掌 悲母像 - 現代短歌社

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「現代短歌新聞」購読の栞
一年分一千三百円(税込)を振替
FAX
(03)
5804-7101番
て終刊となりました。同紙
が、戦後歌壇に果たした役
割はまことに大きく、また
必要性を痛感するようにな
篠
機知にみちた奇想にウェイ まは答えるに留めます。
てめでたき桜みてゐる
まあいいかといへばまことに何事もよく
香のさびしくぞある
若さ
春はなぜ乾いた貝の紐などを嚙んでラン
千鳥ヶ淵の巨魁のやうな夜桜をみてゐる
桜咲くころ感情は静かならず亡きひと亡
ボーや史記を読むのか
立論と実作とは、短歌に
酔 に な り が ち な こ と で す。 とって双方欠かせないこと
き犬亡き小鳥たち
トが掛かり、問題は自己陶
着想に凝るよりも、日常か が理解される。その契機と
今はなき木のこと忘れその花を思ふ小さ
──先生は『残すべき歌
せ下さい。
の内容についてもお聞か
編著『現代の短歌』新版
桜咲けばスーパーに買ふこんにやくもさ
き庭かげろへば
散り尽したり
遠き人世を去り近き人も遠し心にさくら
ああ奔放に
ら見出された詩を、口語に なることを念じます。
論』で二十世紀の主要な
──最近のお仕事の一つ
ね。被災そのものの歌と共
まだ蛇が住む竹林の桜の木花咲くころを
ださくら散るのみ
ねぎ坊主かわいた畑に佇んで賞罰なした
言ひあふ母子ありわれ刺身買ふ
刺身がいい、とんカツがいいと低き声に
くらまつりの中にはなやぐ
主宰。歌集『早笛』から『鶴かへらず』
ひる野」入会。五十三年「かりん」創刊、
小歴
さくら咲きゆくしじま
誰をかも知る人にせんといふ齢淵のごと
のなかさくら立ちゐつ
あの人があつてこの人ありといふ相関図
昭和三年東京生まれ。二十二年「ま
蛇も好めり
まで二十三冊。『和泉式部』など著書多数。
来て、といふ声がきこえるあけぼのと聞
みなみから駈けのぼり来る前線のその突
島に春が来るとか
現代作家
こえない朝の中間にゐる
ふたりの
目刺好きされど春深き夕ぐれを目刺焼く
馬場あき子
さくらの日
に、自分の内部にいかなる
復された人も多いようです 詠んで欲しいものです。
衝撃に遭遇して、作歌を回 ふさわしい和文脈の調べで
弘氏に聞く
短歌史から学ぶべきもの
インタビュウ
回斎
二十世紀の主要な歌論を『残すべき歌論』とし
てまとめられ、この程その業績によって第
最近は入門書が激増して
賞を受けられます。これ ら、すぐれた良質の歌集を
歌論をまとめられ、その
からの歌論についてはど 熟読することが、作歌のレ
大著で斎藤茂吉短歌文学 いますが、私自身の体験か
その一方、家族詠が氾濫
のようにお考えですか。 ベルを向上させる、もっと
変化が生じたか、そうした
──「現代短歌新聞」創 を述べるとすれば、旧アラ しています。家族は社会組
歌に注目しています。
刊によせて、ご期待ご要 ラ ギ 系 に 重 き を 置 く よ り 織の最小単位であって、必
この『残すべき歌論』は も適切な手懸かりであると
──この頃の歌壇につい 甘んじたものと思います。 が、多くの人に認知してい 者が代表的な歌集を選び出
作品を抽出したほうが、さ
選考委員長の岡井隆さん らに役立つのではないかと
が「これから短歌を学ぶ人 思います。また、編者が短
にも、歌論を書こうとする い歌人論を書くよりも、そ
人にも、これ以上ないほど の歌集が出現した時期にお
の教科書ともいえる。大冊 いて、もっとも的確であっ
であり労作であるが、読み た評言を紹介することが望
易い叙述となっている」
と、 ましいのではないか。こう
た。この二十世紀ほど、短 この新版は編集されたもの
授賞理由を記してくれまし した視点を深めることで、
歌の可能性が論じられた時 です。版元は東京堂出版。
代はありません。これから
すでにこの十数年来、仮
定は何でしょうか。
──今後のお仕事のご予
そんなに深いとこから来たとは思へない
と言はれりやもつと戸惑ふ
自分ではこの言葉では不都合だ
さから蝶のとび去つてのち
まだなにかあるのだらうかくさぐさのく
す。また、次世代を担う新 中心とした短歌が、時代と のではなく、その渦中に自
出版社としては、良書を た役割を評価していただけ きものと考えています。差
春の鳥だが翼は暗い
「おいで」と言はれたみたい
ゆふべから妙に急いでゐるぼくはどうも
「おいで」の声
岡井
ハイデガーが神の雷雨と呼んだのはわが
へ
発つて来ても「催促」
あたらしい雑誌が生れて「来よ」と呼ぶ
こ
ここだくの声にまじりて行かな
あ
上を過ぐる針の雨、なの
短い
小歴
迢空賞、斎藤茂吉短歌文学賞等受賞。
唱』
『禁忌と好色』
『X』等の他著書多数。
「未来」
創刊に参加、
現在発行人。歌集『斉
昭和三年愛知県生まれ。二十六年
見るといふ情熱のいる行為からすべてが
空腹だからことばを食べる!
と
民族つて思想は疾うに消え去つた長い列
んだ?
「 詩 作 ― そ れ は 遊 び で は な い。
」ではな
割れて生まれたんだが
波をへだてて
お互ひに見つめ合つてる時間つてほんの
隆
水の声つて廚からして来てもベランダを
端に立つてみるなら
の歌論も、それらを熟知し
おいで
たうえで、はじめて説得力
をもつのではないかと、い 題「戦争と歌人たち」をテ
ーマとして、多くの論文を
日本語の崩壊が叫ばれて 書き散らしてきました。現
集発行に長年携わってきた の努力」を尊重し受け継ぐ を発信すると同時に、近現 久しい昨今、短歌も、間違 地詠そのものよりも、近代
「短歌新聞」と同価格の っています。
史と伝統を尊重しつつ新風 きか、また、何を守らねば したかを、自問自答してき
読者からご要望の多かっ 人の発掘にも努めます。歴 共に、どのように変わるべ 分があったならばどう対峙
今回の『残すべき歌論』
をも取り入れる、新しい体 ならないのか。私どもは、 たようなものです。
制だからこそ出来る柔軟性 日本の詩歌の限りない可能
したが、さらにその典型と
これから六十年の後に、 なる歌人に絞ります。私ど
いなや、全国の皆様から、 も試みました。創刊号、不 を広げます。真に短歌を愛 したいと思います。
望を伺い、号を追うごとに
れが第一です。
刊行するため、もとより採 ますよう、ご愛読のほどお し迫った課題としては、こ
「現代短歌新聞」の目標 算は度外視する覚悟です。 願い申しあげます。
編集方針は「短歌新聞」 充実に努めて参ります。
するにつけ、短歌総合紙の 意を新たに致しました。
む声、継続を望む声を見聞 せられ、誠に心強く一同決 すが、皆様のご意見、ご要 ありたいと願っています。 「現代短歌新聞」の果たし もの世代がまとめておくべ
読者の皆様の終刊を惜し ご賛同ご期待の声が多く寄 備の点多々あるとは存じま する方々に喜ばれる新聞で
衝撃を与えました。
終刊の報道は歌壇に大きな み)での発行を発表するや た、活字を大きくすること で、あらゆる方面に聴く耳 性を信じるところから出発 では、五十三人を採録しま
創刊にあたって
化という理由で昨年末を以 年間一三〇〇円(税送料込
が社主・石黒清介氏の高齢
年近く続いた「短歌新聞」 発行を決意した次第です。 も吹き込んでいきたいと願 彰 し 続 け る こ と に あ り ま しております。文語定型を のです。たんに否定視する
皆様ご承知の通り、六十 者として「現代短歌新聞」 ことは勿論、さらに新風を 代歌人の業績を見直し、顕 いなく転換期を迎えようと 歌人の戦争観を剔出したも
をお届けいたします。
そのうえ、歌人が自選し
て、昭和二十八年以来「短
て、どう思われますか。
のですが、多くは小世界に に読める内容でありません たアンソロジーよりも、編
歌新聞」が機能してきただ
多くの結社誌が、震災詠 言をしてきましたが、けっ 感謝しています。
す。あえて要望
ことを熱望しま
紙が継承される
きた歴史を、新
ーに掲げられて
努力」をモット
視野と公平への
先紙が「広い
限りです。
ことに歓ばしい
れることは、ま
る新聞が創刊さ
円滑に継続され
ていたところです。ここに の特集をしています。この し て そ う で は あ り ま せ ん。
口語歌体を疑問視する提 ただく機会となったことを し、むしろ編者の鑑識眼で
けに、その廃刊が悔やまれ
紙として、かつ書評紙とし うか。
す。歌壇のトータルな情報 由に発言させることでしょ 小さな発見は作歌に生きる 六百頁からのもので、一気
創刊おめでとうございま をもつ中堅層に、さらに自 だ わ り に 終 始 し が ち で す。 三 刷 も 無 く な り そ う で す。 見做しています。
望をお聞かせ下さい。
も、目下活躍され、可能性 要以上に瑣事や私事へのこ
に寄せるご要望などをおうかがいした。
表)に、その喜びのお声と「現代短歌新聞」創刊
藤茂吉短歌文学賞に決まった篠弘氏(まひる野代
23
又は書留で本社へ前納下さい
〒113-0033 発行所 現代短歌社
「現代短歌新聞」創刊号 すが、私ども同社の書籍編 ました「広い視野と公平へ は、常に現歌壇の最新情報
東京都文京区本郷1-35-26
りました。微力ではありま 創刊時のスローガンであり
円
2~5冊
お そ な つ
円
解説・篠 弘
6冊以上サービス
定価七〇〇円(税込)各巻文庫判カバー
現代短歌社文庫
送料1冊
く
(たなごころ)
来嶋靖生歌集
掌
●近刊
橋本喜典歌集
悲母像
エ
現代短歌社
ピ
タ
解説・中根 誠
ま ひ る 野 編 集 人 の『 一 己 』 に つ づ く 第 八
歌 集。 二 〇 〇 二 年 晩 秋 か ら 二 〇 〇 八 年 初
夏 ま で の 作 品 五 〇 〇 首( 内 長 歌 一 首 ) を
収 め る。 本 書 に よ り 第 回 日 本 詩 歌 文 学
館賞、第 回短歌新聞社賞を受賞。
・学生ならず教員ならずけふわれは早稲
田通りをゆつくりとゆく
・アウシュヴィッツの地獄にありて聖な
る画を描きゐし人をけふわれは知る
・戦ひに死にしわが子をかき抱く悲母像
の母の顔面ゆがむ
・このわれの千万倍の悲しみより起ちて
歩みしか聖なる人は
(ひぼざう)
昨年発売と同時に品切れの好評歌集を読
者 の ご 要 望 に お 応 え し て 文 庫 化。
「槻の
木」編集発行人の著者の清しく格調高い
第十一歌集、三九四首を収める。
・山頂のわが肌に触れいづくとも知れず
過ぎ行く晩夏の風
・春の夜の膳に浅蜊のすまし汁あはれ浮
かび来父の微笑み
・知ることを敢て書かざるゆかしさと誇
りとを師に学びき我は
・滝の上に冷え冷え過ぐる風のあり命の
醒むるほどの涼しさ
160
24
振 替 0 0 1 6 0-5-2 9 0 9 6 9 番
編集・発行人 道 具 武 志
THE GENDAITANKA SHIMBUN
話
(03)
5804-7100番
電
80
16
創刊号
毎月
5日
平成24年4月5日発行
被災地から
震 災 か ら 一 年 が 経 っ た。
高
郎
木
佳
子
に明日はまだ見えてこな
互いに助け合ってきた筈だ にない違和や齟齬の中に暮 けれど、福島にいる私たち
ったけれど、現在では様々 らしている。
「おいッ。おめえら、い い。
催し案内
秋谷美保子編
定価五〇〇〇円(税込)
竹柏会の女流歌人として、卓越した存在であり、芥川龍之
A5判上製箱入三八四頁
俯きてうつむきて遂にこ 代の絵画作品を子規自身の
介に抒情的旋頭歌を作らせ、堀辰雄の『聖家族』『物語の女』
片山廣子全歌集
▪「正岡子規と美術」展
な人が様々な環境や立ち位
置を持っていて、生きるこ わきから出てげッ。金あん ・すぎゆきにおうい雲よと
と深化に多大な影響を与え
子規の「写生」論の確立
磐城平を
呼びとめし雲も去ににき
」地元の男性がス
ーパーのレジ待ちに焦れて
し、私たちをいろいろな方 考え方や原発立地地域の人 どこの店舗も今は避難者増
絵と併せて展示する。四月
ない地道に作品を深めてい
廣子を大伯母とする秋谷美保子がライフワークとして片山
置き、孤高を保ったため、その存在は余り知られていない。
廣子の歌業を集大成。『翡翠』
『野に住みて』の他雑誌掲載
だろう。読みきり読み捨て 学館。一般六〇〇円。四月
そうして赴くままに赴い 二―六六六六)まで。
第三は、新聞である以上 る作者を忘れないでもらい て、自由で、豊かで、広く
たいのである。
・よろこびかのぞみか我にふと来たる翡翠の羽のかろきはばたき
・月の夜や何とはなしに眺むればわがたましひの羽の音する
・くしけづる此黒髪の一筋もわが身の物とあはれみにけり
弘子著
作品、未発表作品も網羅。初句索引・年譜を附す。
八四五―一二一一)まで。
▪生誕 年齋藤茂吉展
〈潮音〉 問合わせは同館(〇四六―
一般八〇〇円。
くところを持てる者のみ にて開催中。
の春
の名作のヒロインである片山廣子。敢えて歌壇に遠く身を
の空を見ず
復興のかけ声は高らかだ
いということである。
時代時代に機敏に反応し ではなく、自然に保存した 二十二日には俳優風間杜夫
・かぎりなく憎き心も知りてなほ寂しきときは思ひいづるや
要するに基本の理念が見
・いづくにか別れむ路にいたるまで共に行かんと思ひ定めき
祝し
「短歌新聞」二十五周年を こともなかった。
感してきた。佐藤佐太郎が オーナーである見識を崩す 高い内容であってもらいた ある紙面を作ることになる ~六月十日。神奈川近代文
たことに私などはひどく共 発表することはなく、その しての短歌のクオリティの も多くするのが読み応えの 「茂吉再生」四月二十八日
壇人」として仕事をしてい かし、新聞、雑誌に作品を 情詩としての短歌、文学と 人を実証する連載記事など
故の放射能の不安の中でお の違いに至るまで、今まで
イフラインの断絶や原発事 と元々居る人のゴミの分別 た。
ったらしい。震災当初はラ 金の差異、仮設住宅居住者 故 は 人 間 の 心 ま で 汚 染 し ・白鳥が北へ帰るよ帰りゆ 十五日まで。横須賀美術館
向へ向かせるのには充分だ とそうではない人との補償 加で大混雑なのだ。原発事
例えば、原発に対しての 怒鳴る。
店内が凍り付いた。 ・ふるさとを喪くしし人ら た浅井忠、中村不折ら同時
分岐してしまった。
三月十一日には私が住む い思いの場所で犠牲者を追 とに対しての思いは細かに だっぺ
四
一年という時間はしか
一日ずつ一ヶ月ずつを刻む いわき市でも追悼の式典や 悼した。
ように過ごしてきた一年だ イベントが多く催され、思
ったと思う。この間、多く
の方よりあたたかなお見舞
い や ご 支 援 を い た だ い た。
葉
わせは同館(〇四五―六二
・よろこびを歌人のために え、編集者の声が聞こえる て活躍する歌人も大切であ くなるクオリティが欲しい 氏による朗読会あり。問合
年『天眼』
共にせし二十五年の歩み ような新聞であってもらい ろうが、あまり表に出てこ のである。
昭和
と謂はめ
小野
昨年の三月十
かった。自然現象として
も当初は、津波の歌が多
新聞や結社の歌などで
た。
「絆」という言葉も
的なものになっていっ
て心を寄せるような心情
そのうち被災者に対し
できなかった。
には写実的に描くことが
こともあり、津波のよう
11」という括りでいけ
である。
報ばかりが報道されるの
ない。メディア向きの情
進力ともなり、作品、理論ともに注目すべき成果がある。
「日光」に参加しての活躍も大きい。「新興短歌運動」の推
が、そうしたきちんとした
組織で奉仕している歌人に
注目していただいたら、歌
壇のレベルアップにつなが
なってしまった。全く寝耳 ってゆくに違いない。中央
る。明治期の啄木選歌にはじまり、大正期になっての土岐
善麿の「生活と芸術」・前田夕暮の「詩歌」で鋭角を示し、
歌壇的にも広く認められたのはその実力に合せて、リベラ
ルにして反骨ある弁護士活動にもよるだろう。戦後の「人
民短歌」
「新日本歌人」の選者としての仕事等々、三代に
わたる激動の時代を走り続けた近代短歌史の巨星の生涯を
東村の長女である小野弘子氏が十年に及ぶ緻密な資料探索
(水野昌雄)
を元に一冊にまとめられた。歴史学徒である娘が見た父の
・かき抱く君がししむらひたすらにかき抱く君がししむら重し
・思うことが/思うとおりにすらすらと/出来ても/やはり/淋しいだろう。
リアルな像。貴重な本となった。
直下型地震のほうに関心
〈熾〉
・口答なにもせず、枕もとに/さめざめと/泣く妻だ。/静かに涙をぬぐえ。
横山季由著
石見、因幡、大和、南紀、太宰府等々、『万葉集』踏査の旅を続
ける土屋文明。その折々や歌会・講演会等で立ち寄った中村憲吉
の布野の旧居や、島木赤彦の柿蔭山房、さらに金石淳彦や徳田白
楊の跡など、現代短歌の巨星・土屋文明の足跡を辿ってしたため
た 著 者 の 渾 身 の 力 作。 前 著『 土 屋 文 明 の 跡 を 巡 る 』
(定価三五〇
〇円〈税込〉〒三四〇円)につづく土屋文明紀行。
定価二五〇〇円(税込)〒一六〇円
お申し込みは現代短歌社まで
続土屋文明の跡を巡る
社
歌
短
代
この場をお借りして改めて
御礼を申し上げたい。
創刊への期待
秋
広く短歌愛好 者 の た め に
短歌新聞社が突然業務を をする新聞であってほしい
終えることになって、慣れ ということである。
父・矢代東村
短歌作者を導き、激励して であってもらいたい、切に
一日以降、はっ
の津波の恐ろしさが詠わ
言 わ れ る よ う に な っ た。 ではなく、政府や東京電
ば、自然現象や災害とい
定価三五〇〇円(税込)
きり何が違うの
力の対応の問題も加わ
った、目に見える、ある
四六判上製カバー四二四頁
かは分からない
れた。遠く離れたところ
しかし瓦礫処理の問題で
る。加えて一年経ってよ
いは想像がつくという範
のだが、何かが
に住んでいてもテレビで
はなかなか受け入れられ
うやく表にでた情報もあ
く拡散していっているの
矢代東村は口語短歌史上優れた先駆者であり、達成者であ
違う。何となく
実況中継のように津波を
ない、ということで全国
るような活動をしている
以前の歌がそら
見てしまった。視覚から
疇から離れてとほうもな
感 が 募 っ た。 政 策 や 行
れない人もいるがそうい
・今に見ろ/と僕たちはいふ。よし俺が/最後の一人として/残るまでも
が移っている。
これから起こるであろう
が分かる。また東京では
ったことがわかる。
一年を経て
く、迫力があった。
こうして見ると「3・
ぞらしいような気もして
り、政府や企業への不信
て力を失ってしまったが
事だった。何度も使われ
「未曾有」という言葉以
放射能そのものの問題
に水で、周囲から情報が入 からの講師を待つだけでは
の問題として広がってい
見ても、私は未だにすっき あ る 歌 人 集 団 が 育 つ だ ろ
万葉の時代でも筑紫歌壇
外を思い起こせない。阪
りしない中途半端な気分の う。
わ り が 深 か っ た の で も あ が個性的で、スケールの大
病気、家族、故郷、コミ
り、一歌人として返してゆ きな歌人が育ったことを思
ュニケーション、報道、
津波、都市復興、放射
義捐金がうまく使われ
メディアの捉え方にも
政治など、どんな切り口
沖
な な も
あああああああああ
ていないなど、災害とは
問題があった。復興へ向
でも捉えられる。一年経
しかし実際に見ていた
かって頑張っているとい
つともう災害の歌として
神大震災の時にも同じよ
わけではないのに、リア
さらに原子力発電所の
違った問題もおこった。
う人たちばかりがクロー
括ることができ難い状態
くべき恩義も浅くないので えば、全国に目を配って、
う に 感 じ た は ず な の に。
ルといえるのかという疑
事故が被さっていった
ズアップされたりした
第二は、
どういう短歌観、
かったと言えるかも知れ
能、原発の是非、資源、
直接には大きな被害を受
問 も 頭 の 中 に は あ っ た。
が、これはなかなか歌に
が、実際には鬱傾向の人
た。期待は当然大きい。対
災害と言っても時間の
ったという経験があった
う人たちはあまり登場し
環境、経済、交通、孤独、
けなかった関東でも、計
メディアを通しての情報
するのが難しかった。原
も多いと聞く。立ち上が
経過とともに変化してい
ない。放射能は見えない
った。
からだ。
政・企業の体質の問題に
そういう中で道具武志氏 る新聞であれば、存在感が
画停電や帰宅難民、液状
を歌にしていいのかとい
子力あるいは放射能とい
編集をしているのか、いわ
する私の願いを率直に三つ 理念によってどういう人が
ほど書かせていただく。
第一は、全国に緻密なネ ば「顔」のある編集をつね
ットを張り巡らし、日本の にしてもらいたいというこ
短歌及びその作者の下支え とである。石黒氏が「一歌
もなっていった。
が現代短歌社を興し、石黒 大 き い と い う こ と に な る。
化などで、身近に感じた
う思い。かつて湾岸戦争
うものをあまりに知らな
計画的に歌人の育成を考え
清介氏の精神を継いで「現 それは全国に根を張ること
こともあったかもしれな
のとき油まみれの海鳥を
もある。
代短歌新聞」を刊行してゆ によってのみ可能であるよ
い。また原発は広範囲に
詠った人があまりに多か
くという御挨拶をいただい うに思う。
恐怖をふりまいた。
になってきている。
ままである。それほどかか
あまりにも大きな出来
入る情報はあまりにも強
代」までもが終わることに にいわば地域歌壇を充実す
130
たとえば過去の優れた歌 いってくれるような専門紙 願う次第である。〈歩道〉
私の関係する日本歌人ク という歌を贈ったほどの短 ニュース性が大切にされる たいのである。
だった総合短歌誌「短歌現 クに分けて、ブロックごと
刊となり、伝統短歌の基盤 ラブは全国を十二のブロッ 歌の実作者でもあった。し のは当然として、全体に抒
親しんだ「短歌新聞」が終
53
しまうのだ。
歌壇時評
現
!?
