卒業論文要約について

卒業論文要約について
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平成22年度 卒業論文要約一覧表
卒業論文
指導教員
題 目
ブラジル・ポルトガル語を話す在日ブラジル人のアイデンティティと日本語習得の関連性二重
A study of teaching and assessment to promote acquisition of communicative competence.
小林 真記
英語教育現場におけるデジタルツールの活用
日本人第二言語学習者の「演じられたアイデンティティ」-学習者の創造の共同体への投資-
小林 美樹
田中 真紀子
リンガ・フランカ・コアの観点から見た中学校英語教科書の発音指導
バイリンガルと第二言語習得
英語学習者の英語教育に対する姿勢の形成:言語社会化的考察
受動文とそれに後続する句または文
The Importance of Critical Thinking to Enhance English Reading Skills: From a Survey Conducted to KUIS Students
舟田 京子
Foreign Language Anxiety: the Case of KUIS students
在日中南米人児童・生徒の抱える教育問題
人身売買と女性自立支援
Ⅲ-다가の意味と用法について
体験的活動を通して無意識を意識化させることは、自己理解・自己成長を促進させる
大学おける課外活動経験は学生自身の成長に対しどのような影響を持つものか
対人関係における共感的な関わりの有効性
世界の蛇信仰 現代に残る弁財天 -千葉市稲毛区長沼原の例を参考に-
高橋 清子
現代日本語の会話にみられる「なんか」の意味・役割 ~発話内容に対する話し手の意識を基本に据えて
青砥 清一
浜之上 幸
堀内 みね子
東ティモールの言語政策 -現状と展望-
吉野 朋子
吉永 耕介
白 盛琇
和田 純
臼井 直人
SAU KUEN
FAN
在日ブラジル人児童の言語習得とアイデンティティ-ダブルリミテッドの子どもたちのケース-
『オペラ座の怪人(2004)』からみる心理的映像分析~Photoshopのヒストグラムを用いて~
PIXAR映画における他者との関わり -「レミーのおいしいレストラン」と「モンスターズ・インク」の分析を通して-
J-POPとK-POPの比較から見える日韓表現の違い
持続可能な社会貢献システムの鍵は何か -「幕チャリ」の構成要素とダイナミズム-
就職活動における理想像と権力
日本におけるファストファッションの席巻とその裏側
映画宣伝のプロパガンダ ~囲い込み・俳優のマスコット化・親近感・物吊り~
聞き手としてのストラテジー :日本語学習者の場合
Characteristics of Simultaneous Turns between Japanese English Learners and Native English Speakers
日本人・外国人から見た丁寧さ―依頼表現の場合
ウチ・ソト・ヨソ ~それぞれへの移り変わりの境界と要因~
日本語教師の非言語行動に対する学習者の意識について
Changing Perceptions of Interracial Romantic Relationships as Reflected in American Film of Different Decades
How Female Fashion Icons in the Music Industry Have Influenced American Culture and Fashion From 1970’s to the present
How the Dark Side of New York Has Portrayed in American Films.
RENSHAW.S
How treatment for Japanese-American has changed in the United States over the decades
Newspaper Coverage of Segregation in the United States of America
Bob Dylan and Social Protest: An Assessment of Lyrics from the 1960’s through the 1980’s
Women at Work in the United States: Have Women’s Roles Changed for the Better?
卒業論文
指導教員
題 目
『ラスト・フレンズ』『空-ラスト・フレンズ、その後』からみるセクシャリティをこえた家族のかたち
松井 佳子
家族におけるケアする/される相互関係の一考察 ~泉流星『僕の妻はエイリアン』、飯島夏樹『ガンに生かされて』、『Life 天
国で君に逢えたら』の分析を通して~
文学作品における児童虐待から見る、子育ての現状と問題点の考察:『ハッピーバースデー』『“It”と呼ばれた子』『Mother』の分
析を通して
家族におけるジェンダーの非対称性 ~性別役割分業の再検討~唯川恵『ため息の時間』、江國香織『赤い長靴』、『がらくた』
の分析を通して
家族内における命の決定権問題の考察 橋口いくよ著「僕の初恋を君に捧ぐ」 ジョディ・ピコー著「私の中のあなた」 吉本昌弘
脚本「みぽりんのえくぼ」を通して
家族における異性愛、血縁関係に潜む問題点の探究~文学作品:『重力ピエロ』『きらきらひかる』その他:の分析を通して~
家族間コミュニケーションの問題点と価値の考察 角田光代「空中庭園」瀬尾まいこ「幸福な食卓」の分析を通して
吉田 光宏
BRAVO.A
奥島 美夏
吉村 稔子
皆川 厚一
植田 かおり
武田 明典
土田 宏成
菊地 達也
マイケル・カニンガムの作品の親にみる「らしさ」の考察
男役のジェンダー: 宝塚の文化人類学
ギャルの「化粧文化」の脱構築
20代女性にとっての化粧品の広告コピーの文化分析
ヴィジュアル系音楽に見る日本のジェンダーアイデンティティ
二十代日本人女性の結婚と自立をめぐる意識
フットボール ~隆盛と情熱~EL FÚTBOL COMO AZAR Y LA PACIÓN
フランスにおける移民労働者問題と個人主義 -労働運動を中心に-
移民国家カナダ -多文化主義の遺産
広域観光の可能性 千葉県香取市佐原の事例を中心に
聖地システィーナ礼拝堂を飾る 彫刻家ミケランジェロの傑作《アダムの創造》
歌川広重と風景画
バリ島伝統舞踊ガムランとベトナムの伝統音楽の竹楽器の比較
過去を中心とした時間論について
スピノザの神への愛について
腐女子の自己アイデンティティをめぐる心理分析
乗車場面における迷惑行為について
青少年の自殺~防ぐことのできる社会問題~
高度経済成長に伴う公害の被害者と現状 -四日市を事例に-
オウム真理教と終末論 -起こるものから、起こすものへ-
現代における霊性主義的スーフィズム
現代日本における葬儀の問題点と仏教の可能性
スペイン人にとってのイスラム・スペイン
マスメディアと宗教 ~メディアの発展が宗教にもたらした影響~
日英における葬儀の比較
現代ベトナムの結婚・民俗信仰 -2010年の調査による新傾向-
20世紀のKing of Pop マイケル・ジャクソンからみるアメリカにおける人種差別について
アメリカの化粧品広告における女性の「美」の移り変わり -第二次世界大戦から現在まで-
ファッション業界における「美」の基準 -人種からの考察-
アフリカ系アメリカ人におけるダンスの意味 -奴隷制時代と現代黒人ゲットーの比較考察-
黒﨑 真
山下 一夫
アメリカのタバコ業界がつぶれない理由
アメリカにおける妊娠中絶の問題
アメリカ合衆国における貧困の現状と対策
日本のセクシュアル・マイノリティと社会的課題
「恐怖」と「武力信仰」の国アメリカ -なぜアメリカは銃を持つのか-
共働き夫婦におけるジェンダーフリーとは
ピューリタン共同社会における虐待容認の可能性について
現代アメリカ社会における構造的人種差別-監獄システムから見えてくる格差-
台湾原住民における日本統治時代の教育
アパレル産業の中国における展開
中国における衛生施設の歴史と変遷
中国における「けいおん!」の受容と影響
中華圏におけるインターネット文化
中国人が家電を日本に買いに来る理由
中国語における漢字の起源と成立
卒業論文
指導教員
花澤 聖子
題 目
日中間における知的財産権侵害に対する実情と対策
現代中国における男女出生性比不均衡の現状と解決策
現代中国の都市における義務教育の現状と問題点
中国の模倣品に対する日本企業の対策
現代中国人女性の結婚事情
中国人の面子-中国人留学生のアンケートより-
中国映画における日本人像の変遷
中国の交通マナーと交通事情
日系社会及び日本文化の変遷 ~ブラジル、ピラール・ド・スール市における日系社会の歴史と現状~
奥田 若菜
日本に暮らす日系ブラジル人が抱える文化の壁
在日ブラジル人と地域共生
在日ブラジル人とエスニック・ビジネス
日本人女性の理想の美
アジアにおける人間の安全保障とミャンマー(ビルマ)の民主化 -国際社会と日本外交の課題-
阪田 恭代
なぜイギリスはEUに対して懐疑的なのか -メディアが生み出すユーロ神話とユーロスケプティシズム
グローバル・ガバナンスとサミット体制の変容 -日本外交はリーダーシップを発揮できるのか
高杉 忠明
「人間の安全保障」と国際教育開発援助―日本のルワンダにおける教育支援
日本におけるアメリカナイゼーション
豊かな国アメリカ合衆国 -豊かさとは何か-
日本の中のアメリカ~外来文化の受け入れ方と日本の特質~
ドミニカ移民はなぜ移民しなければならなかったのか
フィリピン女性による日本での人身売買の拡大はなぜ止まらないのか ~日本の不十分な法律と改善すべき点~
矢頭 典枝
日本の若者は、世界でグローバル競争に打ち勝てるのか
アメリカとイランの関係 ~対立と今後の展望~
オーストラリア英語の特色 ~過去と現在~
カナダの継承語教育 -移民の子供たちの母語維持への模索
保護者の視点から見たカナダのイマージョン教育
日本が抱える言語問題と現代人名漢字の実情
バイリンガル都市モントリオールの言語事情
ケベック州のアングロフォン~仏語憲章制定による彼らの葛藤と変容~
カナダの治安の実情 -銃と麻薬を中心としたアメリカ社会との比較研究-
メキシコ・マキラドーラと日系企業、その現状と未来
FTAAに見る米国とラテンアメリカ諸国の未来
在米不法労働者問題にみる歴史と人権
ルーラ政権にみるブラジルの展望
メキシコにおける初等教育普及までの過程について
マヤ文明の都市構成と建築に関する考察 -パレンケ遺跡、ウシュマル遺跡、チチェン・イツアー遺跡-
設楽 知靖
永井 浩
岩井 美佐紀
福田 守利
中南米諸国における煙草の歴史と文化
スペイン人征服者とメキシコ古代文明の崩壊
メキシコにおける自動車産業~自動車貿易のプロセスと外資系企業の発展~
ウルグアイの教育と労働市場
エル・システマ~ベネズエラ・音楽教育体制の歴史と成果~
メキシコ食文化の変遷と伝承
中南米における一次産品について
日本の「新卒一括採用」の現状と問題点
多国籍企業と途上国との雇用問題
東アジア共同体の可能性と日本の歴史問題 -戦後ドイツのヨーロッパ復帰との対比-
水資源をめぐる攻防-多国籍企業の商品か人間の権利か-
多文化共生を目指す日本の言語政策の現状と課題-ドイツ・オーストラリアとの比較-
日本におけるベトナム人コミュニティ
日本におけるインドネシア人技能実習生について
ヴェトナム女性の家族意識と個の意識-現代女性詩人スアン・クインの場合-
ベトナム社会における女性の役割-主婦からひも解く都市で生きる女性たちの現状-
銃に託したアメリカの自由
独占禁止法・域外適用における日米比較
捕鯨大国日本と反捕鯨の批判
卒業論文
指導教員
小菅 伸彦
仲野 昭
題 目
ワーキングプア ~他人事ではないきわめて身近な問題を考える~
アパレル業界のマーケティング戦略
国際会計基準(IFRS)
行動経済学-代表的な理論とマーケティングでの活用例-
海外企業の日本進出の課題と展望
リスク・マネジメント
アフリカのAIDS問題とその解決策~過去の対策を例に見た現状と課題~
外交手段としてのODA
安全保障概念の変化と日本の安全保障 ~PKOの有用性と課題を探る~
多文化・多民族社会を前にした日本で ~言語・教育・労働において考えられる問題とその解決策を探る~
高木 耕
自殺と向き合う~日本における「自殺対策」と「うつ病」対策の課題の考察~
過去の克服-ドイツの戦後補償に見る日本の戦後補償への-考察-
大企業の世界進出による途上国への負の影響~格差と貧困の原因を探る~
日本のHIV/エイズの現状~国民の予防意識低下と今後の課題~
日本の食料自給率と農業の現状
アメリカ合衆国における市民宗教~大統領に見る変容~
日本における生活保護制度 ワーキングプア支援の可能性を探る
在日日系ブラジル人児童・生徒の教育における実態-日本語指導と不就学から見る政府のあり方-
飯島 明子
バイオエタノール燃料の普及をめぐる問題
外来生物問題について
絶滅危惧種とその保全策 ~種の保存と共生を目指して~
蜂群崩壊症候群(CCD)の発生による影響とこれからの日本の対策
卒
氏
名:星
業
論
文
要
約
有希
論文題目:『アジアにおける人間の安全保障とミャンマー(ビルマ)の民主化
―国際社会と日本外交の課題―』
要
約:
「人間の安全保障」とは、国家、国際社会、そして人間自身がともに行動し、人間一人
ひとりが自らの意思に基づいて行動して自らの能力を開花するという自由を、恐怖や欠乏
によって脅かされることのないよう守る、ということである。日本は、「東アジアにおける
人間の安全保障の最高峰」といわれ、東アジアにおいてもっとも人間の安全保障が確立さ
れた国であると評されている。しかし、周辺のアジア諸国の中には、人間の安全保障が確
立されているとは言いがたい状況にある国々がある。その中でもミャンマー(ビルマ)は、
アジアの中で最も人間の安全保障が危機にさらされている国の一つである。本論文では、
アジアにおける人間の安全保障の現状と課題を明らかにし、その中でも特に危機的な状況
にあるミャンマーに対して、国際社会や日本がどのようにアプローチしてきたのかを検討
し、今後の課題と展望を考察した。その結果は次のとおりである。
第一に、人間の安全保障は識字や衣食住環境といった基本的な人間の要求(basic human
needs)の向上を意味する「人間開発」と、政治的な自由と民主主義の確立などの基本的人
権(basic human rights)などを意味する「人権」という二つの要素によって構成されてい
る。その二つの視点からアジアの現状を分析すると、人間開発は進展しているが、人権と
民主主義の状況はほとんど改善が見られず、評価の低い国が多い。その原因は、アジア諸
国が人権よりも国家の発展を優先して経済発展を進めてきた「開発独裁」という歴史的経
緯であるが、人間の安全保障を実現するためには、人々が自らの生きる国の在り方を決め
る民主主義の実践が不可欠である。
第二に、ミャンマー(ビルマ)は軍政下で人々の人権が抑圧されており、かつ開発独裁
の下、経済開発の実現に失敗し、人権と人間開発という二つの視点から「人間の安全保障」
が危機にさらされている国である。そのようなミャンマー(ビルマ)に対する諸外国のア
プローチは、人権と民主化を重視して制裁を課してきたアメリカやイギリス、内政不干渉
を唱えて経済協力・安全保障協力を強める中国、その双方の間で揺れる対話重視の ASEAN
や日本、という三者に分けられる。2010 年 11 月に行われた軍政主導の総選挙に対する各
国の反応は、このような国際社会の足並みの乱れを露呈する結果となった。
最後に、国際社会や日本外交の課題と今後の展望であるが、近年アメリカが制裁から対
話重視へとミャンマー(ビルマ)政策を転換したことで、各国の足並みが民主化を重視し、
かつ軍政と対話を行っていくという方向で少しずつ足並みを揃えつつある。そこで日本は、
欧米諸国とアジア諸国をつなぐ架け橋としての役割を担うよう一層努め、難民支援や開発
援助などを通じて、ミャンマー(ビルマ)の人々の能力を強化し、民主化を下から支える
ための支援をより活発に行うべきである。
卒
氏
名:
飯田
業
論
文
要
約
直樹
論文題目: 『なぜイギリスは EU に対して懐疑的なのか —メディアが生み出すユーロ神話
とユーロスケプティシズム−』
要
約:
欧州連合(EU)加盟国の中でもイギリスの EU に対する懐疑的な態度は突出している。
その結果、イギリスと EU の関係は共存というよりも争いの構図で描かれてしまっている。
イギリスの EU に対する懐疑的な態度はどこから来るものなのか。本論文では、イギリス
に蔓延する「ユーロスケプティシズム(Euroscepticism)」(EU 懐疑主義)の要因のひとつ
にはメディアの影響があるとして、メディアが生み出す「ユーロ神話(Euromyths)」と「ユ
ーロスケプティシズム」の関連性を検証した。その結果は次の通りである。
第一に、ユーロスケプティシズムとは「欧州連合の政策に対し反対姿勢を示す、あるい
は疑念を抱く考え」である。イギリスでは、世論調査の結果、政党の分析、メディアの報
道からユーロスケプティシズムの存在が確認できた。
第二に、イギリスのユーロスケプティシズムの要因は大陸ヨーロッパとの文化、歴史、
経済の違いにあると議論されてきた。それに加え、先行研究によれば、イギリス・メディ
アが生む「メディアを介して伝えられる欧州連合に関する虚偽情報」である「ユーロ神話」
も誤った EU の意識形成の要因になり得る。
第三に、ユーロ神話がユーロスケプティシズムを生む可能性を検証するために、有力紙
デイリー・メールとデイリー・テレグラフのオンライン版記事を 2010 年4月1日から9月
30 日にかけて分析し、ユーロ神話の有無を調査した。その結果、多数のユーロ神話が確認
され、その特徴として欧州連合を敵視するストーリーライン、継続的な出現、ユーロ神話
を誤報と認めない新聞社の対応が見られた。また、EU もユーロ神話への訂正文を掲示し、
対応を行っていることから、ユーロ神話にはユーロスケプティシズムを生み出す影響力が
あると考察した。
以上の通り、イギリスのユーロスケプティシズムを生み出す 1 つの重要な要因として、
イギリス・メディアの「ユーロ神話」は一定の影響があると言える。しかし、具体的にど
の程度、メディアに影響力があるのか、それを計っていくことは今後の課題となる。
現在は EU がユーロ神話を作成した編集者へ抗議し、ユーロ神話の訂正文を掲示すると
いう対応策を講じているが、それはメディア対策であり、世論対策としては有効とは言え
ない。よって、EU に関する虚偽の情報を払拭するためには、イギリス政府もユーロ神話抑
制に向けた対策を講じるべきである。
また、イギリスのユーロスケプティシズムの分析は、日本の「アジアスケプティシズム」
へも示唆を与える。日本政府は、これから緊密になっていくアジア諸国との連携を強める
ために、国民に誤った対外意識を生み出さないようにメディアにも注意を払うべきである。
卒
氏
名:
伊藤
業
論
文
要
約
恵
論文題目: 『日本におけるアメリカナイゼーション』
要
約:
要約本文はここから今日のアメリカナイゼーションによって私たちの生活は便利になった
が、なぜ日本人は何の抵抗もなしにアメリカ文化を受け入れ、一種の憧憬ともとれる感情
を抱いているのか。そして、このまま日本はアメリカ文化を受け入れ、アメリカ化されて
いくのか。
ここでは、アメリカナイゼーションとグローバリゼーションを同一とみなす。アメリカナ
イゼーションはわたしたちに新しい概念や文化をもたらした。アメリカナイゼーションに
よってもたらされた恩恵としては、マクドナルドに代表されるファストフードという新し
い食文化や、ディズニーランドやハリウッドに代表される娯楽文化である。ファストフー
ドは忙しい現代人の食文化の需要に適合し、ハリウッドは映画界へ貢献、また、再度邦画
が注目されるきっかけも作り出した。しかし、アメリカナイゼーションは恩恵だけをもた
らしているのではない。アメリカナイゼーションよって失いつつあるモノや変わりつつあ
るモノを問題視していかなければならない。政府は英語教育の推進ばかりが進む教育改革
が、日本語や日本文化への脅威になっていることを問題視していない。また、戦後教育で
使われた教科書や、娯楽として持ち込まれたハリウッド映画によって日本人のアメリカへ
の憧憬は高まり、アメリカを理想郷と捉える考えが日本人の心に根付いた。日本では、戦
後教育によってアメリカへの印象が決まり、アメリカを真似れば豊かな生活が暮らせると
いう考えの下、親米化していったが、世界の国々はこの止まることのないアメリカナイゼ
ーションにどう対抗しているのだろうか。反米の名高いフランスを取り上げると、アメリ
カナイゼーションに対して警戒していることが伺える。自国の文化を大切にするこの国で
は、「文化例外」という、映画や音響作品は芸術と捉えられるので自由貿易の対象にはなら
ない、といったアメリカの推し進める自由貿易に対立する主張をしている。同じ先進国で
ありながら、アメリカとの関係に配慮しつつこのように、守るべき文化をしっかりと主張
する姿は、日本も見習うべきであろう。そして、日本がアメリカ化されないためには、ア
メリカ文化に対する憧憬を捨て、押し寄せているアメリカナイゼーションに気づき、その
正負をしっかり見極めることが大切になってくるのではないか。アメリカナイゼーション
を見極めつつ文化や伝統の拠り所であるローカルに合うように受け入れるために、国のア
イデンティティや文化をよく理解することもが様々なモノが行き交う時代だからこそ必要
になってきている。
卒
氏
名:
菊池
業
論
文
要
約
希美
論文題目: 『20 世紀の King of Pop マイケル・ジャクソンからみるアメリカにおける人
種問題について』
要
約:
2009 年 6 月 25 日に 20 世紀のキング・オブ・ポップと呼ばれた一人のアーティストがこ
の世を去った。彼の名前は、マイケル・ジャクソンである。彼の作品は世界中の人々を魅
了し、亡くなった今でもたくさんの人々を刺激している。彼は、黒人として生まれるが、
自分の顔や肌の色にコンプレックスを抱き、何度も整形手術を繰り返したとも言われてい
る。いつしか彼は全くの別人のような姿に変わっていった。また、彼の楽曲作品は様々な
賞を取り、また売上枚数ではギネスに認定され、未だに抜かれることなく首位を飾ってい
る。
マイケル・ジャクソンの作品のテーマの多くは「人種差別」についてである。「人種差別」
への苛立であったり、白人になりたいというようなメッセージであったり、一方では、黒
人であることへの誇であったりと、非常に聞いていておもしろい作品ばかりである。また
作品以外にも、彼のライフスタイルから様々なメッセージを感じることができる。幼児虐
待や、児童に対する性的虐待で刑事裁判にかけられたときも、自ら受けた人種差別を逆に
訴えるなど、スーパースターならではの普通ではないライフスタイルも非常に興味深いも
のばかりで、またメディアの卑劣さも浮き彫りとなっている。
ゼミで、以前から興味のあった人種問題について学び、アメリカ映画を通して、今まで
は何とも思っていなかったシーンや人間関係にも、人種問題が大きく関わっていることを
知った。また、マイケル・ジャクソンについて調べているうちに、メディアは多くの人々
に対して非常に大きな影響を与えてしまうという事実にも気がついた。そのような、メデ
ィアが映したマイケル・ジャクソンとはどのような人物だったのであろう。それを見た
人々に与えた影響はどのようなものだったのか。
第一章では、マイケル・ジャクソンの生い立ち、歴史を振り返る。第二章では、1980 年
から 1990 年初期におけるアメリカの社会情勢、歴史について論じる。第三章では、前章で
論じたことを基にして、1980 年代に発表された楽曲を分析し、彼の発するメッセージを分
析する。マイケル・ジャクソンは、自分自身を黒人でもなければ白人でもない、中立な立
場に身をおくことにより、人種問題に関する楽曲や映画を作り、発表することができたの
だということを論じていく。
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
茂木 美那
論文題目: 『PIXAR 映画にみる他者との関わり
—「レミーのおいしいレストラン」と「モンス
ターズ・インク」の分析を通して—』
要
約:
筆者は、幼少期から習慣となっていたディズニー映画の鑑賞を通して、アニメーション
映画にとても関心を持っていた。その後、3D アニメーションの普及によって、現在では様々
な映画が公開されたが、中でも Pixar Animation Studios(以下 PIXAR)の映画に関心が強い。
本稿は、PIXAR 映画がなぜ世界的にも高い評価を受けているのかという筆者の疑問を柱に、
その要素の仮説を立てて実際に分析し、考察に結んでいる。
PIXAR は CM 制作からその名を広めていったのだが、ディズニーとの契約を機に本格的な
映画業界進出を成した。その後は、世界でもトップの 3D アニメーション制作会社として確
立し、現在も老若男女問わず沢山の人々に受け入れられている。本稿では、そんな彼らの
作品の中でも、比較的他者との関わりを分析しやすいと推測した「レミーのおいしいレス
トラン」と「モンスターズ・インク」の 2 作品を取り上げた。
本稿では、まず PIXAR がここまでの功績を残した 1 つの要因として「PIXAR 映画はどの
作品においても、ある物語構成を適用させているのではないか。」という仮説を立てた。そ
の構成とは「偏見・出会い・葛藤・歩み寄り・障害・和解」の 6 つの要素で成り立ってい
るものであり、これが現在の PIXAR の人気を支えているではないかというものである。そ
こで、「レミーのおいしいレストラン」においては人間とねずみ、「モンスターズ・インク」
では人間とモンスターの間で相手に対して話している部分を全て書き取り、それを談話分
析することで物語の成り立ちを考察した。なお、談話分析は林宅男『談話分析のアプロー
チ~理論と実践~』
(2008 年)より抜粋した「行為束縛型、支持指導型、コンフリクト・ト
ーク、メタメッセージ、拡散、収斂、フォリナー・トーク」を元に行った。
分析においては、始めは表面上でしかなかった相手との関係は「障害」をターニングポ
イントに、それを乗り越えた辺りから両者の関係はそれまでとは大きく変化し、心の底か
ら相手を信頼している姿がみられた。そして、両作品とも上記 6 つの構成要素を含んでい
ることの他にも、人称の変化が登場人物同士の関係性を表しているということを結論付け
ることが出来た。これは相手を見下し、生き物として認識していないような呼び方から、
最後には自分と同じレベルの存在として呼ぶようになっており、明確に両者の関係性を表
していた。
これらの分析結果を得た上で、筆者は PIXAR が人気を維持出来る 1 つの要素が物語構成
であり、今後も老若男女に受け入れられる素晴らしい作品を作り続けられる制作会社の 1
つであると強調した。それを踏まえて、現在映画がサブカルチャーである日本映画がメジ
ャーになる為の 1 つのヒントを示していることを結論付けた。
卒
氏
名:
坂下
業
論
文
要
約
裕基
論文題目: 日本の「新卒一括採用」の現状と問題点
要
約:
リーマンショック以降回復傾向にあった雇用状況が変わり、またも就職氷河期が到来し
た。また、グローバリゼーションの更なる広がりによって、日本の現行の雇用システムや
採用システムでは以前にも増して様々な弊害が起こってきている。そのような状況の中で
大学生三年次から行われる新卒採用のシステムを改めるべきだという声が強くなってきた。
そこで、このシステムはどこが問題でどのような力が働いているのかを探る。
第一章においては、新卒一括採用の歴史を探っていき、日本社会とどのように関わり定
着してきたのかを論ずる。明治期から始まったと言われるシステムだが、そこには日本人
の異端排除の特性を見る事が出来る。第二章においては、グローバリゼーション経済のな
かで悪戦苦闘する企業との新卒一括採用の関わり、そしてその利益と不利益を検証してい
く。第三章においては学生の視点に立ち、内定を得るためのプロセスを見る。なぜ多くの
学生はこのシステムに疑問を感じながらも抜け出す事が出来ないのか。それは新卒という
肩書が日本の採用システム上で非常に有利に働くからである。このような状況にある学生
のジレンマを探る。第四章においては、就職情報会社という存在を検証していく。就職情
報会社は、裏で採用システムを操っているとも言われる。就職ナビサイトや合同企業説明
会においての就職情報会社のビジネスの利益構造に着目し、彼らの作る流れを見ていく。
新卒一括採用によって引き起こされる様々な弊害は多くの人達を苦しめている。しかし、
それらのような問題は、氷山の一角にすぎず、根底にあるのは日本社会に流れている排他
性や閉塞感である。私たちは、更なるグローバル化に突入していく新しい社会の一員とし
て、社会の変革に迫られている。そのような問題がわかりやすく表出したものが新卒一括
採用であり、私たちはこのような問題を早急に解決していかなければならないのである。
企業も学生も自分たちの保身を優先し、他を非難し自己責任を逃れているようでは、日本
社会に明るい未来は開けない。
卒
氏
名:
清水
業
論
文
要
約
篤朗
論文題目: 『現代日本語の会話における「なんか」の意味・役割
~発話内容に対する話し手の意識を基本に据えて~』
要
約:
本稿で筆者が解明したいことは、日本語の会話において頻出する「なんか」という語が、
どのような意味、役割を持っているかということである。というのも、多くの話者が「な
んか」を多用するにも拘わらず、この言葉が実際どういった意味で用いられているかは、
未だにはっきりとしないからである。実際に筆者も口癖として「なんか」を使用すると指
摘された経験があり、このことが今回本稿を執筆するきっかけとなった。
「なんか」という語を分析するにあたってまず行わなければならないのが、「なんか」の
分類である。一口に「なんか」といってもその用法、意味、役割、機能は多岐にわたる。
そこで本稿でも研究対象とする「なんか」と研究対象から除外する「なんか」を区別し、
フィラーまたはディスコースマーカーと呼ばれる実質的意味を持たない「なんか」を研究
対象とした。
「なんか」の分析にあたって本稿では、『話し手の発話内容に対する意識が、「なんか」
の生起にどのように関わっているか』という点を重視する立場をとっている。これに対し
て、先行研究では主に話し手と聞き手の関係における「なんか」の意味、役割に焦点を当
てている。このように、本稿の立場は先行研究の立場とは異なるものである。そして、こ
のように話し手の意識という視点から「なんか」の用法について 2 つの仮説を提示してい
る。1 つ目は『発話内容で表される当該行為、状況への話し手の意志の関与が「なんか」の
生起を左右する』という発話内容の意味的条件を論じる仮説A。もう 1 つは、仮説Aの論
理からさらに考察を進め、「話し手の面子保持」という「なんか」の変則的な対外的意味の
可能性を論じた仮説Bである。そして仮説A、Bともに筆者の収集した会話データを当て
はめ、その妥当性を検証している。
しかし仮説A、Bだけでは、「なんか」が多用される理由の解明には繋がらない。この謎
を解明するには、筆者が「なんか」の本質的側面だと考える仮説Aの条件から生起したデ
ィスコースマーカーの「なんか」が、対外的にどのような聞き手志向の意味を持っている
のかということに言及しなければならない。つまり、「なんか」が多くの話者に多用される
ということは、「なんか」を用いることには何かしらの利点があるべきであり、その利点は
何かと考えたわけである。そこで、仮説Aの検証結果から考察を進め、「発話内容に対する
話し手の意志の有無」という仮説Aの条件から、ディスコースマーカーの「なんか」には、
聞き手に会話を共有しているように感じさせ、会話に参加させやすくする「話題の共有」
機能があるのではないかという結論に至った。
卒
氏
名:
多田
業
論
文
要
約
早織
論文題目: 『オーストラリア英語の特色~過去と現在~』
要
約:
今日世界中で英語が話されているが、英語と一言で言っても国によってさまざまな地域
英語が存在する。地域英語としてすぐに頭に浮かぶのはアメリカ英語やイギリス英語かも
しれないが、本稿ではオーストラリア英語に着目する。オーストラリアは観光地として有
名ではあるが、未だにその独特で魅力的な英語がどのようなものかはあまり知られてはい
ない。およそ 200 年という短い歴史の中でも、オーストラリア英語は変化を遂げていて、
現在若者が話す英語も変わりつつあるという。
本稿では、オーストラリア英語の実態と現在に至るまでの経緯を解明し、さらに現在見
られる変化からオーストラリア英語を展望する。1 章では、オーストラリア英語の成り立ち
を理解する上で重要な歴史を上げ、その後に独自の発音・語彙・文法から特徴を理解する。
2 章では、イギリスから持ち込まれた英語が初期のオーストラリア英語へ発展した経緯を解
明し、その後どのように現在に至るまで変化を遂げてきたのかをイギリスとの社会的関
係・オーストラリア英語に対する評価と意識・オーストラリア人の帰属意識から明らかに
する。3 章では、今日見られる変化を地域差とアメリカ英語の影響から検討する。発音の均
質性が最大の特徴とされているオーストラリア英語だが、文法・発音・語彙に焦点を当て
て地域差がどのくらい存在しているのかを明らかにする。その後に、AusE へのアメリカ英
語の影響を論じるにあたり、ポップカルチャー(音楽・映画・テレビ)の制作国の比率を
調査し、オーストラリア人がどれだけアメリカ英語を耳にしているかを証明する。最後に、
以上のことからオーストラリア英語を展望し、オーストラリア英語は存続可能か論じる。
卒
氏
名:
稲毛
業
論
文
要
約
佑亮
論文題目: 『メキシコ・マキラドーラと日系企業、その現状と未来』
要
約:
私が大学生活で熱中したことの一つにバックパッカーとして海外旅行することが挙げら
れる。最終的に16カ国、先進国だけでなく中進国や後進国も旅した中で強く感じたのは
「いかに日本のインフラは整備されているのか」、しいてはそれらインフラを支える「日本
のものづくりの技術力の高さ」であった。
私が「メキシコ・マキラドーラと日系企業」というテーマを選んだ理由は、自分が強く
興味を持つ日本のものづくりと、自分が大学で学んできたスペイン語を結び付けることが
できると考えたからである。
現在、メキシコは日本と経済的に密接な関係にある。日本はメキシコの輸入総額におい
て米国・中国に次ぐ第3位国であり、日系企業の現地法人数は 234 社に及ぶ。マキラドー
ラとは近年のメキシコ経済成長を支えた制度であり、その存在はメキシコ経済を語る上で
忘れることの出来ないものだ。
マキラドーラとは、一般的にメキシコの米墨国境沿いに広がるものづくりの工場群を指
す。その工場群は輸入原材料・設備を利用し、これに付加価値を発生させて輸出するとい
うビジネスモデルで成長してきた。そして、このビジネスを支えていたのは強い価格競争
力である。しかし、現在マキラドーラはグローバル化の波の中で、自由貿易協定締結に伴
う従来の関税優遇制度の廃止や産業空洞化といった様々な危機に直面している。
本論文はマキラドーラ企業が現在、グローバル化の中で具体的にどのような危機に直面
しているかを分析し、それらをどのように乗り切るべきかを考察することを目的とする。
第1章ではグローバル化の波がマキラドーラに対して具体的にどのような影響を与えて
いるかを分析することを念頭に、マキラドーラの形成や変遷・米国との関係性やその現状
などを考察する。
第2章では日本企業のものづくりとマキラドーラの関係性について、そのつながりが深
いテレビ産業を取り上げ分析、考察する。
第3章では、次世代成長産業として注目されている航空機産業を取り上げる。近年、ボ
ンバルディアをはじめカナダ系、米国系、欧州系など多国籍企業のメキシコへの生産移転
が進んでおり、メキシコ経済省によると、2008 年末時点で 194 社ある航空機関連企業数は、
2006 年の約 100 社から 2 年間で約 2 倍も伸びている。現在、半世紀ぶりに開発が進む日本
の国産航空機部品の製造拠点として、メキシコが有力候補になる可能性は十分あり、未来
の日系企業のマキラドーラの形の1つとして分析、考察する。
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
鬼塚崇弘
論文題目: 『FTAA に見る米国とラテンアメリカ諸国の未来』
要約:
わたしが FTAA(Free Trade Area of Americas)をテーマとして取り上げた理由に、今後の
米国とラテンアメリカ諸国の進展を考える上で、自由貿易協定が大きな可能性を秘めてい
ると考えたからである。
どのような可能性かというと、自由貿易協定、即ち FTA の締結によって考えられるメリッ
トとして、関税障壁の撤廃による貿易の増進、外国からの直接投資の誘致、国内経済構造
の改革促進(国際競争協力の強化に繋がる)、地域協調体制の推進、多角的通商交渉での
立場の強化、制度の拡大やハーモニゼーション党の利点が考えられる¹。そういった多くの
利点が経済成長を促すであろうと推測した。
ここで FTAA について説明すると、FTAA とはブッシュ大統領(父)が打ち出した構想であ
り、クリントン政権下で本格的に動き出した。しかし、ブッシュ(子)政権下での、第4
回米州サミットで MERCOSUR とベネズエラから「反市場原理主義」が強く打ち出され、
事実上その構想は消えてしまった。
しかし、中国を始めとするかつての途上国が飛躍的な経済成長を見せている現在において、
今一度この FTAA 構想、またはこの構想に代わる新しい思想がアメリカ大陸を活性化する
為の起爆剤となるとわたしは考えている。
そこで、FTAA の歴史を振り返りながら、自由貿易協定を通して見る米国とラテンアメリカ
諸国の未来に関する考察が本論文の最大の焦点である。
また自由貿易圏の拡大に伴う我が国と米国またはラテンアメリカ諸国の関係についての今
後についても言及したいと思う。
卒
氏
名:
正田
業
論
文
要
約
健太朗
論文題目: 『在米不法労働者問題にみる歴史と人権』
要
約:
本卒業論文では、メキシコ人在米不法労働者について考察していきたいと思う。メキシ
コ史のなかの 20 世紀最大のテーマは、移民であると言われている。メキシコ人はドイツ人
やイタリア人を含め、アメリカ合衆国に移住してきた民族集団のなかで最大の集団である。
最初の大きな移民の合衆国への流入は、20 世紀初めの 30 年間に起こったものである。確か
な数字は統計として出ていないが、この期間に 100 万人以上のメキシコ人が入国して、す
でに住み着いていた約 50 万人のメキシコ人に加わったとされている。チカーノ史家たちは、
この国境を超える人の流れをその規模と影響力のため「大移住」と呼んでいる。またこの
北へのメキシコ人の流れは「人類史上最大の移民規模」だとも言われている。また、今日
も米国への不法労働者の絶え間ない流入は続き、メキシコ人を中心とする 1100 万人以上と
いわれる不法移民の存在は米国の大きな社会問題になっている。
1900~1930 年のメキシコからの移民を考察するにはプッシュ要因・プル要因の過程を通し
て起こった流れとして捉えることができる。つまり、メキシコ人が母国を捨てるのを余儀
なくさせた要因がメキシコ側にいくつかあり、同時にメキシコ人を引き寄せる他の諸要素
が米国側、特に南西部にあったということである。これについては第1章で論述する。ま
た、不法移民に対する差別はアメリカ人の白人や黒人によるものだけではなく、すでに米
国に長く住みついている同じメキシコ、またはラテンアメリカをルーツにする人々からの
