparently comes from no predisposing uneasiness of
indigestion, no rashness in the matter of too much tea or tobacco, no excitation of
unusual incident or stimulating conversation. In fact, you turn in with the expectation
of rather a good night’s rest. Almost at once the little noises of the forest grow larger,
blend in the hollow bigness of the first drowse; your thoughts drift idly back and forth
between reality and dream; when—snap!—you are broad awake!
誰であれ、時に眠れぬ夜を過ごすことがあるはずだ。なぜ眠れないのかは、判った例し
がない。よくある不快な胃のもたれのせいでも、お茶の飲みすぎ、タバコの吸いすぎによ
る不快感からでも、突発事あるいは刺激的な会話からくる興奮のためでもない。事実、ゆ
っくり休めるものと期待して床につくものの、とたんに森の小さな物音が騒がしさを増し、
茫漠たる最初のまどろみに溶けいってくる。想いは現実と夢との●間●ルビ(あわい)を
行きつ戻りつそぞろに漂う、と見る間、パチ!
はっきりと目が覚めてしまう!
<コメント>
・once in so often
この phrase は Web 上には多出しますが、どの英和・英英辞典にも収録されていない
ようです。
意味は、モデル訳文に記したとおりだと思われますが、「あまりにしばしば」と誤訳
された方あり。
ご参考までに、この語句について、native の方に伺った結果を要約して以下に記しま
す(なお、この問い合わせ結果を得るまでは、添削者は「ごく稀に」と解釈しておりま
したので、個別の添削では、そうなっているはずです。お詫びとともに、モデル訳文の
とおりに訂正いたします)。
「元来、英語には(about)once in so often という句はない。だから、辞書に収録されて
いないのだろう。これは明らかに、よく使われる成句 once in a while と every so often
とが mix してできた表現だ。どちらの句も、ほぼ、now and then や from time to time
と同義で、したがってこの句もかなり低い頻度をあらわす」
・are due to lie awake
1
「…になる」「…するべき」「…することがよくある」などの諸訳がありましたが、こ
れもモデル訳文のように解するのが妥当でしょう。
・predisposing uneasiness
ほとんどの方が predisposing を無視。
・turn in
「《くだけて・やや古》(夜に)床に就く」(ウィズダム英和);「《口語》床につく」
(研究社大英和)
・the hollow bigness of the first drowse
「まどろんだばかりの茫漠たる意識」など、多様な訳あり。
・broad awake!
Google, ENGLISH-TEST.NET には wide awake が普通で、broad awake とする人は
稀とあります。
Perhaps the reservoir of your vital forces is full to the overflow of a little waste; or
perhaps, more subtly, the great Mother insists thus that you enter the temple of her
larger mysteries.
もしかすると、活力が一杯に漲って、そのおこぼれが溢れ出たのかもしれないし、より
繊細にいうなら、偉大なる「母」が、自らの大いなる神秘の神殿に参入せよと命じている
のかもしれない。
<コメント>
・the great Mother
普通、「太母」、「地母神」と呼ばれる、生命、大地、豊穣を象徴する女神。各民族
に伝承される。「偉大な母なる森」と訳された方がありましたが、不適切でしょう。
For, unlike mere insomnia, lying awake at night in the woods is pleasant. The eager,
nervous straining for sleep gives way to a delicious indifference. You do not care. Your
mind is cradled in an exquisite poppy-suspension of judgment and of thought.
Impressions slip vaguely into your consciousness and as vaguely out again. Sometimes
they stand stark and naked for your inspection; sometimes they lose themselves in the
mist of half-sleep. [原文、改行なし]
なぜなら、夜、森で目覚めているのは単なる不眠と違って楽しいことだからだ。眠らな
ければ、という激しい、神経性の緊張は甘美な無関心に取って代わられ、なにごともどう
でもよいという気分になる。心は、アヘンを吸ったときの、判断や想いを放棄した至福感
2
にあやされる。印象は意識にぼんやりと忍び入り、同じようにぼんやりと去ってゆく。あ
るときはまざまざと全容を見せ、あるときはまどろみの霧のうちに薄れてゆくのだ。[原文、
改行なし]
<コメント>
・poppy-suspension
アヘンを想起されなかった方々がほとんど……。
・stark and naked
同じ意味の語を重ねた強意的な表現でしょう。
Always they lay soft velvet fingers on the drowsy imagination, so that in their caressing
you feel the vaster spaces from which they have come. Peaceful-brooding your faculties
receive. Hearing, sight, smell—all are preternaturally keen to whatever of sound and
sight and woods perfume is abroad through the night; and yet at the same time active
appreciation dozes, so these things lie on it sweet and cloying like fallen rose-leaves.
