幼児の身体的不器用さに関する研究( 2 )

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滋賀大学教育学部紀要 教育科学
No. 59, pp.121 - 126, 2009
幼児の身体的不器用さに関する研究( 2 )
―― Foot-Hand Matching 課題を用いて ――
奥 田 援 史
A Study of Physical Awkwardness in Young Children( 2 )
―― Using the Foot-Hand Matching Task ――
Enji OKUDA
緒 言
(Developmental Coordination Disorder : DCD)
という名称が明記されている。DCD の診断基
身体的不器用さとは、高次で合目的な運動に
準は以下である。
おいて極度に不正確あるいは低レベルのパ
A.運動の協調が必要な日常の活動における
フォーマンスしか発揮できない運動行為を指
行為が、その人の生活年齢や測定された知能
す。Henderson and Hall(1982)は、身体的に
に応じて期待されるものより十分に下手であ
不器用な子どもを「神経システムの問題がない
る。これは運動発達の里程標の著明な遅れ
にもかかわらず、運動スキルが標準よりも有意
(例:歩くこと、這うこと、座ること)
、物を
に低いレベルにある子ども」と定義づけている。
落とすこと、“ 不器用 ”、スポーツが下手、
Taylor(1990)は、身体的不器用な子どもには、
書字が下手、などで明らかになるかもしれな
歩行の遅れ、発話の遅れ、自転車乗り学習の困
い。
難さ、行動上の問題、社会的問題、早期の学業
B.基準Aの障害が学業成績や日常の活動を
上の困難さ、貧弱なボールスキル、失敗への対
著明に妨害している。 処の困難さ、微細運動の問題、低体力などの特
C.この障害は一般身体疾患(例:脳性麻痺、
徴がある他、その性別の割合では男女比 3:1
片麻痺、筋ジストロフィー)によるものでは
で男児に多いことを報告している。また、彼は
なく、広汎性発達障害の基準を満たすもので
これらの発達的特徴を変数として身体的に不器
もない。
用な子どもを分類すると、医学的問題(神経症
D.精神遅滞が存在する場合、運動の困難は
サイン、多動性、感覚問題)を示すグループ以
それに伴うものより過剰である。
外に、歩行や発話などの発達遅滞を代表的な特
この DCD においては、その有病率は、5 歳
徴とするグループや、医学的問題がないために
から 11 歳の子どもの 6%と見積られ、症状に
早期に身体的不器用と同定されないグループが
よっては青年期、成人期まで協調運動の障害が
みられると指摘する。
続くこともあると言われている。
一方、DSM-IV(Diagnostic and Statistical
こうした身体的不器用な特徴を有する子ども
Manual of Disorders, Fourth Edition, APA,
は、学校で必要とされる運動スキル(書字全般
1994) に お い て も、 運 動 能 力 障 害(Motor
のスキル、体育や美術等でのスキル、等)の水
skills disorder)のカテゴリーに、身体的不器
準が極端に低いため、学校生活にうまく適応で
用さを代表的な特徴とする発達性協調運動障害
きないことが問題となるとともに、自己評価及
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奥 田 援 史
び他者評価の低さが原因となって、自己概念や
し、図 1 及び図 2 のような課題(以降、FHM
自尊感情に否定的に影響を及ぼすといった二次
課題とする)を実施した。
的影響が懸念される。そのため、早期発見、早
この課題では、中心点から左右方向に 9cm
期治療等が期待されるものの、身体的不器用さ
離れたところに左ラインと右ラインを引き、そ
に関する情報はまだまだ不足しているのが現状
のラインの裏面に、中心点より上方 3cm の位
である。
置にターゲットを左にひとつと右にひとつの計
身体的不器用さは、発達遅滞、神経学的機能
2 つのターゲットを設定した。左ラインと右ラ
障害、そして大脳半球での感覚情報処理の不十
インの間隔は幼児のヒップ幅を基準として
分さに原因があるではないかと指摘されてい
18cm(9cm × 2)とした。2 つのラインを設け
る。なかでも、感覚情報処理については、ピン
たのは、ターゲット位置を記憶させないためで
ボードテストを用いて、身体的不器用な子ども