ものも存在する。米国における移民問題は人種間の摩擦、雇用問題、治安悪化など様々な
要素が絡み合い、選挙戦時に党が掲げる移民政策には大きな関心が集まる。米国史上初の
黒人大統領となったオバマ大統領は米国とメキシコの国境警備を強化する一方で、米国内
の不法移民へは合法労働者としての道を開く包括的な移民制度改革を主張してきた。しか
し、先の中間選挙による民主党の大敗により、この政策を遂行していくことが大変困難に
なっていくことが予想される。またアリゾナ州で今年可決された新移民法によって、米国
民のオバマ政権による移民政策に対しての失望感が表わされることになった。これについ
ては第3章で詳しく記述する。
私がこのテーマに興味を持ったのは、高校在学中に米国のカリフォルニアに旅行で訪れた
とき、メキシコ系移民が道路の清掃など、社会の根底を支えるほとんどの低賃金労働をし
ているのを目にしたときである。そのときに、なぜ彼らがアメリカに移住してきたのか、
また、なぜそのような労働条件の悪い仕事にしか就けないのか、つまり彼らメキシコ人を
中心とする南米からの移民たちの存在は米国社会でどのように位置付けられているのか、
という疑問を抱いた。その謎を解くために、メキシコと米国の国境を命がけで超え、低賃
金の労働で米国の経済の根底を支えてきた不法労働者の問題について歴史を振り返りなが
ら考察していきたいと思う。
卒
氏
名:鈴木
論文題目: 『
要
業
論
文
要
約
源太
バイオエタノール燃料の普及をめぐる問題
』
約:
バイオエタノール燃料は、一般車など車から排出される二酸化炭素の排出量削減の為に
製造される燃料であり、近年注目を浴びている一方、森林伐採など環境問題の一因を担う
と評されている。バイオエタノール燃料について、資料による調査だけでなくガソリンス
タンドにて働く従業員たち対するインタビューなど独自の調査を行った上で論じていく。
バイオエタノール燃料を普及するには供給安定性、環境適合性、経済性の同時達成が重要
である。バイオエタノール燃料を環境に良いか悪いかだけで判断をせず、バイオエタノー
ル燃料が商品である事も意識して、将来有望な燃料となりうるか結論を出す。
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
竹田美穂
論文題目: 『豊かな国アメリカ合衆国-豊かさとは何か-』
要
約:
現代の国際社会はアメリカ合衆国が支配するといっても過言ではないだろう。その事
例として、二年の前の米投資銀行リーマン・ブラザーズ破綻から、グローバルな金融・経
済危機が広がり、各国の経済・金融に影響を及ぼしている。また、冷戦終了後、経済力と
軍事力をもちながらアメリカは唯一の超大国として一方的な行動を取ることが多くなって
いるのではないだろうか。また、新興・途上国が脚光を浴びる中で、米国は世界最大の1
0兆ドル規模の強大な消費市場を有し、世界共通語になりつつある英語を駆使するアメリ
カは今日の世界で圧倒的に有利である。筆者は、まず現代のアメリカの資本主義社会・経
済に見られる市場原理主義的な考え方について論を進めていきたいと思う。短期的で徹底
的に効率と利益を求める競争社会の中で、人々は幸せになる事ができるのであろうか。又、
世界経済、アメリカの社会に極端な競争社会がどのように影響を与えているのだろうか。
第2章では、アメリカ社会の抱える社会問題とも言える「アメリカ病」とも言えるアメ
リカ資本主義が抱える人々の闇について触れていきたい。アメリカ的資本主義の歴史背景
や、利益追求や優勝劣敗の価値観が先行する米国型資本主義が与える影響とはどのような
ものであるか調べていく。現在、オバマ大統領の政策で議論になっている医療保険問題や
健康被害、またポジティブシンキングなどといったことが社会の病気として人々を苦しめ
ている。そして、アメリカ社会における中間層の貧困問題や、貧困から生まれる子どもた
ちへの教育環境の影響について論を進めていく。著者は、この卒業論文を書くときに2本
の映画を観た。1作目は、マイケル・ムーア監督の米国の医療保険問題を題材にした
「SICKO」であり、2本目は日本で制作されたドキュメンタリー番組である。これらの教
材を参考に、アメリカの社会問題の例を取り上げていきたいと考える。
第3章では、結論としてアメリカ型の資本主義や、ここから引き起こされる問題を振り
返り、著者の考えを述べていく。
卒
氏
名:
末岡
論文題目: 『
要
業
論
文
要
約
みなほ
日本におけるベトナム人コミュニティ
』
約:
1975 年のベトナム戦争終結後の難民発生から難民問題終結と言われる現代に至るまでの
経緯と共に、彼らがどのように生きてきたかをコミュニティ、個人レベルと掘り下げて解
明していく。
まず初めに、難民とは、人種、宗教、国籍、特定の集団への帰属、政治的意見などの理
由から本国で迫害を受けている、あるいは受ける可能性がある人の事を指す。
難民が発生した原因となったと言われているのが、1954 年の南北ベトナム分裂、1975 年
代のベトナム戦争激化、サイゴン没落後の南北ベトナム統一と南ベトナムの共産化、ベト
ナム経済危機、1970 年代後半から 80 年代前半にかけての難民意識の変化、ドイモイ政策の
影響、これら六つの歴史的背景である。
難民発生当初、アメリカを筆答に欧米諸国は積極的に難民受け入れを行っていた。一方、
日本はと言うと、受け入れ人数の少なさを国際的に批判されていたが、全国に支援センタ
ーなどを設け、懸命な援助を行った。
日本が難民受け入れを開始して以来、日本で定住許可を得たベトナム人は 8086 人で、そ
の大半はボートピープルであり、下級軍人や農業民、商工業従業者である。人口動態の特
徴としては関東と関西に二極化していることがわかった。
より良い生活を求め移住を繰り返す彼らが実際に形成していたコミュニティの中でも大
阪府八尾市の「ベトナム人自治会」と神戸市長田区の「カトリック共同体」は特徴的であ
り、これらの同国人同士の行事などの参加により、一体感や自由を求めていたと言える。
1980 年の送金奨励により、ベトナムには外貨や海外製品が流出するようになり、政府や
親族から、かつての裏切り者ではなく、英雄扱いされ、経済的援助を期待されるようにな
った。祖国の期待に応え、家族との絆を繋ぎ止める為、様々な困難と苦労を乗り越えて来
た彼らが次に抱える問題は自分の子供との関係であるが、たくましく、力強く世界中にネ
ットワークを張って生き抜いているベトナム人の姿を描いた。
序章
第一章 ベトナム難民
第一節
難民の定義
第二節
歴史的背景
第三節
国際的対応
第二章 在日ベトナム難民
第一節
日本の対応と法的地位
第二節
日本国内の支援状況
第三章 日本におけるベトナム人コミュニティ
第一節
人口動態の特徴
第二節
コミュニティの形成
第四章 日本に住む越僑の家族
送金がもたらす影響
第二節
フェン一家の生活世界
終章
第一節
卒
氏
名:
業
論
要
約
雨宮淳
論文題目: 『東ティモールの言語政策
要
文
現状と展望』
約:
2002 年、東ティモールはインドネシアから独立した。複雑な歴史を反映して旧宗主国の
ポルトガル語や地元のテトゥン語、インドネシア語が共存する状態が続いている。東ティ
モールにおける言語使用は非常に複雑である。言語とは人々の意思を繋ぐ大事なツールで
ある。国家において、使用される言語に統一感がなく、コミュニケーションが円滑に取れ
ない状況は危機であるといえる。そのため、国の状況などを考えつつ、最良な言語政策を
考えることはとても有益なことといえる。実際にはどのような言語政策が望ましいのであ
ろうか。本論文では、各言語が公用化される意義を考察していく。
第1章では、まず公用語の定義をする。そして、東ティモールにおいてポルトガル語と
テトゥン語が公用語とする意義、インドネシア語を公用語とする意義とその可能性につい
て論じた。ポルトガル語は、現指導部の多くがポルトガル式の教育を受けており、ポルト
ガルが独立運動を支援してくれたため、公用語となった。テトゥン語は、国民の大半が日
常的に用いるために、公用語となった。インドネシアによる併合の歴史を否定するため、
インドネシア語は公用語とならなかったが、インドネシア語を話す国民が多いため、公用
語を求める声も上がってきている。
第2章では、Haugen の提唱する言語計画に基づいて、東ティモールの言語計画を考察し
た。言語の選択(selection)、コード化(codification)、実施(implementation)、具体化
(elaboration)に関して、どのような言語計画が望ましいのか検討し、モデルプランを提
案する。本論文の主張は、次の4点である。第1に、テトゥン語を第1公用語とし、第2
公用語としてポルトガル語とインドネシア語を選択するべきである。第2に、近年急速に
コード化が進んでいるものの、テトゥン語の更なるコード化が必要である。第3に、タン
ザニアのスワヒリ語の言語計画をモデルケースとして、教育制度を改革し、テトゥン語の
審議会を設立するべきである。第4に、言語の具体化が必要であるが、言語の選択、コー
ド化、実施がきちんと進んでいけば、テトゥン語は自然に具体化されると考える。なお、
ポルトガル語とインドネシア語は、既にコード化かつ具体化された言語であるため、改め
てコード化や具体化をする必要はない。
現在、東ティモールはポルトガル語を重視し、徹底したポルトガル語推進策を採ってい
る。しかし、実際の言語状況を考察すると、ポルトガル語、テトゥン語、インドネシア語
の全てが公用語になるべきである。中でも、テトゥン語を重視するべきである。そして、
ポルトガル語やインドネシア語は実利的であるし、両言語の話者の反発を避けるためにも、
両言語の公用語としての使用も認めるべきである。以上の事から、テトゥン語を第1公用
語とし、ポルトガル語とインドネシア語を第2公用語とするのが最も望ましいと考える。
卒
氏
名:
野中
業
論
文
要
約
真由美
論文題目:
『
日系社会及び日本文化の変遷
~ブラジル、ピラール・ド・スール市における日系社会の歴史と現状~
要
』
約:
ブラジルは労働力の為,多くの移民を受け入れてきた。1908 年に日本人移民が開始され
てからブラジルの日系人の人口は今や約 150 万人とされる。移民後多くの地域に分布され
た移民者たちは様々な地域で日系社会というコミュニティを形成した。
聖南西もとい全伯における日系社会の先駆けとなったのがコチア組合・青年会であり,
それにより,農業に重点を置いた日系社会の枠組みができた。ピラール・ド・スールは戦
後移住者が開拓した一地域である。そこには多くの日本人が集まり,日本人を中心として
社会を形成していった。移住者達は当初定住の意思がなかった為,帰国後も日本で生活出
来るように,移住地での子弟教育を大事とした。だが,
「勝ち組」
「負け組」などの抗争や,
時代の移り変わりにより次第に日本語の重要性が失われてく。一方ブラジルは経済的にも
成長し日系団体に入って日本語や文化を学ぶものが増えてきた。
聖南西地域の日本語学校で行う教育は,日本語だけでなく,文化,伝統,礼儀といった
日本らしさを,日本語教育を通して学ぶことに重点を置き,全伯的に活発な日系社会とし
て知られている。ブラジルでの日系社会の役割とは何なのか,定住後の日系社会がどう変
化しているのか。本稿では日本語が盛んなサンパウロの聖南西地域のピラール・ド・スー
ル市の日本語学校に観点を置き,日系社会を考察した。
卒
氏
名:
榊原
論文題目: 『
要
業
論
文
要
約
愛美
日本に暮らす日系ブラジル人が抱える文化の壁
』
約:
現在、日本には約 26 万7千人(2009 年末)のブラジル人が暮らしている。その多くが
「出稼ぎ労働者」と呼ばれる日系ブラジル人たちである。筆者は今年度から、愛好会の課
外活動の一環で日系ブラジル人に日本語を教えている。彼らには、日本人として生まれた
筆者には経験したことのないような困難や差別の経験がある。そして、コミュニケーショ
ンや差別など、大きな「文化の壁」を抱えている。
時代や地域が変わっても「文化の壁」は存在するのか、また変化はあるのか。本論では
日系ブラジル人の現状を明らかにするために、17 年前に日系ブラジル人労働者とその家族
を対象に行われた調査をもとに、筆者が日本語を教えている A 市さくら団地で検証を行う。
卒
氏
名:
吉田
業
論
文
要
約
渉太
論文題目: 『ルーラ政権に見るブラジルの展望』
要
約:
2010 年 10 月 31 日、ブラジルで初の女性大統領、労働者党(PT)のジルマ・ルセフ氏が次
期大統領に選ばれたことは記憶に新しい。ブラジル国民は八年間続いたルーラ政権の政策
の継承を望んだ。ジルマ・ルセフ氏の当選の背景には、ルーラ大統領の全面的な後押しが
あった。2008 年に起きたリーマンショックの世界的な金融危機の影響も最小限に食い止め、
2010 年の経済成長率も 7%と予想され安定した経済運営、貧困層への手当ての政策の継承
を国民が求めたのだ。
今は BRICs の一角として、今後の経済発展に注目が集まるブラジルだが、1985 年に軍
事政権から、民政移管が行われたころ、政治家達は収入の裏付けのない予算支出を増やし、
瞬く間にハイパーインフレとなり、ブラジル経済は当時混乱状態にあった。1994 年に当時
の蔵相であるカルドーゾによって導入されたインフレ抑止策「レアル・プラン」によって、
およそ 30 年以上続いたこの慢性的なブラジルのインフレ、そしてハイパーインフレは収束
を収め、ブラジル経済はこのころから大きく変わり始めた。そして、2003 年に左派である
ルーラ大統領は誕生したのである。就任前は、左派政権のためにアメリカの証券会社など
が投資の買い控えや中長期外貨資金調達の乗り換え、書き換えができなくなり、1 ドル 4 レ
アルに達するほどのブラジル通貨危機を引き起こしたが、実際に政権がスタートすると、
中道化路線をとり、前カルドーゾ政権のインフレ抑止策と経済安定化政策をそのまま踏襲
している。そして、ルーラ政権が前カルドーゾ政権と異なる点の一つは、外交政策にあり、
ルーラ政権は外交の基本方針を発展途上国との関係重視に転換をした。そして、国際社会
の中で途上国の発言力が強まったことにより、先進七カ国 G7の会議にも、いまやオブザ
ーバーとして中国、ロシアに次いでインドとともにオブザーバーとして招かれるようにな
った。二つ目に、ルーラ政権の第一目標として「飢えと飢餓」の解消に全力で取り組むこ
とを公約した点である。ルーラ政権は発足とともに、「飢餓ゼロ計画」をスタートさせ、貧
困層に対する救援策として、月間 120 レアル以下の月収の家庭に月 30 から 90 レアルの生
活補助を実施した。前カルドーゾ政権から貧困層への補助政策はあったが、ルーラ政権は
より本格的にこの問題に取り組んだのである。この政策がルーラ政権の巨大な支持基盤を
作り上げたと言っても過言ではない。本卒業論文は、2003 年から大統領に就任し、八年間
ブラジルの政権を握ったルーラ大統領に焦点をあて、前カルドーゾ政権の政策の踏襲や底
辺の支援政策、そして外交の舞台における国際バランス感覚などを中心に論考し、2014 年
にワールドカップ、2016 年にはオリンピックと勢いにのるブラジルが今後どのような発展
をしていくのか、また、今後懸念される問題点を考察するものである。
卒
氏
名:
阿部
業
論
文
要
約
舞愛
論文題目:『男役のジェンダー:宝塚の文化人類学』
要
約:
宝塚歌劇、これは日本では有名な女性だけの歌劇団である。ここでは日々、女性たちが
男を演じていて、舞台後の私生活でも男性らしい振る舞いなどをしている。舞台上だけで
なく、私生活でもそれをする意味とは。そしてそれに魅了されているファンたちもまた女
性である。女性が女性に魅了されるわけとは。をアンケート・文献により分析していく。
まず第一章では宝塚とはどういうものか、舞台上の男役、舞台を降りた後の男役はどう
いうものなのか順を追って説明していく。
第二章では宝塚を見たことがない一般の人によるアンケートや、ファンによるアンケー
ト、セクシャルマイノリティによるアンケートの三種類の結果を使いながら男役とはどう
いう生き物か、周りからどういう認識を受けているのかを分析していく。
第三章では第二章の結果を受けて「男役=漫画のキャラ」という一つの式をたてたり、見
た目の男らしさ女らしさを考えたりしながら男役とはどんな生き物なのかを探っていく。
そして最後に、男役という生き物とはどんな生き物で、ファンを魅了するものについて、
そこにはどんな意味合いがあるのかを論じる。
氏
名:
赤羽
知奈
論文題目: 『ラスト・フレンズ』『空――ラスト・フレンズ、その後』からみるセクシャ
リティをこえた家族のかたち
要
約:
本論文では、ドラマ『ラスト・フレンズ』と小説『空――ラスト・フレンズ、その後』
を分析し、異性愛者同士の家族と異性愛者と同性愛者から構成される家族について、家族
における無償の愛の存在と家族の安定性を考える。
第1章では、無償の愛の存在について述べる。異性愛者同士の場合、自分と同じように
相手にも愛してほしいなど相手に何らかの見返りを求める。それは、異性愛がギブアンド
テイクという利害関係で成り立っているからである。そのため、相手を自分のものにした
い、独占したいという独占欲が生まれる。その結果、相手の気持ちより自分の気持ちが優
先され、独占したいという自己中心的な独占欲を相手に押し付け、相手を困らせたり傷つ
けたりすることになる。一方、異性愛者と同性愛者では、自分の感情や欲望を相手にぶつ
けたりせず、相手の気持ちが最優先となる。そのため、自分と同じように相手にも自分を
愛してほしいなどと相手に何かを求めることはなく、何の見返りもなく相手を思うことが
出来るのだ。そこには、人と人との結びつきそのものを大切にする純粋な人間関係を重ん
じる無償の愛が存在していると考える。
第2章では、家族の安定性について論じる。家族も人間関係の一種であるが、血縁関係
や結婚という理由から、永遠に続く安定した関係であると考えられてしまっている。しか
し、家族という人間関係も他の人間関係と同様に、常に変化しているものである。したが
って常に不安定でいつ崩壊しても不思議ではない。異性愛者と同性愛者の家族では、相手
に見返りを求めない無償の愛が家族を不安定にさせる原因となる。自分の気持ちよりも相
手の気持ちを尊重するため、相手が離れることを望めばその気持ち通りにしてしまうため
である。一方、異性愛者同士では相手に愛してほしいと求め、嫌われるという拒絶を恐れ
る。そのため、愛してもらうために自分を偽ったり隠したりする。また、相手のすべてを
知りたいという干渉から独占欲が生まれる。この拒絶への恐怖と相手への独占欲が不安定
さを招いている。
どのようなかたちの家族であっても常に不安定である。いつ崩壊するかも分からないこ
とに怯えながら過ごすのではなく、むしろ不安定だからこそ、今この瞬間を共に過ごせる
ことに感謝して生きていくべきではないだろうか。家族という人間関係も他の人間関係と
同じように不安定でいつ崩壊してもおかしくない。その不安定さを理解し、何事もなく共
に時間を過ごし、感情を共有できる日々に感謝しながら過ごしていくことこそが、家族だ
けに限らず、どのような人間関係でも長く続けていくには必要不可欠なものである。
卒
氏
名:
新井
業
論
文
要
約
美希
論文題目: 『聞き手としてのストラテジー:日本語学習者の場合』
要
約:
大学三年の時に行ったカナダ留学での経験や日本人友達の話、ゼミで行われた留学生
との合同授業を通して、欧米諸国や他の国々の相づちと日本の相づちは、種類や使用方
法などいくらか違っているように思った。これらの経験から、日本人にとっては当たり
前の相づちも、異文化の人には不自然であることを知り、それについて研究したいと考
えた。
本研究では、日本語を学習している外国人と、日本語母語話者とによる日本語会話に
おいて、日本語学習者が聞き手としてどのような言語・非言語行動をとるのか、又、そ
の行動が日本語母語話者にどのように解釈されるのかを明らかにすることを目的に調
査を行った。
三種類の日本人と日本語学習者による会話を録音録画し、その会話の文字化資料と会
話後に行ったアンケートの回答内容を用いて、日本語学習者の聞き手としての行動を調
査した。まず、文字化資料より、相づちターンの使用率を割り出し、相づちターンの中
身を言語的な相づちと非言語的な相づちの二つに分類し、それぞれを更に細分化した。
次に、あいづちターンの使用率、及び細分化された聞き手としての行動の種類と使用率
を分析し、考察を行った。最後に、アンケート回答より、日本語学習者の母国での相づ
ち使用の実態と今回の調査結果に矛盾があるかどうか、又、日本人が日本語学習者の相
づち使用をどのように解釈したのかを分析し、考察を行った。
その結果、日本語学習者が用いる言語的な相づちの種類には、語彙的相づち、非語彙
的相づち、繰り返し、言い換え、先取り相づちの 5 種類が観察され、中でも使用率が高
いのは非語彙的相づちで、特に「うん系」の使用が多く見られた。日本語学習者の用い
る非言語的な相づちは、言語的な相づちより多く使用され、中でも「頷き」の使用率が
非常に高かった。日本語学習者の相づちの機能は「聞いているという信号」「内容理解」
「同意」がその殆どを占めていた。更に、日本語学習者が日本語で話す時は、全員が意識
的に相づち使用を試みていたのに加えて、頷き等の非言語行動を行っていたことにより、
日本語母語話者は日本語学習者の相づちに対してあまり違和感を覚えたり、聞いている
のかという不安を感じたりしなかった。
本研究では、調査対象の一つである非言語的な相づちにはあまり触れることが出来な
かった。その為、今後は非言語的な相づちの在り方や機能についても詳細に調べる必要
があるだろう。
卒
氏
名:
芦塚
業
論
文
要
約
友里
論文題目: 『フランスにおける移民労働者問題と個人主義―労働運動を中心に―』
要
約:
今日、日本でフランスのイメージと聞けば、多くの場合、洒落た風物詩や芸術的建築物
やファッションなどを思い浮かべる。世界的に見ても、歴史とトレンドの発信地であるパ
リを首都に持つフランスに対しての憧れは強く、多くの観光客が訪れている。
一方で、1999 年の国勢調査によると、約 6000 万人の人口のうちフランスに住む移民は
431 万人で、全人口の 7.4%を占める。そのうち 156 万人がフランス国籍を所持している。
また、フランスは重国籍を認めており、多国籍国家である。移民労働者の就労状況を産業
別にみると、1973 年には製造が 33%、建設・土木が 31%と、この二つの部門で半数以上
を占める。
フランスでは戦争により不足した労働力を補うために、移民の受け入れには寛容であっ
た。しかし、第一次世界大戦以降、マグレブ地域からの移民やムスリムなど、非ヨーロッ
パ出身者が増え続けた。それに伴い、国家としての社会統合を乱す問題が目立つようにな
る。1981 年以降、左翼政権のミッテランが大統領に選出されると、外国人の権利を縮小す
るための法律が次々と制定された。
また、フランスでは、革命時のスローガンである「自由・平等・友愛」の精神が市民に
受け継がれており、「フランス的個人主義」に深く関係している。個人主義者であるのはフ
ランス国民だけではなく、移民もまたその考えのもと行動を起こすようになる。労働者運
動が多く発生するのは製造業である第二次産業と、交通機関などの第三次産業である。
本稿では、実際のストライキやデモのケースを扱いながら、現代のフランスにおける労
働者と労働者運動との関わり方を見ていく。そして、移民の労働者運動への関与を取り上
げ、フランス的個人主義との関係性を考察した。
その結果、多国籍化した国家の中で、移民労働者はフランス国民の行動からフランス的
個人主義を学び、身につけたことがわかった。また、彼らはフランス社会に居場所を見つ
けようとしているように思われた。
卒
氏
名:
五味
業
論
文
要
約
綾香
論文題目: 『家族におけるケアする/される相互関係の一考察
~泉流星『僕の妻はエイリアン』、飯島夏樹『ガンに生かされて』、
『Life
要
天国で君に逢えたら』の分析を通して~』
約:
本卒業論文では、泉流星の『僕の妻はエイリアン』、飯島夏樹の『ガンに生かされて』、
そして『ガンに生かされて』を基に製作された映画『Life
天国で君に逢えたら』の
分析を通して、家族におけるケア関係について考察する。
家族内の誰かが病気になると、病気になった本人だけでなく、他の家族もそれぞれ様々
な思いを抱える。苦しみや辛さを共有したいという純粋な思いだけでなく、我慢しなけれ
ばいけないことや、負担を感じることもあるだろう。ストレスを全く感じずに「ケア」を
していくことはとても難しい。
しかし、ケアというのは大切な家族を支えていきたいという思いがあって存在するもの
である。決して誰かに強制されて「世話」をしているわけではない。ケアは、相互関係の
上に成り立つものだということを主張したい。そして家族は、家族内の誰かが病気になっ
てケアし合う中で、互いの大切さを再確認し、絆を深めていくものである。
第1章では、病気が家族内に与える影響の光の面について論じ、病気は必ずしも家族の
状態を悪くするものではないことを主張する。病気をきっかけとして家族の関係が改善さ
れることや、病気になって感じられる幸せ・得られることもある。
第2章では、家族が病気を通して築いていくケア関係について論じる。ケアは「する/
される」と分けられるものではなく、相互関係の上に成り立つものである。しかし、すべ
ての家族が対等なケア関係にあるとは言い切れない。対等なケア関係を築くために大切な
ことは何かを考察する。
第3章では、家族はケアし合うことを通して絆を深めるものであることを主張する。家
族内の誰かが病気になることで様々な困難に直面するが、家族の絆はそう簡単に切れるも
のではない。家族を「手段」としてではなく「目的」と認識することが、家族の絆をより
深めるものとなることを強調する。
結論では、本卒業論文をまとめるとともに、ケアは家族間に限らず相互関係の上に成り
立つものであると主張する。
卒
氏
名:
服部
業
論
文
要
約
真弥
論文題目: 『アパレル業界のマーケティング戦略』
要
約:
ブランドには商品につく価値だけでなく、人やサービス、店内など空間そのものにも価
値があると考えており、ネット販売が増えた近年、消費者はどのように捉えているのだろ
うという疑問が生じた。また、不景気と騒がれ衣食ともに節約傾向にある近年、ファッシ
ョンにかけるお金を減らしつつもおしゃれを楽しみたいと考える人々が増え、ファストフ
ァッションが流行している。
以上のことから消費者のファッションに対する価値観の変化が感じられ、その変化は今
後のマーケティング戦略にも大きな影響を与えるのではないかと考え、今回卒業論文を作
成するにあたりこのテーマに取り組んだ。
消費者の変化に伴い、ラグジュアリーブランドとファストファッションでは、それぞれ
どのような対策を取り、マーケティング戦略を行っているのだろうか。ラグジュアリーブ
ランドについてはルイ・ヴィトンを中心にマーケティング戦略を、ファストファッションに
ついてはユニクロと H&M を比較し、安さと速さのしくみの紹介をするとともに、ファス
トファッションのマーケティング戦略を分析する。また、論文の後半ではマーケティング
をするにあたり重要項目である、ショップを展開する場所やアパレル業界とメディアとの
関係にも焦点をあて分析する。
卒
氏
名:
論文題目:
要
林
業
論
文
要
約
千絢
『カナダの継承語教育―移民の子供たちの母語維持への模索』
約:
カナダは毎年多くの移民を受け入れている国である。1960 年代に移民の受け入れを始め
てから、カナダには様々な民族の人々がともに暮らしている。
カナダで生まれた移民の子供たちは公用語である英語やフランス語を学校で学び、実生活
でも使用する。その一方で、親の母語を話せなくなる子供たちもいる。しかし、親の母語
を失わないために、カナダでは移民の母語教育を継承語(heritage language)教育と呼び、
州ごとに異なる教育プログラムを行っている。
本稿では移民の母語維持を目的とした継承語教育について、移民の子供たちに焦点を当て
て論じていく。まず、1.でカナダの移民受け入れ状況と言語状況、教育制度について触
れ、現在カナダが多文化多言語国家となっている状況を概観する。次に2.では、継承語
教育の歴史を振り返り、継承語教育の概要を理解する。そして、その過程で出てきた継承
語教育の課題を社会的な視点と個人的な視点から取り上げる。3.では、現在行われてい
る継承語教育についてインターネット資料を用いて、学校で使用されている教科書から継
承語教育の現状を理解し、その後語学学校やトロント大学で開講されている授業に継承語
学習者がどのくらいいるかを検証していく。また、日系カナダ人映画監督のリンダ・オー
ハマさんへのインタビューから継承語を学習する移民の子供たちの気持ちや現在行われて
いる有効な継承語教育について触れる。そして、おわりにでは言語学的に見た移民の子供
たちが言語維持できる要因を明らかにし、将来的に継承語教育はどのように変化していく
のか論じていく。
卒
氏
名:
星野
業
論
文
要
約
春佳
論文題目:『文学作品における児童虐待から見る、
子育ての現状と問題点の考察:『ハッピーバースデー』『“It”と呼ばれた子』『Mother』
の分析を通して』
要
約:
最近では、児童虐待に関するニュースが後を絶たず、その内容もエスカレートしている
ように思う。もちろん望まぬ妊娠もあるが、たいてい子どもは両親が望んで生むものであ
る。また、「子どもは大切だ。」「児童虐待はいけないことだ。」ということは誰でも認識し
ているはずだ。それなのに、なぜこんなにもひどい虐待をしてしまう親がいるのだろうか。
私は、虐待は親子関係の崩壊につながる大きな問題だと思っている。
この論文では,『ハッピーバースデー』
,『“It”と呼ばれた子』,『Mother』の3つの文
学作品を使いながら,その中で描かれる児童虐待から見える,今の日本の子育ての現状
と問題点について考察する。
この論文は、3つの章によって構成されている。第一章では、『ハッピーバースデー
命
かがやく瞬間』を扱う。親が子どもを思い通りに動かす「私物化」の過剰が招く危険性と、
親の言いなりにならず子ども自身の意思を大切に生きることの重要性について述べる。第
二章では、引き続き同じ本を用いて、現代も人々の心に根強く残る「男性は外で働き、女
性は家で家事・育児」という性別による役割の割り当てが女性を苦しめている現実と、パ
ートナーに助けを求めることの重要性について述べる。第三章では、『Mother』と『
“It”
と呼ばれた子』の二冊を扱いながら、親になる上でその覚悟や責任感といった心構えの重
要性、そして、責任感による血縁関係を超えた親子関係の構築の可能性について考察する。
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
五十嵐友香
論文題目: 『腐女子の自己アイデンティティをめぐる心理分析』
要
約:
日本は今をときめくオタク文化を生み出した国である。そのオタク大国日本で昨今注目
を浴びているのが「“腐女子”」と呼ばれる人々である。腐女子とは、女オタクの中でも「BL
/やおい」と呼ばれる男性同性愛を描いた漫画、小説などの作品を愛好する女性たちであ
る。本論文では腐女子に対する理解を深めることを目的とし、腐女子が BL/やおいを好む
傾向的な理由を文献やインタビューを参考にしながら論じ、明らかにしていく。腐女子の
多様性と、彼女たちの数だけ存在するであろう個々のアイデンティティを考慮しつつも、
腐女子の心理を最大公約数的に示すことを目指す。
まず文献研究では文献を通して、「受(うけ)」「攻(せめ)」などの概念に顕著に見られ
る「BL/やおい」というジャンルそのものの本質を明らかにするとともに、それを愛好す
る腐女子の内面に働く心理について分析をする。腐女子特有の、自らを「腐っている」と
揶揄する表現法や、「腐女子隠蔽」などの行為にはどのような心理が隠されているのか。そ
の彼女たちの心理から考察し、腐女子が BL/やおいにどのような魅力を見出し、好むに至
っているのかという心理的な作用を解明していく。さらに、腐女子が BL/やおいと「リア
ルゲイ」と呼ばれる実際のゲイを明確に分けているのはどのような理由からなのか、彼女
たちにとっての「二次元」と「三次元」の解釈の違いを分析する。
次なる事例研究においては、実際に A、B、C という 3 人の腐女子を自称する 20 代の女
性にインタビューを行い、彼女たちの意見を参考とし、さらに深い腐女子の心理に迫る。
彼女たちはいかにして BL/やおいに惹かれているのか。また、「腐女子」である自己を自
分の中でどのように認知しているのだろうか。腐女子にじかに接触し、生の意見を聞くこ
とは腐女子に対するさらなる深い分析を行う上で、重要かつ有益なことであると考える。
最終的な総合考察においては、文献研究で行った分析と事例研究で行った分析を比較検
討し、腐女子の BL/やおいを好む心理の解明を試みる。さらに腐女子が BL/やおいに望
むものを傾向的に示すことによって、社会にとって、そして腐女子にとって BL/やおいと
は一体何なのか、という疑問を明らかにしていく。
考察の結果、「腐女子隠蔽」や「腐っている」という自称は、女性に対する社会的な抑圧
を背景とした世間の非難による傷つきの回避の実践であることが明らかになった。そのよ
うな実践を行ってまで彼女らが「腐女子」であることを止めないのは、BL/やおいにファ
ンタジー性を求め、現実世界ではほぼ不可能な「本当の愛」という理想の達成しようと欲
するからである。また、腐女子が逸脱者であるとみなされ差別の対象たりえる原因は、彼
女らではなくむしろ社会そのものに帰するのではないだろうか。腐女子の心理について考
察することで、腐女子蔑視を作り出した社会の欠陥も浮き彫りになってくるように思う。
卒
氏
名:
飯島
業
論
文
要
約
直人
論文題目: 『国際会計基準(IFRS)』
要
約:
企業活動のグローバル化によりヒト・モノ・カネが国境を越えて、大規模にそして急
速に動く時代となった。そして、企業の利害関係者も自国にとどまらず、世界中に広が
った。そのため、企業は自国の会計基準に基づいた情報を自国の利害関係者だけに説明
すれば事足りるという状況ではなくなった。このような状況に対応するために、比較可
能性の向上を目指した国際会計基準、すなわち IFRS が誕生した。
2009 年初めの時点で、IFRS を自国の会計基準として採用または容認している国は合
計で 110 カ国に上る。欧州連合(EU)が IFRS を域内の上場企業に強制適用し始めて
から世界に一気に広まり、日本もこの流れに逆らえない形になった。早ければ 2015 年
に IFRS の強制適用が実施される可能性がある。
日本企業の組織や経営戦略にも大きな影響を及ぼす可能性のある IFRS について、本
卒論はその重要テーマを研究することを目指した。各章の概要は、以下のとおりである。
第1章では、国際会計基準(IFRS)誕生の背景や経緯について取り上げた。企業活
動のグローバル化によりヒト・モノ・カネが国境を越えて、大規模にそして急速に動く
時代となった。そして、企業の利害関係者も自国にとどまらず、世界中に広がった。そ
のため、企業は自国の会計基準に基づいた情報を自国の利害関係者だけに説明すれば事
足りるという状況ではなくなった。このような状況に対応するために、比較可能性の向
上を目指した国際会計基準、すなわち IFRS が誕生した。
第2章では、IFRS の特徴について述べた。IFRS では利益に対する概念が変化する。
日本基準では「収益-費用=利益」を重視していたが、IFRS では「期末純資産-期首
純資産」で算出する包括利益が重視される。これは資産負債アプローチと呼ばれるもの
である。また、IFRS は原則主義を採用しているため、企業は IFRS が規定する原理原
則を踏まえたうえで、実務上どのように適用するのか判断しなければならない。
第3章では、IFRS の財務諸表について取り扱った。日本基準でいう貸借対照表は、
IFRS では財政状態計算書にあたる。また、日本基準でいう損益計算書は、IFRS では
包括利益計算書にあたる。適正な表示のために、企業の実態にあった表示しなければな
らない。
第4章では、財政状態計算書で扱われる項目のうち、のれん、リース、有形固定資産、
について取り上げた。のれんは日本基準では償却処理されていたが、IFRS では償却を
行わない代わりに、毎期の減損テストが必要になる。リース契約は賃貸借であるが、
IFRS では、資産を所有することから生じる便益とリスクを実質的に移転していればフ
ァイナンス・リースとなり、単なる賃貸借ではなく、売買または貸手による融資として
会計処理される。有形固定資産にかかる IFRS の大きな特徴は、取得後の測定に取得原
価モデルのほかに公正価値による再評価モデルを認めていることである。
第5章では、包括利益計算書で扱われる項目のうち、収益、工事契約、包括利益とそ
の他包括利益、について取り上げた。収益は、物品のリスクと経済的便益が買手に移転
したときに収益が認識されるため、日本企業で用いられることの多い出荷基準より後の
タイミングで収益が計上されることになる可能性もある。工事契約では、工事の進捗度
に応じて収益を認識する工事進行基準で収益を計上する。一会計期間の最終利益は包括
利益となる。包括利益は、「期末純資産-期首純資産」で算出する一年間の企業価値の
増減額である。
第6章では、IFRS への日本企業の対応と課題について論じた。日本企業の IFRS が導
入されれば、システムの変更、取引契約の見直しなど日本企業にかかる負担は大きいだ
ろう。IFRS は原則主義の会計基準なので、具体的な会計処理に関して自社の考え方を
確立しておかねばならない。会計部門だけでなく営業や生産部門など全社で協力して
IFRS に対応しなければならない。そして、日本企業は IFRS の設定プロセスへの参画
を考えるべきである。
卒
氏
名:
五十嵐
業
論
文
要
約
彩夏
論文題目: 『Changing Perceptions of Interracial Romantic Relationships as Reflected in
American Film of Different Decades』
要
約:
In this study, I analyzed three American movies of different decades to find how the
perception of African American has changed through romantic relationships between
African American and white American. First, I construed the reactions of characters
toward different racial boyfriends or girlfriends in each movie. According to them, I
found the racial discrimination to African American and white American. Second, I
summarized the features of discrimination in the movies. Third, I searched the social
background of each decade, and how it related to the movies. Through this study, I
found that the racial discrimination still exists in America, but the shape of it has
changed through the age.
