アファーマティブ・アクション 高等教育における人種格差解消を巡る論争 法学部 4 年 川口耕一朗 目次 はじめに 1.アファーマティブ・アクションを巡る論争 (1) 必要性 (2) 反論 2.アファーマティブ・アクションの前史 (1) 单北戦争以降 (2) 公民権運動 (3) 单部の抵抗 3.アファーマティブ・アクションの沿革 (1) 公民権法成立 (2) Regents of the University of California v. Bakke 4.アファーマティブ・アクション廃止の動き (1) カリフォルニア州 (2) ワシントン州 (3) テキサス州 (4) フロリダ州 (5) 連邦議会 5.ミシガン州におけるアファーマティブ・アクション判決 (1) 背景 (2) Grutter v. Bollinger (3) Gratz v. Bollinger 6.Michigan Civil Rights Initiative(MCRI) (1) 住民投票の経緯 (2) ミシガン州の歴史的背景 (3) 改正条文の内容 (4) 州憲法改正後の動き おわりに 参考文献 1 はじめに アメリカでは、1960 年代の公民権運動により、人種による法律上の差別は禁止された。 しかし、白人と黒人との格差は是正されず、機会の平等を図り人々を形式的に平等に取り 扱うだけでなく、結果的な平等の実現が求められた。アファーマティブ・アクションと呼 ばれる一連の政策が採用されることになる。 「差別を解消するための、人種・性・出身国など従来差別の理由とされてきた標識を考 慮に入れた、形式のみならず結果を考慮に入れた、差別が解消されるまでの暫定的な、積 極的努力」1と定義されるが、主に雇用、大学の入試制度等で活用されている。機会の平等 だけでなく、結果の平等の実現を目指すことで、白人の間からは逆差別と批判が上がり、 アメリカ国内では大きな社会的な争点となっている。 特に、高等教育機関への入学者選抜における措置が議論の的となってきた。大学や大学 院という、重要な進路においてマイノリティー出願者の入学を確保するために一定の優先 的な枠組みを図ることは、逆差別の象徴として認識されるようになった。 本稿では、高等教育におけるアファーマティブ・アクションを取り上げ、沿革、リーデ ィングケースとされる判例をそれぞれ紹介していく。そして、アファーマティブ・アクシ ョン廃止を制定した 2006 年のミシガン州住民投票に焦点を当て、他州での同様の立法と比 較をしながら、制度の未来について考察する。 1.アファーマティブ・アクションを巡る論争 (1) 必要性 アファーマティブ・アクションを肯定する意見は、社会構造の中に差別が組み込まれて いる「構造的差別」2の存在を強調する。差別を受ける者は、自分の責任には属さない理由 により不利な立場に置かれ、社会的弱者の立場になると言われる。アメリカの場合、黒人 は建国以来、制度的、歴史的に差別を受け続け、公民権法成立により機会の平等を確保し ても、黒人学生の学力は低く、高等教育進学率が伸び悩む現状を改善されないと主張され る。学歴格差は、将来的な経済格差を生み、彼らの子女の教育機会の格差にもつながり、 白人、黒人間の経済格差が永続的になると危惧される。肯定派は、構造的差別が存在する 以上、差別の解消を図るためには、差別をしないという消極的な取り組みだけでは不十分 で、より積極的な政策を訴える。今まで不利な立場に立たされていた黒人に対して、高等 教育の選抜試験において特別枠を設け、加点をするなどして、彼らの進学率向上が期待さ れる。これにより、長期的には構造的差別は解消され、優遇措置を取る必要もなくなると 言われる。 そして、そのような黒人の多くが今日直面している困難な状況は、過去に黒人を差別し 1 2 横田耕一『アメリカの平等雇用』p3 同上、p7 2 たアメリカの歴史がその責を負うべきだとも言われる3。また、政府がアファーマティブ・ アクションを積極的に採用しなければ、警察署や大学、企業が黒人を採用したでろうか。 数世紀に渡る抑圧の償いをしてきたのか、という道徳的な反省も出されている4。 (2) 反論 人種を基準に、積極的に優遇する政策に対しては多くの反論が上がっている。第一に、 対象への疑問である。主に、黒人、ネイティブ・アメリカン、ヒスパニック、アジア系など を対象とするが、それ以外の人種や民族の扱いはどうなるのか。アメリカには、白人でも、 イタリア系、ユダヤ系に対する差別が存在し、優遇される対象を特定するのに客観的な基 準など存在せず、恣意的なものではないかと批判される。 第二に、暫定的な政策で、差別が解消されるまでの過渡的な政策とされるが、一度その ような政策が採用された以上、半永久的なものにならないかという指摘がある5。一時的な 恩恵が、長期間に付与され続けることで、それは「権利」となり、差別が完全に解消され たという認定が困難であるが故に、暫定的な政策ではない。政治に参加することによって 差別の克服は可能であり、他のマイノリティー達もそうした差別を克服してきたといわれ る。 反対派は、人は集団のもつ特性に基づいて処遇されるべきではなく、あくまで個人の能 力、資質によって評価されるべきだと主張する。それは、アファーマティブ・アクション がアメリカの伝統である自助の精神に反するという批判に基づくものである6。 2.アファーマティブ・アクションの前史 (1)单北戦争以降 それでは、アファーマティブ・アクションが成立する歴史的背景はいかなるものであっ たか。建国以来、人種による差別撤廃には長い時を要した。当初、合衆国憲法はインディ アンや黒人に対する差別を前提としており、奴隷制度も容認されていたが、单北戦争によ り、平等保護原則を定めた修正 14 条が加えられ、奴隷制度が廃止された。 しかし、それは連邦や州による差別の禁止に過ぎず、私人による差別には適用されず、 企業による雇用差別、白人、黒人の別学制は維持された。最高裁の判決でも、”Plessy v. Ferguson”において「分離すれども平等」7の原則が取られ、黒人と白人の差別がなされてい ても、中身が実質的に平等であれば差別ではないと考えられていた。本判決は、鉄道車両 における白人と黒人の分離を定めた 1890 年のルイジアナ州法を連邦最高裁が是認したもの であり、白人と黒人を隔離する法律の制定はどちらかの人種が劣ることを意味するもので 3 4 5 6 7 上坂昇『アメリカ黒人のジレンマ』p89 同上、p237 同上、p39 同上、p238 Plessy v. Ferguson , 163 U.S. 537 (1896) 3 はなく、州の権限内であるとされた。 (2)公民権運動 单北戦争以降も、一世紀以上に渡り黒人に対する差別は続いたが、その状況を一変させ たのが”Brown v. Board of Education of Topeka”である。本判決は、修正第 14 条起草者の意図 がそもそも黒人の隔離を禁止するものであるかは分からないと留保しつつも、現代におけ る教育の重要性を強調し、白人と別の学校に通わせることは、黒人児童に劣等感を抱かせ ると述べる。人種別学は、 「共同体における彼らの地位について劣等感を植え付け、癒され ることが難しいほどの傷を心に負わせるだろう」8とし、別学の教育制度は修正 14 条が保障 する「法による平等の保護」を奪う不当な政策だと結論付けた。ここに、プレッシー判決 により確立された「分離すれでも平等」の原則を否定されたのである。 (3)单部の抵抗 だが、ブラウン判決はただ憲法上の基本原則を述べただけで、人種隔離制度の解体と人 種統合の方法、その実施時期については、单部全域に渡るという影響力の大きさと地域ご との事情を考慮する必要性から、具体的に言及したものではなかった9。さらに、判決に対 して、单部は強い抵抗を示し、56 年には单部 11 州選出連邦議会議員団が「人種統合に関す る单部宣言」10を発表した。 「この判決は、これまでの連邦議会の権能を侵食し、州と人民 に留保された諸権利をも侵害する」11と州権の侵害に基礎付けられる彼らの主張は、单北戦 争の際の单部の論理を彷彿させるものであり、北部と单部の対立を高めた。この結果、公 教育における人種差別撤廃、人種統合は進まず、ブラウン判決 10 年後の 1964 年において、 白人と共学する黒人児童生徒の割合は、2.4%に過ぎなかった12。1957 年 9 月の時点で、单 部 11 州のうち 8 州が裁判所命令に対して州権侵害宣言を出しており、共学化阻止のために は公教育システムを解体も辞さないとする抵抗が单部で広がっていた13。 3.アファーマティブ・アクションの沿革 (1)公民権法成立 1964 年は、首都ワシントンでキング牧師による「ワシントン大行進」が行われ、公民権 運動の盛り上がりも頂点に達した。ジョンソン政権は、单部選出民主党議員の激しい抵抗 を受けながらも、公民権法を成立させた14。公民権法は、全ての公共施設、投票や公立学校 教育、さらに連邦予算による事業において、人種を理由に差別を行うことを禁止した。特 8 Brown v. Board of Education of Topeka , 347 U.S 483 (1954) 9 阿川尚之『憲法で読むアメリカ史』下 p244 大谷康夫『アメリカの黒人と公民権法の歴史』p110 11 同上、p111 12 同上、p114 13 川島正樹『アメリカニズムと「人種」 』p227 10 4 に、 「第 7 章」はある種の標識を理由とする私的雇用関係における異なる取り扱いを全面的 に違法とする画期的なものだった。また、卖なる法的平等の達成に留まらず、より積極的 に教育や雇用における結果の平等の実現を目指して、政府との契約にあたってアファーマ ティブ・アクションを採用するとの、大統領行政命令 11246 を発布した15。以降、白人と黒 人間の格差是正、過去の差別に対する償いとして、企業の雇用、大学の入試制度において 積極的に活用されることになる。 しかし、政権が民主党のジョンソンから共和党のニクソンに代わると、連邦政府の熱意、 積極性は減速し、白人の間で、彼らの犠牲の下で、黒人を優遇する措置に不満が募るよう になる。 (2)Regents of the University of California v. Bakke 黒人に対する優遇措置の是非について議論が高まる中で、最も注目されたのが、高等教 育機関への入学者選抜においてマイノリティー出願者の入学を確保するためにとられた措 置である。中でも、一定の優先的な枠組みを設ける「クォータ制」が議論の的となった。 そこで、1978 年に連邦最高裁の見解が明らかにされる。カリフォルニア大学デービィス校 の医学部は、 71 年より 100 名の定員のうち、 16 名をマイノリティーのための特別枠とする、 入学者選抜制度を採用していた。それに対して、2 年連続不合格になった白人男性バッキー は、本制度は人種を理由とした差別であり、修正 14 条が定める法の下の平等と公民権法に 違反するとして訴訟を提起した。 判決は、 「この制度は、あるマイノリティー集団に特別に一定数の入学を保障する人種・ 民族別割当て制度であり、修正 14 条と公民権法に違反する」16として、バッキーの主張を 認めた。しかし、判決は同時に、人種だけを基準として入学を許可することは違憲である が、入学決定の様々な要素の一つとして、人種を考慮することは合憲であると述べる。「多 様性」の実現のためには、様々な人種・民族の学生を入学される必要性を修正第 1 条の「学 問の自由」を根拠として、肯定している。そして、多様性を目的として人種を考慮する選 抜方式が正当化されるためには、限定された方法でなければならないとした。具体的には、 ある特定の人種に属する出願者をその内部での選抜に囲い込んで、他の学生との直接的な 競合を免れさせるような方法をとってはいけない。人種を「プラス要因」として考慮する ことは許されるが、それは個々の出願者について関連する全ての多様性の要素を考慮でき るような、十分に柔軟性のあるものでなければならないという判断である。こうして、大 学は特定の人種の学生に「クォータ制」による優先的な割り当て措置は禁止された。しか し、その後現在に至るまで、バッキー判決が具体的な選抜方法についての憲法判断基準と なり、目立たない形で黒人など尐数民族に対する高等教育面でのアファーマティブ・アク ションは維持されることとなった。 14 15 阿部斉・加藤普章・久保文明『北アメリカ』p267 同上、p269 5 4.アファーマティブ・アクション廃止の動き (1)カリフォルニア州 1970 年代後半から高まった白人からのこうした優遇措置に対する反発は、1990 年代にな るとがさらに強まり、訴訟だけでなく、州法を改正する住民運動へとつながった。1996 年 にはカリフォルニア州でマイノリティー優遇措置を禁ずる州憲法修正定案 209 号が州民投 票で 54%の賛成により、可決された17。 