損害賠償等請求事件 東京地方裁判所平成21年(ワ)第46537号 平成24年2月27日民事第11部判決 口頭弁論の終結の日 平成23年12月19日 判 決 原告 P1 同訴訟代理人弁護士 坂口英一 被告 株式会社NEXX 同代表者代表取締役 P2 同訴訟代理人弁護士 安田隆彦 ほか4名 主 文 1 被告は,原告に対し,324万1867円及びこれに対する平成21年7月17日から支払済みまで年 14.6%の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを4分し,その1を被告の,その余を原告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告に対し,754万6444円及びこれに対する平成21年10月4日から支払済みまで年 5%の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告に対し,487万3553円及び (1)うち478万9553円に対する平成21年7月17日から支払済みまで (2)うち8万4000円に対する平成21年10月4日から支払済みまで それぞれ年14.6%の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要等 1 本件の要旨 本件は,原告が,被告から,平成18年6月29日に賃金を20%減額され,また,平成21年5月分の 賃金の一部につき欠勤控除扱いとされ,さらに,同年 7月6日に普通解雇されたことがいずれも違法・ 無効であると主張して,被告に対し,〔1〕復職に代わる不法行為に基づく損害賠償として754万6444 円 (逸失利益として社会保険料等控除後の年収相当額586万0404円,慰謝料100万円,弁護士費 用68万6040円の合計額)と当事者間に争いがない労 働審判申立書到達の日の翌日である同年10 月4日から支払済みまで年5%の割合による遅延利息の支払(請求1),〔2〕賃金20%減額分合計 478万 9553円(平成18年6月分以降〔同年5月16日分以降〕,平成21年7月6日までの37か月と 21日分につき,1か月当たり12万7120円の割合に よる減額がなされた。)とこれに関するあっせん 申請書到達日の翌日である平成21年7月17日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律 6条1項及 び同法施行令1条(以下,併せて「賃確法」という。)所定の年14.6%の割合による遅延利 息の支払(請求2(1)),〔3〕欠勤控除扱いとされた賃金8 万4000円と労働審判申立書到達の日の翌 日である同年10月4日から支払済みまで賃確法所定の年14.6%の割合による遅延利息の支払(請 求2(2)) を求めている事案である。 2 争いのない事実及び証拠上容易に認定することのできる前提事実 (1)当事者(争いのない事実) 被告は,電子機器・システム開発及び販売,コンテンツ関連事業等を業とする株式会社である。 原告は,被告に雇用され,被告の業務に従事していた労働者である。 (2)労働契約の内容(甲1,争いのない事実) 原告は,平成15年10月22日ころ,被告にアルバイトとして採用され稼働していたところ,平成16年 11月27日ころ,被告との間で,平成17年1月 1日以降は正社員として,以下のような内容の期間の 定めのない労働契約を締結した(以下「本件契約」という。)。なお,給与条件は,本人の勤務状況,成 績 等と被告の業績状況に鑑み,被告の判断により,適宜年度ごと後年の調整を実施すること(以下 「本件改訂条項」という。),賞与については,平成17年12 月末までにおいては,被告の判断と都合 による変更のない限り,定期賞与を含む給与体系は適用しないこととされていた。 ア 職務 製品マーケティング・マネジャー(社長直属の所属)(ないし同等の職分を任命) イ 業務内容 〔1〕製品のマネジメントとマーケティングに関する全般 〔2〕事業と製品の企画 〔3〕販売に必要なサポート全般,営業の支援 〔4〕他全般に,被告より任命された業務 ウ 就労時間 始業午前9時,終業午後5時30分(実働7時間30分) エ 休日 土曜日,日曜日及び祝日 オ 給与 月60万3500円(毎月15日締め当月25日払い)(別途,通勤手当を全額支給〔3か月ごと の定期代支給〕) 〔1〕基本給 月54万3500円 〔2〕業務手当 月 2万5000円(残業手当を固定で含む) 〔3〕役職手当 月 3万5000円 (3)本件契約当初からの実際の給与支給額(甲1,争いのない事実) 被告は,本件契約の当初から,3500円分を切り捨てた月額60万円を基準として(社会保険及び源 泉所得税を控除した手取額は月額48万8367円であった。),原告に給与を支給していた。 (4)給与の減額(甲5〔以下,枝番表記を省略〕,争いのない事実) 被告は,原告に対し,平成18年6月25日に支給すべきであった平成18年6月分の給与につき,同 月29日ころ,これまでの額面額から20%分(12万 円)減額した48万円とし,以後,同額を基準として (社会保険及び源泉所得税を控除した原告の手取額は36万1247円であった。)給与を支給するよう に なった(以下「本件給与減額」という。手取額にすると,本件給与減額前と本件給与減額後の差額は 12万7120円である。)。 (5)欠勤控除(甲19,20,乙17,28,弁論の全趣旨) 被告は,原告に対し,平成21年6月分の給与(同年5月16日から同年6月15日までの勤務期間分) につき,欠勤日数3.5日分の欠勤控除として,8万4000円(1日2万4000円の計算)を控除して支給 した(以下「本件欠勤控除」という。)。 (6)普通解雇(甲2) 被告は,平成21年7月6日,概要,次のような理由により原告を普通解雇する旨の意思表示をした (以下「本件解雇」という。)。 