五感が受け止めたものごと全ては、いつも半睡半醒の想像力に柔らかなビロードの指を伸
ばし、人はその抱擁に身を委ねながらそれがやってきた広大な空間を感知する。穏やかな
想いが五感をみたす。外から伝わってくる、夜を満たす音、光景、匂いの全てに対する聴
覚、視覚、嗅覚はかつてなく鋭敏となる。しかも、同時に生き生きした認識は眠り込んで
いるので、印象は認識の上に、さながら散りしいたバラの花びらのように甘やかに休らう。
<コメント>
・sweet and cloying like fallen rose-leaves.
約半数の方々が「バラの落ち葉」と誤訳。leaf の語義をご精査ください。「落ち葉」では、
sweet and cloying とは言えませんでしょう。
In such circumstance you will hear what the voyageurs call the voices of the rapids.
Many people never hear them at all. They speak very soft and low and distinct beneath
the steady roar and dashing, beneath even the lesser tinklings and gurglings whose
quality superimposes them over the louder sounds.
[原文、改行なし]
こうした境地にあって、●川船頭●ルビ(ヴォエイジャー)たちが早瀬の声と呼ぶ音が
聞こえてくるのだが、ほとんどの人々はそれを耳にしたことはない。その声は、絶え間な
い急流の轟きの下でもたいそう柔らかで、低く、明瞭である。轟音に重なるより小さなピ
3
チャピチャ、ゴボゴボという音が、その性質からして、早瀬の声を轟音の下でも際立たせ
ているのだ。
<コメント>
・the voyageurs
「《カナダ》船頭(特に、昔、カナダの毛皮貿易商会の雇い人で、湖水・河川に臨む各
出張所間の運送に従事した船頭で、多くはフランス系カナダ人またはアメリカ先住民と
の混血)」(研究社大英和)。
・They speak very soft and low and distinct beneath the steady roar and dashing,
beneath even the lesser tinklings and gurglings whose quality superimposes them
over the louder sounds.
今回、最大の難所だったようです。みなさん、苦心の訳をものされ、中には、感嘆すべ
きものもありました。ご一緒に分析してみましょう。
ここには3種類の音が登場しています。音量が大きい順に並べれば、A”the steady roar
and dashing,”
B”the lesser tinklings and gurglings,”
C”They と them(双方、the
voices of the rapids を指す)”となります。そして、「Bの quality がCに似通っている
ので、それが媒介となって A にも負けず、Cを際立たせている」ということだと思われ
ます。
They are like the tear-forms swimming across the field of vision, which disappear so
quickly when you concentrate your sight to look at them, and which reappear so
magically when again your gaze turns vacant. In the stillness of your hazy
half-consciousness they speak; when you bend your attention to listen, they are gone,
and only the tumults and the tinklings remain.
涙の形をした何かが視界を横切るが、それを見定めようと視線を凝らせばあっという間に
消え去り、視線を緩めればさながら魔法のようにふたたび姿を現す。おぼろげな半覚醒状
態の静寂の中にそれらは語り続ける。それを聴き取ろうとした瞬間にそれらは消え、轟音
とピチャピチャいう水音だけが残るのである。
But in the moment of their audibility they are very distinct. Just as often an odor will
wake all a vanished memory, so these voices, by the force of a large impressionism,
suggest whole scenes. Far off are the cling-clang-cling of chimes and the swell-and-fall
murmur of a multitude en fête, so that subtly you feel the gray old town, with its walls,
the crowded marketplace, the decent peasant crowd, the booths, the mellow church
building with its bells, the warm, dust-moted sun.