1
ってきても、誌上の記事を ない、地域ごとに独自性の
四郎氏
秋葉
TEL 03
(5804)
7100
発売元 現代短歌社
発行所 短歌新聞社
佳子氏
高木
(2)
平成24年4月5日
聞
新
歌
短
代
現
創刊号
秩父の山に産業廃棄物の焼却炉建てて息
子はそこに住みつく
親会社潰れて傘下の子の会社買ひ手のつ
きて売却されぬ
子の会社買収されて大手企業の社員にな
れしとメールしてこし
廃棄物処理業に活路を見出すか造船屋は
吾が子の会社買収したり
震災後持ち込まるる塵の増えしとふ子よ
間、この作品時
今回から半年
れたときに、文語を基礎
このあたりの世代が失わ
とになる。/おおむね、
すでに八十五歳というこ
洋
評を担当させて
とする短歌の歴史に大き
史
いただくことと
島
なった。現代短
な変動が起こるだろう」
大
震災の歌など
歌新聞が、どの
相聞
鮎子
わが一首
和泉
しかばね
で 死 ん だ 女 そ つ く り。 しまった。
以来、
女は月を見ない。
新アララギ(代表・吉村 に掲載。B5判一八四頁
睦 人 ) 四 月 号 は「 宮 地 定価六〇〇円。
朔 日( 代 表・ 外 塚 喬 )
どう見ても、屍をあさ
田 毅 明 編 )、 秋 葉 四 郎、 隠れ』批評特集号として
四月号は外塚喬歌集『草
発行。日高堯子氏らによ
伸一追悼特集」号として
る批評を掲載。A5判八
発行。宮地伸一略年譜
(池
大島史洋、吉村睦人氏の
月光の射し入る窓にはブ
メ』
( オ ス カ ー・ ワ イ ル 籠めている。若きシリア
弔辞、宮地伸一人と作品
り歩く女のやう。
ド作・福田恆存訳)の冒 人の友で、王妃の侍童で
そ の 夜 の 月 は、
『 サ ロ ラインドを下ろして垂れ
頭 の 月 と は ち が っ て い も あ る 若 者 の、「 あ ゝ!
群山(代表・徳山高明)
( 雁 部 貞 夫 )、 の ほ か、 〇頁定価一〇〇〇円。
宮地伸一氏の「土屋文明
なぜおれはこの男を月
三月号は「扇畑利枝追悼
て
天に禍々しく輝りゐし ある光を放って、地上の から隠してやらなかつた
覚え書」などを掲載。ま
特集」号として発行。「扇
そら
・ミッドナイトブルーの た。もっと硬質で凄みの
のだ」という嘆きを反芻
畑利枝とその作品」と題
品鑑賞、黒沼友一氏ほか
録、小谷稔氏らによる作
を、また戸板佐和子氏ほ
庄司ゑい子氏らの追悼録
し徳山高明、佐藤嗣二、
月ぞきみを拉致ひつ
議な月だな。どう見て 物の一人、若きシリア人 上の仲であったかも知れ
の「私の好きな一首」を
か六〇名による「利枝夫
ふたりを射ていた。
た長女の伊達由美子さん
ら
それからほどなくだっ しつつ。もしかしたら、
はじめ会員各氏の追悼
さ
見ろ、あの月を。不思 た。
『 サ ロ メ 』 の 登 場 人 この二人、単なる友人以
も、 墓 か が、その夜の月にふいと ぬ。残された侍童は、こ
人の思い出」を掲載。A
集
歌
誌
いつも小物合わせに迷っているあなたに︒
きものの世界がもっと広がる 選︒
清野恵里子の
きものの愉しみ
帯あそび
帯締めのセンス溢れる取り合わせは必見です!
帯が主役の︑
きものと帯揚げ︑
江森康之・写真
セシウムに犯さるるなかれ
とある。果たして、どう
「文語を基礎
って出発するのか、とても な る こ と か。
ら 脱 け 出 い の ち を 奪 ら れ た よ う のあと、どう生きたのだ
特集。A5判一九八頁定
記 念 特 集 号 と し て 発 行。 八雁(編集発行人・阿木
隆 ) 四 月 号 は 九 〇 周 年 〇円。
特
http://www.shueisha.co.jp
ような紙面によ
楽しみにしている。
前の短歌新聞を或る面で にだいぶん前から起こって
価一二〇〇円。
と
は継承してゆくのであろう いるが、どういう実がなる
し て 来 た に、女と並んで寒月光を ろう。
〈谺〉
から、最初に取り上げる作 のか、それを見たいもので
女 の や 浴びていた男も、ふいと
る。
今回のアンソロジーは、
5判一二八頁定価一三〇
品は短歌新聞の終刊号(平 ある。
テーマ ずつあげてみよう。
ポトナム(代表・安森敏
成二十三年十二月号)から ・除染という職業として福
島の人を集めて二度傷つ
三原由起子 ソロジー二〇一一
佐佐木幸綱、来嶋靖生、 津 英 ) 三 月 号 は 阿 木 津
福田龍生、伊藤一彦、永 英評論集『二十世紀短歌
ける
実はこれ っ て い る よ う に 感 じ ら れ
だけが残つた
・ひび割れし日の丸の旗し
田和宏氏のポトナムへの と 女 の 歌 』 の 批 評 特 集。
「力詠13首」から引い 別私の一首八〇〇氏」の中 ・駅が消え線路も消えて海 いつもとは違った迫力をも
た。結句のところに作者の の次の一首である。
は神話です
えにきみは手を伸ぶ
な差異ありて差異あるゆ しており、
ことなれば生徒らは笑う ・壊滅的な被災にもわずか 「社会・時事」の項に出詠
佐藤通雅 た。ちなみに、私の一首は
言いたい眼目がある。三原 ・除染とは染野を除外する
は福島県の浪江町出身。「短
染野太朗
プールサイドに
集英社
フクシマの塵は受けじといふ倅よ放射能
を止める壁などあらず
季由
とする。
う。ま る 死の領域に連れ去られて
とする短歌」の変動はすで
咳の出ると言へば被曝を案じをり塵芥の
横山
離れ住む子
処理に励む吾が子を
廃棄物処理の焼却炉は止められず盆も正
月も子は帰りこず
恋人とまた別れしとさりげなき吾が子の
メールにこころの痛む
恋人と別れし息子親吾らを避けてメール
想をするやうな花梨の実 特集「3・11以後、歌人
(角川書店)三月号の
・目に見えぬ時間の中に瞑 歌 」
別 ア ン ソ ロ ジ ー を 掲 載。 八頁定価不載。
、与謝野晶
〇号記念ポトナム叢書批 (田宮良子氏)
(佐々木春美)
など一〇〇 梅 内 美 華 子 と そ の 作 品
評特集も掲載。A5判三 子と「みだれ髪」(伊藤富
A5判ハードカバー/オールカラー128ページ
清野恵里子・著
100
●定価1890円
(税込)
定価2730円
(税込)978−4−08−781498−9
津波来し 時の岸辺は 如何なりしと 見下ろす海は 青く静まる ──── 天皇陛下
とき
帰り来るを 立ちて待てるに 季のなく 岸とふ文字を 歳時記に見ず ── 皇后陛下
《宮中行事
歌会始の儀 に込められた天皇・皇后両陛下の思い》
こ
に返事もよこさず
メッセージ、会員全員に 尾形明子、村岡嘉子氏ら
「体壊すな」
「結婚をせよ」と迫る吾を
三枝浩樹
よる九〇周年記念十首特 の評論を掲載。A5判八
かすがにアメリカびとは
こういうおもしろい歌を
の二つ三つ
手に取りつらむ
外塚 喬 は何を考えてきたか」とい
子は避くるらしメールも返さず
「ふたりの現代作家」か う 座 談 会 に も 出 席 し て お 作れる人は、本人しかいな ・子を連れて西へ西へと逃
さ ん じ ふ
三十歳代最後の年を迎ふると独り身の子
(代表・西田とし子)
誌名「ポトナム」考(星 歌滴
〈未来〉
されたのだった。
かなしみは悔やむ の声にすぐさま発売が中止
ならば言え 俵 万智 カの雑誌の表紙にひび割れ
言ふ
心のかたちに残る
淑 子 歌 集『 深 草 』 批 評 人 」 特 集 号 と し て 発 行。
という歌である。アメリ
ら引いた。カリンの実を瞑 り、原発の歌をうたう姿勢 いだろう。
分類である「自然」
「恋愛」
「 生 死 」 な ど、 ど
除染という言葉で思い出 「 家 族 」
今野寿美
まだまだたくさん見られ
地表(代表・井田金次郎) 四〇頁定価一〇〇〇円。
「今年は大正百年。/ すのは、
「歌壇」
(本阿弥書 の項目にも震災に関係した
三月号は荒木さわ子歌集 麓(編集発行人・風早康
五六頁定価三〇〇〇円。 美氏)など掲載。A5判
ょ う。
〈 立 ち 枯 れ し 雑 草 の 当をつけさせたり推測させ けのものです。
「まかせる」 残念ながら分かりません。 ますから「市職員」に呼び
『松の聲』批評特集号と 惠)三月号は「遠野吟行
はじめ社内外二十八名に 尾勅子氏らの吟行記・写
上の句はこのままで分か かけていることは明らかで
よる批評を掲載。A5判 真などを掲載。A5判五
に 遠 離 り ま す。
「 枝 に 囀 る もよいのですが、「作らず」 りますが、結句の「ことに すので、これは言わなくて
中流され来しセスナ機や漁 たりすると、それだけ感銘 も口語ですから可能動詞で
船未だ残れり〉
何を言わなくてもよく、
七四頁頒価一〇〇〇円。 八頁定価五〇〇円。
して発行。高橋誠一氏を 特集」号として発行。末
その末年生まれの人も、 店)の三月号の特集「アン 歌が見られる。順番に一首
短歌新聞の社説の欄には、
げてゆく愚かな母と言う
想しているようだと、じっ について発言し、うたい続
人
この歌は「社会・時事」
に荷造る妻は
睦
ている。
妻の添へし手紙に短く吾も書き離れ住む
村
への調べがいい。
陽子)らの論説や、安森 三月号は「私の好きな歌
年 京 都 府 生 ま れ。
「新アラ
と見ている。上句から下句 けていく自分の覚悟を述べ の項に出てくるが、ほかの ・つないでゐたはずの手と た日の丸の旗が載り、抗議
昭和
子に荷を送りたり
小歴
ラギ」会員。著書に『土屋文明の跡を巡
る』
『土屋文明の添削』
、『定年』等六歌集。
吉
すると「ことであるんだけ 何が言わなければならない
を待つ」のところも、間接 と普通に言っても、十分作 しあれど」が分からなくな もよいでしょう。
れど」となりますが、これ かを考えるとよいと思いま
しきなみ(代表・北奥明 水門(編集人・飯島由利
彦 ) 四 月 号 は「 東 日 本 子)二月号は平成二十三
大震災から一年」特集号 年 度 水 門 短 歌 大 会 特 集
松崎敏彌・著
〒101−8050東京都千代田区一ツ橋2−5−10
東京都千代田区神田神保町 1−7
☎03
(3294)8931〈ネット注文は下記 URL〉
http://www.nihonbungeisha.co.jp/
〒101−8407
日本文芸社
必要な言葉、無くてもいい言葉
ます。
〈新アララギ〉
め全国から寄せられた大 さな兵士の記録」小林直
として発行。被災地を含 号。水門賞受賞作品「小
柿を作れず枝に囀るを待 能をおそれて今年は干し柿
震災の歌からの選りすぐ 江他受賞作品を掲載。三
添削ご希望の方はハガキ
・市民より要望あれば市職 で は 上 の 句 と 繋 が り ま せ す。
歌も、この後の大事なこと
員放射線測定のことにし ん。こうしてみると、この
あれど
を作らず鳥の喰うにまかせ 原発事故の問題を扱って大 に な る よ う で す。
〈 放 射 線 に一首、現代短歌新聞編集
これも今回の津波による が言い足りないと言うこと
操業している舟のようで
つ
添削コーナー
・立ち枯れし雑草の中セス れて来たと言うことをやは ・放射能付くと今年は干し な 言 い 方 過 ぎ ま す。
〈 放 射 れないということは現われ っています。ここを口語訳
う。また「漁り舟」あるい
いさ
ナ機や漁る舟の未だ残れ り 付 け る 方 が よ い で し ょ
り
すなど
東北の津波の災害がなお は「漁り舟」なら「漁船」
残 っ て い る 場 景 で し ょ う。 ないし「漁舟」のことです
「漁る舟」ですと現在
軽飛行機や漁船には、流さ が、
す。そして「セスナ機」と
りを作者のコメントと共 四頁定価不載。
この歌も少し言葉が足り る 〉 と 直 接 に。
「 作 れ ず 」 事なことを歌おうとしてい 測定大変なれど市民よりの 部「添削コーナー」宛にお
い「漁り舟」としないで「漁 ないでしょう。足りなくて の「作れる」は「作る」の るのですが、どういうこと 要望なれば実行されたし〉 寄せ下さい。お問合わせも
船」か「漁舟」がよいでし も見当はつくのですが、見 可能動詞で、これは口語だ を言おうとしているのか、 「市民よりの要望」とあり すべて編集部に。
心に残る珠玉の御言葉
世代を超えて伝えたい、永遠に光り輝くメッセージ
史洋氏
大島
13首
13首
力詠
力詠
作品時評
並べるのですから古めかし
1
皇室ジャーナリスト
天皇・皇后両陛下
23
睦人氏
吉村
創刊号
聞
新
歌
代
短
現
平成24年4月5日
(3)
大津留
温
(あ け び)
氷魂の尾白鷲
山名
康郎
(花
林)
大
島
桜
ぐ
中野
照子
(好
鏡の間の窓ほの白き明け暗れを大島桜におい初めたる
青 梅 路
乱雑に本積む書斎を恥しめる玻瑠戸の向こうの大島桜
やさ
雪けむりあげえぞ鹿の群一斉に下りゆき驚き飛び立つ氷魂の尾白鷲
た
と
辻下
た
は
淑子
(波
濤)
冬
草
石川
恭子
日)
( 新アララギ)
(素
馨)
藤井三恵子
高橋
淑子
公一
吉村
中村
玲子
久子
古泉千樫・橋本徳壽を継ぐ
伊藤久子
清新・自由
主要同人
渋谷憲夫
嶋村州司
菅原義哉
田中
大衡美智子
古川芳子
須藤秀雄
萩本阿以子 青木祥太
神作 光一
稲村 恒次
利根川 発
麻生 松江
西川 修子
佐藤 英子
石川 勝利
帯川
千
三友さよ子
中村美代子
笠間 友嘉
旧号見本切手五〇〇円
新人歓迎 会費 月八〇〇円
小笠原信之 植村隆雄
妙
鵜田
斎藤いさ子
生江良康
斎藤つね子 佐野初江
西久保征史
愛子
病み臥る汝れを見舞ふと青梅路を週毎通ふ子の車にて
あお
小谷
稔
二花三花梢に賞でにし年経りて桜木の胴かぐろく緊まり来
季刊
光子
仲村
葉子
暖冬で泣きべそかいてゐし雪像灰色の雲も明るくなりて
車椅子に乗りたるまま年を越し連げうの黄に声あげにけり
雪の結晶
麓)
久米
肇
肩をゆすり汝が名呼ばへばハイと応へし時もありしが今は稀れなり
ほ
本
枕辺にわが詠む歌を掲げたりわれに代りて汝を見守らむ
か
(新
雪)
朝あさを半幅帯結ぶ後ろ手をいかにか視ていん醒めし桜は
洋三
ほのけぶるさくら檜の杉の蒼の彼方音なく光る加茂川
津川
口開けて眠りゐる我よ孫描く絵はいつも恍惚の表情
恍惚の人となりて死ぬる夢このごろとみに気力衰ふ
雪の日に
また来るよ別れ告ぐるに握りたるわが手離さず意識なき汝れ
( 新アララギ)
(無 所 属)
(山
冨子
稲見
訓
霏々と降る雪窓外を白く染む青梅の里はさぞ寒からむ
三宅奈緒子
殺虫剤の煙にていぶすわが蔵書老いつつ読まず煩ひとなる
上を向いて歩くかなはず雪道を小幅に長靴踏みしめながら
老いわれに電子図書など用のなし紙に指触るるたまゆらのよき
同じ本を時隔て買ひし五六組われの独りのひそかなる恥
岸に花束
軒たわむまでにずり来し屋根雪を切らむと立ちぬ晴れ間見つけて
淑子
古書店は歌集を買ひ取ることのなしうべ歌読むは少数のもの
ぞ
海ぎしに並ぶ花束祈る人らこの国に苦しかりし一年過ぎつ
結晶のかたちほとびて節分を過ぎ降れる雪コートの袖に
こ
万余の人逝きし思ひてこの径を去年は歩みき花散るときに
雪の面にひろがる粒々たかむらの葉に積める雪風に落ちたる
あした
北のまちに鬱病むと聞きしが如何にゐむ日に幾たびかよぎる思ひに
朝よりこの会堂になに祈るおのれは変らぬ安きにゐつつ
加藤
戦後わが本売りて帰りの旅費としき『資本論』意外によき値のつきて
雪の下くぐりひそけく来し水の洞にかかるか音にひびけり
問
かにかくに明日をたのみて杖曳きゆくむらさき橋をひとり渡りて
素
晋作
小豆島棚田は古りて農村歌舞伎あまた擦れたる衣裳を残す
結城
遠き日の津軽みやげは誰が賜びし永久に残らむ雪の結晶
靈樞も素問ももちていまししとゆくりなく知る旧き日記に
向
藁葺の村の歌舞伎場ひと気なく冬草の見物席めぐらしぬ
帰
潮ひき海中に道あらはれてエンゼルロードと島びとはいふ
まみ