ある。ターゲットは、直径 1.5cm、高さ 0.7cm
は感覚情報の統合過程に問題があると報告され
の円筒様式のものを用いた。
ている(Sigmundsson、1998)。奥田(2008)は、
この課題では、
幼児は目隠しをしながら、
ター
身体協応性の高い幼児グループと低い幼児グ
ゲットに固定した足の親指と手のピンとをマッ
ループで比較すると、ピンボードテストにおけ
チングさせることが求められる。実験条件は、
るひとつの条件(視覚情報無かつ非利き手)の
右足・右手( RF-RH )
、右足・左手( RF-LH )
、
みに誤差が大きい傾向があると報告している。
左足・右手( LF-RH )
、左足・左手( LF-LH
この結果は、乳児期における運動発達の遅れが
)の足条件(2)×手条件(2)の計 4 条件であ
体性情報の処理を必要とする経験の少なさをも
る。条件ごとに 4 回のマッチングを行い、計
たらし、幼児期に身体的不器用さの顕在化につ
16 回のマッチングがなされた。それぞれのター
ながっていく可能性があることを示唆してい
ゲット位置から指されたピンまでの誤差を mm
る。
単位で測定した。
そこで、身体的不器用さの原因として仮定さ
FHM 課題は以下の順に実験を行った。
れている大脳半球での感覚情報処理の統合過程
① 実験台、ボード、いすを設置する。
について検討するために、Sigmundsson(1998)
② ボ ー ド に 書 か れ た 枠 に ト レ ー シ ン グ
が開発した Foot-Hand Matching 課題を改良し
シートを合わせ、四隅をピンで貼り付け
て分析したので、その結果を報告する。本研究
る。ボードの中心ポイントと、シートの
は、いわゆる不器用な子ども(clumsy children)
中心が、一致しているか確認する。
の運動機構の解明の手がかりとなる基礎的資料
③ 子ども(被験者)をいすに座らせる。
を得ることが目的である。
④ 被験者の「名前」
・
「性別」を、シートの
右下に記録する。
方 法
⑤ 練習を開始する。
教示「それじゃあ、
今からお兄さん(お姉さん)
1 .被験者
2 つの公立幼稚園に通園する 5 歳児クラスの
といっしょに遊ぼうね!」と声かけ、練習を
開始する。
幼児 33 名(男 16 名、女 17 名)及び 4 歳児ク
教示「親指どこだゲームをするよ~!」
ラスの幼児 27 名(男 15 名、女 12 名)の合計
足を実験台に設置する。この時、子どもの足の
60 名を対象とした。この幼稚園は、S 県北西
大きさに応じて、板をはさみ、ターゲットに
部にある中規模の園であり、都市部とは少し離
足が届くようにする。
目隠しをしない状態で、
れた地域に位置する。
子どもにピンを渡す。
2 .実験課題と手続き
1 )Foot-Hand Matching 課題
Sigmundsson(1998)が身体的不器用さの研
究 で 用 い た Foot-Hand Matching 課 題 を 改 良
教示「○○ちゃんの親指があると思うところ
に、これをさせるかな?」
「上手だね~」この時、シートについたピンの
跡は、丸で囲む。
幼児の身体的不器用さに関する研究( 2 )
教示「じゃあ、今度は目隠しをしてやってみよ
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⑪ 子ども一人につき、全 16 試行を終えた
うか!」
ら、最後に親指の位置をシートにマー
⑥ 実験を行う順番は、ランダム表に従って
クークし、実験を終了する。
試行する。
⑦ 最初の足を実験台に設置する。足の親指
が、ボードの裏のターゲットに付くよう
にする。
⑧ 子どもに目隠しさせる。
教示「これをつけてね!」
子どもにアイマスクを渡し、鼻の手前深くまで
2 )身体協応性テスト
身体協応性テストとして、横跳び、板横移動、
後ろ歩きの 3 課題を実施した。このテストは、
幼児の身体的不器用さを評価するものとして開
発されたものである(飯村・小林、2000)
。
横跳び課題(図 3)は、横 50cm ×縦 60cm
付けさせる。
の四角形の枠を 2 つ並べて設置し、その間に高
⑨ その状態で、自分の親指があると思うと
さ約 5cm の棒を置いたものである。条件は、1
ころに、ピンを刺してもらう。
教示「今からピンを出すから、右手(左手)を
出してね!」
各条件において、危なくないように、ピンを手
渡してあげる。
教示「○○ちゃんの親指があると思うところ
に、これをさせるかな?」
子どもがピンを刺した直後に、ピンの脇に条
件コードを記入して、ピンを外す。