4
だが、聞こえる瞬間、早瀬の声ははっきりと耳を打つ。消えてしまった記憶をある匂い
がすっかり呼び覚ますことがよくあるように、この声は心に刻まれた印象の強い働きによ
って全光景を浮かび上がらせる。遠くでカランコロンと鳴る鐘の音、大きくなったり小さ
くなったりする浮かれた群衆のざわめきが聞こえてくると、人は灰色の古い町の存在を微
かに感じ取るのだ。城壁に囲まれた町にはにぎわう市場があり、きちんとした●身形●(ル
ビ、みなり)の農民たちが繰り出し、屋台が出る。鐘をそなえた立派な教会の建物があり、
暖かい太陽がちりに霞んでいる。
<コメント>
・a large impressionism
非常に多くの方々が「偉大な印象主義」の類の訳語をあてていらっしゃいますが、ここ
の文脈でimpressionismを「印象主義」と解するのはどうみても無理でしょう。ここでは
接尾辞の-ismが、行動・状態・作用を表わすという原義にさかのぼって、「impressions
の働き」ぐらいの意味にとっておくのがいいでしょう。
[原文、改行なし]Or, in the pauses between the swish-dash-dashings of the waters,
sound faint and clear voices singing intermittently, calls, distant notes of laughter, as
though many canoes were working against the current—only the flotilla never gets any
nearer, not the voices louder.
あるいは●轟々●(ルビ、ごうごう)たる水音のあいまあいまに、微かだがはっきりした
歌声がとぎれとぎれに響き、人々のわめき声や遠方の笑い声が聞こえ、まるでそれは無数
のカヌーが流れに逆らって進んでいくようだ。――ただ、カヌーの群れは一向に近くもな
らず、声が大きくなることもない。
<コメント>
・sound faint and clear voices singing intermittently, calls, distant notes of laughter
この sound は形容詞ではなく述語動詞で、これにつづく faint ~ laughter の全体が主
部であると解するのが自然でしょう。つまり、倒置文です。
[ 原 文 、 改 行 な し ] The voyageurs call these mist people the Huntsmen; and look
frightened. To each is his vision, according to his experience. The nations of the earth
whisper to their exiled sons through the voices of the rapids. Curiously enough, by all
reports, they suggest always peaceful scenes—a harvest-field, a street fair, a Sunday
morning in a cathedral town, careless travelers—never the turmoils and struggles.
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Perhaps this is the great Mother’s compensation in a harsh mode of life.
土地の川船頭たちはこうした霧の中の人びとを「●狩人●(ルビ、ハンツマン)」と呼び、
恐怖の表情を浮かべる。人それぞれに経験によって見えるものが違ってくる。大地の民た
ちは、故国を追われたわが息子たちに早瀬の声をとおしてそっと話しかけるのだ。誰もが
口をそろえて言うのだが、不思議なことに、その声が浮かび上がらせるのは決まって平和
な光景である。――●穫●(ルビ、と)り入れ時の畑、街頭市、大聖堂のある町の日曜の
朝、のんきな旅人といった風で、騒動や争いごとは決してない。おそらくこれは、厳しい
この世の暮らし向きをつぐなおうとする偉大な「母」の心遣いなのだろう。
<コメント>
・The nations of the earth
nation を「国」と解した方々多数。たとえば「地球上の国々」の類。
・careless travelers
careless を「不注意な」と訳された careless な方々多数。
Nothing is more fantastically unreal to tell about, nothing more concretely real to
experience, than this undernote of the quick water. And when you do lie awake at night,
it is always making its unobtrusive appeal. Gradually its hypnotic spell works. The
distant chimes ring louder and nearer as you cross the borderland of sleep.
口にするのにこれほど夢のように非現実的で、体験するのにこれほどはっきりと現実的
なものといったら、まず早瀬のこの低い声のほかにはない。夜、まんじりともせず横にな
っているとき、その声はいつもそっと訴えてくるのだ。だんだんその催眠術がきいてくる。
眠りの国境を越えるにつれて、遠かった鐘の音が大きく近くに聞こえはじめる。
<コメント>
・Nothing is more fantastically unreal to tell about, nothing more concretely real to
experience,
意外に多くの方々が、この2つの不定詞句、to tell ~ と to experience ~ の対比をう
まく訳出できておりません。モデル訳文で、この辺の呼吸をお汲み取りください。
[原文、改行なし]And then outside the tent some little woods noise snaps the thread. An
owl hoots, a whippoorwill cries, a twig cracks beneath the cautious prowl of some night
creature—at once the yellow sunlit French meadows puff away—you are staring at the
blurred image of the moon spraying through the texture of your tent.
