日本子ども - 図書館振興財団

■絵本
五十嵐静江さん
日本子どもの本研究会・絵本研究部
今日ご紹介する本は、日本子どもの本研究会の選定図書、絵本研究部で評価の高かった本、
そして図書館振興財団の新刊児童書を読む会で選ばれた本に、私が良いなと思った本を少
し付け加えています。100 冊程度の絵本をリストに挙げましたが、そのうち 50 冊ほどを実
際にご覧いただきながら紹介していきます。
●2013 年の絵本の動向
ここ最近の傾向ですが、前年に引き続き赤ちゃんや幼児向きの良い絵本が少なかったよう
に思います。書店ではカラフルでかわいらしい絵本が目をひき、よく売れているように見
えました。
そうした中で、外国の絵本に子どもの日常を描いた良い内容のものが見られました。それ
は反面、日本の絵本に子どもの日常や心を見据えたものが少なかったと感じました。子ど
もにとって自分の心を知ること、相手の気持ちを知ることは、とても難しいこと。絵本の
中で疑似体験することにより、感じ取っていくこともあります。日本の子どもにはやはり
日本の日常のほうが身近です。日本のものにそんな絵本が少なかったことが、とても残念
に思われます。
●加古里子、センダック、エリック・カールなど
特別な出来事として、加古里子さんが 40 年ぶりに「からすのパンやさん」と「どろぼうが
っこう」の続きを出版したことが挙げられます。親子で楽しんでいるという話をよく聞き
ます。加古さんの制作意欲に心から敬服いたします。
モーリス・センダック、エリック・カール、ジョン・バーニンガム、アーノルド・ローベ
ルなど超一流の作家たちの初邦訳の本が出たことも、とてもうれしいことでした。
また、興味をそそられる伝記絵本が出版されたことも印象的でした。伝記絵本は人物の姿
だけでなくその時代背景も見せてくれます。いろいろな分野の方が紹介されるようになっ
たので、子どもにはもちろん、大人が読んでも楽しいのではないかと思いました。
●日本の絵本より――音が聞こえる
最初に紹介するのは「いけのおと」。月の光の美しい夜の場面ではじまります。「げぇこげ
ぇこげぇこ」「ざーざーざーざー」「ぽちゃーんぽちゃーんぽちゃーん」生き物の鳴き声や
雨や水の音のほか、蜂の羽音やおたまじゃくしがたてる音など、この本はどの場面からも
音が聞こえてきます。すごいなと思ったのは、
「ぱりぱりぱり」とイナゴの幼虫が葉を食べ
る場面。描かれた生き物のひとつひとつに小さな名前が書かれています。絵と言葉がひと
1
つになって、命の営みが伝わってきます。
音が感じられる本をもうひとつ。「かぜフーホッホ」です。風はいろいろな音を立てます。
本がめくれる音「パフッパフパフ」、シーツがなびく音「ブオッファブオッファ」、大きな
葉っぱが「トパタパテパ」。どのページからも風の動きの強さが見えます。その中で少女が
全身で風を感じています。作者独特の擬音語はおもしろいけれど、読み聞かせのとき発音
するのに苦労するものもあります。
●いろいろな角度から電車を描く
毎年、たくさんの電車の絵本が出ますが、2013 年は実際の風景がていねいに描かれている
作品が多かったような気がします。
「でんしゃにのったよ」は、ローカル線と新幹線を乗り継いで東京に行く、男の子とお母
さんの旅風景です。ふたりの姿は風景の一部として小さく描かれています。常にお母さん
の前を歩き、いつも車窓から外をながめている様子から、電車に乗る男の子のうれしい気
持ちが伝わってきます。とてもていねいに描かれているので、一場面ずつ楽しめると思い
ます。
「でんしゃにのったよ」が特別な日なら、「でんしゃがきた」は日常を描きます。田んぼや
橋や踏切を通りすぎる電車、駅で待つ人たち、電車に乗り込む人々。とても親しみを感じ