雁
主都直下地震の予告に関西に棲む息子より非常食届く
た
(あ る ご)
ジンメルの貨幣の哲学読みたしと先づ文庫本尋ね街ゆく
う
藤岡
武雄
おだやかに内海は千古しづもりて魚はぐくめば恵みといはむ
与謝野晶子の『文学アルバム』にて見 ゆ若き日のわが師中原綾子に
丸エンピツ
こと繁き日々の日記の一行に歌人協会内閣改造
間)
紅玉堂が大正十一年刊行のミステリー・シリーズはルビー叢書なり
(林
驛鈴の今に遺れる隠岐の島訪はむねがひもつひにむなしき
俊作
落人の伝説にふかき谷ありき何もなきところと島びといへど
香取
八冊の歌集に入れざりし短歌あまたわれにとりなつかしき作品なれど
医事法制ゆるみたる世の看板を見わたし夜の電車待ちをり
お健やかに
啓蟄の朝早々と連らなめて雁の一群帰りゆきたり
音)
丸エンピツ机の上をころがり出す震度2にも反応もちて
あ
(潮
老顔笑まふ天皇陛下このわれの八歳の冬生れ給ひにき
妙子
冬の田に落穂漁り居し雁たちが声を残して飛び立ちゆけり
さくばく
石橋
のど飴を三日しやぶれば何となくメタボ気になる如月の空
皇太子誕生を祝ふサイレンのぽーぽーと鳴りしあかつきの空
師
昨年より数の少なく雁行もままならぬまま高空に消ゆ
化
先の三羽にあとの二羽追い付かんと急ぎ立ちにけり
(水
五十年前の夜行列車の揺れがたちくる
春日真木子
道
索莫といふ空間に佇ちてをり弥生梅園の花咲かぬなか
甕)
眼下は東海道線
枝
思ほえば過ごし給ひしは軍閥の暗黒政治の中の少年期
桃
一
東北の被災地慰問の両陛下加齢し給ふをテレビに見詰む
音)
帰りゆく雁の一連らを紅く染め今し夕日の沈まんとせる
(潮
老犬が体投げ出し日向ぼつこどうでもよいとわれも並びて
國芳
老化度の数値のいくつ畏みて膝の関節きくきくと鳴る
波汐
早春の空に吸はれし白き翼美しき罠しかけられゐて
平和の世といへど多端なる天皇の心臓手術爽やかに成れ
曉の火焰
花束を解けば枝のひろがりて桃一枝に春ととのへり
なる さ
乾きたる気管に悩む旬日を水揚げしるく桃ひらきいづ
た
アクアマリンに戻りしラッコの喝采の招くを瓦礫ゆ起つわが心
大津波が鳴砂をさらい古里の塩屋の浜に泣く声足らぬ
歌 人)
裸木の飢餓感が好き丘の上の軋むベンチにいくたび仰ぐ
をみな ご
蒔田さくら子 (短
剃刀の薄き刃額にあてゐたり早春の光渦まく窓辺
かざ
桃いろは女子のいろ生のいろ花桃の花はち切れむいろ
浜昼顔の茎たぐるなり大津波がさらい残しのその笑みをこそ
草
十三夜の光のやはし壁の絵の道化師の口ひらき始むる
野)
緑の葉こまやかに添ふ花桃のこの共存にこころ潤ふ
(沃
物言はぬ一日の末の口中を宥む白酒けふ桃花祭
山本かね子
震災も連れ来し鬼ぞ鬼やらい吹雪の中を追いやまぬなり
童女ひなたちやん
なに者といふほどもなき草の身にあれば手をつき野に腰おろす
歌)
湖へおりゆく道の草の花翳すものなく黄なる真昼間
れいすいせな
き
降り過ぎて白き魔物となるなかれ今日も降るとぞふるさとの雪
すそ ご
雅子
(雅
日本の水が山が外国に買はれをり冷水背を下るおもひす
雨宮
風の手にのりてかろがろのぼり行く絮ともなれずあはれ草の身
いざなひのごとき薔薇いろ西空にのこして裾濃の藍暗み初む
ふたたびの春
久々の道も屋並も変りなしわが影のみや杖を曳きゐる
現)
山鳩を聞くゆふぐれをさびしめど帰るべき家まだわれにある
ひ な た
孝一
(表
生きてゐて良かつた春を待つ心つぼみと共に脹らみて来る
木下
振替 00190−5−50632
栄蔵
長島
山田
会費一律
橄 欖 社
阿部
長谷川
碑短歌会
編集・発行人 加茂 信昭
発行所 〒194―0045 見本誌300円
(切手)
町田市南成瀬1―1―6―504 長谷川肇方
電話042―723―0977振替00130―9―427691
〒350-0303 埼玉県比企郡鳩山町熊井839
電話・FAX 049-296-3524
長島八恵子
典子
0021
−0001 横浜市鶴見区矢向 3−19−5
年 12,
000円
道子
金澤
楽しい集いのなかから歌う
礒崎
001
〒346―0003
埼玉県久喜市久喜中央4−4−32
電話 0480−21−1875
新人歓迎 会費 6 か月 6,000円
礒崎
新人の参加を待つ
〒230
月 1000円
三好けい子
海老原マサ子
関田史郎
編集発行人
啓
横竹小夜子
年6回発行
隣人となりし童女は日向ちやん呼ぶたび胸辺ほつこりぬくし
春ふたたび黙禱のため暗紫色のクリスマスローズわれの机に来ぬ
河
雪のうへにまた雪積もる山の家に凶器となりてつららきらめく
山
ふる雪は薔薇の枝ひとつ撓はせて如月尽のま昼閑けき
震災も豪雪も映像に見るのみのわれにも熱き心処がある
しづ
3・11以後ポケットに常に持つカードケースに結びたる笛
八月の焦土に騰りしきのこ雲その閃光を思ひ出づべし
あが
3・11めぐりくる日を吹雪きゐて瓦礫の山動かざりし一年
まなこ
目に見えぬものを懼れよこの国をしづかに冒すものを懼れよ
ふる
誰しもの胸に消えざる山河あり誰しもがうたふふるさとの歌
しべ
その蕊を寒気にさらす白梅の花の震へに眼を寄せつ
あすなろ社
発行所
いしぶみ
社
香
明 日
発行所 「あかね発行所」
事務局 〒426―0047 藤枝市与左ヱ門333
碑
山名康郎編集
編集所 〒207―0002
東大和市湖畔2 346 16 竹内方
電 話 042 ( 566 ) 0270
振 替 00120 ― 8 ― 101925
〒184―0011 東京都小金井市東町1―15―13
電話 042−384−1914
年間会費 7500円(年刊 6 冊)
※小・中・高・新人・高齢者歓迎
あふち短歌会
054
(635)
6670
会計部 〒426―0046 藤枝市高州122
影山紀世美方
TEL054(635)0954
〒850―0953 長崎市上戸町237−30上川原紀人方
(TEL・FAX)095−827−5491(振替)01830−5−1507
・槙山 純一
・金丸きん子
・川崎 夏生
・佐野 都夫
・木村 温子
ゆき
文子
香田
村上
遠藤まさ子
安原 ふみ
村松 きみ
賢明
福村
地区代表
・武田輝久子
・高橋美智子
・鶴田 文子
・遠藤 千鶴
・坂本 操子
主要同人
あなたも一緒に詠み、語り、そして
書きませんか。
季刊、毎号 110 ページ、同人費年額
8,000 円
井村 なを
福村 賢明
篠原維久代
万葉の歌を尊び、子規以来の写実の歌、
生活に即した真情の歌、
重厚にして清新な歌をめざす。
あふち短歌会は若山牧水の歌業を
継承し、その発展を計る。会費月
000円半年又は1年分前納。
額1,
新人、旧人も歓迎(暫時季刊)
千鶴子
川合
代表
〈五味保義系〉
主宰
発行人
近世文明発祥の地長崎に芽生えた
「あすなろ」は、全同人制の自由の
広場で 18 結社・グループの 160 名が
仲良く歌の花を咲かせています。
明 日 香
あ ふ ち
若宮貞次
今井邦子創刊
昭和60年創刊
昭和11年5月
あかね
牧水系
歌即人
雪が積む放射能積むこの街に生きぬくわれぞ火焰吐くまで
人 特 集
(4)
平成24年4月5日
聞
新
歌
短
代
現
創刊号
鬼 柚 子
温井
松代
(濤
声)
長崎日記
上川原紀人
(あすなろ)
行く末を考へる
菅原
義哉
の り と
(橄
欖)
好々爺なる生命ひとつを危ぶみし邂逅として故郷の山河
い の ち
夏めきし玉園山のかがやきが今日も救いのひとつとなりぬ
神参りの神璽降臨に宣り給ふ玲瓏として祝詞のひびく
常盤井猷麿
( アララギ派)
腰痛を治してやると腰に触るる陣内州司の掌のぬくみ知る
ゆく春の名残と触れし野アザミの刺の痛みが指をさすなり
新しい一歩
朝顔の花のアーチをくぐる日をかたり合いつつ竹垣を組む
( 短詩形文学)
屋根に積もる雪の重みは六十トン雪おろしはやつぱりやらねばならぬ
昌雄
アフリカのスラムにあらず両親と男子三十歳の餓死といふ記事
水野
有明の干潟に潮をふきあぐる貝のかなしきささやきを聞け
どの顔も身がまえのなき表情の夕べのバスに揺られて帰る
花鳥風月抄
今日からは新しい一歩を始めよう硯を洗ひ墨磨りはじむ
(あさかげ)
青白くさびしき花を咲かしむる新種梅の木人間の知恵
光晴
磨り溜めし墨を幾度捨てたりや筆持つ意欲衰ふるまま
川嶋
暖房を消して静まりゆく部屋に暫くをりき明日は彼岸か
木々の芽
日常の生活圏をともに生き親しまれずして黒き鴉ら
青)
ハンドルもペダルも力こめてゆく向かい風となる川越える橋
(丹
かくて一年過ぎしと思ふ罪深さ彼岸中日冴え返りつつ
遠役らく子
月面におりしカメラが写しゆく兎とかつて見ていしあたり
坂
八十八の祝ひもしてやらざりしと今気付くひとり離れ住む姉に
の
原発ゼロの行進に声をあわせゆく花鳥風月人間の危機
老
い く さ
木々の芽の萌ゆべくなりし今年また戦争に負ひし傷痕痛む
も
物忘れ多くなりたる姉も吾も転がる如く老いの坂下る
と
浅野まり子
(無 所 属)
肌あらき大き柚子の実いくつ垂れ人の声せぬ昼の路地裏
七十年経たる打撲の負傷痕撫づれば戦争の往時よみがへる
武骨の冨士
秩父路の武甲山また来て仰ぐ堂々とせるも痛々しけれ
音)
丈低き庭木となりておほどけし鬼柚子といふ冬の生りもの
(潮
ジャングルとふ言葉を聞けばたちまちにガダルカナル戦の餓死兵まざまざと
和男
戦争より死なず還りて九十三歳共に還りし戦友よいまいづこ
疋田
セメントの採掘の跡白々と雪の如くに縞なして見ゆ
骨
夕暮れの山は女人の寝姿に次第に色を変へて静もる
の
どつしりとをかしき実よと言ひしかば頷きまししはとほき日のこと
魚
危なげのなき歌などとやんはりと人は否定す便りに寄せて
珠)
一点の雲さへ置かぬ澄み空を仰ぎつつミサイルの飛び来を想ふ
(白
両神の山麓に湧く薬師の湯今年穏やかにと祈りて浸る
裕子
抑へ来し思ひ洩らせる人もなき夕べの部屋に灯りをともす
松岡
二月尽の今日を頻き降る雪の道悪くない久々のゴム長の歩み
春を呼び込む
ボールペン十本位並べたが晩春のこと書く気になれず
三月となる朝裾野に仰ぐ冨士近すぎて武骨の姿が親し
あちこちのビルにはじかれ来し光都市公園に春を呼び込む
北風が吹けば北向く黒鴉彼奴がゐるから散歩を始む
お喋りの歌に今宵は辟易し聴きたし冬木の沈黙のこゑ
「結んで開いて」の体操は土橋で立ち止まる屹立の冨士がまさに目の前
昨今の不穏の風評詮なきか今朝雪晴れの冨士に問ひたし
の
道
筒井
早苗
(新
冬晴れの続きしのちの雪と雨この潤ひに椿二三輪が
春
月)
消えるやうな消えないやうな思ひ出を指先をなめて語ってはいけない
(原 始 林)
危 険な遊びしたがる少 年 少 女 ゐ て あ の 頃 の 空 は よ く 晴 れ て ゐ た
宏
俺が俺が僕が僕がと永久に与党的な新聞を読む
村井
夕食の魚の骨は骨らしくみえるからこそ皿に残りぬ
同郷の銀行員来て時の間をふるさと吉野の雪など語る
この星の
日はあれど風は冷たし〈日展〉のポスターが呼ぶ大阪の春
(サキクサ)
編集・発行人 林 宏匡
新免
洋子
君子
山本
丸原
村上
伸子
恭子
啓子
卓海
文梢
榊原しげる
静峰
安部
節子
川井
林
古志
幸子
福島
城東つきよ
主要同人
加納
悦子
永海なみえ
芝尾
現代を真摯に生きる人間の叫びの交換
溥
大塚布見子
森田
厚一
奥村
一征
一義
佐々木多美子
児玉
中沢恵美子
三佳
博子
葉子
恭子
大村
三浦
河上
電話・FAX 045―562―2369
振替口座 00140―5―195217
〒170―0013東京都豊島区東池袋1―36―3
池袋陽光ハイツ309
電話03―6680―5648
青 南 発 行 所 振替00140―7―481808
前
房雄
窓
しやぼん玉ふはりふはふは広ごれり負債かかふる日本の行方
え なが
濤)
五十年のちの年金受給額試算の画面たちまち変る
ら
(波
この店の棚を占めゐる中国の野菜へだててノルウェーの魚
げ
市村八洲彦
水生といへ陸生といへこの星の五十億年の何処にて分かる
こ
窓の外を過ぎゆくものの常にありこの朝珍し柄長の群れは
紅梅の花
あるときは小啄木鳥来りて背の縞を見せつつ桜の幹登りゆく
の 木)
恙なく手足の動く春の道遠からぬ死が遠くなりゆく
ひたき
靖生 (槻
おのがじしもつ死後の界かの世より戻れる人の未だあらねば
来
嶋
同じかさの魚の粕漬ならびゐてロシアよりアメリカやや高価なり
さき
松岡文雄氏を偲ぶ
あるときはわがゐる窓辺近く来て鶲しなやかに尾羽を揺らす
稿
売家となりて幾とせ庭木木の無頼に茂るを見て通りたり
歌
ひつそりとカート押す人大きくて瀑布のごとしまとふサリーは
風)
果物といへども覚悟いささかはありてドラゴンフルーツ割りぬ
(長
赤き色見ゆれば椿の咲けるやと下り立ち照り葉の茂みに寄りゆく
文平
清水
正
吉田タイ子
遠藤
東子
根本
堀江
窓前の桜の幹に止まりたる蟬鳴くとせずしばしをありぬ
毛利
雪の中果敢に走りくるひとり脚長く贅肉無き若きひと
佐藤
紀子
戸田
◇
草 木 短 歌 会
発行所 〒191―0032 最新号見本500円
東京都日野市三沢3―19―8―401
奥村一征方
振 替 00290―4―55724
鵯 麓)
ひなの日も過ぎて幾日ルーペ手に茄子の発芽のさまを見てゐる
(山
この年の開花はまだかと仰ぎみるわが教へ子が植ゑくれし梅
光義
ありありと蘇るなりこの部屋に初めて読みし尊き歌稿
髙橋
こころよく資料を示し穏やかに笑顔たたへて人はありたり
椿の木幹ごと揺する朝の風ありて凄じきそのさまを見ぬ
嵩
月末に母の見舞に来るという子のこと思う一人子となりし
雪
紅梅の花咲く昼のグラウンドにゲートボールの球の音する
實)
戦中の勤労奉仕にむぎ踏みしあたりよ宅地となりて歳へぬ
(花
縁側に資料を広げ覚束なき手もて撮しき歌稿一葉
茂
夜の更けのラジオに目覚め神戸なるカレーショップのことなど知れり
高久
おふくろの味の一つを妹が継ぎゐて春はふき味噌つくる
少年国男の歌に入れたる朱の筆はまさに松浦萩坪師なり
角ぐみそめし
指折れば三十年を超えてをり恩沢は生きその人は亡し
南)
ピンクなる盛りの花は何の木か未ださくらは遠きというに
(青
残り物を餌として庭に撒きたれどこの乱雑に来るは鵯のみ
逸見喜久雄
雪下ろしを命をかけてなすべきか立春すぎても雪降りやまず
時に合ひ人の賑はふ店先をさりげなく過ぐ昔知るもの
城跡の見晴らし台に上りて見ゆ大朝日岳の白き聳立
も
低 温注意報出でし秩父 へ 行 か む と す 今 日 を 友 ら の 集 ふ と 聞 け ば
晴れ渡り庭にしつらふ鞍馬石はかなき歩み気づくことなく
思いきり降りたる雪に日は照りて庭は豊けく白くふくらむ
今
何の役にも立たぬと言はるる歌を詠む六十余年詠みきて今も
天蚕糸生むべき桑を手づからに与へ給ふと老いし后は
てんさん し
茂吉あり文明ありて生涯の心にとどまる歌学び来し
にひ は
雪ぬかり体よろける幾たびぞ散歩は今日も命がけなり
はじかみ
あきらけき空を映して池広し弥生となれる離宮の苑に
と
内庭に角ぐみそめし山椒の新葉に心寄せて近づく
あ
歌の世界いかになるとも作り行かむ写生写実に心沈めて
光枝
長田
会
笛
湖
現 代 歌
縁側の雨戸を開ける夢なりき古里の家疾うにあらぬに
竹子
純林短歌会
梅沢
新人の参加期待します。
誠実な生活と
清新な自己表現
土屋文明直系結集の歌誌
自由な発想を尊重し、現代
短歌の確立を目指す。
現実主義
申込先 〒223―0062
横浜市港北区日吉本町2―31―2―409
塩野崎方
逸見喜久雄
安治
和好
普通会員会費 年12,000円
振替口座 01430‑3‑2610
(事務局 黒﨑行雄 TEL·FAX0852‑23‑0499)
〒174―0064 東京都板橋区中台