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すると、そのときテントの外である小さな森の音がして、プツンと意識の糸を断ち切る。
●梟●(ルビ、ふくろう)がホーと鳴き、夜鷹が声を上げ、何か夜行性の動物が注意深く
歩き回る足の下で小枝がかさっと音を立てる。――と同時に、金色の陽を浴びたフランス
の牧場がふっと消え、テント地をとおして霧のように忍び込むぼんやりした月の姿を見つ
めることになる。
<コメント>
・snaps the thread.
ここもたいそう訳しにくい箇所で、「ぱっちと糸を鳴らす」、「夢の糸を断ち切る」
など、首をひねるような訳が多数。thread は「(糸のように)長くつづく物」を表わし、
ふつう、He lost the thread of his argument.(議論の筋が分からなくなった。)のような使
い方をします。ここでは of 以下がありませんが、
『オックスフォード類語辞典』には thread
の同意語として train of thought が挙げられていますので、それを参考にして「意識の糸」
と訳出することにしました。また、Google で検索すると、the thread of thought (silence)
の用例がたくさん見つかりますが、文脈から、silence ではなく thought の方を選びまし
た。
・you are staring at
全段落でここのみが現在進行形である点に注目? 「われに帰れば、~を眺めている」、
「~しているのに気づく」とされた方あり。
The voices of the rapids have dropped into the background, as have the dashing
noises of the stream. Through the forest is a great silence, but no stillness at all. The
wippoowill swings down and up the short curve of his regular song; over and over an owl
says his rapid whoo,whoo,whoo. These,with the ceaseless dash of the rapids, are the
web on which the night traces her more delicate embroideries of the unexpected.
急流の声は、とどろく川の音と同じように急に背後に引っ込んでしまった。森中を大い
なる静寂が支配するが、全くの無音というわけではない。夜鷹はおなじみの歌の短いカー
ヴを上り下りし、梟は繰り返しすばやくホー、ホー、ホーと鳴く。鳴き声は絶えざる急流
のとどろきと合わさって織物となり、夜がその上に思いももうけぬ出来事を繊細な刺繍と
して描き出すのだ。
<コメント>
・but no stillness at all
ここの stillness を「静止」ととり、「何の動きもないわけではない」とされた方々多
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数。しかし、すぐ次の記述を見るなら、やはり、モデル訳文のように解したいと思いま
す。
[原文、改行なし] Distant crashes, single and impressive; stealthy footsteps near at hand;
the subdued scratching of claws; a faint sniff! sniff! sniff! of inquiry; the sudden clear
tin-horn ko-ko-ko-óh of the little owl; the mournful, long-drawn-out cry of the loon,
instinct with the spirit of loneliness; the ethereal call-note of the birds of passage high
in the air; a patter, patter, patter, among the dead leaves, immediately stilled; and then
at the last, from the thicket close at hand, the beautiful silver purity of the
white-throated sparrow-the nightingale of the North-trembling with the ecstasy of
beauty, as though a shimmering moonbeam had turned to sound; and all the while the
blurred figure of the moon mounting to the ridge-line of your tent—these things
combine subtly, until at last the great Silence of which they are a part overarches the
night and draws you forth to contemplation.
耳底に残る単発の遠くの衝突音。間近に聞こえるひそやかな足音。爪で引っかく低い音。
何かを探して鼻をフン、フン、フン鳴らす微かな音。突然はっきりと聞こえる、小さな梟
のコ、コ、コーッという●甲高●(ルビ、かんだか)い鳴き声。孤独の寂しさを●湛●(ル
ビ、たた)えた、●阿比●(ルビ、あび)の哀しげな長い鳴き声。高空を行く渡り鳥の霊
妙な地鳴き。すぐに止んでしまう、枯葉のあわいから聞こえるパタ、パタ、パタという音。
そして最後には、近くの茂みから聞こえてくる喉白の雀(北部のナイチンゲール)の純銀
のように美しい鳴き声。美の恍惚に身を震わせるその声は、ほのかな月光が音と化したか
のようだ。そうしてこの間、テントの稜線まで昇った月の滲んだような姿がずっと見えて
いる。――こうしたものが微妙に混じりあって大いなる「静寂」の一部となり、「静寂」
はついに夜を支配し、人を瞑想へと誘い込む。
<コメント>
・instinct with the spirit of loneliness
「本能に基づいた孤独の~」の類の訳多数。instinct の語義をご精査ください。
No beverage is more grateful than the cup of spring water you drink at such a time;
no moment more refreshing than that in which you look about you at the darkened
forest. You have cast from you with the warm blanket the drowsiness of dreams. A
coolness, physical and spiritual, bathes you from head to foot.
