2012年度 学部共通科目 「科学と人間」 7月13日 「現代アメリカの人種問題」 担当:吉岡宏祐 目次 • 過去の人種差別:南部の人種隔離法 • 「人種」概念の恣意性 • 現代アメリカの人種問題 過去の人種差別 南部の人種隔離法「ジム・クロウ」制度 • プレッシー対ファーガソン最高裁判決(1896) 「分離すれども平等」(separate but equal)と述 べ、公共施設で人種別に隔離することは合憲 と判断 経緯 • ホーマー・プレッシー:靴屋で働く男性(30歳) 8分の7が白人の血、8分の1が黒人の血 ⇒容貌≠黒人 • 1892年、鉄道の白人車両に座ったため逮捕 • 1896年、最高裁は、州が鉄道車両を含む公 共施設で人種隔離することは合憲と判断 ⇒「ホワイト・オンリー」、「カラード」表記の氾濫 「ジム・クロウ」制度の実例 (ンディアイ 2010) • ジョージア州アトランタ、エレベーターを白人と黒 人用に • オクラホマ州、電話ボックスを白人用と黒人用に • ルイジアナ州、動物園や映画館、白人用と黒人 用の切符売り場を7.5メートル以上離して設置す ることと規定 • ノースカロライナ州とフロリダ州、共同で使う学校 の教科書を白人の生徒用と黒人の生徒用で 別々に保管 「ジム・クロウ」制度の実例 (ンディアイ 2010) • プール、水が汚れるという理由で、黒人は一 週間に一日、清掃前の日にしか入れないとこ ろも • テネシー州メンフィス(1927):自動車を運転し ていた白人女性が事故で負傷、現場に駆け 付けた救急隊員が黒人男性で、白人女性に 触れることが禁じられていたため、適切な処 置ができずに白人女性は死亡 「ジム・クロウ」制度の実例 (ンディアイ 2010) • 赤十字社(1942まで)、白人の血と黒人 の血を分けて保存、輸血の際も、白人に は白人の血、黒人には黒人の血を使用 ⇒このように、明確な「人種」区分が用い られているが、そもそも「白人」や「黒人」と は誰のことを指すのだろうか。 「人種」概念の恣意性 異人種間結婚禁止法 (堀西 2004, 山田 2006, フックス 2010) • 植民地時代の1660年代に施行、 1800年までに10州で制定、1913年 に41州が制定、1960年代以降廃止 傾向に、1998年サウスカロライナ、 最後に残ったアラバマ州が2000年 に廃止 多数の「混血」者の存在 • 奴隷制時代における奴隷主による 黒人女性奴隷の性的搾取の結果 (収入源としての奴隷の繁殖)→1662 年法律:奴隷の母親から生まれた子 どもは奴隷と規定 禁止法関連訴訟における人種の判定方法 ①被告の祖父母・父母らの人種から被告 の人種を判定 ②被告の顔立ちや皮膚の色などの外見 的特徴から被告の人種を判定 ③被告の社会的所属、人間関係から被告 の人種を判定 例:「ウィルソン対アラバマ州訴訟」 (1924年) • 被告サラ・ウィルソンについての証言 • 「私はあの家[サラの住まいのこと]にいつも黒 人の女性たちがいるのを見ましたし、彼女は 通りで黒人と一緒でした。あるときには彼女と 別の黒人女性が、二人の黒人男性と一緒に 彼女の家から出てくるのを見たんです」 ⇒サラの出自ではなく社会的行為自体が人種 判定の材料に 逆に「白人」とは? • 「ウェーヴァー対アラバマ州訴訟」(1928年) • 白人との付き合いがあり、みすぼらしい生活 をしておらず、十分に道徳的である人物と規 定 ⇒主観的判断によって決定されていた「人種」 アメリカ合衆国の国勢調査に見 られる「人種」の恣意性 国勢調査における住民の分類基準(青柳 2010) ①1790年~1840年:自由人と奴隷の区分 世帯主の名前のみ記入、各世帯員については、 自由白人男性(16歳以上、もしくは15歳以下)、 自由白人女性、その他すべての自由人、奴隷 に分類して各々の人数のみを記入 ②1850年~1860年:奴隷に対しては自由人と は別の調査票を使用 自由人すべての名前が記載、各人について年 齢、性別、カラー(ホワイト、ブラック、ムラート) の記載、自由人と奴隷とはそれぞれ別の調査 票を使用(奴隷用調査票には、奴隷所有者が各 奴隷の年齢、性、カラー(ブラック、ムラート)、身 体障害の程度などを記入、奴隷は番号によっ て表示され、名前の記入は不要 ③1870年~1880年:奴隷解放宣言を受け自由 人と奴隷区分が廃止 1863年のリンカーンによる奴隷解放宣言を受け、 自由人と奴隷を区分する項目や、奴隷用の調 査票は廃止、カラーの欄にはこれまでのホワイ ト、ブラック、ムラートに加えて、中国人とイン ディアンの選択肢を導入 ④1890年~1920年:人種の詳細な区分 1890年には混血の割合によりムラート(3/8から 5/8までのブラックの血を持つ者)、クアドルーン (quadroon)、オクトルーン(octoroon)を使用 ⑤1930年~1960年:人種の詳細な区分の廃止 とムラートの「黒人化」 黒人の血が一滴でも入っていれば、ニグロ(ブ ラック)に分類⇒「血の一滴ルール」(one drop rule) ⑥ 1970年~1990年:人種の自己認定開始 • 従来は調査員が戸別訪問し手引書に従って 被調査者の人種を判定して記入 • 1960年からは回答者の自己認定も併用、 1970年以降は完全な自己認定へ(調査者に よる訂正は禁止) ⑦2000年~現在 :人種の複数選択 • これまではただ一つの人種を選択するよう指 示されていたが、2000年以降、人種の複数選 択が可能に • 2010年:白人75.1%、黒人12.3%、ヒスパニッ ク12.5%、アジア系3.6%、アメリカ先住民 0.9% 現代合衆国における人種問題 スポーツと「人種」を巡る議論 人種分離撤廃の度合いによるスポー ツ種目の分類(川島 2004) ①最も撤廃が進んだ種目 陸上、ボクシング、野球(95年MLB黒人選手の 割合19%)、アメリカン・フットボール(94年NFL黒 人選手の割合68%)、バスケットボール(94年 NBA黒人選手の割合8割強) 【共通項】:比較的低コストで練習を積むこと のできる競技、巨額の資本に支えられて発展し た大規模なスペクテータースポーツ 肌の色<能力重視⇒利潤の追求 ②非白人の台頭によって注目を集める種目 テニス(ウィリアムズ姉妹)、ゴルフ(タイガー・ ウッズ) 【共通項】:「高コスト・スポーツ」、低所得の非白 人には手が届かないとされながらも、有名選手 の台頭 ③現在なお白人が圧倒的多数を占める種目: 水泳、アーチェリー、バドミントン、カヌー・カヤッ ク、サイクリング、乗馬、ヨット、フィールドホッ ケーなど 【共通項】:これらの種目のオリンピック代表は アメリカ史を通じてほぼ白人 スタッキング(stacking)を巡る問題 • スタッキングとは:ポジションの固定化 • 「白人は、専門知識が豊富で的確な状況判 断ができて統率力に優れている。一方、黒人 は、ボールを持って走ったり、ボールを遠くに 飛ばしたり、ダンクシュートを決めたりするの に適した身体的能力を有している」といった遺 伝的特性を強調する言説(平井 2004) スタッキングの例 • バスケットボール:黒人の占有率が高いため、 2、30年前に消滅 • 野球:白人に比べて黒人のピッチャーや キャッチャーが極端に少ない • フットボール:圧倒的に少ない黒人のクォー ターバックやポイントガード スタッキング問題の移行 (選手⇒管理職) • 引退した黒人選手が経営や管理職部門に昇 進する可能性が白人に比べて極めて低い • 1995年時点で三大プロスポーツにおける有 色人種のチーム・オーナーは一人のみ 現代合衆国の住宅差別 「人種操舵」(racial steering) • 有色人が人種的に統合された住宅地を望ん でも、あの手この手を使って同じ人種が住む 地域へ追いやること • 2010年国勢調査:デトロイト市住民の82.7% が黒人、フォード高速道路を隔てたディア ボーン郊外の住民は黒人4%、白人86%以 上(バーダマン 2011) サブプライム・ローン問題 (Powell 2009, ワイズ 2011) • 信用度の低い顧客に高い金利で貸し出す融 資 優良客(プライム層)よりも下位の層 • 2006年までの統計でラティーノと黒人の住宅 ローンがサブプライム・ローンになる率は白 人の2.5倍~3倍 ニューヨーク市の例 • 年収6万8000㌦以上の黒人世帯がサブプライ ム・ローンへ回された率は、年収が同じかそ れ以下の白人世帯の5倍。