49 滋賀大学教育学部紀要 教育科学 No. 59, pp.49 - 56, 2009 高等部自閉症生徒への携帯電話 Web サイト活用による 相互コミュニケーションの可能性に関する 障害特性からの理論的考察 黒田 吉孝・大杉 成喜*・石部 和人*・木村 政秀*・三川 鋼一* Prospect of Reciprocal Communication with Web Site of Cellular Phone of Young Adolescent Autistic Students in Special School for Mental Retardation Yoshitaka KURODA, Nariki OSUGI, Kazuto ISHIBE, Masahide KIMURA and Koichi MIKAWA 1 .滋賀大学教育学附属特別支援学校高等部 での携帯電話 Web サイト活用の実践 障害の人の相談に応じるピアカウンセリングの 方法を参考にし、卒業生である働く先輩(5 名) が現場実習を経験している高等部生徒(5 名) 高等部における携帯電話 Web サイト活用の に携帯 Web サイトを活用してアドバイスし、 有用性について、われわれ(大杉、木村、三川、 支援する有効性や可能性を検討した。この方法 黒田、2008)は、就労移行支援と関連させ、特 は、アドバイスする勤労卒業生にとっても、現 別支援学校を卒業した勤労青年と一般就労を目 場実習を行った頃の初心に返って、働く生活に 指す在校生による、相互コミュニケーションの ついて考える良い機会となりうると考えた。ま 構築を図ることで検討をおこなった。高等部で た、一般就労をめざす高等部生徒も、中学部時 の「職業」では、「現場実習」に重点がおかれ、 代から、障害のある子どもたちの学びの共同体 職業技能の向上や職務遂行に関連する問題の処 として位置づけられている 「チャレンジキッズ」 理が求められることが多い。このような能力を を通して遠隔共同学習を経験していることか 実務的な能力と定義づけることが可能である ら、携帯 Web 活用による、相互コミュニケー が、他方で、職場等での仕事の悩みや喜びを伝 ションの成立は困難ではなく、現場実習は共有 え会ったり、あるいは、他者との情報交換を通 体験でもあることから、先輩からのアドバイス して仕事の内容や意味を理解したり、健康管理 を受けるだけでなく、悩みや達成感等の情報を や余暇利用の方法を学んでいったりすることも 交換することでの仲間への励ましや仕事のイ 必要であり、このような能力を社会的な相互コ メージを得る等の有用性も得られると考えた。 ミュニケーション能力と定義づけることが可能 われわれの先の報告では、書き込まれた文章 である。われわれの先の報告では、教師を含め の内容を追うことと、合わせて語彙分析をおこ た専門家との関係からの検討ではなく、知的障 なうことにより、個人の成長、集団としての思 害の人が自らの体験に基づいて仲間である知的 考の発展を可視することができると結論づけて いる。このような例をその報告から紹介してみ * 滋賀大学附属特別支援学校 る。 50 黒田 吉孝・大杉 成喜・石部 和人・木村 政秀・三川 鋼一 表 1 は、Web サイト活用の開始時期(2008 であることが分かる。企業での現場実習を経験 年 9 月)で、表 2 は、高等部 2 年生で始めて体 していない在校生はまだ 「仕事 (職業) 」 のイメー 験するクリーニング工場での職場体験時(2008 ジが持てず、 「作業学習」の内容から仕事をイ 年 10 月)期のものである。表 1 から、はじめ メージしている。 に話題に上がったのは休日の過ごし方について 表 1:携帯電話 Web 掲示板のやりとり(大杉、他、2008) [140:N さんへ] 【卒業生】 F です。(9/8-16:44) N さんへ!休みは、何をしてます? [141:F 先輩へ] 【2 年生】 N(9/8-17:01) 土曜日は帰宅部に行って来ます。★日曜日は家でゆっくりしたり、歌聴いたり、小学校の友達と遊んだりしてます★ F 先輩は休みの時は何してるんですか? [142:F さんへ] 【2 年生】 Sh です。