こんなおりに飲む1杯の湧き水は、どんな飲み物にもましてありがたい。身辺から黒々
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とした四辺の森へと目を向けるときほど●清々●(ルビ、すがすが)しい瞬間はない。温
かな毛布とともに夢心地のまどろみはもう払いのけてしまった。心と身体の涼やかさが、
頭の天辺から足のつま先まで浸している。
<コメント>
・look about you at the darkened forest
自分の周りを見回し、それから遠くの森を眺める、といった図でしょう。
Cf. The stranger looked about him at the wonderful new sights.(そこへ初めて来た人
は目にしたことのないすばらしい光景に周囲を見回した。)(研究社・ロングマン 句動詞
英和辞典)
[原文、改行なし]All your senses are keyed to the last vibrations. You hear the littler
night prowlers; you glimpse the greater. A faint, searching woods perfume of dampness
greets your nostrils. And somehow, mysteriously, in a manner not to be understood, the
forces of the world seem in suspense, as though a touch might crystallize infinite
possibilities into infinite power and motion. But the touch lacks. The forces hover on the
edge of action, unheeding the little noises. In all humbleness and awe, you are a dweller
of the Silent Places.
五感は最後のどんな振動にも同調している。小型の夜行性動物の動きが聞こえる。大型の
動物の姿がちらりと見える。微かだが、きつい、湿ったような森の匂いが鼻を打つ。そし
てなぜか不思議なことに、どんな風にしてかは分からぬが、世界の諸力がぎりぎりまで高
まり、あたかも指1本触れるだけで無限の可能性が無限の力と運動へと結晶化しそうにな
る。だが、その一触れはない。諸力は行動の直前でためらい、小さな物音には目もくれな
い。謙譲と畏敬のきわみ、人は「●静謐●(ルビ、せいひつ)なる場所」の住人となる。
<コメント>
・You hear the littler night prowlers
ここで、すぐあとの greater と対比して、little の比較級としての littler が用いられてい
ますが、『研究社大英和』に、「littler, littlest は特に《口語》で親愛の情をこめて言う
ときだけに用いられる」とあります。
・A faint, searching woods perfume
searching を無視、あるいは誤訳された方もかなり。『英辞郎』に「(においなどが)き
つい:The air was impregnated by a searching odor. (辺り一面きついにおいで満たさ
れていた)」とあります。ただし、ふつうは「(雨、風、寒さなどが)きつい」。
・The Silent Places
9
ちなみに、この文章の筆者に同名の小説(1904 年)があります。
At such a time, you will meet with adventures. One night we put fourteen inquisitive
porcupines out of camp. Near McGregor’s Bay I discovered in the large grass park of my
camp-site nine deer, cropping the herbage like so many beautiful ghosts. A friend tells
me of a fawn that every night used to sleep outside his tent and within a foot of his head,
probably by way of protection against wolves, its mother had in all likelihood been
killed. The instant my friend moved toward the tent opening the little creature would
disappear, and it was always gone by earliest daylight.