その結果、カリフォルニア大学の黒人の入学者数が激減した。修正定義 209 号の適用以 前の 1995 年には、黒人、ネイティブ・アメリカン、ヒスパニックによるマイノリティー人 口が州の高校卒業者数の 38%を占める中で、 カリフォルニア大学入学者数の中では 21%と、 両者の差異は 17%であった。しかし、2004 年には高校卒業者数においてマイノリティーが 占める割合は 45%に増加したにも関わらず、カリフォルニア大学入学者数での割合は 18% に減尐し、差異は 27%と拡大した18。中でも最難関とされるバークレー、ロサンゼルス校で は、1995 年には 469 人いた黒人新入生が、2004 年には 218 人へと半減した。以上のような 傾向は、アファーマティブ・アクション廃止の直接的な影響だけでなく、大学が人種の多 様性確保に消極的、マイノリティーに対して不寛容になったとの印象を与えることで、出 願の段階でカリフォルニア大学を避ける学生が増えたことにも一因があると指摘される19。 大学では、修正定義 209 号可決を受けてもなお、人種の多様性の実現を重視しており、 法の範囲内で複数の対応策を講じている。2001 年には、Eligibility in the Local Context を導 入し、州内の各高校で上位 4%以内に入る生徒に対して、カリフォルニア大学の 8 校のいず れかへの無条件による入学を認めるようになった20。この制度は、マイノリティーが多く占 める貧困層の高校からの学生を積極的に確保することを目的とする。また、貧困層の高校 における積極的な勧誘活動、貧困層に対する奨学金の充実、短期大学からの編入学生の枠 を拡大するなどしている。しかし、2005 年の統計に反映されるように、マイノリティー学 生の総数の増加には必ずしも十分な成果を挙げてはいない。 (2)ワシントン州 1998 年には、ワシントン州でも州法の改正という形式で、人種に基づく優遇制度廃止の 法案が成立した。法改正により、カリフォルニア大学同様、当初はワシントン大学でもマ イノリティーの入学者は減尐したが、その後 1998 年以前のレベルまで回復する。1998 年に は、入学者に占めるマイノリティー学生の割合は 9%だったのが、法改正翌年度には 5%に 16 Regents of the University of California v. Bakke, 438 U.S. 265 (1978) 大谷康夫『アメリカの黒人と公民権法の歴史』p187 18 Kaufmann, Susan “The Potential Impact oh the Michigan Civil Rights Initiative on Employment, education and Contracting” 19 同上 20 同上 17 6 減尐するものの、2005 年には再び 9%台に達した21。 ワシントン大学は、勧誘活動を強化したこと、また教育的、経済的困難を克服した学生 を評価する選考制度を導入したことで、人種に基づく加点や人種枠を設けることなく、マ イノリティー学生数を維持することが可能となった。本制度は、間接的な人種に基づく優 遇制度だと批判されるが、ワシントン大学ロースクールを巡る事件では、連邦第 9 巡回裁 判所は、教育における多様性はやむにやまれる利益に当たるとの論理に基づき、合憲とし た22。ワシントン大学は、今後も法の範囲内で積極的に更なる人種の多様性実現を維持して いくと宣言しており、今後も制度の合憲性が争点となることが考えられる23。 (3)テキサス州 テキサス州は、高等教育において長い間人種による分離が続いてきた。1978 年には、連 邦政府が州に対して、公民権法が定める人種融合基準を満たすよう勧告したほどであり、 対応策として、高等教育におけるマイノリティー人口増加を目的とする”Texas Plan”を採用 した24。 中でもテキサス大学ロースクールでは、マイノリティー入学者数を増やすために、二種 類の入学選抜基準を設けていた。しかし、人種に基づく別途の選抜制度の合憲が”Hopwood v. University of Texas Law School”で争われ、ロースクールが採用するアファーマティブ・アクシ ョンが「逆差別」として違憲であるとの判決が、第 5 巡回区連邦控訴裁判所によって下さ られた。本判決は、人種多様性の実現を憲法が認める正当な目的としたバッキー判決の論 理を否定し、歴史的な差別に対する償いが唯一の合憲的な目的だと判断した25。最高裁はこ の判決の上告申請を受け入れなかったため、判決が確定する。 ホップウッド判決を受け、テキサス州は「上位 10%法」を制定し、州内に住む上位 10% の生徒に対して州立大学の入学資格を与えている。テキサス大学におけるマイノリティー 入学者数の割合は、法制定以前である 1996 年の 19%から、2005 年には 24%に増加したこ とで、制度の有効性が主張される。しかし、テキサス州の総人口に占めるマイノリティー の割合に比べると、依然低いものであり、不十分であると指摘される26。 (4)フロリダ州 1999 年には、フロリダ州で”One Florida Initiative”を掲げるジェブ・ブッシュ知事により、 高等教育におけるアファーマティブ・アクションが廃止された。同時に、カリフォルニア 州、テキサス州のように、州内に住む上位 20%の高校生に対して州立大学の入学資格を与 21 “Proposal 2006-02: Michigan Civil Rights Initiative” Citizens Research Council of Michigan 22 Smith v. University of Washington 233 F.3d 1188 (9th Cir. 2000) 23 http://www.washington.edu/ 24 “Proposal 2006-02: Michigan Civil Rights Initiative” Citizens Research Council of Michigan Hopwood v. Texas, :78 F.3d 932 (5th Cir.1996) “Proposal 2006-02: Michigan Civil Rights Initiative” Citizens Research Council of Michigan 25 26 7 えている27。 (5)連邦議会 さらに、連邦議会でも同趣旨の法を求める声が共和党議員の中で高まり、97 年には、連 邦政府を当事者とする契約、連邦政府諸機関の雇用、連邦政府の行う事業、連邦政府の認 可や資金援助を受ける事業におけるアファーマティブ・アクションを違法とする「1997 年 公民権法」が提出された28。本法案は、下院司法委員会の段階で共和党議員からも異論が出 て、結局は廃案になったが、AA に対する逆風がアメリカにおいて強まっているのは明らか であった。 5.ミシガン州におけるアファーマティブ・アクション判決 (1)背景 優遇措置を禁止するカリフォルニア州の憲法改正など、政治的レベルでの逆風が強まり、 ホップウッド判決でテキサス大学ロースクールの入学選抜制度を控訴裁判所が違憲とした ことで、アファーマティブ・アクションの寿命は時間の問題と考えられるようになった。 2003 年 6 月にミシガン大学の入学者選抜におけるアファーマティブ・アクションに対する二 つの最高裁判決は、バッキー判決以来の最高裁の立場を変えうるものとして、さらに同年 1 月にブッシュ大統領がアファーマティブ・アクションに反対する旨を表明したことで、全 米の注目を浴びた29。グラッター判決では、ロースクールの入学者選抜方式が合憲とされ、 グラッツ判決では、学部レベルの方式が違憲とされた。 (2)Grutter v. Bollinger ロースクールでは、学生手段の多様性を確保することを選考方針として明示している。 選考過程では、LSAT と学部成績の二つが客観的資料として重視されるが、同時に推薦者の 熱意や出身大学のレベル、大学での履修科目、苦手領域といったいわゆる「ソフトな変数」 も考慮の対象となる30。その中で、黒人、ヒスパニック、ネイティブ・アメリカンの受け入 れは特に重視されており、多様性の確保によって様々な視点をロースクールにもたらされ ることを目的とする。人口構成割合に比べて入学者数が過尐となるマイノリティー出願者 を「十分な数」 (critical mass)確保することで、彼らがロースクールと後の法曹界で貢献し うる能力を確保することが目指されていた。この数は、マイノリティーの学生が孤独感な しに授業での対話に貢献しうるものとして定義される。 原告のバーバル・グラッターはミシガン州在住の白人女性で、1996 年に出願したが入学で きず、ミシガン大学ロースクールが人種を理由に彼女を差別し、修正第 14 条と 1974 年公 27 http://www.myflorida.com/ 28 “Proposal 2006-02: Michigan Civil Rights Initiative” Citizens Research Council of Michigan 川島正樹『アメリカニズムと「人種」 』p240 Grutter v. Bollinger, 539 U.S. 306 (2003) 29 30 8 民権法に違反しているとの訴訟を 1997 年に起こした。原告は、ロースクールの人種区分が 厳密に調整されていないとして、 「十分な数」の定義は不明確であること、人種を考慮しう る期間についての制限の欠如、他の代替手段を考慮しなかったことを問題とした。 最高裁判決は、ロースクール入学選抜制度における「学生の構成における多様性がもた らす教育的利益を確保する」という正当な理由があり、それを限定的な手段により実現し ている本制度は合憲であるとした。人種のみを基準として、特定グループを一定の割合入 学されることは違憲であるが、多様性が学習成果に良い影響を与え、多様化する労働人口、 社会、法曹界において本制度の維持は不可欠であるいうロースクール主張は、専門家によ っても裏付けられていると指摘する。そして、ますますグローバル化しつつある市場で必 要とされる能力は、多様な人々、文化、思想や視点との接触によってもたらされるのであ り、ロースクールによるそのような国家的リーダー輩出の重要性を強調している31。 一方で、アファーマティブ・アクションの期限についても言及している。修正第 14 条が 政府による人種に基づく差別の禁止を目的としていることから、入学者選抜における人種 の考慮は期間が限定されなければならないと指摘する。人種的優遇の神聖化は「法の平等 な保護」に反するもので、人種に基づく入学制度は限定された期間のみ用いられるべきだ として上で、今後 25 年間の間に人種優先策が不必要になると期待していると述べる32。最 高裁は、アファーマティブ・アクションは差別を解消するまでの過渡的な措置であり、差 別が解消された際には、廃止されるべきであると限定的な解釈をしたと考えられる。 (3) Gratz v. Bollinger ミシガン大学の学部レベルでの入学者選抜方式について判断を下したのがグラッツ判決 である。学部では、高校の成績、SAT の成績、高校のレベル、課外活動、地理的要因など を総合的に審査するとともに、黒人、ヒスパニック、ネイティブ・アメリカンを「人口比似 対して入学者が過小なグループ」と認め、150 点満点中 100 点で合格の評価制度の中で、20 点を自動的に換算していた33。ミシガン大学に入学を認められなかった原告のジェニファ ー・グラッツとパトリック・ハマッハーは共にミシガン州在住の白人で、本制度は出願者 が同等の条件で競争する機会を奪うものであり、憲法修正第 14 条と 1964 年公民権法に違 反するとした。 最高裁は、マイノリティーに自動的に 20 点を加算する方式は、人種の要素を決定的にす る作用を果たすので「限定的な方法」とは認められず、クォータに該当するとして違憲の 判断を下した。 両判決を比べると、ともに人種を選考の要素として加味しているにも関わらず、一方が 合憲、他方は違憲とされている。人種を一つの要素として考慮するプラス方式か、それと もクォータ方式かという卖純な分類が困難であり、さらに最高裁判事の意見が割れたこと 31 32 同上 同上 9 で、合憲、違憲の線引きの難しさを示した。アファーマティブ・アクション自体は、グラ ッター判決において肯定されたものの、25 年という期限が示されたことで、制度の今後の 展望が注目されることとなる。 