〔1〕業務命令の無視,反抗の継続 〔2〕職務遂行能力と遂行姿勢の欠落 〔3〕経営側への不合理な批判及び本人の勤務態度等の不履行を顧みない態度 3 本件の争点 (1)本件給与減額の有効性及び消滅時効の成否 (2)本件欠勤控除の有効性 (3)普通解雇事由の存否及び解雇権濫用論の成否 (4)不法行為に基づく損害賠償請求権の有無ないし額 4 争点に関する当事者の主張 (1)本件給与減額の有効性及び消滅時効の成否 【被告の主張】 ア 本件給与減額は,以下の事情から,有効に合意されたというべきである。 〔1〕被告は,零細企業であり,設立間もない会社であったこともあって,財務状況が必ずしも良好でな く,被告の代表者であるP2社長(以下「社長」という。)及びその妻であるP3管理部長(以下「管理部 長」という。)は,ほとんど無給状態であった。 〔2〕被告は,本件給与減額に際して,社会保険労務士の意見を入れた業績変動時給与支給基準(以 下「本件基準」という。)を作成しており,本件給与減額は,その基準に従って厳密・公平になされたもの である。 〔3〕被告は,本件給与減額に際して,全従業員に対し,社会保険労務士の意見を入れた勤務評価を 実施し,当該従業員自身に対して,その評価を説明した。なお,原告にも自己評価を求めたところ,幾 分原告の方が甘いことはあったものの,被告側の評価と大きな開きはなかった。 〔4〕被告は,本件給与減額に先立つ平成21年4月24日,全従業員に対し,減給措置と人事評価の説 明会を実施することを通知し,翌25日,これを実施し (以下「本件説明会」という。),その際,本件給与 減額が人事評価に依拠することや,会社の売上げが思うように伸びていないこと等を説明した。 〔5〕原告は、上記の説明会においても,実際に本件給与減額がなされた際も,異議を述べることなく, 減額後の給与を受領し続けていた。 イ 仮に,原告に本件給与減額分の請求権があるとしても,原告が被告に対してその支払請求をした のは平成21年6月13日であり,その後,同年9月24日 に労働審判申立てを行うに至っているから, 平成18年6月分から平成19年5月分までの差額給与152万5440円については,消滅時効が完成し ている。 よって,被告は,予備的に,消滅時効を援用する。 【原告の主張】 ア 本件給与減額は,以下の事情から,無効というべきである。 〔1〕被告は,原告に対し,本件給与減額に先立ち,被告の経済状況についての説明を全くしておらず, 被告がその経済状態を本件給与減額の理由として掲げたのは,原告が申請したあっせんの場におい てである。 〔2〕本件基準は,基本給と手当の区別が一切無視されたものとなっており,2名の従業員に対し8階級 の基準が作成されるなど,無意味なものであった上,内容的にも,その下げ幅が非常に大きく,いきな り実施されたものであって,あまりに労働者を害するものである。 〔3〕原告の減給幅は,本件基準で示されたパーセンテージとは異なっており,被告は,全従業員の給 与を一律20%減額しているのであって,本件給与減額は,勤務評価とは無関係に,恣意的になされた ものである。 〔4〕通常であれば,社会保険労務士は,従業員から同意書をとることを助言したはずであり,本件でそ のような手続がとられていないということは,被告が従業員から同意すら取ろうとしていなかったからで ある。 〔5〕原告が,本件給与減額について抗議や文句を言わなかったのは,被告の代表者がワンマンであ り,解雇が怖くて抗議できなかったからである。 イ よって,原告は,被告に対し,平成18年6月分から平成21年6月分までの37か月分及び同月16 日から同年7月6日までの21日分につき,1か月につき12万7120円の割合による差額給与として, 以下のように,478万9553円の請求権を有している。 12万7120円×37か月+12万7120円×21日÷31日=478万9553円 (2)本件欠勤控除の有効性 【被告の主張】 本件欠勤控除の対象となった原告の欠勤は,平成21年6月2日,同月3日(半日休),同月9日,同 月15日の3.5日分である。これらについては,いず れも原告が事前の申請なく欠勤し,年休を消化す る旨の主張もなかったことから,やむなく欠勤控除扱いとしたのであり,何ら違法はないというべきであ る。 【原告の主張】 被告作成の原告に関する業務報告提出記録によれば,有給休暇届出書の未提出欠勤は2日あるの みであること,実際にこれまで被告が事前無許可と認定した欠 勤控除がなされていなかったこと,平成 21年6月分の給与支給日の直前に,原告の待遇改善に関して原被告間で激しい応酬があったことに 照らすと,本件欠勤 控除は,原告が被告に対して待遇改善を要求したことへの報復であったことは明 らかであり,違法というべきである。 よって,原告は,被告に対し,本件欠勤控除額分相当額の差額給与として,8万4000円の請求権を 有している。 (3)普通解雇事由の存否及び解雇権濫用論の成否 【被告の主張】 解雇理由通知書記載の主な普通解雇事由を整理すると,次のとおりである。 そして,本件解雇は,決して報復解雇ではなく,ひとえに原告の勤務態度のあまりのひどさによるもの であり,本来であれば,もっと早急に解雇すべきであっ た。原告は,平成18年,平成19年に辞職を申 し出たことがあったが,被告は,原告がまだ若く,能力も付くことを期待し,社長が慰留していたことも あっ た。また,平成21年2月には,原告が交通事故に遭ったので,新規の仕事は避けて仕掛かり中の 仕事を仕上げるように配慮することもしたのである。それにも かかわらず,原告の勤務態度は全く改ま らなかったことから,被告は,やむなく原告を解雇するに至ったのである。 よって,本件解雇には,客観的に合理的な理由があり,社会的相当性もあるというべきである。 ア 業務命令の無視,反抗の継続 (ア)日常的な業務要請・指示・命令の無視,軽視の常態化 原告は,しばしば欠勤・遅刻・早退等の届出や報告を怠り,管理部長がメールでその提出を催促する ことが多くあった。 (イ)指定業務の度重なる履行違反・改善指示命令違反 原告は,しばしば日々の業務報告を怠り,提出されたとしても中身がおざなりであって,業務把握に 役立つものとはなっていなかった。