3 丁目27―A1305 松坂方
〒267―0055 千葉市緑区越智町705―85
振替 00140―2―70789
電話 043―294―8528
伊藤
伊藤
–そうもく–
小市巳世司創刊
1998年1月
月額¥1,
200
見本¥500
(切手)
新しい抒情空間の創造を目指す集団
〒690‑0012 松江市古志原 3 丁目15‑13
「炸」短 歌 会
ҧҟҡҧൽ‫ݵݒ‬
弘
松坂
王藤内雅子
樋口 忠夫
山中登久子
小川 昌雄
編集発行
炸
昭和13 年尾山篤二郎創刊
(月刊)
編集・発行人 杉浦美智子
新人歓迎 見本切手 500円
発行所 〒203−0051 東京都東久留米市
小山5−3−21 TEL 042−471−5904
年会費 14,400円(半年7,200円)
6,000円
会費半年
音覚的基盤より心覚的表現
主客一体を探求し、個性の自
由な開化進展に努める。
(さく)
林霞舟創刊
米 田 雄 郎創刊
「編集委員会」
発行
布見子編集
大
創刊号
聞
新
歌
短
代
現
平成24年4月5日
(5)
和世
(明 日 香)
波
紋
松坂
弘
(
炸
)
きらめ
煌きの島
徳山
高明
(群
ふる里は春の盛りを道のべに花茎太くあざみ咲くころ
竹内
白き花盛りを過ぎて糖満つるキビを伐りにき冬より春へ
流るるといへど一枚なる水面にきさらぎの雨の穴うがちをり
みちのくの冬を凌がむ賜物に厨豊けし馬鈴薯とタン柑
響
鋸
屑
利根川
発
(花
説明と言訳のきは曖昧にある時点より沈黙に入る
大
實)
玉井
清弘
(
音
)
山)
みちのくに漂ひざまに生くる日の積りていつしか七十二歳
市松人形
宮下
中村
玲子
北村多喜子
定義
恭子
姉川素枝子
種
運 営 委 員
会計責任者
編集兼発行者
小宮山公子
郁子
熊野
誠哉
生二
法子
富樫
野瀬
芳子
盛登
涼子
昭二
久保田雅久
伍逸
鷲司
松田
藤本
郁子
井芹みさを 松田
古嶋せい子
江島彦四郎
森山
井上
(新人歓迎)
松田
社
樹
カナダより
ファックス電話ぽつと明るみ圏外のカナダより君の歌稿とどけり
呼びつけて頭ごなしに叱りたき政治家あまたチャンネル変ふる
水の面に波紋を瞬にひろげつつ雨細けれど数を増しつぐ
みじか う た
(
中に就き黒糖焼酎〈煌きの島〉は夜ごとに惜しみつつ酌む
月半ばたがひなく届くファックスのなつかしき筆跡今日もすこやか
光芳
かばひあひ化かしあふのが政治家の友ならなくに笑ひてしまふ
カナダにて君は日本の短 歌ひろむと結社「楓美」おこしし
綾部
)
年老いてケベックに移りし君なれど熱き思ひに短歌をひろむ
み子孫の家族に護られ生き生きと歌詠みたまふ九十三歳
南 天 の 実
)
九十九の老人の肌に触れにけり浮ける老斑剃り残す髭
笛
青く光り黄に光り赤に光りつつ椿の雪の溶け始めたり
(
ひとごゑの聞こえて来ざる雪の朝鳥影斜によぎり消えたり
常世
ほんとうのことを言わんと寄りてくる翁よ到着駅はまだまだ先だ
藤井
倒れたるままに市松人形は笑いほどかず救い求めず
る
梅ヶ枝を剪らんに鋸下ろしたり吸ひ付く如く切れ味よろし
光
湿りゐる雪を諸葉に受け止めて黒竹ややに撓ひてゐるも
お が く づ
(コスモス)
蜂の巣を二つみつけぬ夏の間にその下草を刈りし梅林
晃作
幹黒き枝のつけねにしろたへは冷え冷え付きて囚へられゐる
インプラント
奥村
なめくじのように骨なく午後をいて呼ばるればうんと言いて立ちたり
)
目を瞑り梅の大鋸屑あびながら高枝を剪る北風のなか
鮒
い まだ止まぬ降る雪な れ ど 遠 く よ り か す か に 雫 の 音 の 聞 こ え 来
(
踏まれたる蓬芽吹けり捩じりさのすじりさに緑をふきて
榮一
大鋸屑に梅の木の香のしるくして浴びながら剪る高枝引きとめ
島崎
南天の実を食ひ尽くしたる鳥去りていつぽんの木はぶざまになりぬ
人 の 影
喜びてあれあらあらと吹く風に木の芽光るはよきことなれば
歯の骨をドリルで削り穴あけるインプラントを植え込むための
)
町一つ消えたるあとの寂しさに猫現れて鳴くはおそろし
滄
けふひと日曇りてあればふふみたる花芽のさまの固きこと知る
(
いかやうに嘆くともこの世この土に射す光ありくづほるなかれ
芙美
肉を切り歯の骨ドリルで削り行きわが血圧がぐんぐん上がる
沢口
インプラント植え込む作業中断す血圧250を越えて
おほちち
時満ちて
人の影ショベルカーを動かせど瓦礫の上にわれはのぼらず
流)
山積みの焼け焦げ車体それぞれに番号うてり人の如く
(長
かくしつつ花の形になりゆかむ日陰の椿日おもて椿
照子
右下の歯骨削りて穴あけてインプラントを2本植え込む
石田
襲ひきて津波去りたる夜の明けに湾の海猫みな発狂す
孝全 ( 関西アララギ) 青 年 の 心
祖父が詠みし七言詩の詞春たつあした立ち上がりくる
桑岡
植え込みしインプラントが下入歯支えて生のキャベツが食える
笑
青き海に重油が流れ火の海となりし夕べを想像したり
哄
風)
のびのびと枝を張りたる梅の木の時満ちて花の隈なくにほふ
ひよ
金子
(作
雨降るか聞きて返事を待たず行く青年の心は降らぬと決めて
ひよ
貞雄
こよい追懐のそもそもは飯櫃を日に干すという中也の一行
かな
咲く遅き今年の花ゆゑ数も香も生命あふるる勢ひのあり
釣瓶井戸
朝六時夜中飲みたる牛乳の温もり残る心地に目覚む
こや
蘭)
スラムにて勤めしわかき日のごとくまた凶暴なる暗愚に対す
(香
この梅の花の下にて泣きし日あり秘かな願ひ捨てきれぬ頃
千々和久幸
電線を揺り上げ唸りゆく風のしつぽの如きがわが窓を打つ
風邪ひきて昼を臥りぬおとうとが世にあるような錯覚もして
顔
われの非を知る梅の木の目白、鵯花によらせてふところ深し
素
蜜吸ひて充ちしや鵯の鳴く声のやはらかし春の空に融けゆく
道)
真夜中に目覚め歌集を拡げ読む今は亡き人に呼吸合はせて
(歩
摑まりてゐよと少年は腕を出す電車の中吾は老い人と知る
清治
つ つがありしろひげ伸 ぶ る お と が い の 映 る 鏡 を 見 る は と き の ま
板宮
はかりしりがたきよわいを生きている達成感も哄笑もなく
核分裂の制御も敵ひし今の世に釣瓶に井戸の水を汲みをり
遠 き 風
月刊誌買わんと立ち寄りカキフライ袋ごと書店に忘れて帰る
かがよ
へり
(覇 王 樹)
ひ
雪原はゆふべとなりてかの空に横岳の山裾がかがやく
毅
ゐ
重重と引き上げし釣瓶一先づは丸み帯びたる井の縁に乗す
ひ と ま
素顔とは遠きところに一日の仕事終えきて人に紛るる
佐田
遠くより吹雪の走る音をきき「茂吉晩年」またも読みつぐ
釣瓶井戸の闇より汲みし木の桶の揺らめく水の陽に耀へり
色
凍るほど冷たき綱に引き上げし釣瓶井戸水手にあたたかき
景
心にもなきことを言い帰せるが桜の下に手を上げてゆく
雪
杉森のさかんなる雪やむときに杖にすがりて廊下をあゆむ
(まひる野)
カットありスマッシュもある女らの会話のラリー釣瓶井戸端
槙子
銭湯の煙を遠く眺めおりどこかに父の居る気分なり
三浦
あんな風に飲んでは命縮めるとどこかで風が噂していん
ひとしきり雪の降りくる道のべに除雪車がゆく音とばす畑
代りばんこに
ほ
風早康惠 電話・FAX 03―3484―1519番
海近き露天の風の荒れたれど術後の胸を湯に浸しをり
辰年は草食系にあらずして炎の光線のことば吐く妻
振替 00180―0―88288
会費6ケ月6000円・見本〒共300円
電話
(0467)
51―3536 振00240―1―80304
http : //www16.plala.or.jp/tankanokaihaouju/
長澤方
氷 原 短 歌 会
発行所 〒336―0021
さいたま市南区別所3―38―20 島崎方
(862)
3813
鮒短歌会 TEL 048
253―0017 神奈川県茅ケ崎市
松林1―1―71
東京都世田谷区祖師谷5―22―3
紅梅は木の芯までもくれなゐと聞けば散りたるのちさへ見たし
(か り ん)
病気には回復といふ希望あり土佐文旦を爪たてて剝く
静代
み づ か ね
平林
占ひの仕事をしたる熟女より幸ひ多き言葉の溢る
〒353―0004
毅
佐田
運営委員会代表
豊
小山
代表
員
委
営
運
志木市本町3―8―36
佐田 毅方
覇 王
ᇦൽ‫ݵݒ‬
臼井
良夫
高貝
次郎
渡辺
茂子
佐田
公子
日常詠に新風を
大正8年8月
創刊
島崎榮一編集
ホームページ「短歌の会覇王樹」
・会費=月額1000円・見本誌=800円
発行人 〒157―0072
前田夕暮・石本 一の
精神を継ぐ月刊歌誌
入会金1000円・会費半年6000円
社
醐
醍
久代
山田
新人歓迎 編集委員会制
〒388 長野市篠ノ井御幣川1149―5
―8006 電話 0 2 6( 2 9 2 )3 8 8 4
振替 0 0 1 5 0 ― 2 ― 7 0 9 7
電 話 048―855―6710
〒338―0832
さいたま市桜区西堀8―17―8―207
振替口座 00160―7―176376
〒243―0004 厚木市水引 2−7−6(山田方)
TEL/FAX 046−223−4090
振 替 00240−0−5999
丸山
広志
会費1か年15,000円
豊
石橋
836
0843
具象より発して抽象を目指す
短歌新潮社
事務局
長流短歌会事務局
個性を伸ばす集団
会費半年 4,
800円 見本 300円
切手 400円
見本誌
徳雄
小山
月刊誌
わかるけれども浅くない歌を
多彩な表現の開花
0011
丸山忠治創刊
昭和14年松岡貞総創刊
短歌新潮
長 流
清新自由の社風
FUNA
THE
西森南窗
創刊
トパーズ
ら
ひそかなる昔の人に逢ひたくも艫綱の切れて海は荒れをり
く
文旦はいぢらしきほど種をもつ黄玉色の果肉のふちに
さ
東京の轍の跡の雪景色汚れちまつた悲しみのいろ
大河原惇行
( 短歌 世紀)
さりさりと果肉弾けるザボンなり予後への思ひ誰にか告げむ
励まされいたはられをり夢にまで代りばんこに顕れたまふ
梅の木下に
でこぽんを送りくれたる兄死にて 夜更けにひとり食べるでこぽん
咲き満ちてしんとしづもる夜の桜カーテンすこし開けて見てゐる
ほちほちとさくら咲き初む三月の水銀色の空に灯をとぼすごと
ひと摑みほどの福寿草梅の木の下に芽硬し一月のすゑ
生きてゐるのか死んでゐるのかいまわれは さくらふぶきの最中をあるく
写メールに咲かす万朶のさくらばな術後の夫に送りてやらむ
何も無いから無なのかその無から思ひ浮かぶなり
頼むべき少なくなりし人のなか三宅奈緒子に会ふこともなし
月に一度二人囲みて万葉集読みしことさへ今に忘れず
一隅にその死知らしし文字ありてなにもかも過ぎし如き思ひに
21
早川幾忠創始・二宮冬鳥継承
牧水が拓き、銀作が継いだ
人間短歌に生きる
248
風邪ひきしをさなごの声あるときに童謡うたふテレビとともに
人 特 集
(6)
平成24年4月5日
聞
新
歌
短
代
現
創刊号
待ちぼうけ
永井
正子
(国民文学)
通 過する電車より見し 寒 げ な る 待 ち ぼ う け の さ ま 吾 か も 知 れ ぬ
女性を讃へる
高野
公彦
(コスモス)
彼岸会の頃
大下
一真
(まひる野)
信玄の隠し湯舟のほこほこと方代逝きて二十八年
こら
念仏無間」と祖は激しかり
モナ・リザは虫歯を怺へほほゑめる顔と思ひて親しみにけり
しな
山深き険しき身延「禅天魔
ま かね
ま を と め
その一生孤高孤独のいずれなる葬りの朝に春雷ありき
じゆすい
真金吹くニュートンジョンの美しさ「フィジカル」唱ふその身の撓ひ
厨子王のため空白に入るごとく入水したりし聖処女安寿
(あまだむ)
小さなる旅ふたつ葬儀ふたつ終え梅咲きそろい彼岸会に入る
す
英
梅の花盛りなること話題とし今年の彼岸の入り寒き雨
はね が
阿木津
長く寂しきシベリア鉄道の旅しつつ晶子の喫ひしカメリア百本
(青
(氷
へや
垣)
原)
井谷まさみち
選者
春日真木子
山形 裕子
藤川 弘子
村山美恵子
小畑 庸子
藤井 幸子
塚本
諄
青野 里子
砂田 暁子
前川真佐子
編集委員
高橋 良子
植松 法子
三枝むつみ
宮野 哲子
清水 正人
春日いづみ
本渡真木子
前田
宏
相談役
上川原紀人
榛名
貢
加入者名=﹁群山﹂
代 表
編集人
発行人
編集委員
名誉代表
︵添削制度あり︶
安森 敏隆
藤井
治
高島 静子
青木 昭子
荻原 欣子
沢田 英史
中野 昭子
清水 怜一
岡崎洋次郎
荒木 則子
芝谷 幸子
大正十一年小泉苳三創刊
勝間清次 國分道夫 宮岡重子 舞原クラ子
白鳥のくに
信昭
いくたり
吉郎
鈴木得能
三・一一すなはち遠藤未希さんの忌日、呼びかけながらの水死
林)
加茂
山田
綾部光芳
発行人
(純
編集人
宏
もののふの声
隔月刊
川村ハツエ女史を葬る 塩 野崎
首を背にながく乗せつつ羽搔きのくちばしきざむ氷に立つは
(り と む)
〈真実の追求
清新な抒情〉
すなど
葬へと常磐線に乗りにけり大いなりき川村ハツエ女史
夕ぞらの明るきまほらま白なる三体ゆけり体さしのべて
水中に首潜らせて漁るを上より見れば首ゆらめけり
昻之
第67巻・月刊
扇畑忠雄創刊
はふり
蜘蛛膜下血管破れ無言をば七年半堪へ遂に別るる
たい
日本の短詩形を外国語に載せる技追及をして留まらざりき
ぴんと張る鬚にはひげの能ありて家猫こまは日々育ちゆく
家猫の日々
山間に平らに雪を敷きのべて暮れわたりたり白きさびしさ
(心 の 花)
タンカジャーナル年に二回の発行を率先したり冷静に常に
一彦
阿弖流為と母礼といふ名を記したる年表見上ぐ小暗き室に
伊藤
三枝
河)
創刊97年11月
響
地球との別れを待ちてお連合ひ同じ楽を聴き毎夜添寝をせしと
人 九十五年前に牧水聴きにけむ水の音いまも渓にあまねし
猫こまの無言の抗議といふべきか家を出さねば床に粗相す
し じ ま
川筋を流す筏師まぼろしに立たす水量少なけれども
け
寝そべれる家猫こまは六代目五代目こまははかなく逝きぬ
わ
理由もなく一人の静寂に墜ちゆくを堪へて酒席の真中にゐる
目覚むるに枕べに猫ら座れるは殿様のやうにて心地よしとぞ
(地 中 海)
石越ゆる水のまろみを言ひし人の心のまろみ知られてをりや
和美
筏師の絶えし飯能いま励む木造仮設住宅づくりに
(国民文学)
ひと死にて生れて激しき一年と言ふこゑのみにわが涙ぐむ
平佶
残り雪染めて過ぎたる春一番泣き顔に似て庭の濃淡
御供
今ごろは去勢されゐむ家猫のいかなる顔になりて出でくる
ぎは
(ポトナム)
霜の川岸
死ぬほどの恋に験され恋に死なず酒に死ににし人に幸あれ
敏隆
細胞が若返るといふ体操をせよと念押す子が帰り際
安森
ああ述志述懐を離れわが歌の立つすべありやいまに苦悩す
石の表情
ひとふしひとふし 関根
迷う身に応えて曰く語るなら長歌も視野にと夏の夕べは
か
登る日を背につぎつぎに水面を飛び立ちて浮く鴨のはばたき
思ほえば三十余年折おりに拙なきものへ示唆くだされし
石 には石の表情ありて 春 を 待 つ は じ ら う ご と く ひ か り を み た し
河面よりふはりふはりと羽をうつ鴨の両脚しづくをこぼす
媚びるなく己を持ちて公平に直截に在るそを学びたき
冬の石春の石へとうつりゆく風にふかれてすこしほほえみ
霜のおく岸の草地に舞ひあがる鴨の水搔き紅色に透く
たまわりし言葉を胸に
「ひとふしひとふしうたってゆくしかないな」
川岸の吾をおそれずおりたちて枯れ草原のヒドリガモたち
さがみ野
仏の座ちぢみ蕾ののぼろぎく霜に耐へぬく黄色ほのかに
狛 犬の座りていたると こ ろ ま で 子 ら 駆 け て い く あ そ び せ ん と や
(月
虹)
春の窓ひらかれている二月尽稲荷の庭に雪の舞い降る
満
一本の線引き伸びるジェット機はるかな山の稜線もこえ
鮫島
(運
主要会員
結社誌の発行などでお困りのことはございませんか?