る風景です。奥付にそれぞれの場所がどこか記してあります。最後のシーンは 3.11 の後、
三陸鉄道の開通を待っていた人たちです。
「エアポートきゅうこうはっしゃ!」も「いちばんでんしゃのうんてんし」も、運転士さ
んの働く姿をていねいに描いたものです。特に後者は一番電車を走らせる緊張感が伝わっ
てきます。朝 4 時、運転士さんは中央線の乗務員室に乗り込むと、ひとつひとつの機器を
声を出しながら指さし点検。東京駅の中央線のホームから出発した一番電車は、高尾駅ま
で各駅で進みます。電車の走る風景、運転席から見える前方の景色、必ず声を出して作業
する運転士など、細かいところまでよく描かれています。薄暗い風景から次第に明るくな
っていくと、気持ちもほぐれていくような気がします。
●大きくなることの喜び
「くじらのあかちゃんおおきくなあれ」の最初の場面は、とても静かな美しい夜の海の風
景。ザトウクジラのお母さんが子守唄をうたっています。そこに空から三日月が、赤ちゃ
んはどこにいるの、と声をかけました。クジラのお母さんは、あなたがまあるくなるころ
に生まれてくるでしょう、と答えます。満月の夜、クジラの赤ちゃんが生まれ、お母さん
におっぱいをもらい、泳ぎ方やジャンプの仕方を習います。月に照らされた夜の海はおだ
やかに、明るい昼の海は躍動的に描かれています。大きくなることの喜びが感じられる絵
本です。
2
●世界を広げてくれる動物のお話
動物が主人公の話は、読む子たちに「子ども」という制限を越えていろいろな冒険をさせ
てくれます。また、動物たちとの関わりを描くことで思いやりの心を教えてくれるでしょ
う。
「5 ひきのすてきなねずみ」シリーズの 3 冊目「まちのじどうしゃレース」も、子どもにで
きないことをねずみが思いっきりやってくれて、絵もストーリーも楽しい本です。掲示板
に自動車レースのお知らせを見つけたねずみたち。賞品は見たこともないくらい大きなチ
ーズです。5 匹は空き缶を使って自動車を作ります。一番のライバルはおもちゃ屋のねずみ
のラジコンカー。人間の足の間を通り抜け、大通りを渡り、公園を走り抜け、犬から逃げ
るなど危険がいっぱい、スリリングなお話です。
「さんびきのこねずみとガラスのほし」は、野ねずみの兄弟と 5 つのガラクタのお話です。
町はずれの雑木林に住んでいる野ねずみ一家のそばのガラクタ置き場。そこには 5 つの小
さなガラクタが転がっていました。宝石箱についていた鍵、王様のコートの金ボタン、電
車のボルト、テーブルを照らしていた電球の口金。今は古びてさびたりくすんだりしてい
ますが、どれも楽しい思い出を持っています。でもガラスのかけらだけは何も思い出があ
りませんでした。ガラス職人がコップを作るときに垂らしたガラスのしずくだったからで
す。夜になり星がきらきら輝くのを見ると、ガラスのかけらは星になれたらどんなに幸せ
だろうと思います。ある雪の日、ガラクタ置き場にやってきた子ねずみたちが、古びた鍵
やさびたボルトたちを見つけました。彼らにとってそれはガラクタではなくすばらしい宝
物。ガラスのかけらも野ねずみの家で生まれ変わります。クリスマスにお薦めの一冊です。
●実際のエピソードから生まれた物語
次に紹介するのは「むしとりにいこうよ!」。疲れたとかおんぶしてとか絶対に言わない、
と約束して、弟がお兄ちゃんの虫取りについて行きます。お兄ちゃんは虫を見つけるのが
とても上手。公園に行く途中の道でも、葉っぱのうしろをひっくり返すと虫がいます。お
兄ちゃんといると不思議なことに、だんだん虫が見えてきます。虫取りに行った帰り道、
疲れていつもおんぶしてもらうのは、作者のはたこうしろうさんの 5 歳の時の実体験だそ
うです。
釧路の動物園の話を下敷きにした「キリンがくる日」。歳をとって死んでしまったため、今、