子どもを飽きさせないように声をかける(常
時)。
教示「うまくさせてるよ」、「もうちょっとだか
らね」
試行が一回終わるごとに、子どもの上体を起こ
す。
試行 15 秒の間にできるだけ速く両足でひとつ
の枠からもうひとつの枠へ繰り返しジャンプす
るというもので、中央の棒を越えた回数を得点
とする。2 試行実施し、良い方の得点を採用し
た。
板横移動課題(図 4)は、25cm × 25cm の
板版に約 5cm の足を 4 隅につけたものを 2 台
用意し、ひとつの台に乗り、開始の合図で、も
うひとつの台を一方の台の真横に置き、それに
乗り移り、それを繰り返して横に移動していく
というものである。条件は、
1 試行 20 秒の間に、
台をいくつ移動できるかを数え、その数を得点
とした。2 試行実施し、良い方の得点を採用し
た。
後 ろ 歩 き 課 題( 図 5) は、 幅 5cm × 高 さ
教示「はい、うまいね!じゃあ、体を起こして
3cm ×長さ 5M の細長い棒状の台の上を、後
ちょっと待ってね!」
ろ向きにバランスを保ちながら歩くというもの
⑩ 足を入れかえる時は、声をかけながら、
である。後ろ歩きで歩いた歩数を 1 歩につき 1
実験者が入れかえる。
教示「じゃあ、次は反対の足でやってみよう!」
図 1 Foot-Hand Matching 課題
点として、最高 8 点を満点とする。3 試行実施
し、最も良い得点を採用した。
図 2 Foot-Hand Matching 課題の実験状況
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奥 田 援 史
(右足・右手、左足・左手)よりも誤差が大き
い傾向があるが、足(2)×手(2)の繰り返し
のある 2 要因分散分析を行ったところ、
主効果、
交互作用ともに有意でないことから、統計的に
は差はない。
2 .身体協応性テストの結果
表 2 は、横跳び課題、横移動課題、後ろ歩き
課題における平均値と標準偏差の結果である。
これらの課題の平均値は高得点ほど身体協応性
が高いことを示す。
図 3 横跳び課題
3 .FHM 課題の結果と身体協応テストの結果
との相関について
表 3 は、FHM 課題の結果と身体協応テスト
の結果との相関係数を算出したものである。
FHM 課題の右足・左手条件と身体協応テスト
の横跳びの間に、-0.27(df=1/58,P<.05)の有意
な負の相関係数が認められた。また、FHM 課
題の左足・左手条件と、身体協応テストの横跳
びの間に -0.29(df=1/58,P<.05)
、後ろ歩き課題
の間に -0.29(df=1/58, P<.05)の有意な負の相
関係数が認められた。
また、身体協応テストの 3 課題の得点を標準
図 4 横移動課題
得点に変換し、その和を算出して総合得点とし
た。この総合得点と FHM 課題の各条件の結果
との相関係数を算出したところ、FHM 課題の
右足・左手条件と身体協応テストの総合得点の
間に -0.29(df=1/58,P<.05)
、FHM 課題の左足・
左手条件と身体協応テストの総合得点の間に
-0.31(df=1/58,P<.05)の有意な相関係数が認
められた。
これらの負の関連が認められたことは、身体
協応テストの低いこと、つまり身体的に不器用
なほど、FHM 課題での誤差が大きいことにな
り、マッチングが不正確になる傾向があること
図 5 後ろ歩き課題
を示唆する。
表 1 FHM 課題の各条件における誤差の結果
結 果
1 .FHM 課題の各条件における誤差について
表 1 は各条件における誤差の平均値と標準偏
差の結果である。誤差の平均値をみると、左と
右をマッチングさせる条件(右足・左手、左足・
右手)の方が、同じ側をマッチングさせる条件
条件
右足
左足
右手
左手
右手
左手
平均値
58.6
62.0
62.2
57.9
標準偏差
25.7
27.7
29.1
26.6
( 単位:mm )
幼児の身体的不器用さに関する研究( 2 )
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表 2 身体協応性テストの結果
項目
横跳び
横移動
後ろ歩き
平均値
21.2
16.4
5.8
標準偏差
6.0
4.0
2.5
表 3 FHM 課題の結果と身体協応性テストの結果との相関係数
課題
FHM 課題
右足・右手
右足・左手
横跳び
-0.21
-0.27
身体協応性
横移動
-0.07
-0.23
テスト
後ろ歩き
-0.00
-0.06