響短歌会
〒113―0033 東京都文京区本郷 1―35―27
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森 水晶 山川和子 澤井優子 田中美也子
是非お気軽にお問い合わせください。
ポトナム短歌会 〒181−0013
東京都三鷹市下連雀3−43−7−603 高島方
TEL0422−76−4401 半年 5,000 円・見本 300 円
編集所
〒368−0033 秩父市野坂町2−7−4 綾部方
発行所
〒358−0024 入間市久保稲荷1−11−1−7−404 鈴木方
電話・FAX 04−2962−9423
http://www7a.biglobe.ne.jp/〜hibikitanka/
株式会社キャップス
吉田春子 有田節子 吉川一枝 関口淑子
社が、パンフレットから頁ものまで廉価で承ります。
英雄
〒166―0001 東京都杉並区阿佐谷
北3―9―4秋葉雄愛方
(3338)
3774
電 話 03
振替口座 00140―6―42311
伊藤七郎 守屋実雄 鈴木得能 岩崎一郎
長年、短歌新聞社の本作りに携わってまいりました小
赤 電 車
春暁の実朝塚の野にうごく丹沢武門の影の幾人
(か り ん)
今さらのこととは言へど人生の分かれ道さへすでに過ぎにき
修一
屋根を葺く音が届きて丘陵のようやく春めく雨の週末
坂井
桃の節句過ぎて白梅咲きそめる人の暮らしの遅速の外に
赤電車の揺れゆく音を詠んでゐる島木赤彦古泉千樫
薊
赤彦は門づけふたり赤電車に乗りくるさまをわびしく詠めり
)
「開門」と叫ぶもののふの声聞こゆ夢の中なる吾は忠綱
熾
漆黒の丹沢相手に世を語り二合の酒に酔へる春宵
(
おおよそは四回打ちてしばし止む雨中にひとり屋根を葺く音
ななも
赤電車に三味を抱へて眠りゐる女を詠める古泉千樫
沖
二次会はそつと抜け出し新宿ゆ丹沢嶺呂の家へ帰宅す
さがみ野の彼方に頭一つ出しランドマークタワーも春がすみなり
割れそうな月
さるすべりの剪定終えてともかくも遅れがちなる季節ととのう
( 新アララギ)
な つかしき発車の鐘は 紐 を 引 き 打 つ 仕 掛 け な り き チ ン チ ン 電 車
貞夫
徹夜明けの神田を始発都電ゆく音を詠みたる編集者ゐき
雁部
大地震また来たらむか今日明日か 街はうつろの火が燃ゆるらむ
無限花序あそぶがごとくアザミ咲きわが見るときはわが影の中
の
雪、
北会津二月
腱鞘炎と自己診断し湿布する右の手首はわれに抗う
ゐ
誰を待つということならね駅前にしばらく立てり雨脚見つつ
おほ な
地震かと夜具はね除けて起き上る腹にひびける雪落つる音
山谷
鳴きやまざるを鴉と呼びて
山が鳴ると言ひゐし翁を思ひ出づ大地震起る前の年なり
す
原発は白か黒かと問はれたり 〈青〉と聞きたるかの日ぞあはれ
あ
三月の雪
パソコンをフリーズさせて寝てしまう明日は解凍されておらぬか
雷)
風評被害に会津の米も売れぬといふ粒々辛苦の旨きこの米
敏夫
(冬
こころあてに立川談志散るアザミ電線に鳴くまひるのカラス
大山
閻浮とは虚ろのうへに浮く虚ろ
パソコンのフリーズしたる夜の更けわが人生のあのときに似て
館
ピリッと割れそうな月名月のためらうことなく沈みゆきたり
あした
書
雪に籠る今宵の酒は「弥右衛門」蕪のみぞれ煮ひと碗添へて
図
朝より雪降りつづく北会津辛夷の花芽すでにふくらむ
妹)
大雪の冬終るらし峡空に藍燦然とひかりあらはる
(吾
道沿ひの桜の洞に凍りゐる雪の孤独を囃すものなし
雄愛
ゐたたまれない悲しみが歩いても歩いても消えず図書館に着く
ところどころ残雪あれど越冬の背黒鶺鴒庭かけまはる
秋葉
団塊の世代と思ふ古き頭あちこちに動く図書館のなか
共同湯に遇ふ背の龍も老い深しかつて兵たりし刺青
い ろは歌の切れ鮮やか な る 墨 書 出 づ 平 安 の み 代 を 土 器 は 伝 へ て
いよいよここまで大型になつたかと図書館に拾ひ読む大手新聞
三月の空よりまれに降る雪の白ほのぼのと行方うしなふ
いろは歌
平安期の土器に著けきいろは歌流れる文字の息づき優し
つぎはぎの尿道あたりが音を上げてゐるらしき痛みに耳を傾く
うろ
わが庭の金木犀の謐けさよ 今宵も塒に小鳥のひそむ
確認もされずにシルバー代金を求めらるるは有難きこと
つはもの
北風の荒ぶ一日を狭庭辺にけなげに遊ぶ小鳥見飽かず
編集人 秋葉 雄愛
鈴木理會子 山本 盛吾
長沢ひろ子 河野 喜助
藤野 周三 東風谷利男
現 代 歌
すずめらは庭の金木犀を塒とし立ちては夕べに鳴きて帰り来
生田蝶介創刊
心に響く歌を―
結社誌、会誌の
印刷・製本等を承ります
社
吾 妹
981―8007
半年5,
000円
会費
新人歓迎
群 山
大正13年
創刊号
聞
新
歌
短
代
現
平成24年4月5日
(7)
龍 一 郎
馬場あき子歌集
『舟のやうな葉』
藤 原
・植木屋はわれを頼めて来
ぬ男ぼうたん植ゑにまだ
まだ来ない
・ロシアンレビューいそい
そとして見にゆけりかう
いふの好きだつたのかこ
の人
間はみそらーめんのやう
・都市はもう混沌として人
林
代
0 0
稽な事であるのだが、それ
「短歌人」発行人、中地 も知れない。それ自体は滑
0 0
あらざりき
本当は「他生の縁」なの
だが、五十年間、つまり人
生の大半を、漢字を思い違
いしていて使ってきて、そ
ある。二首目は遠足の場面 れでいて何の支障もなかっ
静
井
修
中地俊夫歌集
『覚えてゐるか』
三
換言すれば、中地の歌集は
意味の多重性を帯びてい
しかし、この歌集は必ず
る。
しもそんな面倒なことを考
なりませんか
お出しに
歌集を
く、そこはかとない淋しさ
見ようによっては、何だ と批評精神と、更にいくば
映して
をりつ己れの影をかべに かし、ただ面白いだけでな
れて答へて子守にも慣る ・停電のもとにて選歌して 集は文句なしに面白い。し
国際結婚をした娘さんの
多重性を帯びた面白さ
度のものさ、そんなに深刻 れて、同じことを答えて、 か不気味で、行灯の傍で包 く か の 真 実 を 伴 っ て い る。
五十年思ひ来たりて不便 で、所詮人生なんてその程 だ。何度も同じことを聞か
〈筆者=短歌人〉 ・袖振りあふも多少の縁と を 自 己 戯 画 的 に 歌 う こ と 子 供 を 預 か っ て い る よ う
(短歌新聞社・一〇〇〇円) 俊夫の第三歌集である。
ある。鋭い予兆の歌に読者 知ることができる一巻だ。
は愕然とする。
言葉の力を十二分に思い
温かい眼差し
平
片岡明歌集
『金色芒穂』
0 0
だろうか。上句と下句を繫 たという。中地と同じよう に考える必要はないさ、と 少しばかりうんざりしてい 丁を研ぐ鬼婆の影を連想し えなくても、とにかく読む
低廉で良い本を︑早く
お作りします︒ご一報
下されば詳しい案内書
をお送りいたします︒
またお電話でのご相談
にも応じます︒何なり
とお問合せ下さい︒
ぐ〈後になり先になる子〉 に長く「多少の縁」と思い いうような中地の呟きが聞 て、同時に少しばかり晴れ てしまうのだが、それを他 だけでほろっと淋しく、べ 材の切りとり方が新鮮であ の性分である。神代さんの
こんなふうに、中地の歌
作となり得ている。とりわ 表情をたたえていて、一人
ると言えるであろう。」(神 の鳥や花を惜しんで眺めて
〈筆者=塔〉 の妙味はかなり卓越してい く過ぎてゆく人々や、季節
(角川書店・二七〇〇円) け、下の句のうまさ、結句 でそこに佇み、戻ることな
で、読者も思わず微笑んで することで、仄かなユーモ る。
に臨場感があり先生と生徒 込んでいて、この歌集を読 こ え て く る よ う な 気 が す がましい気持ちもあるよう 人事のように客観的に描写 ら ぼ う に 面 白 い 歌 集 で あ って、それぞれ心にひびく 歌はどれもこれもそういう
の 楽 し げ な 様 子 が 伺 え る。 んで、或いはこの書評を読 る。
なかなしみ
フです、いくたびも聞か 白い。
長風に所属する著者の十 また、障害を持つ子の無心 んで、始めて「他生」なの ・ハーフですか、はいハー しまう。特に「慣る」が面 アが醸し出されている。
一九九一年以降に刊行され
『青椿抄』
、『飛天の道』
、 年間の作品四百六十四首を の笑顔に励まされ、明日へ だと気が付いた人もいるか
の元気を貰う作者である。
た歌集から自選された作品
直喩で度肝を抜く。それぞ
いっそうきわやかである。
馬場あき子短歌の変遷が、 に時間軸にして眺めると、
一望できる一巻である。
て振るたびに光を放つ子
のハンドベル
になり先になる子と山道
登る
れいて時折混じる生活の いそうな日常的場面や瞬間 とか。実は私も二回カナダ た。
く らし
執して床より引き出す気
の増す
かえぬ自転車の籠に空缶 つと言えるだろう。
ムも視察した。この市は、
をお勧めしたいと思う。
同志社女子大学編
〈筆者=吾妹〉
同志社女子大学が高校生 ・スパイスのむせかえるほ
『SEITO百人一首』
篇。
ひ
薄ら氷
あ ま ば た すずり
田澤節子歌集
『サボテンの涙』
あを
たはむれてああそののち
・捨て子猫うごく落ち葉に
に横たはりたり
りにきてまづその家のコ
・訪問しレントゲン写真撮
ンセントをさがす
けてをり
ゐてひたにベンチに腰か
(角川書店・二七〇〇円) ・傍らに自転車があり一人
墨よ雨端硯の海へと流す
ずみ
・ちからこめ渦形に摩る青
す
池木の葉を載せてむすぶ
旅を計画している人は勿 (短歌新聞社・二五〇〇円) ・武蔵野の影を残せる苑の
匂い
を逃さず掬いあげ、作品化 を訪れていて、トロントの
怠き体
ひとつき
場所に置き職退くカウン
に製造者が有料で引き取る
〈筆者=かりん〉 一つがビン、缶類は最終的
今朝もまた障害の子の笑 ひと時が巧みに切り取られ い、公園に放置された自転
(短歌新聞社・二五〇〇円) リサイクルを徹底し、その
トダウンに入る
吹く風に混じる生活の匂
われも叫びしや
というものである。また、
一人で気安く女の人が隣の
て い る 一 首 目。
〈床より引
・服のボタン掛け違えし子 き出す〉が言い得て妙であ
顔に出会う
ッポン
ン、ニッポンかなしきニ
ニッポ
・海みれば彼方に島見ゆ波 ・サポーター席にゐたなら ・励ましのサインのひとつ
照間とよべばいもうとの
ごとくなつかし
ど香り立つアラブの市の
まちなりや
日本の暗黒とゐる除夜の
桜草咲く
和
好
科
涙の根源にある、自分とい
るのである。単に泣くこと
吉原晴代歌集
『樹木さやかに』
「この作者は求めて歌を
の葛藤の『なみだぐさ』を 作るというよりも、素材一
六〇二―〇八九三京都 て生きている。その存在を う。求めて素材に向き合う、
るのかたまにつぶやく不 象文化学部日本語日本文学 ばしるかしれぬ涙を抑制し る と い っ て い い の で あ ろ
思議な寝言
ら、そのままの思いを歌に
でいるところが印象的であ に生きているのだ。これか
六ケ所高等学校(青森県) 市上京区今出川通寺町西入 実感として、内面から詠ん その態度がそのままの表現
赤石純菜1年
か
る。」序・足立敏彦。
が光る
ばみゆく野に穂芒の主張 になってゆくのであろう。
」
への思いをこの定型にたく ・なかなかに涙は涸れず黄 作りつづけて、さらに自由
して歌い継いでいく。」
(帯
ど変へることはできない
らめけり白鷺は二羽鴨三
・変はれると言はれるけれ ・日を受けて流れは紅くき
跋文・大河原惇行。
文)あとがき1・松永智子。
地中海叢書第八三八篇。
第一歌集
・日の暮れて車の渡り人の
しかし敢えて今現代社会の そしてブラジル等に十数年 ある名所、旧蹟に出合い、
厳しい現実に向かわねばな を過している。この間、著 共に具に観察している様に
び梅一輪の花を指さす
自衛官イラク思えり汗の
顔の向うに
て思い出す寺山修司の墓
神代勝敏歌集
『庭の時間 』
大事な大事な私
深山嘉代子歌集
渡り犬一匹の渡りゆく橋
羽いて
『ヒマラヤ杉の家』 ・如月の風冷ゆる朝夫を呼 (短歌研究社・二六二五円) ・基地内をランニングする
らぬ表現というものを考え 者はカナダだけでも九回訪 共 感 し た。 他 方、『 旅 の 出
れば、果してそこに躊躇し れているので、メキシコや 会いに』は母子の絆の物語
ていてよいのか、新しい調 ブラジルにも相当に足を運 でもある。カルガリー山地
「『 サ ボ テ ン の 涙 』 は、 (六花書林・二三一〇円)
町に買い物に行くことはカ (SEITO)を対象に日
物売りの声
南北アメリカを旅して
同志社女子高等学校(京 う人間の本質を客観してい
と見ていたり日溜りの丘 る。二首目は退職を目前に
ナダならではである。トロ 本語日本文学への興味・関
都府)明石華乃1年
西川修子著『旅の出会いに』
ントから一時間余りでニュ 心を高め、表現力を磨く機
子等と向き合う時の眼差 に詠われている作品。今ま
控えた日々の緊張感が充足
ーヨークに着くがここは全 会にと願って始めた短歌コ
深やみ
『九花』と『ゆふがほの しの温かさが滲む作品であ でと同じ一日である筈なの
一 首 目 は『 南 島 』、 二 首
目は『暁すばる』よりの作
愛
他、英語短歌を含む入選 ではない、人生の悲喜交々 作っている。感じたものを
雄
く油断のならないことにす ンクール、十回目の募集に
葉
ぐ気付く。また、著者のメ よる二〇一一年度作品集。 作百首を掲載。
カ大陸に案内をしたその母
『旅の出会いに』は海外
秋
品。どちらも、馬場あき子 家』から、ニッポン、日本 る。一首目、ハンドベルの に格別な思いで捲る日捲り
キシコなどの治安に関して ・うちの猫どんな夢を見て 発行元・同志社女子大学表 胸に包みながら、いつほと つとっても、常に求めてい
の歌ならではのスケールと という言葉が詠み込まれて 揃った音色に、少し遅れて カレンダー。さり気ない表 勤務となった息子が休暇を
は敏感に感受された危機が 命に振る光のような一音で められている。
通 読 し て み れ ば 分 か る の基調となっている。例え る少年は受かりしか受から に違いない。そう思って見 の紀行文とでもいうべきも 長 期 に 亘 っ た こ と も あ っ
ブラジルでは彼の滞在が
の著述にも明らかである。
情の深さがあり、忘れがた いる作品を引いた。ここに 響く心細げな音も、子が懸 現に作者の万感の思いが込 利用して母を広大なアメリ
い佳歌だ。
「歌ふべきものなき時代
といふことが結論となりて が、この歌集の歌は今の世 地 味 で あ っ て も こ の こ と ざりしか」という一首があ てみると、集中他の歌にも ので、それにしても多くの て、広大な南米大陸を隈な
藤
ュピチュやイグアスの滝な
会は終りぬ」は一九八一年 の 中 か ら 遊 離 し て い な い。 は、歌集『夕暮の運河』の る。少年を見る眼は暖かい こ う し た 態 度 が 散 見 さ れ 知識を与えてくれる一冊で く巡っている。特に、マチ
伊
彼は、カナダ、メキシコ ど世界の旅人の垂涎の的で
作、「 会 」 は 短 歌 に 関 わ る 現代社会の私たちにとって 価値を高め、多くの共感を のだが、多分作者の思いは る。言い過ぎる危険を作者 ある。
吉村睦人歌集
『夕暮の運河』
現実を踏まえた歌
会だろうか。どういう議論 身近な素材がモチーフとな 呼ぶことだろう。今の時代 複雑に動いているような気 は 熟 知 し て い る の で あ る。
でどういう意味でこの結論
に至ったか分からないが、
これに対する作者の逡巡も
また感じ取ることができ
る。「 歌 ふ べ き も の な き 時
「これの世にあるものは
標の一句
遅れて、ちょっと角度をつ
「何事に対してもすこし ・もぐらの山いくつかあり
「いずれの歌もしっかり けてつきあっていくよりな
宇佐美幸歌集
『栗の実』
やクスコでのネズミのロー 滅びていく。作者の家の庭 (ながらみ書房・二五二〇円)
代」と言うならば私たち歌 っている。一人の高校教師 に歌うべきものが本当にな がする。そうした作者の感 べを模索しなければならぬ び水入らずの日々を送った での恐竜の化石を探す二人
年の
私は真夏でも雪降る南米 樹齢を終えた。父母、夫、
物に行くとか、ビールの空 南端やリオのキリスト像の 二人の息子、ゆかりの人々 とした写実に支えられ、素 い人がいる。それがその人 (角川書店・二七〇〇円)
〈筆者=青南〉 持った。隣町まで一人で買
くれたヒマラヤ杉も
カナダ滞在で、日常のこ ストの食事の際の二人に、 におおきな木陰をつくって
よみは何を歌うのか。吉村 として歌よみとして生活者 いのか、どう考えればそう 情表白を「受かりしか受か のではないかと思わぬでも に違いない。
で 止 め た の は 卓 見 だ ろ う。(短歌新聞社・一〇〇〇円) とを縷々述べていて興味を 羨む情が滲み出ている。
睦人歌集『夕暮の運河』は、 として、その生活を通して いう結論になるのか、私に らざりしか」という所まで ない。
そうした疑問に幾らか具体 社会や政治や日常の折々を は分からない。
一九八二年作に「いつま 感情を横溢させ表現を括り
えた歌のあり方は歌集全体 でも合格者発表板を離れざ 固定化する愚を避けたもの
的な示唆を与えているので 歌う。そうした現実を踏ま
はないかと思う。
40
愛淡きこと折ふしのあや ・もう貌をもちはじめたる
・ふと思へばわれ情あつく
誰にでも経験のある朝の
平成年間に入ってからの れの試行錯誤は、このよう ・握る手を支点となして後 ・日捲りを視野より逸れぬ ・公園に一月過ぎても位置 している。本集の特長の一 先進的なリサイクルシステ 論、他の多くの方々にも、
の十二冊。
二歌集『太鼓の空間』まで に取り込み、意表をついた
(帯文より)
二歌集『南島』から第二十 を本歌取りし、口語を大胆 ・自信なきひびきも混じり ・あと五分、あと一分に固 ・電車待つホームに風の流 車、大方は見過ごしてしま き缶を持参すると安くなる 由来などに多く感銘を受け ユニークな本書を是非一読 作光一)花實叢書第一四四 いる。」 小池光
の選集。歌集としては第十 『世紀』からの作品。古典 収めた第三歌集である。
現代短歌社