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
伊藤麻世
論文題目: 『ブラジル・ポルトガル語を話す在日ブラジル人のアイデンティティと日本語
習得の関連性二重』
要
約:
平成22年度に総務省が発表した地域における多文化共生プランでは「各地域における多文
化共生施策の経緯及び現状を整理し、課題及び将来の方向性を含め、各地域における多文
化共生の意義を明確にすること」としている。本論文ではブラジル人が多く住む千葉県のX
市の多文化共生プランを例に取る。また筆者自らI市で行われているサポート活動に赴きア
ンケートを取りインタビューを実施した。在日ブラジル人はどのようなアイデンティティ
を抱えているのであろうか、在日ブラジル人は日本語習得に対してどのような思いを抱え
ているのであろうかを探求する。
【要約】
氏
名:加賀
はる菜
論文題目:『日本の中のアメリカ~外来文化の受け入れ方と日本の特質~』
要
約:
私たちの生活の中には「アメリカ」が深く根付いている。それはマクドナルドに代表さ
れる食の分野に始まり、ファッションや言語、英語教育においても見ることができる。こ
の論文では、日本におけるアメリカナイゼーションに焦点をあてる。敵として戦争を戦い、
敗戦国となって占領下に置かれたのにも関わらず、なぜこうも日本にアメリカ文化が浸透
したのであろうか。なぜ多くの人がアメリカに憧れを持ち続けているのであろうか。その
理由を探っていく。
日本におけるアメリカ文化の受け入れは主に 1920 年代から始まった。アメリカ文化は当
初、知識人たちの間に「デモクラシー」などの思想として広まり、やがて大衆に文化が広
まっていく。その後、戦争期と 1960 年代に反米の意識が高まるも、日本には脈々とアメリ
カに対する「憧れ」やアメリカ文化をよしとする感情が流れていたのである。
そもそも日本は外来文化を受け入れる際に他民族にはないある特徴が見られる。それは
外来文化を崇拝する気持ちが他民族よりも強く、比較的抵抗なく受け入れられるというこ
とである。その理由としては、地理的要素と民族的要素が挙げられる。日本は「島国」で
あったためそれまで直接生活レベルで異文化と接してきた歴史がない。また、日本に入っ
てくる文化や思想は、選び抜かれて日本に馴染むもののみであった。そのために自然と外
国のものはよいという意識が芽生えたのである。また、日本人は中心が「無」であるがゆ
え、何でも受け入れることができるという中空均衡構造を持つ民族である。そして、日本
人は他国を真似る・学ぶことにほとんど抵抗がない民族であるため、外来文化を比較的素
直に取り込むことができるのである。
このような民族的特性を考えつつ、アメリカの占領下にありながら自己にアメリカを内
包しているというのはなぜであろうか。その理由として、1つ目に間接的な占領体制と虚
脱状態の人々があげられ、もう 1 つにアメリカ文化のローカリゼーションがある。長きに
わたる戦争により、疲労と絶望に包まれた人々は、占領下におかれアメリカの豊かさを目
の当たりにすると、それに憧れを持ち、アメリカを目標として立ち直っていくのである。
また、日本マクドナルドに見られるように、アメリカの文化やシステムが日本風にアレン
ジされた例も見られる。アメリカ文化のローカル化、つまり日本化されていることが、ア
メリカ文化が日本に定着した理由の1つである。
しかし、近年豊かになった日本はそろそろアメリカを目標とすることをやめるべきでは
ないだろうか。私たちは、自身の中にある「アメリカ文化への憧れ」に気づき、無意識に
アメリカ文化を良いものとして受け入れることはやめるべきである。そして、日本が誇れ
るものに目を向け、日本人とは何かを改めて問い直すことが必要なのである。
卒
氏
名:
論文題目:
金山
業
論
文
要
約
英恵
アメリカの化粧品広告における女性の「美」の移り変わり
――第二次世界大戦から現在まで――
要
約:
化粧品、それは多くの女性にとっては不可欠なものであり、それら化粧品の雑誌広告を
じっくりと見たことがあるだろうか。化粧品メーカーは製品を宣伝するため様々な有名人
を広告用に起用するが、なぜそうした人物が起用され、また広告の中でなぜそのような表
象をされているのか。ここで考えられるのは、広告に起用される女性とその表象の在り方
は、時代ごとに異なっており、それがその時代での「美」の基準となっているということ
である。また、その美の基準が当時社会的に求められていた女性像であるともいえる。こ
のように、歴史的に広告での女性たちの表象のされ方を見ていくことで、化粧品広告に描
かれる女性がどのように変化していったのかわかる。
本論文では、
「アメリカの化粧品広告において、どのように女性の美の基準が変化してい
ったのか、また未だ変化せずに残っている美はどのような美なのか」を考察する事を目的
とする。そのために本論文では、第二次世界大戦前から現在に至るまで時期を三期に分け
て、広告の分析を通して、どのような女性が美しいとみなされていたのかについて特徴を
抽出し、どのような女性が求められていたのか時代ごとにジェンダー的視点と共に分析す
る。
第一章では戦前までのアメリカ化粧品産業と広告について述べる。この章ではまず、1920
年代ごろからアメリカ女性の美の関心が高まり、化粧品が大衆の女性たちに徐々に浸透し、
発展していった時代背景、そして化粧品広告が普及し、女性その時代に女性たちが化粧に
対し、どのような考えを持っていたのか、当時の化粧品広告から女性の表象を考察する。
第二章ではアメリカでの女性の社会的地位に変化が生じた第二次世界大戦下での化粧品
広告を分析する。この章では、戦争により変化した女性の社会的役割とともに、彼女たち
の化粧についての価値観、また美の基準がどのように変化したのかを考察する。
最後の第三章では、戦後から現在までの女性美の多様化を様々な化粧品広告によって分
析する。女性解放運動などによって変化した美の基準や公民権運動後の人種的な面からみ
た女性美の変化、そしてこれからのアメリカ女性の美がどのように変わっていくのか未来
の展望を考察する。
考察の結果として、白人の「伝統的な女性」が美の基準であるという考え方が 19 世紀か
ら維持され続けていることが明らかになった。しかし、第二次世界大戦やフェミニズム運
動、公民権運動の影響により、男性に依存しない独立した女性や、有色人種の女性の美も
受け入れられつつあることも事実であることが示された。
卒
氏
名:
金安
論文題目: 『
要
業
論
文
要
約
由理
ファッション業界における美の基準 ―人種からの考察―
』
約:
「美しい」とは一体どういうことなのであろうか。私達は、それぞれ異なる特徴を持ち、
自分達にあったファッションを楽しむようになったと言われている。しかし、メディアを
通して得られる情報は、繰り返し理想とするものを限定し,「美の基準」を創り上げている
のだ。本論文では、現在の世界的有名なファッション業界がどのような美の基準を創って
いるのか、また特定の人種を特定の分野において過剰に表象しているのかについて、コレ
クションの分析を踏まえ考察する。
第一章では、ファッションを人種、ジェンダーの視点から考察した先行研究について取
り上げる。ここでは、カナダとアメリカのファッション雑誌の比較分析についてみる。Phea
Sengupta の「ティーン向け雑誌による、黒人、東洋人、白人女性の表し方」と Jennifer
E. Millard と Peter R. Grant が分析した「ファッション雑誌による写真が表す、黒人、
白人のステレオタイプ:モデルのポーズと表現」の研究に焦点をあて、これらの論点を整
理する。
第二章では、現在の海外プレタポルテコレクションから、起用されているモデルの人種
と服のテイスト、ブランドの関係を明らかにする。また、パリ、ニューヨーク、ミラノ、
三都市別に分析結果をまとめ、表に基づいて明らかにしていく。
第三章では、分析結果の評価と考察を行う。第二節では、ファッション業界と白人が理
想とする美について論じ、第三節では、アジア人女性、黒人女性それぞれに対する偏見が
どのようなものかについて論じる。そして、ファッション業界が「美の基準」とする本当
の「女らしさ」とはどのような意味なのかについて追及していく。最後に、ファッション
が自己を表現するためという役割を担うようになった近年、ファッション業界が発信する
人種の多様性や「美の基準」の今後について、自らの考えを踏まえ述べている。
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
Momoko Kashihara
論文題目: 『 How Female Fashion Icons in the Music Industry Have Influenced
American Culture and Fashion From 1970’s to the present 』
要
約:
This thesis shows how female fashion icons in the music industry have influenced
American culture and fashion form 1970’s to the present. A fashion icon is fashionable,
keeps updating her image, and sometimes gets criticism for untraditional fashion.
Changes of culture, fashion, women’s social position, society, and people in America
can be analyzed from fashion icons from each decade. Debbie Harry’s fashion icon
status was brought by dramatic social progress of women in 70’s. Madonna and Cyndi
Lauper contributed to 80’s culture and fashion. MTV was as influential as they were.
The decade was upheaval and people went conservative. With globalization and the
Internet, more musicians became fashion icons in 90’s. Courtney Love was one of them.
The social trend of 90’s has continued and became stronger today. There are more
female fashion icons in the music industry, and diversity of them represents today’s
America. Lady Gaga seems to take stronger control over American pop culture and
fashion than any other fashion icon. Over all female fashion icons have been gaining
greater popularity and influence.
卒
氏
名:
加藤
業
論
文
要
約
美咲子
論文題目: 『グローバル・ガバナンスとサミット体制の変容
―日本外交はリーダーシップを発揮できるのか』
要
約:
21 世紀のグローバリゼーションが進む世界において、グローバル・ガバナンスが注目さ
れてきている。グローバル・ガバナンスとは、国家と非国家アクターが協力し合い、地球
規模の問題を解決しながら世界的な秩序を作ることによって統治していくことを意味する。
これからはグローバル・ガバナンス論に基づく世界秩序の形成がより一層求められるが、
その中で重要になってくる制度がサミット体制である。サミットとは、1975 年から現在ま
で続く主要国首脳会議のことを指す。このサミット体制は時代とともに変容を遂げてきた。
具体的には、議題の多様化や、G8 から G20 への参加国の増加などが挙げられる。サミット
体制には賛否両論の声が上がっているが、欠点を克服しながら発展を遂げている。このよ
うに、サミット体制はグローバル・ガバナンスの司令塔としての役割を期待されている。
その中でも日本はサミット開始時からのメンバーであるが、日本はサミット体制の変容
に対応してこられたのだろうか。そして、日本はこのサミット体制においてリーダーシッ
プを発揮できるのだろうか。本論文では、このような視点からグローバル・ガバナンス時
代のサミット体制における日本外交を検討した。
本論文では、サミット体制が本格的にグローバル・ガバナンスの実行へ向かい始めた 2000
年以降における日本のサミット外交に焦点を当てて検討した。具体的な事例としては、2000
年以降に日本が議長国を務めた 2000 年の九州・沖縄サミットと 2008 年の北海道洞爺湖サ
ミットを取り上げた。そして、サミット参加国の増加への対応、会合に参加する首相と閣
僚、NGO や企業などといった非国家アクターとの協力という点から日本のサミット外交を
検討した。日本は、当初 G8 から G20 へという参加国の増加に上手く対応できず、グロー
バル・ガバナンスに対する戸惑いが見られた。しかし、G8 以外の国々を会合に招待したり、
NGO や企業の意見や要望を首脳宣言に盛り込んだりと、より多くの国や非国家アクターを
サミット体制に参加させようとする姿勢も見られた。その一方で、首相と閣僚が頻繁に交
代しているという状況は、世界における日本のリーダーシップに影を落とすものである。
このように、21 世紀の世界では、グローバル・ガバナンスの重要性を認識し、その実践
に努めることが重要になる。そのグローバル・ガバナンスの実践においては、時代に合わ
せた変容を続けるサミット体制が有用であると考えられている。今後のサミット体制は G8
だけでなく、G20 や G14 という枠組みでの動きについても注目していく必要がある。その
中で、日本はサミット体制をより重要視していくべきである。また、日本に求められるこ
とは、安定した政権を築き、国家、NGO、企業など様々なアクターとともに、先導してグ
ローバル・ガバナンスを実践していくことである。そうすれば、日本はこれからも世界の
中でリーダーシップを発揮していけるだろう。
卒
氏
名:
川又
論文題目: 『
要
業
論
文
要
約
真梨子
オウム真理教と終末論―起こるものから、起こすものへ―』
約:
今から約15年前、オウム真理教は地下鉄サリン事件というテロ事件を起こした。宗教
学者であるユルゲンスマイヤーらは、オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こすという暴
走にいたった要因として終末論を挙げている。他方、宗教学者であり、仏教圏に生きる島
田裕巳、島薗進は、仏教それ自体にテロリズムを生み出す教義があるとし、仏教重視説と
いう立場にある。本論の主題はテロを起こす要因は果たして仏教思想の方にあったのだろ
うかということである。そこで、当時の社会背景、終末論に着目をし、オウム真理教と共
通性の高いと思われる新新宗教団体、「幸福の科学」との終末論比較を重ねた上で、オウム
真理教の終末論の特異性を明らかなものとする。
卒
氏
名:
河村
業
論
要
約
綾奈
論文題目:聖地システィーナ礼拝堂を飾る
要
文
彫刻家ミケランジェロの傑作《アダムの創造》
約:
イタリア・ルネサンスの巨匠ミケランジェロ(1474~1564)は、
「画家」ではなく「彫刻家」
であった。ルネサンスという時代に、なぜ彫刻家がシスティーナ礼拝堂の天井画を描くこ
ととなったのか。また、多くの場面が描かれた天井画の中で、≪アダムの創造≫が現在ま
で人々を惹きつけることとなったのを彼が生きた時代背景と共に解明する。
幼いころから石に触れる機会に恵まれていたミケランジェロは、早くからその才能を認
められ、フィレンツェの工房で芸術の基礎を学びながら修業時代を過ごした。教皇に呼び
出されたミケランジェロは、1508 年からシスティーナ礼拝堂の天井画の制作へととりかか
る。様々な苦労を乗り越えながらも、約4年半という歳月をかけて完成させた。ミケラン
ジェロが活躍した時代は、盛期ルネサンスと呼ばれ、芸術の中心地がフィレンツェからロ
ーマへと移った時期である。たくさんの偉大な画家が誕生した時代に、その芸術の中心地
の神聖な場所であるシスティーナ礼拝堂の天井画を描くように指名されたのは、彫刻家ミ
ケランジェロだった。ミケランジェロがこの天井画を描くこととなった訳は、彼の意思で
はなく、彼の周りの人々の思惑によるものであった。まさに、運命であるとしかいいよう
がないだろう。
礼拝堂の天井画は、創世記に基づいて描かれている。天井を埋め尽くす作品の中でも、
≪アダムの創造≫がひときわ注目されることとなった理由は、この作品を考察することで
答えが見えてくる。聖書の創世記の物語を再現しながらも、ミケランジェロの豊かなイメ
ージから、創造主とアダムの奇跡の瞬間を創造主がその指先から命を吹き込むという、ア
レンジが加えられ描かれた。これは、それまでに同じ主題で作成されたどの作品にもない
アイディアであった。そして、同じ主題で制作された、いくつかの作品とミケランジェロ
の作品を比べたことで、ミケランジェロの≪アダムの創造≫の魅力が更に見えてきた。
ミケランジェロの頑なまでの彫刻へのこだわりが、ミケランジェロにしか描けない創造
主とアダムを描きだしたのだ。まるで彫刻のような絵画という、彫刻家ミケランジェロに
しか描けない絵であったからこそ、人々は魅了され、今もなお多くの人に愛される作品と
して残されているのだ。
卒
氏
名:
河嶋
業
論
文
要
約
真奈美
論文題目: 『ギャルの「化粧文化」の脱構築』
要
約:
1990 年代中盤に登場した「コギャル」は、奇抜なファッションやメイクで世間の注目を
集めた。当時、彼女達の派手な外見は社会から評価を得られず、非常識な若者の象徴であ
った。だが今、
「コギャル」は「ギャル」へと進化し、女性達から新たな支持を集めている。
「ギャル」は化粧への意識が驚くほど高い。彼女達の生活に化粧は切り離すことが出来
ない行為であり、高い技術や知識を身に付ける為、日夜努力や研究が行われている。本論
では、なぜ彼女達がこれほど化粧に沈溺するのかについて、文化人類学的視点から探って
いく。
第一章は、「ギャル」への理解を深めることを目的とする。彼女達の定義を明らかにし、
「ギャル」の化粧の特徴を知る。多様な「ギャル」が存在することにも触れ、そこから明
らかになるアイデンティティの流動性を述べる。また、同じ思春期の女性として 80 年代に
存在していた「少女」と現代の「ギャル」を比較し、思春期の女性達が持つ時間軸に変化
が起きたことを明らかにする。
第二章では、「ギャル」が他者とどのような関係性を構築しているかを考察する。「仲間
との関係性」と「社会との関係性」という2点を取り上げ、その実態と彼女達の本音に迫
る。また、こうした関係性から見えてくる「他者の眼差し」にも触れていく。
第三章では、「ギャル」にとって化粧がどのような位置づけにあるのかを、現役女子高生
を対象に行ったインタビュー結果を基に分析する。得られた回答から、化粧が彼女達にど
ういった心理的変化を与えているかを明らかにする。その上で、化粧が持つ「自己解放」
と「自己否定」の効果について言及する。
最後に、明日の見えない不安定な社会や周囲からの視線が、「ギャル」達に不安を抱かせ
る要因になっていることを今一度指摘する。そして、今の自分に沈溺し、必死に化粧をす
る彼女達の行為こそ「権力」への抵抗を表していると論じる。
卒
氏
名:
金
業
論
文
要
約
侑美
論文題目: 『移民国家カナダ-多文化主義の遺産』
要
約:
近年世界ではグローバル化が進み、世界規模での人の移動が増え、そして多様化してい
る。日本でも外国人労働者や留学生を見かけるのが日常になってきている。その表れが多
文化主義、多文化共生、異文化コミュニケーションといったキーワードである。その中で
も本稿ではカナダの多文化主義について論じる。
多文化主義とは、一つの国家で一つの文化に同化されるのではなく、一人一人が自分の
文化を維持しながらお互いの文化を尊重し合うものである。この概念は 1970 年代からより
台頭してきたものであるが、最初に政策として取り入れた国がカナダである。過去にはイ
ギリスとフランスからの移民による戦いや、その他の国からの移民に対する人種差別の歴
史もあるが、移民が多様化するにつれてカナダは多文化主義の道を選ぶことになる。現在
も年間約 20 万人の移民・難民を受け入れており、200 以上の民族が存在するほどカナダは
多文化社会である。
多文化主義を政策として採択することにより、社会の寛容性の醸成やバイリンガルの増
加、経済の活性化など成果が生まれており、多文化主義と移民の流入はカナダ社会にとっ
て遺産である。しかしそれと同時に移民の教育や就業などの問題点も挙げられており、今
後カナダにとって多文化主義とどう向き合っていくのかが課題となっている。それでも紛
争やテロが止まない世界にとって、そして外国人が増加している日本にとって、カナダの
多文化主義はモデルであり学ぶべき点が多い。
卒
氏
名:
金城
業
論
文
要
約
承紀
論文題目: 『The Importance of Critical Thinking to Enhance English Reading Skills:
From a Survey Conducted to KUIS Students』
要
約:
This study investigated the importance of critical thinking to enhance English reading skills. A
sample of 33 Japanese second to fourth year university students in the English department at Kanda
University of International Studies (KUIS) were surveyed in order to obtain an answer to the
following question: How should critical thinking skills be incorporated into reading classes to
maximize the development of the students’ English reading ability? The questionnaire research and
interviews were conducted, and the results indicate that although the students were not dissatisfied
with the class itself, they were dissatisfied with the textbooks used in the Basic Reading class.
Moreover, the data shows that more than 90 % of the participants expect such reading materials as
newspapers, from which they can learn other information besides English, to be used in the Basic
Reading class.
(136 words)
卒
氏
名:
小林
業
論
文
要
約
有沙
論文題目: 『アフリカ系アメリカ人におけるダンスの意味――奴隷制時代と現代黒人ゲッ
トーの比較考察――』
要
約:
本論文は、アフリカ系アメリカ人におけるダンスの意味を、奴隷制時代と現代黒人ゲット
ーの比較考察を通して明らかにするものである。
筆者はヒップホップ・ダンスが好きであるが、ヒップホップ・ダンスは、1970 年代にア
メリカ合衆国(以下、アメリカ)の黒人ゲットーにおいて、アフリカ系アメリカ人(以下、
黒人)貧困層の若者の間で生まれたとされる。彼らは、いったいどのような目的から、ダ
ンスを踊るのだろうか。日本人の筆者のそれとは異なるのではないかと推察される。本論
文の目的は、これを明らかにすることである。
そこで、本論文では、以下の手順で黒人ゲットーにおけるダンスの意味を考察してみた
い。第一章では、奴隷制下において黒人が置かれていた社会的環境を整理する。第二章で
は、奴隷制下における黒人のダンスにはどのような意味があったのかを検討する。第三章
では、現在の黒人ゲットーにおける黒人貧困層の若者が置かれた社会的環境を整理し、そ
の後、黒人ゲットーにおけるダンスの意味を、奴隷制時代におけるダンスとの比較考察に
おいて明らかにする。
本論文での考察の結果、以下の点が明らかになった。すなわち、奴隷制時代、黒人ゲッ
トーのいずれの時代においても彼ら黒人は白人から抑圧された環境に置かれ、人間性を否
定されていた。彼らは踊るという行為を通して自らの人間性を肯定し、絶望的な毎日の中
の、唯一の生きる希望を見つけていた。
ダンスは、娯楽、抵抗、逃亡、怒りの発散、生きる力として、多様な面から、奴隷制時代
においても、現代の黒人ゲットーにおいても、重要な役割を果たしているといえる。
卒
氏
名:
河埜
業
論
文
要
約
加奈
論文題目: 『保護者の視点から見たカナダのイマージョン教育』
要
約:
英語とフランス語の二つの公用語を持つ国、カナダ。そのカナダに住む国民はどのよう
にこの二つの言語と向き合って生活しているのだろうか。二つの言語を公用語として使用
していくためには、その二つの言語の習得が必要と考えられる。カナダでは国民にどの程
度の英語とフランス語の習得が求められているのか。何か特別な習得方法があるのだろう
か。そこで注目の的となるのが「バイリンガル教育」である。カナダではイマージョン・
プログラムというバイリンガル教育の存在があることを知った。イマージョン教育とは、
外国語「を」学ぶのではなく、それぞれの教科科目を外国語「で」学ぶという教育方法で
ある。このイマージョン教育はカナダだけではなく、バイリンガル教育として現在世界的
に活用されつつある。実際に日本でもこのカナダのイマージョン教育をモデルにした英語
と日本語のバイリンガル教育を行っている学校が存在している。
本稿では、カナダで行われているバイリンガル教育である、「イマージョン教育」につい
て保護者の視点からの意識をもとに考察していく。なぜ筆者が「保護者の視点から」に着
眼したかというと、イマージョン教育を学ぶうちに、「このイマージョン教育は誰が評価し
ているのか。また、カナダでフランス語を習得することにどのような価値があるのか。」と
いう疑問を持つようになり、その疑問を解く一つのキーポイントになったのが「保護者の
意見」だったからである。
まず始めに、1.でイマージョン教育とは何を目的に、どのような方法の教育なのか概
要を理解し、現在のイマージョン教育の多様化についても触れる。
2.では、カナダの言語状況を定義し、カナダの統計局のデータをもとに表を用いて理
解を深めていく。その上で、意識調査をもとに図を用いながら、カナダにおけるフランス
語の位置づけと価値について分析していく。
続く3.では、カナダの保護者たちによるコミュニティサイトを利用し、保護者たちの
悩みをいくつか例にあげいく。それに対して、保護者同士でアドバイスをしたり、解決方
法を見出している様子を筆者が日本語に訳し、そこからイマージョン教育に対する保護者
の意識を考察していく。
最後の4.で、まとめとしてこれまで論じてきた過程をもとに第二母国語としてのフラ
ンス語の必要性を考察し、カナダにおいて、英語とフランス語のバイリンガルであること
の価値について分析していく。
卒
氏
名:
前野
論文題目: 『
要
業
論
文
要
約
由布希
歌川広重と風景画
』
約:
歌川広重(1797~1858)は江戸時代の浮世絵師で、物語性を含む作風と、当時最新の技
法を風景画に取りいれて人気を博した。風俗を描いた広重の風景画は、江戸時代を知るた
めの重要な資料ともなっている。
江戸時代末期は人々の生活水準があがり、豊かな生活を営める安定期になっていた。広
重は、絵師としての技術だけでなく、流行りものをいかに巧く浮世絵の中に取り入れるか
ということに長けていた。そのため、彼の作品には独特なモチーフが数多く存在する。そ
れまでの風景画は、古来より伝統のある地、もしくは何か特別な意味を持つ場を描くもの
であった。しかし、広重は彼の最後の作品となった『名所江戸百景』の題材として、敢え
て普通の風景を選んだ。その作品が成功したのも、江戸庶民の新しいものへの興味と、広
重の技術の高さがあったからである。広重は平面的な浮世絵版画に、西洋の遠近法技術を
取り入れた。当時輸入された新しい顔料を生かし、のちにヒロシゲ・ブルーと海外で絶賛
される。日本だけでなく他国のものを取り入れることで、浮世絵版画に革命を起こした。
広重の浮世絵版画は、江戸時代末期の庶民文化と広重自身の技術が良く重なったため成
功を収めた。江戸時代末期に旅が庶民の娯楽となっていたことも大きな味方であった。役
者絵や美人画が人気を博した中、風景画の確立に成功できたのも、この時代であったから
であろう。西洋の遠近法を取り入れた作品は、従来の風景画とは異なった浮世絵版画を世
に送り出した。さらに広重の風景画は自然だけでその風景を表すのではなく、人物の行動
や服装などに工夫を加えて自然を表している。広重は、彼の技量だけでなく、時代にも好
かれていた浮世絵版画絵師であったといえる。
卒
氏
名:
松川
論文題目:『
要
業
論
文
要
約
可保里
広域観光の可能性
千葉県香取市佐原の事例を中心に
』
約:
2003 年の政府による「観光立国日本」宣言以降、観光が国家を上げたプロジェクトにな
った。それに伴い、国土交通省は広域観光ルートの設定を支援し、現在、ほとんどの都道
府県や東北、北陸などの地域圏で観光ルート開発が協議されている[桑原 2007:54]。この
ことからもわかるように、近年、地域枠を越えて観光圏を設定する「広域観光」がトレン
ドになっている。
本論では、「広域観光」を広義に捉え、近隣の地域と連携した「広域観光」だけでなく、
同じテーマを有する遠隔地域が連携することも含め、
「広域観光」の可能性を検討する。特
に千葉県香取市佐原の事例を中心に「広域観光」の取組み方を考察していく。佐原はアク
セスが不便で、滞在時間が短く、知名度も低い。これらの問題を緩和させるためには広域
観光を有効活用すべきと考え、広域観光に取組む佐原の現状を検証しながら、広域連携の
あり方を提示する。佐原における広域観光の例を挙げると、
「成田空港周辺地域」また、
「水
郷」地帯として近隣地域と連携している。一方で、
「小江戸」をキーワードに遠隔地にある
自治体と小江戸サミットを開催し交流を深めている。
成田空港周辺地域では NPO 法人や市民団体、企業が外国人観光客誘致に取組み、水郷 3
市の連携によって水郷のイメージを広く売り出した。小江戸ネットワークは市民交流を通
してまちづくりを行う市民の意識を高め、小江戸サミットのようなイベントはプロモーシ
ョン活動に利用できる可能性を秘めていた。しかし、佐原の広域観光はモデル事業などで
一時的に入込客数を伸ばすことができても、現状として持続可能なレベルにまで達してい
ない。
観光資源の相対的価値と財源に不安を抱える地方観光地は、地域住民を財産とした官民
横断的な広域連携を実現し、広域観光圏においても創意工夫を凝らした取組みができるよ
う模索していく必要があると結論づけている。
卒
氏
名:
松野
業
論
文
要
約
淳史
論文題目: 『行動経済学-代表的な理論とマーケティングでの活用例-』
要
約:
ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴァースキーが 1979 年に発表した「プロスペクト理
論:リスクの下での決定」が、行動経済学が1つの学問として発展していく大きなきっか
けとなった。伝統的な経済学では人間は画一的なものとして考えられてきた。つまり、我々
の価値観や道徳観、生活様式などを一切無視した理論で成り立っているわけである。
伝統的な経済学で考えられているコンピュータのような超合理的な人間は「ホモ・エコ
ノミカス」と呼ばれ、必ずしも我々本来の姿とは似ても似つかないものとなっている。そ
れに対して、行動経済学ではそうした超合理的な人間など存在しえないことを、カーネマ
ンとトヴァースキーをはじめとした研究者の実験によって次々と明らかになった。
行動経済学を語る上で欠かせないキーワードにヒューリスティックとバイアスがある。
人は試行錯誤を繰り返すことで、物事を理解していく。また、そうした経験を積むことに
よってさまざまなことに対して瞬時に判断を下すことができるようになる。そうした経験
則のことをヒューリスティックと呼ぶ。
同一のものを見た場合に、ほんの少し部分的に異なるものがあるだけで全く別のものに
見えてしまうことがある。また、以前同じようなものを見たことがあったり、複数の選択
肢があると人はどうしても自身にとって認知しやすいものを選んでしまう傾向にある。本
来的確な判断を下せるはずであるものの、そうした我々の持つ偏見、すなわちバイアスに
よって誤った判断をしてしまうことも実験によって明らかになった。
しかし、そうした実験結果にあることが本当に我々の日常の中で起きているのだろうか。
この疑問を解くために、本稿の後半部分ではさまざまな実例とともに論を展開した。
また、企業が行動経済学をマーケティングの中で取り上げている例を調べることで、知
らず知らずのうちに消費者がどういったトリックにかかっているのか明らかになった。
卒
氏
名:
南
業
論
文
要
約
亜也子
論文題目: 『家族におけるジェンダーの非対称性
~性別役割分業の再検討~
唯川恵『ため息の時間』
、江國香織『赤い長靴』、
『がらくた』の分析を通して』
要
約:
今日、家族の形は多様に広がり、各家庭によってその在り方は様々である。しかしなが
らその構成員を見た時に、男性が夫であり父親として、そして女性が妻、母親として位置
づけられていることが多い。もちろん人それぞれの価値観があり、多様性が認められつつ
ある日本社会の中で、一つに統一する必要はない。しかしながら、
「男が仕事で、女が家庭」
という一般的で普遍的であると疑わない多数派により、性別によって私たちの行動範囲が
限定されていることには目を向けるべきではないだろうか。男だから、女だからといった
社会に潜む「らしさ」に家族が苦しめられ、縛られている現状について、性別役割分業の
再検討といったテーマで考察していきたい。特に、「義務」「役割」といった言葉のもつ支
配力と絡めながら、ジェンダーが家族に及ぼす影響を、唯川恵著『ため息の時間』、江國香
織著『赤い長靴』、『がらくた』を取り上げ、見ていく。
まず第一章では、現代の家族形態が生まれた背景を前近代社会までさかのぼり、整理し
ていく。当時の特徴であった家父長制に始まる男性主権について、そして、そこから脱却
する歴史を見ることで、ジェンダーがいかに家族へ大きな影響力を持っているかを見るこ
とができるだろう。第二章では、性別役割分業についての理解を深める。女性が男性の従
属的位置に置かれることで、女性は「らしさ」を追い、男性は「らしさ」を要求する。こ
こでは、男性から見た家族内の女性像に焦点を当て、第三章の女らしさに繋げていく。女
性は、専業主婦や妻、母親といった役割を割り振られ、この役割の下でしか自分の存在を
見出せない。男性によって作り出された理想像が女性を拘束している点を問題視していき
たい。次の第四章では、夫婦間に見られる所有と独占の関係から、与えられた役割を絶対
視し、それを自分のアイデンティティであると信じてしまっている点を考えていく。人は
相手との関係性によって自分自身を見つめ、自分らしさに気付くことができるのだろう。
しかしながら、それは男性・女性というたった二つの性別や与えられた役割を全うする義
務感、責任感に支えられていることをこの論文を通し、述べていく。
卒
氏
名:
宮田
論文題目: 『
要
業
論
文
要
約
恵梨
ドミニカ移民はなぜ移民しなければならなかったのか
』
約:
要約本文はここから日本は明治元年のグアム島移民を皮切りに、さまざまな国へと移民を
送り出してきた。そして戦争後には、人口過剰と食糧難から集団移民を計画し、実行して
きた。しかし、政府にとって移民は利益となったかもしれないが、移民して行った人々に
とってはそうではない。強い覚悟と希望をもって旅立って行ったが、志半ばで帰国してし
まった者も少なくない。とくに、今回取り上げるドミニカ移民に関しては、日本・ドミニ
カ共和国の両政府にずさんな仕事をしていた部分が多いのではないだろうか。
この論文では、まず日本とドミニカ共和国双方の歴史やなぜ移民を行うことになったの
かを探りたい。そして、なぜ移民たちは日本での生活を捨ててまで、中米の島国に行かな
くてはならなかったのか。なぜ日本政府は、十分な土地も水も何もない所に移民を送るこ
とにしたのかを明らかにしたい。
卒
氏名:三代田
業
論
文
要
約
希美
論文題目:『メキシコにおける初等教育普及までの過程について』
要約:
この論文はメキシコにおける初等教育がどのように発展していったのかを述べるものであ
る。
まずメキシコの教育の概要として義務教育は初等教育 6 年間、中等教育 3 年間となって
いる。それぞれのレベルでは進級試験がもうけられ、その試験に合格した者のみ、次の学
年に進級できる。この試験があることにより、学習することに対して挫折する子供は少な
くない。この対策として、就学前教育も実施されている。
またメキシコの教育がどのような流れで進んできたかを説明する必要がある。メキシコ
はスペインの植民地だったがために複雑な過程を経ている。またたくさんの先住民がいる
ことも教育を複雑化している原因であろう。さらにメキシコ政府は経済危機が発生した時、
教育へ予算を使いたがらなかった。政府が教育に対して専門でなかったこと、興味を示さ
なかったことを表している。
そんな中、国民は教育の重要性に気付き始め、政府は主に貧困層に対する教育プログラ
ムとして、補償教育プログラムを取り入れた。それは貧困により就学が困難な家族に対し
金銭的にサポートするものである。
また先住民への教育プログラムとして、バイリンガル教育を紹介する。バイリンガル教
育とは先住民の子供に対し、先住民の言語を使って教育をするというものである。先住民
を尊重しつつ、メキシコの公用語であるスペイン語の勉強を教えてもらうものである。
さらにコミュニティコースを取り上げる。小規模村落で教育を進める上で、どうしても
教師の不足という問題があった。これはその問題を解決するものである。それは特別な研
修を受けた青年に教師をやってもらい、その報酬としてその青年が次の学校に行けるよう
サポートするというものであった。
そして簡単ではあるが、メキシコ教育省がこれから何を考えて教育を進めていくのかに
少しふれる。メキシコ教育省が出した 2012 年までの目標は、小学校に教材を提供したり、
IT による教育を可能にする動きが目立った。
そして様々な政策があるにも関わらず、初等教育就学率が 100%にならない、修了者もま
だまだ 100%に満たない理由について述べる。その原因の根本は貧困にある。貧しいが故に
勉強よりも家族を助けるために働く子供が多い。またメキシコには児童労働を、勉強の一
つと肯定的にみる文化が存在している。
結論としてメキシコの教育を良くするにはという意見を述べさせていただきたいと思う。
氏
名:諸江真衣
論文題目: 『How the Dark Side of New York Has Portrayed in American Films.』
要
約: This paper is trying to find the dark side of New York City by analyzing of 3 American films,
Taxi Driver, The Fisher King, and Reign Over Me. Looking at films and its background, they would show
some serious issues that outsider would not know without any research, the dark side of the city. Finally,
through these 3 films, the paper concludes with how the dark side of New York has been changed in the U.
S. history.
卒
氏
名:
長澤
業
論
文
要
約
知佳
論 文 題 目 : 『 A study of teaching and assessment to promote acquisition of
communicative competence. 』
要
約:
This thesis examines classroom-based teaching and assessment of junior high school
English education in Japan. Currently, English education is expected to develop
students’ “language abilities” (Ministry of Education, Culture, Sports, Science &
Technology, 2010). In order to complete this objective, teacher should first understand
what they are targeting. Thus, this thesis will examine language abilities. Also,
approaches that teachers employ is an important factor to consider. This will be
examined by a trial lesson. Another thing that we cannot and should not forget is
assessment. Assessments not only assess students’ abilities but also can affect teaching
and learning greatly (washback). To secure students’ learning toward the objective,
understanding what kind of washback can happen with certain kinds of assessment in
junior high school context is important. Thus, how different types of assessment can
create different washback will be examined as well. Lastly, teacher-factor cannot be
ignored and will thus be examined.
卒
氏
名:
永島
業
論
文
要
約
史織
論文題目: 『アフリカのAIDS問題とその解決策~過去の対策を例に見た現状と課題~』
要
約:
AIDSの発症はHIVによるもので、免疫力が低下し命に関わることもある。しかし
HIVに感染しても数年間はAIDSが発症しないため感染を知らないまま、他の人に感
染させてしまう可能性が高い。そのため感染を止めるには予防することが最善策である。
このAIDSが最も深刻なのがアフリカである。世界には約 3340 万人のHIV感染者が存
在しているが、その7割がサハラ砂漠以南のアフリカにいるのだ。この事態はアフリカの
経済にも影響を及ぼしている。母子感染による乳幼児死亡率の低下・平均寿命の低下・若
者の死亡率の増加によって労働人口が減少し、経済が低迷してきている。AIDSはアフ
リカの国民・国家の重要な問題となっているのだ。
その現状を打破しようとAIDSに関する様々な対策が打ち出されてきた。その対策を
見ていくと成功したものとそうでないものがあることがわかる。成功したものはその国や
地域の文化や風土を理解し、行われているもので、失敗したものは単に薬を援助すればい
い等、その国や地域に合わせていない政策が多い。つまり対策を実行する上で大切になっ
てくることは多角的な視野を持ち、文化面・経済面など様々なことを考慮に入れることで
ある。そうすることでこれからのアフリカの政策はより効果的になりAIDS問題の解決
に近づく。
(総文字数 12,951 字)
卒業論文
氏名:
要約
並木結花
論文題目:『アメリカのたばこ業界がつぶれない理由』
要約:
近年、アメリカでは喫煙規制が進み、タバコを吸うことが容認されていた時代から、タ
バコは有害であるという認識に変化してきている。こうした世論の変化や厳しい喫煙規制
にも負けず、なぜアメリカのタバコ業界は存在し続けることが出来るのか。筆者は喫煙規
制に対する戦略、ターゲット層に対するイメージ戦略、タバコ訴訟と第三世界に対する戦
略がアメリカのタバコ業界が潰れない大きな理由だと考える。そこで、本論ではこの問い
をこれら三つの視点から明らかにしていきたい。
第一章では、1950 年代から 2000 年代までにかけて、どのような喫煙規制が行われ、そ
れに対してどのようにアメリカのタバコ業界は抵抗してきたのかを明らかにしていきたい。
第二章では、子供・女性・マイノリティーに対してどのようなイメージをタバコと結び付
けて消費者に販売してきたかを述べていきたい。第三章では、タバコ訴訟と他国への進出
について論じていく。最後に、人々がタバコに対してどのような感情を抱いていたとして
も、タバコに関心がある限り、タバコ業界は存在し続けるという結論を述べる。なお、本
論文ではたばこがもっとも販売され、人々に最も愛用されていたされる 1950 年代からを取
り上げていく。また、本論文でいうタバコとは紙巻きタバコを指すこととする。
卒
氏
名:
根本
業
論
文
要
約
麻里
論文題目: 『外交手段としての ODA』
要
約:
本論では、
「政府開発援助」、すなわち「Official Development Assistance :ODA(以後、
ODA と記す)」を用いることによって、援助国である日本と被援助国である開発途上国の
双方にとって利益が生じる可能性があることを考察していく。
2009 年に行われた内閣府の「外交に関する世論調査の」なかでは経済協力を「積極的に
進めるべきだ」
(26.8%)
、
「現在程度でよい」
(48.2%)と日本の経済協力に肯定的であると
思われる意見が過半数を占めている。しかしながら、同調査のなかで、経済協力を「なる
べく少なくすべきだ」(17.0%)、「やめるべきだ」(2.5%)と否定的な考え方をする意見も
ある。この否定的な意見は、日本の経済不況、内政への不満、マスコミや有識者の一部に
よる ODA 批判を受けたことが要因の一つであると考えられる。ODA に対する国内世論を
肯定的なものにするために、岡田克也外務大臣(2009 年当時)を中心とした外務省は「国
民に対して ODA の理解を広げることが大切」であるとし、本論の第Ⅰ章・第2節で取り上
げる新 ODA 大綱や ODA の実施内容などの情報を公開していくことを目標にしている。本
章では、ODA を外交に積極的に使うことによって、被援助国にとっても、日本にとっても
利益になる状況が作り出せると考えられることについて論じる。
第Ⅰ章では共通の理解のために、日本の ODA の定義や歴史、ODA の根幹となっている
新旧の ODA 大綱について触れる。さらに国内外の ODA に対する世論を知ることで、どの
ように日本の ODA が見られているかを知る。第Ⅱ章では ODA が開発途上国で引き起こし
てしまった問題について、続く第Ⅲ章では、長期的視野に立って計画、実行された援助の
成功例を挙げる。そして、第Ⅳ章では ODA を積極的に外交手段として用いることが日本に
とって有用であることについて触れ、まとめとする。
卒
氏
名:
西村
業
論
文
要
約
美希
論文題目: 『20 代女性にとっての化粧品の広告コピーの文化分析』
要
約:
日々、私たちが朝から寝るまでに接する広告は、約 3,000 と言われている。私たちはそ
んな広告からいくらかの影響を受けて生活している。なぜなら広告とは「商品買ってもら
う」など、そもそも私達の行動や思考に影響を及ぼすために、私たちのことを緻密に考え
て作られたものだからだ。したがって、私たちのことを考えて作られた広告を分析してい
くことで、私たち自身について何か見えてくるのではないだろうか?