6.Michigan Civil Rights Initiative(MCRI) (1) 住民投票の経緯 ミシガン大学に関する二つの最高裁判決が出された 2 週間後の 2003 年 7 月 8 日、カリフ ォルニア州、ワシントン州でそれぞれアファーマティブ・アクション廃止法案を主導してき た市民活動家であるワード・コナリーが州都アン・アーバーで、ミシガン州でも同様の法案 可決を目指し、住民投票に必要な署名活動を展開することを発表した34。 当初から賛成派、反対派の間で激しい政治運動が展開された。MCRI が住民投票に必要な 50 万人による署名を集めた後も、反対派が署名の有効性を裁判所で争い、法案が有権者に あたかもアファーマティブ・アクションを推進するかのような誤解を与えたものとして、 地裁において無効との決定を受ける35。判決後も、住民投票案は州法の規定通り、ミシガン 州投票管理局に提出されるが、投票管理局は署名活動に不正があったとの地裁の立場を維 持し、住民投票にかけることを拒否した。しかし、その後州控訴審、最高裁判所において、 投票管理局の判断を通り越す形で、2006 年 11 月 7 日に法案の是非を巡る住民投票を開催す る決定がなされた36。 2006 年 1 月 20 日に、州投票局長官による住民投票の条項が発表された。州民は、「人種・ 性別・皮膚の色・エスニシティー・出身国に基づき、公的機関による雇用・教育・契約に おいて、集団・個人に対して優遇措置を与えるアファーマティブ・アクションを廃止する州 憲法改正法案」に賛成、もしくは反対票を投じることとなった。 住民投票の結果により、賛成 58%、反対 42%で法案は可決され、州憲法は改正されるこ ととなる37。 (2) ミシガン州の歴史的背景 2003 年の最高裁判決後にアファーマティブ・アクション廃止の動きが活発となるが、そ もそもミシガン州は、人種問題に対していかなる歴史的背景を有してきたのでろうか。 单北戦争以前の奴隷制期では、ミシガン州は单部からの逃亡奴隷の最終避難地として、 多くの黒人を受け入れてきた38。その為、早くから人種間の平等を掲げる公民権運動には積 33 Gratz v. Bollinger, 539 U.S. 244 (2003) “One Michigan at the Crossroads: an Assessment of the Impact of Proposal 06-02” The Michigan Civil Rights Commission 35 同上 34 36 http://www.michigan.gov/ 37 http://www.michigancivilrights.org/ 38 “One Michigan at the Crossroads: an Assessment of the Impact of Proposal 06-02” The Michigan Civil Rights Commission 10 極的な姿勢を打ち出し、1963 年には他州に先駆けて公民権委員会を設立した。現在におい ても全米で唯一、州憲法に規定を置く委員会として公民権の確立を推進している39。 しかし、そうした州政府の努力にも関わらず、ミシガン州は全米で三番目に人種間の分 離が激しい州、凶悪犯罪率の高い州としても知られる40。特に最大の都市デトロイトは全米 最貧困都市であり、自動車産業の衰退と共に、州の経済全体が停滞を始め、都市中心部で は主に黒人の失業者が溢れるようになる。彼らの子女の多くは、学級崩壊、慢性的な教師、 教材不足で十分な教育環境が整わない学校に通うことを強いられ、大学進学はおろか、高 校卒業さえも危うい状況になる。ミシガン州では、州民の 25%は高校を卒業しておらず、 大学卒業者の占める割合も 20%に過ぎない41。そこで、ミシガン州では貧困地域の再開発を 行うことに加え、黒人を中心とするマイノリティーに対して、積極的に高等教育の機会を 与え、彼らの中から次代を担うリーダーを育成することを重視してきた。人種間の分離が 顕著であり、初等教育で児童が相互に交わる機会が欠如しているからこそ、ミシガン州で はせめて高等教育においては、白人とマイノリティーが接触する機会を設けようと努めて いるのである。ミシガン大学が、マイノリティー出願者に自動的に加点してまで人種の多 様性を確保しようとしてきたのは、以上のような歴史的背景があった。 特にロースクールでは、マイノリティーからの地域、国家的なリーダーを輩出すべく、 積極的にアファーマティブ・アクションを採用してきた。1999 年に発表されたロースクー ルの統計によれば、マイノリティーは白人の卒業生と同程度に、州の弁護士認定試験を合 格して、実務でも収入を得ているという。また、マイノリティーの卒業生の方が公益弁護 活動、判事を含む公的な役職に従事する比率が高いことも指摘されている42。ミシガン大学 は、入学選抜の指標である共通試験や学部時代の成績は、卒業後のキャリアと因果関係は ないと結論付け、マイノリティーを優遇する措置を正当化している。 また、企業側もグローバル化の下で多様な人材を確保する必要性から、大学に対して人 種の多様性を確保するように要請している。世界市場はもとより、国内市場においても多 様な需要を満たすビジネスモデルの構築が求められており、企業としては白人だけでなく、 有能なマイノリティー労働者の確保が不可欠となった事情がある。ミシガン大学のアファ ーマティブ・アクションを巡る裁判の際にも、ゼネラルモーターズ、クライスラー、ケロ ッグ、TRW、スチールケースといった州を代表するグローバル企業が、大学を擁護するた め法廷助言文書(Amicus Curie brief)を提出した経緯があり、大学に対して長年に渡り人種 の多様性確保のために献金をしてきた43。 39 Kaufmann, Susan “The Potential Impact oh the Michigan Civil Rights Initiative on Employment, education and Contracting” 40 同上 “One Michigan at the Crossroads: an Assessment of the Impact of Proposal 06-02” The Michigan Civil Rights Commission 42 同上 43 Kaufmann, Susan “The Potential Impact oh the Michigan Civil Rights Initiative on Employment, education and Contracting” 41 11 一方で、州政府によるアファーマティブ・アクションは特に白人の間で反発を生んでき た。