(9/9-16:12) 今日は 1 日作業でした。 がんばりました。 [143:N さん] 【卒業生】 F(9/9-16:31) 金魚の水かえや エサやりをしてます。 [144:F 先輩へ] 【2 年生】 N です。(9/9-18:45) そうなんですか・今日 1 日作業してました。 私今年から印刷はんになりました。 今日は Sh くんのアシストをしました。 ※アルファベットは原文では人名。 ★は携帯電話特有の装飾フォントが使用されたことを表す。 表 2 から、2 年生の書き込みが続き、増えて △だった所が〇を付けてもらいました。 」 「明日 いることが分かる。始めて体験する工場での仕 は 1 階で仕事頑張ります。 」といった記述が見 事の様子をそれぞれが報告し、「シーツ」、「ほ られるようになっている。卒業生からの「個人 うふ」、「ピロ」、「浴衣」等の用語を使い、仕事 の目標」を意識して、というアドバイスを受け の内容を詳しく記述するようになってきてい とめている。 る。実習をおこなうことで「働くこと」のイメー また、2 年生のクリーニング工場での現場実 ジが明確になり、具体性が増してきたと言える。 習と並行して、1 年生は生活訓練棟「にじの家」 以前にこの実習を経験している卒業生は今後の での合宿訓練が行われている。現場実習 3 日目 仕事の内容を含め、実習での見通しに関する情 ともなると、立ち仕事の疲れも出てくるが、2 報を提供している。また、別の卒業生は「個人 年生徒は仕事の報告をするとともに、1 年生へ の目標もしっかり」「職場の人の動きを見て」 の激励を行う気遣いをみせている。これまでア とアドバイスしている。これらも自分たちの過 ドバイスを受けた卒業生と同じような対応をし 去の実習を振り返って書かれたものであり、先 ているのである。 輩ならではのメッセージといえよう。これに対 上記の携帯 Web 活用による上記の資料は、 して、その日は皆「頑張ります」と答えている。 参加した勤労卒業生と一般就労を目指す高等部 まだ「周りの人の動き」までには意識は向いて 生の一般的な傾向である。参加している高等部 いようである。しかし、翌日は「反省で、昨日 生の知的障害と自閉症との区別をおこなってい 高等部自閉症生徒への携帯電話 Web サイト活用による相互コミュニケーションの可能性に関する障害特性からの理論的考察 51 表 2:携帯電話 Web 掲示板のやりとり(大杉、他、2008) [213: 皆さんへ] 【2 年生】 N です。(10/20-16:48) 今日からクリーニング工場に実習に行って来ました。今日はシーツ、ほうふ、ピロの汚れなどないかなど見てやり ました。ペアになってやりました。明日も頑張ります。 [214: 高 1 のみなさんへ] 【2 年生】 Sh です。(10/20-17:29) 今日から、クリーニング工場実習がありました。がんばりました。 [215:N さんへ] 【卒業生】 F(10/20-17:36) 浴衣の方には、行きましたか? [216:F さんへ] 【2 年生】 Sh です。(10/20-18:04) 今日は 3 階で仕事をしました。 [217:F さんへ] 【2 年生】 Sh です。(10/20-18:24) 今日の仕事はシーツとピローとほうふの破れと汚れあるないかを確かめる仕事をしました。 [218:F 先輩へ] 【2 年生】 N です(10/20-18:28) 今日は三階でやりました。一階はまだです [219:2 年生のみなさんへ] 【卒業生】 Sa です(10/20-19:57) クリーニング工場の実習が始まったみたいですね!そこでの作業を、やるのも大事ですが、個人の目標もしっかり ね。それと職場の人の動きを見とくといいよ! [220: 皆さんへ] 【2 年生】 I(10/20-20:43) 1 日のクリーニング工場の実習が終わりました。シーツとホーフの破れと汚れの確認作業をしました。昼から、破 れを見つけました。仕事を頑張ったので、メッチヤお腹がすきました。明日もフルパワー頑張ります。Sa 先輩、 アドバイスありがとうございます。 [225: 皆さんへ] 【2 年生】 N です(10/21-17:00) 今日クリーニング工場実習 2 日目です。今日も昨日と同じ仕事をしました。