Chapter8 両性間の対立と性選択 行動学者らは全ての求愛行動をオスとメスに共有の利益を与える機能として考えていた。しか し、この考えよりも、求婚や交尾において、オスとメスが互いの利益をめぐって争っていると いう考えのほうが重要視されるようになった。オスとメスが協力するのは、同じ子孫を通して 遺伝子を残すためで、子の生存にそれぞれ 50%の利害関係がある。しかし、交尾相手の選択、 子への食糧の供給、卵や若齢個体の世話などが両性で一致しないことが問題である。この両性 間の対立の結果は、両性による利用より、どちらか一方の性による利用に近いことが多い。 なぜこのような視点から、繁殖を考えなければならないのかを理解するため、オスとメスの 基本的な違いに戻ってみましょう。 オスとメス 全ての植物や動物において、オスとメスの基本的な違いは配偶子のサイズである。 ・ メスの配偶子(卵):大型、不動、栄養豊富 ・ オスの配偶子(精子):小型、可動、自走式の DNA 部分を少し含む 配偶子サイズや子への投資に関連する基本的な違いは、性行動にまで遠く影響する。メスはオ スに比べ、より多くの資源を子に与えるため、オスの求愛行動や交尾行動の大部分がメスの投 資を直接争う方向へ向かう。(子へのオスとメスの投資が逆の種では、メスがオスを巡って争 う。) まれな資源としてのメス Females as a scarce resource オスが卵を受精させる能力は、メスが卵を作るスピードより早いため、メスはオスが争う、 まれな資源である。オスの繁殖成功はより多くのメスと交尾をすることで増やせるが、メスの 場合は食糧を卵や子に変換する割合が高い時にだけ増すことができる(図 8.1) 。 メスの投資がオスより多い限り、投資の形(卵へ栄養供給や子の世話など)に関係なく、同じ 問題と考えられる 図 8.2 ・繁殖努力(円) ・parental effort(P.E,点々):子育てや子への給餌 ・mating effort(M.E,塗りつぶし) :交尾相手の獲得 メスは、一般的に、繁殖努力のほとんどを parental effort に向けるが、オスは繁殖努力のほとん どを mating effort に向ける。しかし、種や性選択の強さ繁殖様式で、繁殖努力の配分は異なる。 一夫一妻(右):オスとメスの繁殖努力の配分が似ている。 一夫多妻(左):オスは mating effort が、メスは parental effort が大部分を占める。 結論として、オスは一般的にメスよりも潜在的な繁殖率が高い(表 8.1) だから、性選択が厳しい状況はオスがメスを見つけ出し、争うのによい(勝ち残ることができ るオスが子の父親になる利益は莫大)。多くのオスの繁殖行動はこれらを考慮して理解される必 要がある。 性比 もし、1 個体のオスが数十個体のメスの卵を受精することができるなら、メス 20 個体ごとにオ ス 1 個体を産むような性比にしてみてはどうだろうか?この場合、個体群の繁殖成功は性比 1: 1 の場合より大きくなるだろう。けれども、自然ではオスがメスに受精しかしない場合でさえ、 性比は 1:1 に近い。1章でも説明したように、形質の適応的な価値は個体群としてではなく、 個体さらに言えば遺伝子レベルで考えなければならない。R.A.Fisher(1930)は 1:1 の性比を 個体に働く選択の視点から、難なく説明できることに気付いた。 オス:メス=1:20 の個体群の場合… ・オスの繁殖成功はメスの 20 倍である。 個体群 ・オスを専ら産む親は、メスを専ら産む親の 20 倍の数の孫を 得ることができる ・親はオスの子を産むようになる ・最初の性比(オス:メス=1:20)から徐々に離れる。=メ (オス:● メス:○) スに偏った性比は進化的に安定していない オス:メス=20:1 の個体群の場合… メスは必ず繁殖できるが、オスは 1/20 個体しか繁殖できない。そのため、メスの繁殖成功度は オスの 20 倍である。よって、オスに偏った性比も安定しない。 ⇒結果:希少な性はいつでも有利であり、希少な性を産む親は選択において有利である。 性比が正確に 1:1 の時にだけ、オスとメスの繁殖成功は等しくなり、個体群は安定する。 