動物園にキリンはいません。キリンの大好きなけんとがさみしそうに檻の前にいると、園
長さんがキリンが来ることになったよ、と教えてくれます。喜ぶけんとに園長さんは、キ
リンが飛行機に乗ってくる大変さやお母さんと離れなくてはならないことを話してくれま
す。そして、それでも私はここにキリンを呼びたい。生きようとしている命はものすごく
輝いているよ、と語ります。動物園のこと、動物たちのことを考えてみるきっかけになる
かもしれません。釧路の動物園には実際、去年の 9 月に帯広の動物園からキリンが来たそ
うです。
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●リアルな絵で市場体験
男の子が寿司屋の大将に連れられて魚市場をめぐる「おさかないちば」では、たくさんの
魚介類や働く人々が紹介されていきます。作者の加藤休ミさんは食べ物の絵が上手で、こ
の本でも、魚や貝の色合いや質感がとてもよく描かれています。子どもたちは食卓に並ぶ
魚介類しか目にする機会がないので、こんな市場風景も見てもらいたいなと思いました。
●すばらしい絵から感じる
最初に音を感じる本を 2 冊紹介しましたが、
「チェロの木」も美しい音楽が感じられる本で
す。お祖父さんが育てた森の樹から楽器職人のお父さんがチェロを作り、それをチェリス
トのパブロさんが演奏する。そのチェロの音色に魅せられた少年のために、お父さんがチ
ェロを作ってくれます。自身もチェロの演奏をする伊勢英子さんの絵からは、音楽が見え
るようです。
●外国の絵本より――動物たちのユーモラスな世界
「どのこかな?おたんじょうびおめでとう」は探し物の絵本です。「おおきいぞうさん、ち
いさいぞうさん、しっぽがくるりん、どのこかな?」とはじまり、つづいて帽子をかぶっ
てパーティに行く子を探します。ペンギンやワニなど、登場する動物たちがどれも楽しそ
うなのがとても良いと思いました。小さな指で絵をさしながら、お母さんとやり取りする
姿が目に浮かびます。
「サーカスのあかちゃんぞう」はピーターシャム夫妻が 1950 年に出版した作品なので、こ
のあと紹介する掘り起こしの本のリストに入れたほうがよかったかもしれません。赤ちゃ
んをとても愛しているサーカスのお母さん象は、ピエロのゾンビさん一家の食事の様子に
感心し、自分の子にもお行儀良くご飯を食べさせようとします。ゾンビさんの留守にテン
トに忍び込み、赤ちゃん象を椅子に座らせ、よだれ掛けをつけ、スプーンでボールの豆を
食べさせようとしますが、上手くいくはずがありません。左足でボールを押さえようとし
てひっくり返り、椅子をつぶしてしまいます。そこへゾンビさんが帰ってきたのでお母さ
ん象は大慌て。テントを壊してしまいます。子どもを愛するあまり馬鹿なことをしてしま
うなんて、ときどき人間にもあることですよね。
●くり返しが楽しい絵本
赤い絵本を開くと、あ!テントウムシ。次に小さい手が開こうとしているのは、緑の絵本。
絵本がつぎつぎ現れる「このあかいえほんをひらいたら」は、ページを開くごとに中の絵
本が小さくなっていきます。色がとてもきれいで次の本を開いてみたいなという気持ちに
してくれます。おもしろいのは、本が小さくなっていくのと反対に、描かれている動物が
大きくなっていくところ。最後にページをめくるのは大男で、爪しか見えません。真ん中
まで開き終わると、今度は反対に一冊ずつ閉じていくしかけです。
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「ふかいあな」もくり返しのフレーズが楽しい作品です。カエルが深い穴に落っこちた。
ケ、ケロケロ!
跳んでも跳ねても出られない。なんてこったい!