こんなとき、人は珍事に出くわすものだ。ある夜、われわれは何にでも鼻を突っ込みた
がる 14 匹の山荒らしをキャンプから追い出した。マクレガー湾の近くでは、私のいたキャ
ンプ地の広い草地で、まさに 9 個の美しい幻影のように草を食んでいる9匹の鹿を見つけ
た。ある友人は、毎夜、自分の頭から1フィート(約 30 センチ)とは離れていないテント
の外に、決まって寝にやって来る小鹿の話をしてくれた。おそらくは狼から身を護るため
で、母親は十中八九●殺●(ルビ、や)られてしまっているのだろう、という。友人がテ
ントの出入り口に向かうとたん、その小動物は姿を消してしまう。いつも夜が明けるとす
ぐにいなくなった。
<コメント>
・you will meet with adventures
adventures を「冒険」と訳された方もかなりいられましたが、文脈から言ってやはり、
無理でしょう。
・McGregor’s Bay
現行諸「世界地図」には記載されていませんが、Google によればヒューロン湖カナダ側
の小湾で、今はリゾート地のようです。
・in all likelihood
これも、無視あるいは誤訳された方、多し。
[原文、改行なし] Nocturnal bears in search of pork are not uncommon. But even though
your interest meets nothing but the bats and the woods shadows and the stars, that few
moments of the sleeping world forces is a psychical experience to be gained in no other
way. You cannot know the night by sitting up; she will sit up with you. Only by coming
into her presence from the borders of sleep can you meet her face to face in her intimate
mood.
10
豚肉を探しにやって来る夜行性の熊は珍しくもない。だが、たとえ人の好奇心の出会う相
手が●蝙蝠●(ルビ、こうもり)と森の影と空の星だけだったとしても、寝静まった世界
で諸力が働くあの数瞬は、ほかの仕方では決して味わえぬ心的経験である。寝ずに起きて
いるのでは夜を知ることはできない。夜も一緒に起きているからだ。眠りの国境から夜の
目前へとやって来て、はじめて打ち解けた気分の夜とあいまみえること可能となるのだ。
<コメント>
・that few moments of the sleeping world forces
この that が those とならないのは、few moments of the sleeping world forces が 1 かた
まりのものと意識されているからだと思われます。
The night wind from the river, or from the open spaces of the wilds, chills you after a
time. You begin to think of your blankets. In a few moments you roll yourself in their
soft wool. Instantly it is morning.
川から吹き、あるいは荒野の空地から吹く夜風で、しばらくすると身体が冷えてくる。
毛布が恋しくなって、いくばくもなく柔らかな羊毛にくるまる。そのとたん、もう朝だ。
And, strange to say, you have not to pay by going through the day unrefreshed. You
may feel like turning in at eight instead of nine, and you may fall asleep with unusual
promptitude, but your journey will begin clear-headedly, proceed springily, and end
with much in reserve. No languor, no dull headache, no exhaustion, follows your
experience. For this once your two hours of sleep have been as effective as nine.
ところで奇妙なことに、その日1日をすっきりしない気分で過ごすような目にはあわずに
済むのだ。9時といわず8時にはもう床に入りたくなり、しかもいつになく直ぐに寝入って
しまうかもしれない。だが、翌日からの旅はすっきりした頭ではじまり、快調に進み、余
力を残して終わるだろう。この、夜の体験に倦怠や鈍い頭痛や疲労困憊がついてまわるこ
とはない。このときばかりは、2時間の眠りが9時間の眠りに優に匹敵したのである。
<総評に代えて>
今回特に目立った問題点としては、英単語、句の意味の掘り下げ不足、あるいは含意に
たいする鈍感さでした。例えば、モデル訳文の<コメント>に記した、rose leaf、
impressionism、instinct with、the nations of the earth、poppy-suspension などなど。み
な一見、すでにみなれた、わかりきった語のように思われますが、どうしてどうして……。
そして、語義を誤解したときには、当然、訳文が不自然、意味不明瞭、脈絡なしになって
11
いるのですが、そのまま先に進んでしまっている受講者がかなりいらっしゃいました。結
局、英文解釈とは原文と辞書とをとことん、読み解くことに尽きる、ということをお互い、
もう1度、肝に銘じることといたしましょう。
もうひとつ、代名詞、というよりは主語の取り扱いにかかわる問題があります。本課題
では、you が多用されていますが、これは、言うまでもなく、
「[総称的に]人は(だれでも)
(研究社
大英和)」という意味です。ところが、これを全て、「あなたは」、あるいは「君
は」とされた方々がかなり多くいらっしゃいました。当然、訳文は翻訳臭ふんぷんたるも
のとなります。
日本語は、極力、と言おうか、本来的にと言おうか、主語を省略する傾向をもつ言語で
あることはご存知だと思います。どうか、この点、くれぐれもご留意ください。
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