性比が 1:1 でなければならない問題は投資という関点に置き換えて、 説明することができる。 「仮定:息子を育てるコストは娘の2倍」 性比 オス:メス=1:1の時… 息子、娘が産む子の性比はオス:メス=1:1である。親は息子を育てるために、娘の2倍、 投資をおこなったのだから、息子の孫を得るには、娘のそれの2倍のコストが掛かる。その 為、親は娘を多く産むようになる。性比はメスに傾くが、この性比の揺らぎはオス:メス=1: 2 の性比になると終わる(この時点で、親にとって息子と娘を産む利益が等しくなるから)。 =娘と息子を育てるコストに差がある時:親にとって進化的に安定した戦略は両性に等しく 投資し、性別ごとに産子数を変える Bob Metcalf(1980) スズメバチでの性比の実験 体サイズに雌雄差がある Polistes metricus は性比に偏りがあったが、体サイズに 雌雄差がない Polistes variatus では性比は1:1だった。両種とも、雌雄の投資配 分は一緒。 親の投資配分が息子と娘で等しくない場合 (a)Local mate competition 局所的な交尾を巡る競争 例)兄弟間で交尾相手を争う場合 2匹いる息子の交尾チャンスが 1 回しかなく、一匹のメスを巡って競争するとする。 競争に勝った息子しか交尾できないのだから、母親からすれば、負けた息子は無駄である。 だから、母親は娘を多く産むようになるだろう。(性比の偏りは、競争の強さに左右される) このような極端な競争は移動能力の低い種で起こると考えられる。 Jack Werren(1980) 寄生するスズメバチ Nasonia vitripennis の実験 このスズメバチはハエのさなぎに卵を産み付ける。あるメスが 1 つのさなぎに卵を産んだ場合、 そのメスの娘はすべて、そのメスの息子の子を産む。この時、メスの卵の性比は娘に偏ってい る(息子はたった 8.7%)。同じさなぎに、二番目のメスが卵を産んだ場合も、卵の性比はメ スに偏る。これは、さなぎの中に前のメスが産んだ娘がたくさん残っていたとしても、二番目 のメスの息子内で起こる競争を小さくするためである。 二番目のメスの産卵数が最初のメスの 1/10 の時…二番目のメスはオスの卵だけを産む 二番目のメスの産卵数が最初のメスの 2 倍の時…二番目のメスはオスの卵を 1 割しか産まない (b)Local resource competition or enhancement 局所的な資源競争や資源強化 南アフリカのオオガラゴのように、メスの分散がオスよりも小さい種では子の性比はオスに 偏る。これは、母親のテリトリーにある餌を巡って、母親と娘が競争することを防ぐためで ある。だが、実際には、親の元に残った子供は親と競争関係になるより、親を助ける生物の 方が多い。何種かの鳥類では、メスよりもオスのほうが巣に残って親を助ける。その結果、 投資あたりのオスの価値がメスよりも僅かに高くなる。従って、親の投資はオスに偏ると予 想される。 (c)Maternal condition 母親の質 アカシカのように、メスを巡って声や角で競い合う種では、体が大きい個体ほど有利である。 体サイズは、幼少期にどれだけ食べたかによる。 (母親が良い餌場を巡る競争に勝ち、たくさ んのミルクを作れたかどうか)=母親の競争能力は直接授乳や息子の繁殖成功に関連する。 もし、わが子が将来ハーレムを持つような、強くて大きな子に育つと母親が知っていれば、 母親の投資は息子に傾だろう。同様に、わが子が強く大きく育たないと知っていれば、母親 はより娘に投資するだろう。実際にアカシカでは、餌場を優先するメスは息子を産む一方で、 下位のメスは娘を産む傾向にあった。 (d)Population sex ratio 個体群の性比 個体群の性比が1:1からずれた際、親は希少な性を多く産むようになる。Metcalf(1980)は スズメバチの研究で、オスの子しか産まない巣がいくつかあることに気づいた。それらの巣は 女王蜂が死んだ巣で、全て不受精卵であった。しかし、残りの巣の性比はメスに偏っていたた め、個体群としての性比は1:1であった。 最後に、これまで述べた性比の例はさらに一般的な性配分の理論の一例に過ぎない。例えば両 性個体における、卵や精子への投資配分や性転換の時期も性配分の問題に含まれる。 