そこにネズミがやっ
てきて助けようと手を伸ばしますが、やっぱり穴に落っこちてしまいます。スローロリス、
マレーグマ、サルが次々やってきて助けようとしますが、みんな穴に落っこちます。それ
をずっと見ていたトラはよだれをたらしながら、オレが穴からみんな出してやると言いま
す。そこに象がやってきて、さあどうなるでしょう。くり返しの言葉のリズムが楽しい、
昔話風の作品です。
●個性あふれる魅力的な動物たち
ある暑い日、ライオンが帽子を買おうと街にやってくるシーンからはじまる「ライオンを
かくすには」
。人間に追いかけられたライオンが隠れたのは、アイリスのおままごとの小屋
でした。大きくてのんびりしたライオンを、小さな女の子が隠そうと奮闘します。一緒に
遊ぶのが楽しくてたまらないという女の子の様子とライオンのゆったり感がとてもいい、
ほほえましいお話です。
図書館に逃げ込んだネズミと、それを追いかけてきたキツネのやりとりがゆかいな「とし
ょかんのよる」は、動物たちの個性が魅力的で、ウィットの効いたお話です。キツネが飛
びかかろうとすると、ネズミは「図書館のものはみんなのもの。独り占めはだめ」と言い
ます。図書館のことを一生懸命教えるネズミと、だんだん図書館が好きになっていくキツ
ネ。キツネはニワトリを咥えたまま百科事典を読みはじめます。図書館の使い方を教える
ような内容ですが、物語としても楽しい絵本です。
「ネコがすきな船長のおはなし」の船長さんは、猫が大好きで猫船長と呼ばれています。
船長は猫を見つけると欲しくなって、自分の持ちものと取りかえてしまうので、船の中に
は猫がいっぱい。その代わりお金はちっとも増えません。海図の外にある遠くの島にたど
り着いた船長を出迎えた小さな女王さまは、生まれてはじめて猫を見て、まあなんてかわ
いいの、と声を上げます。猫のいない島で大暴れするネズミを猫が退治し、船長さんは宝
物を手にする、というよくあるパターンですが、猫がとてもかわいらしく、最後のオチも
おもしろい、猫好きには喜ばれそうな本です。
●お手伝いをがんばる子どもの姿
韓国のお話から「ハンヒの市場めぐり」を紹介します。描かれているのはハンヒという男
の子とお母さんの市場での買い物風景です。市場には驚くほどいろいろなお店があって、
韓国の食生活の豊かさを感じさせてくれます。一軒一軒のお店の様子や店員さんたちの表
情がほんとうによく描かれています。市場全体の活気や買い物を楽しむ人たちの雰囲気も
よく伝わってきます。韓国の人々の生活の一端をのぞかせてくれる本です。
次は、家庭で営む美容院の一日を描いた「ママはびようしさん」です。ステラのお母さん
とお兄さんは美容師さん。お祖母ちゃんは受付です。お父さんは新聞を読んでいるだけな
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のでなんの仕事をしているのか分かりません。ステラの仕事は床に落ちた髪の毛を掃除す
ることです。でも全部は捨てないで、きれいな髪の毛があると大事に集めていました。女
の子がお客さんの一人ひとりに興味を持ち、話しかけている様子は、日本とはずいぶん違
うなと感じます。子どもが家族の一員として、しっかり自分の役目を果たしているのがい
いなと思いました。
「ミルクこぼしちゃだめよ!」も家のお手伝いをする女の子の話です。ペンダは山の上で
羊の世話をしているお父さんにミルクを届けに行くことになりました。頭の上にミルクを
入れた大きなお椀を載せ、ゆっくりそっと歩くのよ、ゆらゆらしないでふらふらしないで、
慌てちゃだめよ、とささやきながら、歩きはじめます。絶対にミルクをこぼしちゃだめよ、
と自分に言い聞かせながら、砂丘を越え、川を渡り、広場を通り過ぎ、山を登っていきま
す。場所によって変わる唱え言葉や、カラフルで楽しい絵の中に、家族への愛情と責任を
果たそうとする女の子の気持ちが伝わってきます。
●うれしいこと、悲しいこと、様々な日常
今から 100 年前のパリの話「つなのうえのミレット」の主人公ミレットは宿屋の娘。旅芸
