投票のルール 集団的意思決定 法と経済学Ⅱ(林田) 今回の目的 私たちの意見や選好を反映するような、投票ルールはあるか 投票ルールにはどのような問題があるか 投票のルールと集団的決定 集団的な意思決定には、さまざまな方法がある ・専制君主や国王による決定 ・民主的な代議制 ほか 集団的決定と所得 (1)全員一致(unanimity)ルール 全員一致ルールは、ある行動や決定について有権者全員の同意や合意がある場合の投票の 結果である。 各人がそれぞれの決定に同意するならば、誰も悪化しない。 これが、現代でも多くの者が全員一致にこだわる理由である。 全員一致と多数決ルール 図20-1aは、ある社会における多数派と少数派の収入を示している。 全員一致による結論はXEYの領域にある。誰もEにあるときよりも良化している。 いずれにせよ全員が満足しているから、改善の余地がなく、逆に変化に乏しく、現状肯定 的である (2)多数決(majority)ルール 50%以上の有権者が賛成するなら、ある行動や決定は是認されるという投票システム 図20-1b ・Vへの移行 効率的 ・Wへの移行 少数派のコストにおいて多数派が利益を得る →非 効率的、あるいは不公平な結果となることもある (3)多数決ルールの問題点 中位投票者の仮説 投票のパラドックス 中位投票者の仮説 1 選択肢のうちから選択する基準が単一であり、かつまたすべての投票者の選好が単峰型 (一 つの山の形)をしている場合には、選択肢の中位に位置する投票者の選好が、全体の選択 として選ばれる、つまり結果を決定する。 中位投票者の選択が社会全体の選択にとって望ましい選択とはいえないところにある。 選好の基準が多元的であるときには選択肢をうまく配列することができないから、この仮 説は成立しにくくなる 投票のパラドックス 投票の結果、勝ち残るものが存在しない 多数決ルールの限界 投票のパラドックスはつねに起こりうるか 起こりうる条件: 1.複峰型の選好を持つ者がいること 2.二つ以上の選択肢が存在すること 裁判所における投票 投票のパラドックスが起こる可能性あり ・もう一つの問題: 投票の順番によって結果が異なる!? 裁判所における“投票のパラドックス”が意味するもの 1.裁判官による投票の結果は一定しない。循環する。 2.裁判所の判断は一貫しない。 3.法的判断の客観性は疑われる(懐疑的である) 4. 「司法判断には絶対的に投票の循環は起こらない」のは、誰かの(主観的な)判断が結 果をコントロールしている、ことに他ならない 刑事裁判の例で ①アメリカ式 最初に、有罪か無罪かを決める。有罪のとき、相応の刑を科す ②ローマ式 証拠調べの後、重い刑よりはじめて、軽い刑へと検討する ③罪刑決定式 最初に、罪に対する量刑を決定する。その後、有罪かどうかを判断する 死刑、終身刑、無罪の3つの可能性しかない 2 判決は3人の裁判官の多数決によってなされる 3つの投票方式がある ① アメリカ式: 有罪か無罪か ② ローマ式:重い罪から ③ 罪刑決定式:最初に罪刑のち有罪・無罪 投票方式:アメリカ式 guilty or not-guilty A&B: 有罪 C:無罪 これは、最初の投票で無罪か死刑かを決めるのと同じことになる.①有罪→②死刑(A・ C) そこで、Bは先読みをし、①回目で「無罪」とする戦略をとった. この結果、2:1で無罪の判決! 投票方式2:ローマ式 <重い罪から> ①死刑を科すべきか否か (A&C)2:1(B)の投票結果、死刑という判決! 最初に行う決定が、死刑か終身刑かの決定に等しいものといえる. 投票方式3:罪刑決定式 罪刑決定式 <最初に罪刑のち有罪・無罪> a.予め決められた刑が、終身刑のとき A&B により、 「有罪」が決定! b.予め決められた刑が、死刑のとき B&C は反対するので、 「無罪」が決定! ※最初の罪刑の選択は終身刑か無罪かを決めることになる 投票によって結論が異なる 同じ“犯罪”なのに、投票の順番の違いによって、裁判所の判断や決定が異なる結果とな っている! 「刑事司法手続きは、根底にある考え方ではなく、そのもたらす結果によって選ばれるか もしれない」 トラヤヌス皇帝の頃、法律家プリニウス(弟)のジレンマの実例(A.D.100) 裁判所以外、議会でも起こりうる [参考文献] ディキシット&ネイルバフ・戦略的思考とは何か245頁(1991), Thinking Strategically. 3 自由のパラドックス (liberal paradox) アマルティア・セン 個人の自由を容認する、という原則を確立する: 人それぞれが自由に決定すべき個人的問題や領域がある。例えば、どの本を読むか、 車は何色にするかなど。このような問題に関する個人の選択に関しては、他の者がどのよ うに考えようと、社会全体として はより望ましいと見なさなければならない。 D.H. ロレンス, Lady Chatterlay’s Lover 謹厳・まじめなX、 Yは淫蕩的・好色的である。 猥褻と判決 (最大判昭32.3.13刑集11巻3号997頁) 翻訳者伊藤整&出版社小山久二郎、ともに有罪 右写真は東京地裁最終弁論の日(1951.11.30) 3つの社会状態がありえる a. 謹厳なXが 「チャタレイ夫人の恋人」を読み、Yは読まない b. 好色なYが 「チャタレイ夫人の恋人」読み、Xは読まない c. X,Y、どちらも読まない 謹厳なXにとっては、つぎの選好順位となる c > a > b 他方、Yにとっては、つぎの選好順位となる a > b > c 自由の原則に立って、各人に選択させると、つぎの結果となる: X: c>a Y: b>c X+Y: a>b ( X, Yも、b よりは a を選ぶ:上の選好順位を参照) このようにして、循環(パラドックス)に陥る. センは、ある問題について自由(独裁者になること)を認めることによって、かえって別 4 の不可能性定理に行きついた. 本が1冊しかないこと 誰がこの本を読むかは、すでに集合的決定ではないのか 利他主義者はいないのか? 賢治ニアン 公益を重視する人・団体 R.カーソンの場合 レイチェル・カーソン 『沈黙の春』(Silent Spring 1962) 「春が来ても自然は黙りこくっている」 『沈黙の春』(Silent Spring 1962) 当時大量に使用されていたDDTなどの農薬が、自然環境を破壊している実状を世 に知らしめた『沈黙の春』が出版されるやいなや、論議が湧きあがり、産業界からは激し い攻撃を受けた。 海洋生物学者 1907 年、ペンシルベニア州の田舎町で牧師の娘として生まれ、懸賞創作で受賞した 文学少女。作家を志して、ペンシルベニア女子大学に入学し英文学を専攻、2 年次に受講 した生物学に魅了されて、専攻を生物学に変更。 ジョンズ・ホプキンズ大学で動物学の修士号を取得 内務省漁業野生生物局に勤務し、同時に執筆活動 1964 年 死去 カーソン関係邦訳および著書 『潮風の下に』 (1941) 『われらをめぐる海』 (1951) 『海辺』 (1955) 『沈黙の春』 (新潮社、2001 年、青樹簗一訳 ) 『レイチェル・カーソン その生涯』 (かもがわ出版、 1993 年、上遠恵子訳 ) 『海辺』 (平凡社、2000 年、上遠恵子訳 ) ---end--- 5
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