性選択 性選択:繁殖成功の増加にだけ関係する形質に対する選択 ・ 同性間性選択:同性間でもう一方の性を巡って争うこと(闘争など) ・ 異性間性選択:片方の性がもう一方の性を引き付けること(飾り羽など) 性選択の強さは交尾相手を巡る競争の強さに依存する。即ち、親の性別によって子への投資 が異なるかどうか(図 8.2 子にほとんど投資しない性別のほうが、潜在的な繁殖率が高いた め)と一回に繁殖に参加できる性比(operational sex ratio:実効性比?)の二つの影響を 受ける。 熱烈なオス ARDENT MALE オスがメスを巡って競争する際、戦闘や儀式的なコンテストは最も劇的で明白な方法である。 そしてオスは戦闘のための武器をよく進化させる。オスは直接メスを奪い合ったり、メスが好 む場所を奪い合ったりする。多くの種で戦闘が激しくなるのは、メスが受精する準備ができて いる時で、いったんメスを見つけるとオスはメスをガードする(図 8.3)。 無脊椎動物では、戦闘以外のオス間競争が発達している。トンボなど、昆虫のメスは、複数 のオスの精子を必要な時まで貯精嚢に蓄える。オスは自らの精子を受精させるため、メスが他 のオスの精子を使えないようにする。このように受精を巡る精子間の競争を精子競争と言う。 ≪精子競争の例≫ ・トンボ類ではペニスに返しがあり、他のオスの精子をメスから取り除く(図 8.4)。 ・ 鉤虫類のオスは、交接後にメスの生殖器の入り口を固めるだけでなくライバルの生殖部位も 固め、他のオスの精子の侵入を防ぐ(交尾プラグ)。半翅類のオスは競争相手の精巣に精子 を注入し、競争相手が次にメスと交接する際、自分の精子も注入させる。 ・ サンショウオのオスは精莢を池の底に置き、メスをそこまで移動させて受精する。オスは自 分の精莢を他のオスのものより上に置こうとする。 ・ アカスジドクチョウのオスは交尾後にオスが嫌がる香りをメスにつけることで、他のオスと の交尾を防ぐ。 気が進まないメス RELUCANT FEMALE 多くの種でメスはオスに比べ受精卵に多く投資する。その為メスが交尾相手を間違えた時のコ ストはオスのそれよりも大きい。だから、全体的に交尾期間中メスがオスを選択する。メスは オスが提供する物質的な資源や子にとっての遺伝的利益を得るためにオスを選択する。 (a)遺伝的利益がない場合:良い資源と両親の能力 <場所が選択条件> 多くの動物のオスは資源を含む繁殖テリトリーを守る。これは、卵や若齢個体の生存に重要な 役割を果たす。 例)アメリカウシガエル(図 8.5) オスは池の中でメスが産卵に好む場所(ヒルによる捕食が防げる場所)にテリトリーを構え る。メスによる選択とオス間競争の両方が行われ強く大きいオスが最適な産卵場所を確保する。 <給餌が選択条件> 鳥類や昆虫類の中にはオスがメスに交尾期間中に給餌を行うものもいる(courtship feeding 求 愛給餌?)食糧はメスの繁殖をしばしば制限する為、メスは給餌能力に関してもオスを選択す る。 例)Hanging fly(図 8.6) ・交接中に食べる大きな餌を持ってきたオスとだけ、メスは交尾する。オスは大きな餌を持っ てくるほど、長く交尾できる。しかし、20 分前後で渡せる精子量が頭打ちになるので、オス も交尾をするかしないか決定できる。 他にも、蛾のメスは、オスが持っているアルカロイドの量でオスを選択する。 (多いほど保護力 に優れている) アジサシでは、交尾期間中のオスの給餌能力を子育て期間中の給餌能力として選択する。 (b)Genetic benefits 遺伝的な利益 優れた遺伝子を持つオスが存在する時、メスはそういったオスを選択したほうが、より繁殖に 成功できるだろう。これは、優れた遺伝子が子の生存、競争、繁殖能力を高めるからである。 例)ショウジョウバエの実験(1980) 「オスを自由に選択させたメス」の幼虫と「研究者がオスをランダムに選択したメス」の幼虫 の競争能力を比較したところ、 「オスを自由に選択させたメス」の幼虫の方が強かった。この結 果からメスが遺伝的に良いオスを選ぶことで子の生存率を上げることができるといえる。(同性 間性選択の結果、勝ち残ったオスがメスと交尾したとも、説明できる…。) 