人のベリーニが綱の上を歩くのを見て、自分も綱渡りをしたくてたまらなくなります。は
じめは反対したベリーニですが、ミレットの熱心さに負けて教えてくれるようになります。
ある日ミレットは、かつてベリーニが「神業のベリーニ」と呼ばれる勇敢な綱渡り師だっ
たことを知ります。でも今は恐怖心から綱渡りができなくなっていました。ベリーニはミ
レットと接するうちに、再び綱渡りに挑戦しようと決心します。少女の一途な思いがひと
りの天才をよみがえらせるドラマティックなお話です。
3 歳でお母さんを亡くしたシボーンが主人公の「おかあさんの顔」。家には 1 枚もお母さん
の写真がなかったので、10 歳のシボーンはお母さんの顔を覚えていないことが辛くて悲し
くてたまりませんでした。そんなときシボーンは見知らぬ女の人に声をかけられ、鏡を見
ればいいのよ、と教えてもらいます。言われたとおり鏡の中の自分の顔を見ていると、女
の子の顔が少しずつ大人びていきました。シボーンはこれがお母さんだと思い、鏡をちょ
くちょく見るようになります。やがてシボーンは成長し結婚して母親になります。ある日、
シボーンは鏡の中にかつて公園で出会った女の人の顔を見つけます。命と心は母から娘へ、
そしてそのまた子どもへと引き継がれていく。ちょっと不思議な切ないお話です。
「マッチ箱日記」は、祖父が孫に語る昔の話です。お祖父ちゃんが大切にしている箱には
古いマッチ箱がたくさん入っていました。そのマッチ箱はお祖父ちゃんの子どものころの
日記。当時、字が書けなかったお祖父ちゃんは、マッチ箱に思い出の品を詰め、日記代わ
りにしていたのです。食べものが無かったとき、ひもじさを忘れるために舐めていたオリ
ーブの種。飢饉に陥りイタリアで生活できなくなった一家がアメリカに渡る船の中で拾っ
たヘアピン。イタリア人であるために子どもたちに石を投げつけられて折れた歯。少年は
やがて字を覚え、マッチ箱日記は終わります。お祖父ちゃんの語る思い出は、イタリア移
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民の一家の歴史であるとともに、アメリカの歴史の一部でもあります。セピア色の絵がと
てもリアルで、どの場面からもその時々の少年の気持ちが強く感じられます。
●ファンタジックな絵本
「月のしずくのこどもたち」はとてもファンタジックな物語です。月のしずくとは、満月
の晩に降る雨のこと。そんな晩に子どものいない夫婦が、月の光に照らされた 12 人の親指
くらいの子どもたちを見つけました。月のしずくの子どもたちです。ふたりは優しく世話
をしますが、なぜか恐ろしいことばかり起こります。舟が急に傾いて赤ちゃんを入れた籠
が波にさらわれたり、赤ちゃんの眠っている籠の近くに稲妻が走り火の手があがったり。
そのたびにふたりは命懸けで赤ちゃんを守ります。次の満月の晩、見知らぬ若者がやって
来ます。その若者の正体は……。ストーリー展開もしっかりした、とても美しいお話です。
●ちょっと変わったイソップ・昔話絵本
「イソップのおはなし」には「キツネとカラス」「町のネズミと田舎のネズミ」など、9 つ
のイソップ童話が入っています。変わっているのは、登場する動物たちが舞台で挨拶をす
る場面から幕を開けること。この動物は子どもたちが演じていたことが最後に分かります。
お洒落に着飾った動物たちが、生真面目に演じている様子がお話を盛り上げてくれます。
絵と文字の配置が読みやすく、文章も分かりやすいように思いました。
「ふしぎなボジャビのき」はアフリカの昔話です。長い間、雨が降らなかった草原で動物
たちは食べ物を探していました。すると遠くに赤い実をつけた 1 本の樹が見えます。その
実はマンゴーのような甘い匂いを放ち、メロンのように大きく、ざくろのように瑞々しい
のですが、樹の幹には大きな蛇が巻きついていました。蛇が樹の名前を当てたら退いてや
ると言うので、動物たちは樹の名前を知っているライオンに尋ねに行きます。しかし教え