午前中はペアになってやりました。午 後からは一人でやりました。後シーツ、ピローほうふの分別したりもしました明日も頑張ります。 [226:N さんへ] 【卒業生】 F(10/21-17:04) 浴衣さばきの方はいきましたか?返事を待ってる [227:F 先輩へ] 【2 年生】 N です(10/21-17:07) ゆかたさばきはまだです。 [228: クリーニング工場] 【2 年生】 I(10/21-20:41) 昨日の作業と同じでした。反省で、昨日△だった所が〇を付けてもらいました。ちょっと安心でした。まだまだ疲 れていません。 [229: クリーニング工場] 【2 年生】 Sh です。(10/21-21:24) 今日もシーツ、ピロー、ホーフの汚れや破れがないかを探す仕事をしました。シーツの袋出しもしました。明日は 1 階で仕事頑張ります。 [230: 高等部 2 年生へ] 【卒業生】 Ha(10/21-23:01) クリーニング工場の仕事は、大変やろうけど、相手の話をしっかりと聞いてたり、自分で決めた目標を守って仕事 を頑張って下さい。応援しています。 52 黒田 吉孝・大杉 成喜・石部 和人・木村 政秀・三川 鋼一 ない。上記の資料は知的障害のある生徒の傾向 それは、 「手段的」な能力でしかない。いくら を反映しているのではと推測される。自閉症は 社会的対人的なスキルを身につけても、その目 双方向的なコミュニケーションの障害を特徴と 的はただ、自分のニーズを満たすことでしかな している所から、携帯 Web に参加している高 い。ニーズを満たす「手段」として、 人と関わっ 等部自閉症生徒の携帯 Web 活用の困難性や学 ているにすぎないのだ。他者と経験を共有する 習成果等が、分析される必要があろう。そこで、 ということが理解できず、その価値が分からな 以下では、自閉症の障害特性等を考えた場合の、 い、これが、最も高機能の人も含めて、自閉症、 携帯 Web サイト活用の課題や有用性を議論し、 アスペルガー症候群の人すべてに共通する特徴 支援の可能性を考えてみる。 である。 』 それでは、自閉症児はなぜ、他者との体験を 2 .自閉症の障害特性から推測される携帯 Web サイト活用の困難性の推測 共有することが困難なのであろうか。彼は、従 来の研究を参考に、脳の情報処理に 2 つの異な るシステムを想定し、自閉症児はその内の一つ 携帯 Web サイト活用の研究に参加している のシステムに機能障害を有していると考えてい 高等部自閉症生徒は附属特別支援学校におい る。流動的システムと静態的システムであり、 て、電子掲示板でのメッセージのやり取りを 自閉症児は前者のシステムに機能障害を有して チャレンジキッズ等の遠隔共同学習で体験して いると考えている。対人関係や集団における交 いる。この意味では、携帯 Web サイトの活用 流や関係は、複数の人、情報が関わりあい、一 に関する基本的な操作等は習得ずみである。し つのまとまりとして、その場に固有の社会的な かしながら、これまでのやり取り等は、教師の システムが作られる。この社会的なシステムの リード下でのものであり、今回の活動は、共通 性格に相互作用やコミュニケーションのタイプ のテーマに対する、自発的かつ、複数参加者の が決定されるとともに、相互作用のタイプがこ 情報を共有し、展開するということで特徴づけ の社会的なシステムの性格を決定することにも られるものであり、はじめての体験と言ってよ なる。 流動的な社会的関係に参加するためには、 いものである。高等部自閉症生徒はこのような 「一方では、目新しいことや多様性を導入し、 体験を携帯 Web サイトでどのように受けとめ、 他方では組織と構造を維持するという、2 つの 教師が期待する目標にどのように達成していく 方向のバランスを取る」必要があり、また、で のであろうか。先行研究等から携帯 Web サイ きあいの「システムそのものに組み込まれた要 ト活用における自閉症生徒の困難性を予測し、 素で調整するのではなく」 、 「関わりあいの中で 携帯 Web でのやり取りを分析、あるいは、改 人びとが連携して調整を続ける」必要があり、 善等の検討の際の視点を明らかにしておきた さらに、 「このシステムに参加する人は、パー い。 