第 1 章では、広告の言葉「広告コピー」とフーコー(1974)の言う言説の関係を整理し、
「広告コピー=言説」であることを確認する。
第 2 章では、調査対象を 20 代女性に絞り行なったアンケート調査の結果を元に、CM な
ど耳で聞いたキャッチコピーは記憶に残りやすいこと、20 代女性がファッションや化粧
品・美容に関するキャッチコピーに最も反応することを述べた。そして、その中でも 20 代
女性が最も多く挙げた化粧品のキャッチコピーは、30代向けファンデーションのキャッ
チコピー「-5 才肌」であった。
第 3 章では、20 代女性向けでない「-5 才肌」が最も多く挙がった理由について、2つ
の視点で述べる。まず、1つ目に「-5 才肌」は数字により「化粧によりこうなる」という
具体性が連想できる点。数字においては「-5 才肌」に関わらず、「科学・医療、テクノロ
ジー」の要素と共に、30 代以上の女性のエイジングケアの明確な根拠として求められてい
る。2つめは、早期からのエイジングケアへの意識である。ここ数年で、エイジングケア
について言われるようになってから現在まで 30 代以上の女性の「エイジングケア熱」はま
だまだ冷めていない。そういった、エイジングケアの言説をメディアにより、20 代の女性
は早期から歳を取ることへの恐怖を刷り込まれていると考えられる。20 代にも関わらず、
見た目年齢を若返らせる効果のある「-5 才肌」の印象が強く残ったのはそのためである。
また、20 代女性はメイクアップの化粧において、数多くある化粧品から自分に合うものを
選び出す際に、化粧品ブランドの「イメージ」に自分の「なりたい」を重ね合わせ、「イメ
ージ」と自己同一化している。さらに、コスメフリークのように化粧そのものを自己目的
化することを謳う化粧品ブランドのキャッチコピーも表れ、その言説により化粧を自己目
的とする女性はこれからも増えていくと思われる。
このように、現代の 20 代女性は化粧を自己目的化し、化粧そのものを楽しむ土壌がより
強固になる一方で、化粧により老いることへの恐怖を刷り込まれている。コスメブームの
中で、よりきれいになればなるほどそれが続くことのない恐怖へと駆られていく。このよ
うに、化粧品の広告コピーを注目していくことにより、これからもその時代を生きる女性
のアイデンティティーが見えてくるのではないだろうか。
卒
氏
名:
大日方
業
論
文
要
約
尚美
論文題目: 『家族内における命の決定権問題の考察
橋口いくよ著「僕の初恋を君に捧ぐ」
ジョディ・ピコー著「私の中のあなた」
吉本昌弘脚本「みぽりんのえくぼ」を通して』
要
約:
医療の発達に伴い「命」に対する考え方がますます複雑化してきているように感じる現
在。様々な場面でクオリティー・オブ・ライフと生命至上主義とで対立が起こっている。
本稿では、二つの文学作品と一つのテレビドラマを通し、「命の決定権問題」につい
て考察する。取り扱う文学作品は「僕の初恋を君に捧ぐ、「私の中のあなた」と今年の
夏に放送された二十四時間テレビの中のスペシャルドラマである「みぽりんのえくぼ」
の三つの作品である。
第一章から第三章までは三つの作品を通して、「自己決定」、「第三者決定」、「共同決
定」と三つの異なる決定権からそれぞれの在り方と周りとの関係にどのような関係性が
生じるのかを考察する。
そして終章では「命とは」命の決定権の本来の在り方とは何なのだろうか論じる。
卒
氏
名:
大金
業
論
文
要
約
沙織
論文題目: 『英語教育現場におけるデジタルツールの活用』
要
約:
本論文では、国内外の英語教育現場で使用されているデジタルツールを取り上げ、
それらを第二言語習得理論の立場から考察していく。さらに、日本の公立学校の英語教育
現場におけるデジタルツール使用に関する調査を行い、実態について考察する。したがっ
てリサーチクエスチョンは以下のようになる。
・英語教育現場で利用されているデジタルツールを第二言語習得理論の観点から考察し
た場合、どういったことがわかるか。
・公立中学校・高等学校の英語教育現場におけるデジタルツール使用に関して、どうい
った実態があるのか。
第二章では、デジタルツールを研究する上で土台となる CALL(computer assisted
language learning)について触れた上で、これまでの ICT 教育の変遷を振り返る。また、
デジタル教育に関する論文をいくつか紹介した上で、今後さらにどのような研究がなされ
るべきかについて考察し、本論文の意義を論じる。第三章では、リサーチクエスチョンの
回答を導くための研究方法について紹介する。一つめのリサーチクエスチョンに関しては、
英語教育現場で使用されているデジタルツールについて、第二言語習得理論の社会文化理
論と認知的アプローチの視点から考察していく。二つ目のリサーチクエスチョンに関して
は、公立学校の英語教員を対象に、授業でのデジタルツール使用に関する質問紙調査を行
う。第四章では、それぞれのデジタルツールを第二言語習得理論的観点から考察してわか
ったこと、また質問紙調査によるデータ結果によってわかったことについて述べる。第五
章では本研究を通して得られたことについて、さらに考察及び内省を行った上で、今後も
デジタル化が進むであろう英語教育に重要なことはなにかを考える。
卒
氏
名:
小川
業
論
文
要
約
貴史
論文題目: 『アメリカにおける妊娠中絶の問題』
要
約:
本論文では、アメリカという国自体がめまぐるしく変わっていったといわれている 1960
年代頃から 1980 年代頃に主に焦点をあて、中絶論争が当時の社会状況とどのような関係に
あったのか、また論争点は単なる中絶の是非だけではないという仮説を立て、その水面下
で争われているものは何かということを明らかにする。それと同時に、この中絶問題とア
メリカ社会の関係性を考察する。
第1章では、第 1 節で、1960 年代までのアメリカにおける中絶の歴史の概観を行う。第
2 節では、中絶論争の発端となる、第二波フェミニズム運動が始まった、1960 年代から 1970
年代に焦点を当てて、歴史的背景と絡めながら当時の女性にとって、中絶がどのようなも
のだったのかということを考察していく。
第2章では、第1節で、実際に最高裁判所で起こった有名な判例を、いくつかあげなが
ら中絶論争とアメリカ社会の関係性の変化を考察していく。第 2 節では、中絶論争で対立
関係にある、プロライフとプロチョイスの人々に焦点を当てながら、中絶論争を考察して
いく。
第3章では、第 1 節でフェミニズムと中絶論争の関係性を考察していく。第 2 節では、中
絶論争でアメリカ社会から抜け落ちてしまった人々に焦点を当て、人種、階級、ジェンダ
ーなど様々な視点から、中絶論争の裏に隠されたものを追及していく。そして、第 3 節で
は、その結果、浮き彫りになった新たな問題点に対する、課題と対策を論ずる。
卒
氏
名:
大石
業
論
文
要
約
大輔
論文題目: 『海外企業の日本進出の課題と展望』
要
約:
今日の就職活動は 11 月時点の就職内定率が過去最低を記録し平成 12 年前後の就職氷
河期以上に冷え込んでおり、雇用という問題が非常に深刻なものとなっている。そうした
一方、しばしば日本への直接投資が新たな雇用をもたらすとして注目されてきた。
私自身もこのような雇用情勢の中に身を置いた一人であり、その深刻さを目の当たりに
してきた。そのため、なぜしばしば注目される日本への直接投資、言わば海外企業の日本
進出がそれほどまでに効果を発揮してこなかったのか疑問を抱いた。本卒論の目的は注目
されつつも海外企業による日本進出の効果が小規模に留まってきた理由を検証することで
ある。
本卒論は対日投資政策の歴史、現状と日本貿易振興機構の外資誘致への取り組み内容、
海外企業の日本進出のビジネス阻害要因、対日投資広報活動の効果、それらに関連する資
料をまとめ考察を述べた。
第1章においては、第2次の世界大戦以降の対日投資政策流れ、対日投資の現状につい
て述べるとともに、グラフを用いて、対日直接投資額の低さについて分析した。
第2章で、重要な投資誘機関である日本貿易振興機構の取り組みを研究した。
第3章では、事業活動コストが高いことなどの具体的な海外企業の日本進出における課
題を分析するとともに、日本市場の魅力についても考察した。
第4章においては、対日投資広報活動がどの程度の効果をもたらしているのかを分析し、
対日投資広報活動における課題を考察した。
また先日、2010 年 11 月 29 日、国内投資円卓会議によって日本国内投資促進プログラムが
発表された。これは 2010 年 8 月 28 日、菅内閣総理大臣が経済産業大臣に対し、国内投資
を促進し新たな雇用を創出するため、工場・事業所や本社機能の国内立地促進、中小企業
対策を重点課題としたプログラムである。このプログラムは、本卒論の内容に密接に関連
しているものである。そのため、第5章において取り上げ、今後の展望を示した。
卒
氏
名:
大澤
業
論
文
要
約
優
論文題目: 『How treatment for Japanese-American has changed in the United States
over the decades』
要
約:
In this thesis, I would like to focus on how treatment for Japanese-American has
changed over the decades along American history. First immigrants for Hawaii and the
U.S. mainland faced the harsh reality; racial discrimination, disadvantage of possessions,
internment. Anti-Asian sentiment had been heightened, they were forced to leave the
Western Coast and sent to the camps. As they were imprisoned, almost everything that
they had built up was taken away. The sudden absence of fathers led Nisei to be a leader
of family in a state of confusion. After breaking out the War, Nisei were required to
show loyalty to the U.S. and played important roles as bilingual and American soldiers
in the front. In 1970’s civil rights movement activated protest against unjustified
internment. They could accomplish reparation for the internment from the American
government. Rebuilding lives after the WWII was more difficult than the fist one. Nisei
educated their children, Sansei, in American environment. Sansei generation was born
in the most internationalized world in three generations and has been able to think about
Japanese culture more widely.
卒
氏
名:
佐々木
論文題目: 『
促進させる
要
業
論
文
要
約
浩子
体験的活動を通して無意識を意識化させることは、自己理解・自己成長を
』
約:
筆者が所属する研究演習(以下ゼミ)
「自他との出会い」では、体験的な活動を通して自
分自身と向き合い、見つめ合うという作業をしてきた。筆者がそのようなゼミに取り組む
きっかけとなったのは、常日頃から抱いていた自分や他者、コミュニケーションへの疑問
が出発点であった。当校で受けたある授業で、筆者は非常に大きな衝撃を受けた。それは、
「存在証明―思いやりとかげぐち」である。そこで学んだことは、今まで筆者が抱いてい
た、コミュニケーションへのポジティブなイメージを大きく覆した。人は、他者に認めて
もらうことによって自分の存在を確認する。そのために、他者に対して思いやりを示すと
同時に、ある他者(思いやりを示した他者と同じ人かもしれない)のかげぐちを言わなけ
れば社会で生きていくことが出来ない。日常のコミュニケーションには様々な隠れた意図
が存在していることを知り、筆者は、本当の自分とは何なのかと疑問を持ち、自己理解を
深めたいと考えるようになったのである。
ゼミでの体験的活動のすべては、自分のなかにある思いを言葉や文字にしたり、あるい
は絵に描いたり、他者にフィードバックをしたり、自分自身を振り返ってみたり、という
自己表現があってこそのものであった。そこには、無意識にあった自分の姿を意識化する
という作業があったと考える。体験的な活動を通して、それまで気づいていなかった自分
の姿を発見することは、自己理解、また自己成長において有効であるということを、筆者
はこのゼミでの活動を通して学んだのである。
本稿では、筆者がゼミの体験活動で得た学び、ならびに先行研究をもとにして、体験的
活動を通して無意識を意識化させることが、自己理解・自己成長を促進させるということ
を論証する。
Graduation thesis Summary
Name: Kyo Sato
Theme: 『Newspaper Coverage of Segregation in the United States of America』
Summary:
The theme of graduation thesis is school segregation through
newspaper coverage in the United States of America. The United States of American is
one of countries which there are a lot of racial segregation included school segregation
historically. Newspaper coverage shows a lot of serious cases about racial segregation
over decades. In addition, they tell us how racial segregation changed and what
problems are about school segregation. There are still many problems of racial
segregation in the United States of America because this country consists of a lot of
races and to solve the race problem will resolve racial and school segregation one day.
卒
氏
名:
佐藤
業
論
文
要
約
孝美
論文題目: 『Bob Dylan and Social Protest: An Assessment of Lyrics from the 1960’s through the
1980’s』
要
約:
Bob Dylan is a folk songwriter who honestly expressed anger and suffering through his music itself.
His songs carried a strong anti establishment message and made the young generation of the time,
raise their eyebrows at those in authority.
His liberating music set a generation’s mind free,
electrified young people, made them sympathize and provided the strength to keep going. If his
music had a power to move the age, this is because his music left no room for lies.
Stevie Wonder, who covered Dylan's song "Blowin’ in the wind", said, "Society has always needed
this song; Vietnam war in the 1960's, Watergate scandal in the 1970's, Anti-apartheid in the 1980's,
the Gulf War in the 1990's, and Afghanistan War and Iraq War in the 2000's.”
Bob Dylan, who kept
unflappably criticizing the society in the tumultuous history from the 1960's through the 1980's, must
be said that he was a spokesman for American citizens of that age. In this graduation thesis, I would
like to assess his music and deeply analyze the background of American society from the 1960’s
through the 1980’s.
卒
氏
名:
柴嵜
論文題目: 『
要
業
論
文
要
約
なお子
銃に託したアメリカの自由
』
約:
アメリカ国内の人口約 3 億人に対し、銃器の数は約 2 億 2300 万丁である。年間約 450
万丁ずつ増えているといわれている銃器の数に比べ、殺人事件の数は 1991 年以降、減少傾
向にある。この事実に目を向けた全米ライフル協会は、「銃が増えれば、犯罪が減る」と主
張するが、2006 年に発生した事件のうち銃が使われた殺人事件は 67.9%にも上る。こうい
った矛盾に、アメリカは長い間向き合ってきた。
アメリカがなぜこんなにも銃であふれているのか。その理由は、一言では片付けられな
いほどに複雑である。アメリカ建国の歴史や宗教問題、黒人問題など、さまざまな問題が
アメリカを銃規制から遠ざけている。他国からしてみれば、銃による犯罪が多いなら規制
すればよいだけの話だと思うだろう。しかし、銃とともに歴史を重ねてきたアメリカ人に
とっては、銃との決別は自由との決別を意味する。この研究を通して銃に魅せられたアメ
リカ人との銃の向き合い方を見いだしていく。
卒
氏
名:
鹿内
業
論
文
要
約
一騎
論文題目: 『就職活動における理想像と権力』
要
約:
昨今の世界的な経済的不況により、学生の就職活動は年々厳しさを増している。そのよ
うな状況下において、メディアやキャリアセンター等、就職活動に関して学生に比べ圧倒
的な知識量を持つ媒体が様々な理想像というものを作り出す。たとえば「エントリーシー
トにはこういうことを書けば受かる」「面接ではこう答えれば内定がもらえる」というよう
なことである。明確な答えが存在しないはずの就職活動であるにもかかわらず、学生はこ
れらのような偶像や過去の先輩が残した成功例に囚われ、
「就職活動用の自分」を作り出し
てしまうのである。しかしそこには、既に述べた学生とメディア・キャリアセンター間の
「圧倒的な知識量の差」によって、学生がたとえおかしな情報でも従わざるを得ない状況
が作り出されているのではないかと思い、筆者は本書を「就職活動における理想像と権力」
と題し、研究を進めていく。
第一章では本書の執筆を進めていくにあたって、なぜ「コミュニケーション研究」とい
えるのか、リサーチクエスチョンと仮説、研究方法について述べる。
第二章では、実際にどのような就職活動情報が、どのように発信されているのかを、い
くつかのメディア媒体を取り上げて考察していく。
第三章では、本当に学生をコントロールする「大文字の他者」とは、それらがコントロ
ールする目的、そして我々学生がコントロールされてしまう理由について、メディアの宣
伝方法や人間の心理学等をもとに意見を述べていく。
第四章では、神田外語大学の学生へのいくつかの質問とその答えをもとに、実際の学生
の考えを考察し、メディア・キャリアセンターの掲げる理想の就職活動生が何のためにあ
るのか考えていく。
そして第五章では、それまでの研究を振り返り、リサーチクエスチョン・仮説に対する
結果、そこから我々学生がとるべき行動を筆者なりに述べていく。
以上5つの章をもとに研究、執筆を行った。
卒
氏
名:
下野
業
論
文
要
約
智子
論文題目: 『アメリカ合衆国における貧困の現状と対策』
要
約:
本論文では、現在のアメリカにおける貧困の状況を理解し考察する。
今日のアメリカ合衆国(以下、アメリカ)では、経済格差が広がりつつある。多くの有
色人、とりわけ黒人が貧困層として位置づけられているが、その原因として「人種差別」
が含まれている。
貧困層の存在と現状は、2005 年 8 月に襲来したハリケーン・カトリーナ(以下、カトリ
ーナ)により露呈した。被災地の一つであるルイジアナ州ニューオーリンズ市では都市圏
の約 8 割が浸水し、1000 人が命を落としたという。それは、市民の貧しさのために脱出方
法が限られてしまい、脱出不可能となった人が多く存在したためであった。
貧困層の実態が明らかになった今、黒人の Van Jones(以下、ヴァン)が提唱する「グリー
ン・ニューディール」に大きな期待が寄せられている。これは、雇用の増加により貧困層
の状況を改善する経済政策である。第 44 代大統領 Barack Hussein Obama, Jr. (以下、
オバマ)は、ヴァンの思想に共感し、政府としてグリーン・ニューディールを推進してい
くことを選挙公約として約束した。
しかしながら、ここで問題が浮上している。ヴァンは「貧困層の暮らしの改善」を核と
しているが、オバマは「アメリカ合衆国全体の経済の立て直し」を核としていることが見
受けられる。両者に相違があることは否定できない。グリーン・ニューディールが一時的
な成功や流行となることなく、長期的に貧困層の状況が改善されていくためにはどのよう
にすべきであるのかということを検討していく。
卒
氏
名:
篠崎
業
論
文
要
約
由美
論文題目: 『多国籍企業と途上国との雇用問題』
要
約:
多国籍企業と途上国における契約工場の労働者の問題から、多国籍企業が途上国にもた
らす正(雇用創出、人的資源開発)と負(労働者の搾取、権利の侵害)の面について比べ、
多国籍企業が途上国にもたらす恩恵を最大化するためにはどうしたらよいのか、について
考察した。調査方法としては、多国籍企業と途上国間の関係についての書籍を読み、多国
籍企業が途上国にどのような形で影響を与えているのかを調べ、労働者の権利の保護に力
を入れている企業の各種 CSR レポートや、国際機関が推進しているプロジェクト、特定国
における具体的な権利侵害などの事例を調べた。
結果として、多国籍企業による途上国への影響、特に雇用効果を最大化するためには、
以下の諸点が必要になる。まず労働集約型の製造業によるグリーンフィールド投資であり、
その戦略を市場探求型のスタンドアローン型とする。さらには、輸出加工区ではなく、そ
の国の都市や工業地域に工場や海外関連会社を設立させることである。また、人的資源開
発の点においては、多国籍企業は途上国に参入以前はなかった生産設備を提供することに
よって訓練のストックの幅を広げ、訓練費用を企業側が負担する。受け入れ国は、労働者
が十分な訓練を受けられるように助成をする、ということが不可欠となるということが分
かった。
さらに、労働者の権利が侵害されることのないように、国による労働関連法の整備、お
よび、法が遵守されているかの監査機関の設置、または、多国籍企業自身による契約工場
などの管理徹底や、国際的もしくは業界的な取り組みとしての労働基準の設定と遵守が必
要である、という結論を得た。
卒
氏
名:
白土
論文題目: 『
業
論
文
要
約
香織
日本人第二言語学習者の「演じられたアイデンティティ」-学習者の創
造の共同体への投資-』
要
約:
本稿では、学習者のアイデンティティと第二言語習得についてその分野で主流となってい
る理論から窪田(2005)で作り出された「演じられたアイデンティティ」について考察してい
くものである。また、本研究は2人の日本人英語学習者へのインタビューも含んでおり、
彼らの語りを尊重しながら、学習者の目標言語への期待、時間と空間を越えて変化する学
習者アイデンティティ、社会との関係を理解することを目的の一つとしている。また、参
加者の海外経験に関するインタビューから、学習環境によって習得に差異はあるのかとい
うことにも言及している。
卒
氏
名:
薗田
業
論
文
要
約
奈央子
論文題目: 『持続可能な社会貢献システムの鍵は何か―
「幕チャリ」の構成要素とダイナミズム―』
要
約:
「幕張チャリティ・フリーマーケット(通称:幕チャリ)
」は、「半歩でできる社会貢献」
を目指して、2005 年に学生ボランティア約 35 人、来場者 1,000 人の規模で始まった。そ
れ以降、年に一度継続的に開催され、本年 2010 年の第 6 回目では学生・社会人ボランティ
ア約 150 人、来場者 2,600 人の規模にまで発展してきた。
幕チャリでは、フリーマーケットをプラットフォームに「物」「時間」「お金」という 3
つの寄付を連動させて、社会貢献のための寄付金が創出される。この一見シンプルに見え
る仕組みには、実は、自律的なシステムとしてその持続と発展を可能にする要素が内包さ
れているのではないだろうか。なんとなく継続してきたのではなく、そこには、社会貢献
システムとして持続可能でありうるための鍵が内在しているのではないか。本論文は、そ
の鍵となるものを明らかにすることが目的である。
第 1 章では、幕チャリの概要と、幕チャリ誕生から地域の春のイベントにまで成長して
いった要因を論じていく。第 2 章では、幕チャリを特徴づける構成要素を抽出することで、
幕チャリというシステムの構造とその優位性を考える。第 3 章では、そのシステムを駆動
させるダイナミズムを考察し、幕チャリの持続と発展を導き出す内在的な能力を分析する。
こうした論述を通して浮かび上がってくるのは、幕チャリとは、「ネットワーク」を基盤
とするきわめて現代的な「連携のシステム」であって、学生という存在に固有の「人材の
新陳代謝」と「充満するエネルギー」を駆動力に、
「Win-Win の連鎖」を学内や地域に生み
出しながら、社会のために役立ちたいという「自己実現の希求」を充足すべく、自律的に
持続と発展が探究される「場」であるということである。換言すれば、幕チャリとは、単
発的なボランティア活動のイベントではなく、
「連携」「システム・デザイン」「内発的エネ
ルギー」の三つが相乗的に機能している時空間なのだ。そして、そうした相乗機能の確立
こそが、持続可能な社会貢献システムの鍵なのである。
その意味では、幕チャリは、今後も持続し、発展する可能性をおおいに秘めている。ま
た、他大学や他地域へも「輸出」可能なビジネスモデルだとも言えるのではないか。
幕チャリの本質を一言で繰り返せば、「みんなで心を合わせて半歩だけ踏み出すチャリテ
ィ」であり、
「楽しみながらできる気軽なチャリティ」である。それでも、途上国にとって
は大きな貢献となる。小さな力の繋がりで大きな力を引き起こすムーブメントとして、今
後も幕チャリが継続・発展していくことを願ってやまない。
卒
氏
名:
須賀
論
文
要
約
あゆ美
論文題目: 『
要
業
独占禁止法・域外適用における日米比較
』
約:
近年、市場経済の国際化・多様化により、独占禁止法及び他国の競争法に抵触するケー
スが増えてきている。そこで、本論文では、独占禁止法の域外適用の概要や問題点などに
ついて過去の判例を用いて紹介及び考察をする。
第1章では、域外適用についての説明を中心に、適用基準のルールや公正取引委員会の
活動内容について述べる。
第2章では、日本の独占禁止法とアメリカの反トラスト法を域外適用した過去の判例を
それぞれ紹介し、日本とアメリカにおける域外適用の傾向や違いを比較する。
第3章では、域外適用を適用するにあたり発生する主権問題を中心にその問題点と解決
策を探る。
最後に、本論文の執筆を通してわかった新たな問題点や今後の課題について言及する。
卒
氏
名:
菅
業
論
文
要
約
直子
論文題目: 『Foreign Language Anxiety: the Case of KUIS students』
要
約:
This study investigated factors of foreign language anxiety of students at Kanda
University of International Studies (KUIS) in Chiba, Japan. In order to find out the
factors, a questionnaire was administered to 27 junior and senior students of the English
department. This study also attempted to identify the difference of anxiety-provoking
factors between EFL and L1 classes. Four of the 27 examinees also participated in the
interviews. The result showed that KUIS students tend to have less communication
apprehension; rather, they care about negative evaluation from others in both EFL and
L1 classrooms. They feel much fear in L1 classes because they seek perfection when
talking in L1.The researcher advocates that foreign language teachers should first
acknowledge these factors to help their students from anxiety-provoking situations.
卒
氏
名:
菅原
業
論
文
要
約
隆祥
論文題目: 『安全保障概念の変化と日本の安全保障~PKO の有用性と課題を探る~』
要
約:
「変わらない憲法9条」と「変わりゆく世界情勢」、大きく言うならば二つの要素を考
慮に入れながら日本の安全保障体制は構成され、そして変化してきた。国際社会に背き、
第二次世界大戦を引き起こした国として、唯一の核兵器の被害国として、誰よりも戦争の
悲惨さを知っている日本人はその思いを憲法 9 条に込め、軍事力によらない安全保障のあ
り方を模索していた。安全保障のあり方は極めて抑制的で、日本は冷戦時、何をしなくと
も平和を享受できた。冷戦が終結し、東西対立の崩壊は核全面戦争の可能性をはらむ「恐
怖の均衡」から開放される一方で、
「内戦型紛争」「国際テロ」「大量破壊兵器」などのあら
たな脅威を生むことになった。安全保障の概念は大きく広くなった。新時代の安全保障の
定義を踏まえ、安全保障は新たな形に発展を遂げなければならない。安全保障に対して消
極的な政策をとっていた日本にとって、PKO を通じた海外派遣は苦渋の選択だった。しかし、
非軍事力の重きを置く今日の安全保障概念は、平和憲法の下、戦力を放棄し続けた日本が
元来取り続けてきた安全保障のあり方なのである。つまり、世界の安全保障の概念が日本
の安全保障の概念に近づいてきたということを表す。今日の安全保障においては日本がそ
のモデルとなり、イニシアチブをとり、存在感や発信力を高めていける可能性を秘めてい
るのである。そして、その手段として最良なのが、非軍事を主体とする PKO 活動である。
自衛隊の PKO 参加というのは決して苦渋の選択ではなく大きなチャンスなのである。PKO を
通じて国連に貢献することで、常任理事国入りへの道が開かれ、国際社会での地位向上を
図れるであろう。しかし、同時に、平和を構築するためにはリスクが伴う。現状の国民理
解のままで自衛隊を海外の危険な地域に送り出すことは無責任である。現状を真剣に見つ
め、国民一人ひとりが「平和」とは何か、安全保障とは何か考え続けなければならない。
日本人が本当の意味での「恒久」平和を望むのならば、安全保障のあり方を「変化」させ
ていかなければならないのである。本論文がその変化のあり方を考える判断基準になるこ
とを願い結論とする。
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
鈴木綾華
論文題目:
『東アジア共同体の可能性と日本の歴史問題-戦後ドイツのヨーロッパ復帰との対比-』
要
約:
本論は「東アジア共同体」の建設の可能性について、日本とドイツの戦争責任問題への
取り組みを比較することを通じて、若い世代が今一度考えるべきことを追及していくもの
である。
現在、グローバリゼーションという世界が1つになっていく流れと並行して、欧州連合
(EU)を代表とする地域統合の動きが世界各地で見られるようになった。このような動き
を受けて、アジアでも「東アジア共同体」(East Asian Community)構想という地域統合
の動きが見られるようになった。しかし、日本と中国、韓国などアジア諸国との間の歴史
問題がネックとなり構想がなかなか進まないのが現状である。第二次世界大戦で同じ枢軸
国として近隣諸国へ多大な被害を与えたドイツが、終戦後、周辺国との友好関係を築き上
げ、今や EU の主要国となっていることとは対照的である。
終戦後のドイツはまず、多額の補償金を惜しむことなく、ナチス政権下で被害を受けた
国・個人への補償を行った。また、歴史の風化を防ぐため記念碑を各地に建設し、歴史教
育にも力を入れ、他国との教科書会議を通して互いが納得のいくような教科書作りにも取
り組んできた。加えて、ナチス犯罪に対する時効を廃止し、連合国が中心となって行われ
たニュルンベルク裁判とは別に自国の裁判でもナチス関係者を裁判にかけた。ドイツは二
度と周辺国を脅かす国とならないことを様々な取り組みによって具体的に示し、周辺国と
の友好関係を構築した。
ドイツと比較すると、日本は戦争責任に対する取り組みが不十分であったために、中国
や韓国などアジア諸国との間での歴史・領土問題が現在もたびたび起こってしまう。戦後
60 年以上が経過し、歴史の風化は確実に進む現在において、日本は歴史認識やこれから将
来を担う子供たちへの教育を見直さなければならない。
地域統合を行うにあたって、歴史にわだかまりがあっては日本と他国が良い関係を築く
ことはできないだろう。戦後ドイツがヨーロッパに復帰し、EU の一員として大きな役割を
果たせるに至った過程はそのことを教えてくれる。
わたしたちは、もう二度と悲惨な戦争が起こらないよう東アジア諸国が互いに手を取り
合い、アジア人として共存することのできる社会づくりを目指していかなければならない。
東アジア共同体のもつ可能性に期待したい。
卒業論文
氏名:鈴木
要約
麻友
論文題目:『日本が抱える言語問題と現代人名漢字の実情』
要
約:
本論文では、標準語の選定や常用漢字を含む国字問題を中心とした日本の言語事情と戸
籍法に基づいた人名漢字の実情について論じていく。
第 1 章では、明治時代以降に起きた日本の言語計画とその問題点に焦点をあて、どのよう
に日本語が変化してきたのかの歴史を述べ、国字問題と標準語の選定について論じていく。
次に第 2 章では日本で使用されている漢字を取り上げ、今までの漢字改定の歴史と 2010 年
に改定される常用漢字について詳しく説明する。常用漢字の改定によって影響されるもの
の 1 つに「教育現場」があることがわかったため、ここでは教育現場に焦点をあてて論じ
ていく。第 3 章では、戸籍法をもとに現在使用されている人名漢字の実情について論じて
いくものとし、昔人気であった名前から最近人気の名前について考察する。日本人が現在
普通に使用している日本語が成り立つまでに起こった多くの問題と、同じく現在の常用漢
字や人名漢字について潜んでいる問題を明らかにさせる。
卒
氏
名:
鈴木
論文題目: 『
要
業
論
文
要
約
ソリス
現代における霊性主義的スーフィズム
』
約:
イスラーム教には、1000 年以上にわたり受け継がれてきた神秘的思想、ス
ーフィズムというものが存在する。厳しい修行を経た先にある、究極の目的地
「神との合一」を目指し、多くの修行者たちがその精神を磨いてきた。それが
時を経て、近代化が進んだ現代において、スーフィズムについて議論される場
合には、ネオ・スーフィズムという時代に合わせて変質してしまった形態のス
ーフィズムに論議が限定されがちである。それでも、この時代にも適合しなが
らも、本来のような精神を養ってくれるスーフィズムが、イドリース・シャー
やベントゥネスといった思想家によって育まれているのである。現代のスーフ
ィズム研究ではあまり重要性を説く者がいないものの、その豊かな精神的スー
フィズムは現代人に癒しや救いを差し伸べてくれることだろう。
卒
氏
名:
高橋
業
論
文
要
約
由香里
論文題目: 『Women at Work in the United States:
Have Women’s Roles Changed for the Better?』
要
約:
In the United States, the laws have been established for workers, for
example, The Equal Pay Act of 1963 required equal wages for men and
women doing equal work. Since 1960’s, the labor participant rate of women
has been increasing. However, the rate of women’s executive is lower than
men. In fact, the glass ceiling still exists at workplaces. Furthermore, the
phenomenon clearly causes the wage gap between men and women. Overall,
the women’s roles have changed for the better. However, there are
innumerable problems to solve for women’s workers.
That’s why I think the county needs to:
1) Strengthen the equal wage and job opportunities for women.
2) Eliminate discrimination through laws and affirmative action and
support of these policies by women who want equality at work.
3) Help promoting self-employed women.
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
高木麻美
論文題目: 『フィリピン女性による日本での人身売買の拡大はなぜ止まらないのか
~日
本の不十分な法律と改善すべき点~』
要
約:
多くのフィリピン女性は労働力として世界に輸出され,フィリピン経済の根幹を支え外貨
を稼ぐ重要な財源となっている。毎年看護師として米国やサウジアラビア,家事労働者と
してヨーロッパ諸国へ,ウェイトレスとしてイギリスへ,そしてエンターテイナーとして
日本へやって来る。フィリピンにおける 1980 年代のセックスツアーの繁栄に始まり,フィ
リピン女性と日本人男性の関係は切っても切れない緊密な関係で結ばれ続けてきた。そし
て現在,多くのフィリピン女性が人身売買の被害者として日本に存在している。彼女たち
は本国の貧困から逃れるために,また家族への生活費を稼ぐために興行ビザや観光ビザを
取得して日本へやってくる。そして空港に着いたとたんパスポートを取り上げられ,各地
のスナックやストリップ劇場に送られる。そこで彼女たちを待ち受けるものとは,厳しい
監視の下行われる売春の強要や,プロモーターと交わした契約内容とは違った業務,脅迫,
セクシュアルハラスメント,性的暴力などである。日本の警察へ相談しても「不法就労者」
や「売春」などの容疑により国外へ強制退去となってしまう。しかし彼女たちのような弱
い立場の人間が保護を求め避難できる場所はほとんどなく,国際犯罪組織の報復に怯えな
がらその場の状況に耐えるしか選択使がないのである。このような人身売買被疑者が後を
絶たない。このような劣悪な労働環境にも関わらずなぜフィリピン女性は日本へ来るのだ
ろうか。そして人権を無視した行為に対し日本政府はどのような取り組みをしているのだ
ろうか。
第一章では人身売買の定義を明らかにし日本にどれぐらいのフィリピン女性が就労して
いるのかを見る。そしてフィリピン女性と日本人男性の関係を見ながら,なぜ彼女たちが
日本へ来るのか日本の視点から明らかにする。第二章ではフィリピン経済,文化社会的概
念を含め送り出し国であるフィリピンの視点からプッシュ要因を見てみる。そして最後の
第三章ではこの問題に対する国際社会の対策として国連によって規定された「人身売買禁
止議定書」の内容を踏まえた上で,まだまだ消極的な日本の法整備と,被害者に対する保
護,支援のあり方を明らかにしていく。そして日本政府はこの日常茶飯事に行われている
卑劣な人権侵害行為に対しどのように法律を改善しなければいけないのかを考える。
日本における人身売買行為は国際社会でも大きな批判を受けており,決して許されるべ
き行為ではない。長年放置してきたこの問題をいかに先進国の先頭に立ち積極的に対応し
ていくかは非常に重要な点であり,これからも注目すべき問題である。
卒
氏
名:
武田
業
論
文
要
約
真美
論文題目: 『受動文とそれに後続する句または文』
要
約:
受動文は能動文から作られる。また、各動詞は持つべき必須要素が定められており、そ
の必須要素は文中で過不足なく満たされる必要がある。そして英語では目的語を二つ取る
ことは出来ないが日本語ではそれが可能であるため直接受身文と間接受身文が存在する。
さらに、意味上の主語を示すのに日本語では「に」または「によって」を用いることが出
来、そこには区別がある。こういった先行研究を初めに紹介する。
次に筆者の二つの研究について述べる。一つ目の研究では、実際に発話された文「俺は
あの女に電車の中で化粧されて迷惑していた」と、この文から受動態の後続要素を意図的
に落とした文「俺はあの女に電車の中で化粧された」について、その解釈や適格性につい
て調べた。一文ずつ考察すると前者は間接受身文、後者は直接受身文である。ただし興味
深いことに、後者の適格性の低い文をそれに類似した様々な迷惑行為を被った意味の文と
共に置くと、まるで適格性の高い文のように感じられることについて指摘する。また、受
身文は変わっていないにも関わらず、「迷惑していた」が後続することにより間接受身だっ
たものを直接受身にするため、文意が変わることを述べる。
二つ目の研究では、「に」受身と「によって」受身の適格性について、先行研究の主張を
をサポートすると共に精密な観察を行ったことを述べる。導き出された定義は以下の通り
である。無生物主語の受身文に後続する句または文が存在しない場合は、動作主を示すの
に「によって」を用いる。また、後続する句・文が存在する場合は「に」を用いる。ただ
しその後続する句・文に、①主語が含まれている場合、②能動態動詞が含まれている場合
は、それらの存在が適格性に影響を与えるため「によって」を用いる方が適格性は上がる。
含まれる動詞が受動態である場合や副詞句等の有無は適格性の判断に影響を与えないので
ある。
卒
氏
名:
瀧澤
業
論
文
要
約
翔太
論文題目: 『外来種問題について』
要
約: 日本は、孤島ならではの多数の野生生物が生息する独自の生態系を形成し
てきた。しかし、生物の乱獲、外来生物の侵入などにより18種類以上の日本の固有の野
生生物が絶滅してしまった。そして現在でも、絶滅の恐れがある種の数は、動物・植物
等合計で、3155種と多くの固有種が絶滅危惧種としてリストに登録されている。
最近では、ペットなどの様々な利用目的で海外から国内に持ち込まれた動植物の一部が
野性化し、在来種を絶滅の危機に追い込んだり、さらに交雑により遺伝子を撹乱させる
など、生物多様性に深刻な影響をもたらす問題を引き起こしている。
本稿は、日本における外来生物の侵入経路、外来種問題に関する法律や取り組みについ
て紹介し、さらに外来生物への理解を深めてもらいたいため、私たちの身の回りにはど
のような外来種が生息しているのかを調査し、その結果について述べた。
【目次】
第一章
外来生物
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第一節
外来生物とは?