てもらったシマウマは石につまずいた拍子に名前を忘れてしまいます。サルやキリンも聞
きに行きますが、途中でやっぱり忘れてしまいます。何度も同じ質問をされてライオンは
腹を立て、だんだん不機嫌になっていきます。繰り返される動物たちのドジぶりがユーモ
ラスなお話です。
「メルヘンビルダー
フィッシャーが描いたグリムの昔話」は、ハンス・フィッシャーが
物語全体を 1 枚の絵で表現した一枚絵が載っています。文章はとても細かいので子どもた
ちが自分で読むのはたいへんそうですが、大人に読んでもらいながら絵の中に盛り込まれ
ている場面をたどっていくと楽しいと思います。一枚絵は大人のファンが多いので大人向
きの絵本かもしれません。
●復刊・新装版・古い絵本の掘り起こし
「おにいちゃんといもうと」は 1978 年に「岩波の子どもの本」として出版された「にいさ
んといもうと」の新訳です。妹をからかうのが大好きなお兄ちゃんと泣かされてばかりい
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る妹。でもお兄ちゃんは妹がかわいくて仕方がないのです。はたこうしろうさんの絵はカ
ラフルで明るくて親しみやすく感じます。「にいさんといもうと」はメアリ・チャルマーズ
の絵ですが、こちらは余分な背景がなく兄妹だけが描かれていて、ふたりの表情に心の動
きが出ている点でとても良い本です。この旧版も復刊されましたので、ふたつを比べてみ
るとおもしろいと思います。
「そんなときどうする?」は同じくセンダックが挿絵の「そんなときなんていう?」の姉
妹編です。図書館で本を読んでいると投げ縄をかけられてしまった。そんなときどうする?
……図書館では静かに歩きましょう。「若き紳士淑女のための」礼儀作法の本。危機的状況
の問いに拍子抜けの答えがゆかいな一冊です。
エリック・カールには珍しく言葉の多い「プレッツェルのはじまり」は、とてもお話らし
いお話です。国中でいちばん腕のいいパン屋のウォルターの作るパンは、王様もお后様も
大好きで毎朝食べていました。ところがある日、猫がミルクをこぼしてしまい、ウォルタ
ーは仕方なく水でこねてパンを作ります。でも口の肥えた王様たちにすぐにバレてしまい、
怒った王様はウォルターに難題を出します。それは、生地はひとつ、朝日が 3 つ見えて、
しかも最高においしいパンをつくることでした。そのとき誕生したのがプレッツェル、と
いうお話です。エリック・カールはお祖母さんから昔話をよく聞いていて、この物語はお
祖母さんの話をアレンジしたものだそうです。
いつもいじめられていた野ウサギが、ゾウとカバをだまして綱引きをさせる「つなひき」。
この本は 1968 年にアメリカの出版社の依頼でジョン・バーニンガムが挿絵をつけたアフリ
カの民話を底本としています。このときの仕事にバーニンガムは不満を持っていたそうで、
今回、絵本にするにあたり再構成し文章も書きなおしています。暗めの色合いはバーニン
ガム作品には珍しく感じますが、動きのある構図やユーモラスな動物たちに彼の特徴が見
られます。
「ごきげんなライオン
おくさんにんきものになる」と「どこへいったの?ぼくのくつ」
は、題名と訳者と出版社が変わっていますが、以前に出ている絵本の新版です。
●平和への願いをこめて
「日中韓平和絵本」シリーズの「くつがいく」
「さくら」は、身近な題材をモチーフに、戦
争のむごさ、平和への願いを訴えた作品です。
「さくら」では、中国との戦争がはじまった
年に生まれた男の子が軍国少年として育っていく姿が語られます。春の喜びをもたらして
くれる桜の花が、戦争という暗闇に染まっていく様子は、戦争の恐ろしさを強調している
ようです。最後のページで桜の木が、戦争はいかん、戦争だけはぜったいにいかん、と叫
びます。また、この戦争が侵略戦争だったとはっきり書かれていることからも、作者の強
い気持ちがうかがえます。
江戸時代、朝鮮から通信使と呼ばれる使節団が日本へ 12 回訪れました。