トナーの情緒的な反応を一瞬ごとに参照し、そ ( 1 )体験の共有化・共感とその深まりの困難性 の情報を基にして変化を強めたり弱めたり」す 自閉症は、一般的に先天性の社会性の障害と る、 「情動調整」が求められる。他方、静態的 言われているが、誤解を避けるために、自閉症 なシステムは、 「目新しい情報を加えたり、そ それ自体は全般的な社会性障害ではないことを の構造を変えようとすることは、破壊的な活動 指摘しておく必要がある。この点について、ガッ とみなされる」特徴をもっており、このシステ トステイン、 S . E .(2006)の以下の論を紹 介してみる。 『自閉症児の多くがさまざまな形の社会的な ムに参加し、 このシステムを採用している者は、 「そのような行為を続ける人を制裁したり除外 したりしよう」とする。 行動を身につけ、たとえ、丸覚えで台本どおり ガットステイン、 S . E . は、自閉症児の体 のやり方であっても、それによってまわりと関 験共有の困難性の原因を以下のように考える。 わりをもって機能できるようになるからだ。だ 『経験共有の根本的な目的は、パートナー同 が、このような行動ができるようになっても、 士が協力することによって、かれらの間に通用 高等部自閉症生徒への携帯電話 Web サイト活用による相互コミュニケーションの可能性に関する障害特性からの理論的考察 53 する新しい意味を作りだすことにある。そのた られており、自閉症の人は、このようなスキル めに必要なシステムは、目新しい情報が急に をはじめから学ぶことができることから、社会 入ってきても十分に耐えることができ、参加者 性支援の主眼は、経験共有の学習と発達という が圧倒されたり混乱したりしているときでも敏 ことになる。 感に反応して構造を維持できるものでなければ 本論の携帯 Web サイト活用は、電子掲示板 ならない。このような要求に応じられるのは、 での学習を踏まえ、職場実習等での共有体験の 流動的システムだけである。その一方で、手段 獲得を目ざすものである。上述した自閉症の人 としての相互作用では、できることなら変化は の共有体験の学習の困難さを考えるとさまざま 避けて、予測可能な結果を得ることが何よりも な問題が出現すると考えられる。 しかしながら、 大切である。すると、当然、手段としての相互 一方では、共有体験にはさまざまな内容や水準 作用は静態的システムの中で起こることにな があることから、自閉症の生徒もひとりひとり る。 ・・・・神経学的障害のために、自閉症の の 社 会 性 の 発 達 と 障 害 の 違 い に よ り、 携 帯 人は流動的システムの中で機能することができ Web サイトへの参加の実態と可能性も異なっ ないのである。脳の配線が違っているために、 てくると考えられる。 どのような困難性があり、 ほかの人の感情や行為や知覚を参照して自分の また、どのような参加をおこなっているのか、 関わりあいを調整することを学んでいけない。 あるいは、困難性をどのように改善し、体験を 情動的協調ができないので、経験を共有する力 共有していくのか等、注目してみる。 が育たない。その結果、なんでもない流動的シ ステムが、自閉症の人にとっては、喜びや興奮 をもたらすどころか、自分を圧倒する相容れな い環境になってしまう。』 体験を共有するという社会的な流動的システ ( 2 )社会的関係における自分と他者の視点の 理解の困難性 この困難性は、自閉症の「心の理論」の障害 で指摘されている問題でもある(黒田、2006) 。 有名なアンとサリーの実験では、 自閉症の人は、 ムが機能するためには、彼が指摘しているよう 最初お菓子がどこにあったか、その後どこにあ に、自分自身についての情報を、相手について るのか等の個々の事実は記憶しており、言葉で の情報に関連させて処理しつつ、そのデータに 答えることは可能である。自閉症の人は実験場 基づいて刻一刻と判断を下していかなければな 面を知り、言葉で説明を受けているので、自分 らない。しかしながら、自閉症の場合、「まわ の視点から答える問題は容易に正解することで りの人びとが作り出している、情緒的なコミュ きる。