また,中断している作業も多く,目処さえ立たない状況にあった。 (ウ)展示会・イベントでの準備も含む作業指示命令に対する違反 〔1〕什器備品その他の会場での準備の懈怠 原告が,各種展示会等において,機材の準備ないし手配や配置,配付資料の作成等を失念し,ある いは懈怠したことにより,被告は,開始時刻ぎりぎりになっての応対を余儀なくされたり,余計なコスト を要したり,商品のデモンストレーションができなくなったりした。 〔2〕展示会における行動報告の懈怠 原告が,展示会会場から離脱する際の報告や展示会終了後の報告を懈怠したため,見学者が放置 されたり,展示用装置が停止したまま放置されたり,外部からの問い合わせに備えて,社長が別の所 用をキャンセルして会社で待機させられたりした。 〔3〕展示会での関係者への対応の懈怠 原告は,展示会での関係者への対応をおろそかにし,被告の大切なPRの機会を台無しにしてしまっ た。 イ 職務遂行能力と遂行姿勢の欠落 (ア)積極的・誠実に自己の職務を遂行する態度の根本的欠如 原告は,社長が何回も注意したにもかかわらず,顧客との面談中を含めて居眠りがあまりに多く,ま た,仕事中,用もないのに他の従業員のところへ行って無駄話をし,他の従業員からも嫌がられてい た。 (イ)管理者への悪口,罵倒,嫌がらせ,侮辱的・反抗的行動 原告は,社長が注意するとすぐに反抗的な態度をとり,都合の悪い事実は隠 し,無視していた。ま た,原告は,社長が会社にいないと,管理部長の指示や注意を全く無視し,管理部長に対し,居丈高 に反論して大声で怒鳴ることが多く,不気味な態度をとることもあった。 (ウ)健全な就労環境維持義務違反 原告は,他の従業員との協力や連携,指導・助言が欠如しており,原告の言動により,職場全体の秩 序が乱された。 【原告の主張】 原告には,次のように,普通解雇事由自体が存在しないというべきである。 そして,本件解雇は,原告が,平成21年6月24日に東京労働局の斡旋を申請して,被告に対して本 件給与減額分の支払を求めたところ,その約2週間後になされたものであり,本件解雇があっせん申 請をしたことを理由とする報復的解雇であることは明らかである。 また,労働者の業務遂行能力不足を理由とする解雇の場合,合理性の要件・社会的相当性の要件 を満たすためには,単なる成績不良ではなく,企業経営や運用 に現に支障・損害を生じまたは重大な 損害を生じるおそれがあり,企業から排除しなければならない程度に至っていることを要し,かつ,そ の他是正のため注意 し反省を促したにもかかわらず改善されないなど,今後の改善の見込みもないこ と,使用者の不当な人事により労働者の反発を招いたなどの労働者に宥恕すべき 事情がないこと,企 業側の事情なども考慮して判断すべきといえる。しかし,本件には,合理性の要件及び社会的相当性 の要件を満たすような事情は存しない。 よって,本件解雇は,解雇権の濫用にあたる。 ア 業務命令の無視,反抗の継続について (ア)日常的な業務要請・指示・命令の無視,軽視の常態化について 被告が指摘する欠勤・遅刻・早退等の届出や報告懈怠は,平成19年ころのものであり,その後,特 に原告が届出等の書類を提出していないことを窺わせる資料はない。 (イ)指定業務の度重なる履行違反・改善指示命令違反 そもそも,被告が求める業務報告書の記載内容は,毎日の報告内容としては過大であり,その必要 性は極めて疑問であるが,その点を措くとしても,原告が本 件解雇直近3か月間に業務報告をしな かったのは,平成21年4月10日の一度しかない。むしろ,原告の業務報告書提出状況は改善されて いる。また,原告の 業務報告書の中には,確かに仕掛品が多かったので,コピーアンドペーストにより 報告したものがあるが,原告は,被告から業務報告書の記載を改めるよう指示 されたことはなく,業務 報告書を突き返されたり,再提出を求められたこともない。 (ウ)展示会・イベントでの準備も含む作業指示命令に対する違反について 〔1〕什器備品その他の会場での準備の懈怠 機材の準備等が直前で不十分となったのは,社長の指示が展示会等の開催日の直前にならないと 分からないことが多かったり,金銭的負担を要するものについ て社長の判断を待つ必要があったりし たからである。また,デモンストレーションができなくなったり,不十分なものとなってしまったりしたの は,ルーターが 故障していたり,デジタルサイネージを映す機器がフリーズしやすかったりしたためで ある。 〔2〕展示会における行動報告の懈怠 原告が展示会会場でメールチェックをしていなかったのは,被告のブースが狭く,ノートパソコンを開 けられるようなスペースが全くなかった上,来訪者への 説明に追われていたからである。また,帰社時 に電話連絡ができなかったのは,撤去作業や機材を載せたスクーターでの帰社に時間を要し,電話を する暇がな かったからである。 〔3〕展示会での関係者への対応の懈怠 原告が海外からの来賓のサポートをすることができなかったのは,英語ができなかったからであり, むしろ,原告が英語を話せないことを知りながら,長時間 ブースを空けて海外からの来賓を放置した のは社長の方である。他方,原告は,顧客からの質問にはきちんと対応しており,関係者への対応を 懈怠していた事実 はない。 イ 職務遂行能力と遂行姿勢の欠落について (ア)積極的・誠実に自己の職務を遂行する態度の根本的欠如 居眠りの事実については,客観的な証拠がなく,証人尋問において聖母の如く慈悲深いと自らを称し ていながら原告の悪口を並べ立てるだけの管理部長の証言や,同人の作成記録には信用性がない。 (イ)管理者への悪口,罵倒,嫌がらせ,侮辱的・反抗的行動 原告は,原告個人に対する投資用マンションの執拗な電話セールスに対して,強い口調で拒絶した ことはあるが,それ以外に粗野な言葉遣いをしたことはな い。