アメリカ国内では、黒人を優遇することで、プア・ホワイト44と呼ばれる、自ら経済的 格差に悩まされる白人貧困層が新たな犠牲者となると指摘される。自動車産業をはじめ、 州全体で工業生産が低下したことで、多くの白人非雇用労働者が生まれた。自身の先祖も イタリア系、ポーランド系、ユダヤ系などヨーロッパからの移民で、アメリカで生活を新 しく始めた頃は、黒人同様に様々な差別に苦しんできた。しかし、彼らは一生懸命働くこ とで社会的な地位を確立したのであり、黒人もそうすべきであると主張する。 アファーマティブ・アクションに対する反発は、白人貧困層だけでなく、政府の過度な介 入、人種を基準とする措置に反発する人々も巻き込み、州憲法を改正するほどの大きな政 治運動へと変容していった。 (3) 改正条文の内容 MCRI を受けて改正されたミシガン州憲法には、以下の 2 つの特徴がある。まず、第一項、 第二項において、ミシガン州の公立大学、州政府が人種・性別・皮膚の色・エスニシティ ー・出身国に基づき、雇用・教育・契約において、集団・個人に対して優遇措置を与えて はならないと規定された45。そこで、MCRI は全てのアファーマティブ・アクションを廃止 するのかが問題となる。この点に関して、ミシガン州政府の見解によれば、MCRI は人種・ 性別・皮膚の色・エスニシティー・出身国に基づく優遇措置を禁止しているに過ぎず、全 てのアファーマティブ・アクションを廃止するものではないとする。州は依然として機会 の平等、多様性の確保を重視することを表明しており、所得などの経済的指標を通じての 措置を新たに考案すると述べる。これらの政府見解は州裁判所によっても承認されている46。 次に、MCRI は人種・性別・皮膚の色・エスニシティー・出身国に基づく優遇措置を禁止 すると規定するが、同時に多くの例外も有している。第一に、第 4 項により助成金が伴う 連邦政府からの事業に関する例外が規定される。連邦政府が州に対してアファーマティ ブ・アクションを推進する事業を助成金と共に委託する場合があり、その場合に州は連邦 政府が示す基準を満たさない限り、助成金を受け取れなくなる。また、第 5 項は刑務所や 病院職員など、職業の特性により、性別を基準とすることを認める。さらに、ネイティブ・ アメリカンは、歴史的経緯、連邦政府との関係を考慮して、引き続き優遇措置の対象とな るとされる。州は、ネイティブ・アメリカンに対する優遇措置は人種に基づくものではな く、連邦政府との自治協定による政治的配慮に基づくと説明している47。 ミシガン大学、ミシガン州立大学、ウェーン州立大学といった州立大学では、MCRI の条 44 横田耕一『アメリカの平等雇用』p41 “One Michigan at the Crossroads: an Assessment of the Impact of Proposal 06-02” The Michigan Civil Rights Commission 45 46 同上 47 http://www.michigan.gov/ 12 文が州からの資金援助を受けた全てのプログラムを対象としているため、入学選抜だけで なく、高校生への広報活動、奨学金、学生による自治活動にも人種的中立性が求められ、 大学全体で変革が迫られると指摘される。一方でそれ以外の基準による選抜方法、例えば 州の過疎や貧困地域の高校出身者、家系に卒業生がいる学生、早期入学制度に出願した学 生、退役軍人、音楽や芸術、運動に秀でた学生を優遇することは引き続き認められている。 (4) 州憲法改正後の動き MCRI による改正条文の解釈が争われる中で、引き続きアファーマティブ・アクションを 推進すべきとするグループの活動も再び活発となる。11 月 8 日には、アファーマティブ・ アクション廃止運動に対抗するために 1995 年にカリフォルニア州で設立された市民団体、 The Coalition to Defend Affirmative Action & Integration, and Fight for Equality By Any Means Necessary (通称 BAMN)が、MCRI はグラッター判決により承認された修正 14 条と公民権法 の規定に違反するとして、訴訟を提起した。最終的には連邦最高裁まで上告したが、2007 年 1 月 19 日に最高裁は上告を認めないとの声明を発表した48。また、BAMN の訴訟提起と 同じ日には、2000 人の学生が、ミシガン大学学長メアリー・コールマンによる、大学が人 種の多様性を確保するために司法による戦いを継続する旨の演説に参加した49。 2006 年 12 月 19 日に、ミシガン州の 3 つの公立大学であるミシガン大学、ミシガン州立 大学、ウェーン州立大学が訴訟を提起したことにより、訴訟期間中の MCRI 不適用を連邦 地裁により認められた。しかし、29 日には連邦第六巡回裁判所により、3 大学が MCRI を 直ちに適用するよう命令が下された50。BAMN は、ミシガン大学の生徒会と協調して、2007 年 2 月 15 日にミシガン大学評議会に対してマイノリティー入学者数を減らさないよう祈願 する 2000 名の署名を提出した。 MCRI による新たな選抜制度の元年である 2008 年度ミシガン大学の入学者おいては、前 年度より 40 人多い 374 人の黒人学生がいる一方で、ヒスパニックは 68 人、ネイティブ・ アメリカンは 19 人それぞれ入学者数を減尐させた51。総数に占めるマイノリティー学生の 割合は前年度の 11.4%を下回った 10.9%で、その内黒人が 6.8%、ヒスパニックが 3.6%、ネ イティブ・アメリカンが 0.6%である。 大幅なマイノリティー学生の減尐が予想される中で、 以上の結果は地元紙でも肯定的に評価されている。 ミシガン大学は、同様にアファーマティブ・アクションを原則的に廃止したカリフォル ニア、テキサス、ワシントン州の公立大学関係者との情報共有、定期的な会合を経て、積 極的な広報活動により学生を確保してきたと発表した52。