03(5804)7100
言葉の力
新現代歌人叢書の第
巻。昨年末に業を閉じた短
72 馬場あき子氏
内容は、馬場あき子氏の
歌新聞社の刊行。
明氏
片岡
(8)
平成24年4月5日
聞
新
歌
短
代
現
創刊号
今
井
聡
河野裕子著
『わたしはここよ』
光の中の光
歌の話は無論のこと、引っ
越しの話や、岩倉の御宅の
こと、そこに現れる鳥や猿
蟬、話題は泉のように自然
に湧き出て来るようで、天
随筆というものの、原型 性のものも無論あろうが、
の一つとして、最近になっ そこに至るまでの、著者の
て『徒然草』を読むように 様々なる修練のあとも思わ
なったが、あまりにも有名 せる。
しかし、文章としての凄
続けることこそが、愛の根 を捉える人であった。
野
見るべし
陽
本書は『湖への祈り』に
つづく著者の第九歌集であ
土、風物を詠みつづけての
六 十 年。
「湖」の歌と言え
ば小西久二郎と短歌びとの
誰もが知るところである。
・湖を詠み湖魚をうたひて
ひて来しも
し
り捕る
もろこし
擬人化、しかもこの蝶の長
がら炭火にて金網の上に ・八十路ともなればお迎へ
はのはは
夕あかね鳰のひと群うか ・じゆうじゆうと音たてな
近きゆゑ今のうち妻に礼 た こ う し た 歌 に も ひ か れ
成
収穫のよろこびを詠まれ ⑧ひかりたる夏のおわりの 距離移動の生態を知ると味
び出でたり
焼かるる諸子
本書の面白さは表現の多 対 象 に し た 意 外 性 も あ る。
一
二十あま
る斑雪
この二首も優れた湖への
ある。
〈筆者=ポトナム〉
句から下句への転回、石灯 連作が愉しいではないか。
〈筆者=まひる野〉
にぞ咲く
・ひと山を越せば咲きゐる
関心は常に健やかに外の世 思いがけない表情で立ち現 /作品世界に、/読者は/
「サムシングに/満ちた
桜木由香歌集
『連禱』
儚きところ
さくらばな地球といふは
第一歌集
(北溟社・二六二五円)
ような、長谷川と茂古の歌
「『 デ ジ タ ル 水 晶 球 』 の
長谷川と茂古歌集
『幻月』
ゐたる枯れ葦の上にのこ とはよくぞ言い得た。⑥の
へ
・湖の辺に雪を被りて伏し 籠のかたちの「秋気を纏う」(砂子屋書房・二九四〇円)
うみ
来しものを
念仏のやうに唱へて詠み 彩さにある。例えば⑤の上 ⑧はその逆を思わせ、二首
語がユニーク、姑を比喩の
糸たらす百歳近しははそ わいが一層深い。⑦の擬態
湖の歴史は、そのまま著
言ひおかな
田
を追うやさ
る。
湖北にはさまざまな魚が
川の水嵩が減ることの怖 ・ひたすらに湖よ湖魚よと
上
小西久二郎歌集
『湖との訣れ』
ハス
かり産卵の の溯上少な
れねじれて
き昔の電気コードはねじ しい事物への愛着。作者の 空間では、見慣れた事物も
すき二時間で
しさは言はず煮付けし若 ・雨降らず川の水嵩減るば ・新しき投網は軽くうちや (角川書店・二七〇〇円)
なんともほほえましい。
んでいる。まさに魚との共 しはそのまま妻にも注がれ さしく念仏そのものなので
の「鳰」などからも決して 「諸子」と多く食にまで及 しいまなざし。このまなざ 讃歌。著者にとって湖はま
五十余年よみがへる事願 が端的に捉えられ、そこで れらの歌は「氷魚」
「若鮎」 れ、産卵時の
優れた湖への讃歌
ここで住をなし、湖国の風 とりわけ四季の移り変わり 生育しているのだろう。こ
著者は彦根市に生まれ、 者の歴史そのもので自然、
〈筆者=コスモス〉 る。
底にはあるように思う。著 (白水社・一八九〇円)
者はまさに愛するもの、対
象のなかの「光の中の光」
天衣無縫の歌境
田
大坂泰歌集
『寒明け』
・風鈴の短冊には俳句がよ
ろとして
ゐる水無月の湖はしろじ ・釜揚げの氷魚を食へぬ寂 存なのである。
く似合ふどんな俳句とて ・にび色の空の重きを支へ 目を外さない。
かまふことなし
・戦ひを過ぎてあれこれ言
鮎見つむ
ふは易し貝の如く口閉ぢ ・あかあかと湖面を染むる
齢九十を越えて尚矍鑠と
ほしけれ」に関して思いを みのようなものを覚えるの
市 井 の 中 に 拾 い 上 げ た ・故郷は雲丹とは呼ばずか 己分析に境地を思う。時代 「友」の言葉を前田は、そ
ぜと言ひきとげのまま茹 の証言者であり玉砕した島 のまま歌にしている。作者
ひつそりと来し
で割りて食べにき
致している内に、この本を は、第一部のエッセイ、随 「樹林」を主宰する著者の
に永田和宏氏が「エッセイ た広範な素材が、集約・凝 収録作品は、既刊歌集『空 数々には、長い教員生活か
じさせてくれるのである」 文章にブレや余計なものが の六冊よりの自選で、作歌 もある。また牧水、茂吉、
音たててひとかたまりの という人間の存在感をまざ
とありと何かの折に茂吉 ・ある時は生きものの如く ときの作者の驚きや、「友」
私たちはその言葉を聞いた
と記してある。本書は二部 少なくなる。生きること、 七十有余年の精選が鏤めら 佐太郎を指針とする中で、
落葉がうごく
辻
弘
梨食べな
になって、不意にワルぶっ
実に存在感がある。思春期
この歌に出てくる息子も
がら唐突に言う
は悪い、俺は
〈筆者=歩道〉 ・母さんが考えているより
隆
前田康子歌集『黄あやめの頃』
大
である。
在に発揮せしめる多面的な /いま、/一石を投ずる/
そのように大切に子をく 性の開放感が爽やかな一冊 もつメタモルフォーゼを自 う。非詩化した/歌界に、
山
三
ば踝しずむ
樹
の感受する時空は、そのま
深みゆくそら
ゆるもの見えざるものへ
いまも棲む家
かなしからん君が家族の
て刃
変幻の熟して遊女とがり
「川井さんの歌は、放胆
『メチレンブルーの羊』
川井怜子歌集
(不識書院・三一五〇円)
せる。
」(帯文・大塚寅彦)
書第二五〇篇。
跋・古谷智子。中部短歌叢
詠の新たな地平をかいま見 ・彼方よりふりさけみれば
ま都市詠、サブカルチャー
ばの『アリス』である作者 ・ましぐらに鳥影は発ち見
〈筆者=未来〉 う。未来的な人工都市つく 跋・桜井登世子。
下 校 す る 中 学 生 の 生 態。(砂子屋書房・三〇〇〇円) 感性と知性を読者は感じよ 出色の新集!」
(帯文)
るみいし日々
横
大谷多加子歌集『銀嶺』
本書は第一歌集『銀葉』
来て剣山の雪に小さき影
立つ微熱
「川井さんは大いなる受
る。(小池光)
」
群がゼリーのやうに浮き 人を食っているところがあ
①はいかにも巻頭にふさ ・灰色の雨に濡れゐるビル である。いつもさりげなく
やいば
おく
つ る ぎ
た発言をあえて母の前でし につづく第二歌集で「好き ④人も鳥も獣も会わず登り ・さまよへる月こそあやし
子のいきがった息づかいの たり」出版とあとがきにあ
ハウスで週二日の夜勤」を 姿を高速度写真で見るよう
この第四歌集『黄あやめ ようなものまで記録されて る。そして「定年後もケア わしく、野の草の立ち上る
い。実際にはいろいろある がする。
た寂しさと同時に、遺され 未来なのかはわからないけ の頃』は、彼女のその持ち いる。
よし
る人より吾は「方代」が 決して力まない。頑張らな として世を渡っている感じ 語的に乱れた語順には、息 も重なる古希を迎えるにあ
前田康子という歌人は、 のだろうが、
外目には、
飄々 てみたのだろう。上句の口 な登山(二十年)の節目と
表現の多彩な歌集
まざと感じ取ることができ 人間の暗部への興味。懐か
若い頃の濃やかな感傷
から構成されており、第一 病を得ること、歌を詠むこ れている。
に詠んで飽きさせない。人
氏の歌の特色は、何と言 中心に、佐々木妙二、牧野 性、一転して精神の余裕と (短歌新聞社・一〇〇〇円) る。
き放った人間観察の深さに 人 物 像 に 光 を 当 て て い る。
イスラム教のスーフィズ ある。沈黙させる歌、痛快 故 郷 安 房 に 寄 せ る 心 も 篤
をする以前に京都新聞に七 ていく。
年をかけて連載されていた
の光」という言葉があるこ の明るさも茲にある。
「現代のことば」から収録 ム(神秘主義)に「光の中 な歌、人を引きつける無類 く、自然を人を心赴くまま
されている。
たり幸福な人は早く眠ら か。
第二部におさめられた随 とを井筒俊彦氏の書で知っ ・うるみもつ月の光を仰ぎ 柄 の 歌 の 所 以 で も あ ろ う
筆、エッセイの方には、無 たが、これはその曲解であ
む
・こね回し造花の如き歌作
論生活のなかの、細やかな るが、生けるもの全てには
を取る淋しきしぐさ人も
心遣いの及んだ、素材の広 かそけくも秘めやかな光、 ・封筒に息吹き入れて中身
い も の が 収 め ら れ て い る。 それがある。それを見つめ
影なき人よ
津山類歌集
容の人だが、その心底は深
『ポータラカの海』 い 自 恃 に 裏 打 ち さ れ て い
後の印象は寧ろ優雅繊細な を返すのはご主人か、愉し
と増えゆきて夏の庭に草 い女性像を想像したが、読 話に喜びの「少年めく声」
「言葉のつなげ方といふ
抜く
菜の花のなか歩みゆきふ た歌を大切におもう気持ち れど、秋の愁いを湛える鐘 味が、以前の歌集にも増し ・兄嫁を通して兄に話すこ されているというので逞し な一首。②は登頂報告の電 (ながらみ書房・二四一五円)
川を肉体として捉えた一 ・白い人よ
の音は変わることはないと
職を終えるまでの数年。そ 首だが、それ以上に、かつ
を感じた。
と消えにけり
関係の感触がある。義姉を 易、現代語を多用、動植物、 分の足や体の影を体性感覚 の多彩な文学動向を定型の
常の集録に著者の心情が展 ふか、巧みな人である。
(岡
根源的な問いが暗喩として
うと詰まりて
もたさよ未だ見ぬ時のぎ
灯籠が石のかたちの秋気 書は『詩の断章』としての ・ホチキス針千本入りのお
い
る野の草がその葉をすこ
た
を纏う
い
られたというように舞う ぎ り な い 精 彩 を 放 っ て い ・メチレンブルーの羊のわ
結実す明治の姑に似たる
白々と春の梅ケ枝おぼろ (砂子屋書房・三一五〇円)
に乗りつつじ見に行く
れは混みあへる路線バス
アルプスの少年めく声返
あさぎまだらは
い音だけど落ち葉はおち
③踏みしめて寂しいさびし ⑦びんびらり花のこぼれて ・ 補 陀 落 の 海 に 干 し も の
る。」解説・太田代志朗。
しくるなり
②携帯電話に登頂告げれば ⑥ようこんな山の奥まで来 の日常のひびきとともにか
け
しずつ立てはじむ
①つゆじもの地にはりつけ ⑤つわぶきの花咲き初めて かれる。つきつめれば、本 井隆)」栞より。
自己を見詰める歌。
通じて兄に伝言をする。そ 民 俗 に 詳 し く 語 彙 豊 富、 で捉えて大自然に対置して 栄頌として、さりげない日 か、一首の構成の仕方とい
見事に捉えられている。
・不運だったから名前を変 ・鞄の帯おでこにかけて帰
りくる校区の男子生徒ち
らほら
うふいに電話に
えていたと友が本名を言
ている「人生は」と語り
らなりしや
えるような気軽さで。その ・布やさしく巻かれてあり
〈筆者=塔〉 かも、衣服や携帯電話を換
で打つ場面ありしはどち
旧知の友達が不意に自分 ・イラン映画二つ見し夜鞭
(ながらみ書房・二六〇〇円) の本名を作者に告げる、し
そうな気配よ
・おごそかに一升瓶が立っ
ではない。
ことは誰にでも出来ること るような感じがする。
さや大らかさを持ち続ける て、生き生きと表れ出てい のような実家への距離感が 屢々辞書を引かされた。
ると感じるこのような純粋
分が棲まわせてもらってい
らなき時間をわたる秋の となく感じ取り、そこに自
雪
つつゆくああ夕光に川は
ゆうかげ
・さざれ波たのしむ川を見
鐘の音
戸
佐佐木幸綱歌集『ムーンウォーク』
江
それら挽歌において作者
微笑む
一首目、自分がいなくな
えない場所に行ってしまっ るのは近い未来なのか遠い
「歌人として俳人として る。(酒井佑子)
」
築地正子、近藤芳美、菱 ・近未来・遠未来ありわれ いう。時間や生命を驕るこ
ろう。
この歌にもリアルな人間 方。歌は感覚的で表現は平 い一首。③④は山を歩く自
の年齢から言えば、身体的 ての「しなやかに反る」こ
おごそかな一升瓶
線がある。それは作者が過
・さけびつつ秋草の土手削 ごしてきた時間が豊穣なも は 嘆 き 悲 し む わ け で は な
感じた。
がこの時代に合っていると 去った時間への柔らかな視 挽歌がある。
詠っている。その軽やかさ こには無念さはない。過ぎ 冨士田元彦。多くの歌人の
とつひとつ確かめるように
に、日々の出来事や旅をひ
軽やかに、ときには自由
い。
この歌集には老いの歌はな
ずにはいられぬはずなのに 讃美のようにおもえる。こ 川善夫、
斎藤史、
森岡貞香、
にも精神的にも老いを感じ とができた自らの肉体への
六十歳を超え、大学での
開かれた感性
からのもの、第二部は病気 は核心を衝いたものとなっ っても自由無碍の精神が解 富太郎、中村草田男ほかの も言える諧謔味や確かな自
部は著者が病にかかられて と、一つ一つ、著者の言葉
作者は交流のあった歌人を
言ひにき
『春の霜』
『秋風引』 段者らしく嘉納治五郎の歌 ・嘉納さんに柔道習ひしこ の風趣も真に尊い。
れもなく、ここにいると感 うのにはおこがましいが、 の泉』
からの生還者でもある。生 の解釈が入っていない分、 ・木蓮の芽は毛に包まれて 界に開かれている。その感 れる。比喩表現が根源的に きっと/立ちどまる/だろ
『乾く土』
『行春』
『 冬 らの素材もあり、柔道の高
ストとしての河野裕子が紛 縮され、私のような者がい 地 』
読む機会を得た。あとがき 筆だろう。第二部で得てい 新 現 代 歌 人 叢 書 中 の 一 冊。
な「あやしうこそものぐる
泰氏
大坂
りつつしなやかに反る川 のであったからこそなのだ い。その死によってもう会
の肉体
康子氏
前田
創刊号
聞
新
歌
短
代
現
平成24年4月5日
(9)
作歌相談室
生
いますが、そんな呑気な態
度は許せません。被災者と
同じ位置に立って、身を置
き換えるほどの気持をもっ
リアリズムで迫るべきと
求められる。これはイオセ ように日課であろう。ソ連 ニ コ が 窓 か ら 伝 書 鳩 を 放
きには粘り強く観察して
の持ち主であるのだが、
・裸木と雪の奏でる無言
厳密に言葉を選びながら
意味を詰めてゆく。その
べをたもつ
とっての『死』や『無』
歌をひとつ聴き覚え里
・旅に眠り旅に目覚める
動かしながら、生活者に
を考察する思索的作品も
を下りぬ
リアーニ監督の自らの体験 の支配下、グルジアではハ つ。青空を自由に飛ぶ鳩、
小池柚実子歌集
『時の沙』
大きな魅力である。」帯・
映画と私
「歌集『時の沙』の作
解説小高賢。かりん叢書
あたりの作風は彼女が師
ーモニーを響かせ合うこと ある瞬間ポリフォニーが流
者の歌歴はまだ短いよう
事した上野久雄氏から学
でもある。
主人公ニコの少年時代、 で未来を担う子供たちに民 れ、グルジアの国土に入っ
だが、その題材は多岐に
朝まだき「雨のようだ
映画の楽しみ方はいろい
ろだが、そのひとつが、そ 教室で純正調のハーモニー 族としての結束を伝えてい たことがわかる。鳩は故郷
第二四九篇。
んだ姿勢なのであろう。
」
てほしいものです。
そしてまず、被災された の国や民族、時代ならでは を奏でるシーンが印象的だ ったのだと思った。ニコと の生家の窓辺へ降り立ち、
わたっていて、ノンフィ
よ」亡き夫の声
帯跋文・栗木京子。
動機なら歌は詠まないほう その方々の心に少しでも近 中の『汽車はふたたび故郷
靖
大震災をどう詠むか
嶋
手紙は窓から窓へ検閲され
・魚がみな滝の流れに向
(ながらみ書房・二六二
声と鳩
クション作家辺見さんの
五円)
方々の歌を読んで頂きたい。 の文化を知ることだ。公開
ずに届けられる。グルジア
くやうに風に向かひぬ
せし夢あかねさす勤務
・〈 人 間 国 宝 課 〉 に 異 動
さ れ、 詩 化 さ れ て い る。
の細部が生き生きと活写
常身辺に取材し、暮らし
窓明かり過ぐ
山裾をひとつらなりの
・寒気団居すわる盆地の
立を染める
深まれば、スケールの大
時間にひと一人なき
表現力がさらに緻密に
きな未来を約束された作
野田多美子歌集
『淡墨桜』
を律していこうとする詩
「野田様の作品には晴
・ラーゲリに遺書託す人
の方法が、作者の身につ
れと褻の差がない。常に
託されし人の絆に天空
いているからだろう。わ
の紺
第一歌集
確実に対象を深く観察
へ
っている。いわゆるただ
たしはそこに、作者が作
い
ご と 歌 が な い の で あ る。
・高梁の畑の向かうに父
和久幸。香蘭叢書第二三
海外詠にも一首一首に歴
し、思索をめぐらせて詠
四篇。
史の背景があり、そこを
歌に賭ける並々ならぬ意
れ草が風すべらせて冬
欲を感じる。
」解説・千々
磯前ヒサ江歌集
『雪に冴え』
の祖国に
・生かされて生きる命と
わ
・月は朧雪に冴えいる大
の無言歌
樹あり魁夷描きし永遠
と
言ひ聞かせ冷たきパン
を食める人々
(角川書店・二七〇〇円)
せられ、歌に詠み親しん
る渋柿がわがはるかな
八四七篇。
村山美恵子。水甕叢書第
鈴木良明歌集
「私は魁夷画伯の絵を
読み解く楽しみを読者に
のあし音
『ランナーと鳥』 好み“冬華”の静寂に魅 ・吊るさんと皮を剝ぎい 与 え て く れ る。」 跋 文・
・鈍いろの昼を斜面の枯
の生家 娘は踊る二つ
野弘彦。弦叢書第八篇。 (砂子屋書房・三一五〇円) これは韻律によって生活 (砂子屋書房・二九四〇円)
者 だ と 思 う。」 帯 文・ 岡
・しつかりと立てよ車内
ランナーと鳥
い づ み
する鯉は一閃身を躍らせ 首詠。
・梅雨晴の青き流れを遡上 美氏、柳澤幸子氏の各十五
小林晶美
城富貴美歌集
・桃畑に若葉のみどり耀
『風すべらせて』
いてアルミニウムの脚
影響を、確かなよい形で
春 日
久下沼昭男氏の
る
の新参者なだるる春の
受けていることが感じら
表現賞
ゐ
「家族との日々、通勤
と い う 歌 集 名 は、“ 無 言
・夕潮にのり来し鯔の黒
人気なし日本の運命こ
・ポツダムの会議の館は
ぼら
る時を連れくる
時代や社会を射抜くシャ
風景、仕事のなかの感慨、 で い ま す。『 雪 に 冴 え 』
・山頭火晩年過ごせし一草
集!