また,原告は,被告に対して,通勤災害 の労災申請をお願いした際に,管理部長から「通勤中の事故で執務中の事故ではないので労災には 当たらない」旨の 回答をされたのに対して,「もっと勉強してくださいよ」と言ってしまったことはあるが, それは管理部長が労災の基本を調べようともせず原告の労災申請を 断ったことに原因がある。さら に,管理部長に対するハラスメントをいう点については,被告が主張する管理部長の精神的症状自体 に疑問がある上,麹町警察署 における生活安全相談記録にも記載されておらず,信用性がない。 (ウ)健全な就労環境維持義務違反 そもそも,就労者である原告に就労環境維持義務など存しない。仮に,そのような義務が認められる 場合があるとしても,居眠り等をした事実はないし,被告に対して要望書を提出することは原告の権利 であって何らとがめられることではない。 (4)不法行為に基づく損害賠償請求権の有無ないし額 【原告の主張】 本件解雇は無効であるから,原告は,被告との間の労働契約上の地位を有していることになる。しか し,原告は,在職中の被告の仕打ち,本件解雇を正当化し ようとする被告の態度等を見るに,被告へ の復職を望まない。そこで,それに代わる損害賠償を請求する。その費目及び額は次のとおりであり, その合計額は 754万6444円となる。 ア 逸失利益 586万0404円 失業率の高い現在の経済状況下で,本件給与減額前の給与水準と同程度の収入の就職先を見つ けることは困難を極めることから,少なくとも,原告が再就職先 を見つけるには1年間を要するものと いうべきであり,本件給与減額前の社会保険及び源泉所得税を控除した手取給与の1年分を逸失利 益と算定するのが相当で ある(48万8367円×12か月=586万0404円)。 イ 慰謝料 100万0000円 原告は,被告の違法な本件解雇により多大な精神的苦痛を被った。かかる精神的苦痛を金銭評価 すると,100万円は下らない。 ウ 弁護士費用 68万6040円 ア及びイの合計額の10%を被告が負担するのが相当である。 【被告の主張】 本件解雇は有効であるから,原告主張のような請求権は発生しない。 第3 当裁判所の判断 1 本件給与減額の有効性及び消滅時効の成否 (1)本件給与減額の有効性 労働契約の内容である労働条件の変更については,労使間の合意によって行うことができるところ (労働契約法8条),一般に,この場合の合意は,明示であると黙示であるとを問わないものとされてい る。 しかし,労働契約において,賃金は最も基本的な要素であるから,賃金額引下げという契約要素の 変更申入れに対し,労使間で黙示の合意が成立したというこ とができるためには,使用者が提示した 賃金額引下げの申入れに対して,ただ労働者が異議を述べなかったというだけでは十分ではなく,こ のような不利益変更 を真意に基づき受入れたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するこ とが必要であるというべきであり,この意味で,被告側の一方的な意思表示により 賃金を改訂すること ができるものとする本件改訂条項は,労働契約法8条に反し無効というべきである。 これを本件についてみると,原告が,平成21年6月13日ころ,被告に対し,要求書(甲10)により, 従前の契約どおり月額60万円の給与の支払を求 め,また,過去の不利益変更相当分の給与の追加 支払を求めるまでの間,約3年間にわたって本件給与減額後の給与を被告から受領し続けていたこと について は,当事者間に争いがない。 しかし,証拠(乙29ないし33,原告本人,被告代表者本人)によれば,〔1〕本件給与減額について は,その適用対象者が社長の妻である管理部長以外の 正社員2名(原告及びP4)のみであり,反対 の声を上げることが困難な状況にあったこと,〔2〕減額幅が20%減と非常に大幅なものであるにもか かわら ず,激変緩和措置や代替的な労働条件の改善策は盛り込まれていないこと,〔3〕平成18年4 月25日に実施した本件説明会において,被告が,売上げ・粗利 益ともに振るわない現状にあることか ら,業績変動時の給与支給水準を設けたい旨を抽象的に説明したことは認められるものの,財務諸表 等の客観的な資料を示 すなどして,原告ら適用対象者に対し,このような大幅減給に対する理解を求 めるための具体的な説明を行ったわけではないことが認められる。 以上によれば,たとえ,約3年間にわたって本件給与減額後の給与を被告から受領し続けていたとし ても,原告が,本件給与減額による不利益変更を,その真意に基づき受け入れたと認めるに足りる合 理的な理由が客観的に存在するということはできない。 よって,本件給与減額につき,原告との間で黙示の合意が成立していたということはできない。 (2)消滅時効の成否 証拠(甲10,弁論の全趣旨及び当裁判所に顕著な事実)によれば,原告が,被告に対して,本件給 与減額分の支払請求をしたのが平成21年6月13日であ り,そのころ,被告がその旨の要求書を受領 したこと,その後,同年9月24日に労働審判申立てを行ったこと,被告は,本訴において,消滅時効を 援用する旨 の意思表示をしたことが認められる。 そうすると,原告が請求する本件給与減額分の差額給与のうち,平成18年6月分から平成19年5月 分までの合計152万5440円については,消滅時効が完成しているものと認められる(認容総額につ いては,2の争点について判断した後に検討する。)。 2 本件欠勤控除の適法性 (1)本件欠勤控除の適法性 証拠(乙28)によれば,原告の平成21年6月分の出退勤状況として,同月2日,3日(半日休),9 日,15日の3.5日分を欠勤したこと,いずれも原 告が事前の申請なく欠勤し,年休を消化する旨の主 張もなかったことが認められる。そうすると,この3.5日分について,欠勤控除をすることは,適法であ る ものと認められる。 これに対し,原告は,証拠(乙17)によれば有給休暇届出書の未提出欠勤は2日あるのみであると いうが,同書証は,基本的には,業務報告書の提出状況に 関する書証であり,欠勤状況に関する書 証としては勤怠処理の記録(乙28)の方が的確であるから,所論を採用することはできない。 