しかし、自閉症の人は、最初にお菓子を ニケーションの絶え間ない流れにつながってい 入れた箱から、留守中にアンがお菓子を別な箱 くことができず」にいるが、それは、「ほかの に移したことを知らないサリーが、帰宅後、ど 人の感情に気づくときがあっても、そのデータ こを探そうとするかという問いに正しく答える を自分自身の感覚や個人的な経験に結びつける ことができない。この理由として、自閉症の人 ことができない」ことに起因している。 は、自分の視点とは異なるサリーの視点、すな 経験共有の障害が自閉症の中核的な特徴であ わち、アンはお菓子が別な場所に移ったことを るという、ガットステイン、 S . E . の論は、 知らないので、自分とは異なる視点で行動する 彼自身も認めているように、他の研究者たちが ということを推測することができないからと説 既に指摘したことである(他の研究者の論とし 明されている。自閉症の人がこの種の課題を達 ては、例えば、 「中枢性統合機能」の障害や「実 成するためには言語理解年齢が 9 歳頃まで待つ 行機能」の障害等があるが、レビューとしては、 必要があるとされている。ダウン症の人は言語 黒田(2004)、黒田(2007)を参照)が、彼の 理解年齢が 5 歳頃で可能であるということから 優位性は、自閉症の人に、経験共有の基礎を体 しても、自閉症の人のこの種の課題の困難さが 系的に支援する方法を考え、実践している所で 分かる(黒田、2006) 。 ある。彼によれば、ソーシャルスキル訓練の方 図 1(黒田、1998)も、PF スタデーの図版 法は、「手段的」相互作用を教えることに向け を使用した会話場面における、自閉症の人の、 54 黒田 吉孝・大杉 成喜・石部 和人・木村 政秀・三川 鋼一 わいそうなことをした(母親の解釈:ぼくをい じめた) 」 、 「これ金魚だよ(母親の解釈:金魚 に似たこの魚なーに) 」の文章である。玉井が 紹介している事例は、 典型的な自閉症であるが、 自己と他者の関係理解の障害状況は、個々の自 閉症児の発達と障害に応じて違いがみられる。 梅本・黒田・白石(2005)は、情緒障害児学級 での自閉症の生徒に、 「振り返り日記」 を活用し、 課題となっている行動の改善を図りその効果を 確認している。ただし、高機能自閉症児であっ ても、社会的な状況が複雑であれば、自己と他 者との関係において混乱が予想される。携帯 Web サイト活用において、自己と他者との関 係がどのように理解され、どのような困難があ 図 1 PF スタディ(図版 5)に対する自閉症児 の反応 (黒田 1998) 文法的には正しいが、他者の視点に立った言葉 るのか等、実態を明らかにしてみる。 3 .携帯 Web サイトの書字における視覚的情 報の有利性と支援の可能性 の表現の困難さを表している。言語理解が低い 知的障害の人の言語反応が「いいよ、だいじょ うぶ」であったことからしても、やり取り場面 ( 1 )聴覚・音声系に依拠した自閉症児のコミュ ニケーションの困難性の原因 における自閉症の人の、社会的場面における情 自閉症児のコミュニケーションにおける聴 報解釈の困難性と関係性の維持と発展の困難性 覚・音声系の困難性は、よく指摘されるが、考 を伺い知ることができる。自己の視点と他者の えられる理由として、聴覚・音声系が瞬時の刺 視点の区別と理解の困難性は、先に述べた、体 激であるために記憶に残りづらいこと、注意の 験の共有化・共感とその深まりの困難性の原因 問題があるために必要な情報を選択することが にもなっている。体験の共有と深まりは、相互 できないこと、 さらには、 表情やイントネーショ の情報のやり取り、修正、新たな意味の発見等、 ン等の、 通常なら重要な情報であるべきものが、 自分の視点と他者の視点の重なりや交錯等を前 音声言語に随伴するために同時に知覚される刺 提にしているからである。 激がノイズとして存在してしまうこと等をあげ 自閉症の「心の理論」の障害にみられる、自 ることができる(自閉症児の聴覚・音声系と視 己と他者との視点の理解の困難性について、そ 覚系の一般的な情報処理に関する問題について の原因は今日も、さまざまな議論がおこなわれ は、東條のコメント(2009)参照) 。 