精巧な飾り ELABOLATE ORNAMENTS :Fisher の仮説とハンディキャップ仮説 クジャクやキジ、ゴクラクチョウなど、多くの鳥のオスが持つ精巧な飾りや過度のディスプレ イ行動はメスによる選択とオス同士の競争によって進化したに違いない。遺伝的利益がどのよ うに飾りを進化させたのかを説明する理論は2つある。ひとつは Fisher の仮説(ランナウェイ の過程)でもうひとつはハンディキャップ仮説である。 (a)オスの精巧な飾りをメスが選り好む例 例1) コクホウジャクの実験 Malte Andersson(1982) コクホウジャクは一夫多妻の繁殖形態をとる。体の大きさはスズメほどだが、メスの尾羽は 7 cm、オスの尾羽は 50cmまで成長する。 Anderson 氏は 36 羽のコクホウジャクのオスを4グループに分け、次のような処理を行った。 グループⅠ:尾羽を約 14cmまで切る(短い尾羽のグループ) グループⅡ:グループⅠの尾羽をくっつけて長くする。(長い尾羽のグループ) グループⅢ:一度切った尾羽をもう一度くっつける。(対照区) グループⅣ:実験操作を行わない。 (対照区) 実験処理前:4グループ間の繁殖に差は無かった。 実験処理後:尾羽を長くしたグループの繁殖は尾羽を短くしたグループよりもはるかに良くなった。 ⇒コクホウジャクのメスは尾の長いオスをえり好みすることが示された(図 8.7) 例2)スゲヨシキリの実験 Clive Catchpole(1980) 冬にスゲヨシキリのオスが繁殖地に戻ってくると、オスはメスとつがいになるまで派手な歌(ト リルやホイッスルやブーブー音の組み合わせ)を歌い続ける。 計測により、最も手の込んだ歌を歌うオスが、一番にメスとつがいになることが示された(図 8.8 a)。さらに実験室にメスを持ち帰りオスの歌を聞かせた場合も、レパートリーが多いオス の歌にメスはよく反応した(図 8.8 b)。 (b)Fisher の仮説 「オスの手の込んだディスプレイは、メスにとって魅力的だから選択され進化した。」と Fisher は考えた。 例えば、メスがオスの長い尾羽を好むと仮定する。なぜなら、長い尾羽はオスの飛翔能力の高 さや、それに付随する索餌能力、捕食者からの逃避能力の高さを示唆するからである。もし、 オスの尾羽の長さに遺伝的な基盤があったら、尾羽が長いというアドバンテージは、子に受け 継がれるだろう。同時に長い尾羽を選択するメスの繁殖は、平均的な長さの尾羽を選択したメ スよりも成功するだろう(前者は飛翔能力や潜在的な繁殖率が高い息子を産むから)。 いったんメスが尾羽の長いオスを選択し始めると、尾羽が長いオスは飛翔能力と交尾相手を見 つけやすいという、2点で有利である。メスも息子を産んだ時、同様のアドバンテージを得る ことになる。このような、メスの好みと長い尾羽の間の正のフィードバックが発達するにつれ て、魅力的なオスの利益はメスの選択の中で重要性を増してくるだろう。そして、いつかはオ スの生存率を下げる。オスの生存率の低下が繁殖の利益を越えると、長い尾羽への選択はゆっ くりと停止するだろう。Box 8.1 では Fisher の仮説の特徴が詳しく説明されている。 Box8.1 鼻の長さに対する性選択:Fisher の仮説にとっての遺伝的共分散の重要性∼ 1、オスの鼻の長さと鼻の長さに対するメスの好みが一連である個体群を仮定する。 長い鼻を好むメスは鼻の長いオスと交尾するだろう(逆もある) 。そのペアから生まれた子 は長い鼻の遺伝子と長い鼻を好む遺伝子の両方を持っているだろう。つまり、鼻を好む形質 と鼻の長さの間に関連(共分散)が生じるだろう。 2、このような共分散はどのように進化するだろう?平均よりも長い鼻のオスを好むメスと平 均よりも短い鼻の長さを好むメスが同数いたとすると何の変化も起こらないだろう。しか し、偶然、平均より長い鼻を好むメスの数が増えたら、正のフィードバックがはじまるだ ろう(Fig a の矢印)。メスが長い鼻のオスを選ぶことは、 (長い鼻と長い鼻を好む形質は共 分散するから)長い鼻を好む個体を選んだことになる。このように、長い鼻と長い鼻を好 む形質をさらがさらに増加していく。 3、この仮説の数量モデルにおける、最終的な性選択の結果は、モデルの仮定に影響される。 (例 えばメスの選択にコストがあるかなど)しかし、重要な点は、Fisher の仮説の根底にオス の特徴とメスの好みの共分散が存在することである。 (c)ハンディキャップ仮説 「クジャクのオスの長い尾羽はオスの生存にとってハンディキャップであり、メスが長い尾羽 のオスを選択するのは、そのオスがハンディキャップを持ちながらも生存できるだけの能力を 持っていると考えるからだ」と Zahavi(1975、1977)は提唱した。もし、オスの能力が受け継 がれるなら、生存に良いという傾向は子に受け継がれるだろう。このようにメスは、遺伝的な 質の高さを示すオスを選ぶことで、良い遺伝子を選択する。この仮説での「良い遺伝子」とは 生存や繁殖など、実用的な面で良いということである。この仮説の最も重要な特徴は、コンデ ィションの良いオスだけがハンディキャップを持てる点である(flexible handicap idea)。そ して、ハンディキャップの大きさを指標に、メスがオスの遺伝的な質を判断する点である。 だが、遺伝的な変異が使い果たされた時、良い質の遺伝子への選択は終わるだろう。例えば、 養豚業者が大きな豚を作るために、大きなオスとメスを交雑させると仮定する。豚の体サイズ に遺伝的な変異がある時、最初は大きな親の遺伝子を持った子を作れても、やがて、繁殖に参 加できる個体がいなくなるだろう(大きい個体しか繁殖できないから)。そのため、体サイズへ の選択は止まる。同様に、良いオスを探すために支払う時間的コストも、メスの選択を止める。 メスは子の遺伝的質を向上させるために、いつまでも良い遺伝子を持ったオスを選ぶことがで きない。 (d)Fisher の仮説とハンディキャップ仮説の証拠 Fisher の仮説とハンディキャップ仮説は、なぜメスがオスの精巧な飾りや過剰なディスプレイ を好むのかを説明しようとしている。すでに述べたコクホウジャクやスゲヨシキリの実験はど ちらの仮説も当てはまるため、原因となる仮説を区別することができない。 オスの形質が Fisher の仮説によって発達したと論証するには… ① メスの好みとオスの形質には遺伝的なバリエーションがあり、それらの遺伝子は共分散する ことを示さなければならない(Box8.1)。 ② Fisher の仮説において、選択された形質が得る利益は、繁殖成功の増加だけなので、ハン ディキャップ仮説における、実用的な利益(病気に対する抵抗力や希少な餌を集める能力) と関連が無いことを示さなければならない。 この予測を検証する方法は… a) 1個体群のオス間で、形質の表現が過剰になるほど生存能力が下がるかどうか観察する。 b) 過剰な形質を持つオスの子の生存能力もテストする。 ⇒Fisher の仮説において過剰な形質を持つオスは、繁殖成功を高めることはできても、生存能 力を高めることはできないから。 例)Fisher の仮説の検証 グッピーの実験 ∼オスのディスプレイとメスの好みの関係∼ トリニダードのグッピーは、川ごとにオスの体表の青やオレンジ色の斑点数や大きさが異なる。 ・斑点は捕食者の多さに影響される:捕食者が少ない川=大きな斑点, 捕食者が多い川=小さい斑点 ・斑点は交尾中にメスを刺激:オスの斑点が大きい川にいるメスは、斑点が小さい川にいるメ スよりも、大きな斑点に対する嗜好性が強い。 更に、実験室で数世代にわたりグッピーを飼育しても、斑点模様が持続したため、オスの斑 点模様とメスの嗜好性は遺伝的な違いにより生じることがわかった。このようにグッピーには、 Fisher の仮説が作用する過程に必要な、オスの形質とメスの好みに共分散が存在している。 だが、一様な環境である実験室で斑点模様が変化しなかったことは、斑点のサイズが索餌能 力などに影響されないと言えても、斑点が総合的に生存率と関係なかったかとは言えない。そ の為、グッピーの斑点は Fisher の仮説と一致するがハンディキャップ仮説も棄却することがで きない。 まとめると、多くの動物のメスはオスの過剰なディスプレイを好む。グッピーではオスの形 質は受け継がれるが、ツバメでは、他の要素の適応度に左右される。今のところどちらの仮説 がより広く適用できるかわからない。むしろ、二つの仮説は両立してもよいだろう。 