「お船がきた日
淀
川ものがたり」は、通信使が大坂の人々に歓迎されながら、淀川を上っていく様子を描い
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ています。朝鮮の役人が岸辺に群がる人々を眺めながら、かつて我々と矛を交えた者とは
とても思えない、過去になんのこだわりも持たない民なのか、と言う場面が印象に残りま
した。異国からの客人を心から歓迎する大坂の人々、そしてそれに応える通信使たち。作
者の小林豊さんはあとがきで、この交流をふたつの国の橋に例えています。橋は時代の波
を受けて何度も危険にさらされてきたけれど、今もこの橋はあり、私たちが渡るのを待っ
ているのです、と結んでいます。
●東日本大震災後に伝えたいこと
震災と原発事故から生まれた作品をいくつか取り上げます。
「おじいさんとヤマガラ
3 月 11 日のあとで」
。毎年、おじいさんは 6 つのヤマガラの巣箱
を家の周りの樹につけていました。2011 年も巣箱を用意しましたが、おじいさんは心配で
した。おじいさんが住んでいる場所から、山をいくつか越えたところにある原子力発電所
が壊れ、放射性物質が外にこぼれ出したからです。親鳥たちはなにも知らずに毎日せっせ
とヒナに餌を運んできます。その年、ふたつの巣箱からしかヒナは巣立ちませんでした。
原発事故が自然にどれだけの影響を与えたのかを、深く考えさせる本です。
津波被害を伝える「つなみてんでんこ
はしれ、上へ!」
。東北地方の海沿いは昔から津波
の被害を受けてきました。津波が来たらそれぞれ逃げて、自分で自分の命を守ること。「つ
なみてんでんこ」とぼくもお祖父ちゃんから教わりました。小学 5 年生の男の子を主人公
に、大地震の直後、上へ上へと逃げる子どもたち。中学生が小学生の手を引き、励ましな
がら高台に上っていきます。恐ろしさに震える子どもたちの心が見えるようで、小さな一
人ひとりが必死に走ったことを思うと、胸が熱くなります。特に見開き 4 ページが 1 枚の
絵で描かれた場面は圧巻です。ぜひ多くの子に読んでもらいたい本です。
●子どもの障害を考える
「こぐまちゃんとどうぶつえん」と「ぐりとぐら
てんじつきさわるえほん」は点字の絵
本です。絵の部分は、こぐまちゃんはザラザラ、しろくまちゃんはスベスベというふうに
触感を変えてあらわしています。描かれた絵より立体部分を大きくしたりして工夫してい
ますが、ぐりとぐらは絵が細かいので、むずかしいなと感じます。
「算数の天才なのに計算ができない男の子のはなし」は学習障害の問題を取り上げていま
す。算数なら誰にも負けないと思っていたマックスは、5 年生になって先生が九九のテスト
で時間をはかるようになると計算ができなくなってしまいます。時間をかければどんな問
題でも解けるのに、先生がタイマーのスイッチを入れると頭も心もフリーズしてしまい、
みんなにバカックスとからかわれる始末。しかしマックスのノートからマックスの数学の
能力がずば抜けていることが分かります。算数障害の存在のほか、時間ではかられること
がプレッシャーになること、ひとつのきっかけで子どもはつまずいてしまうことなど、見
落としがちなことに気づかせてくれる本です。
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●身近な動植物を知る知識絵本
子どもたちの大好きなバナナのあれこれを教えてくれる「バナナのはなし」。冷やしたらお
いしいだろうとバナナを冷蔵庫に入れたら、1 週間後に真っ黒になっていました。バナナは
寒いところが苦手だからです。暑くて雨がたくさん降るところに育つバナナ。どんなふう
に育って、どんなふうに実を付けるのか、バナナの中の黒い点はなんなのか、親しみやす
い絵で分かりやすく書いています。
「チョウのはなし」は、最初のページにたくさんの蝶の幼虫が描かれています。対して最
後のページに成虫となった蝶が出ているのですが、バラバラに配置しているのでどの幼虫