また,原告は,これまで被告が事前無許可と認定した欠勤控除がなされていなかったことや,平成21 年6月分の給与支給日の直前に,原告の待遇改善に関し て原被告間で激しい応酬があったことに照 らすと,本件欠勤控除は,原告が被告に対して待遇改善を要求したことへの報復であったことは明らか であると主張す る。この点,確かに,証拠(甲10,11)によれば,平成21年6月13日ころに要望書に より,同月24日に東京労働局のあっせん申請により,被告に対 し,減給分の支払を求めたことが認め られる。また,平成21年6月より前に,欠勤控除がなされたことを窺わせるに足りる証拠はない。しか し,使用者は,原 則として,所定労働日であるにもかかわらず稼働しなかった分の賃金を労働者に対 して支払う義務はないというべきであるところ(労働契約法6条参照),仮 に,これまで,被告において 原告主張のようなルーズな運用がなされていたのだとしても,その運用を法規に則った形に改めたこと をもって,報復措置として無 効であると評価することまではできない。 よって,本件欠勤控除額分相当額の差額給与8万4000円に関する原告の請求については,理由が ない。 (2)未払賃金総額の算定 欠勤控除の方法については労働基準法に特段の定めはないところ,平成21年6月分の所定労働日 数は,会社としての休業日が平日に2日間あったことにより (乙17),19日間となるから,月額給与を 20で除した上で欠勤日数を乗じるという被告の欠勤控除の算定方法が,少なくとも平成21年6月分の 欠勤控除 の方法として合理性を有していることは明らかである。 そうすると,本件給与減額分の請求のうち,時効消滅していない分(326万4113円)から,さらに 3.5日分は上記の方法により控除するのが相当であるというべきところ,その額は,2万2246円であ る。 12万7120円÷20×3.5日=2万2246円 以上によれば,未払賃金に関する原告の請求は,324万1867円及びこれに対する平成21年7月 17日から支払済みまで年14.6%の割合による金員の支払を求める限度において理由がある。 3 普通解雇事由の存否及び解雇権濫用論の成否 (1)認定事実(以下,前提事実と合わせて「本件認定事実」という。) 前提事実並びに証拠(甲33,乙79,80,証人P3,原告本人,被告代表者本人のほか,括弧内掲記 の証拠)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認定することができる(併せて評価を記載するの が適切と思われる項目については,その点についても適宜記載する。)。 ア 出勤・退社・欠勤・行動予定の報告懈怠(乙17,28,43,44) 原告は,平成20年6月1日から平成21年7月5日までの間に,遅刻を22回しており,平成20年12 月以降は,遅刻の回数こそ減ったものの,依然とし てタイムカードの打刻忘れをすることがあったほ か,交通事故により負傷した平成21年2月16日以降,通院を理由として午後から出勤する日が多く なった (毎月16日から翌月15日までを1か月とする給与期間単位でみると,通院状況は1か月当たり 6回ないし14回であった。なお,それにもかかわらず,原告 は,事故後もバイク通勤を続けていたこと から,管理部長に2回注意されている。)。 他方,管理部長は,遅くとも平成18年1月以降,原告に対し,再三にわたって,〔1〕出退勤,遅刻・早 退・欠勤等の届出を提出すること,〔2〕タイム カードの押し忘れをなくすこと,〔3〕欠勤や遅刻を報告す るときは,ただメールを送信するのではなく,早めにまず電話で連絡をすることについて注意してお り, その中には,社会保険労務士に給与計算の資料として渡す必要があることについて触れてあるものも あった。 イ 業務報告書の提出の懈怠(乙3ないし14,17,43,44) 原告は,平成20年6月1日から平成21年7月5日までの間に,管理部長から注意を受けるなどした 結果,遅れて業務報告書を提出したことが18回,結局未提出のままとなってしまったことが48回あっ た(最終回は,同年4月10日分の未提出である。)。 また,原告が被告に提出した業務報告書の内容は,その日に作業した項目や未だ作業中の項目を, 「完了」「作業中」「中断中」などといった分類をしただけ で,十数行程度,箇条書きにして並べるという 体裁のものであり,作業中のものについては,当該業務がどの程度進 しておりいつ完了するのか, 中断中のもの については,中断原因がどのようなものでいつごろ再開の目処が立つのかといったよう な情報を読み取ることができる記載内容とはなっていなかった。 他方,管理部長は,遅くとも平成18年1月以降,原告に対し,再三にわたって業務報告書を提出する ことを注意していた。中には,半月分(平成20年9月 30日のメール),1か月分(同年10月20日の メール),3か月分(平成18年1月19日のメール)という,長期間にわたって業務報告書が提出されて い ないことを指摘するものまであった。 ウ 各種展示会等における原告の作業状況上の問題点 被告は,以下の(ア)ないし(キ)の展示会等を通じて営業活動をしたところ,(ウ)以外の各種展示会 等に関し,原告の作業状況上の問題点を示す次のよう な出来事があった(なお,ここに取り上げな かった被告主張の出来事については,具体的にそれらの出来事があったことを認めるに足りる的確な 証拠がないか, 普通解雇事由として取上げるべきほどの事情とは認められない。)。 (ア)ワークショップ NEXX 2006.06(平成18年6月21日 会場:都市センターホテル)(甲 22,23,乙46,58,59) デジタルサイネージ(店舗等のディスプレイ画面に,商品広告等の動画や静止画像を送信するため の装置。以下「DSG」という。)