世。
き」より)序文・藤井常 (短歌研究社・二五〇〇円) ・五千年経て日の目見し
こに変りき
き群れ茜の川を押しあ
来て、どこへゆくのだろ
たちして裸木無言の調
・五線譜を縦に並べるか
と言ふ『豆助』まめまめ
うか。歩いたり、走った
二 〇 一 二 年「 啄 木 祭 」
―八〇八〇)まで。
四 日 よ り 毎 月 第 二 土 曜 日。
講者募集 双方とも四月十
せは同館(〇五五―二三五 「短歌講座」
・
「短歌会」受
「ロマンチックな感性 (角川書店・二七〇〇円)
き指に透く爪
エジプトのミイラの細
木下こう氏の「牡鹿」二十 ・百姓を逃げてはならぬと ・山もみじ山柿うつす保津
り、座禅したり、身体を
私たちはどこから
川の水面くずして舟下り
柳澤幸子
ゆく
の黙ふかくなりつつ餐は
・廃王となりたまひしよ父
胡桃さへ激しく響れる時 月二十四日まで、山梨県立 開催予定。森山晴美氏の講 牧水記念館「短歌会」は午
四月二十八日~六 より、エデュカス東京にて 座」は午前十時から十二時。
「石川啄木愛と悲しみの 五月十八日午後一時三十分 (初心者のための「短歌講
あるものを
・ちよつとまあお休みなは ・父よその手にふたつある 歌」展
始まる
沢井清美歌集
『二日月』
夫の声めざす農園朝焼け
森基子氏の
らして
に映ゆ
徳島歌人賞
直ぐに昇る
ところに窯のけむりは真
逸見ふみ代 ・連なれる伊万里の山のふ
首詠。
醍醐新人賞
氏の「老のシナリオ」二十
ぎわいの中
立ち上がる街の師走のに 「姑との歳月」十首詠。
触れしとき昼のひかりが ・娘の助けいっぱい受けて
ひとつ亡びる
・悲しみが降りやまぬゆゑ
れと言ひし姑よこもごも
中心に、石川啄木の生涯と ル発表・表彰など。参加費 参加費年額五千円。問合わ
中 西 敏 子 代文学館の石川啄木資料を 二〇一二年度啄木コンクー 分。)講師須永秀生氏ほか。
文学館で開かれる。日本近 演、
高橋星童氏の尺八演奏、 後一時三十分から三時三十
語りつわが夫のこと
潮音新人賞
越の荷として運ぶクリス
う、父は
れ た 神 殿 の 奥 に 住 む や ・石竜は子供ながらに断乎 文学作品を顕彰し、歿後百 当日千二百円。問合わせは せ先〒 ― 沼津市千本郷
杉山幸子氏 ・霜柱をふむ音がする毀た 氏。
高木佳子氏。
潮音賞
あすなろ賞
マスローズ
あなたから白い枯れ葉を ・幾つかを鉢に植え替え引
添田英子
とりだしてます
群炎年間賞
氏。
・耳鳴りが読経のやうに終 の十五首詠。
込まれいく
老斑を星のやうに頰に散
ことなくも心は土に吸い ・冬の王といつたらいいか
日をついて離れぬ部屋か ・この雨にからだは消える
ら部屋へ
・聞かれもしないにすぐ九
集会案内
・火に燃せばかたち失ふも
のならむ牡鹿の息のやう
なる手紙
ぬか
春には蒔かむ
「作品のおおかたは日
のポリフォニーが世界無形
うたう喉つくづく神の与
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みつ(四賀光子)がお茶
通勤電車
文化遺産であることを深く
がよい。まず東日本大震災 付いて、それから詠んでも へ』はソ連旧体制下のグル
とは何だったか。あなたな 遅くはありません。テレビ ジアが舞台。検閲や思想統
スに行く ニーを作り出す。教師の繊 三人はまず顔を寄せ合いハ
れ、思わず引き入れられ
が、 今 度 細な指揮が目指すのは、音 モる。声で心を揃えた三人
へし楽器 春日いづみ
りの理解を確かめてくださ や新聞だけでなく、できれ 制で自由に映画を作ること った。互いの声を聴きあい 二人の友達が教会(旧体制 納得した。
(不可能
東日本大震災の歌を詠み っているのです。その方々 歌 に し て ほ し い。
は商業ベ の高さを整えること、声質 は聖歌を歌いながらイコン
てゆく。
。
たいと思って詠んだのです の遺族親戚知人の心を察し な方は致し方ありません)
ースに乗 の 融 合、 心 の 一 致 で あ る。 をまんまと盗みだす。
い。何万人もの人が亡くな ば現地の空気を吸ってから のできない青年が、フラン 音程を調整し美しいハーモ 下なので洞窟)
に忍び込む。 ・頰寄せてこゑにこゑ積み
どんな素材であれ、短歌
〈水甕〉
が、友人からやめなさいと てください。また数えきれ
言われました。大震災を詠 ないほどの人が家を失い、 に歌っていけないものはあ
ケットに猫を飼う檻買い
み込むきみの手の中われ
田裕子氏の「われも一草」 ・術後の手祈るかたちに包
張つて威張つてゐるの
百瀬美子氏の「父祖なる大
にでかける
せん。あなたの詠んだ歌も
はいきづく
松 岡 貞 総 賞( 醍 醐 ) 岩
十歳と言つてしまふ肩肘 ・部屋中の時計の文字盤ポ
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成長しフランスに行った
る作品が おそらくこの訓練は朝礼の
苦しんでいます。もっとも しい素材もあることは事実
相談ご希望の方はハガキ
って何十万という人が生活 まざまです。またひそかに 歌相談室」まで、お問合わ
わかりませんし、友人がな 方は、身近に震災を感じて 追われ、一家離散を余儀な 容認してきた人も多数いま
地」各三十首詠。
ぜよしなさいと言ったのか おられましょう。より強い くされました。そこでその す。津波や地震に比べると
問題はあなたや私の心の
小林晶
あすなろ新人賞
もわかりません。それで私 感動をもって短歌を纏める 直 接 の 原 因 と な っ た 発 電 原発がらみの歌は詠みにく
しその場合もどのように歌 を責め、攻撃する。それは
の推測を加えて一般的な注 ことはできましょう。しか 所、東京電力を怒り、政府 い、というのが現実です。
の水師範学校で学ぶため
木村
げてゆく
頭火終の棲家は松山にあ
のを追ふごとくにも
上京後、水穂は、独学で
歌”の中のその歌から名
すれに瑠璃の矢となりか
水穂は、十七歳頃から
文部省倫理科教員検定試
付 け ま し た。」
(
「あとが
地震の真つ暗闇に飯食ふ
少年雑誌に和歌や文章を
験に合格。三十三歳の時
ープな批評。切り取り鮮
や友人が被災されたのでし ず、他の歌でも言えること れ だ け で は 終 わ り ま せ ん。 詠みたいと思えばどしどし
投稿。教員をするかたわ
上京し、私立日本歯科医
やかな壮年男性の第一歌
り
ら、二十五歳で和歌同好
御幸寺境内陽だまり
はせみの飛ぶ
会
「この花会」
を結成し、
大正四年の「潮音」の
学校倫理科教授となる。
庵
われは
まずテレビの映像を見てシ ぐにお気の毒だのかわいそ います。原発の誘致に力を 気 に し な く て よ い の で す。 ・甥たちの山を越えつつ運 百瀬美子
た。歌集は十冊。他に歌
新派和歌運動に積極的に
創刊は、水穂主宰、若山
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絢子と続き、今は筆者が
受賞第一作
び来し水はいのちぞ一滴 ・果樹園の土壌改善に効く
水穂は、明治九年十二
論・評論等、著作多数。
乗り出す。会員には窪田
牧水後援の形で出発。以
その後を受け、もうじき
未来年間賞
たりとも
「潮音」は大正四年、
月九日、長野県の、塩尻
空穂もいた。明治三十五
を詠った次の歌碑が建つ。 長野県師範学校で同級の
百年を迎えようとしてい
・さむき額さむきなづきに 首詠。
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〈槻の木〉
ョックを受け、何か詠まず うだのという次元では歌わ 尽くした人もいれば長年反 た だ し 心 は 引 き 締 め て 詠
太田水穂により創刊され
市広丘に生まれた。生家
年、二十七歳で第一歌集
塚原俊彦(島木赤彦)と
るところである。〈続〉
やさし
ょうか。それはさておき、 ですが、ニュースを見てす しかも複雑な問題が絡んで 詠めばよい。他人のことは
な
ないようですね。また親族 ります。これは震災に限ら れば詠めばよい。しかしそ 詠むのは慎みたい。しかし ・生きてゐる今と思へり大 ・水嵩の増せる川の面すれ ・遍路旅ひょいと四国へ山
おほ
三十二首詠。
あなたは被災地の方では うか、は問われることにな 同感です。それを歌いたけ ありようです。安易な歌を 「水はいのち」
意を申します。
結社の賞
岩田裕子
親戚や友人が被災された の根拠を奪われ、住まいを 原発を疑いながら、黙って せもすべて編集部まで。
ままでは答えようがありま を詠んでください。
質問が大きすぎて、この の状態を知り、その上で歌 の問題。発電所の爆発によ てきた人もいる。利害はさ で現代短歌新聞編集部「作
(鳥取県 Y・K 女性) っと深く現地の状況や人々 です。例えば原子力発電所 維持し、恩恵を受けて生き
うか。
むのはいけないことでしょ 仕事を失い、病気になって りません。しかし歌には難
来
1
にはいられなかった、とい ないこと。歌として記録し 対を叫んできた人もいます。 む。それがたいせつです。
う人がいます。その程度の ておきたいなどと言う人が 一方原発のおかげで生計を
た。水穂は、アララギの
の近くに塩尻短歌館が建
『 つ ゆ 草 』 を 世 に 出 す。 後代表は、光子、靑丘、
1
「写生」が歌壇で勢いを
ち、その歌碑公園には、
第二歌集
『山上湖上』
は、
本的象
・命ひとつ露にまみれて
共著である。婚約者有賀
雅子
もつ中、短詩形である短
水穂の、文学への変わら
歌のゆくところは象徴し
ぬひとすじの希求の思い
太田水穂①
い、「日
かないと明治期より言
徴」を
野をぞゆくはてなきも
甃の上
入場料一般六百円。問合わ
沼津市若山牧水記念館
る 作 品 の 魅 力 を 紹 介 す る。 九〇二―〇八〇二)
―九六二―〇四二四)
まで。
沼津牧水会事務局(〇五五
たる死を遂げてをり熱き 年を経た今なお読み継がれ 新日本歌人協会(〇三―六 林一九〇七―一一社団法人
0849
1
標榜し
410
靖生氏
来嶋
潮音の歌人
❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖
(10)
平成24年4月5日
聞
新
歌
短
代
現
創刊号
拓 い た 作 品 だ。
「 老 い の 世 とを取り上げながら、これ
われた。
石川美南の四氏によって行
の」のシンポジウムが藤原
大阪府
柳澤
宮城県
阿部
かぎろい
いびつ
長野県
橋本
喜典 選
東京都
熊本県
堀口
原田
で評論家の篠弘氏の『残す る野」代表を務める。歌集
第
☆
長野県
大河内卓之
竹口美恵子
岐阜県
八木
石塚
篠㟢
秋田県
静岡県
群馬県
ひと ひ
岡松
土谷
岩城
克博
か
敏雄
英雄
賢二
波打てる娘の胎動にわがう 月。江戸の昔から唄われて
長崎県
原田
覚 うかと、復興に力を尽くす
ちに刻まれし感覚甦り来つ きた祝儀唄は唄われただろ
とう
東京都
前田
佳作 飯塚武彦氏
トシ の中の小(中)学校か。始
鷺が驚いて飛び去った。景
この「紙びな」は「亡
信子 と情の一致。佳作 岡田久
ろ う。「 亡 き ひ と 」 の 人 物
神奈川県 渋元さざ波 像の不鮮明なのが惜しいが
一席
選評
藤井敏夫氏
橋本
う。佳作 佐々木剛輔氏
挿し木してから幾年か。よ
老妻の手のひらの刺
かし壮観。佳作
を抜こうとその指をつまみ
之氏
大河内卓
さまに似るという槙。さぞ
に成長した。衣を着た羅漢
喜典 うやく屋敷を取り囲む生垣
健輔 さ妻の背中に灸を据えいつ 万感胸に迫るものあり
きよ
人並みに延命地蔵に絵馬架
眠る
秋田県
次席
柳澤
寛氏
ながら、長かった二人の過
双眼 ぎ越しを思いかえす。嘗て
竹口美恵子氏
喜んだり
落ち込んだり、やめようか
村里 と幾度も思ったがこうして
北嶋日二美 した時が刻まれている。
がそよぐ。この一首に緊迫
光江 けふ一日なすべきことをな 鏡に大きく見出された猛禽 しなかったことが自然にな
加藤冨美恵
亡夫と歩みて聞きし潮騒
竹嶋
早苗
舞ふ
栃木県
武藤さちこ ちは声をひそめて遠くから 〈応募方法〉葉書に未発表
白鳥。驚かすまいと村人た からなのだ。
あせてゴーヤは赤き実をは はずれ供物は絶えず春の雪 の田圃に舞い降りた一羽の 十年。本当の手応えはこれ
滋賀県
じきをり
次席
富塚陽子氏
新聞読者歌壇係、毎月十日
東北 締め切り。一席に記念品贈
神奈川県 木村 寛子 の 大 災 害 後 の 初 め て の 正 呈。
に出したり
の技披露する孫の気合受け らくたの物なり今朝はゴミ 天女のように。
取る
和歌山県 中村 祥江
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送り先・〒一七〇―〇〇〇 十月二十日(土)午後一時 と明記し、〒一四一―〇〇 渋谷区代々木の明治神宮参 当日の出欠席を記す。四月
第
回芥川龍之介・小倉 流山市平方二五〇―八四下
〒二七〇―〇一〇五千葉県
回全国短歌大会(現 三東京都豊島区駒込一―三 ~五時、千代田区神田錦町 二二東京都品川区東五反田 集殿にて。来嶋靖生氏の講 十九日(木)必着。宛先は
回 全 日 本 短 歌 大 会 二九八六)
まで送付のこと。
未 発 表 作 品 何 首 で も 可。 会事務局宛。選者は大塚布
大会係(〇三―三二八〇― 高野助文学碑記念短歌大会 平武治方文学碑記念短歌大
氏。平岡さんは昭和五十九 社後援)未発表作品五首以 会全国短歌大会事務局。電 選発表、入選歌批評、受賞 日本歌人クラブ全日本短歌
第
回ながらみ書房出版 年長野県生まれ。平成十六 内何組でも可。参加料一組 話・〇三―三九四二―一二 式が行われる。
日本現代詩歌文学館にて開 が三月一日発表され、歌人 歌文学館館長、歌誌「まひ 短歌文学賞)他。
佐藤氏は昭和十八年岩手 べき歌論―二十世紀の短歌 『 昨 日 の 絵 』
『 緑 の 斜 面 』 賞は森朝男著『古歌に尋ね 年、早稲田短歌会入会。平 三〇〇〇円(入選作品集代 八七(平日十時~四時)選
詰原稿用紙に作品を書き、 沖ななも・尾崎まゆみ・春 化 庁・ 毎 日 新 聞 社 後 援 )
着。選者は来嶋靖生・秋葉 〇円、郵便小為替か現金書 盈子、吉村睦人、下平武治
成二十一年より同人誌
「町」 金を含む)B4判の四百字 者は大野道夫・大松達知・ (日本歌人クラブ主催・文 締 め 切 り は 六 月 三 十 日 必 投稿料は一首につき一〇〇 見子、小笠原信之、久々湊
選考委員のひとり、東直 右の欄外に住所、氏名、年 日いづみ・加藤次郎・来嶋 新作未発表に限る。二首一 四郎・三枝昻之・雁部貞夫・ 留にて作品に同封(応募者 の各氏。大会は五月二十七
森氏は昭和十五年東京生 に参加している。
現代の高野公彦らまで五十 まれ。フェリス女子大学名
篠弘さんは昭和八年東京 は、明治の伊藤左千夫から
子さんは「自分が見ている 齢を明記。郵便為替を同封 靖生・小島ゆかり・今野寿 組とし何組でも可。応募料 伊藤宏見・久保田登・中川 全 員 に 出 詠 作 品 集 一 部 贈 日(日)午前十時より千葉
両賞の授賞式は七月六日 世界から、丁寧に探ってい 又は現金書留(郵便切手は 美・坂井修一・島田修三・ 一組につき二〇〇〇円を郵 佐和子・長澤ちづ・片岡明・ 呈 )
。B5判二〇〇字詰原 県 長 生 郡 の ホ テ ル 一 宮 館
三名による歌論を分析、解 誉教授。
21
贈呈式は五月十三日、山 パレスで開かれる。
(当日消印有効) 弘・渡英子の各氏。大会は に同封。封筒に「全日本」 月十五日(土)十三時より ガ ナ )・ 住 所・ 電 話 番 号・ 七)で行われる。
で探ろうとしている。全体 六月三十日
紙巻頭インタビュウ参照) に東京お茶の水のガーデン って、見えないものも言葉 不可)締切は平成二十四年 外塚喬・花山多佳子・穂村 便小為替か現金書留で作品 伊勢方信の各氏。大会は九 稿用紙に作品・氏名(フリ (〇四七五―四二―二一二
明 し た 労 作。
(詳しくは本
33
催される予定。
田園
ひとり身の暮らしが楽とい 宮 城 の 人 た ち を 案 じ て い
昌子 白梅の綻び初めしを告げく 業の鐘の音が冬の大気をわ
琢磨
小川美智子 ま逝きにし父を思ひ安らぐ 清む
嘉市 を見る
熊本県
吾もかくありきとその背な は今動けずに居る訪ね来よ きひと」が折ったものであ
くして今年ほど春を待ちた 出勤に颯爽と子が歩みゆく 卒寿なるウエリントンの友 子氏
大阪府
災害も倒産の日も知らぬま るる風邪癒えたらし夫の声 たる。餌をあさっていた青
堅市 づく
ゆらゆらと陽炎見ゆる如月
東京都
寛 の復興を待つ歪な街が
畔原
藤井敏夫 太陽との一億五千万キロよ 若き死は老いたる人を苦し う寡婦の笑顔の陰にのぞく る。
読者歌壇
一席
長野県
京博物館で開催された。秋 結城千賀子、磯田ひさ子、 間を芒ゆれつつ刻は過ぎゆ
葉四郎氏の
「
『萬軍』
の成立」 戸田佳子、湯川邦子、山内 く
次席
この里に白鳥初めて舞い来
『桃花水を待つ』齋藤芳生 ものが感じられて、そこが る
最終選考に残ったのは、 に作者独自の思想のような ればみな遠くより声殺し見 草木瓜のつぼみはいまだ固
の 講 演、
「 茂 吉 か ら 学 ぶ も 美緒氏ら約六十名が出席。
月大会、三月十日、江戸東 口芙美、
星野京、
木下孝一、 双眼鏡に鷹は目の前彼我の りあなたがとほい春寒の昼 めむ音なくひと日雪ふりつ 寂しさ
藤岡武雄、三枝昻之、沢
龍一郎・奥田亡羊・笹公人・
界のおおらかな豊かさを開 からも大いに飲みかつ詠ん 「茂吉を語る会」
三月大会
老いの世界のおおらかさ
松浦寿輝氏。受賞の挨拶に れるスピーチで受賞を喜ん
示している」と選考委員の でゆきたいと、ユーモア溢
佐佐木幸綱氏
『ムーンウォーク』
が
立った佐佐木氏は、歌集の で い た。
【写真は受賞の佐
中に酒に纏わる歌が多いこ 佐木幸綱氏】
回現代短歌新人賞
硬派の叙情を持つ
新しい具象派の誕生
第
柳澤美晴さん
「斎藤茂吉を語る会」三
第六十三回読売文学賞に
受賞者が
斎 藤 茂
吉、 そ の
後第二回
會 津 八
一、 第 三
千葉県
山形県
長野県
イラクで人を殺していたか
小林
根本千香子 かん苗植えてやる気のあふ
老いてなお遊びなどせずみ
深海に何見て来しか鱈の眼 り
埼玉県
は開きしままに箱に詰めら
満 けて寒九の水で身を浄めけ
飯塚武彦 朝ごとに水を注げる小松菜
れし姉も従軍看護婦なりき 冬の日と思えぬ今日の暖か 短歌紙の創刊告ぐる案内に ご く 親 し い 人 な の で あ ろ
酒井
さん、
『裏島』
『離れ島』の 一 番 い い 点 だ っ た 」
、さら
茨城県
富塚陽子 るはなし
石 川 美 南 さ ん、
『 花 虻 』 福 に「生と死が言葉の中でリ 新年に宮城の人は祝いうた
北海道
回佐藤佐
次席
太 郎 と 続 (さいたま市など主催)の
井和子さんと柳澤さんの四 ンクしながら独自の世界を の「さんさ時雨」を唄った 出撃の間際に会ひに来てく
第十二回現代短歌新人賞
く 権 威 あ 表彰式が三月十八日、埼玉
佳作
☆