第二節
外来生物が侵入してくる経路
第三節
外来生物が与える生態系への影響
第四節
外来生物法とは?
第五節
外来生物問題の対策
第二章
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
身近な外来生物調査
身近な外来植物調査
1
1
・・・・・・・・・・・・
3
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
7
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
外来植物を様々な観点で見る
調査のおわりに
・・・・・・・・・・・・・・・・
1
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
13
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おわりに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
20
参考文献
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
21
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
冨澤奈々恵
論文題目:『Characteristics of Simultaneous Turns between Japanese English Learners
and Native English Speakers』
要
約:
異なる Turn-Taking を持つ者のコミュニケーションの方法や特徴を研究することに興味
を持った。なぜならお互いの Turn-Taking の特徴を知ることにより、相互理解を深め相互
関係の向上につながると考えたからである。以前、英語母語話者と日本人英語学習者によ
る会話のやり取りを聞いていた時、英語母語話者は日本人英語学習者が話し終えるか終え
ないかの時点で話し始めるのに対し、日本人英語学習者は英語母語話者が話し終えるのを
待ってから話し始めることに気が付き違和感を覚えた。そこで、Turn-Taking が関係してい
るのではないかと疑問に思ったことがこの研究をするきっかけとなった。
この研究の目的は、日本人英語学習者と英語母語話者の重なりの特徴を見出すことであ
る。重なりとは Turn-Taking の一つであり、話者が変わるときに現在の話し手と次の話し
手の会話が重なる現象である。まず、重なりを起こしている原因し、どんな要素があるか
を探る。つぎに、重なりの中でもオーバーラップと割り込みのどちらがよく使用されてい
るかを探る。そして、見出した重なりの特徴から日本人英語学習者と英語母語話者のコミ
ュニケーションに影響をしているかを探し、相互理解の手段を探し出す。
実際に行った研究では、本学の日本人学生と留学生を対象にディスカッションの中に現
れる重なりを分析した。まず、事前調査では各々の重なりの特徴を知るため、母語話者と
非母語話者の状況でどのような重なりが起きるかを調査した。次に、自由会話、ディスカ
ッション1、ディスカッション2の順に別々の状況でどのような重なりが起きるかを調査
し、音声と文字化資料の両方から分析した。そして、事後調査ではディスカッション1と
ディスカッション2の重なりに関する反応、別々の状況における感想を調査した。
その結果、日本人英語学習者と英語母語話者の間には異なる Turn-Taking の取り方、割り
込みを使う頻度の違い、あいづちを使う目的の違いが重なりに影響を与えていることが明
らかになった。このような Turn-Taking に関わる要素の使い方が異なることにより、日本
語英語学習者と英語母語話者の間に異文化コミュニケーションが重なりとなって生じてい
たのである。この違いを相互理解するためには、お互いが相互の Turn-Taking の違いを配
慮し状況によって使い分け、円滑なコミュニケーションを取る工夫が必要である。今回の
研究から見出した要素を一つずつ分析していこうと考えている。
卒
氏
名:
椿
業
論
文
要
約
望美
論文題目: 『日本におけるファストファッションの席巻とその裏側』
要
約:
2008 年に H&M が日本に上陸してから、日本のファッションシーンはファストファッショ
ンに席巻された。ユニクロや H&M、FOREVER21、しまむらなどに代表されるファストファッ
ション企業は、様々な戦略で消費者を惹きつけている。ファッション性、スピード、低価
格、クオリティーの4つの要素のいくつかを重視し、どれかを捨てることで成り立ってお
り、どれを選択するかがそれぞれの企業の特徴となっている。マーケティング戦略も非常
に細かく行っており、旬のモデルを使ったり、話題のクリエイティブディレクターを招い
てデザインを任せたり、有名ブランドとコラボレーション商品を売り出したりと、いろい
ろな手法で私たち消費者を魅了する。その勢いはとどまるところを知らず、国内外に続々
と出店をしている。しかし、その裏では、まだ子供の労働者が給料ももらえず、ろくに寝
かせてももらえずに働かされている現状がある。海外ではこのようなスウェットショップ
(Sweatshop)の現状はニュースになっており、認知度はある。しかし日本では、テレビや新
聞は協賛している企業によって成り立っているので、そのような企業や商業にダメージの
あるような報道はほとんどみられない。よって、よく知らない人が多く、安いものがどう
して安いのか、またはその生産過程についてあまりよく考えずに買っている人が多いこと
が予想される。ネット上のアンケート調査により、ファストファッションを買う理由とし
て「安いのに流行のものがすぐに手に入る手軽さ」や、「ワンシーズン着たらすぐに捨てて
しまえる安さ」などが挙げられている。スウェットショップのことをよく知っていたら何
度か着てすぐに捨てることなどできないはずであるが、消費者はファストファッションシ
ョップの華やかな表の顔に事実を目隠しされて、何度も足を運んでは安い服を購入する。
この状況を変えるためには、消費者が、購入するものの生産背景を考えること、フェアト
レードの商品を買うこと、お気に入りを見つけて大事に長く使うことなどが、スウェット
ショップを減らす一手となるだろう。どれも小さなことであるが、できることからやって
みることが大切である。
卒
氏
名:
土屋
業
論
文
要
約
秀美
論文題目: 『現代日本における葬儀の問題点と仏教の可能性』
要
約:
葬儀の位置付けはどのようになっているのだろうか。かつて葬儀の果たす役割は大きか
った。だが、最近の葬儀は、そこまで重要視されていないように思う。無宗教のはずの日
本人だが、宗教的な要素が色濃い自らや親しい者の死に無関心ではいられないだろう。一
方、現代日本では、「葬式仏教」という言い方が存在する。簡単に説明するならば、本来
の仏教の在り方から大きく隔たった、葬式の際にしか必要とされない現在の日本の形骸化
した仏教の姿を揶揄して表現したものである。加えて現代の葬儀は、多様化し、宇宙葬、
樹木葬、散骨といったものが新しく登場してきている。仏教には、全く興味・関心を持っ
ていない人の目に「葬式仏教」はどのように映るのだろうか。そして、故人、遺族にとっ
ての納得のいく葬儀とは何なのだろうか。
現代日本社会では仏教の考え方や儀礼に違和感を覚える人も多い。だが葬儀自体を必要
ないと考えている人は少なく、これからは直葬が主流となることは間違いないだろう。そ
の中で僧侶は、仏教の威厳を保たなければならない。これからの時代、少子高齢化がます
ます進展することが予想され、その中で葬儀がどの様な形で受け継がれていくべきなのか、
考えなくてはならないだろう。これからの葬儀は家族なしで、本人の意思のみで本当に行
うことができるのだろうか。筆者は疑問に思う。島田による葬式不要論と一条による葬式
必要論、個人主義と共同体意識の復活どちらが正しいといった明確な答えを導き出すこと
は難しい。だが一つ言えることは、僧侶はこのままではいけない。意識改革が必要である。
改めて葬儀というものに目を向けると、そこには様々な思いが交錯していた。
卒
氏
名:
辻
業
論
文
要
約
亘
論文題目: 『リンガ・フランカ・コアの観点から見た中学校英語教科書の発音指導』
要
約:
現在,英語使用は今までにないほど広く使われるようになった。非母語話者同士でコミ
ュニケーションをとるためにリンガ・フランカとしての英語を使うことも珍しくない。こ
の現状を踏まえて提唱された,学習負担が少なく,非母語話者同士で理解し合えるリンガ・
フランカ・コア (Lingua Franca Core: LFC) の観点から,現行の,文部科学省検定済中学
校英語教科書を調べ,中学校での発音指導の現状と,LFC の応用について探る。
卒
氏
名:
内山
業
論
文
要
約
愛梨
論文題目: 『乗車場面における迷惑行為について』
要
約:
電車に乗ると、行き先は同じでも、人々はそれぞれの時間を過ごしている。そして今日、
その乗車中の過ごし方について、新聞や雑誌などで「マナーが悪い」と取上げられている
のをよく見る。首都圏においてはその交通の便の良さから、多くの人々が利用しており、
電車内のマナー悪化は身近な問題である。しかしながら、マナーには何かを禁止したりす
る力はない。そのため、あくまで乗車中にどう過ごすかは、人々の良識に委ねられている。
乗車のマナーを語る上で、切り離すことができないのが若者の乗車態度である。新聞や
雑誌では若者の乗車マナーの悪化は取り沙汰されるが、お年寄りのマナーが悪いとはあま
り聞かない。本当に若者の乗車マナーは悪化しているのだろうか。そして若者は乗車マナ
ーについてどう感じているのだろうか。本研究では、若者を視点とした考察を行う。
第2章で現在の乗車マナーがどのような状況にあるのかを把握するため、各鉄道会社の
取り組みについて調査する。また、日本鉄道協会によるマナーアンケートを元に、各鉄道
会社の取り組みがどの程度の成果を出しているか、そして現在の乗車のマナーが人々にど
う捉えられているかを考察する。
第3章では「迷惑行為」とする要因があまり明確でない化粧行動について考察すること
で、電車の中という空間がどう捉えられているかを考えていく。化粧は単に自分を美しく
見せるためだけを目的としたものではなく、化粧すること自体を義務と感じている面があ
るということがわかった。
本研究では、若者の乗車マナーについての現状を知るため、神田外語大学の学生27名
(男性5名、女性22名)を対象に、個別にアンケートとインタビューを行った。第4章
ではその考察を交えつつ、結果をまとめていく。
本研究によって、若者の乗車マナーの実情を明らかにし、乗車マナーの悪化の問題がど
こにあるのかを考えるきっかけになれば幸いである。また、これからの電車の利用が今以
上に快適なものになるよう、若者の乗車マナーの関心が深まることを筆者は期待している。
卒
氏
名:
海野
業
論
文
要
約
春菜
論文題目: 『バイリンガルと第二言語習得』
要
要
約:
バイリンガルとは何か、早期第二言語教育が個人に及ぼす影響は何か、早期
第二言語教育の利点と不利点とは何か。それらリサーチクエスチョンについ
て、社会的側面、言語学的側面、心理学的側面から研究した論文。
卒
氏
名:
槍田
業
論
文
要
約
淳
論文題目: 『日本人・外国人から見た丁寧さ―依頼表現の場合』
要
約:
私が異文化コミュニケーションに大きく関心を抱いたきっかけは、神田外語大学で多く
の外国人留学生や外国人講師との交流が数多くあったことからである。このことから、私
は S.K.ファン先生担当の「異文化コミュニケーションゼミ」に入り、さらにより多くの異
文化体験をしてきた。この体験の中で、私は「丁寧さ」について、日本人と外国人はどの
ように考えているのか関心を抱き、今回丁寧さ、特に依頼表現について、研究することに
した。
この研究の目的は、日本人と外国人が依頼時における「丁寧さ」について、どのように
考えているのかについて明らかにすることである。特に、依頼時における「ポライトネス・
ストラテジー」に日本人と外国人に差はあるのか。また、依頼時における表現法と言語機
能において、どのような共通点および違いがあるのかを明らかにしたい。これらを明らか
にすることで、今後の異文化コミュニケーションをどのように行うことがよいのか、ひと
つの指針にしたい。
私は上記の目的を達成するために、神田外語大学に在籍する日本人大学生および教職員
の 13 人と、同大学在籍の外国人留学生 5 人に、依頼に関するアンケート調査を実施した。
その結果を元に Brown & Levinson(1987)の示した「ポライトネス・ストラテジー」および
松田他(2008)に基づく「表現法」、そして高殿(2000)も調査した「言語機能」の 3 点から、
日本人と外国人の使用する依頼方法に、どのような共通点と差異があるのか明らかにして
いきたい。
今回の調査では、日本人および外国人合わせて 18 人しかデータを得ることは出来なかっ
た。今後の課題としては、さらに多くの協力者を集い、より正確なデータを得ることであ
る。
卒
氏
名:
藁科
論文題目: 『
要
業
論
文
要
約
舞
日本のセクシュアル・マイノリティと社会的課題
』
約:
本論文の目的は、個人の性的指向の多様化に伴い、日本においてセクシュアル・マイ
ノリティが生きやすい社会を築くために何が必要であるのか、今後の課題について考察
することである。性の多様化が進む中、またそれに伴い世界ではセクシュアル・マイノ
リティのための制度が導入されている国が増加している傾向にある。しかし、日本では
セクシュアル・マイノリティに対する認識が未だ希薄であるのは言うまでもない。
第一章では、性とは何か、その概念について整理していく。第一節では多様な性の存
在とその概念、男女以外の性が生まれる過程について論じていく。第二節では、セック
スとジェンダーの概念について述べ、その関係性を論じていく。第三節では、ジェンダ
ー・ステレオタイプについて、その概念について検討していく。
第二節では、セクシュアル・マイノリティが抱える困難について検討していく。第一
節では差別と社会的困難について、第二節では戸籍変更と婚姻制限の法的困難について、
第三節では医学的困難について取り上げていく。
第三章では、セクシュアル・マイノリティが生きやすい社会を目指し、日本社会に何
が必要とされるのか検討していく。第一節では、日本における現代に見る性のあり方に
ついて、メディアとの関係性を踏まえて検討していく。第二節では、日本でなされるべ
き性に関する教育について、第三節では今後日本に必要とされる課題について検討し、
セクシュアル・マイノリティが生きやすい社会を目指すことを論ずる。
卒
氏
名:
渡邉
業
論
文
要
約
亜美
論文題目:『
「恐怖」と「武力信仰」の国アメリカ――なぜアメリカは銃を持つのか――』
要
約:
アメリカ合衆国(以下、アメリカ)が銃の溢れる国ということは、今や周知の事実であ
り、銃規制はアメリカにとって長い間議論されてきた問題であった。アメリカは、現在国
内に 2 億丁を超える銃器を抱え、それによる銃犯罪も先進国の中では突出している。2008
年には、ついに、連邦最高裁が、合衆国修正第二条の解釈について、個人の銃所持の権利
を認めるという解釈を支持する判決を下し、個人の銃所持の権利は実質認められた。
なぜ、アメリカ人は銃犯罪に怯えながらも、銃を持つのであろうか。それには、アメリ
カという国の歴史や価値観を理解する必要がある。本論文では、銃社会アメリカがなぜ銃
所持に固執するのか、その理由を考察することを目的とする。
第一章では、アメリカ人がなぜ銃を所持できるのか、その法的根拠を明らかにした上で、
現在どのくらいの銃がアメリカに存在し、また、どれほどの銃犯罪が起きているのかとい
った、銃社会アメリカの現状を明らかにする。
第二章では、アメリカが銃所持に固執する理由を、「暴力」によってアメリカという国を
築き上げたという歴史的背景、「銃を持つ」ということと「強さを手に入れる」ということ
が密接に結びついている伝統的な「男らしさ」の価値観、そして、アメリカの人々がより
恐怖に怯える要因となっているメディアの 3 つを軸に解き明かす。
第三章では、第一章、第二章で述べたことを踏まえ、なぜ、アメリカ人は銃を持つのか、
そして、今後アメリカはどのように進んでいくのかを、9.11 テロの影響や、政治と銃の関
係を解き明かしながら考察する。
卒
氏
名:
渡辺
業
論
文
要
約
千晶
論文題目: 『多文化・多民族社会を前にした日本で
~言語・教育・労働において考えられる問題とその解決策を探る~』
要
約:
近年、少子高齢社会にともなう人口減少対策の1つとして、外国人労働者の受け入れに
ついての議論が活発になされているが、観光立国として、訪日外国人者数を増加させる取
り組みや、留学生 30 万人計画の実施によって、日本における外国人の数は、私たちの予想
をはるかに超える早さで増加している。平成 20 年度における外国人登録者数は、過去最高
の 221 万 7426 人を記録し、国籍も多様化している。以前、外国人登録者数の大半を占めて
いた韓国・朝鮮人以外にも、ニューカマーといわれるブラジルやアジア諸国からの訪日外
国人が増加傾向にある。しかし、こういった外国人の増加に対して、日本の教育現場や地
域社会、労働環境では、外国人を受け入るための整備が、不十分なのである。本論では、
言語・教育・労働の3つに焦点を当て、それぞれの問題点や課題、解決策を探っていく。
まず取り上げるのは、言語問題である。日本語を母語とする者が大半を占める日本では、
日本語という言語が、コミュニケーションの妨げになるケースが多い。特に、災害時に、
言語が障壁になることで、命を落とすような深刻な問題を引き起こすことも考えられる。
その防止のために、国や、自治体がどのようにして言語という壁を乗り越え、支援してい
くべきか、実際に起きた阪神・淡路大震災の例などを挙げて、考察していく。
2番目は、教育の問題である。現段階の国内憲法では、外国人児童生徒には義務教育の
権利がなく、就学は希望制となっている。しかし、全ての者に教育権利を与えるという旨
の国際条約に批准しており、外国人児童生徒が増加し続けている日本の状況から、国内憲
法の改正・見直し、そして増加する児童生徒への日本語サポートといった学習支援の充実
が必要であると考えられる。ここでは、多くの外国人が集住する新宿区を参考に、教育現
場における児童生徒の多様化にどう対処していくべきか論じていく。
最後に、労働問題である。外国人は、出入国管理法及び難民認定法(以下、入管法)の
在留資格によって就労可否等を管理されているが、その厳しい入管法により、就労意欲の
ある外国人が入国できなかったり、不法就労者として就労するケースが多い。そこで、現
在の入管法を緩和し、外国人労働力を受け入れると同時に、労働相談の充実、不法就労者
を生まないようなきめ細かい規定することを提案する。また、日本において、不法就労者
は、違法外国人としてしかみなされていないが、その地位を不当に利用する日本企業や、
取締りを強化するだけの政府の取り組みの見直しの必要性についても述べる。
本論では、以上3つの問題点を掲げ、まとめでは、それにも増して、外国人受け入れが
日本社会の利益になると考えた理由を論じ、さらなる外国人増加を前にし、解決していく
べき問題や、政府、自治体のあるべき姿について、考察したことを論じ、まとめとする。
(文字数 1283)
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
渡邊広臣
論文題目:
『大学おける課外活動経験は学生自身の成長に対しどのような影響を持つもの
か』
要
約:
大学生の生活においてサークルや部活動などにおける課外活動などのような集団、組織
における活動に参加することが、青年期における大学生の精神的な成長や視野の拡大、規
律性や社会的スキルの習得に対しての影響が生まれ、後の社会進出により所属する職場・
組織集団との関わり方や行動規範を習得する上での重要な経験になると考えられる。本論
文では大学生にとってそのような活動を通して集団規範に基づくコミュニケーションや規
律の順守など経験する事がそれらの社会的学習に役立つ可能性がある事を論証する。
卒
氏
名:
八巻
業
論
文
要
約
優子
論文題目:
『映画宣伝のプロパガンダ~囲い込み・俳優のマスコット化・親近感・物吊り~』
要
約:
経済不況が言われる昨今で、エンターテインメントは唯一それを忘れさせてくれる
癒しである。しかし、そのエンターテインメントの 1 つである映画も不況の波に襲われ
ている。DVD やインターネット配信などのメディア発達により映画館に映画を見に行
く必要性が薄まり、「映画館離れ」が叫ばれているのだ。そのため、現代の映画宣伝は
興行収入のためにも映画館に人を呼び込むことに躍起になっていると筆者は考える。ま
た、動画投稿サイト Youtube やソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)サ
イトが注目され、ブログや Twitter が登場するなど、新しいインターネットサービスを
使った巧妙な宣伝も行われている。そのことから、映画の宣伝手法に興味を持った。
そこで、昨年執筆したゼミ論文「映画予告編から見る引きつけのコミュニケーショ
ン」を研究した際に参考にした『イラク戦争と情報操作』
(川上、2004)より、ミラー
教授のプロパガンダ「7 つの方策」と照らし合わせて検証する。パイロットリサーチを
元に立てた仮説「映画宣伝には、囲い込み(バンドワゴン…その事柄が、世の中の趨勢
であるかのように宣伝する手法)・俳優のマスコット化(転移…多くの人たちが受け入
れやすい、権威ある存在を味方につけて、自らの考えを正当化しようとする試み)・親
近感(平凡化…はコミュニケーションの送り手が、受け手と同じような立場にあること
を強調することによって、その人物への親近感を得ようとする手法)・物吊り(カード
スタッキング…都合が良い事柄を強調し、都合が悪い事柄を隠蔽する手法)によるプロ
パガンダが行われている」を文献調査、テクスト分析を中心に分析していく。
結果として、仮説を立証できたと考える。1 つ目の「囲い込み(バンドワゴン)」
は、宣伝をカテゴリー化し、それらがいかに人々の生活のあらゆる場ででなされている
か証明した。その映画が今、世の趨勢であるかのように環境から囲い込んで宣伝し、見
に行かなければならないと洗脳しているのだ。2 つ目の「俳優のマスコット化(転移)」
は、監督や俳優らを映画のシンボルとしてマスコット化させるために、過剰なメディア
露出を行っていることを宣伝期間とメディア登場回数を比較することで証明した。権威
ある存在や普段は接することができないスクリーンの人々を多用することで、映画自体
にも伯をつけているのだ。3 つ目の「親近感(平凡化)」は、一般の人々が参加できる
イベントからどのように映画に興味を持たせているのかイベントをリスト化すること
で表した。特に、人々を限定したイベントを行うことで、該当した人に親近感を覚えや
すくさせていることがわかった。4 つ目の「物吊り(カードスタッキング)」は、映画
オリジナルグッズの販売やプレゼントで映画に対する人々の興味を引きつけているこ
とをグッズのカテゴリー化で証明した。また、キャストのサイン入りグッズを使った「プ
レミアム感」の付与を行って、物吊りの拍車をかけていることもわかった。
卒
氏
名:
業
論
要
約
山本友理
論文題目: 『絶滅危惧種とその保全策
要
文
~種の保存と共生を目指して~』
約:
生物が誕生してから今日までに 5 回の大きな絶滅があり、
90%以上の種が絶滅してきた。
その数は、50 億~500 億種と推測されている。 そして今、私たちは 6 度目の大量絶滅を迎
えている。1600 年以降、生物の絶滅のペースはそれまでとは比べものにならないほど早く
なった。現在では 1 日あたり 74 種もの生物が絶滅しているともいわれている。
本論では、上記のように過去に絶滅した動物、絶滅危惧種、そして実際に日本で行われ
ている保全策について具体的に述べている。特に、過去に絶滅した生物がどのような原因、
どのような経緯で絶滅したのか詳しい例を挙げた。また、現在絶滅の危機に直面している
生物を挙げ、私たちが解決しなければいけない問題も提示している。
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
横須賀 恵
論文題目: 『英語学習者の英語教育に対する姿勢の形成:言語社会化的考察』
要
約:
今日、世界中には第二言語として様々な国や地域で大勢の人々が英語学習を行っ
ている。大きな枠組みで捉えてしまえば、全員英語学習者であるが、個々の英語学習に対
する姿勢に注目してみると、それぞれ異なった姿勢で英語学習に臨んでいる。英語学習者
の英語教育に対する姿勢については、社会的要因と内的要因が主にある。本論文では、言
語社会的側面から英語学習者の英語教育に対する姿勢がどのようなもので、どのように形
成されているのかについて探求し、また、英語学習者によってどのような違いが出てくる
のか、そして、社会が及ぼす英語学習者への影響、または英語学習者が及ぼす社会への影
響があるのかを先行研究を基に筆者が行う E メールインタビューで検証し、リサーチクエ
スチョンを探求していく。
卒
氏
名:
横山
業
論
文
要
約
沙友美
論文題目:『共働き夫婦におけるジェンダーフリーとは』
要
約:
日本では、1950 年代半ば、高度経済成長が始まり、三大都市への大規模な人口流入が起
こった。田舎の親元を離れ、新しい都市で職を見つけ、それぞれ配偶者を得、家庭を持つ
ようになった彼らは、従来の三世代から成り立つ拡大家族とは違い、子育てを手伝ってく
れる親は近くにおらず、そのため「サラリーマンの夫、家事・育児をする妻」という性別
役割分業に基づく核家族を形成するようになった。
しかし、1970 年代初頭、バブル崩壊により、それまでの性別役割分業に頼った生活が困
難になり、結婚したら家庭に入るという女性の在り方を疑問視する運動――ウーマンリブ
――が始まった。この運動をきっかけに、これまで家庭に入るのが「当たり前」だった女
性の中から就労に対する意識が高まり、女性の高学歴化も加わり、女性の社会進出が進む
ことになった。
女性の社会進出とともに、就労は女性にとって結婚するまでの期間の一時的なものでは
なく、結婚後も自分の能力を発揮する場となった。すなわち、「稼ぐ」ためのものから「自
己実現」のためと、女性の就労に対する意識が変わった。それに伴い、共働き夫婦が増加
し、現在では共働き夫婦が所得世帯の過半数を占めるほどになった。
家族のあり方が多様化する現代に、
「共働き子育て」を選んだ夫婦が直面する困難は何か。
本論文の目的は、1960 年代に普遍化した「専業主婦」から「職を持つ妻」が一般化した現
代に至るまでにおいて、
「性別役割分業」の視点から、家族における女性の存在の変化を明
らかにし、家庭内でのジェンダーフリーとは何かを問う。最終的には、女性が子どもを持
った時に、仕事か育児かの二者択一を迫られる社会から脱し、ワーク・ライフ・バランス
の実現の達成が、結果的には女性に限らず、男性の働き方・生き方の多様化ももたらし、
さらに日本が懸念する少子化対策になるのだ、ということを明らかにしたい。
章立ては三章構成である。第一章では、
「戦後の家族体制」に伴う無償労働を担う「主婦」
の誕生から、ウーマンリブを経て女性の社会進出が進むにつれての家庭内における性別役
割分業がどのように変化してきたのかについて扱う。第二章では、仕事と家事の二重負担
に苦しむ母親の現状、そして家庭内におけるジェンダーフリーとは何かを「個人単位」を
キーワードとして概観し、そして男性の育児参加について考える。最後に、家庭内での男
女平等、男性の育児参加を実現するうえでの現在の問題点とその対策について論じる。
卒
氏
名:
吉垣
業
論
文
要
約
美里
論文題目: 『青少年の自殺~防ぐことのできる社会問題~』
要
約:
本論文は、青少年の自殺を防ぐことのできる一社会問題として捉え、前半では、青少
年が何故自殺願望を持ち、その精神に至った要因、環境を研究した後、自殺の予防策につ
いて提示し、自殺と密接に関わる精神疾患、主として青少年の自殺の半数の原因であるう
つ病に焦点を当て、うつ病治療が自殺予防に繋がることを検証する。
青少年の自殺は、青少年の死生観に由来する。精神が未熟な青少年の自殺は、突発的
であるなど、他から影響を受けたもの(群発自殺)が多い。また、家族の影響力が強く、
特に欠損家庭(片親、主に母親がうつ病)で育った青少年は自殺の危険度が高まる。ま
た、内向的・抑うつ的性格志向、完璧主義者は自殺の危険が高く、自殺志願者に最もよ
く見られるうつ病にもかかりやすい。このような少年の自殺の特徴、自殺の危険因子、
周辺環境の影響について文献研究により解明する。しかし、同じ条件化で成長し、同じ
危険因子となる要素を持ち合わせていても自殺に走るものとそうでないものが事実存
在する。自殺既遂者と自殺未遂者、自殺まで至らなかったものを事例研究により考察し
ていく。このことから、周囲の環境(家族)の影響、サポートが必要不可欠であること
を証明し、自殺危険因子の主となる精神疾患のうつ病についての詳細へと繋げる。
現代社会の社会病とも称されているうつ病は、高度情報化社会の産物であり、事実内
向的な子どもが増えていることも手伝って、年間 1000 人前後の青少年の自殺者を出す
結果に繋がっているだろう。ここで一番重要なポイントとなってくるのが、うつ病は「心
の病」ではないということである。うつ病は、「神経中枢系」の病であり、治療すれば
必ず治るものである。うつ病=精神病という方程式を打ち砕き、考え方を変えることが
自殺予防策の上で重要となってくる。そして、周りのサポートにより、自殺の危険の高
い本人を精神科へと抵抗なく受診させることがサポーターの第一の目的となる。何故な
らば、自殺の危険がある人が、独りでその問題を抱えるには重すぎるからだ。そして、
治療には薬物療法と精神療法の二種類を用いる必要がある。ここでも一番大切なのは家
族の根気のいる長期戦のサポートである。もしも、青少年からのSOSを受け取ったな
ら、徹底的に話を聞く聞き役に徹し、必ず精神科の受診を促す。心の内を打ち明けよう
と思ってもらったことに感謝し、こちら側もその思いに正面から向き合うのだ。決して、
主観的になってはいけない。休養させてあげることを第一に考え、叱咤激励は禁句であ
る。
自殺は、必ず予防することが出来る社会的問題である。周囲の人の協力でいくつもの
命を救うことができるのだ。
卒
氏
名:
吉野
業
論
文
要
約
俊久
論文題目: 『リスク・マネジメント』
要
約:
たった一度の不祥事でも、それが企業に与える影響は大きい。これまでメディアに取
り上げられた企業の不祥事は数え切れないほどあるが、昔に比べ現代社会が企業の不祥
事に対してより敏感になっているのは明白である。
特に最近は製品の事故、偽装問題、情報漏洩、クレーム、といった企業の不祥事に関
するニュースが、メディアを通して毎日のように報道され話題となっている。日本ハム、
雪印食品、ミートホープ、白い恋人、船場吉兆、モンテローザなどの偽装問題、JR 西
日本の福知山線脱線事故、ライブドアの不正会計、村上ファンドのインサイダー取引、
パロマ、リンナイの湯沸器不正改良と死亡事故、富士屋の賞味期限切れ原料使用、関西
テレビの健康番組のデータ捏造、第日本印刷の個人情報流失など、枚挙に暇がない。
2010 年には日本が世界に誇る企業トヨタ自動車が、米国でのプリウスの欠陥問題で
大きく信頼を落とした。2002 年には牛肉偽装事件を起こした雪印食品が、自力再建を
断念し会社を解散することを決定した。不祥事をきっかけに東証第二部上場企業が消滅
してしまったのである。今や優良企業でさえ、不祥事に対して油断などできないのであ
る。
さて、毎日のように不祥事のニュースが飛び交っているためか、特に 21 世紀になっ
てからリスク・マネジメントや内部統制、コンプライアンス、コーポレートガバナンス
といった言葉が世間に浸透し、注目され始めている。企業が継続的な経営を行う上で欠
かせないのが信頼と信用であるが、これからは特に信頼、信用されることが難しい時代
となるだろう。
だからこそ、企業にとってリスクの管理がより重要となる。特に近年はグローバル化
や環境などの新たな問題から今までにないリスクが生まれ、企業を取り囲むリスクが多
様化している。今やリスク・マネジメントは企業にとって見過ごせない課題なのである。
私は本卒論で、リスク・マネジメントの基本的概念や様々な実例について調査し、今
後の日本企業にとって課題となるリスクおよびリスク・マネジメントについて考察した。
卒
氏
名:
中村
論文題目: 『
業
論
文
要
歩
高度経済成長にともなう公害の被害者とその現状
~四日市公害を事例として~
要
約
』
約:
日本の公害の原点となったひとつに四日市公害がある。1950 年代、四日市では、
「大きな
ことはいいことだ」という高度経済成長にともなう経済発展のために石油化学コンビナー
トが建設された。
最初の頃、四日市の住民にとってのコンビナートは、成長し続ける日本の姿を象徴する
ものであり、人々にとって四日市が発展し、大都会へと発展することが 1 番の喜びであり、
そうなると信じていた。
「科学の誇る工場は
平和を護る日本の
希望の光です」そんな校
歌が地元の小学校では流れていた。
しかし、コンビナートが操業してまもなくの頃、四日市市で水揚げされる魚に変化があ
らわれた。形がいびつで臭い魚がとれたのだ。そして、次第に被害は人間へと移っていっ
た。そこから住民たちの戦いが始まった。
第 1 章では時代背景とともに四日市公害を探っていき、第 2 章ではどのような人が被害
にあっていたのかを見る。第 3 章では、被害者が受けた派生的苦しみを見ていく。第 4 章
では、現在、公害がどうなっているのか、そして第 5 章では四日市公害を無駄なものにし
ないためにはどうするかを考えていく。
筆者は、公害という同じ過ちを繰り返さないよう、次の世代へ伝えるためにはありのま
まの公害を学び、被害者が受けた苦しみや気持ちを知ることが大切だと考える。
是非、多くの人にありのままの公害の姿を知ってもらい、一人でも多くの人とより良い未
来をつくっていきたいと思う。
卒
氏
名:
安齋
業
論
文
要
約
杏里紗
論文題目: 『オペラ座の怪人(2004)』からみる心理的映像分析
~Photoshop のヒストグラムを用いて~
要
』
約:
魅力的な映画とはどのようなものだろうか。それは、感情に訴えかける映画である。で
は観客の感情に訴えかけるにはどうしたらいいのか。それには人の心を動かす画面テクニ
ックが必要である。
『オペラ座の怪人』(2004)の画面・視覚効果の魅力を観念・テクニック・
ヒストグラムを使った観点から分析した結果、強い感情が求められるシーンの輝度分布は
山形であり、日常シーンの輝度分布は平形であった。よって、感情に強く訴えるシーンの
ときは輝度コントラストをはっきりつけないほうが有効的だといえる。また、本作はモチ
ーフや深い色合いにこだわり、アングルやショットを工夫することによって印象に残りや
すい画面作りがなされていた。
卒
氏
名:
深木
業
論
文
要
約
小也香
論文題目:『アパレル産業の中国における展開』
要
序
約:
論 現在中国では「美」への意識が高まっているという。その影響は日本からが強いと
考えられる。今回その影響と変化、中国市場での日本アパレル企業の現状、戦略を
論じる。
第一章 中国改革開放期以前、中国の成人男性のほとんど、多くの女性が「人民服」を着用
していたが、中国改革開放期がファッションに大きな変化をもたらした。
第二章 中国では日系ファッション雑誌が高い人気を得ている。しかしその中身の 6 割は現
地取材が行なわれた、中国人のニーズに合わせたものに変更されている。
第三章 日系ファッション雑誌とは違い、ファッションブランドの支持は実際低いし、企業
自体苦戦を強いられている。理由は資金調達能力の差、中国生産の商品を中国市場
で販売する仕組みの不確立、大都市部の直営店の展開が挙げられる。その対策とし
て、日本発ファッションブランド力向上、メガストアの構築、プロモーションの強
化である。
終
論 中国へ進出しようとする日本アパレル企業は、新しいブランド構築を行い、臨機応
変に対応することが重要だ。また中国市場の変化に対応するためには、中国企業と
のパートナーシップは欠かせない。
卒
氏
名:
塙
業
論
文
要
約
真季
論文題目: 『中国における衛生施設の歴史と変遷』
要
約:
中国は四千年の歴史を持ち、食・芸術など様々な文化が発達した。しかし食文化は重視
されたが、もう一方は軽視されてきたのである。人間の排泄に関する問題は、食事・睡眠
と同様に重要な行為であるのにもかかわらず、学問として取り上げられることは少なかっ
た。しかしトイレは、一つの地区・民族の経済発展状況を示す指標となるだけでなく、一
つの地区・民族の文化・文明が反映される。
近年、経済発展がめざましい中国においても、衛生施設に関する問題に目を向けるように
なった。論文の目的は、中国のトイレ利用の変化から現状・問題点を知ることを通して、
中国文化の理解を深めようとするものである。
論文の構成は、第一章で中国におけるトイレ利用の変化を中国で使用されてきた様々な
形式のトイレの紹介、貴族と民衆のトイレ、トイレットペーパー使用の変遷について検討
した。中国には約五千年前からトイレが存在していたとされている。地域に合わせて様々
なトイレが使用され、豚の飼育とトイレを合わせたもの、簡易トイレである御虎子を紹介
している。
第二章では、中国におけるトイレにまつわる豆知識について、ニーハオ・トイレ、風水
とトイレの関係についてまとめた。中国を旅行した日本人が驚く風景、それはドアのない
トイレ、つまりニーハオ・トイレである。なぜ中国のトイレにはドアがないのか検討して
いる。
第三章では、現状について、公共トイレ、農村と都市の二つについてまとめ、検討して
いる。広大な国土を持つ中国においては、地域格差が問題となっているが、トイレに関し
ても同様といえる。具体的な数字をもとに、地域・都市と農村の格差を明らかにした。
第四章では、現状を踏まえたうえで問題点について、下水処理施設、紙資源の問題につ
いてまとめた。経済発展とともに都市化が急激に進む中国においては、下水処理施設の不
足が問題となっている。また、古紙輸入世界第二位となっている中国において、トイレッ
トペーパーの利用がますます増えることによって生ずる問題を明らかにしている。
また今後の展望について、ハード・ソフト両面の発展が望ましいとしている。ハード面
はインフラ整備の強化、ソフト面はトイレを利用する人々のマナーや意識の向上である。
トイレは国の文化・文明の成熟を表す指標となる。今後も発展を続ける中国において、ソ
フト面の強化も課題となるであろう。
卒業論文要約
氏名:實川 敦子
論文題目: 『日中間における知的財産権侵害に対する実情と対策』
要約:
今回の論文では、私自信が中国で感じた知的財産に対す意識への疑問をきっかけとし、本論第1
章ではまず知的財産とはどのようなものか法律における定義に基づき説明した。その上で中国に
おける知的財産権に対する問題にはどのような案件があるか実例を挙げ、問題傾向を示した。そし
て侵害問題を通して、中国人の消費ニーズやものづくり発想などに侵害要因があると考え第2章と
してまとめた。第3章は日中各国の政府や企業の対策を中心に紹介し考察した。終わりにでは、第