部門の展示会であるこの ワークショップにおいて,原告が,会場設営用 持込器具のリスト・梱包・持込みや,設営状況チェックの確認担当者であったにもかかわらず,パソコン のキー ボードの準備を失念していたことにより,「HD POST DSG シリーズ」という製品のデモンス トレーションを一部実演することができなかった。これ は,仮に,原告が主張するように,社長の指示が 直前であったとしても,容易に対応することのできる作業であり(ワークショップ持込品リスト〔乙58〕に は,キーボードの欄も設けられていた。),極めて初歩的なミスというべきである。 (イ)青樹会(平成18年6月22日 会場:シャープ市ヶ谷ビル)(甲24,25,乙47) 同業関係の親睦団体が主催するこの展示会においては,原告の責任ではないものの,ルーターが 壊れて電源すら入らない状態になっていたことから, 「POST TV」という製品について,一部の機能 を実演することができなかった。また,原告が,「デジタルサイネージプレーヤーHMP」という製品(以 下「HMP」という。これは、ルーターの故障とは関係のない製品である。)の電源アダプターを忘れたた め,そのデモンストレーションも行うことができず, 結局,社長は,両製品について,口頭でプレゼンを 行うのみとなってしまった。 なお,原告は,HMPの電源アダプターを忘れた点について否認するが,他方で,社長が口頭でプレ ゼンをすることになった点については認めているのである から,HMPについても,デモンストレーショ ンを行うことができなくなったことは明らかであり,これらの事情に加えて,前日の事情も併せ考慮する と,HMPのデモンストレーションを行うことができなくなった原因が原告の電源アダプター失念にあると する被告代表者の供述は,信用することができる。 (ウ)リテールテック JAPAN 2008(平成20年3月4日から同月7日 会場:東京ビッグサイト)(甲 26,乙48,70ないし75) 台湾のメーカーである「IAdea」社(アイデア社)のハードウェアをベースにして被告のシステムを融合 させたDSGソリューションをデモンストレー ション展示する予定であった展示会であり,被告は,原告 が,会場における電気設備使用のための申込みを失念していたため,社長が,会場で当日その申込 みを しなければならなくなったと主張するが,そのような事実を認定するに足りる的確な客観的証拠は ない(なお,証拠上〔甲26〕,社長が,週末に会場でフロア 設置のデザインと備品手配,電源コンセント 手配等の注文をすべて完了している旨を原告にメールで知らせていることが認められる。)。 (エ)IMC Tokyo 2008(平成20年6月11日から同月13日 会場:幕張メッセ)(甲27,28,乙 55,60ないし63) 被告が,日本の業界組織であるデジタルサイネージ・コンソーシアム(当時の会員数は約100社)の 保有していたブースへの出展を許された2社のうちの1 社として出展したこの展示会において,原告 は,DSGプレーヤーとコンテンツの組み合わせを最適化し,画面表示が停止してしまうことのないよう, 事前に 種々の調整や試験を行い,展示会場においても,画面表示が停止しないよう,常時チェックを するとともに,仮に,画面表示が停止してしまった場合には,電源 を入れ直す等の方法によりその復 旧措置を行うべき立場にあった。 ところが,原告は,〔1〕電源を入れ直しても,少し動いただけで,再び,字幕だけが動き続け,映像が 止まった状態になること(現象上,原告が主張するよ うな,ハードディスクの故障ないし不安定さによっ て引き起こされるような状態であると理解することはできない。),〔2〕電子掲示板の表示という性格 上, 静止状態であることに違和感が少ないこと,〔3〕被告の展示を尋ねる人がほとんどいなかったこ と,〔4〕社長からも他社製品の研究をするように言われてい たことを理由として,デジタルサイネージ・ コンソーシアム事務局から指示されたシフトの時間帯(平成20年6月13日の午前10時から午後2時ま で)以外 (当初から休みの予定であった同月12日の午前中を除く。)にも自社ブースを離れて常時 チェックや復旧措置に専念せず,その結果,自社製品の画面の映像表 示を停止状態のまま放置し た。 また,原告は,展示会を見て問い合わせ等をしてくる外部からの照会メールをチェックするよう,社長 から指示されていたにもかかわらず,これを行わなかっ た。なお,原告は,〔1〕ブースが狭くてノートパ ソコンを開くスペースがなかったこと,〔2〕ブースに在駐している間,他に暢気にメールチェックをしてい る者がいなかったこと,〔3〕来客への対応で来訪者への説明等に追われて時間がなかったことを理由 としているが,〔1〕ノートパソコンを置くことができな いほど狭い展示ブースというものを想定し難い上, 〔2〕メールチェック作業自体は,常時ノートパソコンを注視し続ける必要があるような作業ではないこ と, 〔3〕原告は,他方で,来客がほとんどなく,問い合わせに対応する必要がなかったので他のブース も見回ったとも主張するなど,主張自体に一貫性がないこと に鑑みると,所論を採用することはできな い。 さらに,展示会終了後に搬出する機器の搬送については,被告において赤帽を手配していたにもか かわらず,原告は,製品の一部をわざわざスクーターの足下 に置き,ゆっくりと時間をかけてスクー ターを運転して会社まで持ち帰るという,無意味かつ危険な行動に及び,また,帰社時刻等のスケ ジュールを社長に伝え なかった。 (オ)SiZEN Euphony サウンド(平成20年9月29日 会場:都市センターホテル)(甲29,30,乙 49,64) サラウンド音響技術の方式の1つのであるユーフォニー方式を実装した台湾の機器設計製造メー カーであるSiZEN社(しぜん社)が主催した記者発表会に おいて,被告は,原告においてプロジェク ターを借りる手配を失念していたため,開催間際になってこれを依頼しなければならなくなり,余分な配 送費を要する という出来事が発生した。 