これが意味するの は、35万㌦中期ローンでいうと、ローン完済ま でに黒人世帯は白人世帯より25万ドル以上 余分に利払いする必要性 黒人団体が、大手銀行ウェルズファーゴ に対して訴訟を起こした裁判(2010年) • 元ウェルズファーゴ社員による宣誓供述書の 証言 • 貸付担当者たちが黒人顧客を習慣的に「人 間の滓(mud people)」と呼んでいたこと、黒人 に販売したローンを「ゲットー・ローン」と呼ん でいたこと、そして黒人顧客をうまくサブプラ イム・ローンへ誘導した貸付担当者にはボー ナスが支給されていたことが明らかに ウェルズファーゴでサブプライム・ローン販売成 績トップだった元社員の証言 • 低利のプライム融資を受ける資格がある顧 客でも、それが黒人であると、銀行はあの手 この手で高利のサブプライム・ローンへ誘導 • 貸付担当者は黒人顧客の信用度情報を改ざ ん。信用度が低い申し入れ者の情報をコン ピューターで切り取って、それを信用度が高 い黒人申込者の情報欄に張りつけ、その人 をプライム・ローンからサブプライム・ローンへ とランク下げ アファーマティブ・アクションの推進 アファーマティブ・アクション (Affirmative Action) • 「積極的差別是正措置」 • 当初はマイノリティの差別を撤廃し、なおかつ 彼らの社会参画の促進を通じて多様性を実 現する方策として導入・展開 • A.A.の起源 1960年代に民主党のケネディ、ジョンソン両大 統領が発布した大統領行政命令 ジョンソン大統領の演説(1965年6月) 100ヤード競走で1人が足枷をつけ、もう1人が足枷 のない状況を想像してみよう。足枷をはめた人が 10ヤード走ったとき、他の走者は50ヤードまで行っ ていた。この状況をどう是正するのか。足枷をはず すだけでレースを続行させるのか。足枷をはずす ことで「平等の機会」がもどったといえるかもしれな い。しかし、40ヤード先に走者がいるのだ。足枷を つけていた走者を40ヤード進ませるのが公正とい うものではないのか。これが平等に向けてのア ファーマティブ・アクションであろう。 「機会の平等」⇒「結果の平等」へ 1964年公民権法 • 公共施設、公的教育機関での人種差別の禁 止、職場における人種・肌の色・出身国に基 づく雇用差別の禁止 ⇒「機会の平等」の実現 しかし、社会に残存する過去の差別の影響 ⇒「結果の平等」による教育、雇用、契約の分 野における差別是正 ミシガン大学における二つのア ファーマティブ・アクション関連訴訟 グラッツ対ボリンジャー訴訟(Gratz v. Bollinger 2003) • ミシガン大学学部のA.A.を巡る訴訟 • 「多岐にわたる」(miscellaneous)区分 【十分に代表されていないマイノリティ集団の構 成員か否か、マイノリティが圧倒的多数を占め る高校に通っているか否かという基準】これを 満たした場合には、20点を自動的に付与 ⇒2003年、最高裁は、学部入学者選抜時にお いて施行されていたA.A.を違憲 グラッター対ボリンジャー訴訟 (Grutter v. Bollinger 2003) • 裁判の争点:十分に代表されていないマイノ リティ学生を「必要不可欠な数」(critical mass) 入学させるという目標の正当性 • 多様性の重要性を説いた最高裁とその理由 • 1)大学にとっての「教育的恩恵」 • 2)企業にとっての「非理論的ではあるが現実 的な恩恵」 ⇒法科大学院のA.A.を合憲とした最高裁判決 多様性とは • 多様性(diversity):人種・民族・性別等といっ た広く異なる特徴を有する個々人が、教育・ 契約・雇用の分野において、一定の割合で共 存している状態 企業による「多様性」擁護論 企業による法廷助言書(法的根拠を述べた請 願書) • 2000年7月17日:GMによる法廷助言書 • フォーチュン500社に数えられる全米の大企 業33社による法廷助言書(2001年5月31日) ⇒ミシガン大学学部・大学院双方において施行 されていたA.A.に支持を表明 A.A.を支持した背景 1. 企業のイメージ戦略 助言書を提出した大企業33社のうち4分の1以 上が人種差別関連訴訟を提起されていた ⇒A.A.関連訴訟においてA.A.擁護の姿勢を見 せることによって、企業は低コストでイメージを 回復させようとした(Anonymous 2001, June 22)。 2. 