具体策として以前に比べて、より 48 http://www.bamn.com/ 49 http://www.michigancivilrights.org/ 50 “One Michigan at the Crossroads: an Assessment of the Impact of Proposal 06-02” The Michigan Civil Rights Commission 51 Robin, Erb “U-M African-American enrollment increases in wake of Prop. 2” 52 Gershman, Dave “University of Michigan: Recruiting Limited Minority Enrollment Losses” 13 多くの学生、教員、大学関係者、卒業生による高校への訪問、高校生宅への電話による勧 誘、説明会を開催した。また、アメリカの高校生が大学に進学する際に受験する共通試験 の SAT を実施する College Board から各高校の人種構成、学力の情報を入手することで、マ イノリティーが多く占める高校を対象として重点的に広報をしてきたという。さらに、大 学自らマイノリティーが多いデトロイトといった大都市を中心に、SAT 対策講座を開設す るなど、高校生の学力向上に直接乗り出すようになった53。 おわりに 本稿では、主に高等教育におけるアファーマティブ・アクションを巡る論争を踏まえた 上で、ミシガン州における住民投票を通じて、同措置の現状を分析してきた。最後に、今 後の展望について検討してみたい。 マイノリティーのためのアファーマティブ・アクションはアメリカ社会において重要な 政治的、法的争点の一つである。特に、大学、大学院などの高等教育において、多様性と いう価値をいかに評価するのか、その是非について数十年間激しい議論がなされてきた。 現在のアメリカは二つの現実に直面している。一方で、未だに人種間の経済的、社会的 分離が顕著であること。他方で、ミシガン州民が住民投票で判決を下したように、人種・ 性別・皮膚の色・エスニシティー・出身国に基づき、雇用・教育・契約において、集団・ 個人に対して優遇措置を与えるべきではないという風潮が高まってきたことである。その 二つの現実をいかに両立させていくかが、今後の課題となる。 多様性という利益を目的にマイノリティーを優遇できるのか。平等保護条項により認め られる人種区分と、禁止される人種区分の区別は非常に困難である。アファーマティブ・ア クションを巡っては、司法においても混乱が見られてきた。先例とされるバッキー判決で も 5 名以上の裁判官が同調する確定的な判決理由を示すことができず、ミシガン大学ロー スクールに関するグラッツ判決でも 5 対 4 という僅差によるものであった。また、ホップ ウッド判決では、テキサス大学ロースクールにおける選考手続きは、上記の二つの判決と は異なり、教育における多様性はやむにやまえる利益に当たらないとされ違憲と判断され たこともある。グラッツ判決により連邦最高裁は、バッキー判決以来の多様性がやむにや まれぬ利益に当たるが、手段が厳密に調整されていなければならないという基準を維持し た。しかし、アファーマティブ・アクションに対する風当たりが強まる中、ミシガン大学 の加点方式が違憲とされたように、 「限定的な方法」の定義がより制限的になることが予想 される。 また、アファーマティブ・アクションの目的が過去の差別への救済、人種間の平等の確 保から、多様性の確保へと移行しつつある点も注目に値する。グラッター判決でも、ロー スクールにおける人種の多様性は教育的意義があるとして合憲としたが、それは一方で司 53 同上 14 法が公民権運動から半世紀近く経った現在において、過去の差別への救済、人種間の平等 の確保を理由にアファーマティブ・アクションを正当化できない背景がある。人種の多様 性とは便宜的な言葉であり、グローバル化が進む中で多様な人々と関わることが地域、国 際的な競争力を持つ人材育成には不可欠であるとの議論は確かに一理あるが、多様性によ る正当化はその適用範囲が曖昧であり、法的根拠としては問題がある。 政治的には、カリフォルニア州に始まり、各州でアファーマティブ・アクションを廃止す る運動が展開されている。しかし、ミシガン州における州憲法改正条項に代表されるよう に、全てのアファーマティブ・アクションを直ちに廃止させるものではなく、多くの例外 を伴っている。また、人種に代わる基準として、所得などの経済的指標を通じての措置が 検討されるが、しばしば人種と貧困は密接に関連していることが多く、間接的なアファー マティブ・アクションに変わりないのではないかと批判される。多くの州で導入されている 成績上位者に対して自動的に入学資格を与える「パーセントプラン」も、対象とならない マイノリティーに対しては何の解決策にもならない。 人種間格差という現実がある以上、直ちにアファーマティブ・アクションが全面的に廃 止されることはないであろう。しかし、2003 年の最高裁判決、各州の住民投票を踏まえ、 人種を基準に一定の枠を設けるような形での優遇措置は姿を消していくように思う。課題 があるとはいえ、MCRI によりミシガン大学が積極的な広報活動に着手して、アファーマテ ィブ・アクション廃止後も一定のマイノリティー入学者数を確保したことは評価できる。 アファーマティブ・アクションは差別の是正を目的とするとされるが、人種を基準とし て優遇することで、逆に人種を国民の中に意識させる。また、人種を理由に優遇措置を認 めることは、人種がなければ本来その地位に就く能力がないという印象を与え、特定の人 種に劣等性の汚名をきせる問題もあるだろう。差別解消のために使われる標識が、逆に差 別のために用いられる可能性があることは否定できない。差別是正という、アファーマテ ィブ・アクションの本来の目的を踏まえ、それを実現するための有効な手段を再考する必 要があると考える。 参考文献 日本語書籍 1.阿川尚之『憲法で読むアメリカ史』上下(PHP新書 2004 年) 2.阿部斉・加藤普章・久保文明『北アメリカ』 (自由国民社 1999 年) 3.上坂昇『アメリカ黒人のジレンマ』 (明石書店 1992 年) 4.大谷康夫『アメリカの黒人と公民権法の歴史』 (明石書店 2002 年) 5.柏木宏「米最高裁のアファーマティブ・アクション判決」『部落解放 2003 年 10 月号』 (解放出版社 2003 年) 6.川島正樹編『アメリカニズムと「人種」』 (名古屋大学出版会 2005 年) 15 7.