この点につき,原告は,金銭的負担を要する事柄は社長からの指示がなければ動けないところ,そ の指示がなかった旨を主張するとともに,被告が行ったとい うミーティング結果を記載したホワイトボー ドの撮影日付が平成20年9月21日となっているところ,その日に原告は出勤していなかった旨を指摘 する(乙 17,64)。しかし,デジタルカメラの日付設定にずれがあった可能性もあり(なお,原告は,翌 22日には出勤しており,遅くともその時点でミーティング 内容を知ることができたはずである。),その ことは措くとしても,〔1〕原告自身,同月中旬ころに社長からプロジェクターを貸し出してくれる業者の選 定を 命じられたことから,業者名と貸出料を社長に伝えたところ,高いと言われたものの,ここが一番 安い業者である旨を伝えたことを認めていること,〔2〕同月 24日には物品の配置図が確定しており, 配置図には「プロジェクター(お持込み)」との記載もあること(乙49),〔3〕同月25日にはプロジェク ターの レンタル料の振り込みが予定されていたことからすると(甲29),同日より前の時点で,プロジェ クターを借りる手配をする旨の指示があったものと合理的に 推認することができるのであり,原告の主 張は採用することができない。 また,原告は,SiZEN社のP5社長や営業のP6氏への応対をせず,記者に対して積極的にPRや説 明をしなかった。 この点につき,原告は,自分がP5社長らへの応対をしなかったのは,原告が英語を話すことができ なかったからであり,記者に対するPRをしなかったの は,P2社長がこれに応対していて,入る余地が なかったからであると主張する。しかし,例えば,P2社長がある記者からの質問に答えている間 に,P5社長 らが別の記者からの質問を受けた場合,代わりに原告が答えるといったような応対をする ことはできたはずであり,また,P5社長らに対して,たとえ片言の英 語ではあっても,身振り手振りを 交えて挨拶等の会話を交わすくらいのことはあってしかるべきであり,所論は採用することができな い。 (カ)eドキュメントJAPAN 2008(平成20年10月15日から同月17日 会場:東京ビッグサイト)(乙 50) スキャナ機器のOEM方式による台湾の製造メーカーであるAvision社のビジネスパートナーに選ば れた被告が参加したこの展示会において,被告は, 会場の設営レイアウトについて原告と打合せをし ておいたにもかかわらず,原告が,会場から,展示台が予定よりも1つ多く割り当てられており,サイズ も想定 されていたものと異なっていただけのことで,レイアウトの仕方をどうすればよいかについて問 い合わせをしたため,社長と管理部長が準備作業を中断して会場 に行かなければならなくなった。ま た,原告は,Avision社のP7部長やP8氏への応対をしなかったり,製品や機材の搬入を懈怠して赤 帽を待たせてい たため,被告は,赤帽に対する待機延長料金を要したりした。 この点につき,原告は,社長から指示を受けたとおりに展示台等を並べると展示台がブースからはみ 出してしまうことがわかったので連絡した旨を主張する が,仮にそのような状況であったとしても,会場 設営責任者として自ら工夫して対処し,その結果を報告すれば足りたというべきであること,実際に社 長と管理 部長が会場に行って組み合わせを工夫した結果,これに対処することができたと認められる ことからすると,所論は採用することができない。 (キ)青樹会(平成20年12月4日 会場:シャープ市ヶ谷ビル)(乙51,56,76) 同業関係の親睦団体が主催するこの展示会では,「ブックスキャナ」と「シングル・クリック・エント リー」という製品のデモンストレーションを行う予定で あったところ,社長が,原告に対し,事前の打ち合 わせのほか,当日の朝,念押しのための指示メールを送ったにもかかわらず,原告が,発表用の機器 及び配付 資料の準備を失念していたため,社長がデモンストレーションを発表することができなかっ た。 この点につき,原告は,社長が当日の午前8時40分(一部は午前9時2分)になって,午前10時30 分までにパンフレットを作成するよう指示をしてきた ことをもって,社長の指示が無茶なものであったと 主張するが,〔1〕この展示会については,以前も原告が経験したことのある会合であり,事前打合せも なさ れていたものと推認されること(乙47,76),〔2〕原告が指摘する指示メールは,あくまで当日の 作業内容に関するチェックリストであって,全く事前の 指示なしに作成される性質のものとは解されな いこと(乙56),〔3〕内容も,パンフレットを一から作成することを命ずるものではなく,30枚ずつプリン トすることを命じているに過ぎないものであることからすると,社長が原告に対応しようのない無茶な指 示を出したものと評価することはできない。また,原告 は,デモンストレーションを実施することができ なかったのは,製品のソフト部分が未完成で,日本語認識能力が完全でなかったからに過ぎないと主 張するが, 製品に不具合があればその原因を突き止めて調整し,不具合を解消することはまさに原告 の担当分野であると考えられる上,ここでは,デモンストレーションの 結果が芳しくなかったのではな く,デモンストレーションができなかったのであるから,所論をやむを得ない事情として採用することは できない。 (ク)NEXX―SCALA社 合同セミナー(平成20年12月11日 会場:都市センターホテル)(乙 52,69,76,77) 被告の自社ソリューション全般並びに提携業者である台湾のScala社及びDelta Electronics社の 提供するソリューションを説明し,デ モンストレーションを展示することによって,販売先となる顧客の 理解を深める目的で開催されたこのイベントにおいて,原告が,プロジェクターの手配や,電 源用の3 穴・2穴変換プラグの準備を失念していたため,時間ぎりぎりまで梱包作業を行わなければならなくなっ たり,他の従業員に会場時刻ぎりぎりになって から取りに行かせなければならなくなったり,説明会の 開始時刻を15分遅らせなければならなくなったりした。 