多様性を確保することによって経済的発展を 成し遂げようとする思惑 • 大企業33社による助言書:「多様な環境で教 育を受けた様々な背景を持つ個々人」が、 「世界市場における法廷助言者[大企業33社] の継続的な成功にとって欠かせない」。 (傍点原文、Brief of 3M, et al. 2001) ⇒経済的観点から多様性を希求する声は、 他の多くの企業にも共有 • 職場における多様性とは「人事の域をはるか に超えた問題であり、それはまた***良い 商売のためでもある」(***原文) • 「同僚が持つ背景や能力の多様性は競争上 の優位性を意味すると考える。それ故、多様 性に傾倒することは日常的な責務なのであ る」(Brief of General Motors Corporation 2001) ⇒多様性の確保は企業国家アメリカにとって至 上命題 大学に多様な人材の輩出を要請する 企業 • ミシガン大学アナーバー校工学研究科長ス ティーブン・W・ディレクター(Stephen W. Director) の言説(Schmidt 2000) • 「我が研究科のみならず全ての大学は、多様性 を増大させるようにという産業界の圧力のもとに ある。我々が四六時中企業から言われることと 言ったら、これまで多様性を増大してきたことに 対する感謝と、今後はこれまで以上に多様性を 増大して欲しいとの要求である」。 • ⇒ミシガン大学工学研究科だけで、マイノリ ティ学生用の奨学金やプログラムのために企 業が提供する支援金の額は年額80万ドル(5 年前の1995年より180%以上の増加) • さらに、1999年度工学研究科が受け取った企 業献金は総額560万ドル、その他にも企業か らは無制限の支援が提供。これら支援はマイ ノリティの卒業生を何名輩出したかという実績 に基づいて算出(Schmidt 2000) まとめ • 経済界が多様性推進に見出した大義 グローバル化する経済のもと、企業が内部に多 様な人材を抱えることが競争力の強化や延い ては国力の増強に資するといった経済的利害 主要参考文献 • ジェームス・M・バーダマン(水谷八也 訳)(2007)『黒人差別とアメリカ公民権運動』集 英社。 • ティム・ワイズ (脇浜義明訳)(2011)『アメリカ人 種問題のジレンマ―オバマのカラー・ブライン ド戦略のゆくえ』明石書店。 • パップ・ンディアイ(明石紀雄監修)(2010)『アメ リカ黒人の歴史―自由と平和への長い道の り』、創元社。 主要参考文献 • 青柳まちこ(2010)『国勢調査から考える人種・ 民族・国籍―オバマはなぜ「黒人」大統領と呼 ばれるのか』、明石書店。 • 川島浩平(2004)「スポーツと人種」、明石紀雄 監修(2004)『21世紀アメリカ社会を知るため の67章』、明石書店、123-6頁。 • 上坂昇(1992)『増補アメリカ黒人のジレンマ 「逆差別」という新しい人種関係』明石書店。 小テスト 1. 「分離すれども平等」と判断した最 高裁判決は次の内どれでしょう。 ①ブラウン対教育委員会判決 ②プレッシー対ファーガソン判決 ③グラッツ対ボリンジャー判決 ④グラッター対ボリンジャー判決 2. 異人種間結婚関連訴訟で行われた人種の 判定法として間違っているのはどれでしょう。 ①家族の人種から被告の人種を判定 ②人間関係から被告の人種を判定 ③採血の結果から被告の人種を判定 ④外見的特徴から被告の人種を判定 3. 20世紀転換期において黒人の血を1/8有す る人は何と呼ばれていたでしょう。 ①ムラート ②クアドルーン ③オクトルーン ④ホワイト 4. 最も人種分離撤廃の進んだスポーツ種目の 組み合わせとして正しいのはどれでしょう。 ①水泳、アーチェリー、サイクリング ②乗馬、テニス、ゴルフ ③陸上、ボクシング、バスケット・ボール ④カヌー・カヤック、ヨット、フィールドホッケー 5. マイノリティの差別を撤廃し、社会参画の促進に よって多様性を実現しようとする方策は何か。 ①スタッキング(stacking) ②アファーマティブ・アクション(Affirmative Action) ③人種操舵(Racial Steering) ④ジム・クロウ(Jim Crow)
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