Box8.2 実験例:ツバメの尾羽の長さ ∼Hamilton-Zuk 仮説の検証∼ Hamilton-Zuk 仮説:性的な表現が病気に対する遺伝的な抵抗力を表現しており、メスは病気に 強い遺伝子を得るために、性的な表現を行うオスを選択するという仮説 (ハンディキャップ仮説の異説。) この仮説を検証するには、4つの仮定をテストしなければならない。 a) 寄生虫が宿主の適応度を下げる b) 寄生虫への抵抗力は遺伝的なものである c) 寄生虫への抵抗力は、性的な飾りの精巧さによって、示される d) メスは最も精巧なシグナル(飾り)を持ったオスを好む。 Anders Pape Moller は、これら4つの仮定をツバメを用いて研究で検証した(1988,1989,1990)。 ツバメは一夫一妻の食虫性の鳥で、農場などに巣を作る。オスの尾羽はメスよりも長く、オス はメスに尾羽をみせる、繁殖ディスプレイを行う(図 a) 。繁殖に入る時期が早いほど、繁殖成 功は高いため(利用できる餌が多く、年間に産卵できる数が増えるから)、オスはつがいをめぐ って競争する。 1、メスが長い尾羽を持ったオスを好むかどうかを検証(仮説d) 実験的に尾羽を長くしたオスはメスと早くに交尾でき、婚外交尾の相手を探しているメスに も好まれた(図b)。しかし、実験的に尾羽を長くしたことは、索餌行動には不利であった。 結果的にこれらのオスの翌年の繁殖率は低下した。(索餌効率が尾羽の長さを制限する) 2、ツバメに寄生するダニが、子の成長を低下させるかを検証(仮説 a) 巣からダニを取り除いたり、加えたりする実験を行った結果、ダニが多い巣で育ったヒナは 小さく、死亡率が高かった。 3、ダニへの抵抗力が遺伝するかを検証(仮説 b) ヒナの半数を孵化してすぐに隣の巣のヒナと取り替える実験を行った結果、ヒナのダニ負荷 量は生みの親のそれに比例していた(図c)。ダニへの抵抗力の一部は遺伝すると言える。 4、尾羽の長さとダニへの抵抗力の関係を検証(仮説c) 自分のヒナと他個体のヒナを取り替えて子育てを行わせた結果、生みの親の尾羽が長いヒナ は、他の巣で育てられても、寄生虫の負荷量が少なかった(図d)。 結論:ツバメのメスがオスの長い尾羽を好むのは、そういったオスを選ぶことで良い遺伝子(ダ ニへの抵抗力が強い)を子に渡すことができるからだ。(Hamilton-Zuk 仮説を支持する) オスの投資 MALE INVESTMENT 子への投資に雌雄差がない種やオスの方が多い種では、性選択や性間の対立が別の形で当ては まる。例えば、オスとメスが等しく子に投資する生物の求愛行動は、メスによるオスの査定(選 択)とオスによるメスの査定(選択)の両方を含む。体内受精を行う種のオスはつがいの子の 父性を完全に確認することができないから、求愛行動はメスが不義をしないための保証である。 (=オスはメスが前もって他のオスと交尾していないか判定することができる。 ) ギンバト(babary doves)の例: お辞儀(bow posture) を早く行ったメスはすでに他のオス と交尾しているとみなされ、オスから攻撃される。 オスが子に多く投資する種では、メスがオスを巡って争う。例えばアカライチョウでは抱卵 の 3/4 をオスが行うのでメスがオスを巡って争う。長い抱卵期間に耐えるため、オスは小さく 太っている。キリギリスでは、オスが質の悪いメスを排除する(図 8.9)。 両性間の対立 Sexual conflict もう一度、この章の始まりの両性間の対立に戻ってみる。異形接合の起源を初期の性間の対立 と考えてみよう。大配偶子は小配偶子を選ぶことができたので、最初は良かったかもしれない。 しかし、進化の競争で勝ったのは小配偶子だった。同じような両性間の対立は、交尾相手の決 定に関してだけでなく、両親の投資や多回交尾、子殺しの中に、今でもはっきりと見ることが できる。 (a) 交尾相手の決定 Mating decision メスはオスを選択する側になることが多い。だがメスがオスを選択しない時でも、オスが交尾 できる場合がある。シリアゲムシの強制的な交尾はこの対立の極端な現われである。シリアゲ ムシのオスは虫の死骸や特別な唾液を分泌してメスに渡すことで、メスと交尾することができ る。