総合得点
-0.17
-0.29
左足・右手
*
*
左足・左手
-0.25
-0.29
*
-0.16
-0.19
-0.13
-0.29
*
-0.25
-0.31
*
* P< .05
考 察
次に、身体協応力と FHM 課題の誤差の関連
についてみると、いくかの条件間で負の関連が
身体的不器用さの原因のひとつとして、大脳
認められたが、intra- and inter- hemisphere の
半球での感覚情報処理の統合過程に問題がある
機能差を見出すような結果はみられなかった。
のではないかと指摘されていることを踏まえ、
それらの負の関連がみられた条件は、左手で
Sigmundsson(1998)が開発した FHM 課題を
マッチングすることが要求されるケースであ
改良したものを用いて、身体協応性と FHM 課
る。今回は、利き手の調査をしていないが、左
題の誤差の関連について検討を行った。
手が非利き手となっている者が多いと仮定する
FHM 課題では、右足・右手、右足・左手、
と、非利き手の操作スキルの発達が身体的不器
左足・右手、左足・左手の 4 条件がある。これ
用さと関連するのもかもしれない。奥田
(2008)
らの条件は、次のような感覚情報の統合モデル
は、ピンボードテストを用いた実験から、身体
を仮定して設定されている。例えば、右足・右
的に不器用な幼児は、非利き手における視覚情
手条件では、右足の位置情報が体性感覚情報と
報の処理を伴わない体性情報の処理の場合に大
して一次体性感覚野に入り、一次運動野から右
きな誤差を生じさせることを報告している。
手に運動指令が送られる。つまり、右足と右手
Sigmundsson(1998)も、同様のピンボードテ
の 2 つの体性感覚情報の統合が図られることに
ストを用いたところ、身体的不器用な子どもは
より、マッチングを行う必要がある。右足・右
非利き手での体性情報が伴う条件において誤差
手条件と左足・左手条件では、どちらか一方で
が大きいことを報告している。また、彼は、こ
の脳半球内( intra-hemisphere )での情報処
の結果から、身体的に不器用な子どもは、左脳
理の統合となるが、右足・左手条件と左足・右
半球から右脳半球への固有受容感覚の伝達に問
手では、左右の脳半球間( inter-hemisphere )
題があるのではないかと示唆している。
での情報処理の統合となる。この 2 タイプの感
覚 情 報 の 統 合 に よ っ て、intra- and interhemisphere の 機 能 を 比 較 す る こ と に な る
(Sigmundsson、1998)。
FHM 課題の各条件における誤差の比較につ
いては、統計的に有意な差は認められなかった
ことから、被験者全員を対象として分析すると、
intra- and inter- hemisphere の感覚情報統合の
機能に差がないということになる。
引用文献
Henderson, SE and Hall, D.(1982). Concomitants of
clumsiness in young School children.
Developmental Medicine and Child Neurology.
24(4): 448-460.
飯村敦子・小林芳文(2000)就学前幼児の身体協応性
の発達 : Clumsiness 幼児の Screening に向けた
MQ 値の算出、学校教育学研究論集(東京学芸大
126
奥 田 援 史
学大学院連合学校教育学研究科 編)、3 53-67.
奥田援史(2008)幼児の身体的不器用さに関する研究,
滋賀大学教育学部紀要,Ⅰ:教育科学、第 57 号、
1-5. Sigmundsson, H.(1998). Inter- and intra-sensory
modality matching in motor - impaired children.
Ph.D. thesis, Norges teknik-naturvitenkapelige
universitet.
Taylor, M. J.(1990). Marker Variables for Early
Identification of Physically Awkward Children.
Adapted physical activity: an interdisciplinary
approach. In G. Doll-Tepper and C. Dahms and B.
Doll and H.{von Selzam Eds.}379-386.