StAR 遺伝子の変異による先天性リポイド副腎過形成症に卵巣チョコレート

161
エンドメトリオーシス研会誌 2
0
0
8;2
9:16
1−16
5
〔一般演題/臨床―チョコレート嚢胞の癌化〕
StAR 遺伝子の変異による先天性リポイド副腎過形成症に
卵巣チョコレート嚢胞を認めた1例
1)北海道大学医学部産婦人科
2)田畑病院
西
保坂
信也1),工藤
1)
昌芳 ,藤堂
緒
正尊1),菅原
1)
幸治 ,首藤
照夫1),加藤
達矢1),鈴木
1)
賀博1),金野
2)
聡子 ,大河内俊洋 ,櫻木
言
陽輔1),
1)
尚典1)
範明 ,水上
今回われわれは,StAR 遺伝子の変異による
先天性リポイド副腎過形成症は,ステロイド
先天性リポイド副腎過形成症の患者においてカ
ホルモン合成の律速段階にあるコレステロール
ウフマン療法施行中に両側卵巣の嚢胞性腫大を
よりプレグネノロンヘのステロイド合成過程で
認め,MRI 検査にてチョコレート嚢胞の出現
(図1)
,細胞内コレステロールのミトコンドリ
を疑い,腹腔鏡下に卵巣チョコレート嚢胞を核
ア内膜への輸送を促進するコレステロール移送
出した症例を経験したので報告する.
タンパク,Steroidogenic acute regualtory pro-
症
例
tein(StAR)に異常が起きた結果,副腎および
3
0歳,女性.未経妊.染色体は4
6,XX で出
性腺におけるほとんどすべてのステロイドホル
生時より全身に色素沈着,嘔吐および哺乳不良
モンが合成できない病態である.したがって出
などの副腎不全症状を認め,副腎ステロイドホ
生時より重篤な副腎不全症状が認められる.本
ルモンによる補充療法を受けていた.7歳時か
疾患は比較的日本人に多く認められ,わが国に
ら当院小児科に通院.1
2歳で初潮を認めるも,
おける先天性副腎過形成症の約3%を占める.
その後は月経不順であった.LH, FSH の分泌
現在まで約1
0
0例弱が報告されている.遺伝形
抑制による卵巣の嚢胞性腫大の予防目的で,カ
式は常染色体性劣性遺伝である.4
6,XY 症例
ウフマン療法開始が開始された.
1
9
9
5年に StAR
では精巣での男性ホルモン産生が障害されるた
遺伝子異常が先天性リポイド副腎過形成症で発
LH/FSH
め外性器が女性化する.4
6,XX 症例は正常な
外性器,卵巣を有し,卵巣での卵胞形成が認め
られる.卵巣におけるエストロゲン産生能は最
LDL
初のうちは比較的保たれており,乳腺の発達,
Lysosomes
月経の自然発来が認められる.さらに二次性徴
ATP
cAMP Lipid
の発達をみることがある.しかし,思春期以降
に多発性卵巣嚢胞を形成し〔1〕
,その腫大によ
ER
Cholesterol
り卵巣茎捻転をきたしうることが報告されてい
る〔2〕
.また,卵巣嚢胞の腫大の進行を阻止す
P450scc
StAR
StAR independent?
ることはきわめて重要であるため,カウフマン
療法が有効であるとされている.
l
ro
te
s
e
Steroid
ol
Hormones
Ch
Cholesterol
図1
Mitochondrion
卵巣でのステロイド産生
162 西ほか
MRI(2006)
MRI(2004)
T2
T2
T1
T1
図3
図2
MRI(2007)
T2
T1
図4
見された〔3〕のに伴い,2
0歳時に StAR 遺伝
日常生活においてとくに困るような症状はなか
子のコドン2
5
8が終止コドンに変わる変異(Q
ったが,嚢胞が徐々に増大しており卵巣の茎捻
2
5
8X)
をホモで有することが判明した〔4〕
.2
0
0
4
転や破裂の可能性があること(図4)
,腫瘍性
年9月の MRI 検査(図2)で,両側の卵巣の
病変が否定できないこと,などの理由から,手
腫大が認められ,画像診断上 T1強調画像で高
術が好ましいことを説明し同意が得られたた
∼中等度の信号,脂肪抑制画像では抑制されな
め,2
0
0
7年5月に腹腔鏡下手術を施行した.
いため卵巣チョコレート嚢胞が疑われた.カウ
手術は5mm ポート4箇所挿入し,気腹式(気
フマン療法による消退出血時には月経痛の自覚
腹圧1
0mmHg)で行った.両側卵巣は,表面が
も認めるようになり,2
0
0
6年1
2月に当科を紹介
凸凹に腫大していた.右卵巣は癒着なく,可動
受診となった.
性良好であった.左卵巣は卵巣裏面と広間膜後
MRI 検査では(図3)
,2
0
0
4年と比べ嚢胞は
葉腹膜とが疎な癒着を形成していたが,容易に
最大のもので直径約4cm と増大し,さらに小
剥離可能で可動性は良好となった.ダグラス窩
さなものも目立つようになっていた.また,CA
には癒着はなく,腹膜面にも子宮内膜症による
4.
6U/ml と上 昇
1
2
5は6
3.
1
8U/ml,CA1
9―9は5
病巣部は認められなかった(図5)
.核出のた
しており,子宮内膜症による卵巣腫大に矛盾し
めに卵巣を切開すると,内容はチョコレート様
ない所見であった.また血中ホルモン検査では,
であった.多房性のチョコレート嚢胞を可及的
LH2
2.