しかし、オスは時々メスに唾液や虫を渡すことなく、強制的に交尾を行う。この時メスは 性間の対立に負け、オスは勝ったことになる(メスは卵を育てるための餌を自ら集める必要が あり、オスは虫の死骸や唾液をメスに渡さずに交尾できたから)。実際の利益とコストの関係は 明らかではないが、全てのオスが強制交尾に傾倒しないのは、メスの受精成功が低下するため である。だから、オスは虫の死骸や十分な唾液を準備できなかった時にだけ、強制的な交尾を 行う。 (b)両親の投資 Parental investment 配偶子のステージ以降も親が子へ投資する種では、それぞれの性が自身の投資量を減らすため に片方の性を利用すると予想される。この性間の対立の結果は、実質的な問題の影響を受ける。 例えば、メスが体内受精を行う種のオスは受精させた後すぐに、メスに卵と子供の世話をのこ し、逃げ去ることができる。 (c) 子殺し Infanticide ライオンのオスはプライドをのとった後すぐに、プライドの子を殺す。この行動はオスの繁殖 成功を増加させるが、明らかにメスの繁殖成功を減少させる。これはオスが勝つ性間の対立の 一例である。驚くべきことにメスは対向適応を発達させていない。 (例えば、性間の対立での損 失をできる限り埋め合わせるために、殺された子を食べたりはしない) (c) 多回交尾 Multiple mating メスはたくさんのオスと交尾をおこなってもほとんど繁殖利益をえることできない(図 8.1)。 しかし、オスは静子競争を行うので、受精後のメスと交尾することで繁殖に成功できる。だか ら、多回交尾はメスにとってはコストになるがオスにとっては有益である。 オスとメスのどちらが、性間の対立により勝つことができるかはわからない。しかし、選択 の強さや遺伝的変異の大きさは、オスとメスがどれだけ早く適応度と対向適応を進化させるか を決定する。 交尾の重要性 The significance of courtship 交尾行動は性間の対立や性選択の関点から説明することができるが、そうでない交尾行動も存 在する。同種間で交尾しなければオスもメスも利益を得ることができない種では、交尾行動(合 図)が識別の役割を果たす。 例)同じ池の中に複数種のカエルが生息している場合、それぞれの種の声に特徴があり、オス が求愛に用いる声は種間で識別できる。メスは同種のオスの声にだけ反応する(魅了される)。 また、交尾ディスプレイは同種内のオス間競争において、交尾機会の役割も果たす。しばし ば、同じディスプレイがオスを追い払うと同時に、メスを魅了する。 例)Pacific tree frog の実験:大声で鳴くことができるオスたちの求愛の声は、他のオスを追 い払うと同時に、メスを魅了した。メスは大声で鳴くオスのグループの中で最も長く鳴くこと ができる個体と交尾をした。 最後に、交尾行動は査定の役割も果たす。例えば、オスが子の世話をする種では、メスが既 に受精していないかオスが査定する。逆にメスも、オスが子を世話する能力を査定する。 要約 性的な繁殖の中心に、性間の対立がある。オスとメスの基本的な違いは配偶子のサイズである。 オスは小型の配偶子をつくり、メスの大型の配偶子と接合する。そのため、オスは成功した寄 生者として考えることができる。精子を作るコストは低いので、オスは多くのメスと交尾する ことで、繁殖成功を高めることができる。一方でメスは、卵や子を育てる速度を早くすること でしか、繁殖成功を高めることができない。メスは希少な資源なので、オスはメスを巡り競争 する。そして多くの交尾行動が競争の関点から説明できる。メスはたぶん、餌や場所などの資 源や遺伝的な利益を持ったオスが現れるまで、交尾をしたがらないだろう。メスよりもオスの 投資量が多い種では、メスがオスを巡って争い、オスがメスを選択する。 遺伝的な利益が性選択によってどうのように獲得されるかを説明しているのは(a)Fisher の 仮説:オスの形質が純粋に魅力的なことが利益である仮説と、(b)ハンディキャップ仮説:オ スの形質が暗示する、生存力の高さや病気への抵抗力などが利益である仮説の2つである。
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