ている(黒田、2007)が、携帯 Web サイト活 筆者は、上記とは異なる観点から、自閉症児 用との関係で、ここでは、かつて、玉井(1982) の聴覚・音声系のコミュニケーションの困難性 が、自閉症の子どもが「わたしとあなた」とい を理解するために 2 つのモデルを紹介したこと う関係において独特のものをもち、この関係の がある(黒田、2007) 。 認知に弱さ(自己と他者の関係理解における「可 その一つが表 1 のモデルである(クウィル、 逆的な認知」の弱さ:筆者注)をもっていると 2002) 。表 1 では、課業等に対する、従来の支 指摘したことに注目してみる。 援枠組みとコミュニケーション機能の特徴を踏 玉井は、この問題から生じる自閉症児の文章 まえた支援枠組みとが対比されている。 をいくつか出している。例えば、母親の解釈を 社会性の障害を改善し発達を実現するために 伴う、「ほう、買ったかい(母親の解釈:おみ は、人間としてのコミュニケーション活動に必 やげをもらった時)」、「○○(自分の名)にか 要とされる能力や機能を踏まえての独自の支援 高等部自閉症生徒への携帯電話 Web サイト活用による相互コミュニケーションの可能性に関する障害特性からの理論的考察 表 1.コミュニケーションに特有な能力 (クウィル,2002) 55 よく示している。 ( 2 )書字に代表される視覚情報系の自閉症児 のコミュニケーションの優位性と携帯 Web サイト活用の可能性 自閉症児の中で、言葉やコミュニケーション の発達において、ひらがな文字等の視覚情報の 学習が聴覚・音声情報よりも容易で話し言葉の 発達に先行する子どもが観察される。支援にお いても、ひらがな文字を使用しながら話し言葉 の文法を学習していくという方法を取る場合も みられる (山岸、 石井、 1988) 。自閉症児のコミュ の枠組みが求められるが、通常のコミュニケー ニケーションにおいて、視覚情報が優位性をも ションが聴覚・音声系に依拠しているために自 つのは、前述した聴覚・音声系の困難性の原因 閉症児の支援の困難性が予測される。 と逆の性格をひらがな文字等の視覚情報がもっ もう一つは図 2 のコミュニケーション生成モ ているからであろう。 デルである(相川、2002)。図 2 の社会的スキー 視覚で考える( 「Thinking in Pictures」 )を マは、コミュニケーション等の社会性に関する 著しているテンプル・グランディン(1997)は、 知識体系であり、この体系なくしては適切な社 聴覚・音声系情報と視覚系の情報の処理につい 会的行動を生じない。その意味では社会的ス て、 「絵で考えるのが私のやり方である。言葉 キーマに関する学習は欠かせない。 は私にとって第二言語のようなもので、私は話 し言葉や文字を、音声つきのカラー映画に翻訳 して、ヴィデオを見るように、その内容を頭の 中で追っていく。誰かに話しかけられると、そ の言葉は即座に絵に変化する。言語で考える人 たちにとって、これは理解しがたい現象であろ う。しかし、 私は畜産関係機器の設計者であり、 職業上、視覚によって思考することは途方もな い利点となる。視覚を通して考えるように生ま れついたおかげで、私の想像力に完璧なシステ ムが備わったのだ。 ・・目で考える能力は、私 にとって絶対に失いたくない大変貴重なもので ある。 ・・しかしながら、自閉症のすべてが視 図 2.コミュニケーション生成モデル (相川,2002) 覚による思考者でもなければ、情報処理を私の ようにやっているわけではない。 」と述べてい る。 しかし、社会的状況を理解し判断することが コミュニケーションにおける聴覚・音声系の できなければ、社会的スキーマは活用されない 情 報 処 理 の 困 難 性 は、 ド ナ・ ウ ィ リ ア ム ズ が、これは、自閉症の社会性への支援の困難さ (NHK,1995)も同様であり、会話を継続するこ でもある。図 2 はまた、コミュニケーション活 とが困難であり、それをカバーするために、聞 動は感情コントロールを含むさまざまな心理学 き手に対し、あらかじめ項目を用意させ、後日、 的な「環」から構成され、相互依存関係にある 紙に書いてきて読み上げるというスタイルをと ことを示している。図 2 は、自閉症が聴覚・音 ることが多い。