名。この中で一歩抜きんで 作っていく。命とか世界を ろうか
ていたのが『一匙の海』だ。 言葉の世界で考察していく
る 賞 を、 県の「市民会館うらわ」に
佐佐木幸綱氏の『ムーン 歌壇の重鎮が受賞したとあ て開催された。中村稔、馬
「若い世代の短歌には、 作品なのだ」と選考座談会
佐々木剛輔
青鷺が啼きつつ冬田を飛び の伸び計りいる尺取虫は
岡田久子
粗削りだが可能性に満ち 去れり授業開始の鐘の音鳴
ともすれば過剰なる自己意 で賛辞を贈っていた。
ウォーク』(ながらみ書房) って馬場あき子、
高野公彦、 場あき子、篠弘、小池光、
が 第 六 十 三 回 読 売 文 学 賞 伊藤一彦、栗木京子の各氏 栗木京子の五名の選考委員
み はる
(読売新聞社主催)に決ま ほか大勢の歌人がお祝いに によって選ばれたのは、柳 十八年未来賞、平成二十年 識をもてあまし、果てしな
神奈川県
愛知県
なも並べましたと亡きひと
佳作
吾子抱き淚を流すこの父も れいるなり
木目込みの雛のかたへ紙び る
佳作
澤美晴さん。受賞作は歌集 歌壇賞、平成二十三年北海 く内向する傾向のものが多 た二十代の歌人の今後に注 りて
柳澤さんは昭和五十三年 賞。所属結社は「未来短歌 ういう今風の傾向がない」
すいぞう
たけ し
千葉県
委員が揃って大きな期待を 三月十九日、熊本市本荘の さし木より待つこと久し羅
ちようくう
佳作
宰。平成三年に
『冬麗』
で、 抓む
歌壇最高峰の迢空賞に選ば
愛媛県
る歌人で歌誌「椎の木」主 の掌の刺を抜かむとその指 秋日和みどりのカーテン色 「江戸」年号の石地蔵様村
安永さんは戦後を代表す 握り合ふこともなかりし妻
者と選者、
中央が柳澤さん】 た。喪主は長男、武志氏。
ア市ヶ谷で行われた。
受賞作品は、平岡直子さ
第
作品募集
歌 集『 鶴 か へ ら ず 』
( 角 川 月十日、東京のアルカディ めた。勲四等瑞宝章受章。 おり
学芸出版)刊に決定。
馬場氏は昭和三年東京生
ま れ、
「 か り ん 」 主 宰。 日 んの「光と、ひかりの届く
本芸術院会員。歌集に『阿 先」三十首。選考委員は伊
回読売文学賞) 藤一彦、内藤明、道浦母都
秋山千枝子
の各選者により馬場あき子 弥書店主催)の授賞式が二 年間、宮中歌会始選者を務 いつつ過ぎし十年歌詠みて 六畳間いっぱいを使い空手 思ひ出と言へど子等にはが 見守る。幸いを運んできた 作品二首、宛先は現代短歌
第二十三回歌壇賞(本阿 れたほか、平成十年から十 止めようか続けようかと迷
歌壇賞
平岡直子さん
佳作
三 陸 町 出 身 の 須 藤 洋 平 氏 ターにて行われる。
回前川佐美雄賞は佐
回ながらみ書房出版賞
回前川佐美雄賞
寄 せ て い た。
【 写 真 は 受 賞 合 掌 殿 島 田 斎 場 で 営 ま れ 漢槙屋敷を囲む生垣となる 足摺の岬をめぐる椿の道に し終へて心足らひて夜半に の鷹。その手前にか弱い芒 されている年輪の妙。佳作
第
第
(三十四歳)の『あなたが
す とう
なお、詩部門は宮城県南 形県上山市の体育文化セン の誕生を祝したいと、選考 め死去。九十二歳。葬儀は
の叙情を持つ新しい具象派 三月十七日、膵臓がんのた に言ふ
と小池光さんは講評、硬派
安 永 蕗 子 氏( 椎 の 木 )
『 一 匙 の 海 』 に は そ 目が集まる。
。 道新聞短歌賞をそれぞれ受 い が、
『ムーンウォーク』は常 『一匙の海』(本阿弥書店)
り、二月二十四日帝国ホテ 駈け付けた。
ルにて贈賞式並びに祝賀会
が行われた。
に歌壇をリードしてきた佐
こ は じ も
昭和二十四年度の第一回 佐木氏が新たな境地を切り 北海道旭川市生まれ。平成 会」
。
詩歌文学館賞
佐藤通雅氏の
『強霜』
に決定
最期の最期まで生きよう
霜』は第九歌集。他に『新 と、むき出しで立ち向かっ
美南吉童話論』(第四回日本 た か ら 』
、俳句部門は山口
第
東北砕石工場技師 の宇多喜代子氏
(七十六歳、 佐木幸綱、三枝昻之、佐々
児童文学者協会新人賞)『宮 県徳山市出身、大阪府在住
沢賢治
『記憶』に決まった。
論』(第十回宮沢賢治賞)『岡 前・現代俳句協会会長)の 木幹郎、加藤治郎、俵万智
篠弘氏に決定
齋藤茂吉短歌文学賞
第二十七回詩歌文学館賞 井隆ノート』など多数。
(岩手県北上市など主催)
短歌部門は、沖ななも、小
こは
池光、小高賢の三氏の選考
じも
霜 』( 砂 子 屋 書 房 ) に 決 定
第二十三回齋藤茂吉短歌 都生まれ。現在、日本文藝 子父』(第
45
により、佐藤通雅氏の『強
20 10
10
20
県生まれ。東北大学教育学 論―』(角川書店)
に決した。 などの他著書多数。受賞作 よ』に決定。
部卒業後、宮城県内の高校
に勤務。昭和四十一年、個
人 編 集 誌『 路 上 』 を 創 刊。
昭和四十六年、第一歌集『薄
弘氏
篠
明の谷』刊行。他に『美童』
『天心』『予感』など。『強
喜典氏
橋本
12
は五月二十六日、北上市の 文学賞(山形県など主催) 家協会理事長、日本現代詩 『 飛 種 』
( 第 8 回 齋 藤 茂 吉 子、今野寿美、東直子の五 代歌人協会主催、朝日新聞 五―四―五〇二現代歌人協 三―二八学士会館にて、入 一―一二―五秀栄ビル二階 演が予定されている。
した。贈賞式並びに祝賀会
41
通雅氏
佐藤
創刊号
聞
新
歌
短
代
現
平成24年4月5日
(11)
田
弘
北海道歌人会の結成
若手が
「アーク・レポート」 も
代
代と若い躍動的
「新墾」
「辛夷」
「北海道ア ラブ新人賞)柳澤美晴(歌 発である。また、ここ数年 画・実行している。いずれ
みち
ララギ」
「 花 林 」 で あ る。 壇 賞 ) 山 田 航(
「短歌」
40
平成
が解散した後は、グループ
「素」が誕生し、坪川美智
回歌帖
〈新アララギ〉
現代短歌社よりのお願い
◎「現代短歌新聞」四 いただいている方の紙代
ております。お問い合わ
◎紙面充実のために、
せ下さい。
月創刊号をお届けいたし は五月号よりの分に充当 結社誌、県歌人協会報、
お歌集、評論集、などの
◎アンケートハガキを ご寄贈をお願いいたしま
ます。今号は皆様に無料 させていただきます。
で送付させていただきま
す。お知り合いの方でお 同封いたしました。ご意 す。紙上でご紹介させて
に・吉野典子」
年度NHK全国短
日本美術の豊かさと楽しさ、
そしてその奥深さと出会うための
最適の書物が、
原画を髣髴とさせる美しい印刷、
贅を凝らした造本で刊行。
◎低廉な紙代を維持す 皆様にご参加いただき全
人に「美術のすばら
篇の論文集。多くの
から寄せられた七三
子)
第
めくるたびに、日本の地に根付き、豊かに実った美
門的な内容も読みやすく、分かりやすい。ページを
インタビュウには、篠弘さ
術の数々を発見できる書。
寄せください。
★ 閑 人 囈 語 = 石 田 比 呂 志 頁一八〇〇円・京都新聞出
道
★自伝的スケッチ=菱川善
具
彰
信
★京畿の歌枕を訪ねて=大 夫著・四六判三二〇頁三六
株式会社
代表取締役
〒113 0033
東京都文京区本郷1
電 話 03 5689 6333
FAX 03 5840 7677
小林忠著作集
装丁・山田英春
A4判上製函入 定価(本体三〇〇〇〇円+税)
一八〇点を掲載
カラー図版七〇点、論文中にはモノクロ図版
んにご登場戴きました。大
著『残すべき歌論』が伝え
志を継承し、大きな変革期 いう提言を肝に銘じたいと
江戸の浮世絵
巻第二号。私の視点 文学の現在を、読者の皆様 ▼小紙は「開かれた短歌の
二〇〇円・角川書店
(I)
「再 進してゆきたいと願ってい 皆様のご意見を編集室にお
号。巻頭作品
(望 ということ」大下一真。
〇〇円・角川書店
子)歌人の魅力(5首抄と 一一二頁定価一〇〇〇円。 ▼記念すべき創刊号の巻頭
八二頁定価不載・私家版
川書店
回鎮西大社諏 庭を=栗原寛著・四六判一 り著・四六判二六四頁二八 判二一六頁二七〇〇円・角 二七〇〇円・角川書店
元朝まだき諏訪の空鼓のひ 五三頁一五七五円・砂子屋 〇円・角川書店
角川書店
★再生の祈り夢の海=田中 判二〇四頁二七〇〇円・角 5判二〇〇頁二七〇〇円・
回宇佐神宮新 きわ子著・A5判二〇六頁 川書店
恵友社
★ 十 秒 ほ ど に = 市 原 敏 司 ★美しく愛しき日本=岡野 木恵理子著・四六判四一三 七五円・沖積舎
びきゐる境内に立つ・松木 書房
で開催。宮司詠「清らなる ★綾部光芳歌集=B6判一 著・四六判二一〇頁二七〇 弘彦著・A5判二一六頁三
零下の気温を脱しました めぬ」とすると、音がき 北にいきませんか。適当
亘史」約六十名出席。
年短歌大会は一月八日、宇 二一〇〇円・渓声出版
装丁・山田英春
各巻定価(本体四〇〇〇〇円+税)
A4判上製函入
カラー図版による豊富な参考図譜多数収録
●海外で発表された英語論文も充実
●稀品・名品・新発見の図版を多数収録
●著者四五年の業績を網羅
江戸の絵画
★塚本邦雄とは何か=早㟢 著・B6判一九〇頁一六八
★わが秀歌鑑賞=高野公彦
★ 海 と 合 ふ 河 = 髙 野 智 子 ★ゆきむしを吐く=坪内桂 著・四六判三二八頁三一五 版センター
HKホールにて開催。
〇〇円・角川書店
著・A5判二一一頁三一五 子著・四六判一八四頁二七 〇円・砂子屋書房
〔長崎〕第
〇円・砂子屋書房
「万全の警備のあかしと みで、何もできなかった
訪 神 社 献 詠 祭 は 一 月 十 九 四五頁二六二五円・短歌研 〇〇円・角川書店
歌大会は一月二十一日、N 歌集
平成
小林忠先生古稀記念会編
豊饒の日本美術
っしゃいましたらお申し ますようお願い申し上げ
日本を代表する美術
読みになりたい方がいら 見ご要望をお寄せ下さい いただきます。
一日、別府市の社会教育総
越し下さい。直ちにお送 ます。また自選歌一首を 催し物などもご案内いた
研究者・小林忠氏の
けたら幸いです。紙代は るために結社広告のご協 国に目配りのきいた活気
岡山県倉敷市 定価一〇〇〇円。
。
読 売 文 学 賞 も 特 筆 さ れ る。 て 待 て ば・ 野 田 珠 子 」
「 ペ 〇―二九八六)
さて、
大震災から一年、
P3C飛びきてわれらが ですね。そこで、今年の
日、鎮西大社諏訪神社拝殿 究者
所で、
その私の歌集中、 ささやかな寄付をしたの
うございました。
船を掠めり」という歌が 三人の旅行は小泉桄代さ
★窓よりゆめを、ひかりの ★熊野のマリア=久保みど ★昭和=木村草弥著・A5 ふき子著・四六判一六七頁 〇円・角川書店
あるのですが、その最期 んにも話したのですが、
か。「短歌往来」の拙著
『日 つくなって、言いたい上 なツアーがあればいいの
〔大分〕第
お元気ですか。那須は を、「掠めたり」又は「掠 ボランティアを兼ねて東
付変更線』評、私の隠れ 句より掠めた印象が強く ですが。いずれにしても
★絆=江村美佐枝著・四六 ★渾天儀=古澤周子著・A
た部分を発見してくれて なるようで、敢えて、さ 東北支援の旅行にいたし
嬉 し か らりと「り」にしたので ましょう。適当なのがみ
★文色なき野に=鈴木美幸 合同歌集
っ た で すが、二三の方から文法 つかりましたらご連絡し
6判二七〇頁二八〇〇円・
★乗換への駅=井谷まさみ 和歌山県歌人クラブ
佐市長賞「母一人住むふる 判一七一頁二七〇〇円・角 〇円・角川書店
佐神宮庁参集殿で開催。宇 ★微塵=石川恭子著・四六 著・A5判二一七頁二八〇 ★きのくに=小田実編・B
三月二十日
さとの駅に降り雪踏みしめ 川書店
小林忠先生古稀記念論集
合センターで開催。出詠者 濤声(編集発行人・温井松
りいたします。なお振替 お書きいただいた方は順 だけたら幸いです。いろ
光芳)宮岡昇の世界(有田
◎全国の短歌的記事、
回朱竹新年 代)
冬号『時の使者』批評特
古稀を祝い、国内外
四十六名▽第
歓迎いたします。読者の
用紙を同封いたしました 次紙上に掲載させていた いろな投稿・自選他選も
年には内田弘 にして冬が来る汚染された み先〒 ―
29
主な歌誌と活躍する歌人 け気を吐いた。時田則雄の 問われたり蓬だんごを作り ラブ事務局(〇三―三二八 月祥世・福島久男・岸本節 読 中 城 ふ み 子 」 加 藤 孝 男。 ます。
現在道内発行の歌誌は
新刊紹介
子、松川洋子らが個性的な 誌であるが、 名以上の会 また若手歌人の受賞も相次 ットボトルの残り少なき水
100
しさを伝えたい」という師の思いは受け継がれ、専
一年送料込みで一三〇〇 力 を お 願 い い た し ま す。 ある新聞作りを目差して
編 集 室
円です。すでにお支払い 広告料金も廉価に設定し 参ります。
節子)等連載。六四頁定価
不載。
見)三月号は創刊二十一周 エッセイ)など。九四頁定
沙羅(編集発行人・伊藤宏
読のお申し込みをいただ
ので、この用紙で定期購 だきます。
催。伊勢方信氏ら五十五名
出席
参加募集
◇日本歌人クラブ主催
回現代短歌セミナー 年 記 念 特 別 応 募 作 品 を 掲 価一〇〇〇円
る短歌の実作と立論の双方
く 選 ば れ た。
「 山 な り に カ 国路の歌人たち」トークセ 御製」長崎健。随筆「歌人 「子規のめぐりに」大辻隆 一号、いかがでしたでしょ 性を持つ中堅層に、さらに
年度山名康郎 た町のどこにも着かない・ 夫」応募料千円。参加申込 子。小説「七十代症候群」 三八頁定価不載。
「季節の歌二月」など。 う か。「 短 歌 新 聞 」 の 高 い 自由に発言させること」と
若手の台頭と日本歌人ク ーブを切れど三陸の見なれ ッション「短歌実作上の工 石上露子その生涯」三島和 弘。
年には結成 司など多彩である。
年となり、
代表は内田弘、
げた。若手歌人が中心とな である。平成
り、同人の中城ふみ子が「短
歌研究」 首詠で登場し、
一 参与に足立敏彦・村井宏・ ラブ
皮切りに、
0041
『個を詠む視点』こだわり と共に思考し、未来へと前 世界」をめざします。広く、
名のスタッフで が受賞し、評論賞に山本司 るまんまの大地・美原凍子」 五日市四七七―七大森智子 開放区(編集発行人・田島 「
となった。宮田益子・矢島 知良光治が就任し、委員
710
が活躍した。 号で「凍土」 道内歌壇を牽引している。 が受賞し、大いに全国に向 「いつ摘みし草かと子等に 方。問合わせは日本歌人ク 邦彦)
第
13
作品を発表したが、次第に 員を擁するのは、「原始林」 ぎ、樋口智子(日本歌人ク をもて位牌洗ひぬ瓦礫の中
歌人の絆
鶴岡美代子
23
て生家へ向かふ・藤林正則」 ★栗原義一歌集=A5判一 ち著・四六判一九六頁二七 歌集・その他
−
35
−−−
27
佐藤孝子様
93
京子・増谷龍三・細井剛ら 名、幹事
22
〈軽雪〉
−
38
40
24
躍歌壇で注目を浴びること 柳本志津子、事務局長に阿 の日本歌人クラブ賞受賞を 山田洋子」「福島を
『負苦島』 み締切五月三十一日。申込 島崎榮一など掲載。四八頁 青天(編集発行人・堀部知 に直面している短歌そして 思います。
18
24
「可能
「 歌 群 」 の 山 本 と福島原発を詠んだ歌が多 交流センターにて。
(山名康郎)が名乗りを上 功労者は現顧問の山名康郎 舟 橋 怜 子、
鼎談
「中 月号には、連載「崇徳院の 五 十 と 語 る 」 喜 多 さ か え。 ▼新生「現代短歌新聞」第 の 重 要 性 と 同 時 に、
「樹々」の野江敦子・ 聞にて発表。東日本大震災 十時三十分より、岡山国際 鮒(編集人・島崎榮一)二 かえ)二月号連載「父河崎
めて昭和 年には「凍土」 に至っている。その第一の 秋陽、
とう ど
「 北 土 」の 吉 田 壇賞は一月十六日の朝日新 岡 山 」 七 月 二 十 九 日 午 前 載。
約から自由な表現の場を求 大会を継続的に開催し現在 檜 葉 奈 穂、
五八頁領価一二〇〇円。 やどりぎ(発行人・喜多さ
なる。また、結社の古い制 歌人会賞を設け、全道短歌 の堀井美鶴・押山千恵子・ 〔東京〕第二十八回朝日歌 「第
号。大野誠夫私論(綾部
短歌大会は一月十五日、大 集。
五四頁領価一〇〇〇円。
結社紹介
などが堅実な発行を続けて いる。評論も活発で菱川善 フ ル ー ル 」
( 岡 久 夏 子 他 ) うに違いない。
「英」「歌群」「北土」「樹々」 国の歌壇でも注目を浴びて 子」
(佐野書恵他)
「トワ・ 伸びとしている。次代を担
はな
他 に は「 か ぎ ろ ひ 」
「 道 」 首詠で受賞)など最近は全 ( 北 辻 千 展 他 )
「 太 郎 と 花 で、自由な発想のもと伸び
30
分 市 の ホ テ ル 豊 の 国 で 開 響(編集人・綾部光芳)第
社新年相聞歌会は一月二十
約七十名出席▽第
いる。
「原始林」は村井宏・ 夫の後を継いで田中綾が活 と 活 発 で 漸 新 な 編 集 を 企
松川洋子・大朝暁子・村田
俊秋・宮川桂子が活発であ
る。
「新墾」は足立敏彦を
「辛夷」も若手
昭 っ て い る。
「北
年、北海道歌人会が結 を 中 心 に 活 発 で あ り、
50
全国の歌壇
内
─北海道─
歌壇の形成期 北海道歌 結社に回帰し、同人誌が影 主宰に、椎名義光・森勝・
こ ぶ し
が次々と旗上げすることと 歌年鑑」を発行し、北海道 ぎろひ」の西勝洋一、「英」 開催。関田史郎氏ら出席。
し、野原水嶺の「辛夷」ら めることとなり、毎年「短 動をしている。その他「か 九日、久喜市三高サロンで
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壇の形成は昭和初期の山下 を潜めてゆくこととなる。 大原一・富岡恵子らが頑張
秀之助らの呼びかけで創刊
された「原始林」
(第一次) 和
と 小 田 観 螢 の 旗 上 げ し た 成される。相良義重を事務 海道アララギ」は笹原登喜
にい はり
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名を擁する歌 に明石雅子・三井廸子・仁 〔埼玉〕村上照代歌集『雪
名、
委員に山下秀之助・ 「花林」は山名康郎を代表
「 新 墾 」 の 創 刊 に 始 ま る。 局にし、中山周三を始め幹 雄・阿知良光治・加藤吉昭、
その後、戦後となり、昭和 事
ようてい
年 に「 新 墾 」「 原 始 林 」 酒井廣治ら
歌壇ニュース
アララギの「羊蹄」が登場 人の集合体として交流を深 和優子等が充実した作品活 代』出版記念会は一月二十
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藝華書院
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〒 113 - 0033 東京都文京区本郷 1 - 35 - 27
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美術図書出版
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平成24年4月5日
聞
新
歌
短
代
現
創刊号