2章で挙げた要因の他に、第3章の考察を踏まえ今後中国が国際社会で生き抜くために改善すべ
き課題を自身で考え、課題に対して有効であろう対策を提示した。
卒
氏
名:
尾曲
業
論
文
要
約
美貴
論文題目: 『現代中国における男女出生性比不均衡の現状と解決策』
要
約:
現代中国において問題視されている男女出生性比の不均衡。この問題が生じた根本原因
は、一人っ子政策だと考えられている。そこでまず、一人っ子政策が実施された要因と、
その政策はどのようなものなのかという点を調べた。次に、中国における男女出生性比不
均衡の現状について明らかにした。そして、男女出生性比不均衡という問題が生じた要因
について考察した。さらに、この男女出生性比不均衡という問題が新たな問題を引き起こ
していることを論じ、最後に、この問題を解決するためには何をすべきか筆者の考えを提
示した。
卒
氏
名:
論
文
要
約
鬼沢 加奈
論文題目: 『
要
業
現代中国の都市における義務教育の現状と問題点
』
約:
昨年上海に留学した際、私は中国都市に住む子供達がどのような生活を送っているのか
を目にしてきた。毎朝親に連れられて家から遠い学校に通い、下校すると遊ぶ暇なく夜遅
くまで宿題をしたり、塾や習い事に行ったりして過ごす。中国の発展において教育がます
ます重要視されると共に、義務教育の段階で学歴競争が始まっているという現状もある。
勉強漬けになっている子供達の様子に私はとても異常性を感じた。
本論文では現代中国の都市における義務教育に焦点を当てて、中国の教育における現状
と問題点を考察する。中国の義務教育体制はいったいどうなっているのか、学歴競争に実
際に巻き込まれている子供達自身はどう感じているのか、また学歴競争が激化する根源は
何なのかを明らかにしていく。
卒
氏
名:
佐久間
業
論
文
要
約
元樹
論文題目: 『中国の模倣品に対する日本企業の対策』
要
約:
中国の模倣品問題は、日本企業に大きな被害をもたらしている。知的財産侵害で年間1
兆円の被害を受けており、日本政府や企業がありとあらゆる対策を講じてきた。本論では、
まず日本企業がどのような被害を受けているのか、被害の現状を具体的に把握し、次に日
本企業と政府がどのような対策を取っているのかを調べた。日本政府は模倣品の輸入防止
を強化したり、知財保護のノウハウが乏しい中小企業を積極的に支援したり、日中両国に
専門チームを設けたりなどの様々な対策をとって、中国サイドの知的財産権侵害に対して
対応しているのが、まだ泣き寝入りするケースが多い。そうした実態に対し、最後に筆者
なりの対策に対する意見をまとめた。
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
佐藤貴志
論文題目:中国人が家電を日本に買いに来る理由
要
約:
第一章
中国人の中でも特にニュースで報道されているような、日本の家電量販店で大名買
いをする所得層と、彼らが好んで買う商品を調べた。
第二章
中国人が日本で家電を買う理由には、中国製の家電の質が悪いという考えがあるか
らという推測から、日本の家電と中国の家電を比較してみた。
第三章
最近の一連の家電買いには少なからず量販店以外の存在が絡んでいる。そこで量販
店を含めた第三者企業なり政府が中国人誘致のために行っている事を調べた。
第四章
中国人にごく普通に通っている「中国にやって来る家電は2流」という考え方から、
もしかするとこの考え方が彼らを日本に来させるのだろうか、ということで日本経済
新聞社発行の「No と言える中国」よりその真実に迫る。
第五章
彼らが日本で家電を買った場合、その保証制度などはどのようになっているのか、
中国に持ち帰った場合、その後のアフターケアはどうなっているのかを調べた。また、
接客を担当する量販店店員の抱えるトラブルや、蔓延している家電の転売問題につい
て迫る。
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
菅野唯
論文題目:『現代中国人女性の結婚事情』
要
約:
中国での留学中に参加した結婚式や、公園の中で見かけた式の前撮り写真を撮る新郎新
婦の姿が印象的で、中国人の結婚事情はどのようなものか、ということに興味を持った。
私は今回の卒業論文で現代中国人女性の結婚事情について調べることにした。第 1 章「中
国人女性の変遷する結婚観」では時代の変化を背景に大きく様変わりする中国人女性の結
婚観についてふれ、その結果、現代では結婚に対してどのようなメリット、デメリットを
見出しているのかを述べた。第 2 章「多様化する婚活と豪華な結婚式」では、日本では思
いつかないような多様なパートナー探しの方法と、年々奇抜さが増していく結婚式の実態
を述べた。
卒
氏
名:
平良
業
論
文
要
約
枝里加
論文題目: 『中国人の面子―中国人留学生のアンケートより―』
要
約:
中国旅行で中国人の面子に興味を持ち、なぜ中国人がこんなにも面子を重んじているの
か調べることにした。第1章では、中国人の面子の特徴や面子を重んじる背景には何があ
るのか、また面子の表現の多さにふれた。それを踏まえて第2章では、江河海著の「中国
人の面子」を参考に中国人の社会的面子について(1)面子を保とうとするとき、(2)面
子を大きくするとき、(3)面子をなくすときについてそれぞれ例を用いて述べ、第3章で
は、中国人留学生 10 人に対する、アンケート結果をもとに社会人と学生の面子の違いがあ
るのかどうか比較検討した。そして、最終的にこの結果から日本人はどのようにすれば中
国人とうまく付き合っていけるのか私の考えを述べた。
卒
氏
名:
高橋
業
論
文
要
約
ひかり
論文題目: 『中国映画における日本人像の変遷』
要
約:
2009 年、中国で南京大虐殺をテーマとした映画『南京!南京!』の上映中、劇中の日本
兵の残虐行為に怒りを感じた中国人観客による傷害事件が起きた。私はこの事件を知り、
映画が人に与えるイメージに大きな影響力があることに驚いた。そして、中国映画におい
て日本人はどのように描かれているのかに興味を持ち、調べることにした。
この論文は、中国映画を新中国建国前後から日中国交回復前、日中国交回復後、そして
香港返還による香港映画の中国映画界参入後までの三つの時代に分け、それぞれの時代に
おいて日本人像はどのように描かれたのか、また描かれ方にどのような変化が起きたのか、
そしてそのように描く目的は何かについて調べたものである。
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
棚橋麻衣
論文題目: 『中国語における漢字の起源と成立』
要
約:
第一章
現代中国で中国語において使用されている漢字は一体どのようなものであるか?漢字が誕
生してから今日までの長い歴史の中で漢字はどのように変化し現在に至るかなどを述べて
いる。
第二章
中国語において使われている漢字は大きく分けて簡体字と繁体字の 2 つがある。その簡体
字と繁体字はそれぞれどのような特徴をもちどのように使用されているかについて詳しい
記載がしてある。さらに繁体字については、近年よくみられる簡体字使用地域での復活に
ついてと、中国圏外の地域での使用について述べている。
第三章
簡体字は 1949 年中華人民共和国成立後の 1956 年に初めての「漢字簡化方案」が公布され
て以来今日まで約半世紀の歴史をもっている。さてその簡体字はどのようにして作られて
きたのか?それは今まであまり知られてこなかった。本章ではその簡体字がどのようにし
てできたか具体例を挙げて紹介している。
第四章
そもそもなぜ漢字は簡略化に至ったのか?その詳しい理由とともに漢字簡略化の歩んで
きた歴史を年代ごとにまとめている。
第五章
簡体字における問題点
先にも述べたように簡体字には 54 年という半世紀近い歴史があるが、繁体字について全
く問題がないというわけではない。本章では簡体字(漢字簡略化)の抱える問題について
詳しく述べている。
第六章
本論文における結論とまとめが記載されている。
卒
氏
名:
富田
業
論
文
要
約
優美子
論文題目: 『中国の交通マナーと交通事情』
要
約:
中国へ短期研修に行ったとき、日本と交通マナーが余りにも違いすぎてカルチャーショ
ックを受けた。そこで、私は、この論文で中国の交通マナーの実態を調べ、規則が守られ
ていない理由について、考察することにした。私自身の中国での体験をもとに、他の人の
体験談も交えて、交通マナーの実態についてどのような状態にあるのか調べてみた。
次に、現在の中国では一体どのような交通事情にあるのか知るために、中国における自
動車保有率の増加や道路建設状況、交通事故の件数や死亡者数を調べ、それらの間に関連
性があるのか検証した。
最後に、なぜ中国では交通マナーが悪いのか、その原因を考察し、述べた。
卒
氏
名:
阿部
業
論
文
約
正稔
論文題目: 『フットボール
~隆盛と情熱~
EL FÚTBOL COMO AZAR Y LA PACIÓN
要
要
』
約:
「サッカー」この言葉は英語から来た日本語である。ではこの言葉を耳にし
たとき、我々日本人は何を思い浮かべるだろう。おそらくだいたいの人がスポ
ーツの一種と答えるのではないだろうか。確かにサッカーはスポーツの一種で
ある。サッカーは今や世界で一番盛んなスポーツといってもいいだろう。しか
し、そのサッカーがただのスポーツだけでは語れない国が存在する。そこは情
熱の国、スペインだ。スペインではサッカーは一つのスポーツであるのみなら
ず、その時、その時の歴史に大きく関わってきた。もしかしたらサッカーの歴
史というものはスペインの歴史と言っても過言ではないかもしれない。今回は
そんなサッカーの生い立ちから始まり、いかに進化し、現在のような誰もが知
るスポーツになったのか。特に、一つのスポーツ以上の意味を持つスペインで
のサッカー、いや、スペイン語の el fútbol に焦点を当てていきたいと思う。
後半は私が6歳から今まで情熱を注ぎ得た少しばかりの知識を生かしてサ
ッカーの現状について、スペインが44年ぶりにユーロ2008で優勝した後、
そして始めてワールドカップを優勝したことによる影響や変化などスポーツ
的な観点から話していきたい。現在、サッカーの世界ではとてつもない金額が
動いている。最近ではレアル・マドリードがクリスティアーノ・ロナウドを獲
得するのに約100億円を費やした。世界では不況が騒がれる中、このような
こともサッカー界では起こっている。それに対して、小さい頃から選手を育て
て、時間かけてチームを作ろうとしているチームもいる。では、今のサッカー
界では何がトレンドになっていて、今後どのように進んでいくのか話していき
たい。
卒
氏
名:
浅野
業
論
文
要
約
愛美
論文題目: 『過去を中心とした時間論について』
要
約:
時間とは何か。我々が日常生活を送るにあたって時間を意識しない日は無いであろう。
時間は我々の生活と密接に結びついている。しかし、時間とは何かという問いに答えるこ
とができる人はいるのだろうか。現在までに多くの哲学者たちが時間について考察してき
たが、彼らの多くは現在を中心とした時間論を展開してきた。これに異論を唱え、独自の
時間論を展開したのが中島義道である。本論文では、中島の著書である『時間論』におい
て中島が考える過去を中心とした時間論について考察していく。
第一章では時間論における過去の重要性、時間成立の条件、時間という観念の成立に必
要な<いま>という観念について考察する。時間は過去化されることで成立し、過去化す
る以前の時間は時間ではないことを明らかにする。
第二章では過去中心主義を主張する上で重要な二つの作用、知覚と想起について考察す
る。空間的延長とは別の延長である時間のうちに現在と過去とを読み込むことによって時
間は成立するということを明らかにする。また、時間という観念を成立させるために必要
な<いま>という観念の幅はその時々の関心において収縮することを論じる。
第三章では、知覚と想起のずれによってもたらされる錯覚、時間の速さについて考察す
る。時間の速さとは、過ぎ去った客観的長さと主観的長さとのずれによるものであり、歳
をとるとこのずれはより大きくなるということを論じる。
結論では、中島が考える過去を中心とした時間論とは何かを明らかにする。時間という
観念の成立には<いま>という観念の成立が必要であり、ある現象が起こった後にその全
体を過去化し、現在と過去とを読み込むことで時間は成立する。中島の過去を中心とした
時間論とは、知覚と想起という二つの作用に依るところが大きい時間論であり、知覚の対
象と想起の対象とを混同しないという人間の能力による時間論であると結論付ける。
卒
氏
名:
伏田
業
論
文
要
約
恵美
論文題目: 『中南米諸国における煙草の歴史と文化』
要
約:
人類は古くから、酒や煙草などの嗜好品を好んできた。とりわけ後者に関してはメキシ
コの古代マヤ文明が起源であり、その壁画にはマヤ族の讃える神が今日の煙草にあたるも
のをふかしているようすも見られ、宗教的・歴史的な観点からみて非常に重要な文化であ
るといえる。かつて煙草はそのマヤの文化において儀式の中で頻繁に使用されていたが、
今日ではもはや殆ど煙草や喫煙という行為に宗教的・儀式的な意味合いは残っておらず、
精神を落ち着かせたり、ストレスの解消としての喫煙が多い。あるいは映画やドラマでは
喫煙という行為はある種のファッションとしてもとらえられている。
煙草が南アメリカ先住民の文化や生活様式にどう関わっていたかを調べることは容易で
はない。というのも、先住民の多くはヨーロッパ人の侵入により滅ぼされたり、強制的に
生活様式を変えざるを得ない場合が多かったからである。実際に古代マヤ文明のものとさ
れる多くの絵文書も、16 世紀スペインの征服時代にやってきたキリスト教宣教師たちによ
って邪教の書として焼き捨てられてしまった。
1492 年にコロンブスがアメリカ大陸に到達して以降、その後も多くの征服者たちが新世
界へと上陸し、征服の歴史が始まった。同時に、新世界の多くのものが旧世界へと運ばれ
ていった。植物に限っていえば、ジャガイモ、かぼちゃ、カカオ、パイナップル、そして
タバコなど多様な有用植物が旧世界へ持ち込まれたが、これらのものがいつもたらされた
かの明確な時期はわかっていない。
このように人類の歴史や生活の一部として古くから存在したタバコであるが、喫煙文化
の歴史や、煙草の存在意義は今日までどのような道を辿り、どのように変化して来たのだ
ろうか。本論文では煙草の起源や歴史を紐解き、「神聖な植物であるタバコ」がどのように
世界中に広まって行ったのか、タバコそのものに関する調査をもとに宗教的、文化的な観
点から考察するものである。
卒
氏
名:
早川
業
論
文
要
約
恵利子
論文題目: 家族における異性愛、血縁関係に潜む問題点の探究
~文学作品:『重力ピエロ』『きらきらひかる』その他:の分析を通して~
要
約:
“家族”というものは、必ずしも異性愛や血縁関係だけで成り立つものではない。しか
し、家族において、「夫婦」という異性愛の概念や、「血縁関係」に大きな意味を持ってい
るような考えを持っている人が多い。本当に異性愛、血縁関係は家族を構築する上で重要
なものであるのだろうか。私は、家族というものは異性愛や血縁関係だけでなく、精神的、
個人的な意思なども重要であると考えている。
つまりこの論文では、家族観あるいは家族という概念を作り上げてきた、血縁関係・異
性愛重視、家族におけるジェンダー的役割を再検討していく。
論文の構成として、第 1 章では、家族の成り立ちに焦点をあて、血縁・異性愛を重視し
てきた近代家族に潜む問題点を探求する。第 2 章では、近代家族の概念がどのような影響
を現代に残しているのか、文学作品『重力ピエロ』を通して血縁関係を中心に考察した。
そして、血縁同様、近代家族に重要視されてきた異性愛に潜む問題点に第 3 章で焦点をあ
てる。なぜ、家族は男女で構成されるのだろうか。同性愛の家族はマイノリティなのか。
『き
らきらひかる』
『REVERSE』を通して異性愛がもたらす同性愛への偏見や差別、また、
異性愛において生まれる性別的分業へと掘り下げていく。そして、近代家族の影響を受け
ながらも、異性愛・血縁関係に囚われない家族も存在している。このような家族にはどの
ような問題があるのだろうか第4章において考えていく。そして、多様化する家族におい
て異性愛や、血縁関係を超えた精神的繋がりこそ最も重要であると主張していく。
卒
氏
名:
神
業
論
文
要
約
愛美
論文題目:
『自殺と向き合う~日本における「自殺対策」と「うつ病」対策の課題の考察~』
要
約:
日本における自殺者数は平成 10 年以降 12 年連続して年間の自殺者数が3万人を超える
事態が続いている。これを受けて、日本政府も平成 18 年に自殺対策基本法施行し、翌年に
は自殺総合対策大綱を交付して、国レベルでの自殺対策に取りかかっている。
現在の日本における「自殺対策」は、総合的な取り組みはなされているものの、従来か
らの啓発事業や研修事業に偏りを見せ、自殺未遂者や自死遺族や自殺者の周りの人々への
支援に関する事業は少ないのが現状である。これは日本における自殺者の原因・動機には
精神疾患、主に「うつ病」を患っていたことが多く見られ、よって「自殺対策」も「うつ
病」を始めとする精神疾患に対する啓発活動や研修活動にその重点を置いたためである。
しかし自殺も「うつ病」も、その背景には多面的な社会的要因が複雑に関係しあって起
きていることから「自殺対策」においてより重要なのは、その社会要因とそれらの関係を
より深く具体的に把握し、その結果に応じて柔軟に対策を立てることである。しかし、そ
の実現のための方法である自殺に関する心理学的剖検が、日本においては進んでいない。
その理由として、日本人が自殺を個人の問題として捉える傾向等が挙げられ、自死遺族や
自殺者知人等から心理学的剖検に対する協力を得られにくいことがある。
以上から、日本では自殺対策は「社会的要因を踏まえて総合的に取り組む」ものと提言
をしているものの、実現に至っていないのが現状である。また「うつ病」対策に関しては、
あらゆる民間団体や自治体等が啓発活動や研修活動などに力を注いできた結果、大きな成
果をあげ、自殺者数を減少させた例もあるが、現代においては若者を中心に発症する新し
い型の「うつ病」が増加しているため、これには、従来の「うつ病」対策も、その対象年
齢の差異や、病自体の症状なども異なることから対応出来ない。これまで様々な成果を挙
げてきた「うつ病」対策も、ここでもう一度見直すことが必要とされている。
今後さらに「自殺対策」が進展しても、自殺が起きる全ての社会的要因等を「自殺対策」
に関わる自治体等が把握し、対応することには限界がある。だからこそ、自殺を予防する
にはまず、我々一人ひとりが自殺というものに向き合うことから始める必要がある。自殺
をどう捉えるかは誰かが決められる問題ではなく、また自殺は善悪を判断するために向き
合う問題ではない。「自殺に向き合う」ということは本質的に「生と死」と向き合うことで
ある。そしてこれは必然的にそれらの背景に広がる社会に目を向け、そのあり方を考える
ことに繋がる。これからも社会は変化を進め、人々の関係性や人生における価値観等、あ
らゆるものが多様化していくと思われるが、今そしてこれからの我々には、一人ひとりが
生きている社会全体の傾向を意識的に把握し、時代の流れにのみ込まれることなく「自分
たちが生きやすい社会、生きていきたい社会」について真剣に考え、具体的に取り組むこ
とが求められている。(総字数 26,976 字)
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
釜澤 知子
論文題目:『在日中南米人児童・生徒の抱える教育問題』
要
約:
本論文は、外国人労働者の親に連れられて日本に来た子ども達の教育について、教育現
場で起きている問題を、政策の先行事例や教員インタビュー、教職課程履修生へのアンケ
ート調査などを基に筆者なりに考察し、今度の課題をまとめたものである。
第 1 章では、日本の外国人労働者受け入れの歴史や現状についてまとめてた。1990 年
の「出入国管理及び難民認定法」の改定に加え母国の経済悪化の後押しもあり、中南米
出身外国人労働者は増加の一途を辿っている。今日、日本における出身地域別外国人勢
力として、ブラジル・ペルーを合わせた中南米勢力は、歴史的につながりの深い中国・
韓国朝鮮の東アジア地域に次ぐ勢力となっている。こうした中、日本語がわからないま
ま学校へ通う子ども達が増え、現場の教員が対応に追われている。日本の学校になじめ
ぬまま不就学となる子ども達や、健康保険証を持たないまま高齢化していく親世代など、
定住化し、日本社会で生きる彼らの様々な問題を取り上げている。
第 2 章では、外国人労働者が多い地区で共生に向けた取り組みを行う自治体の事例を
挙げた。ここでキーワードになるのが、「連携」である。その地域に住む外国人児童・
生徒を、学校だけではなく、地域ぐるみで各機関が連携してサポートを行っている。こ
れにより、教員のみに負担をかけることなく、また、外国人児童・生徒の存在を無視す
ることなく対応している。更には、日本人児童・生徒への多文化教育に発展している点
で興味深い。
第 3 章では、外国人受け入れ、並びに移民受け入れの先進国としてドイツとオースト
ラリアの事例を取り上げている。両国がぶつかってきた数々の局面は、日本にも共通す
るものがある。特に、外国人労働者の受け入れ当初は「短期滞在者であるため政策は無
用」としていたドイツ政府の政策転換は、日本政府の今後の対応を考える上で参考にな
る。また、オーストラリアで行われている多文化教育の授業例は、総合的な学習のヒン
トとなるだろう。
第 4 章では、神田外語大学教職課程を履修する学生を対象に、外国人児童・生徒に関
する意識調査を行った結果報告と考察である。学生の回答から、法律により義務教育の
範囲外となる外国人について、教職課程ではほとんど学ぶ機会がないことがわかる。外
国語大学の学生から「日本の公立学校だから日本人の生徒を中心にすべき」「ブラジル
人学校など外国人学校に行った方がいい」という考えが多く出るなど、多文化教育とは
逆方向の回答が興味深い。増加する外国人児童・生徒に対して、教育現場のあり方につ
いて検討している。
卒
氏
名:
三牧
業
論
文
要
約
和真
論文題目: 『メキシコにおける自動車産業~自動車貿易のプロセスと外資系企業の発展~』
要
約:
世界最大の自動車市場であるアメリカに隣接するメキシコは、北米市場向け輸出生産拠
点としての地位を確立し、2001 年には世界第 8 位、中南米では最大の自動車生産国となっ
ている。立地的な恩恵を享受するとともに、経済政策や度重なる「自動車に関する政令」
の改定、安価な労働力等を駆使することで今日の地位を我が物とした。
1994 年の北米自由貿易協定(NAFTA)の発効の際にメキシコからアメリカへの乗用車輸入
関税が即時撤廃されたことは、メキシコの自動車生産・輸出拡大の追い風となった。また、
日本とメキシコの間では、2004 年に経済連携協定(EPA)が発効されており、日系メーカーに
とっては現地生産や輸出における絶好の環境となっている。
このように経済政策による保護を受けた市場にアメリカやヨーロッパ、更にはニューカ
マーと呼ばれる日系メーカーが続々と進出し、最新鋭工場の建設や新車種の生産等の大型
投資を行ってきた。2000 年代に突入してから経済が悪化し、国内市場が低迷しているもの
の、メルコスル等の地域統合によって拡大した市場で、特定車種に特化する等補完関係を
構築し、輸出を増加させることで生産活動を維持している。
輸出入を相手国別に見ると、かなりの偏りが見られる。2002 年の輸出台数 130 万余りの
うち、58%がアメリカ向けであり、10%がカナダ、3%がドイツ向けである。一方、輸入は
金額で見るとアメリカからの輸入が 72%、カナダから 19%、ドイツから 8%であった。こ
のように輸出入とも完成車においては、アメリカ、カナダ、ドイツの 3 ヵ国に特化してい
る。メキシコ自動車産業の対アメリカ輸出拠点化が進むとともに、90 年代後半から生産台
数に占める輸出向け生産の割合が急速に高まっている。特に、95 年には生産台数に占める
輸出向けの割合は 8 割を超え(77 万台)、前年の 5 割から大きく成長した。その後も輸出台
数は増加し続けており、近年では 150 万台に迫る規模になっており、その 8 割強が北米向
けである。
一方 80 年代初めのメキシコでは、輸入代替工業化政策の下で自動車産業は規模の小さな
国内市場を対象に、先進国と比べて数世代遅れたモデルを生産し続けていた。その状態を
90 年代前半における多国籍企業の輸出戦略が大幅に変えたわけである。現在、メキシコに
おいて生産活動を行っているメーカーは乗用車生産を中心に見ると、フォルクスワーゲン、
日産自動車、ダイムラークライスラー、フォード、ゼネラルモーターズ、ホンダ、ルノー、
BMW の 8 社であり、生産を輸出向けにみると、アメリカ系及びドイツ系メーカーは輸出比率
がそれぞれ 70%を超えているのに対して、日系メーカーの比率は 50%前後である。アメリ
カやヨーロッパ系メーカーとの良好な貿易関係を築き、それまでの輸入に頼る体質は脱ぎ
捨て、生産拠点としての役割を得たメキシコに全世界の視線がフォーカスされている。
卒
氏
名:
約:
論
文
要
約
岡田千春
論文題目: 『
要
業
ウルグアイの教育と労働市場
』
第一章ウルグアイの教育:
ウルグアイが中南米諸国の中でもチリに次ぐ高い教育水準を維持している。そこには、初
等教育から大学まのでの公立校の無償化と初等学校・中等学校の義務化にいち早く取り組
み、国民が教育の重要性にについて認識させる徹底的な改革があった。一方で近年では、
公立校と私立校の教育格差の拡大が問題視されている。また、国立大学の無償化で膨大な
生徒数と厳格な落第制度で途中退学者や卒業の大幅に遅れる生徒が増えている。2006 年に
教育改革を最重要課題とし、政権交代をしたバスケス前政権の抜本的な教育改革により、
調査結果では貧困層と極貧困層の改善の兆しがある。
第 2 章ウルグアイの労働市場
高い教育レベルで育った学生が、卒業後どのような進路をたどるのか?就職口の少ないウ
ルグアイ学生が最も選ぶ職業が公務員である。低賃金の公務員を選ぶ理由とムヒカ現政権
が行う国家公務員改革により国家公務員の給与面での待遇が良くなった。求職者の就職口
を拡大する一つが、フリーゾーンの存在である。ここに拠点を置く外資系企業がウルグア
イ国民の活性化と経済発展を遂げる南米の貿易拠点とする取り組みが行われている。
世界市場から見たメルコスール加盟国のウルグアイの活躍で国内はどのように発展してい
くのか。また現在ウルグアイが抱える労働問題と男女格差問題で探る。
卒
氏
名:
齋藤
業
論
文
要
約
香菜子
論文題目: 『エル・システマ~ベネズエラ・音楽教育体制の歴史と成果~』
要
約:
南米ベネズエラでは今日でも貧困や犯罪の問題に悩まされている。ラテンアメリカのな
かでも社会状況は深刻である。これに立ち向かうべく、ある画期的なシステムが生み出さ
れた。貧困・犯罪に打ち勝つための武器は、銃などの兵器ではなく、音楽を奏でる楽器で
あった。
子供たちを貧困や犯罪から守り、社会で活躍する人材に育てることを目標とした音楽教
育の体制が「エル・システマ」である。オーケストラ活動や合唱といった音楽活動を通じ
て、子供たちは規律や協調性などを学び、人間的な成長を遂げていく。
35 年前に生まれたこのシステムは、数人で結成した小さなオーケストラの活動から、現
在ではベネズエラ全国に拡大した社会政策へと至った。活動を運営する FESNOJIV と呼ば
れる組織によって、どんな子供たちでも、無償で音楽を学び、オーケストラに参加するこ
とが可能になり、たちまち音楽教室はベネズエラ中に広がっていった。組織としては政府
から独立した存在のものであるが、近年、ウゴ・チャベス政権の進める改革にエル・シス
テマの活動が採り入れられるようになって以来、活動の規模はより拡大している。
エル・システマの創設当初には国民にとって縁遠い存在だったクラシック音楽も、今で
はベネズエラを代表する文化の一つといっても過言でないほど、多くの国民に愛された音
楽へと成長した。エル・システマはベネズエラに文化的・社会的影響を及ぼしただけでな
く、世界で活躍するプレーヤーを生み出し、システム自体も世界中で高い評価を得ること
となった。
本論文では、まずエル・システマの活動内容やシステムの仕組みについて述べ、次にエ
ル・システマが社会政策になるまでの歴史や、活動の功績、社会的成果について論じ、最
後にこのシステムの世界への発展について考察する。
卒
氏
名:
椎名
業
論
文
要
約
亜衣
論文題目: 『スペイン人にとってのイスラム・スペイン』
要
約:
最初にこの論文のテーマを明らかにする。そのような目的のために章がどのような構成
になっているのか、簡単にまとめた後、結論を述べる。イスラム期のスペインと、現代の
イスラム教について、現代スペイン人がどのように認識しているか考察し、未来のスペイ
ンが共存に至る可能性を模索する。
第一章では大まかなイベリア半島の歴史について述べる。人種・宗教・文化が複雑に絡
み合う歴史を概略することで、スペインの特色となっている多様性について考える。
第二章では、イスラム教勢力によるスペイン侵略、イスラム・スペイン期に繁栄したイ
スラム文化について述べる。イスラム教勢力によるスペイン侵略の際は、共存にまでは達
していないが、異教徒を迫害せずにいた。それは『コーラン』の記述にある、啓典の民と
して存在を認められていたからである。文化的繁栄、宗教的寛容があったことを明らかに
する。
現在多くの観光客を魅了するスペインの世界遺産にも、アラブ的要素が見いだせる。そ
こにはムデハル様式などの、イスラム文化の高度建築技術が見られる。キリスト教とイス
ラム教文化の融合として、スペイン独特の特徴として世界中から賞賛されている。
第三章では本題であるスペイン人がイスラム・スペインについて、どのように考えてい
るか考察する。スペインを構成する要素としてイスラム教、イスラム教徒、イスラム文化
はけっして無視できない。しかしカトリックにとっては、自身の歴史(イスラム勢力を否定・
排除していた歴史)をも否定することに繋がりかねない。今やもう、イスラム・スペイン期
を否定し、イスラム教(徒)の脅威を訴えるような声は時代遅れである。若者の動きであるモ
ビーダから始まり、スペインは転換期を迎えたからである。
スペイン人にとってのイスラム教観は、極端に両義的である。歴史に汚点を残したイス
ラム教徒、反対に、今日のスペインを構成する素晴らしい文明をもたらしたイスラム教徒。
しかし未来のスペインに必要なのは後者であり、スペインは歴史を再認識するためにも、
新たな時代を切り開くべきである。
卒
氏
名:
高田
業
論
文
要
約
えりか
論文題目: 『メキシコ食文化の変遷と伝承』
要
約:
本論文はメキシコで経済発展や近代化が進む中、今後も歴史ある継承されていくかを論
ずる。そもそもメキシコ料理とはトウモロコシで作るトルティージャを主食として、それ
に肉を挟みトウガラシやトマトまでを混ぜたサルサソースをかけて食べることが多い。こ
れはタコスと呼ばれ日本でも馴染みがある。我が国において一般的に知られているメキシ
コ料理はテクスメクス(テキサス州発祥の料理)であり、本場メキシコ料理とは少々異な
っていることがある。メキシコは様々な食材の原産国でもあり、多様な材料とスペイン植
民地時代に持ち込まれた調理技術や食物が融合し独自のバラエティに富む料理が完成され
ている。先月 11 月にはユネスコ無形文化遺産に「メキシコの伝統料理」が登録されるなど
世界から注目も浴びているのだ。
メキシコの食文化の歴史は古代文明時まで遡る。例えば、トウモロコシは今から 6000 年
程も前から栽培が始まっており、メソアメリカ文明の母体ともなったオルメカ文明時(紀
元前 1200 年頃~紀元前後)にニシュタマリゼーションといったトウモロコシの皮を柔らか
くし調理しやすくする他、栄養価を高める石灰処理が施されていた。この技術の効果は最
近まで発見されていなかったが、この処理法のおかげでトウモロコシを主とした食生活で
も十分な蛋白質が得られていた。また、チョコレートの基となったカカオ豆もこの地が発
祥地とされており当時カカオは貴重品で高貴な人だけのものであった。それが、スペイン
人による植民地化により、砂糖が伝えられ今のチョコレートが出来た。また、プエブラ州
ではチョコレートを用いた伝統料理モレが生まれ、現代でも多くのメキシコ人から愛され
ている。
このようにして歴史と共に発展してきたメキシコ料理が近年、トウモロコシの価格高騰
などで脅かされている。メキシコは GDP14 位、NAFTA 締結等と先進国入りを目指してお
り、それに伴い国民のライフスタイルの変化が生じてきた。国民は都市部に仕事を求める
ようになり、これまでのシエスタとして昼食をゆっくりかけて食べるスタイルからファス
トフード等の手軽に食べられるものが普及しだし、栄養バランスと共にメキシコの伝統料
理の存続が危ぶまれていることも事実だ。
メキシコ人は今後、自分たちの地で作られた伝統料理を忘れ去ってしまうのか否か、本
論文では筆者のフィールドワークと共に論じる。
卒業論文
要約
氏名:内田梨恵
論文題目:中南米における一次産品について
要約
近年のラテンアメリカでは、輸出依存度が急速に高まってきている。特に一次産品輸出
は工業製品を上回る勢いで伸びているのだ。本論文では今後ラテンアメリカの経済発展に
おいて重要な柱となっていくであろう一次産品、中でも農産物に焦点をあて、その歴史的
変遷と現状、さらには今後の課題についても論述していきたい。
初めに、ラテンアメリカのバナナ産業について民族系企業を中心に発展したエクアドル
のバナナ産業と、米国多国籍企業によって支配されてきたコスタリカのバナナ産業につい
てみていこうと思う。
次に、ユナイテッド・フルーツ社の中南米バナナ産業独占の歴史を、バナナ産業が盛ん
な中米諸国のひとつ、コスタリカを中心に見ていきたい。当時国際的商品であったコーヒ
ー貿易をさらに有利に展開することを目的に大西洋の鉄道を敷設したことが、結果的にバ
ナナ産業の成立と発展を実現させることとなった。しかしユナイテッド・フルーツ社が労
働者に支払った賃金や借用地の土地代、輸出税、国内バナナ栽培者に支払ったバナナ買い
上げ代金などと、プランテーション内での労働者の消費などを考慮すると、少なくとも 1940
年代まではコスタリカ側になんの利益ももたらさなかったのである。
次に中南米諸国のコーヒーの現状を国ごとにみていく。
最後に米国企業がキューバへ進出していった過程を見ていきたい。
米国資本進出にキューバが選ばれた要因として、主に以下の三つの政治的、経済的要因
が挙げられる。第一に、キューバの「政治的安定」である。第二に、1930 年の互恵通商条
約によってキューバ糖に対する関税が 20%切り下げられたことである。この結果、キュー
バ糖は米国市場における競争力を相対的に強化することができた。第三に、キューバの生
産費が本土や領土に比べて著しく安い点である。
まとめとしてこれまでのラテンアメリカにおける一次輸出の変化と今後の課題をまとめ
る。
近年の一次産品輸出には産品構成にこれまでにない変化が見られる。労働力の国際活動
とそれにともなう受け入れ国側の様々な問題は、資本主義そのものが持つボーダーレス性
の必然の産物であるのだ。アメリカの支配下に置かれた中米諸国では実現されなかった、
多様なエスニック集団間の多国籍企業と向き合うこと、連帯することは、今後私たちに残
された課題でもあるだろう。
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
荒井聖美
論文題目:『Ⅲ-다가の意味と用法について』
要
約:
本稿では、前件の対象語を所有(あるいは保持)しながら後件がことなる場所でおこな
われることをあらわすⅢ-다가を取りあげた。コーパス 21 세기 세종계획の文を分析するこ
とで、Ⅲ-다가の前後で主語が変わらないことが多く変わっても問題がないことを確認し、
アンケート調査によってⅢ-다가と置き換えられる接続語尾を見た。Ⅲ-다가は日本語の「…
して来て」「…して行って」「…して」にあたるが、3つのうちどれを選択するかは、その
都度文をひとつひとつ分析していかなければならない。また、Ⅲ-다가の意味と用法を完全
に網羅する定義付けは難しく、文脈を丁寧に見ていく必要があると感じた。
卒
氏
名:
有谷
業
論
文
要
約
めぐみ
論文題目:
『家族間コミュニケーションの問題点と価値の考察
角田光代「空中庭園」瀬尾まいこ「幸福な食卓」の分析を通して』
要
約:
近代化に伴い、家族はこの半世紀の間に、教育機能、介護機能などを社会に委託して
は放出し、その機能を縮小させてきた。家族中心の生活領域から、個人の生活領域が広が
ったのもこの時期で、個人化を著しく促進させた。また、この頃から家庭の「外」、家庭の
「内」という概念も生まれ、家庭は家族のメンバーの外での生活を下支えするところ、と
いう考えも根強いものとなっていった。このような社会の変化により家族で共有する時間
は減少し、人々は家庭を「安らぐ場所」にするため、当たり障りの無いコミュニケーショ
ンによって家族との関係を維持するようになっていったのである。
役割に依存した家族は、家族の本質的な機能を果たしているとはいえない。また、コミ
ュニケーション不足を解消すべく、情報共有や内面をさらけ出すことによって信頼や絆を
深めようとしてきた家族も少なくないだろう。しかし、それらによって構築された信頼や
絆では、「他我」を生みやすく、結局は思い込みや馴れ合いの家族関係が築かれてしまうの
である。これは相互理解とは言えないのではないだろうか。では、どうすれば馴れ合いで
も共依存でもない家族関係が築けるのだろうか。それは、
「他人」同士のコミュニケーショ
ンからそのヒントを得ることができる。
「他者」であるという認識をもち、一個人同士の「相互尊重」を目指すことで、家族は
その価値を発揮するのである。家族との人格と人格の結びつきを強めていくことが家族の
絆となる。また、そうして構築された絆によって家族のメンバーひとりひとりの自己実現
を可能にし、また心的距離の保持によって小さな変化にも敏感に気づくことができるよう
になるのである。
そして、自分という人間がひとりしか存在しないように、家族もアイデンティティを確
立して私たちにとって「かけがえのない存在」になっていくのである。
卒
氏
名:
寺口
業
論
文
要
約
純平
論文題目: 『スピノザの神への愛について』
要
約:
本論では、スピノザの考える神、そしてその神を我々が愛することはどういうことなの
か、神を愛することによって何を得られるかについて、スピノザの著書である『エチカ』
を元に考察する。
第一章では、神に関する定理を考える前に、考察しなければならない定義や公理につい
て考察する。定義や公理について考える必要があるのは、ユークリッド幾何学が確かな定
義から出発するその仕方にあり、その認識を欠いては定理の段階に進むことはできない為
である。更に、定理に進む前に、定義、公理のみで分かる事柄について考察する。
第二章では、『エチカ』の第一部、神について特に理解すべきであろうと判断した定理の
みを考察する。神がどのようなものであるかを理解する必要性があるのは、愛の対象が神
であるからである。これによって、スピノザの神を愛することの関係性、即ち、我々人間
と神の関係性が神の本質と関わりがあることをより理解することができる。
第三章では、