7mIU/ml,FSH7.
0mIU/ml, estradiol<
に核出した.卵巣実質は,表面は黄色調であっ
2
0pg/ml, progesterone<0.
2
0ng/ml であった.
た.核出部位を吸収糸で縫合したが,組織は脆
StAR 遺伝子の変異による先天性リポイド副腎過形成症に卵巣チョコレート嚢胞を認めた1例 163
骨盤内全景
ダグラス窩
左卵巣
右卵巣
図5 手術所見(1)
弱な印象を受けた.核出部位の癒着防止目的で
は疑う余地はない.今回われわれは,卵巣での
フィブリン糊(ボルヒール獏)を噴霧して,手
エストロゲン産生に重要な役割を果たす StAR
術を終了した(図6)
.術後3日目に退院とな
遺伝子変異により StAR 活性をもたない女性
った.
で,卵巣チョコレート嚢胞の発生を経験した.
病理組織学的検査では,嚢胞壁は左右ともに,
StAR 遺伝子は染色体8p1
1.
2に位置し約8kb
正常卵巣間質に連続した線維性の嚢胞壁で,一
のサイズを有し,7つの exon からなる〔5〕
.
部はヘモジデリンの沈着を伴った肉芽組織に置
変異は日本人に多く認められ,コドン2
5
8が終
換される内膜症性嚢胞として矛盾のない所見で
止コドンに変わる変異(Q2
5
8X)の頻度が高い
あった.嚢胞壁に連続する間質には,主に集簇
〔4〕
.StAR 遺伝子変異の女性(4
6,XX 個体)
性に間質を置換する foamy マクロファージが
では卵巣におけるエストロゲン産生能が比較的
認められた.また,原始卵胞も散見された(図
保たれており,乳腺の発達,月経の自然発来が
7)
.同時に生検した卵巣実質にも集簇性に間
認められる.しかし,慢性的な LH の上昇によ
質を置換する foamy マクロファージが認めら
り思春期以降は卵巣に嚢胞形成が認められ,そ
れたが,原始卵胞は確認されなかった(図8)
.
の腫大により卵巣茎捻転をきたすことがある.
術後に , CA1
2
5は2
2.
6
0U / ml , CA1
9―9は
この予防のために,カウフマン療法が有効であ
3
0.
4U/ml と正常化した.現在明らかなチョコ
ると報告されている〔1〕
.今回われわれの経験
レート嚢胞の再発は認めず,カウフマン療法を
した症例では,カウフマン療法施行中に卵巣に
継続している.
チョコレート嚢胞が発生した.文献を検索した
考
察
ところ,現在までに StAR 遺伝子変異と卵巣チ
子宮内膜症に対してエストロゲンが直接的
ョコレート嚢胞の合併の報告は見当たらない.
に,または種々のサイトカインの誘導を介して
StAR は細胞内コレステロールのミトコンド
間接的に,増殖あるいは進展を促すということ
リア内膜への輸送を促進するコレステロール移
164 西ほか
左チョコレート曩胞核出
左付属器
右付属器
終了時全景
図6 手術所見(2)
図7 病理組織検査(嚢胞璧)
StAR 遺伝子の変異による先天性リポイド副腎過形成症に卵巣チョコレート嚢胞を認めた1例 165
図8 病理組織検査(卵巣実質)
集簇性に卵巣間質を置換する.
foamy macrophages を認める.
送タンパクであるが,StAR に非依存性の経路
組織はしだいに脂質の蓄積により破壊され,卵
も存在することが知られている.したがって,
胞が消失しエストロゲン産生能が失われる.本
StAR 遺伝子変異のために StAR 活性が失われ
症例でも同様に脂質の蓄積が認められたが,わ
ても,内膜症の発生,増殖,進展は理論的には
ずかではあるが,嚢胞壁に連続した間質に原始
ありうる.また,卵巣の嚢胞形成防止のために
卵胞を認めた.
カウフマン療法を行い,結合型エストロゲン(プ
2
5mg/日で1
0年以上にわたり
レマリン獏)を1.
使用していたことが,チョコレート嚢胞の発生
に関与していた可能性がある.今後再発予防と
いう面では,カウフマン療法ではなく GnRH
アゴニストや低用量ピルの使用も考慮する必要
がある.
手術は腹腔鏡下に行われたが,腹腔内所見は
チョコレート嚢胞を有する子宮内膜症婦人にお
ける腹腔内所見とは,癒着の強さや腹膜病変の
程度において異なる印象を受けた.子宮内膜症
細胞においては,細胞局所でのアロマターゼ活
性が高まる結果として局所でのエストロゲン産
生が起こるため,子宮内膜症が増殖,進展する
とこと〔6〕
,さらに最近では SF―1によって誘
導される StAR やアロマターゼの遺伝子発現が
異常に高まっていることが報告されている〔7〕
.
本症例で子宮内膜症による腹腔内所見の程度が
軽い印象を受けた理由として,StAR 活性の低
下が関連している可能性も考えられる.
卵巣の病理組織学的検査では,副腎で認めら
れるのと同様に脂質の蓄積が起こっていた.
StAR 活性の低下によりミトコンドリアのへの
輸送が障害され脂質は細胞内に蓄積する.卵巣
文
献
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6,XX
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06
−1
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8;2
2:9
0
4
−9
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