紀平英作編『アメリカ史』 (山川出版社 1999 年) 8.横田耕一『アメリカの平等雇用』(部落開放研究所 1991 年) 9.脇浜義明編訳『アメリカの差別問題』(明石書店 1995 年) 英語書籍 1.Bowen, William G. & Derek Bok. The Shape of the River: Long Term Consequences of Considering Race in College and University Admissions Princeton University Press, 1998. 日本語論文 1.勝田卓也「ミシガン大学ロー・スクールにおけるアファーマティブ・アクションをめぐ る連邦提訴裁判決-Grutter v. Bollinger」『ジュリスト』2002 年 9 月 1 日号、pp.180-183 2.安西文雄「ミシガン大学におけるアファーマティブ・アクション」 『ジュリスト』2004 年 1 月 1 日・15 日号、pp.227-230 英語論文 1.Robin, Erb “U-M African-American enrollment increases in wake of Prop. 2” October 2008 2.Gershman, Dave “University of Michigan: Recruiting Limited Minority Enrollment Losses” October 2008. 3.Horn, Catherine L. & Flores, Stella M. Foreword by Orefield, Gary. “Percent Plans in College Admissions: Comparative Analysis of Three States’ Experiences,” 2003. 4. Kaufmann, Susan “The Potential Impact oh the Michigan Civil Rights Initiative on Employment, education and Contracting” September 2006 5.Paige, Rod. “Achieving Diversity Race Neutral Alternatives in American Education 2004,” U.S. Department of Education Office for Civil Rights, February 2004. 6.“One Michigan at the Crossroads: an Assessment of the Impact of Proposal 06-02” The Michigan Civil Rights Commission 7.“Proposal 2006-02: Michigan Civil Rights Initiative” Citizens Research Council of Michigan, September 2006 8.“Toward an Understanding of Percentage Plans in Higher Education: Are They Effective Substitutes for Affirmative Action?” The United States Commission on Civil Rights: Commission Report April 17, 2003. 判決文 1.Plessy v. Ferguson , 163 U.S. 537 (1896) 2.Brown v. Board of Education of Topeka , 347 U.S 483 (1954) 3.Regents of the University of California v. Bakke, 438 U.S. 265 (1978) 16 4.City of Richmond v. J.A. Croson Co., :488 U.S. 469 (1989) 5.Hopwood v. Texas, :78 F.3d 932 (5th Cir.1996) 6.Smith v. University of Washington 233 F.3d 1188 (9th Cir. 2000) 7.Parents Involved In Community Schools v. Seattle School District No. 1, 149 Wn.2d 660, 72 P.3d 151 (2003) 8.Gratz v. Bollinger, 539 U.S. 244 (2003) 9.Grutter v. Bollinger, 539 U.S. 306 (2003) WEB 1.American Civil Rights Institute http://www.acri.org/ 2.The Coalition to Defend Affirmative Action & Integration, and Fight for Equality By Any Means Necessary (BAMN) http://www.bamn.com/ 3.The Michigan Civil Rights Initiative http://www.michigancivilrights.org/ 4.The State of California http://www.ca.gov/ 5.The State of Florida http://www.myflorida.com/ 6.The State of Michigan http://www.michigan.gov/ 7.The State of Texas http://www.texasonline.com/portal/tol 8.The State of Washington http://access.wa.gov/ 9.University of Michigan http://www.umich.edu/ 10.University of Washington http://www.washington.edu/ 17
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