『エチカ』の第五部、知性の能力あるいは人間の自由についての一部の定理、
即ち神への愛に関する定理のみについて考察する。神を愛するとはどういうことなのか、
そして、神を愛することによって我々にどのようなことが起こりうるのかについて考察す
る。
結論では、神を愛するということは、神や神の本性を認識することによってこそ生まれ
る喜びから生じるものであることをみる。神を愛することによって何を得られるかについ
て、認識による喜びそのものによって神を愛することにより、既に喜びという神の恩恵を
受けていることを示す。
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
山田 育美
論文題目: 『J-POP と K-POP の比較から見える日韓表現の違い』
要
約:
大学で韓国語を学び、1 年間韓国に留学した時によく K-POP を聞くようになった。その
時、K-POP では自分の考えや思いをストレートに伝える表現やリズム感を重視した曲など
が多いということを感じた。逆に J-POP では花や空など自然の言葉が使われている歌や季
節感溢れる歌、そして自分の思いを何か他の物に例えた婉曲的な表現を使う歌が多いと感
じた。このようなことから J-POP と K-POP との違いに興味を持ち、歌を通して日本人や
韓国人の考え方の違いや文化の違いについて調べてみたいと思ったため、卒業論文を執筆
する上でこのテーマを選んだ。
分析では対象として、2009 年偶数月のランキングで 1~3 位にランクインした歌を日韓
各 18 曲ずつ、合計 36 曲使用する。分析は量的な分析と質的な分析の 2 つを行う。量的な
分析では文法的なものに沿って品詞や人称詞、よく使われている単語や「季節、色、自然、
感情、時」などのキーワードに当てはまる単語を抽出する。質的な分析では、量的な分析
で抽出した「感情」に当てはまる単語を用い、感情を表すものの中でもそれは特に喜びを
表しているのか、悲しみなのか、悔しさなのか、恨みなのかなど、どのような感情表現が
多く使われているのかということを調査する。
2 つの調査から分かったことは、まず 1 つ目に韓国と日本とでは人気がある曲のジャンル
が違うという点である。韓国ではみんなで歌って踊れるダンスミュージックが多く、その
ため歌詞でも同じフレーズが何度も繰り返されていたり英語が多用されていたりした。一
方日本の場合はポップミュージックが多く、K-POP のように同じ単語が何度も繰り返され
ていることはあまりなかった。2 つ目は人称詞の部分で K-POP では 1 人称が多かったのに
対し、J-POP では 2 人称が多かった点である。韓国では何かを話す時自分の意見を主張す
ることが重要だと考えられるため、歌詞でもストレートな表現が多く、国民性が現れてい
た。一方で日本では何かを話す時に相手との調和を重んじるため、歌詞でも 2 人称が多用
されていたのではないかと考える。3 つ目は、感情表現において日韓共通で<愛>と<未練
>についての表現が多かった点である。また、J-POP では歌を通して<苦しみ(悲しみ)
>を共有する傾向があり、K-POP では歌で<孤独>を表す傾向があることが分かった。4
つ目に J-POP は K-POP よりも季節に関する単語を多く使っていることが分かった。
卒
氏
名:
安藤
業
論
文
要
約
建一郎
論文題目: 『ピューリタン共同社会における虐待容認の可能性について』
要
約
:
本論文では新大陸にて「契約による共同社会」を主眼においたピューリタンの植民地社
会の児童観、教育観を調べることで当時の社会に虐待を容認する要素の有無を問うもので
ある。
第一章にて虐待の種類および虐待の誘発要因である社会ストレス要因および文化的要因
をあげ、社会が構成員に与えるストレスが「家庭内の治安維持のための手段」としての虐
待を誘発する可能性を指摘するに至る。
第二章にてピューリタンの教義および形成過程を述べるともに、ピューリタンにおける
児童とは原罪に基づく「小さな大人」であり、原罪から救済し敬虔なピューリタンである
「聖徒」を目指すための早期宗教教育と児童の自我を強制し目上の者への服従を強制する
ために身体的、精神的な「しつけ」の必要性を説いた。
第三章にてニューイングランド植民地の運営形態を述べ、当時の社会は典型的な多産多
死社会であり、児童は 7 歳までは「小さな大人」と認識され、家庭において両親の教育に
おいて摩擦が生じ始める時期に合わせて彼らは奉公に出され、他家の主人に服従し仕事を
覚えることとなる。
生産活動は主に独立自営農民のコミュニティによる集団農業であり、商業はイングラン
ドから派遣される卸商人が主であったが、本国の経済危機による商品作物の価格暴落を契
機に植民地での商業改善を目指すこととなり、商業の発展にあわせて移住者が増加し、ピ
ューリタンによる共同化社会を形成することは難しくなってくる。
本論文のまとめとして、ピューリタンによる共同体社会は児童における「しつけ」の必
要性を説きつつまた精神的に服従を強要する点から「家庭内での治安維持」のための虐待
発生の危険性があることを指摘するに至るものである。
卒
氏
名:
青野
業
論
文
要
約
優希子
論文題目: 『過去の克服―ドイツの戦後補償に見る日本の戦後補償への一考察―』
要
約:
本稿では、日本の戦後補償に関する一考察として、ドイツの事例をもとに論を展開する。
第2次世界大戦という非常に大きな戦争の爪痕を当初は「賠償」という形で当時の敗戦国
が世界の中での再生にむけ、おもに金銭面でつぐなった。しかし、今現在生きる国民には
戦争経験者と戦争未経験者がおり、圧倒的に戦争未経験者が多く、過ちを繰り返さないた
めには、戦争の「賠償」だけではなく、「補償」から意識付けを行うことが必要であると叫
ばれる時代になった。そこで今回は国民の戦争に対する意識を教育などによって積極的に
構築したドイツの先進的な戦後補償を参考に国民規模と国家規模の意見の間にずれのある
日本の原因と今後の方針についての考察を行うという内容である。第Ⅰ章では戦後補償の
概念の紹介とモデルとなるドイツで第2次世界大戦中なにが起こったのかを包括的にまと
めた。つぎに第Ⅱ章では、その過ちをドイツはどのように克服しようと補償を提案してい
ったのかを論じる。さらに第Ⅲ章では日本の戦後補償のケースについて述べ、ドイツと日
本の類似点、相違点を分析し、おわりにでは、今後日本が戦争の過ちをどのように補償し
ていくべきかの一考察を行う。
現在世界の大まかな動きは「賠償」と「補償」の区別をすべきであるということであるが、
日本の国家規模ではその双方の区別が曖昧である。そこで筆者は対国家だけではなく、対
個人の補償を手厚くすることによって補償が行われると評価されると考えを本稿では積極
的な国内、国外の対個人の補償受け入れを提案する。このことによる利益、不利益は多々
考えられるが、戦争という悲惨な殺戮を2度と繰り返さないためにも筆者は補償の充実が
戦争防止さくになるのではとかんがえたことからこの節を提案している。戦争経験者と未
経験者による意見の相違も世論調査などで知ることができ、ひとつに考察を限定すること
は難しいと考えたので一考察という題目になった。本稿の読者にはぜひ、日本の現状とド
イツの先進的な考えを踏まえ、読者自身にもどのような考察が必要か考えてもらいたい。
卒
氏
名:
深田
業
論
文
要
約
恵
論文題目: 『バイリンガル都市モントリオールの言語事情』
要
約:
本稿は、カナダ唯一のフランス語圏ケベック州のモントリオールを舞台に、英語とフラ
ンス語におけるバイリンガリズムについて論じていくものである。また、フランス語圏で
あるにも関わらず、英語の使用に寛容である理由について述べる。
1.では、カナダの公用語政策の歩みを通して、カナダの公用語が制定された経緯につい
て論じる。また、英語とフランス語のバイリンガル率についてデータを出し、カナダのバ
イリンガル事情について述べる。そこから、いかにケベック州モントリオールのフランス
語話者が多くかつ、なぜバイリンガルが多いのかについて考察する。2.では、1977 年フラ
ンス語憲章を通して、ケベック社会がどのように変容していったのか、なぜカナダの中で
唯一のフランス語圏が存在するのかについて述べる。ここでは、アングロフォンとフラン
コフォンそれぞれの立場に立って、フランス語憲章が与えた社会の変容について論じる。
アングロフォンは 1960 年代、少数派でありながらビジネスの上層であったが、フランス語
憲章の制定によって転落への道を歩んでいったのである。一方フランコフォンは、多数派
でありながらアングロフォンに敵わなかったが、静かな革命以降彼らは自分たちの地位を
取り戻すことになった。3.では、2009 年 8 月 1 日から 9 月 16 日までの期間における現地
での観察から、モントリオールのバイリンガリズムについて論じる。具体的には、交通標
識や商業用看板のバイリンガリズムについて主に考察する。他の州と比べることで、モン
トリオールの言語状況における特徴がよりわかりやすい結果となった。写真やパッケージ
といった資料から、視覚的にモントリオールのバイリンガル状況を示しながら考察する。
また街の施設におけるバイリンガリズムや、英語とフランス語の言語接触、仕事言語につ
いて述べる。
卒
氏
名:
五味渕
論文題目: 『
要
業
論
文
要
約
舞
日本の若者は、世界でグローバル競争に打ち勝てるのか
』
約:
ゆとり世代と言われる現代の若者。学力低下に伴い、グローバルな視野を持てない若者が
急増している。原因は、日本の教育制度に多くある。日本の若者だけではなく、日本の大
学、起業までもが、世界のグローバル化から取り残されている。日本の若者が、日本に閉
じこもっている間に、お隣の韓国、中国など特にアジア圏の国々の海外進出が目覚ましく
発展している。中国、インド、韓国の海外留学生が年々、増加傾向にあるのに対し、日本
人留学生は減少傾向にある。アメリカのハーバード大学でも、去年入学した日本人学生は
たったの 5 人だ。さらに、日本の大学の魅力が薄れている。つまり、日本に魅力的な人材
がなかなか入ってこないということだ。日本には資源がない。日本は人材こそ国の力なの
だ。このままでは日本は世界のグローバル競争から取り残されてしまう。お隣の中国は日
本の高度成長期のような、経済発展を武器に世界進出し、今や世界一の経済大国になろう
としている。韓国でも、サムスン電子を筆頭に、日本をビジネスでも学力でも差を着けて
いる。
なぜ、このような差がついてしまったのだろうか。そして、この差はどうしたら埋めら
れるのだろうか。日本に何が足りないのかを分析するため、中国、シンガポールなどの発
展が目覚ましいアジアの国々を取り上げて比較したい。まず、中国人と日本人の若者は意
識が違う。学生を取り巻く環境、プレッシャーなどが学生を動かしている。そしてシンガ
ポールでは、政府の教育に対する取り組みが違っていた。
さらに、グローバル化を成功させた例として、韓国のサムスン電子を取り上げたい。同
社で行われている新人教育はこれからの日本企業の模範となりうるだろう。日本でグロー
バル化を推進している例として、野村ホールディングスを取り上げる。金融というグロー
バル化が出遅れている業界の中で彼らが行っている新人教育を取り上げたい。
最後に、これらを踏まえて何が、日本には不足していて、どう改善すればいいのかを自
分なりに論じたい。各国の成功例を見ると、これから若者がどうグローバル競争を戦って
いかなければならないかが見えてくる。これらを改善することで日本の未来が大きく変わ
っていくだろう。
卒
氏
名:
後藤
業
論
文
要
約
舞
論文題目:
『現代アメリカ社会における構造的人種差別――監獄システムから見えてくる格差―
―
要
』
約:
2008 年 11 月、アメリカ合衆国に初の黒人大統領としてバラク・オバマが就任した。しか
し、この黒人大統領の誕生が、アメリカにおける人種平等の実現を目の当たりにした歴史
的瞬間であったと本当に言えるだろうか。現在のアメリカ社会は「カラーブラインド社会」
と呼ばれ、人種の中立性を促すことでマイノリティ、つまりはある特定の有色人種の困難
な状況を隠蔽するような時代であると言われる。
本論文では、現代アメリカ社会に潜む構造的人種差別を、アメリカの監獄を通して考察
する。また、新たな人種差別を助長する可能性を内包する監獄の民営化についての考察も
加え現在も続く構造的人種差別に対する改善の糸口を見つける。
第 1 章では、目に見える形で存在してきた人種差別の歴史を、アメリカ建国から公民権
運動までを通して考察する。第 2 章では、現代アメリカ社会に潜む構造的人種差別を、ア
メリカの監獄の歴史と現状を通して考察する。そこでは、現代アメリカ社会において、な
ぜ黒人の投獄率と囚人数が増加しつづけているのかを検証していく。第 3 章では、新たに
人種差別の犠牲者を生む可能性のある監獄の民営化に対する問題点を論じ、筆者なりの構
造的人種差別に対する改善策、解決策を述べる。
結論として、本来、罪を犯した人々を更生し、社会復帰の手助けをする理念を掲げるア
メリカの監獄において、見えない人種差別的措置の犠牲者となっている黒人たちの現状を
見過ごしてはいけないと論じる。本論文を通し、黒人における人種差別の歩みを考察する
中で、現代アメリカ社会に潜む人種差別の犠牲者を生む構造が見えてくる。形を変えて常
に存在し続けてきた構造的人種差別を、アメリカ国民が認知し、現在の監獄システムに疑
問を持つことが重要である。アメリカ政府は、犯罪の起こる原因の根本を見直し、囚人数
を増やすのではなく、減らすための環境づくりに取り組むべきである。また、現在の世界
的経済不況の産物として、監獄という施設が、ビジネスの舞台として扱われることに異議
を唱える。ビジネスの舞台としての「監獄」が成立してしまえば、さらなる構造的人種差
別の幅を拡げる可能性へと繋がる。筆者は、本論文を通し、監獄の民営化に反対する。ま
た、本論文においては、慣習に従ってアフリカ系アメリカ人を黒人と表記する。
卒
氏
名:
金澤
業
論
文
要
約
桜
論文題目: 『「人間の安全保障」と国際教育開発援助―日本のルワンダにおける教育支援』
要
約:
「人間の安全保障」とは、「恐怖からの自由」と「欠乏からの自由」の達成を目的として
いる。しかし、世界には開発途上国を中心に学校へ通うことができない子どもたちがおよ
そ 7500 万人いる。それはつまり、生きていくうえで必要最低限の能力を教育を通じて得る
ことができず、貧困からも脱出できず、「人間の安全保障」が脅かされている状況である。
このような子どもたちの「人間の安全保障」を実現するには、教育機会の普及が急務であ
り、そのための国際教育開発援助は重要な手段である。本論文では、日本の国際教育開発
援助を「人間の安全保障」の観点からとらえ直し、その事例としてルワンダにおける教育
支援を取り上げる。日本の教育開発援助(ODA)では「人間の安全保障」の確立のために、
どのような活動を行なっているのか検討し、今後の教育 ODA について考察した。その結果
は以下の通りである。
第一に、国際教育開発援助は国際的潮流とともに変化してきた。1990 年代以降、国際教
育開発援助は「人間の安全保障」重視へ方向転換した。特に、基礎教育は、「人間の安全保
障」確立のために大きな役割を果たすとみなされ、基礎教育普及の重要性が再認識された。
第二に、日本の ODA は、この「人間の安全保障」重視の国際的潮流の中で、活動指針で
ある「ODA 大網」を 2003 年に改定し、
「人間の安全保障」への取り組みを明言した。その
一環として、教育分野重視の姿勢を打ち出し、日本の ODA の実施機関である国際協力機構
(JICA)も「人間の安全保障」確立のための理念に基づいて活動をしている。
第三に、事例としてアフリカのルワンダにおける日本の教育支援をとりあげた。ルワン
ダは 1990 年代前半に民族虐殺・内戦で現在は内戦も終結し、民族和解を含めた社会復興の
ための取り組みが進められている。日本の活動として JICA と NPO 法人「ルワンダの教育
を考える会」を取り上げた。問題点として、初等教育から中等教育への就学率の低さ、言
語制定などが挙げられる。JICA はこれらの問題を解決するために、教員の質の向上、カリ
キュラムの制定などの支援を行なっている。NPO 法人「ルワンダの教育を考える会」は、
「民族、宗教などにとらわれることのない教育支援」という理念を基に、政府機関である
JICA が関わりにくい分野で教育機会の提供を行なっている。
以上の通り、日本の教育 ODA は国際的動向とともに変容し、「人間の安全保障」の概念
に基づいた支援に力を入れている。この点は評価できるが、就学率の改善、民族和解への
アプローチなどの問題が挙げられる。これらの問題を改善するために、日本の教育 ODA は、
即戦力となる現職職員参加制度の促進や、NGO・NPO との連携をより深めることで、一層
効果的な支援ができるだろう。
卒
氏
名:
金澤
業
論
文
要
約
佑美
論文題目: 『二十代日本人女性の結婚と自立をめぐる意識』
要
約:
19 世紀前半の欧米でのフェミニズムに始まり、世界では今日まで女性の社会進出を求め、
様々な取り組みが行われてきた。また、1970 年頃から登場した「ジェンダー」という概念
はこれまでの「性別そのもの」や、
「性差」、「性別役割」などに対する考え方を見直す重要
な契機となっている。日本でも 1970 年代以降、企業で勤める女性が増加し始めたことに伴
い、1986 年には男女雇用機会均等法が施行された。いまや、女性が働くということは当た
り前のこととして認識されてきている。
しかし、そのような流れの中で、今、専業主婦になりたい 20 代女性が増えているという。
国立社会保障・人口問題研究所が行った「第 4 回全国家庭動向調査」の結果では「夫は外
で働き、妻は主婦業に専念」という考えに「賛成」と答えた 20 代の既婚女性が 47.9%とな
り、1 位の 60 代女性に次いで 2 番目に多い結果となった。これは今までの「女性の社会進
出」を促す動きに逆行する新しい傾向と言えるのではないだろうか。なぜこのような結果
になったのだろうか。そして、これが今の 20 代女性たちの本音なのだろうか。
本稿では、現代の 20 代日本人女性たちに焦点を当て、彼女たちの結婚と自立をめぐる意
識を探るべく、20 代日本人女性 37 名を対象としたアンケート調査や、20 代女性および、
母世代へのインタビュー、雑誌の脱構築などを行った。まず、第 1 章では現代の 20 代日本
人女性がどのような環境で育ち、今現在どのような状況にあるのかを述べる。続く第 2 章
では、20 代女性にとっての結婚とはどういったものであるのかという点について、彼女た
ちの結婚願望および雑誌に見られる結婚言説、さらに「専業主婦志向」へと焦点を当て、
現在の 20 代女性の結婚観を見ていく。第 3 章では第 1 章、および第 2 章で見てきた 20 代
女性を取り巻く環境の中から①親世代の影響と、②結婚と仕事の関係、さらに③自立の問
題へと焦点を当て、より詳しく考察し、彼女たちの結婚と自立をめぐる意識を明らかにす
る。
卒
氏
名:
加藤
業
論
要
約
翔太
論文題目: 『アメリカとイランの関係
要
文
~対立と今後の展望~』
約:
1979 年のイラン革命によってイランはイスラム共和国として生まれ変わり、イスラム法
とその法学者による統治の確立を目指したイスラム神権国家となった。建国の父ともいえ
るホメイニがその宗教的信条から反米思想を声高に唱え、それまで維持されてきたアメリ
カとの関係を断ち切り、反米イデオロギーを基盤とする体制を作り上げた。アメリカもこ
れによってイランに対して長年圧力をかけてきた。その後も湾岸戦争、アメリカ同時多発
テロといった中東情勢を揺るがす出来事が起こる中、イランでは核開発疑惑が浮上し、核
開発を破棄させようとするアメリカとそれを拒むイランとの間でさらなる対立状態へと突
入し、現在も関係改善の見通しは全く見られない。このように両国の対立は現在、中東地
域において最も困難で、重大な問題となっている。本論ではアメリカとイランの関係はな
ぜ修復しないのか、なぜ対立するのかということを解明した上で両国の関係を考察し、さ
らに核問題と絡ませてこの二国間関係は今後どうなっていくか、どうあるべきか、という
点を明らかにした。
両国が対立する背景にはいくつかの要因が見られる。一つには革命以前の 1953 年にアメ
リカの介入によってパフラヴィー王朝が建てられ、それがアメリカを後ろ盾として抑圧的
な政治を行ったこと、二つ目にアメリカの文化、価値観の流入によってイラン社会におけ
る伝統的なイスラム観が希薄となり、イスラム教聖職者達を憤慨させたこと、そして三つ
目として、アメリカによるイスラエルの支援である。
これらの要因に加えて核問題が新たな対立を深める要因となり、ヒズボラ等のテロ組織
への核の転用を恐れるアメリカは核保有国としてのイラン脅威を駆り立てた。両国間の交
渉が膠着する中、アメリカではこれ以上の制裁は効果がないとしてイラン攻撃論も挙がる
が、イラク、アフガニスタンでの悲惨な状況から武力行使に至ることができない。一方の
イランは国際社会においても強固な姿勢を崩さず、核開発をさらに推し進めている。また
イスラエル、中国、ロシアといった国々も核問題を巡って両国の関係に大きな影響を与え
ていることから、イラン問題はもはやアメリカ一国だけの問題ではなくなってきている。
両国の関係修復は相互がイデオロギー、価値観という面で大きく異なり、さらに関係諸
国が両国に与える戦略的な影響という点からも長期的には難しいと考えられる。もし核兵
器の保有をイランが宣言すれば、関係改善はより困難になるだろう。しかし、問題解決の
手段としての武力行使という選択は両国だけでなく、国際社会全体にも悪影響をもたらす
ため妥当ではない。ではどうすべきか。イランとの平和的解決しかないのである。両国が
国交を回復すれば、双方にとってあらゆる面で国益に適うものであり、今後のイラン情勢
と国際情勢の変化を考慮した場合、平和的な解決は最も妥当な手段であると考える。
卒
氏
名:
勝岡
論文題目: 『
要
業
論
文
要
約
玲香
蜂群崩壊症候群(CCD)の発生による影響とこれからの日本の対策』
約:
ミツバチの重要な働きは、植物や農作物の花粉交配だ。蜂蜜よりも花粉交配による経済
効果の方が高い。ミツバチは訪花の頻度や体格から、花粉交配に最も適しているとされて
いる。
2006 年に発生した蜂群崩壊症候群(Colony Collapse Disorder=CCD)とは、ミツバチ
が原因不明に巣から姿を消す現象のことである。ミツバチの本能、農薬、ダニ、電磁波、
遺伝子組み換え作物やストレスなど研究者たちは様々な説を挙げている。しかし、未だに
決定的な原因は解明されていない。
日本では CCD でなく、女王蜂輸入の一時停止や農薬が原因で国内の蜂群数が減少した。
これに対して、園芸農家のミツバチ必要数と養蜂家の供給可能量をマッチングさせる「花
粉交配用ミツバチの需給調整システム」が立ち上げられた。また、ミツバチ不足で経営悪
化した園芸農家に低金利や無利子で融資をする取り組みが行われている。しかし、この 2
つは一時的なミツバチ不足を解決するためだけの策である。
根本的な解決策として、ニホンミツバチの導入、国内の女王蜂生産量増加、園芸農家に
よるミツバチの世話・管理や農業の改革が望まれる。これらによって、ミツバチの海外依
存を改め、効率的な農業による負担を軽減させることができる。
氏名: 川出 結也
論文題目:『大企業の世界進出による途上国への負の影響
~格差と貧困の原因を探る~』
要約:
2010 年、我々はまさにグローバリゼーションと呼ばれる時代に住んでいる。第二次世界
大戦後、世界各国は経済成長を遂げた。米国然り、東南アジア諸国然りである。国内の大
手チェーン店は自国で店舗拡大を成功させるためにどう利益を出すか試行錯誤した。その
結果、第一に安さを追求するために仕入れ価格が安い発展途上国へと目を向けた。海外の
下請け工場から品物を輸入することで国内の需要に答えることができる。海外の工場は先
進国から注文が入ることで商材を多く生産でき、結果雇用を生み出すというメリットがあ
る。だがこうした多国籍企業は安さを求めて国外に進出している。各国が定めた最低賃金
を無視して低賃金重労働を行っているのが実情である。
本論ではまず定義があいまいなグローバリゼーションという言葉を明らかにする。グロ
ーバリゼーションという言葉は出版物によって定義が異なっており主に「グローバリゼー
ションの過程」と「その影響が起こった状態」の2つに分けられる。本論では後者の定義
として扱う。その後グローバル化した世界で大手企業がどのように発展したのかを述べる。
例として大手チェーン店のウォルマートとスターバックスを挙げる。そしてそれらの企業
が国外に進出し、途上国に与える負の影響を考察していく。米国の大手企業ナイキの途上
国での行いを例に出す。また、本論で挙げる途上国は多国籍企業の工場が多くある中国と
インドネシアに焦点を当てて述べる。第Ⅳ章では企業の改善策と、一個人が、搾取など人
道的に反する行為を行っている大手企業に対して何ができるかを述べていく。
要約
神田外語大学卒業論文
「捕鯨大国日本と反捕鯨の批判」
国際コミュニケーション学科
2075051
菊地利沙
本論文では今日本が抱える国際問題の一つである捕鯨問題について論じる。捕鯨とはま
ず何か、IWC の機能や設立目的など。また日本が現在 IWC 認可のもとおこなっている調査
捕鯨の内容について詳しく述べる。ここでは調査捕鯨の方法や調査目的、またそこで得ら
れた鯨をどうするかなどを説明する。
そして本論文の主要部分である反捕鯨団体や国による日本への激しい非難や抗議活動に
ついては私が調べたかぎりのことを全て紹介する。日本のメディアの放送だけでは知られ
ていないたくさんの反捕鯨妨害履歴には驚かされることもあるだろう。しかしこれが現実
なのだということを改めて知っていただきたい。また、日本にも捕鯨に関する主張や理念
はある。本論文では双方の意見を比較した形で紹介する。
最後の部分には私が出身の宮城県石巻市からの意見を述べる。実際に調査捕鯨に携わる
方の声を聞いてほしいと思い書いた。
これら全てを調べるにあたり捕鯨問題の現実を知るということは世界から日本に向けら
れた非難を目の当たりにすることを感じるだろう。だがまずは日本人としてこのような問
題を知ることこそ大切なことである。私は本論文を通して捕鯨問題の重要さを論じ、今後
の日本と反捕鯨国との相互理解がなされることを願う。
卒
氏
名:
倉持
業
論
文
要
約
絢子
論文題目: 『ケベック州のアングロフォン~仏語憲章制定による彼らの葛藤と変容~』
要
約:
本稿はカナダにおいて唯一仏語のみを州の公用語として定めるケベック州に居住する 3
つの言語グループのうち、英語を話す「アングロフォン」が 1977 年に制定された仏語憲章
に対してどのような思いを持ち立ち居振舞ったのか論じていく。
第 1 章ではケベック州の概要とともに仏語憲章制定の歴史やその内容・効果に関して述べ
ていく。ここでは 3 グループの説明と彼らの話す言語の違いによって起こる影響やその影
響に対する仏語憲章の働きに焦点を当てて論じている。第 2 章は仏語憲章が制定されたこ
とによってアングロフォンの周囲で起こった問題を教育言語・仕事言語・サイン表示言語
の 3 つのパートに分けて説明する。この問題に対するアングロフォンの対処法は「逃避」
「抵
抗」
「適応」の 3 種類があり各パート内で異なる彼らの姿を知ることで、仏語憲章の脅威や
アングロフォンの心境を綴る。特に仕事言語のパートでは憲章制定以前ケベック州がどれ
ほど英語優位の社会であったかを明らかにして、制定後との大きなギャップを知ることが
できた。そして第 3 章では入手困難な 2 冊の文献を手に入れ、このアングロフォンのケベ
ック州におけるサバイバル本の内容を解説しながら特に仏語社会と変化したケベック州に
おいて「適応」しようとするアングロフォンの姿を論じている。とりわけ、この章は風刺
された挿入画を多く用いて説明をしているため、実際にはありえないようなサイン表示や
子供の仏語化を防ぐ方法を茶化して紹介しているのだが、この仏語優位の危機的状況を笑
いに変えてケベック州で生活しようとするアングロフォンの姿に同情さえ感じ、思いもよ
らず彼らが仏語憲章を受け入れようと励む事実を知ることができたのだった。
卒
氏
名:
西川
業
論
文
要
約
果那
論文題目: 『水資源をめぐる攻防―多国籍企業の商品か人間の権利か―』
要
約:
「20世紀には、石油争奪が原因で戦争が勃発したが、来る21世紀には水獲得が原因
となって戦争が勃発する可能性が高い」。1995年8月、世界銀行総裁で水問題を担当し
ていたイスマエル・セラゲルディンがワシントン DC における記者会見でそう発言した。
現在でも増加し続けている世界人口に供給する水量の不足、経済発展や技術発展に伴う産
業排気物、農薬、生活排水などによる汚染、過剰汲みあげによる地下水枯渇、水を営利目
的に利用する水道事業民営化など、水資源をめぐる問題は様々である。2000年に行わ
れた「世界水フォーラム」では、水は商品として位置づけられ、世界銀行や国連は水道事
業の民営化を後押しした。
本来は自然資源であるはずの水が人間により利用され、さらには商品として利用される
ことは正しいのであろうか。私たち人間の生活向上のためには、自然資源が汚染され、営
利目的に利用されることはやむを得ないことなのだろうか。
筆者はそうではないと考える。この論文では身近な資源である水をテーマに私たち人間
の自然資源に対する考えが正しくないことを述べたい。まず、世界で起こっている水資源
の危機とその原因を見た後に、ボリビアを例にあげ、希少になった水資源を守ろうとする
市民と、それを奪おうとする多国籍企業の争いを取り上げる。その後、日本の水資源危機
の現状と対策、世界での水資源危機への対策を述べる。
私たち人間が豊かな生活を求めて推し進めている発展は、自然破壊につながっている。
貴重であるはずの自然資源を永遠に利用できるものだと思い、身勝手な理由で乱用してい
るのである。私たちが引き起こしたこの水資源危機を受け止め自然との共生に取り組まな
ければならない。
卒
氏
名:
荻野
業
文
要
約
沙織
論文題目: 『マスメディアと宗教
要
論
~メディアの発展が宗教にもたらした影響~』
約:
情報社会と呼ばれる昨今、インターネットを筆頭とする近代メディアが社会にもたらす
情報は莫大なものとなっており、近現代に生まれたメディア(ラジオ・テレビ・インター
ネット、または新聞や書籍などの紙媒体も含む)に、宗教が影響を受けた事実は言うまで
もなく、そして宗教(教団)側が逆にそれらメディアを利用していることもある。
宗教学者の藤原聖子が自身の著書において、「Youtube」を使いアメリカの宗教性を読み
問いている。これに対し、日本においてはどのようなことが言えるのだろうか。一般的に
「無宗教」と言われている日本人だが、宗教関係の動画はどういった内容であり、ユーザ
ーたちはどのように見つめているのだろうか。事例として、主に、メディア利用に何らか
の経験のある創価学会、幸福の科学、オウム真理教の三団体におけるメディアとそれぞれ
の教団の関係性や実態、一般のインターネットユーザーなどの新しい存在などを取り上げ
た分析・考察をした。その結果、メディアにおける「宗教タブー」の図式が浮き上がり、
インターネット上では「宗教いじり」が起きていた。アメリカのような批評性のあるパロ
ディ文化を持たない日本で、宗教団体はどう対応していけば良いのか。その解決が教団の
ネタ化を逃れさせてくれるのかもしれない。
卒
氏
名:
大石
業
論
文
要
約
浩之
論文題目: 『ウチ・ソト・ヨソ ~それぞれへの移り変わりの境界と要因~』
要
約:
私がこの研究をしようと思ったきっかけは、私自身が様々な人物と接している中で、先
輩や年上の人物だけでなく、同い年の人物に対しても敬語を使用し、呼称も「~さん」と
呼んでいる事に違和感を覚えたせいである。これは正宗美根子(1996)を読んで気がつい
た事である。この卒業論文を通し、敬語の使用・不使用の境界、また呼び捨てにする・し
ないの境界を知りたいと思い、人物関係で多く研究されているキーワードの「ウチ」
「ソト」
「ヨソ」を主に、調査を行った。
今回の研究では、「ウチ」「ソト」
「ヨソ」の境界およびその要因を調査目的とした。調査
にあたって、神田外語大学生、バイト先の先輩・同期・後輩の男女 12 人を対象としたアン
ケート調査と、ゼミ合宿における日本人学部生 3 人と留学生 2 人の計 5 人、神田外語大学
生 2 人に依頼をし、会話の録音を行った。アンケート調査では、
「ウチ」
「ソト」
「ヨソ」の
3 つにカテゴリーを分け、それぞれに「依頼(受け身・自発)」「断り」「自己開示」の場面
設定をし、その場面でどのように発言をするか想像し、記述してもらった。また、会話録
音は、ゼミ合宿における日本人学部生 3 人、留学生 2 人は自然に会話をしているのを録音
し、神田外語大学生 2 人の会話は、こちらからお題を提示し、それについて約 10 分間自由
に会話をしてもらった。ちなみに、前の 5 人は「ウチ」
「ソト」関係、後 2 人は「ヨソ」関
係である。このアンケート調査と会話録音から、言葉使いの違いや呼称の違いから関係の
境界が見えると考えた為である。
分析の方法としては、敬語の使用、主語(呼称)の違い、話題の提案、自己開示の 4 つ
の観点から、それぞれの「ウチ」「ソト」「ヨソ」の特徴の違いを分析する事にした。
分析の結果、境界の要因は自己開示がとても重要だという事が考えられる。「ソト」関係
の会話では、始めはお互いのパーソナルな事は話しておらず、自国の文化についてなどを
話していて、言葉も丁寧だったが、話すにつれ、最近の出来事など、パーソナルな話題に
ついても触れるようになり、「ウチ」同士の会話に近づいた。「ヨソ」関係の人物同士の会
話でも同じ事が言え、始めは誰もが話せるようなアルバイトの話題から入り、話している
うちに家族のような、パーソナルに近い話題が出てきた。
「ソト」の関係に近づいたのであ
る。今回の調査では、会話例を 9 個、呼称例を 6 個など、多くのデータを収集する事がで
き、そこから「ウチ」「ソト」「ヨソ」のそれぞれの特徴と境界を知ることができた。
卒
氏
名:
奥野
業
論
文
要
約
晃行
論文題目: 『日英における葬儀の比較』
要
約:
本論文が目指すのは、イギリスの文化と比較することで、日本の葬儀文化の
特徴を明らかにすることである。また、イギリスの文化との類似点に着目することで、現
代の葬儀文化に伴う問題点を明らかにすることも本論文の目的である。
以上のような目的のもと、第1章から第3章においては、宗教上の名前、葬儀、背景、
死生観、慰霊に関して日英の比較を行いその異同の意味を考える。日英は、それぞれ仏教、
キリスト教をその宗教的背景としているが、日本の葬儀は、イギリスの葬儀に比べると宗
教の元々の要素からかけ離れていることが多い。第4章では、特に両国の類似点に着目す
ることで現代の葬儀に伴う問題点や新たな動きについて分析する。仏教とキリスト教の死
生観は全くことなるが、伝統的な葬儀が現代の都市生活にあわなくなっていること、脱宗
教化、葬儀のビジネス化の波などについては、日英両国の葬儀文化は同じような状況にあ
るといえる。
卒
氏
名:
菅俣
業
論
文
要
約
なつみ
論文題目: 『日本語教師の非言語行動に対する学習者の意識について』
要
約:
筆者は日本語教師を目指しており、神田外語大学の日本語教員養成課程を選択している。3年
時に履修した「チュータリング実習」を通し、学習者との間において、非言語行動が自分の意思
を表す重要な役割をすると学んだことから、日本語教育における非言語行動の研究に興味をもっ
た。その後、研究演習の課題で読んだ原沢(2005)から、日本語教師の非言語行動に対して学習
者の意識が異なるということを知り、実際に日本語教師の非言語行動に対する学習者の意識につ
いて自分でも調べてみたいと思い、この研究へとたどり着いた。
学習者の意識を調べるために、アンケート調査を実施した。調査者の前で実際に日本語教師が
行うであろう非言語行動を見せ、「A.全く気にならない」、「B.少し気になるが問題はない」、
「C.嫌な感じがする」から一つだけ選んでもらった。また C を選んだ際はその理由も書いても
らった。日本語教師と同じ国籍、言語をもつ日本人の意識も知りたかったので、外国人だけでな
く、日本人にも調査を依頼した。
アンケート調査を通して、日本語教師の非言語動作について嫌だと感じるのは、子供扱いされ
ていると感じた時や、調査者のもつマナーや教師に対する価値観と一致しない時ということが分
かった。さらに、外国人調査者と日本人調査者、英語圏出身の調査者とアジア出身の調査者の結
果を比較することによって、地域ごとに日本語教師の非言語行動に対する意識に差があるという
ことが明らかになった。また、調査者の職業によって、同じ日本語教師の非言語行動に対しても
違いがあることに気がついた。
しかしながら、今回の調査では、日本語教師の性別や年齢、学習者との間柄などを特定しなか
ったため、調査者の回答に、異性だと嫌だが同性であれば気にならない、のように状況によって
調査者の意識が変わることがあった。非言語行動がおこる状況や場所、教師の情報などを調査者
調査者に与えれば、より明確な日本語教師の非言語行動に関する意識を調べることができであろ
うと期待する。
1
卒
氏
名:
鈴木
業
論
文
要
約
秀明
論文題目: 『日本の HIV/エイズの現状~国民の予防意識低下と今後の課題~』
要
約:
一生治ることのない病気は、感染した人の人生を大きく左右する。もしそれが予防でき
るものであれば、だれもが予防するであろう。しかし、2010 年現在の日本では 1 日に約 4
人の割合で、HIV 感染者が増加している。そして、先進国の中で唯一、HIV 感染者、エイズ
患者が増加の傾向にある。
エイズは HIV が感染してからの 10 年間の潜伏期間、完治は不可能であることが特徴だ。
エイズが発見された 1983 年当時は、同性間での感染拡大が増えてきたが、近年の日本では
異性間での感染も増えてきている。現在の医療では HIV の時に抗体検査を受け、エイズ発
症前に薬の服用を始めればエイズの発症を大幅に遅らせることができるようになった。し
かし日本では近年、エイズが発症してから見つかる患者が増えている。このことが示すの
は感染していながらも HIV 抗体検査を受けていない人が多いという現状である。全国高等
学校 PTA 委員会が全国の高校生を対象に 2004 年におこなった調査では今までに性的関係を
持った人数は平均 3 人であり、コンドームの常用率は 40%であった。今までに性的関係を持
った人が 4 人以上の人はコンドームの常用率が約 20%であった。そして、1993 年以降、コ
ンドームの国内出荷量が減るにつれて、性病感染者が増加している。このことから性の低
年齢化、そして無防備化によって、HIV がさらに感染が広がりやすい環境になっている。そ
して、HIV 感染の危険性を認知していないため、予防に対する意識が低いことがうかがえる。
筆者は日本人の HIV に対する意識が低いという現状を、マスメディアを通して啓発する
ことで解決出来ると考える。1992 年にストップエイズキャンペーンをおこなった時の急激
な抗体検査受検者数の増加や、性の低年齢化に影響を与えたのはメディアの力だからであ
る。内閣府がおこなった世論調査でもエイズに関する情報を得るにはテレビが 1 番と答え
た人が多数を占めた。しかし、HIV 抗体検査数を上げたとしても、問題が残る。日本エイズ