がどの蝶になるのか、確かめるのがたいへんでした。サブタイトルに「かしこくておしゃ
れでふしぎなちいさないのち」とあるように、蝶の美しさ、不思議さ、たくましさが見開
きごとに短いフレーズをつけて紹介され、毒を持っている蝶がいること、カナダからメキ
シコまで 5000 キロも旅する蝶のことなどが出てきます。美しい絵が蝶の魅力を引き出して
います。
犬のしつけインストラクター・動物カウンセラーの方が書いた「イヌカウコドモ」は、き
みの家に子犬が来たの、よかったね。きっといい友だちになれるよ、とはじまります。こ
の本では犬を飼うための心構えや、しつけ方がやさしく書かれています。例えば、やって
はいけないのは犬を追いかける遊び。逃げまわるのが大好きな犬になってしまうためです。
最後のページに保護者に向けて、子どもが犬を世話する際の親の責任や役割について書か
れています。犬を飼う場合にはぜひ読んでほしいなと思いました。
●多彩な暮らし、自然の大きさ
世界中のお茶のおいしさや、淹れ方、マナーなどを紹介する「おちゃのじかん」は、登場
人物がお茶に招かれる中で、それぞれのお茶に対するこだわりやお茶の時間の大切さを教
えてくれます。部屋のインテリア、食器やお菓子などもとてもよく描かれています。
「みな また、よみがえる」では、水俣のつらい歴史と水俣湾の再生の様子が、写真と熊本
弁で語られます。美しかった水俣湾が、工場排水で汚染され、人々が病気になったこと。
4.4 キロメートルもある網で海が内と外に分断され、行き来ができなくなったこと。それで
も小さな生き物たちはたくましく生き延び、仕切り網を棲み処に変えていったこと。そし
てその網が 23 年後に取り払われ、棲み処にしていた魚たちを戸惑わせたことなど。水俣湾
で起こったことを、もう一度考えさせる本です。
「ソフィー・スコットの南極日記」は、研究員として南極を訪れた作者が、少女の絵日記
という形で観測船での生活や南極のことを紹介します。乗組員一人ひとりのイラストがあ
ったり、子ども目線で描かれたおもしろい楽しい本です。作者からのメールを元にイメー
ジして描いた各地の子どもたちの絵も 9 枚掲載しています。ただこの子どもたちについて
の説明がなにも記載されていないのが残念でした。
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●さまざまな人を紹介する伝記
「バーナムの骨」は、化石ハンターとして有名なバーナム・ブラウンの伝記絵本です。子
どものころから恐竜の骨を見つけることが夢だったバーナム。ハンターと聞くと冒険者の
ような気がしますが、実際には細かい骨を集め組み立てていく、とても地味な仕事だとい
うことが分かりました。恐竜好きの子にお薦めです。
「グーテンベルクのふしぎな機械」は伝記というより、グーテンベルクの作った印刷機に
ついての本です。紙やインク、活字を作る工程が細かく書かれていて、最後に印刷機で印
刷して本が作られます。印刷機の発明が世界中に大きな影響をもたらしたということも、
とても興味深く読めます。
最後に紹介するのは「マリアンは歌う」です。黒人という壁に阻まれながらも努力して、
世界が認めるすばらしいオペラ歌手となったマリアン・アンダーソンを描いています。彼
女はヨーロッパではどこでも歓迎される歌手でしたが、アメリカに戻ると黒人であること
を理由にホールの使用を断られたりすることもありました。マリアンはそれでも誇りを失
わず、歌い続けます。リンカーン記念講堂では 7 万 2 千人の人たちが静まり返りその歌に
聞き入りました。彼女は人種差別に対し強い態度は取りませんでしたが、差別をするホー
ルでは決して歌わず、のちに続く黒人歌手に道を開いていきました。セピア色の場面に描
かれるマリアンは誇り高く美しく、その唇からは息遣いが聞こえてきます。
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