この傾向は、未知の人が相手で 声系でのコミュニケーションになぜ困難性をし あったり、あるいは、ゴールが未定であり、話 めすのか、自閉症に共通する困難性とは何かを し合いを通しながら内容を決めていったりする 56 黒田 吉孝・大杉 成喜・石部 和人・木村 政秀・三川 鋼一 場合、強くなるようである。 まとめると、コミュニケーションの際の情報 処理(特に、入力の際の情報処理)やコミュニ ケーションの媒体様式に限定した場合、自閉症 は話し言葉(聴覚・音声系の情報)とそれに随 伴する複数の刺激を同時に処理することに困難 をしめすことが多いこと、情報処理の特性から 視覚系(表情ではなく書字の視覚系)が安定し、 視覚系に依拠する傾向が強くなることが考えら れる。これらの点は、コミュニケーションの際 の聴覚・音声系の活用を排除するものではなく、 2 つの情報系を子どもの実態に応じてどのよう に活用するか、例えば、先に紹介したコミュニ ケーションのモデル等を参考に検討すべきこと がらであると考える。 ところで、コミュニケーションの問題は、情 報媒体に焦点化されるわけではなく、媒体を使 用しながらの、相互の関係の展開・調整を含む、 新たな情報の学習や人格的な触れあいであり、 思考や感情が参加する複雑な活動である。ヴィ ゴツキー(1975)が指摘しているように、話し 言葉と書き言葉の関係は複雑であり、子どもは、 話し言葉で獲得してきた能力を基盤にしながら も、書き言葉を獲得するための新たな能力を獲 得する必要がある。書き言葉は、話すように書 けばよいというものではなく、文字学習や文法 学習に置き換えられるものでもない。その意味 では、自閉症児の携帯 Web 活用の検討も、情 報媒体や単なるその活用に限定されることな ガ ッ ト ス テ イ ン、 S . E .(2006)RDI 発 達 指 導 法、 クリエイツかもがわ 黒田吉孝(1998)コミュニケーションと言語、障害児 心理学、松野・茂木(編)、全障研出版部、24-47 黒田吉孝(2004)自閉症スペクトラム障害としての高 機能自閉症・アスペルガー症候群の心理臨床学 的問題、障害者問題研究、32 巻 2 号、11-21 黒田吉孝、(2006)「心の理論」以前の自閉症の障害評 価と支援の基礎的研究、風間書房 黒田吉孝(2007)今日の自閉詳論から自閉症の社会性 の発達と障害を考える、障害者問題研究、34 巻 4 号、2-10 クウィル、 K (2002)Social and Communication Intervention for Children with Autism. Indiana Resource Center for Autism. NHK(1995)ようこそ私の世界へ―ドナ・ウイリア ムズの世界―(テレビ放映) 大杉成喜、木村政秀、三川鋼一、黒田吉孝(2008)特 別支援教育における携帯電話 Web サイトを活用 した就労・移行支援の試行、滋賀大学教育学部 紀要、58、教育科学、111-122 玉井収介(1982)自閉児の行動、日本文化科学社 テンプル・グランディン(1997) 自閉症の才能開発、 学習研究社 東條吉邦(2009)自閉症の障害特性に応じた指導の現 状と問題点、みんなのねがい、6 月号、32-35 梅本美穂子・黒田吉孝・白石恵理子(2005)障害児学 級を基本にした高機能自閉症児の社会的行動の 支援のありかた、滋賀大学教育学部紀要、55、 99-112 ヴィゴツキー、L.S.(1975)子どもの知的発達と教授、 明治図書 山岸裕、石井哲夫(1988)書くことによって得たもの 自閉症克服の記録、三和書房 く、その活用を通してどのような能力、特に、 相互コミュニケーションの能力とそのことを通 附記 した学びと発達について、検討がおこなわれる 必要がある。 本研究は、平成 20 年度~ 22 年度科学研究補 助金(基盤研究(C) :課題番号 20540884:研 文献 相川充(2002)人づきあいの技術、サイエンス社 究代表黒田吉孝) 「ポータルサイト構築による 成人期知的障害者の情報活用能力育成と学齢期 との接続の研究」によりおこなわれた。
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