予防財団が 2008 年に実施した研究では、大阪府での HIV 抗体検査数を増やす目的でメディ
アキャンペーンをおこなった。この結果、テレビ CM や電車の広告の効果が大きく、大阪府
での HIV 抗体検査数、HIV 相談件数が前四半期の 2 倍になるという成果をあげたが、その一
方で、検査体制の許容量を超えるという状況や広告費用が大きいため、継続性がないとい
う問題がおきた。将来的に啓発活動をしていく上で現状の課題として検査受け入れ体制の
未整備、感染者発見時のアフターフォロー、パニックを起こさないように正しい知識の普
及が挙げられた。これらの整備を整えていくのには、さらに時間がかかり、その間にも把
握されないところで HIV は広がり続けている。HIV の感染拡大を最小限に抑えるためには、
1 人 1 人が意識し、周りの人を正しい知識とともに啓発していくことが最大の手段であると
筆者は考える。
卒
氏
名:
高橋
業
論
文
要
約
沙希
論文題目: 『日本におけるインドネシア人技能実習生について』
要
約:
世界のグローバル化に伴い、海外で働くことは珍しいことではなくなった。日本でも近
年外国人労働者を多く見かけるようになってきた。外国人労働者には正規ルートで入国す
るものもいれば違法なルートで入国する者もいる。その中でも技能実習生としてインドネ
シア等東南アジア諸国から日本へ入国する外国人が 1990 年代から増加している。この外国
人技能実習制度は日本の技術を発展途上国の若者に教え母国の発展に貢献する事を目的と
して 1980 年代に開始された。
しかし、実際は低賃金労働者として日本の中小企業で働いており、新聞やテレビなどで
も給与未払いや外出禁止など技能実習制度に関する問題が多く取り上げられている。
このような報道を耳にすると、技能実習を受けている外国人は皆母国において低学歴者
であり出稼ぎ目的でこの制度に参加しているものが多いのではないかと考える人が大半で
あろう。技能実習生は何を求めて日本へとやってくるのだろうか。本論考では日本に住む
インドネシア人に焦点を当て来日までの流れや技能実習制度に参加した動機、日々の生活
の様子について紹介する。また、調査を通して明らかとなった問題も紹介し他国の技能実
習制度に対する対応と比較しながら論述していく。筆者はインドネシア人技能実習生 10 人
にアンケート調査を行い、その内の3人にインタビューを実施し実態を調べた。本論考は
大きく4つのパートに分かれている。第1章ではインドネシアにおける経済状況と出稼ぎ
労働者について触れ、第 2 章では技能実習生の給与額や実習内容、実習先企業の傾向につ
いて紹介する。第3章ではインタビュー結果を述べ明らかとなった問題点を述べ第4章で
は他国と比較しながら今後の日本の対応策を提唱する。本論考によって多くの人々に外国
人技能実習生の実態、技能実習制度の利点と問題点を伝えたいと筆者は考える。
卒
氏
名:
玉谷
業
文
要
約
純基
論文題目: 『カナダの治安の実情
要
論
─銃と麻薬を中心としたアメリカ社会との比較研究─』
約:
英誌のエコノミストが実施した調査において、医療サービス、治安、文化、環境、教育、
インフラ整備の 6 つの項目を評価基準とし、世界で最も暮らしやすい都市にカナダのバン
クーバーが選出された。特にバンクーバーは、インフラ整備が整っているという理由から、
1位に輝いた。2010 年には、冬季バンクーバーオリンピックが無事に幕を閉じ、世界に大
自然のカナダをアピールすることが成功した結果、留学に関心がある学生にも、カナダは
好印象を与えることができた。しかし、実際のカナダはギャングによる犯罪増加を地元紙
で指摘され、ギャングが麻薬に関連していることが報じられている。筆者も自身の留学体
験で、麻薬を見聞きすることが多かった。
本稿では、カナダの犯罪、銃、麻薬に焦点を当て、アメリカ社会と比較して論じる。1 章
では、日本人の視点から見た、日本、カナダ、アメリカの治安意識について述べる。第 2
章では、ギャングによるカナダ西部の犯罪増加の実態に触れ、アメリカとカナダの犯罪発
生状況について論じる。第 3 章では、9.11 テロによる影響から危険イメージの強いアメリ
カと、切れ目の無い大陸で繋がっている隣国、カナダの銃の実態について論じる。第 4 章
では、巨大なドラッグマーケットである北米麻薬社会の実態について、コカインとマリフ
ァナ市場に注目して論じる。第 5 章では、神田外語大学の学生にアンケート、聞き取り調
査を行った結果から見えた、カナダの治安の現状について論じていく。
卒
氏
名:
上島
業
論
文
要
約
瑠美
論文題目: 『多文化共生を目指す日本の言語政策の現状と課題
―ドイツ・オーストラリアとの比較―』
要
約:
平成 21 年末現在における日本の外国人登録者数は 2,186,121 人で、10 年前(平成 11 年
末)に比べると 630,008 人の増加で、約 1.4 倍である。この背景には、経済のグローバル
化や日本の少子高齢化による労働力不足などが関わっている。外国人住民の存在は、いま
や無視できないほど大きくなっていることが感じられる。今現在日本にいる外国人住民、
また今後も増え続けるであろう外国人住民との共生の一つのカギを「言語」と位置付ける。
日本の中にはニューカマーとしてやってくる外国人が増え続けており、また、彼らの子
どもたちの増加に伴い日本語教育を必要とする外国人児童・生徒を持つ学校も増加傾向に
ある。彼が外国である日本で安心してくらせるようになるには、優れた言語政策の実施が
必要になる。生活面では、言語問題からごみの出し方や災害時の対処方法などがわからな
ければ生活に支障をきたしてしまう。また、子どもたちが学校の授業についていくための
日本語教育、親子間でのコミュニケーションを保つための母語教育も必要となる。
日本の比較対象として、ドイツの言語政策の事例を挙げる。ドイツは日本と同様労働力
不足を補うために、多くの外国人労働者を受け入れている。外国人に対する統合政策を掲
げ、多文化社会のなかで共生していくために国が一丸となって言語政策に取り組んでいる。
ドイツ国内に継続して在住する外国人に対してドイツの言語・秩序・文化・歴史の理解を
促す統合コースを提供するとし、ドイツ語を話せない外国人にはコースに参加する義務を
与えるなど日本よりも積極的に言語政策を行っていると言える。
次に取り上げるのが多文化・多言語国家オーストラリアである。移民を多く受け入れて
きたオーストラリアが言語政策として行っているのが、LOTE 教育と呼ばれる英語以外の教
育である。この教育の目的には、言語を通じて異文化を理解すること、自国のアイデンテ
ィティを保つことなどが挙げられる。日本の言語政策では、主に外国人に対する日本語教
育に重点が置かれていて、母語教育まで手が回っていないのが現状である。そうした意味
で、外国人住民の母語に焦点をあてたオーストラリアの LOTE 教育から学ぶべき点がある。
日本の言語政策の現状とドイツ、オーストラリアの言語政策との比較を通じて、今後の
日本が取り組んでいくべき課題を挙げる。各地域社会では、外国人住民に対する言語政策
が段々と取り入れられてきている。それを支えてより発展させていくために、国がさらな
る援助をして政策を打ち出していくことが、今後必要となるといえる。また、地域による
政策の偏りも、今後さらに外国人を受け入れていく社会として、変えなければならない。
日本における外国人住民とのさらなる共生を目指して、国と地域が協力し合い取り組んで
いかなければならない。
氏
名:
学籍番号
論
文
卒
業
『
日
論
文
約
自
給
山口あさ美
2075139
題
目
:
本
の
状』
要
要
食
料
率
と
農
業
の
現
』
約:
現在、日本では様々な国からやってきた色彩豊かで種類豊富な食材が揃って
いる。私たちはいつでも、どこでも、好きなものを食べることができるのだ。現在日本の
食料自給率は 40 パーセントである。食べ物があって当たり前の環境の背景は海外からの輸
入の支えがあるからである。またそれを支える日本の農家の存在も忘れてはならない。野
菜だったら土を耕し、種を蒔き、肥料や水を与え、それを収穫する人間がいる。現在、日
本の農家は安価な外国野菜や担い手の高齢化、後継者不足に頭を悩まされている。
今回筆者は日本の食料事情、特に農業に焦点を当てて論文を書き進めていく。第1章
では日本の食料自給率の現状について、また第2章では日本の農家に着目して論じていく。
そして第3章ではこれらを踏まえ、筆者が今後日本の食文化を支えていく上でキーワード
とする地産地消の考えについて述べていく。
卒
氏
名:
佐野
業
論
文
要
約
顕子
論文題目:『人身売買と女性自立支援』
要約:
本卒業論文は主に東南アジア地域、中南米における人身売買の実情に基づき根絶へ向け
た自立支援を目的にしている。日本とこれらの地域との人身売買におけるつながりや実例
などを取り上げ、日本政府の対応やこれからの課題を明白にしていく。日本で起こった実
例を挙げるだけではなく、主に東南アジアにおける日本人による人身売買被害は長年野放
しにされてきた問題であり、相互の国との法の違いにおける身柄引き渡しについてなども
取り上げ、国際法の改正に至った経緯なども読み解く。特に日本人による被害は、私たち
の日常生活ではあまり耳にする機会の無い話題であることも多いため、これを機に少しで
も多くの子供たちが人身売買や児童労働に携わる機会を少なくするきっかけを与えるだろ
う。
国や地域により人身売買の目的、経緯などが異なることにも注目し、その背景にある文
化や歴史などにも触れ、これらの地域が抱える問題点に着目し考察する。そして、人身売
買被害を減少させた国と地域の政策なども紹介し、なぜ成功に至ったのか、他の地域では
なぜ実施されていない、もしくはできないのかについても考察する。
まず第 1 章では、初めに東アジア地域に焦点を当て人身売買被害とその実例を取り上げ
る。ネパール人少女によるインドでの人身売買の実例から、2 つの国の間でどう人身売買取
引が行われ、なぜ現在もその問題が起こっているのかを考察する。その次に、タイの実例
を挙げ、日本とタイの人身売買におけるつながりとその経緯に着目し、2 国間取引でどのよ
うな組織が関わり人身売買を助長していたのかを考察し、タイ人による日本での人身売買
がどうやって減少していったかも他の地域と比較する際に重要になる。
その次に、中南米に焦点を当て東南アジア地域との人身売買被害の違いについて考察す
る。中南米では、主にどの産業で人身売買あるいは、児童労働が行われているかを知るこ
とが重要であり、東南アジアとの需要の違いや就学率の違いについて考察を行い、人身売
買の背景について考察する。
第 2 章では、人身売買・児童労働根絶に向けた女性自立支援の動きや各国の成功例など
を取り上げ、国際法に基づいた身柄引き渡し取引や刑罰などの執行の実例を参考にして考
察を行う。
第 3 章では、人身売買と児童労働の各国のデータを参照し、人身売買の種類や児童が就
労している業種などを国と地域の需要の違いから考察する。この他に、就学率や小・中等
教育の修業率と識字率のデータから、学力・知識不足により人身売買がどう関わっている
のかについての考察をする。
第 4 章は、本論のまとめであり、人身売買と児童労働がどう世界経済に影響を与え、携
わってきたのか、そして女性自立や学力向上と経済格差の少ない社会をつくる展望を考察
する。
卒
氏
名:張
業
論
文
要
約
明月
論文題目:『対人関係における共感的な関わりの有効性』
要
約:
「共感」-言葉通り「共に感じる」と解釈する人が多いと思うが、広
辞苑を引くとそこには「他人の体験する感情や心的状態,あるいは人の主張などを自分も
全く同じように感じたり理解したりすること。同感。」とあった。その裏には人間はみな同
じような感情を持っていて、よく話し合えばわかるといった幻想があるのではないか。し
かし、個々の人間はみんなそれぞれ違う存在であり、「共感する」ということはそれを認め
た上、他者のことを他者の立場に立って理解しょうとする試みである。
本論文では「共感」をキーワードにし、第一章では、共感とはなにか、その語源となる
ものと混同されやすいものを取り上げ、共感を定義した。第二章では、カウンセリング分
野で活用されている「共感」とは何かを先行研究の知見を踏まえたうえで、カウンセラー
の共感的姿勢と共感に関わる技法に焦点を当てて整理した。第三章では、筆者のクライエ
ント体験を通じて共感の有効性となるものを考察し、対人関係にどのような影響を及ぼす
のかを調べた。第四章では、共感的姿勢を用いたカウンセリング技法を日常の対人関係に
どのように役立てられるかを検討した。
卒
氏
名:
大川
業
論
文
約
真里
論文題目: 『世界の蛇信仰 現代に残る弁財天
参考に―』
要
要
―千葉市稲毛区長沼原の例を
約:
本論文では現代で一般に嫌われがちな蛇に焦点を当て、古代ギリシア神話、
中国神話、キリスト教などといった世界の各信仰・宗教ごとに、蛇がどのよう
な扱いを受けてきたのかを見ていく。まずそれらの信仰がつくられた時代の
人々と近い知識、つまり正しい蛇の生態を知るために、生物学的な蛇の習性を
再確認する。当時の人々の方が遥かに蛇のことをよく知っていたと推測され、
現代のあまり蛇を見なくなり、創作で見られるような凶暴な害獣などといった
偏見を抱いたままでは、本論文の主張が受け取り難いと思われるためだ。その
上で複数の大きい信仰と、その中での蛇の立ち位置を挙げることで、その共通
点を見つけたい。最終的には人々が普遍的に蛇に見てきたものが、どういった
観念であったのかを探る。また身近な例として日本千葉県千葉市稲毛区長沼原
町のローカルな伝承を取り扱う。池や沼と蛇の関連性は、世界中ありとあらゆ
る地域で見出すことができる。ここで現在は埋め立てられ存在しない池と、現
存する祠を通して、数十年単位での蛇信仰の移り変わりを実地調査によって調
べていく。
卒
氏
名:
中田
業 論
文
要
約
由希子
論文題目:『マイケル・カニンガムの作品の親にみる「らしさ」の考察』
要
約:
昭和40年代の日本は全国的な結婚ブームであり、そのころ「女は結婚するべき(家に入るべき)で
あって、それが女らしい」という考えが強くあった。この考えが社会的通念として存在していたために、
そうでない人は社会から外れているとみなされ、よろしく思われなかったり非難されたりしていた。
「女
は~すべきであり、それが女らしい」というような、性別などによって人を大まかに分類し、それを個
人に当てはめてしまうような考え、それをよしとする考えが、社会の通念として存在していたのだ。そ
れは現在も存在している。たとえば、「男は度胸、女は愛嬌」ということばがある。度胸のある男性、
愛嬌のある女性は「男らしく」「女らしく」てよしとするが、臆病な男性や無愛想な女性は「男らしく
ない」
「女らしくない」としてよしとしない。このことから、
「らしさ」が作り出すイメージは、社会的
通念や常識となっていくことがわかる。なので、多くの男性、女性は自らの性に合ったと思われる「ら
しさ」を実践しようとするのだ。なぜこのような通念はできるのか。また、なぜ私たちはそのような「ら
しさ」にみずからをあてはめようとするのか。今回もっとも重点的に考えたいことは、「らしさ」を個
人にあてはめることに問題はないのか、ということである。社会という広いところから生まれた「らし
さ」が、それぞれに違った個性を持つもつ人々ひとりひとりに各当するとは考えられない「らしさ」に
よって生じる生きづらさがあるはずである。参考作品とするマイケル・カニンガム著の『めぐりあう時
間たち』と『この世の果ての家』の登場人物のなかでも、母親や父親である人物に焦点をあて、彼らの
行動や考えなどを通して、「らしさ」とは何か、主にその問題点について考察する。
第1章では、日常の社会のなかで存在する「らしさ」について、漠然としたイメージでなく、はっき
りと感じていただけるように、主に「性役割」について言及する。「男たるもの常に堂々として泣くべ
きではない」「女ならば控えめな態度を心がける」など、性別によって、ある行動パターンを規範とし
て期待すること「性役割」といい、それぞれ「男性役割」と「女性役割」とに分けられる。もしこの性
役割に適さない身なりや行動、言動をとった場合には周囲の人々や社会からの嘲笑や非難の的になって
しまう。多くの人々がよしと思っていることは社会的に正しい通念として存在し、性役割はそのような
通念のなかに存在するのである。第2章と第3章では、作品中の引用から、「らしさ」に沿って生きる
人々の分析を通し、「らしさ」が与える影響や問題点について考察する。作品の登場人物たちは、それ
ぞれの時代の社会において、そのときの「らしさ」を実践しながら生きている。それが意識的でも無意
識的でも、自分の持つべき「らしさ」を演じながら日常的に自己表現しているのだ。しかし、そのよう
な自分に、少なからず違和感や生きづらさを感じている。そして最後に、「らしさ」についての新たな
発見、展望について考察し論じる。
卒
氏
名:
今井
業
論
文
要
約
沙紀
論文題目: 『現代ベトナムの結婚・民俗信仰
―』
要
― 2010 年 の 調 査 に よ る 新 傾 向
』
約:
本論では結婚と民族信仰を例にあげ、ベトナム人の宗教についての考え方を、ドイモイ
を頂点とする変革が続いていた時代と変革以降で比較する。さらに現代ベトナム人の結
婚・民族信仰についての関心を調査し、概説書などで言われていることや日本と比べてど
のような相違があるのかを考察する。その調査によって分かったことは、ドイモイ以前と
比べて経済発展を遂げたドイモイ以降では、結婚や民族信仰に対する考えが寛容になった
が、かつての風習や習慣が残っている部分も見られた。そして現代ベトナム人の思考は日
本人に近いものがあり、かつその中でもベトナム独自の考え方が今でも残っている。
卒
氏
名:
業
論
文
要
約
小泉奈々子
論文題目: 『ヴェトナム女性の家族意識と個の意識-現代女性詩人スアン・クインの場合-』
要
約:
現代女性詩人スアン・クインは家族と詩に人生を捧げるような生涯を送った。作品の主
なテーマは家族への愛情、愛情溢れる母子像、世界における女性の重要性など、詩の中で
幸福な愛情を探求し続けた。その背景には、両親のいないつらい幼少期と人生の大半を戦
争に翻弄され貧しいながらも家族を養うという強い思いがある。世間では情熱的な恋愛詩
で知られる女性詩人だが、実際は家族と詩への葛藤を抱いていた詩人でもあった。一度目
の離婚をする直前に書いた「もし明日私が詩を書かなければ」の中では詩と自分自身の確
固たる関係を描き出し、二度目の結婚をしてからは詩人の夫に対する劣等感を抱く様子が
「無題」という詩と彼への手紙の中で綴られている。このことから、彼女は家族と共に生
きるという家族意識と共に一人の詩人としての個の意識の両方を抱いていた詩人であった。
スアン・クインの女性像をより相対化するために、歴史の中でヴェトナム女性がどのよ
うな役割を担い、生きる姿を形成するにいたったのか明らかにする。東南アジアの男女平
等的な気質と中国からの儒教思想の混ざり合い、脱中国意識が影響してヴェトナムは中国
のような完全なる男性規範の国ではない。歴史的にヴェトナムを独立へと導いた女性指導
者も存在しており、15世紀の憲法では女性の相続権などの権利が早々と認められていた。
ヴェトナム戦争中では男のいなくなった村の生産活動を維持し、男性と共に戦場へも出向
いていた。現代でも社会主義化と30年間の戦争時代の影響により女性が内と外の両方で
も働く姿が社会的に求められ、彼女たち自身も外で働くことには積極的である。
家父長制が最も繁栄していた 19 世紀に、不当な使いを受ける女性たちの擁護と儒教社会
への非難を訴えたホー・スアン・フンという女性詩人がいた。儒教社会の制度を全面的に
非難した彼女の作品は当時発禁処分を受けたほどであった。ヴェトナム女性の存在感を社
会に訴えたホー・スアン・フンとスアン・クインを比較することで、男性規範の社会を否
定し女性を擁護するホー・スアン・フンの考え方と男性も尊重しながら女性の役割の重要
性を説くスアン・クインの考え方を明らかにした。
以上のように、本論考では一人の女性詩人からではなく、ヴェトナム女性史と過去の女
性詩人の作品からヴェトナム女性の家族意識と個の意識を読み解き、スアン・クインの女
性像を分析している。
卒業論文 要約
氏
名:田中翔
論文題名:『バリ島伝統舞踊ガムランとベトナムの伝統音楽の竹楽器の比較』
要約:
大学生活で 2 年間、インドネシア・バリ島の伝統音楽ガムランを学んで、民族の伝統音
楽とは、言語と同じように非常に多様性があるものだと気がついた。私の専攻言語国であ
るベトナムについても、同じように伝統音楽が存在している。特にベトナムは中国からの
影響を色濃く受けている国のため、中国に近い楽器が数多く存在するが、中でも「竹」素
材でできた楽器は、非常柔軟性に富む分、各地域での独自性があるものが多い。ベトナム
でもこの竹を使った楽器が多く存在し、特に中部高原のタイグエンでは、竹のシロフォン
「トゥルン」や「チングラム」などがある。ガムランは、一般的に知られている楽器とし
ては、青銅製のものが多くを占めているが、一部のガムランの形態には、竹を使ったガム
ラン楽器が存在している。ガムランに使われる中心の楽器は鍵盤打楽器が多く、それが竹
製のものであるということがあり、ベトナムの竹製楽器「トゥルン」や「チングラム」な
どと比較をすることができる。竹という同素材の楽器のため、音色的には顕著な違いがあ
ることは少ないが、楽器の構造や使われている音階、演奏のシチュエーションなどを比較
し、民族と音楽のあり方について比較することになっている。
まず楽器の構造として、ティンクリック型と呼ばれるものが使用される場合が多く、バ
リ島のガムランも、ベトナムのトゥルンに使われている竹の鍵盤もこのような構造である。
特に、ベトナムのトゥルンの場合、竹の先端が尖っており、鍵盤が縦に配列され高い音が
上に配列されている構造を持っている。竹のガムランに使われる竹アンクルンは、ティン
クリック型の鍵盤を枠にはめ、振ることで音を出す西洋のハンドベルのような楽器であり、
同じくベトナムでもチャーゴーと呼ばれる、竹アンクルンに近い楽器が存在する。
使われている音階については、バリ島では通常の青銅ガムランについてはぺログ音階と
スレンドロ音階があり、竹のガムランについてはスレンドロ音階を中心に演奏する。一方
トゥルンの場合、ほとんどのケースで、西洋の音階に改良されており、他のベトナム民族
楽器と演奏する際には、伝統的なベトナム音階、ナム音階やバック音階と呼ばれるものが
使われている。
またガムランは宗教との関係が深く、その儀礼の度に演奏される音楽である。一方、ベ
トナムの音楽は、中国からの影響のものを除くと、人々の生活の中から生まれた楽器が多
く、トゥルンもその一部である。この違いから、バリ島のガムランは伝統的なスタイルを
守り続け、ベトナムの竹楽器は、改良を受け入れたものの、伝統を伝え続けていくという、
各々の伝統音楽への関わり方が存在している。
卒
氏
名:
土岐
業
論
文
要
約
伊都子
論文題目: 『ベトナム社会における女性の役割―主婦からひも解く都市で生きる女性たち
の現状―』
要
約:
昨今経済成長が著しいベトナムで、女性が働く姿を見ない日はない。それくらいベトナ
ムは、女性の就労に対する意識が高い国である。これは主に社会主義化の影響とされ、女
性解放が強く求められた結果、労働面で女性の社会的自立が実現されたと言われている。
このように、政策により女子労働率を高めたわけであるが、家庭内では依然として妻・母
としての役割が要求され続けている。果たして本当の意味での女性解放はなされたのだろ
うか。
これらの社会主義的思想と儒教的思想が混在するベトナム社会では、「外で収入を得て、
内で家庭を守る」という理想の女性像が掲げられている。まさに一人二役の役割を果たす
のが当然であり、どちらか一方を選択する概念が女性側にはない社会である。だから日本
社会のように、結婚後仕事を辞めて専業主婦になろうとする女性は少ないように思える。
しかし、現在のベトナムは社会主義体制に行き詰まりをみせ、市場経済化を導入させた
ドイモイ政策により一部の家庭で富裕層が生まれている。そして、夫の収入で十分家庭が
成り立つのであれば、専業主婦になろうとする女性も出てきている。政策的に男女平等を
進めた社会主義化が弱まり、資本主義体制に近づいた現在、ベトナム女性の役割はどのよ
うに変化していくのだろうか。
そこで本論考では女性の役割の現状を明らかにするために、家庭からの女性解放に注目
しながら論じている。歴史的背景をもとに世代ごとの女性の家庭、または社会での役割の
位置付けに言及した後、ベトナム社会で専業主婦が誕生する可能性を示した。ここでは、
資本主義社会と社会主義社会での専業主婦誕生の経緯を参考にしながら述べている。そし
て、専業主婦をテーマにしたアンケート調査では、各世代または夫婦間の概念のギャップ
を明らかにし、ベトナム人にとって専業主婦はどのように捉えられているのかを明らかに
した。最後に、今後のベトナムでは女性がどのような役割を家庭や社会で果たし、それを
男性側がどのように対応していくのかに言及している。
卒
氏
名:
小島
業
論
文
要
約
春香
論文題目: 『在日ブラジル人と地域共生』
要
約:
1990 年の「出入国管理及び難民認定法」
(以下、入管法)が改正されて以来、日本には多
くの外国人が住むようになった。在日ブラジル人を取り巻く環境は、依然として厳しく、
言葉や生活習慣の違いで困難を抱えているといわれている。群馬県邑楽郡大泉町へフィー
ルドワークに行った際、あるブラジル人男性は、自身が抱えている問題について語った。
大泉町は多数のブラジル人が居住している地域であるが、そのような地域でさえ、かれら
が暮らす上での諸問題の解決は程遠い。本論では、ブラジル人多数派地域と少数派地域に
おける行政と地域住民のかかわりを明らかにする。また、地域政策の発展についても考察
する。
近年、日本各地で「多文化共生社会」が注目されるようになってきた。外国人と日本人
の交流や就職支援など、ニュースで扱われることも少なくない。日本では「多文化共生」
という言葉が浸透してきているが、本論では各地域の在日ブラジル人と地域住民の関わり
方に焦点をあてることから、「多文化共生」ではなく「地域共生」という言葉をキーワード
とする。「多文化共生」という広い枠組みではなく、より地域に根ざした取り組みや考え方
に着目するため、「地域共生」という言葉や観点から各地域の外国人政策について述べる。
2009 年、夏季休暇を利用しブラジル人多数派地域(群馬県邑楽郡大泉町)とブラジル人
少数派地域(栃木県真岡市)へ行き、各行政がどのような取り組みを行い、どのような問
題を抱えているのかを調査した。その後、少数派地域として取り上げた真岡市の政策が駆
け出しの時期だと判明、今後発展の可能性があると思い、さらに少数派地域の政策に焦点
を当てることにした。2010 年、再度夏季休暇を利用し真岡市へ行き、日本語教室や祭りの
調査を行った。
本論では、日本では、どのような「地域共生」を目的とした活動が行われているかを調
査・考察し、改善点を探る。そして多文化社会で起こるさまざまな問題に目を向け、各地
域で行われている政策を比較する中で、よりよい「地域共生」社会を創るためにはなにが
必要かを導き出すことを目的とする。
卒
氏
名:
國分
業
論
文
要
約
奈緒
論文題目: 『アメリカ合衆国における市民宗教~大統領に見る変容~』
要
約:
今日、アメリカ合衆国は誰もが認める世界一の大国になった。わが国日本にとってもア
メリカは非常に重要な同盟国であり、その必要性は外交面にとどまらず、文化的・精神的
な意味からも明らかである。
そんなアメリカについて日本人に馴染みのない事実は、この国の強い「宗教観」であろ
う。歴代の大統領の就任演説を考察すると、皆「神」という言葉を使い、象徴的な表現を
使い国家の未来を語る。これはアメリカ人の強い宗教観に裏付けされたものである。本論
では、特定の教派に縛られない、極めて広義的な国家的宗教観を示す「市民宗教」という
概念を考察する。
第Ⅰ章では、現在アメリカがどれ程宗教的な国家であるかを考察する。「人々がどれ程宗
教を必要と感じているか」といった調査結果や各宗教の信者の割合などのデータを示すこ
とで、アメリカが極めて高い宗教的次元を有し、同時に宗教的にも多様性を保った国家で
あることを明確にする。その上で、宗教を軸にアメリカの歴史を考察することで、現在の
「宗教国家アメリカ」が成り立った経緯を明らかにする。ここでは建国の精神・合衆国憲
法・政教分離という 3 つのキーワードごとに重要なファクターを提示し、第Ⅱ章から考察
を行う本論のテーマでもある「市民宗教」への理解を深めるための記述を設けた。
第Ⅱ章からはアメリカ市民宗教についての詳細な考察を行う。アメリカ市民宗教とはい
かなるものであるか、またアメリカでなぜ市民宗教が必要とされたかを説明する。その上
で、本章後半からは大統領と市民宗教の関わりに焦点を当てる。市民宗教における大統領
の役割を理解するために重要な二分類を紹介し、第Ⅲ章から行う二人の歴代大統領の市民
宗教考察に備える。
第Ⅲ章からは、エイブラハム・リンカーンと G・W・ブッシュの市民宗教観を考察する。
前者は第二就任演説、後者は 9.11 直後のテレビ演説の一部を引用し考察することで、二者
の市民宗教観の違い、そして市民宗教における彼ら自身の役割の違いを明らかにする。そ
して、最終節ではリンカーンとブッシュを考察して見えてきた市民宗教の変容と、危険な
側面の拡大を問題として定義し、結論とする。
本論文の目的は「市民宗教の変容と、それに伴う危険性の拡大を指摘すること」である
が、筆者の真のねらいは、「慣れ親しんだアメリカという国の宗教観」という、詳細に取り
上げられてこなかったテーマを扱う本論文が、読者のアメリカ理解を助ける事である。
卒
氏
名:
河野
業
論
文
要
約
由希子
論文題目: 『在日ブラジル人とエスニック・ビジネス』
要
約:
2009 年末現在 218 万 6000 人の外国人が日本で生活し、外国人人口は全体の 1.71%をし
める。在日外国人のうち、89%は労働者として日本で生活しているが、8%は自ら商店や企
業を経営し、経営者となっている。外国人によるエスニック・ビジネスは一見すると、限
られたカテゴリー内でのビジネスにみえる。しかし、在日外国人の増加と共にエスニック・
ビジネスへの関心が高まっており、その市場規模を拡大している。
本論では、在日ブラジル人のエスニック・ビジネスに焦点を置き、どのように発展して
いったのかを追っていく。また、カナダ、ブラジルの日本人街を例に挙げ、そのエスニッ
ク・ビジネスが変容をみる。カナダ、ブラジルの日本人街と在日ブラジル人のエスニック・
ビジネスの相違点を指摘し、在日ブラジル人のエスニック・ビジネスの特徴をあげる。
在日ブラジル人のエスニック・ビジネスとの他のエスニック・ビジネスとを比較し、在
日ブラジル人のエスニック・ビジネスが抱える問題点を指摘する。今後、在日ブラジル人
のエスニック・ビジネスがさらに発展するためには、どのようにしていくべきかを提案し
考察する。
卒
氏
名:
村越
論文題目: 『
要
業
論
文
要
約
あゆみ
日本における生活保護制度
ワーキングプア支援の可能性を探る
』
約:
高度経済成長により目ざましい経済発展をとげた日本は、1991 年2月にバブルが崩壊
しその後 2000 年代初頭までの約 10 年間は「平成不況」「失われた 10 年」などと呼ばれる
ほどに経済は後退したが、今日先進国のひとつとなっている。しかしながら、その一方で、
日本には大きな雇用の問題が存在する。本論では日本における「ワーキングプア」の問題
を取り上げ、その救済方法として「生活保護制度」を利用することについての可能性を論
じる。
ワーキングプアとは直訳で「働く貧困者」であり、少なくとも彼らが働くことができ
る能力を有する労働者である。働くことが困難な者には、生活を維持させるために政府か
ら社会保障という形で支援がされる。しかしその社会保障は国民の税金から支給されるも
のであるため、労働者が存在しなければ成り立たない。筆者は、ワーキングプアが安定し
て納税ができていないにもかかわらず、国が一時の支援を渋ることで、ワーキングプアは
生活が安定せず、また他の納税者の負担が増えてしまうという負の連鎖がもたらされると
考える。
本論の構成は、第Ⅰ章においてワーキングプアの実態について考察し、彼らの置かれ
ている状況などを示す。第Ⅱ章では生活保護制度の実態や目的、制度が抱える問題等につ
いて述べる。それを踏まえて、第Ⅲ章では日本で実際に行なわれている自立支援プログラ
ムの概要を示し、ワーキングプア救済の可能性を論じる。第Ⅰ、Ⅱ章で使用しているデー
タは、特にデータの多く出ている東京都の数値であり、本論ではこれを基準とする。しか
し「第Ⅲ章第2節
自立支援プログラムの実例」では北海道の自立支援プログラムの例を
使用しているため、個別にデータを示す。なお、ここではワーキングプアの支援に生活保
護制度を使用することの可能性を論じるのであって、ワーキングプアが生まれる原因とな
る「企業の労働環境」や、「非正規労働者の低賃金問題」などの根本的な問題には詳しくは
触れていかない。
卒
氏
名:
小田
業
論
文
要
約
郁子
論文題目: 『在日日系ブラジル人児童・生徒の教育における実態―日本語指導と不就学か
ら見る政府のあり方』
要
約:
1990年の出入国管理及び難民認定法の改正により在留資格が整備され、日系人に関して
は職種による制限なしに就労が可能となった。そして、日系ブラジル人という、かつて一
攫千金を求めてブラジルへと渡った日本人たちの子孫がその後多く来日するようになる。
2009年末現在において、国籍別外国人登録者数では、日系を含むブラジル人の数は中国人
(68万 518人)、韓国・朝鮮人(57万8495人)に次いで第3位(29万7456人)となってい
る。さらに、近年では日系ブラジル人の定住化・滞在の長期化が進み、日本で暮らす彼ら
の子ども(児童や生徒)もまた多く存在する。そのような中、日系ブラジル人児童・生徒
たちは日本の公立学校、もしくはブラジル人学校へと通うわけなのだが、日本語指導の必
要性や彼らの不就学問題が近年顕著になってきている。また、日系ブラジル人児童・生徒
全体の正確な数値は不明なのだが、しかし日本語指導を必要とするポルトガル語を母語と
する児童・生徒数は、外国籍を持つ者に限定しても2008年度において1万人を超えた。こ
の原因としては、これまでの日本の教育が日本人中心の考え方であったこと、そして強調
性や社会性という名目で実質的にみんなと同じ行動を期待する「同化」の圧力がかなり強
く働いているということが挙げられる。そして、ブラジル人学校の不就学問題については、
学校の多くが私塾扱い(一部一条校)のために国庫補助がなく、学費などが高額になって
しまうことが挙げられる。そのため、公立学校・ブラジル人学校ともに日系ブラジル人児
童・生徒たちのために日本語教室を設置したり、またブラジル人学校においては地域の協
力を得て学費の減額に取り組んだりしている。また、中央政府は彼らのために支援事業を
行っているのだが、それらの事業は各学校や地方行政、地域ボランティア・NGOに委託さ
れるため、主体となって取り組んでいるのはあくまで各学校や地方行政、地域ボランティ
ア・NGOであり、政府に直接的な影響力はない。また、それらの事業の中には元から期限
付きで行っているものもあるため、緊急避難的な措置でしかないと言える。一部の国会議
員によって、ブラジル人学校をはじめとする外国人学校に対しての認可条件の緩和や政府
による助成金の負担などを盛り込んだ「外国人学校支援法案」(仮称)の制定を求める動
きが2009年に起こったが、同法案は未だ可決されておらず、進展がない状態にある。その
ため、日系ブラジル人児童・生徒たちへの日本語指導と彼らの不就学問題の改善のために
は、中央政府がもう一歩踏み込んだ対策や法案制定を行う必要があると言える。
卒
氏
名:
多田
業
論
文
要
約
麻美
論文題目: 『在日ブラジル人児童の言語習得とアイデンティティ
―ダブルリミテッドの子どもたちのケース―』
要
約:
本論文ではダブルリミテッドの状態にある在日ブラジル人児童に焦点を当て、彼らのア
イデンティティ形成が言語習得にどのような影響を及ぼすのかを考察する。
第1章では、日本における日系ブラジル人増加の背景について述べる。日系ブラジル人
の増加には 1990 年の「出入国及び難民認定法」の改正が関係している。これにより、日系
人は正式な在留資格を得ることとなり、来日する出稼ぎ日系ブラジル人が増加した。彼ら
の中には家族そろって来日する者も多く、それに伴い 15 歳未満の日本の義務教育を必要と
する学齢期の子どもの数も増加していった。
第 2 章では、在日ブラジル人児童の言語習得状況をタイプ別に分類し、ダブルリミテッ
ドの子どもたちのケースと比較する。そして彼らの抱える問題について論じる。在日ブラ
ジル人児童の中には、日本語もポルトガル語も十分に習得できない子どもがおり、彼らの
言語習得状況は、「ダブルリミテッド」と分類されている。年齢相応の日本語やポルトガル
語が身についていないため、彼らは日本にいてもブラジルにいてもきちんとした教育を受
ける機会を逃してしまうのである。
では、彼らはなぜ日本語もポルトガル語も身につけられないのだろうか。筆者はそこに
在日ブラジル人児童の「自分はなに人か」というアイデンティティが関係していると考え
る。第 3 章では、アイデンティティの定義を明らかにし、バイリンガル・モノリンガル・
セミリンガルの子どもと彼らのアイデンティティの関係について検証する。そして、在日
ブラジル人児童のアイデンティティ形成と言語習得を関連付けて考察する。アイデンティ
ティとは、「私とは何者なのか」という疑問に対する答えに相当するものである。我々はあ
る言語を話すことで特定のアイデンティティを示すとともに、そのアイデンティティを維
持・構築している。在日日系ブラジル人の場合、
「混血」による身体的境界の曖昧さや、
「異
文化間成長」による文化的境界の曖昧さによって「なに人」であるかを判断する要素が多
様化している。そのため自らの認識と他者との認識との間にズレが生じ、子どもたちの「自
分は○○人だ」というアイデンティティ形成を困難にしていると考えられる。そしてこれ
が言語習得にも影響を及ぼしていると考える。
第 4 章では、このような子どもたちを増加させないための方策を考察する。子どもたち
により充実した言語習得環境を与えることを第一に考え、お互いが協力し合うことが、ダ
ブルリミテッドの子どもたちを減らす第一歩となることを論じる。
卒
氏
名:
矢内
業
論
文
要
約
麻友美
論文題目: 『日本人女性の理想の美』
要
約:
現代の日本人女性、特に 20 代前半の若者たちがどのような人物を理想の女性として見て
いるのかを探る。マスメディアが発達し、世界中の情報を自由に好きなだけ得られる時代
であるのに、どうして女性たちは痩せることやかわいらしさという同じゴールを目指すの
だろうか。第一章では、身体を数値化することによって引き起こる摂食障害や、他者から
評価されることについて論じる。第二章では、女性の美に多大な影響を与えている「男性
の存在」に焦点を当て、世界各地の 3 つの例を取り上げる。第三章では、日本の美の歴史
に触れ、次の第四章では筆者の行ったアンケート調査の結果を第三章の内容を踏まえて分
析する。第 5 章では、女性たちの美に対する考えの変化について述べ、
「痩せること」や「か
わいらしさ」について考察する。