この点につき,原告は,当初,変換プラグを持って行ったものの,社長が発見できなかっただけである と主張していたが,後に,多く持っていくと忘れ物をす る危険性も高くなるので,通常使わないものとし て荷物に入れなかったと主張を変遷させており,上記認定に反する限りにおいて採用することができな い。 エ 原告の職務遂行姿勢上の問題点(乙17,43) 原告は,平成20年12月3日,管理部長から,以前からの会議中の居眠りに加えて最近はデスクで の居眠りを見かけるので,健康管理に留意されたい旨の注 意をメールで受けており,勤務時間中に幾 度となく居眠りをしていた事実を認定することができる(とりわけ,平成21年2月以降に顕著である。)。 この点につき,原告は,客観的証拠はなく,管理部長の証言や作成記録には信用性がないと主張す る。確かに,管理部長の証言や陳述書の表現によれば,同人 の原告に対する嫌悪感の強さには異常 とも思われるほどのものがあり,その限りで信用性が低下する面もあるというべきではあるものの,上 記メールの表現はい たって冷静であり,原告の体調を気遣う側面もみられるのであって,仮にそれが うわべだけの気遣いであるとしても,その記載内容の要点である原告の居眠りの 点についてまで,虚 偽の事実を作出して原告に送りつけたものとは考え難く,その後の記録にも,少なくとも居眠りの指摘 についてまで特段の作為があることは 窺われないから,所論を採用することはできない。 オ その他原告・被告が解雇権濫用論に関して主張する事実の認定 (ア)原告の終業時刻は,契約当初,午後5時30分であったが,平成18年初頭ころ,被告は,これを午 後6時に変更した(甲4)。 (イ)被告は,平成19年10月8日ころ,原告に対し,固定給を月額20万円とする歩合給を導入すること を打診したが,その1週間後,これを撤回した(甲4)。 (ウ)原告は,被告に対し,平成19年11月15日をもって一身上の都合により退職したい旨の同年10 月15日付け退職願を提出したことがあったが,社長は,原告がまだ若く,能力もつくであろうことを期待 して慰留した(乙38)。 (エ)被告は,原告に対し,平成21年1月25日までに支給すべきであった同年1月分の給与を同月27 日に支給し,同年3月ころから,定期代の支給につき,契約当初の3か月分一括支給ではなく,1か月 分ずつ支払うようになった(甲1,4)。 (オ)被告は,平成21年2月下旬ころ,原告に対し,18項目にわたる詳細な遵守事項を記載した「誓約 書」に署名するよう要求したが,原告は,これを拒絶し,同年3月4日ころ,被告に対して,労働環境改 善を求める要望書を提出した(甲6,7)。 (カ)被告は,平成21年3月13日,原告に対し,上記「誓約書」の内容を膨らませた注意書を渡したとこ ろ,原告は,同月18日ころ,被告に対し,同注意書の記載に対する反論の意見書を提出した(甲 8,9)。 (キ)原告は,平成21年6月13日ころ,被告に対し,減給の撤回等,労働条件を元に戻すよう文書で要 求し,同月24日,東京労働局のあっせんを申請した(甲10,11)。 (2)評価 以上によれば,原告については,〔1〕欠勤・遅刻・早退等の届出や報告といった,従業員としてごく基 本的な事柄に関する被告からの日常的な業務要請・指 示・命令を軽視するといった事態が常態化して おり,〔2〕また,業務報告書の提出や内容の充実の指示についても,到底,改善したとはいえないレベ ルのもの にとどまっており(業務報告書の提出懈怠については,原告が指摘するように,一応の改善 が見られはするが,内容面も併せて考えると,依然として,適正と思 われる被告の要求水準に達して いたものとはいい難い。),〔3〕さらに,展示会等においても,社長から念押しや注意を受けていたにも かかわらず数々のミス をしており,中には,デモンストレーションが中止や不完全なものに終わってし まうといった重大な結果を惹起させたものも含まれていたところ,外観や静止画 だけではその機能をイ メージすることが困難な商品を多く扱う被告にとっては,こうしたミスは商機を失う危険を孕むものであ り,〔4〕加えて,ごく少人数の 企業において,社内で最も高給取りであったにもかかわらず,幾度となく 居眠りをして管理部長からも注意を受ける等,他の従業員の士気にも影響を及ぼしかね ないような勤 務態度が認められ,しかもそれが改善に至っていなかったことが認められる。 そして,被告は,当初の給与設定と実際の支給額,その後の支給状況について多少杜 な面があっ たとはいえ,また,前記認定のように減額幅が多額に失した とはいえ,減額した給与を約3年間にわ たって受領し続けた後に,減額に反対され多額の差額給与を一度に請求されるに至り,また,かつて, 将来に期待して退 職を慰留さえしたことがあった従業員から,内容面で事細かすぎるきらいはあったと はいえ,業務改善指示にも従わない姿勢を明らかにされたのであるから,や むをえず原告を解雇する という決断に至ったことにも無理からぬ点があるというべきであり,本件が,原告の主張するような報復 的解雇であったということはで きない(なお,就業規則のない会社における賃金減額の有効性と普通 解雇の有効性とは、特に労働者側の合意の要否という点において要件を全く異にする論点で あるか ら,賃金減額が無効と判断されることと,無効と評価すべき賃金減額後の普通解雇が有効と判断され ることとは,必ずしも不整合な結論とはいえな い。)。 よって,本件解雇は,「客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合」 (労働契約法16条)に該当せず,有効なものと認めることができる。 4 結論 以上によれば,原告の請求は,主文の限度で理由がある。 東京地方裁判所民事第11部 裁判官 吉川昌寛
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